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1990年代後半にムーディーマンやセオ・パリッシュらによって押し広げられたテンポ・ダウンされたハウス・ビート。そのキックとキックの「間」には漆黒のサイケデリックが埋め込まれているかのようで、我々を排水溝に吸い込まれていく水のようにゆっくりと別の場所へと連れて行く。ザラついたサンプル同士が交錯し、幻聴のような効果を生む彼らのトラックは実験的でもあるのだけど、それ以上に官能的で、セオの霞がかかったような半覚醒状態のトロけ具合は本当に素晴らしいと思うし、ムーディーマンに至ってはエロとサイケは同義語みたいなものだろう。
そういえば今年の3月にロンドンでおこなわれた〈Red Bull Music Academy〉のトークショーに登場したムーディーマンことケニー・ディクソン・ジュニアは、まわりにはべらせたセクシーな黒人女性たちにヘアー・セットをさせたり、酒を作らせつつ「マザ・ファッキン!」を連発しながら喋りまくり、勝新的俺流な時空のネジれを発生させていた。しかし、何だったのだろうアレは......。
そしてムーディーマン(Moody名義)の新作「Ol'dirty Vinyl」は、その濃度にむせるようなジャケット・ワークに包まれて届けられた。内容はいつも以上にヴァラエティに富んでいて、タイトル曲の"Ol'dirty Vinyl"などは珍しく爽やかな雰囲気もありつつ「気分がいいと思ったらいつの間にかあの世だった」というような感じだし、"We Don't Care"はKDJ自身のVoがのるジャズ・ナンバーで、"No Feed Back"は歪みまくったギターがのたうつKDJ流ブラック・ロック。そして、彼らしいセクシーなハウス"It's 2 Late 4 U And Me"の後には、混沌とした電子音楽" Hacker"が待っているという具合だ。
ある意味、寄せ集め的な作品集なのだけど、最近それなりに洗練されていく傾向をみせていたことに若干不満を感じていた僕のような人間からしたら、この自由度の高い錯綜ぶりは大歓迎だ。さぁ我々をエロとサイケの奈落の一番深いところまで連れて行ってくれよ、KDJ。
オールドスクールなシカゴのエッセンスやアレやらコレやらをデトロイトのフィルターを通して再定義した俗に言うビートダウンの種子は様々な場所へと伝搬し、そのBPMと同様にゆっくりと、しかし確実にそれぞれの場所で独自の発展を遂げている。ドイツのソウルフィクション(Soulphiction)、モーター・シティ・ドラム・アンサンブル(Motor City Drum Ensemble)、ニューワールドアクアリウム(newworldaquarium)、イギリスのトラスミー(Trus'me)やロシアのヴァクラ(Vakula)(UKの〈Firecracker〉からリリースされるシングルが素晴らしい)などなど、エトセトラエトセトラ。ようするに国境を越え、それぞれがあちらこちらの地下で重心低めのディープなリズムを響かせているというわけだ。
そしてその影響力は巡り巡って、昨年ひっそりとリリースされた日本のモンゴイカ a.k.a. T.Contsuの12インチにまで及んでいたりもする。モンゴイカ(戸田真樹)とは、ヒップホップ・ユニットの降神をはじめとした〈Temple ATS〉のアートワークを手掛ける画家でありトラックメーカー。その彼が、自身の〈Close Eye Recordings〉から出した「KIMI EP」のローファイでスモーキーな4つ打ちには、やはり何処か日本的な叙情と孤独が忍び込んでいて、その事実がとても面白く思う。
このようにデトロイト・ビートダウンが拡散し、かつ各エリアで様々なヴァリエーションを見せるなかで、ドイツのSoulphiction及び彼の主宰するレーベル〈フィルポット〉は、もはやフォロワーという域を越えた存在になりつつある。ソウルフィクション(Michel Baumann)のアナザー・プロジェクトであるというミッシング・リンクスの前作「Who to Call」に収録さていれた"a Short History of..."は、強烈なバネをもった美しい野獣のようなファンクだったし、この新作の「Got A Minute」も削ぎ落とされた筋肉のようなビートが脈打っている。
ドイツから放たれたこれらの音は、本家とはまた異なる種類の緊張感を漂わせ、非常にシンプルでタイトだ。黒人音楽をサンプリングしてそれっぽく仕上げただけのフォロワーも多いけれど、リスペクトとコピーは別ものだし、ときにはリスペクトなんて言葉は忘れるべき。
ちょっと手前味噌なのだけど、僕がリミキサーとして参加した作品を紹介させていただきたい。HUMAN RACE NATION(以下HRN)から出たG.I.O.N.の「Echoes of Our Minds Pt.1」がそれだ。言うまでもなく、デトロイトから影響を受けつつ、そこから受け取ったものを独自に展開し活動している者は日本にも存在する。音楽ユニットG.I.O.N.として硬派なミニマリズムを追求するフジサワ・アツシとコシ・シュウヘイによるHRNもそのひとつ。
