「96 Back」と一致するもの

Rat Boy - ele-king

 ラット・ボーイは、英エセックス出身のジョーダン・カーディー率いるバンドだ。ライヴやプレス対応はジョーダンを含めた4人でおこなうが、作品の制作にはジョーダンのみが関わるという、変則的な活動形態を特徴としている。ちなみに作品でのジョーダンは、ほぼすべてのパートを自分で演奏する。ケンドリック・ラマーが“Lust”でラット・ボーイの曲をサンプリングしたりと、外側ばかり注目されがちなジョーダンだが、アーティストとしても確かなスキルを持っているようだ。

 そのスキルは、デビュー・アルバム『Scum』でも遺憾なく発揮されている。ブラーやスーパーグラスあたりのブリットポップを想起させる“Ill Be Waiting”もあれば、“Revolution”や“Laidback”では軽快なラップも披露してみせるし、“Boiling Point”なんて、ゴスペル風のコーラスにハードなギター・サウンドとヒップホップが交わるカオスで満たされている。しかし、筆者がもっとも驚かされたのは“Move”だ。ジョーダンがラップしている背後で聞こえるのは、なんとビッグ・ビート。1990年代のイギリスでブームになったこの音楽を、1996年生まれのジョーダンがピックアップするという面白さに、筆者は瞬く間にやられてしまった。本作のサウンドには、ブラー、スーパーグラス、ザ・ストリーツ、ファットボーイ・スリム、ザ・スペシャルズ、アークティック・モンキーズといった、英国ポップ・ミュージック史の欠片が至るところで見られる。

 こうした本作を聴いてまっさきに思い浮かんだのは、ブラーが1993年に発表したアルバム『Modern Life Is Rubbish』だ。このアルバムでブラーは、T・レックスやジュリアン・コープなど、英国ポップ・ミュージック史の欠片をかき集めた。さまざまな影響源が詰め込まれたそれは、ブリットポップ・ブームに先鞭をつけた作品のひとつとして、いまも多くの人に愛されている。全英アルバム・チャートのトップ10入りを逃すなど、商業的には大成功と言えなかったが、1990年代の英国ポップ・ミュージックを語るうえでは欠かせない傑作だ。
 本作は、そんな『Modern Life Is Rubbish』の2010年代版と言いたくなる作品だ。もちろんそう思わせるのは、本作にブラーのデーモン・アルバーンとグレアム・コクソンが参加していることもあるが……。かつては歴史をかき集めたブラーも、いまはかき集められる歴史になったのだなと、感慨に耽ってしまう。

 ラット・ボーイのトレードマークである、バーバリー仕様の車とスクーターも見逃せない。バーバリーといえば有名なファッション・ブランドの名前だが、筆者からするとチャヴを連想させるものでもある。チャヴとは、イギリスで増加している粗野な下流階層を指す言葉。バーバリーの偽物を身につけているという“イメージ”で人々に伝えられ、清掃員、工事現場作業員、ファストフードの店員として働いてることが多いそうだ。また、イギリスではチャヴが差別の対象になっており、“Chav Scum”でネット検索してみると、チャヴに対する胸糞悪い差別的書きこみがいまも見られる。
 ジョーダンがバーバリー仕様の車やスクーターを用いるのは、そうしたイギリスの現況を表現するためだ。その表現がもっとも明確に見られるのは、“Revolution”のMVだろう。このMVは、バーバリー仕様の車に乗って登場するラット・ボーイの面々が、工事現場作業員やファストフードの店員に扮するというもの。これはあきらかに、チャヴの“イメージ”を意識している。

 だが当然、その“イメージ”を利用して、チャヴをあざ笑うのがジョーダンの目的ではない。本作で言えば、“Revolution”には不安定な世界情勢に向けた疑問が込められているし、“Sign On”は失業がテーマだ。くわえて、“Trumptowers Interlude”というド直球な小品まである。ここまで書けば、本作の言葉がどの視点から紡がれているかは明白だろう。ジョーダンは、日々の生活で抑圧されている人々や、辛い目にあってる者たちの視点から音楽を鳴らしている。だからこそジョーダンの音楽は、騒がしく楽しそうな雰囲気を醸しつつ、その裏に哀しみと怒りが宿っているのだ。本作を聴いて、“辛い日々の中でも楽しく生きていこうというアルバム”と感じたとしたら、それは少々的外れだと思う。確かに本作は、楽しい瞬間もたくさん描いている。しかしそれは、“辛い日々の中でも楽しく生きていこう”という柔なものではなく、“楽しまなきゃ生きていけない”という切羽詰まった想いが根底にあるからだ。そうした想いをジョーダンは、健全なシニシズムと鋭い批評精神を通して表現する。

 それにしても、現在の社会を見つめたアーティストのデビュー・アルバムが同じ年に、しかもイギリスから出たというのはなんとも興味深い偶然だ。社会問題についても積極的に発言するデクラン・マッケンナの『What Do You Think About The Car?』や、現在の社会で生きることの難しさを繊細な言葉で描いたロイル・カーナーの『Yesterday's Gone』など、これらの作品はすべて今年リリースされたものだ。こうした状況を見ていると、イギリスの音楽に新しい声が多く入ってきたと感じる。そして、その声は近いうちに世界中の人々に注目されるのではないか。そんな素晴らしい時代の前兆を本作に見いだしてしまうのだ。


DJ KRUSH - ele-king

 『軌跡』というアルバムに対峙して考えさせられたこと。それは、DJ KRUSHの音楽がダンス・ミュージックではない可能性、より正確に言うなら、ダンス・ミュージックでない可能性に潜んでいる、もっと別の可能性についてだった。

 iOS用の「hibiku」というアプリがある。文字通り、現実の音に「響き」を加えるアプリで、仕組みはシンプルだ。イヤフォンを装着してこのアプリを立ち上げると、イヤフォン付属のマイクを通した現実の身の回りの環境音に、残響音が付加されてイヤフォンに帰ってくる。この残響音により、ユーザは大聖堂や、洞窟にいるかのような聴覚体験をする。例えば電車の中でこのアプリを立ち上げれば、走行音や周囲の話し声、車内アナウンスなどが、全て遥か遠くから響いてくる。いわば、残響音が加えられることで自身が映画の登場人物になったかのように演出され、世界の捉え方が完全に一変する。異化効果を司るアプリ。

 そして、KRUSHのビートも、まさにこのような効果を齎すところがある。イヤフォンで彼のビートを聞きながら街を闊歩するとき、MCたちが描こうとする風景に、異化効果を齎すのだ。そしてこのような世界の眺め方は、何もMCたちに限定されるわけではない。リスナーたちが漫然と眺める風景にも、同様に適用される。

 だから冒頭の問いに戻るならば、DJ KRUSHのビートは、ダンスのためというよりも、街を彷徨い歩く、つまり彷徨のためのサウンド・トラックとでも言うべき側面を持ち合わせているのではないか。

 というのが「ダンス・ミュージックではない可能性」についてのスケッチなのだが、少し結論を急ぎ過ぎたかもしれない。まずは改めて、このアルバムを再生してみよう。

 冒頭、その煙の中から立ち上がるようなアブストラクトなSE。続いてディレイに彩られた「2017」「DJ KRUSH」というコールが、このアルバムの立ち位置を表明する。重いキックがウーファーを揺らし、スピーカーは自分の本来の役割を思い出したようにリスナーの腹へ低音を届ける。このイントロがわずか43秒間しかないこと、そしてインスト曲が中盤の「夢境」のみであるのは、今回のラップ・アルバムとしてのコンセプト通り「ラップの言葉」に語らせようという明確な意志が感じられる。

 イントロに導かれたラップ曲のオープナーは、OMSBによる“ロムロムの滝”。琴を思わせる弦楽器的な音色によるフレーズのループがくぐもった呟きを洩らす。小節単位でカウントされるループ。1、2、3、4、、、そして満を持して200Hz中心に叩きつけられる重心が低く粒子の粗いスネア。そして3拍目の3連のタメが効いているブーミンでファットなキック。キック、スネア、ハットと一緒に録音されている空気感(=アンビエントなホワイトノイズ)もロービットで汚され、コンプでブーストされ、そのざらついた存在感を主張している。

 ビート・ミュージックのリスナーたちは、たった1発のスネア、キックに身を捧げるため、スピーカーの前に集結する。曲の開始と共に、イントロでリスナーは焦らされる。そして自分が焦らされていることも分かっている。やがて満を持して叩きつけられる、1音のスネア、あるいは1音のキックがもたらすカタルシスを、息を止めて待ち焦がれる。それは、ビート・ミュージックの持つ最も幸福な瞬間のひとつだ。そんな瞬間のために、DJ KRUSHは最高のスネアとキックの一撃を追求してきた。彼はビートによって、動物の本能がつかさどる領域に踏み込み、欲望を露わにし、さらなる衝動を突き動かす。彼が長年キックとスネアとの対話を通して探究してきたのは、ある問いの答えだ。人は、なぜビート・ミュージックを、求めるのか。

 DJ KRUSHのようなビートメイカーと共演するということは、ビートの側から自己を見つめ直すことに等しい経験だ。自身のスキルの限界はどこか。太いビートに埋没しないフロウをどのように発揮するのか。その曲がワンアンドオンリーのクラシックとして残るようなリリックとは、等々。そのような試行錯誤を経て、彼のキックとスネアに対し、ときに正面からぶつかり合い、ときにその間を縫うように流れていく8つのヴォイスたち。OMSBがまき散らすのは、ビートを棍棒で叩くような即物的なフロウと、ビートの太さに挑み掛かる強靭なヴォイス。チプルソは“バック to ザ フューチャー”において、ビートボックスを拡大解釈し、打楽器と金管楽器双方を兼ねる楽器としてのヴォイスを駆使する。そのスキャット的なフロウは、子音でスタッカートを乱打し、母音を引き伸ばして音階を上下する。5lackは粘つくモタりをクールな表情で処理し、これまでのKRUSHのラップ曲史上類をみない粘度の高い“誰も知らない”グルーヴを生み出している。そして、かつて重力を無視して遥か上空から東京の街を見下ろすように言葉を泳がせたRINO LATINA II(“東京地下道”)は、地に足を着けた今もなお揚力を失わないフロウで、20年以上前の記憶の軌跡を“Dust Stream”で辿る。

 一方、リリック面はどうか。R-指定によるメタ視点が効いたリリックで、これまで散々語られてきたMCのステイト・オブ・マインドについて、“若輩”の視点から新たなページを加える。そして前半のラストを飾る“裕福ナ國”では、アルバム随一の抒情的な旋律を感じされるビートの上、Meisoの絶妙な角度から社会の陰部にメスを入れる視線がここでも健在だ。MCとしての自意識よりも、監視社会の構成員の一員として世界を俯瞰する視座から、2017年現在のディストピア的な日本に生きる肌感を伝える。一方、呂布カルマの“MONOLITH”を貫通するのは、MCバトルで鍛え上げられたメタファーとユーモアに彩られたバトルライムだ。ボディブローのようにじわじわと効いてくる、無自覚な同業者たちへの痛烈な警鐘。それが、KRUSHも一目置く独特な抑えられたトーンでデリヴァーされるのだが、ビートの前景と後景の間に貼り付くような良い意味で籠り気味の声質は、逆にリスナーにリリックの一言一句に聞き耳を立てさせる効果をもたらしている。

 そしてこれらのフロウとリリックの双方を綜合するかのように、10曲目に鎮座する志人の“結 –YUI–”。志人はここでも彼にしか示せない世界との関わり方を提示している。そのフロウもリリックも、古典芸能からの連続性のうちに捉えられるような「和」の表現を展開しており、特に同曲の後半においては、自然に満ち溢れたほとんど人外境を舞台にする様は白眉だ。これは従来のヒップホップにおいては支配的なステレオタイプである、「アメリカ産」「都会の音楽」といった属性とは見事に真逆だ。にもかかわらず、彼の表現はヒップホップ的にも「ドープ」としか言いようのないものとなっている。そして、このような異形のヒップホップが存在し得る土壌を開拓したのも、他でもないDJ KRUSHだと考える。どういうことだろうか。

 1990年代中盤以降、彼のビートはそれまでになかった表現として欧米を中心に世界に受容されたが、その音楽性は、同時代的に活躍したポーティスヘッドやマッシヴ・アタック、そして何よりも盟友と言ってもよいDJシャドウらと共に「トリップホップ」や「アブストラクト・ヒップホップ」としてカテゴライズされた。「トリップホップ」は頭に働きかけるダンス・ミュージックとも言われ、アメリカが独占状態のヒップホップに対する、ブリストルのシーンを中心とするUKからの新たなる可能性の提示でもあった。「トリップホップ」という命名はアーティストからの不評も買ったが、ここで注目しておきたいのは、その代替として使用されることも多かった「アブストラクト(ヒップホップ)」という呼称である。なぜDJ KRUSHやシャドウのサウンドは、「アブストラクト」と形容されたのか。

 ここでは、大きくふたつの理由を考えたい。ひとつめは、彼らは、ラップとビートのセットではなく、ラップ抜きのインストだけでそれが成立することを示したことだ。MCたちの直面するリアリティを「具体的」に示す言葉を持たないインストのヒップホップは、「アブストラクト」ヒップホップと呼ばれた。簡単に言えば「ラップという〈言葉〉による表現=具象」と「〈音のみ〉の表現=抽象」というわけだ。つまりこの場合の「アブストラクト」は、ビート自身が音で語りかけるインストゥルメンタル・ミュージックの別名である。

 そしてふたつめの理由は、ビートのサウンド自体の特性にある。「抽象的」なサウンドとは何かを考えることは、反対に「具象」とは何かという問いにつながる。例えば1950年代にフランスで勃興したミュジーク・コンクレートにおいて、「コンクレート=具体」としてのサウンドは、自然音、人や動物の声、インダストリアルな環境音、電子音などを指していた。では、ヒップホップのサウンド面における「具象」の条件とは何か。ひとつには、ビートを構成している音を「具体的」に指し示すことができること。その音は、何の楽器で奏でられているのか。どのような音階やリズム、つまりフレーズとして奏でられているのか。そしてもうひとつ、サンプリング・ミュージックとしてのヒップホップにおける「具象」とは、参照先を「具体的」に特定できることも指すだろう。このブレイクビーツは、このレコードのこのフレーズからのサンプリング。この上ネタのエレピとストリングスは、あのレコードのサンプリング、というように。

 であるならば、逆に「抽象的」な音とは、例えばピッチを下げることで音程もリズムも失ったサウンドだ。かつてエドガー・ヴァレーズは、テープレコーダーの誕生に伴い再生スピードを変化させることや音の順序を組み替えることが可能になったことで、レコードの時代には困難だった様々な音響実験を加速させた。同様に、ビート・ミュージックによる抽象表現も、まさにサンプラーやデジタル・エフェクターというテクノロジーの発明によって実用化されたと言える。元は何の楽器から発された音なのかも判然としない。同様に、短く断片化されたり、ディレイやリヴァーブが深くかけられたり、ロービットでサンプリングされたりと、様々な理由でソースを特定できないサウンドの断片たち。あるいは、一部のフリー・ジャズやドローンにおいて聞かれるような、元々リズムやフレーズ感の希薄なサウンドたち。それを鳴らしている楽器も、リズムも音階も具体的に指し示すことが困難であり、さらにどのレコードからサンプリングしているのかも不明なサウンドの断片たち。

 こうして考えてみれば、アブストラクトの定義のうち前者、インストとしての「アブストラクト・ヒップホップ」の展開を背負ったのはDJシャドウであろう。そこにはMCの言葉はなく、ビートが物語を代弁する。1996年リリースのファースト・アルバム『Endtroducing.....』は、物語性をまとったビートが描く一大絵巻物だった。

 一方、後者の「〈アブストラクトなサウンド〉のヒップホップ」を体現したのが、他でもないDJ KRUSHではなかったか。このことは、例えば〈Mo' Wax〉から1994年にリリースされたDJシャドウとDJ KRUSHのスプリット盤の収録曲“Lost And Found (S.F.L.)”と“Kemuri”を聞き比べてみればよく分かる。シャドウの“Lost And Found”は実に彼らしいスクラッチと「You said to me, I'm out of my mind」というナレーションからスタートし、ブレイクビーツとエレピのループをベースに、次々とギター、トランペット、人の声といった「具体音」が入れ替わり立ち替わり現れる。いわゆる各パートの「抜き差し」によってダイナミズムを伴う楽曲展開を見せてくれる、約10分にわたる従来の物語構造を持つ「短編映画」のような作品だ(対するKRUSHのビートも決して映画的/映像的でないということではなく、映画に喩えるならヌーヴェル・ヴァーグ的ということになるだろうか)。ここには「ラップの言葉」は一切表れないが、聞き手が物語を読み込んでしまうようなサウンドスケープが展開されるのだ。

 対するDJ KRUSHによる“Kemuri”はどうか。紛うことなき彼の代表曲であるこの曲は冒頭から、ブレイクビーツの上に乗る不穏なノート、ディレイで左右に飛ばされるノイズ、ターンテーブルから発せられるスクラッチ混じりのサウンド、そして管楽器風のサウンドのメインフレーズ、その背後のサイレンなど、全ての音が、どのようなジャンルの音楽の、どのような楽器の、どのような演奏からサンプリングしたのか計りかねるような、出自不詳のサウンドたち。それらが、まさに「煙」のように輪郭が曖昧で互いに混ざり合いながら、粛々と驀進するブレイクビーツに寄り添い漂う。DJ KRUSHのトレードマークである、ディレイで左右に飛ばされる音は「煙」なのだ。これらの「抽象的」なサウンドで描かれたビート群は、KRUSH自身の出自も相まって、当時の聴衆に非常に新規性のある音楽として映ったのは想像に難くない。DJ KRUSHは、ヒップホップから派生したビート・ミュージックに、ブラック・ミュージックとは異なる系譜の「煙たさ」を持ち込んだのだ。

 そのような抽象的なインストのみで成立する、あるいはインストが語りかけるようなビートに、改めてラップの言葉を乗せてみようというのもまた、DJ KRUSHやシャドウ(U.N.K.L.E)の試みのひとつだった。そのようなアブストラクトなビートの上に、MCたちはどのようなライムを乗せようとするだろう。例えば1995年にリリースされた『迷走』からのタイトル・トラックで、初期のKRUSHラップ曲を代表する1曲でもある、ブラック・ソートとマリク・Bをフィーチャーした“Meiso”。冒頭のハービー・ハンコック(ジョー・ファレルのカルテットに参加)によるエレピのフレーズは、KRUSH愛用のAKAI S1000によって低いビットレートでサンプリングされ、その輪郭を失った「抽象音」と化している(同じハービー・ネタで言えば、「具象」という意味で対極にあるのがUS3の「Cantaloop (Flip Fantasia)」だろうか)。そしてクオンタイズの呪縛から脱出するように僅かにつんのめるブレイクビーツ。両者のヴァース間、1分32秒以降KRUSHが擦るのは、ジャズのライヴでプレイヤーたちのインタープレイの一瞬の間隙を抜き取ったような「キメ=空白」のサウンドや、あるいはこれもジャズのレコードからと思しき、輪郭が曖昧なベースラインだ。通常のDJ的な感性に倣えばスクラッチ映えするアタックとハイが強調されたサウンドを選ぶのだろうが、彼の独創性が、敢えてビートに滲み、埋没するサウンドを選ばせた。しかしこれらの曖昧で歪なパーツたちが織り成したのは、途轍もないグルーヴだった。JBネタのビートたちとは全く異なるアプローチで現前せしめられるファンクネス。聴衆たちは、この衝撃への興奮を包み隠さずぶちまけ、狂乱のフロアに沈み込んだ。

 だから当然ブラック・ソートことタリークも、最高のライムをぶちまけた。しかしKRUSHのアブストラクトなグルーヴに誘引されたのは、いつもとは異なるボキャブラリーのライムだった。例えば「俺はイラデルフ(フィラデルフィアとイルの合成語)出身、そこじゃお前の健康は保障できない/この惑星を一周するサイファーの中、赤道ほどの熱を持つ場所/あるいは普通じゃない、王宮の正門から現れた奴らがお前の魂を要求する/八仙の七番目をコントロールする者/この終わりのない迷宮の中で、夜が昼に戦いを挑む場所で」という中盤のライン。注目すべきは、1行目から2行目、そして2行目から3行目への跳躍。このような路線のリリックは後にザ・ルーツの“Concerto of The Desperado”のような曲に引き継がれることとなるが、このとき既にリリースされていたザ・ルーツのファースト・アルバムの彼のライムとは明らかなギャップがある。ザ・ルーツのファースト・アルバムの独自性とは、ジャズ的なインプロヴィゼーションを重視するバンドがビートを演奏することであり、ブラック・ソートもそれに合わせるように、即興性の高い、フリースタイルの延長のようなライムを披露していたが、その内容は良くも悪くもラップのゴールデンエイジのテンプレートを脱するものではなかった。であるならば、タリークからこのようなエキゾチックで抽象的なライムを引き出したのは、KRUSHのビートが生みだした異形のグルーヴだったのだ。

