現代音楽という、「芸術音楽」の最前衛の世界で活躍する藤倉大は、これまでに数々の受賞経験を持ち、現代音楽界の巨匠であるピエール・ブーレーズにも認められた、現在の日本を代表する作曲家のひとりである。かたや笹久保伸は、ペルーでアンデス音楽を習得し、帰国してからは「秩父前衛派」なるユニットを立ち上げ、昨今盛り上がりつつある秩父における芸術運動に先鞭をつけるギタリストだ。このまったく出自の異なるふたりを結びつけたのは、音楽に対する態度、すなわち「売れるもの」をまるで忘れて音楽に没頭してしまうという姿勢に、共振するものがあったからだという。ロンドン在住の藤倉と秩父在住の笹久保が、一度も顔を合わせることなく『マナヤチャナ』を完成させ、そしてついに対面を果たした。このインタヴューが行われたのは10月10日であるが、その前日に、ふたりは初めて「出会った」のである。
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作曲家、ギタリスト、映画監督として活動する笹久保伸と、イギリスを拠点に活動する作曲家、藤倉大。フェイスブックで出会ったというふたりが、それぞれ秩父とロンドンからデータを送りあって制作したというサウンド・インスタレーション作『マナヤチャナ(未知のもの)』が本年9月にリリースされた。笹久保がギターのサンプルを藤倉に送り、それにエレクトロニクス処理を藤倉が加えて笹久保に戻し、それをもとにさらに笹久保がパーツを録音して送り……という作業の果てに生まれた9曲にはケチュア語の曲名がつけられ、ワールド・ミュージックにジャズやポップスが溶け合いながら、エレクトロニカやアンビエントとしても楽しめる異色の作品となっている。
『マナヤチャナ』みたいなお金にならない制作をやっちゃったりとかしているけど、そういうことをする人はあまりいないんですよね。だから僕たちは似ているなって思ったんです。(藤倉)
■おふたりが実際にお会いしたのは昨日が初めてなんですよね?
藤倉:そうです。
笹久保:昨日初めて直接会って、声も聞きました。電話すらしたことなかったので。
■対面してどう思われましたか?
笹久保:Facebookでずっとやりとりをしていたのと、お互いの音楽を通じて人柄はわかっていたので、予想通りといいますか。べつに予想も何もしてなかったですけど。そのままでしたね。
藤倉:音楽って自分のDNAが紛れ込んでいるというか、本質を見せちゃうものなので、自分を隠せませんからね。どういう人なのかっていうのは、そういう面で僕もわかっていました。
■『マナヤチャナ』は、Facebookで笹久保さんが藤倉さんに声をかけるところから制作がはじまったんですよね?
笹久保:そうですね。ただ、制作をはじめるために声をかけたわけじゃないです。藤倉さんがこれまでに作曲したギターの曲は“Sparks”というものしかなくて。それはクラシック・ギター・ソロのための曲なんですけど、1分くらいのすごく短い曲なんですよ。だから他にギターのための曲はないのかなと思って、今年の2月ぐらいにFacebookで問い合わせてみたんですよ。新曲があるのかないのか。もしくは新曲はどういうふうに、どんな経緯で依頼したら書いていただけるのかとか。
■“Sparks”は、デレク・ベイリーふうのハーモニクスからはじまって、でもそのいわば乱雑なフレーズが繰り返されるという、緻密に構造化された楽曲ですよね。笹久保さんは“Sparks”を聴いてどう思われましたか?
笹久保:あの曲はおもしろいんですけど、すごく短い。たとえばコンサートの中でどのような扱いで弾くかっていうのが難しいんですよ。「これが藤倉大の曲だ!」って提示するには難しい。藤倉さんもあれは自分の作品をつくるというか、ギャラがない仕事で頼まれて作ったんですよね?
