「PAN」と一致するもの

interview with Fever The Ghost - ele-king


Fever The Ghost
Zirconium Meconium

Indie RockPsychedelicGarage

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 テンションの高い、エキセントリックなサイケ・ポップはいま流行らないだろうか? しかし、まさにテームなドリーム・ポップ化を遂げてしまったテーム・インパラを多少歯がゆく感じている人などは、ぜひこのフィーバー・ザ・ゴーストにぶっ飛ばされてみてほしい(ドゥンエンの新譜もいいけれど)。テームなインパラがノンアルコール・ビールだとすれば、FTGはさしずめドクターペッパーか、ソーダ・フロートに花火の刺さったやつというところ。それは子どもが大好きな、目に悪い色をした、極端な味の、高カロリーの、悪趣味すれすれの、おいしい体験である。

 西海岸というサイケデリック・ロック揺籃の地から現れたサイケデリック・ロック・バンド、フィーバー・ザ・ゴースト。骨太なガレージ感、圧巻のグルーヴ、酩酊感も十分(このライヴが楽しい→https://www.youtube.com/watch?v=s97ZqaFv-O0)、ここでも答えてくれているようにキャプテン・ビーフハートあるいはラヴといった西海岸の先達の影響を奥底にしのばせながら、ホークウインド的なスペーシーなプログレ要素、あるいはグラム・ロックのカブいたポップ・センス、そしてフレーミング・リップスやオブ・モントリオールのエキセントリシティを放射する……とにかく派手なエネルギーを充溢させた4人組である。

 それでいてチャイルディッシュなヴォーカル・スタイルをはじめとして、PVから一連のアートワークにいたるまで、幼形成熟的で得体の知れないキュートさが大きな特徴になっている。彼らの奇矯さの象徴たるこのヴォーカル=キャスパーには、近年のロック・バンドにおける「コレクトな感じ」──グッド・ミュージック志向で行儀のいい、あるいはファッショナブルにヴィンテージ・ポップを奏でる器用さといったものから程遠い、ひとつの業のようなものも感じるだろう。リズム隊が年長でテクニカル、シンセ・マニアがいるのもいいバランスだ。ショーン・レノンによって発見され、ウェイン・コイン(フレーミング・リップス)が入れ込んだというエピソードにもうなずかされる。

 さて、今回取材したのはベースのメイソンだが、じつにマインド・エクスパンデッドな回答を戻してくれた。キャスパー(オバケのあれ)ばかりではない、みながそれぞれに大らかな世界観を持っているのだろう。フィーバー・ザ・ゴースト、そのアンチ・ビタミン・カラーのサイケデリアは、2015年というタイミングにおいてはとくに美味に感じられる。召されませ。

■Fever The Ghost / フィーヴァー・ザ・ゴースト
テンプルズを輩出した〈Heavenly Recordings〉と契約したロサンゼルス出身の4人組バンド。2014年にデビューEP『クラブ・イン・ハニー(Crab In Honey)』をリリース。これまでザ・フレーミング・リップス、ショーン・レノンやテンプルズとツアーを周り、2015年のレコード・ストア・デイには、テンプルズとお互いの楽曲をカヴァーするスプリット・シングルを発売。そして同年9月、デビュー・アルバム『ジルコニウム・メコニウム』の発売が決定した。ラインナップはキャスパー(vocal /guitar)、ボーナビン(synth)、ニコラス(drums)とメイソン(bass)。

僕らに影響を与えたものはたくさんあるんだ。拡張現実、テクノロジーの発達、森、YouTubeのフード・レヴュー……

結成はいつで、どのような経緯で集まったメンバーなのでしょう? 年齢はみなさん近いのですか?

メイソン(bass):結成は2年半くらい前で、もともとはヴォーカルのキャスパーがひとりでシングルをいくつかレコーディングしたところからはじまった。その後いくつかの幸運な偶然が続いて、キャスパーとキーボードのボビーがいっしょにリハーサルをしたり、ショウで演奏するようになって、その少しあとに、僕らのプロデューサーでありゴッドファーザーのルーター・ラッセルが、ベーシストの僕(メイソン)とドラマーのニックをキャスパーに紹介したんだ。ニックと僕はそれ以前にも他のバンドでいっしょに演奏していて、いっしょにロサンゼルスに移ってきた。年齢は僕らのうち2人が30歳で、もう2人が23歳だから、少し離れているね。

西海岸はサイケデリック・ロックの揺りかごともなった土地ですが、実際に生まれ育った場所として、そうした影響の残る土地だと思いますか? また、自分たちの音楽性を決定する上で影響があったと思いますか?

メイソン:たしかにそういう面はあるし、僕ら自身も間違いなく西海岸出身のミュージシャンからの影響は受けていると思うよ。キャプテン・ビーフハートやアーサー・リーのラヴとか。でも僕らがどこで生まれたかに関わらず、そういった音楽に惹かれていたと思うし、それらが僕らが影響を受けた唯一の音楽ってわけでもない。僕らに影響を与えたものはたくさんあるんだ。拡張現実、テクノロジーの発達、森、YouTubeのフード・レヴュー……

(通訳)フード・レヴュー?

メイソン:うん、とくに「ゲイリーズ・フード・レヴューズ(Gary’s Food Reviews)」。ゲイリーは僕らバンドにとってのヒーローみたいな存在だよ。食べ物が好きだから観るというよりもゲイリーのレヴューの仕方が好きだから観るような感じさ。

あなたがたは、エキセントリックな雰囲気があるのに、とてもスキルフルなバンドだと思います。曲作りをリードしているのはどなたですか?

メイソン:曲作りのプロセスは、まずキャスパーが曲を書いて、バンドの他の全員にそのヴィジョンを共有する。そして僕らそれぞれが自分のパートを作って、曲が発展していくんだ。

視覚的な表現においても、斬新でありながら、ある意味では正統的なサイケの伝統を引いていると思います(“バーベナ/Vervain (Dreams Of An Old Wooden Cage)”など)。MVやアートワークのディレクションは誰が行っているのですか? また、その際にとくにこだわる部分や哲学について教えてください。

僕らの美学は、「何であれナチュラルに感じることをする」ってことだよ。

メイソン:誰かひとりがディレクションをしているというよりも、バンド・メンバー全員と、バンドのまわりに不思議と現れた人たちとのコラボレーションだよ。オリバー・ハイバートと弟のスペンサー・ハイバートとは人からの紹介で知り合って、それ以来いろいろなことをいっしょにやることができた。それと同じようにキャスパーはゲーム・デザイナーのテイト・モセシアンを家族ぐるみで子どもの頃からよく知っているんだけど、僕らの新しいアルバムのジャケットのアートはテイトが作ってくれた。そういうふうに僕らのまわりにはたくさん興味深い人たちがいて、僕らはいつもそういうまわりの人たちからインスピレーションを受けたり、コラボレーションしているんだ。僕らの美学は、「何であれナチュラルに感じることをする」ってことだよ。僕らが作る音楽、アート、着る服まで、どれも自由さの産物で、僕らは自分たちをひとつのスタイルやジャンルに縛ったりはしないんだ。表現の自由が僕らの哲学だよ。

ライヴ・ヴィデオなどでは、録音環境もあるのでしょうが、非常にガレージ―でラフなプロダクションが目指されているように感じます。対して、アルバムの方はクリアに整えられていますね。今作のサウンド・プロダクションについて、何か目指すところがありましたら教えてください。

メイソン:目指していたのは、僕らが自信を持って出すことができて、自分たち自身で聴きたくなるようなレコードだった。サウンドについて、バンド内でとくにはっきり「こういうサウンドにするべきだ」みたいな会話をしたわけじゃなくて、僕らが使ったスタジオや、制作に費やすことのできた時間といったいろいろなファクターが組合わさって、自然と彫刻が彫り出されるように、結果的にこのアルバムができ上がったんだ。

とはいえ、“サーフズ・アップ! ネヴァーマインド(Surf's UP!...Nevermind.)”などは絶妙にワイルドですね。エンジニアはどんな方なのでしょう?

メイソン:エンジニアはクリス・ステフェンって名前で、〈セージ・アンド・サウンド〉ってスタジオで仕事をしている。彼はキャスパーの父親と長いこといっしょに仕事をしていて、キャスパーともレコーディングをしたことがあった。すごくいいヤツで、パイレートって名前のすごく可愛い犬を飼っていて、その犬がいつもいっしょにいるんだ。それとヴィクター・インドリッゾ(キャスパーの父)も僕らのガイドになってくれたよ。

(通訳)ヴィクターがプロデューサー?

メイソン:うん、というか、プロデュースは基本僕ら自分たちでやったんだけど、彼は僕らのカウンセラー、ガイダンス、グル、友人としていっしょにいてくれたんだ。

僕らみんなきゃりーぱみゅぱみゅや(初音)ミクの大ファンなんだ。サウンド面でも、ヴィジュアル面でもかなり影響を受けているよ。

このアルバムの制作の進め方についても教えてください。

メイソン:制作のプロセスは曲によってかなりちがっていたよ。いくつかの曲は実際のスタジオの中でキャスパーが作りはじめて、他のいくつかはAbleton Live上で作りはじめて、そのあとスタジオに持ち込んでバンドが加わって、さらに他の曲はバンドでライヴ・トラックとして生まれて、いったんそれを破棄して、それぞれのメンバーが別々に自分のパートを録音して作られた。それぞれの曲に必要な方法で形作っていったんだ。レコーディングのプロセスは全部で18ヶ月くらいにわたったよ。ときにはまったくレコーディングをしない時期があったり、逆に一週間毎日レコーディングを続けたり、スケジュールや時間が許すときに断続的にレコーディングを進めたんだ。

“1518”はドラムマシンを用いてダンス・ビートが敷かれていますね。ファンキーですが、曲調もくるくるとめまぐるしく表情を変えていきます。どんなプロセスででき上がった曲なのでしょう?

メイソン:“1518”にはドラムマシンも少し使っているけれど、大部分は生のドラムの録音なんだ。ニックのドラムに加えて、ヴィクター・インドリッゾの演奏するコンサート・タムもレコーディングに入っているよ──コンサート・タムを演奏できるとヴィクターはすごくハッピーになるから、少し彼に演奏する機会をあげる必要があったのさ。もともとキャスパーが以前に自分の部屋でレコーディングしたセッションからのステム・ファイルがあって、それを僕の家でドラマーのニックに聴かせたんだ。そのとき家の上階の住人からストラトキャスターを買って、僕らのヴァージョンのナイル・ロジャース・サウンドを作ろうとしたんだ。その後にそれを〈セージ・アンド・サウンド〉スタジオに持っていって、他のシンセサイザーのトラックや、ヴォーカルの大部分を加えていった。だから3つのちがったレコーディング環境の組み合わさった曲だと言える。

“イコール・ピデストリアン(Equal Pedestrian)”も非常に自由です。ヴォーカルにはオートチューンまでかかっていますね。とても意外な展開でもありましたし、あなたがたが柔軟なバンドだということもわかりました。少しJ-POP的であるとさえ思ったのですが……

メイソン:そう言ってくれてすごくうれしいよ! 僕らみんなきゃりーぱみゅぱみゅや(初音)ミクの大ファンなんだ。きゃりーぱみゅぱみゅはプロダクションも素晴らしいし、ミュージックビデオも最高で、サウンド面でも、ヴィジュアル面でもかなり影響を受けているよ。僕らのお気に入りのミュージックビデオのいくつかはきゃりーぱみゅぱみゅのビデオさ。

Massiveは複雑なシンセサイザーだから、たとえばキャスパーが「ボビー、フワフワのピンクのスパイダーがたくさん空から降ってきて、地上2フィートのところに着地して、その下を屈んで歩かなきゃいけない、みたいなサウンドが欲しいんだけど」とか言ったとしても、それに対応することができるんだ。

これにヴィデオをつけるとすれば、どんな作品にしますか?

メイソン:この曲のヴィデオはほぼ間違いなく実際作ることになると思うよ。できればきゃりーぱみゅぱみゅのMVの監督に作ってもらいたいな。もしもこのインタヴューを読んでいたら、ぜひお願いしたいね!

ムーグも非常に大きな役割を果たしていると思います。あなたはシンセにも好みがありますか?

メイソン:僕らのキーボーディストのボビーはムーグのLittle Phattyを使っていて、このアルバム中の曲にもかなり使われているよ。それとネイティヴ・インストゥルメンツのデジタル・シンセであるMassiveもかなり多用しているよ。ボビーはサウンドデザインのエキスパートで、MassiveはLittle Phattyよりずっと複雑なシンセサイザーだから、それを使って、たとえばキャスパーが「ボビー、フワフワのピンクのスパイダーがたくさん空から降ってきて、地上2フィートのところに着地して、その下を屈んで歩かなきゃいけない、みたいなサウンドが欲しいんだけど」とか言ったとしても、それに対応することができるんだ。

デヴィッド・ボウイとマーク・ボランだとどっちに共感しますか?

メイソン:うーん、たぶんデヴィッド・ボウイかな。彼の方がマーク・ボランより宇宙が好きだと思うから。

シド・バレットとジム・モリソンなら?

メイソン:間違いなくシド・バレット。彼の方が自転車に乗るのが好きだから。レザー・パンツを履いてちゃ自転車に乗れないもの。

(シド・バレットとジム・モリソンなら)間違いなくシド・バレット。彼の方が自転車に乗るのが好きだから。レザー・パンツを履いてちゃ自転車に乗れないもの。

(通訳)ジム・モリソンは何に乗ると思いますか?

メイソン:彼はたぶん虎から生えた女性の頭に乗るね。

ニンジャとサムライなら?

メイソン:ニンジャとサムライ? いいね、この質問。ニンジャかな、サムライはもっとタフガイっぽいっていうか、英語で言う「bro」って感じがするけど、ニンジャはシャイだと思うから。ニンジャはきっと感情面が発達していると思う。

アリエル・ピンクは好きですか?

メイソン:うん、アリエル・ピンクは好きだよ。ときどきフランク・ザッパの、まるで子どもみたいな性格を思い起こさせるところがあってさ。新しいアルバムはいつも聴くといい時間が過ごせるよ。

現実と非現実というふうに世界を分けるのは馬鹿げていると思いますか?

メイソン:現実と非現実を分けずに考えるのは不可能だと思うよ。現実っていうのはそれを認識する個々人や存在ごとに分裂していっているから、現実と非現実で世界を分けるのは自然な認識で、馬鹿げているとは思わないな。そしてテクノロジーの面について言えば、僕らの世界の上によりよい世界が構築されて、そこに行けるようになるといいなと思うよ。

マインド・エクスパンディングとは、いまの世界を生きていくのに有効な考え方だと思いますか?

メイソン:マインド・エクスパンションはいつでも有効な考え方だよ。必ずしも達成されなければいけないものだとは思わないけれど、マインドを発達させていくことこそが、人間のもっともよい資質のひとつだと思うし、それをやめてしまったら(人間)みんながストップしてしまうよ。いまの時代だけじゃなくて、これまでも、人類の進歩の途上から現在に至るまで、ずっと人間はマインドを成長させてきたと思う。いつか『スター・トレック』の世界が実現したらいいなと思うんだ。すべてが受け容れられて、すべてが与えられて、みなが芸術や科学や探求にフォーカスする世界。それがいちばん楽しいことだと思うし、人々はそういうことを十分していないと思うからさ。

マインド・エクスパンションはいつでも有効な考え方だよ。マインドを発達させていくことこそが、人間のもっともよい資質のひとつだと思うし、それをやめてしまったら(人間)みんながストップしてしまうよ。

アニメやゲームが好きなんですか? 好きな作品を挙げてもらえませんか?

メイソン:うん、アニメやゲームは僕らみんな好きだよ。『アドベンチャー・タイム』とか、『マインクラフト』なんかがお気に入りかな。

日本の作品で好きなものがあったら、ジャンルを問わず教えてほしいです。

メイソン:いろいろあるけど、さっきも言ったようにJ-POPは僕らみんな大好きだし、アニメだったら『(新世紀)エヴァンゲリオン』とかにはかなり影響を受けていると思う。

(通訳)『エヴァンゲリオン』はアメリカでも広く知られているんですか?

メイソン:うん、かなり有名だよ。もちろんメインストリームとしてのレベルで有名なわけではないけど、サブカルチャーとしては有名だと思う。

いまおもしろいなと思う同時代の音楽があれば教えてください。

メイソン:アワー・オブ・ザ・タイム・マジェスティ・トゥエルヴ(Hour Of The Time Majesty Twelve)っていって、略してHOTT MTっていうバンドがいるんだけど、彼らはクールだよ。あと、ヴァイナル・ウィリアムス(Vinyl Williams)も。彼はもうすぐアンノウン・モータル・オーケストラ(Unknown Mortal Orchestra)のサポートをすることになっているんだけど、アンノウン・モータル・オーケストラも好きだよ。HOTT MTとは、他の僕らの友だちのバンドも含めて12月にいっしょに大きなショウをしたいと思っているんだ。同じようなラインアップで日本にも行けたら最高だね!

