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Washed Out

Washed Out

Within & Without

Sub Pop/よしもとアール・アンド・シー

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橋元優歩   Jul 15,2011 UP
E王

 チルウェイヴ批判はおおいに結構だ。音でも言葉でもさらにいっそう練磨されるべきだと思う。ただし議論のレベルを間違えるべきではない。それは、たとえば「ニュー・レイヴ」とか「ニュー・エキセントリック」といった言葉の立つ次元とは、異なったところに位置するものだ。もしこれがシンセ・ポップの再流行というだけの話ならば、メディア主導の祭として、それらの言葉と同じレイヤーで語ることができただろう。しかし「チルウェイヴ」が議論の俎上に上がるとすれば、同じ次元に並ぶのは「グランジ」や「ニューウェイヴ」ではないだろうか。要するに、もはやチルウェイヴとは10年単位での時代の音、時代のメッセージである。そう考えて差し支えないくらいほどに、歴史的な肉付けを得たというのが筆者の認識だ。パンダ・ベアの『パーソン・ピッチ』にその青写真を見出すならなおさらである。アニマル・コレクティヴ―パンダ・ベアが準備したユーフォリックなサイケデリアは、時代の条件とでもいうかのように後期2000年代の音楽シーンにびっしりと根を張り、それを牽引してきた。そしてミスター・チルウェイヴ、このウォッシュト・アウトもパンダ・ベアからの影響を公言するアーティストのひとりである。

 彼やネオン・インディアン、メモリー・テープスはもちろんだが、アリエル・ピンクがチルウェイヴとして認識されていることも重要である。このムーヴメントがただのシンセ・ポップ・リヴァイヴァルではなく、現実逃避の企図を持ったリアルな批評であることを証している。「チルウェイヴ」の裾野が、キャンディ・クロウズやディープ・マジックなどのアンビエント・ポップ、エメラルズのコズミック・サイケ、バスらアブストラクト・ヒップホップからいち部シューゲイザーにまでおよぶと解釈できるのは、このようにアリエル・ピンクをしてチルウェイヴと呼ばしめた英米の議論の盛り上がりがあってのことだ。前にも述べたが、「お前たちの音楽はただの催眠ポップだ。引きこもってないでちゃんと外を見なさい」という大人の叱責に対して、「そうだけど、それがどうしたの?」「ていうか、これはむしろ新しい現実への対処法なんだけど」と若者がやり返すのがこの議論の構図である。社会からの退却が社会への回路となりえるような複雑な時代性を写し取る、こうした現在形のドリーム・ポップの功罪を問うのは、もっと未来においてしか可能ではないのかもしれない。

 以上はチルウェイヴの精神的な構成要素であるが、技術・環境的な面について野田努氏の言葉を借りれば、「インターネット時代のD.I.Y.ミュージック」である。彼らが使用している音楽ソフト等、平均的な宅録環境がここまで向上していなければ、そしてインターネットがここまでリスナーの国境を溶解させ、受容する側の環境を均していなかったら、彼らはいまでもグランジやへヴィ・メタル、あるいはメロコア・バンドをなんとなく続けていたかもしれない。バンドを組まなくともひとりで手軽に音を組み上げることができ、それを世界に発信し反応をえることが容易になったからこそ、彼らのベッドルームは世界となり、類似した感性と方法を持つ音が同時発生的に各地に出現したのである。

