「ADS」と一致するもの

DRUNKEN STEIN (Some Song Teachers @ OATH) - ele-king

合法ダンス元年を迎えるにあたり抑えておきたい10のダンス 2014/11/25

丘ダンサーのドランケンです。
青山のOATHでSome Song Teachersってパーティーやってます。隔月第4土曜日です。
https://somesong.jp

interview with Matthewdavid - ele-king


Matthewdavid
In My World

Brainfeeder / Beat Records

ElectronicAmbientExperimental

Tower HMV Amazon iTunes

 マシューデイヴィッドはロサンゼルスの空のような男だ。僕がどれだけくだらないことを喋ろうが、いくら現在の音楽マーケットに悪態をつこうが、いつでも穏やかで、真摯なまなざしを向けながら人の言葉をひとつひとつ丁寧に咀嚼し、紳士的に自分の見解を述べる。そのたたずまいはつねに涼しげ、本当にメガ・爽やかな男であり、時折あれ? 軽く後光差してない? と思ってしまうほどの輝くポジティヴ・オーラで、語りかけるものの身を包んでしまう。それでいて完全に超変人。

 本作『イン・マイ・ワールド』の完成直後、彼から受け取ったデータを初めて通しで聴いたとき、僕は愕然とした。近年にないほどの深い感動をおぼえた。いったいどうなってるんだ? どうやったらこれだけポップでありながら最高にドープなソングライティングができるんだ? 彼にしか創ることができない最高のレコード。結婚と娘の誕生によってかけがえのない家族を得た彼が人生のひとつの集大成として完成させたこのレコード。彼の過去の膨大なアンビエント・ワークスの中で僕がしばしば垣間みてきた彼の人生の苦悩や不安、葛藤──僕が体験したことのない人生の山なみを乗り越えた先に広がる光と闇が渾然一体となる遥かな宇宙、それをマシューデイヴィッドは愛で包み込もうとしている。控えめに言っても最高傑作、僕の今年度最高のレコードだ。

 インタヴュー中に登場するマシューの奥さんであるディーヴァ・ドンペ(Diva Dompe)は、かつてブラック・ブラックやポカホーンテッドなどでバンド活動をおこない、現在はディーヴァ(DIVA)としてLAを拠点にソロ活動をおこなうアーティスト。マシューとの結婚、娘のラヴ誕生後も滞ることなく積極的にライヴ・パフォーマンスや、自らが主催する瞑想プログラムなどをおこなっている。不定期ではあるが彼女も〈ダブラブ〉でヒーリング・プログラム、「イアルメリック・トランスミッションズ(Yialmelic Transmissions)」のホストをつとめている。

■Matthewdavid/マシューデイヴィッド
フライング・ロータス主宰〈ブレインフィーダー〉の異端児にして、自らも時代性と実験性をそなえるインディ・レーベル〈リーヴィング〉を主宰するLAシーンの重要人物。非常に多作であり、カセット、ヴァイナル、配信など多岐にわたるリリースを展開。2011年に〈ブレインフィーダー〉よりデビュー・フル・アルバム『アウトマインド(Outmind)』を、2014年に同レーベルよりセカンド・アルバム『イン・マイ・ワールド』を発表した。


たぶん、君は僕の「幸福の涙」にチャネリングしちゃったんだと思うよ。

やあマシュー、またこういったかたちでインタヴューができて本当に光栄だよ。はじめに正直に言わせてくれ。『イン・マイ・ワールド』を聴いて泣いたよ。ここ数年でもっとも感動したレコードのひとつだと言っていい。

MD:ありがとう。じつは最近泣き虫なんだよ。このアルバムの制作中もよく泣いていたから、たぶん、君は僕の「幸福の涙」にチャネリングしちゃったんだと思うよ。

「幸福の涙」にチャネリング!!!! 何かスゴいねそれ。でも僕も大袈裟な言いまわしかもしれないけど、このレコードを通してマシューの人生と、それに照らし合わせた僕の人生を追体験させられたよ。

MD:共感してくれたみたいだね。それこそ僕が成し遂げたいことのすべてさ。アートのかけらが無機質な社会を貫き、全人類が共有可能な感情レヴェルの最深部を掘りおこす……この音楽はまだまだ、ぜんぜん、抽象的なんだよ。まだ相当難解だし実験的なんだけど……。僕はこのイカレたスタイルで、もっとポップな音楽を制作するようユル~く試そうと思うんだ。より広いオーディエンスへ向けていくことも重要だしね。

うん。間違いなく共感した。極論を言えば、すべての人間は一生の間、人生経験や内面世界を誰とも完全に共有することはできないんだけど、僕らは他者の人生経験や内面世界を自分たちのそれと照らし合わせることで誰の人生や感覚でも共感できる。そういう意味でこのレコードはすんごいスムーズだと思うんだよね。『イン・マイ・ワールド』は抽象的で難解なエクスペリメンタルとポップの完璧なバランスの上に成り立っている。そのバランスの支点にシュッと人が入り込めるようになってるってゆーか……

MD:そうさ! これは解放なんだよ! 僕が求めているのは解放なんだ! 僕らはしばしば僕らのマインドが解放を求めていることに気づけないんだ。僕はこのアルバムをひたすら外へ向かってゆく魂の表現に感じている。すごいダイレクトなんだよ、何も後ろには抱えないで前に向かってく感じ。これがリスナーの解放に働きかけるんだ、ちょうど僕がこれを制作していたときに体験したように。僕は人々がもっと寛容でオープン・マインドなっていくように感じるんだ、すべてにたいして。すべてが癒えるのさ。
 もし誰かがこのレコードを試しに聴いてみてフィーリングがあまり合わなかったり、好きになれなかったりしてもだよ、それでもそこにはリスナーへの影響があって成立するある種のポジティヴ&ヒーリングがあるんじゃないかって感じているんだ。それが僕のゴールなんだよ。

マスタリングとミックス・ダウンをしているときに僕のベイビーが生まれたんだよ。僕は最後の手を加えて構成を形作った。

解放だね。ジャケも全裸だしね! 勝手な感想なんだけど、『イン・マイ・ワールド』は非常にストーリー性に富んだ作品に思えるんだ。スーパー・スイートなラヴ・ソングで幕が開けたと思ったらさまざまな感情が押し寄せてきて、気がついたら壮大な精神の旅へ向かっている。最終的には生命と芸術的欲求の根源、宇宙のはじまりまで遡ってまた帰ってくるみたいな……

MD:そうさ! これらの曲で物語を編むのはマジで大変だったんだよ! 正直に言うと当初の予定でははじめから終わりまでの流れはこうじゃなかったんだ。だけどアルバム制作が最終段階に入ってさ、マスタリングとミックス・ダウンをしているときに僕のベイビーが生まれたんだよ。僕は最後の手を加えて構成を形作った。

[[SplitPage]]

物語、つまり『イン・マイ・ワールド』のストーリーで織られたタペストリーは、情熱と探求による献身の時間を経て、語られるべき時を迎えたのさ。


Matthewdavid
In My World

Brainfeeder / Beat Records

ElectronicAmbientExperimental

Tower HMV Amazon iTunes

けっこうな時間をこのアルバム制作に割いてたよね? いくつかの曲は1~2年前にできあがっていたじゃん。でもこのアルバムでの聴こえ方ってかなり違うし、マスタリングとミックス・ダウンのときにさ、以前作った曲もショワ~って変容した感じ? 家庭を持ったマシューが見えた新たな物語の世界へさ。

MD:バラさないでくれよ……(笑)。ご存知のとおりこのアルバムを作りあげるのに何年もかかったよ。たぶん2~3……いや、何年かかったか正確に言うのも難しいな。2曲めの“コズミック・コーラー”は何年も前に作ったビートものだったし。
 僕の人生、つまり新たな家族を得るまでの変遷が、長年あたためてきたアイデアに、あらためて僕を頭から飛び込ませてくれて、そのチカラづよさに気づかせてくれたんだ。まだ完成するまえの話だよ。たくさんの古いアイディアが成熟、変容して、全体像を結ぶ曲となっていった。物語、つまり『イン・マイ・ワールド』のストーリーで織られたタペストリーは、情熱と探求による献身の時間を経て、語られるべき時を迎えたのさ。愛、思いやり、感情移入といったもっとも深い情熱が誠実な創造力を走らせてくれるんだ。

さっきも言ったけどジャケが最高。写真が相当キテる。とくにライティングと表情が。このポートレート撮影にあたってコンセプトはあったの?

MD:いや~、ニコラス・マレーが撮影したフリーダ・カーロのポートレイトを参考にしたんだよね(https://indigodergisi.com/wp-content/uploads/2014/01/frida-kahlo-by-nickolas-muray.png)。ディーヴァの友人の素晴らしい写真家であるローガン・ホワイトのおかげさ。リヴィングにデカいライティングを用意してもらってさ、僕らでベンチやら植物やらハリボテやらセッティングして……僕らが実験を開始してから一時間かそこいら経った頃かな、よっしゃ、全裸でベイビー抱いて撮ろうぜ! ってなって。

いや、普通ならないって……

MD:ちがうライティングや表情も試してみてさ、異なった趣きを演出するように、僕らの幸せを内省的でアーティスティックな雰囲気に再現してみたんだ。僕のベイビーは人生と愛を、人類の成長と進歩を象徴しているんだ。

マシューはディーヴァ(Diva)といっしょにあのけっこうマジな瞑想をしてるの? いくつかのトラックはディーヴァの曲のコンセプトに近いものを感じるよ。てか、3曲めなんかモロに“パーペチュアル・ムーン・ムーズ(Perpetual Moon Moods)”でディーヴァのアルバム・タイトルとカブってるし。ネオ・ペイガニズムとかアニミズムみたいなものには惹かれる?

MD:そうだね、コンセプチュアルな面では扱っているテーマ/リリックの言葉選びの点では近いものがあるよ。僕が自分の音楽のなかで話そうとしている事柄はいろいろあるんだけど、その内のいくつかは君が言うような「ネオ・ペイガニズム」や「オカルト」、「秘術」と呼ばれる類いのものだ。LAでのエナジー交流のコミュニティがあって、僕も彼女もその中でいっしょに瞑想してるよ。秘技である古代の治癒術を学んだり、不安や恐怖をどのように消すのかをコミュニティの中での創造行為を通じて学び、段階的な行動とともに共有していくんだよ。

僕が自分の音楽のなかで話そうとしている事柄はいろいろあるんだけど、その内のいくつかは君が言うような「ネオ・ペイガニズム」や「オカルト」、「秘術」と呼ばれる類いのものだ。

近年のマシューの作風であるソウルやR&Bのチョップ&スクリュー、オリエンタルなメロディ、未来的ダブ・エフェクトも非常に洗練された新たな形でこのアルバムの曲に表れているよね。なにより今回はマジで唱いまくってるしラップしまくってる。それがなによりこのアルバムを愛に満ちたものにしているしね。月並みなことを言って申し訳ないんだけど、〈ブレインフィーダー〉からの前作『アウトマインド』からの変化は明らかなんだ。話が重複しちゃうけど、結婚や娘の誕生などマシューの人生には最近大きなことがいっぱいあったわけで、状況や環境の変化は君のアートにも絶対影響するじゃん?
 “アウトマインド”を制作してたときからふりかえってみて、いったい何がもっともマシューの音楽に影響を与え、どんな方向に変化したと思う? マシューを再びラップすること、唱うことに突き動かしたのはなんだろう?

MD:これは僕にとってとても重要なことなんだけど、愛の明白なテーマを投影するためには、よりよいプロダクション・クオリティでの歌とラップのヴォーカルが不可欠なのさ。若い頃の僕がヒップホップの洗礼を受けたことは、僕が真に自由な自己解放に向かっていくはじまりだったんだ。高校の頃にビートを作りはじめてビートにラップをのせた。初期のフルーティーループスと初期のACID PROで作ってたね。自分自身の存在意義や怒れる10代のフラストレーションなんかを込めて、ほとんどパンク的反抗精神なんだけど、あくまでそれをヒップホップを通して発散していたのさ。当時の僕のラップはすべて自分自身に関する事柄だった。ティーネイジャーとしての足掻き、教師や政府、ときには両親への足掻きもね。

愛の明白なテーマを投影するためには、よりよいプロダクション・クオリティでの歌とラップのヴォーカルが不可欠なのさ。

 いま、僕がこれらの人々に見せつけてやりたい唯一の事柄は感謝と尊敬の念なんだ。すべての人類へのメッセージさ。みんなが愛を持ちつづけるかぎり僕には未来への希望と楽観があるんだ。人間は意識を高めればお互いに助け合い、共感し合うことができるんだ。意識の飛翔(Mind Flight)+意識の拡張(Mind Expansion)= 宇宙の移行(Space Migration)なんだ。「みんなが愛を持ち続ける限り」……僕はこのテーマをこの新たな身体表現として語りかけたいんだ。インスト・アルバム(『アウトマインド』)のようにテーマをコッソリと埋め込むかわりにね。勇敢になるときがきたのさ、世界がひとつになるための最大の可能性といえるこの普遍的なテーマを表現するときがきたんだ。僕らは娘を「ラヴ」と名づけたんだ。彼女やこの地球に存在するすべての人間が宇宙の光を内包しているようにね。

たしかに君がこのアルバムで壮大な愛と平和の「意識の拡張」を試みてるのはよくわかるんだ。でも僕がこれを聴いて感じたのは、君が今回掲げる普遍的なテーマの強度とでも言おうか。単なるヒッピー気取りのハリボテじゃない強度、それはマシューがいままでの人生で体験してきた憤り、葛藤、失望といったリアリティがあるからこそ成立しているように聴こえるよ。

MD:その通りだよ。光と闇は一体だ。そして僕らは自分たちからその多くを学ぶことができる。夜のもっとも深い闇を通り抜けるようにね。その秘密は闇の中で沸き返ったり固まったりしているんだよ。僕らは眩い光と漆黒の闇の間でおこなわれる、認めざるをえない交換を理解することで宇宙の秘密、魂の秘密を見つけるんだ。この考え方が僕の音楽を強固なものにし、マジで僕のヴィジョンを強いものにしているんだ……そこだよ。僕らはいま同じ波長で話をしているんだ。
 僕がマジに焦点をあてたいことがあるんだ。僕の友だちやコミュニティもつねにそれを談義してきた。僕らの国には深刻な戦いがあるんだ。たぶん他の国々でもそうだけど、これは闇との戦いなんだ。僕らの国は、僕らが生きていくことから追いたてるドラッグ、計画、道具、組織を作り出した。恐怖を僕らの心にしみ込ませることで、僕らが絶対に闇に立ち向かえないように、完全に闇を恐れてしまうようにね。これは不健康だから変わる必要があるんだ。僕らがもっと目を向けて認めなくてはならないのは、人間社会と意識の解放において教育と試練をもって闇を抜けていくことなんだよ。

[[SplitPage]]

これ以上もう境界線なんてほとんどないんだよ。いつだって僕らは音楽の境界を解放してきたんだ。


Matthewdavid
In My World

Brainfeeder / Beat Records

ElectronicAmbientExperimental

Tower HMV Amazon iTunes

少し話題を変えるけど、マシューを取り巻くLAのローカル・シーンも最近変化している? もしくは見え方が変わってきた?

