遠くから眺めると光ばかりの美しい夜の都市は、寄ればそれがさまざまな要素の過密な集合であることを露呈する。同じように、大雑把な環境で聴けば抒情的なエレクトロニカだと思われるagraphの音楽は、微視的に検分すれば、音響的な配慮をきわめてコンセプチュアルに凝らされた、細密な情報の塊であることが見えてくる。
寄っても寄っても細部がある。それは世界の構造を模写するようでもあり、あるいは音のオープンワールドともたとえられるかもしれない。その意味で、agraphは彼自身がそう述べるように「表現者」ではない。つくる人、だ。
![]() ![]() agraph the shader ビート |
だから、彼が彼自身を「作曲家」と呼ぶのはとてもしっくりくるように思う。エゴを発信するのではなく、世界の構造をつくることを自らの仕事だとする認識。さらには、これはagraphの憧れと矜持とをともに表す肩書きでもあるだろう。作曲家とは、スティーヴ・ライヒなりリュック・フェラーリなり、彼が思いを寄せる先人たちに付せられた呼び方でもあるから。
しかし、そうした偉大な名前や以下語られる愛すべき小難しさにもかかわらず、agraphの音楽は本当に開かれていてポピュラリティがある。この『the shader』は、たとえばフィリップ・グラスの『フォトグラファー』が多くのひとに聴かれたというように、ジャンル意識や予備知識にわずらわされない地点で、ミニマル・ミュージックを更新する。
ポップなものが偉いと言うわけではない。しかし、たとえば“inversion/91”が、そうした彼の中の両極端な嗜好や音楽性をとても高い水準で結びあわせていることに感動せざるをえない。わかりやすいのではなく、普遍性がある。自由でありながら、聴かれるということを考えぬいている。自分の神に正直でありながら、ひとが見えている。「ミュ~コミ+プラス」とインディ・ミュージック誌とにまたがって新譜を語る。そんな若いひと、じっさい他にいるだろうか。
オーディオセットの前で腕組みをして聴けばそれに応えてくれ、雑踏や車中に聴けば、何気なく置かれたバケツさえ、本作の持つ「構造」の上に配置されたものであるかのように感じられる。これを書き終えたら田舎の母親に商品リンクをメールしてあげようと思っている。彼女はきっと「なんやわからんけど、いいわ~」と言ってくれるにちがいない。「なんやわからんけど」が時代を進め、「いいわ~」が時代をなぐさめるだろう。それはオーヴァーグラウンドでもアンダーグラウンドでも変わらない。筆者にとっても本作は2016年のベストだ。
agraph / アグラフ
牛尾憲輔によるソロ・ユニット。2003年、石野卓球との出会いから、電気グルーヴ、石野卓球、DISCO TWINS(DJ TASAKA+KAGAMI)などの制作、ライブでのサポートでキャリアを積む。ソロアーティストとして、2007年に石野卓球のレーベル〈PLATIK〉よりリリースしたコンビレーション・アルバム『GATHERING TRAXX VOL.1』にkensuke ushio名義で参加。
2008年にソロユニット「agraph」としてデビュー・アルバム『a day, phases』をリリース。WIREのサードエリアステージに07年から10年まで4年連続でライヴ出演を果たした他、2010年10月にはアンダーワールドのフロントアクトを務めた。2010年にはセカンド・アルバム『equal』をリリース。2016年2月、サード・アルバム『the shader』が発表される。
■agraphさんのインタヴューってけっこうたくさんネットで読めるんです。なので、基本的なバイオの部分をざっとまとめさせてくださいね。
まず、石野卓球さんにご自身のデモ──イタロ・ディスコを聴いてもらうところからはじまるんですよね。そこでかなり辛い反応をもらって、もっと自分に素直に音をつくらなければと反省・奮起なさる。そしていまの音楽性というか、agraphの始点ともなる“Colours”(コンピ盤『GATHERING TRAXX VOL.1』にkensuke ushio名義で収録)が生まれる。
agraph:はい。
■そして、その「素直」につくった音楽がやがてファースト『a day, phases』(2008年)になり、そこからダンス要素なんかも引いていって、さらに正直に自分の音を追求していく先に、セカンド『equal』(2010年)が形を結んでいく、と。
agraph:はい。
■その追求の過程にはレイ・ハラカミさんであったり、カールステン・ニコライだったり、あるいはエイフェックス・ツインであったり、そういったアーティストへの素朴な憧憬も溶け込んでいるでしょうし、ジョン・ケージからスティーヴ・ライヒ、あるいはマルセル・デュシャンといった人たちの思考なり実験なりの跡が、まさに「graph」として示されている……。
agraph:いやあ、「はい」しか言えないですね。