ILLA J - ele-king

「の弟」であることに向かいあう 小川充

 1967年にコルトレーンが亡くなってからのジャズ界は、長年に渡ってその亡霊に憑りつかれていた。彼の死後に台頭したテナー・サックス奏者の多くは、コルトレーンからの影響を引き合いに出され(サックス奏者に限らず、実際にその影響を受けたジャズ・ミュージシャンは多かった)、比較され、結局そのフォロワーというような位置づけをされた。ヒップホップの世界ではジェイ・ディラが似たような立場にある。その死から9年を経た現在、彼の影響力はいまだに色褪せていなし、一種の神格化された存在に近い。ただ、一方で多くのジェイ・ディラ・フォロワーを生み出し、右へ倣えといった状況も生み出した。本人が望む、望まないにかかわらず、「ジェイ・ディラ風」というレッテルを貼られるアーティストも少なくない。実弟であるイラ・ジェイとなれば、なおさらそうした視線にさらされるわけだ。

 イラ・ジェイのデビュー・アルバム『ヤンシー・ボーイズ』は、ミルトン・ナシメントの『ミナス』を模したジャケットで、2008年にリリースされるやいなや大きな反響を集めた。いまも高く評価されるアルバムだが、純粋な意味でイラ・ジェイ個人が反映されたものかというと、少々様子が異なる。というのも、1995年から98年にかけて生前のジェイ・ディラ(この頃はジェイ・ディーと名乗っていた)が残した未発表トラックを使用し、そこにイラ・ジェイのラップをのせた変則的な作品だったからだ。当時はジェイ・ディラ・トリビュート企画が次々と生まれ、そうした流れの中で評価をされてきた。その後のイラ・ジェイは、2010年にはかつてジェイ・ディラが参加したスラム・ヴィレッジの新しいアルバム『ヴィラ・マニフェスト』に客演し、2013年にはフランクン・ダンクのフランク・ニットとヤンシー・ボーイズの名義でアルバム『サンセット・ブルーヴァード』をリリースするが、これらもジェイ・ディラのビートを使用していた。つまり、よくも悪くもイラ・ジェイはジェイ・ディラの亡骸を後ろ盾にしていたのだ。

 そんなイラ・ジェイにとって、2014年にカナダのモントリオールへ移住したことは、大きな転機となったようだ。それによってモカ・オンリー、ポテトヘッド・ピープル、ケイトラナーダといった現地のアーティストたちと新しい交流が生まれた。そうしていままでとは異なる自分のサウンドを見つけようとしていることが、『ヤンシー・ボーイズ』以来7年ぶりとなるこのニュー・アルバム『イラ・ジェイ』から感じ取れる。本作はポテトヘッド・ピープルとの共同制作となるが、彼らはヒップホップだけでなくハウス、ニュー・ディスコ、ブロークンビーツなどの要素も加え、より多彩なビート・メイクをするユニット。本作でも“ユニヴァース”のようなメロウ・ブギーは、こうしたポテトヘッド・ピープルとのコラボがあればこそ生まれた楽曲で、それこそデイム・ファンクやオンラなどに近いものを感じさせる。女性シンガーのアリーを交えたフュージョン・ソウルの“サンフラワー”は、フォーリン・エクスチェンジとか4ヒーローあたりの作品といってもいいくらいだ。このあたりはポスト・ジェイ・ディラとは異なる世界を感じさせる代表で、ほかにもアルバム前半はモカ・オンリーをフィーチャーしたコズミックな質感の“シー・バーンド”、ジャジーなグルーヴに満ちた“キャノンボール”や“オール・グッド”にしても、デトロイトのヒップホップとは異なるトーンを感じさせる。モントリオールで新しいサウンドへ取り組もうとするイラ・ジェイの現在の姿を反映した楽曲群といえるだろう。

 一方、“ストリッパーズ”は比較的ジェイ・ディラ・マナーのヒップホップと言え、サー・ラー・クリエイティヴ・パートナーズやプラティナム・パイド・パイパーズなど、ジェイ・ディラのキャリアの中でも後期に関わったアーティストたちの音に近い。アルバムの後半は“オール・アイ・ニード”“フレンチ・キッス”“フー・ゴット・イット”“パーフェクト・ゲーム”と、こうした流れが続く。イラ・ジェイがジェイ・ディラの影響から訣別することはできない。偉大な兄だから当然だろう。影響を素直に消化し、遺志を継ぎ、その上で新しく発展させるという姿勢が、とくに“フー・ゴット・イット”“パーフェクト・ゲーム”というフューチャリスティックな匂いを漂わせる2曲に表れているのではないだろうか。そして、アルバム最後のメロウな浮遊感に彩られた“ネヴァー・レフト”は亡き兄に捧げた曲となっている。


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“ストリッパーズ”──よれたビート、浮遊するシンセ矢野利裕

 ジェイ・ディラの弟というイメージがついてまわらざるをえないイラ・ジェイ。とは言え、スラム・ヴィレッジに加入もする彼が、偉大な兄をリスペクトしているだろうことは間違いない。フランク・ニッティとのヤンシー・ボーイズも含め、ジェイ・ディラのビートのうえでラップを続けてきた経緯を考えても、イラ・ジェイは、ジェイ・ディラの影を真正面から引き受けてきた。しかし、イラ・ジェイは今回、次のステップを踏み出している。

 本作で注目すべきはやはり、新世代プロデューサー陣によるサウンドワークだろう。とくに、全編にわたって関わっているポテトヘッド・ピープルの活躍がめざましい。本作は確実に、イラ・ジェイとモカ・オンリー(本作でも多く関わっている)が客演したポテトヘッド・ピープル“エクスプローシヴ”の方向性で作られている。本作におけるポテトヘッド・ピープルのサウンドは、“ユニヴァース”のPVなどで早くに示されていた。電子音から始まる“ユニヴァース”は、そのメロウさとベースの強さに一瞬西海岸のギャングスタ・ラップを感じるが、イラ・ジェイのヴォーカルが入ると現代的なR&Bっぽいたたずまいになる。ラップのパートになると、シンセ・ベースとクラップ音のビートが、とてもグルーヴィーにラップに絡む。ラストの、ビートが抜けてシンセだけになる展開も気持ち良い。わかりやすい派手さがあるわけではないが、細部に聴きどころ満載の変則型シンセ・ブギーだ。あるいは、オープニングを飾る“シー・バーント・マイ・アート・ft・モカ・オンリー”は、タメのあるビートに、くぐもったベースと浮遊感のあるシンセ音が背後で薄く流れ続け、イラ・ジェイの変速的なフロウが映える。その他、挙げればキリがないが、ラストの“ネヴァー・レフト”なども、低音・中音・高音のシンセサイザーが絡まるように鳴らされていて、静謐なサウンドの印象とは裏腹の緊張感がある。同じように緊張感が抜群なのは“キャノンボール”だ。反復するキーボードのフレーズとスナップ音のフェイド・インからはじまり、その後、ピノ・パラディーノを彷彿とさせるベースが入ったところから、一気にグルーヴィーになっていく。と思ったら、今度は、ずっとくり返されていたフレーズが抜かれ、イラ・ジェイのラップのフロウが奔放になる。ラップやヴォーカルも含め、各レイヤーのサウンドが同じ曲のなかで奔放に振る舞っており、にもかかわらず、危ういながら統一感もあり、とてもスリリングだ。生楽器が入っているのが、いいアクセントになっている。同じように、ビートこそ4つ打ちだが、全体として生楽器のフィーリングを大事にしている“サンフラワー・ft・アリー”も、ビートがしっかりしているぶん、小節をまたいで鳴らされるギターが解放的に響く。このあたり、LAビートとジャズのフィーリングが融合したテイラー・マクファーリンなどを連想しながら聴いた。

 このように、イラ・ジェイのセカンド・アルバムが、ポテトヘッド・ピープルをはじめとするプロデューサー陣に支えられているのは間違いない。とくに、アルバム全体のそこかしこで聴くことのできる、浮遊感のあるシンセ音は、イラ・ジェイの新しい魅力を引き出して、曲全体に中毒性をもたらしているように感じる。“フレンチ・キス”の浮遊感など、とてもいい。このような現代的とも言えるシンセの使いかたは、たしかにジェイ・ディラのトラックには、あまり見られない。ジェイ・ディラに対して、90年代的なサンプリング・ヒップホップのイメージ――つまり、Jay Dee名義のころのイメージ――を持っているリスナーならば、なるほど本作は、宣伝文句にあるように「偉大すぎる兄の呪縛から解き放たれた」という面があるかもしれない。それはそれで事実だろう。しかしそれは、一面的な見方でしかないと思う。本作において同時に注目すべきは、そのビート感覚である。調子を少しずつズラされ、つんのめる感じのよれたビートこそ、一方で本作を特徴づけるものである。そして、もちろんそれこそは、ジェイ・ディラのビートの特徴にほかならない。クォンタイズ機能を使わずに打ち込んだ独特のビート、キックではなくスネアの響きを重視したドラム、その音響とゆらぎ――ジェイ・ディラの偉大さは、そうしたグルーヴ感の創出にこそあったはずだ。その点からすれば、本作もまた、ジェイ・ディラの偉大な影響下にある。さらに言えば、ジェイ・ディラ的ゆらぎを自身の作品に意欲的に取り込んだのがディ・アンジェロの『ヴードゥー』だが、たとえば“フー・ゴット・イット・ft・モカ・オンリー”のビート感と多重コーラスなどは、あきらかにネオ・ソウル以降のものとしてある。あるいは、すでに触れた“キャノンボール”も、コーラスから各楽器にいたるまで、ネオ・ソウルのフィーリングに溢れている。本作にとってコーラス・ワークというのはすごく重要で、イラ・ジェイとモカ・オンリーのコーラスこそが、ジェイ・ディラ的な抜けのいいビートに厚みを持たせている。モカ・オンリーと言えば、個人的には“ライヴ・フロム・リオ”におけるラップと歌の器用さが印象的だったのだが、そんなモカ・オンリーが本作に要請されるのは、したがって、納得と言えば納得である。多彩なヴォーカル技術は、ジェイ・ディラ以降の歌モノにおいて大事なのだ。その意味で、多彩なヴォーカルが飛び交う“オール・グッド・パート・2・ft・モカ・オンリー、アイヴァン・エイヴ”もまた、素晴らしい歌モノとして聴くことができる。ヒップホップともR&Bとも言えない/言える、美しいゆらぎとグルーヴに満ちた曲だ。

 本作はたしかに、イラ・ジェイの次なるステップだろう。現代的なシンセサイザーの音が、そのことを強く示しているようである。しかし、同時に本作は、ジェイ・ディラに端を発したクリエイティヴィティが詰まってもいる。だとすれば、中毒的で浮遊感のあるシンセサイザーが、よれたビートのうえで印象的に鳴らされる“ストリッパーズ”は、まぎれもなく本作のハイライトである。ところどころに入る多重コーラスによって演出されるネオ・ソウル感も聴き逃せない。というか、この楽曲自体、とても鮮烈なフィーリングを獲得していて、何度も聴き直したくなる。ケイトラナーダという新しい才能も関わった、とても素晴らしい曲だ。“ストリッパーズ”のような曲を聴く限り、「兄の呪縛」は解けたとも言えるし、とらわれたままだとも言える。まあ、なんだっていい。ジェイ・ディラがいたのは事実だし、時代が変わっていくのも事実だ。そして、“ストリッパーズ”が素晴らしい曲であることも、もちろん事実なのだから。イラ・ジェイは、それらすべての事実を真正面から引き受ける。

メロウ大王の帰還 - ele-king

 アイズレー・ブラザーズ(THE ISLEY BROTHERS)のメロウ大王、シルキー・ヴォイスのロナルド・アイズリー。最近は目立った動きがないが、74歳の高齢だけに、元気にしているだろうかと気にしていたところ、この夏、ケンドリック・ラマーのアルバム『To Pimp A Butterfly』の“How Much 2 Dollar Cost”にゲスト参加して、だいぶかすれたとはいえ相変わらず魅力的な美声を聴かせてくれた。これはそろそろ新作が期待できるのでは、と思っていた矢先のつい先日、ネット上で突然の訃報が飛び交って驚いたが、もちろんこれはデマ。すぐさまロナルドは元気だとオフィシャルの声明が出された。そしてそのニュースの流れで、ロナルドは新作を制作中で、来年にはワールド・ツアーを計画していることがわかった。
 同じく『To Pimp A Butterfly』に参加し、冒頭の“Wesley's Theory”で、迫力のある語りをガッツリ聴かせた同い年のジョージ・クリントンが、近年すっきりと体重を落としてどんどん健康になっていることを思えば、同い年のロナルドもまだまだ元気で歌い続けられるはずで、心配など余計なお世話だったか。

 オハイオ州シンシナティ出身のアイズレー・ブラザーズの出発点は、ご多分にもれずゴスペルのファミリー・ヴォーカル・グループだが、世俗音楽に照準を合わせ、57年にNYに拠点を移した。その形態は、大まかにいって、60年代を通しては兄弟3人のヴォーカル・グループ、70年代はそこにギターとベースの弟2人、キーボードの義弟1人が加わった6人組のファミリー・グループだ。ミュージシャンが時代とともにスタイルを変化させるのは当然のことだが、アイズレーズは変化してもその都度、大きなヒットを出し、とくに70年代の全盛期にはファンクとメロウという対照的なスタイルを並行して打ち出しながら、その両方で頂点を極めた。
 さらに90年代には、彼らのメロウの名曲“Footsteps In The Dark”をサンプリングしたアイス・キューブの“It Was A Good Day”、同じく“Between The Sheets”をサンプリングしたビギーの“Big Poppa”を筆頭に、再評価の風潮が高まる。ロナルド自身も若いアーティストの作品のゲストとして引く手あまたとなり、その勢いで00年代にはアイズレー・ブラザーズを再始動させ、ミリオン・セラーとなるアルバムを連発するなど、第二次黄金期を築き上げるに至った。
 ヒップホップのおかげで90年代に息を吹き返し、新作を出したりツアーを再開したりしたアーティストはたくさんいるが、その多くが懐メロの域を脱しなかったのに対し、ロナルドは時代に沿ったトレンディーなプロダクションとがっぷり組んで第一線に返り咲き、他に類を見ない破格の復活劇を繰り広げた。サンプリング・ネタとしての人気もすっかり定着し、先のケンドリック・ラマーも、“I”ではアイズレーズの73年の大ヒット曲“That Lady”をサンプリングしている。


The Isley Brothers
The RCA Victor & T-Neck Album Masters(1959-1983)

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 さて、先ごろそのアイズレー・ブラザーズの『The RCA Victor & T-Neck Album Masters(1959-1983)』という、23枚組のとんでもないボックスが発売された。タイトルからもわかるとおり、59〜83年にRCAとTネックから発表された全23枚(2枚組があるので全22作)を網羅したボックスで、50ページにおよぶカラー・ブックレットと、初回版には限定特典として解説の邦訳も付いている。RCAとTネックの間の60〜69年に発表されたアルバム、そして再評価で改めて人気が高まった90年代半ば以降を含め、Tネック後に出したアルバムは対象外なので、全盛期を含むTネック期69〜83年の全21作22枚に、RCAからの59年に出た『Shout!』が付いている、と言った方が実態に即しているだろうか。以下、本ボックスに収録されたアルバムを1枚ずつひもときながら、アイズレーズの足跡を辿ってみよう。

 まずは初アルバムの『Shout!』。これはRCAからのセカンド・シングルだったタイトル曲がヒットして、それを軸に組まれた59年のアルバムだ。兄弟3人の作となる“Shout!”は、チャート・アクションこそ地味だったがロング・ヒットとなって、最終的にはミリオン・セラーに達したらしい。ここでの彼らは、いくらか節度のあるコントゥアーズと言いたくなるくらい、実にエネルギッシュなドゥーワップ・グループで、それは3人が飛び跳ねるジャケットにもよく表れている。シンプルな作りの陽気なドゥーワップに交じって、トラディショナルの“When The Saints Go Marching In”、R&Rの“Rock Around The Clock”なども歌っており、街角からそのままやってきたような活きの良さだが、それもそのはず、この年、一番年長のオーケリーでも22歳、ロナルドはまだ18歳だ。

 だがヒットはこれ1曲にとどまって、この後は前記のとおり、本ボックスには収録されていない10年間が挟まり、アイズレーズはいくつものレーベルを渡り歩く。その過程で、ワンド在籍時の62年には“Twist & Shout”が大ヒットし、翌年にはビートルズがカヴァーするに至った。
 また64年には、友人の紹介で故郷シアトルから出てきたばかりのジミ・ヘンドリックスに出会い、自宅に居候させて活動を共にするようになる。この頃の録音は、当時、彼らが住んでいたニュージャージ州ティーネックに立ち上げたレーベルのTネック、そしてアトランティックから、シングル4枚がリリースされているが、全く話題にならなかった。
 ジミが65年にUKに渡ったため共演は短期に終わったが、アイズレーズは翌66年、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったタムラ・モータウンとの契約を得て、最初のシングル“This Old Heart Of Mine”を大ヒットさせた。この曲を収録した66年の同名アルバムが手元にあるが、スプリームスの“Stop! In The Name Of Love”や“I Hear A Symphony”、マーサ&ザ・ヴァンデラスの“No Where To Run”などのカヴァーを含め、ここではホランド/ドジャー/ホランドによるモータウン・サウンドをバックに歌うアイズレーズという、彼らの歴史の中ではある種、異色な姿が確認できる。そしてよくも悪くも制作体制が完全にコントロールされたモータウンを3年ほどで離れると、アイズレーズはTネックを本格始動させて、すべてを自分たちで管理する活動形態に移行する。

 セルフ・プロデュース体制を手に入れたアイズレーズは、69年には勢い余って3作も発表している。スーツ着用が基本だったそれまでの面影が残って髪型はきちんとしているが、衣装はぐっとサイケに決めた姿がジャケットに収められた『It's Our Thing』には、モータウンの軽快なポップスとはひと味違う、深みのあるソウルが詰まっている。
 中でも実質的にタイトル曲であるファンキーな“It's Your Thing”はR&Bチャートで1位、ポップ・チャートでも2位の大ヒットとなった。これを受けて、ついこの間まで、モータウンのアーティストのカヴァーを歌わされていたアイズレーズの曲を、ジャクソン5やテンプテーションズがすかさずカヴァーするという逆転現象も起こり、アイズレーズにとってはさぞ痛快だったことだろう。
 またファンク色が一気に表面化しているのもこのアルバムの特徴だが、それはこの頃のJBのファンクやテンプテーションズのサイケなファンキー路線などを考えると腑に落ちる。とくに“Give The Women What They Want”は、JBの影響がストレートに表れたファンクだ。なお後にギターに転向する弟のアーニーが、このアルバムにはベースで参加している。

 続く『The Brothers: Isley』からは、“It's Your Thing”のテンポを落としてヘヴィーにしたような“I Turned On You”がヒット。全体的にも前作よりヘヴィーな感触を増すとともに、サイケ色も加わっており、この頃、デトロイトではファンカデリックがレコード・デビューしていたことに思いを馳せる。

 その一方では、ルドルフの真摯なリード・ヴォーカルに、ロナルドの激しいバック・アップ・ヴォーカルが絡むスロー“I Got To Get Myself Together”もあるし、ロナルドの“Get Down Off Of The Train”での男臭い熱唱や、“Holdin' On”での部分的なシルキー・ヴォイス使いも聴きものだ。そしてこのアルバムでは、アーニーはドラムスとベース、もうひとつ下の弟のマーヴィンがベースで参加した。

 69年の3作目は、アナログでは2枚組だったライヴ盤『The Isley Brothers Live At Yankee Stadium』。この年の6月、アイズレーズは「若くてクリエイティヴなアーティスト」を集めた大規模なコンサートを開催し、そのドキュメンタリー映画『It's Your Thing』を製作するという大仕事をやってのけた。本作はその音源版で、アイズレーズに加え、ゴスペルのエドウィン・ホーキンス・シンガーズにブルックリン・ブリッジ、Tネックで売り出し中だった女性シンガーのジュディ・ホワイト(本ボックスでもボーナス・トラックで何枚かのシングルを聴くことができる)、そしてファイヴ・ステアステップスらのパフォーマンスが収められている。アイズレーズの演目は“Shout!”と“It's Your Thing”を含む4曲だけだが、アーニーはドラムス、マーヴィンもベースで参加し、喉を枯らして熱唱するロナルドをはじめ、当時の若いエネルギーと熱気あふれるパフォーマンスの一端を垣間見ることができる。