 アブストラクト。音楽以外の抽象芸術に目を向ければ、例えばカンディンスキーの抽象絵画は、音楽の視覚化の試みでもあったことが知られている。共感覚を持っていたがゆえの発想かもしれないが、そもそもこのような音楽の視覚芸術による翻訳=置き換え(あるいはその逆)は多くのアーティストたちの表現の核心を担ってきた。さらには、音楽や視覚イメージの「言語化」の試みが、多くの作家や詩人、あるいは批評家たちによって、時には通常の言語で説明的に、時には「詩的言語」を駆使して為されてきた。

 例えば『迷走』のUK版のアナログのジャケットのアートワークは、抽象的なグラフィティで知られているFutura 2000によるものだが、アメリカの詩人のロバート・クリーリーが、「Wheels」と題された次のような詩をFutura 2000に捧げている。「ひとつ その周りに ひとつ/あるいは内側、限界/そして飛散/外側、その空虚/縁のない、丸く/空のように/あるいは見つめる眼/過ぎゆく全て/沈黙のにじみの中で」と、言葉少なげに探るような一篇。ここにはFutura 2000の抽象的な作風に呼応するように、抽象的な「詩的言語」との格闘の痕跡を認めることができるが、同様に、DJ KRUSHのアブストラクトなビートにMCたちがライムを乗せようとする場合も、彼のビートの「抽象性」が「詩的言語」に類するワードプレイを誘引する。そこでは、少なからずそのビート自体の「言語化=言葉による描写」がリリックに混入する。MCたちが一人称で自己の姿とリアルな日常を描くとしても、描かれる自己とは、そのビートを聞いている自己であるからだ。KRUSHの抽象的なビートを聞きながら街を彷徨い、見えるものを描く。異化される街並み。異化される日常。

 そう考えてみれば、KRUSHのビートこそが、MCたちの言語世界の新しい扉を開いたと言える。そして結果的に、アブストラクトと呼ばれる類のビート・ミュージックにライムを乗せることで立ち上がる、原風景を示すことになったのだ。

 そしてこの原風景は、一方ではカンパニー・フロウやアンチコンらの世界観(従来「黒い」と形容されるヒップホップに精神的にも音楽的にもカウンターとして成立した)に、他方ではTHA BLUE HERB(そして流の“ILL ~BEATNIK”でBOSS THE MCが到達した極北)や、降神やMSCらの世界観の通奏低音として、常にその影を落としていた(そう考えてみれば、KRUSHと彼らとの共演も必然だったのだろう)。グローバル規模で展開するアンダーグラウンドな「異形」のヒップホップが共有するライムとビートの関係性における「ドープ」という概念は、KRUSHが持ち込んだ「抽象性」と、それが誘発する「抽象」と「具象」のギャップ(抽象的なビートにストリートを描くライムが乗る、MSCやキャニバル・オックスの世界観)にこそ、宿るのだ。その通奏低音が、再び前景化するこのアルバム。DJ KRUSHの25年の営み。僕たちが目撃しているのは、アンダーグラウンド・ヒップホップの生成と隆盛であり、もっと言えばその生き死にの「軌跡」なのだ。

 では、MCたちのライムに表れるKRUSHのビートの「抽象性」の影響とは何だろうか。『軌跡』において、それらは具体的にどのような形を取っているのか。それを確かめるために、近年のKRUSHのビートの抽象性を確認しておこう。

 『覚醒』(1998年)までと『漸』(2001年)以降、2000年を境にサンプラーによるサンプリングから、PCとDAW上の打ち込みのサウンドに上ネタが変化しても、KRUSHの一貫性が保たれているのは、あくまでも重心がかけられている太いビートと、上ネタが保持する「抽象性」によるものだ。『軌跡』のビート群においても、この「抽象性」を担保しているのは、残響音だ。深いリヴァーブ。ロービットで太くドライなブレイクビーツと、比較的高解像度の残響音を湛えるシンセ・サウンドがメインの上ネタは、強いコントラストを成している。

 残響音は、サウンドとリスナーの距離感も示している。ビートは、ダンスフロアで、いつでもリスナーの側で、寄り添うことで、ダンスを誘引する。ビートは、心臓の鼓動のように、身体の中心で、鳴り続ける。その意味で、ドライな音場を持つ音は、非常に身体的だ。一方の深い残響を有するサウンドは、その残響を生み出す空間的な広がりを意識させ、それがある種の想像力へ接続されるだろう。世界の広がりへ向けて、無機物の沈黙へ向けて、あるいは宇宙の静謐さへ向けて、駆動される想像力。幼少期にトンネルで声が響くことを発見し、何度も声を上げた経験があるなら、その響きのために、見知っているはずの世界の表情が少し違って見えたのではないだろうか。

 残響音が示し得るものは多様だ。深い残響音を得るためには、室内の場合は残響音を生みだす空間や壁といった環境が必要だ。1970年代のデジタル・リヴァーブの誕生以降、DAWを用いるビート制作に至るまで、これは実際にはデジタル処理で再現された人工的な響きなのだが、プラグインソフトのリヴァーブのプリセット設定に「ルーム」「ホール」「トンネル」等の名称が一般的に付与されているように、それは一定の「広さ」の音が響く空間が存在し、そのように「遠く」まで「深く」響くことを示している。だから自然とこの深い残響音が聞き手に想起させるのは、「広さ」「遠さ」「深さ」などと結びつくようなイメージだろう。

 であるならば、MCたちのリリックにも「広さ」「遠さ」「深さ」を翻訳したイメージが忍び込むに違いない。例えば、自身の目の前のリアルから「遠く」離れ、どこか別の場所の出来事を描くこと。狭い現実世界とは異なる「広がり」を持った視点で「遠い」風景を物語化すること。MCとしての自分自身から抜け出す、三人称の視点で、それらを寓話化すること。あるいは演出された残響音を擁する舞台装置であるビートの上で、自身をその物語を生きる映画の主人公のように描くこと。

 このことを踏まえれば、このアルバムにおいてまず目に付くのは、物語性を押し出した、寓話的なリリックたちだ。チプルソの“バック to ザ フューチャー”は、歌詞カードの最初に「-Storytelling-」と記されていることでも明らかなように、タイトル通り映画的物語が展開される。そのスペイシーな残響音をまとった上モノのシンセは、リリックにもある通り「部屋の煙」の中で「迷宮の出口」を探している自身の過去、2006年という11年前の記憶を物語化する距離感=「遠さ」の象徴のようだ。RINOもまた、「BACK IN DA DAY」と歌う90年代の日本のヒップホップの現場の記憶を「遠い」物語としてライムしている。また、Meisoが「土砂降りの時代」と歌う現代の日本の状況は、その寓話的な描き方もあり、どこか別の時代の「遠い」場所の物語とも響き合うような、普遍性を獲得しているようにも聞こえる。例えば「外じゃ戦争 中じゃ崩壊/ここじゃジョーカーが王様となる/やるかやられるか環境の産物/天使に生まれて化け物に変わる」というフックに顕著なように。抒情的な旋律を包み込むような残響音が詳らかにするのは、日本の陰部の広大さ、そしてその深淵だ。

 そして志人による“結”においては、「我」とその片割れである人類の「遠さ」がまさに主題となっている。志人は超越的な「我」という「遠い」視点に憑依し、地球規模での人類の蛮行を俯瞰する。ここでKRUSHが提出しているビートは、志人のリリックの深さをも収納できる、深い器であり、彼のフロウが演舞する舞台装置だ。削ぎ落とされた音数の少なさと、その分耳に入ってくる打楽器の残響音の深さ。志人のフロウの音程に場を譲るように、ビートは旋律を規定することもなく、そこに器として全身を差し出している。

 一方で、「駅前」「神奈川座間」「平常運転な日常」といった言葉が頻出するOMSBの“ロムロムの滝”や、MCが日々直面しているスキルやスタイルへのマインドが表明される5lackによる“誰も知らない”は、大雑把にいえば、日常の現実を相手取っている。そしてそのような「具体」性を持つ現実が、「抽象」的なビートに重ね合わせられたときのギャップ=異化効果が両者の組み合わせの醍醐味だ。あるいは「遠さ」の象徴としての残響が深いビートと、「近さ」の象徴として日常を描くリリックのギャップ。かつてブラック・ソートが「迷宮」と言い表した地元フィラデルフィアの街並みと同様、OMSBがそこに棲息する人々を描写しながら闊歩する地元の街並みは、どこまで行っても果てのないラビリンスと化す。そしてそのリリックの傍に現れる、例えば34秒からのシンセ音や、46秒に響くヴォイス・サンプルの残響音の深さは、街の雑踏の深さや、闊歩するOMSBに視線の前を通過する時間の経過を示しているようだ。残響音の深さは、何よりもリリックの光景を映像化する装置として、効果的に機能している。

 これらの残響音が、OMSBのリリック自体に与えている影響。その証左は、ヴァースでは地元の街の極めて具体的な日常の姿を描写しながらも、フックで「現実かどうかはどうでもいい」「見慣れたデジャヴを、常に行き来」と歌っている点にある。なぜならこれは、残響音という演出の施されたビート越しに眺める日常の景色が、非現実的なもの、あるいはデジャヴに映ってしまうという、まさに異化効果への言及だと理解できるからだ。このことに呼応するかのように、KRUSH自身が中盤のインストに「夢境」と名付けているのは、それがアルバムの前半と後半を区切る境でありつつ、個々の楽曲が「現」と、それを異化するような「夢」を行き来する本作において、同曲がその境でもあることを示してはいないか。

 サイエンス・ライターのマーク・チャンギージーが指摘したのは、音楽を特徴付けるのは、音の高さの変化ではなく、「拍=ビート」であることだった。そしてそれは、人間の動作に起源を持っており、具体的には「足音」の似姿であると。この指摘は、ヒップホップというビート・ミュージックには殊更当てはまるように思える。90年代に西海岸という車社会でヒップホップが興隆する以前、ニューヨークのヒップホップのビートとBPMは、颯爽とストリートを歩行する速度とシンクロするBGMだった。“Walk This Way”という例を引くまでもなく、ウォークマンと共に街を闊歩しながら、あるいは彷徨いながら受容されるビート・ミュージックという側面が確かにあったのだ(今やウォークマンなど遠い昔の話に聞こえるかもしれない、ストリーミング・サービスの普及でスマホとイヤフォンで音楽を聞くのが日常となった今こそ、アクチュアリティを取り戻してきているのもまた事実だ)。ラン・DMCのニューヨークから、ブラック・ソートのフィラデルフィア、そしてOMSBの座間へと続く彷徨の「軌跡」を追うこと。そしてそれらのラン・DMCのニューヨークに比べ、KRUSHのフィラデルフィアと座間が、どのような景色をMCたちとリスナーたちに見せてしまうのか。KRUSHのビートは、そのギャップを伴う景色を、残響音を媒介にして示しているのだ。

 しかし本作の解釈はそれだけでは終わらない。都市での彷徨と対置されるべき、“結 –YUI–”における、志人による森林を歩行するBPMは、遅い。それは「追われたてた物の怪や除け者の獣達」の歩みだ。「未来こそ懐かしいものに」することを目指す彷徨だ。「お前だけが良しとされる」都市に対置される自然の歩みにシンクロするBPMをも射程にするのが、KRUSHが提示した異形のヒップホップのドープさであり、その器となるビートであった。同曲は、90年代から加速し続けるヒップホップの商業主義化の中で、2017年現在最もエッジイな異形さを顕現させている楽曲のひとつだ。『軌跡』という作品が到達した地平のラストを締める1曲。この25年という年月でKRUSHの抽象的なビートという器が、どれだけの具象性=言葉を熟成させて来たのか。このアルバムに象られているのは、その「軌跡」でもあった。

 DJ KRUSHにとって、ビート・メイキングとは、スネアの1音、キックの1音の追求とは、何よりも日々の歩行であり、彷徨に準えられる営みだ。KRUSHが次々に踏み出す右足、そして左足としてのキックとスネアの響き。そのことはこれまでの彼のアルバムのタイトル群にも表れていた。それは「迷走」であり、その状態からの「覚醒」であり、継続して少しずつ「未来」へ、そして「深層」へ進む「漸」進であり、この25周年という月日の蓄積が示すものこそが、その「軌跡」だった。

Gladdy Unlimited - ele-king

 2015年に他界した、ジャマイカのレゲエ黄金時代を60年代から支えてきた天才ピアニスト/プロデューサーのグラッドストーン・アンダーソンを讃えるイベント「Gladdy Unlimited」が、10月6日渋谷クアトロにて開催される。出演は、KODAMA AND THE DUB STATION BANDとMatt Sounds。
 グラッドストーン・アンダーソンといえば、ハリー・ムンディの〈Moodisc〉からリリースしたちょっとメロウなインスト作品もいまだクラシックとして人気で、日本の先駆的レゲエ・レーベル〈Overheat〉からも素晴らしいオリジナル盤を何枚も残しています。同レーベルから出ている、1987年のミュート・ビートとのライヴを収録した『Gladdy meets Mute Beat 1987 February. 14』もその当時の熱気を伝える貴重な作品です。そこには、当時のミュート・ビートのすごさも記録されているわけですが、今回の「Gladdy Unlimited」では、バンド演奏でのこだま和文が見れるのも楽しみのひとつです。数々のレゲエ・リジェンドたちのバック演奏を務めてきたMatt Soundsの演奏にも期待しましょう。
 10月6日とまだまだ先の話ですが、いまのうちから予定を空けておきます。
 

 

OVERHEAT MUSIC Presents Gladdy Unlimited

出演:KODAMA AND THE DUB STATION BAND、Matt Sounds
Selector:Tommy Far East

会場:渋谷クラブクアトロ
公演日:2017年10月6日(金)
19:00 開場 20:00 開演
前売り 4,500円(ドリンク代別)
当日 5,000円(ドリンク代別)
チケット発売日:2017年8月19日(土)
主催:株式会社OVERHEAT MUSIC
問い合わせ::OVERHEAT MUSIC(03-­‐3406-­‐8970)
発売所:ぴあ、ローソン、e+

https://www.overheat.com/g_unlimited/


●Gladdy Unlimitedとは?
 50年代末にジャマイカで産まれた音楽が地球の裏側のここ日本でも幅広く認知されるようになり、ジャマイカン・テイストの音楽がポピュラリティを得た。それは多くの日本のセレクター、シンガー、バンドがその魅力に気づき、ジャマイカのクオリティを手に入れてパフォーマンスすることができたからだ。
 世界的に見てもこのジャマイカ音楽が持っているオリジナリティとクリエイティブなアイディアは偉大だ。
 この独自のジャマイカ音楽を創り上げてきた草創期(1960年代〜)に大きく貢献したのがピアニスト、シンガー、プロデューサーであったGladstone ”Gladdy” Andersonである。彼は2015年に他界したが、彼の功績を讃えようと16年からスタートしたイベントが「Gladdy Unlimited」。同年5月には、彼の残した曲を愛する人たちによって「Tribute to Gladdy」と言うイベントが代官山UNITで開催され大盛況であった。

 現在の東京でおそらく最も熱望されている2つのバンドが、この「Gladdy Unlimited」でGladdyへの想いをひとつに初共演。こだま和文(THE DUB STATION BAND)は過去にGladdyと共演、レコーディングの経験もあり、Matt SoundsはGladdyのデモ曲をライヴで演奏しレコーディングもした。

-Gladstone Anderson (1934〜2015)-
 ジャマイカのセント・アンドリューで生まれトレンチ・タウンに移り、50年代末期から伯父のオウブレイ・アダムスの手ほどきでピアノを習得しカリプソ、メント、R&R、R&Bなどをプレイし、愛称はGladdyと呼ばれた。彼の才能を見抜いたデューク・リードが主宰したトレジャー・アイル・レーベルを始めとして、コクソン・ドッドのスタジオ・ワン、レスリー・コングのビバリーズ、ソニア・ポテンジャーのゲイ・フィートなどで数えきれないほどのセッションをしたピアニスト、シンガー、プロデューサーである。盟友ストレンジャー・コールは「60年代のレコーディングの80%はグラディが参加していた」と言う。スカタライツやドラゴニアーズがツアーなどを始める前のオリジナル・メンバーでもあり、ドン・ドラモンド、トミー・マクック、ジャッキー・ミットゥ、ローランド・アルフォンソ、リン・テイト、ボブ・マーリィ、ジミー・クリフ達ともレコーディング、さらに70年代後期から80年代にレゲエの時代を作ったレボリューショナリーズ、ルーツ・ラディックスなどでも活躍。
文字通り″ジャマイカン・ミュージックの父″であり、ジャマイカ音楽の黎明期に絶大な貢献を果たした伝説のキーボーディスト。
 彼をメインにしたドキュメント映画『ラフン・タフ』(監督:石井志津男 1987年制作)がある。Mute Beatとはジョイント・ライヴ(DVD『Gladdy meets Mute Beat』)とレコーディング曲「Something Special」もある。来日は4回。
OVERHEAT Records発売アルバム:『Don’t Look Back』(1985),『Caribbean Sunset』(1987),『Caribbean Breeze』(1989),『Piano In Harmony』(1994),『Gladdy’s Double Score』(2010)

■出演アーティスト

KODAMA AND THE DUB STATION BAND
こだま和文は、80年代を駆け抜けたジャパニーズ・DUBバンド、MUTE BEATのリーダーとして活躍。その後ソロ・トランぺッターとしてアルバムをリリース、現在は精鋭THE DUB STATION BANDを率いて、唯一無二のライヴを行っている。最新12インチ・シングルは「ひまわり」。メンバーはHAKASE-SUN(Key)、森俊也(Dr)、コウチ(B)、AKIHIRO(G) 。

MATT SOUNDS

2014年のキース&テックスのバックから始まり、カールトン&ザ・シューズ、リロイ・シブルス、ストレンジャー・コール、クリストファー・エリス、BBシートンらのバックを努め、彼らから「こんないいバンドがあったのか?」と驚嘆されてきた。60年代ジャマイカ音楽の黄金期を再現できる世界でも稀なバンドがMatt Sounds。16年4月、故“Gladdy”Andersonのデモ曲「How Good And How Pleasant」をレコーディングし7インチ・デビュー。2017年4月待望のファースト・アルバム『Matt Sounds』をリリース。レコーディング、ミックス、マスタリング、プレスにまで拘ったアルバムは、多方面から高い評価を受けている。 アルバムに収録された黒澤明監督の映画「七人の侍」のテーマ曲のSKAカバーは、シングル・カットされ話題。森俊也、外池満広、小粥鐵人、秋廣真一郎を中心に小西英理、大和田BAKUに加えライヴではホーンセクション(西内徹、黄啓傑、永田直、大沢広一郎)も加わり10人になる。

JJJ - ele-king

 まずは“Exp”の衝撃。ソウルのパッチワーク。冒頭にJBのシャウトが一発。ギター・サウンドの連続に「ヘンドリクス」の名が挿入されるライム。ハットはもはや時空間を刻むのを止めている。その分スネアが捩れたグルーヴを刻む。そうだ、これは「ザ・ワン」の証明だ。2017年のJPから生まれた痙攣するファンクだ。それを宣言するためにJBはシャウトした。ギターの5弦3フレットから5フレット、C音からD音へのハンマリング。それが1拍目にドロップされる。あとは3連で寛いだスネアたちが連れ添って、ファンクの余白を埋める。

 続く“Cowhouse”でもハットは時間を刻まない。たまにごく気まぐれに、痙攣するその姿を現すのみだ。時間を刻むのはあくまでも JJJ のライムだ。全てがスタッカートで記述される言葉。つまりスラップ奏法でプロットされる言葉たちが、ハット以上にビートを牽引する。かつてザ・ルーツの一員だったラーゼルが自身のビートボックスとライムを同じ唇と喉から生まれる音源として扱った手つきで、J はライムをリズム楽器として見ていることは明白だ。あるいは Native Instruments社製の Maschine のパッドを叩くのと同じ手つきで、ライムを打ち込む。波形としての言葉が見える。言葉に触知可能な実体を持たせるように、こんなにも見事にビートの上、あるいは隙間に「置く」ことができるラッパーは稀だ。そしてそれらはひとつの流れ=フロウを形作る。

 そんな風にビートを駆動するフロウワーたる J の立ち位置を代弁するのは“Exp”で客演する KID FRESINO のラインだ。「リズムの真ん中/生まれ落ちた俺は/君たちとは論を交わすまでもない」。確かに旧態依然のリズムのアーキテクチャーに拘泥するプレイヤーやリスナーにとっては、彼らの機動力は理解不能だ。対話は閉ざされる。できるのは、一方的に理解しようともがくことだけだ。

 この言葉のスラップ奏法は、むしろハットが打つレギュラーなビート“Place To Go”やブレイクビーツが牽引する“Django!”でより明確にその輪郭を現す。規則正しいハイハットのグリッドが時間軸を分割しているために、彼のライムの音符としての位置を測ることができるからだ。ライムにおいて、子音はドラムだ。その破裂音や摩擦音は、スネアとなり、ハットとなる。J の子音のアクセントを全面に出したスタッカートが、このグリッドに正確に刻まれた小節内を闊歩してゆく。スタッカート・フロウが可能なのは、母音/子音の発声の強弱だけでなく長短のコントロールに長けているからだ。このコントロールの上手さが際立っていることで、彼のライムは言葉である以前に、リズムを刻む短いフレーズの集積である。「グルーヴの支配者」(“Django!”)は言葉をも演奏する。かつてラキムがサックスのフレーズをライムに変換したように。あるいはドラムのハットやタム回しの変奏のように(たとえば“Place To Go”の1分34秒「落ちていく夕日/謎はとける今夜中に」という3連のラインを参照)。

