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Moor Mother + Brother May

Moor Mother + Brother May

At Cafe Oto, London

16/02/2020

髙橋勇人   Feb 19,2020 UP

 2020年、2月16日、22時30分、ロンドンのオーバーグラウンド線の車中でこれを書きはじめた。たったいままで、僕はフィラデルフィアの詩人/音楽プロデューサーのムーア・マザーのライヴを観ていた。

 ロンドンで2月14日から16日にかけて行われた、ムーア・マザーのレジデンシー・ライヴの最終日。会場は実験者たちが集まるカフェ・オト(僕はここで先月エヴァン・パーカーを見たばかりだ)。3日間の出演者は強者揃いだった。ノイズによる思弁的パワーで「ブラック」の存在容態を1980年から問い直している、P・ミシェル・グレゴとトラヴィス・オノらによるバンド、ONO。カザフスタン-イギリス人ヴァイオリン奏者/作曲家のガライア・ビセンガリーヴァ(Galya Bisengalieva)。ロンドンのヴォイス・アーティスト/作曲家のイレーヌ・ミッチェナー(Elaine Mitchener)。最初の2日間では、彼らがインプロヴァイズする美しい前衛的なフロウのなかで、ムーア・マザーが自作と即興詩を披露したそうだ。

 そうそうたるラインナップのなかで、なぜ僕が最終日を選んだかというと、この日の出演者がロンドンのMCブラザー・メイだったからに他ならない。彼は、いわゆるヒップホップでも、グライムのMCでもない。ミカチューやコービー・シーらが結成したバンド/プロダクション・チームのカールの構成員としても知られ、そこでは太鼓も叩いている。彼の参加曲はミカチューのEP「Taz And May Vids」(2016)などで聴くことができ、去年は彼女とメイの共同のプロデュースでアルバム『Aura Type Orange』を出している。現在もアルバムの制作に取りかかっているそうだ。

 僕は何度か彼のライヴを体験しているが、初めて観たのは2017年、セルフタイトル・アルバムを〈XL〉から出した、アルカのロンドン公演での前座のことだった。出演者にはミカチューの名前しかなかったが、ブラザー・メイがMCとして現れ、まだほとんど無名だったにも関わらず、アブストラクトなビート上で、情熱的なラップをきめながら開場を沸かしていた。彼のライヴを見れば、(あるいは彼のインスタをフォローすれば)、ブラザー・メイのファンキーさがよくわかる(インスタでもけっこうわかる)。

 この日のメイはいつも以上にホットだった。オールドスクール系のグライム・ビートから、ファンキーなテクノ・グルーヴまで、炎のようにセットは進んでいった。去年のアルバムよりも、未発表曲がメインで、パワフルな808キックとギターが絡み合うミカチュー・プロデュースの新曲に心を持って行かれた。

 バックDJはいない(ミカチューは会場にきていたけど)。手元にある一台のCDJとミキサーで、一曲ごとに区切りつつ、曲間のMCでオーディエンスと会話することも忘れない。僕は前の方の椅子に座ってしまったのだが、振り返ると、ソールド・アウトで満杯のカフェ・オトの後方はフロアの様相を呈していた。クルーのコービー・シーもステージに上がってマイクを握り、「前に進み続けろ、ラヴ!」と最後に一言。僕は立って拍手を送った。

 それから20分後、いよいよ、ムーア・マザーのはじまりだ。暗転する前に、すっと彼女はステージに現れた。星が輝くようなアブストラクトなシンセ・ラインがはじまり、それが徐々に重低音のドローンへと変化する。「今日はブラザー・メイがビートでラップだったから、自分もビートでいく」という一声で、激しいビートが降ってきた。2019年の『Analog Fluids of Sonic Black Holes』には、これまで以上にアブストラクトなサウンド表現が多かったが、今夜はずっと明確なリズムが鳴っていた。

 そこにあの突き刺さるポエトリーが飛び込む。ひとこと、ひとこと、明瞭に、ビートを変形させながら、声がこちらに、投げられてくる。彼女のドレッドロックは激しく揺れる。新作アルバムから“After Image”などの楽曲を披露したとき、トラックの持つパワーにも驚かされてしまった。この日はビートの強度が強い、2016年作『Fetish Bones』からの楽曲も多かったように思う。

 迷宮のように入り組んで聴こえるときもある音源からは想像もつかないほど、ムーア・マザーの手元の機材は実にシンプルだった。トラックを操るラップトップ、マイク、数台のエフェクター(オクターヴァーやディレイ)、そしてミキサー。シンセやオシレーターの類はない。エフェクトを延々と操作することはないが、彼女にとって、それらも身体の一部なのだろう。アイデンティを歌い、「私は誰だ!(Who is me)」と連呼するとき、エフェクトはその声を生成変化させ、言葉とサウンドの中間項となるメディアとして機能していた。

 巷にあふれる英語表現を使えば、ムーア・マザーはまちがいなく、「woke」である。彼女は人種的にも、政治的にも誰よりも目が覚めていて、サウンド/詩を武器に世界の動乱と対峙している。それと同時に彼女が宇宙からのメタな視点へと向かうのは、そこからしか見えない景色があるからだろう。この夜も、人種、社会、福祉……、と生活領域を横断し、「ファック・マネー!」と率直な怒りをあらわにする。一方で巨視的なパースペクティヴから「世界の終わりはもうすでにはじまっている」と我々に警鐘を鳴らしていた。

 ストリートからの問題提起という意味では、ムーア・マザーは『Small Talk At 125th And Lenox』を出した1970年のギル・スコット=ヘロンのようでもあり、SF的想像力を駆使する意味では、時空間を捻じ曲げて人種やジェンダーを描く『キンドレッド』のオクタヴィア・バトラーとも重なる。

 だが、それら言葉の先人と決定的に違うのは、ムーア・マザーは電子音楽家でもあり、言葉が届かない場所まで、そのサウンドの力は唄われるべきものを運んでいくことができる、ということだ。英語のネイティヴ話者でもない僕が、この夜のすべてを言葉だけで理解できたわけではない。しかし、詩人を名乗る者のパフォーマンスに生で全身を傾け、外から強力な力で心をこじ開けられた気分になったのは初めての体験だった。

 最後までハードなビートが鳴り続けた40分ほどのステージの最後に、ムーア・マザーはブラザー・メイを再びステージに上げ、ヒップホップのトラックでフリースタイルのラップをはじめた。それまでの緊張した雰囲気は一挙にほどけた。その姿はパフォーマンスに没頭する激情の詩人ではない。普段歩いているフィラデルフィアのストリートでも、彼女はこんな感じなのだろう。

 開場前、早く着きすぎて外で待機していたら、「いま何時? 今日開場何時だっけ?」と、中からふらっとタバコを吸いに出てきたリハ中のムーア・マザーに話しかけられた。詩人はゆったりと変革のときを待っているようだった。

髙橋勇人