「Man」と一致するもの

Daniel Haaksman - ele-king

 もはや多様性は販促の道具である。ダイヴァーシティの称揚が「なんでもあり」の状況を誘発しかねないというのはだいぶまえから言われていた気がするけれど、いまやそれは完全に企業や資本にとってこそ有用な、使い勝手のいい概念に成り下がっている。多様性を褒めそやすことの何が問題かといえば、それが社会における異質なもの同士の敵対性や、そのような軋轢を生み出す構造それじたいを隠蔽してしまう点で、極論すれば「貧困だってひとつの個性でしょ」なんてことになりかねない。いや、「自己責任」が大人気のこの国ではすでにそうなってしまっているのかもしれないが、とまれ企業は多様な価値観を推奨しさえすれば善良なるイメージを獲得することができ、己が与し支えるシステムの歪みなんか気にせず、思う存分営利活動に邁進できるというわけだ。多様性は収益を生む。素晴らしい。

 ダニエル・ハークスマンはベルリンを拠点に活動するベテランのDJ/プロデューサーである。レーベル〈Man〉の運営などをとおしていわゆるワールド・ミュージックとベース・ミュージックとの境界を更新し続けてきた彼は、かつてコンピレイション『Rio Baile Funk』を編むことで世界じゅうにバイリ・ファンキを広めた陰の重要人物でもあるが、そのハークスマンにとって3枚目のスタジオ・アルバムとなるこの『With Love, From Berlin』は、国際都市としてのベルリンをテーマに掲げている。ベルリンという街がロンドンやパリと異なるのは、その国際性がグローバル企業や金融産業によってではなく、観光や外国人の(自然な)流入によって担保されている点である、とレーベルのインフォメイションは説明していて、ほんとうにそう言えるのかどうかは判断がつかないけれど、少なくともハークスマンはそのようにベルリンをレプリゼントしたいということだろう。ようするにベルリンは、資本主導ではないかたちで多様性が花開いた稀有な都市なんだよと、そういう話である。

 まずはシベーリの起用に嬉しくなる。彼女は偉大なるブラジル音楽の遺産とエレクトロニカの音響的冒険とを両立させるサンパウロ出身のシンガーソングライターで、2006年に『The Shine Of Dried Electric Leaves』という良作を残しているが(日本盤にはハーバートによるリミックスも収録、『21世紀ブラジル音楽ガイド』をお持ちの方は34頁を参照)、彼女を迎えた冒頭の“Corpo Sujeito”や、それに続く“La Añoranza”(こちらのゲストはバルカン・ビート・ボックスのサックス奏者オリ・カプランとペルーのデング・デング・デングなるグループ、そしてジャイルス・ピーターソンの「ワールドワイドFM」でも番組を持つ中南米音楽セレクターのココ・マリア)がもっともよく体現しているように、ソカなどアフロ・カリビアンのリズムを流用して骨格を成形しながら、そこにダブステップ以降のベースを注入、上モノや言語で世界各地の要素を際立たせつつ、それらすべてをリズム&サウンド的なベルリン式ダブの音響で包み込む──というのがアルバム全体の基本路線なのだけれど、ストリングスとコーラスが印象的な3曲目“Overture”によく表れているように、どの曲も音と音のあいだの空隙がほんとうに豊かだ。この音の間合いは、それぞれのマテリアルが互いに異なるもの同士であることを確認させる役割を担っていると言える。そのおかげで、さまざまな素材が同居しているにもかかわらず、ごちゃごちゃした感じはいっさいない。

 取り合わせの妙もまたこのアルバムの醍醐味だ。ポール・セント・ヒレアーを招いた4曲目“City Life”やトリを飾る“Wolkenreise”のバンドネオンとダブ、ザップ・ママの娘だというK・ズィアとシカゴの大物ロバート・オーウェンズを同時に呼び寄せたシングル曲“24-7”のレゲトン・ハウスなど、どの曲も巧みなさじ加減によりサウンド相互の異質性がしっかりと保護されている。全体の鍵を握るのは8曲目の“Occupy Berlin”だろう。タイトルからして反金融・反資本の機運に同調するこの曲は、背後に敷かれたシンセの持続音とブラカ・ソム・システマのカラフによる言の葉が、随所で乱れ舞うパーカッションの独特な響きとリズムを引き立てていて、音同士の闘いとでも言おうか、われわれリスナーの耳を大いに楽しませてくれる。

 とまあそんなふうにこのアルバムにはなんとも多彩な要素がぎゅうぎゅうに詰め込まれているわけだけど、ぜんぜんこれ見よがしじゃないというか、エキゾ感を売りにするような側面は皆無で、かといって相対的な並列化に与するわけでもなく、すべての音がきわめてクールな佇まいで互いの特異性を示し合っている。多様性の称揚によって覆い隠される、個々の対立それじたいを救うこと──それはグローバル資本とはべつの角度からダイヴァーシティを捉え返そうとするハークスマンの、静かに燃えたぎるアティテュードの表れにほかなるまい。ベース・ミュージックのグローバルなあり方、ひいては安易な多様性の讃美それじたいを問い直す、刺戟に満ちたアルバムだ。

Yoshinori Hayashi & DJ Today - ele-king

 昨年ノルウェイの良心〈Smalltown Supersound〉からファースト・アルバム『Ambivalence』を発表し、最近どんどん評価を高めているDJの Yoshinori Hayashi。一昨日のマシュー・ハーバートの来日公演でも身体にずしんと響く最高なテクノ・セットを披露してくれた彼が、詳細不明の謎の DJ Today とともにWWWβにてレギュラー・パーティをスタートさせることが決定。その名も《BRAIN MOSS/ノウコケ》。記念すべき第1回となる6月8日の前売り券には、Yoshinori Hayashi の未発表音源CDRも付属するとのこと。売り切れてしまう前にチェック!

BRAIN MOSS/ノウコケ

世界へ躍進する奇才プロデューサー/DJ Yoshinori Hayashi が詳細不明な DJ Today を召喚し、明快オブスキュアなレギュラー・パーティー《BRAIN MOSS/ノウコケ》をWWWβにて始動。前売には Yoshinori Hayashi の未発表音源CDR「Low rec series vol.2」付、合わせてY.Hオリジナル・グッズ、私物レコードなども販売予定。

2015年の〈Going Good〉からの衝撃デビュー作「終端イーピー」、Sotofett のリミックスも収録したEP「The Forgetting Curve」〈JINN Records〉等のリリース等を経て、2017年には Boiler Room に出演、2018年には「Uncountable Set」〈Disco Halal〉、「Harley's Dub」〈Jheri Tracks〉、そしてクラブ・ミュージック・シーンの外からも絶賛された 1st Album 『AMVIBALENCE』と怒涛のリリースで存在感を見せつけた Yoshinori Hayashi が、謎のベールに包まれた DJ Today と共にWWWβにて、レギュラー・パーティー《BRAIN MOSS/ノウコケ》を始動する。初回となる今回はレジデント2名によるオープンラストのセットを披露します。

特典として Yoshinori Hayashi の未発表音源CDR「Low rec series vol.2」を前売チケット購入者にプレゼント。
更にY.Hブランドのオリジナル・グッズや彼らのレコード・コレクションが少量、会場にて販売予定。

BRAIN MOSS / ノウコケ
LINE UP:Yoshinori Hayashi / DJ Today
2019/6/8 sat at WWWβ
OPEN / START 23:00
ADV ¥1,500 @RA + WWW店頭 w/ Yoshinori Hayashi Unreleased Track CDR
DOOR ¥1,500
※ 前売チケットを購入した方にはエントランスにて Yoshinori Hayashi の未発表音源を収録したCDR「Low rec series vol.2」をお渡します。
※ 未成年者の入場不可・要顔写真付きID / You must be 20 or over with Photo ID to enter

詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/011100.php
前売:https://jp.residentadvisor.net/events/1256849

Yoshinori Hayashi (Smalltown Supersound / Going Good)

18歳より独学で音楽制作をスタートさせた林良憲は、2008年に作曲家/ピアニスト/プロデューサーの野澤美香に師事することで、その稀有な才能を花開かせた。2015年、衝撃のデビュー作「終端イーピー」は、探究心旺盛なフリークスのみならず世界中のリスナーを驚かせ、決してフロアライクとは言えない内容ながら Juno plus Best of2015 : Top 50 Singles に於いて6位に選出される。その後も世界中の様々なレーベルから、精力的なリリースを続けることで、彼の音楽は多くの人々を魅了してきた。2018年10月待望のデビュー・アルバム『AMBIVALENCE』をオスロの老舗レーベル〈Smalltown Supersound〉より発売。青山の MANIAC LOVE からスタートしたDJキャリアは15年に及び、House、Techno、Disco、Leftfield を転がるように横断し、時に危ういボーダーさえも往来するプレイ・スタイルは、古典的でありながら実験性に富び、独自のオブスキュアを形成することでダンスフロアに貢献。欧州ツアーや Music Festival への出演を重ね、世界的注目を浴びる今、更なる飛躍が期待されている。音楽的ロジックを最優先する彼の感性は今まさに渇望されている。

https://m.soundcloud.com/yoshinorihayashi13
https://www.facebook.com/yoshinori.hayashi13

DJ TODAY

プログレッシブな展開を構築するスタイルを信条とする。

https://soundcloud.com/s5tzlhappveu/heavy-mix

SCARS - ele-king

 これは朗報だ。リーダーの A-THUG を筆頭に、SEEDASTICKYBES、bay4k に MANNY に SAC に I-DeA にと、そうそうたる面子が名を連ねる川崎のヒップホップ・グループ、SCARS。現在の日本語ラップを考えるうえでも重要な彼らの2006年のファースト・アルバム、長らく入手困難だった『The Album』のリイシューが決定した。発売日は6月19日。一躍彼らの名を轟かすことになったクラシックを、この機会にぜひ。

A-THUG を中心に SEEDA、STICKY、BES、bay4k らが名を連ねる日本語ラップ・シーン最重要グループ、SCARS! 廃盤状態で入手激困難だった2006年リリースの傑作ファースト・アルバム『THE ALBUM』がリイシュー決定!

リーダーである A-THUG を筆頭にSEEDA、STICKY、BES、bay4k、MANNY、SAC、I-DeA らが名を連ねた日本語ラップ・シーン最重要な伝説的グループ、SCARS。BLACK EYE PATCH とのコラボレーション等で A-THUG、SEEDA、STICKY、BES を中心にリユニオンを果たし、再びその名を目にすることが多くなった昨今……散発的に行われているライブでも披露されている名曲群を収録した2006年リリースの傑作にして超問題作なファースト・アルバム『THE ALBUM』がまさかのリイシュー決定!

