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この人が2006年あたりから〈プラネット・ミュー〉を通じてグライム/ダブステップに手を出しはじめたとき、「あー、ついに来たか」と思った人も少なくなかったでしょう。みんなまだ静観していました、90年代初期からやっているベテラン連中は。自分たちより15歳以上離れている新世代のやっているグライム/ダブステップとは果たしていかなるものかと。そんななかで、すばやくアプローチしたのがマイク・パラディナス、続いてUKテクノ第二世代を代表するひとり、ニール・ランドストラムだったんじゃないでしょうか。
以下、4月5日にDommune、4月7日に渋谷AMRAXでプレイするランドストラムの来日直前インタヴューです。(ちなみに渋谷AMRAXでは、マユリちゃんとDJバクが共演)
■久しぶりの来日ですね。
ニール:日本に来るのは大好きなんだ。招待されて一番嬉しい国だと思うよ。
■いろいろな国を拠点にしてきた印象があるのですが。今までどこに住んでいましたか? 現在の拠点は?
ニール:プレイした僕の音楽キャリアのなかで住んできたのはたった2カ所しかないよ。エジンバラとニューヨーク。いままでいろんな国に行ったし、だからそういう印象があるのかな?僕の音楽活動が日本を含め、夢でしか行けないような国にも連れて行ってくれたんだ。
■ニューヨークに住んだ理由は?
ニール:1990年に初めてニューヨークに行って、もっとここでいろんな経験をしたいと思わせてくれたところだから。住んだのはUKと往復しながら1996年から2002年くらいまでなんだけど、ただ町並み、あの場所の音や雰囲気が好きで、プラス音楽文化も豊富だったし、ヴィジュアル・アートを知るには最高のところだったんだ。
■現在はどこに住んでいるんですか?
ニール:2002/2003年にニューヨークを離れることに決めてからはずっとエジンバラだよ。ここの建築は素晴らしいし、エジンバラのリラックスしたゆっくり目のライフスタイルが好きなんだ。大きな都市ではないけど、僕はアウトドアが好きだし、45分も運転すれば完璧な自然のなかにいられる。グラスゴーは1時間くらいだし、大都市にも簡単に行けるし最高の場所だと思っている。
■エジンバラに住んでいて音楽的な影響などは......
ニール:エジンバラが音楽的にどんな風に僕に影響があるかはわからないけれど、大都市みたいに家賃や生活費が上がる事を心配しながらプロジェクトにとりかからなくて済むから、そういう意味では集中できるというのはあるかも。
音楽的にはエジンバラは空白の部分があるなぁ。ニューヨークみたいに色がない。でもエジンバラには僕が刺激されたダブのサウンドシステムがいくつかあったんだけど、残念な事に地元の自治体と不動産業者がひとつひとつクラブを潰しているんだ。だからこの素晴らしいダブのサウンドシステムもなくなってきている。
■それは残念ですね......。ではあなたが音楽をはじめた90年代をいま見てどう思いますか? 何かインスピレーションがあるとか。
ニール:いや、インスピレーションという刺激や感化はないよ、すべえて過去。正直言ってまったくそこから離れているし、それはそれでいい思い出として残して何か違う事をやりたいからね。問題はたくさんの人があの時代にしがみついていてそこにはまった状態でいることなんだよね。僕にとっての音楽はいつも先へ先へと進んで行きたい。たとえ時々レトロなことをやったとしてもね。90年代にリリースしたほとんどの僕のレコードを誇りに思っているけど、いま、同じ事をしても同じスピリットや音ではないし......僕にとっての音楽はその時々の自分の感情をレコーディングしているみたいなもので、それをあとで聴いたらその場所と作ってる時の自分に連れて行ってくれるタイムマシンみたいなものなんだ。その音を聴いただけで自分が何を着ていたか、家の壁紙の柄まで思い出せる。笑 僕には写真のような記憶力があるんだよ。
■音楽を始めるきっかけになったのはやはり初期レイヴ時代ですか?
ニール:1988~1991年の初期UKレイヴ時代は忘れられないし、あの頃の音楽はずっとインスピレーションになっている。もういちどあの時代に戻って同じように生きてみたいけど(笑)。ずっとイヴェントや人びとやいろんなことから影響を受けると思う。もちろん同じ事はやらないつもりだけどね。
■私もそう思います。そのくらいのインパクトがありましたからね。その後、そういったインパクトは音楽的にありましたか? 影響を受けた音楽とか。
ニール:90年代終わりから2001年にかけてはもうテクノにうんざりしてたんだよね。だから音楽を休んでモーショングラフィックに専念していたこともあったんだけど......。2000年あたりからダーク・ガラージとかSublo soundsとかまた面白そうな音楽がロンドンではじまってきて、Jon E Cash Black Op's crew 、DMZ、More Fire Crew、ディジー・ラスカルなどなど。これらのサウンドはグライムとダブステップとかに分かれていったんだけど、これらの音楽がはじまり出したとき、また僕も音楽に興味を持ち出したんだ。でもやはり僕には初期のUKレイヴとブリープ・レコードがエレクトロミュージックに興味を持ったはじまりだな。
■90年半ば頃ですよね? 「No Future」をはじめたのは。

ニール:「No Future」は90年代半ばにクリスチャン・ヴォーゲル、Emma SolaとMat Consumeによってはじめられた集団で、僕やTobias Schmidt、Dave Tarrida、 サイ・ベグそしてジェイミー・リデルなどのレコード・リリース、プロモーションやブッキングなどをしていた。僕たちのようなサウンドを〈モスキート〉や〈トレゾア〉でプッシュするためだったんだ。人数は多い方がいいしね。Matが僕らのレーベルと「トレゾア LP」のスリーブのアートワークをやってくれてた。あの頃のいい思い出がたくさんあるよ。ドイツでたくさんの「No Future」のイヴェントをやっていて、それは毎回楽しかったしはちゃめちゃだった。クリスチャンのスタジオにはよく行っていろんな音を録音したし、本当にいろんな事をクリスチャン から学んだんだ。僕にとっての「No Future」はポジティヴなパンク・ムーヴメントだったんだ。DIY ( Do it yourself) と他は気にせず突き進め、的な。
■〈プラネット・ミュー〉との関わりはどうやってはじまったんですか?