 1年に3作発表しても、乗りに乗っているアイズレーズは休むことを知らず、翌70年には『Get Into Something』を発表。ここからはアーニー(ds, g)、マーヴィン(b)、義弟(ラドルフの妻の末の弟)のクリス・ジャスパー(p)が全面参加するようになる。ホーン・セクションもストリングスも使った壮大な長尺ファンク・ロックの冒頭の2曲が耳を引くが、前年にアイザック・ヘイズが『Hot Buttered Soul』を発表していることを考えると、この流れも順当だ。そしてこの2曲はバーナード・パーディーとアーニーによるツイン・ドラムも聴きもの。全体的にはギターの役割が大きくなってサイケ色を増したのに伴い、ロナルドの歌にもナスティかつダーティーな味わいが加わっている。なおラストの“Bless Your Heart”は、どこから見ても“It's Your Thing”の別ヴァージョンとしか思えない。

 次の『In The Beginning… The Isley Brothers & Jimi Hendrix』は、一旦、時系列から外れるが貴重なアルバムだ。前記したとおり、64〜65年に録音され、設立したばかりのTネックから1枚、アトランティックから3枚リリースされたシングルの両面全8曲入りのアルバムだが、そのうちの6曲に、当時21〜22歳のジミが参加しているのだ。アトランティックとの権利関係の契約が満了して、アイズレーズの手に権利が戻ったため、やっとリリースできたそうだが、ジミの死の翌71年の発表なので、彼らなりの追悼盤でもあったのだろう。まだワウワウもファズも使ってないが、すでにジミは唯一無二のスタイルを確立しているばかりか、後の十八番のひとつとなる夢の世界のように美しいスローの萌芽も現れている。ここにはジミが歌った曲はないが、1曲目の“Move Over And Let Me Dance”は、ロナルドが明らかにジミの唱法をまねて歌っており、ブーツィー・コリンズの歌が、ジミのものまねから生まれたことが思い出された。なお当時のジミとの生活が、まだ12〜13歳だったアーニーに及ぼした強烈な影響は、後のアーニーのギター・プレイにくっきりと表れることになる。

 本筋に戻ろう。この後は、R&Bチャートのトップ20ヒットとなったサイケでファンキーな“Warpath”のシングル発表を挟んで、71年に『Givin' It Back』(“Warpath”もボーナス収録されている)が発表された。前作では主にファンク・ロックの流れを突き進んでいたが、今回はカーティス・メイフィールドやマーヴィン・ゲイらによってもたらされたニュー・ソウルの流れを捉えて、ニール・ヤング、ジェイムズ・テイラー、ボブ・ディランなど、男性ミュージシャンのカヴァー集だ。3人揃ってアコースティック・ギターを抱えたジャケットからも想像できるようにアコースティックな作りで、多用されたパーカッションが耳を引く。そしてロナルドは激しいヴォーカルだけでなく、シルキー・ヴォイスで切々と歌う場面も多い。ここからはCSNYのカヴァー“Love The One You're With”がヒットした。

 そのヒットに気を良くしたか、続く72年の『Brother, Brother, Brother』も半分はカヴァーで、今度は女性シンガーに照準を合わせ、キャロル・キングのカヴァーが3曲もある。そのうちシングル・カットされた“It's Too Late”は、歌にも演奏にも原曲の名残がほとんどない10分半の長尺版。ロナルドの独自の解釈による歌も含め、すっかり自分たちの曲のような佇まいだ。だが人気が高かったのはオリジナル曲の方で、R&Bチャート3位になった“Pop That Thing”をはじめ3曲がヒットした。またジミの死に思うところがあったのか、アーニーのギター・ソロは堂々として進境著しい。加えてクラシカルの正式な教育を受けているクリスも、全体に華やかさや重厚さなど、様々な彩りをもたらし、その活躍には目を見張る。

 急速に頼もしさを増した弟たちとともに、その勢いをダイレクトに刻んだのが、73年発表の『The Isleys Live』だ。オリジナルはアナログ2枚組で、前2作の収録曲からのセレクトに“It's Your Thing”を加えた曲目は、やはりカヴァーとオリジナルが半々。衣装もすっかりサイケになったヴォーカルのオーケリー、ルドルフ、ロナルド、ギターとベースに弟のアーニーとマーヴィン、キーボードに義弟クリス、このラインナップにドラムスとパーカッションを加えたバンドはとてもまとまりがあり、間もなく始まる絶頂期を予感させる熱い演奏が繰り広げられている。特に“featuring Ernest Isley, Lead Guitar”というクレジットに恥じず、アーニーは各曲で燃え上がるようなソロを聴かせる。ブックレットには、まるでジミのようにバンダナを巻いた頭の後ろにギターを抱える姿が見られるし、すべての曲が終わった後の独演は、もはやジミそのものだ。

 この後、アイズレーズは年長の兄3人のヴォーカル隊に、弟と義弟の3人が正式に加わったバンド体制となり、73年の『3+3』は、ジャケットにも6人が揃って写った記念すべき第一弾アルバムだ。半分ほどはジェイムス・テイラー、ドゥービー・ブラザーズなどのカヴァーでフォーキーな路線を残すが、その中で、ヴォーカル・グループ時代の64年にシングル発売したオリジナル曲“Who's That Lady”の新装版“That Lady”は、パーカッションとアーニーの唸るギターが映える、ファンキーさとメロウさを兼ね備えた名曲で、R&B/ポップ両チャートのトップ10に入り、69年の“It's Your Thing”以来の大ヒットとなった。クラヴィネットを交えたクリスの演奏の鮮烈な彩りも加わって、アイズレーズは明らかにパワーアップしており、他にもスライ&ザ・ファミリー・ストーンのリズム・パターンを流用した“What It Comes Down To”、シールズ&クロフツの曲を極上のメロウにリメイクした“Summer Breeze”がヒットし、アルバムはR&B/ポップの両チャートで初めてトップ10入りを果たした。なお余談ながら、“If You Were There”は、シュガーベイブ/山下達郎の「ダウン・タウン」の下敷きになった曲だ。

 続く74年の『Live It Up』は、タイトル曲を筆頭とする激しいファンク、Tネック期では最後のカヴァー曲となるトッド・ラングレンの“Hello, It's Me”を含むメロウを二本柱とした方向性が示され、絶頂期の音楽性の基盤が固まった手応えが感じられる1枚だ。ファンクとメロウのいずれでも、アーニーとクリスが力強さ、美しさの両面を膨らませて強化し、大いに貢献しており、中でもクラヴィネット、モーグと、順次、新しい機材を導入してきたクリスが持ち込んだアープ・シンセの美しく繊細な音色は、以後のアイズレーズには欠かせないトレードマークのひとつとなる。

 そしてアーニーがドラムスを兼任し、名実ともに3+3の6人だけの録音体制となった翌75年の『The Heat Is On』は、弟たちが曲作りにも力を発揮してカヴァー曲を排し、ついにR&B/ポップの両アルバム・チャートを制覇した。後にパブリック・エネミーが同名曲を出す“Fight The Power”では、“Bullshit is going down”というストレートかつ強烈なメッセージを発信されているのに驚く。作詞をしたアーニーは“nonsense”と書いたのだが、それでは生易しいと感じたロナルドが、録音時に急遽“bullshit”に変えて歌ったとのことだ。初めてかどうかはわからないが、この時期に“bullshit”という言葉が歌詞で歌われるのは異例。そしてそのロナルドの本気がみなぎる歌を、クリスのクラヴィネットのバッキングが熱く盛り上げている。この曲を含めアナログ盤のA面にあたる前半はファンク、B面にあたる後半には、後年サンプリングで大人気となる“For The Love Of You”をはじめとするメロウが収録されており、クリスのアープ・シンセの格調高く甘い音色が加わったメロウは、とろけるような威力を身につけた。なおボーナス収録されている“Fight The Power”のラジオ・エディットでは、やはり“bullshit”にピー音がかぶせられている。

 翌76年の『Harvest For The World』は、クリスのピアノを軸とした壮大な前奏曲で始まる。前作と比べるとファンクの比重は抑え気味で、ヒットしたのも、アーニーのギターともどもスムースな疾走感で駆け抜ける“Who Loves You Better”と、フォーキーなメッセージ・ソングのタイトル曲だ。だがクリスのクラヴィネットによる同じフレーズの繰り返しのバッキングが高揚感を煽る“People Of The Today”や“You Still Feel The Need”など、ヘヴィーなファンクも健在で、この辺りはスティーヴィー・ワンダーの「迷信」や「回想」などの作風がベースになっていそうだ。そしてまどろみを誘う“(At Your Best) You Are Love”をはじめとするメロウともども、音の幅をどんどん広げるクリスの手腕が随所に活かされている。

 続く77年の『Go For Your Guns』ではファンクが盛り返す。ヒットした“The Pride”はEW&Fを意識したようなファンクで、マーヴィンが拙いスラップ・ベースで頑張っているのが愛おしい。もう1曲のファンク“Tell Me When You Need It Again”は、久々に外部のメンバーがアディショナル・キーボードとベースで参加しており、マーヴィンにはまだ無理そうなこなれたスラップなどを加味。またファンク・ロックの“Climbin' Up The Ladder”は、ファンカデリックの“Alice In My Fantasies”が下敷きになっているのは明らかで、アーニーのギター・ソロも、ジミとファンカデリックのエディ・ヘイゼルが混ざり合ったイメージだ。もっともエディもジミの大ファンだったので、3人のプレイにはもともと共通点が多いのだが。一方のメロウも名曲が揃い、特に“Footsteps In The Dark”と“Voyage To Atlantis”の2曲は、神秘的なメロウという新境地を切り開いた。今になって思うと、アイズレーズはドリーム・ポップの先駆者でもあったのかもしれない。

 再度6人体制に戻した78年の『Showdown』も、ファンクとメロウのバランスが取れたアルバムで、前者は“Take Me To The Next Phase”、後者は“Groove With You”という名曲を生んだ。この2曲を聴くだけでも、ロナルド、ひいてはアイズレーズの、ファンクでの力強さとメロウでの繊細さ、その対照的な両者を極めた高い表現力を実感できるだろう。また、多数のカヴァー曲に取り組んでいた頃から一貫して、他者のいいところを自分たちの流儀にあてはめて取り込むことに長けていたアイズレーズだが、この頃は、当時のファンク・バンドが当然のように使っていたホーン・セクションやストリングスを、何故か取り入れていない。アーニーが“Groove With You”のドラムスでハイハットを入れていないことに言及しながら、アイズレーズの場合は「あるものがないところが特徴」と語っているが、その言葉は核心をついている。歌3人、楽器3人でできることに敢えてこだわり、その結果、音数の少ない組み立てでオリジナリティが確立されているのだ。ただアーニーの言葉には、ひと言付け加えて、「あるものがないが、足りないものは何もない」とさせてもらいたい。

 こうしてアイズレーズは自分たちの流儀で、『Live It Up』からの5作を連続してR&Bのアルバム・チャート1位にし、そのうちの4作はポップ・チャートでもトップ10に送り込んだ。この勢いに乗って、79年の『Winner Takes All』は2枚組と大きく出た。1枚目はファンク主体、2枚目はメロウ主体で、細かいところでは、クリスがペンペンした特徴的な音のアレンビックのベースを弾くなどの新しい試みや、フレーズの幅を広げたアーニーのギターの成長といった部分的な変化はあるが、大筋ではこれまでのアルバムの拡大版だ。となると若干の冗長さを免れず、セールス的には後退。そうはいってもアルバムはR&Bチャートで3位、ポップ・チャートで14位だし、3曲のシングルのうち、ファンクの“I Wanna Be With You”はR&Bチャートで1位になっているので、セールスの後退の主な要因は2枚組の高価格だったのだろう。だがディスコの隆盛やエレクトロの発展によって、セルフ・コンテインド・バンドによるファンクの時代の終焉が徐々に近づいていた、という背景も、じわじわと影響を及ぼし始めていたのかもしれない。

 いずれにせよ次作、80年の『Go All The Way』は1枚組に戻し、ファンクとメロウをほぼ交互に収録。さらにこれまで先行シングルはファンクと決まっていたが、今回はメロウの“Don't Say Goodnight”を選択した。この曲が“It's Your Thing”以来のR&Bチャート連続4週1位となり、その人気に引っ張られて、アルバムもこれまでで最高のR&Bチャート連続5週1位を記録、前作でのつまづきを帳消しにした。メロウを前面に出した背景には、AORやクワイエット・ストーム人気の高まりがあるのだろうが、骨太のファンクも、とろけるようなメロウも、どちらも独自の流儀で超一流のレベルに高めていたアイズレーズだからこそのなせる業だ。

 このタイミングで、これまでのヒット曲をライヴ用のアレンジでスタジオ録音した擬似ライヴを2枚組で出したいと考え、アイズレーズはドラマーとパーカッション奏者を迎えて『Wild In Woodstock: The Isley Brothers Live At Bearsville Sound Studio 1980』をレコーディングした。しかしこのアルバムは配給元のCBSから発売を却下されてお蔵入りとなったため、これまでに5曲を除いてボーナス・トラックなどでバラけて発表されてきたが、完全な形で陽の目を見たのは今回が初めてだ。そもそも何故スタジオ録音の擬似ライヴを録りたかったかというと、実際のライヴでは機材の不調や故障、ノイズといった不測の事態が起こりがちだし、一概に悪いこととは言えないが、勢い余って演奏が荒れることもある。そうした可能性を排除した状態で、ベストの演奏を残したかったようだ。冒頭の“That Lady”を聴くだけでも、バンドの力量がオリジナル録音当時とは比べ物にならないほど上がっているのがわかるだけに、彼らがそうした思いを強く持ったことには何の不思議もない。余談ながら、Pファンクも77年のアース・ツアーのリハーサル風景を収めたアルバム『Mothership Connection Newberg Session』を95年に発表しているが、観客のいない空間で、ある程度の冷静さと緊張感を保ちながら、自分たちの演奏とインタラクションの力だけで熱くなるパフォーマンス特有の雰囲気が、私は結構好きだ。人前で披露するためではなく、自分たちで最高の演奏を目指して一丸となって楽しむ、そんな心持ちの演奏の魅力だろうか。だからこのアルバムも、私は大好きだ。

 お蔵入りでつまずいたか、純然たる新作としては2年ぶりとなった82年の『Glandslum』には、時代の変化が明確に感じ取れる。以前のアイレーズは、先行シングルをファンクにするだけでなく、アルバムの1曲目にはファンクを配するのが通例となっていたが、今回は静謐なハープの音で幕を開けるスローが冒頭に配されている。ここに至るまでの80、81年には何枚かのシングルを発売しており、80年末に出したファンクの“Who Said?”がR&Bチャートで20位どまりだったことも手伝って、メロウを主軸とする方針を定めたのだろう。実際にこのアルバムの中でゴリゴリのファンクは、この“Who Said?”のみで、それもアルバムの最後の曲としての収録になった。結局、本作から大きなヒットは出なかったが、そのわりにアルバムはR&Bチャートで3位と健闘している。

 その流れを引き継いで、同年、発表された『Inside You』からは、ジャケットこそ勇ましいが生粋のファンクは姿を消し、アップ・テンポはファンクというよりもディスコ寄りのダンス・チューンとなって、ロナルドもファルセットで歌う場面が多くなっている。そしてスローではクリスのアレンジによるストリングスが全面的に導入され、アルバム全体のイメージがメロウに大きくシフト。またクリスは“First Love”のコーラスをひとりで担うなど、歌にも意欲を見せて、より積極的に関わっている。統一感のある流麗なアルバムだが、ヒットはタイトル曲がR&Bチャート10位となったのが最高で、残念ながらセールスは思わしくなかった。

 そのためか翌82年の『The Real Deal』では、ファンクをエレクトロに衣替えして復活させ、以前のようにメロウとほぼ半々の構成となった。カジノを舞台にしたジャケットも、これまでになくアーバンぽさが漂っており、時代に沿ったイメージの演出に心を砕いた跡が見受けられる。繊細な情感をたたえて美しさを増したアーニーのギターと、ロナルドのシルキー・ヴォイスの饗宴“All In My Lover's Eye”、アーニーが遠慮無く弾きまくる渋いブルース“Under The Influence”などの名曲/名演もあるが、エレクトロ・ファンクのタイトル曲がそこそこヒットしたのみ。時代の変化の中で、ちょっとした不調の連鎖に苛まれるアイズレーズであった。

 そしてTネックからの最終作となる83年のアルバム『Between The Sheets』のジャケットは、真紅の薔薇に寄り添うようなサーモンピンクのシーツ。どちらかといえば無骨なメンバーの姿は裏ジャケットに隠された。音を聴くまでもなく、アーバン&メロウに照準を定めたことが察せられ、実際に本作からは、今でもメロウの名曲として聴き継がれるタイトル曲と、“Choosey Lover”の2曲がトップ10ヒットとなった。甘美な香りを放つサウンド・プロダクションにはクリスの貢献が大きく、ロナルドのシルキー・ヴォイスにはさらに磨きが掛かってトロトロである。そうした中にあって、胸を強烈に揺さぶるメッセージ・ソングの“Ballad For The Fallen Soldiers”は、決してメロウなだけではないアイズレーズの骨太の一面を表わした、面目躍如たる1曲だ。そしてアルバムは久々にR&Bチャートの1位となり、アイズレーズはTネックでの有終の美を飾った。

 本ボックスに収録されたアルバムはこれで全部だ。残念なことに、85年には、ヴォーカル隊の3人によるアイズレー・ブラザーズと、バンドの3人によるアイズレー=ジャスパー=アイズレーに分裂し、それぞれの道を歩み始めることになる。だが86年には長兄のオーケリーが他界、89年にはルドルフが引退して聖職に就いたため、前者で残ったのはロナルドひとり。後者もアルバムを2枚出して88年に解散し、クリスはソロとなり、アーニーも90年に唯一のソロ作『High Wire』を発表、残った4人はバラバラになってしまった。そんなところへやってきたのが先述した再評価の波だ。その波に乗って、ロナルド、アーニー、マーヴィンの3兄弟は再度、結束し、96年にアイズレー・ブラザーズとしての活動を再開。その直後にマーヴィンは持病の糖尿病の悪化で引退を余儀なくされるが、ロナルドとアーニーのふたりはアイズレー・ブラザーズ名義で活動を続けた。

