「PAN」と一致するもの

interview with Oneohtrix Point Never - ele-king


Oneohtrix Point Never
GARDEN OF DELETE

Warp/ビート

ElectronicaGrotesque Pop

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 今度はB級趣味に振り切れた……と思った。ソフィア・コッポラ監督『ブリング・リング』にサウンドトラックを提供したことやナイン・インチ・ネイル ズとのツアーがダニエル・ロパティンのスノビズムに火をつけまくり、これまで彼の作品を覆っていたアカデミズムから彼を引き剥がしたのかと。俗っ ぽさというものは誰にでもあるし、それを隠す人もいれば隠さない人もいる。彼にもそのような二面性があり、『ガーデン・オブ・ディリート』ではいままでとは違う側面を曝け出したのだと。
 話を聞いてみると、しかし、必ずしもそういうことではなかった。アルバムのテーマを「不安とグロテスク」にしたことはそうだし、ナイン・インチ・ネイルズとのツアーが様々な面に多大な影響を及ぼしたことはたしかで、音楽面での影響から音楽産業のあり方にも、その認識は波及していた。彼自身、まだ自分の内面に何が起きたのか、そのすべてを語ることはできていないと思わせるほど混乱があり、高揚に満ちていた。新作をつくることでトレント・レズナーから受けた影響がさらに増幅したということも考えられる。本人に「パーカッシヴな作品が増え、かつてなくダイナミックな印象を与えるし、ナイン・インチ・ネイルズのエレクトロニック・ヴァージョンに聴こえる」と伝えると、ロパティンも「そうだと思う」と、まったく否定する様子はなかった。変名でガバのDJもはじめたみたいだし、彼の衝動はおそらく、いまだに拡大し続けているのだろう。
しかし、ロパティンはB級趣味では なく、ナイン・インチ・ネイルズから受けた影響が彼を自らの思春期へ舞い戻らせるきっかけとなったらしいのである。それは曖昧な記憶でしかなく、非常に抽象的な観念の昇華ともいえ、フロイトの抑圧ではないけれど、どこかトラウマを炙り出すような作業だったのかもしれない。そう、彼の口からはメタリカにラッシュ、あるいは、サウンド・ガーデンにデフ・レパードの名前まで飛び出してきた。

僕には世界に対する考え方というのがあって、それはなんというか……「物質性に対するアイディア」というかな。世界というのはすべて物質性によって繫がり合っているものだ、と。したがって、僕にとってはあらゆるものはマテリアル/物質ということになるし、何もかもが物体になる。要するに、僕からすれば何もかもが利用可能なもの、柔軟に形を変えるプラスチックだ、みたいな。

イントロを聴いてなんとなく思い出しましたが、NBCは『ハンニバル』の打ち切りを発表しました。

ダニエル・ロパティン(以下、DL):へえ……なんとなく知ってるよ……実際に観たことはないけど。

で、最近あのショウはキャンセルされたんです。

DL:(苦笑)ああ、そうなんだ?

毎回、ブライアン・ライツェルのクレジットを見るたびにあなたのことを思い出すのですが──

DL:ああ〜! あのドラマ、『ハンニバル』のことね! うんうん。

だから、クレジットの彼の名前を見るとあなたを思い出す、と。

DL:そうなんだ、それは面白いや(笑)。

で、『ブリング・リング組曲』を内省的な曲調にしたのはどっちのアイディアだったのですか?

DL:うーん、とにかく映画そのものに対する僕たちの自然な反応があれだった、ってだけのことなんだけどね。というのも、僕たちには……実はあんまり時間がなかったんだよ。そうは言っても、電話を通じて音楽のコンセプチュアルな面についてはふたりでさんざん話し合っていて──僕はニューヨークにいて、一方で彼はロサンジェルスにいたからね。で、ある時点まで来て、「オーケイ、とにかく何日か一緒にやってみて、それでどうなってみるか見てみよう」ということになった。だからコラボの当初の段階では、僕たちふたりで作ったものなら何だってアリだ、それが即、映画にマッチしたものになるだろう、みたいな見込みはまったくなかったわけ。それよりもあれは、どういう方向に向かいたいか自分にはわかっていて、でも、まずはブライアンと実際に、初めて彼に会ってみることにして、そこでまた色々と話し合うことになった──みたいなもので。で、僕たちはどちらも一緒にコラボレーションすることに興味があったし、あの当時、彼は『ブリング・リング』のサントラをまとめる作業に取り組んでいてね。
 というわけで、とにかく彼のスタジオに入り、そこで彼の方でいくつかの主題をプレゼンしてくれて、僕に向かって『はい、この音楽に反応してみて!』と。で……彼が最初に聴かせてくれたもののひとつは、実はセックス場面で流れるテーマ曲だったんだ。そこで、僕はものすごく……圧倒されちゃったというのかな。だから、セックスの場面で流れるスコアを作るのがどれだけ難しいことなのか、その点に気づいて気圧されてしまったという。

(笑)。

OPN :(笑)いや、だって、セックス場面の音楽なんて考えたこともなかったからさぁ! というわけで、僕はあのスタジオで呆然としたまましばしじっとしていて、彼に向かって――だから、「……えーと、ブライアン、こういう音楽をやる時に何か参考になることとか、アドバイスはもらえるかい?」と訊いてみたわけ。で、彼の答えは「何言ってんの〜、ノーでしょ」で。

ハハハハハッ!

DL:(笑)(ボソボソと低い声でゆっくりつぶやく:おそらくブライアンの口調を真似ていると思われます)。「とにかくまあ〜、やってみなよ……」みたいな。でもまあ、うん、僕にとってはあれが良かったんだと思う。彼は僕を信頼してくれたってことだし、同時に彼はただ主題を聴かせてみて、そこでの僕の反応を待つって具合に、僕にチャレンジを仕掛けていたわけだから。あれは僕にとってはとてもハッピーな瞬間だったな。で、そのおかげでそこから先はお互いにリラックスでき、気持ちよく一緒に作業しはじめるようになったという。うん、あれは良い経験だったよ。

アメリカではブリング・リング窃盗団をボニー&クライドのように持ち上げ、実際、そのような風潮にのってTVドラマまでつくられたことにソフィア・コッポラは違和感を表明したと受け取れました。

DL:ああ。

あなた自身はあの映画をどのように受け止めましたか。

DL:あの映画は大好きだね! とても好きだし、大事にしたい作品だと思ってる。ってのも、僕が思うにあの映画ってのは……自分に思い出せる限りって意味だけど、あの映画は……僕の世代のすぐ後に続いた世代、そういう連中を描き出した、おそらく最初の作品のひとつなんじゃないか、と。まあ、僕はいま33歳だし、彼らが実際に何歳なのかは知らないよ。ただ、確実に僕よりは若い子たちだろうね。それでも、僕自身とはそんなに年齢差のないキッズだと思う。だけど……とにかくあの作品は実際、僕にとっては初めての経験だったんじゃないか? と。
 だから……インターネットというものがどんな風に、若い人たちを非常に……非常におっかない意味で変容させてしまう存在なのか、それを映画というメディアで観たのはあれが最初だった、と。要するに、ああいう子たちは実に安直に……(苦笑)ネットを通じてセレブたちの情報をあれこれ探ってみて、それらのいろんな情報を照合したところで、「彼女は今週末、ラス・ヴェガスでのDJ出演が決まってる。だから家にいないはず」って結論に至るわけだよ。

(笑)だったらじゃあ、空き巣に入ってやれ、と。

DL:そう、ほんとそう! 「無人の家だから押し入っちゃえ!」みたいな。だから、僕からしてみれば、あの作品はとても重要な映画なんだ。というのも、僕の母親にあの映画の感想を訊いたところ、彼女が言っていたのは「途方もないことだわね」ってことで。だから、この……「情報の高速道路」みたいなものが登場する以前の時代だったら、こんな事件は絶対に起こりえなかっただろう、と。かつ、彼ら(窃盗団)は実に自由気ままで、なんというのか……犯罪につきもののあらゆるリスクに対する意識もすっかり欠如していて、彼らにとってはほとんどもう、すべてが「ハリウッド産映画の中の幻想」に過ぎないというか、自分の好きなときに浸ってみて、飽きたら勝手に抜け出せばいい、そういうものだったって感覚のある映画で。だからとても説得力のある、正直な映画だと僕は思うし、彼女(ソフィア・コッポラ)は一歩引いたスタンスから彼らを描いているよね……
 まあ、そうは言いつつ、さっき君が言ったように、たとえ現実のブリング・リング窃盗団の理想化/美化といったメディアによる操作についての意見を述べた映画であっても、その映画を観ている人間をまた、作り手の考えに沿ってマニピュレートするのは楽なことなんだけどさ(苦笑)。でも、是か非かの判断を下すのではなく、彼女が両方入り交じったアンビヴァレントさを残したところは好きだね。だから、とにかく彼女は「こういう事件がありました」、と作品を世に送り出してみて……

あとは観る側次第、彼らの解釈や判断に任せた、と。

DL:そういうこと。

また、ヴァンサン・カッセルが主演の新作映画『Partisan』もあなたが音楽を担当したそうですが、それにはどのようなサウンドトラックをつけたのでしょう?

DL:あのサントラはこう、非常に……そうだね、いつもと同じことだけど、とてもシンセに重点を置いた内容で。僕の創作モードはまあ、大概そういうものだしね。ただし、あの映画で僕が用いた音楽的な参照ポイントというのは…これはまあ、監督(Ariel Kleiman)と僕とがとても似た生い立ちの持ち主だからってところから来ているんだけどね。どっちもロシアからの移民の血筋なんだよ。

ああ、そうなんですか。

DL:というわけで、僕たちはなんというか……お互いのルーツにあるような作品について多く話し合ったんだ。たとえばタルコフスキー映画やタルコフスキー作品のスコアをいくつか担当した(エドゥアルド・)アルテミエフの音楽といったもので、あれはある種、あのサントラの出発点になったね。それから……それとはまた別のファクターとして、彼(アリエル・クレイマン)に早いうちにこう言われたんだよ、「これは空想的なファンタジー映画だから、背景でおとなしく鳴っているだけのサントラだとか、控えめな音にする必要は一切ないから」と。要するに、「とにかく、どんなやり方を使ってくれても構わない。ただ、君にできる限り最高にエモーショナルな音楽をつくり出してほしい」って注文されたわけ。それって、映画向けのスコアという意味ではとくに、とてもユニークなリクエストでね。ってのも、いまどきの映画で多いのはむしろその逆、ほとんどもう「観客がそれと意識しないような、さりげない音楽を」みたいなものを求められるわけで。だから……アリエルはその正反対を求めていたっていう。彼はとにかく、僕に1970年代調に大げさなスコアを書いてもらいたかったんだよ。

(苦笑)。

DL:だから、それが僕にとってのあのサントラに対する意見になるかな。

わかりました、映画/音楽ともども、楽しみにしています。

DL:ありがとう!

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そういう曲ってのはいったい何なんだろう? と。たとえそんな曲であっても、聴けばどこかしら心が動かされるだろうか? ……それこそ今から300年後くらいの世界で、楽器や音源を再生する手段が一切ないような状況であっても、やっぱり誰かに対して鼻歌でハミングしてあげたくなる、そういう曲だろうか? と。

ちなみに『ブリング・リング』や森本晃司『Magnetic Rose』のプレミア・ショーにヴィトルト・ルトスワフスキのエレクトロニックな解釈と、あなたの活動範囲は広すぎて脈絡がどこにあるのかまったくわかりません。

DL:ヘッヘッヘッヘッヘッ(ひとしきり笑っている)! あー、そうなんだろうねえ……

で、あなた自身にはいつでも戻れるポイントのようなものはあるのでしょうか。

DL:うん。で、ある意味そういうポイントがあるからこそ、自分はああやって、一見不釣り合いで多種多様なプロジェクトに関与することができるんじゃないか? と。っていうのも……僕からすれば、自分の中にはある種の「形式主義」というか、テクニックに対するフォルムが存在するんだよ。だから、まず素材になるのが何かを眺めてみるわけ。自分が取り組むことになった、あるいは自分に提供された素材というのは──それは、他の誰かが書いた音楽作品ってケースもあれば、あるいはまた、ある種のシナリオを渡される、というか……たとえば共演相手のパートナーが何らかの「声」を求めている、ヴィデオ・スカルプチャーやヴィデオ・アートに取り組むってこともある。だから、僕はいくらでもいろんなインプットを受け付けられるわけだけど、実際のところ……概して言えば、そのアウトプット、結果というのは概して似通ったものでね。
 というのも、僕には世界に対する考え方というのがあって、それはなんというか……この、「物質性に対するアイディア」というかな。だから、世界というのはすべて物質性によって繫がり合っているものだ、と。したがって、僕にとってはあらゆるものはマテリアル/物質ということになるし、何もかもが物体になる。要するに、僕からすれば何もかもが利用可能なもの、柔軟に形を変えるプラスチックだ、みたいな。
 だから自分にもっとも興味があるのは、じゃあ、この物体/オブジェはどれだけ興味深いものなのか? この物体、あるいはマテリアルの持つ個性の、その何が僕をエキサイトさせるんだろう?という点なわけ。その対象に触れることによって、僕の中に何らかの感情的な反応がもたらされる、自分に何かを感じさせてくれる、そういうものかどうか、だね。
 で、いったんそういった物体群にインデックスをつけて整理してみると、自分でもほんと、「ああ、なるほど。こういうことが起きてるんだな」と納得できる。そうすることで僕は、かなり自然に仕事に取り組むことができるようになるんだよ。だから、様々なプロジェクトに対する僕のアプローチの仕方というのは、実は概して似通っている傾向があるっていう。それはとにかくこう、もっとも感情面でばっちり充填された、そういうマテリアルを見つけ出そうとすること、みたいな。そうして、とにかく自分がそれに対してどう反応するか、そこを見てみるっていう。

ここのところあなたは新作をリリースする度にきちんとコンセプトを練り、方法論も刷新していますが、今回のコンセプトは「ポップ・ミュージックのグロテスクで不安な側面」という理解でよろしいでしょうか?