ニール:僕のデモをマイク・パラディナスに送ったんだ。そうしたらマイクからリリースしたいと連絡がきて、2005年から彼と一緒に動き出したんだ。その後、年間LP作りに専念して、2007に『Restaurant of Assassins』をリーリスした。それが自然に『Lord for £39』と『Bambaataa Eats His Breakfast』のLP につながったんだよね。僕が『Restaurant of Assassins』と『Lord for £39』のスリーブをデザインしたんだよ。マイクはいつも先端をいっているし、僕は彼の耳とレーベルにとても敬意を払っているんだ。彼の素晴らしい未来を願っているし、この濁った音楽業界をいい方向に導き続けて欲しいと願っている。
■あなたのレーベル〈スカンジナヴィア〉をはじめたのはいつですか? 音楽だけではなくデザイン・ワークもやっていますが。
ニール:〈スカンジナヴィア〉は1996年にレコード・レーベルとしてはじめた。僕がすべてをコントロールできて、僕や友人のもっとエクスペリメンタルなプロジェクトをリリースしたかったんだ。ニューヨークに移った頃、モーショングラフィックをはじめて、MTV、Rockstar Gamesのデザインをしたり、エフェクト・アニメーション・アーティスト、Jeremy Blakeのために僕がサウンドデザインをやったりした。そういえば〈プラネット・ミュー〉や〈トレゾア〉からリリースしたほとんどのレコードには〈スカンジナヴィア〉のロゴがどこかに入っている。僕の頭のなかではオフィシャルな〈スカンジナヴィア〉のリリースだと考えているよ。〈スカンジナヴィア〉のロゴは僕のアーティストとしてのサインなんだ。
■ライヴ・セットに関してお聞きしたいのですが、毎回違う音楽スタイルのライブセットだと思うのですが、毎回スタイルに合わせてセットアップは変えているんですか?
ニール:だいたい同じ機材でのセットアップだよ。DJと同じで新しいものが出たら古いものをそれに変えたりしていまのセットアップになっている。いまはElektron Machinedrum、MonomachineとKorg ESX-1とAbletonを使っているけど、地元のギグではYamaha DX-200とKord Space Echoも使うんだ。90年代はRoland TB-303、 SH-101、Tr-808,Tr-909、Akai S900 、Atari St、Sequential Circuits 黴Pro-OneとEmu Sp-1200なんか全て持ち出してたけど。笑 すごくいい音でできるけど壊れる確率が多くて......。だからいまは古いアナログでKorg ESX-1にRoland Jupiter 8 と 6 keyboardsをつなげたりして使っている。それでもあの昔のアナログの雰囲気を味わえるからね、他の機材を壊すリスク無しで。
■機材が壊れたりしたことはあるんですか?
ニール:ツアーしている時に起こるときもあるよね。僕のスーツケースが飛行機の荷物を運ぶトラックに轢かれたことがあったんだ。そのあとロンドンでサブヘッドのイヴェエントでプレイしたんだけど、プレイ中に僕のTR-909が爆発したことがあったよ(笑)。
■(笑)。それは大変でしたね。この6月までギグのスケジュールがはいっていると聞きましたが、そういうことが起こらないことを願いながらこれからの予定を教えてください。
ニール:これからどういう方向で行くのかまだ決まっていないんだ。今はスタジオから離れて、これからの自分のスタジオと将来の方向性を考えていこうと思っているんだ。6月まではいろんな国でのギグが入っているのでそのあいだに考えるつもり。
■では、これからのリリースについて教えてください。
ニール:ちょうどベルリンの〈Killekill〉から「Night Train」という12インチをリリ-スしたばかりで、これにはサイ・ベグとコラボレーションしたトラックも入っているんだ。それからJerome Hillの〈Don't records〉からテクノ・ヴァージョンのベルトラムの「Energy Flash」とブレイク・バクスターの 「Sexuality」が4月日にリリースされるよ。それにオランダのレーベル〈Shipwrec〉からもMat Consumeとコラボレーションしたものと、今年の終わりにはJ D Twitch とともに新しいDoubleheartの12インチをリリースする予定なんだ。
■ところで日本に初めて来たのはいつなんですか?
ニール:1995年にリキッドルームで初めてプレイしたんだけど、あれは僕のキャリアのなかでもいちばん思い出に残っているんだ。〈ピースフロッグ〉 のパーティでとても混んでいた。そういえばそのときのイヴェントのDATレコーディングを最近見つけたんだよ! どこかにアップしなきゃなぁ。
■その後も来日していますよね?
ニール:今まで何回か来ていてその度に日本が好きになる。ただ歩き回ってるだけでもすごいトリッピーな国だね(笑)。僕は和食が大好きだし、エレクトロニクスも文化も好きだな。あ、それに70年代から90年代のトヨタのランドクルーザーの40と60シリーズモデルの大ファンなんだよ。日本の技術は高品質で長持ちするようにつくられている。正直、僕は日本のデザインや技術で作られたものなしでは生きていけないと思うよ。
■4月5日にDommune、4月7日に渋谷AMRAXで行われるFIERCESOUNDSでプレイしますが、どんなセットでいくんですか?!
ニール:もちろんLandstrummスタイルだよ。
■日本のファンの皆さんに一言。
ニール:Ganbarimasu! 是非ギグに来て 声かけて欲しいな。
FIERCESOUNDS 5th ANNIVERSARY -
NEIL LANDSTRUMM
2012.04.07 (SAT) @ AMRAX
NEIL LANDSTRUMM、MAYURI、DJ BAKU、DJ DAIKI and more.
