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Alfa Mist

Alfa Mist

@南青山 ブルーノート東京

2019年7月4日

吉田雅史   Aug 06,2019 UP

アルファ・ミスト──ライヴから新作『Structuralism』について考える

 アルファ・ミストの音楽には、含みがある。近年のジャズの一部の潮流と並走するように、洗練されたロジカルな音楽的構造と、ヒップホップ由来のグルーヴを併せ持つ。しかし彼の音楽を覆いつくすのは、ダークで思索的、そしてメランコリックなムードだ。新作『Structuralism』のアルバム・カヴァーに描かれているように、ひとり街角に佇んで物思いに沈み込み、やがて歩き出す現代人のためのサウンドトラック。
 2015年リリースのファースト・アルバム『Nocturne』からそのトーンは一貫している。今年2019年にリリースされた最新アルバムは『Structuralism』(=構造主義)と題されている。そう聞くと、レヴィ=ストロースやジャック・ラカンを想起する者もいるかもしれない。アルファはどのような思いでこのタイトルをつけたのだろう。構造主義においては、主体的に行動する個々人よりも、個に先立って個の意味を決定づける関係性が重視される。この関係性こそが個々の意味を決定づける。そしてこの関係性を、構造と呼ぶ。例えば言語は個人に先立って存在する象徴的な存在だ。だから言語は個人の思考や行動を拘束する。しかしすでに誰かのものだった言葉をくり返し使用することで、人は主体性や自立性を獲得する()。これと同じことが、音楽についても言えるだろうか。すでに誰かのものである──過去に誰かもプレイした──フレーズをくり返し演奏することを通して、ミュージシャンは主体性や自立性を獲得していくのだと。
 もっと単純に、このアルバムに様々な「構造」を見出すこともできるだろう。全編を埋め尽くす複雑なハーモニーやリズム、あるいは例えば“Retainer”における組曲形式の構造。それらを踏まえれば、アルファ・ミストは、あえて言うなら、構造主義前後の1950~60年代に活躍したレニー・トリスターノや、アンドリュー・ヒルのような、楽曲や奏法の構造やコンセプトを巡って思索を積み重ねたピアニストたちの姿勢をも思い起こさせる。

 2019年7月4日、BLUE NOTE東京。20時丁度に、セカンドステージのショウが始まる。オープニングの“.44”のテーマが聞こえてきた途端、リラックスした客席の空気は一変する。ステージの左側に陣取るアルファ・ミストは、メインとするフェンダーローズやウーリッツァーの音色でプレイするヤマハのCP-88と思しきキーボードと、アコースティック・ピアノの間に座る格好だ。『Structuralism』の冒頭を飾る同曲は、ドラマーのピーター・アダム・ヒルのビートに先導され、ライヴの緊張感を後押しするように若干アップテンポで演奏される。印象的なテーマをなぞるトランペットのジョン・ウッドハムのミュート・サウンドは、「構造」に焦点を当てるという営為のどこか醒めた視線を象徴しているようでもある。ワウペダルやディレイを活用したジョンのソロが、リズムの隙間を縫うような、短いぶつ切りのパッセージの多用で、静かに場を温めていく。
 間髪入れずに後に続く“Naiyti”では、16分の17拍子という変拍子(ここでは1小節に16分音符のハットが5回、4回、4回、4回の組み合わせ)に、オーディエンスは狐につままれたようなノリ方を余儀なくさせられるが、メンバーたち、特にアルファはお構いなしにガンガン首を振ってノッている。スムースに進行するテーマ部分ではこの特異なリズムを意識させないのだが、各自のソロとなると、途端にこのリズム面での「構造」へのアプローチに耳がいく。ES-335シェイプのギターを抱えるジェイミー・リーミングのソロは、アルファやピーターの音への反応を挟みつつ、決して速弾き──例えば32分音符以上の速さで──はしないと自らに課しているかのようだ。速度や手癖による誤魔化しなし、といった風情。各パッセージ間の隙間を活かした抑え気味の単音のラインから、エフェクトを利用したオクターヴ奏法(オクターヴ上のエフェクト音がティンパニーのサウンドを想起させる)、そしてブロックコードの激しい応酬と、徐々に熱量を増すピーターのプレイとリンクしながら、段階的に場を盛り上げていく。リズム面で耳を引く奇数単位で構成するフレーズ・パターンも交えながら、最後はカッティング中心に激しいダイナミズムの上下を演出した彼のプレイは、オーディエンスから拍手喝采を引き出した。
 アルファ・ミストのバッキングも、濁ったテンション満載の和音爪弾きから、ビートに合わせてキャップを被った頭を振りながら、徐々にスタッカートの効いたリズムを強調したフレーズが目立つようになる。満を持してやってくる彼のソロ・パートでは、ジェイミーとの速弾き禁止の約束事を共有しているかのように、決して速いパッセージは現れない。ソロという独立したパートを技巧のひけらかしの機会とするのではなく、むしろ彼の楽曲自体が持ちうるハーモニーの複雑かつ豊かな構造をつまびらかにするために、ギリギリのスケールアウトを繰り返しながらその輪郭をなぞっていくようなのだ。他者──無数のプレーヤーたち──とフレーズを共有しながら、スケールアウトするノートを彫刻刀のように扱って、独自性を削り出していくこと。