■すみません、強引に物語みたいにしちゃって。そこまではいろんな記事に共通する部分なんですよね。なので、「はい」と言っていただければひとまず次に進めます(笑)。
agraph:はい。すべて私がやりました(笑)。
僕がこれまで影響を受けてきた要素を俯瞰的に配置することが、今回の作品をつくっていておもしろかったことです。
■ありがとうございます(笑)。では今作はというところですが、すごく部分的な印象かもしれないですけど、冒頭の“reference frame”の声のパートだったり、ラストの“inversion/91”のマレットを使う感じとかライヒっぽいんですけど──
agraph:ああ、マレットを使おうとすると、どうしてもああいうフレーズが出てきてしまうというか。ライヒの印象が骨身に沁みているんですよね。他の曲でも使っている「フェイジング」っていう技法なんかもそうで。
■なるほど、でも今回念頭にあったのはリュック・フェラーリなんだそうですね。
agraph:リュック・フェラーリのほうが大きいですね。ケージであったりライヒであったり、僕がこれまで影響を受けてきた要素を俯瞰的に配置することが、今回の作品をつくっていておもしろかったことです。その配置の仕方とか俯瞰的に見るという行為自体がフェラーリの影響ということになるかもしれない。
■“プレスク・リヤン”だと。
agraph:そうですね。ひとつひとつのメロディとか、あるいは細かいアレンジを追っていくと、それぞれライヒだったりいろいろな影響があると思うんですけど、それはもう一要素に過ぎないというか。
■たしかに、そういう部分もあるというだけですよね。なるほど、ご自身の影響源を意識的に編集してるわけですね。
agraph:そうですね。それからサーストン・ムーアがやった“4分33秒”。あれは音が鳴っている“4分33秒”なんですね。演奏を4分33秒分切り取っているというだけ。つまり、4分33秒っていう枠の中で何かが起きていればいいっていうところまで音楽を俯瞰的に見ているんですよ。そういうことにすごく共感したということもあります。ミュージック・コンクレートみたいなものって、とても現代音楽的なアプローチなんだけど、その構造自体がおもしろいというか。3曲め(“greyscale”)なんて、ラジオ・エディットをつくったりするようなキャッチーなフレーズの出てくる曲ではあるんだけど、それもじつは、そんなフレーズなりメロディがあって、後ろには不穏なテクスチャーが鳴っていて……というパースペクティヴがおもしろいのであって。
そうやって構造をつくると、世界観が立ち上がると思うんですね。……世界観というか、雰囲気というくらいの曖昧なものですけれども、そのかたちをつくりたかったんです。
■なんというか、前作の『equal』について、「イコール」っていうのはバランスなんだというようなことをおっしゃっていましたよね。世界を構成している情報量はものすごいわけだから、人間にはその全部は処理しきれないと。全部受け取ったらパンクしちゃう。でも、どうやったらパンクしないで適度に世界を感知できるのかっていう、その適度さを探るための調節弁がイコールなんだ──強引にまとめると、そういうようなことを説明されていたと思います。
agraph:そうですね。
■で、そうやって世界の情報量を適度に調節することが『equal』の取り組みだったとすれば、いまのお話をうかがう限り、今作はその構造自体を……
agraph:うん、構造自体を把握すること。『equal』について思っていたことはその通りなんだけど、いま言われたような言葉で考えたことがなかったので、なるほどなあって感じですね。今回のアルバムはすごく長い時間をかけた結果、ものすごく細かいことをやれていて、『equal』に比べてずっと情報量も多いと思うんです。メロディを追いきれないし、リズムのパターンに乗りきれないし、コードのプログレッションを把握しきれないと思う。で、そこまで突き放すと、音楽を俯瞰的に見れるんですよね。主観的に歌おうとか踊ろうとか思わないから。そして、そんなふうに前のめりに聴けなくなったときに、構造が見えてくる。そこに世界観が立ち昇る。……と、思うんですよね。今回の制作にあたっては、本当によくリュック・フェラーリを聴いていた時期があったんです。そのときは、意識があるんだかないんだか、寝てるんだか起きてるんだかが曖昧で、ぼやっと視界を把握していたような、すごく説明しづらいリリカルな状況が生まれてきたりしましたね。

inversion/91”……あの曲ができたときに、このアルバムのことがわかった。