 このようなライムの扱い方が可能であるのは、もちろん彼がビートメイカーであることに由来する。逆に言えばライムを編む手つきがそのままビート制作にも透けている。J のパッチワークを編む手つき。「音が息する瞬間」(“Django!”)を捉えるその手つき。“Exp”や“Cowhouse”ではオーバードライブの効いたギター・サウンドが、とにかくこのアルバムを祝福するように、つまり天から差し込むチョーキング・サウンド=光として燦然と輝く。前作『Yacht Club』の“Yacht”や“Vaquero!”に代表されるノイジーなサウンドがボム・スクワッドと比較されたように、このようなギター・サウンドが駆動するビートはそう多くない。それが単にワンフレーズのサンプリング・ループだけに留まらないとすればなおさらだ。メトロ・ブーミンがヴァン・ヘイレンの“Ain't Talkin' 'Bout Love”を大胆にサンプリングしたヤング・サグの“Alphabetical Order”はその物珍しさにおいて新しい可能性を提示するものだった。しかし J のギター・サウンドの扱い方は、これに留まらない。このパッチワークはヒップホップのビートの自由度を根本的に見直すものだからだ。

 J のビートメイキングが立っている場所は、直接的にせよ、あるいは Down North Camp を媒介とするにせよ、90年代のゴールデンエイジのゲームの延長線上だろうか。ゴールデンエイジが標榜するサンプリング・アートは、極めて高度に洗練された「引用の織物」としてのアウトプットをもたらす。しかしその分競技規定は固定化されている。この競技の共通のルールとは、あくまでもサンプラーを中心に据え、サンプリング・ベースでビートを制作するということだけだ。その他のやり方については自由である。しかし、シーンをリードするビートメイカーたちとそのフォロワーたちにより、徐々に方法論は固定化され、幾つかの様式美の類型が生まれる。とはいえ縛りがキツくなるほどに、美学の探求心に拍車がかかるのもまた事実だろう。
 一方、NYのゴールデンエイジが胚胎しているオーセンティシティの対極に、アトランタのトラップを象徴するビート群を配置するのは有効かもしれない。文字通り北の極と南の極として。サンプリング・アートに対して、ソフトシンセなどによる打ち込みをベースにしたそれは、たとえば Zaytoven によるビートメイキング動画を見れば、各々の方法論に開放された、自由度の高いものに映るかもしれない。しかし幾つかのビートたちを並置し比較してみれば、そこに通底する様式を認めるのは難しいことではないだろう。各ビートメイカーの意匠は、極小な「差異」に表れる。それは、多くのダンス・ミュージックのジャンルと同じように、「差異」を楽しむ音楽だ。70のBPM、FL Studio と Nexus のコンビネーションを中心に、圧倒的なベース・サウンドが基底をなし、TR-808 のハットとスネアが乱打される。そこでもまた明示化されない数々の競技規定が存在し、同時にそれらのルールを前提に研鑽を積むビート職人たちにより、日々独自の美学が築き上げられているのだ。

 J は、これらの二極を基準点とするビートメイキングの航海図において、どこに位置しているだろうか。一見してミニマムなフレーズのパッチワーク。そのスタイルは、オーセンティックなサンプリング・アートに準拠しているようでもあるが、もっと自由なマインドに駆動されている。J はヘンドリクスだけでなく、ジャンゴ・ラインハルトへのリスペクトとともに「feel like Django/grooveの支配者/スネアは前/put your mathafuckin lighter's up/boombap この音 better than you」とライムする。ジャンゴは、火傷により不自由となった薬指と小指という制約を逆手に取り、指板を自由に広く使うコードのフィンガリングを編み出す。そしてこの試みの延長線上で、ギターは伴奏楽器でありソロには向かないという当時の制約すら破壊することになる。

 J が既成概念から逃れ自由を志向していることは、曲ごとにビートメイキングの方法論が異なっていることや、使用する音色がローファイ至上主義に陥っていないことからも明らかだ。レコードなどの音源からのサンプル素材とソフトシンセの音源、ブレイクビーツと単音の打ち込み用ドラム素材を同等に扱うのは、現行のビートメイキングにおいて特に珍しいことではない。しかし J の「パッチワーク」は自由を実現するツールだ。チョップされた数多くの短いサンプル/手弾きのフレーズを数珠つなぎにして楽曲を形成する。たとえば前述の“Place To Go”に耳を傾ければ、メインの逆回転ループの周辺に、ワウギター、声ネタ、ブレイクビーツのシンコペーションなど、数多くの所謂オカズが挿入=パッチワークされていることに気付くだろう。
 さらに言えば、たとえば1曲のうち、複数の異なるスネア・サウンドが現れることすらある。“Midnight Blu”で彼が使い分ける3つのサウンド。左右に広がるステレオ定位のハイが強調されたスネア、モノラル定位のミドルが強調されたスネア、そしてクラップ(ここではいわゆる指パッチンのサウンド)。それは同曲に登場する3つの「ヴォイス」、すなわち JJJ、仙人掌、エミ・メイヤーを象徴しているようでもある。そして言うまでもないことだが、J の出自が febb と KID FRESINO との3ピースのパッチワークであった。この3種のスネアの、度々重なり合うことで互いを補完し合い、かつ単体で鳴ってもそれぞれに存在感を持つというカラーの違いは、そのまま Fla$hBackS の3人の関係性と響き合っているかのようだ。

 いずれにせよ、J によるビートメイキングは自由を志向している。そしてそれを実現するのは、短いサンプルフレーズを数珠つなぎにする方法だった。考えてみれば、ヒップホップ黎明期にはサンプラーのサンプリング・タイムの短さというハードウェア的な制約から、必然的にサンプルフレーズは短いものだった。たとえば BDP の“South Bronx”のように。その制約がなくなった後も、ビートメイキングのサイエンスを活性化させたのはミニマムなフレーズの利活用だった。DJプレミアなどによるフリップしかり、プレフューズ73ことスコット・ヘレンがもたらしたカットアップ的方法論しかり。彼らの意志を継ぐ J は、短いサンプル群を、小節単位のサンプリングのアートと手弾きのシンセの中間に位置するもの、すなわち自由にパッチワーク可能で、ピッチを弄ることで演奏可能なものとして捉える。J は「狂い咲くアイデアを形に/生きた証を残す目の前」(“Django!”)とライムする創作のため、いかなるルールからも逃れようとするのだ。

 “Cowhouse”の冒頭には、そのステートメントであるかのようなラインが現れる。映画化もされたケン・キージーの『カッコーの巣の上で』(1962年)はまさに自由を獲得するための闘争の物語だった。ロボトミー手術に象徴されるように、画一化され、コントロールされようとする人間の有り様。その圧力が凝縮された場が「カッコーの巣の上」だった。J は規格通りのビートメイクを無自覚に踏襲するだけ、あるいは批判的な視線なく受容するだけの「ビッチズ」をその「カッコーの巣の上」に「蹴落とす」と言っているかのようだ。しかし同時に J は理解している。自由とは、自分がいる場所とは違うどこか外側の世界にあるのではなく、いま自分がいる場所にあるのだと。それを獲得する意識の変革こそが必要なのだと。マクマーフィーが病棟に監禁された仲間たちにそのことを示したように、J もビートメイキングの様式美という鉄格子に囲まれながら、自由であることをリスナーに示す。だから彼はライムする。「貧しい心に垂らしたいインク/muthafuckin my beat/脳にぶち当てるkick/rawshit/その自由/鉄格子の中」(“Django!”)と。

 J は闘争の只中にある。ビートの自由を獲得するための闘争の只中に。

interview with Sherwood & Pinch - ele-king


Sherwood & Pinch
Man Vs. Sofa

On-U Sound/Tectonic/ビート

DubDubstep

Amazon Tower HMV

 ロンドンから北西に向かったハイ・ウィコムという街で10代の少年エイドリアン・シャーウッドはレゲエと出会った。彼はほどなくしてDJを始め、その後、音楽業界に関わるようになり、20歳になるころにはレコード店を運営するようになっていた。UKダブの歴史に名を刻むことになる伝説の始まりだ。

 流通会社を立ち上げたほか、複数のレコード・レーベルを運営したシャーウッドは、1980年になると、プロデューサー・エンジニアとして独自のダブ・ミックスを、ジャズからインダストリアルまであらゆる音楽へ積極的に施していった。彼が関わったプロジェクトの数は圧倒的だ。彼のディスコグス・ページを見るだけでも、その膨大さがわかるはずだ。アフリカン・ヘッド・チャージとのサイケデリックなアフロ・ダブ。デペッシュ・モードのリミックス。リー・スクラッチ・ペリーとのスタジオ作品。タックヘッドとのエクスペリメンタル・ヒップホップ。ほかにもプライマル・スクリーム、ナイン・インチ・ネイルズ、マシーンドラムなど、挙げればきりがない。そんな彼が近年活動をともにしているのがDJピンチだ。

 ピンチは2005年にレーベル〈テクトニック〉を設立。ブリストルを拠点にダブステップの先駆者としてシーンを牽引した。ダブステップがメインストリームな音楽になっていき、定常化した音楽となっていくなかで、彼はテクノ、インダストリアル、グライムなどほかのジャンルへダブステップを拡張していき、新鮮なサウンドを提供し続けてきた。00年代後半にはファースト・アルバム『Underwater Dancehall』を発表。以降も〈コールド・レコーディングス〉の設立や、シャクルトンやマムダンスとの共作など、常に革新的な音楽を志向し続けてきた。

 シャーウッド&ピンチは2013年に2枚のEP「Bring Me Weed」と「The Music Killer」を発表したものの、プロジェクトへ本格的に着手することになったのは、2013年におこなわれたSonar Tokyo公演でライヴ・パフォーマンスをおこなうことになってからだった。そして2015年に発表したファースト・アルバム『Late Night Endless』から2年、待望の新作『Man Vs. Sofa』が先月発表されたばかりだ。同作はこの2年間に生まれた変化を見事に反映したアルバムとなっている。作品の背景を聞き出すべく、リリースに先駆け東京公演のために来日していたふたりにインタヴューをおこなった。

以前は〈Tectonic〉ミーツ〈On-U Sound〉みたいなサウンドだった。でも今回のアルバムは、俺とピンチというアーティストの融合なんだ。俺たちが、よりひとつになれている。 (シャーウッド)

新作の発表おめでとうございます。前回の『Late Night Endless』からこれまでの2年間、ふたりはどのように過ごしてきましたか?

ピンチ(Pinch、以下P):この新作を作っていたよ(笑)。

エイドリアン・シャーウッド(Adrian Sherwood、以下S):アルバムを5分で作ることはできないからね。この2年間をかけて少しずつアルバムを仕上げていったんだ。例えば“戦場のメリークリスマス”のカヴァー(『Man Vs. Sofa』の収録曲)は、『Late Night Endless』の制作時に作り始めていたけど、なかなか満足できなかった。だから、今回のアルバムでいちばん古いのはあの曲で、それ以外の収録曲はすべてこの2年で作ったよ。

“戦場のメリークリスマス”をカヴァーしようと思ったのは?

S:以前からあの曲のメロディが好きだった。坂本龍一も好きだし、“Forbidden Colours”ヴァージョンのデヴィッド・シルヴィアンの歌も好きだったからカヴァーすることにしたんだ。歌詞を入れてみようと試したり、何種類か違う方法でレコーディングしたりして、やっとパーフェクトなものが完成したよ。

P:よりサイケデリックな仕上がりになったから、前回のアルバムよりも新作によりフィットすると思う。前回のアルバムは、もっとトライバルでリズミックだったからね。ニュー・アルバムは、もっとサイケデリックでダイナミックなんだ。今回は、俺のスタジオで作ったものをエイドリアンのスタジオに持っていって、そこから発展させていって作ったトラックが多いね。でも表題曲の“Man Vs. Sofa”は、エイドリアンのスタジオでノイズができたところから始まった。今回のアルバムでは、そういうふうにしてエイドリアンのスタジオで作り始めた曲もあるし、それぞれにアイディアを持ち寄ってそれを組み合わせた曲もあるんだ。ふたりで作ったトラックがたくさんあって、その中から今回のアルバムにフィットするものを選んでできたって感じだね。

アルバムにしようと意識して制作するようになったのはいつ頃ですか?

S:2年前だね。

というと『Late Night Endless』をリリースした直後ですか?

S:いや、そういうわけじゃない。ファースト・アルバムをリリースしてから1年後にまた一緒にスタジオで作業しようって決めたと思う。

P:待って。それだと2年前に作り始めたことにならないだろ? エイドリアンの計算って、ときどきおかしいんだ(笑)。

S:そうなんだよ(笑)。1年じゃなくて、2、3ヶ月かな。スタジオに戻って、ピンチが俺に送ってきたトラックをもとに作業を始めたんだ。

P:ファースト・アルバムが2015年の春で、そのあと同じ年の冬くらいにセカンドのために作業を再開したんだと思う。

ファースト・アルバムと今回のアルバムでは、どちらの制作期間が長かったんでしょうか?

S:ファーストの方が制作期間は長かったね。

ふたりが出会ったのは2011年ですよね? ピンチがファブリック(ロンドンのクラブ)でやったイベントへエイドリアンをブッキングして、そこから親交を深めていったそうですが、『Late Night Endless』はその時点から作り始めたんでしょうか?

P:俺たちが最初にリリースした作品は12インチの「Bring Me Weed」で、出会った時からアルバムを作ることを考えていたわけではないんだ。

S:「Bring Me Weed」が最初の12インチで、そのあとEPの「The Music Killer」を出して、アルバムはその後だな。

P:アルバムのために曲を作り始めたというよりは、ライヴのために曲を作ったり、スタジオで曲を作ったり、時間がある時にふたりでとにかくトラックを作っていた。

さっき、ファースト・アルバムの制作期間について尋ねたのは、『Late Night Endless』よりも、『Man Vs. Sofa』のほうが作品に一貫性を感じたからなんです。

S:そうなんだよ。ふたりで制作を始めた頃は、ふたりで何ができるのかを模索していて、サウンドシステムの人がエクスクルーシヴのダブプレートを持っているみたいに、自分たちだけにしかプレイできないトラックを作ろうと思っていた。そうやって何曲か作っているうちに、アルバムを作っている感じになったんだ。でも今回は、マーティン・ダフィが参加していたり、一貫性のある雰囲気になっていたりと、サウンドをまとめる要素がたくさんある。俺とピンチがしっかりと混ざり合っているね。正直、『Late Night Endless』は違うものが色々と入っている感じだった。

かなり小さい時からエイドリアンの音楽を聴き続けてきたんだ。だから、彼のインパクトや影響は自分にとってすごく大きい。その影響が、俺とエイドリアンの共通点に繋がっていると思うんだ。様々な音楽要素を取り入れ、色々な方向に進みながら、ムードのある自分の音楽を作る。エイドリアンも俺の音楽からそれを感じ取ってくれたと思う。 (ピンチ)

なるほど。前回と比べて、制作環境は変わりましたか?

P:エイドリアンが、以前よりも広くて新しいスタジオ・スペースに移ったんだ。前回と比べて制作環境が良くなったと思う。あと、古い機材をたくさん手に入れて使ったんだ。

S:環境は今回の方が良かったと思うね。俺の家と息子の家の間にスタジオを作ったんだよ。だから庭と庭の間にスタジオがあるんだ。面白いだろ?

P:本当に変わっているんだよ。エイドリアンの庭を歩いて、もともと塀だったところをくぐると違う家なんだ(笑)。

S:機材に関しては、ずっと探していたけどなかなか手に入らなかったものを手に入れて使うことができた。

P:俺はいつもデジタル的な考え方で音楽にアプローチしてきたんだけど、エイドリアンに説得されて、自分のスタジオでも前よりアナログのものを使うようになったよ。

逆に、エイドリアンがピンチの影響を受けてデジタルになった部分はありますか?

S:必要なのはPro Toolsくらいだな。あと、それを操作してくれる人。俺は年だから、あまりそういうのは操れないんだよ(笑)。ものすごく怠け者だからな(笑)。でも、俺のエンジニアのデイヴ・マクィワンが最高なんだ。できることならどこにでも彼を連れていきたいくらいだよ。

機材について詳しく教えてもらってもいいでしょうか?

P:ライヴではAbleton Liveを使っているけど、トラックを作る時はLogicを使っている。あとはVSTや色々なエフェクトを重ね合わせたものをコンソールに戻してアナログ機材を通じてさらに加工する、というのが俺の作業の流れだね。

S:俺は、イギリスのAMSっていう会社のファンだったんだ。そこの製品はもう作られていないんだけどね。俺はAMSのディレイとリヴァーブをずっと使ってきた。あとアメリカの機材も好きだよ。今年はOrbanのEQとスプリング・リヴァーブを買ったよ。高くないし、ずっと欲しかったんだけど、なかなか手に入れられずにいたんだ。しかも安いんだ。あとは、Fulltoneのテープ・ディレイも買ったな。もう1台欲しいと思っていたんだ。いちばん重要なのがEventide。俺はEventideの大ファンなんだ。Eventideも高くないよ。EventideのH9は本当に素晴らしいマシンで、みんなにオススメしているよ。あと何年も探していたのがLangevin。ここのEQは〈タムラ/モータウン〉の作品すべてで使われているし、キング・タビーやサイエンティストのEQスイープでも使われている。彼らのレコードを聴いていると見事にLangevinが使われている場面がけっこうあるよ。普通のEQとは違って独特の回路になっているんだ。

P:ハイハットとかに向いているね。

S:あとリヴァーブやドラム・サウンドにも向いている。このEQでかなりのドラム・サウンドを加工したよ。

最新作のプレス・リリースに、サウンドシステムで今回のアルバムを聴くとボディーブローのように身体に効くサウンドでありながら、ヘッドフォンで聴くと意識を没頭できる音楽だと書いてありました。アルバムを聴いて確かにそうだなと思ったのですが、どのようにしてそういったサウンドを作り上げたんでしょうか?

P:そのふたつのアイディアをミックスダウンの時に忘れないようにすることかな。サウンドシステムで聴くと身体で感じられるサブベースが、ヘッドフォンではそこまで伝わってこない。例えばブリアルなんかの音楽だと、ディテールがすごく緻密で微細だけど、それをサウンドシステムで鳴らしても、そのディテールがわかりにくい。サウンドシステムの大きなボリュームに比べて音がさりげなさすぎて聴き取りにくいからね。だからミックスダウンの時に、サウンドシステムから感じられる音のパワーと、ヘッドフォンで聴いたときに意識を没頭できる細かいディテールの両方を兼ね備えたスペースを作ることが大事なんだ。

前作と比べて、今回はヴォーカルを使ったトラックがかなり減っていますね。

S:それは意識してやったことなんだ。以前は〈Tectonic〉ミーツ〈On-U Sound〉みたいなサウンドだった。でも今回のアルバムは、俺とピンチというアーティストの融合なんだ。俺たちが、よりひとつになれている。ヴォーカルを入れすぎてしまうと、その俺たちらしさが薄れてしまうだろ? 今回はふたりのポテンシャルを追求しているんだ。

そういった中でもリー・スクラッチ・ペリーやスキップ・マクドナルドの声が使われているのは、歌としてというより、音の要素のひとつとして彼らのヴォーカルが使われているのでしょうか?

S:ちょっとしたフックとして使っているだけだね。

P:例えば、リー・ペリーが参加しているトラックも、最初から最後まで歌声が入った普通のヴォーカル・トラックじゃない。もっと音楽が呼吸できるスペースがある。タズにしたってそうだ。タズのスタイルはもっとグライムっぽいけど、ずっと声を発しているわけじゃないし、歌モノになっているわけでもない。声によるテクスチャーとして使っているんだ。

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ひざの手術をしたいと思っても、ひざの知識だけではどうにもできない時もある。身体全体のことを知っていることが必要な時だってあるだろ? (ピンチ)

エイドリアンはこれまで多くのミュージシャンやプロデューサーとコラボしてきました。ピンチはいわゆるDJカルチャーのアーティストですが、ふたりのコラボレーションをどのように感じていますか?

S:ピンチとのコラボは、すごく理にかなっているんだ。ピンチは〈On-U Sound〉やレゲエ、ヒップホップ、コンテンポラリー・ダンス・ミュージックの歴史を理解している。これまで、デペッシュ・モードやタックヘッド、ザ・マフィアといった様々なアーティストとコラボしてきたけど、その結論としてピンチとコラボするようになったと言えるかな。俺はダンスできる音楽をずっと制作してきたし、家でも楽しむことができる音楽も制作してきた。クラブ・ミュージックに関わるときは、ただクラブにとってパーフェクトな作品であることだけじゃなく、家で聴いても楽しめる、クラブを超えた作品を俺はイメージするんだ。それを一緒に実現できるのがピンチなんだよ。

数々のアーティストとコラボしてきた中で、ピンチとコラボをしてみて何に新鮮さを感じましたか?

S:彼には、誰よりもシンパシーを感じる。誰かと作業し続けるにあたって、それは本当に重要なことなんだ。ピンチとのコラボは本当に心地がいい。俺とピンチは、最高のコンビネーションなんだ。誰でもいいってわけじゃないんだ。下手にコラボするくらいなら、自分の家でゆっくりしていたいね。コラボするなら、楽しくてワクワクするものじゃないとな。ピンチは本当にクリエイティヴだし、新鮮なアイディアを持っている。俺たちは互いの可能性を広げて、いちばんいいところを引き出し合えるんだよ。

P:あと、俺はすごくおいしいお茶を入れるよ(笑)。

S:俺は料理だな(笑)。

あはは! ふたりは互いのどういうところにシンパシーを感じていますか?

