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ハテナ・フランセ

ハテナ・フランセ

第13回:フランスにおけるダメ人間感とは?

山田蓉子 Feb 28,2018 UP

 2018年ももう2ヶ月経とうとしていますが、フランスの2017年を象徴する出来事の一つ、ジョニー・アリデイの死をきっかけに考えた、フランスにおけるダメ人間感についてお話ししたく。

 ジョニー・アリデイは1950年代終わりから死去する2017年までフランスを代表するロック・スターであり続けた存在。フランス版エルヴィス・プレスリーが2017年まで現役で歌い続けていた、と言ったらわかりやすいだろうか。時代と共に様々なプロデューサーを迎えて歌い続けたジョニーのロックは、労働者階級を中心に大衆に愛された。マドレーヌ寺院で行われた葬儀は華々しく、シャンゼリゼ通りを埋め尽くすファンが霊柩車を見送った。葬儀の最初にはマクロン大統領が「国民よ!」と芝居っ気たっぷりに呼びかけたり、フランスを代表する大衆スターたちがこぞって弔辞を述べたり、まるで国葬だった。こんなにもフランスに愛されたスター、ジョニーだが、決してフランスの尊敬を一身に集める存在ではなかった。生涯に渡って年間数億円、時には数十億円稼ぎ続けたジョニーは、慈善に力を入れるどころか税金対策でスイス国籍を取ろうとして失敗したりした。死後は最初の妻シルヴィ・ヴァルタンとの息子、ダヴィッド・アリデイと3番目の妻(事実婚)ナタリー・バイとの娘ローラ・スメットを相続から除外し、31歳下の最後の妻、レティシアのみに全てを譲るという遺言書が発覚。もちろん娘のローラ・スメットは「愛しいパパ、私は闘います!」とマスコミ向けに公開書簡を送りつけ、最後の妻と前妻の子供たちの大戦争が勃発。どっちに付くかでフランスのセレブは二分し(ちなみに日本でも一時期名を馳せたジャン・レノはレティシア派)、フランスのゴシップ界は連日上へ下への大騒ぎだ。こうしてお金に関して跡を濁しまくって旅立ったジョニーだが、フランスではそれでジョニーの株が下がった感はないのだ。

 だが、それは故人を悪くいうべきではないというモラルからそうなっているわけではない。フランス人はどうやらダメ人間に愛着を感じるようなのだ。

 その理由にはフランス人が二言目には言いたがる「フランスは人権宣言の国だから」というのも表面的にはあるかもしれない。あとは以前シャルリ・エブド事件の際に引用した哲学者ヴォルテールの「私はあなたの書いたものは嫌いだが、私の命を与えてもあなたが書き続けられるようにしたい」という名言。つまり自分とは異なる価値観を持つ者をあるがままに受け入れる、という寛容さがあるのだとフランス人はすぐに自慢をしたがる。だがその割には階級差別や人種差別(特に旧植民地である北アフリカ=アラブ系)は日常茶飯事。個人的には異質な者への慣れとダメな人間を愛でる心が入り混じっているように思うのだ。

 例えばフランスが第7芸術として世界に誇る映画界も社会的には相当問題アリな人ばかりだ。ヌーヴェル・ヴァーグの最高峰監督フランソワ・トリュフォーは主演女優に片っ端から手をつけた。姉のフランソワーズ・ドルレアックが亡くなってから妹のカトリーヌ・ドヌーヴと付き合うというご法度もやってのけたが、特にフランスでは批判も浴びなかった。そのトリュフォーのオルターエゴのアントワーヌ・ドワネル・シリーズで馳せた俳優ジャン=ピエール・レオは、パリの街を徘徊する姿を度々目撃される変人だ。ポスト・ヌーヴェルバーグの旗手監督、ジャック・ドワイヨンはジェーン・バーキンと付き合っていた時に義理の娘シャーロット・ゲンスブールに色目を使った。そしてその事を約20年後に監督作『Boxes』でジェーンにバラされた。だが、映画が作品として評判が芳しくなかった以外は特にこれといった反応もなく……。ドワイヨンが女たらしで人たらしであることは、フランスでは周知の事実、というだけのことなのだ。現代フランス映画界を代表する監督アルノー・デプレシャンは元恋人マリアンヌ・ドニクールの人生に起きた悲劇をもとに大ヒット作「キングス・アンド・クイーン」を作り上げた。元彼の自殺、シングル・マザーとしての生活、そして金持ちクソ野郎との再婚まで彼女に一言の断りもなく映画化したのだ。当然ドニクールは激怒しデプレシャンを告訴。だが判決は「まあ、元ネタかもしれないけど、脚色されてるしね」ということであえなく却下。これらの映画人たちの少々情けない実態はフランス人には「しょうがない人だねえ。でも大した問題じゃなくね?」くらいにしか受け取られない。それによって彼らへのリスペクトや愛は目減りしないのだ。

 もちろんショウビズの世界の人など変人ばかり、そうでないと逆につとまらないのであろう。だが、ここでショウビスの人に対して使われる物差しは一般社会でも比較的有効なようなのだ。ただそこにはイケてる人がダメな一面も持つという限りにおいて、なのだが。昨年10月にニュー・アルバム『Reste』をリリースした際にインタヴューしたシャーロット・ゲンスブールの言葉が端的にそこのことを示していると思う。「NYに移り住んで、娘が聞いているアメリカのメインストリームの曲を聞くことも多くなったの。でもどの曲もなんだかキレイにまとまりすぎてて好きになれない。欠点があるから美しさも引き立つと思うのよ」。さすが音楽の天才にして究極のダメ人間であったセルジュ・ゲンスブールの娘。見事にフランスのエスプリを言い当てている。そして歌は下手っぴだが何をしてもセンスが良く人を魅了する彼女もその言葉を体現している。
 話は少々逸れるが、先述のカトリーヌ・ドヌーヴはトリュフォーに負けず劣らずの誘惑者だ。海千山千で肝の座りまくった彼女にしてみると男とは対等に渡り合ったり、情熱的に愛しあったり、かしずかせたり、あしらったりするものなのではないだろうか。たとえ偉大な監督や力のあるプロデューサーでも、欲望を前にしては情けない(部分を少なくとも持つ)存在だったのでは。生涯独身で通しているドヌーヴのような自立し力を持つ女性は、男性に圧倒的な力を付与することはないのではないだろうか。だからこそ力で押さえつけられた者の気持ちが理解できないのかもしれない。そしてそういった意味でMe TooやTime’s Upのムーヴメントにおける、潔癖性的な男性のみみっちい欲望を根こそぎ淘汰せねばならぬ、という正義感に違和感を覚えたのではないだろうか。

 公共交通機関でさえ時間を守らない国フランス。遅れても堂々と嘘をついたりするのは当たり前。無賃乗車も横行している。スーパーで棚からお菓子を取ってそのまま開けて食べるのも結構普通。立ちションは道端だけでなく、メトロの通路やホームでもしょっちゅう。そんな国では、自分を守りながら生き残るのがまずは最優先。他人の不倫や借金問題に目くじらを立てていては体がいくつあっても足りないのだ。それがフランスの実態なんだと思う。日々をやり過ごすためにいろんなことに目をつぶっていく内に免疫ができる。そうすると少々の(どころか大きくても)欠点はチャーミング、くらいに思えてくる。そんな風に思える日が訪れたら、私もカトリーヌ・ドヌーヴばりのパリジェンヌになれるのかも。たぶん無理だけど。