「S」と一致するもの

interview with Sherwood & Pinch - ele-king


Sherwood & Pinch
Man Vs. Sofa

On-U Sound/Tectonic/ビート

DubDubstep

Amazon Tower HMV

 ロンドンから北西に向かったハイ・ウィコムという街で10代の少年エイドリアン・シャーウッドはレゲエと出会った。彼はほどなくしてDJを始め、その後、音楽業界に関わるようになり、20歳になるころにはレコード店を運営するようになっていた。UKダブの歴史に名を刻むことになる伝説の始まりだ。

 流通会社を立ち上げたほか、複数のレコード・レーベルを運営したシャーウッドは、1980年になると、プロデューサー・エンジニアとして独自のダブ・ミックスを、ジャズからインダストリアルまであらゆる音楽へ積極的に施していった。彼が関わったプロジェクトの数は圧倒的だ。彼のディスコグス・ページを見るだけでも、その膨大さがわかるはずだ。アフリカン・ヘッド・チャージとのサイケデリックなアフロ・ダブ。デペッシュ・モードのリミックス。リー・スクラッチ・ペリーとのスタジオ作品。タックヘッドとのエクスペリメンタル・ヒップホップ。ほかにもプライマル・スクリーム、ナイン・インチ・ネイルズ、マシーンドラムなど、挙げればきりがない。そんな彼が近年活動をともにしているのがDJピンチだ。

 ピンチは2005年にレーベル〈テクトニック〉を設立。ブリストルを拠点にダブステップの先駆者としてシーンを牽引した。ダブステップがメインストリームな音楽になっていき、定常化した音楽となっていくなかで、彼はテクノ、インダストリアル、グライムなどほかのジャンルへダブステップを拡張していき、新鮮なサウンドを提供し続けてきた。00年代後半にはファースト・アルバム『Underwater Dancehall』を発表。以降も〈コールド・レコーディングス〉の設立や、シャクルトンやマムダンスとの共作など、常に革新的な音楽を志向し続けてきた。

 シャーウッド&ピンチは2013年に2枚のEP「Bring Me Weed」と「The Music Killer」を発表したものの、プロジェクトへ本格的に着手することになったのは、2013年におこなわれたSonar Tokyo公演でライヴ・パフォーマンスをおこなうことになってからだった。そして2015年に発表したファースト・アルバム『Late Night Endless』から2年、待望の新作『Man Vs. Sofa』が先月発表されたばかりだ。同作はこの2年間に生まれた変化を見事に反映したアルバムとなっている。作品の背景を聞き出すべく、リリースに先駆け東京公演のために来日していたふたりにインタヴューをおこなった。

以前は〈Tectonic〉ミーツ〈On-U Sound〉みたいなサウンドだった。でも今回のアルバムは、俺とピンチというアーティストの融合なんだ。俺たちが、よりひとつになれている。 (シャーウッド)

新作の発表おめでとうございます。前回の『Late Night Endless』からこれまでの2年間、ふたりはどのように過ごしてきましたか?

ピンチ(Pinch、以下P):この新作を作っていたよ(笑)。

エイドリアン・シャーウッド(Adrian Sherwood、以下S):アルバムを5分で作ることはできないからね。この2年間をかけて少しずつアルバムを仕上げていったんだ。例えば“戦場のメリークリスマス”のカヴァー(『Man Vs. Sofa』の収録曲)は、『Late Night Endless』の制作時に作り始めていたけど、なかなか満足できなかった。だから、今回のアルバムでいちばん古いのはあの曲で、それ以外の収録曲はすべてこの2年で作ったよ。

“戦場のメリークリスマス”をカヴァーしようと思ったのは?

S:以前からあの曲のメロディが好きだった。坂本龍一も好きだし、“Forbidden Colours”ヴァージョンのデヴィッド・シルヴィアンの歌も好きだったからカヴァーすることにしたんだ。歌詞を入れてみようと試したり、何種類か違う方法でレコーディングしたりして、やっとパーフェクトなものが完成したよ。

P:よりサイケデリックな仕上がりになったから、前回のアルバムよりも新作によりフィットすると思う。前回のアルバムは、もっとトライバルでリズミックだったからね。ニュー・アルバムは、もっとサイケデリックでダイナミックなんだ。今回は、俺のスタジオで作ったものをエイドリアンのスタジオに持っていって、そこから発展させていって作ったトラックが多いね。でも表題曲の“Man Vs. Sofa”は、エイドリアンのスタジオでノイズができたところから始まった。今回のアルバムでは、そういうふうにしてエイドリアンのスタジオで作り始めた曲もあるし、それぞれにアイディアを持ち寄ってそれを組み合わせた曲もあるんだ。ふたりで作ったトラックがたくさんあって、その中から今回のアルバムにフィットするものを選んでできたって感じだね。

アルバムにしようと意識して制作するようになったのはいつ頃ですか?

S:2年前だね。

というと『Late Night Endless』をリリースした直後ですか?

S:いや、そういうわけじゃない。ファースト・アルバムをリリースしてから1年後にまた一緒にスタジオで作業しようって決めたと思う。

P:待って。それだと2年前に作り始めたことにならないだろ? エイドリアンの計算って、ときどきおかしいんだ(笑)。

S:そうなんだよ(笑)。1年じゃなくて、2、3ヶ月かな。スタジオに戻って、ピンチが俺に送ってきたトラックをもとに作業を始めたんだ。

P:ファースト・アルバムが2015年の春で、そのあと同じ年の冬くらいにセカンドのために作業を再開したんだと思う。

ファースト・アルバムと今回のアルバムでは、どちらの制作期間が長かったんでしょうか?

S:ファーストの方が制作期間は長かったね。

ふたりが出会ったのは2011年ですよね? ピンチがファブリック(ロンドンのクラブ)でやったイベントへエイドリアンをブッキングして、そこから親交を深めていったそうですが、『Late Night Endless』はその時点から作り始めたんでしょうか?

P:俺たちが最初にリリースした作品は12インチの「Bring Me Weed」で、出会った時からアルバムを作ることを考えていたわけではないんだ。

S:「Bring Me Weed」が最初の12インチで、そのあとEPの「The Music Killer」を出して、アルバムはその後だな。

P:アルバムのために曲を作り始めたというよりは、ライヴのために曲を作ったり、スタジオで曲を作ったり、時間がある時にふたりでとにかくトラックを作っていた。

さっき、ファースト・アルバムの制作期間について尋ねたのは、『Late Night Endless』よりも、『Man Vs. Sofa』のほうが作品に一貫性を感じたからなんです。

S:そうなんだよ。ふたりで制作を始めた頃は、ふたりで何ができるのかを模索していて、サウンドシステムの人がエクスクルーシヴのダブプレートを持っているみたいに、自分たちだけにしかプレイできないトラックを作ろうと思っていた。そうやって何曲か作っているうちに、アルバムを作っている感じになったんだ。でも今回は、マーティン・ダフィが参加していたり、一貫性のある雰囲気になっていたりと、サウンドをまとめる要素がたくさんある。俺とピンチがしっかりと混ざり合っているね。正直、『Late Night Endless』は違うものが色々と入っている感じだった。

かなり小さい時からエイドリアンの音楽を聴き続けてきたんだ。だから、彼のインパクトや影響は自分にとってすごく大きい。その影響が、俺とエイドリアンの共通点に繋がっていると思うんだ。様々な音楽要素を取り入れ、色々な方向に進みながら、ムードのある自分の音楽を作る。エイドリアンも俺の音楽からそれを感じ取ってくれたと思う。 (ピンチ)

なるほど。前回と比べて、制作環境は変わりましたか?

P:エイドリアンが、以前よりも広くて新しいスタジオ・スペースに移ったんだ。前回と比べて制作環境が良くなったと思う。あと、古い機材をたくさん手に入れて使ったんだ。

S:環境は今回の方が良かったと思うね。俺の家と息子の家の間にスタジオを作ったんだよ。だから庭と庭の間にスタジオがあるんだ。面白いだろ?

P:本当に変わっているんだよ。エイドリアンの庭を歩いて、もともと塀だったところをくぐると違う家なんだ(笑)。

S:機材に関しては、ずっと探していたけどなかなか手に入らなかったものを手に入れて使うことができた。

P:俺はいつもデジタル的な考え方で音楽にアプローチしてきたんだけど、エイドリアンに説得されて、自分のスタジオでも前よりアナログのものを使うようになったよ。

逆に、エイドリアンがピンチの影響を受けてデジタルになった部分はありますか?

S:必要なのはPro Toolsくらいだな。あと、それを操作してくれる人。俺は年だから、あまりそういうのは操れないんだよ(笑)。ものすごく怠け者だからな(笑)。でも、俺のエンジニアのデイヴ・マクィワンが最高なんだ。できることならどこにでも彼を連れていきたいくらいだよ。

機材について詳しく教えてもらってもいいでしょうか?

P:ライヴではAbleton Liveを使っているけど、トラックを作る時はLogicを使っている。あとはVSTや色々なエフェクトを重ね合わせたものをコンソールに戻してアナログ機材を通じてさらに加工する、というのが俺の作業の流れだね。

S:俺は、イギリスのAMSっていう会社のファンだったんだ。そこの製品はもう作られていないんだけどね。俺はAMSのディレイとリヴァーブをずっと使ってきた。あとアメリカの機材も好きだよ。今年はOrbanのEQとスプリング・リヴァーブを買ったよ。高くないし、ずっと欲しかったんだけど、なかなか手に入れられずにいたんだ。しかも安いんだ。あとは、Fulltoneのテープ・ディレイも買ったな。もう1台欲しいと思っていたんだ。いちばん重要なのがEventide。俺はEventideの大ファンなんだ。Eventideも高くないよ。EventideのH9は本当に素晴らしいマシンで、みんなにオススメしているよ。あと何年も探していたのがLangevin。ここのEQは〈タムラ/モータウン〉の作品すべてで使われているし、キング・タビーやサイエンティストのEQスイープでも使われている。彼らのレコードを聴いていると見事にLangevinが使われている場面がけっこうあるよ。普通のEQとは違って独特の回路になっているんだ。

P:ハイハットとかに向いているね。

S:あとリヴァーブやドラム・サウンドにも向いている。このEQでかなりのドラム・サウンドを加工したよ。

最新作のプレス・リリースに、サウンドシステムで今回のアルバムを聴くとボディーブローのように身体に効くサウンドでありながら、ヘッドフォンで聴くと意識を没頭できる音楽だと書いてありました。アルバムを聴いて確かにそうだなと思ったのですが、どのようにしてそういったサウンドを作り上げたんでしょうか?

P:そのふたつのアイディアをミックスダウンの時に忘れないようにすることかな。サウンドシステムで聴くと身体で感じられるサブベースが、ヘッドフォンではそこまで伝わってこない。例えばブリアルなんかの音楽だと、ディテールがすごく緻密で微細だけど、それをサウンドシステムで鳴らしても、そのディテールがわかりにくい。サウンドシステムの大きなボリュームに比べて音がさりげなさすぎて聴き取りにくいからね。だからミックスダウンの時に、サウンドシステムから感じられる音のパワーと、ヘッドフォンで聴いたときに意識を没頭できる細かいディテールの両方を兼ね備えたスペースを作ることが大事なんだ。

前作と比べて、今回はヴォーカルを使ったトラックがかなり減っていますね。

S:それは意識してやったことなんだ。以前は〈Tectonic〉ミーツ〈On-U Sound〉みたいなサウンドだった。でも今回のアルバムは、俺とピンチというアーティストの融合なんだ。俺たちが、よりひとつになれている。ヴォーカルを入れすぎてしまうと、その俺たちらしさが薄れてしまうだろ? 今回はふたりのポテンシャルを追求しているんだ。

そういった中でもリー・スクラッチ・ペリーやスキップ・マクドナルドの声が使われているのは、歌としてというより、音の要素のひとつとして彼らのヴォーカルが使われているのでしょうか?

S:ちょっとしたフックとして使っているだけだね。

P:例えば、リー・ペリーが参加しているトラックも、最初から最後まで歌声が入った普通のヴォーカル・トラックじゃない。もっと音楽が呼吸できるスペースがある。タズにしたってそうだ。タズのスタイルはもっとグライムっぽいけど、ずっと声を発しているわけじゃないし、歌モノになっているわけでもない。声によるテクスチャーとして使っているんだ。

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ひざの手術をしたいと思っても、ひざの知識だけではどうにもできない時もある。身体全体のことを知っていることが必要な時だってあるだろ? (ピンチ)

エイドリアンはこれまで多くのミュージシャンやプロデューサーとコラボしてきました。ピンチはいわゆるDJカルチャーのアーティストですが、ふたりのコラボレーションをどのように感じていますか?