藤倉:そう、チャリティーだからね。
笹久保:だから、藤倉大のギター音楽のエッセンスがすごく凝縮されて入っている1分というわけでもないだろうなと僕は思ったんですよ。あれを聴いて。曲はおもしろいんですけどね。
■演奏時間の長い“Sparks”的なものを求めたということですか?
笹久保:“Sparks”っぽくても、全然関係なくてもいいですけど、ギターのための作品で気合を入れて書いたものがあったらすごくいいなと思ったんですよ。まぁ、誰しもがそう思っているんじゃないでしょうか。でも、そこでもし仮にそういうギター曲がすでにあったなら『マナヤチャナ』はやってないんですよね。
藤倉:だろうね。
笹久保:だから、よかったな、とも思いますけどね。
藤倉:そうかもしれない。
笹久保:ギター曲があったら「あ、じゃあこれ弾いといて」みたいな(笑)。
藤倉:「はい、これ」って言って(笑)。
笹久保:2000円で買ったりして。「ありがとうございます」って言って終わっていたと思いますね。
藤倉:いやいや、もう、あげますよ。
■藤倉さんはそこで笹久保さんのためにギター曲を書こうとは思わなかったんですか?
藤倉:いや、そう思ったんですよ。でも……。
笹久保:こういう国際的に活動している作曲家に、パッと曲を書いてくれと言ったからといって、書いてもらえるわけじゃないんですよ。それは所属している事務所のこととか、さまざまな問題がある。
藤倉:笹久保くんに限らず、そうやって言われたら、委嘱をしてくれる場所とそれを初演する音楽祭とかいろんなところをあたってみようってことになるんですよ。助成金の申請なんかもして、だいたい1、2年。クラシック音楽の世界って2年先までロックされていることが普通なんで。いま僕が進めている仕事の話は2016年か2017年のものですね。2015年なんてもう全部決まっていますから。ほんとに時間がかかるんですよ。
笹久保:僕はその当時、まぁ今年の2月ですけど、そのころコンサートイマジンっていう事務所にいまして、藤倉さんは別の事務所にいて。ギター曲を書いていただくとなると、個人的にできるような規模じゃないから、事務所同士が協力して、藤倉さんに委嘱して、海外のフェスティバルなり特別なコンサートなりでブッキングしなければならない。そうやってお金を発生させて、藤倉さんには委嘱費がいくし、僕にもギャラがいくと。そういうことができるかどうかを相談していた翌日に、僕が事務所を辞めまして。それはただ辞めただけなんですけど、それでその話は成立しなくなってしまった。
藤倉:びっくりだよね。Facebookで「辞めます」って言うから。「え!?」みたいな(笑)。
笹久保:そうそう。だからそこで委嘱するっていう話は終わって。でも「なんかできるんじゃないの?」って藤倉さんが言ってくださって、じゃあとりあえず15秒ぐらいのサンプル音源でも送ってなんかはじめようってなったんですよ。
委嘱するっていう話は終わって。でも「なんかできるんじゃないの?」って藤倉さんが言ってくださって、じゃあとりあえず15秒ぐらいのサンプル音源でも送ってなんかはじめようってなったんですよ。(笹久保)
藤倉:笹久保くんはギタリストであるだけじゃなくて、生活を切り詰めて、レーベルの運営もしている(CHICHIBU LABEL https://www.ahora-tyo.com/)。僕もそうなんですよ。身を削りながらレーベルの運営もしているし。だからお互いに似ているなって思った。やっぱり自分の生活を音楽のまえに置かない人ってけっこう多いんですよ。インタヴューで綺麗なこと言ってても、実際は。
笹久保:じつは音楽優先じゃないってことですよね?
藤倉:うん。だから僕なんかは、笹久保くんも話をきくとそうみたいなんですけど、来月の家賃とかどうなるかわかんないなって思いつつ、『マナヤチャナ』みたいなお金にならない制作をやっちゃったりとかしているけど、そういうことをする人はあまりいないんですよね。すごい高いクルマとか乗ってるのに。だからそういうことしない人が多い中で、僕たちは似ているなって思ったんです。『マナヤチャナ』なんかは誰かが依頼しているわけじゃないですから。1ヶ月かけて作ったんですよね?