MD:すべての物事は絶え間なく続く変化と流動の段階にある。それは音楽シーンもいっしょさ。僕はたくさんの音楽をたくさんの時間で考える。あらゆる歴史の点から、あらゆる国からやってくる、あらゆる種類の音楽について。ロサンジェルスはインスピレーションを受けるには本当にエキサイティングな場所だ。エレクトロニック・ミュージックは〈ロー・エンド・セオリー〉で、ジャズはサンダーキャットで、アンビエントやニューエイジ、実験音楽のリヴァイヴァル・ライフスタイルは僕やゲド・ゲングラスやキャメロン・スタローンズが担っているようにね。これらの芸術行為はつねに混ざりあってひとつのものになろうとしている……これがいま起きていることさ。ここでは、僕はソウルやR&Bミュージックを作って、「変テコ・ポップ」や「変テコ・ソウル」をショウで披露して、オーディエンスはつねに何か新しいものに興奮し、敬意を抱いてくれるんだよ。

最近誰かとコラボレーションしている? 家族とのコラボレーションは『イン・マイ・ワールド』の中には入ってる?

MD:アルバム・カヴァーの家族写真だけかな。じつはディープ・マジック(Deep Magic)の古い曲をリミックスして3曲めの“ザ・ムード・イズ・ライト”に使っているよ。インドでサンプリングしてきた子どもたちの声は最後の曲の“バーズ・イン・フライト”に使っているね。
 “イン・マイ・ワールド”以外だと、仕事でマジでたくさんの人とコラボレーションしつづけているよ。友だちの音楽をたくさんミキシングしてマスタリングして、〈リーヴィング・レコーズ〉のリリースもやりながらね。

〈リーヴィング・レコーズ〉も年々ヴァラエティに富んだリリースになってきたよね?マシューと〈リーヴィング〉も繋がりの深い〈ストーンズ・スロー〉や〈ロー・エンド〉周辺も以前よりも懐の大きなものになっていってる気がするんだけど。それって前も訊いたかもしれないけど君らによるものが大きいんじゃないかな。

MD:これ以上もう境界線なんてほとんどないんだよ。いつだって僕らは音楽の境界を解放してきたんだ。

子育てが忙しいのにけっこうイヴェントにも顔出すし、ライヴもやってるよね? 最近LAで印象に残ったイヴェントとかライヴってある?

MD:昨日は〈ロー・エンド・セオリー・フェスティヴァル〉だったんだよ! 全部ジャングルとドラムンベースのセットでプレイしてやった! ステージ上でキモいくらい踊り狂っちゃってさ、そしたら観客がガンガンのせてくるもんだからドンドンアガっちゃって……。みんなすごい楽しんでたし、僕のほうも新たなスタイルでパフォーマンスをするのはいつだって最高だね。ラップと歌もチョコっとやったよ。

うわ! それ行きたかったなー。君めっちゃクネクネ踊るもんね。数ヶ月前にさ。ロー・エンドにDJ Earlといっしょに観にいったの憶えてる? あれすっごいヤバかったよね。ジャングルからジューク/フットワーク系もハマってる? アルバムに収録されてる“ウェスト・コースト・ジャングル・ジューク”は超キラー・トラックだよ。このスタイルだけの12インチとか切ってよ。

MD:すごいハマっちゃってるよ。すごく楽しいしエナジーに満ちてるんだ。こういったもののヴァイブレーションをもろに受けたらクレイジーに突っ走らずにはいられないよ。ありがとうマシュー・サリヴァン(Matthew Sullivan)! 僕にジャングルを発見させてくれて感謝するよ!
 ジャングルはフットワークの親でもある……だけど僕はヒップホップのバッググラウンドで育った。ヒップホップはサンプリング・ドラムとブレークだろ? ジャングルはそこからブレークを取って2倍の早さにしちゃうんだ! 超楽しいよ! フットワークとジュークはベースにベースにベースにベースさ。IDMとドラムンベースはリズムとシーケンス、それからタイミングを永久飛行に……よっしゃ行こうぜ!

正直なところ、最近、クレイジーなジャングルやドラムブレークにハマっちゃってて……それからフットワークを少々……。僕は実験を試みながらこれらのスタイルがヒップホップやソウル、アンビエントと合体していくのにワクワクしてる。

〈ダブラブ(dublb.com)〉でマシューがホストを務めているウィークリー・プログラム、「マインドフライトメディテーション(Mindflight Meditation)」について教えてよ。

MD:毎週2時間、〈ダブラブ〉でおこなっている僕の音楽瞑想プログラムさ。ほとんどの場合、すべてが即興で、すべてがライヴでおこなわれ、聴者の意識レヴェルを高め、変性に向ける、アンビエント/エレクトロニック/ドローン/フィールド・レコーディングなどで構成される番組だよ。ひょっとしたら僕の音楽活性化体験の中でもっとも満たされて報われているものかもしれないな! この種のパフォーマンスや即興はいつもホーム・スタジオでおこなってるんだ。僕ん家のリビングで、僕の家族と……だけどもそれをブロードキャスト、〈ダブラブ〉を通じて世界中に配信できるのはとてもうれしいよ。ヒーリング・ヴァイブを共有するんだ! これまでにたくさんのゲストを迎えて僕とコラボレーションやライヴ・パフォーマンスをおこなってきた。ディンテル(dntel)、 mndsgn、M・ゲド・ゲングラス、d/p/i、ホワイト・レインボウ(white rainbow)など……いろんな人が遊びに来るけど大抵の場合は僕ひとりでやってるよ。

とりあえず近いところで企んでることがあったら教えてよ。

MD:さっきも言ったけど、正直なところ、最近、クレイジーなジャングルやドラムブレークにハマっちゃってて……それからフットワークを少々……。最高のヒップホップ・グループ、アウトキャストのミックス・プロジェクトとジャングルだね! そろそろくるでしょ。僕は実験を試みながらこれらのスタイルがヒップホップやソウル、アンビエントと合体していくのにワクワクしてる。

君がどれだけアウトキャストが好きなのかは知ってるよ。このアルバムを聴いてケンドリック・ラマーも好きなのかなって思ったんだけど。

MD:ケンドリックは好きだよ。だけどアンドレ3000はもっと好きだな。あえて言いたいんだけど、僕はケンドリックが持っているようなスマートで未来的でイケてるスタイルはあきらめなきゃいけないな。彼には本当に滑らかなヴォーカル・プロダクションもあるよね。正直に言うと、ケンドリックのサウンドは彼のヴォーカル・プロダクションによって最高のものになっていると思うし、そこからインスパイアされるよ。アウトキャストはいつだって境界線をブッ壊してるんだ。でも僕にとってもっとも重要な要素は、彼らがどうやってヴォーカル・プロダクションにおいてピッチを使っているかなんだ。型にはまらない、ファンキーな、ギャングスタなレイヤー感とサイケ・エフェクト……。

最後に締めのメッセージがあれば……

MD:僕のレーベルの〈リーヴィング・レコーズ〉は〈ストーンズ・スロー〉の協力の下、たくさんの奇妙なアルバム・リリースを控えている。きたる一年、僕はもっと〈ストーンズ・スロー〉のオフィスで働くことになると思うよ。可能なかぎり情熱的で革新的なアートに焦点をあててサポートとリリースをつづけていくよ!
 そして最大の感謝の念を僕のコミュニティ、家族、友だちにつつましく表するよ。
 愛してるぜリョウ!

#4 eastern youth 吉野寿 前編 - ele-king

我慢して学校に行ってても金もらえるわけじゃないから働こうとしたんだけど、16~17歳じゃろくな仕事がなくてさ。

後編はこちらから


eastern youth
叙景ゼロ番地

バップ

Tower HMV Amazon

──今回は「レベルミュージック」というテーマでお話をうかがいたいと思います。

吉野:ろくなこと話せんと思いますよ……。

──まずバンドをはじめた頃の吉野さんはどんな少年だったんですか?

吉野:世の中全員敵だと思ってました。みんな死ねって(笑)。

──なんでそんな……。

吉野:もちろん近しい友だちはいましたけど、そもそも仲間っちゅうもんがあまりいなかった。小ちゃい頃からつまはじきになりやすい性格だったんだと思います。それで仲間外れになったり、嫌われたりするということもすごく多くて、こっちだって「けったクソ悪いわい」と世の中に対する憎しみや反抗心みたいなものを着々と募らせていったんでしょうね。

──なるほど。

吉野:いちばん最初に組んだバンド、スキャナーズはその延長線上という感じです。ちょっと大きくなると楽器を弾くようになって、自分のフラストレーションを形にできるようになりました。だからいわゆるレベルミュージック的な「政府が……」「世の中の仕組みが……」とかっていうよりは、自分を閉じこめるやつら、俺は世の中のほとんどのやつらがそうだと思ってたから、そいつら全員ふざけんなって感じでしたね。歌詞とかも生きづらさみたいなことを歌っていたと思います。

──学生時代はどのように過ごしていたんですか?

吉野:義務教育までは実家にいましたけど、高校に上がるタイミングで家を出て下宿していました。とにかく生まれ育ったしがらみから早く出たかったんですよ。

──生まれ育ったしがらみというのは?

吉野:学校間のつながりとかですよ。そういうのに囚われない、何にもないところに行きたかったんですよね。

──高校から下宿というのもすごいですね。

吉野:そこの下宿が劣悪な環境でね(笑)。なんせ食い物がまずくて喉を通らんのですよ。少ないながらも親から仕送りをもらっていたんですが、そういうのはすべて食費に消えてました。「なんだっ!? このツラさは……」とか思ってましたね。

──(笑)。そんな状況だとレコードや楽器に費やすお金はなかったんじゃないですか?

吉野:なんとかなってましたよ。ギターとアンプは兄貴からもらったのがあったから、弦が切れたら買うくらいで。レコードも毎月買うわけじゃないから、何か欲しいのがあったらどうにかやりくりするか、文通してカセットに録音してもらったりしてました。

──文通ですか?

吉野:昔の雑誌には文通欄っていうのがあったんですよ。「僕は北海道に住んでるこういうものですけどやりとりしましょう」みたいな感じで、知らない音楽を録音して送ってもらってました。

──どんな音楽ですか?


THE COMES
『NO SIDE』
(1983年)


GAUZE
『FUCK HEADS』
(1985年)

吉野:COMESとかGAUZEとか日本のハードコア。UKもUSも好きだったんだけどね。田舎だとなかなか買えないんだよ。もちろん通販では買えるんだけど、ソノシートとかはいっぱい出ててお金もそこまではないしさ。

──ハードコアを聴きながら下宿で鬱々としていたわけですね。

吉野:じつはその下宿もすぐに出ちゃうんです。俺、高校を1年くらいで辞めていて。何にも囚われないところに行きたくてちがう街の高校に行ったのに、結局そこもダメだったんですよね。それでいちど実家に帰って、半年くらい引きこもってレコードばっかり聴いていました。

──そうだったんですね。

吉野:落ちこぼれちゃったというか、社会から踏み外れちゃったなという感じでしたね。でも自業自得だしどうしようもないんですけど。

──当時からそう思えましたか?

吉野:そうですね。人のせいにはしてなかったですよ。だって好きで辞めたんですから。でも「やったー、学校行かなくていい!」って喜ぶ反面、「さぁて、どうやって食っていこうかな」って思いはありましたね。

──当時の吉野さんはどうやって食べていくことにしたんですか?

吉野:我慢して学校に行ってても金もらえるわけじゃないから働こうとしたんだけど、16~17歳じゃろくな仕事がなくてさ。それで「よっしゃ」って田森も学校辞めさせて(笑)、いっしょに札幌に行ったんです。帯広にいたやつが札幌で暮らしてたから、そいつの家に転がり込みました。

──じゃあ札幌時代は働きながらバンドをやっていたんですね。

吉野:働いてもいなかったんですけどね。札幌で知り合ったやつらは実家にいたりしたから、そいつん家に飯食いに行ったり。バイトしてるやつのところに行って余った食べ物もらったりとか、あの手この手で食べてましたね(笑)。


俺は格好から入ったから、最初はそういうもんなんだろうなって。スキンズ・コミュニティの中に自分の居場所を見出しちゃって、その中にいたいから右翼的な考え方を受け入れる、みたいな流れでしたね。

──いまのお話がスキャナーズ期ですか?

吉野:そうです。17~19歳くらい。

──壮絶な少年時代ですね……。

吉野:そうでもないですよ。なんとかなってましたからね。とにかく「ここにはいたくない」という感じでした。ここじゃないどっかに行きたかったんです。

──楽しかった?

吉野:楽しかったですね! いま思い返すとあまりの無計画さにゾッとしますけど(笑)。ホント、あの頃は何も考えてなかったんですよ。まあ考えてはいたんだけど、目先のことしか見えてなかった。明日、明後日みたいな。

──スキャナーズはどんなバンドだったんですか?

吉野:Oiパンクです。

──映画『This Is England』のインタヴューで吉野さんはご自身とOiパンクの出会いをお話されてましたよね。

吉野:「なんで全員坊主なんだろう!? カッコ悪いな」って思いましたよ(笑)。でも調べるとパンクじゃないそういう部族がおるらしい、と。同じようなもの聴いてるらしいけど、坊主で服も全然ちがう。俺が好きでやりたいのは、どうやらこっち側らしいぞって感じだったんです。そこからどんどんのめり込んでいきました。

──Oiパンクに感化されて思想面が右翼的になっていたとも話されてしました。

吉野:俺は格好から入ったから、最初はそういうもんなんだろうなって。右翼思想を受け入れないと仲間になれない、というか。スキンズ・コミュニティの中に自分の居場所を見出しちゃって、その中にいたいから右翼的な考え方を受け入れる、みたいな流れでしたね。

──しかしその後、右翼思想から脱却しました。

吉野:彼らが何を以てして伝統と言ってるのかさっぱりわからなかったんですよ。必死に理解しようと思ったんだけどね、考えれば考えるほどわからない。それが日本人のメンタリティとか習慣とかを指すんだったら、一人ひとり自分が大事だと思うものを大事にすればいいだけの話で、何も愛国心とか言わなくてもいいじゃない? 時代のなかで人々が大事にしたいと思うものは大事にされ、いらないと思うものはなくなっていくんだからさ。

──インタヴューでなるほどと思ったのは、ある種の部族にとってはファッションにしろ、思想にしろ、掟は細かければ細かいほどよいという部分でした。

吉野:そうそう、そのほうが団結しやすいんです。

──ユニフォーム的な魅力というのはすごくよくわかります。でも吉野さんは違和感を感じながら、部族で過ごすことは選ばなかったわけですよね。

吉野:まあ選ばなかったというか、普通に疎遠になっていったって感じですよ。「入れてください!」って言って入ったわけじゃないし、「辞めまーす」と言って出たわけでもないので。みんな個人的にはいい人たちだし、意外と風通しもいいんですよ。表面的なイメージよりずっと話のわかる“いい先輩”みたいな感じでした。あと自分たちの音楽性も(Oiパンクから)どんどん離れていったというのもありますね。だから、そういうライヴにも出なくなったし、呼ばれなくなった。

[[SplitPage]]

スティッフ・リトル・フィンガーズ(Stiff Little Fingers)を聴くように中原中也を読んでいて。


eastern youth
『口笛夜更けに響く』
(1995年)


Stiff Little Fingers
『Inflammable Material』
(1979年)

──吉野さんが東京に出てきたのはいつ頃ですか?

