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〈AMBIENT KYOTO 2023〉現地レポート

〈AMBIENT KYOTO 2023〉現地レポート

野田努 Oct 17,2023 UP

 10月14日正午、ぼくは京都駅から東京方面の新幹線に乗って、余韻に浸っていた。つい先ほどまで、取材者の特権を使い、〈AMBIENT KYOTO〉における「坂本龍一 + 高谷史郎 | async ‒ immersion 2023」をもういちど聴いて観て、感じていたばかりである。京都新聞ビル地下1階の元々は印刷所だったその場所で繰り広げられている、『async』の最新インスタレーションを、ぼくはその前日にも聴き、観て、感じている。音楽も映像も、音響も場所も、すべてが完璧に共鳴し合ったそのインパクトがあまりにも強烈だったので、京都を離れる前にもういちどと、その日の早い時間、午前10時過ぎに同所に行って、「async ‒ immersion 2023」を焼き付けておこうと思ったのである。

 この話をしたら長くなるので、後回しにする。まずは、昨年に続いて〈AMBIENT KYOTO〉が開催されたことを心から喜びたく思う。ぼくは「アンビエント・ミュージック」が大好きだし、そう呼ばれうる音楽をこの先も可能な限り聴き続けるだろう。そして、この「アンビエント」なる言葉が広く普及することを願ってもいる。だから〈AMBIENT KYOTO〉がシリーズ化されたことが、率直な話、いちファンとして嬉しい。
 とはいえ、ぼくが思う「アンビエント」なるものとは、やかましくなく、強制もせず、静寂控え目であることの強度を抽出し、BGMでありながら同時に実験的であるということであって、そこにはひねり(ウィット)を要する。つまり、静寂こそやかましく、変わらないことこそ変化であると。しかしながら今日では、もっと幅広く、場所の雰囲気(の調整のため)に重点を置いたサウンドも「アンビエント」に括られている。だからというわけではないのだろうが、〈AMBIENT KYOTO〉は、今回はサウンド・インスタレーション(音響工作によって、さまざまな空間と場を創出するアートの総称)の領域にまで広げて展示している。それはそれで意味がある。サウンド・アートという創造的分野を広く知ってもらえる機会を用意しているのだから。
 とまれ。そんなわけで、ぼくは10月13日の午後3時、京都駅から展覧会場である京都中央信用金庫を目指して歩いたのだった。
 人混みを避けるため地下道を使って歩いていくと、通路の両側のガラスのなかに〈AMBIENT KYOTO 2023〉のポスターがいくつも設置されていることに気が付く。おお〜これはすごい。わずか1年でここまで市民権を得たのかと、ちょっと感動してしまい、その風景の写真を撮りながら会場へと向かったのだった。

 地下道から出て、通りを挟んで見えるあの古い建築物には、ちゃんと今回のキーヴィジュアルが飾られている。絵になっているじゃないですか。町の風景のなかに溶け込んでいる。

 そして建物に入って、まずは3階のコーネリアスから。


Photo by Satoshi Nagare

 それはもう、コーネリアスらしいというか、コーネリアスそのものというか、ファンタズマの世界というか何というか、いきなり“霧中夢”の、言うなれば、音と光で夢を見るトリップ装置だ。サウンドとライティングがシンクロし、ちゃんとミスト(霧)も噴射される。比喩としていえば、子供も楽しめるエンターテイメントとしても成立してしまっている。




上から、ZAKが新たにミックスした立体音響のバッファロー・ドーター “ET” と “Everything Valley” 。そして山本精一の“Silhouette”。Photo by Satoshi Nagare
 “霧中夢”によってSF的な夢の世界に入ったぼくは、そのまま同階に設置されている、バッファロー・ドーターと山本精一の部屋へ。ふたつの巨大なスクリーンに投影された映像とサウンドが連動し、ここではまた別のエクスペリエンスが待っていた。ぼくはメモ帳に、忘れないようにと、いろんなことを書いてきたのだが、我ながら字が汚くて読めない。バッファロー・ドーターのきらびやかで躍動的なサウンドスケープ(“ET”と“Everything Valley”の2曲)、そして山本精一の、おそらく多くのアンビエント・ファンが思い描くであろうアンビエントの定義に忠実な、つまり川や海のように、遠くで見れば静止状態で、近く見れば変化しているかのような没入感のある映像と音響、今回の展覧会のために作られた“Silhouette”。