 だが、いい時期は長く続かないのが常。ロナルドは脱税の罪で07年からの3年間、まさかの獄中生活を送ることになる。60代後半とそこそこ高齢だし、以前から腎臓を患っているという報道もあったので心配されたが、無事に刑期を務め上げて10年には釈放されたのがせめてもの救いだ。その直後、長い闘病の末、マーヴィンが他界するという不幸があったが、ロナルドは年内に初のソロ名義で新作『Mr. I』を発表。これまでずっと兄弟とともにアイズレー・ブラザーズを名乗ってきたが、デビューから50年以上のキャリアを経て、健在の兄弟も少なくなったところでの初ソロ名義作ということで、若干の寂しさを感じさせるものの、世界はロナルドの元気な復活に湧いた。続く13年の『This Song Is For You』が、現時点でのロナルドの最新作で、近況はこの記事の冒頭に書いたとおりだ。

 というわけで、このボックス、もし1枚も持っていなければ完全にお買い得だし、仮に半分近く持っていても一考の余地があるのでは。ライナー邦訳には知らないことがたくさん書いてあったし、時系列に添って1枚ずつ聴き進んでいくのは単純に楽しく、つい盛り上がってこんな長編記事を書いてしまったくらいだ。

interview with Yppah - ele-king


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 筆者が初めてイパの音楽を聴いたのは、セカンド『ゼイ・ノウ・ワット・ゴースト・ノウ(They Know What Ghost Know)』(2009)が出た頃で、当時はエレクトロ・シューゲイズと謳われていた。ノイズ+疾走感+甘いメロディというシューゲイズ・ポップの黄金律が、穏やかなエレクトロニクスと清新なギター・ワークによってほどよく割られていて、同種のタグの中で比較するなら、ハンモックよりもビート・オリエンテッド、ウルリッヒ・シュナウスよりもミニマル……とてもバランスも趣味もいいという印象のプロデューサーだった。チルウェイヴの機運もまさに盛り上がろうというタイミングで、そうした時代性とも響き合うアルバムだったと記憶している。

 そうしたバランスのためでもあるだろう、後年『ラスベガスをぶっつぶせ』『CSI: 科学捜査班』など、映画やドラマ、ゲームなどに使われる機会も増えたようだ。そもそもサントラを作ってみたくて音楽制作をはじめたというから、イパことジョー・コラレス・ジュニアにとって、その約10年にわたるキャリアは理想的な歩みだったとも言える。

 そして4枚めとなる『タイニー・ポーズ』がリリースされた。本作を特徴づける一曲を挙げるならば、“ブッシュミルズ(Bushmillls)”だ。それは彼がフェイバリットのひとつだと語るカリブー(マニトバ)の『アンドラ(Andorra)』(2007)を彷彿させ、ブロードキャストや、あるいはソフトサイケの埋もれた名盤といった趣を宿し、ドゥンエンの本年作の隣で、ハイプ化したテーム・インパラよりも一層奥のサイケデリアを引き出してくる。
 彼のドリーミーさ甘美さは砂糖ぐるみなのではない、それはもうちょっと深いところにある情感から生まれたものだ。そして年齢や経験とともに彼はより自然な手つきでそれを引き出すようになった──のではないか。本作はその意味で成熟したイパを示しており、前作『81』でやや野暮ったく感じられたパーソナルな感触を完全に過渡期のものとして、その先の音とスタンスをポジティヴに描き出している。以下語られている犬の影響というのは……よくわからないけれども。

■Yppah / イパ
イパことジョー・コラレス・ジュニアによるソロ・プロジェクト。2006年のデビュー・フル『ユー・アービューティフル・アット・オール・タイムズ(You Are Beautiful At All Times)』以降、これまでに〈ニンジャ・チューン(Ninja Tune)〉から3枚のアルバムをリリース。映画『ラスベガスをぶっつぶせ』やゲーム『アローン・イン・ザ・ダーク』、連続テレビ番組『ドクター・ハウス』『CSI: 科学捜査班』などにも楽曲が起用されるほか、世界ツアーなど活動の幅を広げている。

カリフォルニアに越してきてから犬を飼いはじめたんだけど、彼らはこのアルバムのライティングのプロセスに大きく影響していてね(笑)。

前作はもう少しアンビエントなものだったと思います。『81』という生まれ年をタイトルに据えた、パーソナルな内容でしたね。今回はその意味ではどんな作品でしたか?

イパ:新作は、前作の続きのような作品なんだ。類似点がたくさんあると思う。2つの作品のちがいは、前回のほうはもっと純粋で感情的だったけど、今回はもっとディテールにこだわっているところかな。もっと内容が凝縮されているんだ。

いったいどういう点で「小休止」だったのでしょうか?

イパ:これは、犬に餌をやるときに使う「待て」の意味だよ。カリフォルニアに越してきてから犬を飼いはじめたんだけど、彼らはこのアルバムのライティングのプロセスに大きく影響していてね(笑)。家で作業してるから、制作中、ずっと犬たちと過ごしていたんだ。
 彼らとすごしていることでサウンドに影響があるわけではないけど、作っている間、彼らにずっと囲まれていたから、そういう意味で影響を受けてるんだよ。製作期間の大半を犬たちと過ごしていたから、そのタイトルにしたんだ。

たとえば『ゼイ・ノウ・ワット・ゴースト・ノウ(They Know What Ghost Know)』(2009)などには見られたフィードバック・ノイズや、いわゆる「シューゲイザー」的な表現は、その後、音の表面にはあまり出てこなくなりましたね。イパというのはあなたにとってそもそもどういうユニットなのでしょう?

イパ:たしかにそうだね。このアルバムでは、雰囲気が前回よりももっとコントロールされているから。イパは僕のお気に入りのプロジェクトで、そうやって自由に変化を加えられるところが魅力なんだ。決まった方向性がないからこそ特別。何も考えずに、楽器を触ることから自由に曲作りをはじめることができる。そこから自分が好きなサウンドが生まれるまでライティングを続けるんだ。それがイパというプロジェクトのテーマ。考えすぎずに、直感に任せるんだよ。その過程で良いサウンドが生まれたら、そこからいろいろと考えていく。そうすることで、自分が聴いていて心地のいい音楽が作れるんだ。

(通訳)今回、その自由なプロセスの中でサウンド的に変化した部分は?

イパ:ほとんど同じだと思う。少しテンポが早いものを好むようになったり、アンビエントなサウンドをもっと広げていったというのはあるかもしれないね。ギターのグライムっぽいエッジーなサウンドをより好むようになったのもあるかもしれないし。あとは、さっきもいったようにもっとまとまりのあるサウンドを意識するようになったのもその一つだと思う。サウンドや曲同士にもっとつながりがあるんだ。

この2年、ギアをたくさん買いはじめて、それを使ってサウンド・デザインをするようになったんだけど、それを曲に使えたらとずっと思っていたんだ。

サウンド・プロダクションについて、とくに今回こだわったり気をつけた部分はありますか?

イパ:この2年、ギアをたくさん買いはじめて、それを使ってサウンド・デザインをするようになったんだけど、それを曲に使えたらとずっと思っていたんだ。サンプルしたり、レコーディングしたエレクトロニック・サウンドのまわりに生の楽器のサウンドを重ねていくっていうのが主なやり方だった。だからこそアルバムが完成するまでに時間がかかったのさ。サウンドを作る中でいろいろな変化や発見があったから、なかなか方向性が定まらなかったんだ。

“ブッシュミルズ(Bushmillls)”のヴォーカルはあなた自身ですか? 声や歌を楽曲に用いるときの基準を教えてください。

イパ:そう。前よりは自分の声を評価するようになったけど、やっぱりまだ自分の声は好きにはなれないな(笑)。基準はとくにないね。声や歌を使いたいと思う時には自分が欲しいサウンドが決まっているから、エフェクトを使ってそれを作るようにしているくらい。いまではいろいろなエフェクトがかけれるし、自分がいいと思えるものができあがるまでに時間がかかることもあるけどね。

ジャケに使われている絵の作者、パット・マレック(Pat Marek)は、物事や生命の断面を象徴的に表すような作品を多く描かれていますね。彼の絵を用いようと考えたのはなぜですか?

イパ:彼から僕にコンタクトをとってきて、自分のアートワークを僕の音楽に使う気はないかと訊いてきたんだ。で、僕もアートワークが必要だったし、彼の作品集を見てみたら素晴らしかったから、彼にデザインしてもらうことにした。彼から連絡があったのは、2年くらい前の話。彼にアルバムの制作過程や音、犬の話をしたんだけど(笑)、よく見ると、すごく抽象的だけどアルバムのアートワークの中にはさっき話した犬が描かれているんだ。ソング・タイトルや音、制作環境の雰囲気、僕が話したことを、彼が抽象的に表現してくれたのがあのアートワーク。ヴァイナルに印刷されたあのデザインを見るのが楽しみだね。

エイフェックス・ツインが昨年の新作以来元気に活動していますね。エイフェックス・ツインはあなたにとって重要なアーティストですか?

イパ:エイフェックス・ツインは大好き。彼の作品はつねに聴いているよ。おもしろいのは、彼の作品って家でじっくりと座って聴くわけではないんだけど、彼のプロダクション技術からは大きく影響を受けているんだ。僕の音楽の中のグリッチっぽい部分は、彼からの影響だね。

新作を聴かれていたら感想を教えてください。

イパ:聴いたよ。あまり言いたくないけど、正直少しガッカリしたんだ。もう少しアイディアが詰まっていてもいいんじゃないかなと思った。人の作品のことをインタヴューで批判するのはあまりいいことではないし、僕にとやかく言う筋合いはないけど(笑)、僕の感想はそれ。アルバムを聴く前に新作のシングルを聴いた時はすごく興奮したんだよね。すごくいいアルバムになるんだろうなと思った。ああいう曲をもっと収録したらいいのにっていうのが正直な意見だけど、僕の期待がきっとみんなの期待とちがっているんだろうな。

では、ボーズ・オブ・カナダでいちばん好きな作品と、好きな理由などを教えてください。

イパ:どれだろう……それぞれに魅力があるから……難しすぎて答えられないよ(笑)。すべてが好きだから、一枚は選べない。どうしてもって言われたら、『キャンプファイア・ヘッドフェイズ(The Campfire Headphase)』(ワープ、2005)って答えるべきだろうな。好きなトラックがいちばん多く入ってるから。

(通訳)彼らの魅力とは?

イパ:彼らの音楽はずーっと聴いてる。彼らのサウンドって、シンプルだけどすごくいいと思うんだ。あと、僕にとって、エレクトロニック・アーティストでいまだにミステリアスだと思うアーティストはあまりいないんだけど、彼らにはまだミステリアスな部分がある。彼らのローファイなヴィジュアルも魅力的だし、とくにヴィデオなんかはすごくおもしろいと思うね。あのランドスケープや質感にはインスパイアされているんだ。

ロングビーチに住んでいるといつだって外に出られるし、家の外にいることをエンジョイできる。サーフィンもするようになったし、そういうのも影響していると思うよ。

現在の活動拠点はカリフォルニアですか? カリフォルニアの風土やカルチャーから受けた影響はありますか?

イパ:そうそう。ロング・ビーチに住んでるんだ。テキサスの暑さに耐えられなくて(笑)。夏の間に外にいられるっていう環境は影響していると思う。ヒューストンは、夏は暑すぎて外に出ていられないからね。ここに住んでいるといつだって外に出られるし、家の外にいることをエンジョイできる。サーフィンもするようになったし、そういうのも影響していると思うよ。開放感があるから、より多くのものにインスパイアされるようになったんじゃないかな。

以前、カリブーの『アンドラ(andra)』(マージ、2007)に影響を受けているとおっしゃっていたのを読んでとても納得できました。エレクトロニックなんですが、根底にサイケデリック・ロックを感じさせます。あるいは『アンドラ』がそうであるようにクラウトロック的なトラックもありますね。あなたにとってのカリブーという存在についても語ってもらえませんか?

イパ:『アンドラ』は僕のお気に入りで、大きなインパクトを与えてくれた作品なんだ。そのアルバムのパフォーマンスを見たんだけど、そこで彼は、僕がやりたいと思っていたことをたくさんやっていて、それが刺激的だった。エレクトロと生楽器をミックスしたりね。いまでこそいろいろなギアなんかが出てきてそこまで難しくないのかもしれないけど、当時は「ワーオ! どうやってエレクトロのプログラムを楽器とつなげているんだろう!?」って衝撃だったんだ。彼は博士号も持っていて、ピアニストでもあって、とにかく何でもできる。僕も彼みたいだったらいいのにな(笑)。

テキサスといえばサーティーンス・フロア・エレヴェーターズ(13th Floor Elevators)ですが、テキサスのサイケデリック・ミュージックに思い入れがあったりしますか?

イパ:彼らのファンでもあるし、影響は大きく受けてるよ。シューゲイズの部分もそうだし、あのドリーミーな部分が好きなんだ。そのあたりは自分の音楽にも取り入れようとしている要素だね。

あなたの音楽を「シューゲイザー」と呼ぶかどうかは別として、あなたはそのように呼ばれる音楽に興味を持ってこられたのですか?

イパ:いまもそういったヘヴィーでサイケデリックな作品を好んで聴いているよ。僕が初期に受けた影響だしね。

そうだとすれば、どのようなアーティストが好きですか?

イパ:ライドはもちろんそうだし、ポスト・パンクのアーティストたちも好きなんだ。ヴァン・シーもシューゲイズっぽいところがあると思うし、スロウダイヴも好きだね。ジーザス・アンド・メリー・チェインも。あとは……スペースメン・3からも大きく影響を受けてるよ。



変化というより、今回の新作は初期に戻っている感じがする。

最初のアルバムである『ユー・アー・ビューティフル・アット・オール・タイムズ(You Are Beautiful At All Times)』(2006)からいままでで、制作環境におけるいちばんの変化を挙げていただくとすれば、どんなことですか?

イパ:うーん、変化というより、今回の新作は初期に戻っている感じがする。最初のアルバムのときはレコードをサンプルしていて、そのサウンドを使ってアンビエントな雰囲気を作り出していた。で、いまはそういうサウンドはおもにシンセで作っているんだ。モジュラー・シンセサイザーを使って、そのサウンドをサンプルしてる。だから、変化というよりは初期に戻った感じがするんだよね。すごく似ていると思う。まあ、内容はもちろんちがっているけど、メインの要素はある意味で原点回帰しているんじゃないかな。

ちょうどキャリアがもう少しで10年に差しかかろうとしていますね。この10年の間に、20代から30代へという変化も迎えられたと思いますが、アーティストとしてその変化をどのように受け止めていますか?

イパ:そうなんだ。気づいたらって感じ(笑)。変化は、ジャンルを考えなくなったことだね。前は、エレクトロの要素を使ったロック・アルバムを作りたいとか、そういう考え方をしていたけど、いまはただ、エレクトロの要素を使っておもしろいアルバムを作りたいというふうに考えるようになった。いまの時代、音楽が混ざり合っているのは当たり前だし、いろいろなアプローチをとることができるしね。

ギターはあなたの音楽の重要なキャラクターだと思いますが、ギターをつかわないイパのアルバムは考えられますか?

イパ:イエス。たまにリミックスをするんだけど、リミックスする作品の中には、シンセがメインでまったくギターが使われていないものもある。そういう作品を聴くと、自分もギターを使わない曲を使ってみてもいいかもしれないなって思うね。

(通訳)すでに作ったことはあります?

イパ:あるよ。いま作業しているプロジェクトがあって、それがミニマル・ウェーヴっぽいんだけど、いまのところギターは使っていない。だから、使わないまま進めていこうかと思ってるんだ。

(通訳)サウンドはやはりぜんぜんちがいます?

イパ:もちろん。やっぱりよりダークになるよね。80年代のミニマル・ウェーヴサウンドって感じ。でも、コピーしようとしてるんじゃなくて、そういう要素を使おうとしてるだけなんだ。

音楽を作りはじめたきっかけのひとつが映像だからね。映画のサウンド・トラックを作ってみたくて音楽制作をはじめたんだ。

曲のメイキングとしては、もしかすると弾き語りが原型となっていることも多いでしょうか?

イパ:いや、時と場合によるよ。モジュラー・シンセからはじめるときもあるし、他のものからはじめるときもある。でも大体は、雰囲気作りからはじめるかな。質感を決めたり、そこから曲作りをはじめるんだ。サンプルを使うときなんかは、サウンドはほとんど偶然に生まれるものばかりだしね。そうやって生まれたサウンドや雰囲気にインスパイアされながら、曲作りを進めていくんだ。

音楽以外で、たとえば本や映画など、この1年ほどの間でおもしろいと感じたものがあれば教えてください。

イパ:僕は映画や映像が大好きだから、フィルムに影響されて音楽を作ることが多い。おもしろいと思ったものは、タイトルさえもないビデオクリップとか、そういう作品だね。サーフィンのビデオ・クリップとか、スケボーのビデオ・クリップとか。そういったものをインターネットで見つけるんだ。ボーズ・オブ・カナダのローファイなイメージにも影響されてる。そういう映像を見ると、曲を書きたくなるんだよね。クレイジーなアーカイヴ映像の時もある。たまに、自分の50年代とか60年代の先祖のファミリー・フィルムをアップロードしている人なんかもいてさ。そういうのってすごくクールだし、見るのが大好きなんだ。

映像に音をつけることに興味はありますか? なにか音をつけてみたいと思う作品を挙げてもらえませんか?