P:俺は、幼い時から兄を通して〈On-U Sound〉の作品をずっと聴いてきた。『Pay It All Back Vol.3』とかのコンピレーションをテープで持っていたし、ダブ・シンジケートのアルバムとかね。かなり小さい時からエイドリアンの音楽を聴き続けてきたんだ。だから、彼のインパクトや影響は自分にとってすごく大きい。その影響が、俺とエイドリアンの共通点に繋がっていると思うんだ。様々な音楽要素を取り入れ、色々な方向に進みながら、ムードのある自分の音楽を作る。エイドリアンも俺の音楽からそれを感じ取ってくれたと思う。だよね?

S:その通り。

そこから現在にいたるまで一緒に音楽を作り続けていますが、出会う前は知らなかったけど、出会ってから気づいたお互いの面は何かありますか?

P:俺が知っていた以上に、エイドリアンの音楽スタイルの幅は広い。本当に計り知れないよ。バンド、アーティスト、ヴォーカリストといった様々なミュージシャンとコラボしているし、一緒にいると本当にいろんな話が聞けるよ。彼が関わったプロジェクトの数はすさまじい。制作面でもエイドリアンとコラボしていろいろと学んだよ。特に、フェーダーやパンをどう処理するのかってことをね。パンの処理やステレオ音場の捉え方から、トラックに動きやスペースを生み出していけるんだ。コラボを通じて得たものを自分のプロジェクトでも活かそうと心がけているよ。

S:俺は時期によってリズムを担当する人が変わるんだ。フィッシュ・クラークやスタイル・スコットとかね。どの時期にもリズムを構築する大事な役割の人がいて、ここ数年、その役割を担当しているのがピンチなんだ。最近はライヴ・ミュージシャンの音をとりあえずカッティング処理するようなことをしたくないんだ。一緒にグルーヴまでもカッティングしたくないし、つながっている感覚が好きだからね。だから今はピンチとのコラボがしっくりくる。

制作をする時に、これをやったら相手が喜ぶんじゃないかなというのを意識しますか? それとも、自分が好きなものをまず相手に提示しますか?

S:俺が何を気に入るかをピンチが考えることが多いと思う。リズムを作っているのはピンチだからな。俺の気に入りそうなアイディアをピンチが持ってきて、俺がそこから気に入ったものを使って、それを基盤に俺のアイディアを加える。基本的に俺たちのトラックはそこから進化してくんだ。

P:自宅で制作するとき、常に方向性がはっきりしているわけじゃないけど、自分の中でこれはシャーウッド&ピンチのプロジェクトに向いているなって思えるリズムやトラックがある。そういう点では確実に意識しているね。

ジャンルに関係なく、聴いていてどこか他の世界に連れていってくれるというのが音楽の魅力と素晴らしさ。癒しの力があり、パワフルでもある。ジャズでもダブでも、それは変わらないね。 (シャーウッド)

エイドリアンはダブの手法をダブ以外の音楽で起用したパイオニアであり、最近ではにせんねんもんだいのダブ・ミックスが話題になりました。以前読んだ記事で、あなたはごちゃごちゃしていない音にすることが大事だと言っていましたが、そこをもう少し詳しく聞かせていただけますか?

S:例えば、にせんねんもんだいのレコードを聴いてみると、あのレコードではハイハットがたくさん使われている。表ではあまり複雑なことは起こっていないけれど、ピンチが話していたブリアルの作品と同じで、深いところでは様々なことが起こっている。それがサウンドをより一層魅力的にしているんだよ。俺はにせんねんもんだいのアルバムが大好きだったから、あのレコードでの挑戦は、シンプルさをできるだけ美しく提示することだった。だから、すごくシンプルなテクニックを使って、音源に輝きを加えたんだ。ほんの少しだけ手を加えるアプローチを取って、音の分離と全体像、それに、強度が素晴らしくなるように心がけたよ。それとは別に、多くのことが起こっている音楽もあるよね。レゲエで言えば、スネアはここ、ハイハットはここ、キックドラムはここ、っていう感じで絵みたいにトラックの全体像を捉えるんだ。そこで俺にとって重要なのは、EQ、スペース、サウンド。ひとつひとつの要素がハッキリと聞こえるようにして、耳に飛び込んでは消えるようなサウンドにするんだよ。エイジアン・ダブ・ファウンデーションやプライマル・スクリームのようなロック・バンドみたいに多くの要素が詰まった音楽でも、すべての楽器を適切に配置してハッキリと聞こえるようにしないといけない。そういう密度が高いものを扱うときは、すべてを適切にEQ処理しないといけない。あまりにも要素が多い場合は、いくつか要素を全部か一部を取り除くことも考えられるね。リフの要素を半分にするとかね。

P:ダグ・ウィンビッシュが言っていたんだけど、ミックスでは「道」を理解することなんだ。トラックで鳴っている音にはそれぞれの道があって、その道を聴き取れるようにすることが大事なんだってね。

ミックスにおいて、ピンチがエイドリアンに何かリクエストをすることはありますか?

P:ミックスはエイドリアンの役割ではあるけど、俺はいつも一緒に部屋の中にいる。で、このスネアはちょっとヘヴィすぎるんじゃない? とか、たまに意見を言うんだ。でも、やっぱりエイドリアンはスペースを作るのがうまいから、そこまで言うことはないね。

最後にヘヴィな質問をひとつ。UKダブの歴史は、ジャマイカ移民の話抜きでは語れないと思うのですが、そういう意味では、移民というのは文化的な面で良いところもあると思うんです。それを音楽のスタイルやジャンルに置き換えるとすれば、エイドリアンはさっきも話したようにダブを他のジャンルに持ち込んで新しいものを生み出し、ピンチは、ダブステップから始まりはしたものの、それをテクノやハウスに取り込み、すごく面白い音楽を作っています。しかし今、世界では移民に対して反感が巻き起こっていますよね。同じようなことが音楽に起こった場合、例えば、ダブステップ以外の音楽と認めない、というような状況になった場合、その音楽はどのようになると思いますか?

S:つまらなくなるだろうね。

P:進化しなくなると思う。新しいものが生まれなくなるし、亀裂がおこる。その亀裂が不和を起こすし、視野を大きく持てなくなって、自分が見ているものがすべてだと思い込んでしまう。色々なものを受け入れることで、より広い世界が見られるようになるよね。

これまでどのようにして、視野が狭くならないようにしてきました?

P:矛盾しているように聞こえるかもしれないけど、ひとつのことに専念することにも価値はある。要は両方の考え方を受け入れる意識を持つことが大事なんだ。視野を狭くすることで専門的なレベルで何かを詳しく理解するようにはなるだろうし、例えばそれが医療だとすれば、その知識はすごく役に立ち、特定の手術を可能にするかもしれない。でも、それが可能なのは身体の構造について広範な知識を知っているからだ。ひざの手術をしたいと思っても、ひざの知識だけではどうにもできない時もある。身体全体のことを知っていることが必要な時だってあるだろ? それと同じさ。だからどちらかひとつってことではなく、ふたつとも必要なんだよ。答えになってないよね(笑)?

S:俺は良い答えだと思うよ。ジャンルに関係なく、聴いていてどこか他の世界に連れていってくれるというのが音楽の魅力と素晴らしさ。癒しの力があり、パワフルでもある。ジャズでもダブでも、それは変わらないね。

R.I.P.生悦住英夫 - ele-king

河端一(ACID MOTHERS TEMPLE)

 1996年、Musica Transonic / Mainlinerで欧州ツアーを行った際、ベルギーの某レーベルからソロ作品のリリースを持ち掛けられ、当時未だ自身のソロやリーダー作品を発表した事がなかった私は、結成始動したばかりの自身のグループ「Acid Mothers Temple & The Melting Paraiso U.F.O.」の丁度録音中だった1stアルバムを以て、この依頼を受けた。録音には結局2年を要し、遂に完成したマスターを送れば返事は「レーベル閉社」。
 斯くしてこの宙に浮いたマスターを携え、知人友人の紹介等もあり、国内外のレーベルあれこれ打診したが、返事は全て「申し訳ないが興味無し」。
 私のリーダー作品に対するこのような評価は、今に始まったわけではなかったので「またか」と落胆しリリースを諦めていた頃、モダーンミュージック店内にて生悦住さんと歓談していた際「そういえば河端君のソロとかリーダーバンドの作品とかはないの?」と尋ねられ、奇しくもなぜか偶然そのオクラ入りしたマスターDATを持参しておれば、オクラ入りした経緯なんぞ笑い話として添えつつも、その場にて試聴して下さる運びとなり、生悦住さんは腕組みしながら僅か数分聞いたのみで「いいね! これ! じゃあうちで出そうか!」
 まさかP.S.F. Recordsからリリースとは、レーベルの既成イメージもあり、俄かに信じられなかったが、結局あの時点において、私の音楽、Acid Mothers Templeの音楽に興味を抱いたのは、生悦住さん唯一人であったことに間違い無し。そもそも生悦住さんは、P.S.F. Recordsから、私の人生初のフル・アルバム『東方沙羅 1st』そして『Musica Transonic 1st』をリリース下さった経緯もあり。
 私の音楽は、1978年に自身の音楽活動を始めた当初からほぼ一貫して、ほぼ誰にも理解支持されない類いらしく、どうせ誰にも理解されないし、誰も必要としていないのだろうと、半ば絶望的にすらなっていたが、生悦住さんは私の音楽にとても興味を持って下さり、そして好意的に支持して下さった稀な存在だった。P.S.F. Recorddsから東方沙羅、Musica Transonic、Acid Mothers Temple等の諸作品がリリースされた事は、私の音楽活動のあり方や生活全般を大きく変え、正に私の「人生のドア」を開けるという一大事件を起こしたと言える。
 だからこそ生悦住さんには感謝してもし切れないほどに感謝、もしも生悦住さんが、私の作品をP.S.F. Recordsからリリースしてなければ、間違いなく私は今ここにはいないと断言出来るのだから。

大久保潤
 
ひとりのレコード店主・レーベルオーナーの死を悼む声が世界中から寄せられている。モダーンミュージックおよびP.S.F.Recordsの生悦住英夫。長年にわたり日本のアンダーグラウンド・シーンを支えた大功労者である。
 P.S.F.はHIGH RISEのファースト・アルバム『Psychedelic Speed Freaks』からスタートした。レーベル名もそこから取られている。以後、サイケ、ノイズ/アヴァンギャルド、フリージャズ、フォークといった地下音楽を続々とリリースしていく。その作風はJOJO広重率いるアルケミーと通じるものがあるが、よりストイックな印象だ。
 灰野敬二やAcid Mothers Templeなど、いまや「海外で評価の高い日本人アーティスト」の代表といえるような面々も、かつてはほぼP.S.F.が一手にリリースしていた時期がある(それこそ孤軍奮闘という雰囲気だった)。
 ACID MOTHERS TEMPLEのグル、河端一はele-kingのインタビューでAMTのファースト・アルバムを録音したもののリリースしてくれるところがどこもなかった、そんな中で唯一快くリリースしてくれたのがPSFだったと明かしている。
 ゆらゆら帝国やOgre You Assholeのプロデュースで知られる石原洋のWhite Heavenや、現在はThe Silenceで活動している馬頭將噐のGhostも、もともとはP.S.F.からリリースされていたし、三上寛や友川かずきも近年でこそ再評価が進み精力的に活動しているが、90年代にP.S.F.がコンスタントにリリースを続けていたからこそ今があるのだと思う。
阿部薫を筆頭に、吉沢元治、井上敬三など日本の伝説的フリージャズメンの作品をコツコツとリリースしていたのも重要な仕事だ。
 そういったレジェンド級のミュージシャンだけでなく、コンピレーション・アルバム《TOKYO FLASHBACK』シリーズなど、積極的に若手のフックアップも行っていた(初期のゆらゆら帝国なんかも収録されていた)。
 リリースしたのは日本人だけではない。アーサー・ドイルやピーター・ゲイルなどの知る人ぞ知るフリージャズプレイヤーや、韓国の伝説的アシッドフォークシンガー、キム・ドゥス、アルゼンチンのアヴァンギャルドロッカー、アンラ・コーティス(Reynols)など、そのアンテナは世界各国の最深部に及んでいる。
 雑誌『G-Modern』の存在も忘れるわけにはいかない。初期の「灰野敬二4万字インタビュー」をはじめ、CDだけでなく言論でもアンダーグラウンドミュージックをサポートし続けた。P.S.F.からリリースのあるミュージシャンが多く掲載されるのはもちろんだが、それだけにとどまらず、数々の埋もれた音楽を取り上げていた。だいたい、タイニー・ティムやピーター・アイヴァースが表紙になる音楽雑誌なんて考えられますか。
そして、東京で人と違った音楽に興味を持った人間であればほぼ全員が一度は足を運んでいるはずの店。それが明大前のモダーンミュージックである(数年前に店舗としての営業は終了し、通販のみになってしまったが)。喫茶店の上にあり、薄暗い階段をのぼっていくと、そこには決して広くはない一室に夥しい量のレコード、CD、カセットが詰め込まれていた。裸のラリーズのポスターがずっと貼られていたが、あれはいつからあったのだろう。
 ネット上の多くの追悼コメントやメッセージでも言及されているが、生悦住は非常に話好きな性格で、この店でいろんな音楽を教わったという人は数多い。筆者は直接会話をする機会はなかったが、来客とにこやかに(しかし時に辛辣に)会話している彼の話をちょっと盗み聞きするのは密かな楽しみだった。
 音楽はミュージシャンとオーディエンスだけではなかなか成立しない。両者を媒介する存在がどこかで必要になるのだ。そしてレーベル、雑誌、ショップとあらゆる角度でそれを続けた氏の功績は計り知れない。
 闘病中の氏を応援するべく、ゆかりの深いミュージシャンたちによるコンピレーション・アルバムが計画されていたそうだ。当人は聴くことができなかったそのアルバムを待ちながら、冥福を祈りたい。本当にお疲れ様でした。あなたがいなければ世に出ることのなかった、奇妙で歪で美しい音楽の数々をこれからも大切にしていきます。

松村正人

 モダーンミュージックにはじめていったのは90年代にはいったばかりのころで、その顛末は剛田武の労作『地下音楽への招待』(ロフトブックス)の解説にしたためたのでそちらにあたられたい(本書には生悦住さんのインタヴューも載っている)が、モダーンミュージックにいくというのは生悦住さんに会うことでもあった。店にいなこともあったはずだがいつもいた気がするのは不思議である。それだけ世田谷区松原の寺田ビル2階のチラシに埋め尽くされた階段をあがった先のひとがふたり行き交うのも難儀な店内の磁場そのものと生悦住さんは化していたのだろう。私はそこで灰野さんのをはじめ多くのレコードやCDを買ったが、十代や二十代のころはなにを買うかで試されているようで、こちらが金を払うのに気が抜けなかった。理不尽な気がしなくもないし、そのような音盤を介したひととひととの関係が、かろうじてまだなりたった時代の、いうなればこれはノルタルジーにすぎないのだろうが、そのようなかかわりは音盤にたいする感覚を養ってもくれた。なんとなれば、音盤を選ぶには耳だけでなく目も手もつかう。匂いも嗅ぐなら鼻も要る。むろん骨董趣味に堕してはならない。市場価値が重要なのではなく、聴く人間が個の感覚に忠実であろうとするときにかぎり、音盤はその綜合の反転したもののように私たちの前に(音)像を結ぶ――というようなことを、私は生悦住さんに教わったわけではないが、青年期なる気恥ずかしいことばをつかうなら、そのときモダーンミュージックのようなよくわからない音楽をあつかう店があってまことに幸甚です。
 あるいはたすかったというべきか。1980年9月に開店したモダーンミュージックはおりからのサイケデリック・リヴァイヴァルで発掘が進んだ60年代サイケをひとつの軸にフリージャズや現代音楽やパンク以後のインディと呼ばれる以前の自主制作盤といった逸脱を旨とする音盤などをめきめき集め、ひとことでいうならアンダーグラウンドな世界を新宿から三つ目、渋谷から七つ目の明大前の片隅に展開していた。隣の駅にはネッズがあり、クララやロスアプソンが新宿にあった、そのような90年代前半、モダーンミュージックはハイライズの1~2作、不失者の最初のLPからしばらく間を置き、しだいに活発になっていくPSFレーベルの拠点としてしだいに知られていく。
 三上寛、友川かずき(現カズキ)、灰野敬二の諸作、石原洋と栗原ミチオと中村宗一郎のホワイト・ヘヴン、ゆらゆら帝国やキャプテン・トリップを主宰する松谷健のマーブル・シープをはじめて聴いたのもPSFのレーベル・サンプラー『Tokyo Flashback』だったし、現サイレンスの馬頭將器のゴーストや向井千惠のシェシズ、金子寿徳の光束夜や角谷美知夫の作品もあった。吉沢元治やAMMやバール・フィリップスやチャールズ・ゲイルなどの国内外の即興演奏家、阿部薫や高柳昌行の発掘音源等々、すべてここにあげるのはかなわないが、そのラインナップは90年代初頭澎湃として興った(自称他称を問わない)インディペンデントなレーベルのなかでもきわだっていた。そしてそこには生悦住さんの音楽観が通底していた。ひとことでいえばそれはプロレスの味方でもあった生悦住さんがレーベル名でも標榜した「ストロング・スタイル」(PSFはハイライズのファースト『Psychedelic Speed Freaks』の頭文字をとり転じてのちに「Poor Strong Factory」の文字をあてた)ということになるだろう。録音状態や演奏能力によらず、ひたらすら音楽の芯をみつめつづける、そのようなスタンスは、俗にいう先鋭的なジャンルばかりか、歌謡曲やフォーク(ロア)にもおよび、小林旭とちあきなおみとアタウアルパ・ユパンキとタイニー・ティムとシャーラタンズ(アメリカのほうね)とボルビトマグースは同一線上にあった。その線の向こうには、灰野敬二からオーレン・アンバーチやスティーヴン・オマリーらを経由し、いまや日本のアンダーグランドな音楽のあり方のひとつともいえる世界が広がっている。
 くりかえすがそこに形式はない。暗黙裏の秘密はあったにせよ、すくなくとも生悦住さんにとってはことばにすべきことでもなかった。いうまでもないということかもしれなかった。「あれはダメだねー」「ひどかったねー」「売れないねー」という生悦住さんの朗々とした声には悲愴感はまるでなかったが、言外に評価軸の厳しさをにおわせていた。透徹した審美眼とアンチ・コマーシャリズムはときに軋轢も生んだにちがいないが、若かりし日愛読した高柳昌行の批評(それらは『汎音楽論集』にまとまっている)がそうであったように、どこか父親めいた厳しさだった。似たような読後感を私は塚本邦雄の『薔薇色のゴリラ』(人文書院)の厳格なシャンソン観(ともにジョルジュ・ブラッサンスのファンでもある)にもおぼえたが、歌心のようにときとともに変化しつづける定義しがたいものをことばでとらえるのはのこされた私たちの役目かもしれないと、いまは衿を正す思いである。最後に、生悦住さんが船村徹先生の『演歌巡礼』の再発盤に寄せた一文を引用し、拙文を〆ようと思い、方々探したが盤がみあたらない。船村先生が生悦住さんの十日ばかり前に鬼籍にはいられたのは奇縁というほかないが、かわりに塚本邦雄の歌を手向けたい。先達に初学とは僭越にすぎるが、同道のはるか後方を歩む者からの呼びかけとしてお許しいただきたい。

眠る間も歌は忘れずこの道を行きそめしより夜も昼もなし
塚本邦雄『初学歴然』より

 猪木イズムさえ髣髴させる、ストロング・スタイルそのものじゃないでしょうか。(了)

※文中一部敬称を略しました。

interview with Thundercat - ele-king


Thundercat - Drunk
Brainfeeder/ビート

Hip HopJazz

Amazon Tower HMV iTunes

 偏狭になる社会に反比例するようにいまこそ豊穣な広がりを見せる21世紀産のソウル・ミュージックだが、そのもっとも甘い展開がこのひとから届くと想像していたひとは多くはなかったのではないか。これは嬉しいギフトである。
 卓越したプレイヤーであるがゆえに数多くのミュージシャンの作品に客演として招かれてきたサンダーキャットだが、近年ではケンドリック・ラマー『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』、カマシ・ワシントン『ジ・エピック』への参加が彼にとってとりわけ大きな刺激になったのだろうと想像される。それらの作品が高く評価されたのは、新しい世代によるブラック・ミュージックの歴史に対する敬意とそれゆえの編集の巧みさがよく現れていたからで、それはサンダーキャットがかねてから自らの作品において取り組んでいたことでもあった。であるとすれば、彼が自分の個性を踏まえてその先を目指したのはロジカルな展開だと言える。
 サンダーキャットにとっての「その先」とは、結論から言えば、アクセスしやすくよく編集された歌ものポップスと自らのベース・プレイとの融合であったことが『ドランク』を聴けば理解できる。先行して発表されたマイケル・マクドナルドとケニー・ロギンスが参加した“ショウ・ユー・ザ・ウェイ”の70年代西海岸AOR路線は人選の意外さもあって驚きとともに受け止められたが、それとてアルバムのなかでは一部でしかない。西海岸の要素が強めとはいえ、そこに限定されたものでもない。ファンク、ジャズ、これまでの作品にも見られたエレクトロニカやヒップホップの要素、果てはソフト・ロックまでが現れて、しかしすべてはメロウでスウィートなソウルのフィーリングのなかに溶けていく。ケンドリック・ラマーやウィズ・カリファ、ファレル・ウィリアムスがゲストとして参加し、フライング・ロータスやカマシ・ワシントンらがプロダクションに参加するなど『ドランク』にはその人脈の広さがよく表れているが、全体を貫くのはサンダーキャット自身によるけっして線が太いとは言えない歌である。その軽やかさが中心にあるからこそ、演奏のテクニック主義に走りすぎない心地よいフワフワしたムードが保たれているのだろう。曲数が多く一曲一曲が短めなのも特徴で、このことから連想されるのはフライング・ロータスの諸作だ。その緩やかに変化し続ける時間のなかで、様々な時代の様々な音楽的要素が消えては現れ、あるいは過去と現在が優しくミックスされ、リスナーをじっくりとスムースに快楽へと導いていく。
 先述のマイケル・マクドナルドやケニー・ロギンスにしても敢えて狙ったわけではなく、単純に好きだから呼んだ、という無邪気さがサンダーキャットならではの闊達さに繋がっているように思える。それを彼は「ファンタジー」と呼ぶが、であるとすれば、強固に築かれた壁を溶かしてしまうオープン・マインドの持ち主だけが辿りつける極上の逃避行がここにはある。

俺は間違いなく黒人なわけだから、もちろんその経験は反映されてる。いまの社会で起きている問題を肌で感じないわけにはいかないよ。でも世のなかのすべてがひどい状態にあるわけじゃなくて、いまは人間として俺たちは逆境に立たされているんだ。もちろん、この作品は黒人としての体験を反映しているけど、地球上のほとんどの人間は有色人種なんだ(笑)。

ツアー前のお忙しいところお時間ありがとうござます。日本でニュースを見ていると、トランプとその反対勢力のデモ映像がこの1週間流れっぱなしです。日本もたいへんですがアメリカはいますごいことになっているようです。この騒動についてどう思われていますか?

