「ele-king」と一致するもの

大駱駝艦+Jeff Mills - ele-king

 麿赤児率いる大駱駝艦の音楽をジェフ・ミルズが担当する。そういえば、数年前にアントニー・アンド・ザ・ジョンソンが大野一雄の写真をアートワークに使用していたが、まさかジェフ・ミルズが日本の前衛舞踏の音楽を手がけることになるとは......。
 麿赤児といえば、土方巽に端を発する暗黒舞踏と呼ばれる前衛舞踊の第一世代を代表するアーティストのひとりで、欧米においてこの表現を広めた第一人者でもある。唐十郎との状況劇場を経て、1972年に大駱駝艦を結成しているが、その活動領域は舞台のみならず数多くの映画出演などにも広がっている。少々強引だが、土方巽がシュトックハウゼンなら、麿赤児とは暗黒舞踏史におけるクラフトワークにたとえられよう。実際、1980年代までは暗黒舞踏というジャンルそのものが日本の若い世代にとっていまよりずっと身近で、音楽や写真や漫画や映画や文学などと並ぶ、大きなインスピレーションのひとつだった。
 これは実に大胆な文化的交流、ミクシングである。世代も時代背景も異なるなかで生まれたふたつの強烈な存在が交わるということは、まったくもって興味深い!! 大駱駝艦、創立40周年公演の新たな実験。

 


大駱駝艦・天賦典式創立40周年公演「ウイルス」

[振鋳・演出・鋳態] 麿赤兒
[音楽] 土井啓輔/ジェフ・ミルズ
[鋳態] 村松卓矢/向雲太郎/田村一行/我妻恵美子/高桑晶子/鉾久奈緒美/ほか

会場:世田谷パブリックシアター
日程:
7月5日(木)19:30〜
7月6日(金)19:30〜
7月7日(土)15:00〜 19:30〜
7月8日(日)15:00〜

チケット状況:以下公演のみ、前売り発売中
7月6日(金)19:30〜
7月7日(土)19:30〜

世田谷パブリックシアター
チケットセンター
03-5432-1515(10時〜19時)
https://setagaya-pt.jp/theater_info/2012/07/post_286.html

大駱駝艦
0422-21-4984
https://www.dairakudakan.com/

ele-king vol.6  - ele-king

〈特集1 〉エレクトロニック・レディランド ~テクノ女性上位時代~
〈インタビュー〉グルーパー、ローレル・ヘイロー、ジュリアナ・バーウィックetc...
〈ディスクガイド〉ぜったい火がつく! 選りすぐり40タイトル!
〈特集2〉 映画、舞台、テレビ、アートにサイバースペースと音楽の関係 他

Palais Schaumburg Japan Tour 2012 - ele-king

 いっそうのことモーリッツ・フォン・オズワルドとデヴィッド・カニンガムも来て欲しかったですね。パレ・シャンブルグ、奇跡の初来日です!
 このバンドがノイエ・ドイチェ・ヴェレにおいて、DAFと並んでいかに重要だったのかは、その後のホルガー・ヒラー、トーマス・フェルマン、そしてモーリッツ・フォン・オズワルドの3人のそれぞれ活動を追えば一目瞭然ですね。自分のまわりで言えば、1980年代初頭、当然輸入盤でしか手に入らなかったパレ・シャンブルグ(当時はまだ値段も高かった)に鋭く反応していたのが石野卓球と三田格でしたね。1980年代後半は「チュートニック・ビーツ」なんていうサブジャンルもありましたが、まさかそれが後にジ・オーブになったり、ベーシック・チャンネルになったり、MVOTになったり......いま思い返しても恐ろしいです。
 いったいどんな選曲でやるんでしょうね。デビュー・アルバム(1981)のようなファンク・パンク路線か、あるいは3枚目(1984)のようなシンセ・ポップ路線か......、まあ、何しても楽しみですよ、これは。"イージー・ゴー"とかみんなで合唱するのかな......。石野卓球やトーマス・フェルマンやケンセイたちがDJをしてくれます。しかし、この写真、良いですね~。みなさん良い感じで老けてます(笑)。

 なお、これは代官山ユニットの8周年記念イヴェントのひとつで、ユニットではなんとその前日の7月6日、UKのテクノ番長、アンドリュー・ウェザオールのロング・セットをぶちこんでいます。こっちはこっちで日本人DJもすごいですよ。どっちに行けばいいのか......これはけっこう悩みますよね!


■Palais Schaumburg Japan Tour 2012

7.6 fri 大阪 東心斎橋 CONPASS
Live: Palais Schaumburg
Open 18:00 Start 19:00
¥5,000 (Advance), ¥5,500 (Door) 共に別途1ドリンク代
Tickets: PIA (P: 167-266), LAWSON (L: 58692), e+ (eplus.jp)
Information: 06-6535-5569 (SMASH WEST), 06-6243-1666 (CONPASS)
https://smash-jpn.com https://conpass.jp/814.html

7.7 sat 東京 代官山 UNIT - UNIT 8TH ANNIVERSARY PARTY
Live: Palais Schaumburg
DJs: TAKKYU ISHINO, THOMAS FEHLMANN, KEITA MAGARA (dance rodriquez), DJ KENSEI, KENTARO IWAKI, TEN (ERR), Jah-Light, SISI (pan records, SECO), WALKERS (Kon, Sin, Kiccio) and MORE
Open/ Start 22:00
¥4,000 (Advance), ¥4,500 (Door)
Tickets: PIA (P: 167-332), LAWSON (L: 74586), e+ (eplus.jp), clubberia (https://www.clubberia.com/store/), disk union CLUB MUSIC SHOP (渋谷, 新宿、下北沢), disk union (吉祥寺, 池袋, 町田, 千葉), TECHNIQUE, Lighthouse Records, JET SET TOKYO, UNIT
Information: 03-5459-8630 (UNIT)
https://www.unit-tokyo.com

Tour Coordinated by Root & Branch

interview with DJ Kentaro - ele-king

 来るときは、気がつけば来ている、そんなものだ。たとえば昨年末の紙『ele-king vol.4』でも話題にしたブローステップ、あのとき日本ではまだ「何それ?」だった。が、いまではホット・チップが中目黒の部屋でねちねちと嫌味を言うほど身近なものとなっている。好むと好まざるとに関わらず、この時代のレイヴ・カルチャーが上陸しているのだ。


DJ Kentaro
Contrast

Ninja Tune/ビート

Amazon iTunes

 こうした新しいダンスの波を前向きに吸収しているのがDJケンタロウの『コントラスト』。若干20歳で世界の舞台に躍り出たDJによる10年目のセカンド・ソロ・アルバムで、彼が所属するロンドンの名門〈ニンジャ・チューン〉からのリリースだ。
 『コントラスト』にはDJクラッシュやファイヤー・ボール、キッド・コアラなど多彩なゲストが参加しているものの、アルバムに通底するのはベース・ミュージックやドラムンベースといった、今日のレイヴ・カルチャーに欠かせないエートスだ。DJケンタロウという人のカラっとした気質は、ある意味ブローステップさえも受け入れているが、彼の出自であるバトルDJの擦りの美学がなくなることはない。そこはさすが〈ニンジャ・チューン〉一派、ヒップホップを忘れてはいない。
 しかしあなた......よりよってこの時期に......、いくら国際的なDJとはいえ、いや国際的だからこそか、日本でこれだけダンスがポリティカルな話題になっているこの時期にダンスのアルバムを出すという心意気が、良い。レイヴ・オン! である。

アメリカでもダブステップがメチャクチャ盛り上がってて。L.A.だと、とくに。スクリレックスとかトゥエルブス・プラネットとか、やっぱりダンス・ミュージックっていうのは、いま、世界でバンドをしのぐ勢いになっちゃってる。

じゃぁ、よろしくお願いします。

DJ KENTARO:よろしくお願いします。

あのー、あれですよね。オリジナル・アルバムとしてはセカンド・アルバム(DJ KENTARO『Contrast』)になるんですよね。

DJ KENTARO:はい。

DJケンタロウっていうと、ミックスCDとかね、出されているんで。

DJ KENTARO:そうなんですよね。

意外とたくさんリリースしているような印象を持たれがち、思われがちなんだけど。オリジナル・アルバムとしては今回で2枚目なんだよね。

DJ KENTARO:そう。5年ぶり、なんですよね。

今回のセカンド・アルバムっていうのは、2012年の6月27日にリリースされるんだけど、「2012年6月」っていう、このリリースのタイミングみたいなものっていうのは必然性があったんですか? それとも、たまたまというか、流れというか。

DJ KENTARO:両方です(笑)。

ハハハハ。

DJ KENTARO:けど、ぶっちゃけ偶然のほうがデカいです。けど、いろんな偶然も重なって「その日にしよう」っていう風にはなって。あの、まぁ、そうすね。(偶然と必然の)両方あると思います、ぶっちゃけ。意図したものもあれば。けど、やっぱり、ちょっとリリースが遅れたんですよ。ホントは4月だったんですよ。

あぁ、そうなんですか。

DJ KENTARO:そこででき上がらなくて。

ほほう。ちなみに、その意図した部分っていうのは、どんなところなんですか?

DJ KENTARO:別に6月にとかって意味はないですけど。この時期に出したい。2012年の中頃には出したいなっていうのがあって。けど「日本盤だけでも4月に出してくれ」って言う話があって。2月中に作らなきゃいけないっていうのがあったんですけど。それはもう物理的に無理で。結局、まぁ、2ヶ月伸びちゃったんですけど。

その「セカンド・アルバムを出したい」っていうのは、やっぱり自分のなかで出したいものが、それだけ溜まってきたっていうこと?

DJ KENTARO:そうですね。去年もわざわざL.A.まで行って、2ヶ月間レコーディングしてきて。トラックもいっぱい溜まってきて。本当はそこで完成に持っていきたかったんですけど。やっぱ2ヶ月なんかじゃできないし。けど、そこで30曲ぐらいできたおかげで、コラボレーションしたラッパーに投げるトラックとか、いろいろできたんで。すごい成果にはなったんですけど。やっぱりアルバムをひとりで作るっていうのはスゴく大変で。たぶん、次にアルバム出すときも5年ぐらいかかると思う(笑)。

はははは。で、ちなみに、取っ掛かりというか、今回の『Contrast』を作る取っ掛かりみたいなものは何かあったの?

DJ KENTARO:えーと、やっぱ「アルバムを作りたい」っていうのは前からあったんですけど。最初に作ったのが、このクラッシュさんとの曲("KIKKAKE")で。これが1曲目っていうか、これで基盤ができて。2年ぐらい前なんですけど。

へぇぇ。

DJ KENTARO:これをいちばん最初に作ってから、いろいろほかの曲とか、"HIGHER"とか"FIRE IS ON"とかできてきて。

じゃぁ、そのクラッシュさんと一緒に作ったっていうのが、ひとつの取っ掛かりになったんですか?

DJ KENTARO:なりましたね。けど、そのときは"KIKKAKE"ってタイトルはまだ無くて。アンタイトルドだったんですけど、オレもクラッシュさんと世界で......例えば、ロンドンの〈KOKO〉っていう、伝統的なデッカいところで演ったりだとか(DJ KRUSH VS DJ KENTARO at KOKO/2009年10月3日)。セッションする機会が増えて。クラッシュさんのプレイも生で見る機会が増えて。スゴいやっぱりカッコイイなって。オレと全然違うスタイルなんですけど、やっぱりカッコイイなぁっていう風に思って。で、仲良くなってから、クラッシュさんが家に遊びに来たときに、こう、焼酎とか注ぎながら(笑)。

はははは。

DJ KENTARO:飲み会的な感じで(笑)。クラッシュさんとサシで飲むなんてなかなかないんで。で、そのノリで曲も作って。したら、その日のうちに結構基盤ができたんですよ。そっからメールでやり取りして。「どうですか?」って。あとは、じょじょに音足していって。この"Kikkake"ってタイトルは、オレがクラッシュさんのインタヴューをウェブか何かで読んで。「キッカケ」って言葉を見て。「あ、イイなぁ」ってボーっと。「クラブで『ケンタロウさん、キッカケでDJはじめました』って若いコとかいたなぁ」とかいろいろ考えて。オレもクラッシュさんキッカケでいろいろ知って......とか、そういうこと、いろいろ考えていて。

あー。

DJ KENTARO:で、まぁ"KIKKAKE"って。あと、「コントラスト」と「キッカケ」って、オレはイコールだと思ってて。やっぱりキッカケを作るにはコントラストが必要だし、コンストラストを作るとキッカケが生まれるし。何事もっていうか、ホント。抽象的ですけど。そういう意味では、今回の一種の核となってる曲ではありますね、この曲"KIKKAKE"は。

[[SplitPage]]

前半戦がダンス・ミュージックで、後半はターンテーブリスト作品とか、ヒップホップっぽい感じとか。あとは、インスト物? っていう意味で、グラデーションのようにじょじょに変わっていくというか。


DJ Kentaro
Contrast

Ninja Tune/ビート

Amazon iTunes

なるほど。あの、聴いたざっくりとした印象なんですけど、すごくエネルギッシュなダンス・アルバムじゃないですか。

DJ KENTARO:はい。

で、とにかく、たぶん、このアルバムがもっとも強く伝えることがあるとしたら、ダンス・ミュージックってことかなっていう風に......。

DJ KENTARO:そうですね。やっぱり、クラブ・ミュージック......。

って解釈したんですけど。ここまでダンスにフォーカスしたっていうのは意図したものなんですか? 自然に出てきたっていう感じなんですか?

DJ KENTARO:けど、(アルバム全体を)ダンス・ミュージックだけにはしたくなかったんですよ。前半戦がダンス・ミュージックで、後半はターンテーブリスト作品とか、ヒップホップっぽい感じとか。あとは、インスト物? っていう意味で、グラデーションのようにじょじょに変わっていくというか。そういう流れは作りたくて。前半はイケイケではじまって。じょじょに曲調が転換していって、最後はスクラッチで終わるっていうところは意図して作りましたね。

もちろん、曲は本当にいろいろ。それこそドラムンベースからの影響もあるし。いろんな要素あると思うんだけど。まぁ、すごくダンスを強く打ち出したアルバムだなと思ったんですけど。

DJ KENTARO:あ、はい。

やっぱり、それは、いま、欧米ですごくダンス熱が上昇してるでしょ?

DJ KENTARO:ですね。

やっぱりそこに触発されたものっていうのはありますか?

DJ KENTARO:あ、でも、少なからずありますね。やっぱ、僕は、どっちかっていうと、ロンドンっていうか、ヨーロッパのシーンにドップリ浸かってたんですけど。アメリカとかツアーするようになってから、アメリカでもダブステップがメチャクチャ盛り上がってて。L.A.だと、とくに。スクリレックス(Skrillex)とかトゥエルブス・プラネット(12th Planet)とか、ビッグ・ネームがアメリカからいっぱい出てきてて。あとはデヴィッド・ゲッタ[David Guetta]とかアフロジャック(Afrojack)とか。四つ打ちの、もうジャンルを越えたモノが増えてきてるじゃないですか? 例えば、ヒップホップにハウス入れたり。アフロジャックだったら、ダッチ・ハウスにR&B入れたりとか。だから、やっぱりダンス・ミュージックっていうのは、いま、世界でバンドをしのぐ勢いになっちゃってる。それはたしかじゃないですか。

ホントそうですよね。

DJ KENTARO:で、逆に言うと、スクリレックスとかも、かつてバンドマンだったんですよ。バンドを辞めてパソコンに移った。っていうタイプが、いま、スゴく多いっていうか。

あぁぁ。

DJ KENTARO:バンドマンだった人、バンド畑だった人が、パソコン・ミュージックに行って。要は、お客さん的にも「音が鳴ればイイじゃん!」っていう概念になってきてて。バンドが生演奏しても、しなくても、スピーカーから出てくる音が良ければイイじゃんっていう感じで。そういうダンス・ミュージック、DJがスゴい欧米で人気出てますよね。そういう印象受けますね。

じゃぁ、やっぱり欧米のシーン、レイブカルチャーに触発されたっていう?

DJ KENTARO:そぉっすね。けど、やっぱり......僕もターンテーブリストとしてのアイデンティティがすごくあるので。(アルバムの)後半戦は、そういう感じに終わらせたいなっていうのあって。だから、全部洋楽、全部ダンス・ミュージックってアルバムにはしたくなかったんですよ。日本人だから、日本語の曲も入れたかったし。それこそ和のテイスト、和楽器入れたりっていうのもやりたかったし。最後のフランス人(C2C)と演った曲もある。ま、このまんまっていう感じなんですけど。これが素直な、オレのやりたかったことではあるんですよ。
 ドラムンベースの曲も1曲絶対入れたかったし。このメイトリックス・アンド・フューチャーバウンド(MATRIX & FUTUREBOUND)って、僕、スゴいファンで。彼らの曲しょっちゅうDJで使うんで。純粋にリスペクトしてるんすよ。彼らと一緒に、フューチャーバウンドが家に遊びに来て、3日間、一緒に曲作ったのが、これ("NORTH SOUTH EAST WEST")で。

最近は海外ではどのぐらいの頻度でDJ演ってるんですか?

DJ KENTARO:アルバム制作中はあんまり行ってなかったですね。で、次行くのは7月のヨーロッパとか、ぐらいですね。

だいたい1年のうち......

DJ KENTARO:年に2回ぐらいヨーロッパ行くんですよ。で、1回ぐらいアジア・ツアーとかオーストラリアとか。

その1回のヨーロッパってけっこう長いの?

DJ KENTARO:えー、2週間。2週間ぐらいですか? 1ヶ月とか2ヶ月か、そんなには行かないですけどね。

USなんかは?

DJ KENTARO:この前が2週間。で、あんまり1ヶ月とか演ったことないですね。アメリカ......アメリカがいま、スゴいベース・ミュージック盛り上がってるんで。

らしいねぇ。

DJ KENTARO:チャンスっちゃチャンスだし。けど、UKのヤツらはそれを見てあんまりよく思ってないとか(笑)。いろいろあるんすよ(苦笑)。

ハハハ(笑)。知ってる知ってる。あのー、ブローステップに対してね。

DJ KENTARO:ブローステップ。「ふざけんな! ファック・オフ!」とかスゲェ言ってるし(笑)。

DJケンタロウはそこはどう思うの?