吉野:eastern youthを結成したのがちょうど20歳の頃で、『EASTERN YOUTH』(廃盤)というアルバムを出したくらいの頃に田森とふたりで東京に来ました。この頃はいわゆる右翼期で(笑)、『口笛夜更けに響く』から考え方や歌詞、音楽性もすごく変わったんです。

──『EASTERN YOUTH』ではどんなことを歌っていたんですか?

吉野:下手の考え休むに似たりじゃないけど、まあかぶれちゃってる感じですよね(笑)。ただ自分の生まれ育った環境だとか日本っていう国に愛着持っちゃいけないの?っていう思いはありましたね。当時は、日本語はロックやパンクに乗らねえだなんだって論争があったりして、フル英語詞でやるやつらも増えてきたような時期だったんです。でも俺はそういう意見に「(日本語がロックやパンクに)乗らないんじゃなくて、自分たちが乗せようとしてないだけじゃないの?」って感じていて。

──なるほど。

吉野:それで俺もバカなりに考えて、歌詞を文語体にすることを思いついたんです。文語体にすると言葉が記号化するでしょ。その記号を曲の中にはめ込んでいくような感覚。言葉を形として扱うというか。そうすると意味も普通の言葉みたいにダイレクトに入ってこない。

──初期eastern youth作品の文語体の歌詞はそんな状況で生まれたんですね。

吉野:もともと詩を読むのが好きだったんですよ。スティッフ・リトル・フィンガーズ(Stiff Little Fingers)を聴くように中原中也を読んでいて。どっちもカッコいいなと思っていたから、自分の聴いてきたパンクと詩をくっつけちゃダメなのかなって思ったんです。最初はそんな感覚でしたね。

──吉野さんは先ほどアルバム『口笛、夜更けに響く』から歌う内容が変わったとおっしゃいましたが、具体的に『EASTERN YOUTH』からどのように変化したんですか?

吉野:『EASTERN YOUTH』の頃はスキンズ・コミュニティの中で“愛国”とか“日本の心を大事にしようぜ”とか言ってたから、それを軸に歌詞を書いていたわけです。でも徐々に「自分のことで精一杯で“愛国”とか言ってらんねえな」って感じになってきたんですよ。

生身で戦わないと自分の人生にならんのですよ。だからどんどん自分の中のハッタリは却下になるわけです。

──右翼的思想よりも他に、自分にはもっと歌うべきことがある、と。

吉野:そう。こっちは生きていくのに精一杯でぶっつぶされそうになってたわけです。暮らしこそが、俺の戦いだったんですよ。仕事! メシ! ツラい! 死にたい!っていう(笑)。「でも、負けねえぞ」ってなってて。そしたら日本がどうとか、日の丸がどうとかはなんだっていいというか。なんだっていいものは、俺にとって歌うべきことではない。だからは俺はその「負けねえぞ」っていう思いを形にせにゃいかんぞと思ったんですね。

──eastern youthの歌詞は年々シンプルになっていると思うのですが、それはなぜですか?

吉野:それは本当のことだけを歌いたいからです。パンクに文語体をぶっこむっていうのは仕掛けなんですね。ハッタリ。頭悪いくせに頭よく見せようとしてもしょうがない。頭悪いなら頭悪いままでいい。変なメッキのようなもので実際より自分を2倍にも3倍にも大きく見せてもしょうがない。むしろ漢字バリバリ間違ったまま歌詞にしたいくらい(笑)。

──本質的なことを歌いたいという欲求が、結果的に歌詞をどんどんシンプルにしていった、と。

吉野:俺は自分が本当に大事だと思うことだけを歌っていきたい。そのためにはハッタリをどんどんとっていかないと。生身で戦わないと自分の人生にならんのですよ。だからどんどん自分の中のハッタリは却下になるわけです。そうやってカッコつけたものを取っていくと、ひょろひょろの芯みたいなもんだけが残って。それがどんなにみすぼらしい針金みたいなもんでも、それで勝負したい。「どうにか頑張れよ」「死にたくないんだろ」って。大事なことっていうのはシンプルなんだと思います。


■ライヴ情報
極東最前線巡業 ~Oi Oi 地球ストンプ!~
2014年8月30日(土) 渋谷クラブクアトロ
open 17:00 / start 18:00  ¥3,500(前売り/ドリンク代別)
出演:Oi-SKALL MATES / eastern youth

ticket
ぴあ(P:230-946)
ローソン(L:77597)
e+(QUATTRO web :5/17-19・pre-order:5/24-26)
岩盤
CLUB QUATTRO

(問い合わせ)
SMASH : 03-3444-6751
https://smash-jpn.com
https://smash-mobile.com


DBS presents PINCH Birthday Bash!!! - ele-king

 ピンチはデジタル・ミスティックズと並ぶダブステップのオリジネーターのひとりだ。彼の作品からリスナーたちはダブステップとは一体何なのかを学び、これからこのジャンルで何が起ろうとしているのかも考えられるようになった。
 従来のダンス・ミュージックでは一拍ごとにキックが鳴らされていた。だが、キックの数を半分に減らしたハーフ・ステップという手法とウォブル・ベース(うねるエフェクトが施されたベース音)がダブステップでは主に用いられ、この魔法にかかると140BPMという決して遅くはないスピードが緩やかに進行する。2005年にピンチがスタートしたレーベル〈テクトニック〉の最初のリリースは、Pデューティー(ギンズ名義でも活動)との共作シングルであり、A面に収録された“ウォー・ダブ”は当時のアンダーグラウンドの空気を詰め込んだかのようなダブステップのナンバーだ。
 この曲に対して、B面に収録された“エイリアン・タン”でも140BPMでハーフ・ステップが用いられているが、その上で速く鳴らされるパーカッションやベースのうなり方がそれまでのダブステップとは違ったノリを作り出している。ピンチと同じく、現在もブリストルに住むRSDことロブ・スミスは、ダブステップを140BPMという曲のスピードの中で自由に遊ぶ音楽と定義しているが、ピンチもいち早くその「遊び方」に目をつけた人物だった。

 ピンチは、2013年に新たなレーベル〈コールド・レコーディングス〉をスタートする。2枚目のリリースが、当時19歳でイングランドのバースにある大学で音楽を専攻していた気鋭のプロデューサーのバツ(BATU)だったように、ピンチは新たな才能の発掘にも力を入れている(現地点での〈テクトニック〉からの最新リリースは、ブリストルの若手クルーであるヤング・エコーのひとり、アイシャン・サウンド)。 新人から経験のあるプロデューサーが〈コールド・レコーディングス〉には集まっている。この新しいレーベルでキー・ワードとなるのは、「120-130BPM」だ。

 今週末、ピンチは日本にやって来る。昨年は、エイドリアン・シャーウッドとともにエレクトラグライドでライヴ・セットをプレイしたが、今回はDJピンチとしてDBSのステージに再び立つことになり、本国イギリスでもなかなか体験することができない2時間半のロング・セットを予定している。もちろん、たくさんのレコードとダブ・プレートを携えて、だ。
 その日、同じステージに立つゴス・トラッドは現在、85BPMという未知なる領域を開拓しており、先日のアウトルック・フェスティヴァルにオーサーとして来日していた〈ディープ・メディ〉のレーベル・メイトのジャック・スパロウに、「これは未来だ」と言わしめた。同じくその夜プレイするエナも、ドラムンベースとダブステップを通過した定義することが大変難しい音楽を探究しながらも、国内外を問わず確実な支持を集めている(〈サムライ・ホロ〉から3月にリリースしたEPは既にソールド・アウト)。
 「ポスト・ダブステップ」という言葉が(安易であるにせよ)使われるようになった現在、プロデューサーたちは、大きな変化を常に求められている。だが、この日DBSに集まるピンチを始めとする先駆者たちは、リスナーたちの期待を軽々と越え、これからいったい何が聴かれるべきなのかを決定してしまうような力を持っている。

6.21 (SAT) @ UNIT
DBS presents PINCH Birthday Bash!!!

Feat.
PINCH (Tectonic, Cold Recordings, Bristol UK)
GOTH-TRAD(Live)
ENA
JAH-LIGHT
SIVARIDER

Extra Sound System:
JAH-LIGHT SOUND SYSTEM

Open/Start 23:30
Adv.3,000yen Door 3,500yen

info. 03.5459.8630 UNIT
https://www.dbs-tokyo.com

Ticket outlets:NOW ON SALE!
PIA (0570-02-9999/P-code: 232-858)、 LAWSON (L-code: 79718)
e+ (UNIT携帯サイトから購入できます)
clubberia https://www.clubberia.com/store/
渋谷/disk union CLUB MUSIC SHOP (3476-2627)、TECHNIQUE(5458-4143)、GANBAN(3477-5701)
代官山/UNIT (5459-8630)、Bonjour Records (5458-6020)
原宿/GLOCAL RECORDS(090-3807-2073)
下北沢/DISC SHOP ZERO (5432-6129)、JET SET TOKYO (5452-2262)、disk union CLUB MUSIC SHOP(5738-2971)
新宿/disk union CLUB MUSIC SHOP (5919-2422)、Dub Store Record Mart (3364-5251)
吉祥寺/Jar-Beat Record (0422-42-4877)、disk union (0422-20-8062)
町田/disk union (042-720-7240)
千葉/disk union (043-224-6372)

Caution :
You Must Be 20 and Over With Photo ID to Enter.
20歳未満の方のご入場はお断りさせていただきます。
写真付き身分証明書をご持参下さい。


interview with Martyn - ele-king


Martyn
The Air Between Words

Ninja Tune/ビート

TechnoHouse

Amazon iTunes

 そもそも2009年にマーティンが脚光を浴びた理由は、ダブステップにインスパイアされたリリースにおいて、わりと直球にデトロイト・テクノからの影響が反映されていたからだった。当時としてはそれがシーンにとってはまだ珍しく、斬新だったわけだが、20年前のレコードが輝いているこの1~2年に関して言えば、時代が要請するひとつのスタイルにまでなっている。まあ、いっときのスタンダードである。
 オランダのアイントホーフェンという街には、90年代に〈Eevo Lute Muzique〉という素晴らしいレーベルがあった。オランダのテクノといえばガバとトランスといった時代に、このレーベルはデトロイトのエモーショナルな旋律とテクノ・ファンクを取り入れることで、大きくて、派手で、ドラッギーで、マッチョで、アグレッシヴなシーンとは別の、小さいがセクシーで親密な道を切り開いた。その同じ街で、90年代半ばのテクノとドラムンベースを聴いて育ったマーティンが、ダンス・ミュージックにおけるへヴィメタルとも形容されるEDMのアメリカで暮らしながら、デトロイティッシュ・サウンドを追求することは必然と言えば必然だ。
 2011年の前作『Ghost People』は〈ブレインフィーダー〉からのリリースだったが、今回の『The Air Between Words』は〈ニンジャ・チューン〉からとなった。方向性にとくに変化はない。彼がこれまでのやってきたことがさらに洗練されているだけである。強いて言うなら、今回はカール・クレイグ・スタイルというか、徹底的にメランコリックで、ジャズの響きを引用しながら、ときにはっとする美しさを打ち出している。フォー・テットが参加して、インガ・カープランドが歌っているのも本作のトピックで、この人選からもおわかりのようにテクノ色が強く、彼らが参加した2曲ともクオリティが高い。とくにフォー・テットとの共作は、ああ、このコード感、デトロイトやなー、である。

デトロイト・テクノが好きな理由は、そこにソウルを感じるからだ。ダンス・ミュージックでありながらメランコリックな感覚があるし、哀愁がある。一方、EDMは基本的にすべてがアグレッシヴなんだよ。

ものすごくお忙しいそうですが、毎週末DJがあるといった感じなのでしょうか?

マーティン:そうだね、毎週末DJはいまも忙しくやってるよ。

最近、TVドラマの『HOUSE OF CARDS』をずっと見てまして、あのドラマの舞台がワシントンじゃないですか。あなたは見てましたか?

マーティン:うん、僕も観てる。僕、あまりTV観ないんだけど、長いシリーズのドラマはたまにちょこちょこ観てて、例えば『True Blood』とかも。『HOUSE OF CARDS』は僕が住んでるワシントンが舞台だからなんだか身近に感じるし、それに少し政治的なエッセンスを感じるのも魅力のひとつかな。僕は政治についてアメリカで少し勉強したりしてたからちょっと興味があるのもあって楽しんでみているよ。

アメリカは大きな国ですし、ヨーロッパと比較してテクノやハウスが広く理解されているとは思えない印象を持っているのですが、実際のところあなたはどう感じていますか?

マーティン:アメリカとヨーロッパでは全然違うというのが僕の印象だね。例えばアメリカにはEDMと呼ばれているシーンがあるけど、EDMは、クラブ・ミュージックというよりは、もっとレイヴ風のものなんだよ。逆にクラブではハウスがメインなんだと思う。だから僕の場合はクラブでギグすることもとても多いんだけど、いまはアメリカでプレイ出来ることをとても楽しんでいるよ。

“Forgiveness Step”という言葉は、今回のアルバムのキーワードですが、何を意味しているのでしょう?

