「CE」と一致するもの

interview with Oh Shu - ele-king


王舟 - Wang
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Indie Rock

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 7月17日、夜10時。渋谷・スペイン坂の上にあるライヴ・ハウス〈WWW〉は親密な空気で満たされていた。その日の主役はファースト・アルバム『Wang』をリリースしたばかりの王舟で、彼はオーディエンスの拍手によって2回めのアンコールに引っぱり出されてきたところだ。グレーのポロ・シャツにブラウンのパンツという、普段、酒場で出会すときとまったく同じ格好をして、寝癖がついたままの頭を照れくさそうに掻きながら現れた王舟に、PA卓の後ろで観ていたceroの髙城晶平、Alfred Beach Sandalの北里彰久といった友人のミュージシャンや、ステージにいるホライズン山下宅配便/片想いの伴瀬朝彦、GELLERSのシャンソンシゲルといったサポート・メンバーから冷やかしの声が飛ぶ。それをフロアの壁に寄りかかったトクマルシューゴが楽しそうに見つめている。

 そう、これまでディスコグラフィには2010年に制作した『賛成』と『THAILAND』という2枚のCD-Rしか載っていなかった、世間的には無名だと言っていいだろうこのシンガー・ソングライターは、いま注目を集めつつある東京の新しいインディ・ミュージックにおいて、愛すべき人柄と、何より素晴らしい楽曲でもって欠かせない人物だと認識されているのだ。そして、王舟が簡単な感謝の言葉を述べてから歌いはじめたのが、オープニング・アクトを務めたHara Kazutoshiの「楽しい暮らし」だったのは、彼の哲学を反映していたように思う。たしかに、記念すべきデビュー・アルバムのリリース・ライヴの締めに選んだのがひとの曲で、しかも、最後はHaraにヴォーカルを取らせ、会場も当然のように盛り上がっていたのは奇妙な光景かもしれない。ただ、それぐらい、「楽しい暮らし」は王舟と仲間たちにとってアンセムになっているのだし、王舟は音楽を通して自己を表現するよりも、音楽を通して他者と繋がり、音楽を通して新たな空間をつくりあげることを第一義としているのだ。王舟が歌うとき、そこは、他でもない、音楽の鳴る/生る/成る場所になる。

 アルバム『Wang』の最後を飾る大らかな名曲“Thailand”で、「タイに帰るの」とうれしそうに話す彼女に対して、主人公は困惑しながら呟く。「Where is Thailand?」。この“Thailand”は、つまり、異世界の象徴である。あるいは、それは“音楽のなる場所”のことなのかもしれない。だから、王舟にも訊くことにしよう。――「Where is Thailand?」と。

■王舟(おうしゅう)
2010年に自主制作CD-R『賛成』『Thailand』をリリース。以降、東京を中心にソロ、デュオ、バンド編成など、さまざまな形態でライヴ活動を行う。今年7月に、待たれていたファースト・アルバム『Wang』をリリースした。


自分も含めて関わってくれたひとは他の仕事をしていたりするんで。それもあって、アルバムを“創る”って感じじゃないんですよ。ゼロから何かを生み出すというよりは、日常の用事のひとつみたいな感じで。

デビュー・アルバムがこうしてプレスされて、いまは「ようやく終わった」という感じ? それとも、「ようやくはじまる」という感じ?

王舟:どうっすかねぇ……。でも、“終わった”って感じはしないな。頭では終わったってわかってるんですけど、身体はとくに反応がなくて。それだけ、時間が長くかかっちゃったから。

レコーディングが日常になって、身体がその生活に慣れてしまったということ?

王舟:レコーディング自体は2012年の9月には終わってたんですけど、なかなか満足のいくミックスができなくて、そこからさらに時間がかかってしまったので、レコーディングが日常になったというよりは、アルバムについて考えるのが日常になっていたという感じですね。だから、取材を受けているいまもあまり変わらないという。

“アルバムについて考える”といっても、壮大なコンセプトを掲げたような作品ではないよね。

王舟:そうですね。考えていたというのは、単純に作業のスケジュールを組んだりだとか。自分も含めて関わってくれたひとは他の仕事をしていたりするんで。それもあって、アルバムを“創る”って感じじゃないんですよ。ゼロから何かを生み出すというよりは、日常の用事のひとつみたいな感じで。でも、それがあったからこそ、毎日、張り合いがあった。もちろん、最終的には答えを出さなければいけないことなので、プレッシャーもなくはなかったんですが。

なるほど。ところで、アルバムを聴いてまず思ったのは、CD-R『賛成』『THAILAND』(鳥獣虫魚、2010年)の楽曲も再演しているけど、雰囲気ががらっと変わったなと。

王舟:『賛成』はほとんどひとりでつくっていて、そうするとああいう雰囲気になるんですよ。でも、ひとりでやるのはいつでもできるので、今回は同じ楽曲を使って、ひとといっしょにつくるとどうなるんだろうかっていうのが最初に考えていたことでした。

『賛成』につづく『THAILAND』にはmmmoono yuukiをはじめとして何人かのミュージシャンが参加していたよね。その延長線上で、『Wang』にはさらに多くのひとが関わっているわけだけど、それは、私的なものよりは、なんというか、ガヤガヤしたものをつくりたいという思いがあったということかな?

王舟:そうですね。あんまり濃い感じじゃないほうがいいというか、個性があるっていう感じじゃないほうがよかった。

『賛成』と『THAILAND』には凛とした空気を感じて、単行本『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト、2011年)の後書きに「東京のボン・イヴェールとでも言いたくなるような美しいCD-R」って書いたんだ。

王舟:そのあと、〈Roji〉で磯部さんに会ったとき「ボン・イヴェールって誰ですか?」って訊いたら「王舟は知らなくていいんだよ」って言われた(笑)。


サポートをお願いしたひとたちも仕事があるのでそこまで練習に入れるわけではなくて。それだったら、オレの楽曲を使ってセッションをするっていうジャズ・バンドみたいな形式でやるのがいいなと思ったんです。

ははは。酔っぱらってたのかな。失礼しました。でも、インディ・ロックをマニアックに聴き込んでいるというよりは、もっと大らかなタイプのミュージシャンなんだろうなと思ったんだよ。実際、『Wang』はラグタイムだったりカントリーだったりフォークだったり、オールド・タイミーなアレンジで仲間たちとセッションを楽しんでいるようなリラックスしたアルバムに仕上がっている。そういう方向性に関しては意図的?

王舟:『賛成』と『THAILAND』を出したあたりからライヴをよくやるようになったんですけど、サポートをお願いしたひとたちも仕事があるのでそこまで練習に入れるわけではなくて。それだったら、オレの楽曲を使ってセッションをするっていうジャズ・バンドみたいな形式でやるのがいいなと思ったんです。だから、もともとは時間だったりお金だったり、制約がある中で、「だったらこうやろう」という感じでできたスタイルで。

でも、その制約の中でやるのがおもしろくなったと。

王舟:オレにとって、音楽って遊びなんですよ。もちろん、演奏しているうちに熱くなってくることもあるんですけど、基本的には楽しいからやってる。

だから、キャンプテン・ビーフハートやジェームス・ブラウンのようにメンバーの生活を犠牲にして、王舟の頭の中で鳴っているサウンドを再現するみたいなやり方ではないってことでしょう?

王舟:それも憧れますけどね(笑)。でも、そういうことがやれる環境にはいないし、そもそも、そういう人間ではないのかもしれない。


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普通は、ジャズっぽいことをやりたいと思っても、ジャズのライヴ・ハウスに行って、そこに出ているミュージシャンに声をかけられないじゃないですか。こっちが敷居が高いと思っているだけかもしれないけど、〈七針〉にはそういう感じがない。

そういった、気兼ねなくセッションできるメンバーと出会ったのは、やはり八丁堀のアート・スペース〈七針〉で、ということになるのかな?

王舟:そうですね。〈七針〉で知り合った人が多いです。あるいは、〈七針〉で知り合った人のライヴを観に別の場所に行って、そこでまた知り合ったりだとか。

どうして、〈七針〉は王舟にとって特別な場所になったんだろう?

王舟:どうしてなんだろう……たとえば、以前、〈七針〉でよくセッションをしてたんです。ライヴが終わった後、出演していたミュージシャンや遊びに来ていたミュージシャンでもって。「さあ、セッションするぞ!」みたいな感じではなく、なんとなくはじまって、なんとなく終わるみたいなゆるい感じで。そうすると、「あ、このひととは合うな」とかわかるじゃないですか。それで、音源をあげたりとか、「今度、いっしょにやりましょうよ」って誘ったりとか。オレもバンドっていう形にはこだわっていなかったので、結果としていろんなひととやることになったんです。

また、〈七針〉には、管楽器だったり、弦楽器だったり、あるいはマルチ・プレイヤーだったり、さまざまなタイプのミュージシャンが出入りしているよね。

王舟:そうなんですよ。いわゆるライヴ・ハウスだと普通のロック・バンドしかいなかったりするじゃないですか。それが〈七針〉だと、ポップなバンドもいれば、ハードコア・パンクまではいかないけどうるさいバンドいたり、フリー・ジャズや現代音楽のひともいて。しかも、それぞれのひとが次のライヴではまったくちがうことをやっていたりする。しかも、みんな、音楽に対して寛容な雰囲気があったので繋がりやすかったんですよね。普通は、ジャズっぽいことをやりたいと思っても、ジャズのライヴ・ハウスに行って、そこに出ているミュージシャンに声をかけられないじゃないですか。こっちが敷居が高いと思っているだけかもしれないけど、〈七針〉にはそういう感じがない。

ただ、そっちの方が不思議にも思えるな。“ジャズ”のような共通言語がないのに繋がることができるというのは。

王舟:そう、だから、音楽の話はほとんどしないんです。セッションが終わった後は飲みながらくだらない話をしてるだけですし。でも、そうやって人柄がわかることで繋がりやすくなるのかもしれない。以前の〈七針〉では、ライヴが終わると近所のお店のひとが差し入れをしてくれて、お客さんを入れて飲み会になったり、ゆるい空気があったんですよ。そういう場所に出会えたのはデカかったと思います。

じゃあ、アルバムも〈七針〉と同じような空気感にしたいと思った?

王舟:『THAILAND』以降、レコーディングは〈七針〉のセッションと同じような感じでやるようになったので、自然と空気感が近くなったんでしょうね。楽曲にもよるんですけど、「こういうアレンジがいいんじゃない?」ってみんなで話しながらつくっていくっていう。そうすると、「ここでこう鳴らしてもいいんだ」って発見する瞬間がところどころであって、そのおかげでレコーディングの間、モチヴェーションが持続できた感じはありました。


そういうやり方ができるのはファースト・アルバムしかないんじゃないかって思ったんですよね。時間を掛けて、納得するまでつくり込むっていう。

ちなみに、今回のアルバムは、『賛成』と『THAILAND』を出した〈七針〉主宰の〈鳥獣虫魚〉ではなく、〈felicity〉から出ることになったわけだけど、その経緯は?

王舟:レコーディング中はどこからリリースするか考えてなかったんです。自分で出すか、あるいは、まわりにレーベルをやっているひとがたくさんいるからお願いしようかなってぼんやりと思っていたぐらいで、あえて答えを出さないようにしていました。そういうこととは関係なく、とりあえず、アルバムを完成させようと。

でも、それって不安にならない? 完成してもリリースできないんじゃないかって。

王舟:そういうやり方ができるのはファースト・アルバムしかないんじゃないかって思ったんですよね。時間を掛けて、納得するまでつくり込むっていう。セカンドを〈felicity〉で出すかどうかはまだわからないけど、もしそうなったら、次は締め切りがあるでしょう。

昨年だったか、達彦(仲原達彦/『Wang』を担当した〈felicity〉のA&R)が〈felicity〉に入ることになったとき、「まずは王舟のアルバムを出そうと思うんです」と言っていたよね。

仲原:僕が王舟と話をしたのは3回めのミックスの時ですね。

王舟:アルバムを録りはじめたのは2011年なんですけど、1回めのミックスは録り音がよくなかったので満足できなくて、結局、最初から録り直したんです。それで、2回めのミックスをしたんですけど、今度はミックス自体が「もうちょっと出来るんじゃないか」って感じた。だから、タッツ(仲原)に「どうしたらいいかな?」って相談したことが〈felicity〉で出すことになったきっかけですね。

達彦は完成したアルバムを聴いてどう思った?

仲原:こんなことを言うのは安易かもしれないんですけど、それでも、聴けば聴くほど、王舟らしいなと。自分から湧き出てくるものを表現するのではなく、出会った人と音を鳴らすっていうか。


音楽ってもともとそういうものだと思うんですよ。自己を表現するのではなくて、自然の調和を表現するっていうか。

先程、「(レコーディングは)ゼロから何かを生み出すというよりは、日常の用事のひとつみたいな感じ」、あるいは、「(アルバムの出来は)あんまり濃い感じじゃない方がいいというか、個性があるっていう感じじゃない方が良かった」と言っていたけど、王舟にはいわゆる“自己表現”のようなものから距離を置こうとしている感じがあるよね。

王舟:「音楽は自己表現」みたいな考え方が当たり前になっていることは嫌だなとは思いますね。何か言いたいことを音楽を使って表現するということがあまり好きではなくて。個人的な好みとしても、主張が強くない音楽が好きだったりしますし。メッセージみたいなものがなくても、曲の旋律とか音の並び方が魅力的だったらそれでいいんじゃないかなって。

それは、昔から思っていたことだったの?

王舟:そうですね。それに、オレがどう考えているかというよりも、音楽ってもともとそういうものだと思うんですよ。自己を表現するのではなくて、自然の調和を表現するっていうか。

アリストテレスの「芸術は自然の模倣である」っていうやつだね。

王舟:自然っていう普遍的なものがあって、それに近づきたいみたいな欲求は、自己っていうものが発見される以前からひとが持っていた感覚なんじゃないですかね。個人的にもそういう作曲観の方が好きですし。

そういう観点から影響を受けたミュージシャンはいる?