ハスリング・ラップ最高峰のアルバムとしてシーンに大きな衝撃を与え、一躍 SCARS やメンバーの名前を広めた屈指の名盤ながら長きに渡って入手困難な状況が続いて界隈では高値でディールされていたブツ!

[アルバム情報]
アーティスト:SCARS(スカーズ)
タイトル:The Album(ジ・アルバム)
レーベル:SCARS ENT
品番:SCARS-001
発売日:2019年6月19日(水)

TRACK LIST:
1. In Dro (Lyrics by "A"THUG, bay4k, BES, SEEDA, STICKY)
2. Showtime For Life (Lyrics by "A"THUG, bay4k, BES, SEEDA)
3. 1 Step,2 Step (Lyrics by BES)
4. YOU ALREADY KNOW (Lyrics by STICKY)
5. Homie Homie Remix feat. SWANKY SWIPE (Lyrics by bay4k, BES, EISHIN, SEEDA)
6. SCARS (Lyrics by "A"THUG, bay4k, BES, SEEDA, STICKY)
7. Bring Da Shit (Lyric by bay4k)
8. ばっくれ (Lyrics by BES, SEEDA, STICKY)
9. あの街この街… feat. GANGSTA TAKA (Lyrics by MANNY, SEEDA, GANGSTA TAKA)
10. Love Life (Lyric by "A"THUG)
11. Junk Music (Lyrics by bay4k, SEEDA, STICKY)
12. 日付変更線 (Lyrics by BES, SEEDA, STICKY)
13. Outraw (Lyrics by "A"THUG, bay4k, SEEDA)

「笑い」とともにある音楽史

新しい・珍しい・奇妙
ジャズやオペラからラップにテクノ、EDMにいたるまで、日本人は新しい音楽を常に「ノベルティソング」の形で受容してきた――「笑い」とともにある音楽史

【著者略歴】
矢野利裕(やの・としひろ)
批評家、ライター、DJ。1983年、東京都生まれ。2014年「自分ならざる者を精一杯に生きる――町田康論」で第57回群像新人文学賞評論部門優秀作受賞。著書に『SMAPは終わらない』(垣内出版)、『ジャニーズと日本』(講談社現代新書)、共著に大谷能生・速水健朗・矢野利裕『ジャニ研!』(原書房)、宇佐美毅・千田洋幸編『村上春樹と二十一世紀』(おうふう)など。

目次

まえがき

第1章 明治・大正──大衆音楽とノヴェルティソングの始まり
川上音二郎とオッペケペー節から/オッペケペー節と自由民権運動/オッペケペー節のノヴェルティ性/演歌師・添田唖禅坊の登場/政治的演説における音楽性/ノヴェルティソングとしての演歌/ヒットメイカーの添田唖蝉坊/「東京節」のヒット/意味から解放された言葉/浅草オペラの隆盛/“猥雑”な場所、浅草/大衆化するオペラ

第2章 戦前・戦中──ジャズと演芸と戦争
エノケンとカジノフォーリー/ジャズと都市のスピード感/身体を動かす音楽/日本で最初のレコード歌手、二村定一/エノケンと二村はすぐれた芸人である/あきれたぼういずの登場/「ジャズ浪曲」と国民の創出/あきれたぼういずのDJ的センス/あきれたぼういずの背後に戦争の影/左翼出身の漫才作者、秋田實/わらわし隊による戦地慰問/柳家金語楼のジャズ演芸/許しがたい人物が奏でる素晴らしい音楽/戦時下におけるジャズの解放感

第3章 戦後1──ニューリズムの奔流
忘却される戦後日本の「起源」/笠置シヅ子と戦前日本/ブギのリズムと戦争のない世界/音楽によって明日を生きる/戦後日本を代表するノヴェルティソング「東京ブギウギ」/「ゲテモノ」登場、美空ひばり/洋楽を歌いこなす美空ひばり/コミックソング歌手としての美空ひばり/美空ひばりとジャニー喜多川の意外な関係/美空ひばり、リズム歌謡を歌う/リズム歌謡のおかしさ/トニー谷の音楽と言葉/日米のはざまで不気味にうごめく/様々なるリズム歌謡/マンボ、チャチャチャ、カリプソ/ツイスト、タムレ、ロカンボ/ロカビリーに流れるコミックソングの水脈/謎のリズム? スクスク、ドドンパ/リズムで売るという商法/中川三郎の透徹した視線/カヴァーポップスと漣健児/コミックソングから来た漣健児

第4章 戦後2──コミックバンドの系譜
フランキー堺とスパイク・ジョーンズ/リズム歌謡として見るフランキー堺とシティ・スリッカーズ/クレージーキャッツの誕生/音楽と身体をともなった笑い/井原高忠の番組演出に見る音楽性/ヴァラエティ番組発の名曲「上を向いて歩こう」/「スーダラ」という奇怪な言葉/クレージー行進曲のルーツは軍事教育!?/ザ・ドリフターズの登場/ロックがニューリズムとして流行した時代/ライ麦畑でドリフターズをつかまえる/志村けんの黒人音楽センス/笑いを通じた友川カズキの再評価

第5章 一九七〇~一九八〇年代──ニューウェイブと小劇団文化圏
一九六〇~一九七〇年代のコミックソング/トロピカル三部作からYMOへ/YMOにおけるノヴェルティソングの戦略/コミックソングとテクノサウンド/スネークマンショーの先進性とギャップ/タモリにおけるジャズのノリ/いとうせいこうによるヒップホップの試み/音楽と笑いと演劇をつなぐ文化圏

第6章 現代的なコミックソング
スチャダラパーにおける演劇の影響/ノヴェルティソングとしてのヒップホップ/日本のヒップホップを巡る対立/USヒップホップもノヴェルティソングだった!?/笑いと共に根づくハードコア・ヒップホップ/リズム歌謡の系譜としての小室哲哉/小室哲哉による笑いへの興味/「PERFECT HUMAN」の新しさ/ネット時代のヒット、ピコ太郎「PPAP」/音楽における身体的な楽しさ、再び/大瀧詠一の後継、マキタスポーツ/「作詞作曲モノマネ」に見る音楽の広がり/ノヴェルティソングであるからこその喜び

あとがき

Main Source - ele-king

 カナダ・トロント出身のK・カットとサー・スクラッチによって結成され、その後、ニューヨーク出身のプロデューサー/ラッパーのラージ・プロフェッサーが加入するという形でグループができ上がったヒップホップ・グループ、メイン・ソースによる1stアルバム『Breaking Atoms』と、ラージ・プロフェッサー脱退後にリリースされた2ndアルバム『Fuck What You Think』が、日本国内盤として再リリースされた。
 ピート・ロックやDJプレミアと並び称される、90年代のヒップホップ・ゴールデンエイジ(=黄金時代)のサウンドを作ったプロデューサーのひとりであるラージ・プロフェッサーだが、彼にとってもデビュー作となった1991年リリースの『Breaking Atoms』はプロデューサーとしての彼の名前を知らしめただけではなく、それ以降のヒップホップの流れを決定づけた一枚と言っても過言ではない。ジェームス・ブラウンなどに代表されるファンクのサンプリングを主体としていたヒップホップのサウンドプロダクションは、90年前後のデ・ラ・ソウルやア・トライブ・コールド・クウェストらの登場によって、サンプリングソースの多様化が進み、音楽的な表現がより豊かなものとなっていく。80年代後半に数々のヒップホップ・クラシックに携わりながら、89年に銃で撃たれ亡くなった伝説的なエンジニア/プロデューサーであるポール・Cの手ほどきを受け、十代からサウンドプロダクションのテクニックを一から学んだというラージ・プロフェッサーは、バラエティ豊かなサンプリングネタを、さらに複雑に組み合わせることで、もうひとランク上の音作りを実現する。『Breaking Atoms』からの先行シングルでもある“Looking At the Front Door”や“Just Hangin' Out”はこのアルバムを代表する曲でもあり、彼のプロダクション・スキルが特に際立った作品とも言えるが、当時感じた新鮮な輝きは、いま聴いても全く色褪せることはない。さらに“Just Hangin' Out”のカップリング曲でもあるポッセカットの“Live At The Barbeque”は、あのナズが世の中に出た最初の曲としても知られ、この曲がきっかけとなって、あの『Illmatic』が生まれたわけだが、この曲も含め、全体に充満したあの時代のニューヨークの熱気もまた、このアルバムの大きな魅力である。
 前述のようにメイン・ソースのメイン・メンバーであったはずのラージ・プロフェッサーの脱退後、80年代半ばからニューヨークのヒップホップ・シーンで活躍していたラッパーのマイキー・Dが新たに加入し、制作された『Fuck What You Think』。実はこの作品は当初はシングルのみリリースされただけで、アルバムとしてはお蔵入りとなったという、曰く付きの作品だ(1994年リリース予定がお蔵入りになり、その4年後に晴れて正規リリース)。その先行シングルである“What You Need”やおそらく日本限定でのシングル・リリースであった“Diary Of A Hitman”などを当時耳にしたとき、1stアルバムとの音楽的な違いに驚かされたことを記憶しているが、今回改めてアルバムを通して聴いてみると、意外なほど実に耳にフィットする。1994年といえば、ウータン・クランなどの登場によってヒップホップがよりハードコアな方向に進んでいた時期でもあり、彼らのこの方向性はある意味、時代にマッチしていたわけで、さらに20年以上越しに聴いてみると、当時、メイン・ソースの作品という先入観を持って接していたときのあの違和感はあまり感じない。ドラムとサンプリングネタがタイトに突き刺してくる先行シングル曲の“What You Need”や“Diary Of A Hitman”はもちろんのこと、ラージ・プロフェッサーの影響も多少感じさせるタイトル・チューンや、“Looking At the Front Door”と同じイントロで始まるポッセカット“Set It Off”など聞きどころも実に多く、「ラージ・プロフェッサー不在」という理由だけでスルーするには実に惜しい作品だ。今回の再リリースを機会に、短い期間の中での激しい時代の移り変わりも感じながら、1st、2ndともに聴いていただきたい。

interview with Matthew Herbert - ele-king

 ぼくの知り合いにひとり、本人はきわめて政治的な人間だが、聴く音楽のいっさいは政治とは無関係なものを好むというひとがいる。彼を思うと、ノスタルジックなジャズやMORを好んでいる人間が必ずしも政治的に無関心で保守的であるなどということはないと断言できる。その彼はビッグ・バンド・ジャズが大好きだ。
 マシュー・ハーバートのアイデアは、そういう意味でも面白い。がなり立てるパンクやラップではなく、ノスタルジックなスウィング・ジャズとエレクトロニカとの混合。エレクトロニカも、基本、耳(とその刺激を解析する脳)を面白がらせる快楽的な音楽であり、政治的な作品は、たまにサム・キデルのようなひともいるにはいるが、それは少数派だ。
 快適さのなかにメッセージを忍び込ませるやり方がぼくは好きだ。
 マシュー・ハーバート・ビッグ・バンドは、かつてそれをやってきた。甘くノスタルジックな演奏を交えながら、グローバル資本主義経済を糾弾する2003年の『グッドバイ・スウィングタイム』のことだ。

