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ニック・ハキムの名前を初めて目にしたのは、2014年の秋に発表されたジャイルス・ピーターソンのコンピ『ブラウンズウッド・バブラーズ 11』でだった。このシリーズはまだ無名に近いアーティストやブレイク前の注目株を発掘していくことでも定評が高いのだが、ここではムーンチャイルド、ゴー・ゴー・ペンギン、アル・ドブソン・ジュニア、フォテイ、ジェイムズ・ティルマンなどの作品とともに、ニック・ハキムの“アイ・ドント・ノウ”という曲が収録された。ギターの弾き語りやピアノをバックに切々と歌うインディ・フォーク調のこの曲は、同年夏に発表されたEP「ホエア・ウィル・ウィ・ゴー」の第2集からピックアップされた。自主制作となるこのEP第1集と第2集は、彼の実質的なデビュー作品となるもので、後にカップリングされてアルバム形式でもリリースされている。
ワシントンDC生まれで、その後ブルックリンに引っ越し活動をおこなうニック・ハキムは、マルチ・インストゥルメンタリスト、プロデューサー、シンガー・ソングライターと多彩な顔を持つ。白人だがブラック・ミュージックからの影響も強く、マーヴィン・ゲイ、カーティス・メイフィールド、マッドリブ、MFドゥームなどを聴いてきた。一方では、両親の影響で南米のフォークに親しみ(両親は南米系の血筋のようだ)、兄の影響でザ・クラッシュから地元ワシントンDCのフガジやバッド・ブレインズなどパンクにも触れてきた。そうした中から自身の音楽性を育んで、ボストンのバークリー音楽院に進んで本格的に作曲や音楽制作を学び、在学中に前述の「ホエア・ウィル・ウィ・ゴー」をひとりでコツコツと制作していった。卒業後にブルックリンに出てきてからは、同じ白人の女性シンガー・ソングライターのエミリー・キングと一緒にツアーをおこなうなど、ソウルとフォークの中間に位置するようなアーティストと言える。そして、ブルックリンに出てきて書き溜めた楽曲をもとに、正式なデビュー・アルバムとなる本作『グリーン・ツインズ』を完成させた。
ニック自身は『グリーン・ツインズ』について、「RZAがポーティスヘッドのアルバムをプロデュースしてたら、どんなサウンドになっていただろうかと想像したかったんだ。フィル・スペクターとアル・グリーンの“バック・アップ・トレイン”、RZAとアウトキャストのドラムのプログラミングをエンジニアリングのテクニックで実験したんだ。あとはザ・インプレッション、ジョン・レノン、ウータン、マッドリブ、スクリーミング・ジェイ・ホーキンスをたくさん聴いたよ」と述べている。それに加えて個人的にはシュギー・オーティス、ロバート・ワイアット、ルイス・テイラー、初期のデヴィッド・ボウイなどを彷彿とさせる曲が並んでいるなと感じた。リズム・ボックスによるローファイ・サウンドの“ローラー・スケーツ”は、スライ・ストーンからシュギー・オーティスへと繋がるようなラインで、“ベット・シー・ルックス・ライク・ユー”はカーティスのザ・インプレッションズのようなスウィート・ソウル風。フォーキーなサウンドの中にサイケデリック感を湛えた表題曲の“グリーン・ツインズ”や“カフド”は、ロバート・ワイアットやシド・バレット、『スペース・オディティ』の頃のデヴィッド・ボウイを思い起こさせる。ドゥー・ワップからカーティスの影響を感じさせるファルセット気味で歌いながら、ときにボウイがやっていたようなバリトンの低音も聴かせる。あと、セールス・ノートではマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのことも引き合いに出されていたのだが、“TYAF”にそうした要素があるとともに、この曲にはニックが幼い頃に聴いたパンクの影響もあるだろう。“ゾーズ・デイズ”はマーヴィン・ゲイ的なソウル・マナーに基づくが、アブストラクトでサイケな味付けがルイス・テイラー的と言えよう。“ザ・ウォント”や“JP”など切々と訴えかける曲は、ジョン・レノンやロバート・ワイアットのようなアーティストと同じ匂いを感じさせる。
EPデビュー時からつきあいのあるアンドリュー・サルロが共同プロデュースをするほか、本作もほぼニックひとりで作曲・演奏・制作・録音をおこなっている。ミックスはサルロがおこなっており、ざっくりとラグドなローファイ・サウンドが基調だが、ビートはずっしりと重みのあるものとしている。ジャジーなサックスをフィーチャーした“ミス・チュー”のダウナー感覚、「RZAがポーティスヘッドのアルバムをプロデュースしてたら」という言葉を思わせる“ファーミスプリーズ”で、そうしたサルロのミックスが生かされている。「RZAとアウトキャストのドラムのプログラミングをエンジニアリングのテクニックで実験したんだ」というのは、“JP”のような曲を指すのだろうか。そして、シューゲイズの手法によるサイケデリックな音響効果が全面に張り巡らされているため、“ベット・シー・ルックス・ライク・ユー”や“ニーディー・ビーズ”のように甘い曲でも、幻覚のような肌触りを感じさせる。グロテスクなジャケットで損している感の『グリーン・ツインズ』だが、ニック・ハキムのシンガー・ソングライターとしての技量と、絶妙な音響効果や録音・編集作業が結びつき、2017年の男性アーティストの作品としてはサンファの『プロセス』と並ぶ傑作が生まれた。
小川充