イパ:もちろん。音楽を作りはじめたきっかけのひとつが映像だからね。映画のサウンド・トラックを作ってみたくて音楽制作をはじめたんだ。音をつけてみたい作品はたくさんあるけど、いま関わっているプロジェクトでは、アパートの中にいる人たちが、外で何か起こっているけどそれが何なのかわからなくて、でも確実に殺人が起こっている、みたいな……(苦笑)。シリアスではないダーク・コメディの映像に乗せる音を作ろうとしているところ。おもしろくなるだろうな。作るのが楽しみなんだ。あとは……わからないな。ロマンティック・コメディみたいな映像にはあまり興味がないね。もっと、ホラー・ドラマっぽい作品がいい。ホラーだと、いい意味で真剣に曲を作れるからさ。

Idjut Boys - ele-king

 ディスコ・ダブのパイオニアであるイジャット・ボーイズが今月末から11月上旬にかけて日本ツアーを敢行する。今年8月に〈スモールタウン・スーパーサウンド〉からリリースされた最新作『ヴァージョンズ』は、2012年に同レーベルから発表した『セラー・ドア』を換骨奪胎、ダブ・アレンジをしたもので、90年代より続くふたりのキャリアに裏打ちされた傑作だ。
 現在、ノルウェイ〈セックス・タグス〉のDJフェット・バーガーとDJソトフェットらの活動によって、再評価がされているディスコ・ダブだが、今回の来日ツアーはそのサウンドを理解する上でよい機会になるだろう。

Idjut Boys Japan Tour 2015
- new album "Versions" release party -

10.30 (金) 岡山 Yebisu Ya Pro
Info: Yebisu Ya Pro https://yebisuyapro.jp

10.31 (土) 大阪 Studio Partita (名村造船所跡地)
Info: CCO クリエイティブセンター大阪 https://www.namura.cc
CIRCUS OSAKA circus https://circus-osaka.com

11.2 (火/祝前日) 東京 CIRCUS Tokyo
Info: CIRCUS TOKYO https://circus-tokyo.jp

11.6 (金) 浜松 Planet Cafe
Info: Planet Cafe https://www.club-planetcafe.com

11.7 (土) 札幌 Precious Hall
Info: Precious Hall https://www.precioushall.com

11.8 (日) 江ノ島 OPPA-LA
Info: OPPA-LA https://oppala.exblog.jp

Total Tour Info:
AHB Production https://ahbproduction.com

calentito:
https://bit.ly/1N2w6ms

映画会社で働いていたDanと、サボテン農場で働いていたConradが出会い、Idjut Boysを結成。2人はパブやレストランでPhreekという名前のパーティーを始め、そのパーティーはその後、U-Star Dance Partyとなった。パーティーU-Star Dance Partyをそのままにレーベル名に使用し、1994年にはレーベルU-STARが立ち上がった。ダンスミュージックへの強い愛情をライブ感覚溢れたダブ処理とユーモアによって昇華した彼らの作品は、単なるリコンストラクトに留まらないオリジナリティーに満ちており、”Dub- Disco”なスタイルを確立。DiscfunctionとNOIDというレーベルも始動させ、また2000年以降はcottageとDroidというレーベルを立ち上げ、それらのレーベルを通じて素晴らしい才能達をリリースした。そんなIdjut BoysのDJスタイルとは、巧みなミックスと創造性溢れる選曲で構成されるmadでグルーヴィーなダンスパーティーである。2011年、Idjut Boysとしての初のオリジナルアルバム『Cellar Door』をSmalltown Supersoundより発表。2014年、大阪の盟友Altzが主宰するALTZMUSICAからドーナツ盤”World 1st Day”をリリース。2015年9月には『Cellar Door』をまるまるダブ化したダブ・アルバム『Versions』をリリース。今回はそのアルバムリリースツアーとしての来日が決定した。


interview with Albino Sound - ele-king


Albino Sound
Cloud Sports

Pヴァイン

ElectronicAmbientTechno

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 それはどこで鳴っている?
 それは25年前なら、ウェアハウスや小さなクラブだった。それは30年前ならベッドルームだった。それは35年前ならライヴハウスだったかもしれない。ま、インターネットの共同体でないことはたしかだろう。
 で、それはどこで鳴っているんですか?
 アルビノ・サウンドはしばし考える。
 「……現実と明らかに乖離しているもの」と彼は重たい口を開く。
 なんですか、それは? ファンタジー?
 「ファンタジーとも違いますね。やっぱり現実が剥離しているというか。剥がされて浮いている1枚、みたいな」
 それをファンタジーというのでは?
 「それがファンタジーになる場合もあるし、もっとものすごい虚構というか彼岸みたいなというか……説明が難しいんですけど、僕は剥離感と呼んでいます」

ぼくがいろんな音楽を聴き出した10代の頃は、東京のシーンって完成されていたんですよね。で、そういうところに変な違和感があったんです。外から耳に入ってくるものと、生きている近くで起きていることの状況があまりにも違い過ぎていて、その間の隙間だったり不在感が自分の音楽のルーツになるんだと思います。

 東京で生まれ、横浜で育った彼は、10代のときにポストロック、レディオヘッド、そしてクラークやボーズ・オブ・カナダの世界にどっぷりはまっていた。深夜のTVから流れるエレクトロニカに耽り、そして学校で音楽の話題を共有できる友人もなく、ただ黙々と聴いていた……という。
 そして、17才の時の2004年の『スタジオ・ヴォイス』の特集に人生を狂わされる(松村正人が知ったら喜ぶだろう)。彼は、カンを知り、アーサー・ラッセルを知った。この頃は、ちょうど紙ジャケ再発が盛んな時期だったこともあって、ひと昔前なら聴くことさえ難しかったそれらの音源との距離は縮まっていた。

「とにかくアーサー・ラッセルにハマって、『ワールド・オブ・エコー』(1986年)がとくに好きになりました。ポストパンクにいったりとか、それこそニューエイジ・ステッパーズやディス・ヒートに夢中になって、最終的にクラウトロックにたどり着きました。ぼくはもともとは、クラブ・ミュージックではないんです。ひとりでギターを使ってドローンとかアンビエントとかをやっていたんですね」

「思春期の頃は、ポスト・カルチャーが蔓延していたというか、なんでも“ポスト”がつく世のなかだった。結局はエレクトロニカという言葉もそうですし……」
 いわゆる細分化ですね。
「そうです」 
 苛立ちを覚えましたか?
「世代的に虚無感が支配していたので、ロスト感で生きていたところはあります(笑)」

  話は逸れるけれど、アーサー・ラッセルの再評価は、この細分化の初期段階のときはじまっている。ぼくは、90年代末のUKで起きた再評価によって彼のことを知るが、彼の再発がレコ屋に出はじまめのが2003年以降である。
 ラッセルとは、ジャンル音楽家であることを拒んだ何でも屋で、つまり、シーンが分断されていても越境的な個によって回路は生まれ得ることを証明した人物とも言える。松村正人がディスコで踊ることはない。しかし、ラッセルは踊ってしまった。

 もっとも、ぼくが若い頃はシンプルに出来ていた。ロックのスター崇拝の文化やホワイティー一辺倒な世界観への違和感がそのままクラブ・カルチャーへの情熱に転換されたと言っても良い。好きなのは音楽、主役はリスナー。高い金払ってスターを崇めるくらいなら自分たちでやれ。その実践の場がクラブだったので、たとえどんなに実験をやっても、重箱の隅ばかりを見せびらかすマニアによる支配はなかったし、ふだん出会うことのない人たちが出会うことができた。重要なことは、踊れるか、ないしは何かを感じさせてくれるか、ないしは、いままで感じたことのない感情に直面させてくれるのか、そのいずれかだろう。
 細分化後の世界のつまらなさとは、周辺だけで完結してしまうところであり、周辺小宇宙群を突破するダイナミズムが、いまのマージナルな文化にもあって欲しいとぼくは思うのだが、レッドブルを何杯飲んでも無理だろう。が、アルビノ・サウンドは、そのヒントは「カンとクラスターにある」と主張する。そうか、クラウトロックか……。

 彼が打ち込みの音楽をやる契機となったのは、マウント・キンビーだという。マウント・キンビーは、ダブステップ以降のクラブ・サウンドにIDMを折衷したことで、一世を風靡した連中である。ぼくも彼らが出てきたときは興奮した。

「とくにライヴにやられました。ライヴでは彼らは歌うけど、その歌が下手じゃないですか(笑)? 完璧じゃないけど、彼らが向き合うなかで出てくるエモさに、がっちりと掴まれてしまいました。ぼくは彼らのエモなところに感動したんです。ああいうインディ・ロック的なユース感はマウント・キンビーにありますよね。“メイビーズ”とか。曲によりけりですけどね。あとはあの疾走感ですかね。とにかく、マウント・キンビーと出会うまで、家でひたすらパン・ソニックを聴いているような生活だったので(笑)」

「彼らはクラブ・ミュージックがやりたかったわけではなかっただろうし。おそらくですけど、ソフトの値段が下がって、ライヴをどうやるかを考えた結果、ああなったんだと思います。結果、ドラマーを後から入れていましたし。自分が音楽からすっぽり抜けていたときにあれが来たから、すごく新鮮な音楽に感じたのかもせれません」

 「ぼくがいろんな音楽を聴き出した10代の頃は、東京のシーンって完成されていたんですよね。で、そういうところに変な違和感があったんです。外から耳に入ってくるものと、生きている近くで起きていることの状況があまりにも違い過ぎていて、その間の隙間だったり不在感が自分の音楽のルーツになるんだと思います。都市的な孤独だったりとか、言いようのない感情だったり。そこにも隙間がありました。それは音楽にも反映されていると思います」

  彼の音楽が鳴っているところは、ここだ。
 いわゆる既存のクラブにも100%感情移入できないし、汗だくのライヴハウスにも、そしてインターネット共同体にも、どこにも行く場所がない人たちの場所を確保すること。ここからは、NHKコーヘイからカリブー、ローレル・ヘイローからリー・バノンにいたるまでの、あるいはゴートからドリーム・プッシャーにいたるまでの一種の共通の感覚を引き出せる。
 かつて商業主義にがんじがらめになったテクノは、エレクトロニカというジャンル名のもとで別の潮流となった──まあ、悲しい細分化の走りでもある──ことと、どこか似ているが、しかしこの新しいエレクトロニック・ミュージックの潮流は、どこにでもアクセスできるし、拒んでいないという点では、ニュアンスが違っている。
 アルビノ・サウンドのデビュー・アルバム『クラウド・スポーツ』は、自分たちの居場所を探している人たちの、今日的な折衷主義の成果とも言える。ここには、いままで書いてきたような彼の影響、エレクトロニカ、ポストロック、そしてシカゴのジュークの影響まである。

 なにしろ彼は、そう、あのリキッドルームのタイムアウト・カフェでふだんはフライパンを握っているのである。

「ぼくはあの場所で、基本的に鍋を振りながらいろいろな音楽を聴いている」と彼は言う。「見ているだけなので、ものすごく客観的にそこを見ていられたのは大きいです」
 隣には太郎さんがいて、とくにエイプリルさんがDJしているし(笑)?
「ミニマルやってるひともジュークやってる人もいるし、ヒップホップをやっている人もいる。〈ブラックスモーカー〉は毎年ブラック・ギャラリーをやってらっしゃるし、ロスアプソンのTシャツ市もある。素晴らしい環境です(笑)」
 この素晴らしい環境が、アルビノ・サウンドの作品にどれほど関わっているのかはわからないが、少なくとも、彼はフライパンを持ちながら日々アンダーグラウンドな音楽を意識せずとも吸収しているのである。

子供の頃はテレビで流れるJポップぐらいしか聴いていなかったんですよ。で、初めて〈ワープ〉系のような音楽を聴いたときに、『嘘をつかれていたんだ』と思ったんです。自分がいままで聴いていたものは嘘だったと

 驚くべきことに、彼がエレクトロニック・ミュージックを作りはじめたのは、去年の3月からだ。つまり、2014年から2015年に作られているこのアルバムは、長年家に籠もって作り続けきた人の作品ではない。それが、人に聴かせたらあれよあれという間に好意的に受け止められて、いまこうして作品が出ることになったというわけだ。「数年前まではパソコンすらまともに使えなかった」と彼は笑いながら話す。

「人間的に群れるのも好きなほうじゃなんです。たとえば、本を読むと文字から音を想像できるじゃないですか? ぼくが好きなのはそれです。すごい国語的な感覚で音楽を作っている自覚はあります。だから自分らしさを出すものとして、言語的な作り方があるんだと思います」

 彼は自分の音楽をこのように分析する。

「あと、曲作りはじめたときに、映像ディレクターをやっている仲が良い友だちがいて、いっしょに仕事をするようになったんです。その頃のぼくは全然パソコンが使えないのに、そういう依頼がいきなり来た。で、いざいやってみたら、映像と音楽のグリッドって全然違うんですよね。たとえば『顔が横を向くから音楽はこう変わってほしい』とかは、小節単位で起きることじゃないので、それが面白かった。音楽的な判断じゃなくて、映像的な判断が自分に加わると、どんな変化をしても整合性を保てるし、これはこれで面白いというのが、今回のアルバムには反映されています」

「彼(=石田悠介)が去年自主制作で映画(=Holy Disaster)を作ったんですけど、そのサントラを自分とボー・ニンゲンのギターのコーヘイ君といっしょにやったんですけど」

 ちなみに、高校の先輩にはボー・ニンゲンのヴォーカリスト、そしてネオ・トーキョー・ベースのメンバーもいたという。

「ボー・ニンゲンのギターのコーヘイ君といっしょに『なんかやろうぜ』と世間話をしていたら、たまたま僕が(スティーヴ・)アルビニ・サウンドを言い間違えてアルビノ・サウンドと言ったら、それはなかなか面白い名前だと。それで去年レッドブルに応募するときのための名義を考えていたら、これでいいだろうと。どういう音楽か想像つきづらいのも面白いなと思いました」

 「子供の頃はテレビで流れるJポップぐらいしか聴いていなかったんですよ。で、初めて〈ワープ〉系のような音楽を聴いたときに、『嘘をつかれていたんだ』と思ったんです。自分がいままで聴いていたものは嘘だったと」

  こういう感動は、ぼくもよくわかる。中学生のとき、初めてクラフトワークを聴いたとき、この世界にはこんな音楽があるのかと心の底から驚き、興奮した。これだけ音数が少なく、すべてが反復なのに、これほどまでに聴いていて気持ちがいい。そして、その回路が開けた自分自身にも嬉しかった。いったいこれは何なのか? そう思うたびにワクワクした。意味もなく。

「だから自分が音楽を聴いて、想像力だったりとか、感情の喚起と言ったら変かもしれないですが、いまの音楽も昔の音楽も自分にとってはそういうものだったので、それをリスナーに感じて欲しい。音楽を聴くことで、音楽以上の何かを感じてもらえれば嬉しいんです」

 そんなわけで、確実にいま、新しいエレクトロニック・ミュージックが混ざりながら、ぼんやりとだが新しいシーンが形成されつつある。アルビノ・サウンドもその一員だ。

interview with !!! - ele-king


!!!
As If [ボーナストラック1曲収録 / 国内盤]

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 「きみの自由」──!!!は“フリーダム! ‘15”と題したトラックで、それがいまも生きているのか、聴き手たるあなたに問いかける。俺のではない、きみの自由の話だよ……!!!がそう言うとき、’15の混乱した日本に生きるわたしたちはそれをリアルな重みのある言葉として受け止めずにはいられない。だが、それは座って考え込ませるためではなく、踊るための音楽として表現される。

 ニューヨークのDIYなクラブの危機に瀕してダンスの自由を訴えた“ミー・アンド・ジュリアーニ〜”が2003年。その素朴で率直な反抗心は、日本でのその後の風営法問題に際して有効な参照点ともなった。ただ、そのときの!!!の音はもっとカオティックでギトギトしていた……2007年の『ミス・テイクス』は、その時代のバンドのピークとしてとぐろを巻いたファンク・パーティの様相を示した一作だった。
 かの街の政治が変わったように、!!!も変わった。プロダクションにおいてクラブ・ミュージックをより吸収し、高音、中音、低音と音域を整頓することによってずいぶん洗練されたサウンドを聞かせるようになったのだ。新作『アズ・イフ』ではその成果が存分に発揮されていて、ビートやサウンドの構成などはクラブ・ミュージックの手法を取るものを多くしつつも、もっともポップスとしての機能性を高めたアルバムだと言える。メロディアスでキャッチー。“エヴリー・リトル・ビット・カウンツ”のような清涼感のあるギター・ポップもあれば、“ルーシー・マングージー”のようなウォームなファンク・ポップもある。10年前くらいのバンドの脂ぎった佇まいを思えば、ほとんど別のバンドのようなきらびやかさを湛えるようになっている。彼らの歩みは、アンダーグラウンドのハードコア・パンク・バンドがクラブ・ミュージックとディスコ、R&Bを取り入れることで華やかさやセクシーさを手にしていくものだった。

 だがいっぽうで、!!!は何も変わっていない……そう思わされるアルバムでもある。かつて“パードン・マイ・フリーダム”と言ったように、ここでも自由――リバティではなく、フリーダムだ――への問いを繰り返す。それは政治についてであり、愛についてであり、音楽についてであり、魂の開放についてでもある。そのためにパンクの反抗とディスコの享楽をつなぎ、ダンスの快楽を求めてやまない。 !!!の徴がたしかに刻まれたラスト・トラック、ハイ・テンポでダーティなディスコ・パンクのタイトルは“アイ・フィール・ソー・フリー”である。きみがダンスに忘我するとき、きみはたしかに自由なのだと……!!!はいまも、全力で証明しようとする。


インタヴューに答えてくれたヴォーカルのニック。最高の男。

アルバムを作っている大部分の時間を、テクノやダンス・ミュージックを聴いていたからだと思う。それがおもな影響となったんだ。そういうのを聴いていて、もしかしたらなかには俺たちが10年前くらいに作った音楽に影響されたものもあるかもしれないと思ったしね。

新作『アズ・イフ』聴きました。 !!!史上、もっともきらびやかでセクシーなアルバムになったかと思うのですが、バンドの手ごたえはどうですか?

ニック・オファー:アルバムを完成させた後は、完成したことが信じられない気分だ。新しいアルバムを作る前は、この先がどうなるかわからない、2年後にどんなサウンドになるのか全くわからない状態。まるで、山のふもとに立って山を見上げているけれど、その頂上は雲に隠れて見えないように。だから、頂上にやっと立てたとき――アルバムが完成したときは最高の気分だよ。

とくにアルバム前半や、後半でも“ファンク(アイ・ゴット・ディス)”に顕著ですが、本作はテクノの方法論で組み立てられたトラックが目立ちます。その直接的な要因は何でしょう?

ニック:アルバムを作っている大部分の時間を、テクノやダンス・ミュージックを聴いていたからだと思う。それがおもな影響となったんだ。そういうのを聴いていて、もしかしたらなかには俺たちが10年前くらいに作った音楽に影響されたものもあるかもしれないと思ったしね。音楽の系列を辿っていくと俺たちが現時点でそういうものに影響を受けるのは自然なことだと思う。それに、テクノやダンス・ミュージックを聴いているとワクワクするからという単純な理由もある。テクノやダンス・ミュージックにおける変化を俺たちの音楽にも応用したらエキサイティングなものになるんじゃないかと思った。

前作『スリラー』ではジム・イーノをプロデュースに迎え、プロダクションの洗練を進めた作品でしたが、本作もサウンドが非常に整頓されています。ほぼセルフ・プロデュースだったそうですが、本作におけるサウンド・プロダクションのポイントはどこにありましたか?