S:ピンチとのコラボは、すごく理にかなっているんだ。ピンチは〈On-U Sound〉やレゲエ、ヒップホップ、コンテンポラリー・ダンス・ミュージックの歴史を理解している。これまで、デペッシュ・モードやタックヘッド、ザ・マフィアといった様々なアーティストとコラボしてきたけど、その結論としてピンチとコラボするようになったと言えるかな。俺はダンスできる音楽をずっと制作してきたし、家でも楽しむことができる音楽も制作してきた。クラブ・ミュージックに関わるときは、ただクラブにとってパーフェクトな作品であることだけじゃなく、家で聴いても楽しめる、クラブを超えた作品を俺はイメージするんだ。それを一緒に実現できるのがピンチなんだよ。

数々のアーティストとコラボしてきた中で、ピンチとコラボをしてみて何に新鮮さを感じましたか?

S:彼には、誰よりもシンパシーを感じる。誰かと作業し続けるにあたって、それは本当に重要なことなんだ。ピンチとのコラボは本当に心地がいい。俺とピンチは、最高のコンビネーションなんだ。誰でもいいってわけじゃないんだ。下手にコラボするくらいなら、自分の家でゆっくりしていたいね。コラボするなら、楽しくてワクワクするものじゃないとな。ピンチは本当にクリエイティヴだし、新鮮なアイディアを持っている。俺たちは互いの可能性を広げて、いちばんいいところを引き出し合えるんだよ。

P:あと、俺はすごくおいしいお茶を入れるよ(笑)。

S:俺は料理だな(笑)。

あはは! ふたりは互いのどういうところにシンパシーを感じていますか?

P:俺は、幼い時から兄を通して〈On-U Sound〉の作品をずっと聴いてきた。『Pay It All Back Vol.3』とかのコンピレーションをテープで持っていたし、ダブ・シンジケートのアルバムとかね。かなり小さい時からエイドリアンの音楽を聴き続けてきたんだ。だから、彼のインパクトや影響は自分にとってすごく大きい。その影響が、俺とエイドリアンの共通点に繋がっていると思うんだ。様々な音楽要素を取り入れ、色々な方向に進みながら、ムードのある自分の音楽を作る。エイドリアンも俺の音楽からそれを感じ取ってくれたと思う。だよね?

S:その通り。

そこから現在にいたるまで一緒に音楽を作り続けていますが、出会う前は知らなかったけど、出会ってから気づいたお互いの面は何かありますか?

P:俺が知っていた以上に、エイドリアンの音楽スタイルの幅は広い。本当に計り知れないよ。バンド、アーティスト、ヴォーカリストといった様々なミュージシャンとコラボしているし、一緒にいると本当にいろんな話が聞けるよ。彼が関わったプロジェクトの数はすさまじい。制作面でもエイドリアンとコラボしていろいろと学んだよ。特に、フェーダーやパンをどう処理するのかってことをね。パンの処理やステレオ音場の捉え方から、トラックに動きやスペースを生み出していけるんだ。コラボを通じて得たものを自分のプロジェクトでも活かそうと心がけているよ。

S:俺は時期によってリズムを担当する人が変わるんだ。フィッシュ・クラークやスタイル・スコットとかね。どの時期にもリズムを構築する大事な役割の人がいて、ここ数年、その役割を担当しているのがピンチなんだ。最近はライヴ・ミュージシャンの音をとりあえずカッティング処理するようなことをしたくないんだ。一緒にグルーヴまでもカッティングしたくないし、つながっている感覚が好きだからね。だから今はピンチとのコラボがしっくりくる。

制作をする時に、これをやったら相手が喜ぶんじゃないかなというのを意識しますか? それとも、自分が好きなものをまず相手に提示しますか?

S:俺が何を気に入るかをピンチが考えることが多いと思う。リズムを作っているのはピンチだからな。俺の気に入りそうなアイディアをピンチが持ってきて、俺がそこから気に入ったものを使って、それを基盤に俺のアイディアを加える。基本的に俺たちのトラックはそこから進化してくんだ。

P:自宅で制作するとき、常に方向性がはっきりしているわけじゃないけど、自分の中でこれはシャーウッド&ピンチのプロジェクトに向いているなって思えるリズムやトラックがある。そういう点では確実に意識しているね。

ジャンルに関係なく、聴いていてどこか他の世界に連れていってくれるというのが音楽の魅力と素晴らしさ。癒しの力があり、パワフルでもある。ジャズでもダブでも、それは変わらないね。 (シャーウッド)

エイドリアンはダブの手法をダブ以外の音楽で起用したパイオニアであり、最近ではにせんねんもんだいのダブ・ミックスが話題になりました。以前読んだ記事で、あなたはごちゃごちゃしていない音にすることが大事だと言っていましたが、そこをもう少し詳しく聞かせていただけますか?

S:例えば、にせんねんもんだいのレコードを聴いてみると、あのレコードではハイハットがたくさん使われている。表ではあまり複雑なことは起こっていないけれど、ピンチが話していたブリアルの作品と同じで、深いところでは様々なことが起こっている。それがサウンドをより一層魅力的にしているんだよ。俺はにせんねんもんだいのアルバムが大好きだったから、あのレコードでの挑戦は、シンプルさをできるだけ美しく提示することだった。だから、すごくシンプルなテクニックを使って、音源に輝きを加えたんだ。ほんの少しだけ手を加えるアプローチを取って、音の分離と全体像、それに、強度が素晴らしくなるように心がけたよ。それとは別に、多くのことが起こっている音楽もあるよね。レゲエで言えば、スネアはここ、ハイハットはここ、キックドラムはここ、っていう感じで絵みたいにトラックの全体像を捉えるんだ。そこで俺にとって重要なのは、EQ、スペース、サウンド。ひとつひとつの要素がハッキリと聞こえるようにして、耳に飛び込んでは消えるようなサウンドにするんだよ。エイジアン・ダブ・ファウンデーションやプライマル・スクリームのようなロック・バンドみたいに多くの要素が詰まった音楽でも、すべての楽器を適切に配置してハッキリと聞こえるようにしないといけない。そういう密度が高いものを扱うときは、すべてを適切にEQ処理しないといけない。あまりにも要素が多い場合は、いくつか要素を全部か一部を取り除くことも考えられるね。リフの要素を半分にするとかね。

P:ダグ・ウィンビッシュが言っていたんだけど、ミックスでは「道」を理解することなんだ。トラックで鳴っている音にはそれぞれの道があって、その道を聴き取れるようにすることが大事なんだってね。

ミックスにおいて、ピンチがエイドリアンに何かリクエストをすることはありますか?

P:ミックスはエイドリアンの役割ではあるけど、俺はいつも一緒に部屋の中にいる。で、このスネアはちょっとヘヴィすぎるんじゃない? とか、たまに意見を言うんだ。でも、やっぱりエイドリアンはスペースを作るのがうまいから、そこまで言うことはないね。

最後にヘヴィな質問をひとつ。UKダブの歴史は、ジャマイカ移民の話抜きでは語れないと思うのですが、そういう意味では、移民というのは文化的な面で良いところもあると思うんです。それを音楽のスタイルやジャンルに置き換えるとすれば、エイドリアンはさっきも話したようにダブを他のジャンルに持ち込んで新しいものを生み出し、ピンチは、ダブステップから始まりはしたものの、それをテクノやハウスに取り込み、すごく面白い音楽を作っています。しかし今、世界では移民に対して反感が巻き起こっていますよね。同じようなことが音楽に起こった場合、例えば、ダブステップ以外の音楽と認めない、というような状況になった場合、その音楽はどのようになると思いますか?

S:つまらなくなるだろうね。

P:進化しなくなると思う。新しいものが生まれなくなるし、亀裂がおこる。その亀裂が不和を起こすし、視野を大きく持てなくなって、自分が見ているものがすべてだと思い込んでしまう。色々なものを受け入れることで、より広い世界が見られるようになるよね。

これまでどのようにして、視野が狭くならないようにしてきました?

P:矛盾しているように聞こえるかもしれないけど、ひとつのことに専念することにも価値はある。要は両方の考え方を受け入れる意識を持つことが大事なんだ。視野を狭くすることで専門的なレベルで何かを詳しく理解するようにはなるだろうし、例えばそれが医療だとすれば、その知識はすごく役に立ち、特定の手術を可能にするかもしれない。でも、それが可能なのは身体の構造について広範な知識を知っているからだ。ひざの手術をしたいと思っても、ひざの知識だけではどうにもできない時もある。身体全体のことを知っていることが必要な時だってあるだろ? それと同じさ。だからどちらかひとつってことではなく、ふたつとも必要なんだよ。答えになってないよね(笑)?

S:俺は良い答えだと思うよ。ジャンルに関係なく、聴いていてどこか他の世界に連れていってくれるというのが音楽の魅力と素晴らしさ。癒しの力があり、パワフルでもある。ジャズでもダブでも、それは変わらないね。

Emptyset - ele-king

 爆風のような強靭なノイズ・リフと地響きのような重厚なベース。このふたつが絡み合うことで生成するサウンドは、聴き手の感覚に、あらゆるものが消失したゼロ地点を想起させる。あらゆる知覚が爆音とともに一瞬の光の最中、消失してしまうような感覚。それは廃墟へと至る直前のフラッシュである。もしかするとこれは死の欲動に近いものかもしれない。
 冷たいコンクリートのようなエンプティセットのサウンドには、不思議とそのような光と死の感覚が横溢している。つまり、とてもヘビーで、しかし快楽的なノイズの反復と逸脱が、この新作『ボーダーズ』には横溢しているのだ。

 ノイズによる不安定かつ硬質かつ重厚なサウンドのリフによってトラックを構成し、聴き手の聴覚に強靭に刺激を与えること。ラディアンの新作『オン・ダーク・サイレント・オフ』が、音響的に処理されたリフを導入した(ポスト)ロックの現在とするならば、この エンプティセットの新作はノイズ・リフの刺激によって知覚を支配するような電子の(アフター)ロックだ。そのふたつのバンド/ユニットの追及において共通している点は、ノイズ=音響をリフなどのパターン化を通じて、ノイズの意味をもう一度、問い直している点にある。ラディアンは演奏を解体してみせる。エンプティセットは、ノイズ/パターンを一瞬の光のように炸裂してみせる。加えてベースの存在感が、彼らの音楽がベース・ミュージックへと至るブリストルのクラブ・ミュージックをルーツに持っていることを象徴している。

 そう考えるとエンプティセットの新作が、ラディアンと同じく〈スリル・ジョッキー〉からリリースされたことは、やはり象徴的な出来事に思える。〈サブテクスト〉、〈ラスター・ノートン〉、そして〈スリル・ジョッキー〉。いっけんブリストルの轟音電子ノイズ・ユニットの行き着く先としては意外のように思えるが、しかし〈スリル・ジョッキー〉は、ザ・ボディのアルバムもリリースしており、いわゆるシカゴ音響派(今さらの名称だが)的な音楽性のみなずらず、パンク以降のロックを追及しているレーベルなのだから必然といえよう。

 昨年リリースされたラディアンの『オン・ダーク・サイレント・オフ』が、音響派以降におけるロックの現在を追及した音楽であるとするならば、このエンプティセットの本作は、電子音響以降のロックの現在を追及している。まさしく2010年代的なインダトリーなサウンドを象徴するユニットであり、アルバムだ。前作『リキュア』から足掛け4年、エンプティセットは、確実に進化を遂げている。

POWELL - ele-king

 UKテクノ・シーンの未来を担うと言って良いでしょう。パウウェルがついに来日します。大推薦しますね。NHKコーヘイも出演します、あと李ペリーさんも。

POWELL LIVE IN TOKYO 2017
2017年3月30日(木)
open19:00/start19:30
Adv: 3,000yen(+1 drink order 500yen)

Line Up /
POWELL (DIAGONAL / XL RECORDINGS / UK) [Live]
NHK yx Koyxen (DIAGONAL / L.I.E.S. / PAN / JP) [Live]
Le Perrie [DJ]


(チケット情報)

プレイガイド /
PIA (P:325-929), LAWSON (L:77369), e+
Eチケット / RA, CLUBBERIA
取扱い店舗 / DISK UNION SHIBUYA CLUB MUSIC SHOP, DISK UNION SHINJUKU CLUB MUSIC SHOP, DISK UNION SHIMOKITAZAWA CLUB MUSIC SHOP, DISK UNION KICHIJOJI, TECHNIQUE, UNIT

POWELL(パウエル)
本名Oscar Powell(オスカー・パウエル)
UKテクノ、次世代の本命。人気レーベルDiagonalを立ち上げ、2011 年に「The Ongoing Significance Of Steel & Flesh」をリリース。シーンの寵児となる。翌年には「Body Music EP」をリリース。その後はTHE DEATH OF RAVEや(ミュート傘下の)LIBERATION TECHNOLOGIESといったレーベルからもリリースし、英名門レーベル、XL Recordingsと契約。2015年に「Sylvester Stallone / Smut」を発表。昨年はアルバム『スポート』を発表。

