ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Ryuichi Sakamoto | Opus -
  2. interview with Lias Saoudi(Fat White Family) ロックンロールにもはや文化的な生命力はない。中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だ。 | リアス・サウディ(ファット・ホワイト・ファミリー)、インタヴュー
  3. Li Yilei - NONAGE / 垂髫 | リー・イーレイ
  4. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  5. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  6. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  7. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  8. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  9. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  10. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  11. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  12. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  13. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  14. interview with Fat White Family 彼らはインディ・ロックの救世主か?  | ファット・ホワイト・ファミリー、インタヴュー
  15. Fat White Family ——UKインディ・ロックの良き精神の継承者、ファット・ホワイト・ファミリーが新作をリリース
  16. 『成功したオタク』 -
  17. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  18. Columns 3月のジャズ Jazz in March 2024
  19. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  20. Columns 坂本龍一追悼譜 海に立つ牙

Home >  Columns > 10月のジャズ- Jazz in October 2023

Columns

10月のジャズ

Jazz in October 2023

小川充 Oct 24,2023 UP

 つねに新しいものが求められがちな音楽シーンにあって、ジャズの場合はそれだけでなく、過去の音源の発掘や歴史に埋もれた作品の再評価といった作業も大きな意味合いを持つ。そして、歴史や伝統のある音楽シーンであるからこそ、昔から現在に至るまで長く活動するミュージシャンも多い。今月はそうしたレジェンドのリリースが見られた。


Hugh Masekela
Siparia To Soweto

Monk Music / Gallo Record Company

 南アフリカ出身で米国に渡り、世界的に活躍したトランペット奏者のヒュー・マセケラ。シンガーでもあり、作曲家としても数々の名曲を残した彼が没したのは2018年だが、その死後もミュージシャンたちへの影響は続いており、たとえば生前の2010年に録音された故トニー・アレンとの共演作『リジョイス』が2020年にリリースされた。これは彼らふたりの録音に、新たにエズラ・コレクティヴココロコなどの演奏を加えて完成されたもので、見事に新旧ミュージシャンの共演となっていた。そして、この度またヒュー・マセケラの未発表音源が発掘された。

 2005年にトリニダード・トバゴのジャズ・フェスに参加して以来、アフリカとカリブの音楽を繋ぐことに腐心していったマセケラは、2012年から2016年にかけてトリニダード・トバゴを訪問し、現地のミュージシャンたちとのセッションをおこなった。参加したのはソカの伝説的なミュージシャンであるマシェル・モンタノ、スティールパンの世界的第一人者であるアキノラ・セノンが率いる楽団のシパリア・デルトーンズ・オーケストラなど。マセケラは2005年のフェスでシパリア・デルトーンズ・オーケストラに出会ってから、その演奏にずっと魅せられ続けてきており、念願の共演となったようだ。

 トリニダーソ南部の街であるシパリアから南アフリカのヨハネスブルグにあるソウェトへと題されたこのアルバムは、マセケラはじめとした参加ミュージシャンの国境を越えたセッションに留まらず、アフリカ大陸とカリブ海の文化的遺産を巡る旅のような音楽である(トリニダードの住民の多くは、かつて旧英領時代にアフリカから奴隷として連れてこられた人びとを祖先とする)。トリニダードで人びとが集うもっともポピュラーな場所はマンゴーの木下だそうで、そこで政治や経済について議論がおこなわれ、歴史や文化が受け継がれてきたとアキノラ・セノンは述べており、そうした背景が “ザ・ミーティング・プレイス” “マンゴ・ツリー” といった曲へと繋がった。自分たちのルーツは本質的にアフリカ人であるというセノンは、トリニダード・トバゴの文化的遺産とアフリカ系カリブ人のディアスポラの復興のため、その象徴的な楽器としてスティールパンを用いているそうだ。そして、その音色はとてもピースフルで、“ボンゴ・デイ” や “ロール・イット・ガル” などさまざまなタイプの音楽とも調和することが可能だ。アフリカからカリブへと跨る文化遺産の多様性、そしてその根底にある平和的な思想を音楽にしたアルバムと言えよう。


Idris Ackamoor & The Pyramids
Afro Futuristic Dreams

Strut

 1970年代より活動するアイドリス・アカムーアと彼の率いるザ・ピラミッズは、2010年代に入るとスピリチュアル・ジャズ再評価の影響を追い風に、『ウィ・ビー・オール・アフリカンズ』(2016年)、『アン・エンジェル・フェル』(2018年)、『シャーマン!』(2020年)とコンスタントにアルバムを発表している。『アン・エンジェル・フェル』『シャーマン!』はヒーリオセントリックスのマルコム・カットが共同プロデューサーとなり、そのミキシングやレコーディング作業を通じてアイドリス・アカムーアの音楽観や世界観を現在のシーンにも繋がるものへと仕上げていたわけだが、この度リリースされた新作『アフロ・フューチャリスティック・ドリームズ』もやはり彼が共同プロデュースをおこなう。結成から50周年を迎えたザ・ピラミッズは、オリジナル・メンバーのマルゴー・シモンズや1970年代の作品にも参加したブラディ・スペラーのような年長のミュージシャンがいる一方、サウス・ロンドンのアフロ・バンドであるワージュやジョーダン・ラカイのバンドに参加するアーネスト・マリシャレスと若いミュージシャンも参加するなど、新旧ミュージシャンが融合した形で、サン・ラー・アーケストラのように過去・現在・未来を繋ぐ存在と言えよう。“サンキュー・ゴッド” あたりはとてもサン・ラー的な楽曲だ。