ニック:今回は俺たちと、パトリック・フォードでプロデュースのほとんどをやった。それはまったく偶然で、他にやってくれる人がいなかったから。プロダクションに関しては、かなり手探りでやったというか、自分たちができることをやってみたり、いろいろなアイデアを投げ合ったりした。そして荒削り(raw)な感じにしようとしたんだ。俺たちは、「パンク」なバンドとして期待されている。しかし実際のところ、俺たちは「パンク」というスタイルの音楽にはあまり興味がない。だけどテクニックや手法を荒削りなものにすることによって、パンクな雰囲気やパンクなサウンドができるかと思った。そして90年代初期のハウスのような、パンクで荒削りなものが作れるかと思った。今回もジム・イーノがプロダクションを手掛けてくれた曲はいくつかあって、彼からはたくさんのことを学んだよ。パトリック・フォードからもたくさんのことを学んだ。いろいろな要素をこのアルバムに混ぜ込んでみた。手法にこだわるのではなく、直感的に作っていった。

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壮大な質問だね。こっちはまだ朝早いんだぜ(笑)。俺たちにとって自由とは何か? 俺にとって、自由とはオープンな態度でその瞬間に反応していること。俺が求める自由は、自分の前に障害がなく、すべての可能性が開けているということさ。


!!!
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“ミー・アンド・ジュリアーニ〜”から12年経ちました。ビル・デブラシオ市長のことはどう評価していますか?

ニック:ジュリアーニよりはマシなんじゃない?(笑) 今後どうなるかってところだね。でもあまりニューヨークの政治には注目していない。ニューヨークに住んでいるから、多少はするけれど、ジュリアーニのときの方が注目していた。彼はクラブを処理しようとしていたから、個人的に傷つけられた感じだった。ビルはまだ俺たちを個人的に傷つけたわけじゃないから大丈夫。

じっさい、現在のニューヨークの街はどうなのでしょうか? 変わったこと、変わらないこと、それぞれ印象的なものはありますか?

ニック:変わったのは、街全体が裕福になってきたから、お金のことを気にする人が昔より多くなったことだね。そうなると予測していなかったことが起きてしまう。たとえば、アンダーグラウンドのクラブの多くが閉鎖されていってしまった。そういう光景を見るのはつらい。でも大都会だから、面白いことをやっている人はまだまだたくさんいる。ニューヨークだぜ。そう簡単におとなしくなるような街じゃない。これからおとなしくなっちゃうのかもしれないけど、まだそうじゃないはずさ。

あなたから見て、!!!はニューヨークの精神のどのような部分を象徴しているバンドだと思いますか?

ニック:ニューヨークのダンス・ミュージックや、ニューヨークの実験的音楽のシーンの系列に俺たちも組み込まれていると思う。ニューヨーク・ポップの枠でもそうかもしれない。俺たちはニューヨークの音楽の歴史が大好きだったからここに移ってきた。ニューヨークに移住した瞬間から、俺たちもその歴史の一部になった。俺たちもニューヨークの音楽の歴史にひとつの章として刻まれることになり、自分たちのニューヨーク・ストーリーが作られたと思う。

!!!は一貫して、自由――「フリーダム」をテーマにしてきました。あらためて訊かせてください。あなたたちにとって、自由とは何でしょう?

ニック:壮大な質問だね。こっち(取材先のUK)はまだ朝早いんだぜ(笑)。俺たちにとって自由とは何か? 俺にとって、自由とはオープンな態度でその瞬間に反応していること。俺が求める自由は、自分の前に障害がなく、すべての可能性が開けているということさ。同じことを俺はアルバムでも求めている。これは、政治レベルという概念からダンスフロアにいる自分というシンプルな概念まで当てはまる。ダンスフロアで好きなことをやり、自分を思いっきり表現する。他人のことは気にせず、自由であることに没頭する。俺はいつも、その状態に自分を持っていくようにしている。その瞬間だけを気にするように。

わたしがおもしろいなと思うのは、本作の“フリーダム! ‘15”でもそうですが、自由をテーマとするあなたたちの楽曲はリスナーへの問いかけになっていることが多いことなんです。なぜそうした、聴き手に問いかけるスタイルが多く登場するのだと思いますか?

ニック:俺たちのバンドがパフォーマンス重視だからかもしれない。俺たちのパフォーマンスのやり方は、観客をダンスさせるパフォーマンスだ。観客を引き込みたい。常に観客に訴えて、観客を引き込もうとする。だから、俺たちの曲でも観客に問いかけているのが自然だと思う。

『アズ・イフ』というのも不思議なタイトルです。もしこれがリスナーへの謎かけのひとつだったとするならば、それを解くヒントを教えてくれませんか。

ニック:シンプルでちょっと漠然としたタイトルにしたかった。「As If」というのはカリフォルニアでよく使われる表現なんだ。アメリカでは、生意気な感じで「As if(なんてね)」って言うんだ。それも良いと思ったし、「As if」というのは可能性を示している表現だから良いと思った。ある曲は、俺たちが60年代のモータウンのバンドだったらという前提で作った。またある曲は、俺たちが90年代のハウス・レコードだったら、とか。そういう仮定という可能性を示しているタイトルをつけた。今回はいろいろなスタイルを試したアルバムだったからそういうタイトルが合うと思った。

“ルーシー・マングージー”は温かいコーラスが印象的な緩やかで心地いいファンク・ナンバーですが、!!!の新境地だと感じました。このルーシーというのは……マングース?

ニック:(笑)いや、「ルーシー・マングージー」というのはビートの雰囲気を表した表現さ。曲のキャラクターを表すのに良い表現だと思ったんだ。この曲はプリンスの『サイン・オブ・ザ・タイムズ』時代の曲と同じタイプのものだ。たしかに、温かくて遊び心がある感じにしたかったしね。そういう感じの曲にこのタイトルは合っていると思った。でも、マングースに遭遇したことはない(笑)。

そしてアルバムは、ワイルドなダンス・トラック“アイ・フィール・ソー・フリー”で幕を閉じます。この曲でアルバムを終えようと思った理由は?

ニック:そこ以外に入れるところがなかったから(笑)。最近は、ライヴのセットをこの曲で閉めているからという理由もある。アルバムの最初か最後にしか入らない曲だ。9分の曲でアルバムを始めるのも変だと思ったから最後の曲にした。俺は気に入っている。アルバムを完全な体験としてまとめてくれていると思う。9分間もあるから一種の旅だよね。最後にある曲だから毎回聴かなくてもいいしな。「聴く」って行為は一つのイベントだからね。他の曲はポップ曲のように聴き流せるけどね。

俺たちは、政治的な曲を毎回書いているわけじゃない。自分たち独自の意見があってそれを伝えたいときだけ政治的な曲を作る。「人種差別は良くない」という内容の曲は作らない。そんなの当たり前だから。独自の視点から、なぜ人種差別がよくないのかという意見があれば、そういう曲を作ってもいいと思う。

わたしは!!!というバンドは、アルバムごとにリスナーにメッセージを伝えてきたと思っています。あなたが、この『アズ・イフ』というアルバムを通して伝えたいこと、ストーリーというのはどういったものだと思いますか?

ニック:このアルバムのために曲を40曲書いた。そのなかからレコーディングしたのは20曲。さらにそのなかから、バンド・メンバーやその仲間たちが投票で好きなものを11曲選んだ。その40曲から物語を生み出そうとするのは難しい。だけど、うんと遠く離れた視点からアルバムを見ると、何かしらこの作品を結びつけているものが見えて来る。それは強さや、自由を求めてやまないという強い姿勢なんだ。

テクノに限らず、クラブ・ミュージックからの参照が多いと思いますが、いまあなたたちが評価しているクラブ・ミュージックには、たとえばどんなものがありますか?

ニック:ちょっと携帯を見てみる。ダンス・ミュージックはアーティストでも、この1曲しか好きじゃないというのが多いから難しいんだよな。 俺たちが好きなのは、クロード・ヴォンストローク、ニーナ・クラヴィツ、モーブ・D、スーパーフルー、ジョン・タラボット、リカルド・ヴィラロボス……たくさんいるよ。

R&Bやヒップホップはどうですか? ファンクといえば、ケンドリック・ラマーに共感するところはありますか?

ニック:ああ、もちろん。俺たちは最近のR&Bやヒップホップをよく聴いている。バンドの歴史において、俺たちはいつもラジオでかかっているものに注目している。俺はドレイクやカニエ、ヴィンス・ステイプルズの大ファンだし、ケンドリック・ラマーの最近のアルバムも史上最高傑作のうちのひとつだと思うよ。

当初あなたたちはディスコ・パンクと呼ばれていましたが、もはやその要素だけでは説明できなくなってきました。ただあなたからすると、いま、あなたたちのことをディスコ・パンク・バンドだと呼ぶことは、どの程度納得できるものですか? もしできないとしたら、もっともしっくり来る呼び方はどういったものでしょうか?

ニック:ディスコ・パンクと呼んでくれて結構だと思う。俺たちのベースにあるのはそういう要素だから。ただ、俺たちと2005年のディスコ・パンクの概念そのものをいっしょにされるとちょっと困る。俺たちの音楽によって、ディスコ・パンクというジャンルが広がり、より拡大されたものになったら嬉しい。バンドというものは、最初みなジャンルというレッテルを貼られ、そのレッテルを貼られた箱に押し込まれてしまうけど、バンドがしなければいけないのは、その箱を押し上げてより大きなものを見つけ出すことだ。

!!!はダンスを最重要とするバンドだと理解した上での質問ですが、今後ダンス・ミュージック以外のアルバムを作ることはあると思いますか?

ニック:わからないね。おそらく次のアルバムではないだろうな。俺はいまでもダンス・ミュージックに魅了されているから、他のスタイルのアルバムを作るという挑戦もたしかに面白そうではあるんだけれど、俺はやっぱりグルーヴのあるものに惹かれるんだ。

!!!は日本でもライヴがきっかけで人気が高まりました。10月の来日公演はとても楽しみにしています。いま、あなたたちにとってライヴで最も重要なことは何ですか?

ニック:ライヴの最初から最後まで、新鮮で驚きがあるようにすること。ライヴ中のエネルギーに関しては問題ないと思うし、曲もたくさんある。だから最初から最後までエキサイティングなテンションを保てるようなフルな体験ができるようになればいいと思っているよ。

いま日本は政治的に非常に混乱した状況を迎えています。音楽が政治に対してアプローチできることがあるとすれば、どんなことがあるとあなたは思いますか?

ニック:偽りのない表現をして、他の誰にもできないような表現の仕方をすることだと思う。たとえばケンドリック・ラマーのアルバムでも、あれは本や映画としてでは成り立たない。音楽的な体験を存分に味わうものとして作られた作品だ。彼のアルバムを聴くと、非常にユニークな体験ができる。そういう作品は良い政治的主張になると思う。もちろんこれはほんの一例で、他にも反対運動の曲や政治的なものがたくさんある。でもそこに、ユニークな視点と正直な意見や希望が込められていることが必要だ。オリジナルでなければならないと思う。だから俺たちは、政治的な曲を毎回書いているわけじゃない。自分たち独自の意見があってそれを伝えたいときだけ政治的な曲を作る。「人種差別は良くない」という内容の曲は作らない。そんなの当たり前だから。独自の視点から、なぜ人種差別がよくないのかという意見があれば、そういう曲を作ってもいいと思う。


! ! ! (チック・チック・チック) 追加公演
2015.10.09.FRI @ LIQUIDROOM

!!!
GUESTS:
KINDNESS (DJ SET)
YOUR SONG IS GOOD
KZA / Dorian / Carpainter / tomad
and !!! DJs

OPEN/START 23:30 前売¥6,000 当日¥6,500

ファンク・ブームの再来か? - ele-king

 昨年秋にジョージ・クリントンの自伝本『Brothas Be, Yo Like George, Ain't That Funkin' Kinda Hard On You?』と、33年ぶりのファンカデリック名義となる3枚組新作『First Ya Gotta Shake The Gate』が相次いで発表されたこともあって、今年4月に行なわれたジョージ・クリントン&パーラメント/ファンカデリックの2年ぶりの来日公演は、タワーレコード渋谷店で行なわれたジョージのサイン会ともども大盛況で、Pファンクが毎年のように来日していた90年代の盛り上がりを彷彿させた。さらに今年はJBの伝記映画『ジェームス・ブラウン~最高の魂を持つ男』と、スライのドキュメンタリー映画『スライ・ストーン~ドゥー・ユー・カムバック?』も日本公開されるに至って、もしやこれはレア・グルーヴやサンプリング・ソースに端を発する90年代のファンク・ブームを知らない若い世代を巻き込んで、予期せぬファンク・ブームの再来か? と人知れずザワついた。その後、メイシオ・パーカーの安定の来日公演を挟んで、ZAPPの新作『Evolution』が発表されることを知り調べていたら、コン・ファンク・シャンの新作『More Than Love』も春にリリースされていたことがわかり、喜び勇んでまとめて購入した次第。


Con Funk Shun
More Than Love

Shanachie

Funk

Amazon

 コン・ファンク・シャンは、69年にヴァレーホで結成されたプロジェクト・ソウルを前身とし、その後、メンフィスへ移ってソウル・チルドレンのバック・バンドを経て、70年代後半から80年代半ばにかけて何曲ものヒットを飛ばした老舗バンド。彼らのライヴを初めて見たのは、90年代半ばに日比谷野音で2~3度、催されたファンクのフェスティヴァル“Let's Groove”だった。強者ファンク・バンドが揃ったラインナップのなかでは、軽快でポップな持ち味の彼らはやや見劣りがしたのでさして期待していなかったところ、その軽快なポップさこそが妙に快調で、いたく楽しんだのを覚えている。00年代以降も、一時期コットン・クラブに数年連続でやって来て、変わらず楽しいショーを展開してくれたので、ツアーはそれなりに続けていたのだろうが、新作を出すのはたぶん20年ぶりくらいだ。
 『More Than Love』のクレジットを見ると、初期からの中心メンバーであるマイケル・クーパー(vo, g)とフェルトン・パイレーツ(vo, tb)、日本公演にも一緒に来ておりジャケット内側の写真にも姿を確認できるエリック・ヤング(b。最近の再発で知ったが元レイディアンス)やKC・クレイトン(keys)などをはじめ、各楽器にはドゥウェイン・ウィギンス(g)、近年はダズ・バンドに籍を置く元プレジャーのマーロン・マクレイン(g)を含む複数のミュージシャン名が記載されている。つまり厳密に言うと、ツアー・メンバーによるバンドとしての録音ではないということだ。なるほど聴いてみると、マイケルとフェルトン、ふたりのシンガーのアルバムという感触で、ファンク・バンドのアルバムを期待していた我が身の欲求を最も満たしてくれたのは、サックス・ソロを軸としたラストのインスト小品“Nite~Liters”だったという、なかなかの肩透かし。だがアーバンなミディアム・テンポも、ちょっとしたファンクも、例によって優れたポップ・センスを備えた佳曲揃いで、ライヴ同様、妙に快調なのである。ということはコン・ファンク・シャンの持ち味は保たれているわけだし、これはこれで全く文句はない。カーティス・メイフィールドの“Move On Up”を今ごろカヴァーしちゃうという、年配オヤジならではのズレた感じも憎めず、ニコニコしながら何度も聴いている。なおタイトル曲には「アイシテル」という日本語が出てくる。


Zapp
Evolution

Troutman Music Group

Funk

Amazon

 ZAPPはご存知のとおり、チューブを加えてうにうに歌うトーク・ボックスの名手でありギターの名手にして、比類なきエンタテイナーでもあったロジャーが率いた、オハイオ州デイトンのトラウトマン兄弟を中心としたファンク・バンドだ。だが99年にマネージメントに従事していた兄のラリーがロジャーを射殺して本人も自殺。このような形でリーダーを失ったZAPPは当然ながら存続の危機に陥ったが、残されたメンバーは根強いファンからの応援に一念発起し、そのままのメンバーで活動を再開、03年には『Back By Popular Demand』も発表した。
ミュージシャンとしてもエンタテイナーとしても天才だったロジャーの穴を埋めることは誰にもできないにせよ、弟のレスター(ds)とテリー(keys, vo)が中心となって、かつてのロジャーの大きな役割をメンバー全員で分担して補い合いながら、変わらず楽しいファンク・ショーを展開する姿は誠実で立派だ。ZAPPの日本での人気はとりわけ高く、活動再開後も頻繁に来日公演を行なっており、近年はレスター(ds)の息子でマルチ・プレイヤーのトーマスらも加わって、ロジャーはいないがロジャーがいないだけ、そんなふうに思わせるショーを続けている。
そしてZAPPは今年も8月のサマー・ソニック出演およびビルボード・ライヴでの単独公演で来日し、12年ぶりの8曲入りの新作『Evolution』は、それに合わせるようなタイミングで発表された。幕開けは、まさかの日本語の女声アナウンスによる本作の紹介で、ということは本作はまず第一に、日本公演の会場での販売を目的に制作されたのかもしれない。他に『ZAPP III』の収録曲“Heartbreaker”のライヴ録音(時期や場所の詳細は不明)や2曲の古い録音もあるので、新曲は4曲だ。そのうち、ZAPPのデビューに尽力したブーツィー・コリンズがヴォーカルで参加した“Make It Funky”と、レスターが日本やフランスを含め、各地のファンへの感謝を述べるお礼ソング“Thank You”の2曲には、共作者として“R. Troutman”というクレジットがあるが、これは生前のロジャーが関わって作られた曲というよりは、ソロ作も出している甥っ子のルーファスとか息子のロジャー二世とか、他のトラウトマン家の人間と考えるべきだろう。レスターとトーマスの親子作の“Summer Breeze”は、おそらくトーマスのサックス・ソロをフィーチャーしたフュージョン寄りのスウィートなスロー、そして一番、従来のZAPPぽいファンクは、レスターとバート・トーマスが共作した“Moving”。バートはライヴではテリーとともにトーク・ボックスも操るマルチ・プレイヤーで、現在のZAPPには欠かせない存在だ。
残るは先に「古い録音」と書いた2曲だが、これは“Lil” Roger and His Fabulous Vel's名義による66年の録音という秘蔵音源。ロジャーが15歳の年で、ことによったらジャケットの写真はその当時のものかもしれない。左端のロジャー、ドラムスのレスター、ともにツヤツヤの少年だ。右端はここにこうして一緒に写っているのだからテリーかとも思ったが、ロジャー、レスターより年下には見えないので兄のひとりだろうか。まだトーク・ボックスは導入されていないため、ブルースのカヴァーではロジャーが自分の声で歌っており、今となってはこれはとても珍しいことだ。ギター・ソロが始まると、すぐにフェイド・アウトしてしまうのが残念だが、明らかにたどたどしいのでロジャーのソロではなかった可能性もある。最後の1曲はトラウトマン姓の3人による共作で、まるでヴェンチャーズの曲のようなインスト。ヴェンチャーズが米国でヒットを出していたのは60年代前半だから、トラウトマン家も愛聴していたということか。ノリノリのキーボード・ソロが続くので、きっとこれはロジャーなのだろう。

