『アメクラ』から『アメグラ』へと。先日、音楽ライターの能地祐子さんが著書『アメクラ! アメリカン・クラシックのススメ』をDU BOOKSから刊行しましたが、クラシックですか~、自分には敷居が高いっす……などと言うなかれ。じつはこの本、アメリカのロック/ポップス好きが読んだらすごく面白い本なんです。アメリカのクラシック界が、じつはアメリカーナやビーチボーイズやフィル・スペクターへとつながっている? という視点から描かれた画期的な本です。で、アメリカ音楽好きと言えば、昨年、ele-king booksから『アメリカン・グラフィティから始まった』を刊行した萩原健太さんです。というわけで『アメクラ』から『アメグラ』へと。
6月11日(日)15:00~17:00、下北沢のB&Bにて、トークショー、能地祐子×萩原健太「米国音楽好きのためのクラシック音楽入門」があります。要するに、萩原家対談ですね(笑)。ぜひ聞きにいきましょう。
「Sã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
YPY とはバンド goat の頭脳である日野浩志郎のソロ名義である。さらに彼は室内楽アンサンブル・プロジェクト Virginal Variations を始動。その創作意欲は止まる所を知らない。先日の CONPASS でおこなわれた Stephen O'Malley ソロ公演では、YPY 名義でありながら Virginal Variations の多大なインスピレーション源となった『Gruidés』(DDS013)の作曲者 Stephen 当人の前でその成果を披露したかったのであろう、室内楽編成でのLIVEを敢行。見事なアンサンブルを披露してみせた。
私はカセットテープの再生装置を持っていない。昔はかっこいいデザインのラジカセがあったと記憶しているのだが、今の家電量販店に行ってみても丸っこくて安っぽいダサいデザインのものしか見当たらない。なので日野浩志郎が運営するカセットテープ・レーベル〈birdFriend〉の作品はひとつも聴いていない。もちろん本気で聴こうと思えば bandcamp でデータを買えばいいわけだが、37歳でパソコン・デビューしたてのおっさんにはまだデータを買う習慣が根付いていないし、レコードを聴くだけでも手一杯なのだ。
よって私が所有している YPY 作品というと、「Visions」〈Nous〉、『Zurhyrethm』〈EM〉、「Different Waves」〈birdFriend〉(Don't DJ との日本横断ツアー時に制作された、彼とのsplit 7"。私はこのツアーの九州方面へ同行する予定でしたが、ちょうど1週間前に脳腫瘍で倒れてしまい、行けませんでした。しかし逝かなくて良かった、ホントに)、そして本作『2020』〈Where To Now?〉。
“Zurhyrethm”はrhythmの間にZUREが挟み込まれた造語ですが、goat の楽曲に顕著に表れているように、彼は常にrhythmに対して何らかの変容を加えることに意欲的であり続けていることが、この初期から近作までの楽曲を編纂して収録している『Zurhyrethm』を聴くことで体感できます。まだ Don't DJ の音楽と出会う以前から彼の曲と共振するような楽曲を制作していたのが興味深い。私の2016年の正月はこのアルバムに収録する楽曲を選ぶためにCD 6枚?分フル収録の YPY を聴き続けるというYPY地獄でしたが、無事に日の目を見て良かった。Ryo Murakami 『Esto』〈Bedouin〉(BDNLP 002)に収録されている“Sun”に今作の“RIP 505”をここでMIXしています。
3年ほど前にオファーがあり、音源も送ったものの一向に話が進まず、最近になってようやくリリースされた『2020』。最初に送ったものは古くなってしまったので、新たに制作した楽曲が収録されている今作にはシンコペーションを強く意識した楽曲が多く収録されている様に感じます。〈Nous〉からの「Visions」ではレーベルカラーを意識してか、比較的RAW HOUSE・TECHNOという括りにすんなり収まりそうな楽曲が多かった印象ですが、今作にはより形容しがたい曲が収録されています。
“2020”。ダラダラとダラしなく繰り返されるベースラインの上をヒョウキンな音が差し挟まれながら生演奏っぽいドラムやピアノなどのサンプリング音もぶち込まれるものの、やはり印象としてはダラしないままそれなりの長尺を貫く Wolf Eyes 臭漂うタイトル作。こいつは一筋縄では行かないぜ、と宣言しているかのようである。
“Manse”。一転、BPM130でブリブリした音のベースラインがうねり続ける中、シンコペートするrhythmが疾走感を増強、音色的にはRAW HOUSEに近いものの、これはテクノなのかハウスなのか判然としないが、踊る者の心を掻き立てる楽曲であり、早くDJでプレイしたい。
“Mass”。不穏なムードがrhythmパートの音色が加わるごとに疾走感とともに増強し、人の心を昂揚させていく。ここでもシンコペートするrhythmが効いている。タムの音が重くて気持ち良い。繰り返されるダーティーなサウンドのベースラインが緩やかに人を催眠と覚醒という相反する状態へと同時に誘い、裏打ちの金属音が入ってくる事でその感覚は頂点に達する。
“Soup”。日野君が何度かプレイしている音が良いと噂のVenue 落合SOUP の事を念頭に置いて制作されたのかどうかは知りませんが、YPY 初のアンセミックな曲だと思います。美しい。彼が敬愛する Atobe Shinichi からの影響がここでは感じられます。
B sideへ移りましょう。
“Ant”。どうしてアリなのかよく分かりませんが、曲名とはそういうものかなどと考えながらシンコペートするGONGの音が繰り返されるのに耳をすませていると、いつの間にかアリの生活に思いを馳せていましたが、知っているのは自分の身体よりも大きなものを時に協力しあって地中の巣に運ぼうとする姿くらいのもので、何も知らない事がよく分かりました。ミニマルに推移するロング・トラック。
“KND”。“Manse”と似たブリブリベースラインに導かれてドラム・トラックもフィルイン、BPM125で疾走しながら奥の方では何やら奇妙なノイズがずっと左右にPANしている上を次第にACIDが絡み付き、高まり、次第に全ての音が順に収束していき、エンジンが止まる様に終わる。ターンテーブルが止まる時の様に。
“Ash”。ターンテーブルはもう止まったのだから後は人力だと言わんばかりに Wolf Eyes 臭漂うバンドが演奏を再開する。ドラムはBPM90でバスドラムをやる気なさげにキープし、適当にオカズも放り込んでくる。ギターも間延びしたディストーション・コードをやる気なさげに爪弾いている。くぐもった、得体の知れない何かが衝突し続けている様な音が何やら鬼気迫る迫力で近づいてくるのにつられるように、バンドの演奏にもやや力が入るが、それでもやはりダラダラとした印象を強く残して演奏は終了する。もちろんこれはフィクションであり、実際には YPY 個人のトラックだ。けれども本作には生演奏(のサンプリング?)を使用している部分が見受けられ、その事が楽曲たちをある種の定型にすんなりとは収まらせないでいる一要素となっているように思う。この曲を45回転で再生するとBPM120のインダストリアル・シューゲイズ・ハウスになって、多少はシャキッとするのでお試しあれ。
全体を通じて感じるのは以前よりもRAWな音色が多用されている事や、より効果的にシンコペーションを組み込めている事など。音の感触が近いと思う〈L.I.E.S.〉から日野君がリリースする事になれば面白い。goat もメンバーが大幅に変わり、新しいフェイズに入ろうとしている。一方では Virginal Variations もある。そしてこの YPY。日野浩志郎の探究は続く。
私はと言うと、早く落合SOUP で“SOUP”をかけたい!
