ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with xiexie オルタナティヴ・ロック・バンド、xiexie(シエシエ)が実現する夢物語
  2. Chip Wickham ──UKジャズ・シーンを支えるひとり、チップ・ウィッカムの日本独自企画盤が登場
  3. Natalie Beridze - Of Which One Knows | ナタリー・ベリツェ
  4. 『アンビエントへ、レアグルーヴからの回答』
  5. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  6. VINYL GOES AROUND PRESSING ──国内4か所目となるアナログ・レコード・プレス工場が本格稼働、受注・生産を開始
  7. Loula Yorke - speak, thou vast and venerable head / Loula Yorke - Volta | ルーラ・ヨーク
  8. interview with Chip Wickham いかにも英国的なモダン・ジャズの労作 | サックス/フルート奏者チップ・ウィッカム、インタヴュー
  9. interview with salute ハウス・ミュージックはどんどん大きくなる | サルート、インタヴュー
  10. Kim Gordon and YoshimiO Duo ──キム・ゴードンとYoshimiOによるデュオ・ライヴが実現、山本精一も出演
  11. Actress - Statik | アクトレス
  12. Cornelius 30th Anniversary Set - @東京ガーデンシアター
  13. 小山田米呂
  14. R.I.P. Damo Suzuki 追悼:ダモ鈴木
  15. Black Decelerant - Reflections Vol 2: Black Decelerant | ブラック・ディセレラント
  16. Columns ♯7:雨降りだから(プリンスと)Pファンクでも勉強しよう
  17. Columns 6月のジャズ Jazz in June 2024
  18. Terry Riley ——テリー・ライリーの名作「In C」、誕生60年を迎え15年ぶりに演奏
  19. Mighty Ryeders ──レアグルーヴ史に名高いマイティ・ライダース、オリジナル7インチの発売を記念したTシャツが登場
  20. Adrian Sherwood presents Dub Sessions 2024 いつまでも見れると思うな、御大ホレス・アンディと偉大なるクリエイション・レベル、エイドリアン・シャーウッドが集結するダブの最強ナイト

Home >  Reviews >  Album Reviews > KMRU- Peel

KMRU

Ambient

KMRU

Peel

Editions Mego

デンシノオト   Sep 29,2020 UP

 ケニア・ナイロビ出身のKMRU(ジョセフ・カマル)は、2017年ごろからDJ活動とアーティスト活動を開始し、翌2018年には「Resident Adviser」の「15 East African Artists You Need To Hear」にも選出された。

 活動初期は現在のようなエクスペリメンタルな作風ではなく、シンガーとのコラボレーション・トラック/曲を発表し、ケニアのエレクトロニック・ミュージック・シーンでは知られた存在だったという。トラックメイカー時代(?)のジョセフ・カマルはドイツのレーベル〈Black Lemon〉からジョン・トーマスとのコラボレーションEP「Eternal Summer」をリリースしたり、ポエトラ・アサンテワとのコラボレーション曲 “Round Pegs” を生みだしたりするなど精力的な活動を展開していた(https://soundcloud.com/poetra-asantewa/round-pegs)。

 やがてジョセフ・カマルはアンビエントなサウンドへと変化を遂げ、本作のリリースへと行き着く。あえていえばそのサウンドはまるで別物といっても良い(サウンドの変貌は彼のバンドキャンプで発表されたトラックを追いかけていくと分かってくるだろう)。
彼はウィリアム・バジンスキーからステファン・マシューの系譜に連なるアンビエント・アーティストへと生まれ変わったのだ。本アルバムのマスタリングをステファン・マシュー/Schwebung Mastering がおこなっていることは象徴的に思える。