 『アフロ・フューチャリスティック・ドリームズ』というタイトルが示すように、シャバカ・ハッチングスら南ロンドンのミュージシャンらの活躍で再び注目を集めるようになったアフロ・フューチャリズムを反映したアルバムであり、『アン・エンジェル・フェル』以降に顕著なブラック・ライヴズ・マターからの影響が本作においても “ポリス・デム” “トゥルース・トゥ・パワー” などの楽曲に表れている。また、表題曲などシンセサイザーやエフェクターによって人工的なサウンドとプリミティヴなアフリカ音楽を意図的に融合する場面があり、そこがアカムーアなりのアフロ・フューチャリズムの表現と言えるだろう。


Kofi Flexxx
Flowers In The Dark

Native Rebel Music

 コフィ・フレックスとは覆面的なアーティストだが、実際はシャバカ・ハッチングスの新たなプロジェクトである。これまで2022年にカルロス・ニーニョとコラボした “イン・ザ・モーメント・パート3” というフリーフォームなアンビエント音源をデジタル・リリースしたのみで、今回の『フラワー・イン・ザ・ダーク』が実質的な初リリース・初アルバムとなる。シャバカ以外の参加ミュージシャンは明らかではないが、楽曲ごとにラッパーやシンガーがフィーチャーされていて、ビリー・ウッズ、アンソニー・ジョセフ、コンフューシャスMC、エルシッド、ガナブヤ、シヤボンガ・ムセンブなどが参加する。トリニダード・トバゴ出身の詩人であるアンソニー・ジョセフのポエトリー・リーディングをフィーチャーした “バイ・ナウ(アキューズド・オブ・マジック)” は、同じカリブをルーツに持つシャバカ・ハッチングスにとって、彼らのルーツや歴史・文化を表明したアフロ・ジャズ。ヒュー・マセケラやアイドリス・アカムーアら先人の音楽とも繋がる作品である。

 “イット・ワズ・オール・ア・ドリーム” や “フラワーズ・イン・ザ・ダーク” など、比較的リズムを中心とした作品が多く、リズム・セクションもパーカッション中心にミニマルでトライバルな展開をしていく。シャバカのサックスやクラリネット、フルートも土着的な音色を奏で、“インクリーズ・アウェアネス” や “ショウ・ミー” のように薄くアンビエントな演奏が目につく。特に “インクリーズ・アウェアネス” ではインド音楽のようなコーラスが幻想的に流れ、サンズ・オブ・ケメットザ・コメット・イズ・カミングなどともまた異なる、シャバカのまた新たな側面を見せるプロジェクトだ。


Daniel Villarreal
Lados B

International Anthem Recording Co. / rings

 ダニエル・ヴィジャレアルは南米パナマ出身で、シカゴに移住して活動するドラマー/パーカッション奏者。ラテン・バンドのドス・サントスのメンバーでDJとしても活動する彼は、ジェフ・パーカーなどとも交流が深く、その力を借りてファースト・アルバムの『パナマ77』を2022年にリリース。アメリカの黒人ドラマーなどとはまた異なる、ラテン民族ならではの独特のリズム・センスを感じさせるアルバムだった。

 この度リリースした新作『ラドスB』は、鍵盤楽器や管楽器なども入っていた『パナマ77』と異なり、ダニエル・ヴィジャレアルのドラム&パーカッション、ジェフ・パーカーのギター、アンナ・バタースのベースというミニマムなトリオ録音(“サリュート” という曲のみローズ・ピアノが入る)。録音自体は2020年10月のロサンゼルスにて2日間でおこなわれており、3人の即興的なセッションを比較的ラフな形でレコーディングしている。ラテン音楽特有のハンド・ベルではじまる “トラヴェリング・ウィズ” は、ファンキーなフレーズを奏でるギターやベースを交え、1970年代のエル・チカーノやマロといったラテン・ロックを彷彿とさせる作品。このあたりはDJもやるヴィジャレアルのレア・グルーヴ的なセンスが表れているようだ。速いビートを刻む “リパブリック” は、ラテン民族ならではのヴィジャレアルのドラミングが光る楽曲。一方、レイドバックしたグルーヴの “サリュート” にはフォーキーで枯れた雰囲気もあり、ラテン音楽とアメリカのブルースがうまくマッチした楽曲となっている。

Profile

小川充 小川充/Mitsuru Ogawa
輸入レコード・ショップのバイヤーを経た後、ジャズとクラブ・ミュージックを中心とした音楽ライターとして雑誌のコラムやインタヴュー記事、CDのライナーノート などを執筆。著書に『JAZZ NEXT STANDARD』、同シリーズの『スピリチュアル・ジャズ』『ハード・バップ&モード』『フュージョン/クロスオーヴァー』、『クラブ・ミュージック名盤400』(以上、リットー・ミュージック社刊)がある。『ESSENTIAL BLUE – Modern Luxury』(Blue Note)、『Shapes Japan: Sun』(Tru Thoughts / Beat)、『King of JP Jazz』(Wax Poetics / King)、『Jazz Next Beat / Transition』(Ultra Vybe)などコンピの監修、USENの『I-35 CLUB JAZZ』チャンネルの選曲も手掛ける。2015年5月には1980年代から現代にいたるまでのクラブ・ジャズの軌跡を追った総カタログ、『CLUB JAZZ definitive 1984 - 2015』をele-king booksから刊行。

COLUMNS