agraph:それからもう一点。“inversion/91”っていう曲は、アントニー・ゴームリーっていう彫刻家のつくった「インマーション(IMMERSION)」っていう作品をオマージュしてるんです。日本語では「浸礼」ってタイトルで呼ばれてたりします。コンクリートの塊なんですけど、中に人型の空洞があるんですよ。それで、「浸礼」っていうのはキリスト教の儀式のひとつなので宗教的な意味がある作品なんだとは思うんですが、僕がその作品を見たときに感じたのはもっとちがうことなんですね。その……彫刻って、彫り上げたり作り上げたりするものじゃないですか。たとえば人型であるならば木から削り出したり粘土で練り上げたりする。でもこの作品は、空間をコンクリートで埋めることで空間を削りとる作品なんだなと思ったんですよ。ということは、これは彫り上げ作り上げるという意味での彫刻の概念に、マイナス1を掛けたものだなって。反転してるんですよね。
■あ、「反転(inversion)」ってそういうことですか! うまい。
agraph:そうです。でも同時に、これは彫刻の概念そのものだとも思った。彫刻って何? と問われたときの答え。辞書にこのまま載っていいものだって感じたんです。背理法で考えると、これの反対が彫刻になるっていうことだから。
■なるほど、それで「マイナス1を掛ける」っておっしゃったわけですか。
agarph:そう、絶対値は一緒なんだけど反対側に行っている。だから、逆に、向こうに彫り上げているものが鮮明に見える──というのはただの僕の解釈なので、そんなこと作者はもとより、誰も思ってはいないかもしれないですけども。
で、今回は、音楽に含まれる構造を意識させるっていうことに、最後の曲で行きつけたので、そういうアルバムなのかなと思いました。
■おお、ラストの曲で「反転」ってタイトルを見ちゃうと、つい短絡的に「これまでやってきたことをひっくり返す」みたいな意味かなって想像するんですけど、ひっくり返すんじゃなくて反対側に出っ張るみたいなニュアンスなんですね。
agraph:そう、反対側に出ることで、いままでやってきたことがよく見えるってことです。なんか、狙ったというよりは行きついたという感じで。アルバムのタイトル『the shader』のベースには文学的なコンセプトがあるんですけど、それは同心円状に影響が広がっていくというようなものなんですね。で、その円のエッジの部分に“inversion/91”があったんです。そこまで行きついた……だからあの曲ができたときに、このアルバムのことがわかった。
僕は「表現する」っていう言葉がすごく嫌いで。インタヴューとかで思わず「表現する」って言っちゃって、「つくる」って言い直すんですけど(笑)。
■「同心円状に広がる」というのは、さっきおっしゃっていた、(世界の)構造部分を築くことによって上に表れてくる影響、みたいなことですか。
agraph:そうです。構造っていうのは、いちばんマスな話なのでもちろん大事なんですが、『the shader』っていうタイトルについて、いちばん最初にその言葉の器に入れる水としてあったものは、もうちょっと感覚的なんです。散歩しているときのことだったんですが、ちょうど陽が昇ってきて、そのとき、木についてる葉っぱの、葉脈が透けて見えたんですよ。で、葉が光を隠すことによって、光がそこにあることを理解できるなって思った。「影なすもの」によって光は感知される。それで「影なすもの=the shader」というタイトルにしたんです。同心円状に広がっていく上に、影を成すなにかがあって、それによって構造がわかるという、そういうコンセプトで。まあ、それは文学的な意味においてのことなので、わざわざ言うものでもないんですけど。
■なんか、コウモリって目が見えなくて、超音波をぶつけて、その反響というか跳ね返りでモノがそこにあることを感知するっていいますけれども、agraphさんが物事を理解するやり方自体が、ちょっとそういう独特の傾向をもっておられるみたいに感じますね。今作のコンセプト云々にかかわらず。
agraph:単純に、僕には物理趣味があって。詳しくはないんですけど、そういう本を読むのが好きなんです。統一場理論とか相対性理論とか。そうした世界のありかたみたいなものを読んでいると、ちょっと神秘主義すぎるかもしれないけれど、翻って音楽の場合はどうなのかなって、観測者の立場みたいなものに立って考えてしまう。そうすると、いまソナーに喩えてくださいましたけど、自分は少し引いて、俯瞰したところから物事をつくっていきたいんだろうなって思います。
■agraphさんの音楽は、表面的な音の上ではベッドルーム・ポップに近接するものとして考えることができると思うんですけど、でもベッドルームって、ある意味では自意識の延長みたいな場所じゃないですか。あるいはロックのような音楽も自分の内側からじかにつかみにいくものだったりしますよね。agraphさんはそういうエゴというか、直接的に世界をつかみにいくみたいなことはぜんぜんないわけですか。
agraph:僕は「表現する」っていう言葉がすごく嫌いで。それ、あんまりよくわかんないんですよ。なぜ嫌いかっていうこともよくわかんないんですけど。だから、よくインタヴューとかでも思わず「表現する」って言っちゃって、「つくる」って言い直すんですけど(笑)。
■ああ、なるほど!
