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ここのところの欧州には、派手な話題を振りまくことはないものの、昔ながらの堅実なディープ・ハウスやビートダウン・ハウスをリリースする良質なレーベルがいくつかある。UKではすでにレーベル歴も長い〈エグロ〉とサブ・レーベルの〈ホー・テップ〉がその筆頭に挙げられ、アル・ドブソン・ジュニア、カオス・イン・ザ・CBD、カマール・ウィリアムスことヘンリー・ウー、ジョーダン・ラカイの変名のダン・キーらの作品をリリースする〈リズム・セクション・インターナショナル〉が近年の最注目レーベルと言えるだろう。ドイツにはマックス・グレーフとグレン・アストロの運営する〈マネー・セックス〉があり、デンマークにはそのマックス・グレーフとグレン・アストロ、ヘンリー・ウーなども作品をリリースする〈ターテレット〉がある。この〈ターテレット〉からデビュー・アルバム『フリーダムTV』をリリースしたウェイン・スノウは、本名をケシエナ・ウコチョヴバラといい、ナイジェリア出身のシンガー・ソングライターである。ニューヨーク、ロンドン、シドニーなど世界中でパフォーマンスをおこなっており、2014年からベルリンを拠点に活動している。同じベルリンのマックス・グレーフが、〈ターテレット〉からリリースした『リヴァーズ・オブ・ザ・レッド・プラネット』(2014年)にヴォーカリストとして参加。それによって名前を知られるようになるとともに、自身も〈ターテレット〉から「レッド・ランナー」、「ロージー」という2枚のシングルEPをリリース。そして、マックス・グレーフをプロデューサーに迎えた『フリーダムTV』をリリースするという流れだ。
マックス・グレーフがジャズやフュージョン、ブギーといった要素を取り入れたディープ・ハウスを得意とするだけあり、『フリーダムTV』の基軸はそうしたサウンドを土台に、ウェイン・スノウがソウルフルなヴォーカルを披露する作品集となっている。ウェイン・スノウはナイジェリア出身ということで、土着的でアフリカ色の強い歌声かと思いきや、実際は都会的に洗練されたもの。むしろアメリカのR&Bシンガーに多いタイプで、ディアンジェロ、ドウェレ、エリック・ロバーソンなどが思い浮かぶ。アフリカをルーツとするシンガー・ソングライターということでは、セオ・パリッシュのプロデュースで「フラワーズ」を発表したガーナ系イギリス人のアンドリュー・アショングがいるが、比較的彼に近いタイプのアーティストとなるだろう。そんなウェイン・スノウの歌声が最大限に生かされたディープ・ハウスとして、本作では“フリーダムR.I.P.”が挙げられる。2015年に他界した人権解放運動に尽力したジンバブエの女性詩人のフリーダム・ンヤムバヤに捧げた曲で、エレピをフィーチャーしたそのジャジーなサウンドは、かつてのブレイズやミスター・フィンガーズの全盛期を彷彿とさせるもの。ゴスペルを基盤とするウェイン・スノウの歌は、ンヤムバヤの詩の一説を引用して自由を説いている。“ナッシング・ロング”はジョージ・デュークの“ブラジリアン・ラヴ・アフェア”を彷彿とさせるベース・ラインを用い、マックス・グレーフのスペイシーなフュージョン感全開のナンバー。こうした作品ではウェイン・スノウの開放感溢れる歌が光る。“レッド・ランナー”はブギー調のディープ・ハウスで、“ドランク”はビートダウン系となるだろう。一方、“ザ・リズム”はエレクトロな要素の強いブロークンビーツ系で、ここではオールド・スクールなラップ調のヴォーカルを披露するなど、多彩なところを見せている。そして、アブストラクトなムードの“フォール”や“クーラー”、ダウンテンポ系の“スティル・イン・ザ・シェル”では、実験的なR&Bシンガーとしての顔を見せる。このあたりはかつてのスペイセックが得意としていたようなサウンドだ。“ロージー”もそうで、Jディラ的なフィーリングが感じられる。つまり、全体としてはJディラからセオ・パリッシュ、ムーディーマンらを繋いだデトロイト勢の影響が色濃く感じられるアルバムと言えるだろう。
小川充