『わたしは、ダニエル・ブレイク』 - ele-king


文:坂本麻里子

 『麦の穂をゆらす風』(2006年)に続き、社会派の英監督ケン・ローチと彼の長年のコラボ相手である脚本家ポール・ラヴァーティに二度目のカンヌ映画祭パルム•ドールをもたらした『わたしは、ダニエル・ブレイク』。心臓発作に襲われ休職中59歳の指物師ダニエルが福祉制度の冷酷なメカニズム、些細なミスにより求職活動を余儀なくされる矛盾といった「お役所仕事」の迷路を相手に葛藤する様と、家主の横暴で住居を失いやむなくロンドンからニューカッスル(2都市間の距離は約400km、電車でほぼ3時間)に引っ越して来たシングル・マザー:ケイティーと彼女の子供たちと彼の出会いから生まれる疑似家族的な触れ合いを描いている。
 労働者に降り掛かる悲劇、そして住宅問題というのは、庶民を主役に多くの作品を撮ってきたローチにとって目新しいテーマではない。前者に関しては、国鉄民営化に伴いリストラされたシェフィールドの鉄道工たちの悲劇を群像的に描いた『ナビゲーター:ある鉄道員の物語』(01年)。キャストの多くを地方クラブ回りの芸人が演じた意味でもニューカッスル出身の漫談師デイヴ・ジョンズを初主役に抜擢した本作がだぶるし、暗いストーリーへの反発としてコミック・リリーフが効いているのも同様だ。
 テレビ映画作品ゆえ日本への浸透度は低いかもしれないが、後者はイギリスで『ケス』と並ぶローチの初期の代表作とされる『Cathy Come Home』。家出し結婚したものの、事故による夫の失職他次々に襲う悲劇で路頭に迷い、遂には社会福祉課に愛児たちを取り上げられる主人公キャシーの零落をドキュメンタリー調で綴ったこの作品はBBC放映時に賛否双方大きな反響を呼び、ホームレス・チャリティ団体の発足にも繫がったとされる。しかし『Cathy〜』が放映されたのは奇しくも1966年。前作『ジミー、野を駆ける伝説』後に長編フィクション映画制作からの勇退もささやかれたローチは、50年後の自作の伴奏部にこの問題を再び含めずにいられなかったことになる。そのフラストレーションと怒りは大きかったはずだ。
 そうしたいくつかの前知識や「観るのがきつそう」というメンタル面での覚悟は、しかし実際に『ダニエル・ブレイク』を観るに当たって必要ではない。メッセージこそ重いものの、その伝え方はある意味ぶっきらぼうなほどストレート、小細工なしの情熱的なものであるため観る側も武装解除されてしまう。細かな観察眼や息を飲まされる静かな衝撃といったローチ味も健在ながら、一部にぎこちなさはあるし「完璧な映画」ではない。映画の読み方に慣れている人であれば前半を観れば結末がどうなるかだいたい予想がつくであろう、実にシンプルな筋書きの100分だったりする。
 だが、積み重なっていく出来事、行動、そこに生じる結果を有り体に見せることに徹した本作の大文字な作り──白黒明快キャラクターや曖昧さゼロのストーリーは寓話すら思わせる──は意図的なアプローチであり、「伝えたいことの本質にまで映画をそぎ落とせる」、80歳のベテランならではの腕ではないかと思う。泣かされる作品なのだが、ストイックなゆえにメロドラマに陥ってはいない。思わずこぼれた涙は悲しみで濁っただけのそれはなく、同時に怒りに沸騰させられ、一滴の希望にまで蒸溜された、とても透明度の高い涙だった。
 ゆえに、システムに小突き回され何もかも失っていく人間を追った「惨めなだけ」の作品という印象は残らない。ダニエルの優しさや思いやり、底辺にあっても捨てない誇りは、周囲に様々な形で影響を与えていく。そこから広がる小さな助け合いと「半径5メートルの共同体」は観る者の中に希望の灯りを点す。主役のキャラ造型に対し、「酒も飲まず、清廉潔白。こんな聖人みたいな『労働者階級』が現実に存在するはずがない」との批判する声もイギリスの右派メディアから上がっていた。だが、そんな風に他者を信じられない=誰もが同じく人間である事実を回避し偏見を助長するシニシズムこそ、社会を様々な形で分断していく見えないガンのようなものだろう。

 ダニエルが「わたしは、ダニエル・ブレイク」と訴える姿に、キューブリックの史劇『スパルタカス』の有名な場面を思い起こした。奴隷の反乱を鎮圧すべく、ローマ軍は首謀者スパルタカスさえ差し出せば他の連中の命は救ってやる、と脅しをかける。しかし奴隷たちは次々と「I'm Spartacus!(わたしがスパルタカスです)」と名乗りをあげ、ローマ軍の奸計は無為に終わる。非力な存在でも、連帯し太い綱になれば抵抗は可能。筆者が本作を観たのは地元の映画クラブ主宰の無料上映会だったが、上映後、会場のパブに詰めかけた200人以上の観衆からわき起こった大きな拍手はダニエルの境遇を「自分には他人事、関係ない」と片付けられない人々の良心、そして「わたしも、ダニエル・ブレイク」の共感の現れだと思った。大予算やビッグ・ネームなキャストとは無縁のこの実にささやかな映画は、大きな励ましの声を響かせている。

文:平田周

 映画を含むあらゆる芸術は社会的効用という基準とは独立した価値基準を有する、と言われる。こんなことは、ハイカルチャー/サブカルチャーの区別なく、小説、映画、漫画に没頭しているうちに気づいたら朝を迎えていたり、あるいはなぜか思わず夜を踊り明かしたりしてしまったような「頽廃的な」経験のある人間にとっては、あまりにも自明なので意識にすらのぼらないことかもしれない。そこにはまず快楽とその肯定だけがあればいいのであって、共有される意味や普遍的な価値など別になくてよい。ましてや、いまはファシズムの時代でもあるまいし、特定の政治的目的への奉仕のための手段としての芸術、いわゆる〈プロパガンダ芸術〉という言葉で了解されていたものを「楽しい」と思う人間はそう多くはない。
 他方で、映画にかぎって話をすれば、どんな作品も、ジョン・カーペンターの傑作SF映画『遊星からの物体X』(1982年)の未知の生物のようにまったく見知らぬ惑星で生まれたというわけではなく、特定の社会的時代背景のなかで産み出される。翻って、どんな映画作品も、実話に基づいたものであれ、フィクションであれ、何らかのかたちで社会関係を演出し、社会を映し出し、それについて吟味し、判断を下している。映画にはすでに社会への視線が、こう言ってよければ、〈社会批判〉的な観点が備わっている。社会批判はけっして映画というメディアそれ自体の目的でも責務でもないが、そこに潜在的な次元として孕まれている。社会派、あるいはリアリズム映画と呼ばれるジャンルは、そうした映画にある社会批判のポテンシャルを引き出し、現実に働きかけようとするものである。リアリズム映画は、声なきものに声を与え、人が目を向けない人々の日々の生活を可視化し、迷宮のように張り巡らされている社会関係の網の目のなかで作動している現実のメカニズムを浮かび上がらせようとする。
 2016年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞したケン・ローチの新作『わたしは、ダニエル・ブレイク』は、大工である主人公ダニエル・ブレイクが出口のないカフカ的な状況にはまり込んでいくところから物語が始まる。建設現場での心臓発作のために倒れたブレイクは、医者に仕事をやめるように言われ、社会保険の給付の申請を行う。しかし「ヘルス・ケア・プロフェッショナル」なる受給の可否の査定に関わる職員には就労可能と見なされる。結果、ブレイクの申請は受理されず、ジョブセンター(「公共職業安定所」と訳されることもあるが、ハローワークのような雇用の斡旋のみならず社会保障サービスも行うイギリス特有の事務所)に行けば失業者扱いされ、ただセンターの規則に従うことが求められ、最終的に職探しを行う以外の活動の選択肢を奪われる。こうした不可解な状況は、他人に事情を説明することも困難なために、いっそう強められる。実際、ダニエルは制度の規則にしたがって、履歴書を小さな会社の雇用者たちに渡し歩いた結果、ある雇用者から採用の電話を受けるが、病気なので働くことができない旨を伝えざるをえない。それに対するある意味当然の反応として、「じゃあなぜ履歴書を渡したんだ」と怒って相手は電話を切るのである。
 このようなある種の不条理なダブル・バインドの下、ダニエルの生活を不安定なものにする社会関係がある一方で、映画が不思議と賑やかで温かみをもつのは、「チャイナ」という愛称の隣人、そして映画のもう一人の主人公と言ってよい、ディランとデイジーという名の二人の子供をもつシングルマザー、ケイティとのあいだにダニエルが紡ぐユーモアあふれる人間関係によるものである。とはいえ、二人の生活もブレイクと同様に不安定である。チャイナはちょっとした闇商売にダニエルを少し関係させる。ロンドンの社会住宅が不足しているという理由で、映画の舞台であるニュー・カッスルの社会住宅を割り当てられたケイティは、越してきたばかりで道に迷い、また二人の子供を連れていたため、ジョブセンターの職員との約束の時間に遅れ、ペナルティとして福祉の給付を停止される。生活に困った人間同士がそれぞれのニーズに合わせて助け合う一方で、本来そうした人々を助ける側の制度の人間は規則にがんじがらめにされて、身動きが取ることができなくなっている様子がスクリーンには映し出される。この対比がよく示されているのは、「IT弱者」のブレイクがオンラインでの社会保険の申請するのを助けようとした心あるセンターの女性職員が、規則に反するとして上司にきつくとがめられる一方で、中国の友人とスカイプするチャイナがその申請を助ける一連の場面である。それは硬直したシステムと人々の相互扶助的な関係とのコントラストなのである。
 だが、貧しい者たちが互いに肩を寄せ合うという現実と、それだけでは生活を送るのには不十分であるという現実はなにも矛盾しない。この映画もこれまでのケン・ローチの多くの作品と同じく大団円やハッピー・エンドを迎えることはない。ただ彼の映画は、幸福であれ不幸であれ、「終わりのない」現実の社会に観客を立ち返らせ、問題を意識させようとする。ローチはどんな社会への批判的な眼差しを投げかけているだろうか。映画では、登場人物たちが生活のなかで経験する苦しみを個人の心理的・病理的次元で説明することが徹底的に拒否される。なぜチャイナが少しばかり違法な商売に手を出すかと言えば、怠け者だからではなく、朝の5時に呼び出されて1時間だけ働かせられ4ポンドしか稼げないという労働条件のためである。ある印象的な場面で、ケイティがあまりにも「無様な」行為に及んだ後で恥じ入るとき、ブレイクが彼女に伝えるのは、「これは君のせいではない」、「なにも恥ずかしいことなんかない」といった言葉である。

 こうした貧困、過ち、苦悩の様々なかたちを通じてローチが示そうとするのは、それらが社会のなかで産み出されているという当たり前のことである。裏返しに言えば、社会は、まるで自らが存在しないかのように、あまりにも社会で起きた問題を個人に帰し、背負わせている。それは、サッチャー政権による新自由主義政策のもとでの社会福祉の後退と自己責任の強化の結果であり、ローチがラジオで戯画的に語ったことの大意を要約すれば、「家がない人間がいるとすれば、それはそいつが働かないからだと説明し、そして、社会的紐帯を破壊し、その社会的費用を個人や家族に転嫁すべく個人主義や家族主義のイデオロギーを強化するというのが新自由主義の論理なのです」。映画での社会問題の提示は、楽観的と言っていいぐらい明快である。自分は、税金も払って、市民の務めを果たしてきた。病気になって市民の権利を要求しているだけなのに、なぜフリーライダーのように扱われなければならないのか。なぜそんな理不尽な要求や手続きに従わなければならないのか。なぜセルフ・リスペクト(自らに対する尊厳)を押し殺して生きなければならないのか。自分は、消費者でも物乞いでも犬でもない、人間なのである、といったように。
 日本でも、経済的諸条件や技術的環境の変化とともに、社会に格差が広がり、労働の問題が表面化している。学生のなかで「ブラック」という言葉が盛んに用いられているのを見ても、ほとんど誰もがそうした不安の存在が確かであると感じている。とはいえ、そうした問題を個人レベルでなく集団レベルでどのように解決していくのかといった議論に関しては、「これからの社会を生き延びるのにこれを学べ」式の個人間の競争を煽る書籍が本屋で平積みにされている光景を見ると、それほど確かではないように思える。では、ローチの映画がただちに解決策を与えるかと言えば、それはもっと確かではない。ただ映画が観客に鋭く強烈に社会の現実を突きつけるというのは、本当だ。彼がリアリズムよりも「オーセンティシティ(本物であること)」という言葉で好んで自らの作品を形容するように、映画はオーセンティックな(唯一無二の)演出で社会の現実を体験させる。
 ローチは、生涯の映画のベスト3の1本にヴィットリオ・デ・シーカ『自転車泥棒』(1946年)を挙げている。この事実は、映画が、ネオリアリズモの精神に沿って、日常の平易な言葉を採用しながら、ハッと息をのませるようなしかたで、社会のなかで日々生まれる苦しみや怒りを見事に撮っていることの一端をよく説明してくれているように思える。本国イギリスに続いて昨年の10月から映画が公開されたフランスでのプロモーションでは、老若男女それぞれが、ブレイクに自らの姿を重ね合わせ、「わたしは、ダニエル・ブレイク」と発する声が用いられていた。映画を見れば、そんな共感とともに、日本ではしばしば恥ずかしいもの、もっと言えば、なにか非現実的なものとして蔑まれ、不信感さえもたれている「絆」や「連帯」、そして「平等」といった言葉の意味を見直し、社会感覚を研ぎすます機会に必ずやなることを請け合いたい。

interview with Asagaya Romantics - ele-king


阿佐ヶ谷ロマンティクス
街の色

Pヴァイン

RocksteadyPop

Amazon Tower HMV iTunes


 街にはいろいろな人がいる。学生もいれば労働者もいる。男性もいれば女性もいる。子どももいればお年寄りもいる。じつにさまざまな人びとが街を行き交っている。あそこに佇んでいる彼は買い物を終え休憩している最中だろうか、それとも恋人と待ち合わせをしているのだろうか。いますれ違った彼女は商談へ向かう途中だろうか、それとも飲み会へ急いでいるのだろうか。彼や彼女はどこで生まれ、どのように育ち、どのような事情でいまこの場所にいるのだろう。彼の好きな音楽はなんだろう。彼女の好きな映画はなんだろう。