サンダーキャット(Thundercat、以下TC):いまの状況を自分でまだ消化しきれてないけど、ただ言えるのは最悪な状況だね。それくらいしか言えないよ。あいつの言動によって、もっとバカな行動を取ってる連中が増えてる。いまのところは希望の光は見えていないよ。

アルバムが、ものすごくスウィートで、温かく、あなたは「ファンタジー」という言葉で説明しているようですが、この甘くドリーミーなフィーリングがとても素晴らしく思えました。エレクトロニック・ジャズ・ファンクとユーモアが混在したスペイシーなデルフォニックスというか。

TC:そういう音楽に確かに影響されてるし、俺の音楽にはジャズ、ファンク、フュージョンの要素は入ってる。だから、そういう風に言ってもらってもかまわないよ。

実際は、どういうサウンドを目指していたのでしょうか?

TC:自然にでてきたものを曲として作り上げただけなんだ。いろいろなクレイジーな体験をしたんだけど、自然体で曲を作ったんだ。

ヴォーカルのメロディラインのみならず、アートワークも70年代的なんですが、なぜ70年代を引用するのですか?

TC:70年代の影響はあるし、もちろん70年代に影響されてるけど、俺は1984年生まれだから、70年代を経験したわけじゃないんだ。ちょっと答えづらい質問だな。ただ俺が使ってる音色から、俺の音楽に70年代のフィーリングを感じる人はいると思う。70年代の要素は入ってるけど、それがメインの要素というわけじゃないんだ。

それではジャケのコンセプトについて説明してもらえますか?

TC:ジャケのアイデアは、エディ・アルカザール(Eddie Alcazar)というアーティストにインスパイアされたんだ。彼は映画監督であり、カメラマンでもある。エディ・アルカザールの要素と〈Brainfeeder〉を運営しているアダム・ストーヴァーのアイデアを組み合わせた。このジャケは、ホラー映画と70年代のレコードのジャケの要素が混ざっている。でも、それだけに限定されてるわけじゃなくて、いろいろな捉え方ができるんだ。

昨年は、大統領選ともうひとつ、ブラックライヴスマターに代表される現代の黒人運動がありました。『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』や『ジ・エピック』、あるいはビヨンセの『レモネード』はこうした運動と(共感するしないはともかく)少なからずリンクしていたと思います。『ドランク』にはケンドリック・ラマーも参加してますし、またずばり“Blackkk”なる曲もあります。あらためて訊きますが、『ドランク』はファンタジーであり、政治や社会とは切り離されて考えるべきでしょうか? 

TC:俺は間違いなく黒人なわけだから、もちろんその経験は反映されてる。いまの社会で起きている問題を肌で感じないわけにはいかないよ。でも世のなかのすべてがひどい状態にあるわけじゃなくて、いまは人間として俺たちは逆境に立たされているんだ。もちろん、この作品は黒人としての体験を反映しているけど、地球上のほとんどの人間は有色人種なんだ(笑)。だから、“ブラック”主体のアルバムじゃないんだよ。“ブラック”という言葉はヘンだと思う。ブラウンの人だっているわけだし、どこで線引きするかははっきりしてない。俺は黒人なわけだから、もちろん黒人の経験としての経験は音楽や曲名に反映されてるね。

時速100キロぐらいで走っていく“Uh Uh”もいいんですが、“Bus In These Streets”なんかはソフト・ロックにも聴こえます。この眩さってどこから来ているんですか?

TC:自然に湧きあがった気持ちを曲に反映してるだけなんだよ。アルバムを作りながら、「今度は速い曲を作らなきゃ」とか、そういうことを意識してるわけじゃない。俺はAbletonを使って曲を作ってるんだけど、直感的に曲を作れるから、プロセスが早くなる。だから、曲を聴いてると、自分の思考の流れがわかるんだ。俺が曲を作った順序通りに作品を聞くと、すごく遅い曲から、すごく速い曲とかがあるから、作ったときの気持ちがわかるんだよ。

1曲1曲が短く、アルバムは50分で終わりますが、この意図するところはなんでしょう?

TC:そのときの思考の流れをそのまま曲に仕上げてるからなんだ。自分のアイデアを曲として書いた時に、それがたまたま短かったんだ。俺の場合、五線譜ではなくコンピュータで曲を書いてるけどね(笑)。フライング・ロータスの“Descent Into Madness”を作ったとき、もともとは3部作のコンチェルトみたいな曲だったんだ。“Descent Into Madness”はフライング・ロータスのアルバムに入ってるけど、その曲の一部だった“Inferno”が俺のアルバムに収録されたんだ。だから、もともとは壮大な曲だった。その壮大な曲の細かいピースを、それぞれの作品に入れているんだよ。だから短い曲があったり、5分の曲があったり、30秒の曲もあるんだ。

アイズレー・ブラザースのサンプリングを使った“Them Change”。クールでスローなファンク・ナンバーで、個人的には好きな曲のひとつなんですけど、この曲にメッセージはありますか?

TC:失恋したことはあるかい(笑)? この曲は、ガールフレンドに対する怒りを表現してるんだよ。心を傷つけられたことについての曲なんだ。人生において、俺はいろいろな形で心に傷を負ったことがあるよ。それを全部この曲で表現してるんだ。恋愛での失恋だけじゃなくて、いろいろな意味での心の痛みを表現してる。“Heartbreaks and Setbacks”という曲と似たようなテーマだよ。人生において経験する様々な逆境についてなんだ。

マック・ミラーが日本盤のボーナス・トラックにフィーチャーされていますが、彼についてコメントいただけますか。

TC:彼は仲のいい友だちだし、しょっちゅうコラボレーションしてるよ。彼は根っからのミュージシャン気質だけど、テリー・ボジオやカマシ・ワシントンみたいなテクニシャン系のミュージシャンじゃないんだ。でも、彼は身も心もすべて音楽に捧げてる。俺とマック・ミラーは長い時間かけてよく制作してるんだけど、その一部がインターネットで発表されてるだけなんだ。この曲をアルバムに入れたかったのは、俺とマックの人生において傷ついてる時期だったからなんだ。いまの音楽業界において、音楽ビジネスによって汚されていないアイデアを表現するのは難しいんだよ。この曲は、2人にとって本当に愛情を込めて作った曲なんだ。このレベルでクリエイトできたことに、2人とも喜びを感じてたんだ。この曲をアルバムに入れると決めたとき、彼は「アルバムに入れてくれて本当にありがとう」って言ってくれたんだ。マックのことは前からリスペクトしてるんだよ。

いっぽうで『ドランク』はブラック・ミュージックだけに特化しているわけではなくて、たとえば“Show You The Way”でのマイケル・マクドナルドとケニー・ロギンスの存在も、このアルバムをもうひとつの側面を象徴していると思います。彼らのどのようなところが魅力だと思いますか?

TC:彼らと仕事できて嬉しかったのは、長年彼らの大ファンだったし、彼らの音楽に心から共鳴していたからなんだ。彼らの人生経験が、彼らのソングライティングにダイレクトに反映されてるところが大好きなんだよ。彼らの人生を彼らの音楽から感じ取ることができたから、俺もそのアプローチにインスパイアされて、自分の人生を音楽で表現したいと思うようになったんだ。そういう意味で、ジノ・ヴァネリもそうだけど、彼らは俺の先生のような存在なんだよ。

Rob Smith & KURANAKA - ele-king

 モア・ロッカーズの『Dub Plate Selection Volume 1』はいまでもポップ・ミュージックの歴史にその名を残す名盤である。「ドラムンベースって何?」と訊かれたら、これを薦めておけば間違いない。その後スミス&マイティを経て、いまはRSD名義でブリストル・サウンドを更新し続けているロブ・スミスが来日する。
 彼を迎え撃つのは、日本のアンダーグラウンド・シーンを支えてきた異才クラナカと、今年で21年を迎えるロングラン・パーティ「Zettai-Mu」。1月21日の公演@梅田NOONにはD.J.Fulltono が、1月27日の公演@渋谷CIRCUSにはGOTH-TRADが出演することも決まっている。詳細は以下を。

日本中の真の新の進の震の深の神の心のミュージック・ラヴァー&ベース・ジャンキーたちがしんしんと集結する、日本唯一のロングラン・パーティ〈ZETTAI-MU〉。コアとなる点はブレることなく、音楽や文化が進化・成熟するたびに、ZETTAI-MUもアップデートを繰り返してきた。時代は移り変わろうとも、常にその最前線・最深部に存在し続けているパーティであり、国内外問わず、数々のレジェントを迎え、幾度となく最高の夜を(至福の朝を!)演出してきたパーティ。内臓が震えているのがわかるほどの重低音と、血湧き肉踊るリズム、生き方すら変えてしまうほどの強靭なメッセージ、そして“集まる”という大事さ。記憶に焼き付く、身体に染み付く、忘れえない体験がそこにはある。
昨年からのKURANAKA ASIA TOUR、China、Shanghai、Beijing、Sichuan、Philippines、Manila、Thailand、Taiwan、Vietnam & Japan行脚を経て、 22年目になる2017年スタートの、1/21 (SAT) @ NOON (Umeda. Osaka)、1/27 (FRI) @ Circus Tokyo (Shibuya ShinMinamiGuchi. Tokyo) は、Massive AttackやWILD BUNCHとともに、 数々のオリジナリティあふれる革新的な音楽を生み出し続ける世界の音楽の発信地ブリストル・ミュージックの代表格SMITH&MIGHTYより、Jungle、Drum&Bass、Dubstep、Abstract Beats etc. のトップ・クリエイター&DJとして世界中に広がるシーンのリヴィング・レジェンド! ROB SMITH a.k.a RSDが登壇!!

https://www.zettai-mu.net/news/1701/robsmith2017/

 

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2017.1.21 (SAT) OSAKA
ZETTAI-MU UMEDA NOON Again!!

日本で唯一シカゴ・ハウスからゲットー・テック、ジュークまでを通眼する存在。日本にJuke / Footworkシーンを根付かせた伝道師。Mr Booty Tuneこと、D.J.Fulltono! FatKidOnFire (UK)、Encrypted Audio (UK) などから作品をリリース。2016年にはKarnageとの共作を自主リリースするなど精力的に活動する、岡山在住、気鋭のDUBSTEPプロデューサーDAYZERO!! 深化し続けるNOONの裏名物パーティ“depth”主催、ハード機材を駆使した即興性の高いLIVE MIXを展開するRhy-s! 京都を拠点に活動し、UK TrapシーンのホープHUCCIを擁する「VEYRON ARCHE」に所属。着実に世界との扉を開く新鋭プロデューサーMADKO$MO$! 「ハードヒットレゲエ」を謳うパンクでダビーな音とレベルなルーツロックでジャンルを越えた夜をハードにヒットする。3ピースレゲエダブバンド、バンヤローズ! 日本の大衆文化/サブカルチャーを源に独自の視点で多角的な表現を試みるペインターBAKIBAKI (DOPPEL) によるDJ名義VakiX2! from ATTACK THA MOON中LAのライヴペイントに、BUGPARTY主催、NAGAやCOTYLEDON SOUND SYSTEMの2SHANTI、101、yuki pacificといった関西各地の面々も勢揃い!

:: LINE UP ::
ROB SMITH a.k.a RSD (SMITH&MIGHTY / UK.BRISTOL)
KURANAKA a.k.a 1945 (Zettai-Mu, Outlook jp)
D.J.Fulltono (Booty Tune/Somethinn)
Dayzero (FatKidOnFire / Encrypted Audio)
バンヤローズ
Rhy-s (depth/NOON)
MADKO$MO$ (Veyron Arche / #MADWANT )
VakiX2 a.k.a BAKIBAKI (Doppel / ARHBK)
NAGA (BUGPUMP)
2SHANTI (COTYLEDON SOUND SYSTEM)
101 (DIRT)
yuki pacific
and more...!!!
:: LIVE PAINT ::
中LA (ATTACK THA MOON)

 

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2017.1.27 (FRI) TOKYO
ZETTAI-MU

2016年には待望の新作アルバム『PSIONICS』をリリース! UK London MALA (Digital Mystikz) 率いる DEEP MEDi MUSIK所属、世界中で活躍し最も尊敬を集める日本人プロデューサーGoth-Trad!! 初ソロ名義アルバム『The Ja-ge George』をリリースした、東京発世界発信のレーベル/プロダクション「PART2STYLE」の看板アーティスト、オリジナル異型ラガマフィン・ディージェイ、Jage-GeorgeがMAL (PART2STYLE SOUND)とのセットで登場!! 90年代より東京のDrum&Bass / Jungleシーンを牽引するSoi productions DX with Osamu G.Gに加えて、DJ DON! そして新宿Duusraaのサポートによる2nd FloorにはThe Chopstick KillahzよりMars89、Min、HALU、maidable、SYNDROME、Ampsなどの若手も勢揃い!
Bass & Beats Music JunkiesにはマストなまさしくConcrete jungle Music Night!

:: 1st Floor ::
ROB SMITH a.k.a RSD (SMITH&MIGHTY / UK.BRISTOL)
KURANAKA a.k.a 1945 (Zettai-Mu, Outlook jp)
GOTH-TRAD (Deep Medi Musik.UK / Back To Chill.JP)
Ja-ge George + MAL from PART2STYLE
Soi Productions (DX&OSAM "GREEN GIANT")
DJ DON (新宿ドゥースラー)
and more...!!!

:: 2nd Floor ::
Mars89 (The Chopstick Killahz / 南蛮渡来)
Min (The Chopstick Killahz / 南蛮渡来)
HALU
maidable (Shoot Recordings / Rubik Records)
SYNDROME (SKETCH UP! Recordings)
Amps (Weekend Shuffle/TREKKIE TRAX)
and more...!!!

 

△▼△▼△▼△▼ PROFILE and ... △▼△▼△▼△▼

ROB SMITH a.k.a RSD
(Smith & Mighty / More Rockes / Tectonic / Punch Drunk / Black Box / Moonshine / Zettai-Mu from Bristol. UK)

Massive AttackやWILD BUNCHとともに、数々のオリジナリティあふれる革新的な音楽を生み出し続ける世界の音楽の発信地、ブリストル・ミュージックのレジェンド、スミス&マイティ "ROB SMITH a.k.a RSD"!! 80年代前半より、レゲエ・バンドのレストリクションで活動を開始。その後、レイ・マイティとともに、ブリストル・ミュージックの代表格として君臨するスミス&マイティとしての活動をはじめ、マッシヴ・アタックのファースト・シングルをプロデュース。そしてバカラックの古典をブリストル流に解釈した「エニィワン」の大ヒットによって、マッシヴ・アタックと並ぶブリストルの顔としてメディアに大々的に取り上げられるようになる。これまでに「ベース・イズ・マターナル」「ビッグ・ワールド・スモール・ワールド」「ライ フ・イズ…」、2003年には初のベスト・アルバム「フロム・ベース・トゥ・ヴァイブレーション」を発表。また、ロブは、初期のマッシヴ・アタックにも参加していたピーターDとのドラムンベース・ユニット“モア・ロッカーズ”での活動も精力的におこなっており、2004年にはアルバム『セレクション3- トライド・アンド・テスティド』をリリース。DJ-Kicksより『Smith & Mighty』、ソロ・アルバム『アップ・オン・ザ・ダウンズ』を発表。09年には、ブリストルの〈パンチ・ドランク・レコード〉の記念すべき1枚目のアルバムとして『グッドエナジー』をリリースする。2009年スミス&マイティとして【METAMORPHOSE】に来日。現在進行形のブリストル・ミュージックで多くの日本のクラウドを沸かせた。そして、2011年には、ZETTAI-MUよりニュー・アルバム『GO IN A GOODWAY』をリリース、同年3月の "SMITH&MIGHTY" 公演は震災の影響により中止になったが、急遽DOMMUNEによる【WE PRAY FOR JAPAN】に出演、日本中を音楽の力で勇気づけた。近年はスミス&マイティの進化版とも言えるダブステップ名義 "RSD" で数々の傑作を生み出し【GRASTONBERY FESTIVAL】【OUTLOOK FESTIVAL】【Deep Space NYC】などオーディエンスを魅了しつづけている。2014年には、"Rebel Sound (Chase & Status + Rage, David Rodigan, Shy FX)" など世界中で話題になった【Red Bull Music Academy - Red Bull Culture Clash】Bristol大会において (Rsd + Pinch + SGT Pokes + Joker + Jakes + Chef + Riko Dan) "Subloaded Sound force" として、Winnerに輝いたのも記憶に新しい。レゲエ~ダブ~ジャングル~ドラムンベース~ダブステップのトップ・クリエーター/トップDJとして世界中に広がるこのシーンのリヴィング・レジェンド! 正真正銘、最新最核の現在進行形のブリストルサウンド!