他人のことを気にしないように
後ろ髪を引く人ばかりに
これ以上もう気づかないでいい
1曲目“CHANT #1”
もう良し悪しとかわからないな
君らが数百万回再生した
バンドの曲が流れてきた
2曲目“SHOPPINGMALL”
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高校時代にシカゴ・ハウスやニンジャ・チューンなどを聴いた彼は、しかし自分の出自を曖昧にぼやかし、エレクトロニカや細分化されたインディ・ミュージックしか聴かない類のリスナー〈誰だ?)へ反論するかのように、TSUTAYAや郊外ショッピングモール、安居酒屋チェーン店、地方都市の衰退を日本の現代的土着性として再定義しようとした。文化的焼け野原を故郷とすることによる大衆へのアプローチ。そして、Jポップ的(マーケティングの入った)オリエンタリズムを逆利用すること、これが彼の戦略でありクリティックでもあったように思う。もちろん賛否両論あった。良きことのひとつを言えば、単純な話、若者たちに広く聴かれたことだ(おかげで彼の曲は彼の政治嫌いに相反して、デモにも使われた)。悪きことをひとつ言えば、それは単なるホントの、消費されるだけの商品としてのJポップにしかなりかねないことである(何が大切に聴かれ続けて、何が商品として忘れられるかは、10年後の中古盤屋──残っていればだが──を訪ねれば明らかになる)。
トーフビーツの根は、インターネットを若者が活用できる時代に培われたという意味でも、セイホーやトヨムやグライム・プロデューサーの米澤慎太朗らとほぼ同じだが、その打ち出し方は極端に反動的で、彼はワーナーと契約したさいも大胆にも「就職」という言葉を使った。音楽を商売に限定することになると反感を覚える者も少なくなかったが、それは音楽業界への皮肉にも見えた。
こうしてバブルガム・ミュージックを生産しようとした彼は、しかし、いまここにはいない。いまここにいるのは、時代に翻弄されている自分を隠さない彼だ。日本経済の格差問題は、大手メジャーと契約している若いミュージシャンもお金の心配を隠さずにはいられないというところにも滲み出ているわけだが(苦笑)、新作『FANTASY CLUB』で彼が告白しているのは、インターネット社会が信用ならないということで、それは「インターネット世代」という肩書きを甘受してきた彼にとって、言わずにはいられない状況にいま直面しているということなのだ。彼は本作において「見解」を述べている。
また、喪失感はトーフビーツが最初から表現してきた感覚で、ジャム・シティの『クラシカル・カーヴス』や初期ヴェイパーウェイヴにも見いだせる感覚ではあるが、彼のそれは先述したように、極めて日本的な問題意識に立脚している。『FANTASY CLUB』の最初の2曲では、とくにそれがむき出しになっていると言えるだろう。
このアルバムの魅力は、アルバム中盤に収められたインストゥルメンタルにもある。ベース・ミュージックを吸収した“OPEN YOUR HEART”とタイトル曲のディープ・ハウス“FANTASY CLUB”は、もうひとつのクライマックスであるということを忘れずに。アルバムの出だしが強烈なので見過ごされがちだが、地味に良い曲である。(まあ、彼らしいメランコリックな曲調でもある)
“ポスト・トゥルース”が物語るのは、それがもはや「ぼくたちのインターネット」ではないということだと思う。
■新作を聴いて、驚いたので、担当の岩田さんに電話したんですよ。
TB:その話聞きました(笑)。超笑ったすね(笑)。即レスで電話してきた人なんて初めてじゃないですかね。
■「どうしちゃったの?」って(笑)。まさかの展開に驚きましたよ。
TB:はははは!
■音楽において自分の感情を露わにすることは無粋だという立場だったじゃない? 音楽はあくまでもポップス、エンターテイメントに徹するべきというスタンスで作ってきたわけで。それが新作ではさ……
TB:今回は奇跡的といえるほど制作に時間をかけられたんですよ。
■なんていうんだろう……疑問であったり、居心地の悪さを真摯に伝えようとしている。で、岩田さんに言われて今回の作品のコンセプトにはポスト・トゥルースがあると、『ワイアード』の記事と“SHOPPINGMALL”についてのインタビューを読んで欲しいと言われて、「なるほど」とは思いましたけど。
TB:はい。
■『POSITIVE』から『FANTASY CLUB』へ、この変化についてまずは訊きたいんですけど。
TB:『POSITIVE』の頃よりも、まずは好きなことをやれる比率が上がったんですね。独立したんで。
■なるほど。
TB:『POSITIVE』のときは、制作期間も1~2か月で、しかも敢えてJポップを作りたくて作ったんですけど、今回はその逆というか……、聴き手の好きなものなんてわかんないのに、「こんなん好きでしょ?」と出すのをいまやるのは失礼かなと。そんな風にやるのはやっぱり無理、というか……、あのときは「ポジティヴ」という言葉があったからなんとか明るい方向でまとまったんですけど、「みんなの総意」みたいな部分でいうと、もうそんなものはなかったと。
■昔から言われている「細分化」ということ?
TB:そういうこともあると思います。細分化されていったけど、メジャーにいるとJポップを期待されてしまうんですね。プロだから商業として成り立つものを作らなきゃいけないという気持ちはあります。頑張ろうという気持ちもあるんですけど……、『POSITIVE』を作って、やっぱりそんなものはわかんないとあらためて思ったんです。みんながなにを好きなのかなんてわからないと、だったら、その「わからない」と真剣に向き合ってみようと。ノリや理屈で突破するっていうんじゃなくて、とにかく「わからない」と向き合ってみようと。そうして出来たのが“SHOPPINGMALL”という曲です。アルバムは、その曲が出来て転がっていったみたいな感じなんですよ。
■『POSITIVE』への反動もあると。ぼくが思ったのはね、『First Album』と『POSITIVE』はプロデューサーとして作品に接していたと、しかし今回は作家として接していると。この違いは大きいですよ。アルバムの1、2、3曲目の流れが前半のクライマックスになっているんですけど、最初の2曲が強烈ですよね。そして6曲目以降はインストが続いている。トーフビーツのビートメイカーの部分をおもてに出しているとも言えるし、7曲目なんて聴くと、あれ、トーフビーツにこんなアンビエント・タッチのメロディ・センスがあるのかとも思ったし。
TB:“OPEN YOUR HEART”や“FANTASY CLUB”は『POSITIVE』のときにはもうあったんですけど、あのとき削った曲なんです(笑)。
■それはなに、プロデューサーとしての意識が強かったから?
