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Irreversible Entanglements

Free Jazz

Irreversible Entanglements

Protect Your Light

Impulse!

野田努 Oct 16,2023 UP
E王
  優れた演奏以外に、今日のジャズが何を意味するのかという問題は1990年代から議論されている。草の根の黒人解放という政治性との明白なコネクションを無くした——その歴史やノスタルジーやプロ根性はあるとしても——今日の名人芸などに意味などあるのだろうか? グレッグ・テイト『フライボーイ2』

 「結局のところ、人びとがジャズを見捨てたのは良いことだったのかもしれない。というのも、ジャズはより資本主義に適した音楽製品に成り下がったわけだから」、これはムーア・マザーの昨年のアルバム『Jazz Codes』の最後に曲において、作家トーマス・スタンレーが皮肉たっぷりにつぶやく言葉である。しかしこの後に続く言葉は、そうした過去との訣別を宣言している。いまやジャズは「生きた音楽として再発見」されて、「計量的安定性という牢獄の鉄格子から解き放たれる」のだ、と彼は言う。
 冒頭に引用したグレッグ・テイトの言葉は2011年の原稿からの抜粋だが、テイトがいまも生きていたら彼の憂いは、まあ、少なくとも軽減されていただろう。なぜならここ数年のブラック・ジャズは、シャバカ・ハッチングスをはじめ、今年アルバムを出したハープ奏者のブランディー・ヤンガー、それからゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラーの拠点〈Constellation〉から作品をリリースする前衛主義者マタナ・ロバーツ……、ことに名門〈インパルス〉(*ジョン・コルトレーン、ファロア・サンダース、アーチー・シェップ、アリス・コルトレーンなどの作品を出してきた)に関して、欧米のジャズ・ファンたちは、最近のリリース──サンズ・オブ・ケメット、ザ・コメット・イズ・カミング、シャバカ&ジ・アンセスターズという、反迎合主義的な攻めのリストゆえに、長い低迷期を抜けいま往年の輝きを取り戻しつつあるんじゃないかと気の早い話に喜んでいたりする。喜びがたとえそれがつかの間のものだったとしても、最近その機運を高めたのがイレヴァーシブル・エンタングルメンツによる、ここに紹介する最新作なのだ。

 それにしても……である。このグループ名、古くはアインシュテュルツェンデ・ノイバウテン、近年ではワンオートリックス・ポイント・ネヴァーに並ぶ憶えにくさだ。とくに日本人にとっては。まあ、とにかくそのイレヴァーシブル・エンタングルメンツ(以下、IEと略)、和訳すると「不可逆的なもつれ」なる名のクインテットは、広くはムーア・マザー(カマエ・アイエワ)という詩人/音楽家/活動家が在籍しているフリー・ジャズ・グループとして認識されているし、ぼく自身もそのように説明してきてしまった。が、しかしそれは、この5人組を説明する上では不適切である。というのも、集団であること、コミュニティであること、人が集まることをこのバンドは、それ自体がひとつのコンセプトといってくらいに大切にしている。この音楽は、抗議デモを契機に生まれているのだから。
 彼らが初めて会ったのは2015年4月の、無実な黒人を射殺したニューヨーク市警への抗議活動として開催された音楽とトークの一夜においてだった。その次に彼らが会ったのは、音楽スタジオだった。そこで1日かけて録音したデビュー・アルバムが、ホテルのラウンジでかかるような、ムーディーでスムーズなジャズである可能性は低いだろう。2017年にリリースされたそのアルバム『Irreversible Entanglements』は、怒りのこもった抗議音楽集だった。
 サックス奏者のキアー・ノイリンガー、トランペット奏者のアキレス・ナヴァロ、ベーシストのルーク・スチュワート、ドラマーのチェザー・ホルムズ、それから詩を担当するカマエ・アイエワ(ムーア・マザー)の5人は、それ以降も、フリー・ジャズのイディオムを応用しながら、真っ向からの政治的な抗議──反植民地主義、反再開発、反独裁化など──としての2枚のアルバムを録音し、シカゴのインディ・レーベルからリリースしている。だからそんなわけで、クインテットにとって4枚目のアルバムとなる『Protect Your Light』が〈インパルス〉からのリリースになったことは、「ついに来たか!」というか、ちょっとした嬉しい話なのだ。