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KURANAKA a.k.a 1945
(Zettai-Mu, Japan)

11の顔と1000の腕を駆使し日本中のアンダーグラウンドから革命の狼煙を上げ続ける絶滅危惧種の野生の日本人。開放的な上物と相まって叩き打つリズム、体中を行き来する超重量級ベース、フロアを狂喜乱舞させる獣の様なダブ・エフェクト!! 20年以上にわたって日本のダンス・クラブ・シーンの最前線で活動する。Dub、Jungle、Drum & Bass、Dubstepと呼ばれるUK Sound systemミュージック、そして日本のDeepサイド・ミュージックのパイオニア。
今年で21年を迎える日本唯一のロングラン・パーティ「Zettai-Mu」(大阪Bay Side Jenny、梅田Noon、難波Rockets、新宿/恵比寿Liquidroom、代官山Unit、Yellow、Eleven、代官山AIR、渋谷Asiaなど)をはじめ、近年盛り上がりを見せるBass music partyの最高峰「Outlook Festival Japan」そして13年にはAsia初となる「Sonar Music Festival」の国外サテライト・イベント「A Taste of SONAR」の主催者でもある彼は日本初の野外フェスティヴァル・レイヴ「Rainbow 2000」をはじめ、3度の「FUJI ROCK FESTIVAL」「朝霧JAM」「METAMORPHOSE」「Outlook Festival」「Saturn」「Earth Dance」「明宝 Reggae Festa」「渚音楽祭」「舞音楽祭」といった屋内外のフェスティヴァルにヘッドライナーとして出演。シーンの草分け「Drum & Bass Sessions」や 東京アンダーグラウンド・ビーツ最前線「Tight」などのレジテンツ、和太鼓チームとのコラボレーション、DRY & HEAVYのヴォーカルAO INOUEをフィーチャリングしたステージや、REBEL FAMILIA / DRY & HEAVYのベーシストAkimoto "Heavy" Takeshi、BOREDOMSのE-DA、アコーディオン奏者COBAとのセッション、古くはディジュリドゥ奏者GOMAをフィーチャリングして「Rainbow 2000」「FUJI ROCK FESTIVAL」「METAMORPHOSE」といったフェスティヴァルに出演、近年は日本のレゲエ・オリジネーターMUTE BEATのリーダー、こだま和文とのライヴ・セットでの活動や、Shing02との同期コンビでふたつの国際芸術祭(2014年ヨコハマトリエンナーレ、2015年KYOTO PARASOPHIA)1年にわたり繰り広げられたステージを飛び出し観客と深化させる問題作『日本国憲法』がリリースされるなどジャンルや時代の垣根を越え様々なシーンの最前線で活動する。「海底2万マイル ZETTAI-MU 丸腰でトライするエンタープライズ ゼロ足しても掛けてもゼロ」THA BLUE HERBのBOSS THE MCが歌っているように、シーンを底の底で牽引する日本のSUB CULTURE界のラスボス。
20年以上もの間、年間100本近いギグをおこない、これまでに日本・アジア・UK・ヨーロッパなど40回以上のツアー行脚を行っている彼は、LEE PERRYの来日ツアーをはじめ、JAH SHAKA、LKJ、DENNIS BOVELL、ADRIAN SHERWOOD、ABA SHANTIといったRoots Reggae / Dubの来日公演から、世界最大のサウンドクラッシュ「Red Bull Culture Clash」においてGrand Winnerに輝いたRebel SoundのSHY FXをはじめ、CONGO NATTY、RONI SIZE REPRAZENT、ANDY C、DEGO、The BUG、MALA (DMZ)などのJungle / Drum and Bass / Dubstepのアクト、グラミー賞5冠制覇のDAFTPUNKの初来日、UnderworldのDERREN EMERSON、近年にはJAMES BLAKEの初来日公演のACTも務める。またカリフォルニアのFLYING LOTUS、NY・ブルックリンの COMPANY FLOW、AESOP ROCK、NINJA TUNEといったHipHop / Beats系、国内では「HAPPERS ALL STARS (Audio Active. Dry & Heavy. Tha Blue herb. 1945)」での全国ツアーや、BOREDOMSのツアー、THA BLUE HERB、REBEL FAMILIA (GOTH-TRAD + HEAVY)、OKI DUB AINU BAND、O.N.O、QUIETSTORMなどとツアーをおこなっている。
初期のリリースはMOUという名義で (w/ NHK Koyxen) ドイツの名門〈MILLE PLATEAUX (ミルプラトー) 〉よりABSTRACT HIPHOPの先駆け『ELECTLIC LADY LAND』などにDJ SPOOKYやDJ VADIM、TECHNO ANIMAL (THE BUG) などと並びクレジットされている。またコンピレーション『響現』や〈CISCO Records〉よりDRY & HEAVYのベーシストAKIMOTO "HEAVY" TAKESHIをフィーチャリングした楽曲をリリースしている。1945名義では『TIGHT』シリーズのMIXを〈煙突レコーディングス〉よりリリース。リミキサーとしてもAudio ActiveのRemixを〈On-u sound〉よりリリース。REBEL FAMILIA、ORIGINAL LOVEなどの作品を解体~再構築し、ロンドンICAなどでのコンテンポラリー・アート・ショウや、アメリカはネバダ州Burning Manでのプロジェクトに楽曲を提供するなど活動は多岐にわたる。そしてJungle~D'N'B黎明期の片仮名「クラナカ」という名義ももちろん彼であり、世界中で愛用されているKORG「KAOSS PAD」Delay + Reverbe + Sirenが、彼のプレイからヒントを得て開発されたことはあまり知られていない。
強力なビートに乗るメッセージは、そのしっかり踏みしめた両足にのみ伝わる。繊細だが力強く感じ取れる「今まで」「今」そして「これから」へ、貴方が必要とする瞬間、一人ではたどり着けない場所に向かって、現代の太鼓打ちは今日も何処かで大きくバチを振る。

 6/25に惜しまれながら閉店したアザー・ミュージックは、6/28に最後のインストアライブを行った。バンドは、75ダラービル、リック・オーウェン率いるドローンでジャミングなデュオである。5:30開演だったが、4:30にすでに長い行列が出来ていた。こんな人数が店内に入るのかなとの心配をよそに、時間を少し過ぎて、人はどんどん店の中に誘導されていく。すでにレコード、CDの棚は空っぽ、真ん中に大きな空間が出来ていた。こんながらーんとしたアザー・ミュージックを見るのは初めて。たくさんのテレビカメラやヴィデオが入り、ショーはリック・オーウェンの呼びかけでスタート。デュオではじまり、順々にスー・ガーナーはじめ、たくさんの友だちミュージシャンが参加し、ユニークで心地よいジャムセッションを披露した。たくさんの子供たちも後から後から観客に参加し、前一列は子供たちでいっぱいになった。私は、ジャム・セッションを聴きながら、いろんなアザー・ミュージックでの場面がフラッシュバックし、なきそうになった。インストア・ショーが終わると、彼らはそのままストリートに繰り出し、この後8時から、バワリー・ボールルームで行われる、「アザーミュージック・フォーエヴァー」ショーへ、マタナ・ロバート、75ダラービルなど、この日のショーで演奏するミュージシャンとプラスたくさんのアザー・ミュージックの友だちが、セカンドライン・パレード率い誘導してくれた。アザー・ミュージックの旗を掲げ、サックス、トランペット、ドラム、ギター、ベース、などを演奏しながら、アザー・ミュージックからバワリー・ボールルームまでを練り歩いた。警察の車も、ニコニコしながら見守ってくれていたのが印象的。バワリー・ボールルームの前で、散々演奏したあと、みんなはそのまま会場の中へ。


Geoff & daniel @ other music staff。私個人的にとってもお世話になりました。


Juliana barwick


Frankie cosmos

 バワリー会場内もたくさんの人であふれていた。コメディアンのジャネーン・ガロファロがホストを務め、バンドを紹介する(いつの間にか、アザー・ミュージックの共同経営者ジョシュ・マデルに変わっていたのだが)。ジョン・ゾーン、サイキック・イルズ、マタナ・ロバーツ、ビル・カラハン、ヨラ・テンゴ、ヨーコ・オノ、ジュリアナ・バーウィック、シャロン・ヴァン・エッテン、フランキー・コスモス、ヘラド・ネグロ、メネハン・ストリートバンド、ザ・トーレストマン・オン・アースがこの日の出演陣。ドローン、サイケデリック、ジャズ・インプロ、フォーク・ロック、ポップ、ロック、アヴァンギャルド、エレクトロ、インディ・ロック、ファンク、ラテン、ビッグ・バンド、などそれぞれまったくジャンルの違うアーティストを集め、それがとてもアザー・ミュージックらしく、ヘラド・ネグロのボーカルのロバート・カルロスは、「これだけ、さまざまなミュージシャンを集められるなら、アザー・ミュージックでミュージック・フェスティヴァルをやればいいんじゃない」、というアイディアを出していた。オーナーのジョシュが、バンドひとつひとつを思いをこめて紹介していたことや、お客さんへの尊敬も忘れない姿勢がバンドに伝わったのだろう。


Sharon Van etten

 サプライズ・ゲストのヨーコ・オノが登場したときは、会場がかなり揺れたが、ヨーコさんのアヴァンギャルドで奇妙なパフォーマンスが、妙にはまっていておかしかった。ヨ・ラ・テンゴとの息もばっちり。個人的に一番好きだったのは、トーレスト・マン・オン・アースとシャロン・ヴァン・エッテン、ふたりとも、個性的な特徴を持ち、いい具合に肩の力が抜け、声が良い。最後に、アザー・ミュージックの昔と今の従業員たちが全員ステージに集合し、最後の別れをオーナーのジョシュとクリスとともに惜しんでいた。スタッフを見ると、なんてバラエティに富んだ人材を揃えていたのか、それがアザー・ミュージックの宝だったんだな、と感心する。スタッフに会いにお店に通っていた人も少なくない(私もその中の一人)。バンド間でかかる曲も、さすがレコード屋、アザー・ミュージックでよく売れたアルバム100枚が発表されたが、その中からの曲がキチンとかかっていた。最後のアクトが終わり、みんなで別れを惜しみながら、写真を取ったり挨拶したり。会場で、最後にかかった曲はコーネリアスの“スター・フルーツ・サーフ・ライダー”だった。21年間、ありがとうアザー・ミュージック。

https://www.brooklynvegan.com/yoko-ono-yo-la-tengo-sharon-van-etten-bill-callahan-more-played-other-music-forever-farewell-pics-review-video/

■Other Musicで売れたアルバム100枚

1. Belle and Sebastian – If You’re Feeling Sinister
2. Air – Moon Safari
3. Boards of Canada – Music Has the Right to Children
4. Kruder and Dorfmeister – K&D Sessions
5. Yo La Tengo – And Then Nothing Turned Itself Inside Out
6. Os Mutantes – Os Mutantes
7. Neutral Milk Hotel – In the Aeroplane Over the Sea
8. Sigur Ros – Agaetis Byrjun
9. Arcade Fire – Funeral
10. Magnetic Fields – 69 Love Songs
11. Belle and Sebastian – Boy with the Arab Strap
12. Cat Power – Moon Pix
13. The Strokes – Is This It
14. Yo La Tengo – I Can Hear the Heart Beating As One
15. Talvin Singh Presents Anokha: Sounds of the Asian Underground
16. Joanna Newsom – Milk-Eyed Mender
17. Interpol – Turn on the Bright Lights
18. Cat Power – Covers Record
19. Cornelius – Fantasma
20. Serge Gainsbourg – Comic Strip
21. Belle and Sebastian – Tigermilk
22. Godspeed You Black Emperor – Lift Your Skinny Fists
23. Amon Tobin – Permutation
24. DJ Shadow – Endtroducing
25. Animal Collective – Sung Tongs
26. Dungen – Ta Det Lugnt
27. Beirut – Gulag Orkestar
28. Belle and Sebastian – Fold Your Hands Child, You Walk Like a Peasant
29. Clap Your Hands and Say Yeah – S/T
30. ESG – South Bronx Story
31. Cat Power – You Are Free
32. Broadcast – Noise Made by People
33. The Notwist – Neon Golden
34. Animal Collective – Feels
35. Mum – Finally We Are No One
36. Elliott Smith – Either/Or
37. White Stripes – White Blood Cells
38. Bjorn Olsson – Instrumental Music
39. Boards of Canada – In a Beautiful Place
40. Tortoise – TNT
41. Handsome Boy Modeling School – So How’s Your Girl?
42. Antony and the Johnsons – I Am a Bird Now
43. Zero 7 – Simple Things
44. Broken Social Scene – You Forgot It in People
45. Flaming Lips – Soft Bulletin
46. Devendra Banhart – Rejoicing in the Hands
47. Panda Bear – Person Pitch
48. My Bloody Valentine – Loveless
49. Kiki and Herb – Do You Hear What I Hear?
50. Thievery Corporation – DJ Kicks
51. Boards of Canada – Geogaddi
52. Yeah Yeah Yeahs – S/T EP
53. TV on the Radio – Desperate Youth
54. Yo La Tengo – Sounds of the Sounds of Science
55. Sufjan Stevens – Greetings from Michigan
56. Stereolab – Dots and Loops
57. Tortoise – Millions Now Living Will Never Die
58. Neutral Milk Hotel – On Avery Island
59. Le Tigre – S/T
60. ADULT. – Resuscitation
61. Langley Schools Music Project – Innocence and Despair
62. The Shins – Oh Inverted World
63. Slint – Spiderland
64. Air – Premiers Symptomes
65. Roni Size – New Forms
66. Shuggie Otis – Inspiration Information
67. Nite Jewel – Good Evening
68. Fennesz – Endless Summer
69. Bonnie ‘Prince’ Billy – I See a Darkness
70. Radiohead – Kid A
71. Stereolab – Cobra and Phases Group Play Voltage in the Milky Night
72. Franz Ferdinand – S/T
73. Amon Tobin – Supermodified
74. Fischerspooner – S/T
75. Stereolab – Emperor Tomato Ketchup
76. Cat Power – What Would the Community Think?
77. Elliott Smith – XO
78. TV on the Radio – Young Liars
79. UNKLE – Psyence Fiction
80. The Clientele – Suburban Light
81. Clinic – Walking with Thee
82. The xx – xx
83. Serge Gainsbourg – Histoire de Melody Nelson
84. Vampire Weekend – S/T
85. J Dilla – Donuts
86. Massive Attack – Mezzanine
87. Joanna Newsom – Ys
88. Sufjan Stevens – Illinoise
89. Portishead – S/T
90. Jim O’Rourke – Eureka
91. Pavement – Terror Twilight
92. Modest Mouse – Lonesome Crowded West
93. Sleater-Kinney – Dig Me Out
94. Tortoise – Standards
95. Sam Prekop – S/T
96. Blonde Redhead – Melody of Certain Damaged Lemons
97. Arthur Russell – Calling Out of Context
98. Aphex Twin – Selected Ambient Works Vol. 2
99. Grizzly Bear – Yellow House
100. Avalanches – Since I Left You

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interview with Shuntaro Okino - ele-king

   沖野俊太郎は、ヴィーナス・ペーターという、その真価を未だ十分に認められたとはいえないセカンド・サマー・オブ・ラヴ直系のインディ・ダンス・サイケデリック・バンドフロントマン/ヴォーカリストとして知られている。彼は90年代初頭に世に出た新しい世代のなかでも、その才能とポテンシャルに比べ過小すぎる評価を受けたアーティストの筆頭格といっても過言ではないヴィーナス・ペーターの初期からの支持者として、ぼくもまたそんな現状に歯がゆさと苛立ち、ぼく自身の力不足をも感じてきた。

   しかし、沖野昨年リリースした、ソロとしては15ぶりのアルバム『F-A-R』は、そんな不当な評価をくつがえすに足る素晴らしい内容の復帰作として、ヴィーナス・ペーター以来の根強いファンのみならず、2000年代に国境を越え反響を呼んだ『LAST EXILE』や『GUN×SWORD』などのTVアニメの主題歌・挿入歌で彼を知った新しいファン驚喜させ、ひいてはヴィーナス・ペーターのさらなる再評価を促す最高傑作となった。

 

「全てあきらめてしまったわけじゃない/すこし疲れただけなんだ/心配なんかいらないんだよ」(“声はパワー”)

「オレは光/オレは光/闇夜/引き裂く/Im the light,everlast」(“The Light”)

「この夜にさよなら/この夜にさよなら/その後はあてもない/だけどこの夜にさよなら」(“この夜にさよなら”)

 

   アルバムの冒頭の3曲を聴いただけで、漲るような生命力と充溢を感じるF-A-R』は、インストのインタールードを除くすべての楽曲に自作の日本語詞が付いている。メジャー、インディーを問わず当たり前のように英語詞のバンドが受け入れられている現在からは考えられないほど、英語詞というだけで賛否を呼んだ(日本語詞で歌わないというだけで否定的な反応が多かった)過去の葛藤が嘘のように、飾らない言葉とあまくとろけるメロディ、これまでの音楽遍歴を血肉化した変幻自在のサウンドにのって、聴き手の体を揺らし、心を躍らせてくれる。

   93年、ヴィーナス・ペーターの〈トラットリア〉からのラスト・アルバムとなった『Big Sad Table』のなかで、「ほしいものは何もなくて/待つ者も誰もいなくて/のろのろ歩くしかなくて/見えてるものも見えなくなる」(“The Tripmaster Monkey”)と酩酊していた若き日の姿は、そこにはない。彼自身の人生観の変化と人間的成熟を感じポジティヴなトリップマスター、それが最新型の沖野俊太郎だ。

(あくまで私見だが、“宅録マスター”としての沖野の資質には、ぼくここ数年来、密かに耽溺しているマック・デマルコ、マイルド・ハイ・クラブ(アレックス・ブレッティン)、アリエル・ピンクといった、2010年代のデイドリーミングなローファイ・サイケ・ポップの精鋭たちと共振する先駆的センスを感じる)

 

   そして、この度リリースされた『F-A-R』と対になるリミックス・アルバム『Too Far』には、十代の頃、velludo(ビロードというバンドを共に組んでいた盟友・小山田圭吾(コーネリアス)をはじめ、サロン・ミュージック、シュガー・プラント、元シークレット・ゴールドフィッシュの三浦イズルと山本アキヲ、元スーパーカーのナカコー、GREAT3の片寄明人ら、90年代に同じフィールドを共有していた同世代、もしくは近い世代のアーティストから、リン・モリのように沖野とはこれまで接点のない若い世代のアーティストまで多彩なリミキサーが参加し、「遠くへ!」という沖野の呼びかけに対して「遠すぎるよ!」と賛辞を贈る最高にフレッシュなトラックを提供している。

 すべての創造行為は、どんなものであれ、作者自身のリアル・ライフと夢想との間に横たわる気の遠くなるような距離を、イマジネーションの力で超越する冒険だ。サイケデリアは逃避のための夢想ではなく、どれだけ遠くまで行けるかという人間の限界への挑戦なのだ。ロックは、何時でも現実と対決し乗り越えるための天啓となりえる。

 

「物語は自分次第でそう/変わっていくんだ/We are stories(“We Are Stories”)


 2016513日、ヴィーナス・ペーターの再結成時を除けば、95年のソロデビュー・アルバム『HOLD STILL-KEEP GOING』のリリース以来、21年ぶりの再会となった沖野とのインタヴューには、やはり同世代の盟友であり、当時ヴィーナス・ペーター、シークレット・ゴールドフィッシュ、デボネア、ビヨンズらが所属していたインディ・レーベル〈Wonder Releaseの創設者、現在は元銀杏Boyzの我孫子真哉らと共に注目の新レーベル〈Kilikilivillaを運営するDJ/ライター/オーガナイザーの与田太郎も同席、対話に加わってくれた。


■沖野俊太郎 / SHUNTARO OKINO
  (ex. Venus Peter / aka. Indian Rope / Ocean)
1967年3月23日、東京生まれ。1988年、小山田圭吾とvelludoというバンドでインディーズ・デビューするも沖野本人のニューヨーク行きにより活動停止。1990年、ニューヨーク+ロンドンから帰国後、Venus Peterに加入。〈UKプロジェクト〉及び〈ポリスター(trattoria)〉よりアルバム3枚を発表。1994年のバンド解散後、ソロ・アルバムを2枚リリース。小泉今日子他、アーティストへの楽曲提供を行うかたわら、2000年にはソロ・ユニットであるIndian Rope名義にてEP3枚、アルバム2枚を発表。テレビアニメ『LAST EXILE』(2003年)や『GUN x SWORD』(2005年)のテーマ曲や挿入歌の作曲でも知られる。2005年には1年のみの期間限定でVenus Peterを再結成。2006年には13年振りのアルバム『Crystalized』をリリース、ツアーも行う。2008年、Venus Peterのギタリスト石田真人とのニュー・プロジェクトOCEANのミニ・アルバム発表後、ソロ活動を続けながら昨年2014年にはVenus Peterの8年振りとなる新作『Nowhere EP』をリリース。2015年、ソロとしては15年振りのフル・アルバム『〈F-A-R〉』が完成。同年秋、サブ・プロデューサーであるタカタタイスケ(PLECTRUM)を含むバンド、The F-A-Rsを率いてライブ活動を再開。ニュー・アルバム 『〈F-A-R〉』を11月11日にリリース。2016年、アルバム『〈F-A-R〉』を総勢12組のアーティストによって再解釈したリミックス・アルバム 〈Too Far [F-A-R Remixes〉を発表する。

復活、うーん。どちらかと言うと「整理した」というか。


SHUNTARO OKINO
Too Far [F-A-R Remixes]

Indian Summer

Rock

Tower Amazon


SHUNTARO OKINO
F-A-R

Indian Summer

Rock

Tower Amazon

ぼくは『Too Far』、すごく好きです。いいトラックがいっぱいあるし、なによりも沖野くんのパワーが、参加したリミキサーの人たちにしっかり届いてる。みんなが沖野くんのセンスに共鳴していて、「沖野くんのこういうところがカッコいいんだよ」って、いろんな角度からプレゼンテーションされてる気がしました。その結果、それぞれのトラックを通してリミキサー自身の資質も見えてくる。そういう意味で、愛のある理想的なリミックス・アルバムだなと。リミックスって、オリジナル曲のトラックの中から「俺はここが好き」という部分を拡張して、さらにカッコよくするというのがひとつの理想だと思うのですが、ぼくの個人的な好みで選ばせてもらうと、断トツに好きなのがシュガー・プラントのリミックス(“When Tomorrow Ends(speakeasy mix)”)。これは超クール! 7インチ・ヴァイナルで欲しいなと思いました。

沖野俊太郎(以下沖野):レーベルの社長もあれがいちばん好きなんですよ。

構造的にはシンプルだけど、トラックを構成してる要素の一個一個が素晴らしい。ダンサブルなベースライン、クールなエレピ、そしてドラム・ブレイク。その上で沖野くんのヴォーカルが際立つという。余計なものが一個もなくて、本当に理想的だなと。ダンス・トラックとしても、リスニング・トラックとしてもいけるし、これぞロックだという感じ。2016年にそういう新作を聴けることがどれほどうれしいことか。
いまや“ロック”という言葉や概念そのものが完全に形骸化して、とっくに終わっているようにみえるけど、ぼくは、ロックは死ぬ、しかし何度でも蘇ると思ってるんです。誰か一人でもロックに価値を見出せたら、ロックは生きてると。そういう意味では、沖野くんがロッカーとして、いまの日本に存在しているという事実が、すごくうれしい。この曲(“When Tomorrow Ends(speakeasy mix)”)聴いてると、気分が上がる。オープニングの三浦イズルくん(The Lakemusic)の“I’m Alright,Are You Okay?(lady elenoa mix) ”も最高にいい。この2つのトラックに挟まれた他のトラックも、みんなそれぞれの佳さがあって、とても楽しめました。
沖野くんは「感覚だけでいままで生きてきたし、音楽を言葉で説明するのが好きじゃない」と言う。その気持ちもわかる。だけどカルチャーって、作り手に対する受け手の「俺は、私はこう受け取った」という解釈があって、つまり双方向のコミュニケーションがあってこそ成り立つものじゃないかな。良質なジャーナリズムがロックのカルチャーに貢献することがぼくの理想で、そういう意味でライティングにも力を入れて世代間を繋ごうとしている、与田(太郎)さん(kilikilivilla)の最近の活動にもすごく共感しています。『Too Far』というこのリミックス・アルバムは、オリジナルの『FAR』が企画されたときから両方出そうと考えていたのですか?