王舟:わかりやすいところで言うとバッハとか……。

えー、バッハ!?

王舟:あとはジュディ・シルとか。身近なひとだとmuffinさんとか。ただ、“自然”や“調和”っていうと大袈裟に聞こえるかもしれないですけど、(机の上のペットボトルを手に取って)こういうものと同じだと思うんですよ。これって、ひとに不快感を与えないようにデザインされてるじゃないですか。

サティの「家具の音楽」みたいなこと? ちなみに、英詞が多いのもそれと関係している?

王舟:そうですね。やっぱり、音に日本語を入れるとざらざらして、滑らかさが減るので。意味がわかるっていうことは引っ掛かりが多過ぎるということでもありますし、それよりは意味がわからないもの、抽象的なものが好きなんですよね。

『Wang』の製品盤をもらったとき、ジャケットも抽象的だし、帯に「注目のシンガーソング・ライターがデビュー!」みたいなコメントも書いてないし、「おしゃれだなー」と思った。

王舟:ははは。ジャケットとデザインに関してはタッツとつんちゃん(惣田紗希)にお任せしたので。


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そもそも、音楽がすごく大事なものとして扱われるのがあまり好きじゃないんですよ。スタンダードってそういうところがないじゃないですか。


王舟 - Wang
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達彦としては、ここまで主張のないアーティストを売り出すことを難しいと思わない?

仲原:曲はわかりやすいじゃないですか。聴いてさえくれれば理解してもらえるはずなので、そこまで難しいとは思っていないですね。だから、ジャケットに関しては王舟のそういう性格を上手く生かすというか……「何だろう、このCD?」って手に取ってくれるようなものにしようと。僕自身、『賛成』を初めて聴いたとき、どんなひとなのか前情報が何もない状態で再生して「いいな」と感じたので、これから王舟を知るひとにもできるだけそういう状態で触れてほしいんです。

ひとつ思うのは、本当に衒いがないというか、オーセンティックでスターンダードなひとなんだなということだよね。最近のライヴで“500マイルズ”と“アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴ”をカヴァーしてるでしょう? いま、あの2曲を普通に歌えるひとはなかなかいないよ。

王舟:いろいろな音楽を聴くんですけど、サイケでもレア・グルーヴでも、結局、それぞれのジャンルでいちばん有名なひとが好きなんですよ(笑)。だから、ジュディ・シルを知ったときは「こんなにスタンダードなことをやっているひとがなんでこんなに知られてないんだ?」って驚きましたね。

まぁ、ジュディ・シルも音楽好きにはよく知られているわけだけど、「こんなにスタンダードなことをやっているひとがなんでこんなに知られてないんだ?」というのは、王舟自身がまさにそうだよね。そういえば、アルバムの1曲め“tatebue”の歌い出しが“バッド・バッド・ウィスキー”に似ているんだよね。あの曲は『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)の挿入歌でもあるから、王舟が酔っぱらってる姿を思い出して笑っちゃうんだけど(笑)。

王舟:その曲と似ているのはいま言われて気づいたんですけど、オレもそういう酒場の音楽が好きっていうか、そもそも、音楽がすごく大事なものとして扱われるのがあまり好きじゃないんですよ。スタンダードってそういうところがないじゃないですか。

昔、「音楽のいちばん美しい消費のされ方はBGMである」というコラムを書いたことがあるけどね。

王舟:まさに。そういう方が美しいですよね。

王舟にとっての理想の音楽は、陶酔するようなものではなく、むしろ、聞き流せるようなものだということかな。

王舟:みんながガヤガヤしているところで何か曲が流れている。ふと、「これって何て曲なんだろう」って耳を澄まして聴いてみたらすごくいい曲だった。そんなときって感動するじゃないですか。

そこにいる誰もが音楽を聞き流しているようで、じつはその音楽が空間に作用していたことがわかる瞬間というかね。

王舟:いまって、何の音楽を好きかによって派閥になっているようなところがありますよね。オレはそういう、ひとの価値観を限定する音楽よりも、むしろ、価値観が凝り固まって疲れたときにラクにさせてくれるような音楽の方がいい。もちろん、何かにハマるのは楽しいことだけど、音楽にハマることが他人との壁をつくるように機能してしまったら残念じゃないですか。


オレはそういう、ひとの価値観を限定する音楽よりも、むしろ、価値観が凝り固まって疲れたときにラクにさせてくれるような音楽の方がいい。もちろん、何かにハマるのは楽しいことだけど、音楽にハマることが他人との壁をつくるように機能してしまったら残念じゃないですか。

ただ、“BGM”や“ラクにさせてくれるような音楽”といっても、『Wang』はエレベーター・ミュージックやヒーリング・ミュージックみたいな無味無臭なものとも違う。どこか人懐っこいところがあるのは、職人的な作業としてではなく、仲間と遊びながらつくっているからだと思うんだけど。

王舟:ああ、そうかもしれませんね。

ちなみに、先程、英詞が多いのは「日本語だと滑らかさが減る」からだと解説してくれたけど、内容自体も淡いイメージというか、まぁ、言ってみればたわいないラヴ・ソングが多いよね。

王舟:そうですね。たわいない感じがむしろいいんじゃないかと思うんですよね。Hara Kazutoshiさんの歌なんかも簡単な言葉しか使ってないけどぐっとくる。だから、歌詞にしてもコードにしてもできるだけシンプルなものを使うっていう制約の中でやりたいと思ってます。印象に残る言葉みたいなものは要らないんじゃないかな。ありきたりな言葉を、ありきたりじゃない響きで聴かせられたらいいなと。


音楽に影響を与えているとしたら、「どこがルーツか」ということよりも、「どういうひとと接してきたか」ということがデカいんじゃないかな。

言葉と言えば、王舟は上海生まれだよね。このアルバムも『Wang』という君の名字をタイトルにしているわけだけど、“王”は中国でいちばん多い名字でもある。つまり、私的にも、抽象的にも取れる。そこで訊きたいのが、「自分のルーツが自分の音楽に影響を及ぼしていると思うか」ということ。

王舟:『Wang』ってタイトルもタッツが付けたんですよね。オレ自身はルーツに関してとくに意識はしていないです。大事にしようと考えているわけでもなくて、かと言ってぞんざいに扱っているわけでもない。でも、音楽に影響を与えているとしたら、「どこがルーツか」ということよりも、「どういうひとと接してきたか」ということがデカいんじゃないかな。美意識みたいなものは生まれつき持っているわけではなくて、積み重ねでできあがるものだと思うから。

ああ、なるほどね。自分で選べない“Roots”よりも、自分で選び取ってきた“Routes”の方にリアリティを感じるというのは、当然と言えば当然の話だよね。

王舟:それも意識してないんですけどね。たとえば、「この音楽、いいな」と思うのって無意識じゃないですか。そして、その経験が積み重ねられていくことによって、「ああ、おれはこういう音楽が好きなんだ」って意識する。音楽をつくるときも、曲の書き方だったり、音の出し方だったりは無意識だと思うんですよね。いまはそれを意識的に説明してますけど。

そういえば、松永良平さんのインタヴューで「ちっちゃいころに上海でニューオリンズ・ジャズを結構聞いてたんですよ。でも、そのころの記憶って、一回日本に来てから、完全に途切れて忘れてた。それを、NRQを聴いたときに思い出したんです」と語っていたけど、NRQって疑似的なルーツを鳴らすバンドなわけで、それを聴いて自分のルーツを思い出すというのはおもしろい話だなと思ったんだよね。王舟の音楽自体、スタンダードだったり、ノスタルジックだったりするものの、それって擬似的な標準だったり記憶だったりするんじゃないか。

王舟:ニューオリンズ・ジャズを聴くと「懐かしい」と思うんですけど、ニューオリンズなんて行ったことないですからね(笑)。それってよく考えるとすごい。

それは、ジャズを通して子どもの頃にいた上海を懐かしんでいるだけではなく、音楽そのものからノスタルジーを感じ取っているということだよね。

王舟:そういうふうに、音楽が感じさせてくれるものって、演奏者の自己だけじゃなくて、見たこともないどこかの風景だったりするからこそおもしろいと思うんですよね。

王舟の音楽に“ルーツ”があるとしたら、それは参加している友人たちとの関係なのかなという気はする。

王舟:そうかもしれませんね。でも、聴いているひとは気づかなくてもいいかな。


自分の生まれ育ちが自分の音楽に影響を与えているとしたら、それこそ、“個性を出す”という欲求がないところなのかもしれないです。だって、オレが子どもの頃に日本に来たとき、まず思ったのは、「普通になりたい!」ってことだったんですもん。

しかし、自分自身に興味がないところは徹底してるよね。

王舟:ああ……話していて思ったんですけど、自分の生まれ育ちが自分の音楽に影響を与えているとしたら、それこそ、“個性を出す”という欲求がないところなのかもしれないです。だって、オレが子どもの頃に日本に来たとき、まず思ったのは、「普通になりたい!」ってことだったんですもん。わざわざ個性を出そうとしなくても、まわりから個性的だと思われちゃうから。それと「普通のアルバムをつくりたい」と思ったことは繋がっているのかもしれない。

さっき、「王舟にとっての理想の音楽は、陶酔するようなものではなく、むしろ、聞き流せるようなもの」と言ったけど、むしろ、君は、音楽が陶酔によって自己から解放してくれるところに魅力を感じているのかもしれないね。

王舟:それはあるかもしれないです。たとえばニューオリンズ・ジャズの歴史を調べていたら、もともとは日曜の公園にバラバラの土地からいろいろなひとが集まっていっしょに演奏するところからはじまったっていう。そういう音楽のあり方には憧れますね。

演奏の中で自己から解放されてひとつになっていくという。ただ、王舟の音楽は、ニューオリンズ・ジャズをそのまま模倣しているわけではなくて、“王舟の音楽”としか言いようがない独特のものになっているわけだけど、あたかも昔から存在しているもののように自然に聴けるっていうのが『Wang』のおもしろいところだね。

王舟:みんなで集まって音楽をやるという行為から、ジャズという名前を取ったとしても、楽しさは残っているじゃないですか。それを言い表す言葉はないけど、まさに“そういう音楽”がやりたいんですよね。


FKA twigs - ele-king

 「今年はゼロ年代がちゃんと終わった」などという生意気を、『ele-king vol.12(BEST OF 2013特集)』のマイ・プライベート・チャート10に書き込んだのは、アルカの『&&&&&』(self-released)を1位に、そしてそのアルカがプロデュースしたFKAツイッグスの『EP2』(Young Turks)を6位に選んだことで説明責任は果たせるだろう、と思ったからだった。そう、かつて『remix』マガジンが副題に掲げていた「THE SHAPE OF MUSIC TO COME」というコピーがいまでも僕は好きだが、そういったものがいまでももしあり得るなら、『&&&&&』を聴いたときの戸惑いこそを信じてみよう、と。
 そして、一部の好事家はその得体の知れない音楽を便宜的に「ディストロイド(ディストピック・アンドロイド)」と呼んだわけだが、そのイメージを決定づけたのはやはり、FKA ツイッグスの『EP2』によるところが大きい。FKAツイッグスをめぐっては、通常、コクトー・ツインズやポーティスヘッドの名が出がちだが、むしろ『EP2』は、あそこまで人間臭い音楽はとても聴いていられない、という人向けに遺伝子操作された極めて人工度の高い音楽だったハズであり、それはアルカとの異次元的なコラボレーションで知られ、この『LP1』にもヴィジュアル面の担当で参加しているジェシー・カンダの作り出す世界観が背景にあるのも大きいだろう。
 音楽の中から人間の気配を極力消し去ってしまうこと。『EP2』までのFKAツイッグスとArcaの試みを比較すべきは、だから、〈フェイド・トゥ・マインド〉のケレラではなく、正しくは〈リヴェンジ〉のホーリー・ハードンだったのだろう。同じ2012年に“ブリーズ”なる同名曲を各々リリースしているのが興味深いが、声の質感やトラックの中での配置「だけ」を楽しむ世界というか、そこではヴォーカルとオケのどちらが偉いというわけでもない。いわゆる「インディR&B」的な機運を準備したのがジ・ウィークエンドだったにせよ、インディ・ロックの側からその機運に応えていたのがハウ・トゥ・ドレス・ウェルだったにせよ(彼を「BPM20ヴァージョンのマイケル・ジャクソン」と評したのはどこの海外メディアだったか)、僕に言わせれば彼らはいささか「歌い過ぎ」た。

