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小川充   Mar 01,2022 UP

 サウス・ロンドンのジャズ・バンドにはアフロ・リズムを用いたもの多いが、その急先鋒と言える存在がイル・コンシダードである。2017年から活動する彼らはリズム主体のバンドで、これまで何度かメンバー・チェンジを行いつつも、結成初期からグループの核となる部分は変わっていない。アフロ・リズムといってもいわゆるアフロ・ビートとは異なり、フリー・ジャズやフリー・インプロヴィゼイションを主体とする演奏で、アフリカ音楽以外にもアラビア、インドなどの音楽のモチーフも見られる。ジャズや民族音楽から派生したビートを作りつつも、それが結果的にヒップホップやファンクなどのビートに結びつく場面も見られ、そうした点で現代性も感じられる音楽と言えるだろう。

 グループの中心はバングラデュ系のサックス奏者のアイドリス・ラーマンとドラマーのエレム・ザマラノグルで、アイドリスはユナイティング・オブ・オポジッツやワイルドフラワーなどの活動でも知られる。そのほかにベースのレオン・ブリチャード、パーカッション奏者のヤエル・カマラ・オノノやサティン・シンなどが在籍した時期もある。〈イル・コンシダード・ミュージック〉という自主レーベルから精力的に作品リリースを行っており、これまでに10数枚のアルバムをリリースしている。そもそもライヴ・セッションから形成されてきたグループなので、ライヴ・アルバムも多い。完全なインストゥルメンタル・グループで、これまでのアルバムでもゲスト・シンガーやラッパーなどを招いて録音した作品は一切ないという潔さである。

 『リミナル・スペース』(2021年12月リリース)は最新作となるが、〈イル・コンシダード・ミュージック〉からのリリースではなく、サンズ・オブ・ケメットのチューバ奏者であるテオン・クロスがソロ・アルバムをリリースする新レーベルの〈ニュー・ソイル〉からのリリースとなる。そうしたこともあってか、これまでゲストを招いてこなかった彼らにしては珍しく、テオン・クロスはじめサラティー・コールワール、タマラ・オズボーン、カイディ・アキニビ、旧メンバーのレオン・ブリチャードなどがゲスト・ミュージシャンとして参加している。これまではリズム・セクションとアイドリスのサックスのみで極めてストイックかつ前衛的な演奏を展開してきたイル・コンシダードであるが、本作に関して言えばミュージシャンや楽器が増えたことにより、やや角が取れてむき出しだった部分が洗練されてきた傾向があるものの、そのぶん聴きやすくなっている。表現の幅という点でも広がりを見せるアルバムだ。

 神秘的な出だしから次第に熱を帯びていくアフロ・ジャズの“ファースト・ライト”は、アイドリス・ラーマンのほかにテオン・クロスやカイディ・アキニビもホーン・セクションに参加した作品で、これまでのイル・コンシダードの作品には見られなかった壮大なホーン・アンサンブルが特徴となる。“サンドストーム”はアフロ・ブラジリアン調のリズムで、エレム・ザマラノグルのドラムとオリ・サヴィルによるカバサなどのパーカッション演奏が密林のグルーヴを生み出していく。“ルーズド”はアフロにジャズ・ロックやプログレの要素を交えたダークなムードの曲で、カンとかアモン・デュールのようなクラウトロックにも通じる。哀愁漂うムードの“ダスト”はエチオピアン・ジャズやアラブ音楽の影響が感じられる。アイドリスはサックスのほかにクラリネットも得意とするプレーヤーで、ここではそんな彼のクラリネット演奏が楽曲のムードを支配している。

 “ダルヴィッシュ”はフリーキーなサックスにエレキ・ギターやキーボードがアグレッシヴな演奏を展開する悪魔的なムードの楽曲。エレクトリック・マイルス的な雰囲気を持つ楽曲と言えよう。一方、“パールズ”は瞑想性や牧歌性を感じさせる曲で、アフリカ音楽のほかにインド音楽の要素も感じられる点はアイドリスのほかにゲスト参加するサラティー・コールワールによるものだろう。“ライト・トレイルド”は重量感に満ちたエレム・ザマラノグルのドラムが印象的で、彼の編み出す立体的なドラムとアイドリス・ラーマンのサックスの即興演奏というシンプルな構造ながら、イル・コンシダードの本領が表れた作品となっている。“ナックルズ”もアフロとジャズ・ロックのミックスした楽曲で、パワフルに振り切った演奏を展開する。“ザ・ラーチ”は複雑な変拍子を持ち、テオン・クロスやタマラ・オズボーンなどのホーン・セクションを交えて混沌とした世界を作っていく。アイドリスのクラリネットも電気的なエフェクトをかけて変調させており、そうしたギミックもイル・コンシダードの音楽にはしばしば見られるものだ。アルバムの最後はスピリチュアルな祈りの楽曲“プレイヤー”で締めくくられる。この曲もイル・コンシダードらしいアフロ・リズムが前面に出た楽曲だ。コマーシャルな面が一切ないイル・コンシダードの音楽だが、かつての〈ストラタ・イースト〉や〈トライブ〉といったスピリチュアル・ジャズ・レーベルが持っていた音楽性や精神性をもっとも色濃く受け継いでいるグループだと言えよう。

小川充