笹久保:そうですね。
藤倉:できちゃったんですよ。
笹久保:もちろん1ヶ月で終わらせるつもりじゃなかったんですけどね。
藤倉:合間にやるってことですよ。
笹久保:仕事の合間にちょっとずつやっていって、いつかアルバム1枚分ぐらいになったら、どこか、まぁ自分たちで出そうかって言っていたんですよ。
■アルバム・リリースをするために作ったのではなく、気づいたらそれだけの量ができてしまっていたということですか?
藤倉:そうですね。アルバムみたいになっちゃったからね。笹久保くんが秩父でやっているレーベルはCDを作っていて、僕のレーベルはデジタル配信だけなんですよ。でも世界配信。だからもし自分たちで出すのであれば、盤は〈CHICHIBU〉で作って、僕はデジタル配信をやればいい。
笹久保:3秒ぐらいで話が終わりますよね。
藤倉:ビジネス・ミーティング3秒で終わる、みたいな(笑)。
強いて言えば藤倉さんがやったことは全部狙ってやっていますよね。考えて作っている。そういう意味では、逆に僕がやっていることは何も狙っていないと言えるかもしれない。(笹久保)
■『マナヤチャナ』では、ギターにプリパレーションを施していたり、調弦を変則的なものにしたり、素材の段階からさまざまな試みがなされていますよね。
笹久保:プリペアド・ギターはかなり考えて弾いたんですよ、じつは。ジョン・ケージみたいにどこに何を置いたらどんな音がするのか、メモしながらやったわけじゃないですけど。あと素材は多ければ多いほどいいだろうなとは思いました。あとで何かをする上でも選べるじゃないですか。
藤倉:僕の選択肢は多くなるからね。
笹久保:そういう意味で素材のヴァリエーションを豊富にしたほうがいいとは思いました。でもそれよりも、それ以前に、僕が出したい音っていうのがあって、それをいろんなパターンで録音したってことですよね。
藤倉:断片ですよ。たくさんの断片。
笹久保:僕が録音した素材を使って藤倉さんが何をするのかは、その時点ではどうでもよかったっていうことなんですよね。自分にできることをまずやった。僕がいちばん最初に録音したわけですからね。
藤倉:もうほんとに盛りだくさんだったよね。
笹久保:ものすごい量の音源を送ったんですよ。そこから藤倉さんがどんどん引き算して。たとえば僕が2時間の音源を送ったとしたら、藤倉さんはその中の3秒ぐらいを使って、引き伸ばしたりしながら加工していく。
藤倉:たとえばその中のひとつの、プリペアドしたときのギターの音を聴いたときに、笹久保くんが普通のギターで弾いているサウンドを、まぁ古典的な手法ですけど、リングモジュレーターとかに入れたら、プリペアド・ギターと同じような音が出るだろうなって思ったりしたんですよ。それでいろんなサンプルを作っていった。音源をね、1音ずつ。それを組み合わせてやると、プリペアドしているのかエレクトロニクスの音なのかわからないようなトラックができあがる。
■素材の音なのか加工された音なのか、聴き手が混乱してしまうようなことを、狙って作っていったということですか?
