Home > Reviews > Album Reviews > Nduduzo Makhathini- In The Spirit Of Ntu
昨年〈ブラウンズウッド・レコーディングス〉からオミニバス・アルバムの『インダバ・イズ』がリリースされるなど、南アフリカ共和国のジャズ・シーンがジワジワと注目を集めている。キーナン・メイヤーはじめ若い注目アーティストも多い。『インダバ・イズ』の参加者はタンディ・ントゥリ、シヤボンガ・ムセンボ、そのシヤボンガもメンバーのザ・ブラザーズ・ムーヴス・オン、ボカニ・ダイアー、ルワンダ・ゴグワナなど多岐に渡るが、その中心に位置するのがジ・アンセスターズである。アンセスターズはシャバカ・ハッチングスとの共演によって、南アフリカ共和国の外でもいち早く知られる存在となった。そうしたいきさつから、シャバカら南ロンドンのジャズ・シーンが注目されるのと連動し、南アフリカのジャズ・シーンもジャイルス・ピーターソンのようなキュレーターから支持されるようになっていったわけだ。
ジ・アンセスターズの中心はドラマーのトゥミ・モロゴシ、トランペットのマンドラ・マラゲニ、ピアノのンドゥドゥーゾ・マカシニで、それぞれ個別にソロ活動をおこなったり、別のグループを持っていたりする。なかでも1982年生まれのンドゥドゥーゾ・マカシニは、2000年ごろからソロ活動を開始し、サックス奏者のジム・ンガワナ率いるジモロジー・カルテットへの参加はじめ、フェヤ・ファク、マッコイ・ムルバタなど南アフリカを代表するジャズ・ミュージシャンらとツアーやセッションをおこなってきた。2014年頃よりリーダー作品もいろいろと制作しており、最初のCDアルバムは2017年に〈ユニバーサル・サウス・アフリカ〉から発表された『イカンビ』である。ジ・アンセスターズの活動でイギリスやヨーロッパを訪れる機会が増えていたこともあって、このアルバムはイギリスでの録音となり、イギリス人ミュージシャンや在英の南アフリカ人ミュージシャンなどが入り混じった編成で、1960年代より交流の深かったイギリスと南アフリカのジャズ・シーンを反映するものでもあった。
その後、〈ブルーノート〉と契約して発表した2020年のアルバム『モーズ・オブ・コンミュニケーション:レターズ・フロム・ジ・アンダーワールズ』は、自身のルーツである南アフリカのジャズを前面に打ち出したものとなった。ンドゥドゥーゾは南アフリカ共和国のウムグングンドロヴ郡出身だが、かつて19世紀はズールー王国のディンガネ・カセンザンガコナ王が統治していた地域で、その後イギリスの植民地となった背景がある。先住民による儀式やそれに伴う音楽などの文化が色濃く残る地域でもあり、音楽家も呪術師や祈祷師としての側面を持つ。そうした地域の影響を受けたンドゥドゥーゾも、ピアニスト/作曲家であると共にヒーラーでもある。そして、ジョン・コルトレーンとマッコイ・タイナーのカルテットによるモードや即興演奏を土台とした上で、ベキ・ムセレク、モーゼス・タイワ・モレレクワ、アブドゥーラ・イブラヒムという南アフリカが生んだ偉大なピアニストの先人たちからの影響を随所に見せたアルバムで、ニューヨーク・タイムズ紙による2020年度ベスト・ジャズ・アルバムの一枚に選出された。
この度リリースされた『イン・ザ・スピリット・オブ・ントゥ』は、ンドゥドゥーゾ・マカシニにとって10作目のスタジオ録音アルバムとなり、〈ユニバーサル・アフリカ〉が〈ブルーノート〉と提携して設立した〈ブルーノート・アフリカ〉の第1弾作品となる。参加ミュージシャンはサックスのリンダ・シッカハネ、トランペットのロビン・ファーシコック、ヴィブラフォンのディラン・タビシャー、ベースのスティーヴン・デ・スーザ、パーカッションのゴンツェ・マケネ、ドラムスのデイン・パリスなど、現在の南アフリカの有望な若手ミュージシャンが中心となり、ゲスト・ヴォーカリストとしてオマググ、オーストリア出身のアンナ・ウィダワー、アメリカ出身のサックス奏者のジャリエ・ショーが招かれている。
アルバム・タイトルにあるントゥとは、アフリカのバントゥー系民族に由来する人間という意味のズールー語の言葉で、アフリカに古くから伝わる哲学や教えにも繋がる概念である。かつてゲイリー・バーツはントゥ・トゥループといグループを結成し、イギリスのジャズ・レーベルである〈ウブントゥ〉もこのントゥという言葉を由来とするなど、ジャズとアフリカを結ぶ上での重要なキー・ワードと言えるだろう。ンドゥドゥーゾはジャズにコスモロジーのアイデアを取り入れており、『モーズ・オブ・コンミュニケーション:レターズ・フロム・ジ・アンダーワールズ』では冥界から届く音のメタファーとして手紙を用いるなど、彼ならではのアフロ・フューチャリズムの精神が反映されていた。『イン・ザ・スピリット・オブ・ントゥ』においては、アフリカの大地から生まれる音に耳を傾けるパラダイムがントゥという言葉に示される教えとンドゥドゥーゾは考える。
“ウノンカニヤンバ”は6/8拍子のアフロ・ジャズで、ヴィブラフォンとパーカッションによってミニマルな雰囲気がもたらされる。即興演奏のなかで祝祭的な旋律と神秘的な旋律が行き来し、時折シャーマンのようなチャントが挟まれるなど、まさにアフリカの大地に根差したジャズと言えるだろう。“アマソンゴ” も土着的な8拍のリズムで、アフリカならではの牧歌性と呪術性が交錯するような演奏を聴かせる。“アバントワナ・ベランガ” はコルトレーンの系譜に属するモード演奏で、ンドゥドゥーゾのピアノはマッコイ・タイナーを彷彿とさせるもの。本アルバムのなかでもっともタイトルに相応しいスピリチュアル・ジャズと言えるだろう。欧米のジャズの影響を持ちつつも、それらにはない独自性も持つ南アフリカのジャズを体現したンドゥドゥーゾ・マカシニのアルバムだ。
小川充