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サウス・ロンドン・シーンのなかでもジャズやアフロ、ファンクやヒップホップ/R&Bと縦断した活動を見せるオスカー・ジェローム。シンガー・ソングライターでありギタリストでもある彼は、トム・ミッシュあたりに比べるとどうも過小評価されているきらいがあるけれど、この秋にリリースしたアルバム『スプーン』は個人的に2022年のベスト・アルバムに推したい。2019年にリリースしたアムステルダムでのライヴ盤以降、UKを離れていろいろな土地でも活動を見せている彼だが、たとえばナイジェリア出身でベルリンを拠点とするシンガー・ソングライターのウェイン・スノウのアルバム『フィギュリン』(2021年)にも参加している。彼らの共作である “マグネティック” は、『ヴードゥー』の頃のディアンジェロにクルアンビンのような幻想的なコズミック・サイケ・フィーリングをまぶしたもので、表立ってはいないもののアフリカ音楽の影響も感じさせるものだった。
『スプーン』の先行シングルとなった “ベルリン1” は、そうしたベルリンでの活動が刺激となって生まれたもののようで、ミュージック・ヴィデオではベルリンの街中をオープン・カーでクルージングするオスカーの姿を見ることができる。ちなみに、彼の乗っている車はかなり旧式のメルセデスで、ブラック・スーツを着てオールバックにサングラスを掛けるというオールド・ファッションがここのところの彼のスタイルのようだ。こうしたファッション・センスを見るにつけ、オスカーはポール・ウェラーのようなアーティストなのではないかなと思うことがあるし、前のアルバム『ブレス・ディープ』(2020年)ではスティングを重ね合わせるような作品もあったりした。やはりUKらしいシンガー・ソングライターなのである。
『スプーン』は『ブレス・ディープ』でミキシングをしていたベニ・ジャイルズが共同プロデュースをおこなう。彼は女性シンガー・ソングライターのリアン・ラ・ハヴァスのプロデュースを手掛ける一方、アルカを思わせるエクスペリメンタル・プロジェクトのアドヘルム名義で活動するなど幅広いアーティストだ。ココロコのドラマーであるアヨ・サラウ、ベースのトム・ドライスラー、サックスのセオ・アースキン、ドラムスのサム・ジョーンズ、エンジニアのロバート・ウィルクスなども『ブレス・ディープ』に続いての参加となる。
新たに参加するのはトム・ミッシュやブルー・ラブ・ビーツ、最近はブラック・ミディなどとも共演するサックス奏者のカイディ・アキニビ、オーストラリア出身で 30/70 のドラマーも務めるジギー・ツァイトガイストなどで、特にジギーは3曲ほどオスカーと共同で作曲している。その “ザ・ダーク・サイド”、“ザ・スープ”、“パス・トゥ・サムワン” は、どれも1分弱のインタルード風の小曲で、オスカーとジギーの即興演奏というかジャム・セッションの一場面を切り取ったもの。ここでのオスカーはまるでフレッド・フリスのような実験的なインプロヴァイザーぶりを見せる。
その一方で、“スウィート・アイソレーション” のような内省的なフォーク・ソングがオスカーの魅力。キング・クルールにも通じるぶっきらぼうな歌とロー・ファイな演奏で、そのダークで狂気じみたトーンはニック・ドレイクやシド・バレットなどと世界観を共有する。“ザ・スプーン” も枯れた味わいで切々と紡ぐブルージーなナンバー。パーカッションを交えた土っぽい香りの演奏のなか、オスカーのギターはフリートウッド・マックの “アルバトロス” におけるピーター・グリーンのような音色を奏でる。曲の進行とともに次第にエモーショナルな熱を帯びていくオスカーの歌も素晴らしい。
ジャズの方面から語られがちなオスカーだが、彼の歌とギターは本質的にはロックだ。妖しげなフルートの音色を交えたアフロ・ロックの “チャンネル・ユア・アンガー” は、ヴードゥー教の宗教儀式で伝わる音楽のような呪術性を帯びている。オスカーのアフリカ音楽に対するアプローチが表れた一例だ。“フィート・ダウン・サウス” はヒップホップの影響が強いファンク・ナンバーで、ロイル・カーナーやトム・ミッシュなどサウス・ロンドン勢に共通するムードを持つ。多分このアルバムのなかで一番人気が高いだろう。でも、ほかのシンガーたちと違って、しっかりとギター・ソロの見せ場を作るところがオスカーらしい。アコースティック・ギター演奏のみの小曲 “アヤ・アンド・バーソロミュー” 含め、どちらかと言えば『ザ・スプーン』はシンガーよりもギタリストの方に比重が高いアルバムとなっている。
セオ・アースキンのサックス、アヨ・サワルのドラムスとともに激しい演奏を繰り広げるジャズ・ロック調の “フィード・ザ・ピッグス” は、ギターのフィード・バック演奏によってサイケデリックなムードを生み出していく。“ホール・オブ・ミラー” は注目の新進女性シンガー・ソングライターのレア・セン(彼女もオスカーと同じギタリストでもある)とのデュエットで、タイトなビートとメロウなギター・フレーズが印象的なネオ・ソウル調のナンバー。途中で口笛やスキャットを交えながら歌う “ユーズ・イット” は、延々と同じフレーズをギターで紡いでいくミニマルなナンバー。ココロコのように土や埃の匂いが漂ってきそうな曲で、こうしたアーシーなサウンドがオスカーの一番の魅力ではないかと思う。
小川充