沖野:いや、ぜんぜん考えてなくて。コーネリアスにリミックスを頼んだのも、正直、宣伝に使わせてもらおうというようなところもあった。

でも、単なる宣伝なわけないでしょう? 小山田くんとの対談を読んでグッときたしね。

沖野:(照笑)『F-A-R』のアウトテイクが数曲あるんですよ。それをEPで出そうか? みたいな話になったときに、誰かのリミックスも入れたいね、じゃあコーネリアスがいいね! ということになったんだけど、流れで他にもいろんな人に頼むことができて。だったらもうアルバムにしちゃえ! っていうふうに、なんとなく決まりました。

これは作ってくれて本当によかった。オリジナルとリミックスの両方があって初めて見えてくるものもあると思うし。リミキサーのセレクションは沖野くんが全部考えたの?

沖野:そうですね。この人がやったのを聴いてみたいという基準で頼みました。

それは曲ごとの指名?

沖野:いや、それぞれのアーティストに選んでもらいました。選ばれなかった曲はしょうがないから俺がやるという感じ(笑)。

I'm Alright,Are You Okay? (lady elenoa mix)

全体を通して聴いてみて、とてもおもしろかった。普段はリミックスとかあまりやっていない人もいて、自分の音楽ではなかなか出せない部分を出していたり、そういうところも興味深くて。それでは1曲目から順に訊いていきたいと思います。まずイズルくん(The Lakemusic)の“I'm Alright,Are You Okay? (lady elenoa mix) ”から。

沖野:イズルくんは「やらせて」と言われた(笑)。彼はそんなに自分の作品を作ってる感じでもなかったけど、映像制作の関係で付き合いはあって。仲はずっと良かったんだよね。

彼がこういうメンバーの中にいてくれないと寂しいというのもあるけど、一曲目だからね。いきなりヴォーカルとストリングスだけで始まって、そのまま最後まで引っ張る大胆なプロダクションに驚きました。

沖野彼は河口湖の地元でミュージカルのオーケストラの作曲とかもやってて、オーケストレーションを僕の作品に活かしてみたいから「自分にも参加させてくれない?」って。

アルバムのオープニングにふさわしいし、沖野くんの声を強調することで、マジックを生み出してると思った。あと、“I'm Alright, Are You Okay?”というタイトルの曲を選んだことにもメッセージを感じます。「ぼくは大丈夫、きみは大丈夫?」――それはイズルくんからのアンサーでもあると同時に、リスナーへのメッセージも含まれてる気がする。昨年リリースした『F-A-R』を聴いて、「沖野くん、久しぶりに復活したな」という印象を持った人も多かったと思いますが、そういう意気込みで新作を作ったのですか?

沖野:いやあ……復活、うーん。どちらかと言うと「整理した」というか。中途半端で終わっちゃったような曲がものすごくストックしてあって、とりあえず1枚出さないと次に進めないという状態が10年くらい続いちゃってて。そういうときの気分で選んだんですよね。

何かしらの基準はあったの?

沖野:うーん……どうだったけな(笑)。そのときアルバムにするなら、という感じで選んだかな。コンセプトはなかったんで。

「自分はこれをやるんだ!」という吹っ切れた感じがすごく伝わってきて、楽曲も粒が揃ってたし、沖野くんの最高傑作だと思いました。オリジナルの『F-A-R』の中で、ぼくがいちばん好きな曲は“Welcome To My World”なんです。これはまさに沖野くんの世界を構成している要素が、サウンドにもリリックにもいろいろ入っているなと。ウェルカム・トゥ・マイ・ワールド――それは、言ってみればアーティストの基本姿勢というか、それに尽きると思うんです。だから、もう一回自己紹介する、というニュアンスもあるのかな? 昔の友達やリスナーへの「久しぶり!」という挨拶、もちろん新しいファンに向けている部分もあったと思うし。

沖野:詞を書いたきっかけは、基本的にはもっと個人的なことなんですけどね。

たとえば何かエピソードはありますか?

沖野:いやあ……ぶっちゃけると、再婚して子どもができて。妊娠してお腹の大きい嫁を見て生命というか、そこからなにか感じたものを歌詞にしていった感じだったかと。時期的にはそうですね。

そうなんだ……これはぼくの勝手な解釈なんだけど、ある意味、引きこもりアンセムみたいだなって(笑)。それは肯定的な意味で言ってるんだけど。ぼく自身、引きこもり的な感覚をいまの自分の中に感じざるを得ないところもあるし(笑)、もはや引きこもりをポジティヴに捉えられないと、現代をサヴァイヴできないという認識もある。

沖野:2012年くらいから曲は書いてあったから、その頃は引きこもってるつもりはないですけど、潜ってましたからね。間違ってないです(笑)。

ぼくの解釈を押し付けるつもりはないので、念の為(笑)。この心地よい浮遊感を音楽に還元できるというのは、沖野くんの素敵な才能だと思っていて。自分の世界の中で自由に遊び、感覚を解き放つのは素晴らしいこと。

沖野:でもいろいろとやる気を出してきた頃ですよ。

「あぁ こころはもう雲の上まで/上昇したまま/宇宙まであと少し」って歌ってるしね。このリリックが好きなんです。「光を纏い/命の深い闇の中/泳ぐ幸せ/君に似合うよ/Welcome to my world」。こういう詞を書けるようになったんだな、と思って。この曲は大好き。トリッピーな曲が多いのは相変わらずだけど、本人はそんなにドラッギーな感じではないなと。

沖野:もう、だって……更生したというか。

(笑)。もうひとつ訊きたかったのは、『F-A-R』のラスト・ナンバーで最後に赤ちゃんとの会話が入ってる“Mood Two”というインストのリミックスが『Too Far』には入ってないけど、あれは誰にも渡さずにおこうという感じだったの?

沖野:べつに誰にも選ばれなかったという……。

これは手をつけちゃいけないとみんな思ったんじゃないかな。沖野くんがまたどういうふうに作るのかなあ、と思ってリミックスを聴いたら、あれだけは入ってなかったから、やっぱり手を付けなかったんだと思って、それはそれで感動しました。では、とくに意味はなかった?

沖野:意味はないですね。

「オーケストラのみ×歌」って、やりたいと思いつつ自分でやったことなかった。それをやってくれたのでうれしかったですね。

了解(笑)。ではあらためて、イズルくんのリミックスをもらったとき、どういう感想を持ちましたか?

沖野:すごいグッと来ましたねえ。昔からちょっと“エリナ・リグビー”とかを意識してて。

なるほど! ふたりともビートルズ大好きだもんね。

沖野:「オーケストラのみ×歌」って、やりたいと思いつつ自分でやったことなかった。それをやってくれたのでうれしかったですね。メロディがこういうふうに響くんだなあって、自分でも思った。正直、期待してなかったんですよ(笑)。

(一同笑)

沖野:最近は彼、あんまり真面目に音楽やってる感じじゃなかったから。「良かったら使うよ」みたいな依頼で(笑)。そういうところは気さくに話せる。

イズルくんは映像制作の仕事が多いけど、〈fantasy records〉という自らのレーベルを立ち上げて、音楽活動もマイペースで続けてるよね。

沖野:そしたらすごい良かったなあ。嬉しかった。

これは1曲目に置きたいなと思った?

沖野:それは、その時には思わなかった。曲順は本当に悩んで。曲順を決めるために聴き飽きちゃったくらい。

誰かに相談して、という感じじゃなくて、やっぱり自分で決めたかった?

沖野:いや、相談もしました。リミキサーを決めるにあたって、一応自分の中で、90年代からいまもリミックスなりトラックなりを作ってる人、現役でやってる人がいいというこだわりがあったんで。初めは頼みたいと思っていても、最近やってない人には、結局頼まなかった。だから複雑な気持ちの人もいると思う。

The Love Sick(Akio Yamamoto mix)

2曲目の“The Love Sick(Akio Yamamoto mix)”は、オリジナル・ヴァージョンもヴィーナス・ペーターを想わせるファンキーなロックで大好きだけど、アキヲくんにはどういう頼み方をしたの?

沖野:アキヲくんは『FAR』のマスタリングもやってもらってるし、彼のトラック・メイキングの仕事をずっと知ってて。アキヲくんとイズルくんって元Secret Goldfishだし、いまだに仲良くて。で、ちょうど電話がかかってきて「あ、アキヲくんがいたよ!」と思って、本当にそんな感じで決まりました。いろいろ彼の作品を聴いたりして、音に対する鋭さというか、感性がすごいから、どういうトラック作るんだろうと思って。

沖野くんの志向性として、浮遊感だけじゃなくてエッジーな尖った部分というのもあって、そういう表現を別名義のOceanとかIndian Ropeでやってるし、きっとそういうものが欲しかったんだろうな、って。

沖野:とにかく徹底的に自分の音楽を追求している人だよね。

アキヲくんは本誌の古くからの読者にはお馴染みのHOODRUM(田中フミヤとのユニット)とか、『Too Far』に“The Light(I’m the 2016 light years home mix)”を提供してる高山純(Speedometer)さんと組んだAUTORAとか、他にもAkio Milan Paak、Tanzmuzikなど複数の名義を使い分けて多彩な活動を続けてるアーティスト。曽我部(恵一)くんのベスト・アルバム『spring collection』のマスタリングも彼が手がけてて驚きました。「The Love Sick」のリミックスはテクノ寄りのマッドチェスターという感じで、沖野くんにぴったりハマってる。3曲目の「The Light (bluewater mix)」のbluewater(Hideki Uchida)さんは、ぼくは不勉強で知らなかったけど、すごくカッコいいトラックを作る人だなと。

Shuntaro Okino&The F-A-R’sによるライヴの模様。曲は“The Light”

沖野:彼は与田さんが出たりしてる〈SUNSET〉っていうイヴェントでレギュラーDJをやっていて、立候補してくれたんです。リミックス・アルバムを出す話が出る前だね。彼はストーン・ローゼスの“エレファント・ストーン ”かなんかのマッシュアップをやってたんだよね。それがすごい良くて。

“The Light”のオリジナルって、マッドチェスターのフィーリングがあるサイケデリック・ロックでしょう? リミックスは4つ打ちなんだけど、「オレは光」っていう歌詞のキー・フレーズに着目して、言葉のパワーをさらに増幅するような解釈が新鮮で、こう来るか!と。

沖野:彼もマッドチェスターとか全部通ってて。

このリミックスを聴いた感想は?

沖野:この曲はアシッド・ハウスっぽくて、すごく気に入りましたね。あれなんだろう、アシッド・ハウスっぽいよねえ。

与田:しかもフロアで聴いたときにすごくダンサブルだった。実際にクラブで掛けたんですけど。踊るオーディエンスの気持ちがよくわかってる。

Summer Rain(Shunter Okino mix)

4曲目の“Summer Rain(Shunter Okino mix)”、これを自分でやったというのは何かあるの?

沖野:意味はないです(笑)。これは余ってたので、自分でやりましたね。

これもサイケデリックなヴィーナス・ペーター以来の王道というか、このラインは沖野くんの専売特許で、いつやってもいい十八番。それを自分でリミックスしようとなると、どういうふうにやろうと思ったの?

沖野:もう何も考えないでやりましたね。

同じ曲でもいろんなヴァージョンがあったりするのかな?

沖野:最近ハードディスクを整理して出てきたんだけど、この曲はあと2つくらいヴァージョンがありましたね。そっちを出してもおもしろかったなあ。

Welcome To My World(YODA TARO welcome home remix)

そして5曲目は与田さんの“Welcome To My World(YODA TARO welcome home remix)”、これは素敵です。愛を感じますね。

与田:『F-A-R』の中でいちばん好きな曲なので選びました。

沖野:与田さんは俺のことを本当にわかってるんで。与田さんが好きな世界もわかってるし、ああ与田さんだ、みたいな(笑)。

「ウェルカム・ホーム・リミックス」っていうネーミングもいいなあ。

沖野:ちょうど欲しかったタッチの曲になってくれた。

やっぱり2人とも音に対して繊細なところがあるので、とても丁寧に音を構築しているところが好きですね。ネオアコ的な清涼感もあって、すごくいいアクセントになってる。

与田:僕はミュージシャンじゃないんで、むしろ元ネタありきで、この沖野くんの声にこの曲のビートとこの世界観を合わせてみたらどうなるんだろう、というやり方なんです。サンプリングで作っているような感覚なんですけど。この曲はインディ・ダンスにしたかった。テンポ遅めのインディ・ダンスにしようと。

自分のパーティーで掛けたい曲?

与田:そうですね。

Swayed(Linn Mori Remix)

これとその次の“Swayed(Linn Mori Remix)”が隣り合わせているのは、必然性があるというか、よく馴染んでいていいなあと思いました。リン・モリさんはどういう方ですか?

沖野:リン・モリくんはサウンドクラウドで適当にたどっていたら、ぶち当たって。彼の作ってるトラックが全部良くて。まだ25才かな。自分でいろいろ調べましたね。ずっと印象に残ってたんですよ。それで今回リミックス・アルバムをつくろうということになったとき、直接お願いしました。

オリジナルは初期のデヴィッド・ボウイを想わせるアコースティックなバラードだけど、上がってきたリミックスは、ほぼピアノとシンセのインストゥルメンタル。

沖野:全部再構築してくれて。でも基本的にはこういう感じのアルバムを考えてたんですよね。アキヲくんとかもトラックメイカーだから、歌とか使わないでもっと切り刻んでものすごい尖ったものを作ってくるかと思ったんですけど、ちゃんと歌ものにしてきたので意外でしたね。俺のことを知ってると、どこかでやっぱり歌を使いたいと思うのかも。

そう思うし、尊重しようという気持ちがあるのかも。

沖野:たぶん尊重してくれる部分もあると思うんですよ。リンくんは原曲を活かすというよりは、俺のことを知らない分、自分でぜんぜん違う世界を作ってきたという感じだよね。リンくんとは世代も違うし、思い切りがいいし。それがすごいよかった。

原曲はデリケートなラヴ・ソングだし、いっそのこと詞はなしで、みたいな方向なのかな(笑)。これも好きですね。

The Light (Indian Rope Remix)

次の7曲目、“The Light”のIndian Rope名義でのリミックスは、ヘヴィかつドープなサイケでじわじわ上がっていく感じがよくて。煙っぽいサックス・ソロも効いてるし、最後は残像をのこしてドローンと消えていくところも洒落てますね。沖野くんの持ってるコアな部分が出てると思うんだけど。

沖野:これはIndian Ropeを意識しました。Indian Ropeだったらどういうふうにやるのか思い出しながら、最近やってなかったようなベタなIndian Ropeをやった感じですね。

Indian Rope名義では久しぶり?

沖野:15年ぶりくらいかな。

〈トラットリア〉以降はこの名義は使ってなかったの?

沖野:使ってないですね。

Indian Ropeだったらどういうふうにやるのか思い出しながら、最近やってなかったようなベタなIndian Ropeをやった感じですね。

インディアン・ロープを始めたときってどういう感じだった? ソロといっても、もっとトラック・メイキングに特化してやりたかったのかな。

沖野:そうですね。当時はいまと違ってまだパワーマックとかの時代だったんですけど、いちおう自分ひとりでできるという時代になってはきていて。昔からデモは作りこんでいたんですけど、他人に頼んでボツにしちゃったりしてたんで……やっぱ全部自分でやろうと思って。

そう、沖野くんの曲はデモの時点でほとんど完成しちゃう。

沖野:凝ってましたよね。

ヴィーナス・ペーターの初期の名曲“Painted Ocean”もデモの段階でほぼできていた?

沖野:そうですね。そんなに変わってないですね。

ぼくは本当にシンプルに、あの曲が好きなんですよ。あれ一発で惚れた。しかもいちばんいいと思えるような曲を惜しげもなく『BLOW-UP』(※〈Crue-L Records〉のファースト・リリースとなった91年発売のコンピレーション・アルバム。参加アーティストはブリッジ、カヒミ・カリィ&ザ・クルーエル・グランド・オーケストラ、マーブル・ハンモック、フェイヴァリット・マリン、ルーフ、ヴィーナス・ペーターの6組)に入れたところがカッコいいと思った。自分たちのファースト(『Love Marine』)に取っておかない気前の良さに(笑)。

Moon River(Salon Music Remix)

次の8曲目、Salon Musicの“Moon River(Salon Music Remix)”は絵画的というか、音で絵を描いてる感じが素敵だなと。沖野くんの中に意識せずしてあるものが形になって提示されていると思うんだけど。音でこういうことができるのが、音楽の素敵なところだと思います。

沖野:あと2人でやってくれてるというのがすごく大きいですね。仁見さん(竹中仁見)の声とかファズ・ギターが入っていたり、うれしさがありますよね。サロンを選んで、自分ながらこれはよく思いついたなあと(笑)。

サロン・ミュージックは〈トラットリア〉のレーベル・メイトだし、吉田仁さんはヴィナペの2014年作『Nowhere EP』もプロデュースしてるし、ずっと近くでやってたじゃないですか(笑)。

沖野:近くにいるんですけど、意外とあんまりリミックスは聴かないですよね。

たしかに、リミックスはそんなにやってないかもしれない。

沖野:ライヴにもしょっちゅう来てくれてるんですけど、あんまりつながらなかったですね。

あの人のセンスを100パーセント信用できるというか。俺はYMOやはっぴいえんどをぜんぜん通ってないんで。

でも沖野くんって、雰囲気がちょっと仁(吉田仁)さんと似ているところもあるし、シンパシーみたいなものがあったんじゃない? あとサロン・ミュージックは英語詞だけでやる先駆者でしょう? 今回の『F-A-R』は日本語詞がメインのアルバムだから、直接そこは関係ないけど、ヴィーナス・ペーターが登場したときとか、その前にフリッパーズ・ギターがデビューしたときとか、仁さんとの出会いはとても大きかったと思うんだけど。

沖野:そうですね。唯一付き合いのある先輩なんで(笑)。あんまりねえ、ミュージシャンとの付き合いがダメなんですよ。苦手なんで。仁さんだけはライヴにも来てくれて、話が合うんですよねえ。

それは音楽性が共通しているというだけではなくて?

沖野:あの人のセンスを100パーセント信用できるというか。俺はYMOやはっぴいえんどをぜんぜん通ってないんで。

YMOを通ってないというのは、世代を考えると意外なところはあるよね。小山田くんだって、別にリアルタイムでは通ってないと言ってたけど。いまはほぼバンド・メンバーだけどね(笑)。

沖野:もちろんあの時代の人たちを尊敬はしてますけど、影響されてないというか。サロンは、昔からやってることが本当かっこよくて。そういう意味ではいちばんセンスを信用している先輩が、あのおふたりですね。

洋楽志向というより、最初から洋楽だった先輩という感じだよね。ぼくだって80年代初頭に“Hunting on Paris”の12インチを聴いて、「完璧に洋楽だよ!」ってびっくりした。YMOはそれぞれ一角のキャリアのある人たちが組んだスーパー・グループだけど、サロンは突然現れてロンドンから逆輸入という感じだったから。

この夜にさよなら(Cornelius Remix)

インディアン・ロープ~サロン・ミュージック~コーネリアスという並びは、個人的には「トラットリア・ストライクス・バック!」という感じで盛り上がりますね。“この夜にさよなら(Cornelius Remix)”は、意外といえば意外だった。沖野くんのオリジナルは『F-A-R』のリード・トラック的な曲だし、この爽やかな感じはこれまでなかったから、パッと聴いていいなと素直に思ったけど、小山田くんの解釈がいわゆるコーネリアス調じゃないのがおもしろかった。小山田くんのリミックスって、たいていの場合は原曲のタッチをほとんど残さずコーネリアス調に作り変える作業だけど、これはそうじゃないと思って。非常にレアなケースじゃないかな。

沖野:この曲は、聴いているうちにあー、やっぱコーネリアスだなあ、って思うようになりましたね。

うん、まさしくそういう感じ。だから、いつもの感じでやらなかった、ということ自体にスペシャル・トリビュート感があるなと。音数は少なくて、隙間を活かしたすごくシンプルなアプローチというところは小山田くんらしいけど。

沖野:コード感とかが小山田くんの中にあるものと合ってて、たぶんこれだという直観で選んだ部分があると思う。彼も忙しいし、これがいちばん料理しやすいと思った、って気がするけどね。

さらっと仕上げているようで、飽きずに長く聴ける感じ。沖野くんに対するリスペクトを感じますね。原曲の歌詞は、最初に聴いたとき、亡くなった人へのレクイエムのように聴こえたんだけど、そういうことってあったりしますか?