 『ザ・ステイト・ビトウィーン・アス』は、ブレグジットを契機に始動したプロジェクトである。2年以上を費やし、当初はEU離脱の日とされていた3月29日にきっちりリリースされた。『グッドバイ・スウィングタイム』と同様に、ノスタルジックなスウィング・ジャズとエレクトロニカ(+執拗なフィールド・レコーディング)との混合であり、しかし今作には、そうしたハーバート自身のクリシェを打ち砕く異質さがある。その異質さには、今作のより深い政治性が絡んでいる。自分が英国人であることを強く意識しながら作られた『ザ・ステイト・ビトウィーン・アス』からは、イギリスそしてヨーロッパなるものに直結するサウンド、響き、伝統が否応なしに聴こえてくる。そしておおよそ音楽は晴れやかではないが情熱的で、スリリングに展開する。ダークな曲、メロウな曲、ダンサブルな曲、ドローンからIDM、ジャズからアンビエント……と、まあ、ヴァラエティに富んだ内容で、いつものようにフィールド・レコーディングを活かし、音の細部にまで凝っている。多少重たいが、聴き応え充分の力作である。
 このアルバムを聴いたとき、ぼくにはわからない点がいくつかあったので、ぜひハーバートに取材をしたいと思っていた。なぜ、この作品のアートワークが「木」なのか、残留派であるハーバートは、では離脱派にはっきりとノーが言えるのか(残留派にも離脱派にもそれぞれ言い分がある)、アルバムから聞こえる動物たちの声は何なのか、アルバムにはハーバートのイギリス愛も混じっているのではないか、そもそも現代において左翼とは何なのか、などなど。すべての疑問に彼なりに答えてくれた。(※文末に来日情報あり)

僕はEU離脱に関して多くの嘘を撒き散らした何人かの政治家に対してすごく憤りを感じている。でも、「離脱」に投票した人たちに対しては、友情や協力の意志がある。僕は安定した、幸せな社会で暮らしたいんだ。

政治的であり、なおかつ作品としての魅力を高めようとするとき、そのバランスというのは難しいと思いますが、このアルバムはぎりぎりそれを成し遂げているし、あなたがこの作品に注いだ熱量がどれほどのものかわかる力作だと思いました。音楽的にも、ジャズ、クラシック、エレクトロニカ、ダンス・ミュージック、ミュージック・コンクレート、ドローンなどといったこれまであなたがやって来たことが集約された作品ですよね。すべてを投入して作ったというか、そんな印象を持ちました。

ハーバート:かなり苦労して完成した作品ではあった。何に苦労したかというと、当然音楽を作ることが大前提としてあるわけで、新聞記事を書くわけでも、ドキュメンタリー映画を作るわけでもない。音楽作品でありながら、イギリスにおける政治の現状を反映したものにしたかった。ただその現状というのが、もうめちゃくちゃで……(苦笑)。
つまり、何かについて曲を書いていると、その10分後には状況がまったく変わっている。だから書いていたものをやめて、新たな状況について今度は書きはじめる。で、その10分後にまた状況が一変する。そこの両立が非常に難しかった。それに加え、長いあいだ自分は誰に聞いてもらいたくてこの音楽を作っているのか、戸惑いもあった。いままさにEU離脱を含めた政治状況の渦中にいる人たちが対象なのか、それともヨーロッパにいる人たちに向けて我々の立場を説明したくて書いているのか、それとも20年後にこれを聞く人たちに向けて書いているのか。どういう視点で語るのか、なぜこれをいま伝えなきゃいけないのか、というのが制作中に何度も変わっていったんだよ。

イギリスのEU離脱をめぐる議論は、いまだどこに着地するのかわからない状況というか、カオスになっているようですね。とりあえず、3月29日に離脱することはなくなったわけで、その日をリリース日に決めていたあなたにとってこれは良かったのか悪かったのか、どうなんでしょうか?

ハーバート:すごく良かったと思っている。というのも、我々は国としてまだどんな形であろうとEUを離脱する準備がまったく整っていない。国は激しく分断されたままだ。僕が作る音楽は、僕にとっては大事なもので、参加してくれた人たちにとっても大事なものかもしれないけど、人の生死に関わる問題じゃない。でもEUは多くの人の生死に関わる重大な問題だ。だから僕としては、延期になったのは良いことなんだけど、依然としてどうなるのか先がまったく読めない。あり得ない状況だよ。3年ものあいだこの件について話し合ってきたにも関わらず、いまだにEU離脱とどう向き合うべきかわかっていない。まさにいまのイギリスの政治のどうしようも無さが浮き彫りになった形だと思う。

先頃は反ブレグジットのデモに100万人が集まったという報道がありましたが、100万人というのはすごい数ですね。おっしゃるようにいまはまったく先が読めない状況ではありますが、あなたが望んでいるのはいかなる決着なのでしょうか? 

ハーバート:まず何よりもEU離脱をやめるべきだと思っている。そもそも馬鹿げた考えだった。しかしながら、誰も自分たちの声に耳を傾けてくれない、と感じている人はこの国大勢いる。彼らはこの国の政治に対して長いあいだ失望していた。自分たちの意見は汲み取ってもらえない。生活も不安定で、職もない。満足な医療制度も得られず、自分たちが住むコミュニティーとの繋がりが感じられない。そういう人たちの多くが「離脱」に投票した。なぜなら「離脱すれば自分たちの生活が良くなるから」と言われたからだ。でも実際は、EU離脱が生活の向上をもたらしてくれることはない。むしろこの国をより貧しく、より孤立させるものだ。前向きなものでは決してない。
だから僕としては、もしEU離脱をやめるなら、そういう人たちに改善策を与えてあげなければいけないと思っている。「離脱」「残留」に分断されてしまった国民をどうにかしてまたひとつにまとめないといけない。そもそも「離脱」「残留」という分け方自体、人が創り上げたものでしかないから。そこに明確な線引きはもともとなかったはずなのに、分断の原因になってしまった。個人的に思う今後の最良の展開は、もういちど国民投票を行うことだ。そうすべきだと思っている。今度は、具体的な実施計画に対して投票するのだ。そうすることがもっとも賢明だと思う。政治家が決められないのであれば、国民が決めるべきだ。

今回のアルバム制作の発端は、ブレグジットに対する憤りだったと思いますが、おっしゃるようにEUに残留すればすべてが解決するような問題ではないように思いますし、じっさいアルバムのテーマはより大きなものへと発展していますよね? 

ハーバート:そうだね。アルバム制作をはじめた頃は、政府の動向を細かく追っていて、EU離脱問題とそれに纏わる政治状況だけに絞った作品を作ろうと思っていた。でも途中で、めちゃくちゃなアルバムだってことに気づいた。政府がめちゃくちゃだったからね。その動向ばかりに目を向けていたために全く意味のなさない、どうでもいいものになっていた。
だから途中で決めたんだ。我々にとって本当に重要な問題を取り上げようと。その最たるものが気候変動だ。実はEU離脱問題は、我々が直面する本当の危機的問題から我々の目を逸らすためのものでしかない。イギリスだけの問題ではない。他の国もそう。気候変動や経済格差こそが本来取り組まなければいけない問題だ。今EU離脱問題に費やしている予算は本来気候変動に使われなきゃいけないものなんだ。

先ほどイギリスが分断されているという話がありましたが、タイトルの『The State Between Us』も分断されてしまったイングランドを意味しているのでしょうか?

ハーバート:必ずしもそういう意味でつけたわけじゃない。もちろん、見た人が好きに解釈してくれればそれで良いと思っているよ。タイトルの元々の発想としては、政府(政治)が人と人のあいだに入ってきたらどうなるか、というものだ。例えば、僕は近所の人たちと共有した価値観もたくさん持っている。田舎に住んでいるからまわりは農家が多い。でも、彼らの多くが「離脱」に投票をした。だから僕にとってタイトルが意味していることは、政府が自分とお隣さんとの関係の障壁となったとしたらどうなのか、ということ。自分はどんな感情を抱けば良いのか、と。僕はEU離脱に関して多くの嘘を撒き散らした何人かの政治家に対してすごく憤りを感じている。でも、「離脱」に投票した人たちに対しては、友情や協力の意志がある。僕は安定した、幸せな社会で暮らしたいんだ。だからタイトルは、以前は何の問題もなかった社会に、政府や組織が介入することで問題が生じてしまったらどうなるか、ということを意味している。

こうやっていろいろ考えてみたんだけど、イギリスならではのもので特別な何かを見つけることができなかった。それはつまり、自分がどこで生まれたかなんて所詮地図上のある場所にたまたま生まれたってだけのことだからだ。この国の好きな部分もあるし、好きじゃない部分もある。それはスペインや他のどの場所に対しても言えることだったりする。そういう部分も含めて、アルバムはイギリスらしさとは何かを追求しようとした側面もある。

“You're Welcome Here”の“Here”とはイングランドのことだと思いますが、あなたは今作を作るためにブリテイン島を旅したそうですね。それはなぜですか? それは、もういちどあなた自身のアインディティティないしはイングランドという国のアインディティティを確認したいから?