HRNは長野で活動しながらもドイツ経由でワールドワイドにヴァイナルをリリースするという、ローカリズムとグローバリズムを兼ね備えた日本では非常に希有なレーベルである。 今まで彼らは地元長野でデトロイトやドイツを中心としたアーティストを迎えたパーティーを行い、地道にコネクションを築いてきた。それは2007年のシングルでのフランク・ムラー、本作における元UR、ロス・ヘルマノスのメンバーのDJ S2ことサンティアゴ・サラザール、そして次のリリースでのDJ3000とレニー・フォスターのリミキサー起用にも繋がっている。一方そこにトラックス・ボーイズや岩城健太郎、d.v.dとしても活動するJimanicaや僕などの国内リミキサーも混ぜることにより、既出の4枚のヴァイナルはちょっとした異文化交流の機能も果たしてもいる。
「Echoes of Our Minds Pt.1」は昨年末にヨーロッパでリリースされ、G.I.O.N.のオリジナル、DJ S2 REMIX、僕の手掛けたREMIXそれぞれが、ベルリンのBerghainのレジデントDJであるMarcel Dettmannや、フランスの Syncrophone(Theo ParrishとかAnthony Shakirのリミックス盤を出している)のオーナーDidier Allyneらのチャートに入るなど高い評価をもらった。しかし、ヨーロッパで品薄となり、日本には極少数しか入荷されない状態で残念だったのだが、近々ディストリビューターを変えて再リリースされるとのこと(そんな理由もあり、出てから少し時間が経っている本作を敢えて紹介させてもらった)。そして間もなく「Echoes of Our Minds Pt.2」の方も出るようだ。
彼らとは今後も諸々関わっていく予定で、実際に現在進行中のプロジェクトもある。そういえば僕と彼らの最初の接点はというと、確かmixiのデリック・メイのコミュに僕がパーティの告知を書き込んだのを、HRNのフジサワくんが見てコンタクトをとって来たのがそもそもの始まりであった。ここはmixiとデリックに感謝するべきなのだろう。
〈A.R.T.〉〈B12〉に〈ラッシュ・アワー〉、〈プラネットE〉と、このところAS ONEことカーク・ディジョージオがリリース・ラッシュである。同じく90年初頭のデトロイト・リヴァイバル~インテリジェント・テクノを代表するアーティスト、B12が同名のレーベルを一足先にリスタートさせたのに続き、カークもかつて自身が運営していたA.R.T.を復活させたりと、何だかこの辺り盛り上がっている模様。一時期〈モワックス〉などでリリースしていた生ドラム再構築モノは封印し、完全にテクノ/ハウスへ舵を切っているものの、音自体は〈A.R.T.〉の頃の音というよりも、疾走するリズム+エレガントな上モノのコンビネーションの、昨今割りとよくあるデトロイト・フレイヴァーのテック・ハウスという感じのものが主だったりする。
そんななか、ドイツの良質なディープ・ハウスレーベル〈Mojuba〉のサブ・レーベルである〈a.r.t.less〉は、その〈A.R.T.〉とカール・クレイグの名曲"At Les"を掛け合わせたような名前からもわるように、恥ずかしいほどの初期デトロイトへの愛が丸出し状態だ。更にオーナーであるドン・ウィリアムス自身の「Detroit Black EP」からはじまる黒、赤、青のデトロイト三部作は、モロに初期〈トランスマット〉。とくに青盤は初期のカール・クレイグ、ひいてはインテリジェント・テクノであり、もうところ構わず「好きだ~!」と叫んでいるような1枚。
思えば当時のデトロイト・リヴァイバル~インテリジェント・テクノというのは、結局のところ初期のカール・クレイグのサウンドのコピーだった。例えばデリック・メイのラテンにも通じるようなバウンドするリズム感ではなく、それは 69名義で豪快な実験を繰り広げる以前のカール・クレイグ、ようするにPsyche名義での"Elements"や""Neurotic Behavior"などの音を指す。孤独で繊細で壊れやすく、思わず「詩的」なんていう恥ずかしい言葉がまるで恥ずかしいと思わなくなる程に、それは魅惑的な青白い輝きを放っていた。そう、色で言うとデリック・メイは赤で、カール・クレイグは青だ。
それにしても、このドン・ウィリアムスの「Detroit Blue Ep」は、何だかこちらが赤面するくらいの青臭さに満ちていて、これをどう評価するべきなのか正直僕にはわらない。しかし、カール・クレイグがPsycheで描いた音世界は、当の本人でさえもう作れない類いのものだと思うし、結局その後放置されたままになっているのもたしか。その先の音が知りたい。
DJ ネイチャーことマイルス・ジョンソン。またの名をDJ MILO。ネリー・フーパー、ダディー・G、3D、マッシュルームが在籍していたブリストルのDJチーム、ワイルド・バンチの中心人物である。82年から86年まで活動したこの伝説的DJチームは、その後のUKサウンドの核、つまりパンク~ニューウェヴの残響とレゲエのサウンドシステムとヒップホップの接点を体現した存在であり、解散後、ネリー・フーパーはSOUL II SOULを、そしてダディー・G、3D、マッシュルームはマッシヴ・アタックとして活動することとなる。一方のMILOはUKの喧噪と離れ、ニューヨークのハーレムで黙々と音を紡ぐこととなるのだが、それはなかなか世に出ることはなかった。しかし、元ワイルド・バンチという伝説に彼を閉じ込めるべきではないし、実際に彼の音楽はブリストルで得たものを更なる深みに向けて解き放ったものである。
