Home > Reviews > Album Reviews > Kendrick Lamar- To Pimp a Butterfly
N.W.A.の出身地でもあり、米西海岸ギャングスタ・ラップのメッカとも言えるカリフォルニア州のコンプトンから、ギャングスタではないコンシャスな若いラッパー、ケンドリック・ラマーがメジャー・デビューして大きな話題となったのは2年ちょっと前。まずは引出しがたくさんあるめちゃくちゃうまいラップに釘付けになったが、ファンク、ソウル、ジャズ、そして現行のトレンド、それらすべての音楽への敬意が滲み出すトラック群の魅力にも徐々に気付き、これは名盤だと確信するに至った。
で、本セカンド。ものすごく期待している自覚があったので、その反動でガッカリするかもと覚悟していたが、この今年28歳の若者は悠々とその上を行ってくれた。何人分もの声色、無尽蔵のフロウ、ロング・ブレス、高度なリズム感から生まれる独創的な符割りなど、持てる能力を存分に発揮して生々しい感情表現を実現するラップの力は圧倒的だ。プロデューサーの顔ぶれは前作からだいぶ変わったが各トラックも秀逸で、尋常ではない美意識が全編を貫いている。これはほとんどの曲にプロデューサーやミュージシャンとして参加したテレース・マーティンの貢献も大きいのではないかと思う。
スライ&ザ・ファミリー・ストーンの“Everybody Is A Star”の歌詞内容を黒人に特化したようなボリス・ガーディナーの“Every Nigger Is A Star”のレコードが穏やかにかかる中、JBのお得意のフレーズ“Hit me!”で勇ましく切り込んで風景を一変させるのは、まさかのジョージ・クリントン。バーニー・ウォーレルが切り開いた多彩な音色を引き継ぐシンセ・サウンドを軸に、Pファンク的な女性コーラスにも彩られたトラックに乗せて、ケンドリック・ラマーはジャブ的にサラリと技ありのラップを乗せてくる。すると電話越しにドクター・ドレーも登場したりして、いきなりファンクの歴史をざっくり提示したような1曲目から全く気が抜けない。息つく暇もなくジャズのインプロヴィゼイションに乗せて、緩急自在で鬼気迫るポエトリー・リーディングをガツン! とカマされて、この高水準の曲がインタールードだなんて、もうこちとらどうしたらいいのか。フック効きまくりの3曲目“キング・クンタ”は、アレックス・ヘイリーの『ザ・ルーツ』の主人公でアフリカから奴隷としてつれて来られたクンタ・キンテと自分を重ね合わせた一貫してハードな調子のラップが心を離さないし、モウモウしながら後ろに引っ張る幻想的な4曲目は、ヴァース1と2でまるで別人のように声色とフロウを変えてくる上に、一連のギャングスタ・ラップでのコケインのようなスタンスでビラルが歌い、スヌープがふにゃらかなラップで参加、さらにはアフリカ・バンバータの“Planet Rock”の有名なフレーズ「ズンズンズン~」も飛び出し、何やらめくるめく世界に連れて行かれる。
続くジャジーでスムースな5曲目は往年のATCQでのQティップを彷彿させるラップが繰り出され、といった具合で、もうキリがないのでこれくらいにしておくが、以下の曲も慟哭を意識したフロウ、ヨーデルの発声で通した曲、鼻歌、アフリカを思わせるリズム、ぴろりろシンセ、ピート・ロックのスクラッチ、ジャジーなスキャット、プリーチなみの迫力のリサイト等々、音楽も含めてアフリカン・アメリカンの歴史に思いが及ぶ要素を随所に挟みながら、高い力量を惜しみなく発揮して突きつけてくるラップは聴きどころの連続だ。さらには1曲の中でもガラリと展開することの多いトラックは、どこで次の曲になったのか見失うほど刺激的だし、バックに聴こえるサックスやギターの凛とした美しい演奏にもハッとするので集中力が切れる間がなく、聴き終わった後はぐったりするくらいだ。
さて、本作を購入した当初から気になっていた奴隷船を連想させるカヴァー・アートだが、音を聴いてますますリリックが気になったので対訳を取り寄せてもらった。案の定、そこには太い幹が通っており、それは奴隷制時代からの延長線上にあるアフリカン・アメリカンの閉ざされた現状の中で、自分はあちこちに仕掛けられた罠にハマることなく成功を手にしたが、自分ひとりが抜け出しても所詮、世界は変わらない、という葛藤だと思われる。それを裏付けたのは、3曲目の最後の「お前は心に葛藤を抱え/自分の影響力の使い方を間違えていた」というリリックを、5、7、8、10曲目で引き継ぎながらストーリーを長くしていることだ。そしてそれは1曲目でジョージ・クリントンが語る「お前は本当に彼らが崇拝するような存在なのかね/お前は食い物にされる蝶なのだ」という言葉、そして16曲目に続くアウトロでの2パックとの架空の対話にも繋がるという、実に念の入った工夫も施されている。
このように、本作はラップ、トラック、リリック、構成、すべてが練り上げられた傑作なので、是非、聴いて味わい尽くしてほしい。
文:河地依子