Home > Reviews > Album Reviews > Caterina Barbieri- Ecstatic Computation
電子音楽と「反復」は親和性が高い。シーケンスされた音は延々と反復する。そして反復が持続に溶け合うとドローンが生れる。さらにマシンは人間には不可能な音色の変化や、その反復を「崩す」こともいとも簡単に実現してしまう。たとえばクラフトワークの反復には音色やトーンの変化が同時におこっているし、坂本龍一のノイズは和声の中に溶け合うことで反復を逸脱させようとするし、クリスチャン・フェネスのグリッチノイズは彼のギターと融解してもいた。コンピュータ、エレクトロニック、マシン、ヒューマン。電子音楽において人間とマシンの境界線が常に浸食しあいながら越境する。
では2019年現在、電子音楽における反復はどのように変化しているのか。そのことを知る上で重要なアーティストがいる。ベルリンを活動拠点とするイタリア出身の電子音楽家/サウンドアーティストのカテリーナ・バルビエリだ。
カテリーナ・バルビエリは自らのドローンを「ミニマリズム、減算合成、インド伝統音楽」を関連付ける。さらには「恍惚感のあるコンピューター処理」とも語っている。そう、モジュラーシンセを用いたカテリーナ・バルビエリのサウンドは、反復のミニマリズムを基調としながらも、その音は崩れ、変化し、別の音楽へと接続されていくものである。
カテリーナ・バルビエリはこれまで〈Important Records〉から『Patterns Of Consciousness』(2017)、『Born Again In The Voltage』(2018)という2枚のアルバムをリリースしてきた。くわえて伝説のドローン作家Elehとのスプリット盤『Split』を同〈Important Records〉からリリースしている。この種のモジュラーシンセを用いた電子音楽は最近の流行だが、どれも頭一つ抜けている出来栄えであった。
そして新作『Ecstatic Computation』は、これまでリリースを重ねてきた〈Important Records〉から離れ、音響音楽の老舗〈Editions Mego〉からリリースするアルバムである。マスタリングはお馴染の(?)ラシャド・ベッカーが担当している。
『Patterns Of Consciousness』、『Born Again In The Voltage』までのアルバムがインド音楽的な音色のドローンであるとすれば、この『Ecstatic Computation』ではバロック音楽的電子音楽とでもいうべきか(じっさいチェンバロ的な音色を導入した曲もある)。古典的ともいえるシーケンス・パターンを積極的に導入し、音色、レイヤー、フレーズによって聴き手の認識のパターンを刷新するように変化するような構造へと変わっていたのだ。
その結果、これまで硬質なドローンを展開していたアルバムと比べてみると、格段にポップな印象の仕上がりとなっている。むろんポップ音楽的になったという意味ではない。ひとつひとつの音色が、やわらかに、繊細に、かつ力強く生成されているため、「聴きやすい」のである。なかでもヴォイスとチェンバロ的な音色と電子音が交錯するM4“Arrows of Time”は、本作の独自性を象徴している曲に思えた。何より楽曲として美しい。
クラフトワークのようにポップ(=シーケンス)でありながら、現代音楽(=持続・ノイズ)のように一筋縄ではいかない。そしてまるで未来のバロック音楽のように優雅で瀟洒である(=メロディ)。いわば反復と非反復の刷新としての電子音楽。
本作『Ecstatic Computation』はカテリーナ・バルビエリの最高傑作であり、本年リリースの電子音楽の中でも注目すべきアルバムに思えた。反復の美学を刷新する電子音楽がここにある。
デンシノオト