そして今年、彼の12インチが日本の〈ジャジースポート〉から届けられた。この「Necessary Ruffness」と題されたヴァイナルに収録されたトラックは、いずれもディープ・ハウスよりもさらにディープでロウなハウスであり、そのくぐもった音質が独特の空間を生み出していて、それは意識しているのか無意識なのか、デトロイトのビートダウンやベルリンのシーンなどとも共振する類いのものになっている。そして、その音楽性は日本の〈DIMID〉から2003年にリリースされたMILOの初のアルバム『Suntoucher』(表記はDJ MIL'O)ですでに示されていた。
ここで個人的な話しを少々。2004年に出た僕のS as in Soul.名義のアルバムは、元々は〈DIMID〉から2003年に出る予定だったのだが、途中でA&Rが独立することとなり、それに伴い1年後に〈Libyus Music〉の第一弾としてリリースされた。当時の〈DIMID〉~現〈Libyus Music〉の竹内君とS as in Soul.のリリースの打ち合わせしている時、このMILOのアルバムを出すべきかどうかを相談されて、僕は絶対出すべきだと答えたのを憶えている。そのことがどれだけの影響したのか知らないが、あのアルバムが世に出るキッカケを僅かでも与えることが出来たのならば、それは非常に光栄なことだ。
僕としては、現在のマッシヴ・アタックよりもMILOの音のほうが遥かに魅力を感じるのだけれど、そんな比較など本人からしたら迷惑な話しでしかないだろう。この12インチの後に控えているというニュー・アルバムを楽しみに待つのみだ。
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MAYNARD FERGUSON
PAGULIACCI-JOE CLAUSSELL REMIX
COLUMBIA (US)
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HIRAGEN from TYRANT『CASTE』
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SEMINISHUKEI PRESENTS『WISDOM OF LIFE』»COMMENT
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STARRBURST『INSTRUMENTALS』
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ROCKASEN『WELCOME HOME』
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HIKARU『Sunset Milestone』
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KIRIMANJARO
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DJ Holiday『The music from my girlfriend's cnsole stereo』
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Shhhhh『Ritmo del baile futuros』
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DJ ASAMA『Spread Pure Darkness』
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VIKN『the 6 MILLIONDOLLAR MAN』
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5月に入り、ニューヨークは真夏模様になったり寒くなったりはっきりしない天気が続く。私は、カフェの近くにある公園、マカレン・パークでときどき運動をしている。エクササイズ・クラブというチームを組み、2人、4人、あるときはひとりで、時間があう人たちが集まってしたい運動をするという、健康的な集まりである。私はランニング、ストレッチ、バドミントンを専門にしている。この日はとても天気がよく、最高のエクササイズ・クラブ日和だった。日本とは違う種類だが、桜が満開で、ベンチに座っているおじいちゃんおばあちゃんが微笑ましい。週末はピクニックをする人、BBQをする人、読書をする人など、てんやわんやの人ごみになるのだが、エクササイズ・クラブはだいたい平日の昼間なので、人はそんなにいなく、運動するにはちょうど良い。