ハーバート:“You're Welcome Here”の“Here”はイギリスのことだけではなく、音楽も意味している。例えば「このアルバムは君を歓迎するよ」「このアルバム、この音楽の世界にようこそ」とかね。
イギリスのアイデンティティに関心があったというのは、その通りだ。だから、自分では行けなかったから人にお願いしてアイルランドの国境を端から端まで歩いてもらった。それから「離脱」に大半の人が投票したグリムズビーという町にも行った。それから同じく「離脱」に投票した地元のケント州にも長く滞在した。各地に実際に足を運ぶことが大事だった。アルバムにはロンドンで録音された音源はとくに使っていない。ロンドンの合唱隊は参加してくれているけど、ロンドンで録った「音」は入っていない。
僕にとってイギリス人であることのアイデンティティはますますわからなくなってきている。子供の頃に聞かされた「イギリス人たるものはこうあるべき」という価値観にしても、大人になってみるとそうではなかったと思うことがほとんどだった。僕は1970年代に幼少期を過ごしたわけだけど、人種差別、男尊女卑がまかり通っていた時代だったし、男性に支配された社会だった。いまでも男性が社会を支配してはいるけど、少しずつ変化していると感じる。「イギリス人であるというのはどういうことか」というのをずっと考えていたんだけど、例えば「僕は田舎が凄く好きだ」「でもスイスやイタリアや日本にだって美しい田舎はある」と思った。じゃあ、「ユーモアのセンスがすごく気に入っている」と思ったけど、他の国にだってユーモアはある。「この国の音楽がすごく好きだ」と思っても、アメリカやアフリカの国だって良質の音楽を排出している。
こうやっていろいろ考えてみたんだけど、イギリスならではのもので特別な何かを見つけることができなかった。それはつまり、自分がどこで生まれたかなんて所詮地図上のある場所にたまたま生まれたってだけのことだからだ。この国の好きな部分もあるし、好きじゃない部分もある。それはスペインや他のどの場所に対しても言えることだったりする。そういう部分も含めて、アルバムはイギリスらしさとは何かを追求しようとした側面もある。

冒頭の鳥のさえずりが聞こえる場面ですが、場所はどこでしょうか? なぜそこからはじめたのですか? 

ハーバート:あれはドイツにある森のなかで録ったんだ。そこには意図があって、今回のEU離脱問題はこの国とドイツとの関係が多分に関係していると思っている。第二次大戦後ずっとこの国はあの戦争と本当の意味できちんと向き合えてないと思う。ドイツの人たちの方が、あの戦争が自分たちの生活にどう影響をもたらしたかを受け入れている。でもこの国ではまだ神話化されている部分が大きい。というのは、勝利国だったために、内省する必要がなかったんだ。戦争に自分たちがどう関わったかということに対してね。だからとくにドイツに対する誤解は多い。それにアンジェラ・メルケルの方が、メイ首相よりもずっと優れたリーダーだ。彼女(メルケル)の考えにすべて賛同するわけではないけど、国家の首席としてはずっと優れている。そんなわけで、「ドイツの木」からアルバムをはじめるという発想が気に入ったんだ。

「木」と言えば、アートワークにも「木」をあしらいました。また、アルバムの冒頭の曲では木が切られているであろう音がチェーンソーの暴力的な響きとともに挿入されています。「木」は明らかにこのアルバムの象徴としなっていますが、それはなんの象徴なのでしょうか?

ハーバート:EU離脱問題を「木」に置き換えて考えたら面白いと思ったんだ。僕からすると我々は存続危機に直面している。つまり、気候変動によって我々が当たり前だと思っているものがこれからどんどん失われていく。我々人間が行いを改めなければ、人類を含む多くの生き物が絶滅するだろう。これこそが本当の危機だ。だから僕は、何人かの政治家の発言に耳を傾けるよりも、「木」に耳を傾けたいと思ってしまう。自然との向き合い方を考え直さないといけないと思っている。だからこの世界を違う視点から見てみるいい機会だと思った。

あの曲の途中で挿入される歌はなんですか?

ハーバート:曲は僕が作曲したもので、歌詞は16世紀の詩人のジョン・ダンの言葉を引用している。

ビッグバンドでやるのは 11年ぶりと久しぶりですが、今回のテーマをいつものようなエレクトロニカ・スタイルではなくビッグバンドでやりたかった理由はどういったところでしょうか?

ハーバート:ビッグ・バンドの大きな魅力は、ある一定の水準で音楽を奏でられる人だったら誰でもバンドに参加できる、ということだ。例えば、イタリアやスペインやドイツに行ってアルバムのレコーディングを行った際、見知らぬ演奏者の前に譜面を配布さればそれで済んだ。すぐにでも演奏をはじめられる。民主主義的な形態だと感じるね。さらにそこに合唱が入るわけで、アルバムに参加しているのはみんなプロの歌い手ではなくアマチュアの合唱隊だ。そうやって民主主義的な生き方を体現しようとしている。ただ政府を批判するだけでなく、その代替案を提示しているんだ。僕からすると、ビッグ・バンドと合唱隊はいい代替案だと思う。コミュニティーを生み、創造性を生み、協調性があって、経済活動でもあり、人種や性別も関係ない。有用なメタファーだったんだ。

参加した人たちの人数が、数百人とも千人とも言われていますが、CD盤面の記されている名前がそれですよね。これはすべて世界のいろいろな場所でのライヴの際に参加した人たちの名前なのでしょうか? そしてそうした人たちの名前を記したのにはどんな意味がありますか?

ハーバート:全員の貢献をきちんと示したかった。というのも、こうして君と話をしているのは僕だけど、実際は大勢の人がこの作品を支えている。コミュニティを表しているんだ。実はバンドの名前にも納得がいってない。僕の名前が前面に出てしまっているからね。でもSpotifyやApple musicといったサービスのなかで、聴き手にとって作品を見つけやすいというのも大事だった。まあ、せっかく参加してくれたのだから名前を記すのは礼儀でもあると思った。ライヴでも土地土地で新しい人たちに参加してもらった。例えばマドリッドに行ったときは、ステージ上に僕のバンド・メンバーはたったの3人だけで、残りの115人はそこで初めて会う人たちだった。ローマでもベルリンでも同じだ。日本で去年ライヴをやったときも、日本人のバンドと合唱隊に参加してもらった。ライヴの度に違うライナップだったんだ。

イギリスに対しては相反する思いを抱いているのはたしかだ。今回気付いたのは、ある国の国民として生きる上で鍵となるのは価値観なんだということ。どんな価値観を持っているか。だから僕にとって大事なのは……。僕がイギリスでもっとも誇りに思えるのはNHS(国民医療サービス)、それとBBCだ。

今作であなたがあらたにトライした音楽的な実験があるとしたら何でしょうか?

ハーバート:実験と言えるかわからないけど、さまざまな場所を録音した。NHSの病院でも録音したし、首相別邸のChequersの周りを自転車で回って録音もした。それからある人にイギリス海峡を泳いでもらったし、別の人に第二次大戦の戦闘機で飛んでもらった。他にもイタリアの第一次大戦の最前線だった古戦場を歩いてもらったし、アイルランドの国境の端から端までも歩いていろいろ録音してもらった。これ以外にもいろいろなフィールド・レコーディングを行ったよ、

動物の声をフィーチャーした“An A-Z Of Endangered Animals”を収録したのはなぜでしょうか?

ハーバート:僕にとってはこういったことこそが本当の問題だ。生態系の多様性の崩壊だ。野生動物や昆虫の数が激減している。非常に深刻だし悲しい問題だ。今回アルバムに音を収録した絶滅危惧種の動物たちは10年後、15年後にはその声を聞くことがもうできなくなっているかもしれないんだ。絶滅に瀕した動物たちによるコーラスだ。

まさかご自身でフィールドレコーディングされたわけじゃないですよね?

ハーバート:さすがにそこまではできなかった。そうするには費用がかかりすぎるからね。

最後シェリーの詩を歌った“Women Of England”で終わっていますが、あなたこの作品でイングランドを批判してもいますが、同時に愛してもいますよね? “Women Of England”を聴いてそう思ったのですが、いかがでしょうか?

ハーバート:イギリスに対しては相反する思いを抱いているのはたしかだ。今回気付いたのは、ある国の国民として生きる上で鍵となるのは価値観なんだということ。どんな価値観を持っているか。だから僕にとって大事なのは……。僕がイギリスでもっとも誇りに思えるのはNHS(国民医療サービス)、それとBBCだ。国民全員が少額を払うことで、多くの恩恵を得られる機関だ。そういうのは喜べる、前向きな積立だ。それ以上に、優しさ、平等、公正さといった価値観を現れでもある。でもそういう価値観がこの国ではいま脅威に晒されている。そこに僕は怒っている。いま右翼の多くの人は我々もアメリカを見習うべきだと思っている。でもいまのアメリカは非常に残酷で分断された国で、社会のお手本とするには最悪の国だ。

あなたが愛するイングランドというのは、ファンキーな“Fish And Chips”のような曲に表れていますよね? 

ハーバート:いや、あの曲はグリムスビーという街で録音したものなんだけど、グリムスビーはかつて漁業が盛んな街だったのに、その漁業が衰退してしまった。僕にとってこの曲はニューオーリンズの葬送曲のイメージで、漁業の死についての歌をパーティ調に奏でることで皮肉を込めているんだ。

4月に来日しますが、楽しみにしています。どんなプレイをするつもりでしょうか? 話せる範囲でお願いします。

ハーバート:そうだな。本当になんとも言えないんだけど、DJセットというのはつねに即興だと思っている。だからとりあえずいろんなジャンルからのいろんな音楽を持っていって、あとはそのときの感覚で作り上げていく。でも、まあ、基本はハウスとテクノで、そこに実験的なものや、新しいノイズなんかも盛り込んでいきたいとは思っている。まあ、基本はその場の即興だよ。

ブレグジットを遠目で見ながら、もしも左翼思想というものが世のなかで弱い人たちを助けるという思想だとしたら、はたしていま弱い人たちは誰なのかということを考えてしまうのですが、あなたの意見を聞かせてください。

ハーバート:そんな複雑な話じゃないと思っている。実際よりも事情は入り組んでいると我々に思わせるのも政治的罠のひとつなんだ。この国が抱えている大きな問題というのは、数年前に大きな経済危機があって、その際に経済を持続させるために政府が国民の税金を金融産業に投入した。保守党政府は、経済的にいちばん底辺にいる人たちに負担をさせたんだ。つまり障害者、生活保護を受けている人、貧しい人、子供、シングルマザー、女性。そういう人たちへの補助を減らすことで、銀行が引き起こした負債のツケを底辺の彼らが払う羽目になった。それこそがこの国の根本にある不正であり、EU問題もそれに対する反動だった。保守党が築いた社会構造に対する人びとの不満の表れだった。だから僕にとって弱い人たちというのは、他の人が起こした問題のツケを払わされている人たちだと思っている。


ハーバート来日情報!
Hostess Club Presents...Matthew Herbert DJ Tour 2019

HOSTESS CLUB ALL-NIGHTERのレジデントDJでもあったダンスミュージック / サンプリング界の鬼才マシュー・ハーバート、各地で豪華ゲストを迎えるDJツアーの開催が決定!

