「CE」と一致するもの

 今週末、ファッション・ブランドC.Eとレーベル〈ヒンジ・フィンガー〉共同の主催のイベントで来日する、ウィル・バンクヘッドとピーター・オグレディことジョイ・オービソン。当日を待ちわびている皆さんのために、なんと今回が初来日のジョイ・オービソンがインタヴューに答えてくれました。
 ここで簡単に彼の経歴の説明を。音楽のバックグラウンドはジャングルのミックス・テープにあるというロンドン在住のジョイ・オービソンのデビューは2009年。そのトラック“Hyph Mngo”はいわゆるダブステップが「ポスト」へ移行した時代の象徴的な曲として記憶されており、ジャンルを越え本当に多くのDJたちがプレイしました。
 ですがその後ドラムンベースの鬼才ユニット、インストラメンタル(Instra:mental)の元メンバーであるボディカ(Boddika)とレーベル〈サンクロ(SunkLo)〉の立ち上げなどを経て、深淵なハウスやテクノの方面に舵を取りました。ツアーでヨーロッパを回るようになった彼は、デザイナーとしてのキャリアやレーベル〈ザ・トリロジー・テープス〉で知られるウィル・バンクヘッドとベルリンで出会い、よりロウなトーンを突き詰めたレーベル〈ヒンジ・フィンガー〉をふたりで始動させ現在にいたります。
 インタヴューには普段はあまり応じていないという彼ですが、最近買ったベスト・レコードから、一緒に来日するウィル・バンクヘッドについてまで、激多忙なスケジュールのなかシンプルにそして丁寧に答えてくれました。

いまどちらにいらっしゃいますか? ロンドンの自宅でしょうか?

ジョイ・オービソン(Joy Orbison、以下JO):うん。ロンドンのエレファント・アンド・キャッスルにある家の予備部屋兼スタジオの椅子に座っているよ。

あなたの来日が決定して、多くのファンが喜んでいます。が、ここにひとつ問題があります。ロンドンと東京って結構遠くて、片道10時間くらいかかるんですよね。どうやって時間を潰す予定ですか? やっぱり本を読んだり映画を見るんでしょうか? それともひょっとして機材を持ち込んで作曲ですか?

JO :ウィル・バンクヘッドと僕の彼女の間に座ることになったから、めちゃくちゃお酒を飲むことになりそうだ。少しは眠れるといいなぁ。いつもは飛行機のエンタメ・サービスを使ってチェスをするんだ。小さな子供に連敗しないように練習しないといけないからね(笑)。

今回はしかも初来日です。DJノブといった日本のDJたちもこの日は出演しますが、日本の音楽シーンや文化に関心はありますか?

JO :日本のシーンは全然知らないんだけど、いつも耳にする音楽と日本文化の関係性にはわくわくするよ。C.Eの素晴らしいスタッフたちの協力のおかげでDJノブと同じイベントへの出演が決まったことが単純に嬉しい。最高の初来日になるといいね!

最近買ったベストのレコードは何ですか?

JO :Automat & Max Loderbauerの“Verstärker”だね。

それでは最近注目しているプロデューサーは?

JO :Herronかな。

さて、あなたのキャリアを少々振り返ってみようと思います。2009年にあなたはスキューバの〈ホット・フラッシュ・レコーデイングス〉からのシングル “Hyph Mngo”でデビューを飾り、この曲はいわゆるポスト・ダブステップのアイコンのひとつとしてみなされています。ですが、あなたは〈ドルドラム〉から “BB / Ladywell”のリリース以降、テクノやハウスの方面へシフトし現在に至っています。この転機のきっかけとはなんだったのでしょうか?

JO :個人的にはその流れを変化だとは思っていなかったんだよ。でも当時の自分が周りからどうやって見られていたのかは理解できる。 “Hyph Mngo”はそれまでの僕の曲のなかでDJやオーディエンスに一番サポートされたものだったけど、同時に僕はたくさんの曲を作っていた。当時作った曲を見てみても、ハウスやテクノっぽいものもあれば、ドラムンベースみたいなものもある。そういう曲は世間が僕に抱いていたイメージとはかけ離れているだろうね。そんな感じでこれからも縛られないスタイルで曲を作っていこうと思うんだけど、その課程でシーンや時代性の呼吸が合っていたら最高だよ。

Joy Orbison – Hyph Mngo

あなたはボディカとの共作でも知られていますが、彼とのレーベル〈サンクロ〉からの最新リリースは2014年の2月にリリースされた“モア・メイム / イン・ヒア”なので、それから1年以上が経っています。最近はボディカと曲を作っていますか? 〈サンクロ〉は日本でもすぐにソールド・アウトになってしまうので、ファンは新作を期待していますよ。

JO :ボディカとは少なくとも週に2、3日はスタジオに入るように心がけていて、しばらくの間この作業を継続していたよ。おかげで本当にたくさんの曲が完成したね。実はもうすぐ新曲がリリースされるんだ……!

ウィル・バンクヘッドは何度かDJとして来日しており、去年もアンソニー・ネイプルズやレゼットと東京でプレイしました。彼は才能溢れるデザイナーであると同時に、違ったジャンルで活動するプロデューサーをつなぎ合わせる重要な役割も果たしていると思います。そして現在、あなたはバンクヘッドとともに〈ヒンジ・フィンガー〉を運営しているわけですが、アートワークやDJスタイルを含めて彼の「作品」をどのように評価しますか?

JO :彼の作品の大ファンだよ。ユニークなものの見方をしているから、いつも僕は驚きっぱなしさ。僕の音楽やレーベルのコンセプトを可視化してくれるひとは彼くらしかいないから、出会えてすごくラッキーだ。
 それに彼のDJも本当にヤバいんだよね。たぶん僕がいままでで出会ったなかで、飛び抜けて強烈なレコード・コレクションを彼は持っているんじゃないかな。あのレコードの壁を探索するのにかなりの時間を使ったよ。あそこでは必ず特別な曲が見つかるんだ(いまそのレコードは地下室にしまってあるんだけどね)。自分自身の知識をワクワクさせるような何かに変換させることに関して、彼の右に出る者はいないと思う。なんせブジュ・バントンからフランソワ・ベイルに繋いだりするんだからね!

ウィル・バンクヘッドの作品でお気に入りを挙げるとしたら何でしょうか?

JO : うーん、難しいね……。T++の「ワイアレス」かブラワンの「ヒズ・ヒー・シー&シー」ってことにしとこうかな。

様々なスタイルを経てあなたは現在に至るわけですが、2015年に私たちはどんなことを期待できるでしょうか?

JO :目標はたくさんリリースをすることだね。とにかく目の前のことに集中しなくちゃいけないな。

それでは最後に日本のオーディエンスにメッセージを!

JO :(日本語で)「トリッキーは、お茶を作ります」

 最後のひと言がどういう意味なのか質問してみたところ、英語では“Tricky, you make the tea”と打ったようです。 “Tricky’s Team”という似た名前のタイトルの曲をボディカとリリースしていますが、それから察するにインタヴューで触れている次なる新曲の名前なのでしょうか!? 週末に期待!

Joy Orbison & Boddika – Tricky’s Team


The Trilogy Tapes, Hinge Finger & C.E presents
Joy Orbison & Will Bankhead

2015/04/24(Fri)
@ Daikanyama UNIT & SALOON

[UNIT]
Joy Orbison(Hinge Finger)
Will Bankhead(The Trilogy Tapes / Hinge Finger)
DJ Nobu(Future Terror / Bitta)
[SALOON]
Edward Occulus
Toby Feltwell (C.E)
1-Drink
Koko Miyagi
Bacon
Open/Start 23:30
Early bird 2,000yen(Resident Advisor only) / Adv. 3,000yen / Door 3,500yen
Ticket Outlets: LAWSON / diskunion 渋谷 Club Music Shop / diskunion 新宿 Club Music Shop / diskunion 下北沢 Club Music Shop / diskunion 吉祥寺 / JET SET TOKYO / TECHNIQUE / DISC SHOP ZERO / Clubberia / Resident Advisor / UNIT / min-nano / have a good time
※20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの公的身分証明書をご持参願います。(Over 20's Only. Photo I.D. Required.)
More Information : Daikanyama UNIT
03-5459-8630 www.unit-tokyo.com https://goo.gl/maps/0eMrY

2015/04/28(Tue)
@CLUB CIRCUS

Joy Orbison (Hinge Finger)
Will Bankhead (The Trilogy Tapes / Hinge Finger)
AIDA
Matsuo Akihide
qands
Open/Start 22:00
Door 2,500yen
※20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの公的身分証明書をご持参願います。(Over 20's Only. Photo I.D. Required.)
More Information : CLUB CIRCUS
06-6241-3822 https://circus-osaka.com

当日は東京と大阪の両会場にてイベントの開催を記念したC.EのTシャツの販売が決定!
CETTT T #2 (イベントTシャツ)
Price: 4,000yen (Tax incl.)
問い合わせ先: Potlatch Limited www.cavempt.com

Joy Orbison
2009年にHot Flush から〈Hyph Mngo〉をリリースしデビューを飾ったのち、〈The Shrew Would Have Cushioned The Blow(Aus Music)〉や〈Ellipsis(Hinge Finger)〉、Boddikaとの共作による〈Swims(Swamp81)〉など精巧かつ念密に構築された楽曲を次々とリリースし続ける傍ら、Lana Del ReyやFour Tet、José Jamesといったアーティストのリミックスを手がけている。ハウスや2ステップ、ジャングル、テクノ、ダブステップ、これらの要素が融合し生まれた〈ガラージハウス〉とはJoy Orbisonの作り出した“音”だと言っても過言ではないだろう。レーベル〈Hinge Finger〉 をThe Trilogy TapesのWill Bankheadと共に立ち上げるなど異質かつ独自な動きを行う中、最近ではBBC RADIO 1の人気プログラムである〈Essential Mix〉に登場するなど、トラックメーカー/プロデューサーとしてはもちろんDJとしても高い人気を誇っている。
https://soundcloud.com/joy-orbison
https://www.residentadvisor.net/dj/joyorbison

■Will Bankhead
メイン・ヴィジュアル・ディレクターを〈Mo’Wax〉で務めたのち、〈PARK WALK〉や〈ANSWER〉といったアパレル・レーベルを経て、〈The Trilogy Tapes(TTT)〉を立ち上げた。現在、前述したTTTやJoy Orbisonとのレーベル〈Hinge Finger〉の運営に加え、〈Honest Jon's Records〉や〈Palace Skateboards〉などのデザインを手がけている。2014年10月には、渋谷ヒカリエで行われた〈C.E〉のプレゼンテーションのアフターパーティでDJを行うため、Anthony NaplesとRezzettと共に来日した。
https://www.thetrilogytapes.com

■DJ NOBU(FUTURE TERROR / Bitta)
FUTURE TERROR、Bitta主宰/DJ。NOBUの活動のスタンスをひとことで示すなら、"アンダーグラウンド"――その一貫性は今や誰もが認めるところである。とはいえそれは決して1つのDJスタイルへの固執を意味しない。非凡にして千変万化、ブッキングされるギグのカラーやコンセプトによって自在にアプローチを変え、 自身のアンダーグラウンドなリアリティをキープしつつも常に変化を続けるのがNOBUのDJの特長であり、その片鱗は、 [Dream Into Dream]〈tearbridge〉, [ON]〈Musicmine〉, [No Way Back] 〈Lastrum〉, [Creep Into The Shadows]〈Underground Gallery〉など、過去リリースしたミックス CDからもうかがい知る事が出来る。近年は抽象性の高いテクノ系の楽曲を中心に、オーセンティックなフロアー・トラック、複雑なテクスチャーを持つ最新アヴァ ン・エレクトロニック・ミュージック、はたまた年代不詳のテクノ/ハウス・トラックからオブスキュアな近代電子音楽など、さまざまな特性を持つクセの強い楽曲群を垣根無くプレイ。それらを、抜群の構成力で同一線上に結びつける。そのDJプレイによってフロアに投影される世界観は、これまで競演してきた海外アーティストも含め様々なDJやアーティストらから数多くの称賛や共感の意を寄せられている。最近ではテクノの聖地〈Berghain〉を中心に定期的にヨーロッパ・ツアーを行っているほか、台湾のクルーSMOKE MACHINEとも連携・共振し、そのネットワークをアジアにまで拡げ、シーンのネクストを模索し続けている。
https://futureterror.net
https://www.residentadvisor.net/dj/djnobu