 そんなわけでこの2組の新作を聴いて改めて思ったことは、ヴェテラン・ファンク・バンドが息長く活動を続けていくにあたって、日本のファンク・ファンの存在は、思っているより彼らの支えになっているんじゃないかということだ。以前は大好きなミュージシャンが年をとって、歌う声がヨレたり、楽器を演奏する指がもつれたりする姿を見るのは、あまり好きではなかったが、自分が40代になった頃からは、何でもいいから元気で長く続けてほしいし、その姿を見続けたいと思うようになった。だからもし日本のファンが彼らを支える一助になっているのならファン冥利に尽きるし、さらに言えば、日本にはいつファンク・ブームが巻き起こってもおかしくない土壌があるということでもあり、なんだかいろいろと嬉しい。

interview with D.A.N. - ele-king


D.A.N.
EP

SSWB / BAYON PRODUCTION

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D.A.N.
POOL

SSWB / BAYON PRODUCTION

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 「D」の文字だけがあしらわれたジャケットは、この3ピース──D.A.N.の矜持と美意識をミニマルに表現している。東京を拠点として活動するそれぞれまだ二十歳そこそこの彼らは、ポーティスヘッドといえば『サード』からの記憶がリアルタイム。あきらかに本作「EP」のジャケットからは『サード』やトリップホップ的なものへの共感が見てとられるが、あのベタ塗りのビリジアンをぼんやりとした靄の奥に沈めたのは、彼らと、たとえばウォーペイントとを結ぶ2010年代のフィーリングだ。
 甘やかな倦怠とサイケデリア、同時に清潔でひんやりとした空気をまとったプロダクション、芯に燃えるような音楽的情熱。……倦怠が微弱な幸福感と見まちがわれるような、クールで起伏の少ない現代的感情の奥に、凍ったり燃えたりするための燃料源が音楽のかたちをして揺れている。ひたすら反復しながら、しかしそれによってトランシーな高まりを期待するのでもない“Ghana”などを聴いていると、現代の純潔とはここにあるのだとさえ言いたくなってしまう。

 よく聴くとすべて日本語で、詞は押し付けられることなく、しかし引くこともなく耳裏に流れ込んでくる。ことさらヨウガクともホウガクとも感じることなく、たとえば〈キャプチャード・トラックス〉や〈4AD〉の新譜を聴くように聴けて、かつ「東京インディ」というひとつの現代性の表象をリアルに感じとることもできる。なるほど世界標準とはこういうことなのだと思わせられる──それはまずよそ様ではなく自分たちのリアルへの感性の高さを条件として、表現として外のシーンへと開かれている。〈コズ・ミー・ペイン〉の感動から、さらに時計の針は進んでいる。

 前置きばかり長くなってしまったが、東京を拠点として、いままさにインディ・シーンを静かに騒がせようとしているこの3人組の音と言葉を聴いていただきたい。時代性についての言及が多くなってしまったが、音のトレンドも汲みながら、スタイリッシュな佇まいも強く持ちながら、しかし根本にあるのは本当にウォーペイントに比較すべきオーソドックスなギター・バンドの魅力でもある。あまり考えず構えず、何度も何度も再生ボタンを押せる作品だ。これがデビューEPということになるが、ウォッシュト・アウトの「ライフ・オブ・レジャー」しかり、ある意味ではすでにフル・アルバムに等しい価値と象徴性を持っていると言えるかもしれない。これをリリースしてしまったことが、彼らの壁になりませんように──。

■D.A.N / ダン
東京出身、21歳の3人組。メンバーはDaigo Sakuragi(Vocal,guitar,synth)、Jinya Ichikawa(Bass)、Teru Kawakami(Drum)。ライヴ活動を通じて注目を集め、2015年には〈フジ・ロック・フェスティバル〉の《Rookie A Go Go》に出演するなど活躍の幅を広げている。同年7月には、自身らの自主レーベル《Super Shy Without Beer》通称《SSWB》を立ち上げ、Yogee New Waves、never young beachを手掛けるBAYON PRODUCTIONのバックアップの下、初の公式音源『EP』をリリースした。9月には配信限定でファースト・シングル「POOL」も発表されている。

僕は前からトリップホップが好きで聴いていたんです。(市川)

ジャケットをもらって最初に思ったのが、「うわーポーティスヘッドだなー」っていう(笑)。みなさん的に、いまポーティスヘッドなんですか? それとも3人の音楽体験の深いところにあるものなんですか?

川上輝(以下、川上):ジャケに関しては、音楽的なところとはあんまり関係ないかもしれないですね。

でも何がしかの影響はある?

川上:影響はありますね。ありますけど、ジャケに関してはヴィジュアルでもう、かっこいいなと思いました。

桜木大悟(以下、桜木):どういうジャケットが好きか、って話し合ったときに、サード(ポーティスヘッド『サード』、2008年)がすごくいいなと。

市川仁也(以下、市川):最初に店頭に並んだときにインパクトがあって、かつシンプルなのがいいって思ったんです。ポーティスヘッドの「P」って書いてある『サード』はその点でずっと頭に残っていて、「こういうのもいいんじゃない?」って案を出して、そこからより膨らんでいって。

ジャケットってひとつの勝負をするところでもあるじゃないですか? そこに自分たちを主張したくてたまらないってもののはずなのに、「Dだけ?」みたいな。ある意味では最強の主張かもしれないですけどね。メッセージとかスタンスを感じるいいジャケだなと思いました。
話を戻しますと、ポーティスヘッドって、いま来てる感じなんですか? それとももっとパーソナルなものです?

市川:僕は前からトリップホップが好きで聴いていたんですけど。

桜木:僕も仁也の影響で意識して聴くようになったんですけど、それはわりと最近。聴き直してますね。

川上:僕もです。

リアルタイムじゃないですよね?

桜木:ぜんぜんちがいますね。僕らが生まれたくらい。

ちょうど2、3号前の『ele-king』で、ブリストル特集をやったんですよ。ベースミュージックなんかを中心に、リヴァイヴァルのタイミングではあると思います。そういう時代感がどこかにあったりでもなく?

桜木:自然とじゃないですかね。音楽から抜けるというか、そういう流れとはまたちがうのが好きなんじゃないかみたいな。作曲をしているときにふと出てきて、「うわぁ、めっちゃこれじゃん!」みたいな。

市川:「いま何がやりたいんだろう? 自分たちがどんな音楽を作りたいんだろう?」って模索していたときに、「あっ、これ」みたいにビビっときて。まんまこれをやろうってやったわけじゃないんですけど。

川上:やっと理解できるようになったっていうところはあるかもしれない。まじめに音楽をやってきて、行き詰まって、「俺は何をやりたいんだろう?」って思っていたとき、そういうのを聴いたら「かっこいいじゃん」ってちゃんと認識できるようになったと思います。

ある程度やっていたんだけど、「これじゃないかもしれない……、この音楽をやる意味は何なんだろう?」みたいな。(川上)

そんなに若いのに、もうすでに行き詰まりがあったと(笑)。私は、なんとなく自分と同じ世代なのかなという感覚で聴いていたんですけど、実際は皆さんとひとまわりも歳が離れているんですよね。しかも結成は去年でしょう? 同級生的な感じですか?

市川:僕と大悟が小学生からの同級生で。僕らはバンドを高1くらいからはじめて、そのときに輝と知り合ったんです。僕と輝はバンドを別で組んでいたんですよ。

川上:彼らの幼なじみで高校からはじめたバンドがふたつあって、その片方に仁也がいて、そのバンドのドラムが抜けて、たまたまそのとき僕が出会って入って、高校から大2くらいまでそのバンドをずっとやっていたんです。
でも、ある程度やっていたんだけど、「これじゃないかもしれない……、この音楽をやる意味は何なんだろう?」みたいな。

市川:先がないというか。

川上:奇をてらうことにバンドで徹していたというか……。

たしかにそれは行き詰まりっぽいですね(笑)。ひとの名前を借りるのは嫌かもしれないですけど、だいたいどんな音楽をやっていたんですか?

桜木:ニューウェーヴでした。完全に。ポスト・パンク……ギャング・オブ・フォーとか。

奇抜な格好をして冷蔵庫をぶっ壊したりとか?

市川:それはないです(笑)。フリクションっぽいのとかやっていましたね。

桜木:あとはナンバー・ガールとかザゼン・ボーイズとか。

川上:高校生のとき、ナンバガはみんなめちゃくちゃ聴いていた。

桜木:僕らの青春です。

ポスト・パンクって、2000年代はじめに盛大なリヴァイヴァルがあったわけで、たしかに皆さんから遠い存在でもないかもしれないですね。しかるに桜木さんのバンドはどうなんですか?

桜木:もともとアジアン・カンフー・ジェネレーションとか、エルレ・ガーデンとかそういうのが好きで、中学生のときに音楽をはじめました。高校生のときもそのままの流れで、日本語ロックっていうのかな。そういうのをずっとやってました。

曲もずっと作っていたんですか?

桜木:そうですね。くるりとかそういうのをマネしながら、やっていました。

なるほど。D.A.Nはミニマルとも謳われていたりしますけど、そこにギターがすごく色を乗せるじゃないですか? エモーションというか、情緒というか。そのへんの感覚というのはきっと桜木さんなんですね。

桜木:はい。

いざこの体制になったのは去年ということですか?

桜木:はい。去年の夏ごろだったような気がするんですけど。

そうするとみんなで同じ方向を見ていたというよりは、もう少し偶然的にいまの音楽ができあがっていると。

川上:前にやっていたバンドが2年くらい前に同じタイミングで解散したんです。「このメンバーでやる意味」とかそういうことを考えてましたね。

けっこう考えますね。

川上:この音をこいつが出してるみたいな。そのあたりの信頼関係が揺らいでいたというか。「こいつが出している意味があるのか?」とかって考えていたから。それで話し合って解散して、1年くらいひとりでやったりとか、他のバンドで活動したりもしてました。そういう考える時期があって。それで大3くらいに、結局バンドをやりたいってなったんです。そしたら6人くらい集まったんですよ。

市川:去年の1月とかですね。

川上:そこでまた直面したのが、やっぱり音が多すぎるってことで(笑)。いままでとはまったくちがう面白いことをやりたかったから──ドラムがふたりいたりとか。

桜木:当時はツイン・ドラムが流行っていたんです(笑)。パーカッシヴなものを作りたいという意味でツイン・ドラムだったんですけど。ポーティスヘッドとかもいるじゃないですか? レディオヘッドもそうだし。トクマル・シューゴさんも普通にドラムを叩いてましたから、それに影響されて「いいんじゃない?」みたいな。

音楽をずっとやっていきたいって気持ちがあるからこそ、話し合いが何回もあったと思います。「自信を持っていいものを作るには、お前とじゃない。他のやり方が合っているんじゃないのか?」みたいなのを。(川上)

なるほど。いろんな試行錯誤があったと。

川上:がっつりふたりともドラマーだったから、音がぶつかり合いまくって(笑)。お互いすごく気を使わないといけないというか、どこまでやっていいかわからないので……。それを考えている時点で前といっしょだな、みたいな。その時点でもう自由にのびのびと創造できないというか。そんなこんなで3ヶ月くらい曲ができなくて。それが去年の1月から4月くらいにかけてですね。もう、ずっと「どうする?」って話し合って。

桜木:いわゆる産みの苦しみとは別で、幼なじみだったので変な情とかもあったし。抜けていった3人のうちふたりも小学校からの同級生で、「何かちがうな」と思ってもはっきり言えないんですよね。言えないわけじゃないんですけど、情が介入していたというか……。

6人もいれば、なんというか、それはもう社会ですもんね。サステナブルなものにするのは難しいですよね。

川上:それで踏み切って、7月に「もうさすがに決めよう!」ってデッカい話し合いがあって。

その話し合いのエピソードもそうですけど、けっこうコンセプトをカチッと固めてるバンドだなって感じまして。一瞬、「なんとなくやってます」とか「意味とかないです」みたいな、そういう態度がこのアンビエントでダウナーな音楽性のうしろにはあるのかなと感じるんですけど、実際すごく決められている。
たとえば資料の文言──「このドライな3人で、無駄のない柔軟な活動を目指す」とか(笑)。

川上:それ僕が書きました(笑)。

「いつの時代でも聴ける、ジャパニーズ・ミニマル・メロウを追求することをテーマにする」とか。

川上:それっぽく書いたんですよ(笑)。

いやいや、そういうのって「べつに何も考えてないですよ」って言うのもアーティストのひとつの態度じゃないですか? それに対して、このゴリっと考えてる感じが新鮮だったというか。コンセプチュアルなバンドなのかなと思ったんですけどね。

桜木:これに関して言えば、野心が全面に出てます。

すごくいいことなんじゃないですか。ロックなんてけっこう伝統的にみんなうつむいてたし、インタヴューなんて「はっ?」みたいなところがありましたけども。でも、ギラギラしてないのにしている感じが(笑)。

川上:音楽をずっとやっていきたいって気持ちがあるからこそ、話し合いが何回もあったと思います。「自信を持っていいものを作るには、お前とじゃない。他のやり方が合っているんじゃないのか?」みたいなのを、みんなうすうす感じていて、3人になる前に、それをはっきりと言おうという話し合いが最後にありました。本当に食っていきたいって思っていたので。

そういう意味での野心ですか。ちょっと意地悪な質問をあえてすると、皆さんが本当に「ドライで無駄のない柔軟」なひとたちだとすれば、そう言わないと思うんですよね。これはそうでありたいという意思であって、実際は逆というか、ぜんぜんちがうみたいな意識があったりします?

桜木:ものすごく熱いです、自分。

ゴチャゴチャしてたりとか、あったかい音楽とか大好きですけど、自分たちが音楽をする上での美意識っていうのをひとつ決めてやっているんです。(桜木)

ぜんぜん冷たくないんだ(笑)。

市川:6人のときの苦い経験があったので、ドライに、本当にいいものを作るために、同じ方法論でやるために、という意識というか。

川上:そう言っておいたほうがいいと思うんですよ。その謳い文句を。本当にそう思うし。

それは自分たちにとって?

川上:外からの見え方とかそういうものを考えると。

なるほど、戦略的な部分でもある。……なんか、ロック・ヒーローとかってどっちかというと「ウエットで無駄が多くてガチガチに凝り固まっている」ものだったりするじゃないですか(笑)。そういうのは自分たちのクールとはちがう感じなんですかね?

川上:その譬えから考えると、本来の姿はそうであるけど、言っているのはそれ(ドライで柔軟で無駄がない)だったらよくないですか?

あー、ギャップがある方が?

川上:それが逆だとなんか……

「熱い」と言っているのに「冷たい」みたいなやつよりもってことですか(笑)?

川上:そうですね。それが逆だとなんか変じゃないですか。

桜木:ゴチャゴチャしてたりとか、あったかい音楽とか大好きですけど、自分たちが音楽をする上での美意識っていうのをひとつ決めてやっているんです。

川上:かなり幅広く書いているつもりですね。

音楽的な部分以外でも?

市川:ジャンルをまたぐっていうだけじゃなくて、姿勢もというか。こういう姿勢も持っているというのを出して。音楽というのはそのときの趣味もありますし、変わっていくものだとは思うんですけど。

あとは「スーパー・シャイ」みたいなことも標榜されていますけれども(笑)。「あ、シャイであることっていまはカッコいいんだ!」みたいなことを感じましたね。

桜木:それは、この缶バッチ(「Super Shy」と書かれたバッジ)からとったんですよ。

あ、そうなんですか? どれどれ……そのまんまじゃないですか!

桜木:これ古着屋さんに置いてあったやつで。

えー。でもグッときましたよ。自分たちを「スーパー・シャイ」だと思います?

川上:それは何も考えないで決めたので、突っ込まれてもって感じですね(笑)。

本当ですか? シューゲイズとかって、あのクツ見つめる感は、シャイっていうんじゃなくて、コミュニケーションをシャットダウンする感じじゃないですか。けど、シャイであるならば繋がれる可能性がある……ビールを飲んだりとかすれば(笑)。そういう、拒絶じゃない熱さみたいなものはどこかに感じます。

桜木:ただ、ビールというものは、いろんな言葉に置き換えられると思うんです。音楽もそうだし、何かのきっかけとかアクションだけで「スーパー・シャイ」から解き放たれるというか。

ペダルを踏むみたいな感じで。

桜木:僕はそういうふうに解釈していますけど、そんなに深い意味はないですよ。後付けですから(笑)。

いやいや。そうだったとしても、つい深読みたくなるのは、音楽にそれだけの厚みがあるってことだと思いますけどね。それに、それぞれのコンセプトも提起的ですよ。いろいろ語りたくなってしまう。

どこかしらウォー・ペイントだったり、ポーティスヘッドだったりジ・XXだったりとかに似ているもの出てきた、みたいなことはあります。でもそれは、「これはカッコいいよね」って出てきたものが、結果的に似てたって感じですね。(市川)

さて、好きなバンドにウォー・ペイントの名も挙がってましたけど、すごくそれも感じますね。

桜木:ウォー・ペイント大好きっす。

川上:超好き。ちょうどいいところをホント突くんですよね。

めっちゃくちゃわかります。でも不思議じゃないですか? ウォー・ペイントって日本でそこまでは盛り上がっていなかったし。

市川:僕らホント好きですよ。一時期ずっと聴いていました。

川上:「自分たちと同じじゃないか」って勝手に思ってます。

私もすごく好きなんですけど、D.A.N.はめちゃくちゃウォー・ペイントだと思いました。

川上:ウォー・ペイントが日本人だったらぜったいに話が合うと思います(笑)。

日本にはD.A.Nがいるからウォー・ペイントはいいか、というくらい、似たものを感じますね。ウォー・ペイントって、なんの時代性も象徴していないというか。ひたすらいいバンドなんですよ。だから真似するときに「チル・ウェイヴです」、「フットワークです」とかならマネしやすいですけど、「ウォー・ペイント」ですっていうのは難しい。本当に好きなんだなと思いましたね。

川上:ウォー・ペイントを特別に意識しているとかはとくにないですね。「これだ!」という感じに決めていることはないというか、決められたくはないというか。何にでも溶け込むものでありたいので。

市川:曲を作っているときでも「これよくない?」ってなって作っていくと、そこにどこかしらウォー・ペイントだったり、ポーティスヘッドだったりジ・XXだったりとかに似ているもの出てきた、みたいなことはあります。でもそれは、「これはカッコいいよね」って出てきたものが、結果的に似てたって感じですね。

きっと彼女たちもそういうモチヴェーションなんだろうなって思うんですよね。うしろにジョン・フルシアンテがいたりするじゃないですか? ああいうちょっとしたギターのテーマみたいなものが、ときどき聴こえる感じとか──「冷たいけど熱い」みたいなところも似てるかなと思うんですけどね。
自分たちのなかの「熱さ」についてもうちょっと聴きたいんですけど、どのへんだと思いますか?

