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木津 毅   Dec 24,2019 UP
E王

 騒々しい街なかでイヤホンをつけて歩きながら聴くのには向かない。静かな部屋でひとり、あるいは誰かと、時間を確保してじっくり聴くのがいいだろう。このアルバムの美点は、うっかりすると聴き逃してしまいそうな細部にこそあるからだ。90年代からスモッグとして音楽活動をはじめ、ソロ名義になってからも細々とマイペースに活動してきたビル・キャラハンの新作──スモッグ名義と合わせて17枚めのアルバム──はいつもと同様にさりげなくリリースされ、さりげなく評価され、愛聴されている。ひとりの人間の小ささを表現しているようで、しかし、注意深く聴けばそこには幾多のドラマが宿っているというわけだ。2枚組の20曲、1時間と少し──それくらいの時間を、この音楽に身を任せてみてもいいだろう?
 2013年の『Dream River』以来オリジナルとしては約6年ぶりのアルバムとなるが、その間に彼は『Dream River』のダブ・ヴァージョンである『Have Fun with God』(2014)を発表している。そもそもキャラハンの作品はシンプルでミニマルな弾き語りフォークのようで高度なダブ・ミキシングが施されたものばかりだが、同作においてはとりわけ録音の実験をじゅうぶん満喫したということだ。キャラハンは本作『Shepherd in a Sheepskin Vest』のなかで引越やら何やらの人生のバタバタもあって「曲の書き方を忘れていた」と冗談めかして明かしているが、これまで得た経験が消え失せているわけではない。ナイロン弦のたっぷりの余韻や、曲によって鳴りが異なる打楽器、悠然と挿しこまれる弦楽器──それらは立体的に広がり、時間の流れ方を穏やかにしていく。音響意識の高いフォークは近年とくに注目されるものだが、キャラハンはトレンドと関係なくたんたんとそれに取り組み続けてきた。例を挙げればキリがないが、たとえば“Black Dog on the Beach”で奥のほうで小さく鳴って消えていくハーモニカ、“The Ballad of the Hulk”でかすかに、かすかに聴こえるギター・ノイズ、“Son of the Sea”でサササと重ねられるドラムブラシの音……といったものは、いかにこのアルバムがディテールに富んでいるかを表している。そこに悠然とやってくるキャラハンのバリトン・ヴォイス。それらすべてが合わさり、きわめて酩酊的なフォーク・ソングが現れては去っていく。

 これまでのどこかヘヴィな作風に比べ、穏やかな曲調のナンバーが増えたことも本作の特徴と言えるだろう。それはキャラハンが結婚し子どもをもうけたことが関係しているそうで、ここで彼は「父親」であることの意味をじっくりと考えている。それは母の死を前にして立ち上がる息子の生の眩しさであったり、おどけて語られる結婚生活の幸福であったりするのだが、これまで自身の悪夢や疎外感を歌ってきた彼としては驚くほど優しいものだ。彼の「男性的な」低い声はいっぽうでは父親としての責任を噛みしめ、もういっぽうではその重さにうろたえる弱さや危うさを見せている。普通のひとの普通の日常、または結婚や子どもの誕生や親の死といった普通のひとの人生における重大な出来事が、調子外れのユーモアやシュールなメタファー、ユニークなストーリーテリングとともに綴られていく(アルバム・タイトルは「羊の皮のベストを着た羊飼い」の意)。呟くようなヴォーカルも相まって、どこかレナード・コーエンの官能性を思わせるところもある。
 だから僕には、このアルバムはわたしたち小さなひとりひとりの人生の不可解さや謎、それゆえのおもしろさを小さな音に託しつつ多彩なタッチで描き出しているように思える。個人のささやかなリアリティが豊かな詩情によって普遍性を帯びた「ソング」となる、と。本作にはカーター・ファミリーのカヴァー(“Lonesome Valley”)が挿入されているが、そこに違和感はない。キャラハンのフォーク・ソングたちは個に根差しながらも、次第に個と個の境界を曖昧にしていくのである。だからこそ、ここで彼が自身に突きつけている「死を忘れることなかれ」というテーゼは、聴き手すべてに向けられている。いつか訪れる死という絶対的な事象を前に、お前は日々をどのように生きていきたいのか、そこに何を見出すのか、と。この騒然とした世のなかにあって、たぶん、わたしたちは自分のちっぽけな人生について思索する時間すら奪われようとしている。本作は細やかな音のやり取りによってこそ、その尊い時間をわたしたちの手に取り戻すのである。

木津 毅

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