TB:たしかに『POSITIVE』のときは完全にプロデューサー目線で考えていましたね。『First Album』のときは自分の作家性を自分で解体しようとして、しっちゃかめっちゃかになった、というのが当時は反省としてあったんです。だから、よりはっきりプロデューサーを意識したのが『POSITIVE』です。そして、インディーズ時代の気持ちに戻って作ったのが今回のアルバムとも言える。自分が好きなものを出そうと、そう思って作りましたね。
■ソランジュがひとつのきっかけになった、と?
TB:ビヨンセのアルバムの超パワフルさよりも、ぼくはソランジュに感動しました。ソランジュは、新しいことをやろうとしているし、向き合っているものが共同体というよりも自分……というか、範囲が狭いものだと思ったんですよ。この感覚は、ぼくが宇多田ヒカルさんの初期のほうが好きということとも共通するんですけど。『ア・シート・アット・ザ・テーブル』は4年くらいかけて作られて、ヴィデオもちゃんとしているし、丁寧なんですよね。どこかの誰かではなく、自分が見えているものごとを題材にしているからこその丁寧さだと思いますし、ソランジュを聴きながら、あらためて自分が好きなものを出すことにビビっちゃいけないと思ったんですよね。いまだからこそ言えますが、『POSITIVE』のときは、ビビっていたということが大いにあった。最大公約数的に、みんなが好きなものを作らないといけないというか。
■そのプレッシャーを払いのけたと?
TB:独立したし、ソランジュのそういう作品を聴いて、ということですね。
[[SplitPage]]だいたい、日本の音楽を見ていてこの先絶対に良くなっていくぞ、という予感がしなくなってきているんです。
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■で、トーフビーツの新作のタイトルが『FANTASY CLUB』なんですけど……
TB:そうですね(笑)。
■で、“SHOPPINGMALL”では「なにがリアル/リアルじゃないのか/そんなことだけでおもしろいか」と歌っているわけだけど、前作が“ポジティヴ”だったら今回は“ネガティヴ”と言えるでしょ?
TB:いや、それは違うっすね(笑)。今回のほうが絶対に明るい。でもこれはさっきも言った通り『POSITIVE』はネガティヴな気分も内包しているんです。やっぱりポジティヴにやらないと売れない、みたいな(笑)。
■逆説的なネガティヴさね(笑)。
TB:極端な言い方ですけど、そこからスタートしている。だから“FANTASY CLUB”や“OPEN YOUR HEART”のような曲はハズしたんです。で、今回はそれらの曲を入れたいがために作ったとも言えるんです。なんとか愛着のあるものをまとめてみると、そういう部分が大いにあったんです。
■“SHOPPINGMALL”みたいな曲も?
TB:“SHOPPINGMALL”はポッと出の曲みたいな感じなんで、ラッキー・パンチみたいなところもある(笑)。ずっと思っていることがバンと出たんで良かったんですけどね。今回は『POSITIVE』のときみたいに大きなゲストに声をかけるということをやらなくてもよかった。自分的には『POSITIVE』よりも腑に落ちているんです。聴き味はそんなに明るくないかもしれないですけど。
■“SHOPPINGMALL”を風刺的と呼べるなら、ぞっとするような空虚な消費社会が見えるじゃない?
TB:そんなにですかね。
■メランコリックでいい曲だと思うし、いまの「これを出したいがために~」という話には納得したんだけど、トーフビーツがまさか否定からはいるとは思わないからさ、「なんでこうなっちゃたの?」という驚きはあった。いい意味でね。
TB:マジすか。でもこれは前作の“別の人間”という曲を聴いたときにも「こういう部分があるのか」って野田さんが言っていたと思うんですけど……その先にある感覚なんですけどね。
■今回はその感覚をいちばん最初に持ってきているでしょ。トーフビーツがこんなにも違和感を露わにするなんて思ってもいなかったから。
TB:今回は攻撃的とも言われているんですけど。
■はははは。その感想も理解できるな。
TB:他意はないんですよ。1曲目からさっき言った「わからない」ということがずっと続いているみたいな、「俺はわからないぞ」みたいな感じなんです。
■1曲目の“CHANT #1”は、明らかにツイッター社会の嫌なところを題材にしているんだろうけど、“ポスト・トゥルース”というかね……ぼくは“ポスト・トゥルース”という言葉はBBCの年末特番で「今年のイギリスの流行語です」といって紹介されて知ったんですよ。トランプを例に挙げながら、なにが真実なのかということはもはや問題ではない、人はネットのなかに自分好みの真実だけを見るようになった、という説明をしていたのね。トーフビーツは自嘲気味に「インターネット世代といまだに言われるんですよね」ってよく言っているけど、インターネットの暗い部分がよりはっきり見えたというか、“ポスト・トゥルース”みたいな現象はその象徴なわけでしょう?