■Edward Occulus
イラストレーター・グラフィックデザイナー。2011年にToby Feltwell、Yutaka.Hとストリートウエアブランド〈C.E〉を立ち上げた。www.cavempt.com

■Toby Feltwell
英国生まれ。96年よりMo'Wax RecordsにてA&Rを担当。
その後XL Recordingsでレーベル を立ち上げ、Dizzee Rascalをサイン。
03年よりNIGO®の相談役としてA Bathing Ape®やBillionaire Boys Club/Ice Creamなどに携わる。
05年には英国事務弁護士の資格を取得後、東京へ移住。
11年、Sk8ightTing、Yutaka.Hと共にストリートウエアブランドC.Eを立ち上げる。
https://www.cavempt.com/

■1-Drink
TECHNO、HOUSE、BASS、DISCOの境界を彷徨いながら現在にいたる。 DJユニット"JAYPEG"を経て現在は個人活動中。 ときどき街の片隅をにぎわせている。
https://soundcloud.com/1-drink


interview with trickfinger (John Frusciante) - ele-king


Trickfinger
Trickfinger

Acid Test / Pヴァイン

ElectronicRockHouse

Tower HMV Amazon iTunes

 ジョン・フルシアンテを知らずにこのインタヴューを読む方はおられるだろうか。90年代から2000年代の音楽シーンをいわゆるミクスチャー・スタイルと強烈なファンク・ロックによって風靡し、いまなおその支持の揺らぐことのないモンスター・バンド、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ。同バンドのギタリストとして活躍したジョン・フルシアンテは、RHCPには欠員を埋める形で中途加入し、彼らの音に叙情的でエモーショナルな「歌」の力を呼び込んだ──名ギタリストであるとともに名ソングライターとしての力量をも遺憾なく発揮してみせた。一時の脱退から復帰したタイミングで制作された中期の名盤『カリフォルニケイション』におけるフルシアンテの功績は広く評価されるところである。そして2度めの脱退後の彼は、その才と持ち前の求道的な音楽探求と鍛錬の姿勢をよりストイックに追求し、さまざまなアーティストたちに学びながらともにアルバム制作を行っていった。そのなかで近年顕著だったのが、エレクトロニックな表現とダンス・ミュージックへの接近、またはヒップホップとの邂逅だと言えるだろう。今回のインタヴューでは、驚くべきことにそうした音楽性の萌芽と発露がすでにRHCP時代から見られ、かつ、本作が脱退直後につくられていた作品だったということが明らかになっている。新機軸かと思いきやソロ以降のディスコグラフィを倒立させなければならなくなるようなアルバムなのだ。そうしたことに思いをいたしながら耳をかたむけると、きっと新たな驚きと愛着が生まれてくることだろう。
 しかしそれにしても、ジョン・フルシアンテという人は、音楽に対してはいつになっても変わらず生真面目で、迂遠にも思われる努力と勤勉さをもって向かい合うアーティストである。あれだけのリリカルなセンスを持ちながら、まるで頑迷ともいえる彼の信念と音楽哲学──ひいては人間観──はしかし、これまでもずっとリスナーと彼の間の信頼関係を結ぶ強い紐帯でありつづけてきた。そのあたりのゆがみなさはなかば狂気的にすらみえ、また彼の楽聖的な相貌を深めてもいる。
それではどうぞ、日本国内では弊誌一誌、独占インタヴューをお届けしよう。


■trickfinger / トリックフィンガー
レッド・ホット・チリ・ペッパーズのギタリストとして知られるジョン・フルシアンテによるソロ・プロジェクト。ソロでキャリアを突き詰めたいとして2009年に同バンドを脱退し、ジョシュ・クリングホッファーやマーズ・ヴォルタのオマー・ロドリゲス・ロペス、フガジのイアン・マッケイ、RZAなどさまざまなアーティストとともにいくつかの名義で精力的にアルバムをリリース。2015年4月、本名義では初となる同名アルバム『トリックフィンガー』を発表した。

シーケンサー、コンピュータのようなエレクトロニクスの楽器の場合、限界となるのは自分のマインドだけ。だから、エレクトロニクスを扱うことで、自分の思考プロセスも早くなったんだ。

トリックフィンガー(trickfinger)というプロジェクト名にはどのような意味や意図が込められているのでしょう?

ジョン・フルシアンテ(以下、J):俺の奥さんがつけた名前なんだ。俺があるとき、トリッキーなギター・フレーズを演奏しているのを見て、「あなたはトリックフィンガーね」って(笑)。トリックフィンガーっていう名前の響きがおもしろいと思ったから、使うことにしたんだ。

あなたは近年のソロ作品について語るインタヴューのなかで、繰り返し「人間の知能と機械の知能の競合」というアイディアを語っておられますね。AIが人を超える音楽をつくり得ることがあると考えますか? また、そのときその音楽はどのようなかたちにおいて人の音楽に秀でるのでしょう?

J: そうだね。人間の思考には限界があるんだ。ギター、ベース、キーボードのような楽器を演奏するときは、もちろん思考の訓練にはなるけど、指の限界、それから人間にはふたつの手しかないという限界もある。だからそれぞれの楽器のフィルターを通して音楽に取り組むことになるし、自分の肉体の限界というフィルターも出てくる。それに対して、シーケンサー、コンピュータのようなエレクトロニクスの楽器の場合、限界となるのは自分のマインドだけ。コンピュータは人間よりも素早く計算ができるし、人間より正確だし、人間が通常の楽器を演奏するよりも、コンピュータのほうが正確に指示の通りに動く。だから、エレクトロニクスを扱うことで、自分の思考プロセスも早くなったんだ。
 アシッド・ハウスを作りはじめたときは、180BPMから190BPMの曲を作りたかった。ジャングルも作りたくて。でも俺の思考プロセスがそこまで追いついてなかった。ブレイクビーツで曲を作りはじめる前に、まずステップ・プログラミングをマスターしたかったんだ。それでステップ・プログラミングを学んで2年くらいすると、160PMから190BPMの曲を作れるようになってたんだ。いままで作った曲の中でいちばん早かったのは、250BPMだったよ。それ以上になってくると、ナンセンスになっちゃうよね(笑)。260BPMになってくると、ビートの違いがわからなくなるんだ。早すぎて、四分音符の意味がなくなっちゃう。3、4年のうちに、俺の思考プロセスが、人間の可聴範囲内での速い曲に追いつくようになったんだ。ギターで考えるよりも、脳の回転を早くさせたいと思っていたけど、それが実現した。
 俺はティーンエイジャーの頃は、エディ・ヴァン・ヘイレン、イングヴェイ・マルムスティーン、スティーヴ・ヴァイのような速弾きのギター・プレイヤーに憧れてたんだ。当時は速弾きができるようになったことが大事だったんだ。ヴェネチアン・スネアズとかスクエアプッシャーを知るようになって、彼らの音楽ではドラムのプログラミングが人間のドラマーが叩けるスピードよりも遥かに速いんだ。それに、人間の速弾きよりもぜんぜんカッコイイ。ヴェネチアン・スネアズとかスクエアプッシャーのドラム・ビートは、人間のドラマーのビートよりもカッコイイんじゃないかな? そして、ミュージシャンなら、自分ができないことに挑戦することが大事なんだよ。俺がドラマーだったら、ヴェネチアン・スネアズとかスクエアプッシャーみたいなビートを叩けるように練習してるよ(笑)。いまの俺は、自分の肉体よりも、脳を使って音楽を作ってるんだ。

3、4年のうちに、俺の思考プロセスが、人間の可聴範囲内での速い曲に追いつくようになったんだ。ギターで考えるよりも、脳の回転を早くさせたいと思っていたけど、それが実現した。

数年来、あなたはコンピュータのプログラミングによって理論的に音を組み上げる実験や研究をつづけてこられたわけですが、そこでとくに(アシッド・)ハウスにフォーカスするのはなぜなのでしょう?

J: ひとつクリアにしたいんだけど、もしかしてこのアルバムは、最近作ったアルバムだと思ってる?

そうですね。

J: このアルバムは8年前に作ったんだ。

すごいですね。知らなかったです。

J:だから最初の質問で、徐々に速いビートを作れるように段階を踏んだ話を説明したんだ。このアルバムの曲は、俺がエレクトロニック・ミュージックを作りはじめたときにできたものだよ。レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下RHCP)のツアーが終わって、バンド活動をやめて、自宅のリビング・ルームに機材をセッティングしてひたすら実験してたんだ。エレクトロニック・ミュージックを作りたかったんだけど、まずはアシッド・ハウスからはじめようと思った。アシッド・ハウスから出発して、エイフェックス・ツイン、ルーク・ヴァイバート、ヴェネチアン・スネアズのようなアーティストの流れが誕生したからなんだ。だから、その原点に戻りたかったんだ。ブルースのギタリストになりたかったら、まずはロバート・ジョンソンやアルバート・キングの音楽を勉強するだろ? ルーツをまず勉強しないといけないんだ。アシッド・ハウスから、UKアシッドとかIDMが派生したんだよ。

 エレクトロニック・ミュージックを作りはじめたときは、とてもエキサイティングだった。それまでは、ひとりで音楽を作るというのは、オーヴァーダビングでやるものだと思ってた。ギターをレコーディングしてから、キーボード、ヴォーカル、リード・ギターなどを一つ一つ重ねていくものだと思ってたんだよ。それまでは、そういう方法でホーム・レコーディングをしていた。RHCPをやめる1年前から、エレクトロニクスの機材のマニュアルを読んだり、使い方を習いはじめてね。ホテルとか飛行機の中で、そういう機材を使って練習してたよ。いろいろなアーティストのことについて読んだり、ネットで調べていくうちに、ほとんどのアシッド・ハウスのアーティストは、808を1台と、303を1台と、101を1台繋げて、同期させて音楽を作ってることを知ったんだ。一人のアーティストが機材を操作して演奏してたんだ。当時のアーティストはそれをダイレクトにカセットにレコーディングして、次の日のクラブ・イヴェントでプレイしたわけだ。最初の頃は、そうやって一人の人が音楽を作れることを知らなかったんだ。一人のプロデューサーが、機材をプログラミングして、ツマミをいじったり、パターンをその場で変えて、それをそのままライヴ録音をしてたってことをね。

このアルバムの曲は、俺がエレクトロニック・ミュージックを作りはじめたときにできたものだよ。レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下RHCP)のツアーが終わって、バンド活動をやめて──。

俺のアシッド・ハウス・アルバムの楽曲はすべて、CDバーナーにダイレクトにレコーディングしたんだ。それぞれの楽曲では、俺が5台から15台の機材を同期させて演奏してるんだ。それをMackieのミキサーでミックスしながら、CDバーナーにレコーディングしてるわけだよ。だから、オーヴァーダビングはまったくしてないんだ。このアルバムは、RHCPを脱退してから、4ヶ月以内に作ったものなんだ。じつは、『ジ・エンピリアン(The Empyrean)』も同時進行で制作していたんだけど、どっちかというと、アシッド・ハウスのトラックを作ることのほうを優先してたんだ。『ジ・エンピリアン』の制作は、2、3週間の間に1日くらいの作業。それ以外は毎日アシッド・ハウスを作っていた。そして『ジ・エンピリアン』はリリースする意図で制作を進めてたけど、アシッド・ハウスのトラックは、リリースする予定はまったくなかったんだ。それでも、あのときはアシッド・ハウスを作ることがプライオリティだったんだよ。それに、学ぶことが多かったから、作ることがすごく楽しかったんだ。オーヴァーダビングで曲作りをするんじゃなくて、いくつかの機材をプログラミングして、一人でジャム演奏をしているような感覚だったから、エキサイティングだった。他のミュージシャンと演奏するときと同じように興奮したけど、誰も自分の演奏を邪魔する人がいないんだ。他のメンバーと口論になることもないし、説明する必要もないし、指示する必要もないし、指示されることもないんだ。エレクトロニクスで曲を作る場合は、前もってアイデアがなくても曲を作ることができるんだよ。過去に4トラックでレコーディングしたことはあったけど、アシッド・ハウスのトラックを作ったときは、初めて自分でエンジニアリングをしたんだ。オーヴァーダビングをするのではなく、同時にすべての音を一人でレコーディングすることも初めてだった。

『ジ・エンピリアン』と同時期にアシッド・ハウスを作っていたというのは驚きです。

J: 2007年9月にRHCPのツアーが終わった頃には、半分くらい完成してたんだ。そのあとの4ヶ月間は、ほとんどアシッド・ハウスのトラック作りに集中してた。『ジ・エンピリアン』は、2、3週おきに1日くらいしか作業してなかった。いつか完成することはわかっていたけど、べつにどうでもよかったんだ。

俺はトラックにギターを入れるようになったんだけど、オリヴァーはそういうトラックは選ばなかった。

なぜ何枚もソロ・アルバムをリリースしたあとのこのタイミングで、そのアシッド・ハウスのトラック集をリリースしたいと思ったのでしょう?