agraph:自意識みたいなものを自分で言ったり、「俺はこうなんだ」っていう意識をすることがすごくイヤで。それは思い返せば自分のアート趣味に根ざしていると思うんですけどね。個人的にはまずデュシャンがあって、ジョセフ・コスースがあって、90年代のターナー賞作家たちがある。つまり僕はネオ・コンセプチュアリズムのアーティストが好きなんです。たとえば日本なら2011年以降に顕著だと思うんだけど、リレーション・アートみたいなものが主流にあるじゃないですか。アートにはサジェストがあるべきものだし、90年代以降は、そのサジェストの方向が人間だったり社会だったりに行くものが多く目について。僕、そういうものにまったく興味がないんですよ。コスースとかって、ひとつひとつの物体に対して、その先にあるアイコンを目指していくっていうか、イデアを目指していくじゃないですか。そういうふうに概念自体を語り上げることに興味がある。人間には惹かれないんです。
■ははは! たしかに「表現する」っていうと木から像を彫り上げていくみたいな方向のニュアンスですよね。

サンプリングとコンクレートって、誤用があるんですけど、まったくちがうものなんですよね。絵画と写真くらいちがう。
■ところで、agraphさんはあまりサンプリング・ミュージックというか、ヒップホップ的な方法にはならないですよね? “プレスク・リヤン”というお話も出ましたが、テープ・ミュージックのようなものがイメージされていて。
agraph:意識しているわけじゃないんですが、そんなにサンプリングはやらないんですよ。サンプリングっていう手法を取りはじめたこと自体が最近で。
■前作の中の“a ray”とかはビル・エヴァンスをサンプリングされてますけども、なんというか、ヒップホップのサンプリングとはちょっと発想がちがうような感じがするというか。
agraph:サンプリングとコンクレートって、誤用があるんですけど、まったくちがうものなんですよね。絵画と写真くらいちがう。それで僕の場合、コンクレートでありたいという気持ちが少しあるんです。いわゆるカットアップの手法とかは自分の中にあまりない。……職業柄、たとえば電気グルーヴの仕事をするときに、サンプリングをしたりということはあるので、技術としては知っているんですけど、僕のルーツになくて。
■あはは。
agraph:日本でコンクレートをちゃんとやったり、論じていらっしゃる方として、大友良英さんとか鈴木治行さんがいらっしゃいますよね。僕の通っていた大学には鈴木さんがいらっしゃったんですよ。僕は指導を担当いただいたわけではないんですけど、尊敬も影響もあって、コンクレートについては調べたりもしたんですね。そんなこともあって、音を録る、録音して使うっていうっていうほうに意識が向かなかったんです。
■そうなんですね。加えて、ビートへの意識なんかもそれほど強くはないというか。どちらかというと音響に関心が向かれるという感じなんでしょうか。
agraph:そうですね。ビートっぽいもの、「ステップ」のつくもの、あるいはグライムだったりとか……そういうものはまったく通ってないんですよね。マネージャーさんによく「お前は黒さが足りない」って言われるんですけど(笑)。
■黒さ信仰はありますよね。コンプレックスというか。でもagraphさんは自由でいらっしゃる(笑)。
agraph:いやいや、僕はコンプレックスだらけですよ。だからこうやって難しげなことを言って虚勢を張ってるんですよ(笑)!
いつかもっと何も気にしなくなったときに、きっと「ピー」とか「ガー」とかやっちゃうんだとも思うんです。それをやるために必要な経験はものすごく大きいはず。
■でも、「難しげ」とはいいつつ、agraphさんが目指されているのは一種の快楽性でもあると。他のインタヴューでも読んだんですけどね。それはやっぱり、ミュージシャンとしての目標というか。
agraph:そうですね、ミュージシャンというか、ポピュラー作曲家としての矜持なのかなあと。
■「ポピュラー作曲家」という意識がおありになる?
agraph:あるんですよね。象牙の塔にいるわけじゃないですし。音大閥どころか、ちゃんとした音楽教育を受けているわけでもなくて、憧れているだけなんですよ。いま普通のひとが小難しい現代音楽といって思い浮かべるのは、滅茶苦茶やってるようにみえる曲だと思いますけど、そういうものも書けないし、数学を使ったようなもの、みたいなものも書けないし。自分のできることの範囲でそういうものへの憧れを取り入れて、つくりあげていくというだけなんです。
■よりポピュラリティのあるものを積極的に目指されたいということではなく? 「ポピュラー作曲家」みたいなかたちを意識されるのはなぜなんですかね?
