Home > Reviews > Album Reviews > Daymé Arocena- Cubafonía
2015年7月20日にキューバはアメリカと54年ぶりの国交回復を果たし、その後オバマ前大統領や安倍首相がキューバを訪問し、ラウル・カストロ国家評議会議長との首脳会談をおこなった。そして、2016年11月25日にフィデル・カストロ前議長死去のニュースが世界を駆け巡ったが、近年のキューバの自由化は世界の政治・経済に大きな影響を与えている。一方、音楽やスポーツの面では、キューバの世界に対する影響力は昔から計り知れない。キューバ音楽はラテン音楽の中枢をなすもので、たとえば20世紀前半に誕生したソンはその後のラテン・ダンス音楽の基盤となり、そこからルンバ、マンボなどがアメリカはじめ世界でも流行した。1959年にキューバ革命が起こり、アメリカとの国交が断絶するものの、ニューヨークを中心にアメリカのキューバ移民はラテン音楽の発展に大きく貢献している。また、1970年代はイラケレがキューバ音楽にファンクやフュージョンを取り入れた電化サウンドで、旧ソ連など共産圏でも人気を得た。そして、1990年代後半にブエナビスタ・ソシアル・クラブが誕生し、再度キューバ音楽にスポットが当たる。一方、クラブ・サイドから登場したニューヨリカン・ソウルも、その源流を辿ればキューバ音楽にたどり着く。さらに、ジャイルス・ピーターソンによるプロジェクトの「ハバナ・カルチュラ」が2008年にスタートし、伝統的なキューバ音楽とクラブ・サウンドの融合が試みられ、キューバ音楽の新しい時代が始まった。そこから発展してマーラの『マーラ・イン・キューバ』(2012年)が生まれ、「ハバナ・カルチュラ」にも参加したシンガーのダイメ・アロセナがソロ・デビューした。
ダイメ・アロセナは20代前半の若手女性シンガーだが、8歳からセミ・プロ活動をおこない、14歳でビッグ・バンドのロス・プリモスのリード・シンガーに抜擢され、キューバを訪れたウィントン・マルサリスとも共演するなど、ソロ・デビュー前から既に実績は十分だった。キューバの国立音楽学校でクラシックとキューバ音楽を学び、クワイアで宗教音楽のサンテリアを歌う一方、ジャズからネオ・ソウル、R&Bといったアメリカ音楽にも親しんできた。キューバ音楽やジャズの伝統的な技法やフィーリングを身につけながら、同時に現代的な手法や表現も理解し、その融合や発展を示していくことができるシンガーだ。音楽学校で基礎から学んでいるため、歌だけでなく作曲やアレンジもおこない、コーラスの指揮者やバンド・リーダーとしての顔も持つ。ジャイルスの〈ブラウンズウッド〉からリリースされたファースト・アルバム『ヌエヴァ・エラ』(2015年)は、キューバ音楽にジャズやソウルの要素を交えた意欲作で、そうした彼女の試みやライヴでの迫力あるパフォーマンスは高い評価を得た。『ヌエヴァ・エラ』発表後は、ワールド・ツアーをおこなってさまざまなフェスにも出演してきたが、そうした合間の中で新作『キューバフォニア』は録音された。
タイトルが示すように、本作はキューバと米国カリフォルニア州ロサンゼルス録音が収められる。LA録音では、ビルド・アン・アーク、ライフ・フォース・トリオなど、2000年代からカルロス・ニーニョ関連の多くのプロジェクトに参加してきたドラマー、デクスター・ストーリーが共同プロデュースをおこなう。彼はドラム以外にも数多くの楽器を演奏するマルチ・ミュージシャン/プロデューサーで、ソロ・アルバムの『ウォンデム』(2016年)ではエチオピアン・ジャズに傾倒した世界も見せるなど、民族音楽に通じたところもある。従って、ダイメのようなキューバ音楽についても十分に理解した上でのレコーディングだったのだろう。また、デクスター・ストーリーとは数多く共演する盟友のミゲル・アトウッド・ファーガソンが、ストリングスを担当しているという点も心強い。キューバ録音は、日頃からダイメと一緒に演奏をおこなう若手ミュージシャンたちが参加。現在のキューバ音楽を担う実力派によるビッグ・バンドで、ダイメがもっとも得意とする演奏形態となっている。
『ヌエヴァ・エラ』はジャイルスと「ハバナ・カルチュラ」などにも関わったシンバッドとの共同プロデュースで、ロンドン録音にキューバでのレコーディング素材も混じったものだった。それによってキューバ音楽の伝統に現代性を融合した作品となっていたわけだが、本作はビッグ・バンドというダイナミックな演奏形態により、キューバ音楽の真髄である祭事のようなパワフルさが強調されている。神が降臨するがごときドラマ性に満ちた“エレグア”が好例で、往年のイラケレやロス・バン・バンを思わせる迫力の演奏とヨルバ語による霊的なコーラスは、キューバという土壌がなければ生み出せないものだろう。“ラ・ルンバ・メ・ラーモ・ヨ”のダイメのヴォーカルには、ジャズやネオ・ソウルの影響が見出せるものの、演奏自体は伝統的なルンバ形式に則っている。後半のインプロヴィゼイション感に富むリード・ヴォーカル&コーラスも圧巻で、キューバ音楽が持つ高揚感を見事に表現している。これら冒頭の2曲からもわかるように、『キューバフォニア』は『ヌエヴァ・エラ』よりさらに、ルンバやマンボなど古典的な音楽形式を踏襲し、20世紀の黄金時代を彷彿とさせるキューバ音楽ルネッサンスを謳ったものとなっている。そうした音楽的ベースを確立させた上で、マンボ形式の“マンボ・ナ・マ”ではパーカッシヴなビートにリズミカルなヴォーカルを組み合わせ、ニューヨリカン・ソウルにも通じるクラブ・サウンド的要素も垣間見せる。メロウネスに富む“コモ”ではミゲル・アトウッド・ファーガソンのストリングスが効果的で、ソウルにラテン音楽特有の哀愁を巧みに織り交ぜた作品となっている。キューバ音楽を軸にいろいろな音楽を融合し、また伝統性と革新性を同居させる点が、ダイメ・アロセナの真骨頂なのである。
小川充