J: いや、トリックフィンガーのトラック集をリリースするのは、俺のアイデアじゃなかったんだ。じつはリリースされなかったアシッド・ハウスのトラックがまだたくさんあるんだけど、たまたまレーベルを運営してる人が選ばなかっただけなんだよ。アシッド・ハウスのトラックを作った1年後に、友達のアーロン・ファンク(ヴェネチアン・スネアズ)がマスタリングしてくれたんだ。アルバムには8、9曲収録されてるけど、じつは22曲くらい作ったんだ。それをCDに焼いて、20人くらいの友だちにクリスマス・プレゼントとして配ったんだ。あげた人たちはみんな友だちだから、それをネットに上げたりはしない。それで、友だちのマーシーが、アシッド・ハウス・レーベルを運営してるオリヴァーに聴かせたんだ。そしたらオリヴァーがリリースすることに興味をもった。マーシーが、彼のレーベルのレコードを何枚か聴かせてくれて、俺はそれをかっこいいと思った。だから、オリヴァーにOKを出して、彼がどの曲をリリースするかを選んだんだ。俺が焼いたCDには、8、9ヶ月分の曲が入ってたんだけど、たまたまオリヴァーは最初の4ヶ月以内に作った曲だけを選んだんだ。途中から、俺はトラックにギターを入れるようになったんだけど、オリヴァーはそういうトラックは選ばなかった。この作品をリリースするつもりはもともと俺にはなかったから、リリースのアイデアも俺が思いついたわけじゃない。どちらかというと、リリースしないつもりでトラックを作ってたんだけどね。だいぶ前のことだし、俺の歴史の一部だから、みんなに聴かせられるのはうれしいことだけど。

この時期のトラックの後に、あなたのソロ作品でのエレクトロニック・ミュージックとギターやヴォーカルの組み合わせが生まれてきたわけですね?

J:そうなんだ。あの頃のトラックは、まだ俺がビギナーだったし、あまり高い基準を設定してなかったんだ。当時から、メロディのないアブストラクトなエレクトロニック・ミュージックとか、ブラック・サバス的なグルーヴの入ったジャングルを作りたかったけど、まだその技術が俺にはなかったんだ。あの頃がエレクトロニック・ミュージシャンとしての俺の出発点だったんだけど、808ステイトとか、〈Phuture〉からリリースされたものとか、アルマンドとか、80年代のシカゴ・ハウスの連中を模倣しようとしてたんだ。俺が作りたかったタイプの音楽は、まだやり方がわからなかった。でも80年代初期のアシッド・ハウスを真似ることなら、当時の俺にはまだできたんだ。だから、それをやっていた。

エレクトロニック・ミュージックは俺にとって聖域だったし、そのとき俺が演奏していた音楽よりも、レベルが高い音楽だと思っていた。

RHCPに入っていた頃から、シカゴ・ハウスやアシッド・ハウスを聴いてたんですか? もしそうだったら、ぜんぜん予想もしなかったことですね。

J:そうなんだ。当時はインタヴューを受けたときも、あまりそういうことについて話さなかったんだ。エレクトロニック・ミュージックは俺にとって聖域だったし、そのとき俺が演奏していた音楽よりも、レベルが高い音楽だと思っていた。俺が聴いていたエレクトロニック・ミュージックは、クラブで踊るために作られたものか、エイフェックス・ツインやオウテカのように自分をミュージシャンとして高めるために作られている音楽だったんだ。RHCPみたいなポピュラーなバンドだと、レコードを売ることがどうしても第一の目的になってしまう。でも、そういう音楽よりも、エレクトロニック・ミュージックのほうが次元が高いところにあると思った。俺は自分が尊敬するエレクトロニック・プロデューサーの生徒だと思っていたから、あえて彼らの名前を出す立場ではないと思っていたんだ。だから、当時はインタヴューであまり話してなかったけど、1999年にRHCPに戻ったときから、じつはいろいろなテクノ、ハウス、IDMを聴きまくってたんだよ。

誤解を恐れずにいえば、一連のさまざまな取り組みは、ジョン・フルシアンテというギタリストが、ギターという楽器と、ギターによって生み出される音楽とを対象化する作業であるように思われます。あえてギターから遠ざかろうとするように見えるのですが、ちがいますか?
そうだとすればなぜそのようなことを目指すのでしょう?

J: 当時はギターを完全に放棄しようとしてたわけじゃないんだ。あとから徐々にギターを取り入れるようになったんだ。でも、ギターをアシッド・ハウスに入れるんだったら、まずアシッド・ハウスをマスターしないといけないと思ったんだ。いつか、自分が好きな音楽的要素を何でも組み合わせられるようになりたいと思ってたけど、まずは自分が慣れ親しんでない音楽をマスターしたかった。アシッド・ハウス、テクノ、ジャングルを作るには、それなりに時間をかけないといけないし、それができるようになってから、いろいろな要素を融合させようと考えてたんだ。 ギター・プレイヤーというのは、ネックの仕組みとか、指の限界があるから、いろいろな罠に陥りやすい。しかし202、303、101を使うと、ギターのような制限はない。でも当時の俺は、ギターの制限に慣れ親しんでいたから、それを問題だと思ってなかったんだ。アシッド・ハウスを作ることで、自分の音楽的ボキャブラリーと思考プロセスを広げることができたんだ。しばらくすると、マシンを扱うことが、ギターと同じくらいに楽になったんだ。ギターを演奏するのと同じようにマシンを扱えるようになったし、マシンから学んだことを、ギターに応用できるようにもなった。ギタリストの自分と、プログラミングする自分が繋がったんだ。マシンをしばらく使うことで、ギターに由来する典型的なメロディとか音楽的理論に陥らない自分を作り上げることができたんだよ。

ギタリストの自分と、プログラミングする自分が繋がったんだ。ある日突然、アシッド・ハウスを取り入れたロック・スターではないんだよ(笑)。

少しあとから、アシッド・ハウスにギターを組み合わせるようになって、いい曲もできたけど、もともとの目的は一人で音楽を作れるようになることだった。そして、自分が好きな音楽的要素をすべて融合できるようになることだったんだ。でも、アシッド・ハウスの作り方がわからないのに、突然アシッド・ハウスを作って、そこにギターを乗せるような人にはなりたくなかった。『PBX』とか『エンクロージャー』には、アシッドっぽいセクションが曲に入ってるけど、80年代のアシッド・ハウスとはまったくちがうんだ。伝統的なアシッド・ハウスを長年作ってる人が思いつかないようなパートだった。アーロン・ファンクやクリス・マクドナルド、それにザ・ダウトフル・ゲスト名義でリリースしているリビーとコラボレーションでトラックを作ったことがあるよ。スピード・ディーラー・マムズでは、長年いっしょにアシッド・ハウスを作ったこともある。だから、『PBX』や『エンクロージャー』でアシッドの要素を取り入れるというのは、アシッドを長年作った経験のある視点からやってるんだ。ある日突然、アシッド・ハウスを取り入れたロック・スターではないんだよ(笑)。

今作ジャケットのアートワークとして用いられているたくさんの数字は何を意味していますか?

J: 俺は歌詞、アイデアをノートに書き留めるんだけど、全部とってあるんだ。そして曲作りするときに、数値をノートに書き留めないといけないときもある。この時期に使っていたノートには、数字を書き留めたページが何枚かあった。──ロック・バンドと演奏するときは、小節の数を数えながら演奏する必要がないんだな。つまり曲のセクションが終わって、次のパートがどこからはじまるかだいたいわかるんだよ。でもエレクトロニック機材をプログラミングするときは、1小節めから16小節め、17小節めから32小節めの間に何をプログラミングするかを意識しないといけない。いまは意識しなくてもわかることだけど、当時はまだ経験がなかったから、そういった数字を全部書き留めてたんだ。マシンの音が変化するようにプログラミングしないといけなかったんだ。どこからどこまで、どの音を入れたり、何小節めから展開を入れるかとか、そういう数字を書き留めてたんだ。

本作制作の過程や録音時の模様について教えてください。もっともこだわった点、また、もっとも優先したことがらについてもおうかがいしたいです。

J:当時は、それぞれの曲はちがう記事の組み合わせで作ってたんだ。ゼロからの状態で作りはじめて、まずは一つの機材をプログラミングしはじめる。それを別の機材と同期させて、次の機材をプログラミングする。さらに3つめの機材をつなげたり、どんどん音を足していく。一つの機材をプログラミングしてから、もう一つの機材をプログラミングして、2つの機材だけでやりとりができるんだ。既成概念がなくても、機材をいじってる間に、曲ができあがる。テニスとかボクシングの試合みたいに、機材とやりとりしてるような感覚だね。一人でジェム・セッションをしてるような感覚。
 そして徐々にどういう曲にしたいかが見えてきて、そこから機材をソング・モードに変えて作業したりしたんだ。手動でリズム・パターンを変えることもあるし、音を加工させたりもした。エンジニアリングの問題が出てくると、それを自分で解決しないといけなかったし、いつも学ぶことが多かった。ディレイとリヴァーブも何台か持ってるし、Mackieのミキサーも使ったんだ。Rolandのドラム・マシンをいくつかと、Monomachine、Yamaha R8みたいなものも使った。だから、トリックフィンガーの曲ではどれも、いままでやったことがないことに挑戦したかったんだ。しばらくはDIN Syncで機材を同期させてたけど、のちにDin to MIDIコンバーターを入手してから、MonomachineとかYamaha R8とかAkai MPC 3000などのデジタル機材を導入するようになった。DIN SYNCを使っていた頃は、909, 808, 707, 101, 303, 202のみを使ってたけど、途中から80年代半ばの機材も取り入れるようになった。今回のアルバムは、303, 606, 808の使用度が高いね。

オーヴァーダビングがないから、ライヴ・レコーディングみたいなものだった。もちろん、満足いくまで何回かテイクをとったから、厳密にワンテイクとは言えないけどね。

では、今回はコンピュータはいっさい使ってない?

J:そう、いっさい使ってないよ。レコーディングもCDバーナーにしたんだ。

では、ワンテイクでライヴをレコーディングしてるような感じですね。

J: そう、オーヴァーダビングがないから、ライヴ・レコーディングみたいなものだった。もちろん、満足いくまで何回かテイクをとったから、厳密にワンテイクとは言えないけどね。ただ、一人でライヴ・バンドをやってたような感じだったんだ(笑)。

当時からすでにモジュラーシンセも使ってたんですか?