agraph:なぜなんでしょうね。僕はこの5年間、agraphとして音楽をつくっていたので、agraph以外ほとんど何もやっていなかったんですよ。つまりポピュラリティのあることをやらせていただいてたというか。電気グルーヴでもやらせていただいたり、アニメの劇伴だったり、LAMA(中村弘二、フルカワミキ、田渕ひさ子とのバンド)だったりとか。だから、その揺り戻しでもっとマニアックなことをやっていてもおかしくないはずなんですけどね。
■なんでしょう、原体験みたいなものと関係があるとか?
agraph:ああ、TMNETWORKとか。それもそうかもしれないですけどね。
■だって、憧れているものと、目指されているものが、すごいちがってるじゃないですか(笑)。ある面では。
agraph:いやあ、でも、僕が「ピー」とか「ガー」とかってノイズだけ出していたら、こんなふうに取材に来てくれないじゃないですか(笑)。それに、「ピー」「ガー」っていうのは、自分だけでできることなんですよ。だけど、それを一人でやるには自分にはまだ深みがないというか。いまは、より難しい音楽を追求するのと、もっとポピュラリティを持ったものの間にいて、遊んでいたいという感じなんです。僕が今回のアルバムでやったようなことって、一生はやれないと思うんですよ。
でも、いつかもっと何も気にしなくなったときに、きっと「ピー」とか「ガー」とかやっちゃうんだとも思うんです。それをやるために必要な経験はものすごく大きいはず。表面的には、やろうと思えばすぐにやれちゃうことなんですね、それって。でもちがいを出すのはとても難しいんです。そのためにいまは人のできないことをやったりしたい。
■いまは、ポップ・ミュージックという形態を通して他者に出会う、みたいなことでしょうか。しかして、ひとりでやれる「ピー」「ガー」に向かう……。
agraph:そうかもしれないですね。そういう音は、いまは昔よりずっとつくりやすくなっているはずなんですけどね。でも最初からそうしていたら……もしagraphをやっていなかったら、僕は電気グルーヴの裏方ではあったかもしれないけど、ステージでやることはなかったかもしれない。バンドも組まなかったかもしれないし、mitoさんとやることもなかったかもしれないし、劇伴やプロデュース、楽曲提供だってそうです。そういうところの経験は、誰もかれもが持っているものでもないから、おもしろいものにつながるんじゃないかなという期待もあるんです。先の見通しはぜんぜんないので、どうなるかはわからないですけどね(笑)。
agraph - greyscale (video edit)
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普通のポップ・アルバムとして聴ける要素を残したいし、(抒情的なピアノが用いられていることは)ポピュラリティのある作曲家としての矜持なのかもしれないです。
■さて、ではアルバムの話に戻りまして。冒頭の曲のタイトルなんですが、“reference frame”っていうのは何の「基準」なんですか?
agraph:「こういうアルバムですよ」っていう。
■ははは! すごい。
agraph:これからいろんなことを言いますけど、こういうグラフになってますよ、という。x軸とy軸がこう引かれてますよ、基準点はこれですよと。
■なるほど。では、その基準点にピアノが鳴っていることの意味を考えたりとかしていくのは、ちょっとちがいますか?
agraph:なるほど、そこは、配置のひとつというか。今回はひとつひとつの楽器自体にそれほど意味はないんですよね。
■冒頭でピアノが出てきて旋律が奏でられると、つい叙情的なアルバムの幕開けと考えてしまうというか。
agraph:いえいえ、それもそうだと思うし、さっきの快楽性の話もそうですけど、普通のポップ・アルバムとして聴ける要素を残したいし、ポピュラリティのある作曲家としての矜持なのかもしれないです。もちろんどう取っていただいてもかまわないんですけどね。僕自身としては、よくピアノのことを指摘されはするんですが、そんなに意識していないんです。というか、あんまりピアノを弾いていたときの意識自体が残ってないかも。今回、構造のことを考えた記憶はあるんだけど、ひとつひとつの音のことを覚えていないんですよね。
僕はこの5年間のうちに、一度アルバムを放棄しているんですけど──『equal』のつづきになるからやめよう、って思って捨てちゃったものがあるんです。で、今回はそれをコンクレートでいうテープみたいなものとして使ってつくっているんですけど、そうすると5年前の自分のことなんて覚えていないから、本当に再配置という感じだったんですよね。演奏しているときの細かい意識のことは覚えていない。
■ピアノ弾きみたいな意識はないんですね。なるほど。
agraph:いろんなひとに出会う中で、僕よりピアノに思い入れのある人はいっぱいいるなあって思って。じゃあ僕はいっか! と。音に対するフェティシズムはあるので、使っている音はいっぱいあるんですけどね。
同心円状に広がる時間はきっとあると思うんですよね。そうだ、「時間」は今回の裏テーマだったと思います。
■“asymptote”という曲ですけれども、「漸近線」というとこれは「基準」たる“reference frame”に対して漸近していくという?