東京
2019年4月22日(月)代官山UNIT
with Yoshinori Hayashi and 食品まつり a.k.a foodman
Open / Start 19:00
Extra Sound System Provided by PIONEER DJ

北海道
2019年4月23日(火)札幌 Precious Hall
with Naohito Uchiyama and OGASHAKA
Open / Start 20:00

福岡
2019年4月24日(水)福岡Kieth Flack
with T.B. [otonoha / under bar]
Open / Start 20:00

京都
2019年4月25日(木)京都 CLUB METRO
with metome (Live Set)
Open / Start 20:00

Ticket:
東京公演 5,800円(税込)
札幌 / 福岡 / 京都公演 5,300円(税込)

https://ynos.tv/hostessclub/schedule/20190422.html

interview with Midori Aoyama, Masaki Tamura, Souta Raw - ele-king

 デトロイト・スウィンドルやレイ・ファーなど、数々のアーティストの来日を手がけるイベント〈Eureka!〉の主宰として、ハウス・ミュージック・シーンに確かな実績を残してきたMidori Aoyama。〈Eureka!〉がレーベルとしても好調ななか、Midoriが次に仕掛けたプロジェクトが、インターネットラジオ「TSUBAKI FM」だ。
 昨年の立ち上げ以降、毎週日曜にライヴ配信を行っている「TSUBAKI FM」だが、その特徴は〈Eureka!〉とは一線を画すラインナップにある。ロック・ステディ・クルーのスキーム・リチャーズからCMYKといった国内の若手クルーまで、ジャンルもキャリアも異なる様々なDJがこのネットラジオでプレイしてきた。とりわけ「TSUBAKI FM」が力を入れてピックアップしたのが、Masaki TamuraとSouta Rawだった。

 京都在住のMasaki Tamuraは、国内でも屈指のジャズイベント〈DoitJAZZ!〉を主宰し、ジャズDJの枠を広げるような活動を行なっている。近年では、ジャイルス・ピーターソンによる「Worldwide FM」の京都サテライトとしてスタートした「WWKYOTO」のDJにも抜擢された。Souta Rawは、サダー・バハーの国内ツアーなどでも知られる茶澤音學館に所属し、アンダーグラウンドなディスコを中心に、幅広いジャンルをかけるDJだ。Aoyama TUNNELで毎週火曜のレギュラーを務めている。

 Midori Aoyama、Masaki Tamura、Souta Raw。同世代ながら背景の異なる3人だが、今年2月には「TSUBAKI FM」として、東京、京都、広島、福岡の4箇所でツアーを行なった。各地を回ったあとで、彼らがDJとして見据えるものはなんだろうか。ネットラジオで日本全国を巡るというかつてないツアーを経験した3人に話を聞いた。

5年前にマッツにインタヴューしたときに、「自分がキャリアを続けられるのは、ハウス以外の音楽もやってて飽きないから」って言ってて。それ聞いたときは「何言ってるんだこのおっさん」くらいに思ったけど、だんだんわかってきた(笑)。──ミドリ

まず、「TSUBAKI FM」の設立経緯を教えてください。クラブ・シーンでは、Midoriくんといえば〈Eureka!〉の主宰者、という印象が強いと思います。パーティやレーベルとして〈Eureka!〉の運営も好調のように見えますが、なぜ新たにネットラジオを立ち上げたのでしょうか?

Midori Aoyama(以下、ミドリ):元々、曲を探すときにジャイルス・ピーターソンの番組とか聴いてたし、自分でもいつかラジオをやりたかったんだよ。それにいま、ネットラジオは戦国時代に突入してるよね。ヨーロッパでは「NTS Radio」や「Red Light Radio」、アメリカなら「The Lot Radio」とかがあるから。日本でも最近はいろんなネットラジオが出てきた。でも、自分たち好みな、4つ打ちから生音まで扱うネットラジオってあまりなかったからさ。日本にないんだったら作ろうってことで始めた。

〈Eureka!〉と「TSUBAKI FM」ではどのような違いを感じてますか?

ミドリ:ネットラジオの方がライフスタイルに近いかな。〈Eureka!〉は日常とかけ離れた空間を創造していくんだけど、「TSUBAKI FM」は普段の生活に音楽を持ち込むってところを意識してる。そこは大きな違いだと思う。やっぱり30代になるとクラブから卒業する人が多いんだよね。クラブに行けない人とか東京以外に住んでる人でも僕らのやってる音楽を聴きたい人がいるから、ラジオがあったほうがいいなって。あとはかける音楽が違うかな。〈Eureka!〉はハウスだし、「TSUBAKI FM」はもっと広いジャンルを扱ってる。自分も数年前までハウスしかかけてなかったけど、他のジャンルのDJにもネットラジオに出てもらって、いろんなものを吸収することができた。

ラジオではほぼ毎回、ミドリくんも新譜のジャズやソウルをかけてますよね。

ミドリ:自分でもずっとハウスをやっていきたいと思っていたけど、続けていくうちに変わってきた。その点、〈Eureka!〉にも出演したマッド・マッツの存在が大きいんだよね。5年前にマッツにインタヴューしたときに、「自分がキャリアを続けられるのは、ハウス以外の音楽もやってて飽きないから」って言ってて。それ聞いたときは「何言ってるんだこのおっさん」くらいに思ったけど、だんだんわかってきた(笑)。それに、他の音楽を吸収することによって、ハウスの新しい面白さも見えて来るんだよね。サンプリングのネタがわかるようになるし。

「TSUBAKI FM」ではこれまでにいろんなDJが出演してますが、とくにピックアップしてるのが、MasakiくんとSouta Rawくんですよね。この2人を選んだ理由やきっかけはありますか?

ミドリ:僕が探してないのもよくないんだけど、同世代で面白いDJってあんまり知らなかったんだよね。だから、「TSUBAKI FM」を立ち上げる前に新しいDJを見つけようと思って、ハウス以外の音楽がかかるクラブとかバーに積極的に遊びに行って探しはじめた。それで、ラジオをやって全国に発信するならまずは地方のDJがいいなって思って、沖野修也さんとかJazzy SportのMasaya Fantasistaさんとかに聞いたら、「京都にTamuraくんっていうジャズのDJがいるよ」って話になった。

Masaki Tamura(以下、マサキ):そうそう。それも最初のきっかけはマッド・マッツかな。ミドリくんがマッツのツアーをやるにあたってメールでやりとりした。僕は当日に別のイベントがあって結局出れなかったけど、ミドリくんが京都に来たときに喋って。それがラジオを立ち上げる1年前ぐらい。

Souta Rawくんについては?

ミドリ:カンマ&マサローのツアーをやってたときに、2人と一緒にAoyama TUNNELに遊びに行ったら、Souta Rawが回してた。2人が「このDJすごくいいから聴いた方がいいよ」って言ってて。それで、別の日にNTSレギュラーのナビア・イクバルと一緒にTUNNEL行ったときも、「このDJ本当にいいから、絶対「TSUBAKI FM」のラジオでやった方がいいわ」って言われた。外タレ2組に言われてたんだよ。それ絶対ヤバいでしょ。それで声かけたんだっけ?

Souta Raw(以下、ソウタロウ):そうだね。ミドリくんから話しかけられたんだと思う。

そうすると、3人ともお互いを知らなかったんですね。それは意外でした。

マサキ:だからまだ出会って1年ちょっとくらい。去年の2月に「TSUBAKI FM」のローンチ・パーティをThe Roomでやったときに、ソウタロウくんと初めて話した。

ソウタロウ:そうそう。「こういう人たちがいるんだ。面白いな」って思った。

ソウタロウくんは茶澤音學館に所属していて、ディスコのシーンに近いですよね。あと、昔から7インチでDJしてる印象があります。

ソウタロウ:島くんと出会ったときは、ちょうどケニー・ドープやDJスピナが、ヒップホップやハウス、ディスコとかファンクとかレゲエなんかのジャンルを、7インチ・オンリーで跨ぎながらやっていたんだよね。彼らに影響を受けて、7インチのパーティを毎週やっていたからそういう印象があるのかも。そのときに7インチでジャンルを跨ぐのって珍しかったし、今だと当たり前のように置いてあるハウスやヒップホップの7インチコーナーもあまりなかったから、集めるのに苦労したね。

なるほど。そうやってジャンルを横断するDJをやる前は、ディスコやハウスをかけてたんですか?

ソウタロウ:いまはAoyama TUNNELで毎週やらせてもらっているからディスコ・ハウスのイメージを持ってる人もいると思うけど、最初はレゲエばかりかけてたね。昔、六本木にRoots Nっていう小箱があって、そこでヴィンテージのジャマイカ音楽をかけるパーティをはじめた。そのお店のスタッフに「〈Coffe & Cigarettes〉ってパーティが面白いから」って誘われたら、そこでDJ Kenseiさんがやってたんだ。いろんなジャンルの音楽がかかっているし、そのかけ方と鳴りが最高で、いろんな音をかけたいと思うようになった。その後しばらくして、サダー・バハーのDJを聴く機会があって、そのグルーヴ感とみんなを笑顔にするあまりのハッピー感に感動して、ディスコやジャズ・ファンク、シカゴ・ハウスを集めはじめたんだよ。自分は生音から入ってハウスをかけるようになったけど、ミドリくんはハウスから入って生音をかけはじめた。逆なんだけどそれが面白かったね。

マサキくんは京都で〈DoitJAZZ!〉ってパーティをやっていて、ジャズDJのシーンにいますよね。

マサキ:そう、基本的には生音でやってて。でも、どっちかっていうと最近はハウスに寄っていってる。さっきも話に出たけど、ミドリくんがハウスから他のジャンルに近づいてるとしたら、僕らはもうずっとジャズをやってたのが、ハウス界隈とかディスコ界隈の方に行ってる感じがある。

ちょっと意地悪な質問をすると、変わっていったのは、やっぱりジャズを集めるのが大変というのもありますか?