J:そうだね。すべての曲で使ったわけじゃないけど、いくつかの曲では使ってたよ。

イクイップメントやスタジオの環境、アイディアの生まれる環境についてはだいたいそんなところでしょうか。

J:機材はだいたい全部教えたと思うよ。EMT 250、ARP 2500、Doepfer Modular Synthesizer, Roland MC4、Roland 202, 303_, 606, 707, 727, 808, 909も使った。Yamaha R8, Monomachineも使ったね。Machinedrumはたしか使ってなかったと思う。それ以外はあまり使わなかったから、けっこうベーシックなセットアップだった。

マシンからインスパイアされることもあるんですか?

J: マシンを使っていると、事前にアイデアがなくても曲が作れるから楽しいんだ。インプロヴィゼーションで楽器を演奏するのと同じ感覚だよ。トリックフィンガーの曲も、最初はハウスのキックを打ち込むところからスタートして、そこから発展させていった。目の前にある音に対して反応していくうちに、トラックを構築できるんだ。機材をいじっていくうちにアイデアが湧きあがってくる。ポップ・ソングの作曲家の場合は、頭の中にアイデアを思いついてから、それを楽器で演奏するんだけど、そのプロセスとはちがうね。まったくノープランでスタートして、機材をいじっている間にアイデアが見えてくるんだ。メロディが思い浮かんだら、それを202にプログラミングするんだ。でも、202やMonomachineを使って、頭の中のアイデアを形にしていくうちに、想像していたものと、まったくちがう音になることもあるんだ。そういうアイデアがいちばん刺激的だと思う。マシンとの相互作用によって、自分の想像を超えたアイデアが生まれるんだよ。マシンを使ってアシッド・ハウスを作る醍醐味は、最初からアイデアがなくても、曲が作れることなんだ。聴こえてきた音に反応して曲を作っていくんだ。当時は、レコードよりも、とにかくドラム・マシンで作ったシンプルなハウス・ビートが聴きたかった。ドラム・ビートが鳴っていると、それに触発されて別のマシンをいじって、音を重ねていきたくなる。それがとにかく楽しかったね。

いまはコンピュータとトラッキング・ソフトウェアを使っているんですよね?

J:そう。同じ機材を使っているけど、いまは使い方が変わったんだ。いまのほうがドラム・コレクションが増えたんだけど、コンピュータを使って演奏してる。コンピュータを使わずに、606を使ってモジュラーシンセをトリガーさせることもある。ほとんどのドラム・マシンは、コンピュータからトリガーできるから、いままでとはちがう方法でコントロールできるんだ。リズムをずらしたり、ポリリズムを作り出したり、ブレイクビーツっぽいリズムも作り出せるんだ。最初はステップ・プログラミングを学んだけど、そこからマイクロ・リズムを研究するようになったんだ。リズムをずらすことで、もっとキャラクターのあるリズムの作り方を学んだ。コンピュータを使うことで、ドラム・マシンの表現力が広がったんだ。ヴィンテージのRolandのドラム・マシンには、マイクロ・コンピュータが入ってるんだよ。コンピュータを使うことで、ドラム・マシンの脳に入り込んでコントロールできるんだ。機材だけを使っていると、ボタンを使ってプログラミングするしかない。でもコンピュータを使うことで、909に入り込んで、もっと表現力のあるプログラミングができる。909を使って、生のドラマーのようなリズムが作れるんだ。Renoizeのソフトを使って、909の中のコンピュータをコントロールしてるんだ。それがいちばん大きい違いだね。
 トリックフィンガーのそれぞれの曲で、ちがう機材の組み合わせを使ってるんだ。いまは、セットアップは固定されてるし、理想のかたちになったんだ。それもひとつのちがいだね。当時は202を2台持ってたけど、いまは6台持ってるんだ(笑)。当時は303をほとんどの曲で使ってたけど、いまはあまり使わないんだ。

純粋に自分の中にあるエネルギーを表現している音楽が好きなんだ。だからパンクやジャングル、50年代のロックンロール、40年代のカントリーが好きなんだろうな。

他の未発表音源はいつかリリースしますか?

J:このアルバムもそもそもリリースしようと思ってなかったわけだしね。だから、1年後にオリヴァーがまた他の未発表音源をリリースしたいと言ったら、承諾はすると思うよ。でも、自分からリリースしようとは思わない。

最近は何を作ってるんですか?

J:いまは自分のために音楽を作ってるだけなんだ。2013年の12月から、リリースを意識せずに音作りがしたくなったから、しばらくはそのモードで制作してる。ブラック・ナイツの新作が今年リリースされるけど、それは2013年に作ったものなんだ。だいぶ前に完成させたから、もっと早くリリースしたかったけど、5月にリリースされる予定だよ。

最近はどんな音楽を聴いてますか?

J:いつも変化してるよ。最近は音楽を作るときは、サンプリングから作りはじめるんだ。いまはこの作り方がいちばん楽しいし、自由だし、表現力があるんだ。ギタリストとして、俺はいろいろなレコードにインスパイアされたから、RHCPにも楽曲を提供できたんだ。それがなければ、できなかったよ。音楽の歴史を勉強することがインスピレーションになってるんだ。だから、サンプリングをすることで、俺は音楽の歴史を取り入れて、そこからまったく新しい音楽を生み出せるんだ。だから、ギタリストとしてやってたこととアプローチは同じなんだ。サンプリングで心地よく曲を作れるようになるまでしばらく時間がかかったけど、それができるようになってから、自分のソロ作品やヒップホップ作品で多用するようになった。サンプルに対して反応して、そこから曲を作っていくんだ。いまは、とくにアルバムのプランをもたずに曲を作っている。
 それから最近は90年代のジャングルをよく聴いてるよ。あと、80年代のニューヨークで流行ったフリースタイルも大好きなんだ。70年代後半と80年代初期のパンクもよく聴いてるね。ジャームス、ブラック・フラッグ、ザ・ワイパーズ、ミスフィッツみたいなハードコア・パンクのバンドだよ。レコード店に行って、カントリー、フォーク、プログレ、50年代のジャズ、キャット・スティーヴンス、コメディとか、いろいろなレコードを買い漁ったりする。最近ハマってるのは、ジョー・ジャクソンなんだ。幅広くいろいろな音楽を聴いてるよ。ノイズも聴くしね。
 最近、友だちのオーレン・アンバーチがLAにきてライヴをやったのを見たけど、すごくよかった。最近俺が作った曲がノイズの曲だったんだけど、リズムやメロディの要素が入ってないんだ。そういうアプローチも楽しい。ピタ、エクハルト・エーラーズ、ファーマーズ・マニュアルなんかも最近は聴いてるよ。40年代から60年代の音楽を聴くこともあるし、自由でピュアなアプローチで作られてるものが好きなんだ。巧みなものを作ってやろうという意図のある音楽じゃなくて、純粋に自分の中にあるエネルギーを表現している音楽が好きなんだ。だからパンクやジャングル、50年代のロックンロール、40年代のカントリーが好きなんだろうな。有名人になろうとかじゃなくて、純粋に自己表現をしている音楽。だから、ピュアな音楽を聴くことが多い。ミュージシャンがみんな同じ部屋で演奏しているレコーディングが好きだよ。オーヴァーダビングを多用することで、ミュージシャンの技術は落ちたと思うんだ。モダンなバンドは、オーヴァーダビングを多用したり、巧みなエンジニアリングを使って、実際よりも歌が上手いように聴こえさせることができるんだ。そういうバンドよりも、40年代のカントリー・バンドを聴くほうが楽しいね(笑)。

一冊をつかみに - ele-king

大好評発売中! 染谷将太さんが本を手にする表紙が目印、別冊ele-king第2弾は“音楽ファンのためのブックガイド”。「やってみたらほとんどが戦前のものになってしまった……」という編集長テヘペロ号だが、われわれ編集部員もこの本のなかに無数に開いた入口から、ぜひ一冊をつかみにいきたい。素敵な導き手と友人たちにいざなわれて。

4月、読書をはじめましょう。
“音楽ファンのための”ブックガイド


表紙には映画『寄生獣』などで注目の染谷将太さんが登場!

別冊ele-king 読書夜話──音楽ファンのためのブックガイド
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■インタヴュー
保坂和志、染谷将太、友川カズキ、寺尾隆吉、佐々木敦、増村和彦(森は生きている)、高城晶平(cero)、山崎春美、湯浅学

■ブックガイド
小説
小島信夫の6冊あまり 松村正人/21世紀の国内文学10 矢野利裕/21世紀の海外文学 石井千湖/終わりから70年目の戦争の4冊 松村正人/1990年代の6冊 矢野利裕

政治、思想、批評と教育
いまだ表現の自由は可能か!? 対談:五野井郁夫×水越真紀/古典と歴史 その読み方 石川忠司/転向論を読み直す 矢野利裕/「学校では教えてくれない」が意味すること 若尾裕/実践により「社会」を読むための5冊

詩と詩人たち
21世紀の短歌研究 永井祐/詩写真 Making Time 辺口芳典

サブ/カルチャー
オラリティー(声)とリテラシー(文字)の相克 三田格/意味もなく内側のスリルだけを頂くための20冊 山崎晴美/失われた音楽書を求めて 大谷能生/シーナ『YOU MAY DREAM』を再読する モブ・ノリオ/映画を観る筋肉 いま発見すべき映画本 樋口泰人


AHAU - ele-king

今年作業中に聴いていた音楽の中から選んでみました。順不同。

グラフィックデザイナーです。
今年作業中に聴いていた音楽の中から選んでみました。順不同。

3/29から4/26まで高円寺にあるヒミツキチで
グラフィック作品の展示をしています。
良かったら散歩がてらにでもよろしくお願いいたします。
Terrapin Station
東京都杉並区高円寺南2-49-10
03-3313-1768
https://www.facebook.com/Koenji.TerrapinStation

AHAU EXHIBITION "ROOM"
高円寺 TERRAPIN STATION 2F ヒミツキチ
3.29.SUN-4.26.SUN
12:00-20:00
CLOSE.WED

AHAU(アハウ)、Tomoaki Sugiyama
グラフィックアーティスト、グラフィックデザイナー
1976年横須賀生まれ、東京在住
Facebook
https://www.facebook.com/AHAUts
ahau shop
https://ahau.thebase.in/

interview with QN - ele-king


QN
New Country

SUMMIT

Hip Hop

Tower HMV Amazon iTunes

 以下に掲載するのは、紙版『ele-king Vol.7』(2012年10月20日発行)のQN(現・菊地一谷)のロング・インタヴューの後編、あるいは番外編である。雑誌のほうでは、自身がリーダーを務めていたヒップホップ・ポッセ、シミラボからの脱退の真相やノリキヨとのビーフ、これまでの彼自身の歴史といったディープな話を赤裸々に語ってくれている。

 そういうこともあって、ここに掲載するインタヴュー記事は音楽的な話題に絞ることができた。新しい作品を作るたび、変化と成長を楽しむようにフレッシュなサウンドに挑戦しつづける、ラッパー/プロデューサー、QN/菊地一谷。当時21歳だった若き音楽家が語った言葉は、過去・現在の彼の音楽をより深く聴くための手助けになるのではないだろうか。

 デート・コース・ロイヤル・ペンタゴン・ガーデン(以下、DCPRG)が2012年に発表した『セカンド・リポート・フロム・アイアン・マウンテン・USA』へのゲスト参加や彼らとのライヴ、同年6月に発表したサード・アルバム『New Country』やラウ・デフとのニュー・プロジェクト〈ミュータンテイナーズ〉の興味深いコンセプトについて語ってくれている。最新インタヴューとあわせて楽しんでほしい。

■菊地一谷 / きくちかずや
またの名をQN。2012年までヒップホップ・クルーSIMI LABに在籍。数多くのストリート・ネームを持ち、楽曲も多数手掛けてきた異才にして、理解され難い行動や言動でも記憶されるプロデューサー/ラッパー。前作『DQN忠臣蔵~どっきゅんペチンス海物語~』リリース後、菊地成孔プロデュースによる女優・菊地凛子の「Rinbjö」名義でのデビュー・アルバム『戒厳令』へも参加。2015年、音楽活動を再スタートさせることを宣言し、客演にSEEDA、菊地成孔、NORIKIYO、MARIA、RAU DEF、GIVVN(from LowPass)、田我流、菊丸、高島、北島などを迎えてのアルバム『CONCRETE CLEAN 千秋楽』をリリースした。

きっかけはトロ・イ・モワでしたね。あそこから、アニマル・コレクティヴとかムーとかヤー・ヤー・ヤーズを聴くようになって。あと、ジ・エックス・エックスとか。


DCPRGの『セカンド・リポート・フロム・アイアン・マウンテン・USA』のなかの2曲に、シミラボはゲスト参加してますね。“UNCOMMON UNREMIX”、あれはラップを録り直してますよね?