沖野:うーん、そこははっきりと明言するのは避けたいです。ただ実は自分史上、最高に悲しい曲ではありますね。

切ない曲だよね。友達なのか家族なのかわからないけど、いまはこの世にいない大切な人に捧げた特別な曲、という気がしました。

沖野:うーん、やっぱりそこもノーコメントで。ただこの一行は彼、とかこのくだりは彼女、とかそういうのはあります。基本的には大きい括りなんですけど。

沖野:(いま世の中で聞こえてくるものが)みんな「悲しいことを乗り越えよう」っていう歌ばかりだったんで。そうではなくて、俺は本当の痛みや悲しみってのは大切に墓場までいっしょに持っていくもんなんだ、という考え方だから。そういう意味で書いたんだよね。

すごく秘められたドラマを感じる曲だったので……。

沖野:そこに気付いてもらえたのはすごくうれしいです。単に爽やかな曲というふうに言う人も多いんですよ。

でも、爽やかな曲調でこの詞だから、よけいにグッとくるところがあって。さっきいちばん好きな曲は“Welcome To My World”と言いましたが、リリックは“この夜にさよなら”がいちばん印象的でした。沖野くんの個人的な世界というよりは、誰かにこの思いを伝えたいという気持ちが溢れている感じがしました。

沖野:そういうことは思ってるんですよね。

「この夜にさよなら」というリフレインも、「その後はあてもない/だけどこの夜にさよなら」という最初のヴァースからしてハッとさせられるというか、この曲は違うぞ、とまず最初に思って。でもその後に「その胸の暗やみ/この胸の苦しみ/いつまでも一緒さ/だからこの夜にさよなら」と続いて、いろんな人と出会う中で傷ついたこととか、つらい思い出みたいなものを、捨て去るのではなくて、それを持ったままいっしょにさよならする、というところにものすごくグッと来る。

沖野:(いま世の中で聞こえてくるものが)みんな「悲しいことを乗り越えよう」っていう歌ばかりだったんで。そうではなくて、俺は本当の痛みや悲しみってのは大切に墓場までいっしょに持っていくもんなんだ、という考え方だから。そういう意味で書いたんだよね。

それは強い決意だなあ。実際、痛みも傷も闇も、なかなか消えないじゃない? 本音を言えば、そんな簡単に消えるわけないだろ、という。ちょっとの間は忘れていられても、不意にフラッシュバックしちゃう。ぼくもそこは一緒で、だけどそれをこういうふうにさらっと歌えるというのが、いまの沖野くんの大きな成長だと思う。

沖野:少ない言葉でそれを表現したかったというか。

この曲のリリックは最高。すごい名曲だと思う。最後のヴァースがまたグッと来るんだよな。「悪い夢で構わない/いつか/夜の彼方で彷徨う君を見つけよう/また会おう」。「さよなら」と言ってるんだけど、最後に「また会おう」と言って終わるというのが……ニクいね(笑)。日本語詞でこれだけのものを書けるんだから素晴らしい。それを小山田くんが選んでるというのがまた……。

沖野:その話はしてないですけど、そこはうれしかったですね。

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Dream Of You(Akito Bros. remix)

次の10曲目、Akito Bros(アキト・ブラザーズ)の“Dream Of You(Akito Bros. remix)”。メロディメーカーとしての沖野くん史上屈指の名曲にさらに磨きをかけた感じ。繊細な音作りが素晴らしくて、これもすごく好き。片寄(明人)くんに頼もうと思ったのは?

沖野:いま、沖野俊太郎 & The F-A-Rsでギターを弾いてくれてるタカタタイスケくんのバンド、プレクトラムがGREAT3と対バンしたのを観に行ったのがきっかけ。GREAT3ってじつはちゃんと観たことなくて、音源もほとんど聴いてなかった。たぶんGREAT3が活躍している頃(90年代後半)は、わりとテクノとかばっかり聴いてたから。でも、そのライヴがすごい良くて。

ぼくは、GREAT3がいまいちばんカッコいいロック・バンドだとマジで思ってるよ。片寄くんのことは昔から知ってるし、デビューのときからGREAT3は大好きだったんだけど、どの時代のGREAT3よりもいまがいちばんいいと思えるくらいカッコいい。

沖野:じゃあちょうどいいときに見たんだ(笑)。ずっと3人でやってるんですか?

オリジナル・ベーシストの(高桑)圭くんは脱退したけど、若い新メンバーのjanくんが加入して、オリジナル・ドラマーのケンちゃん(白根賢一)は変わらずに3人でやってる。ライヴはギターとキーボードにサポートが入るときと、サポートなしでトリオ編成でやるときがあって、いろいろだね。

GREAT3のライヴがすごい良くて。

沖野:片寄くんがリミックスやってるの聴いたことないな。あれだけすごい知識を持ってるし、プロデューサーもやってるのに。でも、わりとそういう発想があったんですよ。この人がリミックスやったらどうなるんだろうという。

それはヒットだね。じゃあ、これまで交流はそんなになかった?

沖野:ぜんぜんなかった。それからライヴとか呼んでくれて。

そうなんだ。片寄くんもめちゃめちゃサイケな人だし。いまは菜食主義者だけど(笑)。沖野くんとの相性は絶対いいはずだと思ったけど、案の定、片寄くんらしいメロディアスな風味のリミックスで、仕上がりもバッチリだった。

沖野:今回やってくれた人たちの中ではいちばん、元の素材をそのまま使って組み立てなおしたという感じですよ。他の人は歌だけ使うという感じなんだけど、片寄くんと5ive(COS/MES)くんは唯一、俺のトラックを全部使ってくれましたね。彼らはリミックスするというよりも……。

リ・コンストラクションした感じ?

沖野:そうそう。

元の曲のトリップ・ソングらしさを活かしつつ、メロディの良さをさらに際立たせようという意図は十分伝わってきたよ。

The Light(I'm the 2016 light years home mix)

次の11曲目、Speedometer(スピードメーター)の“The Light(I'm the 2016 light years home mix)”。リミックスのタイトルはモロにローリング・ストーンズ「2000光年のかなたに」(2000 Light Years From Home)から採ってるなと。高山純さん(Jun Takayama a.k.a Speedometer)はイルリメともSPDILLというユニットをやってるし、SLOMOSという名義でソロ音源を発表したり、多彩な人ですね。

沖野:俺、高山さんのことがいちばん知らなくて。アキヲくんが彼とバンド(AUTORA)をやってて、レーベルの社長がSpeedometerの大ファンというのもあって、アキヲくんに紹介していただけないか、という感じになったんだけど。Speedometerの音源も聴いたけどすごいカッコよくて。高山さんは絶対に歌を使わないだろうと思ってたら使ってて、アンドリュー・ウェザオールみたいな印象で、すごく良かったですね。どこかしらにあの頃の匂いを入れてくれてるというのがね。

これも原曲はマッドチェスターっぽいサイケデリック・ロックだし、たとえばストーンズでも、時代が移るごとに惹かれる部分が変わるじゃない? マッドチェスター華やかなりし90年代初頭は、やっぱり『サタニック・マジェスティーズ』とか『ベガーズ・バンケット』に目が行く時代だったと思うんだけど。トリッピーな世界観みたいなものを沖野くんと共有してるのかな?

沖野:ああ、そういうことはぜんぜんお話してないんですよ(笑)。高山さんは大阪在住なので。いろいろ聞きたいんですけどね。大阪に行ったときにはぜひお会いしたいですね。

We Are Stories(The F-A-Rs Remix)

次は12曲目、“We Are Stories(The F-A-Rs Remix)”のリミックスは、バンド・サウンドからそんなに大きく変えたりしてない?

沖野:この曲は、ライヴではバンドでアレンジしてやっていて、それをリミックス的に録ってみようかと言って録ったのが、あまりに普通だったので、思いきり編集したという感じですね。ぜんぜん違う感じに。バンドっぽく聴こえるんですけど。

元はわりとデジタル・ロックな感じだよね?

沖野:そうですね。

これは自分でも気に入っている?

沖野:そうですね。まあこういうのもおもしろいというか、自分らしいとは思ってますけど。

「自分たちの物語は自分次第で変わっていくんだ」という歌詞の一節にもあるように、“We Are Stories”というタイトルにもポジティヴなメッセージが込められてる。トリッピーだけど、全体的にポジティヴな感じもこのアルバムの特徴かな。引きこもりアンセムも入ってるけど(笑)、基本的には開けてるよね。

沖野:新しく歌詞を書いた曲に関しては、だんだん明るくなってる(笑)。

声はパワー(Koji Nakamura Remix)

そういうストーリーもあるんですね(笑)。そして13曲目、ナカコーくん(Koji Nakamura)が手がけた“声はパワー”のリミックスは、ほとんどピアノの残響音だけで歌声と歌詞を聴かせる思いきったアプローチで、意表をつかれたけど、すごくいいなと思いました。

沖野:そうですね。これはナカコーくんらしいというか。まさかピアノ・メインで来るとは思わなかったんですけど。もっとエレクトロな感じかと思ったら、現代音楽じゃないけど、かなりそういう要素があったので、衝撃でしたね。まずこの曲選ぶ人がいなかったんですよ。逆にいちばん難しいじゃないですか。ナカコーくんがこれを選んでくれたのがすごくうれしくて。それでこういうアプローチだったんで、びっくりしたけど素晴らしいと思いましたね。

原曲は女性コーラスがフィーチュアされてて、ナカコーくんはそれも活かしてデュエット・ソングに変えてる。そこもおもしろいなと思ったけど、「声はパワー」と言ってるのに──ヴィーナス・ペーターの初期曲“Doo Be Free”では、プライマル・スクリームが“ドント・ファイト・イット、フィール・イット”でデニス・ジョンソンのソウルフルなヴォーカルをフィーチュアするような発想で、真城(めぐみ)さんをフィーチュアしたと思うんだけど――今回はいわゆるパワフルなヴォーカルじゃなくて、ガーリーな感じの女性ヴォーカリストを起用してるのが意外だった。

沖野:歌ってるのはadvantage Lucy(アドバンテージ・ルーシー)のヴォーカルのアイコちゃんなんだけど、彼女はすごく強いものを内に秘めていて。かわいらしい女性っていうイメージが強いんだけどね、ルーシーの曲とか聴いてると……。

ごめん、決して彼女のヴォーカルが弱いと言ってるわけじゃないんだ。ただちょっと意外な組み合わせだなと思って。

沖野:うん、意外なのはわかります。そういえば彼女を推薦してくれたのもタカタタイスケくんなんです。俺も直感でこの曲はアイコちゃんだなって思ったんですよね。なにか感じるものがあった。

こういうアプローチだったんで、びっくりしたけど素晴らしいと思いましたね。

原曲のイントロでヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「サンデー・モーニング」みたいなグロッケンが鳴ってるし、元々チャーミングな曲でしょう? サックス・ソロとかピアノ・リフが効果的に散りばめられてて、曲調もゆるやかに飛翔していく感覚があって、『F-A-R』の中でもいちばんカラフルな印象がある。そういうアレンジを全部取り払って、沖野くんとアイコさんの声とピアノだけで世界全体を作りかえた。このトラックも『Too Far』の白眉だと思います。

沖野:俺とアイコちゃんのヴォーカルの混ぜ方が上手いなと思って。SUPERCAR(スーパーカー)も男女ツイン・ヴォーカルだったから、そこもどこかで勉強してたんじゃないかと思うんですよね。ナカコーくんにそういうコントラストの感覚があったのかなとは思いましたね。

たしかに、沖野くんとアイコさんの組み合わせには、SUPERCARみたいなチャームを感じます。ナカコーくんに頼もうというのは、どういうところから来た発想?

沖野:やっぱり独自の作品を追及してるからですかね。そんなに近くはないんですけど、スーパーカーも好きだったし。

スーパーカー以降の、自分の世界をストイックに追求する感じも共通している気がします。

沖野:彼は昔からIndian Ropeを好きだと言ってくれてて、それも覚えてたので、やってくれるかなあと思ってお願いしました(笑)。ツイッターでヴィーナス・ペーターのこと書いたりしてくれてたんで、頼みやすかったです。

世代的にはちょっと下くらいだけど、やっぱり通ってたんだね、フリッパーズ・ギターやヴィーナス・ペーターを中高生のときに聴いて……。

沖野:(日本のバンドでは)唯一、聴いてたみたいで。

ジャンルを超えて、いろんな名義を使い分けながら活動してるところも沖野くんと似てるよね。

When Tomorrow Ends (speakeasy mix)

そして最後にSugar Plantの“When Tomorrow Ends (speakeasy mix)”。これは選曲もハマってるよね。

沖野:これはね、この曲でお願いしたんですよ。

これをSugar Plantで聴いてみたかったの?

沖野:じつはこれしかなかったというのがきっかけなんだけど。この曲は、はじめぜんぜん合わないと思っていて。あんまり想像できないじゃない? それをあえて頼んでみたんですよね。

このアレンジはショウヤマさん(ショウヤマチナツ)とオガワさん(オガワシンイチ)がふたりで……?

沖野:いや、これはオガワくんひとりでやったみたいです。

壮太くん(高木壮太)とかは参加してない?

与田:壮太くんは参加してない。

めちゃくちゃカッコよくてびっくりした。オルガンは入ってないけど、ドアーズみたいにヒップな、ヒリヒリくる感じがすごくあって、これは本当にすごいよ。

沖野:彼らの話を聞くと、元のヴォーカルだけ抜いて、ヴォーカルに導かれて……ドアーズとか共通して好きなんだよ。はじめはスピリチュアライズドの線を狙ってたらしいんだけど、でも結局ドアーズになったらしいですね。

ドアーズとか共通して好きなんだよ。はじめはスピリチュアライズドの線を狙ってたらしいんだけど、でも結局ドアーズになったらしいですね。

やっぱりそうなんだ。このトラックは最近の新譜と比べても飛び抜けてカッコいいと思った。こういうマジックが起きるからリミックス・アルバムって作っておくもんだね、というくらいカッコいい。

沖野:本当に何回鳥肌が立ったか……『Too Far』は、自分がいちばん元の曲のことを知ってるんで、「ええっ! こうなるんだ!?」という変わりようがおもしろかったですね。

自分がいちばん楽しい?

沖野:気楽だしね(笑)。

今回はリスナーとして純粋に楽しんじゃいましたね。

オリジナル・アルバムとリミックス・アルバムの両方が揃ってみて、何かあらためて自分で発見したことはありますか? もしくは再確認したこととか。

沖野:何かあったかなあ(笑)。今回はリスナーとして純粋に楽しんじゃいましたね。いまは次のことやりたくてしょうがない。

「次はこういうことをやりたい」という具体的なアイデアはある?

沖野:それもまだ見つかってないんですよね。

モヤモヤと自分の中で渦巻いてる感じ?

沖野:渦巻いてはいるんですけど、いまはよくわからないですね……。

それを手探りしていく作業なのかな? でも、みんな次の仕事にとりかかる前はそんな感じかもしれないね。与田さんは今回の2枚のアルバム聴いてどんな感想を持ちました?

与田:今回はまず『FAR』の方で、いままでの沖野くんと明らかに違うということに驚きましたね。『F-A-R』の宣伝を手伝いつつ、僕も沖野くんにインタヴューしながら、その理由がわかってきた。The F-A-Rsと一緒にやったバンド編成のライヴを3、4回観て、僕はヴィーナス・ペーター以外のバンド形態をあまり見たことがなかったのですが、それがすごくよかったんです。で、バンドと沖野くんにだんだん焦点が合ってきて、定期的な活動ができるようになったのがいいなあと思って。あとは、『Too Far』に参加したリミキサーのラインナップは、僕もほとんどが知り合いみたいな感じなので、同世代感はありますね。みんな90年代を通して活動してた人が多いじゃないですか。しかも90年代って、ダンス・カルチャーがロックにものすごく侵食していった時代でもあるので、それをリアルタイムで体験してる人たちの作品が集まってくると、不思議なもので共通の感覚があるなあと思いましたね。

なるほど、まさにそういう人たちが集まった感がありますね。

与田:そうですね。ダンスフロアとロックがクロスしたのをリアルタイムで体験して、実際に踊っちゃってた方なんで。いまは逆にそういうリアリティを伝えづらいのかなあ。だからこういうタイミングでこういうアルバムが出てくると、自分としては、世代感覚的にもすごくうれしいですよね。とにかく楽しかったので。

あらためて(いまの日本の音楽シーンにおける)自分の立ち位置の違和感みたいなものに気づいて、今後どうしようかな……とも思う。アルバムを出したことで状況がよくなったわけでもないし、でもべつに悔しがったりしているわけでもなくて。いろいろ考えてる。

沖野:でもね、2枚続けてアルバムを出して、改めて(いまの日本の音楽シーンにおける)自分の立ち位置の違和感みたいなものに気づいて、今後どうしようかな……とも思う。いまの日本の若者の中で流行っているものとかぜんぜん好きじゃないし。アルバムを出したことで状況がよくなったわけでもないし、でもべつに悔しがったりしているわけでもなくて。いろいろ考えてる。結局、やるしかないんだけど(笑)。いまはSNSとかあるから、何が流行っているかわかっちゃうじゃないですか。本当の現場はどうかわかんないけど、でも俺はそういうところとはズレてる、というのを認めざるを得ないかなあ。もちろん後ろ向きではなくて。もっとどうやって(自分の音楽や状況を)良くしていくかということを考えつつ、でも生活に追われてることもあるし、難しいというのはひしひしと感じてますね。

日本のメジャー・シーンだろうとインディ・シーンだろうと、そこに対する違和感のみが、沖野くんにはあったと思うんですよ。ヴィーナス・ペーターだって、いまでも早すぎる解散だったと思うけど、沖野くんが自棄になった理由というのは、「これで変わらなかったら、何をやったらいいの」という歯がゆさだったんじゃない?

沖野:ありましたね。どうしたらいいんだろう、というのがいまだに続いているけど。

最近の若いバンドとか聴く機会もあるでしょう?

沖野:一応聴かなきゃという感じで聴いてますけど。

〈kilikilivilla〉のサイトで沖野くんとCAR10(カーテン)の川田晋也くんの対談を読んで、すごくおもしろかった。川田くんは91年生まれで、〈kilikilivilla〉の先輩たちを通じてヴィーナス・ペーターの存在を知って、まさにその年にリリースされた『LOVE MARINE』をブックオフで発見するんですよね。

与田:僕から見ると、CAR10とか、いま地方で活動してる若い子たちが洋楽ロックが好きでやってる感じが、90年代前半に僕らがやってた感じと似通ってるなと思ったんですよ。だからヴィーナス・ペーターとか聴かせると、みんなものすごく反応してくれて。

それは現行のJポップへの違和感から?

与田:完全にそうだと思いますね。

沖野:普通だったら違和感を抱かないわけないよね。「なんでこんなに分かれてるの? なんかおかしくない?」という感じ。

与田:中間がないですよね。

沖野:ここまで離れちゃうと埋めようがないくらい(笑)。

やっぱりバンドが好きですねえ。

与田:でも、90年代もそうだったんじゃないですかね。もちろんRC(・サクセション)とかブルーハーツとかいましたけど、イカ天とかホコ天あたりのイヤーな感じのバンドがわんさか出てきて。だからフリッパーズのファーストは、音楽好きにとって衝撃だったんじゃないかなあ。その感じと、いまの20代前半のバンドの、自分の好きな音を見つけてきてそれをやってる感じは、よく似てると思いましたね。ただ、いまの子たちはみんなしっかりしてるんですよ。僕らは自分たちの思いだけで突っ込んじゃって、後先考えずに突っ走った部分はあるんですけど、いまの若者はみんなきっちり仕事持ちながらやってますよね。いいことだと思いますけどね。

いまはロック・ドリームを抱きようがないというか、それはロックに限らないと思うけど、自分たちの将来に巨きな夢を持ちにくいんじゃないかな。

与田:夢、見ないですよねえ。まだ〈kilikilivilla〉の若者たちは自分の世界を作ろうとしますけど。一般的には夢とか見れない、って言われるとしょうがないですけどね……。

もちろん地に足がついてるのはいいことだけど、バンドに巨きな夢を持ちにくいというのは世知辛いよね。いつの時代の若者にとってもドリーミーなカルチャーのはずなのに。でも、理想と現実の相克というテーマは永遠のものだから、きっとまたすごいバンドが現れると信じてるけど。
そういえば、沖野くんって曲作りは自己完結してるのに、つねにバンドがあったほうがいいというジレンマがある気がして。バンドのフロントに立って歌ってる姿がいちばんサマになるし、仮に曲作りは自分ひとりで完結できるとしても、パフォーマーとしてソロでやるという感じではないよね。弾き語りの人じゃない。

沖野:ダメということはないけど、やっぱりバンドが好きですねえ。

つまりポップス・シンガーじゃないということ。沖野くんはあくまでロッカーなんだよね。そういう意味では、ボビー・ギレスピーみたいな人って日本にいない。たとえばスカイ・フェレイラとデュエットしたら、日本だとどうしても芸能界っぽい世界になりがちじゃない。ボビーは、あくまでロック・アイコンとしてポップ・アイコンと絡んでる感じがカッコいいよね。沖野くんはそういう冒険もできる人だと思うから、ロック道を突き進んでもらいたいですね。

沖野:そうですね、がんばります。

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