i-Podを聴きながら、ランニングする人、ストレッチをする人、ドッチボールをするキッズなどを横目に見ながら、今日は5マイル、次は7マイルなど、どんどん距離を伸ばしていき、完走したときの爽快感に浸る。最高に良いショーをみた後の爽快感と似ている。一昨年までは、向かい側のマカレン・パーク・プール(プールといっても長年使われていない跡地)で、夏のフリー・コンサートが行われていた。MGMT、ヤーヤーヤーズ、ソニック・ユースなどたくさんのバンドがプレイして、毎週通っていたが、いまでは本当のプールに生まれ変わるべく建設中だ。
こう書くと、なんて健康な日々を過ごしているのかと思われるが、実はほとんど毎日が夜遅くまで働き、ライヴハウス通い。先日は、〈パリ・ロンドン・ウエスト・ナイル〉というパフォーマンス・スペースのクロージング・パーティに朝の3時頃までいた。うちのカフェから2ブロック程先にある一角に、〈グラス・ランズ〉、〈ディス・バイ・オーディオ〉、〈ウエスト・ナイル〉という3つのライブハウスが並んでいる。そのなかの〈ノン・プロフィット・スペース〉と〈ウエスト・ナイル〉が、先日4/13に幕を閉じた。リースが切れたので、グリーン・ポイントに引っ越すのだそうだ。https://www.shinkoyo.com/parislondon/
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平日の夜だからといって、そんなに人はいないだろう、と思っていたのだが、なんと会場の前に人が溢れている。なかを覗くと、人ごみのなかで、エクスペリメンタルなロック・バンドがごりごりにパフォーマンスしている。そこで、この場所を仕切っているZeljkoを捕まえたので、インタヴューを慣行。
Ele-king: 今日でこの〈ウエスト・ナイル〉がクローズするそうですが。
Zeljko:そう、今日がラスト・ナイトなんだ。来てくれてありがとう。
Ele-king:まずは、この場所〈ウエスト・ナイル〉を紹介して下さい。
Z:ここはアーティストが住み、仕事をする、〈ノン・プロフィット・スペース〉。5~7人が集団が活躍している。〈ウエスト・ナイル〉は、2006年ぐらいにラフにはじまって、ここに引っ越して来たときは、バスルーム以外は壁も何もなかったんだ。コステス、トニー・コンラッド、ノウティカル・アルマナック、ライト・アサイラム、ブラック・パス、アキ・オンダ、ヴァンピリアなど数えきれないバンドがプレイしてきたよ。「https://www.shinkoyo.com/parislondon」からArchiveに行くとリストがみれるよ。
Ele-king:ショーはどれぐらいの割合でやっているのですか。
Z:だいたい1週間に1~2回、1ヶ月に1~2回の時もあるけど。ショーは口コミとeメール・リストのみ。
Ele-king:今日プレイしているバンドを紹介して下さい。
Z:スケルトンズ、ウィッシュ、ミラーゲイト、ザ・ガマット、フレディナイトライカー、ザ・ナスティズ。僕は、ウィッシュって、ヴォーカルありの、エピック・ダンス・ミュージックなバンドをやっているよ。アニマル・コレクティブをもっとダンシーにしたような感じ。スケルトンズとミラーゲートは友だちで、Shinkoyo(僕らのアートコレクティ))のパートナーでもある。ナスティズは、火曜日に公式に解散する前に、ここでラスト・ショーをして、ザ・ガマットは隣のグラスランズでサウンドを担当しているデリックのバンド。
Ele-king:次のスペースは、いままでと同じような活動をするつもりですか? 名前は同じですか? またいつ頃からはじめるのでしょうか?
Z:次はグリーン・ポイントに引っ越すんだけど、ここは住居兼でなく仕事場だけにしたい。次の場所は、〈ノース・ウエスト・ナイル〉とでも呼ぼうかと思っている。僕らには、コラボレート・グループがカリフォルニアのオークランドにもいて、同じようなことをやっている。彼らのスペースは〈イースト・ナイル〉っていうんだ。ショーは、5月ぐらいからやっていきたいね。
Ele-king:ウエブ・サイトには、「paris london france tokyo berlin texas los angeles georgia cleveland」とありますが、これが〈ウエスト・ナイル〉の正式な名前ですか?
Z:僕らは最初に〈パリ・ロンドン・ニューヨーク・ウエストナイル〉って付けたんだけど、ときどき別の都市の名前を適当に当てて遊んでた。ファッション・ブランドのフラッグ・シップ・ストアがある都市名を適当に並べて遊んでたんだけど、ブランド名はなくして、都市名だけにしたりとか。基本的にジョークで、僕らのスペースのフレキシブルさを表していると思う。
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次の日はライアーズのショーへ。ニューヨークは〈バワリー・ボールルーム〉と〈ミュージック・ホール・オブ・ウィリアムスバーグ〉の2回の公演。今回は〈バワリー〉のほうへ行く。
![]() 新作が話題のライアーズ |