DJ KENTARO:それを遠くから見てますよ。「「あぁ~」って。やっぱアメリカ人ってもうイケイケの人多いじゃないですか? 気質っていうか。「イッたれ! イッたれ!」みたいな。こう、大ノリっていうか。やっぱ、そういうノリではアメリカ人には勝てないし。けど、イギリスはイギリスで、長い歴史と、ダブステップとかベース・ミュージックとか曇り空な感じとか、いろんな要素がUKにはあるから。オレもそっちの要素はスゴい惹かれてて。
 で、やっぱUKから見て、ダブステップ、ブローステップが(アメリカで)盛り上がってるのを、よく思わないヤツらが、やっぱりいて。今度は逆に、イギリスとフランスもやっぱ仲悪いし。

ダンス・カルチャーの違い、みたいな?

DJ KENTARO:いや、もう国ごと。

それはまぁ、そうだよね。

DJ KENTARO:歴史的にもあるし。

それ言ったら、ドイツとイギリスだって仲悪いじゃん。

DJ KENTARO:そうっすね。で、ドイツとフランスは仲良いとか。なんか、そういう、白人内でも、また派閥があったりとか。

ふーん、なるほど。

DJ KENTARO:だから、どこでも一緒なんだな。日本でも一応民族っていうのがあるし。例えば、アジア諸国のね? 近所の関係とかもあるし。だから、どこでもある。ヨーロッパなら白人同士でもいがみ合ってて。アメリカとUKでもいがみ合ってて。ま、けど、認め合ったりもしてて。そういうの全体的に見ると、どこ切り取っても一緒っていうか。けど、やっぱりいまのトレンド、ダンス・ミュージックっていうのが完全にテイク・オーヴァーしてて。それをイギリス人、例えば、ドラムンベースにしちゃうと「今いまはシーンも下火」って言う人もいるんで。

え、そう? でも、なんか、ほら、でもスクリームとかさ、ああいうダブステップ演ってた人の一部は、最近、みんなドラムンベースになっちゃったじゃん。

DJ KENTARO:え? スクリームがですか? 

シングルとかで。

DJ KENTARO:え、スクリームがドラムンベース出したんですか? それ知らないっす。へぇぇぇ。

ちょっと前だけど。ワイリーなんかもそうだし。それとはまた別に、わりと、ほら......新しいタイプのドラムンベース...とか、たぶん、それこそ〈ニンジャ・チューン〉とか、すごくいちばん好きな部分なんじゃないかなと思うんだけどさ。

DJ KENTARO:え、なんすか? 知らない。

Dブリッジ(D-Bridge)とかさ。

DJ KENTARO:Dブリッジ。あぁ、ハイハイ。あぁぁ、アイシクル(Icicle)とか。

面白そうののが出てきてるじゃない? なんか。

DJ KENTARO:あぁ、たしかに。そう、だから、ドラムンベースでも、やっぱり滅茶苦茶ドープな、孤高のシーンしかないんすよ。だから、いま、言ったようなDブリッジとアイシクルとか、いわゆる超ドープなドラムンベースこそが「リアル・ドラムンベースだ」って。例えば、オレが大好きなサブ・フォーカス(Sub Focus)とかペンデュラム(Pendulum)とか、「ああいうのはワックだ」って言っちゃうんすよ。だから、もう、ある意味、「Dブリッジ以外認めねぇ」みたいな。

ハハハハ(笑)。イギリス人はそういうところあるよね、昔から。良くも悪くも。

DJ KENTARO:ありますよね。「ドープなモノしかリアルじゃねぇ」みたいな。

みんなマニアだから。

DJ KENTARO:そう、マニア。ある意味、ダブステップもそうなんですよ。ポスト・ダブステップ。「ブリストル発の、ああいうサウンドじゃないと認めねぇ」って。もうちょっとローファイで、空間うまく使って、いわゆるオールド・スクールじゃないけど、こう......「ポスト・ダブステップ以外はクソだ」って。

なるほど。でも、まぁ、それは歴史は繰り返すじゃないけど。

DJ KENTARO:そうそう、ジャングルも、そうじゃないですか。

1990年代初頭のテクノのときもあったことで。

DJ KENTARO:そうですよね。レイヴからはじまって。

それこそ、もうアンダーワールドが「レズ(Rez)」っていうシングルを出した頃は、アンダーグランドでもすごい盛り上がってたんだけど。

DJ KENTARO:はい。

「ボーン・スリッピー」の頃は、もう「セルアウトしてるから」みたいな。

DJ KENTARO:(苦笑)なるほどね。

そういうイギリス人気質っていうのがあるから。

DJ KENTARO:プライド高いからね、イギリス人は。

ただ、逆に言えば、連中はそれだけ自分らの音楽文化に対して誇りを持ってるし、熱があるってことなんだよね。

DJ KENTARO:そうなんですよね。モチベーション、そんぐらい熱中してるから、言えるっていうのはあるんですけど。

でもさ、DJケンタロウとしては、〈ニンジャ・チューン〉っていう、すごい拠点もあるわけだから。

DJ KENTARO:でも、やっぱり〈ニンジャ・チューン〉っていうのも、イギリス人のレーベルなんで。彼らもプライド持ってやってるし。彼らの考えもあるし。日本人とは違うバックボーンもあるし。だから、そういう意味でも、オレが〈ニンジャ・チューン〉から出すっていうことの意義は、良くも悪くも、しっかりあると思うんですよ。

うん、そうだよね。〈ニンジャ・チューン〉って、日本にはあまり伝わってないけど、イギリス国内ではものすごく尊敬されているレーベルだし、〈ワープ〉と並んでイギリスが誇るインディ・レーベルだから。

DJ KENTARO:だから、やっぱり〈ニンジャ・チューン〉の社長も考えがあるわけで。で、やっぱセールスの人も考えがあるわけで。オレも日本人として考えがあるし。だから、そこでぶつかり合いみたいなものも多少あるんですよ。

あぁぁ、なるほど。

DJ KENTARO:けど、それを面白いって言ったら変だけど、「じゃぁ、やってやるよ」っていうトコで見てて。だからって相手に嫌がらせするとかじゃなくて。オレの意見をバンバン言う。ピーター(・クイック/ニンジャ・チューン・オーナー)も自分の意見を言ってくる。で、セールスの人も意見を言ってくる。そういうので、アルバムができて。例えば、こういうフィーチャリングのラッパーとかも、リリックは任せるんですよ。何言ってもいいから。まぁ、エディットするけど。で、そういうので生まれる化学反応をそのままパッケージしたりとか。

なるほどなるほど。面白いね、それは。

DJ KENTARO:で、「これを見てくれ、これがいまの世界だよ」っていうところも簡単にあるし。だから、今のアルバム、今しか出せないアルバム。自ずといましか出せない曲にもなるし......何て言ったらいいんすか、なんか、こう......

よりアクチュアルなというか。

DJ KENTARO:そうですね......これを日本の自主で出してたら、たぶんこんな音になってないし。〈ニンジャ・チューン〉から出して、マスタリングも〈ニンジャ・チューン〉お抱えでやって、とか。

うんうん。向こうのさ、そういうレーベルっていうのはさ、平気でダメ出しするじゃない。例えば、変な話、「いままでAっていうレーベルから出してたのに、何で今回はBから出したの?」ってアーティストに訊いたら、「Aから断られたから」とかね。

DJ KENTARO:はいはい。

そういう直球なダメ出しってアレだよね。日本ではなかなか無いっていうかさ。

DJ KENTARO:一応、これも3枚契約になってたんだっけな〈ニンジャ・チューン〉と。契約があるんですけど。何枚だったか......(笑)?

なるほど。まぁ〈ニンジャ・チューン〉にしてみたら、DJケンタロウは、かつて自分たちがいた場所みたいな存在じゃないですか。だってコールドカットなんていうのはさ、だって初期はまさにアレですよ、ターンテーブルによるサンプリングだけで音を作ってた人たちなわけだから。

DJ KENTARO:(万感込めて)そうっすねぇ。で、「忍者」が好きで〈ニンジャ・チューン〉って(レーベル名に)したわけだし。日本の文化も好きだったろうし。だから共感できる部分もあるんすけど。けど、やっぱりお互いの主張もあるし。

じゃあ、シンドかったりするわけだ。そういうやりとりが。

DJ KENTARO:まぁ、オレは楽しいですけどね。けど、やっぱりそういうのしっかり見据えて。(相手の意見に耳を傾けながら)「ウンウンウン」って考えますね。で、こう、フィーチャリング勢も色んな人がいるんで。例えば、イギリス人。メイトリックス・アンド・フューチャーバウンドもイギリス人で、例えば、フォーリン・ベガーズ[FOREIGN BEGGARS]も、イギリス人だけど、ひとりはドバイのヤツで、ひとりは黒人、で、バックDJは白人とか。

じゃぁ、そこはスゴくインターナショナルな感じなんだね。

DJ KENTARO:だから、黒人英語、白人英語、上流階級英語とか、イギリス訛りとか、英語圏の......小っちゃいコダワリっていうのもあるんすよ。だから、やっぱり黒人が言う英語を、白人の前で言うと「ハ?」ってなったり。オレもそこまでわかんないから。そういうのが知り合いにいて。黒人同士だったら「ヘイ」「ワッツアップ、ブロ」とか、上流階級同士の「ヘイ」とか、なんかあるんすよ、言い方が。オレもわかんないですけど、そういうニュアンスみたいなのが向こう行くと、日本以上にムチャクチャあって。だから、ロンドンって細分化しまくって、白人は白人で固まって、日本人は日本人、アジア人はアジア人って。

なるほどなるほど。イイ話だね。いま、ケンタロウ君が話してくれたような、猥雑な熱量みたいなものはスゴく出てるなと思いましたね。ダンス・ミュージックの良いところだね。

DJ KENTARO:だから、まぁ、何を作ってもいいんすよね。絶対、いまの音になるから。もうまかせていいっていうか。ラッパーにしても何にしても。ソイツが言いたいこと言えばいいっていうか。それをバーンってパッケージして、「ハイ、みんな、これがいまの地球だぜ」っていうところもあるし。

なるほど。

DJ KENTARO:そういう、狙い、じゃないけど。まぁ、そういうのも面白いかなとか。

[[SplitPage]]

〈ニンジャ・チューン〉っていうのも、イギリス人のレーベルなんで。彼らもプライド持ってやってるし。彼らの考えもあるし。日本人とは違うバックボーンもあるし。だから、そういう意味でも、オレが〈ニンジャ・チューン〉から出すっていうことの意義は、良くも悪くも、しっかりあると思うんですよ。


DJ Kentaro
Contrast

Ninja Tune/ビート

Amazon iTunes

あの、変な話、じゃぁさ、具体的にいまの向こうのシーンって若いじゃない? ダブステップとかブローステップしても。

DJ KENTARO:ウンウンウン。たしかに。

ああいう若い連中、若いDJ、若いプロデューサーとかが出てくるなかで、DJケンタロウから見て「コイツはヤルな」って思ったヤツっている?

DJ KENTARO:若いのっすか? ジョーカーとか、あと、若くないけどサブ・フォーカス。オレと同年代、ちょっと上なんですけど。サブ・フォーカスとか、もうドラムンベースでは断トツ。群を抜いてますね、オレのなかで。

それはプロデューサーとして?

DJ KENTARO:そう。作る音楽が。サブ・フォーカスは断トツ1位ですね、オレのなかで。若いプロデューサーっていう意味では、それこそスクリレックスとか。ま、正直、オレちょっと飽きてるんですけど。まぁ、けど、いろいろ超盛り上げて。あんだけポップにしたって功績はスゴいし。ま、音楽的にはオレはちょっとよくわからないけど。ジョーカーとか、それこそジェームス・ブレイクとか、あと誰だろうな、若いの......若いの......あ、アメリカいっぱいいますね、若いのは。アメリカとUKだったらブリアル。ブリアルは、若くないのか。

まぁ、若くはないけどね。

DJ KENTARO:けど、ブリアルの音ってポップじゃないけど。オレけっこう好きで。なんか、あのチリチリした音で。空間っぽいテクノっぽい感じもあるし。

初期の、それこそ『STRICTLY TURNTABLIZED』とかの頃のクラッシュさんとも似た感性を思ってるよね。

DJ KENTARO:たしかにたしかに。リズム・パターンが2ステップとかUKガラージ、ブロークン・ビーツみたいな。ツン・ツン・タン・ツン・ツン・ツ・タンみたいな不規則な感じとか。暗ぁい、灰色な、ロンドンっぽい感じがブリアルがやっぱり......オレとやってることはぜんぜん違うけどスゴい好きなんですよね。

はぁ、なるほどねぇ。

DJ KENTARO:ブリアル、スゴい暗いけど(笑)、ムチャクチャクリエイティヴだと思います。

ちなみに、海外のそういう盛り上がりに対して、日本のシーンっていうのは当然気になるわけでしょう?

DJ KENTARO:ハイ。

DJケンタロウから見て、最近の日本のシーンって言うのはどういう風に見える?

DJ KENTARO:日本のシーン......けど、クラブ風営法とかっていう面ではいろいろ。例えば、オレも京都の〈WORLD〉で演ってるときに中止になったりとか。まぁ、ニューヨークで演ってるときもあったんですけど。

最近ね。ようやくそれがおおやけで文字になって、クラブ風営法に関する疑問っていうのは。

DJ KENTARO:法律っていうか。

『エレキング』のサイトにも載せたら、スゴく反響があって。あと、ちょっと前にね、朝日新聞の方にも載ったらしいね(朝日新聞2012年5月16日水曜日・朝刊・文化面|https://bit.ly/L4G2N2

DJ KENTARO:ほぇぇ。

何で日本では踊ると違法になるのか? っていう(苦笑)。

DJ KENTARO:これ面白いですね。「踊ると違法」っていう。バーだったらいい。バー営業だったらOK。

変な話、そもそも先進国で、ナイトクラビングがない国があるとしたら、おかしいでしょう? ファシズムかっていう。

DJ KENTARO:たしかにたしかに。ないですもんね、他には。そんな国。

現代の民主主義国家の都市として、ホントどっかに欠陥があるとしか思えないっていうね。オレ、昔、調べたことがあって、第2次大戦後のダンスホールが、売春斡旋を兼ねてたのね。

DJ KENTARO:あぁ。(現在の「クラブ」とはイントネーションの違う)「クラブ」みたいな。

それを取り締まるために「ダンスホール」という言葉が使われてるんで。それを、変な話......クラブを潰すために利用することもできる。あと、やっぱほら、クラブに対するすごくネガティヴなイメージがあるじゃない?

DJ KENTARO:「ドラッグやったり、ケンカして、なんか悪いことやって......」って。ウン。

だいたいクラブがなくてもドラッグの問題はあるからね。

DJ KENTARO:まぁ、夜の水商売ですから。結局クラブって。水商売、だけど、「やってることは音楽ですよ」っていうのは言いたいし。

ウン

DJ KENTARO:なにが原因なんですかね。ホント、オレ、よくわかんない。

ヒドい話ですよね。でも、さすがにこういう風に表立って議論されるようになった分だけ。

DJ KENTARO:マシっていうか。

イイかなと思って。少なくとも、クラブという場所自体は悪いことしてるわけじゃないから。文化を作ってるわけだから。

DJ KENTARO:うん。むしろ。

アートだからね(笑)!

DJ KENTARO:そうっすね。福岡の〈CLUB O/D〉もヤラれたらしくて。

そうそうそう。そういう意味では、いま、ダンス・ミュージックのアルバムを出すっていうのは、また別の、良い意味で前向きな意味もあって。

DJ KENTARO:そうですね。今回、そういう復興ソングみたいなものも、あえて入れなかったんですよ。世界から出すっていうのもあるし。全体的なメッセージを受け取って欲しいっていうのもあるし。そういう意味では、ダンス・アルバムとして、後はターンテーブリストとして、っていうか。オレもプロデューサーとDJ両方とも、二足の草鞋なんで。上手く落とし込みたいなっていう狙いは一応あって。

僕はもうここ数年、クラブにはあんま行ってないんだけど、たまに耳にするのは、人によっては、日本のクラブのエネルギーがね、海外に比べると下がってるんじゃないか? っていう。クラブ・カルチャー、下火なんじゃないかと。それはやっぱり感じますか?

DJ KENTARO:......どうなんすかね。オレ......例えば、ハウスってこと? テクノってことですか?

イヤ、全体的に。クラブ・ミュージックっていうことで。

DJ KENTARO:たしかに地方は、仙台の話すると、動員数は少なく。

まぁぁ、仙台は、さすがにしょうがないかなっていう気もするけどね。

DJ KENTARO:まぁ、そうっすね。けど、地方はどこもそういう感じがしますね。福岡とかもそうだし。京都とかでもクラナカさんとかも言うし。大阪はなおさらだし。東京もね。そんなにメチャクチャ入ってるってわけじゃないし。だから、まぁ、そういうのを深く考えると、こう、危機感を持たないとなって。そ東京のクラブ、それこそ〈HARLEM〉だ〈Asia〉だって、それも無くなりはじめたらとんでもない。そこまでいって動き出すっていうのはないけど。まぁ、そこまでなったら、さすがヤバいですね。〈Asia〉閉まって、〈ageHa〉閉まって、〈VISION〉(SOUND MUSEUM VISION)閉まってまでは......なんないですけど。もし、なったら。

DJブース越しのお客さんは、昔のほうがハジけてる感じがする? 