マサキ:きましたね(笑)。最初ジャズをやろうと思ったときは、スタンダードにレア盤を買ってたけど、途中で絶対無理やって気づくじゃないですか。すごいコレクションの人も身近にいるけど、自分が同じようにはできない。だから、「ジャズDJが必ずしもジャズのレア盤をかけなあかんわけでもない。別の新しいものを提示していくのもジャズじゃないか」って勝手に解釈した。例えば、500円の日本人のフュージョンとか、そういう方向性でいったら結構楽になってきたかな。その延長で、フュージョンのアルバムとかやったらディスコっぽいのもあるし、「これは4つ打ちで混ぜれるやん」って。ジャズをやってるつもりがいつの間にかディスコになっていき、それがまたハウスにもつながる。そういうスタンスでやってます。もちろん勝ち負けじゃないけど、上の世代の人と同じことをやってると勝てない。

お互いの興味が徐々に近づいて行ったときに、3人でやり始めたのがいいですね。

ミドリ:近づいてはいるけど、お互いこれまでにこだわってきた自信のある部分と足りない部分があるんだよね。自分だったらハウスでは負けないし、新しい音楽をいち早く届けるってところに長けてるけど、ジャズとか7インチは2人に教えてもらうことが多い。ラジオだとそういう不得意なところを自分で補うんじゃなくて、誰かにやってもらえるのがいい。2人とはそういう価値観を共有できるし、「TSUBAKI FM」の可能性を広げてくれる存在だと思う。

マサキくんとソウタロウくんは、実際にネットラジオでDJしてみてどう感じましたか?

マサキ:クラブと選曲の仕方とかかけ方が少し変わるかな。あと、普段クラブに来ない人から反応があるのは嬉しい。

ソウタロウ:やっぱり知らない人から反応があるっていうのは一番面白いかな。TUNNELにたまたま来る海外の人でなぜか「TSUBAKI FM」でのDJをチェックしてて、「聴いてるから来たよ」って言われたり。それってびっくりするじゃん。とくに俺は、マイクで紹介してレコードをかけるっていうジャマイカのスタイルが好きだから、ラジオでDJする機会をミドリくんにもらってよかった。

海外の人がチェックしてる点も含めて、手応えは感じてますか?

ミドリ:それはもう超感じてる。世界中からメッセージが来るし、「自分もラジオでやりたい」って言ってくれる。

そうしたなかで、今回ツアーをやった理由はなんですか?

ミドリ:単純にラジオを東京でやってるだけじゃ、広がらないなっていうのがひとつ。やっぱり現場で人と出会って伝えるのが一番大事かなと。もうひとつは、僕らがやってることを日本中の人にちゃんと見てほしかった。「TSUBAKI FM」を紹介するときに、自分が面白いと思ってる2人を全国の人に紹介しなくちゃいけないっていう気持ちがあった。実際、ツアーをやってみると、「2人はすごい」ってみんな言うんだよ。そこはマジでやってよかった。

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最初ジャズをやろうと思ったときは、スタンダードにレア盤を買ってたけど、途中で絶対無理やって気づくじゃないですか。すごいコレクションの人も身近にいるけど、自分が同じようにはできない。だから、「ジャズDJが必ずしもジャズのレア盤をかけなあかんわけでもない。別の新しいものを提示していくのもジャズじゃないか」って勝手に解釈した。──マサキ

ちょっと話を戻すと、ラジオをやって海外の人から連絡来たりといった反応はあるけど、国内的にはそこまで手応えを感じなかったんですか?

ミドリ:どっちかって言うと、広がってるのをもうちょっと肌で感じたかった。昔のラジオだったらラジオステーションがあって、そこに人が集まらないと放送できなかったけど、ネットラジオはネットと電源があればどこに行ってもできるから。全国津々浦々、場所を変えてやるのはすごい価値あるなと思ったし、「TSUBAKI FM」で1年間やってきたことを大きいパッケージにしたいなって思ったのが今回のツアーだね。

ツアーをして、「マサキくんとソウタロウくんがすごい」っていう反応があったという話でしたが、一方で、3人の目から見て地方のDJはどのように映りましたか?

マサキ:地方は地方で独自に発達してるというか。どのジャンルをかけてるっていうわけじゃないんだけど、自分の色をださはる人が多いというか。自分のスタイル、世界観でやってるなみたいな。

ソウタロウ:全然違うんだよね。「いまこれかけるんだ」みたいな、独特ですごい面白いし、向こうも同じように感じてるんじゃないかな。言い方悪いけど、東京の人だと似てくるじゃん。このシーンの人はこの感じって。だからツアーで回ってみて、みんな個性的だなって思ったし、それにすごく影響を受けた。

ミドリ:広島で24、5歳くらいの若いDJがいて、みんなよかった。しかもレコードでかけてるし。

ソウタロウ:まだ1年ぐらいとか言ってた人もいたもんね。俺は1年でこんなにできなかった(笑)。

ミドリ:HitomiちゃんっていうDJ。すごいセンスあったな。広島では7時半くらいまでやってたんだけど、その子は最後まで残ってて(笑)。僕らがツアーしたことで彼女に出会えたし、彼女にとってもいい経験になるといいな。5年後とか10年後、そういうDJが面白いことやってくれるんだったら、それだけでもやってる意味があると思う。

マサキくんは京都だけど、ジャズでDJやってると、京都が地方っていう感じはあまりないですよね。沖野修也さんと沖野好洋さんがよくイベントやってるし。

マサキ:たぶん、京都は東京の情報が結構入ってくるからそこまで変わりはない。でも、福岡とか広島とか、京都より西に行くと全然雰囲気が変わりますね。京都はちょっと中途半端かな(笑)。自分が京都だから分からへんけど。

ミドリ:それが今後効いてくると思うんだよね。だって、マサキくんは京都をベースにしてるわけだから、東京以外からも情報発信できる可能性があるわけじゃん。だから西で何かをやろうとしたときに、僕じゃなくて、彼を中心に西日本で面白いコンテンツをやるのはかなり大きいと思う。今回のツアーで、関西のDJと一緒に全国を回ったのはすごく大きい。

そういう役割は自覚してますか?

マサキ:フットワークが軽いのが自分のいいところ。東京は東京の人だけ、関西は関西の人だけでやっちゃうことが多いから、みんながもうちょっと自由に適当に動けるぐらいの方がいいのかなとは思う。もちろん他の人でもいると思うけど、僕みたいにリリースをしてないDJも、いろんな場所にいけるやんっていうのがあった方がええかなと。

やっぱり知らない人から反応があるっていうのは一番面白いかな。TUNNELにたまたま来る海外の人でなぜか「TSUBAKI FM」でのDJをチェックしてて、「聴いてるから来たよ」って言われたり。それってびっくりするじゃん。──ソウタロウ

では、これからいろんな場所で情報を発信するなかで、「TSUBAKI FM」ないし3人がとくに推したいものはありますか? ジャンルや曲だけでなく、DJでもいいのですが。

ミドリ:僕はまず、「TSUBAKI FM」でもDJしてもらったMayu Amanoを推したいね。彼女みたいな20代前半の若いDJって本当に育ってきてるけど、僕らの世代や上の世代はそれがあんまり見えてないよね。これから若いアーティストやDJがすごい勢いで出てきて、すごいスピードで追い抜いていくから。それは今回広島とか福岡に行ってみて感じた。そういう新しい世代を紹介したいし、一緒にやりたい。

ソウタロウ:ブラジルの〈ゴマ・グリンガ〉っていう、リイシューとブラジルの最新の音楽、どちらもピックアップしてるレーベルかな。ジャズとかファンクとかロックとか、いろんな要素が混ざってるバンドをリリースしてるんだけど、そのなかでもメタ・メタっていうバンドがかなり面白い。トニー・アレンも参加してるし、ノイズみたいな瞬間もあったり、でもブラジルっぽい美しさもあったり。普段かけるのとは違うけど、ラジオでかけれそうだし、尖った音楽を聴きたい人にはそのレーベルは面白いんじゃないかな。

マサキ:最近、日本人の80年代のニューエイジとかアンビエントにはまってますね。例えば、旧譜のアニメのサントラとかも、レアグルーヴ的な聴き方じゃなくて、ニューエイジ的な聞き方で聞いてみたい。シティポップとかも流行ってるけど、僕にはこっちの方が面白いな。安いし。

日本のアンビエントなジャズだと、濱瀬元彦さんの作品とかも最近リイシューされてますしね。

マサキ:ラジオをやってからその辺の聴き方を勉強して、「いけるやん」ってなって買ってる。あと、そういうビートないものとかかけてパーティ感が薄くなっても、逆に面白いかなっていうね。

ジャズといえば、「TSUBAKI FM」では最新のUKジャズも積極的に紹介していますよね。メディアを見るとUKジャズがかなり盛り上がってるように思えますが、ラジオではなくクラブのフロアではどうですか?

マサキ:いいんだけど、DJとしては何かが足りひんよね。

ミドリ:それディーゴも同じこと言ってた。

UKジャズの新譜はたくさん出てるのに、そこまで現場でかかってない気がします。次々と登場する新しいミュージシャンの名前は覚えるけど、曲の印象が薄いというか、DJ的にどれがいい曲かというのがあまり定まってない。フロアでクラシック化した曲って全然ないですよね。

ミドリ:わかる。リスナーに強く訴えるだけのエンジンが足りないのかも。この曲がアツいっていうのを刺しにいくようなパーティやラジオもそんなにないしさ。あと、日本のクラブに関して言えば、日本のアーティストだったりDJがそのシーンに行かないといけないんじゃないかな。やっぱり海外のものを単純に扱ってるだけだと刺さんないよね。例えば、Ryuhei The Manさんのレーベルから出たNAYUTAH「Girl」のMUROさんのエディットとかはすごくかかってるじゃん。ああいうのが今後大事だよね。純国産っていうところはキーワードだなって思う。将来、「TSUBAKI FM」でもレーベルをやりたいって思ってるし、日本人のコンピレーションもやりたい。ジャイルスがやったUKジャズコンピ『We Out Here』の日本人版みたいな。

国産音源だっていうのもわかりますが、メディアとは別の回路で、USジャズなりUKジャズなりの海外の作品を、クラブから独自にクラシック化させないとマズいと思ってます。自分もDJなので、クラシックをどう作るかってところは意識したいです。