ニュー・アルバム『Sister World』を引っさげてのツアーは、ソールド・アウト。ロスアンジェルスとプラハでレコーディングされたというこのアルバムは、前回までのライアーズのレコードと同様に、超現実的で恐ろしい雰囲気を醸し出しているが、それと当時にいまにも雷が落ちてきそうな、ダークで不思議なテンションのバランスを保っている。このテンションが、いかにもライアーズだ......とライヴを観てあらためて思った。
決して張っちゃけ過ぎず、一歩寸前のぎりぎりのところを上手く綱渡りしている。ライヴ・セットも5人にパワーアップして、いつものように楽器を取り替えたり、オーディエンスとのキャッチボールもきちんとこなし、知的なエナジーに満ちあふれていた。後ろにいた女の子は、全部歌詞を覚えていてずっと一緒に歌っていた。
『Sister World』が完成したと同時にアンガスもベルリンからLAに移り、3人が同じ都市に暮らすようになった。観客のなかには、元々ブルックリンでスタートした同じ仲間のバンド、ヤーヤーヤーズのメンバーもいた。LAとブルックリン、いまアメリカのインディ・シーンでいちばん気になるふたつの都市である。共演はどちらもFol Chenという、カリフォルニアのバンドで、US/ヨーロッパ・ツアーはずっとライアーズと一緒にツアーを回っている。メンバーのひとりは、ライアーズのサポートメンバーとしてプレイしていて、アンガスAとエアロンと一緒の学校に通っていたらしい。〈Asthmatic Kitty〉から作品を出している。
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カフェからベッドフォードアベニューを南に下がり、ブロードウェイを右に曲がると、『カプリシャス・マガジン』というフォト雑誌のスペース、ギャラリーがある。4月23に開かれたそのアート・オープニングに行ってきた。
アンドリュー・ロウマンとニコラス・ゴットランドの〈スモーク・バス〉というショーで、日本でもよくショーをしている、アーティストのピーター・サザーランドがキュレーターを務めている。
ギャラリー関係者や、ミュージシャン、アーティスト、うちのカフェのお客さんもたくさんいて、外もなかもわやわやしている。フロントとバックに部屋がふたつある、ゆったりしたギャラリー兼仕事スペースだ。この展示は、キャンプ、自然、探検がテーマで、フレッシュ・エア・ファンドという非営利団体のベネフィット・ショー。作品をひとつひとつに物語を思い浮かべ、どんな状況でこの写真が撮られて、ここに飾られるまでの過程を考えたり、リラックスした、開放感溢れる雰囲気に包まれていく。音楽もそうだが、アートで人の気持ちを動かす事ができるのは素晴らしい。こういう風に、音楽やアートをしっかり堪能し鑑賞できるような感覚を養っていきたい。
5月5日、日本ではこどもの日だが、アメリカではCinco de mayo(シンコ・デ・マヨ)という、アメリカ人にもっとも良く知られている祝日である。スペイン語で「5月5日」の意味で、メキシコの祝日なのだが、メキシカンがたくさん住んでいるここアメリカでは、すでにアメリカの祭日になっている。メキシカン・ビール、テキーラ、サルサ、タコス、トルティーアなどを食べて飲んで、お祭り騒ぎをするのだが、私たち日本人や他の人種の人たちも、ここに住んでいると関係なくそれに便乗して、マルガリータなどを飲んでお祭り騒ぎをする。
![]() ライトニング・ボルトのベースのブライアンのバンド、ウィザード |
![]() 日本人女性によるハード・ニップス! |
![]() Nobody can stop girls! |
ニューヨークにいると、アイルランドのセント・パトリックスディ、中国人の旧正月、ドイツ人のオクトーバー・フェストなど、いろんな民族の祝日をもれなく体験できる。ちょうどこの日は、ハード・ニップスのCDリリース・パーティで、チーズ・バーガー、ウィザード(ライトニングボルトのメンバー)、エイリアン・ホエール(USA イズ・ア・モンスター、タリバム!、ネッキングのメンバー)が共演。ハード・ニップスは、グリッター仕様のCDリリース・パーティという事もあり、ラメいっぱいの華やかなステージを披露した。
かなり盛り上がっていたが、バンドが変わるごとに観客がごっそり変わり、それぞれのバンドの個性が面白かった。ウィザードは、ライトニング・ボルトのベースのブライアンのバンドで、このバンドではドラムを叩いている。かなり久しぶりのショーで、バンドも観客も大興奮。彼らもライトニング・ボルトと同じくフロアでプレイした。チーズ・バーガーは元々プロヴィデンスの3ピース・バンドだったのが、いまでは5人に増え、この日はオリジナル・メンバー、ヴォーカリストのJoeが飛び入り参加。このバンドは、ビール缶を投げるのがお決まりのようで、観客は容赦なくビール缶をステージに投げ、最後のほうでは、会場からさっさと電源を切られ追い出されていた。ここでもやはり「ハッピー・シンコ・デ・マヨ!!」と叫んでいた。
終わりなき日常のフルクサス〈三〉
1984ヨーゼフ・ボイス〈二〉