 ウォッシュト・アウトの6曲入りデビューEP『ライフ・オブ・レジャー』は、そのテーマやジャケット写真のコンセプトごとチルウェイヴを象徴する1枚となった。アトランタの青年アーネスト・グリーンを瞬く間に時代の寵児へと押し上げた作品。大学の課程を終え、就職先が決まらないまま実家で過ごす、短くも間延びした奇妙な時間と、大人になる前の最後の夏という感傷が、淡くけだるく表現されている。録音はラフで、作品のタッチとしてもまさに「インターネット時代のD.I.Y.ミュージック」。素朴な手つきのサンプリングで、DTMオタクではないアイディアと感性にあふれている。フル・アルバムとなる今作『ウィズイン・アンド・ウィズアウト』と比較すると、さまざまな点で対照的だ。
 より瞑想的な色合いを深めた本作を並べて聴けば、EPのほうはフィジカルに訴えるダンス・アルバムであったのだなと実感する。今作はプロデューサーにアニマル・コレクティヴ『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』やディアハンター『ハルシオン・ダイジェスト』を手掛け、彼らの音をよりメジャーなフィールドへバランスよく翻訳してみせたベン・アレンを迎えていて、音が格段に整理されている。冒頭の"アイズ・ビー・クローズド"にすでにそれがみて取れる。特徴的だったローファイ感にはヤスリがかけられ、モコモコとした音像はシャープでひんやりとした印象へと変化している。曲の長さは平均して1分ほどのびている。シンセのレイヤーにはメディテイティヴな広がりが加わっている。彼なりに、彼が好むというアンビエント作品へのアプローチを深めた結果なのだろう。

 「内側で響く君の声/(中略)/やがてその声に耳を傾けて/呼び返す彼らの声に耳を傾けて/落下の重みを感じて/すぐ目の前で/今、世界をはっきりと見て」"アイズ・ビー・クローズド"
 目は閉じられ、身体の内側では声が響く。意味のとりようによっては神秘体験をつづるかにも見えるが、彼の長く尾をひくヴォーカルは、たしかにその「内側の声」に共振するかのようにリヴァービーなサウンドのなかに溶け込んでいく。この詞にも出てくるように、『ウィズイン・アンド・ウィズアウト』は「落下」、落ちていく感覚をとらえた作品だと思う。
 「落下」のテーマは"アモール・ファティ"にも出てくる。思考を捨てて「落下」に身をまかせれば、未来は運命によって、しかるべきところで決定される......一見不真面目な運命論にも見える詞だが、「手放そう/手を伸ばそう」の対句にみられるように、運命を操る手綱を手放すことは、その手綱に手を伸ばすことにもなるという逆説が核にある。つまり「落下」や「放棄」のなかにひとつの積極性を見出しているわけで、こうした逆説はチルウェイヴ的な問題の延長上にあるものだとも言えるだろう。
 ともあれ、その「落下」は「墜落」や「没落」ではなく、ゆっくりとしたスピードでやがてほの明るい残響の中につつまれていく。クリアな音使いでアトモスフェリックな空間を描き出す"ソフト"は、まさにその「落下」をやわらかく止めるアンビエント・トラックで、曲のメッセージとしても「いつかやってくるよ/すべての帳尻が合う時が」だ。そしてそのときまでは「ずっと落下しつづけるんだ」とつづく。逃避やモラトリアムという感覚が、「落下」へと切り替わった作品であり、筆者にはその落下の先がチルウェイヴの行き着くところを暗示するように感じられたが、それは読み過ぎかもしれない。

 この先は浮遊する=落下を止揚するトラックがつづく。"ビフォア"などはEPの叙情性が払拭され、身をゆだねるべき癒しや赦しの音が模索されているかのようだ。"ユー・アンド・アイ"には青さや切なさがにじむが、表題曲"ウィズイン・アンド・ウィズアウト"は浮遊も落下もない静かな境地を描出している。ピアノがノスタルジックなシークエンスを描き出す"ア・デディケーション"も同様である。「イッツ・オーケー」が反響し繰り返されることで、本作のひとつの結論を導き出す曲でもある。
 EPとは曲のカブりもないため、まるでセカンド・アルバムといった佇まいであるが、それだけ彼は短期間で時計の針を前に進めたのだ。聴き心地のよいシンセ・ポップがウォッシュト・アウトだと思っていると、肩すかしを食らうかもしれない。彼個人の問題やモチーフを突き詰めることで、EPから見てぐっと成熟と進歩とを遂げた、正真正銘のフル・アルバムである。方法的な技量にではなく、同世代の人間として、そして表現者としてのモチベーションに深く心を揺さぶられた作品だった。

橋元優歩