TB:うん、そうですね……というか“ポスト・トゥルース”が物語るのは、それがもはや「ぼくたちのインターネット」ではないということだと思う。もうそれは「インターネットの次の時代」の話というか、ぼくたちみたいに比較的最初のほうにパソコンでインターネットに触れていた人たちが陥っている状況というよりも、あとからスマートフォンで入って来た受ける側にしかいない人たちの話ですよね。
■ウェブ・メディアをやっているとわかるのは、PV数の虚しさなんだよ。まとめサイトなんか、あれをニュースだと思ったらまずいよね。あれはトランプも芸能人スキャンダルもすべてが並列されるスーパーフラッター・ワールドで、重要性ではなく人気がすべてを決めるわけだからね。
TB:そうですよね。広告とか、バズみたいなことですよね。
■インターネットのおかげで距離が離れた人たちと繋がった、コミュニケーションの可能性が広がった、あるいは自分の作品を聴いてもらえる可能性が広がったという素朴な感動とはもう別物になっているんですよね。
TB:そうなんですよ。もう真逆。ぼくらがインターネットをはじめたときは、地方にいても良いものを作ったらみんなに見つけてもらえる時代が来るぞと思っていた。でも、いまはむしろ逆で、言い方は悪いですけど下世話なものに流れていくようになった。それはもう自分が思っていたインターネットと違うんですよ。別物だけど自分はインターネット世代と言われるみたいな悲しさもあるし……とはいっても自分はツイッターもインスタグラムも使っているし。そんなことは言いながらも、使っているんですよね。こういうときにそういうこと(ネット文化)を揶揄するのは自分も使っているから難しいじゃないですか。ということを曲にできたらいいなと思って作ったのが“SHOPPINGMALL”なんです。
■そうなのか。自分が使っているからといって批評性を放棄することはないわけなんですけど、1曲目がドゥーワップでしょう? ドゥーワップというのは肉声の文化じゃないですか。それだって深読みできるよ。
TB:あれはめちゃくちゃ編集してあって(笑)。それがめっちゃ面白い。オートチューンというものに対する接し方面白さを見せたかったんですけどね。
■インターネットにはイエス、だけどノー。オートチューンについてもイエスだけどノーという(笑)。そのイエス、だけどノーというのが重要なんじゃないかなという気がするんですよね。どっちか片方に偏ってもろくなことはない。
TB:そうなんですよ。どっちもあるんです。たとえばいまは自分の正しさを証明することが難しくなってきているじゃないですか、というのもソースがインターネットだし。インターネットがどんどん信用できなくなっていくということはそういうことで、かといってリアルに戻ることはもう無理なんですよね。
[[SplitPage]]UKガラージやシカゴ・ハウスが好きなのは、なんだかんだ言いながらあの気合い……気合いって言い方だと陳腐になるんで嫌なんですけど(笑)。でもぼくが好きな曲は気合いが入っていると思うんですよね。
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■すごい時代だよね……では次の質問、『FANTASY CLUB』という言葉を選んだのはなんででしょうか?
TB:昔からこの言葉が好きなんです。ライナーでも書いたことなんですけど、最初に好きになったシカゴ・ハウスがPierre's Fantasy Clubの“Dream Girl”なんですよ。
■いいね(笑)! 曲の出だしのリズムなんか、たしかにシカゴ・ハウスっぽい。ベースラインも良いし。
TB:“Dream Girl”を聴いてシカゴ・ハウスを知ったくらい。高校時代かな、知り合いの家に泊めてもらったことがあったんですけど、そこでTRAXのコンピを初めて聴いたんです。すごくいいなと思って、とくにDJピエールが。昔やった連載のタイトルに「Fantasy Club」って付けたほどです(笑)。たしかにアルバムのコンセプトに“ポスト・トゥルース”という言葉はあったんですが、“トゥルース”って言葉を使いたくなかったんです。
■楽曲的には、今回のアルバムのなかではいちばんだよね、“FANTASY CLUB”が。ありていに言えば、ディープ・ハウスだよね。Jポップ的なオリエンタリズムに依拠する必要もない、すごく良い曲……で、またそのタイトルも……実はリアリズムについて歌いながらも『FANTASY CLUB』なわけで、そこにも含みがあるというか。面白いタイトルだよ。
TB:そう、イエス、だけどノー(笑)。
■だから今回は、トーフビーツのシカゴ・ハウス愛を思い切り出しているんだけど、ただそれだけでもなく、聴き手に考えさせるアルバムだよね。
TB:“FANTASY”という言葉はにもそれがあるんですよね。あとは誤解を招く言い方ですが、リスナーを楽させちゃいけないというか。
■なるほど。まあ……いくら音楽に政治を持ちこむことが嫌いなトーフビーツであっても、これだけ世のなかでいろんなことがあったらね。いよいよ(政治性を)出してきたかと(笑)。
TB:いやいや(笑)。……でも今回アルバムを作っていて、政治に関してはマジでうっかりしそうになりましたね。“SHOPPINGMALL”で止めておかないと、みたいな。
■そうなの(笑)!
TB:本当にちょっと政治に入りかけて、でもそれは絶対に入れたらアカンと思って、まあ止めておきましたけど。
■これはいつか決壊するときが来るぞ!
(一同笑)
TB:だからこれ以上治安が悪くならないで欲しい!
■それか!
TB:頑張りきれなかったんですよね。気づかないでいいという言い方とかもそうなんですよね。
■いいじゃないですか、ぜんぶ自分でコントロールできちゃうような、悩んでいない表現者なんか面白くないですよ。とにかく、内面ではせめぎ合いがあったんだね。
TB:あったんです。だいたい、日本の音楽を見ていてこの先絶対に良くなっていくぞ、という予感がしなくなってきているんです。
■未来が見えないと?
TB:自分の回りの人たちはすごく頑張っているんです。セイホーさんとかすごいし……、セイホーさんからは「詳しく聴いてからもう一回言うけど、極端なアルバムを作ったね」みたいな話をされましたね。本当は極端である必要はないのに、そういうのは身を滅ぼす気もする、みたいな話にもなったりして(笑)。
■落ちた?
TB:それはないですけど(笑)。
■バランスは失ってないじゃないですか……アルバムは、1~2曲目こそ不安定さ見せるけど、3曲目“LONLEY NIGHTS”のポップスで持ち直すじゃない?
TB:あれはね……ヤング・JUJUがすごくポップに立ち回ってくれましたね。あれはマジで役割をまっとうしてくれたなと思います。
■8曲目“WHAT YOU GOT”も面白いよ。日本人が一周回って外側からJポップをやる感じ、歌メロとかさ(笑)。
TB:そう言ってもらえると良いんですけど……でもなんとこう、作っている側も前向きになれないっていうか、そういう現実もあると思うし。
■いまはいろんなことが同時に起こりはじめているよね? たとえば7インチ・シングルとカセットテープって、ぼくは一時のファッションで消えると思ったんだよね。しかし、海外はとくにそうなんだけど、新しいレーベルや若い世代であればあるほどカセットテープや7インチ・シングルを作っていっている。彼らはそれを目的とはしていないけど、そういうこと自体がスポティファイやYoutubeだけでいいのかということに対する批評性を持っているよね……まあ、自分もスポティファイは加入しているしさ(笑)。
TB:ぼくはアップル・ミュージックもスポティファイも両方入っていますもん(笑)。ただ、音楽をやっている人がいまの世相を映してないのはなんかおかしくないか、とはめっちゃ思っていて。10年前と同じようなものがあるのって日本だけじゃないですか。まあ世界でもあるけど……。
■トーフビーツやセイホー君の世代がいるじゃないか。
TB:いるんですけど、まだ台頭していないというか。これからなのかもしれないですけど。
■〈PC Music〉とか、あの辺りはどうなの?
TB:一緒にスタジオに入ったことがあるんですよ。彼らは確信犯で、インテリ、って感じの人たちで。ぼくは……ほら、シカゴ・ハウスの気持ちの入った曲が好きなんで。とりあえずドラム・マシンを鳴らして「ああー、テンション上がってきた!」みたいな。
■音楽はやっぱりパッションだと?
