Home > Columns > 8月のジャズ- Jazz in August 2023
今月は通常のジャズというより、民族音楽の要素強い、個性的な作品が集まった。また、ベルギーやモンゴルなど、あまりジャズとは馴染みのない国々の作品も集まっている。
Ash Walker
Astronaut
Night Time Stories / ビート
最初に紹介するのは、ロンドンのDJ/プロデューサー/マルチ・ミュージシャンのアッシュ・ウォーカーによる『アストロノート』。以前紹介した『アクアマリーン』から4年ぶりのニュー・アルバムで、『アクアマリーン』同様にクルアンビンやレイファー・ジェイムズらをリリースする〈ナイト・タイム・ストーリーズ〉からとなる。『アクアマリーン』にはヤズ・アーメッドが参加していたが、今回も彼女のほかにジョー・アーモン・ジョーンズ、オスカー・ジェローム、エビ・ソーダなどが参加し、ジャズ勢とのコラボが目立つ。特にエビ・ソーダは全面的に演奏を担当しており、レゲエやダブの影響が強いアッシュ・ウォーカーとの相性は抜群と言えるだろう。また、アンプ・フィドラー、スライ・フィフス・アヴェニューなどUS勢も参加していて、前作からさらに活動範囲を拡大している。
アシッド・ジャズとダブ、アフリカ音楽やエキゾティックな民族音楽、バレアリックなブレイクビーツが一緒になったナイトメアーズ・オン・ワックス直系のUKクラブ・サウンドに、UKジャズからの影響を感じさせたのが『アストロノート』だったが、本作でも心地よいメロウネスと深海を潜航するようなダビーなサウンドは健在だ。アンドリュー・アションのヴォーカルをフィーチャーした “レッティング・ゴー” がその代表で、艶やかなエレピとエコーで増幅された音像が幻想的な風景を描いていく。“バビロニアン・トライアングル・オブ・キャプティヴィティ” はエビ・ソーダとがっぷり四つに組んだ作品で、重心の低いダブ・サウンド上でホーン・アンサンブルが哀愁に満ちたフレーズを奏でていく。スライ・フィフス・アヴェニューが管楽器を奏でる “タイム・ゲッツ・ウェスティッド” は、アッシュ・ウォーカーの指向するダブとソウルとジャズが融合した最上の仕上がりを見せてくれる。ジョー・アーモン・ジョーンズとオスカー・ジェロームが参加する “オートメーション”、ヤズ・アーメッドがフリューゲルホーンを演奏する “デトロイト・ヴェルヴェット・スムース” はアルバム中でも極めてダビーな楽曲で、ほかの地域にはないUKならではのジャズとダブの親密さを伺わせる。
Chief Adjuah (Christian Scott aTunde Adjuah)
Bark Out Thunder Roar Out Lightning
Ropeadope
アメリカの新世代ジャズにおける最重要トランペッターのひとりであるクリスチャン・スコットは、ロバート・グラスパーやテラス・マーティンらと結成した R+R=Now での活動のほか、トム・ヨークのアトムズ・フォー・ピースやXクランのツアーにも参加するなど、ジャズ・ミュージシャンでありながらオルタナティヴな活動もおこなっていることで知られる。彼はニューオーリンズ生まれのアフリカ系アメリカ人で、祖先は西アフリカから奴隷としてアメリカに連れてこられ、その後逃亡して自給自足生活を送ったマルーンと、もう一方の祖先はニューオーリンズの先住民であるマルディグラ・インディアンとされる。自らのジャズをストレッチ・ミュージックと呼んでいて、そこにはトラップと伝統的な西アフリカのパーカッション、ニューオーリンズのアフロ・アメリカンの音楽の融合があり、ジャズの規範定義を超えて拡大させるというクリスチャンの野心が込められている。2012年の『クリスチャン・アトゥンデ・アジュアー』以降は、しばしばアトゥンデ・アジュアーという名前を用いて自身のルーツを反映させた作品を展開しているが、アトゥンデとアジュアーは現在のガーナにあった古代都市の名前である。
