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Julianna Barwick

Julianna Barwick

The Magic Place

Asthmatic Kitty

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橋元優歩   Mar 17,2011 UP
E王

 都知事選のニュースなどに絡んで出馬予定者のサイトやブログなどをめぐっていると、「夢」という言葉はあっても「理想」という言葉をほとんどまったく見かけないことに気づいた。たしかに「理想」という言葉はなんとなく怖い。ユートピア島がじつは管理社会的な逆ユートピアだったという具合に、その「理想」というのが、誰にとっての「理想」なのかということがここ10年くらいの間は倫理の問題としても一般化した。「誰かの理想が、他の誰かの逆理想になり得る」という命題はアメリカナイゼーションとしてのグローバリゼーション問題、イラク戦争などを考える上でも避けられないものである。「夢」が個人が勝手に思い描くものであるのに対し、「理想」には「こうあるべき」という、他に対する微妙な強制力が含まれるわけだから、いま使いづらい言葉であるのは間違いないだろう。しかしそのことは、理想なき世界を肯定するものでもない。

 ローファイやシューゲイズな方法を技術的な背景として、2000年代後半はサイケ/ドリーム・ポップのルネッサンス的状況が続いた。私のなかではこの潮流をふたつに分けて聴いていた部分があって、それがまさに「夢」と「理想」に対応するな、と思った。「夢」派の代表はディアハンターウォッシュト・アウト、ペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハートなど。いわゆるグローファイや、素朴なシューゲイザー・フォロワーなどもこちらに加えることが多い。「理想」派の代表はヴァンパイア・ウィークエンドアニマル・コレクティヴ、ダーティ・プロジェクターズ、グルーパーなど。ざっと比較すると、理想派は方法意識が強く、そのことで新しい世界を描き出そうとするのに対し、夢派は方法的な試行錯誤よりも、護身のために音を巡らし、そのなかにひきこもろうとする、というところだろうか。リテラルにとれば非難するようにきこえるかもしれないが、もちろん夢派のそうした性質は2000年代末においてきわめてビビッドな発明であったわけで、評価を惜しまない。理想派にはヴィジョンがある。夢派はヴィジョンが壊れている。理想派にはナチュラルな希望がある。夢派にはナチュラルに希望がない。ユートピアとディストピアの対照だ。しかしどちらも「いま」に対する鋭い感性がもたらしたものである。
 そして前置きが長くなったが、ジュリアナ・バーウィックは最初のフル・レングスである『サングウィン』(2009)当初から私の中では「理想派」だ。それは、しずかに差し出された未来の形である。そしてじつはなかなかに押しの強い音楽でもある。ほぼ自分の声だけを用いて幾重にも重ね、ループさせる、という方法意識のかたまりのような独特のスタイル。深い残響と整ったハーモニーが教会音楽を思わせながら鳴り渡るばかりで、ビートも歌詞もない。展開というほどの展開もない。しかし、強烈に光を感じる。開き直ったやぶれかぶれのあかるさなどではない。未来という言葉から光が失われた時代に、ベタでもネタでもメタでもなく、不思議な自信を感じさせながら彼女の音は力強く外へと広がっていく。非常に攻めの姿勢のあるクリエイター/アーティストだ。

 実際のところ歌姫という要素は彼女には希薄である。声量豊かに長いフレージングをこなしたり、きっちりとした唄ものを霊感たっぷりに表現するといったタイプではない。また、バンドを組むつもりがないことを明言しており、自分ひとりだけで表現することへの強いこだわりをみせている。「バックと唄」という二元論への批評が根本にあるのだ。また、リヴァーブやループなどペダルに多くを依存するスタイルであるため、再現の不可能性について自覚的な発言もしている。2度同じものが作れないような一回的な表現になにを求めているのか。あるインタヴューで、彼女は「スピリチュアルだ」と評価されることを嫌い、「もっともっと、心の底からエモーショナルなもの」を捉えたいのだと述べている。一回的で即興性が強いということのために、自分の音楽を神秘化されたくないのだ。同時にそれは「悲しいから悲しい音を出す」といったレベルを超えたもっと深い彼女のエモーションを拾い上げるための方法なのだということを想像させる。バーウィック独特の楽曲制作/録音スタイルは、おそらくはこうした思いから生まれている。
 ピアノがあしらわれた"バウ"を聴いていると、グルーパーとの類似性に気づく。グルーパーの霧の沼のようなドローンと、バーウィックの光のようなハーモニーは対照的だがよく似ている。グルーパーもまた、なかなかにきかん気で、押しの強い音楽なのだ。だが非常に透明度が高い。両者ともに深いリヴァーブがかけられているが、それは「夢派」が用いるような視界を遮る煙幕ではなくて、視界をクリアにし、意識を研ぎすませるための装置であるように感じられる。彼女らには彼女らのヴィジョンがはっきりとある。聴いていれば、少なくとも両者の強い眼差しを感じとることができる。そして、この眼差しの強さにつられるようにして私もまた彼女たちがみようとし、またみているものへと心が動く。はっきりと名指すことはできないが、なにか明るくて、澄んでいて、強いもの。不分明だが、芯が健康なもの。そして、まだみたことがないもの。『マジック・プレイス』にはそうしたものがあふれている。癒しや美学に回収されない、そのなにかしら新しい力のために、バーウィックの音楽は耳を騒がせる緊張感が宿っている。今作が公式なデビュー作ということになるのだろうが、スフィアン・スティーヴンスの〈アズマティック・キティ〉からのリリースとなった。申し分ない。本格的にその存在を見せつけてほしいと思う。

橋元優歩