 そういう意味で言うと、引きつづき〈ヤング・タークス〉からのリリースとなった本作『LP1』も、やや歌い過ぎといえば歌い過ぎの作品ではある。レーベル側の都合なのか、それとも正式なフル・アルバムを準備中のアルカとのスケジュール調整の都合なのか、あるいは彼女自身の要望なのかはわからないけれども、一転してアルカのプロデュース曲が激減した本作では、『EP1』から『EP2』に飛躍したときほどの距離を飛べてはいない。「10年早い音楽」が「3年早い音楽」くらいのポップ・バランスになった、とでも言うか。一方、アルカの代わりに主役級の抜擢を受けているのは、キッド・カディの『マン・オン・ザ・ムーン』シリーズや、ラナ・デル・レイの『ボーン・トゥ・ダイ』等々で知られる、「暗いのに売れるUSダウンテンポ」の名手であるエミール・ヘイニーだ。〈ヤング・タークス〉も恐ろしいことを考えるもので、要は「マーキュリー賞とグラミー賞の両方を狙え」というわけだろう。
 もちろん、この狙いが必ずしも裏目に出ているとは言い切れない。エミール・ヘイニーのプロデュースをアルカが演奏/打ちこみ面でサポートする“トゥー・ウィークス”と“ギヴ・アップ”は本作の目玉で、ヴォーカルとオケのどちらを聴けばいいのかわからなくなるような戸惑いや、未来を窃視しているような緊張感は薄まったが、なるほど、未来のトップ40チャートから迷い込んできたような変種のR&Bとしてうまくコントロールされている。“ペンデュラム”をプロデュースしている大御所、ポール・エプワースも同様で、『EP2』までに築かれたツイッグスの世界観を壊さぬよう、慎重に音を選んでいる配慮が伝わってくる。あるいは逆に、『EP2』の世界観に囚われ過ぎでは、という気がしないでもないが。
 逆に、アルカが唯一プロデュースを手掛ける“ライツ・オン”は、最後の1分間の展開には唸らされるが、アルバム全体からすればややインパクトに欠けるか。まあ、自分のアルバムを準備中の人間に“ハウズ・ザット”や“ウォーター・ミー”レベルのものを10曲用意しろ、というのはさすがに無理な相談のようである。そしてこれは僕の耳がひねくれ過ぎているのか、エミール・ヘイニー、デヴォンテ・ハインズ(a.k.a ブラッド・オレンジ)、クラムス・カジノ、アルカの名がズラリと並べられた“アワーズ”のプロデュース欄には驚いたが、いろいろなものを足し過ぎた結果、全員の個性がうまい具合で相殺されてしまっているように感じられたのは残念だ。意外なところで面白いのは、UKの新人R&Bシンガー、ジョエル・コンパスが作曲の共作者に名を連ねる、おそらくは本作の中でもっともふつうのR&Bに近い素材であるハズのクローサー・トラック“キックス”が、意外とドハマりしていて、ツイッグスのセルフ・プロデュース力の高さというか、どんな曲でも自分色に変えることのできる圧倒的な声の力をむしろ実証する形になっている。

 すっかり長くなってしまったが、ここまで来たので風呂敷を広げてしまおう。米メディア『ピッチフォーク』は今から2年前、インディとメインストリームのあいだに広がる第3の道を「スモール・ポップ」と呼んで何組かのアーティストを(おもにブラッド・オレンジ以降という文脈で)紹介していたけれども、そうした二項対立そのものがはたしていまでも有効なのか、ということを執念深く検証しつづけているのが今年の『タイニー・ミックス・テープス』だ。不得意な英語に目を通しながら、僕がアルカとFKAツイッグスの登場に受けたあの拭いがたい衝撃を思い出したのは、『タイニー』のコラムで次の一文を読んだときだ。「同時代に生み出される最新・最良の音楽は、いつだって私たちが想像するよりもはるかにスマートで、かつ生産的なものである」。なるほどたしかに、『EP2』や『&&&&&』は「気付けば到来していた未来」としていつの間にか眼前に迫り、ミュージック・フリークたちを中心とした決して小さくない市場を生んでしまった。そう、心配することなど何もないのだろう。
 ついでに言えば、クィア・ラップのプロデューサー陣からは、アルカと同じくミッキー・ブランコのプロデュースでブレイクしたベルリンのデュオ(?)のアムネシア・スキャナー(Amnesia Scanner)が、それこそ『&&&&&』の2014年ヴァージョンのようなディストロイド系のミックステープ『AS LIVE [][][][][]』(自主盤)をリリースしているし、そのミッキー・ブランコは自身の正式フル・アルバムを準備するかたわら、トリッキーの2014年作『エイドリアン・ゾーズ(Thaws)』にも参加、オーディションを開いてまで選び抜いたネクスト・ディーヴァ、フランチェスカ・ベルモンテと“ロニー・リッスン(Lonnie Listen)”で共演している。あるいは、メロウなR&Bに落ち着いてしまうのか、と心配されたケレラはご存じ、BOK BOKとの“メルバズ・コール(Melba's Call)”でグリッチR&Bと呼ばれるネクスト・レヴェルを披露、さらには、筆者が個人的に贔屓にしているラッパー、リーフと“OICU”で共演、彼方のR&Bを目指している。
 これらはあくまで一例に過ぎないが、とにかくクィア・ラップ、インディR&B、そしてディストロイドと、筆者がここ数年でなんとなくおもしろいと思ってきた変わり種の音楽が、インターネットを介して少しずつ折り重なってシーンのようなものを形成しつつある。トップ40との両立でも、もちろんいい。そのとき、FKAツイッグスにも「こちら側」にいてほしいと思うのである。あくまでもそうした先端部の動きと比べれば、という前置きは絶対に必要だが、FKAツイッグスは『LP1』でポップ・シーンへの配慮が過ぎたかもしれない。守りに入るには、いくらなんでも早すぎるだろう。「来たるべき音楽」が鳴る場所というものは、既知の情報がもたらす安らぎのなかで団らんする場所ではけっしてあり得ない、ということを、あなたは教えてくれたじゃないか。

interview with Jun Miyake - ele-king

 ここ数年の三宅純の想像のひろがりはとどまるところを知らない。ボサノヴァやサンバやジャズや弦楽曲とシャンソンとブルガリアン・ヴォイスにジャズ、形式を異にする音楽が矛盾なく同居しまるでとけあうような、猥雑なのに遠目からはきわめて滑らかな音の織物とでも呼びたくなる彼の音楽は2007年の『Stolen from strangers』、昨年出した『Lost Memory Theatre act-1』で「Lost Memory Theatre」なるコンセプトを得てまさに水を得た魚になった。


三宅純
Lost Memory Theatre act-2

Pヴァイン

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 というのは慣用句ですけれども、ある枠組みを設け、それを水にひたせば、水は枠組みのなかに還流する。マドレーヌと紅茶の関係をもちだすまでもなく、記憶はささいなきっかけで呼びさまされるが、作品のかたちをとるには虚構のフレームが必要であり、三宅純はそれを劇場になぞらえる。その一幕目(『act-1』)ではアート・リンゼイからニナ・ハーゲンまでが記憶のよりしろとなった。はやくも登場した『act-2』はサティを思わせるピアノ曲“the locked room”で、部屋の扉に後ろ手で鍵をかけられたかのように、幕が開いてしまえば、終曲の“across the ice”まで、エレガントなのにときにリンチ的(あるいはバダラメンティ的)な迷宮の回廊沿いの小部屋を覗いてまわらねばなるまい。なぜなら、そこにはフロイトのいう夢のヘソのような、カフカを論じてガタリのいう抗いがたいものが働いている気がしてならない。

 インタヴューは私鉄の駅からすこし歩いた先の、側面いっぱいに窓をとった三宅さんの部屋で行った。取材を終えて、帰ろうと思ったとき、一時間前にやってきた道筋があやふやになり、帰り道を教えてもらった。
 なんのことはない一本道だった。
 記憶が還流してしまったのだろうか。

■三宅純 / Jun Miyake
日野皓正に見出され、バークリー音楽大学に学び、ジャズトランペッターとして活動開始、時代の盲点を突いたアーティスト活動の傍ら作曲家としても頭角を現し、CM、映画、アニメ、ドキュメンタリー、コンテンポラリーダンス等多くの作品に関わる。3000作を優に超えるCM作品の中にはカンヌ国際広告映画祭、デジタルメディア・グランプリ等での受賞作も多数。05年秋よりパリにも拠点を設け、精力的に活動中。アルバム”Stolen from strangers”はフランス、ドイツの音楽誌で「年間ベストアルバム」「音楽批評家大賞」などを受賞。ギャラリーラファイエット・オムの「2009年の男」に選出され、同年5月にはパリの街を三宅純のポスターが埋め尽くした。主要楽曲を提供したヴィム・ヴェンダース監督作品「ピナ/踊り続けるいのち」はEuropean film award 2011 でベスト・ドキュメンタリー賞受賞。またアカデミー賞2012年ドキュメンタリー部門、および英国アカデミー賞2012年外国語映画部門にノミネートされた。


このテーマこそ、自分のずっとやってきたことなんだと思います。言葉で言うのはやさしいけど、音楽にするのは至難で、ようやく年も食ってきて、記憶の蓄積も、失われた記憶もある。そういう状態になったんですね。

(刷り上がったばかりの『Lost Memory Thatre act-2』のジャケット・デザインを見ながら)三宅さんはデザインの指示もされるんですか?

三宅:ええ、好みははっきりしているので。ジャン=ポール・グードのグラフィック・デザインをすべてやっているヤン・スティーヴさんという方がいらして、彼と結託して、ジャン=ポール・グードの作品から気に入ったものを選んでプロトタイプを仕上げ、こういう感じになったのですが許して頂けますでしょうか、と。

事後承諾ですね(笑)。

三宅:むこうも最近用心しているみたいですね(笑)。『Stolen from strangers』でも彼の写真を使っているんですが、けっこう変えちゃったので一ヶ月くらい口をきいてもらえなかった。

ジャケットは『act-1』と『act-2』で白と黒といった対称性を出そうということでしょうか?

三宅:対称性は意識していません。ジャン=ポールの作品を使いたいとは思っていたんですが、アルバムの構想が固まってから選びはじめたんです。

最後にうかがおうと思っていたんですが、『act 3』も当然考えておられるんですよね。

三宅:考えています。いままでこういうつくり方をしたことがなかったんですけど、『act-2』はあくまで一幕と三幕があっての二幕目の立ち位置だと僕は思っているんです。

そのように私も感じました。

三宅:いままでは一枚ごと「どうだ!?」って感じで出してきたんですけど、そういう意味ではちょっと性格がちがうんですよね。

『act-1』は、聴いたことがないのにどこかそれを喚起するような音楽に誘われて、記憶の劇場に足を踏み入れたような、『act-2』は迷宮のなかにいくつかの小部屋があって、そこにある扉をのぞいてまわるような印象を受けました。たとえば“across the ice”の余韻のあとになにかが訪れるのではないかという期待をおぼえたんですね。『Lost Memory Theatre』シリーズは三宅さんのライフ・ワークというか、このテーマは三宅さんの作風にぴったりだと思いました。

三宅:このテーマこそ、自分のずっとやってきたことなんだと思います。言葉で言うのはやさしいけど、音楽にするのは至難で、ようやく年も食ってきて、記憶の蓄積も、失われた記憶もある。そういう状態になったんですね。

失われてしまった記憶があるからこそ、『Lost Memory Theatre』が成り立つんですね。

三宅:そうです。そのなかには強制終了した記憶もあるんですけど。

強制終了するというのは具体的にどういう意味ですか?

三宅:個人的な記憶も含めて、憶えていたくない記憶ですね。

そういうものも――

三宅:なくはない(笑)。『act-1』に参加してくれたメヒチルド・グロスマンというピナ・バウシュとも仕事をしていた女優さんがいるんですけれど、彼女とのレコーディング(“Ich Bin Schon”『act-1』収録)でロスト・メモリーとはなにかという話になったとき、「失われたということは、あなたが消したんでしょ?」と釘を刺されたんですが、「うーん、必ずしもそうではないな」と思ったんです。ライナーにも書いたように、場所と結びついた記憶はなくなってしまうものでもあるし、津波なども含めればかならずしも彼女がいうとおりではないんですが、彼女が言っている意味もわかる。たとえば彼女とピナ・バウシュとの記憶はいったん消さないと痛みが強すぎて耐えられないものではあったと思うんです。

ロスト・メモリーとはなにかという話になったとき、「失われたということは、あなたが消したんでしょ?」と釘を刺されたんですが、「うーん、必ずしもそうではないな」と思ったんです。

ピナ・バウシュもそうですが、亡くなることで失われてしまうことも、人とのつきあいにおいてはありますからね。

三宅:僕はピナにかんしては、亡くなって存在が消滅したのではなく、圧倒的に不在していると感じています。徹底的に不在している、と。作品もまだ生きていて彼女の存在はあるのだけど、その席が空いちゃっているということですね。

アルバムの話を順番にうかがっていきますが、前作から今作まで1年かかっています。『act-1』を録り終えてすぐ『act-2』の制作にとりかかられたのでしょうか?

三宅:もっと前からです。目的もなく録っている曲もけっこうあって、そういう半分手のついていた曲もたくさんありましたし、『act-2』のうちの8曲くらいは過去の舞台作品で使ったものなんです。白井晃さんの作品ばかりなんですけれど、舞台作品というのはサントラが出るような珍しいケースもありますが、そうでない場合はひとびとの記憶のなかにしか残らない。その意味でまさに“Lost Memory Theatre”なんですね。そのなかで自分が気に入っていたものがいくつかあったので――ピアノ曲が多いのですが――それが今回キーになると思ったんです。
 僕は『act-1』については、劇場に人を呼び込み、そこではかぎりなく失われた記憶を喚起する曲が流れているけれども、それは過去に聴いた音楽そのものではない、というのを目指していました。今回はむしろ、個人の小さな部屋を開けるとそこに詰まっている匂い、温度、湿度があって、場合によっては慌てて閉めて出てしまう、そういうイメージなんです。でもそれはもちろん聴く方の自由なので、限定をするつもりはないんですけれど。

ピアノを使った曲が中心になったのは、ピアノは記憶に働きかける機能が強いということですか?

三宅:そういうわけではないです。どの楽器もそういう要素があるとは思いますけれど、たまたまそういう舞台のためにつくった曲がそういう曲調だったんですね。

CD化された『中国の不思議な役人』とか『Woyzeck(ヴォイツェック)』ともちがう舞台ですか?

三宅:そうです。ポール・オースター原作だったり、フィリップ・リドリー原作の舞台です。

収録するにあたってアレンジし直しましたか?

三宅:曲によって手を入れたものもあれば、そのまま使っているものもあります。

今回は前作よりもインストの比重が大きくなっているのもピアノの影響でしょうか?

