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野田努   May 28,2015 UP

 つねに家庭崩壊の危機に瀕している先行き不安な人間が言うのもなんだが、これから先、日本でも離婚はどんどん増えていくだろう。一般論を振りかざして申し訳ないが、女性の社会進出が加速し、経済的にもどんどん自立して、家庭内における役割も相対化されていったとき、夫婦が何十年も一緒にいることの意味はさらにもっと厳しく問い詰められていくだろう。とくに慣習にあぐらをかいている多くの男性諸君は、ある時期が来たら必ずビビることになるので用心したほうがいい。人生における経験とは、ラヴソングのようにはいかないことを学ぶことなのだ……なーんて、ビョークのレヴューに相応しくない枕詞だな。
 そもそも『ヴァルニキュラ』は、かれこれ数ヶ月前(配信は1月? CDが4月?)にリリースされた作品。かくいう僕は5月に入ってアナログ盤で買ったぞ。熱心なファン(僕もそのひとりなんだけど)の方々はとっくに聴いている。そのなかには、満足した人も満足できなかった人もいるだろう。以下の文章は、それほど満足できなかった人間の与太話として聞き流してもらえたら幸いである。

 アルカ、そしてハクサン・クロークといった人たちの起用は、チルウェイヴ全盛期にウィッチな感性を打ち出した〈トライアングル〉系が脚光を浴びたのが2011年あたりだから、かつて流行に敏感だったビョークにしては、ずいぶん遅れた反応だ。
 別に早ければいいってものでもない。ウィッチ・ハウスとモダン・クラシカルの溝を埋めたのが、ジュリア・ホルターであり、ジュリアナ・バーウィックであり、さらにまたこの4年のあいだにローレル・ヘイローインガ・コープランドをはじめ、グライムスとかサファイア・スローズとか、宅録女子──性で音楽を括る愚行をお許しいただきたい──がシーンに与えてきたエネルギーを振り返ってみても、さすがビョーク、脇目もふらない力業の1枚だと思う。
 しかも、その貫禄ゆえかアルカとハクサン・クロークも自分たちの良さを出すというよりはビョークに合わせた感が強い。ビョークの熱い歌いっぷり、それをなかば演劇的に強調するトラック。夫婦仲の破局を描いた濃厚なメロドラマは、ストリングス系の調べの優麗な響きを重ねながらスピリチュアルに展開する。キャッチーな曲もなければ、離婚後の財産分与の心配などもない。僕自身もポップスターの恋の破局に同情を寄せるほど余裕があるわけではない。

 なにか別の視点があれば……マーク・ベルの不在を思う。ビョークのベストソングのひとつ“ヨーガ”においても、ベルの無機質なエレクトロニクス/ノイズが果たしている役割は大きかった。さもなければ、これまたビョークのベストソングのひとつ“オール・イズ・フル・オブ・ラヴ”におけるファンクストラングのプログラミングを思い出して欲しい。つまり、今回のような個人的で、重たい主題であればなおさらアントールドのような、感情移入はせずに、音の鳴りだけにしか関心のない人を起用するべきだったというのが僕の意見である。

 ローレル・ヘイローやインガ・コープランドなんかを聴いて、男のリアリズムを過信しているととんでもないことになるぞと思うのと違って、なんだかんだ言ってビョークは古風な人なんだと思う。僕も自分を古風だと思っている。そして、なにが正解なのか僕にはいまだにわからない。夫婦の破局/家庭崩壊──しかしこれらとて人生の新たな門出/家庭再構築と前向きに捉えることだってできる。が、理屈だけでは解決できないのところにファミリーというものの難しさがある。
 こと男女関係について言えば、僕に有益な情報を分け与えてくれるのは長年クラブ・カルチャーに関わっている人たちである。高次な精神性とは遠いかもしれないが、しかしときとして高僧並みに人間をよく見ているヤツだっている。男のリアリズムなんて嘲笑の対象。生身の男と女なんてある意味アブノーマルで、ネットで情報を拾っているだけでは、ぜんぜん真実には近づけないから。やはり早いうちにいろいろ学んでおくのが、悲劇/人生の新たな門出を避けるもっとも有益な方法だと思う。でも、それができたら苦労しないよな。

野田努