 もっともこの新作は、彼らの闘争的な過去3作と違って、スピリチュアル・ジャズに寄った平和な音色にはじまっている。オープナーの“Free Love”はいたって優美で、コルトレーンたちが表現してきたその宇宙的な愛を受け継ごうとしているかのようだ。IEの音楽とは、「伝統に敬意を表しながらも、それに反抗する音楽であり、未来を主張しながらも現在に語りかける音楽」というのが彼らによる説明なのだが、それはまさにその通りで、ここには本当にいろいろなものが注がれ、スパークし合っているのだろう。 “至上の愛” を体内に注入しながらもそれとは違うもの出し、過去の再評価ではなく、現在のサウンドで人びとを鼓舞する。リズミックな躍動感をもって、ゴスペルの影響がうかがえる表題曲“Protect Your Light”には、その前向きなパワーがみなぎっている。
 ジャズ史においては聖地であろう、有名なルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオで録音された今回のアルバムは、長尺のインプロヴィゼーション主体だった過去作と違ってわりと短めの、ある程度アレンジされた曲が8曲収録されているが、それらはスタジオ内でのオーヴァーダブを施されたことで空間的な、繊細な音響となっている。このことからも、IEが本作をより多くの人に届けたいと思っていることはたしかで、たとえば叙情感たっぷりのサックスが激しいドラミングに重なる、もっとも政治色の強い“Our Land Back”のような曲でさえも、サウンドに艶があり、アイエワの詩の朗読が聴き取れなくても、楽曲それ自体の魅力に引きこまれる。ほかの曲もそうだが、ドラムとベースが創出するグルーヴは素晴らしく、ジャズの伝統に沿いながら、これはもう、ダンス・ミュージックとしても機能できるかもしれない。内蔵に響くような、烈火のごときIEが暴れている“Soundness”を聴けば、よし、立ち上がるぞ、という気持ちになるし、反復するビートにエレクトロニック・ノイズが渦を巻く“root <=> branch”で語られるアイエワのシンプルな言葉は胸の奥に響いてくる。

  飛ぼう/私たちは自由になれる
  苦しみから自由になれる
  闘いから自由になろう
  自由になろう/飛ぼう
  すべての悩みから自由になろう
  何ものにも縛られない
  自由になろう

 いまパレスチナで起きていることを思えば、これは祈りである。それはそうとして、ブラック・ジャズの闘争史をよく知るこのクインテットが、いちどは途絶えてしまった歴史をたぐり寄せて、火を点けようとしていることは自明だ。彼らを取材した『Wire』誌は、その炎を讃えながらも、「 “アメリカのクラシック音楽 ” としてのアカデミックな名声と敬意にジャズ業界が溺れるなかで、どんな反乱も結局は短命に終わる運命にあるのでは、という問題がある」と慎重な見解を見せている。それに、「より資本主義に適した音楽製品」としてのジャズだってこの先もずっと聴かれるだろうし、いくらいま〈インパルス〉が攻めに出ているからと言って、60年代〜70年代とは比べようのないくらいに趣味が細分化された現代では、音楽の反乱が昔のようにひと塊の何かとなって突進するなんてことも、可能性はなくはないが高くはないだろう。
 いやいや、そんなふうに “文化への期待値を下げる” のが資本主義リアリズムだとマーク・フィッシャーは言っているじゃないか。この夏IEは、ジャズのシーンに留まらず、インディ・ロックやラップやエレクトロニック・ミュージックのフェスティヴァルでも演奏しているのであって、やはり、何かが動いていると思いたい。「いま、ジャズはラザロのように蘇る」とムーア・マザーの『Jazz Codes』のなかで作家トーマス・スタンレーが言ったように、ああ、それは真実だったと。

野田努