agraph:“reference frame”でxとyを引いて、ああ漸近していくんだなあという。
■交わらないという。その交わらなさって何のことなんですかね?
agraph:あれは、終わらない曲なんですよ。もちろん時間で切ってますけれどね。そういうふうに極限にいたる、というか。同心円状に広がっていくっていうイメージのお話もしましたけれど、この曲は、その先がどこまでもどこまでも、極限まで行くんだろうなって思ったんですよね。有限ではあるんだけど果てがない……そんな意識をつくっていこうとした曲ですね。
■終わらない時間というのは、なにか、リニアなものとしてのびていくイメージでいいんですか?
agraph:同心円状に広がる時間はきっとあると思うんですよね。そうだ、「時間」は今回の裏テーマだったと思います。音楽って時間芸術であって、時間以外に音楽を特徴づけるものはないというか、時間しか持っていないということが音楽の唯一の特徴だと──僕はそう考えるので。“inversion/91”では時間の使い方に発展や発見があったけど、“asymptote”も「終わらない、極限にいたる」というところで、時間に対する意識が強かったですね。逆に1分くらいの曲もつくってみたいと思ったけど(笑)。
■そういえば終わらないわりに短く切られている。
agraph:「終わらない」と「始まらない」は同じかなと。
抒情的でロマンティックな部分というのはやっぱり要素なんですよね。自分がピアノを弾いているときの気持ちは封入されているんだけど、それはすべてもう息をしていない。
■「すべての要素をドライに配置しただけ」というふうにおっしゃいますが、その語りの中にもしかしたらトリックがあるのかもしれないですけど、でも一方で、もっと普通にドラマチックな、エモーションの幅を感じるようなところもあるんですが。
agraph:それはね、いま思い返すとなんですけど、アンドレアス・グルスキーの、ジャクソン・ポロックの絵を撮った作品があるんですけど、僕はその写真がすごく好きで。ポロックのああいうアクション・ペインティングみたいなものって、すごく熱量をもって描かれるものじゃないですか。関連して、「絵の中にいるときに絵なんか意識しない(=自分が何をしているかなんて意識しない)」っていうような言葉もあったと思うんですけど、そんなふうにつくられるものの、その写真を撮るっていうのはすごい残酷なことだなと思ったんですよね。ポロックの無意識とか、絵の中にいるというすごくエモーショナルな状態をパッケージしてしまう。封をしてしまう。真空にしてしまう。その行為ってすごく力のあることだなと思って。それで、僕の音楽をエモーショナルに聴けるというのは、さっきの話のように、ひとつひとつの要素としてピアノを弾いているし、盛り上げるためにエフェクトを使っているし、叙情的な部分も含んでいるからなんだけど、それを一歩引いてパッケージするということでもあったかもしれない。だから、抒情的でロマンティックな部分というのはやっぱり要素なんですよね。自分がピアノを弾いているときの気持ちは封入されているんだけど、それはすべてもう息をしていない。
■撮られて配置されている。なるほど……こんなふうに作者に解題を求めるのって、はしたないことなのかもしれないですけど、やっぱり聞いておもしろいこともあると思うんですよね。
agraph:いや、僕もなるべく言いたくないんですけどね。文章家じゃないし、伝わり方だっていっぱいあるし。でも音楽雑誌とか批評で自分の評価が辛いと、わー、伝わってなーいって思いますね(笑)。
■あはは!