DJ KENTARO:あぁぁ......最近......こないだ岡山(岡山YEBISU YA PRO |2012年5月5日)でやったときはクソ盛り上がりました。アンコール3回ぐらい来て。

やっぱり場所によっては、ぜんぜんエネルギーがあるんだね。僕もたまに行くとそのクラブの熱さを感じて燃えることがあるよ(笑)。

DJ KENTARO:〈ageHa〉であった〈Sonar〉(SonarSound Tokyo|2012年4月21日、22日)とかどうだったんすかね。オレ行かなかったけど。

スゴい盛り上がっていたよ。3千人以上入ったっていうし。

DJ KENTARO:ね? 人もメチャクチャ入ったって。

そうなんだよね。クラブが元気ないっていう人もいるけど、ディミトリ・フロム・パリスとDJヘルで2千人近く入るとか、僕の時代では考えられない動員だから、そういう意味では盛り上がっているんだなーとは思う。〈Sonar〉なんか、アレだけ新しいメンツで盛り上がったんだから大したものじゃない? ラスティであんなに人が踊るとは思わなかったもん。

DJ KENTARO:あ、ホントすか。へぇぇ、ラスティ、ラスティ、ヤバいな。

音がちょっとね......DJはハドソン・モホークのほうが良かったですけどね。ああ、DJケンタロウの新作は、ラスティのアルバム(『Glass Swards』)とちょっと似てる感じもしましたね。

DJ KENTARO:あ、けど、それ、言われましたね。オレもラスティの音好きだし。彼と一緒にライヴも演ったし。ただ、彼、DJヘッタクソなんすよ。ライヴは上手いんだけど。

はははは(笑)。でもさ、ダブステップの人ってさ、DJ......オレもラマダンマンっているじゃないですか? ポスト・ダブステップのラマダンマンって知らない?

DJ KENTARO:いや、わかんないっす。

昨年末、日本に来たときに聴きに行ったんだけど、4つかけているんですよ。でもさ、ダブステップで4つ打ち掛けても、それって、テクノでやってるヤツらに敵わないから(笑)。ずーっとミニマルとか回してるヤツらに。だから、トラックは面白いんだけど、DJはまだまだかなとかって思ったりしたこともある。

DJ KENTARO:そうですね、たしかに。だってラスティとかもメチャクチャ若いですよね。まだ22~3歳でしょ、たぶん。

そうだねぇ。でも、あの情報量っていうかさ。1曲のなかにそれこそレイヴもあって、ダブステップもあって、グライムもあるような感じは、今回のDJ ケンタロウのアルバムと似てるというか。情報量の多さ、その圧縮した感じというか。

DJ KENTARO:ラスティ......マッドリブもそうだけど。マッドリブもDJ全然ダメで、昔、〈フジ・ロック〉で演ったときとか酷かったもん。自分で謝ってたもん。「ソーリー」って(笑)。

だったらイイじゃん(笑)

DJ KENTARO:そうそう(笑)。いや、でも、ピーナッツ・バターウルフに怒られてましたよ(笑)。「そんなこと言うな!」って。

ハハハハ! ケンタロウのアルバムは、カラーリングが絶対......いろんな色になりますよね。

DJ KENTARO:そうですね。けど、一応、「まとまりはついたかな」っていう気はしてます。前回と違って、マスタリング・エンジニアも今回超良くて。ケヴィンってヤツがイイ腕してて。

[[SplitPage]]

オレはCDJ使わなかったけど、パソコンでセラートっていうのが生まれて。「自分の作った曲すぐ掛けれんじゃん」っていうので、オレも導入して。で、いつしか割合が、じょじょにデジタル増えて。


DJ Kentaro
Contrast

Ninja Tune/ビート

Amazon iTunes

さっき言ってた、自分の出発点というか、自分の出自であるコスリというかね、スクラッチを後半のクライマックスに持ってきてるわけだけど。DJ ケンタロウがどこらやって来たのかって言うと、いわゆる「DJバトル」って言われるシーンだから。

DJ KENTARO:そうですね、一般的に。

で、その「DJバトル」が日本でもすごく注目されて、みんなが夢中になったのって、1990年代末から2000年代頭......。

DJ KENTARO:そうですね。2003年、2004年ぐらいまでかなぁ。

......ぐらいまでで。そこからほんのわずか10年も経っていないにもかかわらず、エクイップメントであるとか、DJカルチャーを巡るツールが激変したでしょ。

DJ KENTARO:進化しまくってますね。

そのことに関してはどういう風に思いますか?

DJ KENTARO:まぁ、アナログ......をやって〈DMC〉とかも勝ったし。例えば、自分のオリジナル・ブレイクスも作って。っていう時点から、ちょっとずつ変わってきたっていうか。元々は売ってるランD.M.C.でも何でも、レコードに入ってる溝の範囲内でやってるからカッコイイって美学があったじゃないですか? そういうのでずっとDJバトルがあって。そのうちオリジナル・ブレイクスっていう概念が生まれて。自分でレコード・プレスする。その時点で、もうワックだなんだっていう話は出てきてたんですよ。「自分で逆算して作れちゃうじゃん」って。例えば、リズム・パターンも自分で決めて、作りたいルーティン、逆算してできちゃう、と。「そんなのワックだ」っていうのも初期からあったんすよ。だから、売り物のレコードだけでやんないと面白くないみたいな。
 だけど、だんだんそれ(オリジナル・ブレイクスありき)が主流に、主流まではいかないけど、オレも自分でオリジナル(・ブレイクス)出して優勝したし。それが過ぎて、今度はデジタル。オレはCDJ使わなかったけど、パソコンでセラート[Serato]っていうのが生まれて。「自分の作った曲すぐ掛けれんじゃん」っていうので、オレも導入して。で、いつしか割合が、じょじょにデジタル増えて、アナログがだんだん、3割、2割、とかなってきて。いまはもう数枚しか現場に持って行かない状況なんすよ。やっぱりオレも海外とか行くと、ロスト・バゲージとか細かい問題があったりして。レコード無くなるし。

重たいの運ぶから、最近は金取られるしね。

DJ KENTARO:金取られるし。10万とかかかる。「ギャラ全部なくなっちゃうよ」とか、いろいろ事情があるから。だから、海外はどうしてもセラートで。クラッシュさんもいまセラートで演ってるけど。ムロさん[DJ MURO]でさえ、海外は7インチ・セットでしか行かないと。やっぱりそれも......。

そこで7インチ・セットで行くところが、またイイね。

DJ KENTARO:カッコイイっすよね(笑)。だから、それをムロさんはアナログでしっかりやってる。あと、仙台のGAGLEのミツさん(DJ MITSU THE BEATS)も、ミウラさん[DJ Mu-R]もアナログで演ってたり。オレも少なからず、そこは感じてて。けど、オレはアナログ、いまでも家に。5000枚ぐらいあって。かなり売っちゃったんですけど、けど、それはもうプロモとか、ハッキリ言って要らないレコードで(苦笑)。オレの買ってきたレコードとかお気に入りは5000枚ぐらい家にあって。そういうアナログ・セットの、3時間、4時間っていうロングセットを、その棚ごと持って来て、今年どっかで演りたいなっていうのがあって。まぁ、漠然とですけど。そういうアナログ・セットをコンセプト的に演りたいなっていうのがあって。やっぱり、オレも、デジタルになると、もちろん便利だけど、溝飛ばすとか、もともと入ってる曲のアレとかっていうのが楽しかったのになぁ、とかって正直考えたりしてるし。

デリック・メイなんかは、もうDJと呼ばれている職業の......

DJ KENTARO:デリック・メイ。

そう、テクノの。彼がミックスCDを自分が出す理由は、そのDJという職業がもういなくなってしまうから、その記録として、オレは(ミックスCDを)出すって言っているんだけどさ。

DJ KENTARO:なるほどぉ。

DJケンタロウやクラッシュさんの時代だったら、すごく練習するわけじゃない。

DJ KENTARO:そうですね。ターンテーブリストたちとか、大会に出るDJとかは。

まずピッチを合わせる。「どうやったらピッチが合うんだ?」っていうところからはじまって。どうしたら上手く、カッコ良くミキシングができるのかとか。あと、バトル系なわけだからさ、当然、その速さであるとかね。リズム感であるとか。

DJ KENTARO:ジャグリングとか、そうですからね。

トレーニング、努力しなければできなかったことがさ、もう努力しなくてもできるようになっちゃったじゃない。

DJ KENTARO:スポーツ。〈DMC〉とか、スポーツとかって言われますからね。言われないですか? スポーツっぽいって。

スポーツ。アハハハ(笑)。スポーツっていうのはアートじゃないですか。

DJ KENTARO:まぁ、そうですよね。動き早いし、結構忙しいし。それがいまやボタンひとつだからね。

だから、なんかこう、思いがあるんじゃないですか? ターンテーブリストとして。いまのパソコンDJに対して。要はピッチはボタン、ポーンとかっていう新しく出てきた世代に。あまりにも便利になってしまって。

DJ KENTARO:そうですね......で、いまの若いコ、ターンテーブル、触ったこと無いっていうコ、いるんだなぁと思って(苦笑)。

けっこういる。

DJ KENTARO:けっこういるんですよね。「あ、いるんだ」って目の当たりにしたときに、「え、ピッチコントローラー、スゴォい」みたいな感じで(笑)。喜んでるコがいて。

一同:(笑)

DJ KENTARO:「そうなんだ!」って。

だって、DJ ケンタロウって、ハッキリ言って、まだ若いよね。

DJ KENTARO:30歳ですよ、一応。けど、まぁ......。

ぜんぜん若いよ! 

DJ KENTARO:ハハハハ。

時代の速度、速すぎない? 自分が歳を取っただけ?

DJ KENTARO:けど、正直オレもアナログからデジタルに移行してきたっていう流れもあって。セラートとトラクター(TRAKTOR)両方持ってるし。いまはセラート使ってやってて。オレもいま、デジタルの恩恵っていうのは受けてDJ演ってる。取り敢えず海外でツアーできて、自分の曲もすぐ掛けれて。例えば、「あ、今日はレゲエっぽいのいこう」、「今日はテクノ掛けてみよう」とかってパッとプレイリスト作ったり。ある意味、その場で〈ビートポート〉で買ったり。もうイヴェントの1時間前まで仕込めるわけですよ。だから、そういう便利さっていうのはあったけど。
 いままでは、持ってきたレコードのなかでどうにかストーリーを作るっていう制限があったから、逆に、オレっぽさが出ててたのかなぁっていうのも考えたんですよ。オレが買ってきたレコードしかないから、オレっぽさが出てた......とか、まぁ、だから、どっちがイイかわかんないっすけど。デジタルDJになってきてて、ピッチなんか合わせなくても、「ハイ、SYNCボタン。これだけ」みたいなっていうのは、そのうち、そこに人がいなくなるだろうな。それこそ遠隔操作でイイっていうか(苦笑)。ミックスCD掛けて終わりみたいな。そんなんなったらもうDJとかじゃないですけど。(改めて)たしかにそうっすわ......そう考えてみれば、DJって今後どうなっていくんだろう。あんま考えたたことねぇわ。

スタッフ:DJミキサー自体はもうWi-Fiの機能が積んであって。パソコン画面も付いて、要は、Wi-Fiでミキサー上からデータにアクセスにしにいくから、もうパソコンも要らなくなるように、いま......

DJ KENTARO:ミキサーだけってこと?

スタッフ:ミキサー内で全部完結できるようにしてるって言ってた。Wi-Fiを積んでデータにアクセスする。要は、手ぶらでクラブに行って、「あ、付いてる? じゃぁ......」って言って、ケンタロウの家のサーバにアクセスして、データから呼び出して。やっていくっていうところをいま(エンジニアは目指してる)。第2の......っていうか、この先はそこらしいですよ。

DJ KENTARO:だから〈ドロップボックス〉(Dropbox)にアクセスして。

スタッフ:そうそう。そういうこと。クラウド上にアクセスしにいくミキサー。もうパソコンだよね。

DJ KENTARO:やっべぇ......。

ケンタロウは、早熟だったから、デビューが若すぎたね。同世代のさ、友だちとかね。それこそアナログなんて、ほとんど聴いてないだろうし。

DJ KENTARO:アナログを? え? 同世代で? あ、DJ以外か。それはもう、そうですね。アナログっていうのはDJしか持ってないものだったんで。アナログ・フォーマットで音楽リスナーって、たぶんいないと思いますね。

いないよね。もうね。

DJ KENTARO:DJしか聴いてないと思います。

だからさ......ケンタロウがまだ30歳ってところが素晴らしいよね(笑)! 20歳で世界デビューですからね。

DJ KENTARO:そうっすかね。もう10年経った感じはあって。オレも世界チャンピオン(2002年・DMC世界チャンピオン)っていうのはイイけど、もうそろそろ10年経ったし、その肩書きをずっと引っ張る必要はないのかなって。

でも、やっぱり、正直言って、クラブ・カルチャーを知らないコたちは気の毒だなって思うこともあって。ロックしか知らないコたちってのはホント可哀想でさ。

DJ KENTARO:あぁ。

いちどクラブ文化を好きになった立場からすると、なんでそんなにスターを崇めながらって思ってしまうんだよね。クラブ・カルチャーっていうのはさ、自分たちが楽しむものじゃない。

DJ KENTARO:ホントっすね。主役はお客さんですからね。

欧米でクラブ・カルチャーが、新しい世代によってスゴく盛り返してきたでしょ。デジタル環境の普及、ソーシャル・ネットワークの普及と比例して、クラブが盛り上がっている。それってよくわかる話だよね。当たり前だけど、やっぱ身体性が欲しいんだよね。

DJ KENTARO:(満足できない)からライヴに来る。それはイイことっすよね。

スタッフ:僕、最近、SNSをピタっと止めたんですよ。そうしたら「アイツ生きてる?」ってウワサが(笑)。

まあ、たしかにSNSが果たしている役割は大きいけど、そこだけに依存しちゃうのは怖いね。

スタッフ:人とのコミュニケーションが、SNS基準になってて。

DJ KENTARO:でも、その感じ、オレにもわかる、わかるよ。オレもそうなる。そこだけになっちゃってて。とくに若い世代はそうですよ。20歳代はみんな(SNSが音信不通になったら)「え? 大丈夫??」みたいな。

そこで認識し合ってるんだね。

DJ KENTARO:ウチらの世代は、まだマシだよ。逆に言うと、どっかで誰かがFacebookにオレの写真を上げてくれてれば、「あー元気なんだな」ぐらいの。けど、20歳代、オレの妹とかの世代は、FacebookとかTwitterとかやってないと「大丈夫? 生きてる?」みたいな。

昔はね、それこそ、行きつけの飲み屋に顔出さないと「アイツ、生きてる?」みたいなね。電話に出ないとかね。

スタッフ:レコ屋で出会う人とかいましたからね。

そうそう。「アイツ、最近、レコード屋に来ないな」とかね。そういう意味では、クラブは音楽が好きな人にとって砦みたいなところがあるよね。ミレニアルズがクラブに走るのは、すごく理にかなっているよ。

DJ KENTARO:でも、そのいっぽうで......〈コーチェラ〉(Coachella Valley Music and Arts Annual Festival)で、2パックのホログラム、見ました? あれとかもね......コンセプトとかあったんだろうけど。2パック蘇らせて、横にスヌープ(・ドッグ)と(ドクター・)ドレーがいてみたいな。2パックがホログラムでライヴしたんですけど。「えぇぇ...」みたいな。

へー!

DJ KENTARO:だから、そのうちビギー(ノトーリアス・B.I.G.)とかもライヴやるんだろうなみたいな。

ハハハハ(笑)。死人だらけのフェスみたいな。

DJ KENTARO:ジミ・ヘンドリックスが出てきたり。ニルヴァーナのカート・コバーンが出てきたり。

[[SplitPage]]

オレもいま、デジタルの恩恵っていうのは受けてDJ演ってる。取り敢えず海外でツアーできて、自分の曲もすぐ掛けれて。例えば、「あ、今日はレゲエっぽいのいこう」、「今日はテクノ掛けてみよう」とかってパッとプレイリスト作ったり。ある意味、その場で〈ビートポート〉で買ったり。もうイヴェントの1時間前まで仕込めるわけですよ。だから、そういう便利さっていうのはあったけど。


DJ Kentaro
Contrast

Ninja Tune/ビート

Amazon iTunes

はははは。ところでさ、DJ KENTAROみたいな人とかさ、クラッシュさんみたいな人、あるいはゴス・トラッドとかさ、日本人のDJっていうのは、海外と日本を往復しているわけだよね。その落差みたいなものをより......なかなか僕も最近海外に出る機会がなくなっちゃったんだけど。昔、1990年代は、そういう落差ってあんまり感じなかったんだけど。

DJ KENTARO:どういう落差ですか?

いや、もう文化的な。ユース・カルチャーのあり方の。欧米との格差みたいなもの。いまの日本のポップ音楽は90年代よりも内部に閉じている感じでしょう。内需も大切だけど、どんどん国際化していってる外国とは逆行しているというか。

DJ KENTARO:あぁ、ありますね。それに、やっぱり、クラブに関して言えば、向こうって、逆に、夜の選択肢が少ないっていうか。飲み屋とか無いし。クラブでしか酒飲めないから。みんな来るんですよ、クラブに。オヤジからオバちゃんから、若者はもちろん。
 何でかって言うと、酒飲みたいときに、バーが空いてるところもあるけど、バーは午前1時に閉まる。1時以降飲みたい時はクラブに行くしか無い。けど、日本って選択肢があって。飲み屋、カラオケ、ボーリング、クラブって。クラブなんて選択肢の1個に過ぎなくて。いくらでも酒飲んだり遊んだりできるから、けど、法律の関係もあって、向こうではクラブでしか酒が飲めないから。やっぱりいつでも来るんすよね。
 で、社交場にもなってて。みんなとくにその日のゲストに興味が無いから。取り敢えず飲んで。「あ、なんか演ってんな」、「お! いまの曲カッケェ」ぐらいで。けど、それで良いと思うんですよ、クラブって。で、(出演者側も)だんだん新しいファンをキャッチしたりとか。お客がいちばん楽しんでるっていう状況が目に見えるっていうか。オレの方、別に見てないヤツもいるし。フロアの真んなか見て踊ってる。それこそ自分が楽しんでる状況。日本はもう少し音楽的に真摯だから、やっぱりステージしっかり見て、ちゃんと聴いてる。それの良いところもあると思うんですけど。真摯過ぎて「ウァァァ」って感じにならない。

やっぱり、日本人ってコミュニケーション下手じゃない。外国の人に比べて圧倒的に。

DJ KENTARO:まぁ、英語を喋れないですからね。

コミュニケーション能力っていうかさ。苦手だし。だから、どっちかって言うと人と会うよりはさ。

DJ KENTARO:家でパソコンしてるほうが。

自分のベッドの上でパソコンしてるほうが楽だとは思うんだよ、たしかに(笑)。僕も若い頃は、電話出るのも抵抗あった人間だったから。でも、人間っていうのは、当然、ひとりでは生きていけないものであって。

DJ KENTARO:そういう集いの場みたいな。

そうそう。だからなおさら、クラブ・カルチャーに頑張ってもらいたいなっていう気がしてね。今回のアルバムっていうのは、日本がもしいま、欧米みたいにすっごくダンスが盛り上がってたら、違った内容になってたかもしれないよね。それはない?

