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butaji

Pop

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RIGHT TIME

SPACE SHOWER MUSIC

木津毅   Oct 29,2021 UP

急げ 急げ
社会が変わる 世界が変わる
(“中央線”)

大人しく黙っていても
事態は好転しないでしょう
(“acception”)

 きっかけはシングル “中央線” だったと思う。butaji という魅力的な声を持ったシンガーソングライターが、より明確に自分と社会との関わりを歌いはじめたのは。いや、それを言うなら、前作『告白』では一橋大学のアウティング事件がきっかけとなって生まれた “秘匿” があったわけだし、自身の作品に正直であるためにバイセクシュアルであることをカミングアウトした(社会に対して自分が少数派であることを表明した)彼は、もともと自分の内面だけでなく社会へのまなざしを表現にこめたいタイプだったのだろう。その態度が “中央線” 以降より能動的になり、アルバム『RIGHT TIME』においてはっきりと核になっている。そもそもセクシュアル・マイノリティであることを表明し、そのことを表現の重要な一部にしているミュージシャンが少ない日本において、ゲイである僕がやや過剰に肩入れしている部分はあるのかもしれないが、彼の属性にかかわらず外の世界と積極的に関わろうとするそのあり方は本作の魅力にちがいない。
 七尾旅人ベックからの影響を語るいっぽうで、槇原敬之──マイノリティである自己をポップスに忍ばせてきたシンガソングライター──への敬愛をたびたび露にしてきた butaji はまた、おもにプロダクション面において海外のオルタナティヴR&Bの動きを横目で見つつ、J-POP にも通じる歌謡性を隠してこなかったひとでもある。はっきりとキャッチーなメロディがその歌の中心にあり、色気のある歌唱で聴き手を引きこむシンガーだ。だからこそこれまでの作品でも歌を軸にして多岐にわたるアレンジを見せてきただが、本作ではいっそうあっけらかんとサウンドを多様にしている。弾き語りのフォーク・ソングをベースにした “中央線” のような曲と、R&Bを意識したエレクトロニック・ポップの “acception” のような曲が変わらず butaji の音楽の二大ベースだと思うが、たとえばストレートなロック・チューン “友人へ” にはこんな引き出しもあったのかと驚かされる。また、その演奏とアレンジにおいて、多くのゲストという名の「他者」が参加していることもポイントだ。
 気鋭のシンガーソングライター壱タカシ(彼もゲイであることをカミングアウトしている)が清潔な響きのピアノを弾く “calling” からはじまり、『RIGHT TIME』には多くの人間が登場する。それはここ数年で butaji が人脈を広げたということ以上に、自分の感情や内面を他者に預け、共有せんとする態度のように僕には思える。たとえば tofubeats がリミックスを担当しシングル・ヴァージョンよりアッパーにビルドアップされた “free me” は、フロアで誰かといっしょに踊りたくなるダンス・トラックとしてアルバムに収録されている。「I wanted to be free」と吐露されるこの曲は自己のアイデンティティへの問いを含みつつ、その言葉がディスコ・ビートとともに高らかに解放されるとき、一種のクィア・アンセムとして聴くこともできる……偶然フロアで出会ったひとたちが、視線を交わしつつ踊るための曲だ。あるいはコーラスの洒脱なアレンジが心地いい STUTS との共作 “YOU NEVER KNOW” や “I’m here” などは再興するシティ・ポップの変奏と言えるかもしれないが、butaji のポップスはいま、都市に限らない「社会」に生きる人びとを包摂しようとしているのではないか。個人の内省がメロウなものとして現れてきたこれまでの作品よりも、『RIGHT TIME』はたしかに外界に向けて開放的に鳴らされている。それは多くのミュージシャンたちが生き生きとそれぞれの音を出しているからだ。
 その意味で、折坂悠太との共作曲 “トーチ” の butaji ヴァージョンが本作のハイライトだろう(同曲は折坂悠太『心理』に彼のヴァージョンが収録されている)。石橋英子が共同プロデュースでジム・オルークがミックスを担当しているこの雄大なフォーク・ソングの、アコースティックの鳴りはきめ細かくてまろやかだ。温かくもある。曲の後半でバンド・アンサンブルが高みまで登りつめるとき、そこにはたしかに複数の人間のエネルギーの交感がある。「私だけだ/この街で こんな思いをしてる奴は」と歌われるこの曲は都市の孤独の風景を描きつつも、少なくとも音の上で、感情は「私だけ」のものではない。

 たとえば社会との接点をなるべく隠すように君と僕の歌に終始し、その抽象性から「普遍的」と言われる J-POP がそのじつ異性愛を前提としていることはよくある。「普遍」から無意識に落とされる者たちもいるのだ。
 butaji が高音から低音までを大胆に行き来しながら歌う愛の歌は、「わたし」「あなた」「僕」「君」「お前」と人称を広げて多様な関係性を示唆する。それは自身のマイノリティとしての経験を含みながら多様な人びとが暮らす場所としての社会を映そうとしているからで、『RIGHT TIME』では何度か時代の混乱に言及しつつも、最終的には雑多な他者のなかで生きる喜びがそれを凌駕する。butaji はいま、強いメロディと多彩なアレンジメントで日本のポップスの可能性を広げようとしている。「急げ 急げ/僕らも変わる/僕らも変わっていく」と彼が懸命に歌えば、この窮屈な社会を変えるのは他でもないわたしたちだという気持ちになれる。

木津毅

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