ミドリ:逆だと思うんだよね。UKジャズがサウスロンドンから出たことで、今度はディーゴとか、ウエストロンドンのブロークンビーツがクラシックになったじゃん。新しいシーンができることによって、いままでやってたのがクラシック化されるっていうのもあるはずなんだよね。その流れの中で、ウエストロンドンのマーク・ド・クライヴ・ロウがジャズのアルバムを作るとか、さらに新しい動きがあるのも面白い。

そういった動きの紹介も含めて、新譜や旧譜に限らず、新しいクラブクラシックが3人の周りから出てくることを期待しています。では最後に、3人の今後について、展望や目標を教えてください。

ソウタロウ:毎週火曜日にAoyama TUNNELでやっている〈Tunnel Tuesday〉をもっと盛り上げたい。単純にもっと深く深くプレイを出来るようになりたくて、その為に毎週トライ&エラーを繰り返すのみだね。あと、なんとか時間を作って、今年こそはEDITモノなんかを作りたい。

マサキ:僕は地元が京都なので、もっと京都を面白くしたいというのが根底にあって。「TSUBAKI FM」含めていろんなことをやって地元に還元したいし、プラスにしていきたい。できれば、東京の人とかが「京都は東京よりも面白いことやってんな」って思ってもらいたい。最終的には、音楽だけじゃなくて街としてもっと面白くなったら、逆に音楽ももっとよくなるかなって。

ミドリ:やりたいことがめっちゃあるんだよね。全部やったら5年はかかるくらいあるんだけど、もちろん「TSUBAKI FM」は大きくしていきたい。違うな。もっと濃くして価値のあるものにしていきたい。結局さ、大きくしたいってなったら、数字とかSNSのフォロワーとかになっちゃうじゃん。「TSUBAKI FM」はそれだけを指標にしたくない。数字で見えないものにも価値をつけたいから。

数字で見えないものというのは?

ミドリ:具体的には2つあって。まずは日本をどうやって面白くしていくか。もっともっと東京以外にいるDJを探したいし、「TSUBAKI FM」でもプレイしてほしい。あとは若いアーティストだけじゃなく、ベテランでも、まだみんなに知られてないDJは紹介したい。もう1つは、今日本でやってることを海外に発信していくこと。自分も海外でツアーやってみて思ったけど、結局1人で頑張っても無理なんだよね。でも、「TSUBAKI FM」っていう器があることによって、新しいアーティストやDJを海外に紹介できると思った。2人にもガンガン海外でやってもらいたいし、やれるようにみんなで頑張りたい。ちゃんと海外のアーティストを日本に紹介していく作業と、日本のアーティストを海外に紹介していくって作業がうまいことできてくると、日本のシーンとカルチャーがもっと面白くなるんじゃないかな。

■Current Top 5

//Masaki Tamura//
Joe Cleen - Care While It Lasts
St Germain - Real Blues (Terry Laird & The Run Island mix Band Jazz mix)
Emma-Jean Thackray - Ley Lines
Jazzanova - Dance the Dance (Atjazz Remix)
Studio R - A+R feat.Capitol A (Llorca Remix)

//Souta Raw//
Frank Pisani - Please Don't Make It Funky
Special Touch - This Party Is Just For You
Joe Coleman - Get It Off The Ground
Kindred Spirit & Corina Flamma Sherman - Inner Languages
Manfredo Fest - Jungle Kitten

//Midori Aoyama//
14KT Presents IAMABEENIE - The Power Of Same ft Muhsinah
KOKOKO! - Malembe
Harvey Sutherland - Something In The Water ft. Jace XL
Wipe The Needle feat. Alex Lattimore - Enchanted (Original Mix)
Jaxx Madicine - Astral Changes


TSUBAKI FM

ABOUT

Tsubaki FM is a brand new platform for independent music, straight from the heart of Tokyo. We aim to bring new life to the underground music scene in Japan while also helping better connect artists and listeners worldwide. Get fresh tracks from diverse genres, music culture information, live broadcasts, and more.

東京発、インディペンデントミュージックを発信する新しい音楽プラットフォーム 『TSUBAKI FM』世界中から集まるクオリティの高いアーティストやリスナーをキュレーションしながら日本のシーンに対して新しい風を送ります。 様々なカルチャーや多彩な音楽そしてライブブロードキャストを中心に毎週日曜日 18:00~21:00 にしぶや道玄坂のウォーム・アップバー「しぶや花魁」から配信中

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Soundcloud: https://soundcloud.com/tsubakifm

消えるにはこうすることだ 真夜中の闇を縫って
This is how you disappear/out between midnight
──“Rawhide”from Climate Of Hunter(1984)

 スコット・ウォーカー(本名ノエル・スコット・エンゲル)、享年76。訃報に触れて初めて、彼が結婚していてお孫さんまでいることを知って驚いた。それくらい彼は必要以外の世俗とは断絶していた。ゆえに最期まで「エニグマ」だったわけだが、そのオーラを尊重し距離感を保つことは彼の音楽を愛する者の間では暗黙の了解だったと思う。少し前にキース・フリントが世を去った際、「彼がどれだけイイ奴だったか」という美談がツイッターから追悼記事、ファンのコメントまで各所で語られていて泣けた。そこには、ザ・プロディジー文脈ではとかく戯画としての「邪悪」「危険」ペルソナ担当だっただけに、実は普通で心優しい人だった、と反駁したくなる人間心理もあるのだろう。そうしたメモリーの集合を「デジタル時代のはなむけ/記念碑」と呼ぶ人もいる。
 だが、スコット・ウォーカーに関してこうした思い出の断片によるデジタルなコンポジットが生まれる可能性は低そうだ。トム・ヨークからブライアン・イーノまで追悼の意は続々と幅広く発されてきた──ジュリアン・コープが80年代にコンピレーションを編纂し、90年代に企画されたコンピではマーク・アーモンドが解説を寄せ(再発時はニール・ハノンが執筆)、パルプがプロデュースを依頼し、『Climate Of Hunter』再発ではボブ・スタンリー(セイント・エティエンヌ)がライナー執筆と、いわゆる「ミュージシャンズ・ミュージシャン」の典型ゆえに当然だ。だが、「○×年のコンサートは素晴らしかった」とか「気さくにサインに応じてくれた」、「よく来るカフェではこんな感じの紳士でした」と言った、プライヴェートな表情を偲ばせるほろりな逸話はあまり出て来ない気がする(でも、自転車愛好家だったのは知っている)。