三宅:今回はインスト中心でいこうという気持ちが最初からあって。やっぱりその小部屋のイメージが自分にはあったので。歌が入ると部屋がだんだんと大きくなっていっちゃうんです(笑)。

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音楽なんて、最初から理論はないわけだから。イノヴェイターがいて、「これはどうなってるんだろう」って、理論はあとづけなんですよ。それなのに、音楽学校は逆に教えちゃうので型にはまった人が出てきちゃう。


三宅純
Lost Memory Theatre act-2

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『act-1』には“Eden-1”が入っていて、『act-2』には“Eden-3”“Eden-4”と収録されていますが、“Eden-2”はどこにいってしまったんでしょう?

三宅:“Eden”シリーズは20年くらい前に書いた曲なんです。とあるプロデューサーと話していたときに「レーベルをやらないか」みたいなお誘いを受けて、そのとき考えたコンセプトが今回の『Lost Memory Theatre』に近かったんですね。ただ、当時はまだ30代の若造ですから、そういったテーマを立ててみても、たんにノスタルジックになってしまったり、ひとりよがりになってしまうおそれがあったんですが、それをいまふりかえり、楽曲自体は時間の風雪に耐えられると思い、出すことにしました。曲名は仮のタイトルが残ってしまっているだけで、名前をつけ替えればそういう疑問は残らなかったかもしれませんけど、20年前の曲としてそのまま使っているんですね。“Eden-2”がどうなったかはデータを見直さなきゃわからないですが、もしかしたらそれだけ別個に世に出ている可能性もあります。

なるほど、CMなどで耳にしているかもしれませんね。三宅さんはCMや舞台のような、依頼される仕事のほかにつねにご自分のアルバムを同時並行で制作されているんですか?

三宅:つねに同時並行です。以前レコード会社にまだ体力がある頃は、〆切も与えられて期限付きでそれだけに集中するようなこともあり得ましたが、いまはそういう時代でもありません。自発的にやる場合はある程度思いついたときにやっておかないと、かたちになっていきませんし。

話はそれますけれど、音楽をとりまく現状を三宅さんはどう思われますか?

三宅:違法ダウンロードみたいなものにかんしては、憤りを感じないわけではないですけれど、どうしようもないレベルにまでいっちゃっているから、パッケージを買うだけの熱意とリスペクトがある方に買っていただければいいという気持ちです。でも音楽自体が必要とされていないという感じはしていないんです。昔から極北の音楽をやっていますから、ファンの方に向けてつくるというよりは、そのつど欠落している自分の部分を埋めようとしているので、制作へのモチヴェーションにも変わりはありません。もちろん音楽産業がさかんであればよいのにな、とは思います。

欠落しているというのは、ご自身が聴きたい音楽がないからつくらざるをえないということもあるのでしょうか?

三宅:それはありますね。おもに流通している音楽のなかに、ということかもしれませんが。もちろんいまはあらゆる種類の音楽が飽和していますから、発掘していけばそういった音楽もあるかもしれませんが、僕の作品のようにハイブリッドな音楽は少ないかもしれません。

三宅さんは、たとえばジャズでもサンバでもボサノヴァでもいいですが、あるジャンルの音楽をご自分のなかに取りこむとき、形式そのものを援用するのでしょうか? あるいはその音楽が表象する感覚を先に考えますか?

三宅:大きくわけると後者にちかくて、エッセンスのようなものをとりこもうと考えています。これはほとんどフィジカルなプロセスなんですけれども、昔は聴いたこともないような音楽をサンプルに、明日までにこういう曲をつくってくれみたいなことがCMではよくあったんですよ。

明日ですか!?

三宅:バブルの時期はよくありました。そんな時も、理論的に分析して作れば似たものはできるかもしれないんですけど、おもしろくもなんともないんですよ。ある音楽が奏でられる地方があって、その地方の人たち、その音楽が暮らしのなかにある人たちはなにを聴いたらうれしくなるだろう? 彼らの体がよろこぶ感じをいつも心がけていたんですね。そうすると、意外と現地の方が聴いたときに「これって昔からあったような曲だね」といってくれたりするんです。『Innocent Bossa in the mirror』(2000年)をつくったときも、ボサノヴァは名曲が多くて一種のアンタッチャブルな領域だと思ったんですけれど、そこで100年前からあったような曲をつくってみようと大それたことを考えて、珍しくピアノだけで主要曲をつくりました。

三宅さんにとって音楽はロジカルなものではないということでしょうか?

三宅:ロジカルな側面は当然ありますけれど、それはあとからとってつけた理論なんですね。音楽なんて、最初から理論はないわけだから。イノヴェイターがいて、「これはどうなってるんだろう」って、理論はあとづけなんですよ。それなのに、音楽学校は逆に教えちゃうので型にはまった人が出てきちゃう。

でも三宅さんも学校ではそういうふうに教わったんですよね?

三宅:幸か不幸か僕は即興演奏だけを目指して学校に入り、必須の作曲の科目以外はけっこうドロップしちゃっていたんです。基礎的なところはわかりますし、あとからは勉強しましたけれど、即興演奏って、つまりその場で作曲することじゃないですか? 作曲なんてやるやつはゆっくりしか即興ができないんだと、当時僕はそう思っていました。ほんとうはまちがっているんですけど。理論は自分でダメだなって思ったときにやればいいと思っていたんですよ。

さっさと学校を出て活動したかったということですね。

三宅:入ったときから外で演奏していました。

僕はずっと移動しているせいか、生きている間は旅だと思っているんです。

三宅さんはアメリカで活動され、いまはパリを拠点にされていますが、ローカリティが音楽そのものに働きかける部分は大きいと思いますか?

三宅:もちろん居住環境が変わったり国が変わることで意識せざるリフレクションはあると思いますが、基本的なメンタリティは変わらないですよ。そんなことをいえば、今日ここにいらっしゃるまでに歩いた道とか乗った交通機関とかでみなさんもそれなりの影響を受けているわけで。僕はずっと移動しているせいか、生きている間は旅だと思っているんです。そのなかのどこを切りとるかということですよね。

移動しつづけるなかで、伝統のようなものから遠ざかってしまうのではないかという危惧はないですか? たとえば日本的なものから。

三宅:それは日本の音楽教育システムが悪すぎるせいなんですよ(笑)。つまり、文明開化のときに新しい西洋の音楽の教育システムをつくってしまって、伝統音楽に対して一回切っちゃったでしょ? だから僕の世代でも(伝統的なものは)ないし、もっと上の方でもすでにない人が多い。皆さんの世代もきっとそうでしょう。ただ、そんなに聴いたことがなくても血の中にお祭りの太鼓とか能の間のとり方とかが入っていると思うんです。というのは、僕は白井さんの舞台で泉鏡花の『天守物語』という演目をやったことがあって、能管とか琴とか三味線とかを使って、はじめて和ものにがっぷり挑戦したんですね。そのときに和の旋律というのはあえて聴かなくても、「あっ、そうか。こういう感じか」とつづきが出てきちゃうことがわかったんです。和の感覚を僕はそんなに肯定してこなかったのに。けっこう怖いなとは思いました。で、答えに戻ると、日本から離れたからといって日本の伝統と切れるという気はしていません。なぜかというと、日本では伝統自体が切れているから(笑)。

逆に、海外で日本的なものを期待されることはありませんか?

三宅:それはあります。つらいんですね。その場合は、僕たちは伝統から切られているんだと。きっとあなたたちが聴いているのと同じか、あるいはもっと雑食的にいろんなものを聴いて育っている、と答えますね。

たしかに、日本の国土は自分たちでも気づかないくらい雑多なものでできているかもしれないですね。

三宅:僕がやっていることもそういうことだと思うんです。だから、そういう意味でこれは日本的な音楽だと僕は思っています(笑)。

話は戻りますが、『Lost Memory Theatre』における記憶とはどのような種類のものでしょう?

三宅:通過してきたありとあらゆる記憶のレイヤーです。

東京だと昨日まであった建物が壊されて更地になったあと、そこにかつてなにがあったかまったく思い出せないことがありますよね。東京とパリを較べてどう思われますか?

三宅:パリは街の美観を維持することが法律で決まっているんですよ。変えてはいけない地域があって、エアコンの室外機も付けられない。1階のお店の入れ替わりとかはありますけど、建物の外観は変えられないんですね。日本だと築40年の建物は古いですが、パリには三百年四百年の建物はざらにあって、それを直しながら使っているわけで、その感覚はすごくちがいますよね。

記憶のあり方もちがう気がしますね。

三宅:ちがうと思います。パリも中心部はそうだとしても、郊外は近代化しているので一概にはいえませんけどね。

でもどちらが正しいということではなくて、それぞれの都市のありようだとは思いますが。

三宅:もちろんどちらが正しいということではないんですが、さっきの教育の分断と同じように、フランスの人たちは何百年、何千年という流れが途切れていないとは思います。つまり、昔から何代も暮らしてきたところに自分も暮らしていて、営みが昔から脈々とある。そこはいまの日本にあまりないところだと思うんです。とくに東京なんかだと。

電車に乗っても、どの駅に着いたのかパッと見はわからないですからね。

三宅:あれはちょっと問題ですよね。アレックス・カーさんという著述家が日本の美についていろいろ書かれていますけど非常に共感したんです。彼は京都に庵があって、そこで古美術品などを集めたりしていたんですが、それを入手する手段が開発とともに変わってきてしまった。あるいは、彼は四国の山村にも別の庵があるんですが、その村自体が過疎化してダムができちゃうとか。

そういう現実がいたるところで進行していますよね。

三宅:田中角栄の『列島改造論』あたりからもうよくなかったのかもしれないね。たとえ改造するのであっても、この美しい国土をどうやったら美しいまま発展できるかって考えればよかったと思うんですけどね。

日本的な美しさは往々にして外から発見されますね。

三宅:この小さな島の中だけで価値観がまわっているからそうなるんでしょうね。どうせなら鎖国していればよかったのかもしれない(笑)。

急に極論が(笑)。でも三宅さんは閉塞した日本が息苦しくてフランスでの活動を選ばれたんじゃないですか?

三宅:それもありますが、もし鎖国していたら出なかったかもしれないですよ(笑)。そのなかにきれいなものはいっぱいあるんだから、それを極めればいいと思っていたかもしれない。さっきの教育システムの話にまた戻ってしまうかもしれないけれど、他の国のおもしろいものを知ってしまったから、彼らとコラボレーションするためには日本は地理的に遠い、その点がいちばん大きいです。

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コラボレーションでもなんでもそうですが、最初からうまくいくことは非常に稀なので、なんらかのコミュニケーションで埋めなくてはならなかったり、たがいに思っていた音の方向がちがうとかそういうことはいくらでもあります。

三宅さんはこれまで数え切れないほど仕事をしてきたと思いますが、いままでのキャリアで迎えた最大とピンチというと何を思い浮かべますか?

三宅:つねに臨戦態勢なので、マズいという感じがあたりまえなんですよね(笑)。コラボレーションでもなんでもそうですが、最初からうまくいくことは非常に稀なので、なんらかのコミュニケーションで埋めなくてはならなかったり、たがいに思っていた音の方向がちがうとかそういうことはいくらでもあります。僕は締切に遅れることはないので、言われたけどできないみたいなピンチはないんです。

較べるのもおこがましいですが、私も仮にも締切のある仕事をしていますけれども、三宅さんのように自信をもって遅れないとはいいきれないです(笑)。

三宅:瞬間湯沸かし的にやっちゃうんですよ(笑)。

壁に突きあたったりしませんか?

三宅:曲を完成させることにかんしていうと、頭の中できちんと音が聴こえていれば、そこにむかって走るだけなんです。まあ曲をつくっている最中に話かけられるとなにするかわかりませんけど(笑)。

CMの曲をつくるのでも、舞台でも映画のサウンド・トラックでも同じことですか?

三宅:同じです。デモを完成させてオーケストレーションするまで、だいたい3時間くらいなんですね。たまに「今日はこのくらいにして、つづきは明日やると楽しいかも」と思ってわざとやめるときもたまにあります。そうじゃないときは早く出しちゃわないと落ち着かないから。

出して自分の頭の中のスペースを空けるみたいな感じですか?

三宅:キャパは狭いけど、べつに音楽のことばかり考えているわけじゃないですよ。もっとほかによくないことも考えてますし(笑)、でもつくっているときは音楽に異常に集中しています。曲をつくるまではそういうプロセスなんですけれども、実際それをおのおののミュージシャンを呼んで、録って、そしてひとり増えるごとにプリ・ミックスしていくにはものすごく時間がかかります。なので、1曲3時間で書いたとしても、アルバムとして出すのに5年とか7年かかるんですね。青写真は短期間で出せたとしても、それは自分の頭のなかのものだけであって、人に会って、この人だと思う方に参加してもうらうたびに、その人なりの奥行が出てくる。それを微調整しながら、思いどおりにいかない場合は「どうしようかな」というのがいつもあるんです。

その録る環境そのものが楽音だと思うんです。僕は人肌、環境が集まったときにひとつの音楽になる、と考えます。だから無音のアイソレートされた、めちゃくちゃデッドな部屋で録る楽器の音はそんなに好きじゃない。

いまだとPCのシミュレーションでかなりリアルなサウンドができますが、それでもやはり誰かといっしょに音楽をつくりあげたいという気持ちが強いですか?