agraph:傷ついて帰って、枕を濡らすんですよ。
■そんな抒情的なシーンがあったとは(笑)。

すごく悔しいんですけど、OPNには耳を更新されたという気持ちがあって。
■一方で、部分や要素で聴くと“reference frame”のマレットというか、マリンバみたいな音が出てくる部分は、一瞬OPNみたいになったりもするじゃないですか。
agraph:ギャグですけども(笑)。
■「ニヤッ」て言うとちょっとやな感じですけど、すごい同時代のものが聴こえてうれしいというか。
agraph:すごく悔しいんですけど、OPNには耳を更新されたという気持ちがあって。今回リュック・フェラーリを聴いていた時期とOPNやヴェイパーウェイヴを聴いていた時期があるんですけど、後者については誰もべつにメロディもコードもリズムも聴いていないと思うんですよね。僕自身はそうで。そこに立ちのぼっている湯気のような世界観だけを聴いている。リュック・フェラーリもそうなんです。それから、とくに理由もないままリュック・フェラーリとベーシック・チャンネルを聴いたりもしていたんだけど、ベーシック・チャンネルもそうだしアンディ・ストットもそうだと思って。テクノとかハウスとかも、それからカールステン・ニコライにしても、僕はテクスチャーと世界観を眺めているというか、それが好きだと思って聴いていたんですよね。僕の聴取体験の中では、歌える部分や踊れる部分に惹かれて聴いていたこともあったけど、いまはそういうことがないなと思いました。そういう気づきのきっかけにはなりましたね。
■OPNを似たようなアーティストと分けているのはコンセプチュアルなところかなと思いますね。アルカとかはその点、一時の若さで成立しているものでしかなくて、それが美しくもあるけど圧倒的に弱いというか。
agraph:彼もまた構造的なんだと思うんですよね。一つ一つの要素には、どうしても読み取らなきゃいけないような意味はない。そこには勝手に共感を覚えるんです。アラン・ソーカル事件はご存知ですか? アラン・ソーカルというひとが、ある哲学論文を評論誌に送るんですけど、それは文学とか哲学にすごく難解な数学とか物理とかを結びつけて書かれた、まったくでたらめな意味のないものだったんです。当時はそういうものを結びつけるのが流行っていたので、彼はわざとそういうことをして、そのでたらめさが見破られるかどうか試したわけなんですよ。でも、評論誌には「そういうものを結びつけるのはよくない」という意見に反論する論文としてそれが掲載されてしまったので、ほらやっぱり意味がないじゃないかということになった。……という時代に、まさにフランスの現代思想を数学と結びつけていた急先鋒である女性哲学者がいるんですが、OPNが彼女のことをフェイヴァリットに挙げているのをたまたま見て。僕は彼とも話したんだけど、彼はこの事件のことを知らないと言いはっていた。でも、たぶん嘘じゃないかって(笑)。
■ははは! ええ、だって……
agraph:そう、だって、あんたがやっていることがアラン・ソーカルじゃないか、と。
■いや、お話の途中でオチが見えましたよ。たしかに。
agraph:僕はそこに勝手に共感するんですよね。いや、本当に知らないんだと思うんですが(笑)
■agraphさんご自身がたとえ時代やシーンを意識していなかったとしても、OPNがいたりagraphさんがいたり、それぞれの点が結びたくなってしまうように存在しているんですよ。その意味で時代性のあるアーティストさんなんだと思うんですが。
agraph:いやー、早く見つけてほしいですよ。
ヴェイパーウェイヴは、90年代の文化、っていう具体的な形をテープにしてるんだと思うな。あれは写真に近いんじゃないかな。すごく偽悪的な。
■しかし意外だったのがヴェイパーウェイヴをちゃんと聴いていらっしゃるというところで。いったい、牛尾さんにヴェイパーウェイヴなんて必要なんですか?
agraph:ヴェイパーウェイヴは単純に質感がよかったです。流行った頃は好きでした。もうけっこう経ちますよね。
■でも、あれこそはサンプリング・ミュージックの──
agraph:いや、僕はあれコンクレートだと思う。
■なるほど。とすると、インターネットという環境からの?
agraph:うーん、90年代の文化、っていう具体的な形をテープにしてるんだと思うな。あれは写真に近いんじゃないかな。すごく偽悪的な。
■へえ! 表面的な行為としては、「ネット空間からゴミをたくさん拾ってきてどんどん奇怪なものをつくりました」ってだけのイタズラか遊びみたいなもので、でもそのこと自体が時代の中で批評的な意味を帯びて見えたわけですよね。ただ、ご指摘のように、引っぱってこられるネタがなぜかしら特定の年代や国に固執しているのはたしかで。それで盛り上がったんだという部分も否定できない。
agraph:そうそう。おもしろいんですよ。それに、もっと僕の個人的な趣味嗜好の部分で言うなら、シンセサイザーの音色について発見があったということですね。90年代の前半の音がわりと使われているじゃないですか? 僕は83年生まれなので、ちょうどそのころは意識が芽生えはじめた時期なんです。だから、そういう音がいちばんカッコ悪く感じられる。絶対にさわっちゃいけない音色だったし、シンセサイザーだったんだけど、それを忘れていたところに放たれたカウンター・パンチだったんですよね、ヴェイパーウェイヴは。あの時期「~ウェイヴ」はいっぱいあったけど、僕はそのなかでいちばんおもしろかったかな。在り方が。
■結局ジェイムス・フェラーロとかは現代美術館にまで入りこみましたからね(東京アートミーティングⅥ “TOKYO”──見えない都市を見せる https://www.mot-art-museum.jp/exhibition/TAM6-tokyo.html)。
agraph:そうですよね。それもわかるんですよ。ただ──さっき触れたように、彼らの求めるテープの先が90年代なのだとすれば、きっと、社会だったり文化だったり人類だったり、「ひとの営み」に視座があるじゃないですか。僕の趣味からすれば、そこには興味がないんですよね。
■なるほど、構造と、あとは音だったと。
agraph:リュック・フェラーリは2007年に亡くなっているんですけど、作品はいまも出ているんですよ。それは彼が遺した作品の中に、このテープを使って何かやれっていうようなものがあるようで。たとえばそれで、奥さんであるブリュンヒルド=マイヤー・フェラーリさんが作品をつくられたりしている。その構造と同じかなと思うんです。僕は奥さんも音楽家としてとても好きなんですけどね。
僕は詩に対する理解がまったくないんです。
■ところで、「言葉」っていうレベルにはとくに探求しようという欲求はないんですか? 言葉というか……ライヒとかには、たとえば“テヒリーム”みたいなものがあるわけじゃないですか。ルーツにつながるヘブライ語の中に降りていくというか。今回の作品の中にも声とか言葉を持った部分がありますけど、今後そういうテーマなんかは?
