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Félicia Atkinson & Jefre Cantu-Ledesma

AmbientModern Classical

Félicia Atkinson & Jefre Cantu-Ledesma

Un hiver en plein été

Shelter Press

デンシノオト   Dec 21,2021 UP

 フランスのエクスペリメンタル・アンビエント・ミュージック・アーティストのフェリシア・アトキンソン(エクスペリメンタル・レーベル〈Shelter Press〉運営者としても知られている)と、アメリカのノイズ・アンビエント・アーティストのジェフリー・キャントゥ=レデスマ(Tarentel、The Alps としても活動し、〈RootStrata〉の共同創設者としても知られている)の新作コラボレーション・アルバムが〈Shelter Press〉からリリースされた。

 「真夏の冬」と題されたこのアルバムは2021年の新しいアンビエント・ミュージックにおける最高の達成のひとつである。サウンドの質、構造、構成、そのどれもが瀟洒なガラス細工のように磨き上げられているのだ。澄んでいて透明。精密でやわらか。部屋に流しているだけで空間の凜とした空気が変わる。まさに「真夏の冬」のごとき音響作品である。美しくて浮遊するようなサウンドスケープは絶品としか言いようがない。
 
 フェリシア・アトキンソンとジェフリー・キャントゥ=レデスマのコラボレーション・アルバムは今回が初ではない。2016年に『Comme Un Seul Narcisse』、2018年に『Limpid As The Solitudes』の二作を〈Shelter Press〉からすでに発表している。どちらも10年代のエクスペリメンタル・ミュージックを代表するといっていいアルバムである。ちなみにこれら二作のアルバムは、ギー・ドゥボール、ボードレール、ブリオン・ガイシン、シルヴィア・プラスなどから導かれたコンセプトや引用によって成り立っているというのだから、このふたりの文学や芸術への造詣の深さもわかるというものである。

 そんなフェリシア・アトキンソンとジェフリー・キャントゥ=レデスマの出会いは2009年にさかのぼる。そこからふたりの音源のファイル交換がはじまったという。交換された音楽ファイルは積み重なり、やがてそれが先の二作のアルバムへと結実した。
 対して本作『Un Hiver En Plein Été』は、アトキンソンとキャントゥ=レデスマのふたりが初めてレコーディング・スタジオに入り、対面して録音した音源が基礎となっているアルバムである。録音は2019年8月にブルックリンでおこなわれた。つまり最初の出会いから10年後の出来事であり、コロナウィルスが世界を覆うほんの少し前の時期だ。
 そこで録音された音源は、まるでガラス細工を精密に加工するように、ふたりによって磨き上げられ、本アルバムに収録された宝石のような美しい音響音楽に生まれ変わったというわけだ。

 アトキンソンは本作の録音を「遊び場」のようだったと述べている。加えて「ゴダールの『はなればなれに』(1964)おけるルーヴルでの慌しさに少し似ている」(あの有名なルーヴル美術館疾走のシーンだ)とも語っている。比喩が的確で、録音の現場の楽しさが伝わってくる。一方、キャントゥ=レデスマは本作の制作過程を「それ自身の心」を持っているようだと言い、「ふたりは一緒に乗り込んだ」とも述べている。両者の意見の相違も面白いが通底しているのはレコーディング・スタジオで「共に、対面で、作りはじめた」ことよる反応・変化であろう。
 じっさい新作『Un Hiver En Plein Été』は、これまでの二作と随分と趣の異なるサウンドスケープに仕上がっている。印象でいえば『Comme Un Seul Narcisse』、『Limpid As The Solitudes』のキャントゥ=レデスマ的なノイズ・アンビエント感覚でなく、フェリシア・アトキンソンのソロ作品(それも近作)で展開されるASMR的なアンビエントのムードに近いのだ。
 とはいえエレクトロニクスの多くをキャントゥ=レデスマが手がけているようである。推測するにこの「変化」は対面でのレコーディングによって、それぞれが直接的に影響を受け合ったからかもしれない。

 じじつ全6曲、まるで澄んだ空気のように、もしくは浮遊する時間のようなアンビエントが生成されているのだ。1曲目 “And All The Spirals Of The World” ではアトキンソンの声に導かれ、柔らかな質感のアンビエント・ドローンが展開する。音の心地よさで時間が浮遊するよう感覚を得ることができる。
 続く2曲目 “Quelque Chose” では澄み切った音色の美麗なピアノの旋律も交錯し、モダン・クラシカルな様相を見せはじめる。
 3曲目 “Septembers” ではクラシカルでありながら即興的なピアノに、環境音やアトキンソンの声が交錯し、そこにジャズのリハーサル風景のような音が重なる。いわば音が堆積していくような音響空間を実現しているのだ。ここから音響世界はよりディープになっていく。
 4曲目 “Not Knowing” では現代音楽的な無調のピアノに、より硬いノイズが細やかにレイヤーされていくトラックだ。これまでの美麗なムードから一変し、不穏なムードに満ちていることも特徴だろう。アルバム中、もっともエクスペリメンタルなトラックともいえる。
 5曲目 “Ornithologie” は2分48秒程度の短い曲だが、4曲目 “Not Knowing” から続けて聴くと、まるで爽やかな朝を迎えたような清冽なサウンドである。耳の感覚が一気に拓かれるような感覚を得ることができた。
 アルバム最終曲である6曲目 “The Hidden” は、環境音で幕を開ける。そこに煌めくような電子音と細やかな持続音が微かに重ねられ、やがてそれらが環境音の音世界に侵食・交錯し、時空間を変えていくような音世界を展開する。アンビエント/アンビエンスな電子音が、まるでクラシカルな曲のアダージョのように鳴り響く。「持続する電子音のオーケストレーション」とでも形容したいほどに美しいサウンドである。モダン・アンビエントの粋とでもいうような楽曲といえる。

 この『Un Hiver En Plein Été』を聴き終わったとき、真っ先に思い浮かんだのは、「2020年代のエリック・サティ」という言葉だった。家具の音楽から、インテリアの音響へ? 彼らはサティの音楽的コンセプトを現代に再現しているのではないか。
 さらにいえば『Un Hiver En Plein Été』の優雅な音響実験の数々は、タイプライターの音、ラジオの雑音、空き瓶やパイプを叩く音などを取り入れたサティが1917年に手がけたバレエ音楽『パラード』を受け継ぐような音楽のようにも聴こえた。
 こう考えると、20世紀初頭、1917年にサティがおこなった音の実験は、2019年から2021年にかけて新しい感性と知性と技術によって蘇生・新生したのかもしれない。それほどまでに、この『Un Hiver En Plein Été』には、深化した実験的音響音楽の魅惑が横溢しているのだ。

デンシノオト