三宅:どんなに機械が進化しても人肌とはまるでちがいます。楽音というのは、たとえばサンプリング・サウンドはそこで録った環境も含めての音ですけど、(三宅氏の住居の階上から音が聞こえる)いま上で工事の音がしている、これも音楽の一部じゃないですか? その録る環境そのものが楽音だと思うんです。僕は人肌、環境が集まったときにひとつの音楽になる、と考えます。だから無音のアイソレートされた、めちゃくちゃデッドな部屋で録る楽器の音はそんなに好きじゃない。それなりの響きがあるところ、ふさわしい響きがあるところで録りたいと思いますね。


三宅純
Lost Memory Theatre act-2

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『act-2』も、階層化した音が奥行を感じさせますが、三宅さんの音楽は音響までふくめて成り立っているんですね。

三宅:それはもちろん。たとえば、自宅でストリングスを録ろうとなって、予算の都合でひとりしか呼べなくて、でも30人分の音がほしいときには、ただ30回音を重ねるのではなくて、椅子を少しずらしていったりとか、マイクを途中で変えてみたりとかそういうことは自分でやります。最終的にはエンジニアの腕にかかってきます。

サンプリングの小さなノイズを曲のなかにとりいれていますよね。そういった音は漫然と聴いたら聞こえないかもしれない。そういう音ものも含めての音楽だと考えていらっしゃるのでしょうか? あるいは記憶を音楽で表すには瑕(ノイズ)が必要なのでしょうか?

三宅:目的もなく好きだから入れています。というのは、いま解像度という意味では、テクノロジーの発達でクリーン過ぎる音の領域にまで入ってきているんです。デジタルでクリーンな状態は音が冷たい。だからものすごくクリーンな音を録っておいて、それを汚す音を入れないと僕は落ち着かないんです。

その判断はプレイ・バックしながらそのつど考えていく?

三宅:はい、そうです。音をひとつ足しただけでも全部のバランスを繰り返しとり直します。エンジニアに渡すときはほぼ完成形に近くなっているので、「バランスはこれね!」と指定して、音響処理だけをお願いするんです。プリ・ミックスにはすごく時間をかけます。

バランスが崩れるとまったくちがうものになってしまうんですね。

三宅:すべてバランスだと思います。シンプルなディレイとかリヴァーヴとほんのすこしコンプレッサーをかけることはありますが、お化粧でやるのはあまり好きじゃないです。

そう考えると、構想とか楽想とかがあったとしてもレコードのかたちになるまでには時間がかかりますね。

三宅:非常にかかりますし、そこの段階ではいろいろな迷いも生じます。レコードにするには反復に耐えうる普遍性ももたせなければならないので。

だから三宅さんの音楽は古びないんですね。

三宅:だとうれしいですけどね。そうあってほしいと思っていますけれど。

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──三宅さんが現在の三宅さんになった、つまり納得できた最初の作品はどこからですか?

『永遠之掌(とこしえのてのひら)』(88年)から『星ノ玉ノ緒』(93年)に移るこの2作かな。

録音にもトレンドがありますから、たとえば80年代のゲート・リヴァーヴが強くかかった作品などは、いま聴いたらちょっと大仰かもしれませんが、それでも三宅さんの作品は初期から一貫して残っていくものだという気が私はします。

三宅:それを目指していますけれども。やっぱり、ゲート・リヴァーヴもそうだけど、当時の最先端だったシンセの音とか、やっぱ恥ずかしいよね(笑)。自分のアルバムではそんなに使っていないと思うけど、CMでは使っているんですよね。

先日森美術館のアンディ・ウォーホール展へ行ったんですけど、最後のほうでウォーホルのテレビCMが流れていたんですよ。そういえば、この曲は三宅さんだったなと思い出しました。あれは最初のアルバムですよね?

三宅:そうですね。

〈TDK〉から出された──

三宅:よく知ってますね(笑)。

いや、私、もってますよ(笑)。

三宅:ほんとに!? いくつなの(笑)?

四〇代です(笑)。ウォーホルもインパクトありましたが、曲も気になったんですね。CMで使ったのは“I Knew I Was”ですよね。あのアルバムは再発されないんですか?

三宅:〈TDK〉の2枚は、自分にとって、あっ、あれは一種のピンチだね(笑)。僕はそれまでは「どジャズ」をやっていて、当時はフュージョン真っ盛りで、会社の意向もあったんです。それを全部飲んじゃうとほんとうにフュージョンになってしまうので、せめてブラコン止まりにしよう思っていたんですね。自分なりにベストを尽くしたんですが、2枚録ったあとで「レコード会社のいうことを聞きすぎると、自分の作品としてあとで反省することが多いな」と思って、こういう極北の音楽をやりはじめた気がします。

三宅さんが現在の三宅さんになった、つまり納得できた最初の作品はどこからですか?

三宅:『永遠之掌(とこしえのてのひら)』(88年)から『星ノ玉ノ緒』(93年)に移るこの2作かな。『永遠之掌』は80年代的に生の割合と機械の割合がイーヴンくらいになっていて、いま聴くとここは生にすればいいのにというのはいくらでもありますけれど、コンセプトとしては自分のやりたかったものではあった。ハル・ウィルナーとやった『星ノ玉ノ緒』はいま聴いても大丈夫かなと思いますね。

『星ノ玉ノ緒』は初期の代表作だと思います。スブリームさんとはこのころからのおつきあいですものね。スブリームさんとのアルバム『リュディック』を再発することにしたというのは、どういう理由からでしょう?

三宅:ライセンス期間が前のところときれたから(笑)。

もっとメロウなことをおっしゃっていただいた方がいい気がしますが(笑)。

三宅:そうだね。そういうトークができればいいんだけど(笑)。僕だけの意志ではないので。でもこれは彼女にとってこれは大きなアルバムだと思うので、マーケットからなくなってしまうのはいけないと思うんですね。

お見舞いに行ったら、「ジュン、この保険金でアルバムをつくろう!」と(笑)。すごい人だなと思いました。

三宅さんがフランスへ行かれて、東京を拠点とするスブリームさんがクロスフェードするようなかたちで制作されたアルバムですからね。

三宅:このアルバムをつくる前、彼女は大きな交通事故に遭ったんです。事故のかなり前から、アルバムをやってほしいとはいっていたんですけど、レコードディールがなかったので「機が熟したら」ととりあえずいっていたんですが、お見舞いに行ったら、「ジュン、この保険金でアルバムをつくろう!」と(笑)。すごい人だなと思いました。そういう思いが詰まっているのでこの作品をマーケットから消してはいけないとも思ったんですね。

『リュディック』の“Chinchilla”を聴いていたときに、私は娘がいるんですが、彼女が「このひと誰?」と聞いてきたので『ぜんまいざむらい』のひとだよ、と答えたときに、すごく納得していたおぼえがあります。

三宅:あぁ、少しイントロが似てるかもね。さらに補足するなら“Chinchilla”はレクサスのCMでした。節操なくてすみません(笑)。

いえ、三宅さんの音楽を耳にする機会が多く、強く記憶に残るものだからだと思うんですね。なので『Lost Memory Theatre』もどんどんアクトを重ねていっていただければと思います。

三宅:『act-3』でいったんきって、次に行きたい気持ちもありますけれど(笑)。『act-3』に関してはまだまっさらな状態なんですね。

そういえば、『act-1』の“A Dream Is A Wish Your Heart Makes”、『act-2』の“Que Sera Sera”ともに映画にまつわるカヴァー曲が入っています。どちらもアルバムの中間部に位置していますが、アルバムの構成に共通点をもたせる意味でそうされたんですか?

三宅:あっ、ほんとうに?

意図的ではないんですか?

三宅:曲順はこういう世界をつくるのにいちばん悩むとこで。ピンチは曲順でやってくるのかもしれない(笑)。アルバムというのは曲順でまるっきり変わってしまいます。同じ曲を収録していても曲順が変わるだけで流れもちがうし聴こえ方もちがう。「1曲目はこれだな」と決めたところから(曲順を考える作業が)はじまるんですけれど、真ん中にもってこようという意図はなかったですね。ここまでこうきたらこれかなと。

作品としてシンメトリックな構造を通底させたのかと思っていました。『act-1』は“Assimetrica”からはじまりますし。

三宅:そういうことをいえばかっこよかった(笑)。

(笑)最初にも申しあげましたが、『Act-2』は次を予兆させる作品だったので、いちファンとしてもぜひケジメをつけていただきたいと思っています。

三宅:ありがとうございます。たくさん聴いていただいてうれしいです。

ストリートで遊びつかれるための21冊 - ele-king

 重版出来! 在庫僅少となっておりました磯部涼・九龍ジョー『遊びつかれた朝に──10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』ですが、そろそろ復活いたします。発売から3ヵ月ではやくも品薄となり、発売から3ヵ月たってもまだまだオーダーをいただけているele-king booksの人気作、購入を迷われていた方はぜひこの機会にお買い求めください。

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語られていないことが多すぎる!
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銀杏BOYZが残した本当のインパクト/日本にインディが根づくとき/音楽に可能な“下からの再開発”/ミュージシャンと政治の関係/風営法は何を守るのか/「すべてをかける」音楽の終わり/アートと倫理/韓国インディのいま/世界標準か、「ガラパゴス」か/「ずっとウソだった」──ヒットソングが示すもの/2万字インタヴュー再考/東京とシティ・ポップ/圧縮情報のシャワー/なぜ音楽のなかで社会について語ろうとするのか
……などなど既視感を越えていく充実の議論。

■磯部涼
音楽ライター。1978年生まれ。主にマイナー音楽、及びそれらと社会との関わりについてのテキストを執筆し、2004年に単行本『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』(太田出版)を、2011年に続編『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト)を刊行。その他、編著に風営法とクラブの問題を扱った『踊ってはいけない国、日本』『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』(ともに河出書房新社)がある。

■九龍ジョー
編集者、ライター。1976年生まれ。ポップ・カルチャーを中心に原稿執筆。『KAMINOGE』、『Quick Japan』、『CDジャーナル』、『音楽と人』、『シアターガイド』、などで連載中。『キネマ旬報』にて星取り評担当。編集近刊に、坂口恭平『幻年時代』(幻冬舎)、岡田利規『遡行 変形していくための演劇論』(河出書房新社)、『MY BEST FRIENDS どついたるねん写真集』(SPACE SHOWER BOOKS)などがある。

■磯部涼+九龍ジョー・著
『遊びつかれた朝に
──10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』

ISBN:978-4-907276-11-9
価格: 本体1,800円+税
並製 256ページ


interview with Simian Mobile Disco - ele-king

 シミアン・モバイル・ディスコ(以下SMD)は、2年ぶり4作目となるニュー・アルバム『ウァール』において、それぞれ一台ずつのモジュラー・シンセとシーケンサー、そしてミキサーだけを用いるという制約を自らに課した。その結果、レコーディングする場所が自ずと開けていったという。スタジオから屋外、それも砂漠のど真ん中だってOK! まさしくバンド名そのもの「モバイル・ディスコ」を実現させたのだ。

 SMDの名前を最初に聞いたのは「ニュー・レイヴ」が流行していた2007年頃だという方も多いかもしれない。熱しやすく移り気なUKの音楽シーンとジャーナリズムのもとで、括られ、もてはやされることによって消費されていくバンドもいれば、それを動力に変えて成長していくバンドもいる。クラクソンズ、CSS、ニュー・ヤング・ポニー・クラブなどと世に出る時期を同じくしたSMDもまた、「ニュー・レイヴ組」の中心アーティストとしてもてはやされた。しかし彼らは、その当時から「ニュー・レイヴ」のコンピレーションをむしろ代表してミックスしたり、メンバーのジェイムス・フォード(もじゃもじゃのほう)はクラクソンズの『近未来の神話』のプロデュースを手がけたりと、すでにシーンをまとめる、動かす、作るというネクスト・ステップへと進んでいた。ジェイムスはその後も、プロデュース業を続け、とくに2000年代以降のUKロック・シーンの代表ともいえるアークティック・モンキーズの4枚のアルバムを手がけて全英1位に送り込んでいることは彼の才覚を表すのに象徴的な出来事だろう。自身の作品でも、2000年代のUKインディ・シーンにおいてロックとクラブ・ミュージックの再接近に大きく貢献したのちは、ヨーロッパ・テクノの一角としてさらにスケールを大きくしている。今年の春にリリースされたシングルでも、ジャーマン・テクノのトップ・アーティストであるオルター・エゴのローマン・フリューゲルとのコラボレーションを披露している。


Simian Mobile Disco
Whorl

Anti / ホステス

ElectroIndie RockPsychedelic

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 本作『ウァール』では、進化と探求を止めないエレクトロ学者のような彼らの、新たな挑戦となった。前述のようにミニマムな機材に制限することとし、どこでも演奏できるということで、砂漠でレコーディングすることが決意された。そして今年2014年の4月に本当に砂漠へ繰り出し、リハーサル、ジャム、ライヴで3日間にわたってレコーディングが行われた。限られた機材と引き換えに、彼らには無限に広がる空と地平とその音を調和させるチャンスが与えられたのだ。その無限の空間でのフィジカルな作業だから、疲れるまでやっていたいし、時にはビートだって抜きたくなるし、結果としてすごく人間的な自由さにあふれるエレクトロ・サウンドになっている。チルアウトともまた違う、体内のリズムと合わさったような人肌の程良さだ。そして、クラウトロックとも邂逅する。

 今年6月の〈ホステス・クラブ・ウィークエンダー〉でも、アルバム・リリースに先駆けて『ウァール』の再現ライヴが行われた。そのために来日をしていたジェームス・フォード(もじゃもじゃ)とジャス・ショウ(めがね)のふたりに話をきいた。

■Simian Mobile Disco / シミアン・モバイル・ディスコ
元々シミアンというバンドで活動していたエレクトロ・デュオ。現在までに3枚のアルバムを発表。07年のデビュー作が各メディアで年間ベストにランクインし、ロックとエレクトロを接続する当時のシーンのモードを体現する存在としても大きなインパクトを残した。ジェイムスはプロデューサーとしても知られており、アークティック・モンキーズの全英1位獲得アルバム4作品を手掛けている。


システムを作ること=アルバム作りだったと言ってもいいくらい、システムをデザインすることがある意味曲作りでもあったし、アルバム全体の美意識の確立にもつながったんだ。(ジェイムス)

今回のアルバムについて、レコーディングのプロセスを見せる試みにしようと思ったのはなぜですか?