藤倉:もちろん。
笹久保:強いて言えば藤倉さんがやったことは全部狙ってやっていますよね。考えて作っている。そういう意味では、逆に僕がやっていることは何も狙っていないと言えるかもしれない。
藤倉:あぁ、そうだよね。
笹久保:藤倉さんは僕が録った素材をもとに作曲をしているわけですから。
藤倉:素材を聴いたときに、作曲する手法だとか使うソフトとかが一気に思い浮かぶんですよ。「あ、これだ!」って。
笹久保:リミックス・アルバムとかありますけど、たとえば誰かが演奏したものにビートをつけてとか、ちょっと加工してみたいな、そういうのとはぜんぜんちがうものですよね。あと人によってはシンセサイザーの音を重ねているんじゃないかって言いますけど、このアルバムに入っているすべての音が僕のギターをもとに作られている。歌は別ですけどね。
藤倉:もとからある音色をそのまま使ったりしているわけじゃないんですよ。すべてギターから作っているわけですから。ほわ~っていう音もギターなんですよ。
リミックス・アルバムとかありますけど、たとえば誰かが演奏したものにビートをつけてとか、ちょっと加工してみたいな、そういうのとはぜんぜんちがうものですよね。(笹久保)
それはもう現代音楽の、電子音楽のスピリットですよね。(藤倉)
■編集的な態度というよりも、作曲家的な態度で音を置いていったということですか?
藤倉:編集っていうようなものじゃないですよね。笹久保くんが普通に弾いているフレーズとかでも、1音だけとったりするわけですから。1音どころか、波形にしてハーモニクスの上の部分だけを取り出してループさせたりとか。それで10秒ぐらいになったのを、またちがうエフェクトで加工したり、それをさらに引き伸ばしたり。それはもう現代音楽の、電子音楽のスピリットですよね。ポップスの人たちが編集する感覚とはちがいますね。
■そこにまた笹久保さんがギターを重ねていったんですよね? それは音源を聴いて、音に合うように考えてギターを弾いたんですか?
笹久保:考えてないですね。ほとんど録り直しとかしないで、聴きながらぱぱって、即興的にやっていったんですよ。
藤倉:弾く前にバッキング・トラックは聴いてんの?
笹久保:聴かないでやっていたかもしれないですね。
■直接会うことなく、インターネットを通じて音楽制作を行うことに利点あるいは欠点があるとすれば、それはどのようなものだと思いますか?
藤倉:欠点なんかないんじゃない?
笹久保:まぁ、たまたまこういう方法になっただけですよね。
藤倉:うん、だって僕がもし秩父に住んでいたら、普通に会って録音していたよね。というか会う会わないっていうことはあんまり重要じゃないんじゃないですか?
笹久保:藤倉さんが日本にいてもメールでやっていたかもしれないですよね。
藤倉:そうそう。直接会う必然性が感じられなければそうなるよね。そっちで録音したものを送ればいいだけだし。ただ、会っていっしょにやったりしていたらよくなかったかもしれない。なんでかというと、その時間に僕はそういうモードじゃないかもしれないし、笹久保くんもそうかもしれないから。
笹久保:そうですね。
藤倉:べつに締め切りがあるわけでもないし、さっきも言ったように誰にも頼まれていないアルバムなので、できるときにやればいい。だから笹久保くんに大きな仕事がきて、あと2ヶ月できませんって言われてもべつに問題なかったし。他にやることもあるわけだからさ、笹久保くんも僕も。だからその合間にやったっていうことですよ。ただ、膨大な時間を無収入のプロジェクトにかけて来月大丈夫なの? っていうのはありましたね。うちの奥さんとかはすごく心配していたけど。
■制作においてとくに気をつけたことはありましたか?