TB:ぼくは基本そう思うんで。UKガラージやシカゴ・ハウスが好きなのは、なんだかんだ言いながらあの気合い……気合いって言い方だと陳腐になるんで嫌なんですけど(笑)。でもぼくが好きな曲は気合いが入っていると思うんですよね。
■米澤慎太朗みたいなヤツとかね?
TB:シンタ君? そうです。ガリガリやのに気合いとかいうね。いいですね。
■トーフビーツは若くしにデビューしたけど、いま名前が出たシンタ君とか、ほかにも京都のトヨム君とか、同じ世代が頭角を出してきているじゃないですか。
TB:シンタ君もトヨム君も同い年じゃないかな。トヨム君はずっとやっていたのを知っていたんで嬉しかったですね。
■トーフビーツはデビューが早いからベテランみたいに見えるけど、実はまだ20代半ばちょっとで、若いんですね(笑)。
TB:なんだかんだで10年目くらいなんでね(笑)。だからモヤっとするのかもしれないですけど……、とはいえ、新しいものが出てきたぞって本当に思いたい、みたいなのがあって。セイホーさんはめっちゃそこを意識している。あの人がすごいのは、曲を聴いていて5秒後にどうなるのかわかんないんですよ。そういう感じはすごいと思うし、あんなふざけた感じのキャラしてますけど、ちゃんとやんないとできないんですよね。
■よく聴いているってこと?
TB:いや、「お前らこれ知らないだろ」系はいまはネットがあるんで通用しないですよ。
■いや、レコード店でしかわからない情報はまだあるし。
TB:でもそれをカッコいいねと言ってくれる人はもういないから。
■それはネットを過信している子たちでしょ。たとえば、〈OS XXX〉とか、レコード店に行かないと目に入らないでしょ。しかもレーベルのネーミングは面白いし。それでアシッド・ハウスとか言っているんだけど。DJプレイステーションとかさ(笑)。
TB:レイヴっぽいハウスみたいな。
■そうそう、レイヴっぽい(笑)。若いんですよ。だから確実に新しい世代は出て来ているんだよね。日本でも『レトリカ』みたいなメディアも出てきているじゃない?
TB:野田さんから見ると「ようやく形になってきたぞ」みたいな(笑)。
■そういうこと。スケプタとトマド君が並列されているあの感じは、ネットのフラットな世界とは違うよね。いまはネットでだいたいの情報は入手できるし部屋にいるだけでもある程度の文章は書けてしまうんだけど、『レトリカ』は直に取材して、話を聞いて書いている。彼らからはなにかを再定義しようとするパッションは感じた。インターネット世代でありながら紙メディアを作り、しかもバーコードは偽物……あのフェイクさも新しいよね。
TB:『レトリカ』の登場はぼくも久々にテンション上がったっすね。
■そういうときに『FANTASY CLUB』という素晴らしいアルバムを作って、ある意味タイムリーじゃないですか。
TB:うん、自分でもけっこう区切りになりそうな気がしていますけどね。さっきも話に出たけど、FANTASYと言いながらリアリティある音楽だと思っているんで。
■うん、そうそう。トーフビーツがようやく出てきたという感じ。
TB:残り少ない社会性を発揮したいな、というのもあるんで(笑)。
(一同笑)
音の遠近法や認識のしかたを、少しずつ、ズラし、溶かしていくサウンド。じっと聴き込んでいくと、音が、時間が、空間が、ノイズが、声が、エレクトリック・ギターの音が、リズムが、音楽が、ゆったりとコーヒーの中のミルクのように溶け出していく。つまりはサイケデリック。カラフルにしてモノクロームに揺れる音楽の生成変化。2017年の日本において、このようなサイケデリックな音楽が生まれ、そして聴くことができるとは。まさに僥倖。
それもそのはずだ。このモアンは、ただのバンドではない。あの轟音ロック・バンドDMBQのギター/ヴォーカル、そしてボアダムスのギタリストとしても知られる増子真二と、大阪の5人組ガールズ・ノイズ・ポップ・バンドwater fai(2015年に解散)のベーシストで現DMBQのベーシストでもあるマキによるユニットなのである。つまりは音に込められた念/気が違うのだ。
彼らのファースト・アルバムは、アクロン/ファミリーのセス・オリンスキーが主宰する新レーベル〈ライトニング・レコード(Lightning Records)〉の第1弾アーティストとしてリリースされた『シンク・アバウト・フォーゴットン・デイズ』である。『ピッチフォーク』などの海外メディアからも取り上げられ話題を呼んだ。彼らは同年にも〈データ・ガーデン(Data Garden)〉から『ブックシェルフ・サンクチュアリ』もデータ配信でリリースした。
本作『シェイプレス・シェイプス』は、モアン、数年ぶりの新作アルバムである。リリースは、アンビエント・アーティス/マスタリング・エンジニア畠山地平主宰の〈ホワイト・パディ・マウンテン〉から。本作もまたドローン、ノイズ、アンビエント、ミニマル・ミュージック、ロック、電子音楽など多様な音楽的エレメントを用いつつ、サイケデリックな音響空間を生成している。しかも、より洗練され、過激になり、そして熟成している。
アルバムは連作“ザ・ステーツ・オブ・ウォーター(The States Of Water)”から幕を開ける(全5トラック)。1曲め“ドロップ(Drop)”と2曲め“サーフェイス(Surface)”では、電子音の粒のようなランダムな音が滴り落ちる。それらの音は溶け合い、やがてドローン・サウンドを生成する。3曲め“サージ(Surges)”は、加工されたマキの澄んだヴォイスもレイヤーされ、音楽と音響の領域を溶かす、透明カーテンのように美しいサウンドを展開する。4曲め“マス(Mass)”ではエレクトリック・ギターによる暴風のようなサウンドが、聴覚に圧倒的な刺激を与えることになるだろう。このノイズとアンビエントの快楽は筆舌に尽くしがたい。これぞ恍惚。
5曲め“ストリーム(Stream)”で静かに幕を閉じた“ザ・ステーツ・オブ・ウォーター”に続く6曲め“ヴォイス・イズ・マイ・フェイヴァリット(Voice Is My Favorite)”はマキのヴォーカル/ヴォイスを全面的にフィーチャーしたトライバル/リズミックなトラック。7曲め“カム・イントゥ・ザ・ウォーム(Come Into The Warm)”は増子真二の静謐なギターが鳴り響く美しい曲である。一転して、8曲め“フォレスト、サーキット・ボード(Forest, Circuit Board)”はアルバム冒頭に戻るような粒のような電子音が動きまわるトラック。その“フォレスト、サーキット・ボード”に続くカタチで展開するラスト曲“ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・フィードバックス(While My Guitar Gently Feedbacks)”は、マキのヴォイスを細やかにエディットしたサウンドから、次第に壮大なドローンを生成する。まさにアルバム・ラストを飾るに相応しいサイケデリック・アンビエントである。
全9曲、どのトラックも、美しく、そして快楽的なサイケデリック・エレクトロニック・アンビエントを展開している。タイプはまったく異なるが、山本精一の傑作『クラウン・オブ・ファジー・グルーヴ』に連なる壊れたミニマル/アブストラクトな音とでもいうべきか。もしくはマニュエル・ゲッチングの系譜にある2017年最新型サイケデリック・アンビエントとでもいうべきか。刺激的な音/音楽を求めているのなら、ぜひ本作を聴いてほしい。時間が溶け出すような刺激/快楽的な音響体験がここにある。
はあ。ため息が出るぜ。冒頭から最高じゃないか。「君が本当にいい人ならば その胸の奥に/隠している言葉で 僕を殴ってくれ」(“大雨のメロディ”)。そんなキラーなフレーズから始まるEP「灰になろう」を送り出すのは、独特のセンスでブルージィなロックをかき鳴らす3ピース・バンド、すばらしかである。かれらはまだ2015年末に結成されたばかりの若手だが、すでにキングブラザーズが絶賛しているというのだから間違いない。2月に限定リリースされた自主制作盤は、たちまちコアな音楽ファンやレコード店のあいだで話題となり、すぐに売り切れてしまったそうだ。来る7月19日、その入手困難となっていた自主制作盤がリマスタリングされ、新たな音源を追加してリリースされる。その磨き抜かれた言葉で、どうか僕を殴ってくれ。
「ばりヤバい奴おる...」
キンブラ大絶賛のバンド、すばらしか。
萩原健一“お元気ですか”カヴァーも収録したEP、
「灰になろう」発売!!