DL:うん、その通りだね。

また、前作ではサンプリングから離れたと話していましたが、新しいコンセプトを実現するための制作方法がどんなものだったかも教えて下さい。

DL:ああ。それは……ごく単純なテクニックだったんだけど、それはなんというか、その作品ピースがどんな風に聞こえるかという点はあまり気にせずに、とにかく「歌を書く」という点に注意するってことだった。そこは、違ったよ。だから多くの場合……僕はただこう、キーボードの前に座って曲作りに取り組みながら、自分自身に対して「もしも余計な飾りや付属物をここからすべて取り去ったら、いじったり遊ぶ余地は一切残らないだろうか?」と問いかけていた、みたいな。だから、あれらの楽曲を飾り立てて遊んでみることはできないし、曲に何らかのスタイルを与えたり、何であれ手を加えることすらできない、と。では、そういう曲ってのはいったい何なんだろう? と。たとえそんな曲であっても、聴けばどこかしら心が動かされるだろうか? ……それこそ今から300年後くらいの世界で、楽器や音源を再生する手段が一切ないような状況であっても、やっぱり誰かに対して鼻歌でハミングしてあげたくなる、そういう曲だろうか? と。
 そうだね、僕が求めていたのはそういうことだった。本当に、これらの楽曲そのものを充分力強いものにしたかったし、それ以外の部分はそれこそもう、「建築物」に過ぎない、みたいな。その点は今回、自分にとって重要だったし、だからそこにはかなりフォーカスして気を配った。そうは言っても、まず曲群を書いてみた上で、そういう方向に向かったんだけどね。思うに、以前の自分というのは、もうちょっと……自分自身のソングライティング、そして自分が発するメッセージというものに対して臆病だったんじゃないかな。だから、そっちの面は少しばかり曖昧に留めておいて、むしろ建築物を組み立てる方に集中していたっていう。
 ……というわけで、それが今回の制作テクニックだったと言えるけれど、他の点、より実際的な音楽作りの手法という意味では……なんというか、もっとテクニカルな面から言えば、今回やったことに……ヴォーカルの合成があったね。前のアルバムをやっていた頃から考え始めていたテクニックだったんだけど、あの時点ではシンセーシスの技術としてまだちゃんと広げられていなくて。だから、うん……実際、あれはボーカロイドから影響を受けているし、あれがきっかけで僕も、なんというか、シンセで合成された人工の音色を使って、とてもヒューマンな何かを表現することができるじゃないか、そう考えさせられるようになったという。どこにでも遍在するサウンドをいかにマニピュレートしていくか──コンピュータのつくり出す個性のないヴォイスをひねって、それをエモーショナルな何かへ変化させていくってことを考えたね。

機械が感情を表そうとするのは、エモーショナルであると同時に、とても奇妙、かつ不思議に聞こえもしますよね?

DL:うんうん、でもほんと、そこなんだよ! だから、いったんそうやっていろいろとひねり始めていくと……僕からしてみれば、自分のやっていることというは単に、ビルボード・トップ40に入っているような音楽、それらをどぎつく誇張したものに過ぎないっていう。

(笑)はあ。

DL:もちろん、彼らだって彼らなりにひねりを加えてはいるんだけど、そのやり方ってのは非常に巧妙で……だから、聴く側が軽く酔っぱらったような、ちょっとイカれた状態になるまで、実はあれらがどれだけ奇妙な音楽なのかを感知できないっていう。だけど僕からすると、僕は音楽に対する感覚がとても鋭いから、たとえばVEVOなんかを眺めていると……日本で言えばそれが何に当たるかはわからないけども、まあとにかく、トップ40に入るヒット曲みたいなものを眺めてみる。で、僕からすればああいう楽曲こそグロテスクに聞こえるんだよね。それこそもう、あらゆる類いのひねりを加えられた人工合成のヴォイスが、他の音楽の模倣/パスティーシュにくっつけられている、みたいな。で、それらはつくり手が狙った通りのフィーリングをずばりそのまま、聴き手に毎回感じさせるべくつくられているっていうさ(苦笑)。

ははははは…!

DL:(笑)僕は本当に、その部分を誇張したくて仕方なかったんだよ。そういう風にして、とにかく……ポップ・ミュージックをヒエロニムス・ボッシュの絵(※ボッシュの有名な絵画に「Garden Of Earthly Delight」がある)か何かみたく見せたかった、と。

メッセージは、ポップ・ミュージックにおいて非常に重要な存在なんだよ。で、自分が音楽をつくるときというのは、得てしてこれまではこう……メッセージについてはちょっと曖昧なまま、回避していたっていうか。だから今回は──これは初めてに近かったけど、自問せざるを得なかったんだよ、「これっていったい何のことだ? 自分がここで言わんとしているのは何なんだ?」と。

なるほどね。で、あなたの考えるポップ・ミュージックとは、たとえば、どんなものでしょう?

DL:思うに……エモーショナルなところと抽象的なマニピュレーションとの間のバランスが完璧なもの、そういうものじゃないかな。それはだから、「心を惑わす究極のフォルム」みたいなものであって……僕にとっての音楽パートというのは、その聴き手がミュージシャンじゃない限り、彼らにとってミステリーであり謎である、そういうものだ、と。だから、音楽がどんな風に機能するものかを聴き手は知らないし、彼らはとにかく、(音楽を聴いて)感情面で揺さぶられるけれども、どうして自分がそう感じるのかはわからない、と。
 その一方で、メッセージというのがあって……メッセージは、ポップ・ミュージックにおいて非常に重要な存在なんだよ。で、自分が音楽をつくるときというのは、得てしてこれまではこう……メッセージについてはちょっと曖昧なまま、回避していたっていうか。だから今回は──これは初めてに近かったけど、自問せざるを得なかったんだよ、「これっていったい何のことだ? 自分がここで言わんとしているのは何なんだ?」と。で、そこから歌詞を始めとする色んなものが浮上してきたわけだし……そう、僕からすれば本当に、バランスってことなんだ。ポップ・ミュージックが最上の形をとると、そこには素晴らしいバランス、アンセム調のメッセージと心を惑わせ引き込むような抽象的なフォルム、その両者の間の素晴らしいバランスが生まれるっていう。

なるほど。“STICKY DRAMA”はR&Bとスラッシュ・メタルのマッシュ・アップのようにも聴こえましたが、あれはあなたがいまおっしゃった形容にマッチする曲かもしれませんね。R&Bの魅力と、ノイズが混じり合っていて。

DL:うんうん、その通りだね(笑)!

“MUTANT STANDARD”はインダストリアル・プログレッシヴ・ロックとでも言うべきもので――

DL:わあ、そう言ってもらえるのはクールだな。

また、バロック調の“FREAKY EYES”にはエイフェックス・ツインがシンフォニック・テクノをやっているような折衷感覚があります。

DL:アハハハハハッ!

『Betrayed In The Octagon』や『Zones Without People』にも “LIFT”を思わせるクラシカルな曲調はあったと思うのですが……

DL:へえ〜、なるほど?

で、この辺りはやはり母親の影響があるんですか? 

DL:……ああ、たぶんね、うん。っていうのも、彼女は……彼女には聴き取れるようなサムシング、そういうのがあるんだよ。たとえば……僕のつくった音楽を聴いていて、「お前、シューマンのことは知ってる? シューマンの作品は聴いたことがあるの?」なんて言ってくるんだよなぁ。

(笑)。

DL:で、こっちとしては、「あー……うん。たぶん、YouTubeか何かを観ているうちに行き当たったことはあったの……かも?」みたいな(苦笑)。「母さん、頼むよ〜。そんなのよくわかんないし!」ってもんでさ。ところが彼女の方はマジで、「そうは言うけども、お前のやってることの中には同じこと、シューマンの音楽の中で起きていたのと同じことがあるのよねぇ」とかなんとか、いろいろ言われるわけだ。

はははははっ!

DL:でも、明らかにそこには繫がりがないわけで……というのも、正直、僕は彼女にとってあんまり良い生徒じゃなかったし、母さんにもずっとそう言われてきたしね。ただ、それでも僕が彼女から学んだことというのは……基本的な音楽理論やある種のモードに基づく、彼女の持つ和声への感性というかな。それもあったけど、と同時になんというか、うちの家族の間で重用されている価値観みたいなものも受け取ったんだろうね。
 ってのも、僕の父親もミュージシャンだったわけで、だから僕の家族の中にはとてもはっきりした、「我々はどんな音楽が好みか」みたいなスタイルが存在していたっていう。で、うちの家族が好むのはいつだって、気が滅入るような音楽で……

(爆笑)。

DL:だから、とにかく「とんでもなく美しい音楽じゃないと受け付けない」みたいな。それがなんであれ、色いろんな意味で極端なものじゃなくちゃいけないっていう。たとえばほら、ショパンの曲だとか……とにかくこう、エクストリームな音楽ね。なんというか、中庸な音楽が入り込む余地は一切なし! みたいな。

(笑)なるほど。

DL:というわけで彼女は、常に非常に極端なものを好んできた、と。で、自分はそこをちょっとばかり受け継いだんじゃないかと思ってる。ただ、実際に“LIFT”を書いていた間は、あの曲にそういう面があるなんて、まったく頭に浮かばなかったけどね。僕としては、こう……「自分はバラードを書いてるんだ」みたいに考えていたからさ。ほんと……シンディ・ローパーとデフ・レパードをずっと頭に描いていたし。

(笑)マジに?

DL:ああ、マジだよ。冗談じゃなくてほんとの話。

(笑)ああいう、いわゆる「パワー・バラード」をイメージしていた、と。

DL:そういうこと! まあ、そもそもデフ・レパードに良い曲は少ないんだけど、ただ、いざ彼らが良い曲やるときってのは、たいていミッド・テンポのバラードだっていう。

しかも、やたら派手な(苦笑)。

DL:うん。アッハッハッハッハッハッ! しかもちょっとメランコリックだったりしてさ(笑)……いわゆる、ヨーロピアンな哀感があって。

(笑)うわー、きついなぁ。

DL:だよねぇ。たしかにすごくクサい音楽だけど、とにかく、僕は大好きなんだ!

まあ、誰でも「良いと認めるのに罪悪感を感じるけど、でも好きな音楽」はありますしね。

DL:(笑)その通り!

第一話【了】

※これに続く、「不安やグロテスクを主題にしようと思ったきっかけは何ですか?」から先の回答は、12月末に発売される紙『ele-king vol.17号』に掲載されます。こうご期待!


 あらゆる手法が出尽くしてしまったかのように見えるダンス・ミュージックを、いかに更新することができるのか。かつてはそこに知性を持ち込むことによって、あらたな表現の枠組みとしてIDMが生まれたわけだが、現在のフロアにおいてそれはどんな形をしているのだろう。

 アントールドの「ドフ」は、今年リリースのなかでも突出したオリジナリティがあり、かつかなりクレイジーな部類に入る作品だった。モジュラー・シンセの霧の上にまさかのギターとスラップ・ベースが重なり、中盤でやっとキックが入ってくるというかなり異端的な構成になっていて、そのはみ出し感がクレイジーたるゆえんである。

 ダブステップからスタートした彼の関心は、去年のアルバムで表現されているようにテクノに向かっている。アントールドは自らの新たな土台を作るためにディスコグスを用いて、テクノにおける法則性を研究したのだという。その結果、過去に類似しないクレイジーさが生まれた。自分が現在しようとしていることを膨大なアーカイヴのなかで定点観測的に捉え、オリジナリティを作る。情報の海の泳ぎ方は、現代において必要な知性のひとつのようだ。

 またそこにおいて「コピーをしない」、という点も重要になってくる。エナは去年の『バイノーラル』前後から、ドラムンベースのリズムを換骨奪胎したアプローチをとり、結果としてテクノのシーンにも共鳴する個性的なサウンドにたどりついた。そこには現在のトレンドでもあるブレイクビーツを用いたバック・トゥ・ベーシックな90年代回帰はいっさい見られない。

 「ドラムンベースの10年をダブステップは5年でやってしまった」とエナは言う。ネット上の情報共有の加速化は利益をもたらす一方で深刻な問題もあり、どんなメソッドも瞬時にコピーされ、「新しさ」のサイクルはどんどん短くなっている。あの難解に思われたアルカのサウンドですら、いまでは類似したものが多数あるくらいだ。現在において自作におけるオリジナリティを守るためだけではなく、シーンを殺さないためにも「コピーをしない」はなくてはならない知性なのである。

インテリジェンスはここにある! 5枚/5つの問題提起


Discogs

Untold - Doff
(Hemlock Black (12) 2015 )


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ENA - Binaural
(Samurai Horo 2014)


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Demdike Stare - Testpressing #005
(Modern Love (12) 2014)


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Monolake - Ghosts
(Monolake / Imbalance Computer Music 2012)


Discogs

Sd Laika - That's Harakiri
(Tri Angle 2014)

interview with Co La - ele-king


Co La
No No

Pヴァイン

ElectronicNoiseExperimental

Tower HMV Amazon iTunes

 コ・ラとは、まあ「コーラ」のことなのだけれども、そのネーミングから発せられるある種傍若無人な批評性とは別に、「ー」が「・」になることで生じてしまっているこのなんともいえない吃音、休符、そしてその真空にも似た半拍に吸い寄せられてくる多大なノイズこそが、この奇態なアーティストの本尊にしてコアなのではないかと、彼の音楽を聴くたびに思わせられる。

 彼ことコ・ラ、ことマシュー・パピッチは、現エレクトロニック・ミュージック・シーンを牽引するもっとも柔軟な知性、OPN(ワンオートリックスポイントネヴァー)主宰の〈ソフトウェア〉を象徴するプロデューサーである。プロデューサーというべきか、アーティストというべきか、ミュージシャンというべきか、そうした呼称の遠近法の中になかばペテン的に存立している彼の音は、ときにアートに近接し、ときにフロアでひとを躍らせ、そして幸せなことにポップ・ミュージックとしてもわれわれのヘッドホンやステレオを賑わせてくれる。このもってまわった言い方にピンとこなければ、ともかくもこの10月にリリースされた新譜『ノー・ノー』を再生してみてほしい。