QN:あれは録り直してますね。

DCPRGは、70年代初期のエレクトリック・マイルスに強く影響を受けているバンドですよね。QNくんやシミラボのラッパーの柔軟なリズム感がDCPRGのポリリズミックなリズムとハマってて、すごいカッコイイですよね。実際やってみて興奮しました?

QN:すげぇ興奮したっすね。〈ageha〉のライヴ(2012年4月12日に行われたDCPRGのアルバムの発売記念ライヴ)も良かったですね。 “UNCOMMON UNREMIX” と“マイクロフォン・タイソン”はもちろんやったんですけど、最後にアンコールで、“Mirror Balls”の生演奏に“The Blues”のラップを乗っけたのがとにかく記憶に残ってますね。あれは、テンション上がったっすね。

それは菊地さんのアイデアだったんですか?

QN:そうっすね。

菊地さんから録音やライヴのときに、「こうやってほしい」みたいなディレクションはありました?

QN:いや、とくに何も指示されてないっす。すげぇ自由にやらせてくれたっすね。「もう好きにやって」みたいな。

オファーのときに、シミラボへの熱いメッセージはなかったんですか?

QN:それはもちろんあったっすね。でも、ちょっと覚えてないっす(笑)。とにかく、シミラボをすごい気に入っていて、応援してるっていうのは言ってくれてましたね。で、オレらもなんとなくイヤな気がしなかったんです(笑)。直感ですね。

菊地さんのことは知ってました?

QN:いや、ぜんぜん知らなくて。

はははは。そうなんだ。シミラボの他のメンバーも?

QN:知らなかったですね。

じゃあ、DCPRGの音楽を聴いて、やろうと決めた感じですか?

QN:そうですね。音を聴いて、これだったらおもしろいものができるなって。ただ、個人的にはもうちょっとできたかなとは思いますね。

なるほど。ところで、『New Country』はこれまでの作品に比べて、ベースとビートが強調されて、よりグルーヴィになった印象を受けました。すごくいいアルバムだなって感じましたし、はっきりと音楽的飛躍がありますよね。

QN:そうですね。まぁ、シリアスなアルバムだとは思いますけど。なんて言うか、ヘイトしているわけじゃないんですけど、ヒップホップがすごい好きだったぶん、それ以外の音楽にもっと触れたくて、去年はずっとロック系の音楽を聴いてました。最近のロックは普通にMPCが使われていたりするから、それは自然な流れでしたね。チルウェイヴとかオルタナティヴ・ロックとかを聴くようになったんです。きっかけはトロ・イ・モワでしたね。あそこから、アニマル・コレクティヴとかムーとかヤー・ヤー・ヤーズを聴くようになって。あと、ベタですけど、ジ・エックス・エックスとか。ヒップホップだと、キッド・カディですね。すごいいいですよね。こういうやり方もあるのかって、影響受けましたね。キッド・カディはヒップホップだけど、なにかちょっと他の音楽も入ってる感覚があって。

キッド・カディはオルタナティヴ・ロックとかサイケデリックの要素もありますもんね。あと、歌詞が内省的ですよね。

QN:そうっすね。かなり内省的ですね。そうやっていろんな音楽を聴いていたのもあって、ネタ掘りが変わってきたんです。有名どころですけど、マイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』にもハマって。『エクソシスト』の主題歌の原曲を弾いてるイカれてる人ですよね。あと、カンとかキャプテン・ビーフハートとか。オカモトズのレイジと彼の友だちの副島ショーゴっていうまじ熱いDJといろいろ情報交換してたんですよね。そのDJはオレの1コ下でとにかくヒップホップが詳しくて、オレはその頃ロックに興味持ってたんで。


結果的に、トーキング・ヘッズにたどりついて。

それは、前作『Deadman Walking 1.9.9.0』を制作しているぐらいの時期ですか?

QN:そうすね。で、結果的に、トーキング・ヘッズにたどりついて。

トーキング・ヘッズ! どのアルバムですか?

QN:アルバムはひととおり持ってるんですけど、衝撃だったのは、『ストップ・メイキング・センス』っていうDVDでした。あれを観て、「わおー!」って思って。とくに好きな曲は“ジス・マスト・ビー・ザ・プレイス (ナイーヴ・メロディ)”ですね。わかります?

いや、その曲、わからないです。

QN:あとはトム・トム・クラブとかにやられましたね。『New Country』を作るきっかけは、わりとトーキング・ヘッズにありますね。

それは興味深い話ですね。トーキング・ヘッズのどこに魅力を感じました? ファンクとロックを融合した音とか、いち早くアフリカ音楽にアプローチしているところか、いろんな側面がありますよね。

QN:そうっすね。いろいろありますけど、これはもうヒップホップだなって思ったんです。だから『New Country』は、オレの勝手なイメージですけど、質感的には、トーキング・ヘッズを意識したんです。そういうのもあって、バンド編成みたいなニュアンスでトラックを作ろうって考えたんです。

Talking Heads “This must be the place (Live: Stop Making Sense)”


『Deadman Walking 1.9.9.0』にもコーラスの女性ヴォーカルや、ヴァイオリン奏者、ギタリストが参加していますよね。シンセを弾いてるサドラーズ・ウェルズっていうのは、たぶんQNくん本人じゃないですか?

QN:あれはオレですね。サンプリングで作っている以上は、要はある意味で、他人の音楽をパクッてるのに近いじゃないですか。これまでは、まあ、盗むっていう発想だったんです。『New Country』は、ギター、ドラム、シンセ、ベースがいて、ラッパーのオレが前に出ているっていう大体5人組ぐらいのバンド編成のつもりで作ったんすよ。そこに、フィーチャリングでたまにホーンが入ってきたりするっていう。でも、基本的にはギター、ドラム、シンセ、ベースをイメージしてサンプラーをいじってましたね。あとちょっと、オレのひねくれが出ちゃって、昔のドラム・マシーンみたいな荒れてる音にしたりもしてますね。


ヒップホップから離れようと思ったら、逆にヒップホップでありたいと思ったというか。

トーキング・ヘッズをはじめ、いろんな音楽に耳を傾けたのが大きかったんですね。ジ・XXを聴いてるってことは、UKのベース・ミュージックも聴いてました?

QN:それは大きかったっすね。去年はもうUKに行こうかなぐらいでしたよ。

そこまでだったんだ。UKのベース・ミュージックのどこに魅力を感じました?

QN:「踊れるなー」ってとこがデカかったっすね。

でも、『New Country』はそこまで思いっきりダンサンブルでもないよね。

QN:まぁ、そうっすよね。1、2、3曲めまでは踊れる感じだとは思いますけど。ヒップホップから離れようと思ったら、逆にヒップホップでありたいと思ったというか。いざ離れてみたら、やっぱヒップホップだなっていう感じになって。『New Country』はバンド編成のイメージといっても、すげぇヒップホップに向き合いましたね。向き合ったって言うと堅苦しいんですけど、思い出して作ったっていう感じですかね。1年間、ロックばっか聴いてきたぶん、なんかちょっと振り返るじゃないですけど。

『New Country』は全曲、QNくんがプロデュースしてトラックを作っていますよね。これははじめてのことで、ひとつの変化ですよね。理由はあったんですか?

QN:そうっすね。シンプルに考えて、必要だと思ってる人だけを呼びましたね。いろんなラッパーに参加してもらってますけど、ビートは全部自分で作りたかったんです。コンセプトが自分の中に強くあったのと、自分の等身大のアルバムを作りたかったので。

QNくんはほんとにハイペースで作品を発表しつづけてますけど、『New Country』はいつから作りはじめたんですか?

QN:『Deadman Walking 1.9.9.0』のリリースが去年の12月だから、『New Country』のビートは12月から4月ぐらいまでに作りましたね。マスタリングの日までレコーディングしてて、超やばかったっす(笑)。『Deadman Walking 1.9.9.0』を作ったあと、思った以上にイメージがわいてきて、リリースする予定はなかったんですけど、1月の段階で7曲ぐらいできちゃったんです。なんかすげぇミニマルっていうか、音数が少ないものができてきて。

音数が少ない、ミニマルというので思い出したんですけど、『New Country』のいくつかの曲を聴いて連想したのは、バスタ・ライムスの“プット・ユア・ハンズ・ホウェア・マイ・アイズ・キャン・シー”だったんですよね。

QN:あー、なんとなくわかります。

Busta Rhymes “Put Your Hands Where My Eyes Can See”

あと、古くて新しい音の質感とかちょっとひねくれたサンプリングのセンスとか、RZAのソロ作の『バース・オブ・ア・プリンス』とかRZAの変名のボビー・デジタルに近いものがあるなぁと。

QN:もしかしたら、それは近いっぽいっすね。わりと。そうかもしれないっすね。『ボビー・デジタル・イン・ステレオ』はたまたま聴いてたっすね。フランス語かなんかのスキットがすげぇ好きで。

『New Country』にはこれまでの作品に比べて、ファンクを強く感じたんですよね。個人的に僕はいままでのQNくんのアルバムでいちばん好きです。本人的にはどうですか?

QN:ほんとっすか。うれしいっすね。ただ、ファンクももちろん好きっすけど、でも意外とファンクっていう気持ちはなかったかな。うれしいことなんですけど。


オレは大人にはならないんで。それはもう考えないようにしてる。

ところで、QNくんはこれまで大人なることを拒絶するような態度をラップで表現してきたと思うんですけど、いまはどうですか? “Better”でも「まだ自分はクソガキだ」ってラップしてますけど。

QN:ああ、『Deadman Walking 1.9.9.0』までは、もう大人になんのか、なっちゃうのか、みたいな感じだったんですけど、『New Country』ではもう開き直ってますよね。“DaRaDaRa”でも「誰がオレをこんなにした? 誰がオレをこんなにアホにした?」とか言い出しちゃってますし(笑)。けっこう開き直ってるんすよ。

QNくんにとって大人になるっていうのはどういうことですか?(笑)

QN:いやー、難しいっすねー(笑)。オレは大人にはならないんで。それはもう考えないようにしてる。

大人になるというのは、QNくんにとってネガティヴな意味合いがあります?