 続いて披露された“Retainer”は字義通りの「構造」を象徴するような、3章から成る組曲だ。ここではストリングスをフィーチャーした中間のパートを省略したふたつの楽章が披露されたが、白眉は後半の変拍子(今度は16分のハットが14回、14回、12回のセットがワンループ)にメランコリックなハーモニーが組み合わさったパートだ。ピーターの肌理の細かいフィルインの嵐に、今夜一番の熱っぽさでソロを回すメンバーたちの熱量に、多くのオーディエンスが掛け声で応答する。
 自分がいかにヒップホップとジャズの影響を等しく受けて生きてきたかを伝えるアルファのMCに続いて披露されたのは、“Glad I Lived”。イントロのエレピリフに続いて、アルファ自身のラップが披露される。ローズ弾き語りラップとでも言うべきその姿は新鮮だ。リリックで発信されるメッセージはタイトルの通りポジティヴなものだが、それだけには留まらない。ヒップホップ由来のグルーヴに支えられるハーモニーが、メランコリックながらも不協和音に力点を置かれていることによる、どこか暗くくぐもった含み。それがループする様は、逡巡する終わりなき思考を想起させられる。エレピのプレーヤーでいうなら、RTF期のチック・コリアのメランコリックな美しさと、エレクトリック・マイルス時代のハービー・ハンコックの呪術的な不協和音とリズミカルなアプローチを両方兼ね備えた上、さらにヒップホップでサンプリングされるボブ・ジェイムズやジョー・ザヴィヌルのビートとのフィット感も持つといったところだろうか。
 この曲もまた、複雑な構造を持つ。最初のラップ・パートから、フックを経て、メランコリックなストリングスをフィーチャーしたブレイクダウンがやって来る。そうして辿り着く後半では、オーヴァードライヴがかったウーリッツァー的なヴォイスでギターのように奏でる和音とベースラインが、J・ディラ──しかもグラスパーの“Dillalude#2”を経由した──を想起させる。さらにはその後、テンポダウンした16ビートを背景に、アルファのエレピが歪んだハープのように掻き鳴らされ、ベースラインが激しい動きを帯びると、今度はフライロー的なコズミックな世界観に包まれる。アルファの作品全般に、ディラやフライローからの大きな影響が見られるというわけではないが、こうした展開からも、ジャズとヒップホップが彼の中で等しいレベルで血肉化されているのを感じる。
ファースト・アルバム『Nocturne』で披露している打ち込みのビートは、その音色も含めどれもヒップホップのビートの「快楽」に慣れ親しんでいる者の所作だ。同郷のラッパー Barney Artist やドイツのビートメイカー Flofilz のアルバム参加曲も素晴らしく、アルファが参加することで彼の鍵盤のハーモニーが楽曲に──もっといえばループに──豊かな響きを与えていることは疑いようがない。トム・ミッシュの『Beat Tape 2』に収録されているコラボ曲“Hark”も、まさにそうだった。

 前作『Antiphon』から、アルバムのアートワークも手掛ける多才なカヤ・トーマス=ダイクのヴォーカルがフィーチャーされたエキゾチックな“Breath”と“Keep On”が演奏され、ショウは終盤を迎える。アンコールでは、客席からサプライズ・ゲストのように現れマイクの前に立つキアラ・ノリコをフィーチャーした新作のボーナス・トラック“Silence”を経て、〆の1曲は2018年のシングル「7th October: Epilogue」収録の“Resolve”が披露された。高速テンポならではの、ピーターによる一糸乱れぬ高速ファンクが駆け抜ける同曲では、またもやコーラスのかかった浮遊感溢れるアルファのウーリッツァー・サウンドが印象的だ。トランペットもギターも、BPMが速いためにうねるようにオンビートでソロを刻むのだが、その分調性からはどこまで自由になれるか競い合うような、緊張感に溢れるソロが展開される。高速テンポに体を揺らしながら複雑なパッセージを追うという分裂的な体験によって、オーディエンスがみな異常な集中力でステージを凝視するなか、この特別な一夜は幕を閉じた。
 ダンス・ミュージックを始めとする音楽は、ある種の単調さ──反復されるビートやフレーズ──によって現実逃避を助けてくれるところがある。しかしアルファのようなプレイヤーがもたらしてくれるハーモニーやリズムの含み、あるいは複雑さは、そのままひとりの人間の感情の複雑さ、そしてひとりで歩き、対峙せざるをえない世界の複雑さに目を向けさせてくれるように思える。
 アルファの音楽は、四六時中バックグラウンドに流しておく性質のものではないかもしれない。しかしアルファが、個人に先立って存在する音楽と、それをプレイするミュージシャンとの関係性に着目する意味で「構造主義」という言葉を用いたのだとすれば──彼の音楽が、先人たちによって蓄積されたフレーズをプレイすることでミュージシャンが独自性を獲得していく複雑なプロセスを示しているとするならば──、僕たちオーディエンスもまた、そのビートに自分たちの複雑な歩みを重ねたとしても、不思議ではないだろう。

※ 参考文献:出口顯『ほんとうの構造主義──言語・権力・主体』NHK出版、2013年。


吉田雅史

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