Open 22:00
Door ¥3500
Info.03.3486.6861 AMRAX
Neil Landstrumm
King of UK Bass Music。最先端、革新的なエレクトロニック・ミュージックのパイオニアとして知られる彼は、1995年に〈ピースフロッグ〉から「Brown By August」をリリースしてその華々しいキャリアをスタートさせる。これまで、〈ピースフロッグ〉を含む〈トレゾア〉、〈Sativae〉、〈ソニック・グルーヴ〉、〈モスキート〉、〈プラネット・ミュー〉など、世界的に影響力のあるテクノ/エレクトロニックレーベルから数々のレコードを実験的、斬新な音と共にリリースし、その新しい表現は世界中からの注目を浴びその独特のスタイルや世界観は彼のコピーアーティストを生むほどの影響力を持つ。
また、グラフィックアーティストとしても有名な彼は、音楽のみならずグラフィックデザインや洋服のデザインまでも手がける革新的なレーベル〈スカンジナヴィア〉を立ち上げ、これまでクリスチャン・ヴォーゲル、サイ・ベグ、Mike Fellows、Jeremy Blake、Bill Youngman、 Tobias Schmidtなどの世界的に著名なアーティストの作品をリリースし、レーベル・オーナーとしても成功を収めている。現在はUKエジンバラでWitness Rooms Studioを運営、最近ではゲームソフトの開発にまで着手し、音楽面ではDJシャドウの新しいプロジェクトのリミックスを手がける世界で唯一のアーティストとして選ばれるなど、天才とも言うべき彼の才能は留まるところを知らない。今年、2月にベルリンの〈Killekill Records〉からEP「called Night Train」をリリースした。
www.scandinavianyc.com
自分もミキサーとして参加するグループJintana & Emeraldsの7inch "Honey/Runaway" の特典オールディーズDJミックス収録曲紹介します。
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Doopees - Love Songs (Love Is A Many-Razor Bladed Thing) - For Life まずは、オールディーズ/ガールポップの傑作という側面も持つDoopees "Doopee Time"(95年)からこの曲を、イントロとしてプレイさせてもらいました。 |
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The Exciters - Do-Wah-Diddy エリー・グリニッチ&ジェフ・バリーのコンビのペンによるご機嫌な一曲。 |
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The Shirelles - Baby It's You ビートルズによるカバーも有名ですね。イントロのコーラス聴いた瞬間に、この曲の世界に飛び込めます。 |
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Roy Orbison - Blue Angel 歌・コーラス・曲の展開、すべてが完璧で、何度でも聞き返せる最高曲。 |
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Dion - Go Away Little Girl 大滝詠一師匠は、キャロル・キングのペンによる曲ではこれが一番好きとの事。ジェリー・ゴフィンの詞の展開に合わせ、堪えきれず溢れてしまう感情のような進行とメロディー、そして勿論ディオンによる歌唱も切ない。 |
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Martha And The Vandellas - Love (Makes Me Do Foolish Things) 大大大好きなマーサ&ザ・ヴァンデラスからはこの曲。一家に一枚マーサ&ザ・ヴァンデラスです。 |
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Irma Thomas - While The City Sleeps ランディー・ニューマンのペンによる、洒落が効いた構成が心地よい一曲。 |
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The Crystals - He's A Rebel フィル・スペクター手がけるド定番曲ですが、やはりJintana & Emeralds的には外せません。何度聞いても熱くなるグルーヴが最高です。 |
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The Four Tops - I Can't Help Myself (Sugar Pie Honey Bunch) 理屈抜きに、流れはじめた瞬間から何度でも心掴まれる、音楽の魔法つまってます。 |
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The Basin Street Boys - Summertime Gal 最後の曲はこちら。夏を待ちわびて、アーリー・ドゥーワップから選曲。玉&乱です。 |
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dos - dos y dos - Org Music |
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The Analogue Cops & Blawan - Cursory Ep - Vae Victis |
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The Analogue Cops , Blawan & Ryan Elliot - Big Family Ep - Restoration |
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Axel Boman - My Dirty Laundry - Studio Barnhus |
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Arttu - Soul Stream - 4 Lux |
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MRSK - Twirl / Pinkman - Skudge |
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Eats Everything - Entrance Song - La Musique Fait La Force |
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Eats Everything - Eats Everything Ep - Dirty Bird |
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Unknown Artist - Coat Of Arms , BrEaCh Remixes 2012 - Pets |
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Move D - AnneWill TheRemixes Pt.1 - LiebeDetail |
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ROCKET JUICE & THE MOON FEATURING ERYKAH BADU
Manuela / Mark Ernestus Dub
(Honest Jon'S / 12Inch)
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BUBBLE CLUB
In Consequence Of A Wish
(International Feel / 12inch)
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ANIMATION
Sanctuary
(Sarcred Rhythm / 10inch)
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KRISP
