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Ibeyi

Afro-CubanR&B

Ibeyi

Ash

XL Recordings / ビート

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小川充   Nov 22,2017 UP

 キューバ出身の女性シンガーでは今春にセカンド・アルバム『キューバフォニア』を発表したダイメ・アロセナが知られるが、2015年にデビュー・アルバムを放ったイベイーもキューバの血を引く。イベイーはリサ=ケインデ・ディアスとナオミ・ディアスというフランスの双子の姉妹ユニットで、彼女たちの父親はキューバ出身の世界的なパーカッション奏者である故ミゲル“アンガ”ディアス。ミゲルはヨーロッパにも滞在して演奏活動や音楽教育などを行なったが、フランスでヴェネズエラ系のシンガーであるマヤ・ダニーノと結婚して生まれたのがリサ=ケインデとナオミである。2006年にミゲルは亡くなるが、当時11才だった姉妹はカホンの演奏などで父親譲りのキューバ音楽を受け継いでいた。キューバの宗教音楽のサンテリアは、その祖先であるナイジェリアのヨルバ族の儀式や音楽を受け継いでおり、彼女たちはそうしたヨルバ民謡も学んでいった。一方でR&Bやジャズやブルースなどいろいろな音楽も吸収し、歌唱だけでなく作曲技術も身につけた姉妹を母親のマヤがマネージメントし、2013年にイベイーが結成される。そしてリチャード・ラッセル主宰の〈XLレコーディングス〉と契約し、2014年にEPの「オヤ」をリリースした後、前述のファースト・アルバム『イベイー』を発表した。

 フランク・オーシャンからジェイムズ・ブレイクにも影響を受けたと述べる彼女たちで、『イベイー』にはオルタナティヴR&Bからベース・ミュージックなどを通過したサウンドも見られ、同世代であるFKAツイッグスからケレラなどに通じるところも見出せる。ただし、イベイーならではのオリジナルな要素も色濃く、それは彼女たちのルーツにあるキューバ音楽をはじめ、アフリカや中南米の民族音楽からの影響である。そうした民謡や土着音楽から、ジャズやブルース、クラシックや教会音楽など、彼女たちが吸収したさまざまな要素を現代的なサウンドの中にうまく融合させていた。ルーツ音楽を今までにない全く新しいやり方で聴かせており、イベイーの新世代たるところを際立たせたアルバムだった。リチャード・ラッセルはこれまでにも、ギル・スコット=ヘロンとジェイミー・エックス・エックスを組ませた『ウィアー・ニュー・ヒア』(2011年)を企画し、ボビー・ウーマックの遺作『ザ・ブレイヴェスト・マン・イン・ザ・ユニヴァース』(2012年)では、デーモン・アルバーンやクウェシらを起用して新しいソウルの見せ方を提示していた。ルーツ音楽に現代性を吹き込み、異種の音楽性を融合したという点では、『イベイー』もそうした作品の延長線上に位置するアルバムでもあった。

 アルバム・リリース後は世界中をツアーする中、ビヨンセの『レモネード』のショート・フィルムに出演し、アルヴィン・エイリー・ダンス・シアターの音楽に使われるなど多方面で話題を呼んできたイベイーだが、約2年半ぶりにセカンド・アルバム『アッシュ』が完成した。表題曲の“アッシュ”はアメリカの大統領選の期間に作曲した重々しい作品だが、灰という絶望や崩壊の象徴から新しい希望や命が芽吹くイメージで、アメリカの現状に対してポジティヴな方向性を見出そうというメッセージを投げかけている。この“アッシュ”がアルバム全体の根本的なテーマとなり、政治的声明や社会的メッセージを含んだ内容となっているのは、ビヨンセたちとの交流によるところも大きいだろう。“ノー・マン・イズ・ビッグ・イナフ・フォー・マイ・アームズ”ではミシェル・オバマのスピーチを引用し、女性たちへの意識の高揚を説いている。結果的にイベイーたちの望んだ方向とは異なる選挙結果となったが、ここでのメッセージは普遍的なものである。“ミ・ヴォイ”はイベイーがスペイン語で歌った初めての曲で、スペインの女性ラッパーのマーラ・ロドリゲスをフィーチャー。マーラはホームレスや女性の社会的問題などについて言及することが多いラッパーで、イベイーの歌にあるメッセージ性に賛同してこの曲へ参加した。女性ジャズ・ベーシストの大ヴェテラン、ミシェル・ンデゲオチェロが参加した“トランスミッション/ミカエリオン”では、母親のマヤがメキシコの女流画家フリーダ・カーロの著書『フリーダ・カーロの日記』の中の一説を朗読し、ジャマイカの女流詩人のクラウディア・ランキンのサンプルもフィーチャーされる。マヤはほかにもいくつかの作品で歌詞を書いており、アルバム全体が女性からの視点を大切にしたものである。

 “アイ・キャリード・ディス・フォー・イヤーズ”は前作のムードを継承するもので、ブルガリアン・ヴォイスをサンプリングしている。そうした神秘的な色合いは“アウェイ・アウェイ”のコーラスにも引き継がれる。この曲は前作に比べてよりR&B~トラップ・ソウル色が強いが、ヴードゥーに通じる土着的なドラム・ビートを絡ませている点がイベイーならでは。カマシ・ワシントンのサックスをフィーチャーした重厚で力強い雰囲気の“デスレス”は、リサ=ケインデの実体験をもとに、暴力や人種差別をテーマに歌っている。彼女たちも出演したこの曲のPVは、“アッシュ”と同様に死と新しい命の誕生をイメージさせるが、イベイーはPVやアルバム・ジャケットなどヴィジュアル面にも強い関心を寄せるアーティストで、“ナム”は映像作家のクリス・カニンガムにインスパイアされて作った曲。チリー・ゴンザレスのピアノをフィーチャーした“ホエン・ウィル・アイ・ラーン”は、ほとんどコンガ、ピアノ、ヴォーカル&コーラスのみを軸としたミニマムな構成で、イベイーの歌の力強さを訴える。チリー・ゴンザレスはこの曲と“ミ・ヴォイ”、そして“アイ・ワナ・ビー・ライク・ユー”にも参加。“アイ・ワナ・ビー・ライク・ユー”も基本的にミニマムなスタイルのイベイー流R&Bだが、彼女たちのルーツであるキューバのサンテリアが持つスピリチュアルなムードと通底している。“ウェイヴズ”など数曲にはUKのIDMCゴスペル・クワイアがフィーチャーされ、イベイーの歌の霊的なところを盛り立てる。『イベイー』でのアフロ・キューバ文化を通した現代的なR&Bをさらに発展させると共に、ビヨンセなどと同様に社会や政治問題などにもコミットし、女性からのメッセージ性を備えたアルバムとなったのが『アッシュ』である。

小川充

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