2015年末に結成された3ピース・バンド、すばらしかの初全国流通盤「灰になろう」が、7月19日に発売される。彼らと親交のあるアーティストから、お祝いのコメントが公開された。
今年の2月に、5曲入り同タイトルの自主盤が、ライヴ会場や各地レコード店で発売されたとたん、軒並み話題を呼び、入手不可の状態が続いていた。このたび発売される作品は、自主盤をリマスタリングし、“灰になろう (Live ver.)”、新曲“傘をさしたままの心 (Live ver.)”、萩原健一“お元気ですか”のカヴァーを加えた、計8曲入りのEPとなる。今後も続々とライヴが決定しているので、彼らの動向はTwitterを要チェック!
【音源およびライヴ映像】
「嘘と言え」(ライヴ映像)
「灰になろう」(音源)
【コメント】
ドキドキする瞬間。ってのが、探知機が弱ってるのか、
なんだか少なくなってきてるなー
ってのは、ただの思い過ごしだったみたいだ。
そう何回も思い直させてくれる友達が、自分にはいる。
これは幸せなことだし、誇れることだ。
もちろんその中に『すばらしか』もいる。
ただただ飽き飽きするような時間から、
彼らはハイな気分へと連れさってくれるのだ。
あのままじゃあ腐っちまいそうだったところから、
飛び出させてくれてありがとう。
すばらしか。
- 川田晋也(Car10、suueat.)
ある朝、私は布団の中で初めて「灰になろう」を聴きました。
そして聴いた瞬間に泣いてました。寝ぼけたままで聴くそれは、悲しくなるほど輝いてた。差し込む朝の光よりも。本当です。本当に好きな曲です。
- Sachiko(SaToA)
再生ボタンを押したら知らない土地へ連れて行かれた。
どこかはわからないけど、とても素晴らしい場所でした。
音楽への最大限のリスペクトを感じる素晴らしいバンド!
これからも、知らない土地へ連れて行ってくれるような音楽を
世界中に響かせてください!
すばらしか最高!
- 松島皓(never young beach)
彼らとの出会いは栃木の小さなライブハウスだった。
静岡のTHE WEMMERから紹介された最高のバンド、
足利のCar10のイベントに彼らも出演していたのだ。
ヤバいリズム&ブルースを鳴らし、
ただ事ではないグルーヴを発する彼らがそこに居た。
「ばりヤバい奴おる...」俺はすぐさまに彼らに興味を持ち、
その年のワンマンツアーのオープニングアクトに誘った。
そんな彼らの音源が、いよいよ発売されるという。
タイトルを見れば、彼らがそこらのロックバンドとは訳が違う事がわかるだろう。
ブルースからはじまるロックとソウルの精神を受け継いだバンド、
すばらしかは、俺が今一番オススメする最高のバンドです。
- キングブラザーズ代表 ケイゾウ
【プロフィール】
2015年末に、福田(Vo/Gt)、加藤(Ba)、中島(Dr)で結成。現在はサポートとして、林(Key)を迎えた4人で演奏している。
すばらしかTwitter:@subarashika
【アーティスト写真撮影】
阿部裕介
URL:https://www.yusukeabephoto.com/
【リリース情報】
すばらしか/灰になろう
SUBARASHIKA/High Ni Na Low
2017/7/19 PCD-4551 定価:¥1,500+税
【トラックリスト】
大雨のメロディ / 灰になろう / 紗のかかった白黒 / 嘘と言え / 地獄が待っている / 傘をさしたままの心 (Live ver.) / 灰になろう (Live ver.) /お元気ですか (萩原健一のカヴァー)
昨年11月末、リリース前のシングル「Young Death / Nightmarket」が予定よりも早く発売されてしまうというアクシデントに見舞われたブリアル。先月のレコード・ストア・デイではゴールディの限定シングルにリミックスで参加するなど、ジャングル・リヴァイヴァルとも同調する動きを見せていた彼が、また唐突に新たなトラックを発表した。5月19日にBandcampにて先行リリースされた「Subtemple」は、タイトル曲“Subtemple”と“Beachfires”の2曲入りで、10インチ・ヴァージョンが5月26日に発売される。レーベルは〈ハイパーダブ〉。どちらのトラックもビートレスで、ブリアル流ダーク・アンビエントが展開されている。ううむ、はたして彼はいま何を考えているのだろうか……
ここのところの欧州には、派手な話題を振りまくことはないものの、昔ながらの堅実なディープ・ハウスやビートダウン・ハウスをリリースする良質なレーベルがいくつかある。UKではすでにレーベル歴も長い〈エグロ〉とサブ・レーベルの〈ホー・テップ〉がその筆頭に挙げられ、アル・ドブソン・ジュニア、カオス・イン・ザ・CBD、カマール・ウィリアムスことヘンリー・ウー、ジョーダン・ラカイの変名のダン・キーらの作品をリリースする〈リズム・セクション・インターナショナル〉が近年の最注目レーベルと言えるだろう。ドイツにはマックス・グレーフとグレン・アストロの運営する〈マネー・セックス〉があり、デンマークにはそのマックス・グレーフとグレン・アストロ、ヘンリー・ウーなども作品をリリースする〈ターテレット〉がある。この〈ターテレット〉からデビュー・アルバム『フリーダムTV』をリリースしたウェイン・スノウは、本名をケシエナ・ウコチョヴバラといい、ナイジェリア出身のシンガー・ソングライターである。ニューヨーク、ロンドン、シドニーなど世界中でパフォーマンスをおこなっており、2014年からベルリンを拠点に活動している。同じベルリンのマックス・グレーフが、〈ターテレット〉からリリースした『リヴァーズ・オブ・ザ・レッド・プラネット』(2014年)にヴォーカリストとして参加。それによって名前を知られるようになるとともに、自身も〈ターテレット〉から「レッド・ランナー」、「ロージー」という2枚のシングルEPをリリース。そして、マックス・グレーフをプロデューサーに迎えた『フリーダムTV』をリリースするという流れだ。