 雑音に騒音、音楽のような何かに音楽らしい輪郭を与えているのはビートのみで、それとて一定不変の安心を約束してくれない。どこか執拗でせわしなく、あまのじゃくで、ときに攻撃的ですらあるコンポジションに、われわれはたとえばクリス・バーデンが好きだと述べる、あるいはかつてパンクやハードコアに心を奪われたのだというパピッチのひとつの精神を見出すだろう。「コーラ」から長音を奪ってしまう感覚は、まさにこのあたりに由来するようにも感じられる。

 しかし、彼にはまたもう一つ重要な背景がある。2000年代半ばのボルチモアの実験主義者たちの極北、ポニーテイルやエクスタティック・サンシャイン──前者はポストロックやマスロックの文脈でも解釈されるカラフルでノイジーなアート・ロック・バンド、そしてより深いサイケデリアを展開する後者こそはパピッチとポニーテイルのダスティン・ウォングによるギター・デュオ・ユニットである。テリー・ライリーやあるいはマニュエル・ゲッチングなどを彷彿とさせながら2本のギターが螺旋を描いて楽しげにもつれ合うエクスタティック・サンシャインの音楽がコ・ラのスタート地点に存在することは、彼の根元にポジティヴなエクスペリメンタリズムが存在することを証すものでもあるだろう。

 ということで、ギターをエイブルトンに持ち替えたパピッチの、騒音と愛嬌が半ばするエレクトロニック・プロジェクト、その第2章に耳を傾けてみよう。耳というよりも五感で受け止めることを、この「ノー・ノー」という雑音たちは望んでいるのかもしれないけれども。

■Co La / コ・ラ
ボルチモアのエクスペリメンタル・デュオ、エクスタティック・サンシャインの片割れ、マシュー・パピッチによるエレクトロニック・プロジェクト。2011年に米アンダーグラウンド・テープ・レーベル〈NNA〉よりデビュー作『デイドリーム・リピーター』をリリースし注目を集める。後にOPN主宰の〈ソフトフェア〉より『ムーディ・クープ』(2013)『ノー・ノー』(2015)を発表、エレクトロニック・ミュージックのフロンティアを掘削するプロデューサーの一人として活躍を期待される。

言語化される前のことばや、新生児が発する音、咳やあくび、泣き声といったフィジカルで制御不可能な音に興味があったね。

あなたの音楽は、一定のビートはあるものの、さまざまなサンプリング・マテリアルがめまぐるしく切り替わって、ある感情や情緒が持続し展開するのを意識的に避けているような印象があります。こうした編集は快楽的に追求されたものなのでしょうか?
それともコンセプチュアルに目指されたものなのでしょうか?

コ・ラ(Co La、以下CL):加速感やスピード、直線感に僕は快楽を見いだせる。いまの興味はダイナミズム、ムード、感情移入や混乱状態といったところかな。自分の音楽が目指すところは前進だね。もちろんそこには調査も含まれるけど停滞はしない。

今回用いられている音声には、くしゃみや赤ん坊の泣き声、叫び声などヒューマンなノイズが多いですね。これは意識的にディレクションされているのですか? それともあなた自身に起こった何がしかの変化によるものなのでしょうか?

CL:作曲において声という基本的な要素を使用しつつも、歌わずにある種の拡張されたテクニックを用いている。制作の段階では言語化される前のことばや、新生児が発する音、咳やあくび、泣き声といったフィジカルで制御不可能な音に興味があったね。

以前『レスト・イン・パラダイス(Rest In Paradise)』(2011)を「家具の音楽」(musique d'ameublement)として語っておられましたが、あなたにとって作曲行為は空間デザインに近いものなのですか?

CL:建築は自分の作曲のある部分には適切な類似点だと思う。でも、アンビエンスの概念はよく「家具の音楽」と同意義とされることがあるけれど、『ノー・ノー』はそれとはかけ離れたものだよ。

コ・ラでの取り組みは、方法論としてはエクスタティック・サンシャインの真逆にあるように感じられます。というのは、ESには多少即興的な要素もあるのではないかと思うからです。コ・ラにおいては即興性を意識することはありますか?

CL:たしかに音楽はまったくちがうよね。でも、じつはエクスタティック・サンシャインの音楽は練って作られたもので、入念にリハーサルもした。それに僕たちは大した即興演奏ができるわけでもない。コ・ラにおいては即興をあまり意識してはいないかな。でも〈パン〉でやっているリフテッドのプロジェクトでは、もっと自由に探求をしているよ。

書かれていないルールっていうのかな。僕は曲を作ることによってその領域を探索していた気がする。

「ノー・ノー(No No)」というのは、否定を表すというよりはオノマトペのようなものでしょうか? タイトルの由来について教えてください。

CL:オノマトペの要素は興味深いよね。僕はダダイズムの自動筆記とかコンクリート・ポエトリーのファンだよ。「ノー・ノー」は何か禁止されたものを表す口語的な言い方なんだ。書かれていないルールっていうのかな。僕は曲を作ることによってその領域を探索していた気がする。疑念や困惑を抱きはじめるのに十分なくらいに、一定の形式をわずかに保ちつつも、そこから外れた音を使ってね。

地元ではパンク・シーンが強固だったようですね。ミスフィッツやラモーンズがお好きだったというエピソードは少し意外でもあります。そういった音楽はあなたにどんな影響をもたらしたと思いますか?

CL:『ノー・ノー』に取り掛かる前に、自分が高校生だったときのレコード・コレクションを聴き返していたんだよね。パワー・バイオレンス、スラッシュ、グラインド・コアとかだよ。音の面でそれらを参照するのではなくて、その音楽の持つ、ときにユーモアに溢れていて、ときに戦略的なイデオロギーを思い出したかった。『ノー・ノー』は攻撃的なコ・ラのアルバムでそれを定義するために、ある点においては自分の昔の感心と向き合ったりしたね。

パワー・バイオレンス、スラッシュ、グラインド・コア。音の面でそれらを参照するのではなくて、その音楽の持つ、ときにユーモアに溢れていて、ときに戦略的なイデオロギーを思い出したかった。

また、クリス・バーデンに惹かれてアート・スクールに進まれたそうですね。あなたが指摘する、不条理、科学、暴力、そしてヒューモアという要素は、まさにコ・ラにおいても実践し模索されているように思います。彼の「作品」としてもっとも衝撃を受けたものについて、あるいはクリス・バーデンとあなたの音楽観・芸術観について教えてください。

CL:クリス・バーデンは僕のインスピレーションのひとつで、とくに彼の思考のスタイルに注目しているよ。成功した芸術作品は自身のロジックと、それを支えるために実例と主張を兼ね備えていなきゃダメだ、と個人的には思っている。マテリアルとコンセプトの連帯と、一時的にミクロなマニフェストも必要になってくる。僕はバーデンの「ショック」にはそんなに興味はないんだけど、次々と強烈さ、眩しさ、粉砕、そして奇妙さといった状況を作り出す彼の能力にはとても感心があるよ

〈ソフトウェア〉は現在のあなたのホームと呼び得る場所ですか? また、〈ソフトウェア〉はなにかと息苦しい時代に遊び心やジョークを表現し発信できている限られたレーベルだと思いますが、客観的な視点から期待していることはありますか?

CL:うん。〈ソフトウェア〉はホームだね。彼らはとても献身的だし、わずかなコンセプトでも理解してくれる。ダニエル(OPN)のキュレーションは素晴らしいと思うよ。彼は特異さと共感の間のバランスを取るのがとても上手だね。あとユーモアもある。

僕には情報的なノイズをツールとして、また有益だと捉える傾向がある。“スクイージー”や“ガッシュ”といった、かなり負荷が掛かっていて複雑に展開してく曲にそれは表れているね。

あなたのノイズ観についての質問ですが、本作中であなたがもっとも「ノイジー」だと感じる曲はどれですか? 理由についても教えてください。

CL:僕には情報的なノイズをツールとして、また有益だと捉える傾向がある。“スクイージー”や“ガッシュ”といった、かなり負荷が掛かっていて複雑に展開してく曲にそれは表れているね。だからこれらの曲は、不安や困惑を生み出しているという意味では「ノイジー」だといえる。『ノー・ノー』の大部分は困惑の要素と透明な瞬間のバランスを保っているよ。僕はガラクタのようなアクチュアルなノイズとディストーションを、けっこう象徴的に使っている。それらは不調和を表象しているけれど。必ずしもストレスを感じさせたり疑問を投げかけたりするものではないんだ。

歌を紡ぐことやギターでフレージングするというアプローチはいまのところあまり興味はないですか?

CL:しばらくの間、ギターには興味がないんだよね。エクスタティック・サンシャインのときからギターはとってあるけど、正直に言うと、一年はギター・ケースを開けていない。

今年よく聴いた音楽や素晴らしいと感じた作品について、とくにジャンルに関わりなく教えてください。

CL:今年はグライムをたくさん聴いたな。マーロ、シャープ・ヴェインズ、ミスター・ミッチとか大好きだよ。それからヴォイシズ・フロム・ザ・レイクはほぼ毎日聴いている。他によく聴いているのはフォーク(Phork)、モーション・グラフィックス、ジェレミー・ハイマン、マックスDとかだね。


欲望するインタビュー - ele-king

「意外な組み合わせ」×「屈託のないインタビュー」
個人的なのに普遍的な、ありそうでなかったインタビュー集が登場

全15 組30 名の対談を収録! !

新感覚インタビューweb サイト「QONVESATIONS」を再編集し、新規インタビューや対談を収録してまとめたインタビュー集です。
登場するインタビュアーは、アーティスト、写真家、開発者、漫画家、アート・ディレクターなど、普段はインタビューをされる側の人たちです。

彼らに、「いま、あなたが話を聞きたい、異業種の相手に、インタビューをしてください」というお題を投げかけて、誰に何を聞くのか、という興味深い結果をまとめたのが本書になります。

個人的な問いを立て、異業種のインタビュイーを指名して話を聞いていきます。
そこでは、「何で私と結婚しようと思ったのか」、「死んだ後はどうなるのか」といった身近なテーマから、「スティーブ・ジョブズを育てることは出来るのか」、「人間にとってロボットとは何なのか」という好奇心によるテーマまで、広範囲に及びます。

しかし、個人的な問いから始まったはずの対話が進んでいくと、「家族」「知恵」「発送」「成功」「未来」という、誰しも見に覚えのある普遍的なテーマを含んでいることに気づかされます。

さらに、インタビュアーが、知りたい、探求したい、という個人的な問いを仮説として、対話によって検証をしていくドキュメントの側面もあり、その過程は、そのまま読者の読後感につながります。

本書の魅力は、まさにここなのです。

さまざまなメディアコミュニケーション手段があふれる一方で、『問い』が少なくなってしまっているように感じます。
しかし、社会が複雑化すればするほど、インスタントな「答え」よりも、個人の視座に根ざした「問い」こそが、大切になってくるのではないでしょうか。
僕たちが本当に手にしたい「答え」というのは、良い「問い』」からしか生まれ得ないのではないかと思うのです ──まえがきより

■目次

はじめに

第1章 家族について
 Q僕と結婚しようと思ったのはなぜですか?
  青山裕企 (写真家)→ 青山庸子 (会社員)
 
 Q子育てで大切にしていることは何ですか?
  えぐちりか (アーティスト/アート・ディレクター)→ Chara (ミュージシャン)

 Qどうやって私を育ててきたのですか?
  川上恵痢子 (アート・ディレクター)→ 川上史朗 (建築家)

第2章 知恵について
 Qどうすればモノを見極められますか?
  毛利悠子 (美術家)→坂田和實 (古道具屋 店主)
 
 Qなぜ、バービー・コレクターになったのですか?
  松井えり菜 (アーティスト)→ 関口泰宏 (バービー・コレクター)

 Qいま、お寺にできることは何ですか?
  勅使河原一雅 (アート・ディレクター/ウェブ・デザイナー)→ 原 和彦 (臨済宗常福寺 住職)

AFTER QONVERSATIONS #1
 初のインタビュアー体験は、いかがでしたか?
  毛利悠子 (美術家)×松井えり菜 (アーティスト)

第3章 発想について
 Qアスリートの能力を、どう活かしていきますか?
  伊藤直樹 (クリエイティブ・ディレクター)→為末 大 (元プロ陸上選手)
 
 Q映画に、未来はありますか?
  川田十夢 (開発者/AR三兄弟 長男)→ 大林宣彦 (映画監督)

 Q将棋には、ロジックだけで勝てますか?
  長谷川踏太 (クリエイティブ・ディレクター)→ 渡辺 明 (棋士)

第4章 成功について
 Qどうしてそんなガチャガチャをつくるんですか?
  タナカカツキ (マンガ家/映像作家)→ 古屋大貴 (株式会社奇譚クラブ 主宰)

 Q本屋さんを営む醍醐味は何ですか?
  大図まこと (クロスステッチ・デザイナー)→森岡督行 (書店 店主)

 Qどうすれば自分らしいお店がつくれますか?
  橋詰 宗 (デザイナー)→ 間口一就 (バー 店主)

AFTER QONVERSATIONS #2
 どうして新しいお店をつくったのですか?
  森岡督行 (書店 店主)×原田優輝(QONVERSATIONS)

第5章 未来について
 Qロボットの未来はどうなりますか?
  谷口真人 (アーティスト)→ 高橋智隆 (ロボット・クリエイター)
 
 Qイノベーションを生み出す方法はありますか?
  太刀川英輔 (デザイナー)→ 堀井秀之 (東京大学i.school エグゼクティブ・ディレクター)

 Qニュースアプリは社会を変えられますか?
  田中良治 (ウェブ・デザイナー)→ 鈴木 健 (スマートニュース株式会社 代表取締役会長 共同CEO)

あとがき


■著者情報
原田優輝(はらだ・ゆうき)

1981年生まれ。QONVERSATIONS主催。編集者/ライター。「DAZED&CONFUSED JAPAN」、「TOKION」編集部などを経て、「PUBLIC-IMAGE.ORG」の編集長を務め、400名以上のクリエイターにインタビューを行う。2012年にQONVERSATIONSを創刊。現在は、カルチャー、デザイン、ファッション系媒体の企画・編集・寄稿、ムック制作、ウェブサイトのディレクション、クリエイターのコーディネート、トークイベントの企画・司会進行などを手がける。

■QONVERSATIONS (カンバセーションズ) とは?
インタビュアーという存在にスポットを当てるこれまでにないインタビューサイト。カンバセーションズがキュレーションしたクリエイターや文化人がインタビュアーとなり、彼らがいま本当に話を聞きたい相手に、独自の視点でインタビューを行っている。2012年の創刊以来、大学教授から水草ショップ店長まで幅広いジャンルと内容のインタビューが、サイト上にアーカイブされている。
qonversations.net


今年もJOLTがやって来る! - ele-king

 在豪ソニックアートの先駆的組織「JOLT Arts INC.」と、スーパーデラックスを根城にながらく先鋭的なパフォーマンスを展開してきた「TEST TONE」がタッグを組むライヴ・パフォーマンス・シリーズの2デイズ、昨年は鈴木昭男と齋藤徹、メルツバウと千住宗臣とロカペニスに、日豪オールスターキャストのTHE NISなど、日豪の表現の先端をきりとってきた、JOLTが今年も来襲!