藤倉:引き算的な発想って言ったらいいんですかね。デイヴィッド・シルヴィアンのようなポップスの人たちと共同作業を行って思ったんですけど、クラシック音楽の世界とポップスの世界ってぜんぜんちがうんですよ。ポップスの人たちは足し算的な発想で物事を進めていく。そういう音楽はすごくシンプルなんですけど、僕はそういうところから来てなくて。僕にとってはそうやって足すのは邪道なんですよ。たくさんの素材からご馳走を作るんじゃなくて、たとえば一本のニンジンからご馳走を生み出すようなところに、創作があると思っているんです。だから素材であるギターの音にこだわったっていうのはありますね。それで絶対に全部やるっていう。笹久保くんの音楽をリミックスする、という感覚とはまったくちがう。
たくさんの素材からご馳走を作るんじゃなくて、たとえば一本のニンジンからご馳走を生み出すようなところに、創作があると思っているんです。だから素材であるギターの音にこだわったっていうのはありますね。(藤倉)
笹久保:ぜんぜんリミックスじゃないですよね。
藤倉:このアルバムのどこを僕が作っていて、どこを笹久保くんが作っているのか、っていうのはわかんないよね。
笹久保:作業の量から言ったら、僕が10%で、藤倉さんが90%っていう感じですけどね。
藤倉:そんなことないよ(笑)。作業の方向性がちがうし。なんというか、たとえばコラボレーションで誰かが楽器を弾いて、もう一人がエレクトロニクスを乗せたとか、そういう感じではないんですよね。お互いの作業がもっと複雑に絡み合っている。一回弾いてそれを渡して、もう一人が加工してそれで意見言うってわけじゃないですから。だって笹久保くんはまた弾かなきゃならないから。それで僕のところにまた返ってくる。だから本当の意味でのコラボレーションですよ、これって。
笹久保:そうですね。
藤倉:あと誰かとコラボレーションするときって、やっぱり「これ俺のアルバムだから」とか言う人がいるわけですよ。最終的にはその人に従わなければならない。でも僕らの場合はそういうんじゃなくて、音遊び以外のなにもなかったですよね。
笹久保:はい。
藤倉:べつに出さなくてもいいわけだし。
笹久保:なんか自分のアルバムって主張する必要もなかったし。
藤倉:だって笹久保くんは他で自分のアルバムを作っているじゃない。僕も他のところで自分の作曲をやっているんで、自分の色がもっと出ないとダメだとかそういうのはぜんぜんなかったですよね。
笹久保:なかったですね。そういうことはどうでもよかったですね。
笹久保くんの南米的なバックグラウンドとかを学べたらいいなと思って。最初に笹久保くんから送られてきた素材には南米のものはなかったんですよ。まったく。(藤倉)
■仕事として依頼されたわけでもないのに、笹久保さんとコラボレーションをすることの魅力というのは、どのような部分にあると思いますか?
藤倉:僕も笹久保くんも一人で曲を作れるんですよ。誰かに手伝ってもらう必要もないんです。なのにわざわざコラボレーションをするのは、相手から学ぶことがあるからですね。それがないと、時間の無駄だと思ってしまう。他に書かなきゃいけない曲がたくさんあって、それは僕の生活にかかっているんですよ。家賃とか。だからそっちを早く終わらせて楽譜を送るっていうのが普通なんですけど、今回のようなコラボレーションがあると、そうしたことが1ヶ月停止状態になるわけじゃないですか。それでもやりたいと思ったのは、笹久保くんの南米的なバックグラウンドとかを学べたらいいなと思って。最終的には学べたんですけど、最初に笹久保くんから送られてきた素材には南米のものはなかったんですよ。まったく。なんでないんだよって思って、笹久保くんが弾いたやつの断片をループさせて南米っぽいトラックを作った。笹久保くんに「南米っぽく弾いてください」って言ったら指示したことになっちゃいますから、嫌じゃないですか。仕事じゃないオアシスの音楽なのに、指示されたくないじゃん。
笹久保:う~ん。僕はべつに指示されてもよかったですよ。
藤倉:あぁ、そうなの?
笹久保:指示されればそれに答えてやってみようかなって。
藤倉:でもどっちも何も言わなかったんですよ。笹久保くんも僕に対して指示したりしないし。
笹久保:こういう反応が来たから、こういうふうに重ねてみようかなって思うようになるわけですよ。
藤倉:でもびっくりしたでしょ?