マーティン:“Forgiveness Step”のアイディアは、アルバムにも参加してくれてるコープランドと一緒に作業したものなんだけど、アルバムにもあるように、この曲は3パートに分かれている曲なんだよ。“Forgiveness Step 1”,“2”はアルバムで、“3”はEPに収録されているんだけど、基本的には同じアイディアの元に作った曲ではある。しかし、3曲ともがそれぞれ少し違う意味合いを持つ曲なんだ。
 だから、その言葉と言うよりも、アルバム自体を3段落に分けたかった、というのが大きい。そして、3段落ともつながっているということを明確にしたかった。それに「Forgiveness(許す)」ということを実際する場合には、3段階を踏まないと謝罪したことにならないだろう? そういう意味合いも含まれているんだ。

今回はあなたの重要なルーツであるデトロイト・テクノというコンセプトが、これまで以上に、さらに追求されていますよね?

マーティン:何にせよ、僕がオランダでクラブに行っていたときによくシカゴやデトロイト・テクノがかかってたからね。これも影響を受けたもののひとつかもしれないよね。僕にとっては自分のDNAのなかに組み込まれているような感じだから、もう自然に出てくるものなんだよ。だからとくに意識して追求したというより、自分の好きな音を追求したら自然にそうなったという感じなんだと思う。

デトロイト・テクノやディープ・ハウスと最近のEDMとはどこに違いがあると考えますか?

マーティン:デトロイト・テクノが好きな理由は、そこにソウルをとても感じるからだ。ダンス・ミュージックでありながら、メランコリックな感覚があるし、哀愁がある。一方、EDMは基本的にすべてがアグレッシヴなんだよ。だから、その違いは大きいと思う。もちろん、どんな音楽を聴こうと個人の自由だ。ただし、僕個人に関していえば、やはりエネルギーを魂を感じる音楽が好きだ。単純に楽しくて軽いノリの音楽よりもね。

[[SplitPage]]

今回のアルバム制作をする前、自分の音がなんだか流されているような気がして、自分らしい音が何なのか模索していたんだよ。

ところで、アメリカに移住してから、実際にデトロイトには行かれたのでしょうか? 誰か仲良くなったDJ/プロデューサーはいますか?

マーティン:デトロイトには3回行ったことがあって、1回はフェスだったね。で、2回は自分のショーをやるために行ったんだけど、とても興味深い場所だよね。あんまりデトロイトの人との付き合いはないんだけど、カイル・ホールは知ってるよ。いろいろな人に会うことで刺激を受けるのはいいことだと思うしね。

ヨーロッパのベース・ミュージックと、アメリカで流行っているベース・ミュージックとの違いに戸惑いことはありますか?

マーティン:正直言ってベース・ミュージックがなんなのかよくわからないんだよ。もともとはダブステップからはじまって、ハウス・ミュージックにベースが乗ってるっていうことだろ?

アメリカで流行っているトラップは?

マーティン:ごめん、これについては全くわからないや(笑)。

5年前と比較して、ダンス・カルチャーの良くなったところと悪くなったところについて話してもらえますか?

マーティン:たくさんの音楽があるっていうのはいいことだとは思う。ただ、時代が変わって音楽が聴き手に届く速度は速くなっている。曲が完成してからリスナーに届くまで2~3日で世界中に広まる。そこはいいことだと思うよ。
 でも、たしかに悪い面もある。例えばクラブで演奏しているとオーディエンスは音楽を聴きに来ているというよりも、写真を取ることに必死で、それをFacebookとかinstagramにアップロードして、自分のステータスを周りに伝えることに重きを置いている人が目に付くようになったのは事実だ。演奏を聴いてない人が多いと思う。まあ、プレイしている僕たちも、もっと人の気を惹かせられるようにしなくちゃならないんだろうなとは思うんだけど。

今回のアルバムのひとつの特徴として、古い機材を使って、バック・トゥ・ベーシックな音を追求していることが挙げられますよね?

マーティン:今回のアルバム制作をする前、自分の音がなんだか(時代に)流されているような気がして、自分らしい音が何なのか模索していたんだよ。そんなときに昔の機材を使ってみたら驚くほどしっくりくることがわかって、それをアルバムに反映しようと思ったんだよ。

新作は、ダンス・ミュージックではありますけど、強制的に踊らせるような音楽ではありません。むしろ、前作以上にじっくり家でも聴ける作品になったと思います。あなたは、音楽によって、ただダンスするのではなく、もっといろんなことを感じて欲しいと考えているのでしょう? 

マーティン:音楽を制作している過程ではどういうシチュエーションで聴いてもらえるかとかは、あまり考えずに作っているんだよね。もしそれを聴いて踊ろうがベッドで静かに聴こうが、僕にとってはどっちでもかまわないんだ。良いメロディの良い曲が仕上がればそれでいいわけだからさ。

ジャズのフィーリングは意識して取り込んだものですか?

マーティン:うん、ちょっと意識したかな。僕の家族はみんなジャズが好きなんだけど、家にはつねにジャズのレコードがあったし、自然に触れある環境下にはあったと思うよ。

僕は、とくにアルバムの後半、6曲目の“Two Leads and”以降が、面白く感じましたけれど、あなた自身はこの作品のどんなところが好きですか?

マーティン:前半部分も良いよ(笑)。人によって前半が面白いと言う人もいれば、君のように後半が面白いと思う人もいる。みんなが好きなように解釈してくれていいと思う。僕はもちろん全部を通して好きだけどね(笑)。

UR風のコード展開の、フォーテットとの2曲目“Glassbeadgames”は今回の目玉のひとつですが、彼とはどうして知り合ったんですか?

マーティン:フェスやライヴで何度かしか会ったことがなかったんだけど、会ったら必ず音楽の話をしていた。その話の流れで、いつか一緒にやりたいねって話になった。で、お互いにアイディアを出し合ってオンラインで素材を受け渡ししながら彼と作業したんだ。僕たちふたりとも移動が多いし、スタジオに入る日を調整してやるよりオンラインで作業した方が効率的だからね。

インガ・コープランドを起用していますが、僕は個人的に彼女のユニークなスタンスが大好きです。あなたは彼女の音楽のどんなところが好きですか?

マーティン:彼女が書く、メロディアスで美しいメロディが好きだな。そこがいいなって思う。

歌詞ではどんなことを歌っているのでしょう?

マーティン:歌詞は正直あんまりわからないんだ。僕にとっては、まずは彼女の声が重要であって、とくに歌詞の意味を考えたりしたことはない。彼女も歌詞について、とくに意味については多くを語らないしね。自分の内から出てくるものを反映しているんだと思う。

あなたが最近お気に入りの音楽について話して下さい。ジャンル問わずです。家で、ひとりになったときに聴きたい音楽とか。

マーティン:90年代初頭のテクノをよく聴いているよ。その頃の〈ワープ〉の作品が大好きなんだ。オウテカ、アクトレス、LFOなんかもよく聴いてるね。他にはジャパン、YMOも大好きなんだ。だから、80年代の音楽も良く聴くね。

ところで、ワールドカップが間近ですが、母国のことは気になりますよね? ロビン・ファン・ペリシーやロッベン、スナイデルらのこととか。

マーティン:もちろんサッカーは大好きだよ! そして自分の母国オランダ・チームを応援する。前回はファイナルで負けたから、今回こそ優勝すると思うよ!

MARU (MELLOW YELLOW) - ele-king

MIX CD『MARU HOUSE MIX vol.3 - Vivid Summer Traces -』完成しました。過去のはフリーで聞けますのでこちらで。Twitter,FBのリンクもあります→https://soundcloud.com/maru_mellow-yellow

DJスケジュール
5/30(金) 神泉Mescalito
6/11(水) 三軒茶屋 天狗食堂 「Powder & Herb」
6/13(金) 代官山AIR 「MARK E "Product Of Industry" Release Party」
6/20(金) 渋谷Relove 「Let Me In Vol.2」
7/19 (土)-7/20(日) 千葉県 金谷base 「Life」Open Air Party

64歳になっても家で聞きたくなるであろうダンスミュージック12inch single record(順不同)


1
Eddy & Dus meet Lilian Terry - 'Round About Midnight - Mo'Smog Records

2
Axel Boman - Die Die Die!! - Parmanent Vacation

3
Fertile Ground - Let The Wind Blow(Oneness Of Two Mix) - Counter Point Records

4
Bjak - Your Love featuring Janet Cruz(main mix extended) - Deep Explorer

5
Crossroads featuring Deborah Falanga - Sunday Afternoon(Soulpersona Remix) - BeYourself Recordings

6
Rah Band - Questions - s.o.u.n.d recordings

7
Cory Daye - City Nights/Manhattan Cafes - Blue Chip Records

8
Asia Love - You Should Be Here(Mass Mix) - Nu Groove

9
Lama - Love On The Rocks - Numero Uno

10
Sound Of Inner City - Mary Hartman, Mary Hartman(Instrumental) - West End

interview with Taylor McFerrin - ele-king


Taylor McFerrin
Early Riser

ElectronicaJazzDowntempo

Tower HMV Amazon iTunes

 あらゆる音楽を取り込みながら進化を続けるテイラー・マクファーリンが、フライング・ロータスが主宰する〈ブレインフィーダー〉から、初のフルアルバム『アーリー・ライザー(Early Riser)』をリリースした。ジャズとクラブ・ミュージックの融合をはかりつつ、さらにネオ・ソウルやポストロックの要素までをも詰め込んだ本作は、ロバート・グラスパーに代表される2000年代のジャズ・シーンに新たな道を示すことになるだろう。ゲスト・ミュージシャンも、そのロバート・グラスパーはもちろん、父親であるボビー・マクファーリンやセザール・マリアーノまで多岐にわたっており、本作における多彩な音楽性を物語っている。

 本インタヴューでは、そんな多彩な音楽性がどのように形成され、また実際に『アーリー・ライザー』がどのように作られたのかを探った。伝説的な歌手を父にもち、学生時代にヒップホップにはまってビートを作るようになったというテイラー・マクファーリンの、ユニークで現代的な音楽観に注目してほしい。ジャイルス・ピーターソンが激賞し、フライング・ロータスがリリースをオファーしたことの意味がわかるようである。テイラー・マクファーリンは、どこから来て、どこに向かっているのだろうか。

テイラー・マクファーリン

Taylor McFerrin


ブルックリンを拠点として活躍するプロデューサー、ピアニスト、DJ。〈Brainfeeder〉の設立者で、コルトレーン一族の末裔であるフライング・ロータスや、グラミー賞の栄冠に輝く凄腕ドラマーの兄と世界的ジャズ・ドラマーの父を持つサンダーキャット同様、ジャズ界の大御所ヴォーカリスト、ボビー・マクファーリンを父に持つサラブレッド。ホセ・ジェイムズやロバート・グラスパーと共演するなど、デビュー前からその実力が高く評価され、すでに来日も決定している。ファーストEP「ブロークン・ヴァイブス」が話題を呼び、デビュー・アルバム『アーリー・ライザー』には驚くばかりに豪華なアーティストが参加した。

曲を作り出したのは1997年くらいかな。(中略)……あのときMPCを選ばなかったのはバカだった(笑)。あのときは、MPCがビートを作るのにベストなマシンだってことにまだ気づいてなくて。

音楽をはじめた経緯を教えてください。

TM:曲作りは、高校1年くらいではじめたんだ。ミネアポリスの名門高校……っていってもべつにそこまで名門じゃないんだけど、そのお坊ちゃま高校に入ったときに、クラスにいた5、6人がヒップホップにはまっていて、俺はその中の一人だったんだ。
 俺は、あまりヒップホップの歌詞は聴いてなくて、それよりもビートに興味があった。で、そこから自分でビートを作るようになったんだ。父親が新しいキーボードを買って、古いキーボードを俺にくれたんだけど、あれも音楽をはじめる大きなきっかけになったね。その後、DR-202のドラムマシンも手に入れたんだ。だから、DR-202とXP-80を持っていた。曲を作り出したのはそこからだから……1997年くらいかな。
 そこからマシンをアップグレードしてサンプルにもハマりだしたり……あのときMPCを選ばなかったのはバカだった(笑)。あのときは、MPCがビートを作るのにベストなマシンだってことにまだ気づいてなくて。MPCをあのときゲットしていれば、俺のプロダクション・スタイルは断然ベターなものになっていたかも。
 でも、これはこれでよかったのかもしれない。MPCがなかったから、キーボードをプレイすることによりフォーカスできたんだ。

プロとして活動しだしたのはいつごろだったのでしょう?

TM:なぜか忘れたけど、大学一年のときに友だちのボーイフレンドでMCのやつがいて、彼が俺の寮に来たときにビートをプレイしたら、彼がその上からライムをのせて、いっしょにやりはじめるようになったんだ。で、彼がEPを作ることになって、当時の俺のプロデューサー名はクロックワイズだったんだけど(笑)、そこからいっしょに何曲か良いトラックを作ったんだ。
 以降、曲をもっと作るようになって、曲を書くミュージシャンになるっていうアイディアを少し持つようになった。大きな変化が起こったのは、その翌年にミネアポリスからニューヨークに引っ越したとき。ミネアポリスにいたとき、すでにニューヨークに引っ越した友だちがいたから、何度か彼を訪ねていったことがあって、もっと本格的に音楽をやるならニューヨークの方がいいかもしれないって話をするようになったんだ。本当はバークリー音楽大学も考えていたんだけど、あれは父親がバークリーで講師をする代わりに俺が無条件で入れる、みたいな感じだったから、それは避けたくて。
 で、実際ニューヨークに越してきてから、ニュー・スクール(大学)でジャズプログラムを専攻しているかなりハイ・レベルのミュージシャンたちに出会ったんだ。その流れで、彼らといっしょにグループを組むことになった。そのバンド名がいけてなくて──グランドファーザー・リディキュラス(Grandfather Ridiculous)っていうんだけど(笑)、彼らといっしょにユニオン・スクエア・パークでショーをやったんだ。それが俺の最初のショーになった。けっこうちゃんとしたショーで、俺のニューヨークのキャリアのはじまりだったんだ。そこからもっと真剣に音楽をやるようになった。で、そのバンドが解散してから自分の作品作りをはじめて、それが“ブロークン・ヴァイブス”になったんだ。

作曲やプロデュースはもう高校の時点からはじまっていたんですね。DJの活動はどのようにはじめたのですか?