 たんなる見本市的なお披露目にとどまらず、音と映像の科学反応を通して、観客のみならず演者の耳をも拓きつづけるこの企画らしい組み合わせが今年も目白押し。詳細は以下や関連HPなりで確認していただきたいが、灰野敬二と大友良英のおよそ10年ぶりのデュオはもちろん、PHEWとロカペニス、昨年のパフォーマンスもすばらしかったAMPLIFIED ELEPHANTSはこのフェスのための作品をひっさげて登場するという、あらたな視聴覚体験を求める貪婪な観客にこれ以上ないうってつけのイヴェントであることうけあい。個人的には──いや、全部観たいにきまってます。豪華ラインナップを謳うイヴェントはあまたあれど、またそれらに少々食傷気味ないま、外からの視点をもちこんだJOLTのようなイベントはまことに貴重といわざるを得ない。

■JOLT TOURING FESTIVAL 2015

●2015年11月12日(木)


AMPLIFIED ELEPHANTS

場所:
SuperDeluxe
www.sdlx.jp/2015/11/12

時間:
開場19時/開演19時30分

チケット:
前売り2800円/当日3300円 (+drink)

出演:
PHEW×ROKAPENIS(V.I.I.M project)
BLACK ZENITH(DARREN MOORE×BRIAN O’REILLY)
AMPLIFIED ELEPHANTS(from AUSTRALIA)
PHILIP BROPHY(from AUSTRALIA)
DJ: Evil Penguin

●2015年11月13日(金)


灰野敬二 大友良英

場所:
SuperDeluxe
www.sdlx.jp/2015/11/13

時間:
開場19時/開演19時30分

チケット:
前売り2800円/当日3300円 (+drink)

出演:
灰野敬二(HAINO KEIJI)×大友良英(OTOMO YOSHIHIDE)
L?K?O×SIN:NED ×牧野貴(MAKINO TAKASHI / FILMWORKS)
田中悠美子(YUMIKO TANAKA)×MARY DOUMANY
森重靖宗(MORISHIGE YASUMUNE)×CAL LYALL×)-(u||!c|<(JAMES HULLICK)×中山晃子(NAKAYAMA AKIKO / ALIVE PAINTING)
DJ: Evil Penguin

2 DAY PASS 前売り4500円/当日(11月12日)5000円(+drink)

企画・制作:JOLT, Test Tone and The Click Clack Project
問い合わせ:jolt2015@super-deluxe.com
INFO:joltarts.org


Funkstörung - ele-king

 世はエレクトロニカ・リヴァイヴァルである。完全復活のAFX,アクトレス、アルカ、OPN、ローレル・ヘイロー、今年はプレフューズ73も復活したし……ポスト・ロックへの注目と平行してそれが存在感を増していった90年代後半の様相がそのまま移植されたかのようだ。
 ドイツのファンクステルングは、90年代後半のエレクトロニカ第一波における主役のひとつである。ビョークの「オール・イズ・フル・オブ・ラヴ」(1998年)は、オリジナルよりも彼らのリミックスのほうが人気があった。しかもそのヴァイナルは、メジャーではなく、〈ファットキャット〉という小さなレーベル(後にシガー・ロスやアニマル・コレクティヴを見出す)からのリリースだったのにも関わらず、相当にヒットした。また、その曲はビョークがエレクトロに/IDM的なアプローチを見せた最初期の曲でもあったので、エポックメイキングな曲ともなった。インダストリアルなテイストで、音をひん曲げたようなあのドラミングに誰もが驚き、「ファンクステラングって何もの?」となったわけである。当時は、「あれがグリッチ・ホップっていうんだよ」などと言っていたね。そう、彼らはその名の通り、IDMだろうがテクノだろうが、ファンキーなのだ。

 そんな伝説のプロジェクトが10年振りに復活して、新作を発表した。往年のファンはもちろん、最近この手の音にはまっている若い世代にまで評判が広まっている。そこへきて、11月7日には日本でのライヴも発表された。エレクトロニック・ミュージックの祭典、EMAF TOKYOへの出演だ(他にもアクフェンやヒロシ・ワタナベ、インナー・サイエンスなど大物が出演)。
 ここに彼らの復活を祝って、ミニ・インタヴューを掲載。記事の最後には、日本のためのエクスクルーシヴ・ミックスのリンク(これが格好いい!)もあります。
 読んで、聴いて、EMAFに行きましょう。

Funkstörung インタビュー

■マイケル、クリス、今回の来日を非常に楽しみにしています! 公演に先だって幾つか質問させて下さい。

F:ぼくらも楽しみだよ! もちろんさ。

■10年振りのニュー・アルバム『Funkstörung』のリリースおめでとうございます! 日本でもアルバムは好評ですが、先ずは再結成の経緯を教えて下さい。

F:ありがとう! 友人であるMouse On MarsのAndi Tomaが、ぼくらふたりを彼らの活動の21周年記念の作品である「21 Again」に誘ってくれたんだ。その際にぼくらふたりは多くのことを話したんだけど、Funkstörungを再結成する良い切っ掛けなのかもしれない、とお互いに考えたんだよね。いろいろな曲をふたりで聴きながら、すぐにぼくらは(しばらく活動を一緒にしていなかったんだけど)いまでも「波長が合っている」ことに気付いたんだ。

■ニュー・アルバム『Funkstörung』はModeselektor主催のMonkeytownレーベルからのリリースとなり、とても興奮しましたが、どういった経緯でMonkeytownからのリリースとなったのですか?

:とてもエキサイティングなことだよね。:-) Andi Toma(Mouse On Mars)がMonkeytown Recordsを薦めてくれたんだ。Monkeytownのリリースは好きだったし、Modeselektorを昔から知っていた事もあって直感的に良い事だと思ったね。

■本作ではAnothr、ADI、Audego、Jamie Lidell、Jay-Jay Johanson、Taprikk Sweezee(アルファベット順)という6組のゲスト・ヴォーカルが9曲で参加していますが、ヴォーカル作品を多く収録した意図やコンセプトなどを教えて下さい。またヴォーカルの人選はどのようにしたのですか?

:これと言ったコンセプトはないんだけど、敢えて言うなら成熟したアルバムを作りたかったんだ。ブレイクの多用や過剰なディテールへの拘りではなく「リアル」な曲を書きたかった。インストゥルメンタルの楽曲は、多くの場合ぼくらを満足されてくれないから、ヴォーカリストをフィーチャーしたアルバムを制作することに決めたんだ。何か人間的な要素、もしくは声が与えてくれるインスピレショーン、をぼくらは必要としていた。良い例なのが、親しい友人であり近所に住んでいる「Anothr」なんだけど、彼はいわゆる「インディ・ロック」の人で、複数の楽器を演奏するマルチプレイヤーなんだけど、何か特別な要素をぼくらの楽曲に与えてくれたよ。多くのことを彼から学んだね。SoundCloudを通して知り合ったオースラリアのシンガー「Audego」との制作も楽しかったね。彼女の声を聴いてぼくらは鳥肌が立つんだ。テルアビブの「ADI」はぼくらのマネージャーの友人なんだけど、ぼくらにとって完璧な調和と言えるモノになったよ。彼女は近くビッグスターになると思う、素晴らしいのひと言だね。「Jay-Jay Johanson」とは、古き良き時代からの知り合いで、もう15年前のになるのかな、当時の彼のアルバムをプロデュースしているんだ。「Taprikk Sweezee」はハンブルクで知り合った気の知れた友人で、過去にも多くの制作を一緒にしている。(Michael Fakeschのアルバム『Dos』のシンガーは彼なんだ)18年くらい前に初めて「Jamie Lidell」のパフォーマンスを見たんだけど、彼と制作を共に出来たことは夢の様だったね。いくつかの理由があって彼とは一緒に制作を行えていなかったんだけど、今回のアルバムでそれが叶ってとても誇りに思うよ。

■1995年に発表された「Acid Planet 1995」から20年経ちますが、制作や作品に関する一貫した考えはありますか?

:20年……。長い期間だよね? 実際には1992年に収録曲を制作していたから、20年以上音楽を作り続けていることになるよね……。Crazy! 一貫した考えと言えるのはたぶん、つまらない音楽を作りたくないということなんだと思うよ。ぼくらの楽曲は(多くの場合)いろいろな音やディテールが詰め込まれていて複雑だと思うんだけど、このアルバムに関して言うと(代わりに)いろいろなアイデアが楽曲に詰め込まれているんだ。リスナーをつまらない気持ちにさせたくないし、もっと言えばぼくら自身がつまらない気持ちになりたくないんだ。

■最新作に関する何か特筆するエピソードがあれば教えて下さい。

:一番特別なエピソードと言えば、ぼくらがこのアルバムを完成させたということだろうね。。10年間コミュニケーションを取っていなかったからね。こんなに長い期間を置いてからたFunkstörungとしてアルバムを完成させた、というのはとても特別なことだと思うね。

■現在はミュンヘンを拠点に活動されていると思いますが、ミュンヘンまたドイツの音楽やアートの状況に関して、マイケル、クリスが感じられる事を教えて下さい。

:多くの音楽、イベントなんかはたしかにあるんだけど、ぼくらはあまりそれらにコミットしていないんだ。スタジオに居て毎日音楽を作っている、只それだけなんだよ。;-)

■ 印象に残っている国、イベント、アーティスト等あったら教えて下さい。

:もちろんだよ。ビョークと一緒に仕事をした事は強烈な記憶として残っている。リミックスを2曲作っただけなんだけどね。魔法の瞬間だったよ、彼女の声をエディットしていたときっていうのは。その他にもニューヨークのグッゲンハイム美術館でパフォーマンスしたことは素晴らしかったね。Jamie Lidell、LambのLou Rhodesと仕事出来たことも特別だし……。Wu-Tang Clanのリミックスをしたことも……。オーストラリアでのツアーも……。この20年間、とても素晴らしい瞬間が幾つもあったね。

■ 今後のプラン等をお聞かせ下さい。

:新しい楽曲を制作していて、今年中に発表されるかもしれないんだ。12月には幾つかのライヴが控えている。新しいミュージック・ヴィデオも制作中だね。

■今回日本を訪れる際に、何か楽しみにしていることはありますか?

:和食を食べることだね! (本当に美味しいよね)他には、秋葉原にクレイジーなモノを探しに行くこと、渋谷のスクランブル交差点で人の波に押し潰されること、原宿で(流行の先端を行っている)ヒップスターたちを見ること、大阪のアメリカ村で買い物をする事こと。本当に日本ではクールなことがいろいろと出来るよね。今回は実現出来なさそうなんだけど、富士山に登るのも良いアイデアだね。(日本は大好きだし、いつも良い時間を過ごさせてもらってるよ!)

■最後に、日本の電子音楽リスナーにメッセージをお願いします。

:イベントで会えるのを楽しみにしてるよ!

Funkstörung▼プロフィール
 1996年結成、かつて、オランダの〈Acid Planet〉〈Bunker〉レーベルからアシッド・テクノ作品も発表していたドイツはローゼンハイム出身のマイケル・ファケッシュとクリス・デ・ルーカによるエレクトロニック・デュオ。それぞれのソロ名義ではセルフ・レーベル〈Musik Aus Strom〉からも作品を発表。
 エレクトロニカ、アンビエント、ヒップホップ、ポップスの要素を融合させたサウンドをベースに穏やかな風が吹き抜ける草原と溶岩が流れ出す活火山の風景が同居したかのような、未知のエクスペリメンタル・ポップを生み出し、爆発的人気を博す。
 99年のリミックス・アルバム『Adittional Productions』における、ビョークやウータン・クランといった大物たちのリミックスで知名度を上げ、00年に1stアルバム『Appetite For Distruction』をリリース。脱力したヴォーカルと感電したラップが絡み合う、メロウかつ鋭い金属質のブレイク・ビーツ・サウンドでその実力を遺憾なく発揮し、テクノ界に新風を吹き込んだ。クリストファー・ノーラン監督映画『メメント』の日本版トレーラーにビョーク「All Is Full Of Love (Funkstorung Mix)」が起用された事でも注目を集める。またテイ・トウワをはじめ日本のリミックスなども手掛け、国内外において非常に高い評価を得ている。 
 2015年、活動休止を経てモードセレクター主宰レーベル〈Monkeytown〉から10年振りに新作を発表、ゲスト・ヴォーカルとして、ジェイミー・リデルをはじめ、ハーバートやテイ・トウワ作品に参加してきたドイツ人シンガーのタプリック・スウィージー、スウェーデン人シンガーのジェイ・ジェイ・ヨハンソンらが参加。究極に研ぎ澄まされたトラックをポップソングまで昇華させた最高傑作が誕生した。
https://www.funkstorung.com

        **********************

★新作情報
『Funkstörung』-Funkstörung
https://itunes.apple.com/jp/album/funkstorung/id998420339

★来日情報
11月7日(土曜日)EMAF TOKYO 2015@LIQUIDROOM
https://www.emaftokyo.com

★エクスクルーシヴ・ミックス音源
Funkstörung Exclusive Mix for Japan, Oct 2015
https://soundcloud.com/emaftokyo/funkstorung-phonk-set-oct-2015



Funkstörung interview

I'm looking forward to your appearance at EMAF Tokyo. Could I have some questions prior to the event please?