笹久保:そうですね。送られてきた音源を聴いたとき、ロンドンで別のギタリストに頼んで弾かせてんのかなっていうふうに思ったんですよ。僕が弾いたのとまったくちがったから。ビートができてて。なんだこれと思って。
送られてきた音源を聴いたとき、ロンドンで別のギタリストに頼んで弾かせてんのかなっていうふうに思ったんですよ。僕が弾いたのとまったくちがったから。(笹久保)
藤倉:音源データのファイル名もべつに何も書いてなかったからね。そういうふうに作っていったので、笹久保くんがさらに重ねて送ってきた音源からも、すごく自由な感じはしましたね。そこでの南米的なリズムの揺れとかは学ぶことが多かったですね。あと、統一されたアルバムは作らないようにしようとは思っていたんですよ。1曲めの“マナヤチャナ”って、すごいアンビエントな感じじゃないですか。それを知り合いに聴かせたら、その感じでアルバム1枚できたらいいよねって言われたりして。そう言われたら反対のことしようかなって思って、終わりはぜんぜんちがう感じのアルバムになればいいなと思って。
笹久保:ギターっていう統一性だけですよね。
藤倉:イルマ・オスノさんなんかはいきなり入ってくるし。
笹久保:そうですね、なんの前触れもなく、パッと。
藤倉:そうそう、歌の曲には絶対したくないとも思っていました。またポップスの話なんですけど、ポップスって歌手の声がすごくでかいし、いつもフロントにいるじゃないですか。以前ノルウェーのジャズの人たち、アルヴェ・ヘンリクセンとかとコラボしたときに、女性の声も入っていたんですよ。『マナヤチャナ』と同じようにファイルの交換で作っていったんですけど、その歌手の声をちょっと右にずらしたんですよ。中心じゃなくて。そしたらみんなすごい騒ぎ出して、声は絶対に中心じゃないとダメって。え、なんで? って思った。僕にとって声ってたんなる楽器のひとつなんで。クラリネットの代わりみたいな。でもポップスの人たちにとっては、声が命みたいなことが多いんですよね。僕はぜんぜんそういう重要性を感じられないので。
笹久保:あと、デイヴィッド・シルヴィアンに、藤倉さんの音楽とイルマ・オスノさんのヴォーカルは合わないって言われたんですよね。
藤倉:そう、そう言われたらムカつくから、入れたいなと思うじゃないですか。デイヴィッドと僕はものすごく仲良いんですけどね、彼に限らず誰かに何か言われたら反対のことをしようって僕はいつも思うんで、なんとしてもイルマさんの声は入れたかった。
あと、デイヴィッド・シルヴィアンに、藤倉さんの音楽とイルマ・オスノさんのヴォーカルは合わないって言われたんですよね。(笹久保)
そう、そう言われたらムカつくから、入れたいなと思うじゃないですか。(藤倉)
■イルマ・オスノさんはケチュア語を話す方ですが、『マナヤチャナ』に収録されている楽曲はすべてケチュア語で題名がついていますよね。テーマに基づいて楽曲を制作されたんですか?