ジェイムス:今回は、アルバム作りのプロセスとして非常に変わったやり方をしたので、それを見せて説明しないと、みんなにも馴染まないんじゃないかなと思ったのがひとつの理由だよ。今回はいわゆるポータブル・システムっていう考えでアルバムを作ったんだけど、システムを作ること=アルバム作りだったと言ってもいいくらい、システムをデザインすることがある意味曲作りでもあったし、アルバム全体の美意識の確立にもつながったんだ。たとえばキック・ドラムのモジュール一つ選ぶのでも、それがアルバム全体のキック・ドラムの音として確定する。だから本当にシステムを作っていくということがアルバム作りそのものだったので、その過程をみんなに見てほしかったんだ。

PCを取り入れずに各一台ずつのモジュラー・シンセとシーケンサーだけを使用するというミニマルな手法で見えたものは?

ジャス:制約があるんだけど、ある意味自分の創造性というものを逆に刺激することになったんじゃないかなと思うよ。音のパレットとして使える機材は小さくなり、選べる絵の具は少なくなったということで、これは制約でもあると同時に自分たちにとってはその機材だけでどこへ行っても同じことができるという別の可能性が開けた部分もある。実際に自分たちもこうして飛行機に乗って外へ出て行くとなると、持ち出せる機材の数も本当に限られていて、スーツケースで4つか5つくらい。じゃあどうする? って考えると、モジュラー・シンセは小さくていろんなことができるからこれはまず欲しいよね。だけど実際はモジュラー・シンセって小さいわりにいろいろめんどくさくて、すぐ壊れるし、いろいろ手入れが大変だし……という面もあるんだけど(笑)。
 でも今回はとにかく自分たちふたりでモジュラー・シンセを1つずつ、それと編集したりいろいろいじるためのシーケンサーを1つずつ、あとはミキサーがあれば、これでどこへ行ってもできるだろう、と。で、そういうシステムを一回作っておこうというのが発想の根本だったんだ。ここ(『ele-king vol.11』)に出ているようなバンドが作ったようなアルバムだって、考えてみれば使ってるのはそういう機材なんだよね。これは絞り込んだからここまで小さくなっただけで、彼らのやってることも結局はおんなじことだよね。彼らはスタジオでやっている、僕らはそれを外に持ち出しているというだけで。だから、絞ったんだけど逆に可能性が見えてきたっていうのが今回の結論かな。

今回はとにかく自分たちふたりでモジュラー・シンセを1つずつ、それと編集したりいろいろいじるためのシーケンサーを1つずつ、あとはミキサーがあれば、これでどこへ行ってもできるだろう、と。(ジャス)

アナログっぽい音にこだわったというわけではないんですか?

ジェイムス:アナログっていうことに関して言えば、いままでずっとスタジオでもアナログ・シンセを使っていたので、そこをあらためて今回追求したというわけではないよ。スタジオで使っているアナログ・シンセは大きくて古いから、言ってしまえば今回はそれを小型にしたっていうことになるよね。いちばん頭にあったのは、コンピューターを使いたくないっていうことだったんだ。いままではコンピューターでシーケンスして音をまとめてっていう使い方をしていたんだけど、今回は音のすべてをアナログ・システムで作ろうということで、すべてをコンピューターなしで作るためにオプションがだいぶ限定されたんだ。
 コンピューターでやるとなるとすべてが指一本で片付いてしまうんだけど、それがないっていうことになるとけっこう肉体を使った作業になるんだよね。大げさだけど、ワンステップ余計にかかって、座ったままパッとやれることが自分で動かないとやれないという部分があって。あっちへ行ってつながないといけない、とかそういう作業が入ってくるから、それがある意味自分たちにとっては楽器を演奏しているような、肉体性を伴った作業になったような気がしているよ。

砂漠でレコーディングしたというイメージであったり、“Z・スペース(Z Space)”“ダンデライオン・スフィアズ(Dandelion Spheres)”“カシオペア(Casiopea)”などビートを抜いている曲も目立ち、クラブよりももっと自然の空間に出たような印象を受けました。そういった曲が今回多く含まれるようになった経緯は?

ジェイムス:今回レコーディング・システムをこういうものでやろうと決めて──つまりどこでもレコーディングできるよねっていう状況になったときに、スタジオではなく自分の好きなところでやれるということにすごく開放感を味わって。じゃあどこでやろう? ってなったときに、今回ジョシュア・ツリー(国立公園)でやろうっていうアイデアが出てきたんだけど、そこでやろうって決めたときにまずそこでのギグをブッキングしてしまったんだ。その段階でじつはぜんぜん曲ができていなかったんだけど、今度そういうところでギグができるんだ、レコーディングできるんだ、っていうことが頭にある状態で曲を書きはじめたんだよ。だから、砂漠であったり自分たちが出ていく外の風景というのが曲作りのときに頭にあったことはたしかだよ。

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意味としては「渦巻き」っていう言葉だけど、今回のアルバムのプロセスである、シーケンサー2台が関わり合うっていう動きにもつながるかなと思ったし、それで僕らの音作りのプロセスの説明にもなるかなと思ったよ。(ジェイムス)


Simian Mobile Disco
Whorl

Anti / ホステス

ElectroIndie RockPsychedelic

Amazon Tower HMV

タンジェリン・ドリームなどクラウトロックや、ピンク・フロイドなどプログレッシヴ・ロックのようなサウンドにも感じたのですが、そのあたりのシーンや時代は意識しましたか?

ジェイムス:ほんとに? それはグレイトだね!

ジャス:そうだね、僕らの前作においてもサイケデリアの影響って大きかったと思うんだけど、ステップ・シーケンサー云々っていう説明をこちらからしておいてタンジェリン・ドリームっていうと、ぜんぜん合致しないって思うかもしれないけど……。でも合致しないから好きじゃないっていうことでは決してないよ。音的にイメージがちがってもけっして嫌いってことではないからね(笑)。

ジェイムス:初期のクラウトロック、とくにクラスターとかは大好きだったな。

ジャス:いわゆる電子楽器や電子機器が、必ずしも金持ちじゃない普通のミュージシャンでも手が届くようになった時代の音楽、ということで言うと、すごくクリエイティヴな人たちがおもしろいことをやっていた時代だったんだろうなと思うよ。僕はそういうパイオニア的なミュージシャンにはすごく興味を持って聴くんだ。遡れば50年代からそういう人たちはいたわけで、どの時代にもおもしろいことをやっていた人たちがいるということになるけれど、出はじめの頃のクラウトロックのおもしろさっていうのは、やっぱりエレクトロと生楽器の融合というところに創作意欲を発揮した人たちが多かったからだと思う。これは言うほど簡単なことではなくて、やった人はたくさんいるけど間違っている人も大勢いるからね。

アルバムタイトル『ウァール(WHIRL)』に込めた意味は?

ジェイムス:意味としては「渦巻き」っていう言葉だけど、今回のアルバムのプロセスである、シーケンサー2台が関わり合うっていう動きにもつながるかなと思ったし、それで僕らの音作りのプロセスの説明にもなるかなと思ったよ。あと自然界を見ても、たとえば人間の指紋とか、花が開いていく様子なんかも渦を巻くように開いていくよね。そんなところにもつながっているよ。まあ言ってしまえば好きな言葉だからっていうのがいちばんかな。

曲名で“ダンデライオン・スフィアズ(Dandelion Spheres)”や“タンジェンツ(Tangents)”など、数学的だったり幾何学的な曲名も見られるんですが、大学の専攻やこれまで学んだ学問がそういった曲名をつけるときに関係していたりしますか? いつもどうやって曲名をつけていますか?

ジェイムス:ははは、僕は生物学専攻だよ。

ジャス:僕は哲学科だよ。

ジェイムス:単純に自分たちとしては好きな言葉とか本を読んでいるときに気になった言葉をリストにして挙げていて、曲ができたときにそれとフィーリングが合致したものだったり言葉をつなげてみたりしてつけていくのでとくに深い意味はないよ。〈デリカシーズ(Delicacies)〉ってレーベル名にもなっているんだけど、世界の珍味の名前なんかも僕らの興味の対象としてリストにしてあるよ(笑)。最初は仮のタイトルとして、曲を作った日にちがシーケンサーに残っていたので、「3月3日の4曲め」とか「2月2日の2曲め」なんていう感じでついていて、進行状況もわかるしそのままでおもしろいかなと思ってタイトルにしようかとも思ったんだ。でも自分たちでも覚えづらいのでタイトルをあらためて考えてつけ直したんだよ。

あの時期が一種のターニング・ポイントだったんだろうなとは思うよ。(中略)演奏をしたロック系のハコにはデッキが一台も置いてなくて、そのままそこでDJをやることができなかったんだ。(ジャス)

古い話なんですが、あなた方のデビュー当時に「ニュー・レイヴ」というシーンがおこりつつあって、あなた方もその中のアーティストとしてとらえられていたと思うんですが、そのシーンやネーミングに対してはいまどう思いますか?

ジャス:まったく実態がなかったと思うよ! クラブ系の音楽っていう意味合いだったんだと思うけど、とくにバンドを背景に持っている人たちによるクラブっぽい音楽っていう感じで、LCDサウンドシステムやホット・チップやクラクソンズのようなアーティストたちがいて、それをまとめて何と呼ぶかっていうところでそういう名前が出てきたんだろうね。
 でも音楽的にも出身地もみんなバラバラで、リンクするものはぜんぜんなかったよね。ただ、いまにして思えば、あの時期が一種のターニング・ポイントだったんだろうなとは思うよ。自分たちがまだシミアンと名乗ってバンド編成でツアーしていた当時、どこへ行っても僕らはレコードを買うのが好きで、とくにテクノ系のものに興味を持っていたので、レコードを買いに行ってそのまま夜DJもやりたいっていうことが多かった。でも演奏をしたロック系のハコにはデッキが一台も置いてなくて、そのままそこでDJをやることができなかったんだ。それで、あっちにクラブがあるからあっちでやればって言われて遠くのクラブまで出かけていったりね。まだそういう時代だったけど、いまはどんなロックの会場でもデッキの一台ぐらいは必ず置いてあるし、バンドの演奏が終わったらそこで朝までDJが回してるっていうのはごく普通のことだと思うけど、たぶんあの当時を境にしてだんだんとロックとクラブ・ミュージックの分け隔てがなくなっていったのかな。
 聴く分にはみんなロックもクラブもどっちも聴いている人が多くなっていた時期だと思うんだけど、まだ会場がそれに追いついていなかったと思うよ。だけどフレーズ的にはやっぱり「ニュー・レイヴ」ってナンセンス! クラウトロックのはじめの頃みたいなものなんじゃないかな。だってクラウトロックのシーンの半分ぐらいの人はお互いに知らなかっただろうし、お互いのことを好きでもなかったかもしれないし。

ジェイムス:それぐらい幅の広いものをひっくるめてああいう風に呼んでいるのは、ジャーナリストの都合だと思うよ。

ジャス:そう、なんでもそうだけどシーンがいったんおさまったあとにそういう名前がついてくるよね。後づけの説明だと思うよ。

2006年のNMEの付録で『ダンスフロア・ディストーション(Dancefloor Distortion)』っていうコンピレーションがありましたけど、そのようにロックとダンスが再び密接にクロスオーヴァーしはじめた当時のUKのムーヴメントを記録した、重要なコンピだったと思います。SMDはそのミックスを手がけていましたよね。いまそれについて思うことは?

ジェイムス:そういうふうに評価されると不思議な気がするなあ(笑)。当時そういったシーンの一員だと僕らも言われるようになっていて、できるだけそこから離れよう、離れようとしていた時期だっただけに、いまにして思うと違和感があるよね。ただあのコンピに入っていた連中の一部が後のEDMと呼ばれるシーンを作っていくことになるわけだし、その様子を僕らも見ていて。アメリカで派手な照明を使ってライヴをやったり、音楽もどんどんつまらなくなっていくのを見ていると、やっぱり違っていたんだなと思うよ。それが実際のところかな。

KAKU - ele-king

東京出身 アメリカ・ミシガン州在住のDJ/トラックメーカー 。
BUSHMINDの実兄。1990年頃からDJを始め、1997年アメリカに活動の場を移す。デトロイトの音楽シーンで活動する唯一の日本人として現地で数々のライブ、DJを行う。

KAKU / LIVE AT DETROIT 2000
2014/8/27 on sale
himcast.com

KAKUインタビュー
https://www.himcast.com/2014/08/kaku.html

Chart


1
Substance - CR 18

2
Deep Chord - DCV 08

3
Convextion - Matrix 1

4
Deep Chord - DCV 09

5
Brooks Mosher - Coming Back ( Kevin Reynolds Remix )

6
Echo Inspectors - Lunar Shadows ( Luke Hess Deep Labs Remix )

7
Mosaic - Mcspl 05

8
Bluetrain - Factory Dubs

9
Strange Attractor - Phono 01

10
Kevin Reynolds - Anonymous Room At The Corridor Of Last Night

 パリス・ヒルトンやケイト・モスらが通うセレブなリゾートというよりも、最近は篠田真理子や大島優子が魅せられた休息の島と呼ぶほうが通りがいいだろうか。地中海に浮かぶ、スペイン領のリゾート・アイランド、イビザ島。風と光が戯れ、秘密のビーチに美しいチリンギート(海の家)が佇む最後の楽園。しかし、この島の名をさらに忘れがたいものとして印象づけているのは、あちこちに華やかに構えられたクラブや、そこで昼と言わず夜と言わず繰り広げられているパーティである。

 今回、現地体験レポ―トを届けてくれたのは、“ネオ・ドゥーワップ・バンド”として夢と幻想のオールディーズ空間を演出し、ポップスとサイケデリックの可能性をスタイリッシュに追求する注目グループ、JINTANA&EMERALDSのJINTANA氏。軽快な文章をたどっていると、彼がどのような音楽を追求しているのかということとともに、かの島の明媚な風景や、そこに深く根づいたダンス・カルチャーとクラブでの喜びがいきいきと伝わってくる。