DJ KENTARO:そう、ですね。けど、一応、このアルバムを〈ニンジャ・チューン〉、UKから出すっていうことは、やっぱり意識しました。日本語の曲も、ホントは「入れないでくれ」っていう風に言われて。

あぁ、そうなんだ。

DJ KENTARO:向こうも「日本語の曲出してもしょうがない。意味ないから」っていうのもあって。ファースト(『ENTER』)でもあったんですけど、今回も「1曲だけは入れさせてくれ」って言って。「わかった」って。だから、この曲("FIRE IS ON")っていうのは外人は皆飛ばすコーナーだ、と......ってぐらい言ってくるんですよ、やっぱり。

厳しいねぇ(笑)。

DJ KENTARO:「日本語の曲なんか入れるくらいなら、女ヴォーカル入れてよ」みたいな。「英語のヴォーカル入れようよ」みたいな。

けど、日本語の曲を入れたかったっていうのは、やっぱり日本人に聴いてもらいたかったっていうことだよね。

DJ KENTARO:そうですそうです、はい。だから、これ、日本先行で出てるのもあるんですけど、日本人の人もにも聴いて欲しいっていうのはデカいし。もちろん、これはイギリスでもアメリカでも流れるし。やっぱり、クラッシュさんの曲とかファイヤー・ボールの曲とか、日本の人に聞いて欲しいし。

ファイヤー・ボール。有名な横浜のダンスホール・クルーじゃないですか。

DJ KENTARO:そうっすね。

これは意外な感じがしたんだけど。

DJ KENTARO:あ、ホントですか。

いや、僕が単に勉強不足なのかもしれないけど。変な話、DJクラッシュとファイヤー・ボールが一緒に演るっていうことは、あんまり無いでしょう?

DJ KENTARO:たしかに。同じアルバムに、っていうのは。

それはどういう狙いがあったんですか?

DJ KENTARO:やっぱり〈レゲエ祭〉(横浜レゲエ祭)とかも出させてもらったり。ファイヤー・ボールのアルバムとか、DVD(『FB THE MUSIC VIDEO』)のDVJスクラッチ・リミックスみたいなのやったり。一応、仲良くさせてもらってて。

あぁ、そうなんだ。でも、前からレゲエとかもやってるもんね。

DJ KENTARO:で、マイティ・クラウンとかとも仲良くさせてもらってて。彼らの音楽も好きだし。オレ、メンバーのチョーゼン・リーさんのアレンジとかもやってて。その流れで「オレの曲にも参加してくださいよ」「あ、イイよイイよ」ってなって。で、今回アルバムのタイミングでやったんで。オレがやりたかったことがやっとできた。〈ニンジャ・チューン〉のアルバムに入れたっていうこともすごい意義深いし。日本語の曲なのに〈ニンジャ・チューン〉、UKから出して、欧米でも売られてっていうのもありますね。

シーンが細分化してるじゃない? そこをクロスオーヴァーさせたいっていう意図はあったの?

DJ KENTARO:ありましたね。来月演るイヴェント(BASSCAMP 2012| 2012年6月30日)もなんですけど、ベース・ミュージックがテーマなんですけど、ハウスのDJの女のコとか、ドラムンベースのアキさん、マコトさんみたいな第一線でやってる人、クラッシュさん、オレ、マイティ・クラウン、ファイヤー・ボールとか、みんな。ぜんぜん違うシーンの人たちが集まって。バトルっぽくもしたいんですけど、バトルっていうのもポジティヴな感じ。みんな刺激しあって、「すげぇカッコイイじゃないっすか」みたいなことが、お互い生まれて。いま、日本だけじゃなくて、世界中、スゴい細分化して戦いの場に立たされてるっていうか。どこもそうなんすけど、いろんなジャンル。イギリスとフランスの関係......わかんないけど、すっごいヒドいらしいし......。

ハハハ(笑)。でも、イギリスもさ、広い音楽業界っていうレヴェルで見ると、いまは細分化じゃなくて、むしろ混合っていうか、交じり合ってて。エラいなぁって思うのは、多少センスは悪かったかもしれないけど、レディオヘッドみたいな、ああいう大物、スタジアム・ロック・バンドが、あんなマイナーな人たちにリミックスさせたりとか。ビョークは、まぁ昔からやってるけど。

DJ KENTARO:ですよね。

J-POPの誰かがケンタロウやゴス・トラッドやオリーブ・オイルにリミックスを頼むなんてことはないわけでしょう。イギリスは、口悪いわりに、そこの所はしっかりしてる(笑)

DJ KENTARO:口は悪いっすよぉ......超上から目線(苦笑)。

上から目線(笑)! メチャクチャ上から目線だよね(笑)。でも、オレね、イギリス人で「スゲェなぁ」って思うところはね、自分たちの文化に誇りを持ってるでしょ。それはスゴいと思う。

DJ KENTARO:ビートルズって言われたらかなわないっすよ(笑)。

そうなんだよね。それはもう、ホントに悔しくてさ(笑)。

DJ KENTARO:だから、まぁ......しょうがない(笑)。

しょうがない(笑)。

DJ KENTARO:スイマセーンって感じで(笑)。

でも、ケンタロウとかさ、ゴス・トラッドもそうだし、最近はまた日本からも出てるじゃないですか、少ないとはいえ。インターナショナルな舞台へ。

DJ KENTARO:ま、一応、頑張ってはいる。でも、差別野郎はいますよ。それはいますよ、向こうにいっぱい。会った瞬間、「ジャップか」みたいな。税関でもそうだし、イミグレ(ーション)。で、Oビザ見せた途端に「お、人間国宝ぉ」とかって。コロッと態度変えるんですよ、ビザ見せた途端に。「なんだ、お前、そんな言葉知ってんの?」って。

なるほどね。わかりました。じゃぁ、そんな感じで。ありがとうございました。

※6/30(土)アルバム・リリース・パーティ「NIXON presents BASSCAMP 2012」が開催!!
アルバム参加面子をはじめ、DJケンタロウと共鳴しあう強力なゲスト・ラインアップに加え、メインステージ を演出する壮大なLEDショウと共に伝説の一夜を作り上げる!

NIXON presentsBASSCAMP 2012
2012.06.30(土)@新木場ageHa
OPEN 22:00 ADV ¥3,300 / DOOR ¥4,000
TICKET IS NOW ON SALE! >>> https://bit.ly/Kmz88Y
詳細はコチラ!>>>https://www.beatink.com/Labels/Ninja-Tune/DJ-KENTARO/topics/120620.html

翌7/1(日)には大阪Jouleでも開催!!>>>https://club-joule.jp/venue/flyer/107064



interview with Eiko Ishibashi - ele-king

E王
石橋英子
Imitation of life

felicity

Amazon iTunes

 あるとき、ある音楽を憑かれたように聴き続けたり、突然放りだしたりするのは、なにもあなたが飽きっぽいからでも狂っているからでもない。私なぞ商売柄つい使ってしまうが、ジャンルという早見表のほかに、音楽には(音楽だけではないが)形式を構成する要素を配置する力があり、構造がある。と、やおら小難しく書きだしてしまいましたが、なんのことはない、私は私たちの心情の総和として、こんな音楽が聴きたいよね、というのがあるといいたいのです。時代のムードとも耳の季節感ともいえるものだ。その一方で「いま聴きたくない音楽」というものもやはりある。むしろ、季節感を考える上では聴きたくない音楽を考える方が近道だともいえる。
 私は数年前まで、プログレ(と揶揄含みで略してみる)的な装飾過多の音楽をまったく受けつけなかった。中高生の時分は好んで聴いていたはずなのに、いま聴くと、グルーヴに乏しく、ゴテゴテしていて、めまぐるしい。それがしばらく前から、気にならなくなったのはクラシカルあるいはゴチックと形容される音を聴き慣れたせいかもしれないが、ともあれ、構築的な音により惹かれる自分を発見したのは驚きだった。カーヴを曲がって視界が開けるような、継続的なのにあざやかなきりかえしを、私は季節の変わり目とも思ったのだった。
 『carapace』から『imitation of life』へいたる石橋英子の変化は音楽の潮流の変化を読みきったものといえる。いや「読み」というほど能動的なものではなく、石橋英子は現在の音楽の背後にある私たちが共有する耳のツボを感覚的に探りあてる術に長けているのだろう、『imitation of life』には"プログレッシヴ"な構築性が基調になっているものの、前作で試みた細やかなソングライティングの発展形ともいえるポップでやわらかな肌ざわりも消えてはいない。マリンバが変拍子をリードするパルスとなり、絡まったリズムの間を弦楽器が縫うインスト・パート、その浮遊する歌、この類い希なアンサンブルは「死んだ人たち」(ジム・オルーク、須藤俊明、山本達久、波多野敦子)の仕業だ。
 2012年のロック/ポップスとして自信をもってレコメンドしたい作品である。

私ね、だんだん退行している気がして。最初に戻っていくような感じがするんですよ、いろんな意味で。最初ってカオスだったと思うし、そういう感じになっていく気がするんですよね。

石橋:この前、野田さんに会ったときも「レコメン!」っていわれました。私、レコメンという言葉を知らなかったから「レコメンってなんですか?」って訊いちゃいましたけど、やたらレコメンっていわれるんですよ。

昨年末に出した紙の『ele-king』(Vol.4)の座談会で2011年のソウカツとして「レコメンがリヴァイヴァルした」といったら失笑されたんですが、石橋さんにこういう作品を出してもらって安心しました(笑)。

石橋:おまえのいった通りだったみたいな(笑)。

とはいえ、じっさいにプログレシッヴ・ポップと謳っていますし、プログレ的なものを意識していないことはないですよね?

石橋:意識していないことはないですね。とはいえ、これはほとんど冗談みたいなものなんですけど、私のレコーディングの前に(プロデューサーである)ジム(・オルーク)さんのアルバムのレコーディングがあったんです。そのときにプログレのレコードをかけたり、YouTubeで観たりすることが多かったんですね。そのときから「次の英子さんのアルバムはプログレ・エピックだ!」っていわれ続けていたんです。ピーター・ガブリエルがいたころのジェネシスとかジェスロ・タルの『シック・アズ・ア・ブリック』とか。ジムさんは酔っぱらってるし、私は話半分で聴いていたんですけど、一度ジムさんがプロトゥールスでMIDIのレッスンをしてくれたんですね。こういう風につくると各パートのアレンジも考えられて、デモの段階で全体像がつくれるからやった方がいいといわれたんです。それでMIDIでデモをつくっているうちにほんとうにプログレっぽくなってきちゃった(笑)。

どの曲からつくりはじめました?

石橋:"fugitive"という曲が最初です。この曲は『carapace』の特典用につくった曲で、この曲はギターでつくったんですが、バンド用にアレンジし直したらいい感じになったからいれたんですね。

ギターを使って曲づくりしたのはどういう理由ですか?

石橋:ガット・ギターをもらったからです(笑)。それで弾いてみようって。

これまでに弾いたことは?

石橋:ほとんどないです。さわっているうちにできた感じですね。

そのわりに上手ですね。

石橋:そうかなあ。でも、それをジムさんにライヴで弾いてもらうんですけど、ジムさんは「弾きにくい」ということもありますね(笑)。初心者の変なポジションで弾いているから、弾きにくいみたいですね。弾きにくいみたいですね。じっさいMIDIを使ってつくりはじめたのは"silent running"からです。実質この曲がアルバム用の曲をつくろうとしてはじめてつくった曲です。

その時点で組曲形式、コンセプト・アルバム的な構成を考えていましたか?

石橋:正直そこまでできないというか、考えてはいなかったです。今回は、バンドのライヴがあるたびに新曲をもっていく感じだったんですね。メンバー全員忙しいので、ライヴの前の練習も一回くらいしかできない。だからある程度詰めないといけない。ドラムのMIDIなんかはヘンな音だから、スタジオでじっさいに叩いたり、ジムさんが「ディス・ヒートみたいなリズム・パターンを叩け」って(山本)達久にいったりしながらつくりました(笑)。

たとえば"introduction"みたいな曲は一回練習しただけでできますか?

石橋:無理やりライヴでやるんですよ(笑)。楽譜とか譜面にしちゃうと難しくみえるんですけど、やってみるとそうでもないですよ。ほかのひとの音を聴かないとか、そういったやり方で(笑)。

変拍子の曲を演奏するコツは他のメンバーのリズムに惑わされないということですもんね。

石橋:そうそう。だからなんとなくのグルーヴができていれば、ほかのひとの音を聴かなければできるようになるんじゃないですかね。

ちなみに、この曲は何拍子の組み合わせですか?

石橋:長いインストの部分は......(といってしばらく拍数を勘定する)達久がいうには(笑)、23と24の繰り返しということでした(笑)。でもそれは達久の数え方なんですが。それにベースはまたちょっとちがくって。

前のアルバムから何を変えようと思っていましたか?

石橋:意図したのは、やっぱりつくり方かな。バンドでやろうと思っていたから、キャストも決まっていたし、メンバーも決まっていた。このひとのどういう演奏してもらいたいかを考えてつくっていった感じがあります。脚本を書くような感じでした。

登場人物に当ててつくった感じだったんですね。

石橋:ちょっとした悪戯心みたいなものもありつつ(笑)。

わざと厳しい演奏を要求してみたり(笑)。

石橋:そうそう。

完全にバンド・サウンドですよね。

石橋:そうです。

「もう死んだ人たち」というバンド名はどこからきたんですか?

石橋:私がつけたんですけど、(NHK FMの)「ライブビート」という番組に出演したとき、ラジオ番組だし、見えないだろうと思って(笑)、メンバーはジョン・ボーナムとジャコ・パストリアスとデレク・ベイリーとストラディバリって紹介したんですよ。だからなんとなく、バンド名も「もう死んだ人たち」。それがなんとなくそのまま続いたんです。

それは石橋さんの理想のメンバーなんですか?

石橋:なんとなく死んだ人を探しちゃったんですよ。じっさいその人たちが集まっても(笑)。

音楽にならなそうですね(笑)。それで、アルバムの全体像はすぐにできあがりました?

石橋:"fugitive""silent running"ときて、 "written in the wind"、その次が"introduction"でした。その後に"long scan of the test tube of sea"。5曲くらいできあがったあとに、ジムさんに「英子さん、そろそろ簡単な曲をお願いします」っていわれてつくったのが2曲目("resurrection")と最後の曲("imitation of life")だったんですね。それで全曲出揃った感じでしたね。

坂田(明)さんをゲストに招いたのはどなたのアイデアですか?

石橋:私です。ベーシックを録ったときに、"imitation of life"では坂田さんに吹いていただきたいと思ったんですね。この曲のコード進行ができたときに、世界全体が溶けていくイメージがあったんです。坂田さんのブワーッていうサックスの音は破壊力があると前からずっと思っていてピッタリだと思ったんです。

このアルバムはある種のメカニカルな側面のある作品ですが、坂田さんの登場によって、すごく混沌とした感じになりましたね。

石橋:グニャっとしたもの、カオスを表現したかったんですよね。

その余韻が石橋さんの世界に対するものの見方を象徴しているんでしょうか?

石橋:私ね、だんだん退行している気がして。最初に戻っていくような感じがするんですよ、いろんな意味で。最初ってカオスだったと思うし、そういう感じになっていく気がするんですよね。

そういうとき、音楽はどうあるべきだと思いますか?

石橋:それは明白にはいえないんです。音楽が社会にどう関わっていくべきかというよりも、それ以前に自分がなぜ音楽をつくるのか、という段階に留まっているので。

その点については、音楽をつくるごとに問いかけがあるんですか?

石橋:なぜ自分がつくる必要があるのか、ということを考えているから、社会に対して音楽がなにができるか、といえば、私は音楽は無力だと思っているし、たとえば困ったことがあっても、音楽は役には立たない。役に立つこともあるかもしれないけど、それはあくまで結果論であって、つくる側が役に立っていると思ってつくれるわけじゃないと思うんです。

自分の音楽が誰かの癒しになっているとは――

石橋:全然思わない。

そういう声を聞くことはありますよね?

石橋:ありますけどね。結果として事実として、そういう声は受け止めますが、だからといってそれで自分のやることは定義されないというか、定義されるはずではないと思っています。

毎回つくることに対するハードルはあるんですか?

石橋:つくるハードルがあるとすると、なぜつくるのかということです。それは毎回思います。曲をつくる課程、フレーズ単位で、ほんとうに必要な音なのかどうか考えますよ。

[[SplitPage]]

枠組みから抜けだそうとして、曲として強いものをつくって、歌詞でも壮大な物語をつくる。形式ではなくて。形式を乗り越えることがプログレッシヴだと思うんです。

E王
石橋英子
Imitation of life

felicity

Amazon iTunes

歌詞は7曲でひと続きの物語のような構成になっていますね。

石橋:ライヴのときは歌詞は仮歌だったんですね。時間がないし。ライヴをある程度積み重ねていって、レコーディングでベーシックを録り終わって、曲順が決まってから、メロディと歌詞にとりかかりました。けっこう時間がかかりました。一ヶ月くらいずっと歌詞を書いていましたね。歌詞に関しては、物語性をもたせたいというのはあったかもしれないです。地震が無関係とはいいきれないですが、でもみんなが取り沙汰していないような物語を探すつもりでつくっていたかもしれない。誰もとりあげていない物語、声にだしていないひと、声にされていない物語があるかもしれない、それを探すつもりで歌詞を書いていた気がします。

内面を直接歌うより登場人物の声に耳を澄ませた、と。

石橋:そういう感じです。今回はパッと言葉を出していく、自分の気持ちを出すのとはちがう、物語を書きたいと思っていたので。

偏見かもしれませんが、歌手、とくに女性の歌手にはエモーショナルなりがちだと思うんですよ。そういう歌い手とは距離を置きたかった?