Lovestomp
(Sex Tags Ufo / 12inch)
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MOOMIN
Sleep Tight
( Smallville / 12inch)
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DA SAMPLA (ANTHONY "SHAKE" SHAKIR)
West Side Sessions
(Wild Oats / 12inch+7inch)
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UGANDAN METHODS
Beneath The Black Arch
(Ancient Methods / 12inch)
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STILL GOING
D117
(Still Going / 12inch)
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無粋なことはいいたくないけれど、昨年は音楽イヴェントとNPOの関係がいやでも気になる年になってしまった。カナダではテクノのレーベルをやる場合でも国から援助が出るのは当たり前なので、あえて国からお金をもらわないでレーベルを運営することが実にクールなことになっていたりするけれど、日本にはそのような文化的インフラがないので、レーベルや赤字イヴェントを背負い込む意味がまるで違ってしまう。リスクが大きすぎるし、成功したところで金を儲けたとしかいわれないのはあまりにもヒドい。音楽を利用して金を引っ張ろうとしているNPOが横行しまくったことを思うと、商業イヴェントがどれだけ純粋なことかとムダに肩入れまでしたくなってしまう。とはいえ、ある大物ミュージシャンが援助金を受け取る前例をつくったことにまったく意味がないとも思わないので、なかなか複雑な気分ではある。ちなみにNPO法は4月から改正になります(→https://www.npo-homepage.go.jp/)。その筋の方はご注意を(笑)。
そうしたなか、第1回目のササクレフェスティヴァルが術の穴とリパブリックの共同企画で開催された。フラグメントにとって初のインストゥルメンタル・アルバム『ナロウ・コスモス104』のレビューでも告知されていたので、新しい動きを予感した人もいたことでしょう。最初はささくれUK(https://sasakuration.com/)が主宰なんだろうと思っていたら、なんの関係もなくて、帰り道に考えていたことはロウ・エンド・セオリーの日本版になるかもしれないなーという希望的推測。あるいは、良いものを観た後で芽生えてくる捻じ曲がった欲望。ならば日本のNPOに負けない不純な動機でリポートしてみるかな(子どもの皆さん、冗談ですからね。エレキングって、難しいとかいわれるけど、実際、どれぐらい、子どもの読者なのか? ラリーサ・コンドラキ監督『トゥルース 闇の告発』とか観て泣いちゃう感じ? あれは大人でもちょっと震えるか)。
これまで地球上で初めてセックスをしたのはサメだと思われてきたが、僕が会場に入るとほぼ同時にイーライ・ウォークスのライヴがはじまった。最初は音が小さいと感じたのも束の間、徐々にSEというか、メロディが派手になってくると、一気に存在感を増してくる。ビートは強いのにグルーヴが弱いので3曲ほど聴いていると、まだ時間が早いせいか、フロアは空いているので座って聴きたくなってくる。実際、黄色い声は飛んでいるのに、踊っている人はほとんどいない。ヒップホップ調のリズムなんだから、もう少し腰が誘われてもいいようなものだけど、むしろアンビエント・パートを儲けた方がパフォーマンス的にも説得力は上がったのではないかと。どちらかというとレコーディング向きのミュージシャンだということを確認した感じ。終わってからキリコを観ようと上の階に行ったら、偶然にも通りかかった本人に紹介されたので、(英語しか話せない日本人だと聞いていたので)「ナイス・トゥー・ミーチュー」とかなんとか。シャイな人でした。
メイン・ステージに戻ってくると、すでに12編成のミクスチャー・バンド、画家がエネルギッシュな演奏を展開中。クラウドも一気に増えていて、誰もが華やかなムードを楽しんでいる。最近はMCが上手すぎて、それって音楽家としてはどうなのと思うことも少なくなかったけれど、画家のMCは何を言っているのかさっぱりわからなくて、それが意外と良かったり。「ライヴの予定です」といってスクリーンに大きく映し出された文字も滲んだようになっていてまったく読めなかった。ササクレフェスはVJにも力を入れているイヴェントで、すべてのフロアのすべてのパフォーマンスにVJがブッキングされ、そのセンスも千差万別。画家のライヴが終わると同時に、福島原発にレッド・カードを突きつけている男の後姿がスクリーンに映し出され、そこからチン↑ポムとホワイ・シープ?によるパフォーマンスがはじまった。観たことのある映像がほとんどだったけれど、音楽との相乗効果で、"ブラック・オブ・デス"など、思ったよりも引き込まれてしまう(いつの間にかクラウドも隙間なくフロアを埋めている)。誰かの携帯電話がスクリーンに映し出され、事細かにやり取りされているメールの内容を読んでいると、地震があり、放射能が撒き散らされた世界で踊ったり、笑ったりしていることがとても自然なことに感じられてくる。それはなかったことでもなく、改めて考えなきゃいけないことでもない。いつもと同じだけど、いつもと同じではない。いまここでしか成立しない表現だった。
ホワイ・シープ?×チン↑ポムのラスト・ナンバー"気合100連発"からフラグメント"リクワイアード・ヴォイス"への流れは涙が出るかと思った。誰の演説を訳したものなのか、CDにもクレジットはないけれど、「人々よ失望してはならない」と大上段に振りかぶる"リクワイアード・ヴォイス"はそれこそ僕を子どもみたいな気持ちにさせてくれた。質のいい音楽がそうさせてくれたことは間違いない。フラグメントのステージは、実際、彼らのCDから想像できるよりも遥かにダイナミックで素晴らしく、腰が動いてしまうなどというレヴェルのものではなかった。ビートの差し引きから過不足なく畳み掛けられるリフレイン、さらにはあっさりと転換させるタイミングまで、クラウドは自由に操られるままに近かった。演奏が中断すると「僕らの大先輩を紹介させて下さい」というMC。誰が呼び込まれるのかと思ったら「東京ナンバーワン・ソウル・セットからビッケさん!」といわれて誰も知らない男がステージに上がってくる。呼んだ本人も「誰ですか?」を連発し、座が白けるギリギリで、ようやくビッケが姿を現した。しかし、酔っ払いすぎて3回も試みたパフォーマンスはすべて失敗。これは本当に予定になかった演出だったようで、フラグメント側が「僕らがビッケさんと知り合いだというのはカッコいいかなと思って、つい呼んでしまいました」と反省すると、ビッケも「僕もフラグメントとやったらカッコいいかなと思って、つい出てしまった」と、あまりに正直すぎて、さっきから笑い転げていた会場も度が過ぎてもはや虫の息。気がついたら「あと、1曲しかやる時間がなかった......」。
その後、フラングメントをバックに、カクマクシャカ、さらにはシンゴ02がMCで登場する予定だったものの、約束があったので会場から離れざるを得ず、ちょっと残念なことをした。フェス全体をどうこう言うには、特定のミュージシャンだけを集中的に観てしまったので、大袈裟なことは言いにくいものの、2回目があるならもちろん足を向けたいと思っている。それにしてもフラグメントはもっと観たかった。予定時間の半分ぐらいしかやらなかった訳だし、そのうち人が押し寄せてくるのは目に見えているので、すしづめ状態になる前にフル・セットは体験しておきたい。家に帰って『ナロウ・コスモス104』を聴いても、この気持ちは収まるどころか掻き立てられるばかりだった。
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GONZ(DOWN NORTH CAMP)
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![]() Orbital Wonky ビート |
いまでこそ日本でも「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」というタームは普通に使われているけれど、このムーヴメントを最初に紹介したのは何を隠そう、三田格だった。『remix』というクラブ雑誌があったが、同誌はアートの延長線上においてハウスを解釈した。社会的なムーヴメントとしてのレイヴ・カルチャー、すなわち「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」には触れなかった。