 それでは8月のスペシャル・コラム、JINTANAのイビザ来訪記をお楽しみあれ。ベッドルームや通勤電車でこの画面を眺めている人にも、願わくはひとたびのヴァカンス・ムードを。 (編集部)

■JINTANA プレ・コメント

 ネオ・ドゥーワップバンドJINTANA&EMERALDSのJINTANAです。
 今回、イビザについての旅行記を書かせていただくことになりました。
 夏の一日を楽しく過ごすリゾート・エッセイとして、また、ちょっとしたイビザ・ガイドとしての情報も盛り込んでみましたので、イビザに旅行される方もご活用いただければと思います。
 それから、Jintana&EmeraldsのサイトがOPENしました。この紀行文といっしょに楽しんでいただくためのJ&E楽曲MIXをサイトにUPしたので、ぜひ音と文でチルアウトなひとときを楽しんでいただけたらと思います。
Jintanaandemeralds.com

 あなたの素敵なエキゾ体験になることを願って。

JINTANAプロフィール
Paisley ParksやBTBも所属するハマの音楽集団〈Pan Pacific Playa〉(PPP)のスティール・ギタリスト。同じく〈PPP〉のKashifや一十三十一、Crystal、カミカオル、あべまみとともにネオ・ドゥーワップバンドJINTANA&EMERALDSとして『Destiny』をP-VINEよりリリース。オールディーズとチルアウト・ミュージックが融合したスウィート&ドリーミーなサウンドがTiny Mix Tapeなど海外メディアも含め各地で高い評価を得る。この夏は〈JIN ROCK FES〉や〈りんご音楽祭〉などさまざまなフェスに出演予定。



■「悔しさとともに、ヨコハマの夜は更けていく」

 ある夏のはじまる前の夜、僕は横浜の飲み屋街、野毛で〈PPP〉のリーダーである脳くんや〈PPP〉の若手のケントらと飲んでいた。〈PPP〉とはPan Pacific Playaという音楽クルーで、LUVRAW&BTBとしても知られるBTBくんやPEISLEY PARKSなどが所属するヨコハマの音楽クルーだ。僕たちは定期的に野毛で、本人らからすると大変に有意義な、他人からするとまったく不毛な飲みをしているのだが、そんないつものノリで蒸し暑い夜に飲んでいた。僕はJINTANA&EMERALDSのファースト・アルバム『DISTINY』をリリースした直後で、ちょっとした達成感とともに心地よくほろ酔いしていたわけだが、そんなところに脳くんが一言を放った。
 「でもさ、JINTANA&EMERALDSにおいてさ、JINTANAのスチール・ギターの音、まだまだぜんぜん行けるよね」
 「え?」
 「いやさ、JINTANAのスチール・ギターはそのヤバさの片鱗の最初の1ページを見せたに過ぎない感じじゃん? まだまだいけるはずなのになー。おかしいなぁ。せっかくスチール・ギターと出会ったのにね~」
 と言って脳くんはニヤニヤしている。いつも彼はこうなのだ。家庭教師のように、ほどよく人を悔しがらせ挑発する。本当に人の扱いがうまい男だ。ぼくはとぼけて「そうかなー? すでにけっこういい線いってんじゃない? あ、焼きベーコン追加ね!」とか言いながらも、心のなかではワナワナしていた。脳くんよ、まさにそのとおりなのである。僕の中でも、僕の理想のスチール・ギター像に対して、いまはせいぜい10%達成というレベルなのである。

 僕はもともとバンド畑のギタリストだったが、ダンス・ミュージック・クルーの〈PPP〉に10年ほど前に誘われて加入した。トラックメイカーと楽器奏者が共存するこのクルーでの活動のなかで、僕はダンス・ミュージック……それも「シンセのビヨビヨした音色でオーディエンスを飛ばし異世界にいざなう」という音楽の側面に魅せられていった。そして、楽器奏者として僕がたどり着いたのはスチール・ギターという音色だった。この、音色だけで涼感を醸し出し、音階がシームレスだからこそ異空間へトリップさせてしまう楽器を、ダンス・ミュージック/チルアウト・ミュージックという耳のセンスで捉えたら気持ちよすぎてヤバいことになるのではないか? という発想でやりはじめたのだ。いわば、レイドバック空間へ旅立つための装置としての楽器、という役割である。だが、たしかに脳くんの言うようにそのレベルまでまだまだ達していないことは否定できない。そこは2枚めのアルバム以降の大きなチャレンジだと思っていたところであった。
 僕は、そんな部分を指摘された悔しい気持ちを隠しながら「あ、焼きベーコン追加ね!」とか言って、その夜は更けていったのであった。

■「伊勢参りならぬ、イビザチルアウト参り」

 数時間後、人々が通勤に向かう朝の京浜東北線の中で、ひとりほろ酔いの僕がいた。朝日を反射しまぶしい横浜のビル群を見ながら、僕はひとりつぶやいた。「やはり、チルアウトを極めねば……!」。おそらく朝7時のサラリーマンでごった返す車両の中で、チルアウトについて思索しているのは確実に僕ひとりであったであろう。そんなとき、車窓の向こうに旅行会社の看板をみつけて突然閃いた。「夏だ! 旅だ! 島だ! ってかぁ……、あ、 そうか、イビザ・・・! イビザに何かヒントがあるかも……!」イビザとはダンス・ミュージックが盛んな島として知られ、最近ではEDMのイメージも強いが、一方でそれをクールダウンさえるための音楽、すなわちチルアウト・ミュージックの発信地として広く認識されている。イビザのビーチにある〈カフェ・デル・マー〉は、夕陽が沈むタイミングに合わせてそうした音を用いたDJが聴けるという。それはそれは素晴らしい、波と光と音の完全なる融合を魅せる場としてこの世のものとは思えない美しさがあると伝え聞いている。

 僕は江戸時代の「伊勢参り」の気持ちで、イビザにチルアウトを追求する旅にでるのも一興という思いに駆られた。さっそく検索してみると、ヨーロッパまで行ってしまえば、そこからは意外な安さだと知って驚いた。ロンドンからだと片道約2万円だった。あまりに遠い桃源郷に思えていたイビザが、急にリアリティのあるものに思えてきた。2ヵ月後、僕はホクホクした面持ちでイビザの空港に降り立っていた……。

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■「パーティは空港からはじまっていた!」

 おそらく、イビザ空港は、世界中でもっとも「期待感」に満ち溢れた空港であろう。
 飛行機のタラップから降りてくる時点で「ヒャッホーっ」というノリで、みんなちょっと小走りである。イミグレの列に並ぶと、僕の前には「HEN」と書いた揃いのTシャツの15人くらいの女性がいた。先頭にはウェディング・ドレスのヴェールをかぶっている笑顔満開の女性がいる。HENというのは、おそらくバチェラー・パーティ的な意味合いのようで、映画『ハングオーバー』みたいなことをしにきているのであろう。無事に帰って結婚できることを祈らずにおられない。


浜辺で踊る人々を描いてみた

 イビザは空港が市街地から近い点も魅力で、タクシー15分で島の中心部であるエイビッサに到着した。僕が泊まったホテルは〈PPP〉と縁のある名前だったために選んだ「IBIZA PLAYA HOTEL」。ちょっとしたプールもあったりする、海辺の庶民派大型ホテルだった。なぜかホテル全体がチューイング・ガムのようにやたら甘い匂いがするのだが、それもイビザと思って気にせず部屋に入ると、窓の外で爆音でダンス・ミュージックが響き渡っていた。外を見ると300人くらいの人が浜辺にDJブースを出して踊りまくっていた。とはいえ、みんなサンダル履きだったり変なTシャツをきていたりして、どうも僕のような観光客ではなく、近所のおじさんおばさんたちがひと踊りしてから寝るべえ的なノリに見える。このダンスの生活への根づき方をみても、この島は、すみからすみまでダンス・ミュージックなんだなと直感した。そんな爆音が鳴り響く一方で、ホテルの廊下には「夜は踊らず静かにね♪ イエーイ!」という可愛いイラストが貼ってあり、そのスペイン的な無邪気さに僕は明日からの日々へ期待感と不安感を抱かずにおられなかった。

■「ダンス・ミュージックを中心点にする世界でも珍しい島」

 翌日、僕は街に出た。強い日差しとヤシの木というエイビッサの雑多な街並みは、ヨーロッパというよりアジア的な喧騒に満ちていた。繁華街にたどり着くと、そこには一風変わった光景があった。日本で言うと宝くじ屋のようなノリで、小さなブースで何かを売っている。よくみるとそれはクラブの入場券であり、どの店も大きな看板にその日のパーティ名や出演するDJの名を書いていた。「今日はどのパーティが面白いの?」と僕は訊くと、チケット売りたちは「今日はスティーヴ・アオキのAOKI’S PLAY HOUSEだ!」とか「水曜日ならこのパーティがいちばん素晴らしい!!」などなど口々に自分の持論を展開する。それは心からパーティの楽しさを語っているようでとても和やかな空気だ。まぶしい日差しの中、小さなテーブルを囲んでパーティについて楽しく語るという仕事を目の当たりにして、なんと幸せな光景だろうと思った。


イビザの街の様子も描いてみた

 街の中にはそういったチケット売りのほか、クラブ直営のファッション・ブティックやAVICIIなどの写真がデカデカと貼られているパーティ告知の巨大看板など、どこもかしこもダンス・ミュージック一色だ。たとえばアメリカであればgoogleが産業構造の真ん中にあるようなイメージがあったりするが、イビザの場合、産業の中心は完全にクラブである。クラブが真ん中にあり、そこに遊びにきている旅行者がいて、その周りにホテルやレストランがあり、彼らが買い物をするショップが並ぶ。深夜にクラブを行き来する人のために「クラブ・バス」というバスが走る。こんな島は世界中を見渡してもなかなかないだろう。雰囲気としては〈フジロック〉の日の越後湯沢の空気感が365日続いている街というところだろうか。ここまでピュアにダンス・ミュージックを愛する人たちが集まって、それを中心にすえて街が形づくられているという文化のありように驚いた。

■“パーティ・アイランド”イビザの新名所〈USHUAIA〉

 イビザには世界的に有名な老舗クラブの〈PACHA(パチャ)〉,泡パーティが開催される〈Amnesia(アムネシア)〉などさまざまなクラブがあるが、チケット売りは俺も行きたくてたまらない! という顔をしながら「いまいちばんイケているのは〈USHUAIA(ウシュアイア)〉だ」と言い切った。
 僕は眉毛がつながったスペイン男子の過剰な真顔に説得力を感じ、〈ウシュアイア〉に行くことにした。のどかな町をバスに揺られ〈ウシュアイア〉があるプラヤ・デン・ボッサというビーチについた。そこは他にも〈SPACE〉など巨大クラブが並んでいる、いわば海に面した円山町のようなクラブ・ストリートである。


目が合った瞬間、強烈なハイタッチをされた

 〈ウシュアイア〉に入ると、そこは未体験の空間であった。クラブというよりはクラブ付ホテルで、ホテルの中庭に巨大なダンス・フロアがあり、それを取り囲むようにDJブースとホテルのベランダがそびえている構造だ。そして足元には大きなプールと、足だけが浸かれる小さなプールがあり、とても涼しい雰囲気に溢れている。ここはバレアリックなパーティ世界に24時間浸りきって楽しむことのできる滞在型のクラブだったのだ。
 クラブにやってきている人々の情熱も素晴らしい。とてもグラマラスなボディにピンクやグリーンの鮮やかな水着を着て、その上に金のネックレスやバングルなどをするというファッションの女性が何人か目につく。これは〈ウシュアイア〉流のパーティ・ファッションなのだろう。彼女らには、とても艶やかではあるがエロティックではない、むしろ人生や若さを最大限楽しみきろうとする健康的なエナジーがほとばしっていた。


車椅子のアイコンも踊っているのが可愛い

 さて、この日は元スウェディッシュ・ハウス・マフィア(Swedish house mafia)として知られるAXWELL Λ INGROSSOによるレギュラー・パーティ〈Departures(デパーチャーズ)〉のオープニング・パーティだった。日本より日が落ちるのがずっと遅いイビザだが、21時ごろになってやっと夕闇が落ちてくると、ステージがレーザーなどさまざまな演出で光り輝きだす。フロアも最高潮になりフロアを囲む客室のベランダでもみんなが踊りまくる! この場所は、ダンスを愛する人々がもっともっと楽しいパーティをしたい! という気持ちに忠実に従ってたどり着いた、ひとつの究極形だと思った。頭上には青空から夕景までの美しいグラデーション、足元には涼しいプール、四方には世界から集まってきたパーティ・ピープルの笑顔という最高のシチュエーションに、僕は心の底からの気持ちよさに酔いしれ、両手を広げて、この瞬間にこの場所にいる幸せに浸りきった。

 イビザ、そこは弾けるようなパーティ感と、とろけるようなチルアウト感、そしてそれをつなぐピュアな音楽への情熱に溢れている。

 次回は、JINTANAが〈カフェ・デル・マー〉に訪れ波と太陽と音が調和した瞬間を味わう編をお届けします。
「JINTANA イビザ紀行~究極のチルアウトを求めて~ 後編」では、JINTANAによるイビザ体験を元にした楽曲も公開予定です。お楽しみに!


P-VINE BOOKSのIBIZAガイドはとても役にたった!