 そんなことを想像しながら街を歩いていると、はっと我に返る瞬間がある。私がそうしていたように、彼や彼女もまた私を観察していたのではないか。あてどもなくぶらぶらと街を行くこの私の事情を、彼や彼女もまた同じように想像していたのではないか。このような気づきが訪れたとき、私は「私」になる。「私」は彼であり、彼女である。あそこの彼も「私」であり、ここの彼女もまた「私」である。じつにさまざまな「私」たちが街を行き交っている。


 阿佐ヶ谷ロマンティクスの音楽を聴いていて思い浮かべるのは、そういうどこにでもいる「私」たちの存在だ。それはある意味でとても無個性な「私」である。でも阿佐ヶ谷ロマンティクスはそんな無個性な「私」たちを、ロックステディのリズムに乗っけて夕焼けのかなたまで運んでくれる。『街の色』と題されたかれらのファースト・アルバムは、あるときはスウィートに、あるときはストレンジに、街を歩く「私」たちの歩幅にそっと寄り添う。このどこまでも暖かい珠玉のポップ・ソング集は、夕暮れの街を行き交うさまざまな「私」たちのサウンドトラックなのだ。

 この素敵なアルバムがどのように生み出されたのか、阿佐ヶ谷ロマンティクスのメンバーたちに話をうかがった。


自分は大学の頃からロックステディが大好きなので、歌謡曲っぽいというか、歌がちゃんと目立って、メロディがあって、歩く歩幅に合うような、聴いていて気持ちのいい音楽にしようというのはありました。 (貴志)

阿佐ヶ谷ロマンティクスの結成は2014年の春ということで、この春でちょうど3周年を迎えることになりますね。みなさんは(早稲田大学のサークル)中南米研究会で出会ったと聞いたのですが、まずは結成に至るまでの経緯を教えてください。


貴志朋矢(ギター。以下、貴志):そうですね。メンバー個人個人がみんな中南米研究会というサークルに入っていて、そこで知り合いました。サークルの引退ライヴみたいなものがあって、その後、結成当初からのマネージャーというか、佐藤タケシというのがもうひとりいるんですが、彼と私で外向きな活動をしていこうという話をしたんです。それまでは内向きな活動しかしていなかったので。

有坂朋恵(ヴォーカル。以下、有坂):それと同時期に、今サポートでギターをやっている荊木(敦志。結成メンバーのひとりで、このアルバムを出すタイミングでサポートになった)と私で何かやろう、という話になっていて。そのふたつのグループがくっついたような感じですね。

古谷理恵(ドラムス。以下、古谷):私と有坂は高校のときに同じ部活でやっていました。

アルバムにはロックステディやレゲエの要素もありますが、全体としてはまずポップスであることに重点が置かれていると思いました。それで、阿佐ヶ谷ロマンティクスの音楽的なルーツが気になったのですが、みなさんの音楽遍歴はどのような感じだったのでしょうか?


貴志:自分の音楽のルーツは小学生の時に聴いていたサザンオールスターズなんですけど、中学校入学と同時に心の変化があったのか、ガンズ・アンド・ローゼスとかに行って。

古谷:心の変化が(笑)。

貴志:それでエアロスミスとか大好きで聴いていて、高校ではエリック・クラプトンを好きになったり、ギタリストとしては真っ当な道を歩んでいたというか(笑)。

古谷:オーソドックスなギタリストの形(笑)。

それが、大学に入って中南研に入るというのはおもしろいですね。

貴志:うーん、なんで中南米なんだろ……。入った時に、今まで聴いたことのないリズムが印象的だったのを覚えていますね。カリプソとかを何十人もの人数でやっているのは斬新でしたし、それまで裏打ちの音楽に触れることなんて全然なかったので、大学に入って逆に「これだ!」と思いましたね。

なるほど。有坂さんはどのような音楽遍歴を辿ってきたのでしょう?

有坂:私は小さい頃から歌うのが好きで、小学生の時は合唱団に入っていたこともありました。中学の部活もコーラス部で、高校では軽音楽部があったのでそこに入りました。ジャンル的にわかりやすく音楽の趣味があったというよりは、ただ歌える曲を聴いて歌っていたというだけですね(笑)。合唱のときは地声よりも裏声を使うことの方が多かったんですが、でもそれがちょっと自分的に気持ちよくなくて(笑)。それで、ポップスを歌うようになっていきました。なので自分が歌って気持ちいいものを聴いて、歌っていたという感じです。

中南研にはどういう経緯で入ったのですか?

有坂:「ヴォーカルが足りないから歌って」と誘われて(笑)。

古谷:「フィリス・ディロンを歌えるのは有坂しかいない。頼む!」と(笑)。

有坂:それがすごく自分にもハマって。

古谷さん(の音楽遍歴)はどんな感じですか?

古谷:私は中学の時はBUMP OF CHICKENとかアジカンとかELLEGARDENとかが大好きだったんですけど(笑)、高校に入って新入生歓迎ライヴがあった時に、先輩がレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンをやっていて、「カッケー!」と思って(笑)。(軽音楽部に)入ってからは、くるりやはっぴいえんどをすごく聴いていましたね。クラムボンのコピバンを(有坂と)一緒にやったりしていました。スカパラを聴き始めて「スカってなんだ?」と思ったり、あとはフィッシュマンズを聴いたりして、「レゲエ、スカってカッコいい。ホーンとかいっぱいいるし、やってみたいな」と思って中南に入りました。

今ちょうどクラムボンの名前が出ましたが、有坂さんのヴォーカルを聴いていて、音程が変わるタイミングの声色や子音の発音のしかたなどから、原田郁子さんを思い浮かべたんですよね。

有坂:あー、ときどき言われます。クラムボンをコピーしていた時も感じたんですけど、すごく歌いやすくて。高校の部活は「まず完璧にコピーをして技術を上げていく」という風潮だったんですけど、もうその時から「似せなくても似ている」と言われていて。(クラムボンとは)違う曲をコピーする時は他のアーティストに寄せようとしていました。

今バンドはサポートになった荊木さんを含めて6人ですが、曲作りの際は誰かひとりメインとなる方が素材を持ってきて、それをみんなで練り上げていく感じなのでしょうか? それとも全員がそれぞれ曲作りをして持ち寄る感じですか?

古谷:完全に前者で、貴志が(曲を)持ってきていますね。最初は色々と試行錯誤をして、みんな(曲を)持ってきていたんですけど、貴志の持ってくる曲に合わせようという話し合いをしました。

貴志:自分の中で「これは出せる」となったら、みんなに曲を出すという感じですね。自分の中で曲のイメージが湧いていって、1コーラスくらいできた状態でみんなに持っていくという感じです。

今回のアルバムはいつ頃から制作されていたのでしょうか?

貴志:レコーディング自体は去年の6月から始めて、8月くらいにはもうできていました。そこから出しかねていたという(笑)。

古谷:録ったはいいものの「どう出す?」みたいな(笑)。

貴志:“チョコレート”という曲があるんですけど、それはバンドの結成当初からあった曲ですね。“春は遠く夕焼けに”はシングルで出していますし。

古谷:言っちゃえば制作期間3年だよね。

貴志:「ちゃんとレコーディングしよう」ってなったのは、去年の1月に群馬まで2泊3日の合宿をしに行った時ですね。そこでプリ・レコーディングをして、そこからです。

古谷:群馬に行ったの忘れてた……(笑)。朝から晩まで1日練習して、ストイックな合宿をしました(笑)。

有坂:スタジオに泊まりながら、でしたね(笑)。

その時に「こういう方向性にしたい」とか、あるいは逆に「こういうことはしたくない」というような方針みたいなものはありましたか?

貴志:自分は大学の頃からロックステディが大好きなので、歌謡曲っぽいというか、歌がちゃんと目立って、メロディがあって、歩く歩幅に合うような、聴いていて気持ちのいい音楽にしようというのはありました。後はあんまりうるさくしないというか……、表現が抽象的ですけど。

古谷:ポップ? キャッチー?

有坂:キャッチー! ははは(笑)。

キャッチーにしたかった、と。合宿をしてセッションや練習をしていると、たまに「アルバムの方向性とは違うけど、今のすごく良くなかった?」みたいな瞬間があると思うのですが、そういった曲は断腸の思いで捨てたり?

貴志:4曲目の“道路灯”でエフェクトをかけているのは合宿での挑戦で、この曲はどんどん好きなことをやっていこうと思って作りました。“道路灯”はみんなの好みが詰まった曲になっているんじゃないかな、と思いますね。“コバルトブルー”は、レコーディングでのギターの擦れをそのまま使ったり、そういうノイズは極力減らさないようにしましたね。

「歌が目立つように」という話が出ましたが、たしかにアルバムを聴いていてヴォーカルの音量が大きめに入っているように感じました。

貴志:今回のアルバムは意図的に聴きやすく音を丸くして、みんなの音が混じるようにしました。なので自分の中ではけっこうイージー・リスニングな感じがしていて、何度もリピートしていただけるというか、あえてそういうようなミックスにしました。

いわゆるコアな音楽ファンだけでなく、一般の人たちにも届けたいという気持ちがあったということでしょうか?

貴志:そうですね。曲自体が聴きやすいポップスや歌謡曲のような感じなのは、あえてそうしたという部分があります。逆に“道路灯”みたいに阿佐ヶ谷ロマンティクスの中でキワモノな曲はそこ(キワモノな部分)を追求して、自分たちなりにはバランスを取ったつもりです。

昔、中島美嘉がORIGINAL LOVEの“接吻”のカヴァーをシングルで出していて、それはラヴァーズロックなんですが、B面にデニス・ボーヴェルのダブ・ヴァージョンが入っていたんですよね。そういうふうに、A面で良質なポップスを届けつつもB面ではそういうリミックスだったり、あるいは“道路灯”のような少し変わったものをやっていきたいという思いはありますか?

貴志:それはあります。5曲目の“不機嫌な日々”はメロディが立っているので、普通にポップスに聴こえると思うんですけど、じつはコード使いにこだわっています。ベースだけ聴くとその音階にないルート音に対応しているので不協和音になっているんです。そういう風にスパイスを入れるというのは心がけてやっていますね。サビとか1音ずつ上がるので、普通だと「ドレミファ」だったら「ミ」と「ファ」が半音違いなんですけど、そこはルート音を1音ずつ展開させていて。

古谷:中島美嘉ヴァージョンの“接吻”ってやろうとしてなかったっけ?

有坂:やろうとした気がする……。「これヤバくない?」みたいな(笑)。

貴志:結局あれはやったんだっけ? 練習はした気がする。

古谷:結局普通のヴァージョンのセットになったんだ。こんな曲があるのかと(笑)。

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「僕」という一人称を使いながらもあえて感情がないようにするために三人称的に使いました。主人公を客観的にイメージして「僕」を使っているんですよ。極力、主観的な感情を排除した無機質な歌詞にしたつもりです。 (貴志)

リリックについてなのですが、アルバムのタイトルが『街の色』ということもあり、「街」で起こる小さな出来事やちょっとした出会いみたいなものを拾い上げてその「街」の風景を喚起させる、というのが基本的なスタンスかなと思いました。それで、歌詞には「僕」や「わたし」、「君」という人称が出てきますが、それらが三人称のように使われている印象を抱いたんですよね。このアルバムからは街の中にいる複数の「僕」や「わたし」が感じられたんです。そこは意識してやられたのでしょうか?

