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Home >  Reviews >  Album Reviews > Kaitlyn Aurelia Smith- Let's Turn It Into Sound

Kaitlyn Aurelia Smith

ElectronicExperimental

Kaitlyn Aurelia Smith

Let's Turn It Into Sound

Ghostly International / PLANCHA

yukinoise Sep 30,2022 UP
E王

 越境するハイパーポップは過渡期を迎えるどころか、新たな共鳴現象をもたらすようになってきているのかもしれない。数多なるエナジーを集約し、破壊と創生を幾度も繰り返すかのような展開をエクストリームに出力した果てのポップ・サウンド。と、定義しがたくも多様な響きで音楽性を日々更新するこの新興ジャンルは、マキシマイズされたポップネスを実験的に追求せんばかりに、複雑な自己探求のアプローチにジャンルを越境して作用している。

 アメリカのワシントン州とカナダのバンクーバーの間に位置し、豊かで美しい大自然を持つオーカス島が生んだLAの電子音楽家、ケイトリン・オーレリア・スミスのニュー・アルバム『Let’s Turn It Into Sound』はまさにその一例だ。現代的なアンビエント、ニューエイジ色が濃いこれまでの作品とは一転、今日のハイパーポップに振り切ったサウンドというよりは、カオスの先にある表現の可能性をアップデートするため、ハイパーなエッセンスを取り入れたエクスペリメンタル・ポップ作品となっている。

 モジュラーシンセサイザーを駆使し、エレクトリックで夢心地なテクスチャーを創造してきたケイトリン・オーレリア・スミス。2017年リリースの『The Kid』、2020年リリースの『The Mosaic of Transformation』では幻想的で端然としたきらめきを作中で醸し出してきた。そのきらめきは最新作『Let’s Turn It Into Sound』でコントラストを一気に高め、サウンドをポップに加速させているようだ。冒頭の “Have You Felt Lately?” ではピッチアップしたヴォーカルから跳ねるように “Locate” へと、奇妙な明るさのメロディと並走しながら大胆なビートで突き進んでゆく。ハイパーさがふんだんに散りばめられていながらも、昨今の流行を取り入れただけの表層的なサウンドだけに仕上がっていないのは、彼女の多面性をトリッキーに映し出すものとして音の断片がスマートに連動しているからだろう。ただエクストリームに傾倒するのではなく、かつてアンビエントやニューエイジでディープな心象世界を描いたように、ケイトリン・オーレリア・スミスに宿る感性が鮮やかな電子音の融合体となり、味わい深いカオスを優美に浮かび上がらせる。

 アルバム中盤、絶えまない刺激から解放されるビートレスな “Let it fall” に続き、シングル・リリースもされた “Is it Me or is it You?” の心地よい混沌にグリッチされながら誘い込まれ、“Check Your Translation” に差し掛かった頃にはもう、無限に広がる特異な世界を音に頼りながら掴むしかなくなってしまう。挑戦的に勢いよく引き込んでいった前半に比べ、アルバム後半は伸び伸びとしたサウンドスケープが “Pivot Signal” を起点に広がってゆく。純真なコーラスが耳を惹くハウシーな “Unbraid: The Merge” や、軽快なシンセが交錯する “Then the Wind Came” では曲をコラージュしたかのように終盤から脈を打ち、ラストは一貫とした雰囲気が漂う “Give to the Water” で聴き手を彼女の世界の根底に佇ませたまま作品を美しく締め括った。

 このアルバムはパズルであり、楽曲のタイトルは感情を分解したピースであるとケイトリン・オーレリア・スミスはたとえた。誰しもが喜怒哀楽という既存の枠には収まらぬカテゴライズ不能な感情、一筋縄ではいかない感性や意識の集合体である。そう訴えかけてくるかのように、彼女の世界に想いを巡らせながらパズルを組み立てようとすれば、自分自身が内包するピースの存在も見えてくる。そんな本作を彩るケイトリン・オーレリア・スミス流の研ぎ澄まされたハイパーサウンドは、あらゆる自己表現をエンパワーメントするピースとして色濃く活きていた。

yukinoise