 ナイロビ出身のジョセフ・カマルが生み出すアンビエントには、深い安息への渇望があるように聴こえてくる(もしかするとナイロビの治安も関係しているのかもしれない)。その「安息への渇望」への感覚が、アンビエント・リスニングにおける現代的な「チル」の問題について考えるときに重要なテーゼを投げかけてくれるように思えるのだ。
 現在、アンビエント・ミュージックはいわゆる「環境音楽」から、自宅・自室のリラックスした環境で聴く「安息の音楽(チル)」としての側面が強まっている。その「ホームステイ」的な聴取・生活は、コロナ・ウィルス以降の世界においてより現実的になってきたが、しかし一方でコロナ禍以前から「チル」な音楽は一定の浸透力を持っていたことも事実だろう。なぜだろうか。
 ここでひとつの私見・私論を蛇足ながら述べさせて頂きたい。それは「こうまで00年代末期から20年代にかけてチルな音楽が広がった時代背景には世界的な経済不況と治安悪化の問題が根柢にあるのではないか。だからこそ安心できる家にいるときに過剰にくつろぎたい/安息したい欲望が高まったのではないか?」である。このように考えてみると2020年代的なチルな音楽、そしてアンビエント音楽が希求され浸透した背景には、そういった過酷な現代社会と表裏一体の関係にあったかのかもしれない。

 本作『Peel』はKMRUが現代実験電子音響の聖地〈Editions Mego〉からリリースしたアルバムである。しかも『Peel』リリースの翌月には『Opaquer』を立て続けに発表した。さらに9月にはデジタル・リリースで「while we wait」をリリースする。どれもアンビエントの楽曲であり、彼の創作意欲はとても高まっているのだろう。
 あえて簡単に分類するなら『Opaquer』の方がクラシカル、ミニマルなどの音楽的な要素が多く、音楽家/作曲家としての彼の力量を聴くと満喫できる仕上がりとなっていた。一方『Peel』は彼の特有の「チル」な感覚が全6曲・70数分に渡って持続し、アンビエントの現代性を体現するような稀有な仕上がりになっている(「while we wait」は『Peel』の音を融解したようなドローンと環境音を基調とした38分強の長尺トラックだ)。
 『Peel』にはこの時代の「空気」が濃厚に漂っているように感じられた。それもそのはずだ。カナダ・ケベック州モントリオールへと旅していたジョセフ・カマルだったが、新型コロナ・ウィルスの影響で国境が閉鎖され、ナイロビへの帰国を余儀なくされ、母国ケニアへと帰国、自宅に籠って48時間で完成させたアルバムというのだ。1曲目が “Why Are You Here” という曲名なのも本作を象徴しているように思えてくる。

 コロナ禍のロックダウン的状況のなか制作された『Peel』は、同時に体を休息し、安息へ導くアルバムである。やわらかい電子音に空気のなかを漂うかのごときノイズ、時間をかけて生成し変化するアンビエンスには「親密さ」があり、深い睡眠のように無時間的な「安息」の感覚もあり、家族たちとの穏やかな時間の記憶のような音色の色彩に横溢していた。
 1曲目“Why Are You Here” の静謐な始まりから、穏やかな波のように持続する2曲目 “Well” と3曲目 “Solace”、次第にサウンドが拡張され聴覚と知覚に浸透していくかのごとき “Klang”、夢の中のミニマル/ドローンのごとき “Insubstantial”、そして22分に及ぶアルバム最終曲 “Peel”。全6曲がシームレスにつながり、70分におよぶ音の波を生成する。なかでも “Peel” はアルバム全般を統合したような長大な曲であり、透明な空気と濃厚な霧が交錯するような美しさに満ちている。

 長々と言葉を連ねてきたが、何より「夜」の光景を捉えた印象的なアートワークが、本アルバムのムードを雄弁に表現していることはいうまでもない。深い夜にたちこめる霧の時のようなアンビエンス/アンビエント。まるで満ちる音の波のように、もしく音の空気のように70分強のあいだ濃厚なアンビエントが展開していくのだ。私たちは彼のサウンドを聴取することで、睡眠と覚醒のあいだにあるような不可思議な安息を得ることになるだろう。
 世界が危機的であればあるほど、人間には世界から隔離された睡眠のような時間が必要だ。現実には否応なく戻ることになる。人には休息が必要だ。KMRU『Peel』は、われわれにとって、そんなひとときの安息を用意してくれる美しいアンビエントだ。

デンシノオト