Home > Interviews > interview with Flying Lotus - LAビートとサムライの出会い
フライング・ロータス史上、もっともまとまりのある作品──。言われてみればたしかにそうかもしれない。とくに最新オリジナル・アルバムの『Flamagra』が、あまりに多くの要素をぽいぽい詰めこんだ鍋のような作品だっただけに、この『Yasuke』のサウンドトラックを聴いているとそう感じる。
本人が「自分自身の作品」だと主張しているように、今回のサントラはこれまでの彼のオリジナル・アルバムに連なる作品として聴くことができる。サウンド面での変化は、ヴァンゲリスに触発されたというアナログ・シンセの活用、和太鼓や拍子木のごとき打楽器とアフリカン・パーカッションとの並存、部分的に顔をのぞかせる東洋的な旋律の3点に要約することができよう。いくつかの曲においてトラップが披露されているのも感慨深い。そこには、「これまでだってトラップをやろうと思えば余裕でできたんだぜ、でも流行ってることをやってもしかたないだろ」という、00年代に完全に独自の音楽を生み出したプロデューサーの、力強い矜持が感じられる。さらに、ちょいちょいセンティメンタルなムードの曲も用意されていて、心地いいインスト・ヒップホップを求める向きにもおすすめだ。
他方で──当たりまえだが──これはアニメを愛するひとりのオタク(最近は『呪術廻戦』に夢中のようだ)が手がけた、アニメのサントラでもある。その観点で捉えてみた場合、これほどつくり手の個性がにじみでたサントラというのも、なかなかお目にかかれないのではなかろうか(少なくとも、日本のアニメのサントラでこんな音の鳴りは出てこないだろう)。かつてケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』に提供されたトラックがそうだったように、フライング・ロータスの生みだすサウンドは、べつの文脈に放りこまれたときにより一層その特異さを際立たせ、輝かせる。
作家性を失わず、しかしどんどん柔軟になっていくフライング・ロータス。これはアニメ・サントラであると同時に、ひとりの独創的な音楽家による新たな挑戦の、ドキュメントでもあるのだ。
※補足。実際のサムライは長らく支配層であり人びとを抑圧する側だった。いま生きている日本人はほとんどが農民の子孫だろう。念のため。(7月1日追記:アカデミックな場にいたコード9でさえ “9 Samurai” という曲をつくったことがあるくらいなので、フライローだけの問題ではないのだけれど……いやはや、海外におけるサムライへのポジティヴな評価は根が深い……)
このプロジェクトも「自分自身の作品」として扱った。まとまりのあるプロジェクトという感じがするし、今作で自分がとても気に入っているのもその点だね。自分の他のアルバムと較べても、この作品はもっともまとまりがある気がする。
■ここ1年は世界的に大変な時期でしたが、どう過ごしていましたか? 精神的に参ったりしませんでしたか?
FL:状況を考えれば、俺はかなりうまくやれてきたね。うん、これまでのところOKだったと思う。取り組めるクリエイティヴな仕事があったことを非常に感謝していたし、この間にキャッチアップできた良い作品などもあり、そのおかげで気をまぎらわせることもできたから。
■今回スコアを書くうえで参考にした、あるいは影響を受けたスコア~サウンドトラックはありますか?
FL:ああ、インスパイアされたものは多い。でも今回は、ヴァンゲリス的なシンセサイザーへのアプローチを用いて何かやってみようとトライする、そのアイディアが非常に気に入ってね。映画でシンセサイザーを使う、という。そのアイディアにとてもインスピレイションを掻き立てられることになった。どうしてそうなったのかは自分でもわからないけれども、シンセサイザーとそれをミックスすることに惚れ込んでしまったし、そういうことをやるのにパーフェクトなプロジェクトだった。
■今回、ある程度は先に映像がある状態で音をつくっていったのですか? それとも映像はまったくない状態で?