マックス・グレーフがジャズやフュージョン、ブギーといった要素を取り入れたディープ・ハウスを得意とするだけあり、『フリーダムTV』の基軸はそうしたサウンドを土台に、ウェイン・スノウがソウルフルなヴォーカルを披露する作品集となっている。ウェイン・スノウはナイジェリア出身ということで、土着的でアフリカ色の強い歌声かと思いきや、実際は都会的に洗練されたもの。むしろアメリカのR&Bシンガーに多いタイプで、ディアンジェロ、ドウェレ、エリック・ロバーソンなどが思い浮かぶ。アフリカをルーツとするシンガー・ソングライターということでは、セオ・パリッシュのプロデュースで「フラワーズ」を発表したガーナ系イギリス人のアンドリュー・アショングがいるが、比較的彼に近いタイプのアーティストとなるだろう。そんなウェイン・スノウの歌声が最大限に生かされたディープ・ハウスとして、本作では“フリーダムR.I.P.”が挙げられる。2015年に他界した人権解放運動に尽力したジンバブエの女性詩人のフリーダム・ンヤムバヤに捧げた曲で、エレピをフィーチャーしたそのジャジーなサウンドは、かつてのブレイズやミスター・フィンガーズの全盛期を彷彿とさせるもの。ゴスペルを基盤とするウェイン・スノウの歌は、ンヤムバヤの詩の一説を引用して自由を説いている。“ナッシング・ロング”はジョージ・デュークの“ブラジリアン・ラヴ・アフェア”を彷彿とさせるベース・ラインを用い、マックス・グレーフのスペイシーなフュージョン感全開のナンバー。こうした作品ではウェイン・スノウの開放感溢れる歌が光る。“レッド・ランナー”はブギー調のディープ・ハウスで、“ドランク”はビートダウン系となるだろう。一方、“ザ・リズム”はエレクトロな要素の強いブロークンビーツ系で、ここではオールド・スクールなラップ調のヴォーカルを披露するなど、多彩なところを見せている。そして、アブストラクトなムードの“フォール”や“クーラー”、ダウンテンポ系の“スティル・イン・ザ・シェル”では、実験的なR&Bシンガーとしての顔を見せる。このあたりはかつてのスペイセックが得意としていたようなサウンドだ。“ロージー”もそうで、Jディラ的なフィーリングが感じられる。つまり、全体としてはJディラからセオ・パリッシュ、ムーディーマンらを繋いだデトロイト勢の影響が色濃く感じられるアルバムと言えるだろう。
すべての音楽ファン待望の、
ヒップホップ全時代の主要アルバムが1冊でわかる唯一の本!
1979年のシュガーヒル・ギャング「Rapper's Delight」、あるいはアフリカ・バンバーターの『Death Mix』から──
ヒップホップの誕生、ブロンクス、クイーンズ、ブルックリン、ロングアイランドから絶えまなく生まれるストリートの音楽、そしてトミー・ボーイ、デフ・ジャム、コールド・チリンの隆盛からヒップホップ・ネイションの出現へ。コンシャスからギャングスタへと。ハードコアからGファンクへと。サウス/ミッドウェストが台頭するいっぽうで、ニューヨークのサグ・ラップも燃え上がる。また、ポップスとしての地位を確立する他方ではインディ・シーンが立ち上がり、ウェッサイのファンクが脚光を浴びたかと思えばネオ・スクールが台頭する。
つねに変化しつづけ、拡大し続けるUSヒップホップのすべての時代にわたっての主要作品が、この1冊でわかる!
著者は、元『bmr』編集長の小渕晃!
全音楽ファン待望の『ヒップホップ・ディフィニティヴ』、ついに刊行!
目次
Chapter 1 1974~ ヒップホップの誕生
Chapter 2 1982~ エレクトロ・ブーム
Chapter 3 1984~ ストリート回帰~第2世代の登場
Chapter 4 1986~ ヒップホップ・ネイションの誕生
Chapter 5 1988~ コンシャス~メッセージ・ラップ
Chapter 6 1988~ ギャングスタ~プレイヤー・ラップの隆盛
Chapter 7 1990~ ニュースクールからハードコアへ
Chapter 8 1992~ Gファンクの猛威
Chapter 9 1992~ サウス~ミッドウェスト・シーンの台頭
Chapter 10 1994~ リリシスト~サグ/マフィオソ・ラップ
Chapter 11 1994~ ポップなスタイルの復活~全米のポップスに
Chapter 12 1996~ コンシャス派~インディ・シーンの盛り上がり
Chapter 13 1999~ ウェッサイ・ファンク2000
Chapter 14 2000~ サウス&ミッドウェストの時代
Chapter 15 2006~ 「クール」の再定義
Chapter 16 2011~ ヒップホップの新時代
先日デヴィッド・バーンとコラボしていることが明らかになったばかりのOPNが、新曲(の一部)を公開しました。今度のお相手はなんとイギー・ポップです。次々と意外な相手と組んでいくOPNもすごいですが、アルヴァ・ノトやソンゴイ・ブルースなど、他ジャンルの精鋭たちと積極的にコラボしていく現在のイギー・ポップにもシビれます。詳細は下記をチェック。
ONEOHTRIX POINT NEVER
ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーが音楽製作を手がける
映画『Good Time』のトレーラー映像が公開!
イギー・ポップ参加の新曲の一部が解禁!