TM:DJはそこまでやらないんだ。俺はレコード・コレクターじゃないからね。高校で聴いていた音楽しか持ってない。90年代のヒップホップとか、60年代、70年代のソウルとか。だから、俺の場合どんなパーティでもDJできるってわけじゃないんだ。俺がプレイできるレコードのカタログを持っているクラブやバーでたまにやっていたくらい。小遣い稼ぎって感じで、定期的にはDJはやってない。ここ2、3年はとくにそう。DJよりもやりたいことがたくさんあったからね。

クラブ・ミュージックが自分のスタイルだったことはないんだ。だから、当時もみんなが何を聴いているかとか、そういうことは知らなかった。俺の場合はライヴ・ミュージシャンの友だちの方が多かったし、彼らが演奏するものをチェックすることの方が多かったから。

テイラー・マクファーリンの音楽には、これまでもクラブ・ミュージックの要素が多くあり、ヒップホップ・アーティストとの共演もいくつかありました。あなたにとって、クラブ・ミュージックとはどのような存在だったのでしょう。

TM:どうだろう。自分でもよくわからない。クラブ・シーンは、俺がたくさんのミュージシャンに出会った場所ではある。ニューヨークでの最初の7年は、当時は〈APT〉っていうクラブがあって、そこによく行ってた。すごく小さいんだけど、けっこういいDJたちがプレイしてたんだよね。あの場所は俺にとって新しい音楽の発見の場所だった。インスパイアされたよ。それに関わるようになった最初のころは、ブロークン・ビートのシーンがすごく大きかったと思う。
 でも、俺ってそこまでクラブに行くタイプではないんだよね。そういう音楽やシーンを知ってる理由は、自分が出るショーの会場をチェックしたり、他にどんなアーティストやDJがプレイするのかを調べるからってだけで。クラブ・ミュージックが自分のスタイルだったことはないんだ。だから、当時もクラブのシーンでみんなが何を聴いているかとか、そういうことは知らなかった。俺の場合はライヴ・ミュージシャンの友だちの方が多かったし、彼らが演奏するものをチェックすることの方が多かったから。

初のフル・アルバムが〈ブレインフィーダー〉から出ることになった経緯について教えてください。

TM:フライング・ロータスが俺に連絡してきたんだ。LAで俺のショーがあったとき、彼も来てくれると思っていたんだけど、都合が悪くて来れなくて。だから彼がFacebookで連絡してきて、ゴメン、次は必ず行くからってメッセージをくれたんだ。で、その流れで続いていた会話の中で、俺は自分がどんな音楽を作ろうとしているかを彼に話した。そこから最終的に自分が作ったばかりの3曲、“プレイス・イン・マイ・ハート”と“ダーン・フォー(Done For)”“アウェイク・トゥ・ユー”を送ったら、彼がそれを気に入ってくれて、〈ブレインフィーダー〉からリリースしてみないか? とオファーをくれた。だからすぐに「最高だな!」って返事したんだ。

[[SplitPage]]

俺が思うジャズ・ミュージシャンっていうのは、マスタリングと楽器にフォーカスを置いているミュージシャンたちだから。楽器をどう演奏するかで自分を表現しているし、スタンダードなジャズをしっかり勉強してる人たち。

ここ数年(日本では、とくにロバート・グラスパー『ブラック・レディオ』以降)、ロバート・グラスパーやクリス・デイヴなど、クラブ・ミュージックの影響を色濃く受けたジャズ・ミュージシャンの活躍が目立っています。ジャズというジャンルで、このような音楽が続々と花開いているのは、どうしてだと思いますか。

TM:何人かのプロデューサーたちがジャズをサンプリングしてヒップホップの中に取り入れたり、クラブ・ミュージック的なタイプの音楽に取り入れたりした流れじゃないかな。たとえばムーディーマンは、ソウルの作品をたくさんサンプリングしてハウスのコンセプトにそれを取り入れている。Jディラやマッドリブも、いつもジャズやソウルをぶつ切りにして、それを使ってビートを作っていた。だから、自然とその流れでそういう音楽が出てきて、注目されるようになってるんだと思う。
 ロバート・グラスパーのようなミュージシャンたちはJディラからたくさん影響を受けているし、ロバートはJディラをたくさんカヴァーしているし、Jディラあたりがそのムーヴメントのトップにいるんじゃないかな。ヒップホップのアーティストも彼ら独自のやり方でジャズを表現していて、サンプリングしたりもしている。いまの時代、ひとつの音楽にとらわれずにそこにいろいろと混ぜるやり方で曲作りをしているアーティストは多いしね。そういった変わった音のブレンドって、すごくクールだと思う。ひとつの決まった音楽を必ずしも作る必要がないということを提示しているしね。いろんな影響が繋ぎ合わさっているのはいいことだから。

テイラー・マクファーリンの音楽は、ジャンルの枠にとらわれないものだと思います。だとすれば、ご自身の音楽において、「ジャズ性」はどういった部分にあると思いますか。過去のジャズと自分の音楽が接続されるポイントはどこにあると思いますか。

TM:わからないけど……このレコードでジャズだなと思うのは、マーカス・ギルモアがプレイしている箇所。それと、父親とマリアノスが参加しているトラックもジャズっぽいと思う。でも、俺自身はジャズというよりはソウルにインスパイアされていると思うんだよね。あとフュージョンとか。フュージョンはストレートなジャズとは違うから。俺もなんて言っていいかわからないけど、自分自身をジャズ・ミュージシャンだとはあまり思ってないんだ。俺が思うジャズ・ミュージシャンっていうのは、マスタリングと楽器にフォーカスを置いているミュージシャンたちだから。楽器をどう演奏するかで自分を表現しているし、スタンダードなジャズをしっかり勉強してる人たち。でも、俺はそういうプロセスは踏んでいないし、ビートメイキングも自己流。だから、ジャズとのコネクションを感じはするけど、それは直接的ではないんだ。

以前、自分がライヴで即興をやる部分は、気づけば自然と父親のジャズの影響が出ているかもしれないと言っていましたよね。即興演奏という部分は「ジャズ性」にはならないですかね?

TM:あ、たしかに。それは一理ある。でもどうだろうね。他のたくさんのジャズ・プレイヤーたちといっしょにハイ・レヴェルな即興をやるっていうのはやはり俺には無理だから(笑)、やっぱりそれができるのがジャズ・ミュージシャンと呼ばれる人たちだと思う。

ジャズはこれまで、ソロでの即興演奏が重要視されるような価値観があったように思います。「ソロがないとジャズとして物足りない」という意見もあります。このことについてはどう思いますか。

TM:俺はあまり音楽の定義とかそういうことは気にしない。黄金期のジャズを箱に入れて守るために誰かがそう言っているんだと思うけど、それは理解できなくもない。昔の、まさにジャズの時代のジャズ・ミュージシャンたちは、歴史を知らず知識もない若いプレイヤーがジャズを語るのは気に入らないだろうしね。でも世代を超えて要素ってものはどんどん変わっていくし、あるミュージシャンがジャズに影響を受けていたとしても、だからといってジャズの特定のスタイルにこだわらないというのは自然の流れだと思う。だから、俺は自分の音楽を必ずしもジャズとは呼ばないんだ。俺はそういうジャズの時代の後の音楽を聴いて勉強してきたわけだからね。

俺はあまり音楽の定義とかそういうことは気にしない。黄金期のジャズを箱に入れて守るために誰かがそう言っているんだと思うけど、それは理解できなくもない。昔の、まさにジャズの時代のジャズ・ミュージシャンたちは、歴史を知らず知識もない若いプレイヤーがジャズを語るのは気に入らないだろうしね。

過去のジャズ・ミュージシャンで影響を受けた人はいますか。どのような点で影響を受けましたか。

TM:マッコイ・タイナーは絶対。あとは、マイルス・デイヴィス・クインテットとジョン・コルトレーンのソロ作品。とくにマイルスとコルトレーンからは影響を受けている。あと、マイルス・デイヴィス・クインテットのメンバーでもあったハービー・ハンコック。それがトップの影響だと思う。マイルズに関しては、彼が自身の音楽の中でエレクトロの要素を出しはじめて、『ライヴ・イヴル』のアルバムを出したころ。あのときはジャズ・プレイヤーたちが電子機器を使って演奏しはじめたときで、マイルスもワウペダルやアンプ、シンセサイザーを使ったりしていた。そこからジャズとエレクトロニック・ミュージックが交差しはじめたから、あれはムーヴメントだったと思う。それに、俺が子どものころ聴いていたミュージシャンたちも彼らから影響を受けているしね。

〈ブレインフィーダー〉は、とてもユニークな音楽を発表しています。〈ブレインフィーダー〉およびフライング・ロータスに対する印象を教えてください。

TM:〈ブレインフィーダー〉はクールなレーベルだよ。いまはけっこう規模が広がってアーティストもたくさんいるけど、最初は少なくて、みんな本当に仲間って感じだった。いつもフライング・ロータスを中心にいっしょに出かけたり。そこからくる特別なエナジーがあったんだ。そのエナジーはいまも変わらない。みんな似た経験をしていて、同じ街にいて、互いにインスパイアしあって、いっしょにムーヴメントを作っている。そういう部分は本当に尊敬するよ。俺はニューヨークに住んでいるから少しアウトサイダーみたいな感じもするけど(笑)、もしかしたらフィアンセといっしょにLAに引っ越すかもしれないんだ。いまはロサンゼルスにとって特別な時期だと思う。アーティストに自由に音楽を作らせることによって境界線を押し広げている〈ブレインフィーダー〉は世界的にリスペクトされてるし、そこに関われているのはクールだと思う。
 いまのロサンゼルスのシーンでおもしろいのは、音楽から感じるエナジーが、たくさんのミュージシャンたちがお互いをよく知っていた黄金期のエナジーと似ていること。みんな一般的なスタンスは持っているけど、それぞれが自由にちがうことをやって境界線を押し広げている。みんなが新しいことにトライしているんだ。マイルスは、若手のミュージシャンたちを自分のまわりに置いて、自分の音楽を前進させようとしたことで有名だけど、きっと彼は、彼らに好きなことを一気にやらせて、それが混ざったときに生まれるダイナミックなサウンドをエンジョイしていたんじゃないかな。

いまのロサンゼルスのシーンでおもしろいのは、音楽から感じるエナジーが、たくさんのミュージシャンたちがお互いをよく知っていた黄金期のエナジーと似ていること。

 フライング・ロータスは、たぶんレーベルやコラボのために、スタンダードな音楽を作りつづけるだけじゃなく、自分の作品を前進させようとしているアプローチを持ったミュージシャンたちを探しているんだと思う。レーベルをそこからどんどんちがう方向性に広げていこうとしているんだと思うよ。それは音楽を作る上で俺にとっては大切なことだし、ロータスにとっても大切なはず。だから、ロータスが〈ブレインフィーダー〉からレコードを出さないかとオファーをくれたときはうれしかったよ。自分がいるべき場所のひとつだと思っていたから。もともとフライング・ロータスのファンでもあったんだ。彼の音楽に関して好きなところは、最初に聴いた時点でそれをすべて理解する必要がないこと。一瞬でわかる要素もあれば、彼はいったいここで何がしたかったんだろう? と思う箇所もある。でも、聴いていけば聴いていくほど、だんだんそれがわかってくるんだ。そうやって彼の考えの中にじわじわと入っていくのがおもしろいんだよね。

[[SplitPage]]


何を使って曲を作ろうが、最終的にはただの音を超えた何かを得ることが大事だと思うから。


Taylor McFerrin
Early Riser

ElectronicaJazzDowntempo

Tower HMV Amazon iTunes


『アーリー・ライザー』では、とくに“フロラジア(Florasia)”が、ディ・アンジェロやエリカ・バドゥを思わせる、ネオ・ソウルのような曲でよかったです。共演したホセ・ジェームスなどの活躍もあり、ネオ・ソウルにも注目が集まっているように思います。“フロラジア”ではヴォーカルもとっておられますが、このような音楽(ネオ・ソウル)に対して、どのように思っていますか。

TM:俺にとって、いちばん音楽に影響を受けた時代は、高校と大学1年のとき。その時期は、ミュージシャンになりたいと思わせる影響をたくさん受けていた。自分たちをスーパー・グループと呼んでいたソウルクウェリアンズとか。だから、ディアンジェロ、Jディラ、コモンとかだね。気にしていない人もいたけど、彼らのほとんどがネオ・ソウルという言葉を好んでいなくて……でも、君が言っていることはわかるよ。あのトラックは、じつはアイズレー・ブラザーズみたいな曲を作ろうとしてたんだ。ドラムのパターンはたしかにソウルクウェリアンズに影響を受けているし、他に比べて、あのトラックはとくにそういう要素が目立っていると思う。俺にとって、ああいった音楽は時代を超越した音楽なんだ。本物の楽器をプレイしてるし、だからこそ、そのサウンドには暖かみがある。そういう暖かさを持った音楽は、俺はタイムレスな音楽だと思うんだ。ネオ・ソウルに限らず、他にもいろいろあるけどね。」

プログラミングで打ち込みの音楽がおこなえるようになった現在、プレイヤーの演奏技術は重要だと思いますか。重要だとすれば、どのように発揮されるのが良いでしょう。

TM:大切だと思う。何を使って曲を作ろうが、最終的にはただの音を超えた何かを得ることが大事だと思うから。たくさんのアーティストたちがMPCを手に入れているけど、そのうちの誰もがJディラみたいにプレイれきるわけじゃないし、デジタルのキーボードだけでは、ある特定のタイプのサウンドはゲットするのが難しいんだ。サウンドのパレットにリミットができてしまうから。でも本物の楽器を持っていれば、音に違いが生まれる。なぜかって訊かれると説明できないけど、金があったら俺はそのすべてをヴィンテージのギアに使う(笑)。音楽にとっては、いくつかのプロダクション・テクニックを同時に使ってミックスするのも大切だと思うんだ。そうすれば可能性が広がる。昔のギアだけを使ってももちろん制限はできるけど、いろいろなものを使った方がサウンドの幅は広がるんだよ。

マシンにマーカスみたいな演奏はできないってことですね(笑)。

TM:無理無理(笑)。たぶん、ある程度クレイジーなことはできるんだと思う。でもマーカスほどは絶対に無理だろうな。だから俺はマーカスを呼んだんだ。実際、そうしたことでサウンドのまわりにそれまでとはまったくちがう空間がもたらされたしね。

なぜかって訊かれると説明できないけど、金があったら俺はそのすべてをヴィンテージのギアに使う(笑)。

テイラー・マクファーリンの音楽の特徴に、精密なプログラミングやサンプリングがあると思います(とくに“ブロークン・ヴァイブス”)。プログラミングやサンプリングという手法について、どのように思っていますか。

TM:うーん、俺は他のレコードからサンプリングしないから、なんとも言えない。自分で作ったものはサンプルするけど、他の作品からはどこからもサンプルしたことはないんだ。まあ、プログラムのためのドラムのサンプルはもともと何かオリジナルがあるんだろうけど、それを除いて、俺はメロディックな要素はサンプルしないんだ。だから俺自身は、自分ですべてをプレイした作品に対していちばん繋がりを感じる。もちろんサンプリングを否定しているわけじゃないし、つねにそうだってわけではないよ。お気に入りのプロデューサーの中にはサンプルだけで作品を作る人たちもたくさんいるし。でもおかしなことに、俺は自分が聴いて育ったどのミュージシャンよりもサンプリングをやらないんだ。自分がメランコリーを感じられる曲は、やっぱり自分でプレイした曲なんだよね。