Photo by Satoshi Nagare

 とまあ、刺激的な空間をたっぷり堪能したので、3階のラウンジスペースでひと休み。居心地が良いので気を緩めると眠ってしまう。

 ところで今回は、どの作品においても、ZAKの手による高性能の立体音響が効いている。きわめて緻密にこれら音響空間は考慮され、設計されているのだろう。ここには、聴覚的体験におけるあらたな座標がある。その立体音響をとくにわかりやすく体感できるのが、2階に設置されたコーネリアスの“TOO PURE”である。ライヴでもお馴染みのサウンドと映像のシンプルな構成だが、しかしライヴでは味わえない宙を浮遊するサウンドたちによる、心地よい聴覚/視覚体験だ。鳥のさえずりは部屋のなかを旋回し、ギターの音色は森のなかに響いている……そんな感じで、あまりにも気持ちいいので、ぼくはここでもしばらく寝た。


Photo by Satoshi Nagare

 1階の“QUANTUM GHOSTS”も、ZAKの立体音響とコーネリアスとの共作と言える作品だ。部屋に入るとすぐベンチがあるので、ついついそこに座ってしまいそうになるかもしれないが、これは奥に設置された正方形の舞台の上に立って体感するべきもので、またしても目眩のするようなトリップ装置である。思わず踊っている人がいたが、それはある意味正しい反応だといえよう。
 最後に、アート展に行ったらショップに寄ってしまうのが人のサガ。今回もいろんなものがあって見ていて楽しい。しかも、別冊エレキング『アンビエント・ジャパン』号も売られているじゃないありませんか! ぼくは、テリー・ライリーのTシャツと「AMBINET KYOTO」Tシャツを買った(コーネリアス・タオルも迷ったのだけれど、家にいくつもタオルがあるので断念)。

 平日の午後なので空いているのかと思いきや、けっこう人がいた。その日はとくに若い人たちが多かったように思えたが、コーネリアス、バッファロー・ドーター、山本精一という名前に反応した人たちなのだろうか、各作品の解説があるような格式張ったアート展というよりは、喩えるなら、なかばクラブやライヴハウスにいるみたいな開放的な雰囲気があり、ぼくはリラックスして楽しめた。



Photo by Satoshi Nagare

 ざっとこのように、〈AMBIENT KYOTO〉の本拠地における、いわば「時間の外の世界」をおよそ1時間かけて楽しませてもらい、さて、続いては今回のクライマックスといえる京都新聞ビル地下1階を目指して地下鉄に乗る。親切なスタッフの方から7番出口を出るとすぐ入り口だと教えられ、その通りに行くと、ほんとうにすぐ会場だった。

 階段を降りて、地下一階へ。

 そして入口のドアを見つけてなかに入ると、ちょうど運良く、かかっていたのが“andata”だったので、『async』をほぼ最初から聴くことができた。
 会場内は、写真のように、じつに雰囲気のある広いスペースで、横長に、芸術的な意図をもった、素晴らしい映像が映されている。立体音響はここでも効いており、ぼくは遠い昔、タルコフスキーの『サクリファイス』を映画館で観たときのことを思い出した。あの、サウンドと映像で語りかける深淵なる何か。リスナーへの問いかけ。

Photo by Satoshi Nagare

 人の生とは何か、死とは何か、この大きなテーマに(ありきたりの宗教性に陥ることなく)立ち向かったのが『async』の本質だったことを、ぼくは感じざるえなかった。家のスピーカーではわからなかった各曲の繊細な構造的な変化や揺らぎも、ここでは充分感知することができるし、体内に入ってくる。その美しさ、そして重さも、同時に入ってくる。これは『async』に違いないのだが、高谷史郎との共同作品でもあって、そしてこれはもう、この忘れがたい場所でしか体験できないのだ。ぼくを惹きつけて止まない映像は、アルバムに合わせて毎回同じようには反復しない(非同期している)。だから目の前には、そのときだけの音楽と映像のコンビネーションがある。
 この日の夜は、テリー・ライリーのライヴがあったのだけれど、ぼくのなかでは『async』の余韻がまったく消えず、二日酔いのようにずっと残ってしまい、よって翌日もまた冒頭に書いたように同じ場所に来てしまった。敢えて極論めいて言うけれど、「坂本龍一 + 高谷史郎 | async ‒ immersion 2023」のためだけに来ても、〈AMBIENT KYOTO 2023〉には価値はある。いまだにうまく言葉にできないし、楽しむというよりは頭も使う作品であることは間違いないのだけれど、ドイツの美術館でロスコの巨大な原画の前に立ちすくんでしまった経験に近い、何か圧倒的なものに出会ってしまったときの感動を覚えた。もっと長い時間あの場所にいたかったというのが正直な気持ちである。ちなみにぼくが行った2日ともに、来ている人たちの年齢は明らかに高めで、外国人も混ざっていた。

 もちろん、京都中央信用金庫でのドリーミーな体験があったからこそ、ある種の相互作用によって「坂本龍一 + 高谷史郎 | async ‒ immersion 2023」が異なる次元において際だって見えたのだろうし、結局のところ、それぞれが独自の世界を持っていて味わい深く、面白かった。ありがとう、〈AMBIENT KYOTO 2023〉。

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