笹久保:曲名はトラックがぜんぶできた後につけました。僕は最初、英語とかにしたほうがより多くの人に曲のニュアンスが伝わるかなと思ったんですけど。
藤倉:あと〈ソニー〉ですからね。
笹久保:そう、曲名つけたときはもう最後の段階だったので、ソニーから出るってことは決まっていて。せっかく大手からリリースされるし、変なことしたら出ないかもしれないって思ったんですけど、そしたら藤倉さんがせっかくだからとかまた言いはじめて、ぜんぶケチュア語に──アンデスのインディヘナの部族ですけど、ケチュア族のケチュア語でぜんぶやろうって(笑)。よくこれが通ったなとは思いますけど、でもそこには藤倉さんの挑戦があったんですよね。
藤倉:そう、どこまで本気なのかなって思って。ソニーの杉田さんは音楽家でもありますからそういうのわかっているんですけど、大手って僕が想像するに、杉田さんの上にいろんな人たちがいるんじゃないかと思ったんですよ。
笹久保:いるんですよ。
藤倉:音楽的なことじゃなくて、テクニカルなことで最終的にリリースされなくなる可能性も考えたんです。だから本気で出していただけるのかなっていうのを試そうとも思いまして、じゃあ、せっかくだしぜんぶケチュア語でやろうっていうふうに提案したんですよ。
笹久保:1曲でも省いてくれとか言われたら、もう自分たちで出そうって言っていましたね。
藤倉:あと、発売までに時間がかかるのも嫌だなと思って。大手だからと言っても、1年かそこら出なかったりするとね。僕たちのレーベルはまったく規模がちがいますし、もし自分たちで出したらインタヴューなんかあるわけないっていうのはわかっているんですけど、でも出すっていうことであればすぐに出せるので。そうやって素早く出せますかって訊いたら、杉田さんができるって言って、やってくださったんで。6月にできて9月に発売ですから、3ヶ月ちょっとですよ。
笹久保:変にまたアカデミズムっぽいタイトルにしなかったのはよかったですよね。
藤倉:あぁ、そんなの絶対やだよ。
笹久保:“Flagment 1”とか。
藤倉:うわぁ(笑)。
笹久保:“Flagment 1B”とか。
藤倉:やめてほしいそれ(笑)。僕そういう世界にいるので。
笹久保:“Flagment 1+”。
藤倉:う~ん、嫌ですよねぇ。そういうのばっかり書く人たちがいるから。
■やっぱりそういう世界とは別のものとして出したかったんですか?
藤倉:もちろん。そっちの世界にいるわけですから。まぁ僕はそういうことやらないですけど、そういう人たちの間でやってるんで。そんなの休暇に会社行くようなもんですよ。たぶん。会社員勤めたことないからわかんないですけど。そんなことしないじゃないですか。せっかく休日があるんだったら行ったことないところとか、いつも行きたくても行けないところに行こうとするじゃないですか。
[[SplitPage]]苦手なものには惹かれます。苦手な曲とか。(藤倉)
■現代音楽の流れをブーレーズ的な前衛音楽とケージ的な実験音楽に分ける考え方ってあるじゃないですか。藤倉さんはブーレーズからの影響のほうが強いと思いますが、笹久保さんが即興的に重ねた音だとか、偶発的に紛れ込んだ響きっていうのは、やはりぜんぶ統括しようとする感じで制作していったんですか?
藤倉:ある意味まったくコントロールできないものを使っていても、最終的には僕がコントロールできるわけですよね。ゴダールの映画みたいな感じで。あれは即興させてんのか知らないですけど、ぜんぶ自由とは言えない中で、でも編集は彼がやる。それとちょっと似ているのかもしれません。ただ、苦手なものには惹かれます。苦手な曲とか。ジョン・ケージも好きになろうとしていて。僕には「苦手な曲を好きになろう月間」っていうのがあるんですよ。その中でジョン・ケージもいくつかやりまして、まぁ、まだ完璧に大好きってわけじゃないですけど。
■藤倉さんの音楽に対する思想がケージのそれと対立するのではなくて、苦手ということですか?
藤倉:そうですね、対立するということもあるのですが、音楽的にちょっと苦手な部分がありますね。あったんですけど、でも好きになろうと努力して、いくつかちょっと好きにはなってきましたね。「苦手な曲を好きになろう月間」はこれからも続けていこうと思います。
■いまは何を克服しようとされていますか?