 15年間NYに住んでいるが、今年ほど涼しいNYの夏はない。原稿を書いているのが8月20日だから、これから新たな熱波が来るのかもしれない。しかし、現時点で、野外コンサートに野外映画、ビーチ、BBQ、車で小旅行などしても「夏だー」という感じがない。地下鉄もオフィスも店もホテルも、冷房効き過ぎで、夏でも長袖が手放せないし、先週の今年最後のサマースクリーンは、スカーフをぐるぐる巻いたり、ブランケットを被ったりしている人が多数いた。

 サマー・スクリーンは、 ブルックリンのウィリアムスバーグ/グリーンポイントにある大きな公園、マッカレン・パークで開催される『L・マガジン』主催の野外映画である。過去にも何度もレポートしている

 映画の前には毎回、ショーペーパーがキュレートするバンドが演奏。彼らがピックするこれから来そうなバンドが、見れるので、毎年通っている。と言っても今年見たのは、ショーン・レノンのバンド、ザ・ゴースト・オフ・サバー・トゥース・タイガーだけだった。その他はこちら
 クリネックス・ガール・ワンダーは、インディ・ポップ世代には懐かしいが(90年代後期)、最近はNYポップ・フェストも復活し、エイラーズ・セットのアルバムが再リリースされるなど、インディ・ポップも盛り返している模様。ラットキングは去年も出演していたし、これから来るバンドと言うよりは、彼らの友だちのバンド(20代前半から40代中盤の中堅まで)を安全にブックしているように思えた。

 映画と謳っているが、野外ピクニックを楽しむ感じなので(公園内ではアルコールもOK)、映画自体は重要でないかもしれないが「あれ、この映画去年もやってなかった?」と言う回が何度かあった。

 ライセンスの問題なのかネタ切れなのか、オーディエンスは毎年変わっているからよいのか、などと思い何回か通った後、最後の回の盛り上がりが凄かった。毎年最後の週の映画はオーディエンスが投票で選ぶのだが、今年はスパイス・ガールズの映画『スパイス・ワールド』が選ばれた。いつもは映画がはじまってもおしゃべりが止まらない観客が、この映画がはじまると、「ひゅー!!! わー!!!」と言う大歓声。ただでさえ、映画の音が、後ろから前から横から立体的に聞こえるのだが、歌がはじまるともっとすごい。さらに3D、と思っていたら、なんとオーディエンスが一緒に歌っているのである、しかも大合唱。さらに映画のクライマックス、スパイス・ガールズがステージに駆けつけ、いざ、曲がはじまるシーンでは、座っていたオーディエンスが立って、歌いながら踊りはじめた! 先週、先々週見た映画『ヘザーズ』や『ビッグリボウスキー』でも、クライマックスや決めのシーンではヤジが飛んでいたが、実際に立って踊りだしたのは、サマースクリーン史上(著者の記憶では)この映画が初めて。映画の前にプレイしたバンド(今回は、ガーディアン・エイリアンのアレックスのソロ・プロジェクトのアース・イーターとDJドッグ・ディックと言うインディ通好み!)よりも何倍も盛り上がっていた。恐るべきスパイス・ガールズ世代。映画の前にはスパイス・ガールズ・コスチューム・コンテストまで行う気合の入れよう。オーガナイザーも観客も、スパイス・ガールズを聞いて育った世代なのね。


photos by Amanda Hatfield

 野外ライヴと言えば、前回レポートしたダム・ダム・ガールズと同じ場所、プロスペクト・パークで行われたセレブレイト・ブルックリンで、今年最後のショーを見た。最後を飾ったのは、アニー・クラークのプロジェクト、セント・ヴィンセント。元イーノンのトーコさんがバンドに参加しているということもあり、期待して見に行った。
https://www.brooklynvegan.com/archives/2014/08/st_vincent_clos.html

 公園内では、家族でBBQしている人や、ピクニックしている人などたくさんいるが、それを横目に見ながら、目的地のバンド・シェルへ(いつも通り)。最後ということと、天気が良かったこともあり、バンドシェル内はあっという間に人数制限超え。このショーにお昼の12時から並んでいる人もいたとか(ドア・オープンが6時のフリーショー)。非常口の柵に集まりぎゅうぎゅうになってみる人、公園の周りを走る一般道路からバンドを見る人など、シェルに入れない人続出。なかには見るのを諦め、道路に勝手にブランケットを引いて飲み会を始める輩もいた。

 ライヴは、ピンク色の3段の階段をステージのセンターに配置し、シルバーヘアに、白のトップに黒のタイト・ミニスカートにハイヒールのアニーと、バンドメンバー(キーボード2人とドラム)の合計4人。10センチはあると思われるハイヒールで飄々とステージを練り歩き、階段の上に登ってそこでプレイしたり、バンドメンバーと絡み、ヘビーメタル・ギターテク、ギクシャク動くロボテック・ダンスをみると、魂を乗っ取られた(もしくは乗っ取った)妖精に見えてくる。ダムダム・ガールズが感情を剥き出しにする「痛さ」だったら、セント・ヴィンセントは「超絶」だ。が、その仮面の下の本性はまだ見えない。人工的で、妖艶で何にでも化けそう。パフォーマンス は有無も言わさず圧倒的に素晴らしく、曲が終わる度に「オー!!!」と感嘆の嵐、思わず拍手せずにはいられない。新曲中心に、新旧ミックスしたセットで、アンコールにも悠々と答え、轟ギター・ノイズで最後を飾った後、時計を見ると10:28 pm。最終音出し時間10:30pmのところ、完璧主義でもこれは凄くない?

この日のセットリストは以下:
 Rattlesnake
 Digital Witness
 Cruel
 Marrow
 Every Tear Disappears
 I Prefer Your Love
 Actor Out Of Work
 Surgeon
 Cheerleader
 Prince Johnny
 Birth In Reverse
 Regret
 Huey Newton
 Bring Me Your Loves

 Strange Mercy
 Year Of The Tiger
 Your Lips Are Red




photos by Amanda Hatfield

 テクニックといいパフォーマンスといい、彼女の才能は際立っている。 「ソロアーティストの良いところは、いろんなミュージシャンとコラボレートできること」と言う彼女は、2012年にデヴィッド・バーンとの共演作品『ラブ・ディス・ジャイアント』をリリースし、ニルバーナが表彰されたロックン・ロール・ホール・オブ・フェイムでは、ジョーン・ジェット、キム・ゴードン、ロードらと一緒にヴォーカルを取り、セレブレイト・ブルックリンでプレイした次の週では、ポートランディアでお馴染みのフレッド・アーミセン率いる、レイト・ナイト・ウィズ・セス・メイヤーズのTVショーのハウス・バンド、8Gバンドでリーダーも務めるなど、さまざまなミュージシャンと積極的に共演している。

 最近このコラムは、女性ミュージシャンのレヴューが多いが、ブルックリンではTHE MEN,、HONEY、THE JOHNNYなど男性(混合)バンドも、新しくて面白いバンドがたくさんいる。彼らも機会があれば紹介していくつもりだ。

8/20/2014
Yoko Sawai

 19時から24時まで5時間ノン・ストップのヒップホップ・プログラム! 明日のDOMMUNEに心のいいね!が止まらない。いまシーンを語る上で外せない面々が3部にわたって登場し、それぞれのテーマのもとにライヴやトークを繰り広げる。アーカイヴなしというのはDOMMUNEならではのあまりに悩ましい魅力だ。ダッシュで学校・職場を離脱してスマートフォンを、そしてスーパーやコンビニもそこそこに、「もうはじまってるー?」とばかりに玄関に駆け込んでPCを立ち上げてほしい。たとえ遅れても、24時までは何かしらの出会いが待ち受けているだろう。

会場での観覧は下記リンクから
https://www.dommune.com/reserve/2014/0821/

2014/08/21 (木)
■JAPANESE HIPHOP STYLE WARS / Presented by P-VINE&DOMMUNE

 「Style Is Everything」と改めて個の重要性を説いた100%Skateborder「JAY ADAMS」の突然の訃報に、改めて弔いの意をこの場を借りて。

 群雄割拠の音楽シーンにおいても、そのスタイルの重要性は言わずもがなであり、卓越した表現をいかに繰り出すか、その術に長けた猛者共が集まるジャパニーズ・ヒップホップにスポットをあてたプログラムが明日DOMMUNEにて開催される。

 3部構成の第一部は、Fla$hBackSからfebbのソロアルバム「THE SEASON」、今夏リリース予定jjjのソロアルバム「YACHT CLUB」Wリリース・パーティ「LEGIT SUMMER」の前哨戦的プログラム。
 第二部は、未だ謎多き集団「T.R.E.A.M」によるプログラム。SHOという渋谷界隈ではお馴染み!?のラッパーをクローズアップしたスペシャル・タイム。
 第三部は、8月にデビューアルバムを発表し勢いに乗るJAZEE MINOR。アルバム発売を記念したスペシャル・ショウケースを放送。Y'S、KOHHといった今のヒップホップシーンを語る上で必ず話題に上がるラッパーのライブから、DJ NOBU aka BOMBRUSH!、DJ CELORYのDJプレイも披露予定。
 アーカイヴ予定はありません。何が起こるか分からない、スタイルの応酬を見逃すことなかれ。

<第一部>19:00 - 21:00
Road to "LEGIT SUMMER"
[Talk & Live] febb, CAMPANELLA, ERA, DJ HIGH SCHOOL and more...
[司会] MARIN, Lil MERCY

<第二部>21:00 - 22:00
"T.R.E.A.M." Presents S.S.Time - SHO SPECIAL TIME -
[出演] SHO、小林雅明, wardaa and more…

<第三部>22:00 - 24:00
"Black Cranberry" Time
[Live & DJ] JAZEE MINOR, Y'S, KOHH, DJ NOBU aka BOMBRUSH! , DJ CELORY and more...

DOMMUNE>>>https://www.dommune.com/reserve/2014/0821/

jjj & febb - ele-king

 みんな知っていると思うけど、新風を巻き起こす、テン年代のヒップホップ・シーンの最大のインパクト=Fla$hBackS。とにかく、格好いいよね! 最近では、中島哲也監督による話題の映画、『渇き。」への楽曲提供など、活動の場も広がりつつある。
 そのメンバーのjjjとfebb、それぞれのソロ・アルバム発売を記念してのWリリース・パーティが今週末日曜の渋谷で開かれる。

 febbと言えば早い時期から噂が噂を呼んでいた、今年1月リリースのファースト・アルバム『THE SEASON』が記憶に新しい。アルバムを一聴したD.L氏が「ここ10年で最高の邦楽ヒップホップ・アルバムである」と発言するなど、識者からの賛辞の声も後を絶たないけれど、新世代の勢いを感じる1枚であることは間違いないので、まだ聴いてない人はぜひチェックを。
 で、jjj。彼も12インチ・シングルが春にリリースされたことで、アルバムへの期待感は日増しに強まっている。今週末には、いち早くアルバム曲も聴けるかもしれない!

 豪華な出演者もヘッズにはたまらない。B.DやONE-LAW、ERA、ISSUGI、KNZZといった東京ストリートの一角・池袋bedホームボーイたち、名古屋からはアルバム『VIVID』が評判のCAMPANELLA、YUKSTA-ILLによるTOKYO ILL METHOD SET、MARINやPRIMALの名前もある。
 DJ49、DJ HIGHSCHOOLによるエクスクルーシヴ・セットは必聴だし、DJ BUSHMINDはより幅の広い選曲で、普段ヒップホップの現場に行かないオーディエンスさえも虜にするだろう。
 そして、この日のメンツには、FILLMOREやKZA、PUNPEEの名前もクレジットされていて、ここまでくると“真夏の白昼夢"とでも言いたくなる。フードコーナーやスペシャル・マーチャンダイズの販売も予定されている。昼過ぎ15時スタートっていうのも良いね。年齢制限なしのオープンなパーティの気概を感じる。

 さらに、8/21(木)には、DOMMUNEにて「Road to "LEGIT SUMMER"」と題した前哨戦プログラムの放送も決定。こちらは〈WDsounds〉よりLIL MERCY、そしてシンガーのMARINをMCに迎え、当日出演者による生ライヴやスペシャル音源のOAも予定されている。是非チェックして、日曜日の当日に備えていただきたい。

イベントトレイラー映像


『jjj & febb solo album W release party LEGIT SUMMER』

日程:2014.8.24 (sun)
会場:SOUND MUSEUM VISION
Open / Start 15:00
Advance:2,800yen+1d
Door:3,500yen+1d

release live : jjj / febb

LIVE : B.D. / CAMPANELLA / DJ HIGHSCHOOL (Exclusive SET) / DJ ONE-LAW
(Chronic SET) / ERA / ISSUGI / KNZZ / MARIN / MEDULLA / PRIMAL /
YUKSTA-ILL(TOKYO ILL METHOD SET)

DJ : BUSHMIND / DJ49 / DJ BEERT / FILLMORE / GRINGOOSE / KZA /
MASS-HOLE /MS-DOS / PUNPEE / RYUJIN

FOOD : BEARS FOOD / GINZA SUKIBAR

■前売りチケット好評発売中
プレイガイド:
チケットぴあ:Pコード:235-703
ローソンチケット:Lコード:72791
e+(イープラス)

取扱店舗:
Disk Union
TRASMUNDO
Jazzy Sport
FEEVER BUG
SKARFACE

主催:AWDR/LR2 / SPACE SHOWER NETWORKS INC.
協力:WDsounds / P-VINE, Inc.
協賛 : TANNUS / NIXON / Us Versus Them
問い合わせ先:Global Hearts (03-6415-6231)

https://www.vision-tokyo.com


■DOMMUNEでも特番あり!

『2014/08/21 (木)JAPANESE HIPHOP STYLE WARS / Presented by P-VINE』
19:00~21:00 「Road to "LEGIT SUMMER"/ BROADJ♯1392」
TALK & LIVE:febb、CAMPANELLA、ERA、DJ HIGH SCHOOL and more... 司会:MARIN、Lil MERCY

DOMMUNE>>>https://www.dommune.com/reserve/2014/0821/

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