QN:いや、ぜんぜんネガティヴだとは思ってないっすけど。

でも、大人に対する反発心みたいのを強く感じますけどね。

QN:それは、自分にウソをつきたくないっていうのがいちばん近い感覚かもしんないっすね。もちろん尊敬できる大人もたくさんいるんですけど。いままでは、普通や常識をいちおう見て知っておかないと自分がいい方向に行かないんじゃないかって思ってたんですよ。でも、シミラボを辞めるタイミングあたりで、「それは違うよな」って思ったんです。ありのままの自分を認めていかないと、どうすることもできないなって。だから、オレはいまヒップホップもすげぇわかりやすいものが好きですね。自分が好きな90年代のヒップホップがあらためてフィードバックしてきてる感じがありますね。


これまでの自分は何かを演じていないと自分を維持できないタイプの人間だったのかなーって思うんです。でも、このアルバムあたりから、普通に自分のいろんなものを認めてやれるようになった気がしますね。

それと、『New Country』のクライマックスの、“Better”“船出~New Country~”“Flava”の3曲がとくにそうかもしれないけれど、リリックも明瞭に聴き取れて、言葉を伝えようという意識を感じました。

QN:自分の言葉でラップするというのを意識して、それができたのかなとは思います。やっと自分の言葉に消化して表現することができはじめてきたかなって。まだまだ煮詰められるとは思いますけど。『New Country』は、ほんとにすっげー勢いで作ったんですよ。朝から夜まで1日で3曲とか作って。ほんと余計なことを考えなかったっていうことっすね。

勢いもあるんでしょうけど、コンセプチュアルなアルバムでもありますよね。

QN:ほんとそうだと思うんす。でも、ぶっちゃけ後付けですけどね。というか、後付けもなにも、2、3ヶ月の間に自分に起きた現象が全部の曲に自然とはまったんです。それはじつは自分でもけっこうびっくりしてるっていうか。それだけ歌詞がたぶんスマートに出てきたってことだと思いますね。

アルバムのタイトルを直訳すると、“新しい国”ですよね。この言葉が意味するところはなんですか? QNくんのなかにイメージとかあったりします?

QN:そうっすね。どうなんだろ? タイトルどおり、自分の理想郷の話っすね。「ほんとはこうだったらいいのに」みたいな話でもありますね。ただ、『New Country』は、自分で言うのもなんですけど、ほんとにヒップホップのアルバムだと思ってて。ラップもフッド・ミュージックに近づいたっていうか。ラップのフロウの取り方も雑って言えばすごい雑で、細かいって言えば細かいっていう。そういう感じとか、ちゃんとオリジナルのヒップホップに近づいたのかなっていう気はしてますね。いちばん自分らしいアルバムになったんじゃないかなって。これは超イルな発言なんですけど、これまでの自分は何かを演じていないと自分を維持できないタイプの人間だったのかなーって思うんです。でも、このアルバムあたりから、普通に自分のいろんなものを認めてやれるようになった気がしますね。大げさなこともたぶん言ってないし、自分の中にあるもので表現できたかなって。

なるほど。

QN:あと、『New Country』を制作してるあいだ、人との関係とかいろいろシャットアウトしてたっていうか。それぐらいの気持ちになっちゃって。他の音楽とかぜんぜん聴かなくなって。そうじゃないと自分がもたないぐらいの現象が起きてて。とにかくアルバムを作ることしか考えられなかったですね。しかも、自分が作ったものに納得できなかったりもして。まあ、生々しい感じでした。


もう変えてますね(笑)。ヘルメスって名前に。でも、もう変えないっすね。次の名前で終わりっす。それを末永く使おうかと。

ところで、QNって名前を変えるって話を聞いたんですけど、ほんと?

QN:いや、もう変えてますね(笑)。ヘルメスって名前に。でも、もう変えないっすね。次の名前で終わりっす。それを末永く使おうかと。でも、なんかいま、女の子に訊くと、たいがい「QNの方がいいよ」って言われるんですよ。「ヘルメスっていうのヘルペスみたい」って。

はははは。じゃあ、変えないほうがいいよ。名前を変えると、せっかくQNで有名になったのにもったいないよ。

QN:そうですよね。だから次で最後かなって。名前を変えたら、ツイッターのフォロワー200人ぐらい減っちゃって(笑)。

このタイミングで普通はQNって名前は捨てないですよね。

QN:そうっすよね。でも、オレが新しい動きをして、それについて来れなかった人だけがたぶんフォロー外してるんだろうから、それはそれでいいかなって。完全強気っす。

強気だなぁ。

QN:はい。あと、オレら界隈でいま、ミュータントっていう言葉が流行ってるんですよ。シミラボも最初は街に黒いシミができて、その黒い液体が人の形になって、音楽を作りはじめるっていうストーリーがあったんです。要はSFなんすよね。ミュータントって突然変異体って意味ですけど、もともとは差別用語だったと思うんです。奇形児とかをミュータントって呼んだりして。べつにオレはハードな環境で育ったわけじゃないけれど、社会不適合者っていう意味ではミュータントなんじゃないかなって。でも、社会不適合者とかミュータントは特別な能力を持ってる人たちなんじゃないのかなって。

なるほどー。

QN:で、ミュータントとエンターテイナーを掛け合わせて〈ミュータンテイナーズ〉ってレーベルを立ち上げたんです。俺とラウ・デフがまとめたグループ名でもあるんです。いまはその新しいプロジェクトでアルバムを制作中っていう感じですね。


REMI (ROUNDHOUSE / DAWD) - ele-king

All time favorite BOOTLEG KILLER HOUSE tracks

MORE INFO
AIRでシカゴハウスパーティ「ROUNDHOUSE」やってます。次回は4月17日金曜日にシカゴのゴッドファーザー「Marshall Jefferson」をゲストDJに開催します。
https://www.air-tokyo.com/schedule/2013.html

DJスケジュール等はこちらで。
https://acidbabyjam.blogspot.jp/
https://twitter.com/theacidbaby
https://www.facebook.com/remi.yamaguchi.3

出版不況があたりまえのこととなり、ベストセラーとそうではない本の二極化が進むなか、それでも書店には本を特集した、本のための本が多く見受けられるのは、消えつつあるものへのノスタルジーなのでしょうか?

この本はそうは思いません。本という「メディア」がつねに再考されるのは読者の動機をこえる「体験」を「読む」ことがもたらすことにあります。
本書ではまずもってそのような本を探し求めます。一見してカタログ風ですが、この本は利便性だけを追究するものではありません。

2015年を映しながら、しかしことさら現在にこだわらないことによって過去より現在を腑分けする「読む」こころみを、ぜひ本書を開いて探してください。

〈目次〉
第1章
■小説■
音楽と本の関係 高城昌平(cero)インタビュー 聞き手:磯部涼
タルホ座流星群ふたたび 増村和彦(森は生きている)インタヴュー 聞き手:野田努
世界の外に立たない思考 保坂和志 インタヴュー
小島信夫の6冊あまり 松村正人
メタフィクションの功罪とパラフィクションの現在 佐々木敦インタヴュー
アンケート 私の3冊 湯川潮音
21世紀の国内文学10 矢野利裕
小説のマジカルタッチ ラテンアメリカ文学の世界 寺尾隆吉インタヴュー
21世紀の海外文学 石井千湖
終わりから70年目の戦争の4冊 松村正人
1990年代の6冊 矢野利裕

第2章
■政治、思想、批評と教育■
いまだ表現の自由は可能か!? 対談:五野井郁夫×水越真紀 松村正人
アンケート 私の3冊 寺尾紗穂
古典と歴史 その読み方 石川忠司
強制と自発のアレンジメント 転向論を読み直す 矢野利裕
「学校では教えてくれない」が意味すること 若尾裕
実践により「社会」を読むための5冊

第3章
■詩と詩人たち■
21世紀の短歌研究 世界の底の13歌集13首 永井祐
渇きを癒す書物 満員電車を見送る方法 友川カズキインタヴュー
詩写真 Making Time 辺口芳典

第4章
■サブ/カルチャー■
貫読のススメ 画竜点睛を欠くことの心得 湯浅学インタヴュー
結末は最後まではわからない 染谷将太インタヴュー
オラリティー(声)とリテラシー(文字)の相克 三田格
読書というポップ 山崎晴美を作った本 山崎晴美インタヴュー
意味もなく内側のスリルだけを頂くための20冊 山崎晴美
矛盾体が生み出す言葉 失われた音楽書を求めて 大谷能生
ロックの“夢見る力”は無限大 シーナ『YOU MAY DREAM』を再読する モブ・ノリオ
映画を観る筋肉 いま発見すべき映画本 樋口泰人

写真:菊池良助 小原泰広


■磯部涼+九龍ジョー・著
『遊びつかれた朝に
──10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』

Amazon Tower HMV

 『遊びつかれた朝に──10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』の名コンビが、今度は噂のみなとみらい〈BUKATSUDO〉に登場! 音楽はもちろん、それ取り巻くさまざまなコンテンツや文化、風俗を、現場の皮膚感覚から言葉にしてきた人気ライター、九龍ジョー、磯部涼。両者による「音楽ライター編集講座」がこの5月末から開講されるようだ。コミットしてきた場所はそれぞれに異なるが、彼らが足を使ってつぶさに眺めてきたもの、つないできたもの、そのやり方を知ることは、いま何かを考え、行動を起こしたいと思う人にとって大きなヒントとなり勇気となるだろう。そこにはただの“書きかた”に終わるはずのない──音楽文化を「つづる」だけではなく「つくる」ための発想が充填されているはず。ともあれシラバスだけでも刺激的だ。詰まりまくった全6回、参加してみてはいかがだろうか!

■「音楽文化のつづり方 〜どう聴くか、どう書くか、どう編むか〜」
講師:九龍ジョー×磯部涼
全6回

詳細
ライターあるいは編集者として雑誌、単行本ほか各種媒体で活躍する講師ふたりが、音楽についてどう書くか、どう編むかを教える〈音楽ライター編集講座〉です。
音楽ライターや編集者を仕事にするのであれば、いわゆる「レビュー」や「インタビュー」の技術だけではなく(もちろんそれらの“粋”も伝授しますが)、数々の現場や音楽から派生する周辺文化も含め、そこに「どう関わるか」までを視野に入れる必要があるという認識のもと、講師自身の経験や古今東西の音楽批評、ジャーナリズム論、雑誌論、ライター論、現場論なども踏まえながら、いまに“使える”ポイントを実践的に解説します。

【スケジュール】
第1回 ガイダンス
5/30(土) 14:00〜17:00
講義全体のイントロダクションのほか、取材の方法、原稿の執筆、その他ライターや編集者の基本テクニックを伝えます

第2回 批評の歴史と実践について 
6/13(土) 14:00〜17:00
過去の音楽批評を参照しながら、現在の音楽をとりまく状況について書く際に、それをどう活かすかを考えます

第3回 他ジャンルとの関係について
6/27(土) 14:00〜17:00
映画、演劇、文学、コミックなど隣接する他ジャンルとの関わりの中で
音楽について書くことの意義と方法を考えます

第4回 ケーススタディ 
7/11(土) 14:00〜17:00
実際に音楽に関わる現場に出かけ、取材のワークショップを行います

第5回(最終回) まとめ
7/25(土) 14:00〜17:00
講義全体のまとめを行うとともに、音楽文化をつづることをどう仕事にしていくのかを、具体的に伝授します

【講師】
九龍ジョー(くーろん・じょー)

1976年生まれ。いくつかの職種を経て、20代半ばで出版業界入り。編集者、ライターとしてポップカルチャーを中心に、原稿執筆や雑誌、単行本編集を行う。編集近刊に坂口恭平『幻年時代』(幻冬舎)、『MY BEST FRIENDS どついたるねん写真集』(SPACE SHOWER BOOKs)など。著書に『メモリースティック ポップカルチャーと社会をつなぐやり方』(DU BOOKS)、共著に磯部涼との『遊びつかれた朝に――10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(ele-king books/Pヴァイン)などがある。


磯部涼(いそべ・りょう)

78年生まれ。90年末より音楽ライターとして活動を開始。主に日本のマイナー音楽と社会の関わりについてのテキストを執筆し、04年に単著『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』(太田出版)、11年に『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト)を刊行。その他、編著に風営法とクラブの問題を扱った『踊ってはいけない国、日本』とその続編『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』(共に河出書房新社)、歌詞がテーマのインタヴュー集『新しい音楽とことば――13人の音楽家が語る作詞術と歌詞論』(SPACE SHOWER BOOKS)、共著に九龍ジョーとの『遊びつかれた朝に――10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(ele-king books/Pヴァイン)等がある。