有坂:まさにですよね。

貴志:まさにですね。

有坂:このアルバムだと歌詞も貴志さんがけっこう書いていて。

貴志:“チョコレート”と“離ればなれ”は有坂が書いているんですけど、それ以外は私が書いています。たとえば“所縁”は、この曲はずっと1曲目にしようと決めていたので、ホーンやパーカッションを入れて演奏や音自体は華やかにしたつもりで、だけども自分の中では曲を作った時に少し後ろめたいというか寂しいというか、心が晴れやかにならない曖昧な気持ちがあって、それを入れたかったので、「僕」という一人称を使いながらもあえて感情がないようにするために三人称的に使いました。主人公を客観的にイメージして「僕」を使っているんですよ。極力、主観的な感情を排除した無機質な歌詞にしたつもりです。

普通は「わたし」という言葉を使うと、その言葉を発する人の強い個性が出る感じがすると思うのですが、「わたし」という言葉自体は全ての人が使えるので、実はかなり無個性な言葉なんですよね。このアルバムにはその無個性さが出ていると思いました。そういう無個性な「わたし」たちが行き交う場として「街」が呈示されているというか。ただ、その「わたし」たちは確かに無個性ではあるんですが、たとえば新宿や渋谷などのものすごく大量に人が行き交っている中での無個性というよりは、顔が見える無個性という印象を抱いたんです。だから『街の色』の「街」って、「シティ」というよりも「タウン」という感じがするんですね。それで、おそらくみなさんもある程度いまのシティポップの流れを意識されていると思うのですが、このアルバムにジャンル名をつけるとしたら「タウンポップ」という言葉がふさわしいのではないかと思いました。そこで改めて「阿佐ヶ谷ロマンティクス」というバンド名が気になったのですが、メンバーのみなさんは阿佐ヶ谷という場所に特別な思い入れがあるのでしょうか?

貴志:最初は私が佐藤タケシと、有坂は荊木や古谷と、それぞれがバラバラにバンドを組んでいて、そこにベースの小倉(裕矢)とキーボードの(堀)智史が入った時に、みんなで初めてちゃんと集まったのが阿佐ヶ谷だったんです。

古谷:いい街だよね。飲み屋もいっぱいあるし。でも住んではいないんですよね。

有坂:やっていきたい音楽のイメージと阿佐ヶ谷の街がピンと来たというか。

なるほど。「タウン」って中央線のどこかだろうなというイメージはあったんですが、中野でも高円寺でも荻窪でもなく、阿佐ヶ谷というチョイスは面白いなと思いました。

貴志:うまく言葉では言えないんですけど(笑)、中野は確かに違うというか。

古谷:なんでなんだろうね(笑)。中野は違うね。

有坂:中野は違う。

古谷:西荻窪は惜しい?

有坂:あー惜しい、惜しい(笑)。

貴志:西荻もいいなあ。

有坂:高円寺とかちょっとお洒落すぎだし。

貴志:さっきの「シティ」、「タウン」の話で言うと、高円寺は微妙なラインだけど、中野はシティな感じもするし……。

古谷:中野はちょっとギリ見えない感じがするよね。

貴志:阿佐ヶ谷の方が変な意味で雑踏というか、混沌としている。だから逆に個性がありふれていて、みんな違うベクトルで、でも同じ方を向いているんだけど、阿佐ヶ谷という箔というか……。

箔?

(一同笑)

貴志:同じ方向を向いているのに個性的というか。阿佐ヶ谷のイメージかあ……。

有坂:絶妙かなという感じですね(笑)。

古谷:同じ方向を向いているけど、阿佐ヶ谷という場所に収まっていることによって……、統一感が……。

貴志:地理的な問題もあるのかもしれないですけど、中野とかだと……。

古谷:なんでそんなに中野を(笑)。

貴志:中野がやっぱり説明しやすくて。

中里(A&R):高円寺はけっこうディープなイメージがありますよね。荻窪は街としてもちょっと大きいし大型施設もあったりするので、品があるイメージ。阿佐ヶ谷は確かにいちばん下町っぽくて、風情が残っていて絶妙な塩梅なんじゃないかなと。

貴志:(阿佐ヶ谷は)居酒屋街のところなんかは2、3階建てで家の高さがなくて街が低いのが良い(笑)、そういう意味でこぢんまりとしているというか、あの雰囲気がね。

古谷:あの雰囲気がいいっていう(笑)。

なるほど。ヒップホップのアーティストのように、地元をレペゼンする感じなのかなと思っていたのですが、どちらかと言うと外部から見たイメージなんですね。

貴志:そうですね。逆に客観的に阿佐ヶ谷を見たというか。

バンド名の後半は「ロマンティクス」ですよね。これにはどういった意味が込められているのでしょうか?

貴志:語呂が良かったんですよね。

古谷:漢字とカタカナってやっぱり語呂がいい感じじゃないですか。

貴志:あとはやりたい曲のイメージに合っているかなあと。最初に自分たちで「四季折々のロマンスに寄り添った(バンド)」ということで売り出したくらいなので(笑)

古谷:「キープ・ジュブナイル」という合言葉があって。

貴志:そういうイメージと「ロマンティクス」という言葉が合っていたんですよね。

Lampかな。 (貴志)
スピッツで(笑)! (有坂)
スラロビ説で(笑)。 (古谷)

今回ファースト・アルバムがリリースされましたが、こういうふうに一度パッケージになって音楽が世に出ていったら、本人たちが意識するかどうかは別にして、それは音楽の歴史に連なっていくものだと思います。もし阿佐ヶ谷ロマンティクスの音楽をどこかの文脈に位置づけなければならないとしたら、自分たちではどの系譜に属していると思いますか? たとえばはっぴいえんどだとか、フィッシュマンズだとか、あるいは一見ポップスに聴こえるけどマインドはドラヘヴィなんだぜとか。

貴志:Lampかな。必ずしもそのレールに乗るというわけではないですけど、Lampが好きで、曲のイメージとして多少意識しているところはありますね。あと、フィッシュマンズも少なからず(意識しています)。

古谷:たぶんメンバーそれぞれで見ているものが違うんじゃないかな。

貴志:みんな好きな音楽が全然違うので(笑)。

ではそれぞれお訊きしてもいいですか(笑)? まず貴志さん的には「阿佐ヶ谷ロマンティクスはLamp」ということで(笑)。

古谷&有坂:Lamp説(笑)。

貴志:Lampと、なんだろうね。あとは、ユニークスというロックステディのバンドがいるんですけど、完全にメロディが立ってゆったりとしているんです。そういう何度でも聴ける音楽が好きなので、自分としてはロックステディと日本の音楽がうまく交わるような音楽にしたいなと思っています。

有坂:私は気持ちよく歌えればいいというだけなので。

貴志:有坂は完全にスピッツだもんね。

有坂:あー、そうですね。

古谷:井上陽水じゃないの?

有坂:井上陽水も好き。趣味的にはスピッツとかが好きで、爽やかで聴きやすくて、でも音楽的に変な感じもありつつ。

スピッツは意外と変な曲も多いですもんね。

有坂:そうですね。歌詞もけっこう意味わかんないですし(笑)。だけど聴きやすくてみんなに愛されるみたいなところが(好きですね)。

なるほど、わかりました。有坂さん的には阿佐ヶ谷ロマンティクスは……、

有坂:スピッツで(笑)!

(一同笑)

古谷さんはどうでしょう?

古谷:何説か、どうしようかな(笑)。やっぱりビートがバック(寄り)で流れているのがいいですね。私はヒップホップがすごく好きなので。うーん、ドラヘヴィ説かな(笑)。じゃあ、むしろスラロビ(スライ&ロビー)説で(笑)。

古谷さん的には阿佐ヶ谷ロマンティクスはスラロビの系譜だと。そうなるとやはりデニス・ボーヴェル・リミックスはやるべきですね(笑)。

古谷:そうですね(笑)。たぶんリズムだけ聴くと阿佐ヶ谷ロマンティクスもけっこう変なことやっていると思うので。

ファースト・アルバムが1月に出たばかりですが、今後のご予定を教えてください。

古谷:レコ発が3月に2本ありまして。

貴志:3月4日に大阪で、18日に東京でやります。ほかに漠然と思っていることは、今年中にもう1枚EPか何かを出したいと思っていますね。曲は作っているので。

EPと言えばB面ですよね(笑)。

(一同笑)

古谷:デニス・ボーヴェル・リミックス……。

貴志:作っている感じだと、今のところこのアルバムよりはディープなサウンドになりそうですね。3拍子の曲もあったりして。

古谷:そうですね。(3拍子が)すごく楽しいです(笑)。

おー、それは聴いてみたいですね。それでは最後に、このアルバムの聴きどころを一言でお願いします。

貴志:(聴きどころは)コード進行とか(笑)。

有坂:ははは(笑)。これだけポップに、とか言っているのに(笑)。

貴志:あとはメロディの不安定さと、それにリンクした歌詞とか。それと……何かあります?

古谷:たぶん、何回か聴いたら「こんなことやってたんだ」という新たな発見がある1枚だと思います。何度も聴いて欲しいです!

阿佐ヶ谷ロマンティクス
LIVE情報

2017/3/4(Sat.)
『阿佐ヶ谷ロマンティクス"街の色" Release Party 大阪公演』
@大阪 artyard studio
OPEN 18:00 / START 18:30
ADV ¥2500
with/ 浦朋恵バンド / 本日休演 / 甫木元空(映画監督 / 短編映画上映) / IKEGAMI YORIYUKI(イラストレーター / 作品展示)

2017/3/18(Sat.)
『阿佐ヶ谷ロマンティクス"街の色" Release Party 東京公演』
@ TSUTAYA O-Nest
OPEN18:00 /START18:30
ADV ¥2500
With/ 入江陽と2017(NEW BAND) / Wanna-Gonna /IKEGAMI YORIYUKI(イラストレーター / 作品展示)

2017/4/12(Wed.)
DADARAY presents『DADAPLUS vol.1 ~Tokyo~』
@ 新代田FEVER
OPEN19:00 /START19:30
ADV ¥3000
With/ DADARAY

https://asagayaromantics.weebly.com/

Gonjasufi × Daddy G - ele-king

 これはおもしろい組み合わせだ。西海岸の奇才、ゴンジャスフィが昨年リリースしたダーティでブルージィなアルバム『Callus』。その冒頭を飾る“Your Maker”を、マッシヴ・アタックのダディGがリミックスしている。このリミックスは4月18日よりはじまるゴンジャスフィのUK/EUツアーを記念したものと思われ、無料でダウンロードすることが可能となっている。ダウンロードはこちらから。

GONJASUFI - UK/EU TOUR
w/ support from Skrapez

Tickets and more information available here.

APRIL
18 – Leipzig, DE @ UT Connewitz
19 – Cologne, DE @ Gebude 9
20 – Frankfurt DE @ Das Bett
21 – Hamburg DE @ U&G
22 – Berlin, DE @ Gretchen
23 – Munich, DE @Feierwerk
25 – Nuremberg DE @ Z-bau
26 – Geneva, DE @ La Graviere
27 – Zurich, CH @ Hotel Fabrik
28 – Bern, CH @ Dampfzentrale
30 – Krems, AT @Donau Festival

MAY
02 – Copenhagen, DK @ Lille Vega Club
03 – Paris, FR @ Badaboum
05 – Arnhem, NL @ Willemeen
06 – Brussels, BE @ Botanique
07 – Aachen, GER @ Musikbunker
09 – London, UK @ Archspace
10 - London, UK @ Archspace
12 – Bucharest, Romania @ Club Control
13 – Cluj Napoca, Romania @ Form Space

Support from Perera Elsewhere and Waq Waq Kingdom (Andrea Belfi, DJ Scotch Egg; Kiki Hitomi of King Midas Sound) in select cities.

label: Warp Records / Beat Records
artist: Gonjasufi - ゴンジャスフィ
title: Callus - カルス
release date: NOW ON SALE
BRC-521 国内盤CD: ¥2,200+tax

国内盤特典: ボーナストラック追加収録 / 解説書付き

New Gen - ele-king

HD画質のUK・ギャングスタ・ラップ

 言うまでもないことだが、いまアンダーグラウンドのストリート・ミュージックを聴くなら YouTube である。「ユーチューバー」と同じ広告収益モデルで立ち上がってきた音楽チャンネル、The Grime Report などは頻繁にビデオをアップロードする。ミュージック・ビデオからフリースタイル、お悩み相談、MCによる料理番組まで、マルチなタレントを持ったスターがビデオで日々競い合っている。MC自身も、驚くべき「まめさ」で、彼らの日常を切り取っている。Snapchat へのコンスタントな動画投稿、Instagram ストーリーでのフリースタイル・ラップ、ミーム……「ギャングスタ」の日常は iPhone カメラで演出される。

 インディペンデントな YouTube チャンネルの台頭と、「新世代」を短くした「NEW GEN」のリリースはかなりリンクした動きだ。コンピの A&R を務めるのは Caroline SM、以前は『GRM Daily』というメディア、YouTube チャンネルでグライムを中心にUKのアンダーグラウンドな音楽を紹介していた編集者であり、Radar Radio のプレゼンターでもある。
 コンピに参加した 67、Avelino や Abra Cadabra、AJ Tracey といったMCもミュージック・ビデオがヒットし、UK・アンダーグラウンドで人気に火がついているラッパーだ。そのサウンドはUSで言えば Drake と比較してみたくなるような、Trap / R&B であったり、メローでリラックスした雰囲気のものだ。「巻く」話を堂々展開して見せた Renz の“Flexing”、銃の話から展開される警察とストリートの話をマイクポッセで回す 67(シックスセブン)の“Jackets”がハマった。