『NME』というロック新聞はアシッド・ハウス・ムーヴメントを社会的な抵抗の文脈で紹介した。『i-D』というファッション誌はライフスタイル文化の延長で捉えた。よって1988年、前者はスマイリーを引きちぎる警官の写真を、後者は純粋にスマイリーそのものを表紙にした。とにかくまあ、大きなことが「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」という括りのなかで起きているというのに、それが日本で紹介されていないのもおかしな話だということで、1992年、『クラブ・ミュージックの文化誌』における三田格の原稿が日本では最初にがっつりと、「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」を紹介したものとなった。羽目を外して人生を台無しにした人が誰に苦情を言えばいいのか、もうおわかりだろう。
オービタルのふたり――ポール&フィル・ハートノル兄弟は、「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」からやって来た。プロジェクトの名前は、レイヴが開かれていた場所から取られている。
彼らの初期のヒット曲、"チャイム"や"ハルシオン"、"ラッシュ3"を特徴づけるのは美しい音色のシンセサイザーと催眠的でトランシーな曲調、ダンサーを彼方へと飛ばすドラッギーな展開にある。そして......こうした恐るべき現実逃避の文化を背景に持ちながら、他方でオービタルは1990年の初めての「トップ・オブ・ポップス」の出演の際、反人頭税のTシャツを着て登場している。人頭税とはマーガレット・サッチャー第三期政権のときに出された法案で、人の数だけ税を取るという、低所得で子だくさんの家庭には洒落にならないものだったが、この反対デモが90年代ロンドンの最初の暴動へと発展している(この暴動に参加した自分の写真をジャケットに使ったのがジュリアン・コープである)。
新作『ウォンキー』はオービタルにとって8年ぶりの、そして8枚目のオリジナル・アルバムとなる。ダブステップ時代においてオービタルがアルバムを作るとどうなるのか、それが『ウォンキー』だ。手短に言えば"2012年にアップデートされたオービタル"、ゾラ・ジーザスも参加しているし、ベース・ミュージックからの影響も前向きに取り入れている。その屈託のなさ、トランシーなフィーリングは変わっていないと言えば変わっていない。モードが一周してしまったこの時代の、ストーン・ローゼズやハッピー・マンデーズらに続く、「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」世代の帰還と言えよう。
取材はポール・ハートノルが答えてくれた。
みんなが自分たちに何を期待してるかわからなかった。いざステージに立ってみると、18歳から20代前半のオーディエンスが多くてビックリした。「待てよ、君たちって、俺たちが活動をスタートしたときはまだ赤ん坊だったよな?」って感じだった(笑)。
■実に久しぶりのアルバムですね。
ポール:だね。活動を休止したあと、俺たちはそれぞれ違うことをしようと決めたんだ。俺は旅に出ることにしてイギリスを出たんだけど、母親が癌になってしまって、医者から余命9ヶ月って言われたから、急遽戻らないといけなくなった......それで曲のライティングをはじめた。
俺はずっとオーケストラをやってみたかったから、自分にそれができるかどうか試してみたくて。それから2、3年はソロ・アルバムを書いて、レコーディングをしていた。『ジ・アイディール・コンディション』(2007年)をね。ソロ・オーケストラや聖歌隊と一緒に仕事した。最高だったよ。オーケストラを9人に濃縮して作品を作ったんだけど、それがすごく面白かったから、続けようってことになった。本当に楽しい作業なんだよ。
あとは、『トーメンティッド』っていうホラー・アルバムのスコアも書いたりもしてたな。音楽は全部エレクトロニック。それもすごく楽しかった。フィルはロング・レンジのアルバムを作ったり、DJしてたね。お互い、いろんなことを試してた。休止したとしても、俺たちが音楽をやめることはないんだよ。
■その間、ライヴは積極的にやっていたのですか?
ポール:ギグは......何年かストップしてたんだよな......最後のギグはいつだったかな? たぶん2010年だったはず。そのあとは他のことをやってたから。それまではいくつかギグをやってたよ。プラハでもやったし、〈ビッグ・チル〉(UKでもっとも評価の高いテクノ系のフェスティヴァル)でもやった。
クリスマス休暇が終わって、去年の1月に小さなスタジオを借りてレコーディングをはじめた。お気に入りのシンセと機材を使ってレコーディングしたんだ。新しい部屋に新しい場所、新しいアイディア......新鮮ですごく良かった。自分たちがライヴ・セットで聴きたいもの、プレイしたいものを考えながら作った。いままでのライヴに何が欠けてたとかね。自然とそのアイディアで構想がどんどんできていった。
■いまではセカンド・サマー・オブ・ラヴ以降に生まれたキッズもオービタルのライヴに踊りに来るわけですよね。
ポール:そうそう、来るんだよね。素晴らしいことだよ。本当にラッキーだと思う。そのポジションにまだいれるなんてさ(笑)。〈ビッグ・チル〉の前にプラハのにフェスに出演したんだけど、オーディエンスが自分たちに何を期待してるかわからなかった。普段のオービタルのショーでいいのかな? と思っていたけど、いざステージに立ってみると、18歳から20代前半のオーディエンスが多くてビックリした。他のフェスでもそんな若い彼らが俺たちのショーを気に入ってくれてて......、で、「待てよ、君たちって、俺たちが活動をスタートしたときはまだ赤ん坊だったよな?」って感じだった(笑)。
いまだにそういうポジションにいて、彼らをエンターテインできるなんて最高だよね。変な感じもするけど。いまは年齢や年代が関係なくなってるんだろうね。前みたいに世代が関係しなくなってる。デジタルのおかげかもしれないね。iTunesとかiPodとか、ああいうのがあれば、例えばロックンロールの歴史をすべて持ち歩けるわけだろ? 自分が好きなものを、どこでも簡単にきける時代だからね。
■8年ぶりの新作となるわけですが、新作を作ろうと思い立ったきっかけは、そうしたライヴからの刺激ですか?
ポール:ツアーをやりはじめて1年経って、で、2年目に突入したとき、こんなにライヴが続くなんて考えもしてなかったんだ。2、3回やって終わりだと思ってたのに、オーストラリアでまでライヴをやって、で、勢いが止まることがなかった。それで、自分たちが活動をエンジョイしてることに気づいたんだ。そのフィーリングを壊したくなくて、続けなくてはと思った。ただ続けるだけじゃなくて、ちゃんとしたものにしたかったから、ライヴに何か新しいものを入れたくなって、それで2、3トラック作ることにしたんだ。
2010年にそれをスタートしたんだけど、トラックを作ってるうちにアルバムを作ろうってことになった。2011年の1月から本格的にスタートさせた。ライヴを続けたいって気持ちがアルバム制作につながったんだね。曲を書くのも好きだけど、ライヴも楽しいパートのひとつだからね。
現代のダンス・シーンとからは確実に影響を受けてるよ。アルバムからは、少しだけどダブステップの要素が感じられると思う。『スニヴィライゼイション』にはジャングルの要素があったけど、あれがジャングルのアルバムじゃなかったのと同じように、今回もダブステップ・アルバムってわけじゃないけどね。
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■ここ数年はダブステップの盛り上がりもあって、UKではずいぶんとダンス・カルチャーが熱気を帯びているようですが、そうした状況も後押ししていますか?
ポール:もちろんだよ。現代のダンス・シーンとか、それに関係したものからは確実に影響を受けてるよ。そう、つねにね。このアルバムからは、少しだけどダブステップの要素が感じられると思う。『スニヴィライゼイション』にはジャングルとかドラムンベースの要素があったけど、あれがジャングルやドラムンベース・アルバムじゃなかったのと同じように、今回のアルバムもダブステップ・アルバムってわけじゃないけどね。でも、要素のひとつだということはわかりやすいんじゃないかな。誰だって、自分がいいなと思うものがあればそれを試したくなるだろ? 音楽に限らず、アイディアはそうやって発展して、変化していくものだと思う。それって素晴らしいことだと思うんだ。
■最近の若い子たちが集まるようなレイヴには行ったことがありますか?
