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You can't help it. An artist's duty, as far as I'm concerned, is to reflect the times.
by Nina Simone
「時代を反映させることはアーティストの責務である」とは、女性ジャズ・ピアニストでシンガーのニーナ・シモンによる名言のひとつである。彼女自身も1960年代の公民権運動に参加し、人種差別や女性差別などと闘ってきたのだが、そうした姿勢に影響を受けたアーティストは同じ黒人女性シンガーでもエリカ・バドゥ、ローリン・ヒル、ビヨンセなどジャズ界にとどまらず多い。そして、ニーナ・シモンのこの言葉に触発されて新たなプロジェクトが始まった。「Reflect+Respond=Now」、すなわち「R+R=Now」というのがこのプロジェクトの名前で、そこに参加するのはロバート・グラスパー(キーボード、ローズ)、テラス・マーティン(サックス、ヴォコーダー、キーボード)、クリスチャン・スコット(トランペット)、デリック・ホッジ(ベース)、テイラー・マクファーリン(キーボード、エレクトロニクス)、ジャスティン・タイソン(ドラムス)の6人。ロバート、デリックはロバート・グラスパー・エクスペリメント(RGE)で長らく共に活動しており、エスペランサ・スポルディングのアルバムにも参加してきたジャスティンは、最近になってそのRGEに加わったばかり。テイラーはジャズ・シンガーのボビー・マクファーリンの息子で、ヒューマン・ビートボクサー兼トラック・メイカーとして知られる。彼のアルバム『アーリー・ライザー』(2014年)にはロバートも参加したという間柄だ。ケンドリック・ラマーの『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』(2015年)の共同プロデュースで名をあげたテラスは、学生時代からロバートとは知り合いで、彼のソロ・アルバムにもロバートはたびたびゲスト参加している。ロバートにとってLAシーンの橋渡しとも言える存在だ。クリスチャンはニューオーリンズ出身で、昨年はジャズ生誕100周年にちなんだ『ルーラー・レベル』『ディアスポラ』『ザ・エマンシペーション・プロクラスティネーション』という3部作を発表した。作品に政治・社会的なメッセージを持ち込むことがしばしばあり、トム・ヨークのアトムズ・フォー・ピースやXクランのツアーにも参加するなど、ジャズ・ミュージシャンでありながらオルタナティヴな活動も行っている。
こうした面々が一同に集まったのは、昨年開催されたSXSWフェスティヴァルのこと。そのときのロバート・グラスパー&フレンズという名前のセッションが発展し、R+R=Nowへと繋がっていった。ロバートは2015年にニーナ・シモンのトリビュート・アルバム『ニーナ・リヴィジティッド』をプロデュースしており、そこにはローリン・ヒル、コモン、メアリー・J・ブライジなどが参加して、ジャスティンもドラムを叩いていたのだが、そうした流れが本プロジェクト名に繋がっているとも言える。また、昨秋から今年にかけてロバート、コモン、カリーム・リギンズによるオーガスト・グリーンというユニットが生まれ、「ブラック・ライヴズ・マター」にも繋がるアルバムを出していること、そしてテラスやロバートも参加した『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』から、クリスチャン・スコットによるミクスチャーな要素の高いコンテンポラリー・ジャズなど、そうした一連の動きを集約したアルバムと言えるのが『コラジカリー・スピーキング』である。6人のメンバーのほかにも、シンガー・ソングライターのゴアペレ、ムーンチャイルドの紅一点のアンバー・ナヴラン、モス・デフ改めヤシーン・ベイ、ラッパーのスターリーなどが参加している。
サウンド面を見ると、テラス・マーティンがヴォコーダーを披露する“チェンジ・オブ・トーン”や“アウェイク・トゥ・ユー”を筆頭に、大まかにはRGEの延長線上にあるアルバムであるが、随所にクリスチャン・スコットだったり、テイラー・マクファーリンだったり、メンバーのカラーが生かされている。“チェンジ・オブ・トーン”はロバート・グラスパーのピアノ・ソロもフィーチャーされており、ロバートとテラスがプロジェクトの両輪を担っていることが伺える。ただし、中間からテイストが変わってアンビエントな展開を見せるところは、テイラー・マクファーリンのエレクトロニカ的な楽曲の要素も強いなと感じさせる。“アウェイク・トゥ・ユー”の方もメロウでアンビエントなテイストが強いのだが、サンダーキャットや〈ブレインフィーダー〉の諸作に通じるLA風味を感じさせるのは、テラスならではというところだろう。そうしたアンビエントな雰囲気を引き継いで始まる“バイ・デザイン”はインスト曲だが、全体のムードとしてはムーンチャイルドやキングあたりのジャジーなネオ・ソウルに近いかもしれない。リズム・セクションの面白さでは“レスティング・ウォリアー”があり、デリック・ホッジとジャスティン・タイソンによるスリリングな変拍子が冴える。クリスチャン・スコットのエフェクトをかけたトランペットの音色もクールで、RGEにはトランペットが無いだけに、また異なった魅力を放っているだろう。全体的にジャズ・ロック的な曲調となっているが、そんなところもクリスチャンらしいオルタナ感覚の表われである。“ニーディッド・ユー・スティル”はメロウなマナーのトラックにヴォコーダーを乗せ、途中でオマリ・ハードウィックのラップ・スタイルのヴォーカルもフィーチャーされる。この曲やスターリーをフィーチャーした“リフレクト・リプライズ”は、コモンも参加するオーガスト・グリーンに近いタイプの曲であり、ヒップホップ作品にも多く関わるテラスとグラスパーらしさが表われている。
アルバム全体を通じてテラス・マーティンのヴォコーダーが印象に残り、“カラーズ・イン・ザ・ダーク”もそうした1曲。テラスにしろ、ロバートにしろ、1970年代後半のハービー・ハンコックからの影響が強いことを感じさせると共に、後半にかけてのジャスティンのエキサイティングなドラミングも聴きどころ。“ザ・ナイト・イン・クエスチョンズ”はグナワ音楽のようなリズムに、クリスチャンのエキゾティックなトランペットをフィーチャー。彼の次のアルバムにも収録予定の楽曲だそうだ。デリックのベース、テラスのシンセにアマンダ・シールズのラップを乗せた空間的な“ハー=ナウ”を挟み、“レスポンド”でもデリックのベースがメロディアスな旋律を奏でる。この曲はロバート抜きの演奏で、デリックのベースとクリスチャンのトランペットが主役となっている。そして、“ビーン・オン・マイ・マインド”は浮遊感に満ちたアンバー・ナヴランのヴォーカルが印象的。幻想的な音処理がされたこの曲に顕著だが、RGEやテラス、クリスチャンなどのソロ作などと『コラジカリー・スピーキング』との違いを上げるなら、本作にはアンビエントな音響空間作りの意識が強いということになるだろう。そうした点で、RGEの『ブラック・レディオ』などからまた進化し、今の新しいジャズの空気感を反映させたのが『コラジカリー・スピーキング』である。
小川充