We are looking forward to it, too!!! Sure.

Congratulations on the release of your new album entitled "Funkstörung".
1. How the reunion of the unit come about?

Arrogate Gozaimasu!
Our friend Andi Toma (Mouse On Mars) invited us to do a song with Mouse On Mars for their anniversary record '21 again'. We met and talked a lot and soon we thought this might be a good chance to reactivate Funkstörung. After listening to loads of songs we instantly recognized that we are still on the 'same wavelength'...

The album "Funkstörung" has been released on Monkeytown Records run by Modeselektor.
2. What has made you decide to release the album on the label?

I'm so excited about this. :-)
Andi Toma recommended Monkeytown to us...and since we liked the MTR releases and knew the Modeselektor guys from back in the days, we had a good feeling about it.

There are 6 vocalists featured for 9 tracks in this album. (To name all alphabetically, ADI, Anothr, Audego , Jamie Lidell, Jay-Jay Johanson and Taprikk Sweezee)
3.  What was your intention / concept about these vocalist selections?

We had no real concept, but somehow we wanted to do a grown-up album. Instead of focusing on breaks and an overload of details we wanted to write 'real' songs. Since instrumental tracks don't satisfy us most of the times we decided to do a vocal album. We needed that human element and as well the inspiration vocals give us. Anothr, who is a close friend and neighbour is the best example: He added some special flavour to our songs since he is more a kinda 'Indie Rock' guy and multiinstrumentalist...we learned a lot from him. Australian singer 'Audego' we found via soundcloud was really a pleasure to work with, Her voice really gave us goose bumps. ADI from Tel Aviv is a friend of our manager and for us it was a perfect match. She is going to be a big star soon...she is brilliant! Jay-Jay Johanson we knew from 'the good old times'...we have been producing one of his albums almost 15 years ago. Taprikk Sweezee is a good friend from Hamburg with whom we have been working a lot together in the past (he is the singer on Michael Fakesch's album 'Dos'...) Jamie Lidell was a dream to work with from the day we saw him playing for the first time (which is about 18 years ago)...due to different reasons we never managed to work with him and so we are extremely proud that this time it really happened.

20 Years have been passed since the release of "Acid Planet 13" in 1995.
4. Is there any consistent thoughts behind your production throughout?

Long time...isn't it? In fact we did those track back in 1992, which means we are doing music since over 20 years...crazy!

Maybe the most consistent thought is that we don't wanna do boring music. That's the reason why our songs are often so complex with loads of sounds and details and -like on this album- with loads of ideas within the song. We just don't wanna bore people...and even more important we don't wanna bore ourselves.

5. If there's a special story / episode regarding the latest album, it would be great to hear it.

The most special story is that we really did this album...after not talking to eachother for 10 years. I think this is something very special if you re-unite after such a long time.

You are currently based in Munich, Germany.
6. Could you tell us about your opinions on a situation music (and/or) art in Munich / Germany are in? (from each of you, please?)

There is definitely a lot music, events, etc. going on but we are kind of isolated from all that. We are sitting in our studios all day making music and do nothing else ;-)

7. Please let us know of any countries, events or artists you have been impressed by and would still remember?

Of course one of the most intense memory from the past was working with Björk. Even if we only did two remixes, but to work with her vocals was a very magic moment. Besides to that playing at Guggenheim Museum New York was amazing...also working with Jamie Lidell or Lou Rhodes from Lamb was very special....or remixing Wu-Tang...and our Australia tour...oh man...we had some great moments over the last 20 years.

8. Please let us know of your upcoming plans. (Excuse me if this is too fast to ask..) 

We are working on new tracks right now (which might be released already this year) and we're going to play some live shows coming up in December. There is also a few new videos in the making.

9. Is there any particular thing(s) you've been looking forward to do in Japan? 

...to eat Japanese food (which we love!), to check out all the crazy toys in Akihabara, to get squashed a Shibuya crossing, to see all the super hippsters at Harajuku, to do some shopping at american village Osaka...oh man, there is so much cool stuff to do in Japan. Actually it would have been great to walk up Mount Fuji, but unfortunately it's not the right time :-(...anyway...we love Japan and always had a great time there!

10. Lastly, please leave a message for electronic music listeners in Japan.

Come to our concerts!! We hope to see you guys there!


Swindle - ele-king

クラブ・ミュージックにおける初期衝動
小川充

 ダブステップとジャズを繋ぐ作品として、スウィンドルの『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』(2013年)を挙げないわけにはいかない。マーラ主宰の〈ディープ・メディ・ミュージック〉からリリースされたこのアルバムは、クールなトランペットやサックス・フレーズ、ソリッドなウッドベースのビートといった、極めてわかりやすいジャズの記号を随所に散りばめていた。楽曲の基本構造はグライム~ダブステップで、もちろんジャズだけでなくソウルやファンクなどさまざまな要素が混在していたのだが、タイトル曲や先行シングルの「ドゥ・ザ・ジャズ」「フォレスト・ファンク」などに顕著なように、ジャズという符号がこのアルバムの核にあったことは間違いない。そこには黎明期のクラブ・ジャズ、例えばユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイションの「ラウド・マイノリティ」に代表されるスタイリッシュなストリート感覚があり、ロニ・サイズやDJクラスト、ペシェイやロンドン・エレクトリシティなど、かつてのドラムンベース勢(当時はジャズステップと呼ばれていた)に通じるシャープなファンクネスがあった。ちなみに、ロニ・サイズは『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』収録の「ランニング・コールド」もリミックスしている。

 そうしたジャズの匂いがあったからこそ、ジャイルス・ピーターソンのようなジャズDJからもスウィンドルの作品は支持され、そのジャイルス主宰の〈ブラウンズウッド〉からもEPの「ウォルターズ・コール」をリリースしている。1987年生まれのスウィンドルとジャズとの接点は、ギタリストだった父親の影響で、8歳からピアノの演奏をはじめたところにあるようだ。その頃はジャングル~ドラムンベース全盛期でもあり、そこからグライム、ダブステップと進んできた彼の足取りに、ジャズ・ファンク、ソウル、レゲエが影響を及ぼすのは当然のことだろう。そして、マーラによる『マーラ・イン・キューバ』のライヴ・バンドの鍵盤奏者であり、ジャズ・キーボードの大御所のロニー・リストン・スミスとも共演するといった経歴を見れば、『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』のようなアルバムが出来あがったのも道理でと頷ける。

 それから2年ぶりのセカンド・アルバム『ピース、ラヴ&ハーモニー』は、基本的には『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』の世界を継承し、より強固なものとしている。それと同時に、この2年の間にDJやライヴで世界中をツアーし、その土地それぞれの独自の音楽を吸収したことにより、それらを自身の音楽の中に取り入れ、融合した成果も見られるアルバムとなった。つまり、音楽的な幅広さは前作とは比べものにならないほど広がっている。アフリカ音楽を取り入れた「ファインド・ユー」、エキゾティックな映画音楽の様相を呈した「ブラック・バード」、フィリピン音楽をモチーフにした「マラシンボ」、箜篌(中国の琴)のような音色が印象的な「上海(シャンハイ)」など、これらは前作にはなかったタイプの作品だ。ちなみにその「マラシンボ」「上海」ほか、「東京」「デンバー」など、彼が回った世界の都市が題名となる曲があり、そこでは現地の言葉で「愛と平和と音楽の使者、スウィンドル」というスピーチが入る。彼から見た「東京」の音楽はこうしたものなのかと、なかなか興味深い。フィリピンや中国のようにルーツ音楽がモチーフとなっておらず、ゲームやアニメを連想させるところが、いまの海外の人から見た日本なのだろうか。ともあれ、スウィンドルの音楽に対する貪欲な探究心や研究心、面白ければ少々強引だろうが何でもトライしてみようという、ダンス・ミュージックやクラブ・ミュージックにおいてもっとも大切な資質、初期衝動が如実に表れたアルバムである。

小川充

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“愛と平和”のグローバル・レディオ
髙橋勇人

 グライムやダブステップの頭に「UK」と付くことがあるけれど、実際に南のイングランドで生まれた音楽が、スコットランドまで北上するのは難しいようだ。もちろんグラスゴーにはマンゴズ・ハイファイのようなサウンドシステム文化の伝道師がいる。でもグライムのMCがマイクを握るような夜はほとんどない。にもかかわらず、スウィンドルはスコットランドで何回かギグをしているのだから、そこには何かしらの理由があるはずだ。

 〈ディープ・メディ〉から『ロング・リヴ・ザ・ジャズ(ジャズよ、永遠なれ)』を出した2013年に、スウィンドルはグラスゴーでもライヴを行った。ドラマーがいて、ギター、ホーン・セクション……そしてスウィンドルがキーボードを弾く。ダブステップは早い段階でシルキーというマルチ・プレイヤーを生んでいるけれど、重低音をコントロールしつつ、ソウル、ファンク、そしてジャズの即興を生で演奏できるやつが現れるなんて、たぶん誰も想像していなかった。

 リスナーが異なるジャンルの愛好者で、特定アンセムを知っていなくとも、彼らを音で踊らせる能力をスウィンドルは持っているといっていい。ライヴに限らず、彼はDJでもそれができる。ロンドンのマナーは通じないかもしれないが、本物の才能にグラスゴーは寛容なのである。

 「平和、愛そして音楽」と銘打たれた今回のアルバムを理解する上でも、スコットランドは欠かせない要素のひとつで、それが如実に現れているのが5曲めと6曲めの“ウォークン・スカンク・レディオ”“グローバル・ダンス”だ。「ウォークン・スカンク(Walk ‘N’ Skank)」とはマンゴズ・ハイファイのパーティとネット・ラジオ番組の名前で、ここではその放送を聞いているかのように、マンゴズのメンバーのスコットランド訛りの会話が流れ、いきなりブラス・セクションへと突入する。

 ここでのスピードはBPM150。ダブステップとグライムのプロパーである140よりも早く、ドラムンベースの170よりも遅い。クラブ・ユースのトラックでは良くも悪くもBPMをある程度固定して曲を作ることがマナーなわけだが、スウィンドルにそのルールは無意味だ。その姿勢は他のトラックにも現れていて、BPMの檻を破壊した自由さがアルバム全体を漂う(あの“ドゥ・ザ・ジャズ”は140だった)。そこでラップをするフロウダンも、独自の区切りと冷たいフロウを保ちつつ、スウィンドルとマンゴズによるトラックとシンクロしている。結果、「グローバル・ダンス」というワードが呪文のように聞こえてくるのが恐ろしい。曲そのものはいたって陽気なのだが。

 この曲はシングルとしてもリリースされたのだが、その際アルバムから収録されたもう1曲が、JME(先日コウとの共演が噂されたスケプタの兄弟)との“マッド・ティング”。英語ネイティヴのグライム・ファンによると、ストリート叩き上げMCのフロウダンに対し、JMEは大学出のインテリジェンスな気質があり、それは彼のMCのことばにも出ているそうだ。
 そこに判別をつけるのは、グライムに慣れ親しんでいないリスナー、こと日本語の話者には難しい。けれども、バック・トラックの素地となっているブラック・ミュージックの振れ幅や、散りばめられたエスニックなマテリアルによって生じる大きなわかり易い差異だけではなく、英語の中における微妙なニュアンスにおいても、作品の広がりが生まれていることを知っておいて損はないだろう(スコティッシュが聞こえてくるこの手のレコードを聴いたのは初めてだったかもしれない)。

 今作はスウィンドルが世界をツアーで回った軌跡でもあるので、そのグローバルな視点を軽んじることはできない。それに加えて、さきほどのマンゴズの例に限らず、折々で聞こえてくるアナウンスや、その音のテクスチャーから、アルバムはラジオっぽさを残していることも指摘したい。収録されている曲の一貫性のなさからも、ラジオの持つある種の偶然性に通じるものがある。これが彼のツアー先との結び付きから生まれた作品だとわかっていても、たまに聞こえてくる多言語の音声によって、異国の電波を傍受している気分にも……、なれるひとはなれる。

 もし仮に現代において、ネットではなく、ラジオ、しかも海賊ラジオ(UKダンス・カルチャーの重要なファクター)が世界規模で発達していたとする。車に乗っているあなたは、どこかから飛んでくる違法電波を傍受しようとダイヤルを回し、車の停車位置を変えやっきになっている。それでやっとスピーカーから流れてきた音楽が何なのか。個人的にはそれが『ラヴ、ピース&ミュージック』であってもいいんじゃないかと思う。その資質と能力と、飼い慣らされていない自由さをもってして、スウィンドルは生(ライヴ)でありつづけるのである。

interview with tha BOSS - ele-king


tha BOSS
IN THE NAME OF HIPHOP

THA BLUE HERB RECORDINGS

Hip Hop

Amazon

 北海道・札幌をリプレゼントするTHA BLUE HERBのラッパー、tha BOSSが全国から敬愛するビートメイカー、ラッパーを招き、初のソロアルバム『IN THE NAME OF HIPHOP』を完成させた。
 BOSSといえば常にO.N.Oと二人三脚で作られるTHA BLUE HERBの音源のイメージが強いが、本作はトラックメイカー陣にPUNPEEの名があったり、客演陣にYOU THE ROCK★の名があったりと、かなり外に開かれた内容になっている。
 BOSS自身このインタヴューで、参加アーティストに寄り添って作ったと話しているように、このアルバムは18年前にマイク稼業を始めたひとりのMCのユナイトの賜物だ。トピックもシンプルで、聴き手を選ぶ類のものではない。
 とはいえ、もちろんBOSS“節”は健在で、さらに磨きがかかったといってもいいほどだ。tha BOSS名義のソロ作品ゆえ、彼の純度が増したのだともいえるし、デビュー当時の攻撃性は鳴りを潜め、作品そのものの深みが増したともいえるだろう。
 この“節”に関しては作品を聴いていただく他ないが、『IN THE NAME OF HIPHOP』=“ヒップホップの名のもとに”というアルバム・タイトルは、この作品を実によく表している。「ユナイト」や「純度」や「深み」の意味を象徴し、よく伝えている。インタヴュー時間はジャスト30分、雑談はなし。一気呵成に訊きたいことを聞いた。