ポール:最近は行ってないね。90年代はもちろん行ってたけど。いまは基本的にフェスでそういうのを楽しむかな。DJの仕事のときとか、いろいろチェックして楽しむんだ。そういうときに会場をまわって様子をみるんだよ。
■いまのダンスの盛り上がりは、1989年から1991年の盛り上がりとはどこが同じで、どこが違うのでしょうか?
ポール:うーん、何だろう......ひとつ言えるのは、初期のダンス・ムーヴメントは全部アマチュアによるものだったということだね。あの頃は、みんな何もわかってなかった。運営してる人間のなかにプロがいなかったんだよ。いまはプロばかりだと思う。
でも、ダンスは基本的にいつの時代も変わらないよね。どんな時代でもダンスに行きたいという気持ちはそのまま。人はつねに人と集まりたいし、大きな集団のひとつになりたいんだ。それは変わらない。ただ、80年代のイギリスのダンスはアグレッシヴだった。そこからケンカや殴り合いが勃発することも少なくなかった。ナイトクラブでね。人がビクビクしていた時代もあったかもしれない。いまはそれがフレンドリーになってきたかも。良いことだよ。ダンスのなかではみんなフレンドリーで、ハッピーになれる。ビジネスとしてしっかりしているし、もう、ナイーヴなふりは通用しない。みんなが状況をちゃんと把握してるから。まぁ、アマチュアのダンス・イヴェントを好む人もたくさんいるから何とも言えないけどね。
■そもそも、あなたが最初にダンスの洗礼を受けたのはいつで、それはどんな経験でしたか?
ポール:最初はたぶん、キングス・クロスにある〈ミュートイド・ウェイスト・カンパニー〉に行ったときだったと思う。超、超デッカいウェアハウスなだったよ。おもしろい格好をした奴らがたくさんいたんだよ。『マッドマックス』から出てきたような奴らがゾロゾロ歩いてるんだ。クレイジーだったね。
最高だったのは、サウンドシステムが6、7つあったこと。ある部屋ではハウスが流れてたり、ある部屋ではヒップホップがガンガンかかってたり。トラベラーとかヒッピーっぽいパンク・ミュージックとかも流れていた。みんなが入り混ざって、一緒にダンスしてたんだ。いろんなジャンルの人が一緒に楽しく時を過ごしてたんだよ。本当に素晴らしかった。値段も安かったしね。とにかく最高な空間だったんだ。
■"チャイム"はセカンド・サマー・オブ・ラヴの雰囲気を持った曲ですが、実際にあなたがたも自身がレイヴ好きだったんですよね?
ポール:もちろん。オービタルがはじまってからも行ってたよね。〈ドラム・クラブ〉にも行ってたし、ブライトンにあるクリス・ココがやってた〈ココ・クラブ〉ってクラブにもよく行っていたよ。あと、トンカのパーティにもよく行ってた。彼らのサウンドシステムは素晴らしいんだ。彼らも最高だったな。それにもちろん〈メガドッグ〉も。そこではギグもやってたしね。最高だったな。1990年代は、少なくとも1週間に1回は出かけていた。金曜の夜は〈メガドッグ〉、木曜は〈ドラム・クラブ〉、月曜はトンカ、土曜もクラブにでかけてたし......ははは(笑)! 毎日必ず何かはやてたから。ソーホーに集まって、土曜の夜にベロンベロンに酔っぱらって、二日酔いのときは出かけなかったりね。
■いまはどうですか?
ポール:最近はほとんど出かけないよ。子供が3人いるし。出かけるのは自分のギグをやるときやDJするときだけ。ブライトンのライヴを見にいったりはするけどね。
■そもそもオービタルは何がきっかけで結成されたのでしょう?
ポール:以前からふたりとも家で音楽を作ってたんだけど、あるときパイレーツ・ラジオ局に関与するようになった。アシッド・ハウスの良い作品をしょっちゅうプレイしてたDJがいたんだけど、彼が俺たちが金曜にプレイした"チャイム"をかなり気に入ってくれた。絶対に出したほうがいいと言ってきて、リリースしたら、2、3週間で2000枚も売れた......その時点ですでに6つのレーベルからオファーがあったから、名前から何からすべてを急いで決めないといけなかった。名前はすぐにオービタルに決まった。街の外に続くロンドン・オービタル・モーターウェイ(ロンドンにある環状高速道路)があって、この環状線の南東地域がデッカいレイヴが起こってた場所だから、そこから名前をとって、オービタルの活動がスタートした。
俺は常に音楽を作ってたんだ。フィルがそれに参加したりしなかったりで。自分は13歳くらいからギターを弾きはじめて、バンドと一緒にジャムしたりしてた。パンク・バンドとかね。ドラムもギターもキーボードもプレイしてたし、大学のスクール・バンドでもプレイしていたよ。そのあとフィルと一緒にエレクトロにもハマっていった。そこからふたりで音楽を作りはじめたんだ。
■当時のダンス・カルチャーの熱気はどんなものだったのでしょうか?
ポール:オービタルがスタートしたのは1989年だけど、その頃は、さっきも言ったように、幸福なアマチュアの時代だったね。とにかくアシッド・ハウスしかなかったな。そのあとデトロイト・テクノがちょっとでてきたって感じだったと思う。
■日本でも"チャイム"はもちろんのこと、"オーメン"、"ハルシオン"や"ラッシュ3"など、日本でも僕の友人たちをはじめ、多くのクラバーをトリップさせましたが......。
ポール:そう言ってもらえると嬉しいね。
■あなたがたはどんな狙いでこうした曲を作っていたのですか?
ポール:いや~、狙いとか、そういうのはほとんどなかったね。ただただ、良い音楽を作ろうとしていただけなんだ。自然と出て来るアイディアに正直になるよう意識していたよ。書きはじめたらいつも流れにまかせて曲を書き続けるんだ。ライヴ・セットもそんな感じだし。
俺たちの曲作りは1枚の絵を書いてるようなものでね。ストーリーを書いてるとかじゃなくて、直観で書くって感じかな。軽く聞こえるかもしれないけど、聴いてる人が踊れて、何らかの形で人びとを動かすことができればそれで良いんだ。プレイして、それで人びとが楽しめれば、それがいちばんだ。音楽作りで、いろいろ考えるのは逆に難しい。「just do it」がいいんだよ。そこから自分が好きだと思うサウンド、しっくりくるサウンドを作っていけばいい。俺は深くは考えない。直観と自然の流れにまかせる主義なんだ。
■オービタルを特徴づけるのは綺麗でトランシーな音色ですが、アシッド・ハウスからの影響はどれほどあったのでしょうか?