彼の最新作『バーク・アウト・サンダー・ロアー・アウト・ライトニング』はチーフ・アジュアー名義となり、これまで以上にニューオーリンズのアフロ・アメリカン文化の色彩が強まっている。ここで彼はトランペットを一切演奏せず、自身で作った打楽器や弦楽器を演奏している(西アフリカ発祥の弦楽器のンゴニをカスタマイズしたものや、シンセサイザー・パーカッションなど)。また、マーカス・ギルモア(ドラムス)などが参加しているものの、双子の兄弟で映画監督でもあるキール・エイドリアン・スコットや、姉妹のアミナ・スコットなども参加していて、叔父のサックス奏者であるドナルド・ハリソン・ジュニアやその父親であるドナルド・ハリソン・シニアに捧げた楽曲を収めるなど、自身のファミリー・ツリーを非常に意識したものとなっている。ニューオーリンズの伝統的なフォーク・ソングに “アイコ・アイコ” があり、これまでにドクター・ジョンやワイルド・マグノリアスらが歌って有名になったが、“ゾドカン・アイコ” はクリスチャン・スコットなりの “アイコ・アイコ” と言えよう。15分を超す表題曲は原始的な弦楽器と打楽器をバックに一族のヒストリーを朗読したもので、アルバム最後に呪術的なヴードゥー風の楽曲となって再び登場する。祖先の文化や音楽を自身の音楽としてさらに前進させる意欲的な作品となっている。
schroothoop
MACADAM
sdban ultra
同様にニューオーリンズのセカンド・ライン・グルーヴと、アフロ・キューバンや北アフリカの伝統的なリズム、アラビアのジャズなどをモチーフとするのが、ベルギーのシュリュートフープ。2019年にブリュッセルで結成されたリック・スターレンス(管楽器、弦楽器)、ティモ・ファンティヘム(ベース、ギター、クラリネット)、マルホ・マックス(パーカッション)によるトリオで、廃材や古い金属資材などを楽器に改造して音を奏でるという異色のグループである(グループ名はオランダ語でゴミ置き場の意味)。2020年にデビュー・アルバムをリリースし、そこでは前述のアフロ、ラテン、アラブ、東洋などの民族音楽に、ジャズやフリー・インプロヴィゼイション、前衛音楽やインダストリアル・ミュージック、エレクトロニクスといった要素も交えたもので、ロンドンのイル・コンシダードあたりに近い印象だ。
新作の『マカダム』は民族音楽やフリー・ジャズなどに加え、ダブやアンビエント、ドリルなどの要素、ピッチシフト・ディレイやリヴァーヴ・エフェクトなどエレクトロニクスを交えたもので、前作の音楽的実験をさらに推し進めたものとなっている。ミニマルなビート・ミュージックに土着的なフルートや瞑想的なマリンバ、動物の鳴き声のような楽器はじめ摩訶不思議な音色の楽器群が絡む “ブリックシェイド”、エキゾティックなアラブの旋律にテクノやインダストリアル・ミュージック的なアクセントを加えた “ブロイーハード” など、独特の世界を繰り広げている。なお、リリース元の〈sdban ultra〉には、ほかにもブラック・フラワー、Brzzvll、スタッフ(STUFF.)など、それぞれの個性を持つベルギーの若いアーティストたちが所属していて、UKやUSなどとは異なる独自のジャズ・シーンを形成している。
Enji
Ulaan
Squama
独特の個性という点では、ミュンヘン在住のシンガーのエンジも特筆に値するアーティストだ。彼女はモンゴルのウランバートル生まれで、本名はエンクヤルガル・エルケムバヤル。労働者階級の家庭に生まれ、ユルトという遊牧民族の円形型移動テントで育ったが、もともとアーティストになることは考えていなかった。ドイツに移住して小学校の音楽教師をしている中で、国際文化交流機関のゲーテ・インスティテュートのプログラムに参加したことでジャズへの興味が生まれ、カーメン・マクレエ、エラ・フィッツジェラルド、ナンシー・ウィルソンといったジャズ・シンガーたちに触発され、自身で作曲をするようになったそうだ。そうしてシンガーとして活動をおこなうようになり、セカンド・アルバムとしてリリースした『ウルスガル』(2021年)は、モンゴルの伝統的な民謡のオルティンドにジャズとフォークを融合した独自の作品として高い評価を集める。
エンジのニュー・アルバムとなるのが『ウラン』で、表題曲の中で彼女はモンゴル語でそれが家族から愛情をこめてつけられたニックネームであると述べている。自分が誰であるのかを改めて問いかけたアルバムである。前作同様にフェイザーというジャズ・バンドのメンバーでもあるポール・ブレンドン(ギター)、エンジと同じくモンゴル出身のムングントフ・ツォルモンバヤル(ベース)を伴奏者に迎え、新たにマリア・ポルトガル(ドラムス)、ジョアナ・ケイロス(クラリネット)を加えてバンドを拡大している。モンゴルに帰る途中の飛行機の窓から見た初秋の絶景を曲にした “ウゼグデル” はじめ、モンゴルの自然をモチーフに故郷の言葉で誠実に歌うナチュラルな作品集。アコースティック・ギターやクラリネットをバックに牧歌的に歌う “ドゥルナ” など、モンゴルの広大な大平原が浮かんでくるようなアルバムだ。