各国の映画祭で賛否両論の嵐を巻き起こし、2014年の東京国際映画祭にてグランプリと最優秀監督賞の2冠に輝いた映画『神様なんかくそくらえ』を手がけたジョシュア&ベニー・サフディ監督の新作で、『トワイライト』シリーズで知られるロバート・パティンソン主演の新作映画『Good Time』のトレーラー映像が公開され、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティンとイギー・ポップがコラボレートした新曲“The Pure And The Damned”の一部が解禁されるとともに、同映画の音楽製作をワンオートリックス・ポイント・ネヴァーが手がけていることが明らかとなった。また同映画は、第70回を迎えるカンヌ国際映画祭2017のコンペティション部門での上映が決定しており、英BBC は、パルムドール有力候補のひとつにも挙げている。
Good Time | Official Trailer HD | A24
https://youtu.be/AVyGCxHZ_Ko
公式HP: https://goodtime.movie/
DIRECTOR: Ben Safdie, Joshua Safdie
CAST: Robert Pattinson, Jennifer Jason Leigh, Barkhad Abdi
ORIGINAL SCORE: Oneohtrix Point Never
MUSIC: "Hospital Escape" by Oneohtrix Point Never, "The Pure And The Damned" by Oneohtrix Point Never ft. Iggy Pop. https://pointnever.com
いつまでも忘れられない人がいる。でももう二度とその人に会うことはできない。なぜなら、その人は死んでしまったから。
大切な人を失ったとき、僕たちはとても奇妙な行動に出る。亡くなってしまった彼や彼女のことを、僕たちはいつまでも覚えていようと努力する。でも、なんで僕たちはそんな不思議なことをしてしまうのだろう? べつに試験があるわけでもなければ面接があるわけでもない。死んでしまった人のことをきれいさっぱり忘れてしまったところで、日常生活にはなんの支障もきたさない。なのに、どうして僕たちは死者のことを思い出してしまうのだろう?
いつまでも君を忘れない。君はいつまでも僕のなかで生き続ける。そして君は永遠になる――Jポップならきっとそう歌うだろう。でも、本当にそうすることが良いことなんだろうか? それって、永遠に喪が明けないってことじゃない? それはつまり、死んでしまったはずの君を死んでいないと見做すことであり、要するに「死体蹴り」である。死者に対してそれ以上に暴力的な行為があるだろうか?
思い出は、冒瀆である。じゃあ、すでに彼岸へと旅立ってしまった者に対して、いまだ此岸に留まらざるをえない者たちが為すべき最善のことって何だろう。死者に対して、愚かにも生き残ってしまった者たちが為しうる最良のことって何だろう。いずれは同じように死んでいく者たちが、先に存在しなくなってしまった者たちの、その「存在しなささ」を最大限に尊重する方法って何だろう。
それは、忘れることだ。ちゃんと、忘れてあげることだ。
トリッシュ・キーナンが亡くなってから6年が経つ。チルドレン・オブ・アリスは、かつてブロードキャストで彼女の相棒を務めていたジェイムス・カーギルが、同じく元ブロードキャストのロジ・スティーヴンスおよびザ・フォーカス・グループのジュリアン・ハウスとともに、2013年に開始したプロジェクトである。「チルドレン・オブ・アリス」というバンド名は、キーナンが好んだ小説『不思議の国のアリス』から採られており、そこには彼女へのトリビュートの念が込められている。感傷的なネーミングだが、まさにこのバンド名こそがかれらの音楽を決定づけてしまっていると言っていいだろう。「アリスの子どもたち」――それはキーナンをはじめとするキャロルの読者たちのことであり、そしてキーナンに先立たれたメンバー3人のことでもある。チルドレン・オブ・アリスは、そのはじまりからすでに死者にとり憑かれている。おそらくカーギルも他のメンバーも、キーナンのことをちゃんと忘れられていないのではないか。
当たり前の話ではあるが、かれらの記念すべきこのデビュー・アルバムに、キーナンは参加していない。その不在はまずサウンドに表れ出ている。
1曲めの“The Harbinger Of Spring”は20分を超える大作で、フォークロアを探求するレーベル〈Folklore Tapes〉のために2013年に作られた曲である。そこではさまざまな民俗的音塊が展示されていて、ミュジーク・コンクレートからの影響を聴き取ることもできるが、件のバンド名から連想するなら、これは穴に落っこちてしまったアリスが遭遇する摩訶不思議な世界、ということになるのかもしれない。しかし他方でこの曲はジョン・ウィンダムのSF小説『呪われた村』からも影響を受けているそうで、となれば次々と転がってくるそのフォーク・サウンドを、宇宙人(=西洋や近代や科学)によって侵略される村(=民俗的なもの)のメタファーとして捉えることもできる。が、曲の仕上がり自体はけっして重々しいものではなく、それぞれの音の連なりを単にフェティシズムの対象として消費することも可能だ。
他の3つのトラックも〈Folklore Tapes〉のために2013年から2016年のあいだに作られたもので、いずれもフォーキーな音の数々を陳列している。そういう要素はブロードキャストにもなかったわけではないが、本作における民俗的なものへの志向はよりコンセプチュアルだ。カーギルが『クワイータス』に語ったところによれば、これらの曲は「ペイガン(pagan)=異教」というテーマに基づいているのだという。そんな話を聞くと、この3曲も先の『呪われた村』の喩えと同じように、侵略的な蒐集欲に突き動かされているように見えるが、それぞれの音の配置のしかたは非常にコラージュ感覚に溢れており、その遊び心はおそらくシュルレアリスムに由来している。同じ記事のなかでハウスはアンドレ・ブルトンに言及しているが、かつてブルトンはシュルレアリスムのルーツのひとつとしてルイス・キャロルの名を挙げ、『黒いユーモア選集』に『不思議の国のアリス』を収録したのだった。シュルレアリスムもまた「アリスの子どもたち」のひとりだったのである。
でもたぶん、このアルバムの核心はもっと別のところにあるんだと思う。全4曲のなかでもっとも耳に残るのは、民俗的な要素とは別に妖しげな躍動感を携えた2曲め“Rite Of The Maypole”で、その微かなサイケデリアにはどこかブロードキャストの楽曲を思わせるところがある。この回想力・喚起力こそが本作の肝だろう。『Children Of Alice』は、全体としてはかつてブロードキャストが鳴らしていたサウンドとは異なる雰囲気を漂わせているが、その部分にはブロードキャストを想起させる音の数々が埋め込まれている(そしてそれはおそらく意図して生み出されたものではないのだろう)。それゆえ僕たちはこのアルバムを聴いたときに、トリッシュ・キーナンのことを思い出してしまうのである。もしこれらのフォーク・サウンドに、キーナンのメロディと歌声が乗っかったらどうなるのだろう、と。けれど彼女はもう、存在しない。ブロードキャストとは別の試みを実践しているはずのチルドレン・オブ・アリスは、しかし、不可避的にかつての良き日々を、あの頃の思い出を滲み出させてしまうのである。
僕たちはいつも、忘却に失敗する。僕たちはちゃんと死者のことを忘れてあげることができない。僕たちはいつまでも、喪に服し続ける。それが良くないことだと知りながら。