石橋:ひとに対してはそういう風には考えはないですが、私が自分のことを歌ってもつまらないと思うんですよ(笑)。でもふりかえってみると、『drifting devil』のときはそれでも、そういうものもあったかもしれない。自分のエゴのようなものが。

なぜそれが『imitation of life』では変わってきたんでしょう?

石橋:バンドに守られているところがあったと思うんですよ。『drifting devil』のころはひとりで多重録音をしていたし、同時に歌詞も書いていましたから。

『imitation of life』はバンドとの共同作業の面が強い?

石橋:私の気持ちのなかではそうですね。

ソロ活動をつづけてきて、あらためてバンド・サウンドに回帰したとき、そのふたつを較べて、どちらがいいとかありますか?

石橋:この前久しぶりにひとりでライヴをやったんですよ。ピアノの弾き語りだったんですが。すごく疲れるな、と思いました(笑)。

どうして疲れたんですか?

石橋:歌い方が変わるんですよね。声を張って歌っている方が楽なんですよね。バンド・サウンドでアンプから音が出ていて、ドラムがバーって叩いているなかで歌うには声を張らないといけないじゃないですか。ダイナミクスよりも声量が必要になりますよね。その方が私は楽なんですね。それがピアノと自分の声だけになると、恥ずかしさも相俟って(笑)。

恥ずかしさはまだあるんですか?

石橋:あります。緊張もしているし。声のだし方も変わってきちゃうから、すごく疲れるんですよ。

楽器を弾いている方が楽?

石橋:作業はともかく、気持ち的にはそうです。歌うのは別の重圧感があります。

いまご自分の肩書きをあえてひとつに限定するとしたら、なんになると思います?

石橋:なんでしょうね(といってしばし考えこむ)。

シンガー・ソングライター、器楽奏者、歌手、いろいろありますが。

石橋:全然関係ないですけど、以前「ex SSW」って書かれたことがあるんですよ。

どういう意味ですか?

石橋:「SSW」がシンガー・ソングライターであることがわからなくて、バンド名だと思われたんでしょうね(笑)。

元SSWですね。でもそれは暗示的ですね。たとえばCDのオビにジャンル名を書くじゃないですか。その場合、自分の音楽はどう区分されると考えますか?

石橋:ロックじゃないかなあ。

いまのいい方は半疑問形でしたね。

石橋:ジャンルってわからないよなあ。

飲み屋のオヤジみたいな質問でもうしわけないですが、まあ飲み屋でインタヴューしているのでしょうがないところもありますが、プログレ四天王だったらどれが一番好きですか?

石橋:四天王?

えーっと、キンクリ、EL&P、イエス、ジェネシスかな。

石橋:フロイドは?

諸説ありますからね。ピンク・フロイドも入れましょう。そのなかでどのバンドが一番好きですか?

石橋:そのなかではピンク・フロイドとピーター・ガブリエルがヴォーカルのときのジェネシスです。その他は好きじゃないです。ひと通り聴きましたけど、グッとこない。キング・クリムゾンだったらロバート・フリップのソロの方が好きだし。

『imitation of life』は(ユニオンの)新宿のプログレ館のお客さんに今回の作品はストライクではない気がしますよね。

石橋:私もそう思います。でもときどき、プログレ館をみているとジュディ・シルとかがあったりしてちょっとうれしくなったりするんですけどね(笑)。

その端っこにある音楽なのかもしれないですが、ジャンルの音楽ではないと思いました。

石橋:私はプログレッシヴという言葉をほんとうの意味で考えると、ジェネシスがやろうとしていたことなんかがそうだと思うんですよ。枠組みから抜けだそうとして、曲として強いものをつくって、歌詞でも壮大な物語をつくる。形式ではなくて。形式を乗り越えることがプログレッシヴだと思うんです。

[[SplitPage]]

私がやっているのは探すことかもしれないですね。

E王
石橋英子
Imitation of life

felicity

Amazon iTunes

ちょっと気が早いですが、次にやるとしたらどういうことをやりたいですか?

石橋:まだ構想段階でボンヤリしていますが、このバンドで次のチャレンジをしたいと思っていることはあります。だけどまだヒ・ミ・ツ(笑)。

野田:ヒップホップ?

石橋:ハハハハ。

野田:エレクトロニクスもまだやってないから。あとドローンもやってないじゃない。

そういうのはどうですか?

石橋:それはまた別の話ですけど、このバンドでカヴァーアルバムをつくろうという話はありましたけどね。この前のライヴではブラッフォードの"ヘルズ・ベルズ(Hell's Bells)"をやりましたよ。途中まででしたけど。スタジオでふざけそういう曲をよくやってるんですよ。

石橋:英子ともう死んだ人たち以外で予定していることはありますか?

石橋:ピアノのアルバムを予定しています。

野田:フローリアン・フリッケがモーツァルトのカヴァー集(『Florian Fricke Spielt Mozart』1991年 )をつくったじゃない。それみたいなのをやろうとしているんだよ!

石橋:まあオリジナルの曲なんですけどね(笑)。

どういう曲調のピアノ曲ですか? モーツァルト、ドビュッシー、ベートーヴェン、バッハ......無数にありますけど(笑)。

野田:石橋さんはベートーヴェンだよ!

石橋:たしかに一番長く弾いてきたのはベートーヴェンとバッハでしたね。

野田:石橋さんはやっぱり庶民派なんだよ。

石橋:ベートーヴェンはロックですからね。

野田:ベートーヴェンは大衆に愛されたからね。

石橋:ドビュッシーのような繊細な音楽を聴くようになったのは大人になってからですよ。

野田さんは石橋さんの弾き語りの方が好きなの?

野田:弾き語りもこのアルバムも最高ですよ。ダイナミックになりましたよね。だって俺は『drifting devil』を個人の年間ベストにいれたくらいですよ。でもあれをファーストって書いて、「セカンド・アルバムです」って石橋さんに訂正されたんだけどね(笑)。

石橋:実質はファーストですけどね。

ファーストはそれまでの集大成でしたからね。4作目まできて、ソロ活動をはじめて6年になり、石橋英子のアーティスト像も板についた感じがありますが、あらためてご自分を位置づけるとしたらどうなりますか?

野田:いますごく業界人的ないい方だったね!

なんでまぜっかえすんですか!

野田:ハハハハ。演奏家としての石橋英子と、歌手=石橋英子ってのはあるでしょ?

石橋:さっきの肩書きの話に戻りましたね(笑)。やっぱわかんないや(笑)。

野田:じゃあさ、歌うたいの自分をどう思う?

石橋:ヘタクソだと思いますよ。

野田:でも歌うのは好き?

石橋:しょうがないから歌っている。

野田:絶対それはウソだよ!

石橋:ウソじゃないですよ! ジムさんにもいわれたのは、ミックスの段階で、「英子さんは歌いたくて歌っているひとじゃないから、ミックスするときにこうなる(歌がひっこんだ)」とはいわれましたね。歌いたいって感じで歌っていたら声の出し方も変わってくるはずなんですよね。今回のアルバムなんかは、バンド・サウンドのなかで浮き出た方がいいような、歌が好きなひとが歌った方がいいような曲ではあると思うんですよ。だけど、私がそうじゃないから、その点は(ジムさんも)困ったみたいですね。でもだんだんライヴするうちに好きになってきましたよ。

野田:シンガー・ソングライターとしての自覚が出てきた?

石橋:それはわからないですけど、バンドのなかで歌うのが好きになってきたのはありますね。

野田:メロディみたいな聴覚に強く訴えるものは一歩まちがえれば、簡単にひとを馴らすことができるじゃない。おなじみのメロディがあってパターンがあって、ようはクリシェだよね。クリシェっていうのはコントロールしやすいものじゃない。でも石橋さんはコントロールしにくいものをやろうとしているから心を打たれるんですよ。

石橋:ありがとうございます。

野田:そうなんだよ、松村! 政治的な問題とか絡んでないんだよ。

そんなこといってないですよ。

石橋:さっきの話に戻るけど、音楽が社会にとってどういうことができるかという話になると、私は基本的に役に立たないと思っているんです。

野田:必ずしもそうじゃないよ!

石橋:もちろん私はいろんな音楽を聴いて人生が変わったと思っているんですけど、自分がつくる側としてはそうは思わない。

「役立たずの音楽家が寄り添う事も出来ず海の底に震えて轟く」という歌詞("long scan of the test tube sea")がありますね。

野田:これは敗北宣言なの!?

敗北主義的な意味ではないと思いますけど。

石橋:そもそも戦いの土俵にあがっていないということかもしれないですね。

野田:最近、サファイア・スロウズって女の子にインタヴューしたときに、彼女はJ-POPを好きにれなかった。なぜなのか訊いたら、与えられるものが嫌いだからという答えだったのね。彼女にとっては自分で探すものの方が価値がある。そういう意味でいうと、石橋英子がやっていることはまさに――

石橋:探すことかもしれないですね。

野田:与えられるものじゃないじゃない。探してたどりつける音楽じゃない。リスナーが能動的にならなければたどりつけない音楽をやろうとしているわけじゃない。それでもかなり今回のアルバムにしても前回のアルバムにしても、リスナーにアプローチしてきていると思うんだよね。

難曲はありますけど、難解ではないですからね。

野田:レコメン系っていったら石橋さんに怒られたからね!

石橋:怒ったんじゃないです。わからなかったんです(笑)。

Attack The Block - ele-king

『アタック・ザ・ブロック』
監督/ジョー・コーニッシュ
出演/ジョディ・ウィッテカー、ジョン・ボヤーガ他
提供:カルチュア・パブリッシャーズ 
配給:アステア+パルコ
2011年 イギリス
6月23日(土)~7月13(金)
渋谷シネクイントほか、全国ロードショー!
https://attacktheblock.jp/

 エドガー・ライトのデビュー作『ショーン・オブ・ザ・デッド』といえば、音楽ファンのあいだでは間違いなく、襲い来るゾンビにDJ用のボックスから「このレコードはいる」とか「いや駄作だ」とか言いながら取り出した盤を投げつけて迎撃するという名シーンで記憶されていることだろう。実際、英国の映画雑誌『EMPIRE』が創刊20周年を記念して企画したスターが自分の一番のヒット作を自前の服で再演するという写真特集で、『ハリー・ポッター』とか『マトリックス』とか『ターミネーター』などの超ヒット作に混じって、サイモン・ペッグとニック・フロストのこのシーンが掲載されていて笑わせてくれた。https://www.empireonline.com/20/birthday-portfolio/6.asp
 『ショーン・オブ・ザ・デッド』がおもしろかったのは、ゾンビから逃げる主人公を親と同居のパラサイトやニートのダメ男たちにして、ゾンビ映画の定番"立てこもり"の場所をパブにしたことだった。80~90年代には、まだイギリスの自立精神は健在で、学校を卒業したらとっとと親元を離れてひとりで暮らすというのが当たり前と誰もが言っていたけど、最近ではもう金もないし楽だからと恥ずかしげもなく親元で暮らす若者もかなりいる。そういうなんとなく停滞したどんよりとした郊外の若者の雰囲気を丁寧にキャッチして、シニカルな笑いと一緒にゾンビ映画というジャンル・ムービーに落としこんだ。その後、ヒット・メイカーとなったエドガーはもっとメジャー感のある作品にステップアップしていき、『ショーン...』であったようなストリート感やダチの居間でだべってる感は後退する。しかし、僕を含めあのデビュー作のハチャメチャなパワーをいまだに一番愛してるというファンは結構いるのではないか。
 その、エドガー・ライトがプロデュースして、今度はエイリアン映画というジャンル・ムービーに挑戦したのが、『アタック・ザ・ブロック』だ。エイリアンものというのは、リドリー・スコットの『エイリアン』のように、閉鎖空間に恐ろしくて超強いモンスターが侵入してきて次々と仲間が血祭りに上げられるなか、どうにかしてサヴァイヴしていくというのがお決まりのパターンである。今回の設定は、南ロンドンの高層カウンシル・フラット(日本で言うところの市営住宅、県営住宅みたいなもの)を中心にした"ブロック"という閉鎖空間と、そこで息が詰まりそうになりながらも精一杯粋がって暮らしてるティーン(中学生くらい)の集団にスポットをあてて、そこに謎の凶暴エイリアンが襲ってきたら、どうなるか? という、またもや「こう来たか!」と唸ってしまうようなもの。
 監督は、もう40代半ばで若手とは言い難いが、これがデビュー作でフレッシュな感性を発揮しているジョー・コーニッシュ。彼は元々南ロンドンのストックウェル(悪名高いブリクストンの近所)出身だそうで、育った環境で見聞きしたこと+1年にも渡る綿密なリサーチで、現代ロンドンに潜むアンダーグラウンド文化や社会問題を、『グーニーズ』や『スタンド・バイ・ミー』的なキッズの成長譚と巧くブレンドさせている。


©StudioCanal S.A/UK Film Council/Channel Four Television Corporation 2011

 UKの音楽が好きなら、まず耳を奪われるのはグライム的なスタイルでぶいぶいとベースを鳴らすサントラで、ストーリーが進むにつれぐいぐい惹きつけられるだろう。この映画の公開後にイギリスで起きた暴動でも、その背景にはグライムなどのブラック音楽のシーンと重なる部分が大きいという指摘があったけども、その暴動の予言になってしまったような本作で音楽を担当してるのは、ベースメント・ジャックスである。実は、彼らのメジャー・デビュー前、たしか雑誌時代の『ele-king』の取材だったと思うが、南ロンドンの彼らのホーム・スタジオを訪れて取材したことがある。バスに揺られてちょっとやばそうなエリアに向かったそのときは全然意識していなかったが、実は彼らもずっとブリクストンの小さなクラブやバーでパーティーをやっていたし、まさによく知る地元を題材にした映画なのだ。そして、監督自身、ジョン・カーペンターが昔やっていたような電子音楽のサントラを参考にしたと言っているように、ただのクラブ・ヒットが並んだコンピみたいな必然性のない音楽じゃなく、不穏な雰囲気の演出を担う重要なサウンドの要素として成立している。
 劇中、いかにもイギリスの保守層といった風情のおばさんにモンスター呼ばわりされるキッズたちだが、年端もいかない彼ら(その大半は、貧乏人が住むというカウンシル・フラットに暮らしながら、実は中流っぽい、ふつうの親や家庭をもっている)が、犯罪に明け暮れ、出口や希望の見えないなかで徐々にディープな世界へと足を突っ込んでいってしまうという背景描写が秀逸だ。フードをかぶりバンダナで顔を隠したその出で立ちは、Hoodiesの特徴的なファッションであり、まさにロンドン暴動を引き起こした連中そっくりである。実際、あのときも、暴動にこどもが混じっている?!という話が衝撃的に伝えられたが、この映画の設定もあながち誇張しすぎと言えないと思う。
 例えば、カウンシル・フラットの中に大麻の栽培施設があって、そこを根城にしたギャング達がドラッグ売ったり爆音でトラック作ったり好き勝手やってるという、日本人から見たらギャグかと思う設定も、本当にありそうだ。僕自身、過去にこういうフラットに泊めてもらったり、友達が住んでいて遊びにいったことが何度もあるが、高級外車を乗り回す連中やどうみても怪しい奴らがたくさん目について、「職のない人や、シングルマザーとかハンディキャップのある人とか、そういう層向けの住宅じゃないの?」と聞いたら、「本来はそうだけど、実際には制度を悪用してるドラッグ・ディーラーとかも結構いる」と聞いた。そういえば、今はあるかどうかしらないが、90年代にはGrower向けの雑誌というのが普通にHMVとかマガジンスタンドに売っていて、衝撃をうけたこともある。


 都市の歪みが生んだような"モンスター"キッズが、本物のモンスターと戦うハメになって、初めて暴力、生命、仲間みたいなことを実感し、成長していくというのが本作のメイン・プロットになるが、郊外的なゆるさを背景にどこまでも笑いとペーソスで引っぱった『ショーン...』とは対照的に、ひりひりとした痛みを抱えてずっと走りづける様子は、やはりイギリスの社会的様相もだいぶ変わったことの投影であると言えるかもしれない。実際、リーマン・ショック以降の壊滅的な経済の落ち込みで、ロンドンの一等地にあった有名チェーンのショップが次々つぶれていくとか、日本以上にやばい状況がずっと続いていて、オリンピックに湧いているような外面とは裏腹にいまだにそういう暗いマグマは地下で渦巻いている。チャンネル4が昨秋スタートさせた、やはりキッズをフィーチャーした『Top Boy』というドラマ・シリーズなども、まさにそういう現代ロンドンの暗部をキャプチャーし話題となった。良識ある大人たちからは、「こんなHoodiesを描いた映画なんてとんでもない!」という反応も当然のごとくある。が、ただの説教くさいドキュメンタリーではなく、良質のエンターテインメントとして成立させながらさらにこういう「言いたいこと」を伝えてくれるという作品は希有だし、最後までちゃんと観れば、希望や感動を用意してくれた監督に拍手したくなることは間違いないのだ。


©StudioCanal S.A/UK Film Council/Channel Four Television Corporation 2011

 今回は意図的にカットしたが、サブカルや日本の文化も大好きという監督の趣味が随所に反映されて、タランティーノが絶賛したというのもよくわかる味つけもたくさんある。ダニー・ボイルの『28日後...』に言及した箇所があったり、要するにこれは、『トレインスポッティング』以降営々と引き継がれてきた英国のポップなエンタメ映画の最新最良の成果ではないか。ロンドンが好き! UKダンス・ミュージックが楽しい! という人はもちろん、もっともっとこういう作品がつくられるように、ひとりでも多くのひとに観てほしい快作だ。

日食どころではない、

7月25日(奇しくもよい子たちの終業式である......!)、
ふたつの巨大な惑星が衝突する!