“プレイス・イン・マイ・ハート”では、ライアット(RYAT)のヴォーカルもあいまって、ビョークの音楽を連想します。また、“ジ・アンチドート(The
Antidote)“もエレクトロニカのように繊細な音楽です。ご自身には、ポストロックやエレクトロニカの影響などはありますか。

TM:いいとは思うけど、そこまで影響は受けてないと思う。俺は、あまり特定の音楽のハードコアなファンにはならないタイプなんだ。さっき言ったような、ソウルクウェリアンズやネオ・ソウル・ムーヴメントを除いては。あれにはめちゃくちゃハマったからね。でも、ドラムンベースやトラップにハマったことは一度もない。自分が聴くすべての音楽からの影響を受け入れるようにしたかったから。“ジ・アンチドート”のプロデュースの仕方はじつは大変で……あのトラックは、最初はもっと早かったんだ。かなりね。でもアルバムの他のトラックでそこまで早い曲がなかったから、すべてをスローダウンしたんだよ。で、スローダウンしたらすべてのサウンドがピッチダウンして……最終的にはぜんぜんちがう作品になった。そんな音になるとは、自分でも思わなかったんだ。エレクトロニカのビートを作るぞ! って感じではなくて、たまたまああなったっていう(笑)。でも、もちろんそういう要素も含まれてはいるとは思うよ。

おかしなことに、俺は自分が聴いて育ったどのミュージシャンよりもサンプリングをやらないんだ。自分がメランコリーを感じられる曲は、やっぱり自分でプレイした曲なんだよね。

“オーレディ・ゼア(Already There)”では、ロバート・グラスパー、サンダーキャット、マーカス・ギルモアを迎えて、とても緻密で技巧的な演奏が繰り広げられています。“オーレディ・ゼア”は本作のひとつのハイライトだと思いますが、この曲はどのように作られたのでしょうか(セッション的だったのか、誰かがイニシアチブを取っていたのか、など)。

TM:マーカスにまずドラムを叩いてもらって……それは3年も前の話なんだけど(笑)。そのあとに自分でピアノとシンセのパートを作った。で、ピアノのパートがあまりしっくりこなかったから、ロバートに弾いてもらって自分のシンセパートだけ残して、それから最後にサンダーキャットのロサンゼルスの家に行って、15テイクくらいベースをレコーディングしたんだ。みんな友人だからコラボしやすかったし、それを参加してもらうための説得に利用したんだよ(笑)。友だち同士で共演できたらエキサイティングじゃない? ってね(笑)。これはアルバムの曲の中で最後にできた曲。その3つのレコーディングをミックスして、ひとつのセッションみたいにしたんだ。

『アーリー・ライザー』のレコーディングにおいては、どのくらいセッションで合わせられているのですか。それとも、ほとんど別録りでしょうか。

TM:トラックのほとんどが、まず自分で全部レコーディングしたんだ。それか、自分で75%仕上げてからその残りを補うためにゲストを呼んだり。誰ともあまりセッションしてないけど、セッションとしてスタートした曲がひとつだけある。それは最後のトラックなんだけど、他はぜんぶ俺が一人で先に音を作って、それから他のミュージシャンを呼んで、上からジャムしてもらったんだ。

[[SplitPage]]


たとえばJディラの音楽にはたくさんレイヤーが入ってるんだけど、その中にはリード・レイヤーがない。だから、すべてのレイヤーを聴くには、何度も何度もその曲を聴く必要があるんだ。ちょっと変わったサンプルが密かに入っていたり、聴けば聴くほど新しい発見がある。


Taylor McFerrin
Early Riser

ElectronicaJazzDowntempo

Tower HMV Amazon iTunes

アルバム全体のサウンドもとてもバランスが良く、心地いいです。ミックスの作業にはこだわりはありましたか。

TM:ミックスで意識したことか。たとえばJディラの音楽にはたくさんレイヤーが入ってるんだけど、その中にはリード・レイヤーがない。だから、すべてのレイヤーを聴くには、何度も何度もその曲を聴く必要があるんだ。ちょっと変わったサンプルが密かに入っていたり、聴けば聴くほど新しい発見がある。このレコードは、それを意識してミックスしたんだ。ミックスは全部自分でやった。でもこのレコードに関しては、あまりミックスの環境はよくなかったんだよね。いいアパートに住んでるわけでもないし、オフィシャル・スタジオをもってるわけじゃないし。アルバムを聴いていると、もう少し時間をかけたかったなと思う箇所がある。やろうと思えばできたんだろうけど、ちょっと環境がね。本当はもう少し上手くできるんだけど。
 プロのスタジオに自分の音楽を作りにいったことがないんだ。それをずっと続けているから、いまはそれが逆に変な感じがして、もしそれをやってみたらどうなるかわからない。でも、超デカいスピーカーでやると、大きいアレンジのフリークエンシーが聴こえるから、もっとミックスは簡単になる。今回のレコードでは、いくつかのちがうカー・ステレオで聴いたりしてみたんだ。いま聴くと、自分のスタジオでは聴こえなかった周波数が聴こえる。だから自分が思っていたのと少しちがって聴こえるんだよね。ミックスのプロセスは、ほとんど俺のヘッドフォンといくつかのカーステレオでやったから、次回はよりよい作品を作るためにももう少しちゃんとしたスタジオでやれたらと思ってるんだ。
 俺はオフィシャルなものを作るという目的なしに作品を作りはじめることが多いし、そのせいで個々にトラックを仕上げられないという問題がある。もっとたくさん音楽を作ることもできたかもしれないけど、たまに自信がなくなってなかなか進まないこともあったんだ。この4年間の中間地点くらいでは、本当にアルバムを仕上げられるのかわからなくなって悩んでいた。先が遠すぎて、もう無理かもとも思ったくらい(笑)。でもいまはそれを乗り越えているから、どうすればいいかわかってる。ゲストを迎えて何かを補うこともできるということ、それによってよりよいものが作れることもわかったし。だから、次のアルバムはもっとスムーズにいくと思う。次はもっとこうやりたいっていうアイディアがすでにあるんだよね。ミックスもそうだし、もっと自分のヴォーカルを増やすとか、より自分で楽器を演奏するとか。


ちょっと俺と親父の音楽はちがうんだ。でも、自分には親父にできない何かがあるっていうのはクールだし(笑)、それでいいと思ってる。

『アーリー・ライザー』には、父親のボビー・マクファーリンさんも参加されています。父親から学んだことはありますか。

TM:変に聞こえるかもしれないけど、いままで父親に直接音楽のことに関して何かきいたことはないんだ。彼からどういう影響を受けたのか、自分にもわからない。父親をもちろんリスペクトはしてるけどね。それは逆も同じで、彼も俺の音楽をリスペクトしてくれている。でも、父親の音楽の世界を特別に理解しようとしたことがないんだ。俺はヒップホップのような、彼のスタイルじゃない音楽を聴いて育ったから。音楽を作りはじめたときも最初からビートだけを作っていたし、親父はもっとジャズやクラシックのバックグラウンドから来ているし。そういう音楽では、もっとテクニカル・スキルや楽器が重視される。他のミュージシャンとの即興は、本当にハイレベルな技術が要求されるからね。でも俺は、サウンドとテクノロジーを操ることに慣れている。だから、ちょっと俺と親父の音楽はちがうんだ。でも、自分には親父にできない何かがあるっていうのはクールだし(笑)、それでいいと思ってる。俺は逆に親父ができることができないし。でもさっきの即興の話みたいに、年齢を重ねると、「この部分、気づけば親父の影響を受けてるな」と思うことがたまに出てくるんだ。ショーをやっていると、気づけば即興をたくさんやっているんだよね。俺の場合は楽器じゃなくてテクノロジーだけど、それでも即興はする。やっぱりそれはジャズの影響だと思うし、俺のやることの一部。それは父親からダイレクトに受けた影響なんじゃないかな。彼の90分間のショーを何度も見てきたから。もちろんその中にはたくさんの即興があった。だからなのか、即興がすごく心地がいいんだよね。自分にとっては普通のことなんだ。それは育った環境で自然と身に付いたものだと思う。俺がずっと観察してきたことだから。

現在のミュージシャン/アーティストで気になる人はいますか。

TM:俺はお気に入りのレコードを何度も聴く派だから、気になるアーティストってあまりいなくて。いまはとりあえず、ハドソン・モホーク、ジェイムス・ブレイク、フライング・ロータスとサンダーキャット。それだけ(笑)。あまりいまのシーンがどうとか、周りで何が起こってるかとかは気にしないタイプなんだ。ブログをチェックしているときに新しい作品を見つけたりはするけど、あまりラジオも聴かないし、自然と自分のところに来た音楽を聴くことの方が多い。とくにニュー・アーティストに関しては、あまり彼らの音楽は聴かないようにしている。2、3回聴くだけかな。影響されすぎないようにそうしているんだ。たまにミキシングのテクニックを自分のと比べてみたりはするけど。あと、あまりに変わっている音楽で、「よし、これには音楽のルールはないんだな」と一度わかると聴いたりはする。でも普通は、偶然誰かのアルバムを知って、それがよければしばらく聴くって感じかな。俺は新しい作品よりも古い作品のほうをひんぱんに聴くし。

ハドソン・モホーク、ジェイムス・ブレイク、フライング・ロータスとサンダーキャットのどのような点が気になりますか。

TM:彼らが似た影響を受けていることは明らかで、似ている環境から来ていることもたしか。でも、みんなそれぞれがちがうアプローチをもってる。それが新鮮なんだ。いま起こっていることに影響を受けるのは悪いことではない。でも俺は、何かをチェックするよりも、ライヴに出演して実際に会場で影響を受けるほうが好きなんだ。

ニュー・アーティストに関しては、あまり彼らの音楽は聴かないようにしている。2、3回聴くだけかな。影響されすぎないようにそうしているんだ。たまにミキシングのテクニックを自分のと比べてみたりはするけど。

ブルックリンを拠点にしているということですが、ブルックリンは、ヒップホップ、フリージャズ、オルタナティヴ・ロックなど、さまざまな音楽がひしめきあっています。ご自身の活動において、ブルックリンという街に与えられる刺激などはありますか。

TM:ブルックリンには本当にたくさんのアーティストがいて、ニューヨークの中でもスペシャルな場所だと思う。もう14年も住んでるから、ブルックリンの一員って感じはするね。もちろんブルックリンは俺という人間の一部だし。マンハッタンとはちがうけど、アーティスト仲間の90%はここに住んでるし、俺たちの街って感じがする。刺激を受けているかはわからないけど、ブルックリンの人たちが俺の作る音楽に共感してくれてるってことは、何か繋がるものがあるのかもしれないね。」

最後にもう一問だけ訊かせて下さい。ジャイルス・ピーターソンに激賞されましたが、ジャイルスからはどのように評価されたのでしょう。

TM:「彼は初めて“ブロークン・ヴァイブスEP”をかけてくれたDJのひとり。もう何年も俺の音楽活動をサポートしてくれているんだ。彼がどう俺の作品を評価したかはわからないけど、たぶん、最初にEPが出たとき、それが当時のUKで起こっていたサウンドに影響されてたっていうのが気に入ってくれた理由のひとつだと思う。そこに何か繋がるものを感じたんだじゃないかな。最近も彼からインタヴューを受けたけど、彼は本当によくしてくれるし、キーとなるDJのひとりだし、彼みたいな人が気に入ってくれることには大きな意味がある。すごく光栄だよ。何故俺の音楽を気に入ってくれたのかはとくに聞いてないけど、俺らしいスタイルを気に入ってくれたんじゃないかなと思う。たくさんの音楽からのさまざま」な影響がミックスされているから。ジャイルスもそういうスタイルを好むんだよ。

■今週末の〈ブレインフィーダー〉へ出演!

史上最大スケールで開催されるレーベル・パーティ〈BRAINFEEDER 4〉。フライング・ロータスやティーブスを堪能しつつ、テイラー・マクファーリンを目撃しよう!

2014.05.23 FRI @ 新木場ageHa
open/start: 22:00
前売チケット: ¥5,500

https://www.beatink.com/Events/Brainfeeder4/

テイラー・マクファーリン単独公演決定!

2014年9月25日(木)@東心斎橋CONPASS

2014年9月26日(金)@渋谷WWW

more info : https://www.beatink.com/Events/TaylorMcFerrin/

マージナル=ジャカルタ・パンク - ele-king

 インドネシアに熱いパンク・シーンがあるという話はけっこう前から小耳に挟んでいたし、日本からもFuck on the BeachやCheerio、Jabaraといったアンダーグラウンドなハードコア・バンドがインドネシア・ツアーを行って現地バンドと交流しているのも知っていた(FxOxBは東南アジア・ツアーで共演したジャカルタのバンドRelationshitとスプリットCDもリリースしている)。
 そんなジャカルタのパンク・シーンに興味を持ち、取材を続けている日本人女性がいる、ということを都築響一さんがメルマガの記事にしていた。
https://www.roadsiders.com/backnumbers/article.php?a_id=294
https://www.roadsiders.com/backnumbers/article.php?a_id=297

 メルマガでの、フォトジャーナリストの中西あゆみさんへのインタヴューでは、彼女がどのようにジャカルタのパンクに興味を持ち、紆余曲折を経てシーンの中でもある種特別なポジションにあるバンド、マージナルと出会い、彼らに魅せられて取材を続けていったのかが紹介された。最終的にはマージナルのドキュメンタリー映画として完成させることが目標となっているプロジェクトだが、資金調達を兼ねた経過報告として、ライヴハウスなどでの小規模な上映会が行われたのが昨年秋のこと。その際、ぼくは中野のライヴハウス〈ムーンステップ〉で、Cheerioなどいくつかの日本のバンドのライヴと併せた形で行われた上映会に足を運んだ(そのときのことはブログにも書きました。ここで一気に心をつかまれた。

 いわば高度経済成長期にあるインドネシア、とくにジャカルタでは大規模な都市開発が進む一方で、少なからずそれに取り残された人々が存在する。マージナルは学校に行くこともままならないような貧しい子どもたちにウクレレを提供して演奏を教え、自分自身で日銭を稼ぐ術を与えている。バンドの音楽性は代表曲“レンチョン・マレンチョン”をはじめ、人懐っこくも力強いシンガロングをフィーチャーしたフォーク・パンクともいうべきものだが、子どもでも演奏できることが想定されているのだと思うとそれもまた納得できる。



 さらには自分たちが住む住居をコミュニティ〈タリンバビ〉(「豚の牙」の意)として近隣の子どもたちに場所を提供しているのである。バンドのマーチャンダイズ、そしてバンド・メンバーたちによる版画やタトゥーの収入などで家賃を捻出し、みんなで食事をしている姿には、CRASS以来のアナーコパンクの理想が地に足をつけて息づいていることがまざまざと感じられる。

