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これはドローンのハードコアとでもいうべきアルバムだ。静謐だが硬質。しかしまったく軟弱ではない。サウンドのコアというべき音が選び抜かれ、そして持続する。いわば21世紀的なミニマリズムの追求とでもいうべき楽曲たち。そう、エレン・アークブロの2年ぶりのアルバムのことである。
エレン・アークブロ(Ellen Arkbro)は、スウェーデンはストックホルム出身のサウンドアーティスト/作曲家/パフォーマーである。彼女は主に楽器のドローンを基調とする音楽作品・楽曲を制作し、エンプティセットのアルバムなどで知られる〈Subtext〉からアルバム『For Organ And Brass』(2017)をリリースしている。パイプオルガン、コンピューター、ギターなどを演奏するマルチプレイヤーでもある。
2017年のアルバム『For Organ And Brass』は名前のとおりオルガンと管楽器によるドローン作品だった。ミニマルな音階の変化も作曲され、牧歌的な雰囲気を醸し出していた。しかし決して軟弱な楽曲ではない。一切の余剰と雑味を排除したような音響は、楽器の特性の本質を抽出したような響きを放っており、聴覚の遠近法が拡張するような感覚を得ることができたのだ。ラ・モンテ・ヤングから影響を受けているということも納得の出来であった。
前作から2年の歳月をかけてリリースされた新作アルバム『CHORDS』は、音楽の痕跡をさらに極限までミニマルに削ぎ落とした長尺のドローン/ミニマルな楽曲が2曲収録されている。今回、用いられた楽器はオルガンとギターのみで、それぞれの楽曲を聴くことができる。おそらくアルバム名どおり「コード」をテーマにしているのだろうが、2曲とも単に和音を演奏しているだけのような安易な真似はしていない。そうではなくて「コード」そのものを解体するような音響を作曲/構築していた。
選び抜かれたトーンで構築されたドローン/楽曲は、前作に微かに残存していたモダン・クラシカルなムードも消し去られ、オルガンとギターの音響のコアを抽出したようなミニマルアート的な音響作品に仕上がっていた。
1曲め“CHORDS for organ ”はオルガンをノイズ生成装置のように用いる。倍音も控えめであり、あらゆる感傷を排したオルガンが発するハードコアな持続音が鳴らされていく。聴き込んでいくにつれ響きのテクスチャーに耳が敏感になる。それゆえ不意に音が変化するときの響きの変化が耳に鮮烈な驚きを与えてくれもするのだ。
2曲め“CHORDS for guitar”はギターのための楽曲だが、ここでもコードは分散和音的に解体される。“CHORDS for organ”とは異なり、ギター特有の豊かな倍音も鳴り響いており、その結果、分解されたコードのむこうに、透明なカーテンのような別の音の集合体が聴き取ることができた。この曲はそんなギターの音が17分弱ほど持続し反復する。時間の融解、分解、拡張。反復の極限としての持続とでもいうべきか。
現代のドローン/エクスペリメンタル・シーンの重要作家カリ・マローン、サラ・ダヴァチー(Sarah Davachi)、エミリー・A・スプレイグ(Emily A. Sprague)、カテリーナ・バルビエリ(Caterina Barbieri)、フェリシア・アトキンソン(Felicia Atkinson)らは今年、揃って傑作アルバムをリリースしたが、どれも「時が溶けるような持続を持ちながらも、それでいて音じたいは明晰でもある」という極めて現代的な音響作品であった。
この『CHORDS』も同様である。しかも彼女の音はそのなかでも、もっともミニマルな仕上がりだ。あまりにミニマルなドローンは苦手という方も、ぜひいちど雑念を払いのけるように、これらのサウンドに耳を全開にして、いわば無になって本作を聴いて(摂取?)してほしい。音の快楽が拡張するような新しい聴取体験が生まれるのではないかと思う。
デンシノオト