●LIQUIDROOM 8th ANNIVERSARY 電気グルーヴ vs 神聖かまってちゃん

リキッドルームの恵比寿移転後8年目を記念したこのイヴェント、「VS」の意味するところはいまだ謎であるが、オーディエンスの年齢層や生息圏にもおそらくはいくばくかの「VS」があるはず、おもしろい撹拌が起こりそうだ! それぞれがそれぞれの時代から寒天のように押し出されてきたような批評性を帯びたればこそ、この企画はエキサイティングな予感にみちている。

出演:電気グルーヴ、神聖かまってちゃん

日時:2012年7月25日(水) 開場/開演 18:30/19:30
会場:リキッドルーム
前売券料金:5,250円[税込・1ドリンク代(500円)別途]
6月14日(木) 20:00より<https://www.liquidroom.net>にて販売開始
*先着順受付になります。受付予定枚数に達し次第、受付終了となります。ご了承ください。

問い合わせ先:リキッドルーム 03-5464-0800 <https://www.liquidroom.net

 某日、野田編集長から何の前触れもなく「大統領選どう思う?」と電話で聞かれたときに答に詰まってしまったのは、その質問の唐突さもさることながら、どうも4年前に比べて盛り上がっていないように自分には感じられるからだ。アーケイド・ファイアが「爆弾がどこに落ちるか教えてくれ」と歌い、ゼロ年代最高のアメリカ映画の一本『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』においてポール・トーマス・アンダーソンが石油産業の血塗られた歴史を掘り起こしたのが2007年。そのときアメリカのポップ・カルチャーにはたしかに政治があった。それからリーマン・ショックがあり政権交代がありオキュパイがあり......この2012年、ブルース・スプリングスティーンが「We take care of our own(俺たちは自分たちで支え合う)」と言うとき、その「We」はオバマが4年前に支持者たちと繰り返していた「We can change」の「We」と異なる響きをしているように僕には聞こえる。そこにはもう政治家には頼りたくない、という拒絶がいくらか含まれている(「俺たちは自分たちで支え合う、星条旗がどこで翻っていようと」)。長引く不況やイラク戦争の「終結」の残尿感を噛み締めざるを得ないオバマ政権の(かつての)支持者たちは、4年前の熱狂を自己反省してしまっているのだろうか......。

 電話で話を聞きながら僕は、この4年ほどのジョージ・クルーニーの円熟、そして枯れと疲労感について考えていた。カウンター・カルチャーに対するビターなノスタルジーあるいはレクイエム『ヤギと男と男と壁と』(グラント・ヘスロヴ監督、09年)、資本主義の暴挙に傷つけられるか弱い共同体によるささやかな抵抗『ファンタスティック・Mr.Fox』(ウェス・アンダーソン監督、09年)、人びとが職を失い衰退していくアメリカの上空をただ飛び続けるしかない『マイレージ、マイライフ』(ジェイソン・ライトマン監督、09年)......。クルーニーはそれらの映画で、人生の黄昏に突入する中年男の侘しさと諦念を静かに受け止めるかのように立っている(あるいは、発話している)。彼がそのような境地を醸し出せる俳優にまでなったという事実は、それこそ『ER』の頃から何となく追い続けていた自分には驚きだし、客観的に言ってもゼロ年代半ばにはコーエン兄弟やスティーヴン・ソダーバーグといったハリウッドの優等生監督たちとつるんだり、『シリアナ』(スティーヴン・ギャガン監督、05年)や『グッドナイト&グッドラック』(ジョージ・クルーニー監督、05年)、『フィクサー』(トニー・ギルロイ監督、07年)といったわかりやすくポリティカルな作品の「顔」を引き受けたりしていたことを思い返せば、その緩やかだがたしかな変化に何かを嗅ぎ取りたくなってくる。「ハリウッドでもっとも重要な男」にまでなっていたはずのジョージ・クルーニーが――いまもその地位は他に譲ってはいないだろうが――、しかし映画のなかではくたびれた中年であるのはどうしてなのか?


ファミリー・ツリー
監督/アレクサンダー・ペイン
出演/ジョージ・クルーニー、シャイリーン・ウッドリー他
配給/20世紀フォックス映画
2011年 アメリカ

Official Site

 今年日本で公開された出演作二作はとくに象徴的だ。自身が監督・出演しアメリカでは昨年公開された『スーパー・チューズデー』においてクルーニーは、若くカリスマティックで、そして革新的な――同性婚を若者との討論のなかで支持するような――大統領候補を演じている。ライアン・ゴズリングが扮するその参謀は彼をはじめ信奉しながらも、彼のスキャンダルを知ってしまうことで政治の泥仕合の渦中に放り込まれ、理想を失っていく......というのは原作の戯曲を書いたボー・ウィリモンが2004年の民主党大統領予備選挙で実際にした経験から着想を得た物語ではあるのだが、ここでクルーニーは民主党内部のリーダーに対する失望感、もしくはアメリカの政治のあり方そのものへの徒労?感の表象になっているのである。それが極めて2012年的なテーマのように感じられるのは、何も劇中でクルーニー演じる大統領候補の選挙ポスターがオバマのそれと酷似しているからだけではないだろう。そこでは民主党を支持し続けることへのいくらかの疑念や、政治そのものへの疲労感が滲んでいる。現実世界では変わらずオバマ政権を支持し、資金集めのパーティ(参加費は4万ドルだそうだ)を開催するいっぽうで、クルーニーはこの2012年にオバマ(あるいは政治)に熱狂することの難しさを代弁する。
 そしてアレクサンダー・ペイン監督の『ファミリー・ツリー』では、アメリカの辺境としてのハワイを舞台にしながら、白髪のジョージ・クルーニーは人生のどうにもならなさに翻弄されるばかりだ。もちろん、それはペイン監督が描いてきた中年以降の人生の苦さについての物語ではあるのだが、そこにこれまででももっとも枯れたクルーニーがいることでアメリカの斜陽を思う。昏睡状態に陥った妻の不倫を聞かされても、怒りの行き着く場所はない。そうたぶん、いまのアメリカでは正義や理想に基づく怒りの矛先は定まらず、何となく落ちぶれていく「中年男のような」侘しさが漂っているようなのだ。けれども『ファミリー・ツリー』は、全編を緩やかに覆うペーソスと拭いきれない愛によって、枯れてゆく人生をゆっくりと肯定する。

 きわめてアメリカ的なアイコンであり続け、浮き沈みを経ながらもゼロ年代を通して申し分ないキャリアを積んできたジョージ・クルーニーはいま、誰よりも年老いていくことを受け止めているように見える......それは、あの国がゆっくりと老いていることをどこか慈しむようでもある。チョコレートのカカオの成分が舌に残るようなその後味は、じわじわとたしかに衰えていくこの国に住む我々にも覚えがあるのではないか。
 4年前のような盛り上がりはまだ感じられなくとも、秋にもなればまた政治の季節はやってくるだろう。それまでは、この哀愁に浸ることも悪くはないと僕は思う。『ファミリー・ツリー』でクルーニーは、透き通った涙を流していた。

interview with Richard Russell - ele-king


Bobby Womack
The Bravest Man In The Universe

XL Recordings/ホステス

Amazon iTunes

 一作年は詩人ギル・スコット・ヘロンの(結局は......)遺作となった『アイム・ニュー・ヒア』を、昨年はアフリカのコンゴのミュージシャンとのプロジェクト、DRCミュージックによる『Kinshasa One Two』を、ともにデーモン・アルバーンらと共同で制作しているのがリチャード・ラッセル、〈XL・レコーディングス〉の社長である。
 今年に入ってつい先日も、フレッシュ・タッチなる名義でエチオピアのミュージシャンとの共同作業の成果を12インチ・シングルとして発表しているが、リチャード・ラッセルと〈XL・レコーディングス〉はこの6月にもボビー・ウーマックの『ザ・ブレイヴェスト・マン・イン・ジ・ユヴァース(The Bravest Man In The Universe)』をリリースしたばかりだ。1960年代から活動しているアメリカの超ベテランのソウル・シンガーをポップの最前線へとフックアップしたのはデーモン・アルバーンのゴリラズだったけれど、ウーマックにとって18年ぶりのオリジナル・アルバムとなる本作『ザ・ブレイヴェスト・マン・イン・ジ・ユヴァース』は、アデルの『21』がロング・セラー中のレーベル社長の音楽愛、そして同時に英国音楽産業のプライドの高さを感じる1枚でもある。

 ギル・スコット・ヘロンに引き続き、リチャード・ラッセルは、USのブラック・ミュージックの伝説にUKのクラブ・サウンドの――ベース・ミュージック以降の――モードを注いでいる。古いソウルと更新されたビートがある。つまり、『アイム・ニュー・ヒア』とジェイミー・XXによるそのリミックス盤『ウィアー・ニュー・ヒア』の2枚と同じように、『ザ・ブレイヴェスト・マン・イン・ジ・ユヴァース』は世代に関係なく楽しめるアルバムである......などと適当なことを言ってしまいそうなほど、アップデートされたソウル・アルバムとしての完成度は高い。
 たとえばアルバムのオープニングをつとめるタイトル曲、ウーマックによる迫力満点の、宇宙を震わせるかのようなヴォーカリゼーションからはじまって、そして鋭いビートがミックスされる、この展開、わかっちゃいるけどグッと来る。ウーマックのアコースティックな響きのブルース・ギターもフィーチャーされているように、『ザ・ブレイヴェスト・マン・イン・ジ・ユヴァース』はメロウで、とてもリラックスしている。情報筋によれば、このところUKではブロークン・ビーツがリヴァイヴァルとしているそうだが、たしかに僕は本作を聴きながらニュー・セクター・ムーヴメントの最初のアルバムの陶酔を思い出した。20年前にプロディジーで一発当てた社長が、10年前に4ヒーローがやっていたようなことをいまやるというのも、歴史を知る人には感慨深いモノがあるだろう......。まあ、そういうわけで、ジャザノヴァの新作とも共通した感覚を有している。

熱心な音楽ファンは、素晴らしいアーティストの音楽を聴けばその価値がわかるものさ。そして独自性があって素晴らしいアーティストを人びとに紹介するのが僕らの役割だ。そういう役割を担うっていうのはとても名誉のあることだよ。

ボビー・ウーマックの功績、素晴らしいキャリアについていまさら言うまでもありませんが、彼をリリースした理由は、彼があなたの個人史におけるヒーローのひとりだからでしょうか? それともレーベル・オーナーとしてのあなたにとって新しい試みのひとつとして重要だったのでしょうか? あるいは、あなた個人のプロデューサーとしての試みとして重要だったのでしょうか?

リチャード・ラッセル(以下、RR):〈XL・レコーディングス〉はただこのアルバムが良いアルバムだからリリースしたいと思ったんだ、それが唯一の基準だよ。もちろんボビーは偉大な功績を持った素晴らしいアーティストだけど、それだけでなくこのアルバム自体が彼自身の最高傑作と言えるだけのクオリティでなければならなかったんだ。

レーベルの経営と音楽の制作現場への介入とでは作業や考えることが違いますが、ギル・スコット・ヘロンをやり遂げたことで、あなたのなかによりプロデュースへの情熱が燃えたぎったんじゃないですか?

RR:ギルと一緒に働くのはとても光栄なことだったし、いろいろなことを学べる素晴らしい機会だった。そして間違いなく僕自身にとって、自分がどれだけスタジオが好きかを思い出すいい機会にもなったね。

こういうプロジェクトをやっていて何がいちばん面白いですか?

RR:僕は自分でクリエイティヴなことをする機会を持つってことと、他の人びとがクリエイティヴになれる環境を提供するっていうことが大好きなんだ。そういうことが楽しくてたまらないね!

あなたの言葉でボビー・ウーマックの音楽の魅力、そして彼の人柄を説明してください。

RR:彼はとても優しくて繊細であると同時にタフで厳格でもあって、それがとてもバランスのいい組み合わせになっていると思う。とてもユニークで、惹き付けるような魅力のある人物だよ。

デーモン・アルバーンのどんなところをあなたは評価していますか?

RR:デーモンとは、アフリカ・エクスプレスと一緒にエチオピアに行ったときに知り合ったんだ。その後一緒にコンゴに行って、Oxfam(イギリス発祥の慈善事業団体)のためのプロジェクト、DRCミュージックとしてアルバム『Kinshasa One Two』を制作した。彼は素晴らしいミュージシャンだし、みんなにやる気を起こさせる、非常にカリスマ性のある人物だね。

実際に今回のアルバム制作はどんな風に進行したのでしょうか?

RR:僕らは一緒にスタジオにあるテーブルを囲んで、ボビーはアコースティック・ギター、デーモンはシンセサイザー、僕はアカイのMPCを持って、一緒にジャムをしながらアイデアを引き出していったんだ。とても良い制作の仕方だったよ。

あなた自身、スタジオでは具体的にどんなことをしているのでしょう? プログラミングも自分でやられるんですか?

RR:僕自身はMPCとロジック、そしてCDJを使うよ。僕が20年以上かけて集めている膨大な量のサンプルやサウンドのライブラリがあって、それらを自分の手で実際に操作して使っている。あとは、アメリカのFolktechという会社が作っている楽器も使っている。どれもとても面白くて、変わっているんだよ。その他には生のドラムとパーカッションも演奏するし、その場にある楽器や叩けるモノ何でも叩いて鳴らしてみたりするのも好きだね!

ボビー・ウーマックといっしょに作業してみて、とても面白かったエピソードをひとつ教えてください。

RR:ボビーは僕が〈XL〉と関わりがあるとすら知らなかったんだ。彼は、僕がデーモンの連れてきたミュージシャンだと思っていた。とても光栄なことだね!

〈XL・レコーディングス〉の主要リスナーにとってギル・スコット・ヘロンやボビー・ウーマックのような音楽家はそれほど馴染みがないだろうし、ギル・スコット・ヘロンやボビー・ウーマックの昔ながらの年配のリスナーがジ・XXやM.I.A.に夢中になっているとも思えないですよね。とても興味深い文化的なシェイクだと思うのですが、反応はいまのところどうでしょうか?

RR:熱心な音楽ファンは、素晴らしいアーティストの音楽を聴けばその価値がわかるものさ。そして独自性があって素晴らしいアーティストを人びとに紹介するのが僕らの役割だ。そういう役割を担うっていうのはとても名誉のあることだよ。

ギル・スコット・ヘロンのファンがダブステップに興味を持ったなんていう話はありますか?

RR:すべてのものは繋がっているし、人びとはみんな広い視野を持って、さまざまなジャンルの音楽を好きになることができると信じているよ。

[[SplitPage]]

僕自身はMPCとロジック、そしてCDJを使うよ。僕が20年以上かけて集めている膨大な量のサンプルやサウンドのライブラリがあって、それらを自分の手で実際に操作して使っている。

昔と同じように、いまの音楽シーンも愛していますか?

RR:僕は現在の音楽シーンが大好きだよ。驚くほどエキサイティングだし、音楽シーンっていうのはいつだってそうだ。本当に独創性のある音楽というのを探し続けることが大事だよ。

ラナ・デル・レイの起用は誰のアイデアですか? リスキーな起用とも言えますよね?

RR:〈XL〉のImran Ahmed(ヴァンパイア・ウィークエンドのマネージャー)が提案したことだよ。それまで僕は彼女(ラナ・デル・レイ)のことを知らなかった。彼女はスタジオで素晴らしい仕事をしてくれたよ、ボビーは彼女に感銘を受けていたね。でき上がったアルバムでも彼女の歌は素晴らしく聴こえていると思う。

アルバムのタイトルはあなたが付けたんですよね? どういう経緯で生まれたのですか?

RR:ボビーが書いて来た歌詞の中のフレーズで、ボビー自身それをアルバムのタイトルにしたいと思っていたんだ。

ギル・スコット・ヘロンのときのようにリミックスは当然考えてらっしゃるでしょうけど、もしも、すでにミキサーが決まっていたら教えてください。

RR:しばらくは時間をおいて、いいアイデアが出てくるのを待つよ。まずは人びとに僕らがアルバムとして作ったものを聴いてもらって理解してもらうのが大事なんだ。

〈XL・レコーディングス〉は今後もこうしたリジェンドとの共同制作を続ける予定はありますか?

RR:あまり先のことを予測はしないようにしているよ。いままで一緒にやったアーティストもみんな、もともとはそうなるとは予期していなかったしね。

実は自分は〈XL・レコーディングス〉がプロディジーの「チャーリー」がヒットしていた頃、1992年ですが、ロンドンのオフィスまで行って取材をお願いしたことがあります。たしか住宅街の坂を上ったか、下がったところあったように記憶しています。あの頃、〈XL・レコーディングス〉がギル・スコット・ヘロンやボビー・ウーマックのアルバムを出すことになるとは誰も想像できなかったと思います。しかし、あなた自身のなかには、いつかはこういうことをやりたいという夢がずっと前からあったんでしょうか?

RR:僕自身、元々ソウル・ミュージックに大して深い情熱を持っていた。その情熱が僕の血に流れているんだ。でもどの音楽のジャンルにも、何かしら好きな部分があるよ。そこに流れるスピリットが何より大事だね。

〈XL・レコーディングス〉はこの20年、なんだかんだとダンス・カルチャーと関わっていますが、20年前の良かったところ、そして現在の良いところとふたつについて話してください。

RR:いつの時代も誰かしら他と違っていてエキサイティングなものを作っている人がいるよ、いまならジェイミー・XXみたいにね。

レーベルのこの20年の歩みについてどのような感想を持っているのか話してください。

RR:昔を振り返ったりはしないよ、そしてできる限り先のことも考えないんだ。なるべくいま現在に集中して、いま自分がやっていることをやっている最中にしっかり体験するようにしている。

ここ1~2年のUKのインディ・シーンについてはどのような感想を持っていますか? ノスタルジックな空気も感じますし、ダブステップ以降のクラブ・ミュージックの勢いも感じます。

RR:どんなときも、どんなジャンルでも、必ず誰かマジカルなことをやっている人間がいるし、誰かしら純粋に独創的な人はいる。個人的には、ザ・ホラーズやジ・XXは素晴らしいと思うよ。

最後に、もういちど生まれたら、またレーベル経営をやりたいですか?