 曲の冒頭で、「You can’t trust everyone, that’s one thing I learnt」と言う。漢 a.k.a. GAMI がこのビデオで「人には期待しないほうが無難」と話したのを思い出す。

 ギャルの話やいざこざ、銃、酒、ブリンブリン。アメリカのヒップホップをどこまで辿っても、彼らのスラングやパトワを駆使したワーディングがある。「らしさ」が脱臭されることはなく、さらに味になっている。Stefflon Don & Abra Cadabra の“Money Haffi Mek”はそんな1曲だ。頑張って聞き取ったが一言も理解できなかったのは力不足であるが、フローには中毒性アリだ。

 MCたちの舞台として用意されるサウンドは、iPhone 画質と同じくらい綺麗で透き通っている。グライムのザラザラした質感とは違って聴きやすい。しかしラップはハードな日常を切り取り、そのコントラストはさらに際立っている。

R.I.P.生悦住英夫 - ele-king

河端一(ACID MOTHERS TEMPLE)

 1996年、Musica Transonic / Mainlinerで欧州ツアーを行った際、ベルギーの某レーベルからソロ作品のリリースを持ち掛けられ、当時未だ自身のソロやリーダー作品を発表した事がなかった私は、結成始動したばかりの自身のグループ「Acid Mothers Temple & The Melting Paraiso U.F.O.」の丁度録音中だった1stアルバムを以て、この依頼を受けた。録音には結局2年を要し、遂に完成したマスターを送れば返事は「レーベル閉社」。
 斯くしてこの宙に浮いたマスターを携え、知人友人の紹介等もあり、国内外のレーベルあれこれ打診したが、返事は全て「申し訳ないが興味無し」。
 私のリーダー作品に対するこのような評価は、今に始まったわけではなかったので「またか」と落胆しリリースを諦めていた頃、モダーンミュージック店内にて生悦住さんと歓談していた際「そういえば河端君のソロとかリーダーバンドの作品とかはないの?」と尋ねられ、奇しくもなぜか偶然そのオクラ入りしたマスターDATを持参しておれば、オクラ入りした経緯なんぞ笑い話として添えつつも、その場にて試聴して下さる運びとなり、生悦住さんは腕組みしながら僅か数分聞いたのみで「いいね! これ! じゃあうちで出そうか!」
 まさかP.S.F. Recordsからリリースとは、レーベルの既成イメージもあり、俄かに信じられなかったが、結局あの時点において、私の音楽、Acid Mothers Templeの音楽に興味を抱いたのは、生悦住さん唯一人であったことに間違い無し。そもそも生悦住さんは、P.S.F. Recordsから、私の人生初のフル・アルバム『東方沙羅 1st』そして『Musica Transonic 1st』をリリース下さった経緯もあり。
 私の音楽は、1978年に自身の音楽活動を始めた当初からほぼ一貫して、ほぼ誰にも理解支持されない類いらしく、どうせ誰にも理解されないし、誰も必要としていないのだろうと、半ば絶望的にすらなっていたが、生悦住さんは私の音楽にとても興味を持って下さり、そして好意的に支持して下さった稀な存在だった。P.S.F. Recorddsから東方沙羅、Musica Transonic、Acid Mothers Temple等の諸作品がリリースされた事は、私の音楽活動のあり方や生活全般を大きく変え、正に私の「人生のドア」を開けるという一大事件を起こしたと言える。
 だからこそ生悦住さんには感謝してもし切れないほどに感謝、もしも生悦住さんが、私の作品をP.S.F. Recordsからリリースしてなければ、間違いなく私は今ここにはいないと断言出来るのだから。

大久保潤
 
ひとりのレコード店主・レーベルオーナーの死を悼む声が世界中から寄せられている。モダーンミュージックおよびP.S.F.Recordsの生悦住英夫。長年にわたり日本のアンダーグラウンド・シーンを支えた大功労者である。
 P.S.F.はHIGH RISEのファースト・アルバム『Psychedelic Speed Freaks』からスタートした。レーベル名もそこから取られている。以後、サイケ、ノイズ/アヴァンギャルド、フリージャズ、フォークといった地下音楽を続々とリリースしていく。その作風はJOJO広重率いるアルケミーと通じるものがあるが、よりストイックな印象だ。
 灰野敬二やAcid Mothers Templeなど、いまや「海外で評価の高い日本人アーティスト」の代表といえるような面々も、かつてはほぼP.S.F.が一手にリリースしていた時期がある(それこそ孤軍奮闘という雰囲気だった)。
 ACID MOTHERS TEMPLEのグル、河端一はele-kingのインタビューでAMTのファースト・アルバムを録音したもののリリースしてくれるところがどこもなかった、そんな中で唯一快くリリースしてくれたのがPSFだったと明かしている。
 ゆらゆら帝国やOgre You Assholeのプロデュースで知られる石原洋のWhite Heavenや、現在はThe Silenceで活動している馬頭將噐のGhostも、もともとはP.S.F.からリリースされていたし、三上寛や友川かずきも近年でこそ再評価が進み精力的に活動しているが、90年代にP.S.F.がコンスタントにリリースを続けていたからこそ今があるのだと思う。
阿部薫を筆頭に、吉沢元治、井上敬三など日本の伝説的フリージャズメンの作品をコツコツとリリースしていたのも重要な仕事だ。
 そういったレジェンド級のミュージシャンだけでなく、コンピレーション・アルバム《TOKYO FLASHBACK』シリーズなど、積極的に若手のフックアップも行っていた(初期のゆらゆら帝国なんかも収録されていた)。
 リリースしたのは日本人だけではない。アーサー・ドイルやピーター・ゲイルなどの知る人ぞ知るフリージャズプレイヤーや、韓国の伝説的アシッドフォークシンガー、キム・ドゥス、アルゼンチンのアヴァンギャルドロッカー、アンラ・コーティス(Reynols)など、そのアンテナは世界各国の最深部に及んでいる。
 雑誌『G-Modern』の存在も忘れるわけにはいかない。初期の「灰野敬二4万字インタビュー」をはじめ、CDだけでなく言論でもアンダーグラウンドミュージックをサポートし続けた。P.S.F.からリリースのあるミュージシャンが多く掲載されるのはもちろんだが、それだけにとどまらず、数々の埋もれた音楽を取り上げていた。だいたい、タイニー・ティムやピーター・アイヴァースが表紙になる音楽雑誌なんて考えられますか。
そして、東京で人と違った音楽に興味を持った人間であればほぼ全員が一度は足を運んでいるはずの店。それが明大前のモダーンミュージックである(数年前に店舗としての営業は終了し、通販のみになってしまったが)。喫茶店の上にあり、薄暗い階段をのぼっていくと、そこには決して広くはない一室に夥しい量のレコード、CD、カセットが詰め込まれていた。裸のラリーズのポスターがずっと貼られていたが、あれはいつからあったのだろう。
 ネット上の多くの追悼コメントやメッセージでも言及されているが、生悦住は非常に話好きな性格で、この店でいろんな音楽を教わったという人は数多い。筆者は直接会話をする機会はなかったが、来客とにこやかに(しかし時に辛辣に)会話している彼の話をちょっと盗み聞きするのは密かな楽しみだった。
 音楽はミュージシャンとオーディエンスだけではなかなか成立しない。両者を媒介する存在がどこかで必要になるのだ。そしてレーベル、雑誌、ショップとあらゆる角度でそれを続けた氏の功績は計り知れない。
 闘病中の氏を応援するべく、ゆかりの深いミュージシャンたちによるコンピレーション・アルバムが計画されていたそうだ。当人は聴くことができなかったそのアルバムを待ちながら、冥福を祈りたい。本当にお疲れ様でした。あなたがいなければ世に出ることのなかった、奇妙で歪で美しい音楽の数々をこれからも大切にしていきます。

松村正人

 モダーンミュージックにはじめていったのは90年代にはいったばかりのころで、その顛末は剛田武の労作『地下音楽への招待』(ロフトブックス)の解説にしたためたのでそちらにあたられたい(本書には生悦住さんのインタヴューも載っている)が、モダーンミュージックにいくというのは生悦住さんに会うことでもあった。店にいなこともあったはずだがいつもいた気がするのは不思議である。それだけ世田谷区松原の寺田ビル2階のチラシに埋め尽くされた階段をあがった先のひとがふたり行き交うのも難儀な店内の磁場そのものと生悦住さんは化していたのだろう。私はそこで灰野さんのをはじめ多くのレコードやCDを買ったが、十代や二十代のころはなにを買うかで試されているようで、こちらが金を払うのに気が抜けなかった。理不尽な気がしなくもないし、そのような音盤を介したひととひととの関係が、かろうじてまだなりたった時代の、いうなればこれはノルタルジーにすぎないのだろうが、そのようなかかわりは音盤にたいする感覚を養ってもくれた。なんとなれば、音盤を選ぶには耳だけでなく目も手もつかう。匂いも嗅ぐなら鼻も要る。むろん骨董趣味に堕してはならない。市場価値が重要なのではなく、聴く人間が個の感覚に忠実であろうとするときにかぎり、音盤はその綜合の反転したもののように私たちの前に(音)像を結ぶ――というようなことを、私は生悦住さんに教わったわけではないが、青年期なる気恥ずかしいことばをつかうなら、そのときモダーンミュージックのようなよくわからない音楽をあつかう店があってまことに幸甚です。
 あるいはたすかったというべきか。1980年9月に開店したモダーンミュージックはおりからのサイケデリック・リヴァイヴァルで発掘が進んだ60年代サイケをひとつの軸にフリージャズや現代音楽やパンク以後のインディと呼ばれる以前の自主制作盤といった逸脱を旨とする音盤などをめきめき集め、ひとことでいうならアンダーグラウンドな世界を新宿から三つ目、渋谷から七つ目の明大前の片隅に展開していた。隣の駅にはネッズがあり、クララやロスアプソンが新宿にあった、そのような90年代前半、モダーンミュージックはハイライズの1~2作、不失者の最初のLPからしばらく間を置き、しだいに活発になっていくPSFレーベルの拠点としてしだいに知られていく。
 三上寛、友川かずき(現カズキ)、灰野敬二の諸作、石原洋と栗原ミチオと中村宗一郎のホワイト・ヘヴン、ゆらゆら帝国やキャプテン・トリップを主宰する松谷健のマーブル・シープをはじめて聴いたのもPSFのレーベル・サンプラー『Tokyo Flashback』だったし、現サイレンスの馬頭將器のゴーストや向井千惠のシェシズ、金子寿徳の光束夜や角谷美知夫の作品もあった。吉沢元治やAMMやバール・フィリップスやチャールズ・ゲイルなどの国内外の即興演奏家、阿部薫や高柳昌行の発掘音源等々、すべてここにあげるのはかなわないが、そのラインナップは90年代初頭澎湃として興った(自称他称を問わない)インディペンデントなレーベルのなかでもきわだっていた。そしてそこには生悦住さんの音楽観が通底していた。ひとことでいえばそれはプロレスの味方でもあった生悦住さんがレーベル名でも標榜した「ストロング・スタイル」(PSFはハイライズのファースト『Psychedelic Speed Freaks』の頭文字をとり転じてのちに「Poor Strong Factory」の文字をあてた)ということになるだろう。録音状態や演奏能力によらず、ひたらすら音楽の芯をみつめつづける、そのようなスタンスは、俗にいう先鋭的なジャンルばかりか、歌謡曲やフォーク(ロア)にもおよび、小林旭とちあきなおみとアタウアルパ・ユパンキとタイニー・ティムとシャーラタンズ(アメリカのほうね)とボルビトマグースは同一線上にあった。その線の向こうには、灰野敬二からオーレン・アンバーチやスティーヴン・オマリーらを経由し、いまや日本のアンダーグランドな音楽のあり方のひとつともいえる世界が広がっている。
 くりかえすがそこに形式はない。暗黙裏の秘密はあったにせよ、すくなくとも生悦住さんにとってはことばにすべきことでもなかった。いうまでもないということかもしれなかった。「あれはダメだねー」「ひどかったねー」「売れないねー」という生悦住さんの朗々とした声には悲愴感はまるでなかったが、言外に評価軸の厳しさをにおわせていた。透徹した審美眼とアンチ・コマーシャリズムはときに軋轢も生んだにちがいないが、若かりし日愛読した高柳昌行の批評(それらは『汎音楽論集』にまとまっている)がそうであったように、どこか父親めいた厳しさだった。似たような読後感を私は塚本邦雄の『薔薇色のゴリラ』(人文書院)の厳格なシャンソン観(ともにジョルジュ・ブラッサンスのファンでもある)にもおぼえたが、歌心のようにときとともに変化しつづける定義しがたいものをことばでとらえるのはのこされた私たちの役目かもしれないと、いまは衿を正す思いである。最後に、生悦住さんが船村徹先生の『演歌巡礼』の再発盤に寄せた一文を引用し、拙文を〆ようと思い、方々探したが盤がみあたらない。船村先生が生悦住さんの十日ばかり前に鬼籍にはいられたのは奇縁というほかないが、かわりに塚本邦雄の歌を手向けたい。先達に初学とは僭越にすぎるが、同道のはるか後方を歩む者からの呼びかけとしてお許しいただきたい。