 さて、じつはぼくは1月にインドネシア旅行に行ったので、その際に〈タリンバビ〉を訪れている。数日前からメールや電話でコンタクトを試みていたのだがぜんぜん連絡が取れずにおかしいなと思っていたのだけれど、住所はわかってるからとりあえず行ってみることにした。タクシーの運転手にその住所を見せたところ、「そのあたりは洪水の被害に遭っているから行けないかもしれないよ」と。たしかにちょうどその時期は雨季にあたり、何度か土砂降りにあったりもしていたのだが、それで連絡がつかなかったのか……。でもせっかく来たので「なんなら泳いでいくからとにかく行けるとこまで行ってくれ」とタクシーを走らせて一路郊外へ。1時間ほども走ったところで、「この先だよ」と言って、小さな路地を指差される。見るとたしかに、一歩路地に入ると膝まで水に浸かっている。まあ仕方ない、ここまで来たら行くしかないとザブザブと入っていく。

 道の両脇には民家が並んでおり、ぶらぶらしている人がいるので、前方を指差して「タリンバビ?」と聞いたりしていると、ちょっと前を歩いている女の子たちが「あなたたちもタリンバビに行くの? わたしたちも行くからいっしょいっしょに行こう」と言ってくれた。マレーシアから来たという。
 数十メートルも歩いていくと、小さな一軒家にたどり着く。「ハローハロー」とか言いながら入っていくと、マージナルのヴォーカリスト、マイクや子どもたちが笑顔で迎えてくれた。

 マイクは昨年の上映会の際に来日しており、終了後にぼくもちょっと挨拶もしたのだけど、幸いこちらのことを覚えていてくれて、そこから1時間ほどいろんな話をしてくれた。
マージナルはそもそもスハルト政権時代に、政府に抗議する学生運動を通して生まれたこと、近所の人たちとはうまくやっていて政府から弾圧されるようなことがあってもみんなが守ってくれること、近所の子どもたちからすればタリンバビは第二の我が家みたいなものだということ。洪水の被害は心配していたほどではないようで、雨季にはよくあることなので洪水が来れば近所同士で声を掛け合い、手助けしあって荷物を二階に運んでいること等々。


 そうはいっても大変だろうからせめて何かの足しにでもと思い、Tシャツを買うと申し出たのだけれど、むしろこんな状況でおもてなしもできなかったからと言ってTシャツやらパッチやら次々と「いいから持って帰れ」と言ってこちらに渡してくるので、このままいるとどんどん物をもらうことになってしまいそうなので、再会を誓って帰ることに。
 映画のとおりの魅力的な人物だった。短い滞在だったがいっしょに行った妻(ロックとかパンクとかはぜんぜん興味がないというかむしろ嫌いなのだが)も、マイクの暖かい人柄に、すっかりファンになったのだった。

 そして、そのマイクとマージナルがやってくる。すでにアップリンクにてドキュメンタリー映画(「2014年春版」としてアップデートされている)の上映ははじまっており、マイクおよびバンドのもうひとりの顔であるボブは上映にあわせて一足先に来日してアコースティック・ライヴや版画のワークショップを行っている。「パンク」というものに多少なりとも思い入れを持っているすべての人に見てほしいと思う。



■マージナル=ジャカルタ・パンク 2014年春版
Jakarta, Where PUNK Lives ? MARJINAL


© AYUMI NAKANISHI

渋谷アップリンク・ファクトリー
料金一律¥1,500(別途ドリンク代)
https://www.uplink.co.jp/movie/2014/25940

・5/11(日)アコースティックライヴ&版画ワークショップ
(ゲスト:MARJINAL Mike&Bob)
※5/11(日)版画ワークショップは開場時間から始めさせていただきます。
・5/12(月)アコースティックライヴ
(ゲスト:MARJINAL Mike&Bob)
・6/11(水)トークショー ゲスト近日発表
・6/12(木)トークショー ゲスト近日発表
・6/13(金)トークショー ゲスト:都築響一、中西あゆみ

さらにはほかのメンバーが合流し、バンドとしてのツアーも続く。タートル・アイランド主催の「橋の下音楽祭2014」に出演するほか、各地のすばらしいアンダーグラウンド・ハードコア・バンドたちとの共演や映画上映、ワークショップ等が行われる。

5/16 (Fri): 中野MOONSTEP(東京)
517&18 (Sat)(Sun): 豊田橋の下音楽祭. "SOUL BEAT ASIA 2014," (愛知)
5/19 (Mon): 四日市VOTRTEX(三重)
5/21 (Wed): CAFE BORDER(広島)
5/24 (Sat): PLAYER'S CAFE(沖縄)
5/25 (Sun): 新宿ANTIKNOCK(東京)
5/28 (Wed): 横浜CLUB LIZARD(神奈川)

interview with Swans - ele-king


スワンズ - To Be Kind
[解説・歌詞対訳 / 2CD / 国内盤]
MUTE / TRAFFIC

Amazon

 4月8日に保坂さんと湯浅さんとディランのライヴ──モニターがトラブったあの日である──にいった翌週、季節はずれのインフルエンザにかかりタミフルでもうろうとしながらこのインタヴューの質問を考えていたら、ボブとジラが二重写しになったのは、テンガロン・ハットをかぶったいかめしい男を真ん中にした男臭い集団のもつムードに似たものをおぼえたからだろうが、それはアメリカの国土に根づく、というより、いまも澱のようにこびりつくアメリカン・ゴシックの、無数の歴史的諸条件によりかたちづくられた感覚を、一方は60年代のフォーク・ロックとして、他方は80年代のインダストリアルと00年代のフリーフォークがないまぜになった感覚で表出するからではないか。音楽の貌つきはまったくちがう。映し出す時代も、住処も地表と地下ほどにちがうかもしれない。ところがともにフォークロアではある。それはポピュラリティさえもふくむ複層的な場所からくる何かである。

 私は前回のインタヴューで再活動をはじめてからのスワンズの宗教的ともいえる主題について訊ねたところジラはそれを言下に否定した。それもあえていうまでもなくそれはディランが70年代末から80年代初頭キリスト教ににじりよったように彼らの一部でありいうまでもなかったのかもしれないと思ったのだった。

 『To Be Kind』は前作『The Seer』を引き継ぎ、長大な曲が占める。セイント・ヴィンセント、コールド・スペックスを招き、ジョン・コングルトンが録音で参加した布陣も今回も冴えている。朗唱のようなジラのヴォーカルと豪壮な器楽音の壁が長い時間をかけ徐々に徐々に変化する作風は前作以上に有機的で、1年前の日本公演をふくむワールド・ツアーの成果を反映した現在のスワンズの音楽を指してジラは「音の雲」と呼ぶのだが、刻刻と変化するのにそれは同時に豪壮な構築物でもある。矛盾するような得心するような、こんな音を出せるバンドは彼らをおいてやはり他にいない。

ハウリン・ウルフは私のヒーロー、アイコンなんだ。彼の自伝も数年前読んだ。すごい人生を歩んだ人だ。1900年代初頭のミシシッピの貧しい小作人の子どもでね、13歳になるまで靴もはいたことがないほどだった。8、9歳くらいから畑を耕しはじめ、もちろん教育など受けたこともなかったが缶を叩きながら畑の中で歌った。

2013年2月の来日公演からすでに1年経ち記憶も定かでないかもしれませんが、とはいえ、その前の来日公演となると20年以上前だったわけですが、なにか印象に残っていることがあれば教えてください。

MG:その来日ではライヴは1回こっきりだったんだけど、日本のファンはとても熱狂的だったのを憶えているよ。あと、これはいつも思うことなんだけど、日本人の礼儀正しさにはほんとうに関心するね。

資料によれば『To Be Kind』の素材となった部分はこのときのツアーで練り込んでいったとあります。じっさい2013年2月の東京公演では“To Be Kind”ではじまり、“Oxygen”などは“The Seer”とメドレーで演奏していました。そのときすでに『To Be Kind』のコンセプトはできあがっていたのでしょうか?

MG:いや、一部の(と強調)要素はライヴを通じて、インプロヴァイズしながら練り込み、そこから私がリフやグルーブを足して、一年をかけてひとつの大きな作品として形を変えていった。たとえば、はじめの段階では歌詞はまだなかったのがその当時読んでいた本を元にライヴで徐々に歌詞をつけたしたりした。それがこのアルバムの半分くらいの曲で、残りの曲のグルーブやサウンドに関しては、アコギでつくりあげたんだ。“A Little God in My Hands” “Some Things We Do” “Kirsten Supine”“Natalie Neil”、それと“To Be Kind”もコアの部分はすべてアコギでつくった。『To Be Kind』の多くはそういった手法でメンバーと集まってつくりこんだ。スタジオでは他のミュージシャンも参加して私がアレンジを加え、練り込み、映画のサウンドトラックのような感じにつくりあげた。

『The Seer』と『To Be Kind』は長尺曲を中心としたCD2枚+DVD1枚にわたる作品という両者の構成もよく似ています。このような構成にこだわった理由を教えてください。あるいては楽曲の要請としてこれは必然だったのでしょうか。

MG:ライヴ音源は長時間に渡っていたからね、34分っていう曲もあったし。そういう曲のことをどういえばいいのか、音の雲とでも呼ぼうか。曲の長さを気にすることなく、流れに任せて演奏して、その曲の存在価値を見い出そうと決めたんだ。素材が集まった段階でどういうフォーマットに落とし込んでリリースするかを決めた。それで今回はCD2枚、ヴァイナル3枚という構成になったんだ。DVDはボーナス・ディスクだ。ほら、われわれは心優しいからね(笑)。

とはいえ、前作と本作では音の表情はかなりちがっています。よりブルージーになったといいますか。要因のひとつにレコーディングを担当したジョン・コングルトンの存在があったのではと思うのですが、彼とは事前にどのような音づくりを目指しましたか。またレコーディング中で印象に残ったトピックがあれば教えてください。

MG:メンバーは私が集めてきた要素よりも、ライヴでやったものを意識していた。どういうサウンドのアルバムにしたいかということはすでに頭にあったし、曲ごとにどの楽器を使うか、どういう構成にするかなどのリストもつくっていた。他のミュージシャンが参加して、別のものをもってくると私のアイデアよりもいいと思うものが出てきたりもした。ブルージーになったかどうかはわからないな。ブルースの雰囲気くらいはとりいれていたかもしれないがコード進行までは意識してはいない。どちらかというと、グルーブとか深い音という面でだろうね。ジョンとはそれぞれの曲がどのような相互作用を持つかを重点に考えていた。スタジオで録音されたものをきっちり演奏するというよりも、ライヴで演奏を重ねることによってより大きな建造物をつくりあげていきたいと思ったんだ。

[[SplitPage]]


Jennifer Chruch

ルーヴェルチュールは奴隷の反乱の扇動者で、ナポレオンの失脚の一因ともなった人物だ。1700年代後半から1800年代前半のハイチで初めて奴隷の反乱が成功したのはルーヴェルチュールのおかげだった。その後にナポレオンの部隊に捕まり、フランス国内で投獄されそこで人生を終えた。

音楽の形式としてゴスペルに対する憧憬をあなたは前回のインタヴューで述べておられました。『To Be Kind』ではそれがより直裁に表現されたと考えられないでしょうか。

MG:実際ゴスペルは詳しくないんだけど、永遠に続くクレセントがゴスペルに通じるものがある、という意味でその当時そういったんじゃないかな。ゴスペルの熱気のようなものはスワンズとの共通項だね。

ジョン・コングルトン氏はセイント・ヴィンセント氏からの紹介ですか?

MG:いや、その反対だ。ジョン・コングルトンが以前からスワンズといっしょにやりたいといっていたんだ。もともと、スワンズのパーカッションのソー・ハリスがジョンとかかわりがあり、いちどShearwaterというジョンがプロデュースしたバンドとライヴをしたんだ。ソーはあと、スモッグの……えーっと誰だっけ? そう、ビル・キャラハンともいっしょにやって、それもジョンがプロデュースした。そういうわけでソーがジョンのことを薦めていっしょにやるようになった。ジョンは長年のスワンズ・ファンなんだけど、3年程前にスワンズの曲をセイント・ヴィンセントに聴かせたら、えらく気に入ってくれてわれわれのライヴに来るほどのファンになったんだ。今回のアルバムでは構想段階で女声ヴォーカルがほしかったから、セイント・ヴィンセントに連絡をしたというわけだ。レコーディングではダラスまできてくれて、すばらしいヴォーカルを録ることができたよ。

彼女以外に『To Be Kind』でも前作と同じく多彩なゲスト・ミュージシャンを起用されています。準メンバーのビル・リーフリン氏以外に、上述のセイント・ヴィンセント氏、コールド・スペックス氏のふたりの女声ヴォーカルが特徴的ですが、彼女たちに声をかけたのはそのような理由だけですか。

MG:コールド・スペックスはソウルフルでゴスペルなすばらしい声のもち主だ。“Bring the Sun”にぴったりだった。彼女を起用したのは、すばらしいシンガーだから。この一言に尽きる。彼女は以前、スワンズのカヴァーをやったこともあるんだ。いままで聴いてきたスワンズのカヴァーで唯一いいと思えたのが彼女がやったものだった。『My Father Will guide Me Up A Rope To The Sky』に収録した“Reeling The Liars In”という曲で、いうことなしのできだった。そこから繋がったんだ。

「Chester Burnett(ハウリン・ウルフ)」「トゥーサン・ルーヴェルチュール」といった歴史上の人物を本作ではとりあげたのはどのような理由からでしょうか? またこれら歴史上の人物からあなたはどのようなインスピレーションを得たのでしょうか。

MG:ハウリン・ウルフは私のヒーロー、アイコンなんだ。彼の自伝も数年前読んだ。すごい人生を歩んだ人だ。1900年代初頭のミシシッピの貧しい小作人の子どもでね、13歳になるまで靴もはいたことがないほどだった。8、9歳くらいから畑を耕しはじめ、もちろん教育など受けたこともなかったが缶を叩きながら畑の中で歌った。ほどなくギターも習った。苦境に立たされているからそこから逃避したい気持ちがあったんのだろうね。後に南部を中心に酒場のドサまわりをはじめ、知名度もあがってきたところで、シカゴに移り、マディー・ウォーターズらとともにエレクトリック・ブルース、つまりシカゴ・ブルースだ、それを確立した。それがのちに多くのひとに多大な影響を与えることになった。その意味では魔法使いという呼び名がふさわしい。苦境から這いあがり世の中に多大な影響を与えるすばらしい人生であると同時にすばらしい声のもち主でもありひと息で低いバリトンから高いヨーデル調の声まで幅広く出る。彼の曲には楽しくてダーティで性的な要素がすべて詰まっている。
 ルーヴェルチュールはまったく別のところから引っ張ってきた。“Bring the Sun”はインプロヴァイズを重ねてつくった曲で歌詞はなかった。その頃私はルーヴェルチュールの伝記を読んでいて、それで彼の名を歌詞の中で連呼することを決めた。そこから歴史的瞬間を捉えるような音的な言葉をつけ加えて曲を構築したんだよ。ルーヴェルチュールは奴隷の反乱の扇動者で、ナポレオンの失脚の一因ともなった人物だ。1700年代後半から1800年代前半のハイチで初めて奴隷の反乱が成功したのはルーヴェルチュールのおかげだった。その後にナポレオンの部隊に捕まり、フランス国内で投獄されそこで人生を終えた。
 彼もハウリン・ウルフと同じく、奴隷としての人生から自由の身となり、働いていた農園のオーナーからは努力を認められ、オーナーや修道士から読み書きを教えてもらったそうだ。そこから、ルソーなんかのフランス啓蒙思想家やマキャヴェッリについて読み、軍事戦略について学んだ。彼も奴隷からはじまり歴史を変えた人物だった。ルーヴェルチュールによるナポレオンの失脚がなければ、ナポレオンはアメリカへルイジアナを譲渡することなどなかったにちがいない。ルーヴェルチュールの軍に勝つには、軍事強化のための資金が必要だったかね。だから彼も世界の歴史を変えた人物の一人だよ。私が読んだのは、マディソン・スマート・ベルの著書(マディソン・ベルはルーヴェルチュールとハイチ革命について『All Souls' Rising』『Master of the Crossroads』『The Stone That the Builder Refused』の三部作を著し、『Toussaint Louverture : A Biography』なる評伝もある)。フランスの歴史上重要な時代だからおさえておいた方がいい。

『To Be Kind』はなぜ〈Young Gods〉ではなく〈Mute〉からのリリースなのですか?