RR:いや、鳥になりたいな。彼らはすごく自由に見えるからね。


Sapphire Slows First US Tour Diary! - ele-king

昨年末ロサンジェルスの〈ノット・ノット・ファン〉から12インチ・シングルでインターナショナル・デビューを果たした東京在住のサファイア・スロウズ。彼女がele-king読者のために去る3月のツアー日記を書いてくれました。現在のUSインディの感じがそれとなく伝わると思います。それはどうぞ!!!


Sapphire Slows
True Breath

Not Not Fun

Amazon iTunes

 こんにちは。Sapphire Slowsです。

 今年の3月に初めてのUSツアーで、ロサンゼルスとサンフランシスコとテキサスのSXSWに二週間かけて行ってきたんですが、そのとき書いていた日記を読んでもらうことになりました。(恥ずかしいけど!)

 最初にアメリカに行くと決めたのは去年の10月くらいで、〈Not Not Fun〉のブリットからSXSWに誘われたのがきっかけです。アメリカでツアーするなんて最初は想像もできなかったけど、レーベルの人たちやアーティストのみんなに会いたい! という気持ちが強くて、何はともあれ行ってみることにしました。少し時間が経ってしまったけど、いろんなことがあって最高だったので、とにかく、この日記を読んで向こうのシーンについて少しでも知ってもらえればなぁと思います。


ようやく対面した〈100%Silk〉のアマンダは、会うまではものすごくぶっ飛んでるんじゃないかと思ってたけど、実際に会ってみると小さくて華奢で、ものすごくかわいらしかった。

3/5
ロサンゼルス初日

 朝8時、LAに到着。LAでは車がないと不便すぎるので、すぐに空港の近くでレンタカーを借りて、アメリカで使える携帯電話も購入。とりあえず〈Not Not Fun〉のアマンダとブリット、その他にも会う予定にしてたアーティストたちに連絡をいれて、ハリウッド近くのステイ先にチェックイン。ランチを食べたあとは、LAで絶対行こうと思ってたWELTENBUERGERへ。ここはアマンダおすすめの服屋さんで、ヨーロッパやいろんな国のデザイナーの服やアクセサリーをおいてるセレクトショップ。二階建ての小さなお店だけど、本当にセンスがよくてとってもいい感じ。店内には〈100%Silk〉のレコードも置いてある。私はそこでピアスと黒いドレスを買って、そのあともショッピングや視察のために街中をブラブラ。

 夜はDUNESのライヴへ。他にも何組かやってたけどDUNESが一番よかったな。ギター/ヴォーカルはショートヘアの小さくて可愛い女の人、ベースは普通の男の人。そしてドラムの女の人の叩き方がエモーショナルで超よかった。そのあとは近くのビアバーで飲んで帰った。1日目は当たり前だけど見るものすべてがただおもしろくて新鮮でアメリカにきたなーという気分を始終満喫。ただの観光客。


DUNESのライヴ

3/6
ロサンゼルス2日目。 NNF & 〈100%Silk〉 Night @ Little Temple

 この日がアメリカで最初のライヴの日。というか正真正銘初めてのライヴ。ああとうとうきてしまったこの日がという感じで朝から緊張しまくりだったけど、夜まで時間があったのでPuro InstinctのPiperに会いにいった。Piperがたまに働いてるらしいヴィンテージのインテリアショップへ。彼女は女の子らしい感じだけどなんていうか強そうで、でもすごく優しくて、そしてとてもよくしゃべる。最近のPuroの話をいろいろしてくれた。いろんな人と共同作業しながら新しい音源を作っていて、次の音源は打ち込みっぽいこととか、もっと実験的な部分もあるのだとか。楽しみ!

 夜になって、「〈100%Silk〉 Night」の会場、Santa MonicaにあるLittle Templeへ。着いたらまだ誰もいなくて、どきどきしながら待っているとメガネで背の高い男の人がやってきて、「君、Sapphire Slows?」と話しかけてきた。誰だろうと思ったらLeechのブライアンだった。「僕も今日プレイするんだ、よろしくね!」「あ、よ、よろしく!」そのうちにみんなぞくぞくとやってきて会場に入る。行くまで知らなかったけど一階がライヴフロアで二階は〈dublab〉のオフィスと放送スタジオになっていた。すぐに〈dublab〉のDJでもあるSuzanne KraftのDiegoとSFV AcidのZaneがレコードをまわしはじめて、PAの用意ができるまでみんなでシャンパンをあけてわいわい。遊びにきてくれたPiperもすでにアガっている。なんだか素敵な部室みたい! そしてようやく対面した〈100%Silk〉のアマンダは、会うまではものすごくぶっ飛んでるんじゃないかと思ってたけど、実際に会ってみると小さくて華奢で、ものすごくかわいらしかった。「ハローキヌコ! やっと会えて本当に嬉しいわ!」私は皆に会えた感動でアワアワしつつ、「こ、これは夢じゃないぞ!」と自分を落ち着かせるのに必死......。


dublabのスタジオで。左からPuro InstinctのPiper, Austin, Suzanne KraftのDiego.

 この日、最初のアクトはソロアーティストのLeech。LeechといえばMiracles ClubのHoneyたちがやってる〈Ecstasy Records〉界隈の人だと思っていたけど、〈100%Silk〉ともしっかり繋がりがあったみたい。私の好みド直球の音で、最初からやられた。次のPharaohsは意外にフィジカルで、数台のアナログシンセやサックスなどを使って本格的に演奏していた。グルービー!転換の間はSuzanne KraftとSFV Acidが始終いい感じのDJをしてる。そしてやってきたLA Vampires、やばい! Amandaのダンスは神懸かっていて、音は最近のOcto Octaとのコラボレーションの影響もあるのか、過去のレコードと違ってかなりビートもしっかりした、ハイファイな感じ。

 私がライヴをしているあいだも、お客さんはあったかくて皆盛り上がってくれた。私はここに来るまでインターネットでしかフィードバックがなかったから、正直自分の音楽がちゃんと受け入れられるのか不安だったけど、たくさん反応があってなんだかすごくほっとした。ほっとしすぎて泣きそうになりながら二階で機材を片付けていると、SFV AcidのZaneがライヴよかったよと話しかけてくれた。そして色々話しているうちに「LAにいるあいだ暇があったらうちで一緒にレコーディングしよう!」という流れに。ワーイ。

 それからPeaking Lightsの後半半分くらいを見た。彼らはライヴに巨大なカセットデッキを使っていて、この日はいきなりテープが再生できなくなったり機材のトラブルも多かった。でもそれも含めアナログっぽさならではの良さがあってとても素敵だった。パーティが終わり、最高だった2日目も終了。


LA Vampires @ Little Temple

[[SplitPage]]

家のなかは本とカセットとレコードだらけで、(Night Peopleのカセットが全部ある!)私が想像してた通り、というかそれ以上のセンスでまさに完璧な理想の家。全部の配置が、おしゃれなインテリアみたい! 

3/7
ロサンゼルス3日目。

 お昼過ぎにRoy St.のNNF Houseに遊びに行く。アマンダは出かけていて、ブリットが迎えてくれた。それからすぐLA Vampiresのニックも来てくれた。ブリットたちは去年の11月くらいに引っ越したばかりで、新しい家は本当に超かっこいい! 外の壁は全部紫っぽく塗ってあって、絵が描いてあったり、変な形の植物がいっぱいあったり。庭にはハンモック、納屋みたいな小さな離れはスタジオルームになってる。スタジオにはCasioのSK-1とかSK-5とか、おなじみの古いチープな楽器がいっぱい。家のなかは本とカセットとレコードだらけで、(Night Peopleのカセットが全部ある!)私が想像してた通り、というかそれ以上のセンスでまさに完璧な理想の家。全部の配置が、おしゃれなインテリアみたい! 家具も、アマンダの趣味の作りかけのジグゾーパズルも、ちょっとした置物も。将来こんなふうに生活したいよね......と誰に同意を求めるわけでもなく納得。かっこいいことしてるかっこいい人たちがかっこいい家に住んでてよかった。音と、人と、環境が、まったくズレてない。彼らのセンスを信じてて良かった。


Not Not Fun Houseの居間にてブリットと。


Not Not Fun Houseにて。壁にはカセットテープ。

 BrittとNickといろいろおしゃべりしたあと、お腹すいていたのでNNF Houseを後にし、Eagle Rockあたりにある、Brittに教えてもらったタイレストランへ。うまー。それからハリウッドの近くに戻り、Amoeba Musicっていう死ぬほどデカイ、あらゆるジャンルが置いてあるレコード屋さんに行った。90年前後のハウスのレコードを中心に掘ったけど、何時間あっても見きれない。そして古いレコードはほとんどが1枚2ドルで、クリアランスは99セント。安すぎるー。


レコードをディグる。

 夜は昨夜の約束通り、SFV AcidのZaneの家へ。待ち合わせ場所でZaneは絵を描きながら待ってた。彼はスケッチブックを持ち歩いていて、いつでもどこでも絵を描いてる。部屋にもそこら中に絵があって、どれもめちゃくちゃかっこよかった。彼にとって絵は音楽と同じくらいかそれ以上に大切なものなんだろうと思う。不思議で、ちょっと(だいぶ?)変で、でもちゃんと自分の考え方やこだわりを持ってて、そして何より本当は繊細なんだってことが、話してても作品を見ててもわかった。Zaneの家は地下がスタジオになっていたので、アナログシンセやTR-707、TR-909、TB-303などを使ってジャム! 声をサンプリングさせて、と言われて適当に歌ったりしてすごく楽しかった。



SFV Acidの自宅スタジオでセッション!

 そうしてるうちに誰かが家に帰ってきて、誰だろう? と思ったらなんと4ADのINC.のDanielとAndrewが来てた。ここが繋がってるとは思ってなかったのでびっくり。2階に住んでるらしい。ふたりは双子なので顔もそっくりで見分けがつかないくらいなんだけど、Danielが一瞬二階に上がって降りてくると「いま剃った!」とスキンヘッドになっていた。おかげで見分けがつくようになったよありがとう......。

 そのあとはしばらくみんなでダラダラ。INC.たちがご飯を作ってくれたので、お礼に煙草が好きらしいAndrewに日本のマルボロをあげたらすごく喜んでた。それから、僕も何かあげなきゃ、と渡されたのが大量のINC.のロゴ入りコンドーム。なんじゃこりゃ、と思ってよく見ると小さく<inc-safesex.com>のURLが。一体なんのサイトだろうとドキドキしながら、結局帰国してからアクセスしてみたんだけど......。それにしてもゴム作るってすごいセンス。余計好きになった! そんな感じで盛り上がっていると、Andrewが明日よかったら僕たちのスタジオにくる?と言ってくれて、次の日遊びに行くことに。

 そのあとはみんなでDown Townのクラブへ遊びに行った。そこは本当にLAでも最先端の若者たちが集まってるっていう感じで、みんなエッジーで本当におしゃれ、というか、垢抜けていてセクシーだった。この夜、私は楽しさと疲れで飲んでいるうちに緊張の糸が切れたのか、あまりに幸せすぎていきなり泣き出してしまった。みんなびっくりしてどうしたの!? と心配して慰めてくれたんだけど、こんなに素晴らしいアーティストたちがたくさんいて、みんな友だちで、っていうのはそのときの私には東京じゃ考えられないことで、心底うらやましかった。ずっとひとりで引きこもって音楽を作っていたし本当はすごく寂しかったっていうのもあると思う。だからアメリカにきて、あまりにもたくさんの素晴らしい人たちに出会えたことが夢みたいで、号泣しながら、日本に戻りたくない! と思った。

[[SplitPage]]

彼はスケッチブックを持ち歩いていて、いつでもどこでも絵を描いてる。部屋にもそこら中に絵があって、どれもめちゃくちゃかっこよかった。彼にとって絵は音楽と同じくらいかそれ以上に大切なものなんだろうと思う。

3/8
ロサンゼルス4日目。Korallreven/Giraffage @ Echoplex

 この日はLAでふたつめのライヴ。その前にINC.のスタジオに遊びに行かせてもらった。家の地下にあったスタジオとは別の、かなりちゃんとしたINC.専用のプライヴェートスタジオ。わかんないけど、4ADに与えられてるのかなぁ?スタジオは広い倉庫みたいなところで、中は真っ白に塗ってあってとてもきれい。天井からは白い透けた布みたいなのがたくさんぶら下げられていて、彼らの美へのこだわりを感じた。メインの空間にはiMacと、生ピアノ、シンセ、ミキサー、数本のギターとベース、ドラムセットがあって、それとは別にクッションで防音してある小さな歌入れ用の部屋がある。(スタジオの写真は彼らのサイトで見れるよ! でもつい最近レコーディングが終わって引き払っちゃったみたい。)

 ふたりは今新しいアルバムの最後の作業中で、そのなかの何曲かを聴かせてもらった。INC.のアルバムなんてもう聴かなくても最高なのはわかってるけど、やっぱり最高だった。それからふたりは曲を作りはじめた。AndrewがMPCでドラムを打ち込んで、Danielはピアノをひいてる。ふたりはもともと、他のアーティストのライヴのサポートをするスタジオミュージシャン? のようなことをしていたらしく、とても演奏がうまい。私はふたりの生演奏をききながらぼーっとして、このまま死んでもいいなって感じだった。そのくらい素晴らしい空間で、素晴らしい音楽で、ふたりが美しくてかっこよすぎたから! そんな感じでしばらく音を聴かせてもらったり、いろいろしてるうちにライヴのリハに行かなくちゃいけない時間になった。名残惜しかったけど、AndrewとDanielに自分のレコードを渡して、お礼を言って、お別れ。


INC.のスタジオにて。左奥がAndrew、一番右にいるのがDaniel.左手前がリハーサル前に迎えにきてくれたPiperで、右奥に立ってるのはPiperの友だちのJosh.

 この日のライヴはKorallrevenやGiraffageと。同じくUSツアー中のKorallrevenは意外ながら〈Not Not Fun〉が好きらしく、私が彼らのオープニングをつとめさせてもらうことに。場所はEcho ParkというLAのインディーシーンの中心にある、Echoplexという結構大きめの箱だった。私はこの日のライヴ中、実はあまり体調がよくなくて、ダウナーで頭がフラフラになってたんだけど、友だちを連れて見にきてくれてたPiperやBritt, Nick, Zaneたちはみんな暖かく見守ってくれた。


Sapphire Slows LIVE @ Echoplex

 ライヴのあと、私が明日LAを経つから、ということでPiperたちがホテルの屋上のバーみたいなところに連れて行ってくれた。オープンルーフで開放的な中、音楽がガンガン鳴っていて、ダウンタウンが見下ろせる景色のいいところ。夜景がすごくきれいで。きっと彼らなりに、普段行かないような特別な場所に連れて行ってくれたんだと思う。Piperはずっとおしゃべりしてたし、PuroのバンドメンバーのAustinはずっとハイテンションで踊ってる。Zaneはここでもずっと絵を描いてた。みんな同い年くらいで友だちみたいに接してくれたからすごく楽しかったな。LAのシーンでは結構若い人が多かった。Puro Instinctも、SFV Acidも、Suzanne Kraftも、INC.も、みんな20代前半。みんなと離れるのは本当に寂しかったけど、またアメリカに来たら遊ぼうね! 日本にも来てね! と言ってバイバイ。


ホテルの屋上のバーで、Austin, Josh, Piper, 私, Zane。(左から)

3/9
サンフランシスコ初日。Donuts @ Public Works w/Magic Touch & Beautiful Swimmers

 ロサンゼルスからサンフランシスコへ移動の日。朝早く出発。フライトは一時間くらいで、すぐサンフランシスコに到着。空港まではMagic Touch/Mi AmiのDamonが迎えにきてくれた。Damonはツアーのことも助けてくれていたし、アメリカに行くずっと前から連絡を取り合って一緒に曲を作ったりもしていたので、やっと会えたって感じで嬉しい! サンフランシスコでは一緒に作った曲をプレイできるのも楽しみだった。

 この日の夜はDonutsというDamonの友だちのKat(DJ Pickpocket)がオーガナイズしてるパーティでライヴ。とりあえずDamonの家に荷物をおかせてもらったあと、タコスを食べに行った。サンフランシスコではほぼ毎日タコスだったような......そのあとBeautiful SwimmersのAndrewとAriと合流して、アイスクリームを食べたり、公園みたいなところで犬と遊んだりビールのみながら夕方までまったりと過ごす。サンフランシスコにいる間はずっとMagic Touch、Beautiful Swimmers、Katと一緒に遊んでた。

 17時くらいに一旦サウンドチェックへ。会場はPublic Worksという、壁いっぱいに派手な絵が描いてあって素敵なところ。この日のライヴはMagic Touchと私だけだったので、サウンドチェックとセッティングを終えてDamonの家に戻ると、オーガナイザーのKatと、テンション高めのAndre(Bobby Browser)が来てた。Andreは大量のパエリアとサラダを作ってくれて、すごくおいしかった! みんなで腹ごしらえをしたあと、疲れていた私はパーティのオープンまでちょっとだけ寝て、ライヴのため再びPublic Worksへ。ライヴはこのとき3回目だったけど、まだ緊張で頭がぼーっとしてる感じがあって、なかなか慣れない......。