ポール:アシッド・ハウスは最初はキライだったんだけよね。知り合いが"アシッド・トラックス"をプレイしてきたんだけど、俺は気に入らなかった。新しすぎたからかもしれないけど、抵抗がなくなるまでに時間がかかったね。いくつか素晴らしいと思うものもあるけど、正直、いまでもアシッド・ハウスのトラックはあまり好きじゃない。お気に入りのジャンルじゃないんだな(笑)。アシッド・ハウスの定義って、わかるやついるのかな? と思うけどね。303のマシン自体は面白いと思うけど。小さいのに、すごくパワフルなサウンドを創り出すからね。ベースラインにはとくにいい。独特なサウンドだよね。パンチの効いた音をつくるし、それは他にはないと思う。でも好きではないんだよね(笑)。だから、アシッド・ハウスの解釈ってわけじゃないんだ。
■なるほど。それでは、ドラッグ・カルチャーに関しては?
ポール:いまのドラッグ・カルチャーは......どうなんだろうね。コカインが出回ってるのは知ってるけど、あれは最悪なドラッグだ。みんな自己中になるし、ものすごく短気になる。ドラッグ・カルチャーに関してはいまは何も知らないし、意見もない。本当に何も知らないんだ。1回、どのフェスかは忘れたけど、あるフェスでオーディエンスが明らかにヤバかったのは覚えてるけどね(笑)。みんな、確実にエクスタシーをやっていた(笑)。ウケたよ(笑)。お互いにぶつかりあって、ぼけーっとしてるんだ。「おーい、こっち見てる奴ひとりでもいるか?」って感じ(笑)。DJしながらずっとそれを見てたんだ。あれは最強だったね(笑)。
そもそも俺はドラッグに関しては語らないことにしてるんだ(笑)。全然やってないといえばつまらなく聞こえるし、昔やってたと言えばそれはそれで良くない(笑)。だから、謎のままにしておきたい(笑)。自分とまわりの友だちだけが知ってることにしたい。ミュージシャンはドラッグがつきものっていう印象はあるけどね。
直観で書くって感じかな。軽く聞こえるかもしれないけど、聴いてる人が踊れて、何らかの形で人びとを動かすことができればそれで良いんだ。プレイして、それで人びとが楽しめれば、それがいちばんだ。音楽作りで、いろいろ考えるのは逆に難しい。
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■DJよりもライヴのほうが重要ですか?
ポール:いや、DJはずっとやってるよ。去年もずっとDJしてたし。アルバムを書いてたから、ライヴができないぶん、DJをやってた。パフォーマンスをストップしたくなかったからね。それにDJは書いてるものを試しに使ってみることができるからいいんだ。書いたものをさっと木曜に録音して、金曜にDJするときに持っていってプレイしてみるっていうのを何回もやってた。それを楽しんでたしね。
90年代は頻繁にDJをやってたけど、子供が生まれてからしばらくストップしてたんだ。わざと止めたわけじゃないし、封印したわけでもない。俺は、DJもライヴもどちらも好きなんだ。ふたつとも違うことだし、違う人たちと繋がることができる。どちらもいつだって楽しいしね。
■あながたはUKトランスのスタイルを作ったと思うのですが、クリミナル・ジャスティス(レイヴ禁止法)への抗議を主題とした1994年の『スニヴィライゼイション』では、音楽的にはトランスから脱却しましたよね。
ポール:たしかに脱却したね。その前のアルバムにくらべてトランスっぽさがなくなったから。俺たちはトランスに影響を受けていただけで、トランスの方向に進もうとしてたわけじゃなかったからね。ただ、自分たちが進むべく方向性に進んで行っただけなんだ。いつも新しいものに挑戦していくのが自分たちだからね。あのアルバムはストーリー性のあるコンセプト・アルバムにしたかったかんだよね。わざと脱却したわけじゃなくて、流れでそうなったんだ。そのときに求めていたものが、たまたま違っただけ。そうしようと考えてたわけじゃなかったんだけど。
■ダンス・カルチャーが嫌いになったことはありますか?
ポール:いいや。それは絶対にない。自分の要素を嫌いにはなれないよ。何年もオービタルの要素になってるものだし。ダンス・カルチャーではいつも何かしら面白いことが起こってると思う。つねに大好きってわけでもないけど(笑)。でも、嫌いになることはない。
■ダブステップの影響に関する話がありましたが、最新の音をまめにチェックするほうですか?
ポール:どちらとも言えるね。やっぱり俺はDJでもあるから、いつも新しいサウンドをチェックしないといけないし、ツイッターで新しい音楽のオススメを訊いたりもする。それでいつも違うものを試すようにしてるんだ。でも曲を書くときは......クラフトワークが言ってたんだけど、彼らは音楽を書いてるときは他の音楽は聴かないようにしてるらしい。気が散ってしまうから。俺もそれと似ていて、ライティングのときはあまり音楽は聴かないようにしてるんだ。自分の音楽に集中できるようにね。
まあ、そうでもなければ、最近ではコンテンポラリー・フォークが好きでよく聴いてる。メランコリーなフォーク・ミュージックをね。ジョアンナ・ニューサムとかさ。そういう音楽は自分がやらないことだし、自分にできないことだから。エレクトロをもっと聴くべきだとは思うけど、仕事でいっつも聴いてるからさ......エレクトロには厳しくなっちゃうんだよね。毎日やってることだから。本当に良いものじゃないとダメなんだ。そのなかでも良いなと最近思ったのはプラッドのニューアルバム。あれはお気に入りだよ。
■若い世代の音楽は?
ポール:よく聴くのは、エミリー・ポートマン。大好きなんだ。アルバムでも彼女の曲をサンプルしてる。エレクトロだと、〈ナイト・スラッグス〉は面白いことをやってると思う。そこから作品を出してるエルヴィス(L-Vis)1990はとくに良いね。最近アルバムを出したんだけど、彼も良いよ。彼は"ニュー・フランス"のリミックスをやってくれてるんだ。
■たとえばインストラ:メンタルの昨年のアルバムを聴いたら、1990年ぐらいのジョイ・ベルトラムみたいでびっくりしたんですね。なんか、我々の世代にとっての古いものがいまの若い世代には新しいんじゃないかと思ったんですが、そう感じたことはありますか?