その日の夕方、水戸芸術館のヨーゼフ・ボイス展から妻の両親の家にもどった全員は食卓を囲んだ。毎回歓待を受けるので恐縮するのだが、この日もはやばやとテーブルにプレートがだされ、肉と野菜が並べられた。義母は、この年の女性がなべてそうであるように、「東京から来てクタビレタでしょう。ウフフフ」と笑いながら、一連の動作でビールの栓を抜き、私の前にあるコップになめらかに注ぐとテーブルの正面に座り、彼女の夫は私の左手で空をみあげるように新聞を開いていた。食卓にはザックリ切った野菜が入ったボールと、酒のアテは数種の漬け物と惣菜、妻の父が那珂湊から買ってきた肉厚に切られたマグロやタコの刺身があったが、この日はサイコロ状の鯨肉がメーンだった。
私は水戸駅の繁華でないほうのロータリーから妻の実家の方に向かう途中に鯨肉を食べさせる店がみえ、いつか入ってみたいその前を通るとき力強く宣言していたが、途中からそれをいうのはオヤクソクになっていた。水戸はアンコウ鍋が名物のはずだが、私はアンコウ鍋は食べたことがなく、「アンコウはじつにおもしろい。マジすごい」とおもにそのルックス面からアプローチしてきたが、鯨肉は給食でもでていたからおおよそ察しはつく。リュウグウノツカイとかトカゲギスとか、そこには深海魚は図鑑で見て楽しむものだという、たぶんジュール・ベルヌの『海底二万里』あたりから得た興味本位というか強化ガラス一枚を隔てて覗きみるような距離感があって、それをいえば鯨にだってメルヴィルの『白鯨』という忘れられない本があるが、『白鯨』には逆に移入した。といっても、主役である隻脚のエイハブと話者のイシュメルのどちらかではない。話のなかの彼らは当然役割を備えていたが、私はイシュメルの後ろにいてエイバブを観察するようでもあり、舳先から海原を眺めるエイバブの血眼になった眼を借りたようでもあった。モービー・ディックでさえあった。外洋に連れ出されたというか。
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ハーマン・メルヴィル 白鯨 岩波文庫 Amazon |
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私ははじめて読んだのはもう20年以上も前だから、エイハブと白鯨を善/悪、聖/俗、そのほかなんでもいいが、なにかの象徴になぞらえ神話的虚構として読んだわけでは全然なくて、メルヴィルの捕鯨に関する詳細な叙述もあって、ハウトゥというほど役立つわけではないが、抽象に昇華されきってない智恵に、暑い夏の日の真っ昼間に浜辺の木陰で涼をとる近所のオヤジとか老人とかがヒマツブシで語りだす虚構というより、どこまでいっても海しかない私の郷里のシマに伝わるシマの(ドン・キ・ホーテ的な)奇譚のように読んだ。私がまだ小さかったころには、シマにはハブに噛まれた足を毒がまわらないよう切り落とした着流しの老人が杖をついて歩いていて、その精悍な嘉手苅林唱似の顔つきをエイハブに重ねていたからかもしれない。
「最近の鯨は焼きすぎるとマズくなるからさっさと食え」
妻の父親は北関東のひと特有のそっけなさでいった。彼らはいまは水戸に暮らしているが、元は栃木の出である。
「シャリシャリ感が残るくらいでちょうどいいですかね」と私は聞き返した。
「調査捕鯨で獲った鯨は元々が漁ではないから、船も冷凍の設備がちゃんとしてないのよ。見てよ、このニコゴリみたいな赤い色。これはそのせいよ。高いのにヤんなっちゃうよな、まったく」
「すみません。気をつかわせて」
私はビールをついだ。
「勝手にやるから気にしなくていいよ。まあ調査捕鯨もそのうち禁止されるだろうから鯨はもう食えなくなっちゃうよなあ。鯨ベーコンなんてなあ、よく食ったんだがなあ。あんたのころもあったの? そう。でもまあ、もう食えなくはなるわなああチキショウメ」
最後のは妻の父の口癖である。
「シー・シェパードなんか物騒ですからね。でも捕鯨は世界的にみると禁止する流れなんでしょうね」
「商業捕鯨と調査捕鯨を混同しちゃいかんよ。日本が外洋でやっているのは調査捕鯨であって、調査捕鯨は商業捕鯨を再開するためのものでしかありません。商業捕鯨は日本の沿岸でやっている伝統的なものか、IWCの管轄に入らないクジラを対象にしたものなんよ。ウィキペディアによると『IWCの商業捕鯨モラトリアム決議に対して、国際捕鯨取締条約 (ICRW) 第5条に基づく異議申し立てを行ったノルウェーが1993年に再開を宣言し、ミンククジラを対象に沿岸捕鯨を行っている。近年の捕獲実績は年に600頭前後で、2006年は1052頭の捕獲枠に対し捕獲実績は546頭である。アイスランドも2006年に商業捕鯨再開を宣言してナガスクジラとミンククジラ各7頭を捕獲したが、翌年に再停止している。ただし、日本への輸出のめどが立てば直ちに商業捕獲を再開するとしている』とあるのが商業捕鯨でシー・シェパード体当たりしているのは調査捕鯨。市場にでまわってるのは調査捕鯨の副産物である鯨肉しかないので、それをおいしく安価で提供するというお題目はそもそも成り立たないのであろう」
「システムというか流通的にどうしても良質の鯨肉を提供できないなら調査捕鯨は止めればいいじゃないですか?」
「それを止めると商業捕鯨の前提が崩れるべ。科学的論証のある乱獲に当たらない水産資源の有効利用は伝統的な食文化を保護すると主張しないとな」
「その伝統的な食文化が非捕鯨国には倫理観に抵触するんですよ」