 ライヴのあとは外でAndreと話して、その会話がすごく印象的だった。機材についてきかれたから、Macと、中古のMidiコントローラーと、ジャンクのキーボードと500円のリズムマシンしか使ってないの、というとびっくりしてた。Andre いわく、「音楽を作るっていうこととDJをするのは全然ちがうし、DJをやろうとする人は多いけど作ろうとする人はあんまりいない。お金と機材がないと作れないと思ってる人が多いし、持ってる奴らに限ってみんな『僕はJunoもMoogも808も、あれもこれもたくさん持ってるんだぜ!』って機材ばかり自慢する。じゃあ君の音楽はどうなの? ときくと『それはちょっと......』って、肝心の音楽は作ってなかったりしてね。でも君は少ない機材でもちゃんと自分らしい音楽を作ってるし、もしもっとお金と機材があったらもっとすごいことができるってことじゃん!」私はそんなふうに考えたことがなかったからすごく嬉しかったけど、なんだか照れくさくなってなんて言えばいいのかわからなかった。それでまた「でも、日本にはこんなに素敵なミュージシャン仲間たくさんいないからうらやましいよ」って言ってしまったんだけど、Andreが「僕はOaklandに住んでるけど同じ趣味の仲間たちとミーティングするときは10人もいなくて、多くて7、8人くらいかなぁ? OaklandはHIPHOPのシーンが盛んだからあんまり仲間がいないんだ」と言ってるのを聞いて、どこにいても同じなのかもしれないなぁと思った。

 私の次にはMagic Touchがライヴをして、そのときにDamonと一緒に作った曲もプレイした。初めてで慣れないけど、一緒にライヴをするのはすごく楽しかった。Beautiful SwimmersのDJもかなり最高で、みんなで踊りまくった。思っていたよりディスコっぽくなくて結構ハードな4つ打ちばかりだったのは、最近の彼らの趣味かも。

 同じPublic Worksでは別の階にある大きいフロアで同時に違うイヴェントをやってて、(スタッフのChrisいわく、Burning Manみたいなイヴェント)そっちにも少しだけ遊びに行った。変なコスプレをしたり、変な帽子をかぶったり、頭に角をつけてる人たちがたくさんいて、異常に盛り上がっていた。どのへんがBurning Manだったのかは謎だけど、たぶんあのコスプレみたいな人たちのことを言ってたんだろう......。

 そのあと疲れてきた私はうっかり、階段のところでうたた寝をしてしまった(ほんとに一瞬)。知らなかったけど、アメリカではクラブで寝るのはタブーらしく? いきなりガードマンのいかつい黒人さんたちが3人くらいやって来て引きずり出されてめちゃ怒られた(まじで怖かったー!)。みんな私が疲れてるのを知っててかばってくれたけど、最初なんで怒られてるのかわからず、え? 何も悪いことしてないよ! 状態でした。寝るだけであんなに怒られるとは......。そう、場所によるとは思うけど、アメリカと日本のクラブで違うなぁと思ったところはいくつかあって、「絶対に寝てはいけない(経験済み)」「お酒は2時までしか飲めない」「イヴェント自体もだいたい朝4時までには終わる」「室内は絶対禁煙」っていう感じだったな。

 イヴェントが終わったあとみんなで歩いて帰って、朝7時頃に違うパーティでBeautiful SwimmersのDJがあったけど私は起きられなくてそのまま寝ちゃった。みんなが帰ってきたのは朝9時くらい!

[[SplitPage]]

こんなに素晴らしいアーティストたちがたくさんいて、みんな友だちで、っていうのはそのときの私には東京じゃ考えられないことで、心底うらやましかった。ずっとひとりで引きこもって音楽を作っていたし本当はすごく寂しかったっていうのもあると思う。

3/10
サンフランシスコ2日目。

 みんな帰りが遅かったので、昼すぎまで寝てる。昼ごはんはタコス。とはいえもう夕方だったけど。そのあとはみんなでドライヴ。「どっか行きたいとこある?」と言われて、ほんとは服とかも見たかったんだけど、Magic TouchとBeautiful Swimmersに女の子の買い物付き合わせるのもなぁ、と思って大人しくレコード屋に行きたいと言う。ということで、サンフランシスコで一番有名な通りらしいHaight Streetを通って(通っただけ)、Amoeba Musicサンフランシスコ店へ。LAよりは少し小さいけど、やはりデカイ。みんな大量にお買い上げ。でも私はもうこれ以上買えない......LAでも結構買っちゃったし、重すぎてひとりで運べなくなるから。機材もあるし仕方ないけど悲しいなぁと思っていると、KatとDamonがおすすめのレコードを1枚ずつ選んでプレゼントしてくれた。こういうのは宝物!

 夜は日本料理屋 へ。精進料理(のつもり)のレストラン。みんなたぶん私のために連れて行ってくれたんだけど、揚げ出し豆腐以外はまずかった!でもみんなで精進料理っていうシチュエーションがおもしろしすぎて十分楽しかった。夜はDamonと近くのクラブに遊びに行ったけど、疲れていたのであまり長居せずに帰った。

 みんな本当にレコードおたくで、とくにAndrewは昨日もこの日もめちゃくちゃ買ってた。そして家に帰ると「今日買ったレコード自慢大会」がはじまるのが恒例。なんかそういうのがいいんだよね。やっぱりみんな大好きなんだなと思って。あと、最近はなぜかコクトー・ツインズのCDがお気に入りみたいで、家でもハウスのレコードかけてみんなで盛り上がったあとは必ずコクトーツインズで落ち着いた。

3/11
サンフランシスコ3日目。

 起きてみんなで歩いて出かけて、昼ごはんはまたまたタコス。いいけど! 私はビーフサンドイッチみたいなのを選んだ。そのあとはぶらぶらしながらコーヒを飲んだり、アイスを食べたり、本屋やレコード屋にいってのんびり過ごした。街の小さなレコード屋で、〈Triangle〉からリリースしてるWater Bordersっていうバンドのレコードを買った。彼らはサンフランシスコに住んでて、Public Worksにも来てくれてたけどすごくかっこいい。

 その後は車に乗って、サンフランシスコで有名なGolden Bridgeっていう大きな橋を渡って、Muir Woodsという国立公園に行った。平均樹齢500歳以上のカリフォルニア・レッドウッドの原生林で、気持ちよく森林浴。そのあとグニャグニャした崖の道を走って、サンセットを見るために海へ行く。サンフランシスコの海岸はすごく広かった。車のなかでは大音量で音楽をかけてみんなテンションあがってハイになって、
 めちゃくちゃ綺麗なサンセットを見ながら幸せすぎてこのまま死んでもいいなぁと思った(二度目、いやほんとは三度目くらい)。


サンフランシスコの海岸で。Damon(左)とAndrew(右)と記念撮影!

 夜はみんなでIndian Pizzaを食べに行った。ピザの上にカレーがのってるような食べ物で、アメリカで一番おいしかったかも。サンフランシスコではほとんどダラダラ遊んで過ごしただけだったけど、住むならここがいいなと思えるくらい居心地のいい街で、やっぱり離れるのは嫌だった。でも明日はもうテキサスに移動する日。荷造りをして早く寝た。

3/12
SXSW初日

 朝早くにサンフランシスコを出発。空港へ。飛行機に乗ってすぐロサンゼルスやサンフランシスコでのことを思い出していると、ホームシックならぬカリフォルニアシックになって、なぜかひとりで号泣してしまった。飛行機のなかでだいぶ怪しかったと思う。ロサンゼルスもサンフランシスコも両方だけど、カリフォルニアは最高だった。本音を言うと、疲れもピークだったテキサスでの最初の数日よりもずっとずっと楽しかったし、すぐにでもまた行きたいと思った。泣き止んで気持ちが落ちついた頃にはソルトレイクに着いて、乗り換えてテキサスのオースティンについたのは夕方頃。

 オースティンにいる間は広い家に住んでる若い夫婦のエクストラルームを借りてステイした。家について挨拶したあと、バスや電車でSXSWのメイン会場のほうへの行き方を教えてもらって、夫婦に連れられてタコスを食べに行った(また!)。でもさすがに、本拠地テキサスのタコスは格別にうまい。フィッシュタコスっていう魚のタコス。ステイ先のエクストラルームは部屋もバスルームもすごく綺麗でずっと快適だった。この日はライヴを見たりすることもなく終了。

[[SplitPage]]

みんな本当にレコードおたくで、とくにAndrewは昨日もこの日もめちゃくちゃ買ってた。そして家に帰ると「今日買ったレコード自慢大会」がはじまるのが恒例。なんかそういうのがいいんだよね。やっぱりみんな大好きなんだなと思って。

3/13
SXSW2日目。ここからは適当なライヴ・レヴューがメインかも!

 昼間は中心のストリートからちょっと歩いたところにある小規模な野外ステージでXray EyebellsやBig Dealを見る。芝生でビール飲んでごろごろしながら見たBig Dealはよかったな。アメリカ、テキサスで聴くUKの感じが新鮮で。男女2人組のメランコリックで優しい空気感。

 夕方からはこのあと何度も行くことになる会場Mohawkで『Pitchfork』のパーティへ。ここ、中心部にある結構メインでいい会場なんだけどいかんせん人が多くて入るのも大変。 Shlohmo,、Star Slinger、Sun Araw、Trustを見る。Shlohmoは若手のイケメンビートメーカーということでわくわくしてたけど込みすぎててほとんど顔見えなかった。音はもちろんいいよ! Trustは〈Sacred Bones〉からの「Candy Walls 」が大好きで本当に楽しみだったんだけど、最前列のファンたちがなんというかダサくて、テンションさがってしまった......逆にStar Slingerは頑張って真ん前まで見に行くと、気付けば周りに熱狂的なデブとオタクとオッサンしかいなくて妙に納得、より大好きになった。

 夜も更けてきて、そのあとは会場忘れたけど別のとこでSurviveとBodytronixを見た。どっちも最高。Surviveは見た目怖い人たちがヴィンテージのドーンとしたアナログシンセを横に4台並べてプレイ。最前列のファンもやばげな人たちが踊り狂ってていい感じ。Bodytronixはオースティンの2人組のアーティストで、見るまでは知らなかったのだけれど、そこにいた同じくオースティン在住のPure XのボーカルNateに「オースティンで一番かっこいいから見たほうがいいよ!」と激押しされ見てみると最高にかっこよかった。SFV Acidをもっとハードにした感じの音で、どツボでした。


Survive @ SXSW

3/14
SXSW3日目。

 昼間はまたMohawkへ。大好きなBlood Orangeを見る。ひとりでトラックを流しつつ、ギターソロを弾きまくりながら歌うスタイル。ステージから降りて激しくパフォーマンスをしているとき、記者会見並みにみんな写真を撮りまくっていてなんだかなぁという気分に。私は自分のライヴ中にパシャパシャ携帯で写真をとられるのが嫌いでそういうの見てるといつも嫌になる。Pure XのNateもライヴ中に写真撮られるの本当は嫌いなんだって言ってたなぁ。まぁその話はいいとして......人混みに疲れてしまった私はしばらくダウンして、夜になり同じストリートにあるBarbarellaでD'eonを見た。そのあと一度抜けて違うクラブに行き、Italians Do It Betterのドン、Mike SimonettiのDJで飲みながら踊る。どこに行ってもそうだったんだけど、私が行ったところには日本人が全くいなくて踊っても何してても浮いてた。そのあとBarbarellaに戻って見たPure XとBlondesは最高だった。Pure Xのサイケデリックでノイズな夢の中、ボーカルNateの唐突なシャウトは心のかなり奥の方にガツンときたし、NYからのBlondesはあの音で全部ハードウェアで演奏してるっていうのが超かっこいい。ああいうダンス的な音楽はもはやラップトップやMidiを使ってやるほうが多いと思うから。

3/15
SXSW4日目。

 またまたMohawkへ。もうドアマンに顔を覚えられている。ほんとはFriendsが見たかったんだけど、混みすぎてて並んでるうちに終わっちゃった(涙)ので、SBTRKTとCloud Nothingsを見た。SBTRKTは「?」だったけど、Cloud Nothingsはグランジな感じで演奏もよくてかっこよかった。そのあとメインストリートとは逆のサイドにある会場まで行って、Dirty Beachesを見る。なんというか本当にアジアの星だね、彼は。カナダだけど。見た目に関してだけ言うと、アジア人ってそれだけで普通は欧米人よりダサくなってしまうような気がするけど彼は違う。最高にエッジーでかっこいい。彼になら殴られてもいい! いや、殴られたい! そしてそこには同じくカナダのJeff Barbaraもいて、話していると彼らが仲良しなことが判明。Dirty BeachesとJeff Barbara、音は全然違うけど、なんかいいね。スタジオをシェアしたり、LAでのSFV AcidとINC.みたいにルームシェアしてたりとかそういうの。東京はどうだろう?なんて思ったり。音が違っても心が通じてる、そんな感じの仲間がたくさんいればいいね。

 夜はRed 7という会場で〈Mexican Summer〉ショーケース。〈Mexican Summer〉rはもちろん大好きだから本当は全部見たかったんだけど、この日は本当に疲れていて、最初のPart Timeだけ見て帰ってしまった。Light Asylumも、Oneohtrix Point Neverも、The Fresh & Onlysも、Kindnessも、死ぬほど見たかった! けど、ここまでの旅の疲れと、なんともいえない孤独感と、SXSWの人混みとクレイジーな祭り状態にしんどさがMAX限界状態だったのです。ちなみにPart Timeはめちゃくちゃダサかった(良い意味で)。

[[SplitPage]]

私は自分のライヴが終わったあと、トリのPeaking Lightsを見ながら、明日には日本に帰るのかと思うと悲しくなりすぎて、またホロリ。何度目? 本当に帰りたくなくて。

3/16
SXSW5日目。NNF House Show@Hounds of Love Gallery

 あまりに疲れたのでこの日はライヴは見に行かず、自分のライヴのために体力温存&準備しながらまったり。

 夜。SXSWで最初のライヴはNNFファミリーの身内感あふれるハウス・パーティ。Hounds of Love GalleryはギャラリーではなくNNFのヴィデオなどを作っている映像作家Melissaのギャラリーっぽい自宅。そこによく集まってるらしいMelissaとそのアートスクール仲間たちはみんな映像を作ったり絵を描いたりしてる子で、年も私と同じくらいだったので話しやすかった。この日のうちにCuticleのBrendan、Samantha GlassのBeau、Willieと仲良くなり、彼らと最後の2日間遊び続けることに。

 ライヴはオースチンの漢(おとこ)、Xander Harrisからスタート。VJで怪しげな映像を流しつつ、途中から脱いでいた。彼の人柄は野性的なのか律儀なのかよくわかんない感じでおもしろかった。その次はCuticle! 話してると普通なんだけど、ライヴしてるときはなんともいえない色気があってぞくぞく! Cuticleは似たような音のアーティストたちのなかでもなんとなく奇妙さと個性があって好き。アイオワに住んでるからカリフォルニアのSILKアーティストたちとは場所的にも離れているけど、離れたところでひとりマイペースにやってるとこも共感できるのかな。Samantha Glassはゆったりとした、ディープでサイケでギターの音が溶ける心地のいいサウンド。私はこの日トリで、そこそこ飲んでいたし音響などの環境も悪かったけれど、とくに問題なくプレイできた。床でやったけどね。この日のライヴはMelissaのVimeoで見ることができるので興味ある人はこちらからどうぞ。(https://vimeo.com/40269662


ライヴ中はセクシーなCuticle @ Hounds of Love Gallery

 ハウス・パーティが終わったあとはCuticleとSamantha Glassと違うパーティに遊びに行って、そこでSleep Overをみた。他のメンバーと別れひとりになったSleep Over、心無しかライヴも悲しく哀愁が漂っている。そして変な弦楽器を悲しげに弾いている。嫌いじゃない......。そのあとはお腹がすいたのでみんなでスーパーにいって、ご飯を買ってかえった。

3/17
SXSW6日目。最終日そして最後のライヴ。Impose Magazine Presents The Austin Imposition III @ Long Branch

 前日からもはやお祭り騒ぎのSXSWに疲れ果て、他のアーティストのライヴを見に行くことを放棄している私。この日、昼間はCuticleのBrendan、Samantha Glassのふたりとその友だちの女の子たち6人くらいで車に乗って郊外へ遊びに行った。なんとかSpringっていう池なのか川なのかよくわからないところで泳いだり飛び込んだりして(飛び込んではしゃぎまくってたのは主に男たち)、遊んだあとはSXSWに戻って会場入り。アメリカで最後のライヴだ......。Cuticle、Xander Harris、Peaking Lightsとは二度目の共演。この日初めて見たキラキラで怪しさMAXの女子ふたり組Prince Ramaのパフォーマンスはすごかった。ライヴっていうか、儀式。ダンスが最高で、取り巻きファン的な男の人たちもかなり熱狂的だった。Tearistも力強いというか強烈なインパクトがあって、ヴォーカルの女の人の髪が扇風機的なものでずっとTM Revolution並になびいていた。私は自分のライヴが終わったあと、トリのPeaking Lightsを見ながら、明日には日本に帰るのかと思うと悲しくなりすぎて、またホロリ。何度目? 本当に帰りたくなくて。でもみんなに背中を押されつつなんとか帰って、無理矢理荷造り......。

3/18
帰路

 早朝に出発、したにも関わらず飛行機が5時間くらい遅れてやってきて、デトロイトで乗り換えできなくなってしまった。よくあることらしいんだけど、想定外のホテル一泊。ここで帰るのが遅れても嬉しくないよ。結局丸一日半ほど遅れて日本に帰国。ただいま。

あとがき

 日記、めちゃくちゃ長くなっちゃった。読んでくれてありがとうございました。行くまでは大変だったけど、楽しすぎて何度も日本に帰りたくないと思った。でも向こうのアーティスト同士のつながりやシーンを見ていて、東京でもこれからやっていけることがたくさんあるんじゃないかなと思ったし、離れた場所にたくさんの仲間がいることがわかって、どこにいても何をしてても、ちゃんとつながっていけるんだなぁと実感。それが一番の収穫かな? とにかく行ってよかった。またいつでも行けるようにこれからも音楽作っていこうと思います。

オワリ

 

※この続きは......というか、彼女のインタヴューは、紙版『ele-king vol.6』にてご覧ください!


  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462