ポール:インストラ:メンタルを知らないからあまりわからないけど......そういう意味ではエレクトロは古くなることはないよね。グルグルと廻ってるんだ。エルヴィス1990は初期のシカゴ・ハウス・ミュージックをやってるけど、彼は当時のそれを経験したことはないわけだよね。それって面白いと思うんだ。いま20とか21歳の若者がそういう音楽を作ってるわけだから。しかもその場で構成を学んでるわけじゃないから、昔のシカゴ・ハウスとまったく一緒ではない。もちろん影響は受けているわけだけど、いつも新鮮で、オリジナルとは違うものができるんだ。それが面白いと思うんだよね。自分たちが影響を受けてきたものに、いまの若者が影響を受けて音楽を作ってるっていうのが。違いがあって面白いよな。
[[SplitPage]]ダンスは基本的にいつの時代も変わらないよね。どんな時代でもダンスに行きたいという気持ちはそのまま。人はつねに人と集まりたいし、大きな集団のひとつになりたいんだ。それは変わらない。
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■新しいアルバムのタイトルを『ウォンキー』にした理由を教えてください。
ポール:ウォンキー(普通じゃない、不安定な、歪んだ)ってって言葉が、オービタルの音楽を表してると思ったからこのタイトルになった。アルバムにピッタリの名前だと思った。オービタルの音楽の軸はエレクトロだけど、エレクトロというひとつのジャンルにとらわれたことはないんだ。このジャンルでもあれば、あのジャンルでもあって......って感じ(笑)。つまり、ウォンキーなんだよ(笑)。べつの言葉で言えば、すべての音楽に成りうるってこと。
俺たちは、ある特定のジャンルをフォローしてことはないんだ。自分に正直に、やりたいことをやって、作りたい音楽を作ってる。このアルバムは、ダブステップでもあればグライムでもあるし、昔のオービタルっぽいサウンドも残ってる。いろんな要素が詰まってるんだ。その状態をうまく表してるのが『ウォンキー』って言葉だった。
■1曲目なんかホントにオプティミスティックだし、3曲目の"Never"や"New France"もパワフルで美しい曲ですよね。"Stringy Acid"も前向きなフィーリングを持った曲です。今回のアルバムはポジティヴな感覚が際だっているように思います。
ポール:ライヴ・フィーリングだよね。自分たちがライヴで何を聴きたいかを考えながら作ったんだ。それがポジティヴなフィーリングをもたらしたんだと思うよ。もちろんすでに作られたムーディーでダークな曲をライヴでプレイすることもできるけど、ライヴでプレイすることを初めから意識して作られた音楽はポジティヴになりやすいんじゃないかな。とにかく、ステージのことを考えて作った。とくに前向きでいたいって意識してたわけじゃないけど、ライヴを考えてたらこういう音になった。
■新しいアルバムにはゾラ・ジーザスが参加していますが、彼女を起用したのはどんな経緯からなんですか?
ポール:アメリカに住んでる友だちが彼女をススめてきたんだ。だからいちど聴いてみることにした。聴いた瞬間、「最高!」って思った。彼女こそ自分たちが求めてるヴォーカルたった。そしたら彼女がちょうどその時期にロンドン公演を控えていて、こっちに来る予定になってたから、最終週にスタジオに来てもらって一緒にレコーディングした。ギグの合間に2、3日来てくれたかな。タイミングが良かったんだ。レコーディングも本当に順調で、最高だったよ。
■オービタルは、ちょうどUKで人頭税の暴動の頃にデビューしてますよね。1990年に「トップ・オブ・ポップス」に初めて出演したときも反人頭税のTシャツを着て演奏しました。で、昨年のUKの暴動に関してはどのような意見を持っていますか?
ポール:クレイジーな出来事だったよね。俺は暴動を起こした連中と同じ立場にいないからコメントはすべきじゃないけど......何か他の方法で行動をおこせなかったのかなとは思うね。
アルバムにはそういうものはぜんぜん反映されていない。普段のオービタルの作品に社会は反映されているけど、このアルバムはレアだね。毎回違うことをやるっていうスピリットがあるから、それはそれで良いことだと思う。でもちょっと考えてみると......現代の注意散漫さとかは少し反映されているかもしれないな。「やばい! 今日はまだフェイスブックをチェックしてない!」とか、そういう現代の社会的交流とかね。いまの時代、世のなかにはインフォーメーションが溢れすぎている。メディアも同じ。そういう精神錯乱みたいなものは、アルバムの要素のひとつかもしれないな。他にもあるはずだけど、メインはそれだよ。
■たしかにそういう意味でも、この20年で音楽文化はほんとに変化しましたよね。インターネット、ダウンロード、iPod、mp3、PCひとつで音楽が作れる時代になって、そしてクラブのDJブースからはほとんどターンテーブルが消えてCDJとPCになりました。
ポール:そこはあんま関係ないと思う。家具を作るのにどの工具を使うかを議論してるのと一緒さ。大した問題じゃないんだよ。家具のできが良ければいいのと同じで、でき上がる音楽そのものが良ければそれでいい。良いDJがいて、音楽が良くて、ダンス・パーティが盛り上がってれば、それ以上に求めるものはないよ。
■昔が懐かしいと思うことは?
ポール:ノーだね。それは全然ない! アナログ・シンセは好きだけど、ヴィンテージは高くなってきてるし、いまでは同じ機能をもつ新しいシンセがもっとたくさんでてきた。テクノロジーのおかげで、すべてがオープンになってきていると思うんだ。俺だって、パソコンひとつで壮大で素晴らしいテクノ・シンフォニーを書ける。しかも飛行機のなかでね(笑)。それって最高だよ。スタジオがなくても、どこでだって書けるんだ。ファンタスティックだと思うし、それをいちどできるようになると、もう昔には戻れないよ。
■同世代の友人とはいまでも会って、遊んだりしますか?
ポール:いろいろな友人と会うよ。ケミカル・ブラザーズのトムには、けっこう近くに住んでるから、1年に1回くらい遭遇するんだ。そのときはシンセサイザーのことなんかを話してる。ほとんどは自分と同じ世代の人と出かけてるけど、騒ぐというより、パブとかに行くね。しかも、小さなパブにいくことが多いかな。
■家にいるときによく聴いているのはどんな音楽ですか?
ポール:フォーク・ミュージックがほとんどかな。最近レナード・コーエンの新しいアルバムを買ったばかり。他は......やっぱりエルヴィス1990! エミリー・ポートマンもね!