Home > Columns > JINTANA、イビザ紀行~究極のチルアウトを求めて~(前編)
パリス・ヒルトンやケイト・モスらが通うセレブなリゾートというよりも、最近は篠田真理子や大島優子が魅せられた休息の島と呼ぶほうが通りがいいだろうか。地中海に浮かぶ、スペイン領のリゾート・アイランド、イビザ島。風と光が戯れ、秘密のビーチに美しいチリンギート(海の家)が佇む最後の楽園。しかし、この島の名をさらに忘れがたいものとして印象づけているのは、あちこちに華やかに構えられたクラブや、そこで昼と言わず夜と言わず繰り広げられているパーティである。
今回、現地体験レポ―トを届けてくれたのは、“ネオ・ドゥーワップ・バンド”として夢と幻想のオールディーズ空間を演出し、ポップスとサイケデリックの可能性をスタイリッシュに追求する注目グループ、JINTANA&EMERALDSのJINTANA氏。軽快な文章をたどっていると、彼がどのような音楽を追求しているのかということとともに、かの島の明媚な風景や、そこに深く根づいたダンス・カルチャーとクラブでの喜びがいきいきと伝わってくる。
それでは8月のスペシャル・コラム、JINTANAのイビザ来訪記をお楽しみあれ。ベッドルームや通勤電車でこの画面を眺めている人にも、願わくはひとたびのヴァカンス・ムードを。 (編集部)
■JINTANA プレ・コメント
ネオ・ドゥーワップバンドJINTANA&EMERALDSのJINTANAです。
今回、イビザについての旅行記を書かせていただくことになりました。
夏の一日を楽しく過ごすリゾート・エッセイとして、また、ちょっとしたイビザ・ガイドとしての情報も盛り込んでみましたので、イビザに旅行される方もご活用いただければと思います。
それから、Jintana&EmeraldsのサイトがOPENしました。この紀行文といっしょに楽しんでいただくためのJ&E楽曲MIXをサイトにUPしたので、ぜひ音と文でチルアウトなひとときを楽しんでいただけたらと思います。
Jintanaandemeralds.com
JINTANAプロフィール
Paisley ParksやBTBも所属するハマの音楽集団〈Pan Pacific Playa〉(PPP)のスティール・ギタリスト。同じく〈PPP〉のKashifや一十三十一、Crystal、カミカオル、あべまみとともにネオ・ドゥーワップバンドJINTANA&EMERALDSとして『Destiny』をP-VINEよりリリース。オールディーズとチルアウト・ミュージックが融合したスウィート&ドリーミーなサウンドがTiny Mix Tapeなど海外メディアも含め各地で高い評価を得る。この夏は〈JIN ROCK FES〉や〈りんご音楽祭〉などさまざまなフェスに出演予定。
■「悔しさとともに、ヨコハマの夜は更けていく」
ある夏のはじまる前の夜、僕は横浜の飲み屋街、野毛で〈PPP〉のリーダーである脳くんや〈PPP〉の若手のケントらと飲んでいた。〈PPP〉とはPan Pacific Playaという音楽クルーで、LUVRAW&BTBとしても知られるBTBくんやPEISLEY PARKSなどが所属するヨコハマの音楽クルーだ。僕たちは定期的に野毛で、本人らからすると大変に有意義な、他人からするとまったく不毛な飲みをしているのだが、そんないつものノリで蒸し暑い夜に飲んでいた。僕はJINTANA&EMERALDSのファースト・アルバム『DISTINY』をリリースした直後で、ちょっとした達成感とともに心地よくほろ酔いしていたわけだが、そんなところに脳くんが一言を放った。
「でもさ、JINTANA&EMERALDSにおいてさ、JINTANAのスチール・ギターの音、まだまだぜんぜん行けるよね」
「え?」
「いやさ、JINTANAのスチール・ギターはそのヤバさの片鱗の最初の1ページを見せたに過ぎない感じじゃん? まだまだいけるはずなのになー。おかしいなぁ。せっかくスチール・ギターと出会ったのにね~」
と言って脳くんはニヤニヤしている。いつも彼はこうなのだ。家庭教師のように、ほどよく人を悔しがらせ挑発する。本当に人の扱いがうまい男だ。ぼくはとぼけて「そうかなー? すでにけっこういい線いってんじゃない? あ、焼きベーコン追加ね!」とか言いながらも、心のなかではワナワナしていた。脳くんよ、まさにそのとおりなのである。僕の中でも、僕の理想のスチール・ギター像に対して、いまはせいぜい10%達成というレベルなのである。
僕はもともとバンド畑のギタリストだったが、ダンス・ミュージック・クルーの〈PPP〉に10年ほど前に誘われて加入した。トラックメイカーと楽器奏者が共存するこのクルーでの活動のなかで、僕はダンス・ミュージック……それも「シンセのビヨビヨした音色でオーディエンスを飛ばし異世界にいざなう」という音楽の側面に魅せられていった。そして、楽器奏者として僕がたどり着いたのはスチール・ギターという音色だった。この、音色だけで涼感を醸し出し、音階がシームレスだからこそ異空間へトリップさせてしまう楽器を、ダンス・ミュージック/チルアウト・ミュージックという耳のセンスで捉えたら気持ちよすぎてヤバいことになるのではないか? という発想でやりはじめたのだ。いわば、レイドバック空間へ旅立つための装置としての楽器、という役割である。だが、たしかに脳くんの言うようにそのレベルまでまだまだ達していないことは否定できない。そこは2枚めのアルバム以降の大きなチャレンジだと思っていたところであった。
僕は、そんな部分を指摘された悔しい気持ちを隠しながら「あ、焼きベーコン追加ね!」とか言って、その夜は更けていったのであった。
■「伊勢参りならぬ、イビザチルアウト参り」
数時間後、人々が通勤に向かう朝の京浜東北線の中で、ひとりほろ酔いの僕がいた。朝日を反射しまぶしい横浜のビル群を見ながら、僕はひとりつぶやいた。「やはり、チルアウトを極めねば……!」。おそらく朝7時のサラリーマンでごった返す車両の中で、チルアウトについて思索しているのは確実に僕ひとりであったであろう。そんなとき、車窓の向こうに旅行会社の看板をみつけて突然閃いた。「夏だ! 旅だ! 島だ! ってかぁ……、あ、 そうか、イビザ・・・! イビザに何かヒントがあるかも……!」イビザとはダンス・ミュージックが盛んな島として知られ、最近ではEDMのイメージも強いが、一方でそれをクールダウンさえるための音楽、すなわちチルアウト・ミュージックの発信地として広く認識されている。イビザのビーチにある〈カフェ・デル・マー〉は、夕陽が沈むタイミングに合わせてそうした音を用いたDJが聴けるという。それはそれは素晴らしい、波と光と音の完全なる融合を魅せる場としてこの世のものとは思えない美しさがあると伝え聞いている。
僕は江戸時代の「伊勢参り」の気持ちで、イビザにチルアウトを追求する旅にでるのも一興という思いに駆られた。さっそく検索してみると、ヨーロッパまで行ってしまえば、そこからは意外な安さだと知って驚いた。ロンドンからだと片道約2万円だった。あまりに遠い桃源郷に思えていたイビザが、急にリアリティのあるものに思えてきた。2ヵ月後、僕はホクホクした面持ちでイビザの空港に降り立っていた……。