Home > Reviews > Album Reviews > Idris Ackamoor & The Pyramids- An Angel Fell
アメリカのサン・ラーやスピリチュアル・ジャズは、昔から本国よりもイギリスやヨーロッパで評価されてきた。ジャイルス・ピーターソンなどジャズDJが多く、レア・グルーヴ・ムーヴメントを通じてそうした昔の音源の価値を知って、現代に伝承する文化が形成されてきたことが理由にあるだろう。シャバカ・ハッチングスがサン・ラー・アーケストラと共演したり、フォー・テットがそのサン・ラー楽団でドラマーだったスティーヴ・リードと共演するなど、過去と現在を繋ぐようなセッション、企画も多い。エマネイティヴによる『ザ・ライト・イヤーズ・オブ・ダークネス』(2015年)もそうしたアルバムのひとつで、2010年に亡くなったスティーヴ・リードを追悼し、その後設立された「スティーヴ・リード基金」への寄付を目的としたものだった。ここにはサン・ラー楽団の同僚でリードと数多く共演してきたアーメッド・アブドゥラーから、フォー・テット、ロケットナンバーナイン、ユナイテッド・ヴァイブレーションズ、カラクターなど新しい世代のアーティストが参加していたのだが、アーメッド・アブドゥラーと並ぶ伝説的なミュージシャンの参加もあった。それがアイドリス・アカムーアとピラミッズである。
1950年生まれの黒人サックス奏者アイドリス・アカムーア率いるピラミッズは、1970年代に『ラリベラ』(1973年)、『キング・オブ・キングス』(1974年)、『バース/スピード/マージング』(1976年)というアルバムを自主制作で発表している。公民権運動家の母親を持つアカムーアは、オハイオ州に生まれてシカゴで育ち、大学時代の仲間と結成したバンドがピラミッズの原型である。アフロ・アメリカン系の彼らはヨーロッパへ演奏旅行に赴き、そこでピラミッズが結成され、オハイオに戻ってから『ラリベラ』を録音。『キング・オブ・キングス』発表後はカリフォルニアへ移住し、『バース/スピード/マージング』を録音している。アフリカ音楽に多大な影響を受けたジャズ・グループで、アート・アンサンブル・オブ・シカゴのようなフリー・ジャズにサン・ラーのようなコズミック感覚を備えていた。多くのスピリチュアル・ジャズ・バンドがそうであったように、1970年代の彼らはジャズの表舞台では全く相手にされず、1990年代から2000年代になってDJたちによって再評価されるようになった。先の3枚のアルバムが復刻されたり、大阪の〈EMレコーズ〉によって『ミュージック・オブ・アイドリス・アカムーア 1971‐2004』(2006年)というアンソロジーも編纂されたが、そうした再評価の波を受けて『バース/スピード/マージング』発表後に解散していたピラミッズが復活する。2011年に35年ぶりとなる新作『アザーワールドリー』を発表し、その活躍によって2012年にジャイルス・ピーターソンが開催する「ワールドワイド・アワード」で表彰され、ドイツの〈ディスコB〉からも『ゼイ・プレイ・トゥ・メイク・ミュージック・ファイア!』というコンピがリリースされる。そして、前述の『ザ・ライト・イヤーズ・オブ・ダークネス』に参加した後も活動を継続し、カマシ・ワシントンの台頭などでアフリカ回帰色の強いスピリチュアル・ジャズが再び脚光を集める中、2016年に『ウィ・ビー・オール・アフリカンズ』を〈ストラット〉から発表した。ドイツ録音となる『ウィ・ビー・オール・アフリカンズ』では、同じく1970年代の伝説的スピリチュアル・ジャズ・バンドのワンネス・オブ・ジュジュのメンバーだったババトゥンデ・レアとも共演していたのだが、それから2年ぶりとなる新作が『アン・エンジェル・フェル』である。
『アン・エンジェル・フェル』の録音はロンドンで、アイドリス・アカムーアの共同プロデューサーにマルコム・カットが名を連ねている。マルコム・カットはサイケ・ジャズ・ファンク・バンドのヒーリオセントリックスのリーダーで、DJシャドウやマッドリブなどと共演してきたドラマー/プロデューサーだ。〈ストラット〉からは過去にエチオピアン・ジャズの巨星ムラートゥ・アスタトゥケ、ジャズと東洋音楽を結んだ鬼才ロイド・ミラーなどと共演したアルバムも出しており、本作でのプロデュースはそれらでの手腕を踏まえたものだろう。カットはレコーディング・エンジニアリングやミキシングも手掛け、そうした彼のスタジオ・ワーク手腕が生かされている。サン・ラーにインスパイアされたと思わしき“ランド・オブ・ラー”にそれは顕著で、キング・タビーばりの強烈なエフェクトがフィーチャーされたアフロ・ダブとなっている。表題曲の“アン・エンジェル・フェル”でもコズミックなエフェクトが多用されており、フリーフォームで神秘的な世界観はやはりサン・ラーに共通するものだ。また、この曲では女流ヴァイオリン奏者のサンディ・ポインデクスターのオーガニックなプレイも印象に残るのだが、彼女も以前サン・ラーのトリビュート・アルバムに参加してきた人である。そうして聴くと、“サンセッツ”には明らかにサン・ラーの“スペース・イズ・ザ・プレイス”を意識したところがあることがわかるだろう。そのほかアフロビートを咀嚼した“ティノーゲ”、ラテン~カリビアン風味の“パピルス”、ラスタファリズムやナイヤビンギと結び付いた“メッセージ・トゥ・ピープル”と、アフリカ音楽をルーツとする様々な広がりを見せた作品集となっている。カンやエンブリオのようなクラウトロック風の“ウォリアー・ダンス”にも、やはりアフリカ音楽の強靭なリズムがある。一方、ミズーリ州で白人警官に射殺された黒人青年のマイケル・ブラウンに捧げた“ソリロクィ(独り言)・フォー・マイケル・ブラウン”では、1970年代から一貫しておこなってきた黒人としてのアイデンティティを説く。この曲でのアイドリス・アカムーアのテナー・サックスはジョン・コルトレーンやファラオ・サンダース、サンディ・ポインデクスターのヴァイオリンはマイケル・ホワイトを想起させるもので、彼らふたりの演奏のコンビネーションがアルバムの大きな柱となっている。南ロンドンで言えばシャバカ・ハッチングスとかエズラ・コレクティヴの音楽にも、アイドリス・アカムーアとピラミッズの影響が強いなと改めて感じさせる作品だ。
小川充