ファーストの頃は自分の居場所を作るために命を張って勝負をかけるという意味では、俺にとってその時代の俺のヒップホップは、俺に力をくれたし、その大 義っていうものを信じて生きてきた。けど、それと同時にヒップホップはユナイトする音楽、人と人を繋げる音楽という側面もあって、18年後にやっとここに 辿り着けたよね。

このアルバムに関しては、昨年末に制作を発表して、そこから1年を待たずに、この高密度なアルバムが完成されたわけですが、そこに至るまでの経緯から伺いたいです。

tha BOSS:そうだね。まずは1997年からマイク稼業をはじめて、今日まで18年か、その間に出会った人と曲を作ってみたいっていうのがまずはじめにあって。現場でいつか曲を作ろうよっていう話をしていた人たちもたくさんいたし。でも、それだけじゃなくて、やっぱり自分がそんなにまだ、なんていうんだろう……たとえ現場ですれ違う程度の人でも、この人のビートに乗せてみたいだとか、いろんなスタッフも含めて、ヒップホップに詳しい人は俺の周りにたくさんいるから、みんなとも話して、一緒にやりたいと思った人に声をかせさせてもらった感じだね。

いまのお話の住み分けをもう少し具体的に伺いたいです。

tha BOSS:DJ KRUSHさんとかDJ YASとかDJ KAZZ-K、INGENIOUS DJ MAKINOとかは俺にとっては昔からの知り合い。Olive Oilもそうだし。 NAGMATICとかPENTAX.B.FとかPUNPEEやHIMUKIとかは、なんていうのか、今回は俺の方から一線を越えてオファーした人たちだね。

HIMUKIのビート(2“I PAY BACK”)は凄かったですね。この曲を聴いた瞬間、このアルバムの意味というか、アルバム全体が持つ高揚感みたいなものが駆け抜けた気がしました。

tha BOSS:HIMUKIのトラックは一番最初にレコーディングした曲なんだよね。今年の2月にレコーディングを始めたんだけど、、それが実はこの曲。聴けばわかるけど、俺的にも、力も入ってるし。弾みをつけたかったという気持ちを感じられるというか。すごい、なんかねぇ……HIMUKIとの曲が最初で良かったなと思う。

全国どこのヒップホップのアーティストも、最初は地元のトラックメイカーだったり自分たちでビートを作ったりするわけですが、ことTHA BLUE HERBに関しては最新作に至るまでですし、O.N.Oさんとの結びつきが強いですよね。THA BLUE HERBとはO.N.Oさんでもあるわけで。

tha BOSS:そうそう。まさにその通り。

だから、これだけまとまった楽曲群を他の人と作るというのは、BOSSさんにとって、かなり新しい体験だったと思いますし、発見もあったと思いますが、その辺はいかがですか?

tha BOSS:うん。それ(体験や発見)はたくさんあったよ。なんていうかな……基本的にその……O.N.Oとのやり取りという意味では、俺的にはある意味『TOTAL』で頂点を極めた感覚があったんだよね。『TOTAL』というアルバムの細部に渡るまでに、いまも崩れずに傷つけられずに、汚れずに、いまだに全曲ピシッと成立している世界というのは、俺にとってはある意味パーフェクトで。あれを作り終わったあとには、しばらくあれを乗り越える作品を作るというのは、ちょっともう……ってくらい、俺たちは『TOTAL』でデカい山を登ってきたんだ。
 だからやっぱり、そのTHA BLUE HERBの次作の前に、ソロ・アルバムを作ってみたいなと思って、今回こういう、たくさんの人たちとやらせてもらったんだけど、みんな育ってきた環境も使ってる機材も年齢も違うからね。ひとりひとりと、メールなり電話なり、作業なりをずっとしていくと……O.N.Oと俺の場合は、THA BLUE HERBというひとつの人格を最初から最後まで成長の過程として共有してるわけだけどさ、今度のは15曲、特典のセロリ(Mr.BEATS a.k.a. DJ CELORY)くんを含めて16曲、2曲提供してくれたのがふたりだから、つまり14人との制作だったんだ。1対1が×14人分あって、それがみんな違うから、ずっとひとりのビートメイカーとやってきた人間からすると、それはやっぱり全然違うよね。
 でも、そこを本気で誠実に向き合うことで……対決して音楽を作るというよりは、せっかくこういう人たちとやるんだし……ハーモニー……調和した音楽を作るというか、その人と一緒に最高の曲を創りたいというか……そういう気持ちが強いからね。その人それぞれの違いに寄っていくと、自分も自分の中になかった感情であり、手法であり、声の質であり、言葉遣いでありが14人分出てきたよね。だから新鮮で楽しかったよ。

トラックメイカーとの顔合わせ(食い合わせ)の話で言えば、もうひとり、やっぱりPUNPEEさんが面白かったのですが、PUNPEEさんいかがでしたか?

tha BOSS:PUNPEEも最高だったよ。PUNPEEと一緒にやるのも俺にとっては結構挑戦だった。今回参加してくれているのは、みんな、今すごいと言われてる人たちで。でも実際外から見てるだけではわからないし、一緒に作ってみないとわからないから誘ってみたんだけど、本当だね。みんながすごいと言うには、ちゃんとした理由があるっていうのは、仕事をするとわかるよね。
 PUNPEEはずっと一緒に、お互いに意見を出し合ってスタジオで作ったんだ。そこはみんな同じで、遠慮なしに「ここはこうして欲しいし、こうした方がいい」と言い合って作ったけど、そういう意味じゃPUNPEEは、1回か2回現場で会って、そこから俺がオファーして実現したんだけど、キャリアのことは知っていてもお互いのことを知っているわけじゃなかった。俺の性格とか人間に関しては付き合いは深いわけじゃないところで、スタジオに入ったけど、相当PUNPEEも切り込んでくるし、俺も逆にそれ待ちだったからね。PUNPEEに俺を操縦して欲しいという感覚が強かったし、ビートメイカーとプロデューサーの違いという意味でも、PUNPEEはどっちかというとプロデューサー。ラップもできるし、アレンジもできるし、ミックスもできるし、ビートも作れるっていうマルチでそれぞれがすべてハイクオリティな人間だから。PUNPEEのリクエストは、こっちも耳を傾けたし楽しかったね。

PUNPEEさんは、すごい俊敏な印象があります。

tha BOSS:そうだね。俊敏だね。メロウだしね。言葉にすると誤解を招くかもしれないけど、PUNPEEが持ってるポップさって、逆にTHA BLUE HERBではなかなか接近できない世界なんだけど、今回は挑戦してみたいと思ったんだよね。ポップなフィーリングっていうか。ポップにもいろいろあるんだろうけど、PUNPEEのトラックは今回の中ではすごい開かれているというか。この曲が、ここの9曲目にあるかないかで、随分印象が違うからね。一緒にやれて本当に良かったよ。

そうですね。元々のTHA BLUE HERBという存在は、ポップという言葉が多様な意味を持つものであるにせよ、それでもポップという語と結びつく存在ではなかったですし。今回のインタヴューにあたって、ファースト・アルバムをあらためて聴いたんですけど、“孤憤”とか(単刀直入にいえば、BOSSが「業界」じみたMCやメディアをdisった曲)を聴いて、あのアルバムからはじまったのかと思うと、やっぱり今回のアルバムの広がり、そういった多様性には奇跡のようなものを感じてしまいます。

tha BOSS:俺もそう思うよ。このタイトル自体もそうなんだけど、ヒップホップがあったからやっぱりここまで来れたと思うよね。ファーストの頃は自分の居場所を作るために命を張って勝負をかけるという意味では、俺にとってその時代の俺のヒップホップは、俺に力をくれたし、その大義っていうものを信じて生きてきた。けど、それと同時にヒップホップはユナイトする音楽、人と人を繋げる音楽という側面もあって、18年後にやっとここに辿り着けたよね。
 俺の……なんて言うんだろう……俺のTHA BLUE HERBのファーストの頃のアティチュードからの変化に、もしかしたらクエスチョンの人もいるのかもしれないけど、俺は俺の思ったままに生きてるだけなんだよね。俺は俺のこの道で良かったと思う。ヒップホップを長くやってきて、走り続けてきてよかったと思った。こういうオチがあるんだったら、うん、最初に中指立てたことも、そして変化を否定せずに続けてきて良かったなと思ったね。

ただ、ファーストの言葉はたしかに中指も立っていましたが、あのアルバムで確実に「草冠に音と言葉(THA BLUE HERBのロゴ)」の旗も全国に立ちましたし。たんなるネガティヴ・メッセージでは全然なかったですよね。そういう力を持った音楽だった。

tha BOSS:なんで俺がその……中指を立てたかっていうと、自分の居場所が欲しかったのと、日本中のヒップホッパーに対して、ただたんに俺と俺らのヒップホップ、俺らの街、俺がずっと住んでいる札幌という街を認めさせたかったんだよ。それだけのためにずっと中指を立てていたから、認めてくれた人に対しては、さらにそこからツバを吐くような真似は俺はしないし。認めてくれたら逆に相手のことも知ろうとするっていうのが人としての礼儀というか、それが俺にとってのヒップホップのマナーだから。そこを経たあとは……ここに集まった人たちは……みんな友だちだしね。それもヒップホップだよなぁと思う。お互い認め合ったら、なんていうのかな……曲を作ろうよっていう風に14人分帰結したっていうのは、ヒップホップ好きなら当たり前のことだよねと思う。

田我流はね……田我流はもうある意味俺がファンだから。いつか一緒にやりたいっていう、なんて言うの、初めて会ってからずっとだけど……田我流は本当に凄い。やりたいラッパーはもっとたくさんいたんだけど、でも、そういう意味では、この世代では田我流だったね。

今度はフィーチャリングについて伺いたいのですが、それこそ、こうして完成した作品、結実したものを聴けば、これもまた必然だとは思えるのですが、それでも、すごいバランスだと思います。このメンツはたんなる計算では絶対にありえないと思いますし、BUPPON(ブッポン)さんとYUKSTA-ILL(ユークスタイル)さんの楽曲(4“HELL’S BELLS”)ひとつとっても、2人とも昨日今日はじまったMCではないとはいえ、フレッシュでした。

tha BOSS:俺のラップ稼業の中では三重に行けば必ずYUKSTA-ILLとリンクしてたし、BUPPONも何度も俺らを山口に呼んでくれたし。東京のラッパー、山口のラッパー、三重のラッパーは俺にとってはみんな同じ、札幌以外のラッパーだから。そういう中で普通に同じラインで見たら、このふたりは本当に昔から俺のことをサポートしてくれた……なんていうのかな……超大切な友だちっていうか。ふたりに関しては昔から本当に俺のことを励まして受け入れて世話してくれてる人たち。いつか一緒に曲を作りたいと思ってた。だからYUKSTA-ILLもBUPPONも若いけど、俺にとっては友人だし、若い奴にチャンスを……なんてことはまったく思ってない。俺はただ昔からの友だちとマイクリレーをしたかっただけだね。

たしかに、ふたりともソリッドなヴァースをカマしていますね。ソリッドなヴァースをカマしているといえば、もうひとり、札幌のELIAS(エリアス)。この楽曲(6“S.A.P.P.O.R.A.W.”)がまたトンデモなくタイトで……。

tha BOSS:ELIASに関しては……本当に札幌という街で、B.I.G. JOEと俺のふたりがいて……、次は誰だって言えば、ELIASだというのはずっと言われ続けてきて。それは札幌のアンダーグランドでは常識なんだけど。昔から札幌のアンダーグラウンドの最前線にいる。そういう意味では、本当にラッパーとして、大きな世界に出て行くためにやらなきゃいけないことは、これまでずっとやってきている人間だから。フックアップとかではなくて、ELIASに関してはこれが何かのいいきっかけになればいいなと思ってる。YUKSTA-ILLとBUPPONと同じくELIASもアンダーグランドヒップホップの世界では常識なんだけど、まだまだその広がっていく余地がたくさんあるアーティストだと思ってるよ。3人とも違うし、すごいおもしろいし格好良いよね。ELIASは本当ソリッドだよ。

田我流(5“WORD…LIVE”)は前の3人とはまったく違う色合いで……もう……凄いですよね。

tha BOSS:田我流はね……田我流はもうある意味俺がファンだから。いつか一緒にやりたいっていう、なんて言うの、初めて会ってからずっとだけど……田我流は本当に凄い。やりたいラッパーはもっとたくさんいたんだけど、でも、そういう意味では、この世代では田我流だったね。

20代、30代、40代……と、見える視線によって、ヒップホップというのは変化していくわけで。20代のヒップホップを否定する気もないし、格好良い音源も多い。でも、俺らみたいな40代のヒップホップにも価値があると思ってやってるから。