「それはあらゆる文化の摩擦にいえるのではないかね。オレは21世紀はそういう時代だと、10年ほど前にさかんにいわれており、ここ数年またちがう局面に入ってきたと思う。国家によらない覇権主義、もう覇権主義の言霊みたいなものだな。それに対抗するには、偶然ある瞬間にであう無名の人びとの集団が有効だとしても、捕鯨はひとりではできないしな。かといって、利害関係が対立する複数国が関係する問題を、国際機関を調整弁として利用して一色に染めようとしてもな。生殺与奪の話には宗教観はからむもんだからな」
「調査捕鯨の名目で獲るからややこしくなったのではないですかね。調査という割には肉食ってると。非捕鯨国にしたら主従が逆転した現状があり看過できないと」
「それはあくまで副次的な問題だべ。オレなんかむしろ、環境問題のグローバル・スタンダードの押しつけな気はするけどな。畜産や養殖みたいに生産計画を立てられるのは倫理を問われないが、たとえ統計学的な推移は提示できても、クジラみたいに生態がよくわらからない、しかもオレらとおなじ哺乳類は希少種であってもなくても、捕獲すべできでないとはわかるけど、それはむしろ神秘主義のにおいがあるな」
「というと?」
「かつてクジラを滅ぼそうとした科学を使ってクジラの象徴性を守るということよ。文化のソウコクは科学的データの積み上げでは対処できなのではないかな」
「タバコも同じですね」
「あれは健康にわるいからダメに決まっとろう」
妻の父は北関東特有のアクセントで尻上がりにいった。
「大麻はタバコより健康に害がないそうですが、マリワナは吸ってもいいですか?」
「オレはガンジャのことなんか知らんよ、コンチキチョウ」
私たちは食卓でこんな話をした気になったのは日中に『ボイスがいた8日間』を見て思うことがあったからである。お暇なら前回を読んでいただきたいが、水戸芸術館で私は妻と子と妻の両親ともいっしょだったのだった。外出するときいつもフィッシャーマンズ・ベストを着てキャップをかぶる義父は、アイテムだけみるとボイスとかぶっており、年の頃も彼が最後に日本を訪れたこのときと同じ60代なかばである。この年齢になると男はボイス化するのだろうか? もし読者はここまできて私がムダ話で字数をかせいでいると思われるのは心外である。ネットの原稿に字数などそもそもない。あるのは余白だけだ。広大な階層化したスペース。あるいは自律した集合知の堆積。ボイスがこの時代に生きていたら、私は彼はこれまで「任意の触媒」とみなしてきたマルチプル作品をネット的なコミュニケーションにどう対応させるか、あるいは転用するかたいへん興味がある。
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終わりなき日常のフルクサス〈三〉
1984ヨーゼフ・ボイス〈二〉
マルチプルとは、既製品をそのまま使ったり、簡単に手を加えたりした普及版の美術品で、一点ものより安価で売られる。ボイスは生前800点ほどのマルチプル作品を制作しており、今回の展示の大半もマルチプル作品だった。私は前回、草月会館でのナム・ジュン・パイクとのアクション「コヨーテ・」をとりあげたが、これは展示の最終部にあたる第9室のものであったのでそこに来るまで多くのマルチプル作品の間を縫ってきた。材料は、木材、フェルト、既存もしくはオリジナルの印刷物、ネガフィルム、映像フィルム、ラッカー盤やヴァイナル、ビンとかカンとか多岐にわたり、いずれの作品もボイスの手を経るか監修を受け、エディションが付されているものがほとんどである。ややばらつきはあるものの約30×21×6センチの直方体の前面をとりはらった木箱に鉛筆で書きこみをした「直観」、オープンリールの録音テープを厚手のフェルトに埋めこんだ「ヤー、ヤー、ヤー、ヤー、ヤー、ネー、ネー、ネー、ネー、ネー」、ボイスがじっさいに使った橇を作品化した「そり」を普及版化したマルチプルの「そり」、よくしられた「フェルト・スーツ」や、レモンの酸性成分によってうまれる電流で電球に光を灯す指示のある「カプリ・バッテリー」 ―はボイスが日本を去った85年の作品なのだけど― など、事物とその組み合わせで一見して不可解だがそのウラに素朴な思考の跡があるマルチプル作品は、ボイスの哲学を他者に喚起させる非限定的な「任意の触媒」だが、彼の哲学は彼の履歴が背景にあるせいで神話的ですらある。
第二次大戦中、ドイツの空軍兵だったボイスはクリミア半島上空でソ連軍に撃墜され、重傷を負ったが遊牧民のタタール人に助けられた。脂肪を塗られフェルトでくるまれたおかげで一命をとりとめたことから彼はフェルトと脂肪を長くモチーフにしてきたが、それらの素材はマルチプルになることで、アーティスト、政治活動家、教育者、思想家=ボイスの本文をおぎなう脚注として、この美術史上の巨人の神話性を強化するようにふるまいはじめるが、しかし私はボイスの神話性とはほんとうはシカメ面で考えこむものでもない。