藤倉:いまはブルックナー。やっと好きになれたんですよ。あとハイドンとかシューベルトも僕は苦手なので、それもいつか克服したいなと。好きな音楽はもともと好きだからほっといてもいいじゃないですか。でも嫌いなものは僕の問題であって、その音楽の問題じゃないことが多いので、とくにケージみたいに古典になると。そしてその音楽を聴いて発見することは必ずあるはずですし。でも日本で妙にケージを持ち上げる風潮は嫌だなって思いますけどね。
あと、ポップスで、みんながそうだとは言いませんが、たいして知らないのにシュトックハウゼンとかケージに影響を受けたっていう人いるじゃないですか。そういうふうに見栄を張るためじゃなくて、苦手な作曲家を好きになろうとしています。一昨年ケージの生誕100年祭があったんですけど、そこで僕、曲を書いているんですよ。BBCプロムスから委嘱されて。そのときにケージの本もいろいろ読んだりして、前よりも好きになりましたね。だから自分が快適じゃない状況に持っていこうっていうのが僕にはあるんだと思います。わざと苦手な状況で曲作りしたいなって。それもあってコラボレーションですよ。一人でもできるのに。
■自分の世界を崩すというか、押し広げるというか、いわばノイズのような存在として笹久保さんがいると。
藤倉:そうですね。あと学ぶことですね。本を読んで学ぶことももちろんありますけど、音楽から学ぶのがいちばん早いですからね。
■偶然性を音楽に取り入れるということと、即興的に音楽を演奏することのちがいはなんだと思われますか?
藤倉:……練習しなくていい。
笹久保:(笑)
藤倉:即興は練習しなくていい。でも偶然性っていっても、ケージ的な偶然ってマイクのフィードバックとかですから。本当の事故的なものをぜんぶ取り入れるものだと思うので。ぜんぜんちがうものだと思いますね。ただ僕はそういうのも好きになってきています。そういう音楽を作りたいかどうかはわかんないですけど。
実演するつもりじゃなかったんですよね。実演なんてできるわけないですし。(笹久保)
■録音物は基本的には必然的でしかありませんが、ライヴには必ず偶然的な要素が介入してきますよね。それは音楽にとって良いものだと思いますか?
笹久保:良いものというか、絶対にそうなりますよね。
藤倉:間違いがない演奏を聴きにきているお客さんがいるわけでもないと思うんですよ。間違いがあってもすごい迫力のあるオーケストラのコンサートを聴きたい人も多いでしょうし。そういう意味で言うと、ライヴで演奏されたクラシック音楽の録音物をリリースすべきかどうかというのは、議論が分かれるところだと思います。ラジオ放送はいいですよ。記録ですから。でも作品として出すっていうのはどうなんでしょうね。スタジオ録音と生の演奏だと、演奏者としては目指すものがちがうと思うんですよ。だからライヴでの演奏を繰り返し聴かれるっていうのはどうなんでしょう、まぁわかんないですけどね。
■今日これからお二人の初ライヴがあるわけですが、それが録音されて世に出されたとしたら、それは目指しているものとちがうということですか?
藤倉:ぜんぜんちがいますよね。
笹久保:そうですね。
■ちなみに今日のライヴはどのようなものにしようと思っていますか?
藤倉:僕たちもわからない、聴いてないから。
笹久保:実演するつもりじゃなかったんですよね。実演なんてできるわけないですし。藤倉さんが僕の音楽をバラバラにして繋げているわけじゃないですか。もうパズルみたいなもんですよ。僕の音ではありますけど、弾けるわけないじゃないですか、そんなの(笑)。それをちゃんと弾くとしたら、紙に書いて同じように弾くしかないですけど、アルバムと同じことをやることに意味はないですから。だからパフォーマンスでやるときは、藤倉さんが素材として作り上げたバッキング・トラックを使いながら、二人で実際に演奏する、っていう感じですかね。
藤倉:まぁ、どうなるかわかんないよね。だって知らないもんこの人、会ったばっかりだから(笑)。
笹久保:僕も知らないですよ、昨日会ったばっかりなんですから(笑)。
■今後もコラボレーションしていく予定はありますか?
藤倉:そうやって訊かれると、もう、作んなきゃって感じですよね(笑)。でも何か作るんじゃないですかね。
笹久保:作りますよ。


湯浅学
サン・ラー
サン・ラー・アンド・ヒズ・アーケストラ 