はい(笑)。そして、このアルバムのひとつの白眉だと思います、YOU THE ROCK★を招いての“44YEARS OLD”、トラックはDJ YAS。先ほども触れたファーストのときの東京dis、業界disというのは、具体的に言えば、対「さんピンキャンプ」的な……と言っていいと思うんです。「さんピン」が象徴したものというか。YOU THE ROCK★さんはその象徴の中の、さらに最たるキャラクターといってもいいラッパーですから、本当に驚いたし、感動もしました。これがまた凄いヴァースで……。なので、YOU THE ROCK★さんに関しては、おふたりの出会いから、この曲に行き着く流れまで伺いたいです。

tha BOSS:YOU THE ROCK★と俺がここで一緒に曲をやるっていうのは、いまの子たちにはなんのことやらって感じかもしれないけど、あの時代、90年代の後半からのヒップホップ、THA BLUE HERBの最初からを知っていた人にしてみれば、これぞ奇跡みたいな。俺は彼をdisったし、彼はこの街(東京)でボスのひとりだったから、俺以外の人間からもいろんな攻撃に晒されたし、そこで頑張ってやってて、いま2015年になって……。
 俺はお手手つないで仲良くじゃなかったから、YOU THE ROCK★とかのことをどかして、居場所を作ってきたという気持ちも強くて。そうは言っても、同じ齢というのもあったし、YOU THE ROCK★は俺のことを受け入れてくれてはいたし、この18年の間にも同じ現場でちょいちょいは会ってたんだよね。まあ乾杯して楽しんで話したりとかって、そういうときは別に一杯飲むとかそんなレベルだったけど、そんなことが3年に一度とかのスパンで続いてて。俺もYOU THE ROCK★という人間をだんだん知ってきてたし、今回のタイミングで、ラッパーで誰を誘いたいかって、一番最初が彼だったんだよね。
 曲がりなりにも、俺自身がYOU THE ROCK★という人間を削って上がってきた人間だったから、今度は俺がひとつ、ちゃんと落とし前を付けなきゃいけないと思ってた。他人が介入して「ボスとユーちゃん一緒に曲やんなよ」「俺の曲でユナイトしなよ」という話じゃなくて、仕掛けた俺がその場所を作って、彼に来てもらって、「で、今何を歌うんだ?」っていう場所を俺が作りたかったんだ。それで俺が今年、彼に連絡して、中目黒の居酒屋でふたりでがっつり飲んで、そこはもう超ガチだったね。俺も超ガチだったし、あいつも超ガチだった。2、3時間、はたから見たら口喧嘩してるんじゃないかっていうテンションでずっと話して、俺は「俺はおまえを削ってここまで上がってきた。ここでおまえも一発ライムかまして、俺の曲を聴いてくれてるお客さんたちを俺から奪うつもりでやれや」って言って。彼も「やってやるよこの野郎」みたいな感じになって。それで曲を作った。それで、ビートメイカーはDJ YASで、3人とも44歳だから“44YEARS OLD”っていう曲にしようって。
 あいつも本当にいろいろあったし、俺もあったけど、たぶんYOU THE ROCK★をひとつの、わかりやすいハイプなキャラクター、陽気なピエロみたいなやつという認識で終わってるやつもいたと思うし、彼も意識的か無意識的にかは俺は知らないけど、それを自分のキャラとしてやってた時期もあった。ただ、その後の……あいつの人生で起きたこと、あいつがそれを乗り越えてきたこと、孤独だとか、そういうことっていうのは、まだあいつは語ってないし。でも、俺は語られるべきだと思ったんだよね。それはこれからの若いラッパーたちにとっても、俺とか彼とかみたいな人間がどういう感じで、もう一度、ここでユナイトするのか。YOU THE ROCK★がいままで乗り越えてきたことについてのリリックは残されるべきだと思ったという感じだね。

僕は音源についての取材やインタヴューをするとき、基本的にいつも資料をいっさい読まずに音源から聴くようにしているんですよ。それはまずまったく先入観抜きに楽しみたいと思ってのことなのですが、だからどういうアルバムかまったく考えもせずに聴いていたら、YOU THE ROCK★の声が耳に入ってきて、もうびっくりしました。「ええ!?」って。

tha BOSS:「俺にもあるぜBOSS」って入ってきたでしょ(笑)。間違いない。でも、やっぱり、さっきの話じゃないけど、さんピン時代とか……そういう時代にヒップホップを聴いてた人、いまはKOHHとかの時代だからさ、が、その時代に聴いてたいま30代後半とかの人が、どこで何をしているのかって考えると……それは人それぞれだけど、でも、そういう人たちにもまだやってるぜっていうか、そういうメッセージを投げかけたかったんだよね。20代、30代、40代……と、見える視線によって、ヒップホップというのは変化していくわけで。20代のヒップホップを否定する気もないし、格好良い音源も多い。でも、俺らみたいな40代のヒップホップにも価値があると思ってやってるから。しかも歌っていくのは、その20代の子たちに向けたラップというよりは、自分の目線で歌う、自然と自分の同じ年代の曲になっていくわけで、そういう時代にいた人たちに、俺とYOU THE ROCK★がやってるぜっていう。もう一度クラブに来いとは言わないけど、「もう一回俺らのヒップホップを聴いてみないか?」みたいな。彼を誘った時点で、そういうメッセージがあるよね。彼もすごいさらけ出してリリック書いて、俺のオファーをシリアスに重く受け止めてくれたから、やっぱり誘ってよかったなと思う。

客演に関して、もうひとり。同じく札幌のB.I.G. JOE(6“WE WERE,WE ARE”)。これは顔合わせのおもしろさという次元の話ではなく、ヴァースのクオリティーが圧倒的でした。

tha BOSS:B.I.G. JOEのヴァースは……神がかってたね。本当に……それこそB.I.G. JOEは俺がラップやる前からの付き合いだから、20年以上の付き合いになるけど。この人と同じ街でラップをやり続けて、こうやってお互い、いまもこうして一緒にレコーディングできているのは素晴らしいことだよね。本当にもう……神がかったバースを残してくれて感謝してる。

今度はアルバムで扱われるトラックについても少し伺いたいのですが、これまで歌われたことのない、BOSSさんの幼少期の光景が歌われたり(“REMEMBER IN LAST DECEMBER”)もしています。こういったことも、僕には少し不思議な気がしました。

tha BOSS:THA BLUE HERBではそこまでいけないからね。自分のパーソナリティーまでは曲にならないから、そういうとこもやっぱり違うよね。書いてるトピックが。

それってなんでなんですかね。要するにお互い何もかも知り尽くしているO.N.Oさんのビートではなく、初めてのトラックメイカーたちとの中で、そういうトピックが出てくるというのは……

tha BOSS:それはそうだよ。O.N.Oとだからというわけではなくて、THA BLUE HERBとしてやってるわけだから。THA BLUE HERBにはTHA BLUE HERBっていう人格があるんだよ。97年に「SHOCK-SHINEの乱」から始まったTHA BLUE HERBって存在があって、それは97年に産まれた存在で、そこから成長して、のし上がっていくわけだよ。でも、これに関しては俺だからね。俺は97年にマイク稼業を始めたけど、そこが俺の始まりではないっていうか。そこの違いはやっぱりあるよね。

ああ、なるほど。そう伺うと、それもそうですね。ちなみに、このアルバムのライヴはやるんですか?

tha BOSS:やる。THA BLUE HERBで12月からリリースツアーを始めるよ。THA BLUE HERBの曲たちの中に、この曲が入っていく。そういうことになるよ……。今言ったTHA BLUE HERBの世界観と俺個人の世界観が違うという中で、それがライヴの中でどう混ざっていくのかが楽しみなところだよね。

では、時間が迫ってきたのでシメたいと思います。『IN THE NAME OF HIPHOP』、ヒップホップの名のもとに……というのは、このアルバムのタイトルとして、いかにもふさわしいと思いました。先ほども曲名に挙がりました“SHOCK-SHINEの乱”ではじまったTHA BLUE HERB。そのMCのBOSSさんが、いまこうして全国のビートメイカー、ラッパーとユナイトして、1枚のヒップホップアルバムを作り上げたという……これは制作当初からのコンセプトだったのですか?

tha BOSS:だんだん途中からそう思い始めていったんだよね。アルバム制作中も俺はこのパソコンでずっと仕事をしていたんだけど(インタヴュー前もBOSS氏はノートパソコンに向かって仕事しており、すぐ前にパソコンがあった)、作業の終盤に入ってくると、その受信トレイに入ってくる名前がさ……KRUSHさん、PUNPEE、grooveman Spot、YAS、YOU THE ROCK★、BUPPON、B.I.G. JOE……って、いろんな人と同時にやり取りしてたからさ。うわ~、この並びすげぇなと思って。本当にヒップホップの名のもとにとしか言いようがないなと思ったんだ。

ありがとうございました!

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History of TBH

 北海道・札幌をリプレゼントするTHA BLUE HERBのラッパー、tha BOSSが、初のソロアルバム『IN THE NAME OF HIPHOP』をリリースした。これまでにもコラボ経験のあるDJ KRUSH、DJ YASといった顔触れから、PUNPEEやHIMUKIといったまったく新しいメンツ、客演には田我流やYOU THE ROCK★など、全国のビートメイカー、ラッパーを招いた画期的な作品である。
 THA BLUE HERBについてはいまさら説明されなくてもよく知っているという方は、ぜひこの画期的なアルバムを手にとり、これをいま聴けることの喜びを共有したい。
 だが、最近になってTHA BLUE HERBを聴き始めた(tha BOSSを知った)という方は、tha BOSSが今度のソロ作品を出すまでの経緯を把握すれば、このアルバム『IN THE NAME OF HIPHOP』をより楽しめることがあるように思うので、以下に少し書いてみたい。

 18年前に始まったTHA BLUE HERBが世に放ったファースト・アルバム『STILLING STILL DREAMING』(1998)は、リリース当時から熱烈な賛否を持って迎えられた。
 これはBOSS THE MC(その頃はこう名乗っていた。以下BOSS)とビートメイカーのO.N.Oの2人の「シンプルな音と言葉」による、東京中心のヒップホップシーンへのほとんど宣戦布告といってもいい1枚だった。たしかにその頃のBOSSの言葉は、ファースト・アルバムを一聴すればわかるように、かなり攻撃的である。ヒップホップでのdisは具体的であるほど意味を持つものだから、攻撃の対象は聴いていても明らかだったし、当時のBOSSのリリックはほのめかしという類のものではなかった。
 そうである以上、そこに賛否の「否」が生まれるのは必然である。ヒップホップもショービジネスであり、そのdisがTHA BLUE HERBの名を広く流布したひとつの大きな要素と考えれば、そこにはBOSSの戦略めいたものもあったのかもしれない。だが、それはやはりプロレスでいうストロング・スタイルのようなショー的なものではなく、極端な話生きるか死ぬかの類の、もっと切迫したものであった。

「北から陽が昇ることに慣れてないお前達は俺達の存在そのものにまだ戸惑っているんだろう?」

 “ONCE UPON A LAIF IN SAPPORO”におけるBOSSのこの挑発的な言葉は、それを象徴しているだろう。だが、同時にこういった挑発が生む「否」と「賛」は表裏の関係にある。
 初期のTHA BLUE HERBに対する「賛」には、列島の「北」から下すべてに中指を立てるようなリリックが一役も二役も買っているといっていい。まだ無名のハングリーな新人が、優遇された有力な相手を叩きのめすのがカタルシスであるのは言うまでもない。言わば、強烈なカウンターによるノックアウト劇。それが初期のTHA BLUE HERBの賛否の「賛」にはあった。
 ここに書いた「強烈なカウンターによるノックアウト劇」の意味はシンプルで、北海道の無名のTHA BLUE HERBの記念すべきファースト・アルバム『STILLING STILL DREAMING』は売れたのだ。そのヒットは、彼らが地方でくすぶっているB-BOYのハートを鷲掴んだだけでなく、それまで日本人のラップを聴かなかったリスナーまでをも一気に取り込んだゆえでもあった。
 筆者は当時からヒップホップや日本人のラップを聴いていたし、アーティストによってはライヴを見たこともあったが、クラブに日常的に顔を出すというタイプではなかった(結局、いまもほとんど変わっていないのだが)。レディオヘッドやベックやアンダーワールドを聴きながら日本人のラップにも興味津々な、ただ自分にフィットするレベル・ミュージックに出会いたいという願望を抑えられない、つまり、どこにでもいる至極普通の学生だった。BOSSの言葉やTHA BLUE HERBの音楽が取り込み光を当てたひとつにあるのは、パーティのノリが苦手で(楽しみ方を知らないだけなのだが)、鬱屈した煮え切らない日常の中で自分のためのレベル・ミュージックを探す筆者のような人間だったと思う。
 上に引用したリリックにある「北」という語が、北海道・札幌を拠点に活動する彼らのフッドを指すのはいうまでもないわけだが、それはまた「魂の極北」といったときに使われる、ある種の極限的状況を彷彿させる機能も果たしていた。同アルバムの収録曲の“STOICIZM”というタイトルや、THA BLUE HERBファンが好きな曲の1位、2位にランクするだろうクラシックス“BOSSIZM”の「焦点の合わぬ目はそのまま明け方、氷点下の証言台に立つ」といったリリックは、すべて「極北」に含まれる“北”という語が象徴するものと響き合っている。
 THA BLUE HERB初期のこうしたBOSSの言葉群は、自身に本質的な変革を導くには、まずその(つまり自分自身の)極北で孤独を知ることだという普遍的な訴えであり、その訴えの場として北海道はふさわしい詩的フィールドだったと言っていいかもしれない。

 言うまでもないことだが、THA BLUE HERBの音楽がB-BOY以外のリスナーを取り込んだことを語るためには、ビートメイカーのO.N.Oの存在も不可欠である。これはTHA BLUE HERBの音楽の前提だ。つまりTHA BLUE HERBは=BOSSだが、まったく同じ強度で=O.N.Oでもある。それは最新アルバム『TOTAL』まで微塵も揺らがないTHA BLUE HERBの不文律だ。
 THA BLUE HERBでO.N.Oが鳴らすビートは圧倒的なドープなヒップホップであり、日本でこんなにソウルフルな音を鳴らすビートメイカーが他にいるだろうかと思わせるものだが、同時に彼の描き出す、たぶんな静謐を含んだ高揚や荒涼は、たとえばアイス・ランドのロックバンド、sigur rósが作り出す美しい奥行きを持った音像を筆者には彷彿させる。
 これは個人的な見解だが、O.N.Oは演奏家というより建築家に近い。O.N.Oが打ち出すビートは、機能美と前衛、未来的な遺跡とでもいった一見矛盾を孕みながら、だが確かにそれは圧倒的な存在感を持って目の前にあるのだという、ある種の印象的な現代建築を思わせるのである。BOSSのリリック同様、O.N.Oのビートの完成度と中毒性があまりに高いからこそ、ヒップホップのファンに限らずTHA BLUE HERBの音楽は幅広く聴かれているのである。