川上:精神的な部分だけど熱さはありますよ。僕はサッカー選手をとてもリスペクトしているので。すごく学ぶことが多いです。

えっ、そうなんですか!

川上:姿勢についてとか、「音楽をやっているひとたちはみんな見習った方がいいんじゃないか」って思います。やっぱり彼らはつねにサヴァイヴァルなので。

そうですよね。チームの戦いという意味ではなくて個人のという意味ですか?

川上:はい。チームとかはバンド全体のことになってきますよね。いろんな部分で似ていると感じるので、僕は音楽とサッカーがイコールだなと思っています(笑)。本気でそう思ってます。

市川:僕は自分がいいと思えるものを作るっていうところです。そこをとにかく追求していきたいし、そこができないならやっていても意味がないし。……音楽が本当に好きなんで。そこだけは絶対に曲げたくないというか。まずいいものを作るっていうところです。

川上:お互いをリスペクトしながら高め合える3人でやっているのがこの音楽ですから。そこはつねに基本ですよね。

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メンバーの中の想像を超えたいんです。ベースだったらベースで。(市川)


D.A.N.
EP

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D.A.N.
POOL

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バンドのなかでそれぞれご自身が何かいいものを作るっていうときに、具体的な行動としてはどういうことになります?

市川:ケミストリーを見せるというわけじゃないですけど、3人が集まって、いいところが出て、それがかけ合わさったときに、想像もできなかったようなものができて──それをいろんなひとに聴いてもらいたい。そのためにメンバーの中の想像を超えたいんです。ベースだったらベースで。最初大悟がひとりでデモを作るんですけど、そのときに大悟が想像しうるベースを弾いても意味がないというか……。そこの想像を超えて、かついいものじゃなきゃダメだと思っているし。でもつねにそこで納得できないというか、ずっと追求しながら作っています。

めっちゃうねりますよね、ベース。冷たいなかの熱さって言ったときに、あのうねりは熱さの要因のひとつかなって思いますね。あの感じは、自分の好きな音楽が出てきている感じですか?

川上:そうですね。個々のパートは自分で考えてます。だから本当に3人で曲を作っていると思います。

桜木:いちばん重要なのは歌ですね。

歌を最初に持ってくるんですか?

桜木:曲によるんですけど、基本は歌だと思ってます。

そこは信念がありそうですね。熱いところっていう質問についてはどうですか?

桜木:熱いところが僕はわからなくて。

川上:すべてに情熱を注いでいる気持ちはあるので、どこがどうっていうのはないかな。

桜木:でも、じつは僕は自分のことをめちゃくちゃ冷たいと思っていて。

パーソナリティがってことですか?

桜木:そうです。

安直に評価するわけではないですけど、さっきおっしゃっていた昔好きだったというバンドは、どちらかというと熱い気もしますね。それは自分の冷たさが逆に呼び寄せるようなものだったんですかね?

桜木:うーん、熱さ……、難しいですね。

たとえばドリーム・ポップだと、ベッドルームなんかがその背景になっていたりしますよね。でも、対するにこのアー写なんかは、すごくストリート感があります(※冬の涸れたプールで撮影されたもの)。

D.A.N. - POOL

でも、ストリートじゃなくて「そうかぁ、プールかぁ」と思って。ここにはすべてがある、ってくらいいい写真だと思いました。……で、これだって冬っぽさとプールっていう冷たいものの掛け合わせなのに、やっぱり先ほどからのお話も実際の音も、ただ冷たいっていうんじゃ説明できない熱を感じるんですよね。

音について言えば、削ったり、引き算したりっていう考え方なんですよ。(川上)

川上:音について言えば、削ったり、引き算したりっていう考え方なんですよ。ひとつひとつ音が重なっていく感じは熱さかもしれないですけど。エモさとか。ひとつひとつ音が増えていって、じりじり上げていく感じは。

桜木:アンサンブルが感情のコードというか重なりというか、それで自分の内面が高まったりするから。

川上:そこから音がひとつだけになるところとかも、繊細なものだというか……、ひとつひとつの音に意味があるかどうかを突き詰めてやっているので。

桜木:冷たさとか熱さというよりも、どちらかというと静と動という気がする。静と動と緩急、緊張と緩和とか、そっちな気がする。

すごく心象風景というか世界があるバンドだなって思うんですね。すごくファンキーな部分もあったりしながらも、黒さというものとは別ものというか。それもウォー・ペイントと共通するかもしれないですね。あの感じが好きで……。ボディが先にあるような音楽っていうよりも、なんか精神みたいなものに触れて美しいなって思う感じ。
それぞれがそれぞれのパートに責任を持っているというお話でしたが、持って来るのがメロディなんですか?

桜木:はい。自分です。

そのデモを聴きながら、自分がどうアプローチするかを決めるんですか?

市川:はい。

完成したデモを示すわけじゃないってことですね?

桜木:僕はぜんぜんそういうのが作れなくて、曖昧な状態で渡すことが多いです。

そうするとこの3人だからこそ、意味のある繋がりのなかで音ができていくということですね。

川上:バンドってそうじゃないですか。

──ということをさんざん感じたんですね。

川上:本当に感じました。全部指示していたら3人の意味がないのでね。

やっぱりひとりひとりがすごく独立した表現者なんですよ。(桜木)

なるほど。D.A.N.って、バンドというべきかユニットというべきかわからないんですけど、ひとりのアーティストのような不思議な感触があるんですよね。バンドで3ピースっていうと、それぞれの役割も決まっていれば音楽のフォームまで想像できそうな感じですけど、そこがすごくアメーバ状ですよね。

桜木:やっぱりひとりひとりがすごく独立した表現者なんですよ。自分が全部曲を作ってデモを投げても、自分でどうアクトするかだと思うから、こういうふうに演じてくださいって与えたところで、自分が持っていたイメージとちがうものが出てくる。それがおもしろいと思えるふたりなんですよ。

川上:指示してやってもらいたいんなら、スタジオ・ミュージシャンを呼んでシンガー・ソングライターとしてやればいいだけの話で。

桜木:あと、いまサポートで入っている小林うてなも、自分が尊敬できるひとです。

たとえば2曲めなんて、それこそリズム・トラックが曲のメインだとも言えるじゃないですか? ああいうのは川上さん的に、何を投げられて何を打ち返したものなんですか?

川上:感覚的に打ち返しているだけですね。

桜木:“ナウ・イッツ・ダーク”は弾き語りで作ったんですよ。

川上:歌はかなりフォークだったんですけど、すごく変わりましたね。リズムの最初の「ドッツカ」は、僕がこうしたいってあれをずっとやってて、つまんないなってなって、じゃあ途中から変えようっていう感じです。後半でBPMが上がるんですけど。あそこに繋げるための間のところはかなり悩みました。「ドンツクツクツクタン」が出てくるまでだいぶかかりましたね。まぁ、でも全部僕が出てくるまで何も言うこともなく、あーだこーだ「これはちがうな」みたいな。でも、ふっと「あっ、それだ!」っていうのが来る。それが来るまで、ずっとスタジオに入るまでです。

「ドンツクツクツクタン」が出てくるまでだいぶかかりましたね。(川上)

桜木:僕らの曲作りって、量だと思っていて、とにかくたくさん出して、やる。そうすると自分が想像できなかったものがふっと出てくるタイミングがあったりとか、「これなんじゃないか?」みたいな。

川上:質がいいものをやるには量を出すしかない。

あ、ほらまた出た。熱さっていうか、体育会系ではぜったいないのに、体育会系思想が出てきた。……こだわってすみません!

市川:おもしろいのが、たとえば僕が曲を作っているときに、輝のドラムだったり、大悟のギターだったり、自分のベースだったり、曲の展開で「あっ、絶対にいまのだ」ってなってると、ふたりも同じことを思っていたりとか。

川上:でもひとりでもダメだったら通らないですけどね。

市川:いま作っているやつもかなり時間がかかってます。

なるほど。フォークを解体するっていうのは、ひとつの本質的な特徴なのかもしれないですね。たとえば、よく比較されるYogee New Wavesとかって、やっぱりフォークのスタイルって一応しっかりとあるわけじゃないですか。でも、なんかそういうふうに日本語が乗っているわけじゃない。かと言って、どうでもいいですってわけでもなくて、ちゃんと日本語がきこえる。
そういうことって、先にあるものを崩すところから生まれてくるのかなって感じもしましたね。

市川:大悟が持って来た曲のイメージとかを、みんなでまずはバラバラに解体して、それから再構築。

川上:けっこう曖昧だから、やりながら固まってくるみたいな。みんなで徐々に同じ方向に向いて来るみたいな感じですよね。性格も出ているでしょうね。パッと出してじっくり考えるみたいな。いろんなパターンも試すし、そういうのをやっているからこそ、予想だにしない展開も生まれると思います。

市川:セッションとかして、「いまの感じいいじゃん」ってなったときも、いったん大悟が家に持ち帰って曲に対するイメージみたいなものをつけて、またスタジオに持って来てみんなで聴いて。

川上:そこからまた考えるけどね(笑)。

市川:で、またそれを崩して、組み立てて。

川上:そうやってみんなが考えているって気持ちがあるんですよ。3人で戦っている感じがあって、俺だけで戦っているって感じはないですね。

3人で戦っている感じがあって、俺だけで戦っているって感じはないですね。(川上)

バンドだから、ひとつにはアンサンブルっていう戦い方があると思うんですけど、皆さんにはもうちょっと、曲とかコンセプトっていう戦い方を感じますね。

川上:技術だけあってもぜんぜんよくないじゃんっていうのもたくさんあるし、そういう問題じゃないと思うから。

桜木:技術に関しては、それは手段だから。それよりは目的が最優先で。

そのあたりは、ミュージシャンシップというよりは、もっとアーティスト性みたいなものを感じさせるバンドだなって思います。
せっかくいま歌詞の話も出てきたので、お訊ねするんですが、「ジャパニーズ・ミニマル・メロウ」と謳っていますけど、ここで「ジャパニーズ」ってわざわざ言うのって、みなさんにとって大事なことなんですか?

川上:「ミニマル・メロウ」をオウガ(・ユー・アスホール)さんが先に言っていまして、「先に言われた!」っていうのが僕たちの中にあったんです。

桜木:まさに僕らのもやもやを簡単に形にしてくれたと思って。

川上:「作品のインフォメーションを作るから何か送って」って言われて、僕たちは「ジャパニーズってつけるか」って思って。まぁ、日本語で歌っていることは意識していると思います。

もともと僕は、D.A.N.をはじめる前からずっと、海外でライヴをしたいとか生活をしたいとか、世界規模で音楽をやりたいと思っていたんですよ。(桜木)

1曲めとかはクラウトロックっぽい反復性はありますよね。どちらもイメージ的に近くはないですが、共通性があるのかもしれないですね。……しかし、「先に言われた感」があったと。

桜木:すごく悔しかった。

なるほど(笑)。皆さんの音楽って、とくに邦楽って感じでも洋楽って感じでもなくて、すごく自然に海外の音楽を聴いてきた経験が溶け込んできたものだなって感じるんですよ。だから、なんでそういう言い方をわざわざするんだろうなって。ということは「ジャパニーズ」ってことにこだわりがあるのかなと、ちょっと思ったんです。

桜木:もともと僕は、D.A.N.をはじめる前からずっと、海外でライヴをしたいとか生活をしたいとか、世界規模で音楽をやりたいと思っていたんですよ。YMOとかもリスペクトして。自分のその日本人っていうアイデンティティがなければ、どんなに海外志向なサウンドを出したところで外国人からしてみたら、「そんなのいくらでもあるじゃん?」って思われちゃうというか。

シニカル。でも、そうですね。

川上:だからこそ、日本人としてのっていうところを大事にしたい。

桜木:たぶん、日本人が無理に歌う英詞って、あっちのひとにしたらすごく気持ち悪いと思うんですよね。だったら素直に日本語で歌った方がおもしろいじゃんって思う。

ある意味ではすごくイエロー・モンキーであるということを、自覚し過ぎるくらいしてるんですかね。

市川:表現的にも、英語と日本語どっちが喋れるといったら日本語だと思って。だったら日本語で表現した方がより伝わりやすいし、自分が思っている表現ができる。

川上:自分たちも意味を感じながらできるし。

自分の歌詞はサウンドがいちばん大事で。(桜木)

D.A.N.をパッと聴いたときに、いかにも英語で歌っていそうな感じじゃないですか? そんなことありません?

桜木:もともと僕は英語で歌っていたんです。

そうなんですか。その詩は誰が?

桜木:自分でデタラメな英語を書いていたんですよ。それがすごく恥ずかしかったというか、自分は何をやっているんだってなりました。これじゃ意味ないって。

といって、意味とかメッセージ性を押し出すものかといえば、ぜんぜんそういうフォーク性もないしね。

桜木:自分の歌詞はサウンドがいちばん大事で。言葉の響きだったりとか、イントネーションとかリズムとか、サウンドに寄り添う形で。それがいちばん重要なんですけど。あとは耳に入ってきたときに、おもしろいワードだったりとか、そういうものを意識してます。ただ、歌詞に関しては自分はまだ冒険中というか。

歌詞ではないですけど、1曲めはギンズバーグを引用していますよね。あれはビートニクへの何かしら思いがあるんですか?

桜木:僕はYoutubeで見ていてサンプリングしたんですけど、あれはリズムがおもしろかった。だからなんとなくサンプラーに入れてて、スタジオでセッションしているときに、適当に流したらおもしろかったから使った。

川上:あの曲は最初にビートができてギターが乗って、「あたまに(リーディングを)入れたらおもしろいんじゃん?」ってなって流して。

桜木:ちょっとポエトリー・ラップみたいなのもおもしろいなと思って。ビートと言葉の揺らぎがいいと思ったから。

市川:あのことばの意味を出したいというよりは、言葉のフローじゃないですけど、流れがいいねってなって、決まっただけなんです。だから、わざわざ意味として主張したいものはないですね。

なるほど、あれはビートなんですね。ビートニクというより(笑)。チェコかどっかのライヴ音源みたいですけど、わたしもあの詩をぜんぜん知らなくて、でも「ガーナ」って曲名でしょう? これって何なんだろうと思って(笑)。

川上:「ガーナってどうよ?」って言ったら「いいじゃん。響きおもしろいね」みたいになって(笑)。

桜木:曲名はあだ名なんです。

川上:曲名はみんなでぽっと決めますね。

なんかすごくコンセプチュアルなのに、そこはすごい感覚的っていう(笑)。いいですね。

川上:僕はアフリカといえばガーナだと思ったので。

市川:“ガーナ”の音は土着的だし、「ガーナっぽいね」って言ってたらガーナになりました(笑)。

カンみたいなのがありつつ、ガーナで、チェコでビートニクみたいな(笑)。

桜木:ガーナって言っている前はバスキアって言っていたんですよ。それで、「バスキアってタイトルは恥ずかしい」と(笑)。

あはは!

川上:セッションの終わりくらいに、バスキアって呼ぶのが恥ずかしくて、仮でガーナって呼んでいたらガーナになった(笑)。

人生、楽しいですけどね。(市川)

その柔構造がいいですね。個人的には、曲がメッセージを発しているとお説教を受けているみたいな気持ちになっちゃうので、いやぁ、なんて心地よい詰まりすぎない音楽なんだろうって、D.A.N.にはすごく思うんですよね。そういうひとたちなんでしょうね。

川上:そうだと思います。

世代で括る気はないんですけど、一応ゆとりと言われているひとたちよりもちょい下ですよね。

桜木:がっつりゆとりです。

川上:さとり世代って言われているんだよね(笑)。

市川:人生、楽しいですけどね。

日本がこのあと右肩上がりになることなんて絶対にないってわかっているんだけど、最初からそういうところに生まれたからわりとハッピー、みたいなね。

桜木:そういう意味か。なるほど。

川上:「恵まれてる国だから」みたいなとこですよね。

そうそう。私もそういう雰囲気はすごくわかるので、なるほどなと思うんですけど。
さて、このバンドにおけるソウルってところも訊きたかったんですけど、ヴォーカルとかもソウルフルに思えて、じつはあれは黒いって感じじゃないですよね。むしろトム・ヨークとかね、あのファルセットはそういう感じがするんですけど。なんか原点にファンキーなものとかソウルなものとかあるんですか?

川上:いろいろ好きなんですけどね。

桜木:ファルセットですか?

新しいR&Bの流れとかもあるじゃないですか?

桜木:うん。それはものすごく影響を受けてます。

なるほど。

川上:ディアンジェロの歌い方とかね。

音楽はどこで買っているんですか?

桜木:友だちのパソコンからデータでもらっているかな(笑)。

川上:彼はけっこう掘ってる。

レコード屋さんとか行きますか?

桜木:僕がわりとふたりに流していることが多いかな。下北沢のオトノマドってレコード屋さんとかですね。

どういうものが置いてあるんですか?

川上:「見たことねぇ!」みたいなのばかりでおもしろい。

桜木:フォークとかもあるし、ソウルやファンクもあるし。フュージョンとかジャズとか、ブリストルとか。あとエレクトロとかアンビエントもあるし。クラウトの実験的なものだったりとか。中古もあるし、新品もあるし。

市川:セレクトショップみたいなね。

桜木:そことかはわりと見たりしていますね。あとは友だちに「最近何を聴いてんの?」って聴いたりとか、そういうのですね。

なるほど。やっぱり根本はインディ・リスナーなわけですね。そしてそういうところに、D.A.N.も置かれる音だと思いますよ。アルバムも楽しみにしています。

TETSUJI TANAKA - ele-king

TETSUJI TANAKA / "LIQUID FUNK HISTORY SET" CHART 15選

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