眠る間も歌は忘れずこの道を行きそめしより夜も昼もなし
塚本邦雄『初学歴然』より

 猪木イズムさえ髣髴させる、ストロング・スタイルそのものじゃないでしょうか。(了)

※文中一部敬称を略しました。

interview with YUKSTA-ILL - ele-king

E王
YUKSTA-ILL
NEO TOKAI ON THE LINE

Pヴァイン

Hip Hop

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 ラップの巧みな技術を披露しながら、そのリリックの意味や作家の意図するところをリスナーまで届けるのは簡単なことではない。それは単純にラップ・ミュージックは言葉数が多いということもあるし、リスナーの耳に頼らざるをえないという側面もある。いま大人気のMCバトルのテレビ番組が字幕を付けている、あるいは「付けざるをえない」事実からもわかるだろう。これは皮肉や揶揄ではないのでそこは勘違いしないでほしい。ヒップホップ、ラップ・ミュージックという音楽文化に特有の言語(スラングや専門用語)や文脈やコードというのも深く関係している。もちろん解釈や聴き方はリスナーの自由だ。それでもラッパー=作家が「伝える」ことを諦めないのであれば、彼/彼女らは努力を怠らず試行錯誤をくり返す必要があり、そしてその過程と軌跡がそのラッパーの音楽の個性や魅力になっていく。

 そこで三重県鈴鹿市のラッパー、YUKSTA-ILL(ユークスタイル)のセカンド・アルバム『NEO TOKAI ON THE LINE』である。この作品でYUKSTA-ILLはその類いまれなラップ・スキルを披露した上でアルバム1枚を通してストーリーを紡いでいく。これまで彼は、ファースト『questionable thought』(2011年)、EP『tokyo ill method』(2013年)、ミックスCD『MINORITY POLICY OPERATED BY KOKIN BEATZ THE ILLEST』(2015年)といった作品をリリースしている。それらと比較すれば、本作が彼の中で「伝える」ことに重きを置いた作品であることもわかる。

また、YUKSTA-ILLはSLUM RCという名古屋を拠点とするラップ・グループのメンバーでもあり、この近年まれに見るハードコアなマイク・リレーを武器とするポッセにはC.O.S.A.やCAMPANELLA(本作にも参加)という昨今注目を集めるラッパー(C.O.S.A.はビートメーカーでもある)や、3月にファースト・アルバム『SNOWDOWN』を発表するMC KHAZZらが所属している。SLUM RCについてはヒップホップ・メディア『Amebreak』に掲載した取材記事を参照してほしい。つまり、本作のラップの言語感覚やビート、アグレッシヴなサウンドには東海地方という地域のヒップホップの特殊性も加わっている。

多彩なビートメーカー――GINMEN、Olive Oil、MASS-HOLE、PENTAXX.B.F、PUNPEE、DJ SEIJI、OWL BEATS、SNKBUTNO、RAMZA――が参加、ビート選びからしてYUKSTA-ILLの独特の個性が出ている。当然そこにも彼なりの意図がある。ということで、僕は『NEO TOKAI ON THE LINE』を聴く際の手がかりとなるような取材を目指した。この記事を読みながら作品を聴けば、より深く理解し楽しめることを保証しよう。本作のA&RのひとりであるWDsoundsのファウンダーのJ.COLUMBUSも同席しておこなわれたインタヴューをお送りする。

YUKSTA-ILL “KNOCKIN' QRAZY ~ GIFT & CURSE” (Official Video)

今回のアルバムはこれまででいちばん、聴き取りやすくなったんじゃないかなと。アメリカのヤツらがラップを口ずさんで街を歩いてるように、俺のラップを聴いた人に口ずさんでほしいんですよ。

どのように制作していきました?

YUKSTA-ILL(以下、Y):8割ぐらいできるまでは誰とも話さずに作り続けて、去年の10月ぐらいに一度マーシーくん(J.COLUMBUS)に相談しましたね。

ということは、セルフ・プロデュースの比重が大きいということですよね。ビート選びに関して意識したことはありますか?

Y:まず、当たり前なんですけどかっこいいビートでやりたいっていうのがありますね。ビートメーカーからこれでラップしてほしいと言われてもらったビート、膨大なストックの中から選んだビート、制作終盤でピンポイントで作ってもらったビートもあったりする。でも基本、俺はどんなビートがきてもラップできますね。

トラップとかブーム・バップとか簡単にカテゴライズできないビートを選んでいると感じましたね。例えば、MASS-HOLEにしても、RAMZAにしても、それぞれのビートメーカーのオルター・エゴ・サイドのユニークなビートを選んでいるって感じてそこが面白かったです。

J.COLUMBUS(以下、J):たしかに。

Y:それぞれのビートメーカーの味が出ればいいと思っていますけど、ヒネリのあるビートも選びましたね。OLIVEくんのビートも“RIPJOB”はまさにOLIVEくんっていう感じだけど、“KNOCKIN' QRAZY”の方はめちゃくちゃ破壊力があって、これまでの自分が抱いていたOLIVE OIL像を超えた新しい感じがあると思ってて。ビートメーカーの人たちも俺のチャレンジングな気持ちを受け取ってやってくれてると思いますね。

ビートメーカーにディレクションはそこまでしなかった?

Y:RAMZAにだけしましたね。RAMZAのビートがアルバムのタイトル曲なんですけど、いちばん最後に作った曲なんです。あの曲はアルバム全体の流れを考えてここにハメたいというイメージがはっきりあったので。あとアルバムの軸になったのが、4曲のビートを作ったGINMENだと思います。彼は『questionable thought』でも2曲のビートを提供してくれてて、MVにもなってる“CAN I CHANGE”がそのひとつです。GINMENは出身は宮崎で、いまは鈴鹿に住んでいて自分と家がすごく近いんですよね。FACECARZのベースでもあり、ラッパーでもあり、ビートメーカーでもある、マルチなヤツなんです。GINMENはもっと脚光を浴びて欲しいと思う。

YUKSTA-ILL“CAN I CHANGE”

“FCZ@MAG SKIT”のスキットってそのFACECARZのライヴですよね。FACECARZは東海地方の音楽の話になると、必ずと言っていいほど名前が出てくる鈴鹿のハードコア・バンドですよね。

Y:もともとDOSっていう名前でやってたみたいで。自分もその頃は知らないんですけど、DJのBLOCKCHECKが改名後に出したテープを持ってて、「ジャンル関係なくかっけーヤツはかっけーんだよ」っていう勢いであいつに車の中で聴かされたんです。

J:緑色のテープ(『DEMO TAPE』2002年)だ。

Y:そうそう、それです。

J:もう10年以上前になるけど、俺がレコード屋で働いていたときにFACECARZはかっこいいって噂になってた。FACECARZは出てきたときからかっこよかった。俺と同じ世代なんですよ。ニューヨーク・ハードコアから派生したイースト・コーストのスタイルで、音楽性もオンタイムですごく洒落てた。ヒップホップの要素も強くて、ドラムの取り方、音の取り方もわりと直球のヒップホップに近いよね。

Y:そう。ヒップホップが好きなヤツが聴いてもノれる。

J:鈴鹿のフッドスターだよね。三重にはFACECARZのヴォーカルのTOMOKIの格好を真似してるヤツが超いっぱいる。アイコンみたいな人ですね。

Y:まさにアイコンですね。TOMOKIくんは〈KICKBACK〉って服屋もやってるんですよ。

鈴鹿のゑびすビルに入ってるお店ですか。

Y:そうですね。地元の鈴鹿に本田技研があって、鈴鹿サーキットを貸し切った〈HONDA祭り〉っていうのが昔あったんですよ。今も本田の敷地内で社員のみでやってるみたいですけど、当時は一般開放されてて芸能人がゲストに来てたりするような夏祭りだった。そこに遊びに行ったら、TOMOKIくんが〈MURDER THEY FALL〉のフライヤーを配ってて、俺は「地元にもこんな人がいるんだ」ってなって。〈MURDER THEY FALL〉は東海地方でバンドやヒップホップやってるヤツだったら、誰もが憧れるような伝説的な名古屋のイベントで、俺らがTYRANTで名古屋にガンガン出て行く前から、FACECARZは名古屋、そして全国に出て行っていて、勿論〈MURDER THEY FALL〉にも出ていたんですよね。

僕は体験したことがないけれど、〈MURDER THEY FALL〉は東海地方の音楽を語る上で絶対に欠かせない重要なイベントですよね。TOKONA-Xも、もちろんTYRANTも出演していますよね。

Y:そうですね。

ところで、YUKSTA-ILLくんは、日本語を英語のアクセントでラップするというスタイルを採っていますよね。90年代後半にアメリカのペンシルベニア州に住んでいた時期もあって英語もある程度話せる状態で帰国して、本格的に日本語でラップをし始めたときからどのようにいまのスタイルを確立してきましたか?

Y:最初は日本語と英語を混ぜてラップしていたんですよ。でも、日本語と英語を混ぜたら日本人には半分しか意味が伝わんねーなと思って日本語でラップするようになった。ATOSONEとの『ADDICTIONARY』(2009年)、TYRANTの「KARMA」(2009年)のあたりから、アメリカのラップっぽく日本語を乗せようというアイディアをひらめいて、英語のような乗せ方でラップし始めて。だけど、若気の至りじゃないけれど、難しいラップをしすぎて聴いている人は何を言っているのか意味がわからなかったと思う。いま自分が聴いても理解するのが難しかったりするから(笑)。テクニカルなことをやりすぎていた。そこからさらに試行錯誤して、今回のアルバムはこれまででいちばん、聴き取りやすくなったんじゃないかなと。アメリカのヤツらがラップを口ずさんで街を歩いてるように、俺のラップを聴いた人に口ずさんでほしいんですよ。

J:全部英語でラップしようと思ったりはしないの? 世界のヤツ、英語圏の人間に自分の音楽を聴いてほしいっていうモチベーションが生まれたら、全部英語でラップするっていう設定は頭の中にあったりするの?

Y:英語でやりたいっていう気持ちがないことはないですね。これまでにもFACECARZとTYRANTでやった“B.O.W”、FACECARZと俺でやった“OVERCOME”って曲があって、ラップじゃない部分の絡みは全部英語でやってる。だから、その可能性は閉じてはいないけど、そういう考えもある中で、あえて日本語に落とし込んだのが今回のアルバムですね。

ここ最近のアメリカのラップで聴き込んだアルバムとか曲はありますか?

Y:ケンドリック・ラマーの2枚のアルバムには感銘を受けましたね。俺もアタマからケツまで構成があって起承転結がある作品を作りたかったから、今回のアルバムはそういう風に作ってますね。小説にしてもそうですけど、クライマックス迎えてからのその後があるじゃないですか。そこは今回意識しましたね。

ラスト曲“CLOSED DEAL”のあとに、OWL BEATSが作った激しいドラムンベースの隠しトラックがありますよね。

Y:もともとGINMENビートの“CLOSED DEAL”で終わろうと思ってたんです。あの曲で終わってもういちど頭に戻ってくると流れとしては良かった。ただ、“CLOSED DEAL”がラストだとネガティブに終わるとも考えて、ポジティブに終わらせたくてあの曲を入れましたね。制作終盤に鹿児島へ行ったとき、OWL BEATSからもらったビート集に入ってたもので、これでラップしたいと思ったのが大きい。今回のアルバムでは超絶早口でスピットするラップは比較的抑えていたから、自分のそういう側面も最後に見せつけときたい!っていうのもありましたね(笑)。

なるほど。ケンドリック以外だとどうですか?

Y:J・コールの新しいアルバム『4 Your Eyez Only』もすごく良かった。

やっぱりJ・コールはリリックも含めて好き?