【定員】25名様
【料金】全5回 28,000円(税込)
【場所】BUKATSUDO

申し込み
https://music-writer1.peatix.com/

BUKATSUDO公式サイト
https://www.bukatsu-do.jp/

Afrikan Sciences - ele-king

 フラング・ロータス、さもなければシカゴのディープ・ハウスおける最重要プロデューサー、90年代後半のロン・トレント──、アフリカン・サイエンスのアルバム『Circuitous』を聴いたとき、そのように感じました。アフロで、コズミックで、スピっているようです。
 とはいえ、こちらは、ベルリンのもっともクールなレーベル〈PAN〉からのリリースです。アフリカン・サイエンスはよりモダンで、実験的で、フリーキーです。音楽の向こう側には、ブラック・サイエンス・フィクションが広がっているかもしれません。ケオティックです。何かが起きているようです。アクトレスを思い出して下さい。この音楽は、どきどきします。
 まったく……これは注目の初来日です。

AFRIKAN SCIENCES Japan Tour 2015

Afrikan Sciences x DE DE MOUSE
4.24 fri @ 大阪 心斎橋 CONPASS
Live Acts: Afrikan Sciences(PAN, Deepblak - New York), DE DE MOUSE
DJs: T.B.A.
Open/ Start 19:00
¥ 3,000(Advance), ¥ 3,500(Door)plus 1 drink charged @ door
前売りメール予約: https://www.conpass.jp/mail/contact_ticket/
Ticket Outlets: PIA, LAWSON, e+(eplus.jp)
Information: 06-6243-1666(CONPASS)
www.conpass.jp

UBIK
4.25 sat @ 東京 代官山 UNIT
Live Acts: Afrikan Sciences(PAN, Deepblak - New York), N'gaho Ta'quia a.k.a. sauce81(disques corde)
DJs: Shhhhh(SUNHOUSE), MAMAZU(HOLE AND HOLLAND)
Open/ Start 23:30
¥3,000(Advance), ¥3,500(Door)
Ticket Outlets: LAWSON(L: 76745), e+(eplus.jp), disk union CMS(渋谷, 新宿, 下北沢), TECHNIQUE, Clubberia Store, RA Japan and UNIT.
Information: 03-5459-8630(UNIT)
www.unit-tokyo.com


Afrikan Sciences(PAN, Deepblak - New York) https://soundcloud.com/afrikan-sciences
オークランド出身、 NY拠点のエリック・ポーター・ダグラスのソロ・プロジェクト。DJとして80年代のヒップホップをルーツに持ち、90年代後期の電子音楽のプロダクションに自身のサウンドを見い出し、2007年にオークランドの盟友 Aybee主宰の〈Deepblak〉からデビュー、同レーベルからEPとアルバムをリリース、 Gilles Peterson主宰の〈Brownswood〉のコンピレーションにも参加。Afrika Bambaataaの私生児、SF作家Octavia Butler、 Sun Raの孫息子とも言及され、90年代の東海岸のハウス、40年代のジャズ、 西ロンドンのブロークン・ビーツ、土着的なアフリカやラテンのリズムから掻き集め、蓄積されたビートの感性は様々な音楽のフォームとサイファイ・ビジョンと結びつきながら独創的なプロダクションへと発展。AybeeとのMile Davisトリビュート・プロジェクト『Sketches Of Space』ではアシッド・ハウス先駆者Ron Hardyとアフロ・ビートかけあわせたような作品を披露。 長年先人達によって育まれ、更新されて来たアフロ・フューチャリズムの前衛としても異彩を放つ電子音楽家である。

N'gaho Ta'quia a.k.a. sauce81(disques corde) https://soundcloud.com/sauce81
プロデューサーsauce81の変名プロジェクト。sauce81としては、2008年、バルセロナにて開催されたRed Bull Music Academyに招待され、Sonar Sound Tokyoなどの国内フェス、海外でのライヴパフォーマンスも行っている。生々しいマシン・グルーヴとラフで温かみのあるシンセ使い。雑味たっぷりの楽器演奏と時折表すファジーでメローなボーカルワーク。ディープなソウルとファンクネスをマシンに宿すプロダクション・スタイルで、数々のリミックス、コンピへの楽曲提供を重ねてきた。これまでに『Fade Away』EP、『All In Line / I See It』EP、77 Karat Gold(grooveman Spot & sauce81)『Love / Memories In The Rain』7inch、『It's About Time』EP などのオリジナル作に加え、Shing02脚本・監督のショートフィルム『BUSTIN’』のために書き下ろした楽曲が、UKの〈Eglo Records〉から『Natural Thing / Bustin'』7inch レコードとしてリリース。N'gaho Ta'quia(ンガホ・タキーア)では、自身のルーツである 70's ジャズ、ファンク、ソウル・ミュージックをヒップホップ/ビート・ミュージックのフィルターを通してアウトプットすると共に、アルバム制作へと繋がるコンセプチュアルな世界観を表現している。

Shhhhh(SUNHOUSE) https://twitter.com/shhhhhsunhouse https://shhhhhsunhouse.tumblr.com/
DJ/東京出身。オリジナルなワールドミュージック/伝統伝承の発掘活動。フロアでは民族音楽から最新の電子音楽全般を操るフリースタイル・グルーヴを発明。オフィシャルミックスCD、『EL FOLCLORE PARADOX』のほかに『ウニコリスモ』ら2作品のアルゼンチン音楽を中心とした、DJ視点での南米音楽コンピレーションの編集/監修。ライナーノーツ、ディスクレビューなど執筆活動やジャンルを跨いだ海外アーティストとの共演や招聘活動のサポート。 全国各地のカルト野外パーティー/奇祭からフェス。はたまた町の酒場で幅広く活動中。

Mamazu(HOLE AND HOLLAND)https://mamazu.tumblr.com/
SUPER X 主催。90年代中期頃からDJとして活動を始める。今は無きclub青山MIXの洗礼を浴び、音と人、空間に触発され多種多様な音を吸収。小箱から大箱、野外まで独自の視点で形成される有機的なプレイを続け、国内外数多くのDJ、アーティストとの共演を果たす。トラック制作ではSkateDVDの『007』や『LIGHT HILL ISM』、雑誌『TRANSWORLDJAPAN』付録DVD、代々木公園にて行われる伝統ダンスパーティー『春風』のPVなどに楽曲を提供。2011年HOLE AND HOLLANDから発売されたV.A『RIDE MUSIC』の収録曲「ANTENA」ではInterFMなどでも放送され、日本が宇宙に誇るALTZもPLAY!、BOREDOMSのEYEもMETAMORPHOSE 2012でPLAYし、REDBULL主宰の RBMA RADIO にて公開され大きな話題となる。2012年5月には『RIDE MUSIC』から待望のアナログ・カット、MAMAZU - ANTENA - YO.AN EP EDITをリリースしこちらもALTZ、INSIDEMAN aka Q(Grassroots)、箭内健一(Slow Motion Replay)、YAZI(Blacksmoker)などなど様々なDJがPLAY中!2013年は自身初となるMIXCD『BREATH』をリリースし、最近ではアパレルブランドSON OF THE CHEESEの2015F/WのイメージMIXを提供。HOLE AND HOLLANDからリリースが予定されている。またCOGEEとのB2Bユニット『COZU』やSUNGAを加えたライヴユニット『DELTA THREE』ではBLACK SHEEPによるコンピレーションLP『ANTHOLOGY』に曲を提供するなど、活動は多義に渡る。

interview with Kikuchi Kazuya - ele-king


菊地一谷
CONCRETE CLEAN 千秋楽

Pヴァイン

Hip Hop

Tower HMV Amazon iTunes

 アニマル・コレクティヴ、ムー、ヤー・ヤー・ヤーズ、マイク・オールドフィールド、ジ・エックス・エックス、トーキング・ヘッズ、プリンス……、QN改め菊地一谷の口からは年代もジャンルも雑多なミュージシャン、バンドの名前が出てくる。人騒がせな行動のおかげで、筆者が彼に出会ったときの大切な第一印象を忘れそうになっていたことに気づく。菊地一谷は音楽好きのラッパー/プロデューサーで、レコードを掘るのも大好きな男だった。一時は音楽への情熱が薄れたのかと思わせる発言も耳にしていただけに、再び音楽への情熱を取り戻したと聞けてうれしかった。

 菊地一谷はQN名義で昨年リリースした『DQN忠臣蔵~どっきゅんペチンス海物語~』からMPCとトライトンでの制作へ移行している。そこで彼は、スウィズ・ビーツのミニマリズムとエッジの効いたコールド・ファンクが合体したようなヒップホップ・サウンドを展開した。菊地一谷名義のファースト・アルバム『CONCRETE CLEAN 千秋楽』のサウンドはその深化形であり、さらに本作にはプリンスやトラップ・ミュージックや90年代ブーム・バップの要素も多分に含まれている。ちょっと未来的な感じだ。
 また、SEEDA、NORIKIYO、菊地成孔、田我流、北島、高島、MARIA、RAU DEF、菊丸、GIVVN(LowPass)といったゲスト陣が参加しているものの、菊地一谷が彼らに食われていない、というのがもうひとつのポイント。ゲスト・ラッパーに頼りっぱなしでお茶を濁したような作品ではない。謙虚に見せつつも主役は俺だというエゴを出しているのがいい。さらにさらにこの男、どこか放っておけないという気分にさせるさびしげな詩情を持っているからズルイ。

 取材場所へ登場した彼は筆者にドトールのコーヒーと茶菓子を手渡し、「どうぞよろしくお願いします」と言った。ん? あれだけ拒絶していた大人になったのだろうか。仕事をして、飯を食って、仲間とチルして、音楽を作る。そういう日常のサイクル、菊地一谷流のヒップホップ的ライフ・スタイルからこの最新作はできあがっている。そのように菊地は語った。さて、その真意とは?

■菊地一谷 / きくちかずや
またの名をQN。2012年までヒップホップ・クルーSIMI LABに在籍。数多くのストリート・ネームを持ち、楽曲も多数手掛けてきた異才にして、理解され難い行動や言動でも記憶されるプロデューサー/ラッパー。前作『DQN忠臣蔵~どっきゅんペチンス海物語~』リリース後、菊地成孔プロデュースによる女優・菊地凛子の「Rinbjö」名義でのデビュー・アルバム『戒厳令』へも参加。2015年、音楽活動を再スタートさせることを宣言し、客演にSEEDA、菊地成孔、NORIKIYO、MARIA、RAU DEF、GIVVN(from LowPass)、田我流、菊丸、高島、北島などを迎えてのアルバム『CONCRETE CLEAN 千秋楽』をリリースした。

“CLEAN”という言葉が出てきたのは、これまでのちょっとイリーガル感のある作品じゃなくて、ヒップホップであっても若い世代に悪影響のない音楽を作りたかったからなんです。

まずやはり『CONCRETE CLEAN 千秋楽』というタイトルですよね。

菊地一谷(以下、菊地):最初からシンプルかつライトな聴きやすい音楽を作ろうというコンセプトがあって、タイトルも菊地一谷の頭文字を取って『KK』にしようと考えてたぐらいなんです。でも、客演を集めていくなかでSEEDAくんのフィーチャリングが決まって、俺がふざけて『CONCRETE GREEN』をもじったりしていたら、『CONCRETE CLEAN』にたどりついた。“CLEAN”という言葉が出てきたのは、これまでのちょっとイリーガル感のある作品じゃなくて、ヒップホップであっても若い世代に悪影響のない音楽を作りたかったからなんです。

“イリーガル感”のある作品とは、『DQN忠臣蔵~どっきゅんペチンス海物語~』のこと?

菊地:それもそうですけど、僕自身がいま普通に働いてクリーンな生活をしていたから、そこからもきてますね。あとなにより、『CONCRETE GREEN』は僕の憧れのアルバムだったんですよ。僕らの世代にとってあのコンピはすごく大きい。『CONCRETE GREEN 5』以降、とくに『CONCRETE GREEN 8』や『CONCRETE GREEN 9』ぐらいになると、若い世代もかなり収録されていたから、「俺にもいつかオファーがくるんじゃないか」と思ってたんです(笑)。でも自分は入ることができないまま終わってしまった。だったらもう自分で作るしかないなと。だから、このアルバムは『CONCRETE GREEN』のパロディと思っていただきたいです。

ということは、『CONCRETE GREEN』監修者であるSEEDAと“神奈川ハザード”で共演できたのは感無量なんじゃないですか?