「1921年、クレーフェ、絆創膏を貼った傷跡展。1922年、クレーフェ、近郊モルカライの牛乳展。1923年、コップ一杯の口ヒゲ展(内容はコーヒーと卵)。1924年、クレーフェ、異教徒の子たちの公開展~」とつづく彼の有名なジャーマン・ジョークみたいな自筆年譜(ボイスは1921年、クレーフェに生まれた)を真に受けるべきというか、ボイスの神話が体温をもち、偉人伝の枠をはみだして、演劇的にツクリモノめいてくることに私は無上の喜びさえ感じる。フルクサス的といっていいそのユーモアには思考を外側へ浸透させるものがあり、その目でみてまわると驚くのだ。初期の素描を再編したリトグラフの筆の運びの見事さ、シルクスクリーンや写真作品のデザインの素朴な力強さ、既製品をマルチプル化した資本主義批評であり、デュシャン的でもウォーホル的でもある一連の「経済の価値」シリーズのマルチプルでさえ、そこにはやはり厳密な審美眼を感じた(もっともデュシャンのシュールなエスプリともウォーホルのポップさともちがうボイスのマルチプルは、三者を順番にデュシャン=レコメン→ボイス=クラウト・ロック→ウォーホル=パンクと並べるとしっくり......こないかもしれない、時代背景もまるでちがうし。また普及版であるマルチプルは原曲とリミックス、原曲とエディットの位置にあるとすると、マッシュ・アップではない。ザ・KLF的な非合法性はない。音楽と決別して活動を休止したKLFは作品をまるっきり発表しなくなり死んだデュシャンを思わせる(死後に遺作が発見されたが、KLFもそうなるのだろうか)。
とはいえ、妻は「いまの潮流にはデュシャンのアイデアのためのアイデアや、ウォーホルのような色彩のあるポップさより、ボイスの落ち着いた、渋さがふさわしいでしょうね」といい、私はそれに同意した。
私たちはいっしょに水戸芸術館にはいっていた。私はマルチプルひとつひとつを丹念にながめていたが、妻は興味のある作品を中心に見てまわった。娘は第2室にあった加工前のフェルト原料の7本のロールを作品化した「プライト・エレメント」をさわったのを注意されやる気がなくなり、義父母は「あーうーん」とう唸りながら足早に先に歩いていった。彼らは早々にちりぢりになった。彼らのうち誰がただしい鑑賞者だったのだろう。
会場でもらったパンフレットにはこうある。
「ボイスは本当の資本とは貨幣ではなく、人間の創造性だと語り、わたしたちが生きる世界や社会を、人間の創造性によって未来へと造形する「社会彫刻」の概念を提唱しています。そして、その「社会彫刻」に関与するための潜在能力が備わっている存在として、「人間はみな芸術家である」と語りました。こうして、ボイスは社会に積極的に関与する新しい芸術/家のモデルを提示したのです。」
これがボイスの代表的な言葉である「すべての人間は芸術家である」であり、「社会彫刻」である。
ここで流通/交換可能な貨幣のアナロジーになっている創造性とは特定の行為でなく、また、生活の創造性という恣意的なものでもない。「私は芸術家ではあるが、それはたいしたことではない。どんな芸術的な行為も社会の光の中に出なければ輝かない」とボイスがこの展覧会の映像資料のひとつで語ったように、創造性が芸術の社会化であると仮定するなら、社会彫刻では、たがいに触発され啓蒙し合い、積極的にそこに関与する任意の人たちの共同体が作り手となり、芸術家は中心から退く。共同体ではボイスのアクションのひとつの手法でもある「対話」が重視され、対話を通して社会彫刻は構築物としての志向性がきめられる。私はここに、ボイスのマルクス主義(もっといえばプラトン主義で古典的な弁証法)への愛憎と、理想主義者としての倫理と、またすこしの危うさを感じもする。第二次対戦の残響とみえなくもない。その危うさとは、68年5月の革命(とバタイユと)をふまえ、共同体をもちえない者の共同体を友愛(フラタリティ)さえもちだし論じたブランショの『明かしえぬ共同体』に指摘された全体主義への親和性の要件をボイスの思想が一見して満たすということだ。
私はそのことを考えると黙りそうになるが、ここまで読んでこられた辛抱強い読者よ、思い出してほしい。戦争で死にかけてタタール人に助けられた彼は、西洋と非西洋の境界線で生と死の境目をただよった男でもあった。私は誤解を承知でいえば、ボイスの獣性と理性が混じり合った彼の作品に惹かれてきたと、今回の回顧展をまわって気づいたのだった。アイデアのスケッチにすぎない(?)マルチプルの野趣はディオニュソスというほどむこうみずではないけれども、飼い慣らされない荒々しさで水戸芸術館に転がっている。私は順路をめぐりながら、彼のトレードマークである茶色の十字架や、「野兎の血」と題した作品のビニール製の封筒のなかで、4・のウサギの血がまるでこのあと食卓でだされるクジラの肉にはりつきニコゴリを連想させる凝血になっているのをみながら、「キリスト教的というよりこれは、キリスト教前史というか、ヘルマン・ニッチュとかのウィーン・アクショニストのジオラマみたいだよなー」とつぶやいている。
そして私は、思わず作品にさわってしまった娘の手に残ったフェルトのザラついた感触と同じ位置に作品をみる行為を置くこと、現在の時制のなかで彼の作品を回想しつづけることで、美術史にすでに固有の場所を占め、象徴的にさえなってしまったヨーゼフ・ボイスという巨大な構築物をガウディのあの教会のように未完の現在につなぎとめることができるのだと思った。
これこそ、ボイスの行為/芸術(芸術/行為も可)のアルケミーである。
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