agraph:あれはすごく迷いました。人間を描くのがいやなので、発声をどうしようかなと思って……音楽を規定するときに詩が入ってくるのがすごくいやなんですね。僕は詩に対する理解がまったくないんです。大学ではケージの『サイレンス』の詩を扱ってもいるんですけど、でもやっぱり自分でつくるというのは難しかったですね。セカンドで円城塔さんに文章をお願いしたのは、あの方だったら意味にとらわれない複素数平面を音楽と言葉でつくれるんじゃないかと思ったからで……。なかなか難しいですね。
■そうか、前作には円城さんが添えておられますよね。でも、「詩」というと複雑になりますけど、「言葉」というともうちょっと算数や科学で扱えそうな対象になりませんか。
agraph:それはまだ僕の能力不足ですね。群論的な──言葉が指し示すことができる領域とそうでない領域があるという、そういう複雑系の話から使えるものは出てくるかもしれないですけど、理解も足りないし。
■いやいや、五・七・五・七・七って、もう千何百年も残ってきた韻律ですけど、あれとかをagraphさんが微分積分してくださいよ。
agraph:あれはおもしろいですよね。「タタタタタ・タタタタタタタ・タタタタタ」……。僕は子どものころからああいう韻律をぜんぶ変数にして、たとえば「タタタタタータ」っていうリズムがあったとして、そこに何を入れるのがおもしろいかっていうのを考えていたんですよね。「ハシモトユーホ」とか、入りますね(笑)。韻律っていうものにはすごく興味があるんだけど、でも自分の中ではなかなか解決のつかない要素が多いから、いつかは。
■agraphさんがやってくれないと。楽しみにしていますね!

5年間で、過去3日だけ霧がかかった日に巡り会えて、いまのところその3日は逃さず写真を撮りに行っているんですよ。
■最後に、今作のジャケットについてうかがってもいいでしょうか。アートワークとして用いられているのは、ずばり渋谷です?
agraph:あれは●●●●です。内緒です。
■内緒ですか(笑)。
agraph:特定できるものを何も残したくないんですよね。インタヴューでこんなに話しておいて言うことでもないですが(笑)。「何だろう?」って思ってほしくって。アルバムをつくるときに杖の代わりになるような写真を撮ることがあって、その中の一枚です。
■「何だろう?」って思いましたよ。ご自身で撮られた写真なんですね。
agraph:そうです。
■最近は、アー写ひとつとっても、ミュージシャンがどこの街で写ってたら画になるんだろうというのがわからなくて。渋谷下北ではないし、どこで写ってたとしても「たまたま」というだけで。そもそも地理が何も語らないというか。
agraph:ないですよね。
■あのジャケは、だからといって「どこでもなさ」を表している感じでもなくて。
agraph:この5年間で、過去3日だけ霧がかかった日に巡り会えて、いまのところその3日は逃さず写真を撮りに行っているんですよ。それでたまたま撮れたものなんですが。
■構造の上に霧のように立ち上がる世界っていうイメージにもつながりますね。
agraph:もやっとしたもの。それに、器に注ぐ水が「shader」(=影なすもの)であるという、作品のコンセプトも出せればなと思いました。
■では記事の中でもぜひ数枚ご紹介させてくださいね。本日はありがとうございました。
agraph - the shader(ティザー)









Jesse Ruins