菊地:それはめっちゃありますね。SEEDAくんとNORIKIYOさんといっしょに曲を作れたのは大きいです。“神奈川ハザード”は、SEEDAくんが川崎出身で僕が相模原出身なんで、神奈川つながりで曲を作りましたね。

実際いっしょに制作してみてどうでしたか?

菊地:SEEDAくんのヴァースはフリースタイルなんですよ。じつは僕が半分騙したんです(笑)。

どういうこと?

菊地:最初はレコーディングと言わないで、「家に遊びに来てください」って誘ったんです。それで自分の部屋やリヴィングで遊びながらいい感じになってきたところで、「フリースタイルでいいんで俺のアルバムに入ってほしいです」ってお願いしたんです。SEEDAくんには、「お前、ハメたっしょ?」って言われました(笑)。そう言いながらもSEEDAくんは、30分ぐらいフリースタイルしてパリッと作ってくれました。

だからなんですね。SEEDAのリラックスした、隙間の多いフロウがすごい気になってたんですよ。“神奈川ハザード”の2人のラップには中毒性がありますね。

菊地:そうですね。でも僕はリリックを書きましたね。

NORIKIYOとの共作はどうでしたか? NORIKIYOをディスした曲以降、2人の関係について気にしているファンやヘッズもだいぶいますよね。

菊地:自分のいまの考えではビーフはよくないです。自分がNORIKIYOさんをディスったことを振り返ると、自分のやり方は間違っていたと思いますね。ああいうディスやビーフにヒートアップしてくれた人もいますけど、人のことをおとしめる音楽はやっぱりよくないなと。とはいえ、NORIKIYOさんをディスったのには理由があって、相模原の地元でずっと憧れ続けてた存在だったからなんです。単に営業妨害や邪魔をしたかったわけではなくて、音楽的に勝負したかったんです。だけど、それがああいう形になってしまった。そういうことを今回NORIKIYOさんに話したら理解していただけて、あらためて音楽的な部分で勝負させてもらいましたね。


人のことをおとしめる音楽はやっぱりよくないなと。

今回の作品で僕がまず素晴らしいと思ったのは、豪華なゲスト陣に菊地一谷が食われていないところなんです。フィーチャリングの多い作品の場合、聴く側からすると主役のラッパーがゲストのラッパーに負けていないかというのはいちばん気になるポイントでもあるじゃないですか。そこは考えてアルバムを構成したんじゃないんですか? ヴァースをラップしてる人たちに食われてないだけではなくて、菊地成孔や田我流はフックで歌ってもらうだけにとどめてますよね。

菊地:そこはゲストのみんなに無理のない程度に際立ってもらうようにお願いしたんです。それもありますし、僕がキチキチに気張った音楽が好みじゃないのもあって、さっぱり作ってほしいって依頼したんです。田我流くんは、「ヴァースも書きたいしフックもやる」と言ってくれたんですけど、フックで歌ってもらうだけにしました。田我流くん、SEEDAくん、NORIKIYOさん、それに菊地(成孔)さんはみんな大御所ですし、そのほうが高級感も出ると思ったんです。だからメインの役割は僕がやって、ゲストの人たちにはちょっと食べてもおいしいキャビアみたいな感じになってもらいましたね。ただ、MARIAにはヴァースまで書いてもらった曲(“続BETTER”)とフックだけの曲(“SLAVE ROCK”)をそれぞれ作ってもらって、RAU DEFにもかなり協力してもらってますね。

菊地一谷 feat. 菊地成孔“成功までの道のり”

菊地一谷 feat. MARIA“SLAVE ROCK”


名前に頼らないで自分の音楽とスタイルが評価されればいいし、それで存在感を示せればおもしろい展開が作れるんじゃないかと思って名前を変えました。

ところで、このタイミングでまた名前を変えたのはどうしてですか? 

菊地:QNっていう名前にいろんなバックグラウンドがついてしまったから、それに収拾をつけるために名前を変更したのがまずありますね。それと、しょっちゅう名前を変える人間が作品をポンポン出して、その上で注目されるのはそれなりのハードルだと思うんです。だから、自分への試練ですね。名前に頼らないで自分の音楽とスタイルが評価されればいいし、それで存在感を示せればおもしろい展開が作れるんじゃないかと思って名前を変えました。

それでなぜ菊地一谷?

菊地:菊地凛子さんからオファーが来たときに(菊地一谷はRinbjö『戒厳令』に参加)、「ハリウッド女優からオファー来た!」ともう舞い上がってしまって、しかも菊地成孔さんからもオファーが来てるし、もう菊地一派に入れてもらおうと完全な独りよがりでこの名前にしました。

なんだそれ……(苦笑)。

菊地:菊地一派に入りたいがためだけにこの名前にしましたね。

おふたりは何か言ってましたか?

菊地:いや、複雑な顔してたっすね。「ま、いいよ。勝手にやれば」みたいな感じだったと思います(笑)。

そりゃ反応のしようがないですよね。ぜったいまた名前変えるでしょ?

菊地:ファッションでも大人ラインと自由度の強いキッズのラインがあったりするじゃないですか。菊地一谷はそういう意味では大人路線ですね。

ただ少し前に話したときは、音楽への情熱が薄れているような発言をしていたけど、音楽への興味や探求心も復活してきたんじゃないですか?

菊地:そのとき言ったことは撤回したいですね。

それはよかった!

菊地:いまは音楽は宇宙の世界で、キリがないほどいろんな構成が作れると思ってますね。あとけっきょくレコーディングがすべてなんです。ただ日々ダラダラと生活してる人間がレコーディングのときだけ急にちゃんとできるはずがないんです。毎日の生活があってはじめてレコーディングがあるということにようやく気づいたんです。たしかに音楽への興味がなくなったときはあって、そのときはファッションに興味が行ってましたね。そういう時期があったのもいまはよかったと思ってますね。


ただ日々ダラダラと生活してる人間がレコーディングのときだけ急にちゃんとできるはずがないんです。毎日の生活があってはじめてレコーディングがあるということにようやく気づいたんです。

たしかに服は超持ってそうだよね。見るたびにちがうファッションだもんね。

菊地:服や靴の量はヤバいですね。(取材場所のP-VINEの会議室を見回して)ここが埋まるぐらいありますね(笑)。


トラップ・ミュージックをヒップホップでクラシックとされてる90年代のサウンドに混ぜたような音が作りたかったですね。

なるほど。もう少しアルバムの話をしたいんですけど、『CONCRETE CLEAN 千秋楽』は『DQN忠臣蔵~どっきゅんペチンス海物語~』の延長線上にありますよね。サウンドのひとつの核は電子ファンクですよね。

菊地:それもあるし、グッチ・メインのプロデューサーだったり、ウェスト・コーストのヒップホップだったりにけっこうハマってたので、そういう要素もあると思いますね。それと自分としてはわりとクラシック路線を狙っていきましたね。

たしかに菊丸との“菊エキシビション”とか菊地流のGファンクですよね。クラシックな路線を狙ったというのはもう少し具体的に言うとどういうこと?

菊地:最近のトラップ・ミュージックも聴き慣れると悪くないなっていう感じがあって、そういうトラップ・ミュージックをヒップホップでクラシックとされてる90年代のサウンドに混ぜたような音が作りたかったですね。

『NEW COUNTRY』を出したあとのインタヴューでは、トーキング・ヘッズの『ストップ・メイキング・センス』にインスピレーションを受けたと話してましたけど、そこに関していまはどうですか?

菊地:トーキング・ヘッズはいまも好きですけど、当時ほどは熱が入っていないですね。どちらかと言えば、最近は新しい音楽を聴いてる感じですね。

たとえば?

菊地:最近はプリンスのアルバム(『Art Official Age』)がおもしろいと思いましたね。

Prince“Breakfast Can Wait”

あのアルバムはよかったよねー。

菊地:あと、昔はレコードで音楽をかなり聴いてたんですけど、いまはMixcloudを再生したりしてさっぱりした感じで音楽を聴いていますね。音楽を聴くのもそうだし、音楽の制作もさっぱりやってますね。午前中に仕事して、夜は友だちとお酒飲んだりしてチルして、その流れで音楽をさくっと作ると。だから、今回はパラデータのやり取りもしてなくて、ミキシングもマスタリングも自分でやってますね。スタジオに入ってレコーディングするっていう気張った制作の仕方ではなくて、ライフ・スタイルの一環として音楽を作るようになりましたね。

生活の流れで作ってパッと出すと。そういう制作がいまの菊地一谷の考えるヒップホップらしさなんですか?

菊地:そういうふうに思ってますね。

ラテンにはラテン、ジャズにはジャズのコード感があるのもなんとなくわかってきていて、もちろん専門的なことを言いはじめたらちゃんと勉強した人にはかなわないけど、独学ミュージックでそのあたりも追及していきたいですね。

いまもMPCとトライトンで制作してますか?

菊地:『DQN』からトライトンを導入しましたね。

しかしマスタリングまで自分でやったんですね。

菊地:全部〈ミュータント・エンパイア・スタジオ〉っていう自宅スタジオで作ったっすね。MARIA、RAU DEF、SEEDAさん、菊丸、GIVVNもそこレコーディングしてます。やっぱりお金をかけてスタジオを借りて作業して、毎回パラデータを作って制作すると、どうしても1、2年に1枚のペースが限界になる。もっとはやいスパンで僕の音楽を聴きたい人に自分の音楽を提供したいと考えたときに、今回のようなスタイルがいちばんでした。

そうすると、これからだいぶ制作のペースが上がる感じですか?

菊地:いちおうペースは上がる予定です(笑)。『CONCRETE CLEAN』のシリーズは今年中に最低でももう2作完成させようと思ってます。

へええ。音楽にたいして再びピュアになってきたんじゃないですか?

菊地:そうですね。そう言っていただけたらありがたいです。

“コンクリート・ピュア”なんじゃないですか?(笑)。

菊地:はははは。だと思いますね(笑)。

ところで、今回作りたい理想の音というのはありました?

菊地:作りたい理想の音はたしかにあるんですけど、言葉で説明するのは難しいし、今回はあんまりそういうことを考えなかったですね。今回のトラックはここ1年ぐらいで作ったもののなかから選んでいて、このアルバムのために新しく作ったのは“アチチチ”と“SLAVE ROCK”ぐらいです。今回の菊地一谷のファーストはこれまで作ってきたビートがメインで、次の作品で自分の理想に近づけたいですね。個人的にはMARIAとの“続BETTER”のビートや“アチチチ”のラテンっぽい感じが気に入ってますね。

“アチチチ”はラテンだよね。

菊地:意外とラテン音楽とか好きなんですよ。

そうなんだ。レコードを掘ってる?

菊地:ラテン系の音楽はかなり掘って聴いてます。ラテンにはラテン、ジャズにはジャズのコード感があるのもなんとなくわかってきていて、もちろん専門的なことを言いはじめたらちゃんと勉強した人にはかなわないけど、独学ミュージックでそのあたりも追及していきたいですね。

なるほどー。なんか話をきいてると、大人になってきた感じですか?

菊地:はははは。やっぱりバレてるんすね、そういうこと(笑)。自分のライフ・スタイルって考えたときに、こだわりを持っていくうちにいまの形に近づいていますね。

2012年のインタヴューでは大人になりたくないと言っていましたもんね。

菊地:いまもずっとキッズでいたいと思ってるし、僕の音楽を聴いてくれるリスナーのことも考えてますけど、ただ好き勝手やるだけでは意味がないと思うんです。菊地一谷はファッションで言う大人ラインとして、音楽を大事にしていきたいと思いますね。




本インタヴューにつながる“QN”時代のお蔵出しインタヴューを公開中!

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