MG:〈Mute〉のダニエル・ミラーがスワンズのことを再結成後からずっとフォローしてくれていたんだ。私は1990年から〈Young Gods〉をやっていてスワンズをはじめ、他のアーティストのリリースもしてきているから、あえて他のレーベルと契約するのは頭になかったのだけどアメリカ国外のディストリビューションには弱かったから、ダニエルがミュートとの契約の話をもちかけてくれてよかったよ。どちらかというとパートナーシップだね。われわれは若いバンドでもないし、懐の広い叔父さんのレーベルと契約をしたわけではない(笑)。音楽を心から愛して、サポートの厚いダニエル・ミラーのことは私自身とても尊敬しているし、ミュート・レコードからのリリースはとても名誉なことだ。だからこういう流れになってうれしいよ。

[[SplitPage]]


Sibastian Sighell

音楽を心から愛して、サポートの厚いダニエル・ミラーのことは私自身とても尊敬しているし、ミュート・レコードからのリリースはとても名誉なことだ。だからこういう流れになってうれしいよ。

『To Be Kind』は繊細かつ実験的な音づくりだと思いました。あなたは前回のインタヴューでベーシック・トラックを録った後、どのような音が必要か考え、音を追加するとおっしゃっていました。今回はそれが非常に緻密におこなわれていると思いましたが、そこにもジョン・コングルトン氏のアイデアが活かされているのでしょうか。

MG:うん。彼は今作ではプロデューサーではなくエンジニアだ。だいたいにおいて、私がアイデアを出して練り込むんだけど、彼に「これも試してみなよ」ってな感じでいわれたり。プロデューサーではないんだけど、アイデアを提供してくれたりはしたよ。どんなエンジニアにもそうあってほしいと思うよ。たとえば、エンジニアにはピッチがおかしかったりしたら、それをすぐに察知して教えてほしい。私はそれ以外のことで頭が一杯だからね。ジョンはその役割も果たしてくれている。私のアイデアをうまくまとめて、さらに広げてくれもした。そういった意味ではジョンのアイデアはかなり活かされているよ。

逆にいえば音盤をライヴで再現するのは難しいと思いました。その点についてはどう思われますか。ライヴはスタジオワークとはまったく別ものでしょうか? スワンズとってレコードとライヴをそれぞれ定義してください。

MG:まず、音源をライヴで忠実に再現することには一切興味はない。ライヴでプレイするのであれば、まったく別のものにしたいと思っている。アルバムをプロモートするためにライヴをしたいんじゃない。ライヴの「いま」を体験してほしいんだ。ツアーをすれば、要素はつねに変化するし、1週間後2週間後のライヴではセットもまったく異なってくる、たとえ同じ曲を演奏していても。だからライヴとスタジオワークはまったくもって異なったものだ。アルバムは録音された曲の集合体。曲を組み立てて、アルバムを構築して、ひとつのアート作品をつくるという行為は私は好きだ。そのプロセスが終わっても音楽はコンセプトとして生き続けるのだがそれをライヴで演奏するとなるとつねに自由自在に変化できるようにしていかなければいけない。
 ニーナ・シモンの“Sinner Man”を考えてごらん。ライヴごとに変化していっているよね。いいアーティストはそれができるのだと思うよ。いわゆるポップ・ソングじゃないかぎりね、われわれはまるっきりのアヴァンギャルドではないけれどもつねにフレッシュで予測できない音楽をつくっていきたい。自分のためにもオーディエンスのためにも。

『To Be Kind』では器楽音意外の具体音(馬の歩み、いななきなど)も使われており、それもあって音による(言葉ではありません)大河ドラマを聴くような気がしました。たとえば『To Be Kind』をサウンドトラックにするとしたら、どのような映画がよいと思いますか。古今東西誰のどんな映画でもかまわないのであげてください。

MG:黒澤明の『蜘蛛巣城』(1957年)とラース・フォン・トリアーの『メランコリア』(2011年)だね。あと、ギャスパー・ノエの『アレックス』(2002年)かな。勇気があったら観てごらん(笑)。ところでギャスパー・ノエの『エンター・ザ・ボイド』(2009年)は映画館で観たかい? 私は家のスクリーンで観たんだが映画館で観たらまた違った体験ができたんじゃないかと思った。家だとトイレに行ったり、スナックを取りに行ったりできるけど映画館じゃできないだろ。だからあの映画の間映画館の椅子に縛りつけられていたらどんな気分だろうと思ったんだ。ストーリーも映像もすごく美しい。当初ストーリーはなかなか入り込めなかったが終わってから作品について読んでもういちど観たらようやくどういうことかわかってきた。よくできた作品だと思うよ。キャラクターの視点からの録り方がよかったね。あと、体内に入りこむところも。

アートワークにはボブ・ビッグスの作品を使っていますが、1981年に彼の目にした彼の作品をなぜ本作でまた使いたいと思ったのでしょう。資料によれば、この作品はボブ・ビッグス氏の家の壁に描かれた水彩画だということですが、ビッグス氏とあなたは旧知の間柄なんですか。

MG:その当時からボブとは面識はあったが親しい仲ではなかった。例の作品は壁の水彩画じゃなくて、黒い用紙上のパステル画だ。その作品がとても気に入ったんだ、ジャスパー・ジョーンズの旗や標的の作品のようにアイコン的でね。表現方法が不思議で興味をそそられた。神秘的なシンボルのようでね。意味が込められているかそうでないのかもわからない。面白いのは、ずっとみていると、意味と無意味が交互に共鳴しはじめるんだ。実際に自分が何をみているのかもわからなくなってくるようでね。30年の時を経て、使用許可をもらったんだけど、黒のバックグラウンドから頭だけを切り取ったんだ。今みてもらっているベージュの部分は実際は段ボール用紙で、その上に作品がエンボス加工でプリントされている。ツヤ加工もしてあるから、段ボール用紙からまるではがせるような風合いだよ。当初の予定では、実は赤ちゃんの代わりに女性の乳首を使おうと思っていたんだ(爆笑)。でも実際画像を集めはじめたら、乳首に焦点を当てると美しくも何ともないことがわかった。これは使えないとなった。そこでなぜかボブのことが思い浮かんだんだ。ほら、赤ん坊と乳首は同じような感情を呼び起こすだろ(笑)? それでボブに例の赤ちゃんの作品について訊ねたわけだ。

上記質問と同じ意味で、あなたが長年あたためながらまだ実現していないことのひとつをこっそり教えてください。

MG:もしかしたら知っているかもしれないけど、私は以前に本を書いたことがある。時間があればぜひまた執筆活動をはじめたいね。いまは本を読む時間もなかなかとれないから、時間ができたらまずは読むことからはじめたい。読むときに使う脳の部分をまずは活性化させないとね。だからそれができる時間がとれれば、また書きはじめられる。それが死ぬ前にやりたいことだね。

スワンズは現在のシーンでは孤高の存在だと思われます。ジラさんにとって現在のシーンで共感できるバンドないしミュージシャンはいますか? もしくは他者の存在はさほど気にすることはないですか。

MG:最近の音楽にはさほど興味がないんだけど、ベン・フロストやシューシューはいいと思うね。サヴェジーズやリチャード・ビショップの音楽もいい。いわゆるメジャーなポップ・ミュージックには興味はないね。

次回の来日公演はいつになりますか? まさかまた20年後ということはないと思いたいですが再々来日を待ちわびる日本のファンにコメントをお願いします。

MG:I love you very much(笑)!

Vince Watson - ele-king

 スコットランド……といえば、サー・アレックス・ファーガソンである。苦戦しているがモイーズもスコットランド人だ。プレミア・リーグにはスコットランド人監督が多く関わっているが、やはりあの昔気質の面倒見の良さが活きるのだろうか? 
 スコットランド……それもグラスゴーとなると、クラブ・カルチャーも熱く、ことデトロイト・テクノの人気はすさまじい。かつてURはロンドンは避けてもグラスゴーではライヴをやっていたほどだ。その寒くて熱い街、グラスゴー出身のデトロイト・フォロワー、ヴィンス・ワトソンの来日公演が週末にある。テクノ/ハウス好きは、ぜひ、覚えておいて欲しい。

1/31(金) Vince Watson

 Francois K.やJoe Claussellなど数々の著名DJが楽曲をこぞってプレイしたことで世界的に一躍有名になり、Carl Cox、Laurent Garnierからも高く評価されるハウス/テクノ・プロデューサー、Vince Watsonが表参道ORIGAMIだけの来日公演をおこないます!
 さらに、ドイツの〈Kompakt〉からのKaito名義の作品で知られるHiroshi Watanabe(aka Kaito)も出演決定!
 他に、Shinya Okamoto、Ko Umehara、Kyohei Saitoと、VJには HAJIME が一晩を演出します。

 疾走感漲るリズムに、叙情的でメランコリックなシンセ・ワークで、スケール感の大きな繊細なアルペジオ・シンセが軽やかに浮かび上がってくる楽曲は、デトロイト・フォロアーとしての高いクオリティで、際立った存在感を放っている。Vince Watson(ヴィンス・ワトソン)は、現在アムステルダムを拠点に活動し、自身のレーベル〈BIO〉を中心に、グラスゴーの〈HEADSPACE〉やデトロイトのCARL CRAIGが主宰する〈PLANET E〉からも作品を出している。

 オンリーワンのサウンドシステムを持つORIGAMIで鳴らされるデトロイト・テクノを継ぐ者=ヴィンス・ワトソンの久々のDJプレイは見逃せない! 

[日程] 1/31(Fri)
[公演名] Vince Watson
[OPEN] 24:00
[PRICE] Door:3,000yen

[出演]
MAIN FLOOR:
Vince Watson(Bedrock/Planet E/Pokerflat/Ovum/Amsterdam)
Hiroshi Watanabe aka Kaito (Kompakt)
Shinya Okamoto(Foureal Records)
Ko Umehara(-kikyu-)
Kyohei Saito(Ourhouse)

GALLERY FLOOR:
dsitb (BLAFMA / invisible / Snows On Conifer)
Satoshi Onishi (strobo)
Aiko Morita 
Kamekawa (MTCP / Daytona / Drop) 
Nao (inception) 

[会場名] ORIGAMI
[住所] 〒107-0062
     東京都 港区 南青山 3-18-19 FESTAE表参道ビルB1F(表参道交差点)
[電話] 03-6434-0968

[facebook イベントページ]
https://www.facebook.com/events/469506413161295/


VINCE WATSON (BIO MUSIC/PLANET E/DELSIN/AMSTERDAM)

 スコットランド、グラスゴー出身、現アムステルダム在住のエレクトロニック・ミュージック・プロデューサー、VINCE WATSON。

 彼はハウス/テクノのダンス・ミュージックからアンビエント・ミュージックまで幅広く楽曲を制作し、デトロイト・テクノ・フォロワーとして注目されているアーティストである。

 VINCEは、10代の頃にDJをはじめた。主にHIP-HOPや初期のHOUSEをプレイしていたという。ハービー・ハンコックやジャン・ミッシェル・ジャール、デリック・メイが創り出す音楽に影響され、自らも楽曲制作を開始する。1995年にはデイヴ・エンジェルのレーベルである〈Rotation〉からデビュー・シングル「Innovation EP」をリリース。そしてグラスゴーのクラブ、アリーナでレジデントDJとしてそのキャリアをスタートする。当時Jeff MillsやLuke Slater、Kenny Larkinといった著名なアーティストと共演する。

 ハウス~テクノとクロスオーヴァーな音楽性を追求する彼は、1999年、〈Aloha Records〉より1stアルバム『Biologique』を発表。そこに収録されていた"Mystical Rhythm"はシングルとしてもリリースされ、今でも色褪せないテクノ~ハウス・クラシックとなった。
 発表当時Francois K.、Joe Claussell、Derrick May、Carl CraigといったDJがヘヴィー・プレイしたこの楽曲は世界的大ヒットを記録し、一躍彼の名は注目を集めている。
 2002年には2ndアルバム『Moments in Time』を〈Ibadan Records〉からリリースしているが、こちらはCarl CoxやLaurent Garnierからも高く評価された。その後2005年には『Sublimina』、『Echos From The Future:View To The Past』、2006年には『The eMotion Sequence』、『Live At Kozzmozz』と好調にハイ・クオリティなアルバムをリリース。今やシーンにとって欠かせないアーティストとなった。

 昨年には傑作アルバム『Every Soul Needs A Guide』をリリース。彼独特の美しい旋律が胸を打つ素晴らしい内容のアルバムで、世界的に絶大な評価を得ている。今回の来日ではDJとしてではなくLIVEを披露。彼の本領発揮となる素晴らしいパフォーマンスが聴ける絶好の機会だ。

https://www.vincewatson.com/


  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17