 BOSSの言葉はセカンド・アルバム『Sell Our Soul』でまた別のベクトルへの深化へ向かうのだが、それでもいまだ挑発的であり、彼らの孤独な進軍は続いていた。

 「はっきり言って同業者がつくった曲はつまらん。さぁこれでまた敵さんが増えてくれるかな?」

 “STILL STANDING IN THE BOG”でBOSSがラップする、このワンラインをとってもそれは明らかだろう。この時点で曲のタイトル通り、彼らはまだ泥濘(BOG)に立っているわけだ。
 THA BLUE HERBはこうしてふたりだけで他を寄せつけぬスタンスではじまり、連帯を拒み、孤独こそ美学と信じるヘッズを数多く培養していた。筆者は信者という表現を好きではないし正確と思わないのだが、THA BLUE HERBがそういう語られ方をするアーティストであったことは否定できない。そうしたヘッズにとって、THA BLUE HERBのすべての音源、BOSSのヴァースはすべて貴重であり、リアルであり真実だった。

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 3rdアルバム『LIFE STORY』(2007)はTHA BLUE HERBのターニングポイントとなる作品だ。

 「今回は策は立てない 水面に硬い石を投げるだけさ 伝わる波紋が辿る場所は果てない 音楽の力に全て任せた」
 「今や俺等とは君を含めた四人だ」(“The Alert”)

 「勝ちたい負けない ただそれだけじゃ レースを生き残る事は諦めな」(“Hip Hop番外地”)

 上に引用したリリックにあるように、ここにもはや策(つまり戦略)はないし、具体的な敵が祭り上げられているわけでもない。そうかと言って日和ったり客演が参加しているわけではないし、全国的に認知されて評価を勝ち得たという王者や勝者の余裕が歌われているわけでもない(収録楽曲“Motivation”に〜挑戦者のマナー噛み付いたら放さず〜というリリックがある)。
 そうではなく『LIFE STORY』において、O.N.OのビートとBOSSの言葉、THA BLUE HERBの音楽はシンプルに、さらに純化されたのだ。そして「音楽の力に全て任せた」というリリックを証明するように、このアルバムを引っさげTHA BLUE HERBの音楽は、BOSSとDJ DYEの1MC1DJという形で全国を旅する。その模様は仙台から宮崎までのツアーの行程を収めた“STRAIGHT DAYS/ AUTUMN BRIGHTNESS TOUR '08”(2009)、また2010年の春以降の(北海道の北見から沖縄の辺野古の米軍基地の境界ギリギリまでの)ツアーの模様を収録した“PHASE 3.9”というふたつのDVD作品で確認できる。


 ひとりのMCとひとりのビートメイカーで作られた音楽を持って、1MC1DJで全国を回る。最小限の構成で作られるTHA BLUE HERBの音楽だが、膨大な数のオーディエンスの前で(なんせ野外フェスまで含む日本全国のツアーだ)膨大な言葉を吐くことで、その残響は否が応でもTHA BLUE HERBの言葉を変質させていく(これは日本刀を鍛えるのに似ている気がする)。その変質を文章で説明するのは難しいが、上のふたつの映像作品はその変質の過程が見て取れることでも興味深いものだ。

 実に3年半におよぶツアーを終え、THA BLUE HERBは新たなアルバムの制作に入る。来たるべきアルバムは長いツアーで言葉を鍛え上げ、そして言霊の力、重さ、怖さを誰よりも熟知したBOSSというMCが、2011年3月11日を経て書き上げたものでもある。その4thアルバムに、彼らは『TOTAL』(2012年)と名付けるのだ。

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 駆け足でTHA BLUE HERBの4thアルバムまでの流れを見てきたが、今では以前よりBOSSのヴァースは身近に聴ける(我々はTHA BLUE HERBのツアーに行くことができる)ようになったし、映像作品も増えた。もちろん時を経るごとに、BOSSが客演で参加した楽曲も増えていった。THA BLUE HERBが始まって18年と考えれば、そのとき生まれた子供が高校を卒業する年である。そう考えれば、人が成長するように、アーティストが変化するのも当たり前のことだ。しかし、それでも、THA BLUE HERBが初めて他のアーティストを自分たちのブースに迎え入れるのは、昨年2014年の般若との楽曲“NEW YEAR'S DAY”において。まだわずかに1年前のことなのである。そして2014年12月26日、東京・恵比寿のリキッドルームにて、tha BOSSと般若による1MC1DJ同士によるショウケース「ONEMIC」が開催され、この夜のステージでBOSSは全国のビートメイカーを招き、ソロアルバムを制作すると発表したのだ。
 そう考えれば、tha BOSSのソロアルバムが決して一朝一夕に生まれたものではないことがわかるだろう。

 THA BLUE HERBは=BOSSだが、まったく同じ強度で=O.N.Oで、それはTHA BLUE HERBの不文律だと前述した(今ではDJ DYEも然りだろう)。この不文律にはいまもいささかの揺らぎも感じない。だが、同時に、「誰彼構わず中指を立てていた」(これは今度のアルバムでBOSS自身が言っていた言葉だ)BOSSが、今では魅力的なアーティストであればユナイトすることを疑いなく知っている。またごく自然な欲求として、BOSSとコラボして欲しいと思うような魅力的なアーティストが日本に数多いることも知っている。
 tha BOSSの初のソロアルバム『IN THE NAME OF HIPHOP』は、タイトル通り“ヒップホップの名の下に”18年の歳月をかけて、北海道は札幌のTHA BLUE HERBから広がった美しい波紋なのである。

(山田文大)

JAH SHAKA JAPAN TOUR 2015 - ele-king

 昨年ジャー・シャカが東京でプレイしたとき、日本には〈リヴィティ・サウンド〉の3人、マムダンス、DJフェット・バーガーらがいた。それぞれ現代のテクノ、グライム、ディスコ・ダブを語る上で外すことはできないプレイヤーたちだ。そこには重低音という共通点があり、そのタイム・ラインの上流にはジャー・シャカがいる。ステージ上で踊るシャカを見ながら、音だけはなく、その歴史の広がりにも圧倒されてしまった。
 今回の来日でジャー・シャカは6都市を巡る。東京公演は11月2日に開催。なんとオープニングからラストまで彼が巨大なサウンド・システムの前に立つ。
そのセレクトを通して、日本のどこかでダブの歩んできた道を感じてみたい。ちなみに、王様は30年前、こんな姿をしていた。



King of Dub
JAH SHAKA
DUB SOUND SYSTEM SESSIONS JAPAN TOUR 2015

- An all night session thru the inspiration of H.I.M.HAILE SELASSIE I -

東京公演

日時:2015.11.2 (MON/Before Holiday) open/start: 23:30
料金:adv.3300yen door 3800yen
会場:代官山UNIT
出演:
JAH SHAKA
JAH IRATION SOUND SYSTEM + JAH RISING SOUND SYSTEM

Saloon:
E-JIMA(DISC SHOP ZERO)
RIBE WORKS(ORANGE STREET)
YO-JI (UP DOWN RECORDS/MILITANT ITES),
JUNGLE ROCK
KENJI HASEGAWA
info.:
UNIT
03-5459-8630
https://www.unit-tokyo.com

Ticket Outlets:NOW ON SALE
PIA (0570-02-9999/P-code:277-802)、LAWSON (L-code:73499)、
e+ (UNIT携帯サイトから購入できます)
clubberia/https://www.clubberia.com/store/

渋谷/TECHNIQUE (5458-4143)、disk union CLUB MUSIC SHOP (3476-2627)、Coco-isle (3770-1909)
原宿/GLOCAL RECORDS (090-3807-2073)
代官山/UNIT (5459-8630)
下北沢/DISC SHOP ZERO (5432-6129)、JET SET TOKYO (5452-2262)、disk union CLUB MUSIC SHOP (5738-2971)
新宿/Dub Store Record Mart (3364-5251)、ORANGE STREET (3365-2027)、disk union CLUB MUSIC SHOP (5919-2422)、Reggae Shop NAT (5337-7558)
三軒茶屋/ふろむ・あーす & カフェ・オハナ(5433-8787)
吉祥寺/disk union (0422-20-8062)
町田/UP DOWN RECORDS (042-725-8325)
横浜/北中45レコード(045-324-3452)
Jar-Beat Record (https://www.jar-beat.com/)

JAH SHAKA JAPAN TOUR 2015
10.31 (土) 沖縄 残波 JAM-----https://zanpajam.org/
11.02 (月・祝前日) 東京 UNIT-----https://www.unit-tokyo.com
11.03 (火・祝日) 横浜 ex Bodega-----https://www.facebook.com/events/1223377354354382/
11.06 (金) 大阪 ROCKETS---https://nambarockets.com/
11.07 (土) 名古屋 X-HALL -----https://x-hall.jp/
11.08(日)福岡 MUSK-----https://www.facebook.com/CLUBMUSK

Total info: dbs-tokyo.com

(出演者)

JAH SHAKA
ジャマイカに生まれ、8才で両親とUKに移住。'60年代後半、ラスタファリのスピリチュアルとマーチン・ルーサー・キング、アンジェラ・ディヴィス等、米国の公民権運動のコンシャスに影響を受け、サウンド・システムを開始、各地を巡回する。ズールー王、シャカの名を冠し独自のサウンド・システムを創造、'70年代後半にはCOXSON、FATMANと共にUKの3大サウンド・システムとなる。'80年に自己のジャー・シャカ・レーベルを設立以来『COMMANDMENTS OF DUB』シリーズを始め、数多くのダブ/ルーツ・レゲエ作品を発表、超越的なスタジオ・ワークを継続する。
30年以上の歴史に培われた独自のサウンドシステムは、大音響で胸を直撃する重低音と聴覚を刺激する高音、更にはサイレンやシンドラムを駆使した音の洪水 !! スピリチュアルな儀式とでも呼ぶべきジャー・シャカ・サウンドシステムは生きる伝説となり、あらゆる音楽ファンからワールドワイドに、熱狂的支持を集めている。heavyweight、dubwise、 steppersなシャカ・サウンドのソースはエクスクルーシヴなダブ・プレート。セレクター/DJ/MC等、サウンド・システムが分業化する中、シャカはオールマイティーに、ひたすら孤高を貫いている。


シンガーとしてのホルターを観てみたい! - ele-king

 クラシカルな音楽的素養をバックボーンとして、何にとらわれることもなく──ある意味では“わがまま”なまでの自由さで──自らの表現のフォームを築いてきたプロデューサー、ジュリア・ホルター。アンダーグラウンドの知性派レーベル〈リーヴィング〉等からのリリースを通じてシーンに新たな女流の系譜をつけ加えた存在のひとりである。

 今年リリースされた『ハヴ・ユー・イン・マイ・ワイルダーネス(Have You In My Wilderness)』は、〈ドミノ〉と契約してシンガーとしてのアイデンティティを確立したアルバム。ある意味ではキャリアにおいてもっともシンプルな作品だが、チェンバー・ポップの固定概念を崩す発想が随所に光っている。

 さて、そのジュリア・ホルターの初来日公演が決定した! ジュリアナ・バーウィックの来日に心躍らせたのも昨日のことのようだが、ようやくお目にかかれるホルターがどんなセットを見せてくれるのか。各都市の共演者たちにも注目したい。

■ flau presents: Julia Holter Japan Tour 2015

サイト:
https://www.flau.jp/events/juliaholter2015.html

ツアー詳細:

11/24 (火) 京都
@ METRO
open/start 18:30/ 19:30
adv./door 4,000 / 4,500yen(+1D)
共演:Cuushe
チケット取扱:
チケットぴあ (Pコード:272-626) TEL0570-02-9999
ローソンチケット (Lコード:55399)
e+ (https://eplus.jp/) (PC・携帯 共通)
メール予約・お問い合わせ:event@flau.jp

11/25 (水) 大阪
@ Conpass
open 18:30 / start 19:30
adv. 4,000 / door 4,500yen(+1D)
共演:Madegg、Noah
チケット取り扱い:
チケットぴあ (Pコード:272-634) TEL:0570-02-9999
ローソンチケット (Lコード:55294)
e+(イープラス) (PC・携帯 共通)
メール予約・お問い合わせ:event@flau.jp

11/26 (木) 東京
@ WWW
open/start 18:30 / 19:30
adv./door 4,500 / 5,000yen (+1D)
共演:Cuushe、Rayons with Predawn
PA:福岡功訓(Fly sound)
SHOP: LINUS RECORDS
チケット取り扱い:
チケットぴあ (Pコード:272-562) TEL:0570-02-9999
ローソンチケット (Lコード:70466)
e+(イープラス) (PC・携帯 共通)
お問い合わせ:03-5458-7685(WWW)

■Julia Holter

LA出身の女性シンガーソングライター/マルチ・インストゥルメンタリスト。アヴァンギャルド、ベッドルーム・ポップ、オペラ、クラシックなど様々な音楽的影響を融合させ、新しい感性でポップミュージックを更新する女性アーティスト、真のDIYコンポーザー。数々の限定リリースと共に「Tragedy」「Ecstasis」の 傑作アルバム2枚を発表。Dominoに移籍後、初のスタジオアルバムとなる『Loud City Song』をリリース。Karen DaltonのトリビュートアルバムやLinda Perhacs44年ぶりの新作への参加を経て、今年9月に待望のニューアルバム『Have You in My Wilderness』をリリース。昨年グラミー賞を受賞したプロデューサーCole Greif-Neilと共に地元ロサンゼルスでレコーディングされたJulia Holter史上最もインティメイトな傑作アルバムが完成した。

'Feel You'
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