FL:その両方をやった。映像を観ることが可能だったときもあれば、番組のもつフィーリングを自分なりに解釈し、そのフィーリングにもとづいて音楽をクリエイトしただけという場合もあった。ある場面を観て、俺は「この場面の持つ意味合いは? ここでのフィーリングはなんだろう?」と考え、そこで映像をいったん消し、なにかをクリエイトしていったり。うん、双方のプロセスを用いたね。一方で、大きな闘いや戦闘場面といったがらっと異なる趣きの場面もあったから、ふたつの映画をやろうとしたというか。それにいくつかのシーンでは、まず音楽をつくってみることもやった。というのも監督のラショーン(・トーマス)、彼はたまに、曲に対してこちらとは異なるヴィジョンを持つこともあったから。たとえば俺が何かクリエイトして、それを俺は予想もしていなかった場面で彼が使う、とか。それでこちらも「フム、これは興味深い」と思ったり(苦笑)。
■監督に自由に選んでもらうために、余分にマテリアルをつくりもしたんですね。
FL:そういうこと。時間をかけたし、「この作品にだけ専念する」と決めた。サウンドからなにから、自分がいまクリエイトしているのはこの作品向けのものであって、うまく合うものもあれば、そうはいかないものもあるだろう、と。
■ご自身で映画を監督なさったこともありますし、映画に限らず様々な視覚メディア/視覚アートに関する仕事をしてきました。音楽言語だけではなくヴィジュアル言語も理解しているわけで、ラショーン監督もあなたとは仕事しやすかったんじゃないでしょうか。
FL:ああ、その面は助けになるだろうね。それに加えて、俺はこのプロジェクトに最初期から関与していたぶん作品のすべてをすでに知っていたわけで、そこも大いに役に立った。
■製作総指揮としても参加し、キャラクターの造型やストーリー面でも関わったそうですね。まさに一からこの作品と付き合ってきた、と。
FL:ああ、そうだね。
■これまでのフライング・ロータス作品と今回の最大の違いはパーカッションにあると思います。和太鼓やアフリカン・ドラムを積極的に使用したのは、それが『YASUKE』の映像や物語とマッチしそうだから、という理由だけでしょうか? まあ、日本にいるアフリカ人という設定なので、そうなって当然かもしれませんが……
FL:(苦笑)その通り。
■とはいえ、なにか他に理由はあるでしょうか?
FL:そうだな……んー、自分にもわからない。ただとにかく、この番組にはやはり(メインになるのはシンセであっても)日本のサウンドを含めなくてはならないな、そう感じただけであって。なにかしら、非常に日本的なものをね。かといってまた、俺は日本音楽のパロディっぽい印象を与えるもの、そういうことはやりたくはなかったというか?
■はい、わかります。
FL:日本音楽を侮辱しているように映ることは避けたかった。というわけでとにかく、自分からすれば敬意に満ちていて、ユニークで、と同時に「俺」らしくもある、そういうなにかをクリエイトしたかったんだ。
■実際に聴くまでは、「もしかしたら海外作品でよくある、日本の異国趣味を感じさせるものになるかもしれない?」と思ったこともあったんですが、さすがあなただけあって、日本のカルチャーや伝統へのリスペクトのある内容です。ありがとうございます。
FL:フフフッ!
■先ほどヴァンゲリスの名前を挙げていたように、上モノのシンセもオールドな響きがあり、これまでのフライング・ロータス作品とはだいぶ異なっています。
FL:ああ、80年代のシンセだ。
■アナログ・シンセですよね?
FL:そう。大好きだね。うん、あれは本当に好きだ。
■今回この音色を用いようと思ったのはなぜ? 1980年代のサウンドを16世紀に合わせようとしたのはなぜでしょう?
FL:とにかくあのサウンドにはなにかがあるし……これまで、あのサウンドがアニメで使われたのを俺は耳にしたことがなくてね。アニメ界においてなにか新しいことにトライしたいと本当に思っていたし、アニメ作品のなかでも強く記憶に残る、そういうサウンドをぜひクリエイトしたいと思っていた。俺たちが過去にもう聴いたことのあるものとは異なるなにかをね。というわけで、この音楽をユニーク、かつ俺にとって正直なものにするのに、自分にできることはなんだろう? と考えたんだ。シンセサイザーにものすごくインスパイアされていたし、その面と、自分が観ているもの(=アニメ)を感じさせるもの、それらすべてをどううまく機能させればいいだろうか、と。
■アニメは残念ながら全話観ていないのですが、このサントラは音楽作品として独立して聴けると思っています。
FL:ああ、それはグレイト! そう言ってもらえて嬉しいよ、ありがとう。
■いくつかの曲でトラップのビートが用いられていることに驚きました。あなたはトラップの潮流からは距離を置いていると思っていたのですが、かならずしもそうではなかったのですね?
FL:(笑)大好きだよ! 好きだし、自分でもつくる。あの手のビートだってつくるし、ただ、あまり世に出していないだけ。まあたしかに、誰もがやっていることをやるのは安易だ、みたいに感じることもあるけれども、実際、あのサウンドはときに戦闘シークエンスでとても活きるんだ。うん、あれをやるのはクールだよ。それに、キッズはあのサウンドがお気に入りだし(笑)。
■エキサイティングで盛り上がるビートですし。
FL:ああ。やっぱり、なにもかもダウンテンポで……というわけにはいかないんじゃないかな。
■(笑)たしかに。
FL:アクション・シーンなんかは特にね。でも、その手の場面には♪ダンダンダンダン・ダンダンダン・ダッ!(と、スリル感を増す激しいタイプのビートを口真似する)という音楽がよく使われるけれども、ああいうのは俺にはとても退屈に思えたし、もっと違うものを書きたかった。
質問・文:小林拓音(2021年6月17日)
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