Y:そうですね。コンセプチュアルなアルバムですよね。あと、アルバムには入っていないけど、MVもある“False Prophets”はかっこよかった。最初のヴァースは、おそらくカニエ(・ウェスト)のことをラップしている。昔の自分のアイドルだったラッパーが自分でリリックを書いていなくて幻滅する、というような内容のリリックで。そういう気持ちを率直にラップしているのがかっこいい。

J. Cole“False Prophets”

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フリースタイルがどれだけうまくてバトルで優勝してもかっこいい作品を作って良いライヴができなかったら意味がない。ヒップホップはそいつのライフスタイルを作品やライヴで表現する音楽でアートだと俺は思います。

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YUKSTA-ILL
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あと、YUKくんと言えば、バスケですよね。

Y:タイトル曲のリリックに現役バスケット選手のデイミアン・リラードが出てくるんですけど、そいつはDame D.O.L.L.A(デイム・ダラー)という名前でラップもしているんですよ。デイミアン・リラードは才能やプレーが常に疑問視されてきた選手で、バスケのエリート・コースを歩んできたわけではない。でも、オークランドのゲットー育ちで反骨精神があって土壇場の勝負強さがある。で、当初の低い評価を覆していまはスター選手の仲間入りしている。苦労人なんです。ラップにもそういう彼の人生が反映されていて興味深いですね。そのデイミアン・リラードが1、2年前ぐらいからインスタで始めた「#4BarFriday」がまた面白い。動画をアップして自慢の4小節をキックするんです。で、ハッシュタグを付けて拡散していった。そうしたら、その「#4BarFriday」が全米中で火が点いちゃって一般のヤツらまで同じようなことをやり出して、いまや「#4BarFriday」のコンテストまで開催されたり、謎のムーヴメントになっている。しかもDame D.O.L.L.Aが今年出したアルバム(『THE LETTER O』)にはリル・ウェインとかがゲストで参加していて、けっこう良いんですよ。アメリカではヒップホップとバスケは密接ですよね。(アレン・)アイバーソンはラップするし、マスター・Pはバスケ選手だったりして。

“GIFT & CURSE”ではいまのフリースタイル/MCバトル・ブームを受けてだと思うんですけど、フリースタイルをダンクに喩えているのはうまいと思いました。「まるでダンクぶちかました後にゲームボロ負け」というラインがありますよね。

Y:フリースタイルはあくまでヒップホップ、ラップの付加価値だと思うんですよ。ダンク・コンテストで優勝しても試合に勝てなかったら意味がないでしょと。つまり、フリースタイルがどれだけうまくてバトルで優勝してもかっこいい作品を作って良いライヴができなかったら意味がない。ヒップホップはそいつのライフスタイルを作品やライヴで表現する音楽でアートだと俺は思います。もちろん、そういう意味でドープさを競うスポーツ的要素はあるかもしれない。俺も最初はMCバトルに勝ったことで名前が広まったし、メディアがフリースタイル/MCバトルのようなわかりやすいエンターテインメントにフォーカスするのはしかたのないことだとは思う一方で、本来付加価値であるものの優先順位が入れ替わってしまってるのは複雑だし、そんな現状を悲しく思いますね。

NEO TOKAI DOPENESSやSLUM RCのラップには「ドープ=DOPE」というのが重要な要素としてあると思うんですけど、YUKくんが定義するドープとは何ですか?

Y:それは難しい質問すね。ただひとつ言えるのは、リリックやラップに忍ばせられているダブル・ミーニングや裏に潜む意味の中にドープさはあると思います。俺が若いころにアメリカのヒップホップやラップに魅力を感じたのもそういう部分なんですよ。さっきも話しましたけど、若いころはラップをテクニカルにやりすぎていて、そういう言葉が持つドープさが伝わりにくかったと思う。だから、今回のアルバムではドープな部分をよりわかりやすく提示しようとしています。

その一方で、PENTAXX.B.F がビートを制作した“OVERNIGHT DREAMER”みたいなキラキラしたメロウ・ファンク風の曲はYUKくんにとって新たなトライですよね。

Y:PENTAXXくんは三重県の横の滋賀県に住んでて、BOSSさんの流れで知り合ったんです(YUKSTA-ILLとPENTAXX.B.Fはともにtha BOSS『IN THE NAME OF HIP HOP』に参加)。それで大量のトラックを送ってきてくれたんですけど、アルバムの流れの中でのハメ所が見当たらず戸惑っていたんですよ、最初は。そんなときに聴いたこのアーバンなトラックから暖色の夜の街灯のイメージがわいてきてこの曲ができたんです。ラップしろ!って言われたら、どんなビートでも俺はできます。ただ、今回のアルバムは全体の構成を練って作りたかった。

J:最後に曲を並べ替えて作ったというよりも曲順まである程度最初に決めて作った感じ?

Y:そうですね。GINMENが作った1曲目“NEW STEP”と最後の曲“CLOSED DEAL”が前提で始まっている。

J:自分が制作、プロデュースにも関わった仙人掌『VOICE』(YUKSTA-ILLは“STATE OF MIND”に参加)やMASS-HOLE『PAReDE』(YUKSTA-ILLは“authentic city”に参加)も最初の段階で曲順や全体の構成を本人たちが考えて作っている。KNZZくんの『Z』とかもそういう作り方に近いと思う。シングルとして切れるような独立した曲としてすべてがあった上で全体の流れの中で存在感も持つ。そこがヒップホップのアルバムらしいと思う。例えば、ビギーの『レディ・トゥ・ダイ』とかもそうじゃないですか。ここで名前を挙げた“1982S”の人たち、その年代の人ら特有の何かがある気がする。お互い交流もあるし、制作に関する真面目な話もするだろうしね。

Y:ビギーの『レディ・トゥ・ダイ』は俺のヒップホップへの入り口でもありますね。あの作品はまさにストーリー・アルバムじゃないですか。最後に自殺して死んでしまう。“CLOSED DEAL”もビギーのそのアルバムの最後に若干近いイメージで作りました。

メディアも名古屋までは来るんですよ。でも三重県や鈴鹿までは来ないしフォローしない。それはかなりローカルだからわかるんだけど、すごく魅力的な音楽のシーンがありますよ。俺が鈴鹿に住み続けている理由もそこにあるし、そのシーンを伝えていくのも自分の役目だと思っていますね。

ラッパーのSOCKSをフィーチャーした“LET'S GET DIRTY”はクラブ・バンガーで、“WEEK-DEAD-END”はクラブ空けの週末の曲で、“RIPJOB”という仕事を退職することについてラップした曲へ、という流れがしっかりあったりしますよね。風景が見えてきますよね。

Y:で、“LET'S GET DIRTY”の前の“OVERNIGHT DREAMER”は車で鈴鹿から名古屋に行く曲だったりして、そういう風に流れがありますね。

“LET'S GET DIRTY”のPUNPEEのビートはクリプスをプロデュースしていたころのネプチューンズのビートを彷彿させるなと。

Y:このビートは、俺が『TOKYO ILL METHOD』(2013年)をリリースしたころから予約していたんですよ。レッドマンに“LET'S GET DIRTY”って曲があるじゃないですか。その曲のタイトルを拝借している。イントロの「LET'S GET DIRTY」っていう声はレッドマンのその曲のサビ部分をアイバーソンが試合前に歌ってるところですね。PUNPEEくんにその声ネタを投げてイントロを付け加えてほしいって頼んだんです。

Redman“Let's Get Dirty (I Can't Get In Da Club)”

そういう仕掛けが張り巡らされているのがこのアルバムの面白さだなと思います。

Y:そうですね。仕掛けはいっぱいあります。

SOCKSも名古屋のラッパーですよね。

Y:SOCKSくんのアルバム『Never Dream This Man』(2015年)でも一緒にやってて、“Ownerz of Honor”っていう曲で刃頭さんのビートでラップしていますね。俺、刃頭さんのビートでやれることにぶち上がっちゃって、自分のヴァースのシメは「YUKSTA-ILLMARIACHI!!」ってキックしてて(笑)。

SOCKS“Ownerz of Honor feat. Yuksta-ill”

ビートの年代はそれなりの幅があるんですね。

Y:そうなんですよ。“WEEK-DEAD-END”のSEIJIさんのビートは、SEIJIさんのアルバム(2014年リリースの『BOOM BAP BOX』)に参加したころにもらったものですし、“TO MY BRO”のGINMENのビートはもっと古くて、2011、12年ぐらいかな。“RIPJOB”のOLIVEくんのビートも、『questionable thought』をリリースしたころに福岡のOLIVEくんの家にお邪魔してもらっていますね。だから、「お待たせしてすみません!」って感じです(笑)。

J:NERO IMAIもOLIVEくんのビートでけっこう録ってますよね。

Y:そうっす。実はNEROは録ってて。自分が参加してる曲もあります。

J:でも全然出てないんだよね(笑)。

ははは。それだけ年代に幅のあるビートを選んで1枚のストーリー・アルバムを作っているのが面白いですね。

Y:そうですね。いずれやるつもりでストックしていたビートと最近お願いして作ってもらったビートで構成されている。

J:そうやってちょっと前のビートもあるのにこのアルバムは古く感じない。そこが良いところですよね。

Y:まあ言い訳なんですけど、フィーチャリングや客演の仕事が多くて、なかなかアルバム制作に本腰を入れるペースをつかめなかった。だから、余裕ができたタイミングで一気に作った感じですね。

今後はツアーをやっていくんですよね?

Y:そうしようと思ってます。いまいろいろ調整してます。

ツアーのコンセプトやアイディアもあったりします?

J:バスケのセットじゃない?

Y:ドリブルして出てくるってことですか?

J:いや、ボールとマイクを両方持ってたらちょっとした大道芸になっちゃうから(笑)。

Y:そうっすね。たしかに。

J:バスケのセットを組むとか(笑)。

Y:でも真面目な話、日本でもヒップホップとバスケはもっとリンクしてもいいと思いますね。ちなみにB.LEAGUEのアルバルク東京っていうチームのヘッドコーチは俺と同い年で鈴鹿出身なんですよ。その弟も選手でロスター入りしてて。もっとリンクしたいっすね。

日本のラッパーでヒップホップとバスケで思い浮かべるのは、SHINGO★西成ですかね。

Y:西成くんはたしかにそうっすね。実は昔、誘ってもらって一緒にバスケの試合を観に行ったことがあります。

J:俺の勝手な妄想としては、ファイナルは鈴鹿のクラブでYUKの仲良いメンツが集まったら面白いと思う。

Y:ゑびすビルの2階の〈ANSWER〉ってライヴハウス兼クラブでやりたいですね。鈴鹿のシーンをもっと推したいんです。名古屋はもう心配しなくていいというか、メディアも名古屋までは来るんですよ。でも三重県や鈴鹿までは来ないしフォローしない。それはかなりローカルだからわかるんだけど、すごく魅力的な音楽のシーンがありますよ。俺が鈴鹿に住み続けている理由もそこにあるし、そのシーンを伝えていくのも自分の役目だと思っていますね。

YUKSTA-ILL 『NEO TOKAI ON THE LINE』 Trailer

Sir Spyro & Faze Miyake - ele-king

 2017年も現在進行形のイギリスのグライム•シーン。Britアワードに Skepta が出演し、Stormzy のツアーはすべてソールドアウト。日本でも、先日の Novelist 初来日は Sankeys TYO を満員にした。
 グライムの面白いところは、ジャングル、ガラージ、UK Funky、ダブステップなど様々な音を取り込み、140BPMに昇華するところだ。今回来日するふたりの音楽も、グライムを下地に様々な音を入れている。
 Sir Spyroは、レゲエMCとしてのキャリアを持つ Teddy Bruckshot や Lady Chann、Killa P をフィーチャーし、2016年のアンセム“Topper Top”(なんと、〈DEEP MEDi Musik〉から)をリリース、他にも Stormzy や P Money、D Double E などを手がけヒットを生み出している。Faze Miyake は〈Rinse〉からデビューし、AJ Tracey や Tre Mission を手がけ、トラップを通過したダークでグライミーなサウンドを届ける。
 プロデューサーとして、数々のヒットを送り出してきたふたりを迎えるのは、彼らのルーツに迫る東京のラインナップ。
 トラップやラップ・ミュージックを手がけ、〈TREKKIE TRAX〉からリリースしたトラックメイカー EGL、グライム•プロデューサー Double Clapperz、ラストは Jah Shakke & Wardaa 21 がレゲエ・セットを披露する。

ロンドンと東京のストリート・ミュージックの共鳴。
グライム・シーンに数々のヒットを送り出してきた、
FAZE MIYAKEとSIR SPYROが初来日。

MO’FIRE
2017.03.24.FRIDAY

SPECIAL GUEST FROM LONDON:
FAZE MIYAKE / SIR SPYRO

TOKYO LOCAL ACT:
DOUBLE CLAPPERZ / EGL / JAH SHAKKE & WARDAA 21

24:00 OPEN / DOOR: 2,000YEN / ADV: 1,500YEN / VENUE: Glad
東京都渋谷区道玄坂2-21-7, 2F
www.shibuya-glad.com

■Faze Miyake
ロンドンのグライムDJ・プロデューサー。グライムの中にもトラップ、ヒップホップやレイヴ・ミュージックの影響を感じさせるトラックが特徴で、2012年にはアンセム“Take Off”を送り出した。
その後、2015年にレーベル〈Rinse〉からデビューアルバム『Faze Miyake』をリリース。フリーダウンロードでのリリースに加えて自身のレーベル〈Woofer Music〉を立ち上げ、USBメモリで作品集を発表するなど、新たな方向性を打ち出している。
さらに、ストリートウェアブランド〈Nasir Mazhar〉の2015年SSコレクションの音楽を担当するなど、幅広く注目を集めている。

■Sir Spyro
グライムのプロデューサー。機能的で無駄のないスパイロのトラックは、Stormzy、JME、P MoneyなどのトップMCへ提供されてきた。2016年には自身名義での活躍も目立った。“Side by Side feat. Big H, Prez T & Bossman Birdie”がロングヒットしたほか、〈DEEP MEDi Musik〉からリリースされた“Topper Top feat. Teddy Bruckshot, Lady Chann & Killa P”は、2016年のアンセム・チューンとなった。
UKのラジオ局Rinse FMでは「The Grime Show」を担当。若手MCを紹介し、シーンをインスパイアし続けている。

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