 何せ彼は、1978年を最後に公の場で歌うのをやめてしまった。自作曲を含むソロは1970年の『’Till The Band Comes In』が最後で、以降はスタンダードや映画のテーマ曲、ポップスのカヴァーを収めた売れ線MORが続き、彼が遂に自作曲を披露できたのはザ・ウォーカー・ブラザーズの(所属レーベル倒産前のどさくさに紛れて出したとされる)再結成後のサード『Nite Flights』(1978)。プロパーなソロ復帰作『Climate〜』まで14年かかったことになるし、そこからスタジオ次作『Tilt』(1995)まで11年、続く『The Drift』(2006)も11年後とサントラ他を除く寡作ぶりはたまにおとずれる皆既日食や彗星か何かのようだった。その意味では、今にして振り返れば「晩年」期だった『Bish Bosch』が2012年、サンO)))とのコラボ『Soused』がその2年後、更に映画向けのスコアを2作制作したのだから、スコット的時間軸で考えれば10年代の動きはかなり速かったことになる。
 このスコット的時間軸は、サントラで彼が初めて全面参加した『ポーラX』(1999)冒頭のクレイジーなモンタージュに流れる“The Time Is Out Of Joint!”──元ネタはシェイクスピア『ハムレット』の台詞「今の世の中は関節が外れている」だろう──のタイトルにいみじくも象徴されている気がする。アイドルがシリアスな大人路線への脱皮に苦戦する……というのはエンタメ界の古典的な物語のひとつだが、彼が70年代に不遇をかこったのは60年代初期〜中期にかけてザ・ウォーカー・ブラザーズのヴォーカルとして爆発的なアイドル人気を博したがゆえだった。名匠ジャック・ニッチェが参加した“Love Her”を手にハリウッドからロンドンに渡った彼らは、フィル・スペクター/ザ・ライチャス・ブラザーズ流の壮麗なウォール・オブ・サウンドを活かしてバカラック=デイヴィッドら達人の曲を次々ヒットさせた。ノーブルなマスクの「欧州のアメリカ人」が醸すエキゾチズム、現代版シナトラとも言えるクルーナーが歌う甘美なバリトンに、英国のロマンティックなティーン女子は熱狂した。ファン・クラブ会員数は一時期ザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズのそれを凌いだという。
 イコール、ロック時代本格化以前のポップス〜イージー・リスニング歌手ということであり、ブラザーズ解散後『Scott』(1967)でソロに転向しテレビ番組まで持つに至った彼もその初期はカヴァーが多かった。中でも秀逸なのはジャック・ブレルの猥雑で情熱的なシャンソン群だ。エンニオ・モリコーネ〜ジョン・バリーばりのアレンジをほどこしたドラマ性は受けたし、ダスティ・スプリングフィールドと並び彼は〈フィリップス〉のユーロ・ポップ工場英支部における顔になったと言える。マスプロのポップ工場と書くと顔をしかめる向きもあるかもしれないが、スタジオにフル・オーケストラを仕込め、ジャズ/クラシック系編曲者も使える〈モータウン〉ばりに贅沢な生産体制はもともと欧州びいきだったスコットの想像力をさらに煽った(ちなみに、〈フィリップス〉のスタッフとしてダスティやブラザーズと働いたひとりがアイヴォー・レイモンド。彼の息子サイモン・レイモンドはスコットの過去15年の所属レーベル〈4AD〉の顔=コクトー・ツインズの元メンバーで、現在は〈ベラ・ユニオン〉を運営。2017年にクラシック音楽コンサート集『BBCプロムス』の一環として『Songs Of Scott Walker 1967-1970』の共同芸術監督を務めた)。
 しかし「自作を自演する」ロック的な図式が浸透していったこの時期、67年から69年にかけて発表したソロ4枚を通じ彼は徐々に自作曲を増やしていった。「アイドル」の側面を重視したレーベル/マネジメント側は、娼婦や死といった物騒なモチーフを含むブレル曲以上に、月夜の窓辺に生じる大天使による救済だのキッチンシンク型(ドストエフスキー的でもある)の安下宿の人間模様の観察だの、どう考えてもライト(軽い/明るい)・エンタテインメントとは言えないダークかつ文学的なオリジナル曲には慎重だった(ブラザーズ期は、印税向けに主にシングルB面が自作曲発表の場として彼に許されていた)。そんな押し引きを経て、『Scott 3』で13曲中10曲を自作──ブレルのカヴァー3曲は末尾にまとめられており、1曲ごとに映画スチルめいた写真を配した内ジャケのアートワークも自作曲しか取り上げていないのでこれらカヴァーは商業的な「妥協案」だったのかもしれない──し、「最初の傑作」とされる『Scott 4』で遂に全曲オリジナルを達成する。
 しかし、ボードレールやローデンバッハを思わせる象徴主義/サイコジオグラフィを喚起し、政治を皮肉り30世紀の未来に思いを馳せ、中世スウェーデンを描いたベルイマン『第七の封印』を参照する、そんな時空間とアートのトラヴェラーである彼の「関節が外れた」感性と位相感覚を狂わせる和音・不協和音の拮抗は、前衛アートをポップスにまんまと売り込んだボウイ登場以前のこの時期、イギリスですらぶっ飛んでいたのだろう(1976年に彼が応じたラジオ・インタヴューで、番組に電話をかけてきたファン女性が「あなたの“Plastic Palace People”という曲には気持ちが悪くなるんですが」となじっていたのは、あの曲の言葉と音のイメージ双方が生む悪酔いしそうなサイケな渦を思えば納得だ)。『3』のジャケは今の感覚ですら面妖だし(本人の顔は毒々しく彩られた巨大な目の中に弱々しく浮かぶだけ)、スコット・エンゲル名義で発表したためチャート入りしなかったとも言われ程なくして廃盤になった『4』の2枚連続の失敗から「言わんこっちゃない」とばかりにアーティスティックな決定権を取り上げられた彼は、主にレコード契約消化のために作家ではなく歌手に徹していく。先述した70年代低迷期の始まりであり、80年代まで続いたその状況を「誰もが会ってみたがるが、その監督プロジェクトに誰も出資しようとしない」オーソン・ウェルズに自らなぞらえるほどだった(同じように出資者探しに苦労し続けているレオス・カラックスとのコラボレートは、その意味で実にいい顔合わせだ)。
 が、スコット版ブレルを下敷きに“Amsterdam”と“My Death”を60年代後期〜70年代初期にカヴァーするなど、かねてよりスコットに敬意を表していたボウイ(スコットの誕生日、1943年1月9日のほぼ4年後に生まれた)とイーノとのベルリン三部作に通じる音楽性が評価された『Nite Flights』(スコット曲は4曲だけとはいえプロデュースも兼任しているのでサウンド感覚は味わえる。意趣返しのごとくボウイは93年に“Nite Flights”をカヴァーした)あたりから、メビウスの輪のようにねじれた──先を行き過ぎていた、と評する人間もいるだろう──スコット的時間軸はリアル・タイムとシンクロしはじめる。
 イギリスにおけるパンクの功績のひとつに、ポスト・パンクやエレ・ポップ、ゴスといったその後の音楽的派生およびその新波が地方や郊外を活気づけた側面がある。80年代以降の「スコット再評価」の先陣を切ったコンピレーション『Fire Escape in the Sky: The Godlike Genius of Scott Walker』は英中部出身〜リヴァプール・シーンで活躍していたジュリアン・コープの愛の賜物だった(リリース元〈ズー〉はビル・ドラモンドが共同運営者)し、マーク・アーモンドも、ブリットポップ勢ファンも地方/郊外人。“Big Louise”の歌詞からとられた「Fire escape in the sky(空に伸びた非常階段)」のフレーズは、都会や摩天楼の輝きから遠い退屈な地と灰色の日常に縛られ、マイ・ベッドルームにひとりぼっちの王国を築きつつも窓の外を眺め「いつかここから飛び立ちたい」と願う地方の若人のロマン──映画『Billy Liar』的なそれ──の象徴だ。筆者が初めてスコット曲を聴いたのは〈エル〉のコンピ『London Pavilion Vol.1』収録のメイフェア・チャーム・スクールによる〝Montague Terrace (in Blue)〟のカヴァーだったが、〈エル〉もまた、80年代中期の当時に背を向けて40/50/60年代のイギリスを夢想する、奇妙なレーベルだった。NowとHereをすり抜けるポータルとして、時代はスコットを再発見しはじめた。
 だが、ここから彼のおこなった、再び時代を突き放す孤高のワープ航法はすさまじかった。『Climate〜』で初めて組んだ(そして最後までコラボレーションを続けることになる)プロデューサー:ピーター・ウォルシュとの出会いを経て、1995年にリリースされた『Tilt』から『The Drift』、『Bish Bosch』に至る三部作だ。その第一作にして新たなスコット像を確立した傑作『Tilt』での質感と空間性を重視したストイックなサウンドスケープは、彼が『Scott』を題したソロ4作で追求してきた「耳で聴く映画」の帰結/具現と言える。パイプ・オルガンや硬質なエレキ、寒気をもたらすパーカッション群、中国の横笛バウ他いびつで意外な響きが描き出す荒涼としたポエトリーとインダストリアルなアトーナル・シンフォニー。パゾリーニ、18世紀の英王妃スキャンダルとアドルフ・アイヒマン裁判、マンハッタンにボリヴィアと幅広く──というか、これは彼本人にしか理解できないランダムさだ──(奇)想を得た、アルカイックさとジョイス的なモダニズムを併せ持つ歌詞。ここで据えられた基盤から、スコットは映画『スコット・ウォーカー 30世紀の男』でも話題になった“Clara”録音場面での「豚肉パーカッション」、「歌」というものの概念を引っくり返す“SDSS1416+13B (Zercon, A Flagpole Sitter)”の錯乱した構成、フリー・ジャズからハワイアンへ脱臼する“Epizootics!”のサウンドのシフト等々、『The Drift』、『Bish Bosch』を通じて極北の世界観を突き詰めていった。それまでのイメージの残滓を完全にぬぐい去る漆黒のモノリスを思わせるこの3作で、彼はブラザーズ時代からのファンはもちろんのこと、80年代以降の「60年代キッチュを愛する」系な比較的若いファン層の一部に対してすら「失踪」をやってのけた、と言える。
 ライヴ・パフォーマンスを自主的に放棄し「レコーディング・アーティスト」に徹した面も大きかっただろう。側近スタッフの横領により齢74にして隠遁生活からツアー生活に戻る羽目になったレナード・コーエン、あるいはいまだにステージ上を転がり続けている同い年のミック・ジャガーといった具合に、ライヴをやらずに生き残るのは昨今の音楽家にとってタフだ。スコット本人は常々「仕上げたら、もう二度と自作は聴き返さない」と語っていて、それは「常に前だけ見ているアーティスト」としての(いささか格好良過ぎな)気風の表明とも映った──が、ライヴでの再演向けに習得する必然がないのだから当然でもある。同じようにツアーやライヴ活動に消極的なスタジオ系アーティストであるイーノも、2016年に『ele-king』向け取材で通訳をさせていただいた際「自分の書いた歌ですら、その大半の歌詞は覚えていない」と話していた。そんな彼が生前からスコットの歌詞も高く評価していたのは、同じ取材で「言葉の持つ〝意味合い〟に自分はさほど興味を掻き立てられない」と述べた感性ゆえだろう。たとえば『Soused』収録の“Bull(雄牛)”冒頭の歌詞。
 

 Fire-ant-necklace.
 Bump the beaky
 Watch-garroted.
 Bump the beaky
 火蟻の首飾り。
 鷲鼻をぶっつけろ
 時計付きの鉄環絞首台(スペインで生まれた拷問/死刑道具)。
 鷲鼻をぶっつけろ

 字面だけ読んでも意味はさっぱりわからない。陰惨なギターとパーカッションの激打と合わせて聴いているうち、首に何本もの槍を刺され、血を流しながら、それでも死に突進していく闘牛場の雄牛のイメージが浮かんでくる──が、首に青筋を立てて歌う様が浮かぶ、分割されて「B」の破裂音のインパクトに焦点を置いた「バン・パ/ビー・キー(Bump the Beaky)」としか聞こえない(=もはや意味をなさない)執拗でトチ狂った連呼は、大仰なだけに聴いているとつい笑ってしまう(ためしにこのフレーズを「ビ・ビ/ン・バ!」に替えて大声で歌ってみてください)。
 シュールな混交と言えば『Bish Bosch』もすさまじい。内蔵、卵、歯、静脈、内眼角贅皮、小便、肉、タンパク質、家畜のと殺、漿膜、肛門、性腺、ナメクジ、宦官、骨、精液、脳味噌、饐えた馬乳のビール、睾丸、痰、くしゃみ……等々、古い解剖学/生物学系用語や触覚・嗅覚・味覚に訴えてくる単語の数々および音作りは、2013年にオーストラリアでアンビシンフォニック版3Dインスタレーションになったのもうなずける作品だ。と同時に、緊張感のある「前衛」音楽と格調高そうな歌唱の中に唐突に「おなら?」と耳を疑うサウンドやクリスマスののんきなジングルが響き、「その大きな『ブタ鼻』がわたしの股の間に押し込まれて」とか「左の睾丸のように(右より)垂れ落ちていく夜の中で」といった奇矯なフレーズが耳に入ってくるたび、ブフッ!と吹き出さずにいられない──というか、“30 Century Man”ですら「うまくやり過ごして/残せるものはすべてサランラップに包んでおくがいい」と、妙に俗な台所用品名が目配せと共に使われていたわけで。
 筆者も先ほどから「荒涼」だの「極北」といった安文芸ライター調な言葉を使いまくっているが、そう言いたくなるくらいシリアスで重い音楽の中に、おそらく彼は「声に出して発語したり歌うと気持ちのいい響きを持つ言葉」(詩)と「イメージ喚起力の高い言葉」(文学)をダークなユーモアと共に差し出してもいた。この原稿のために生前のインタヴューをいくつかあさってみたところ、ドライなウィットに富んだ受け答えからも、スコット・ウォーカーはイギリス人以上にイギリス人な不思議なアメリカ人だったのかもしれない、と思う(2018年には自選歌詞集『Sundog』も出版されているので歌詞カードやブックレットをいちいち見るのが面倒だ、という方はぜひ。ただし、曲と一緒に、ヴォーカルと音楽の情景を味わいつつ読むのがベストだと思います)。

 にしても、晩年に向けてスコット色を再び強めた(と自分は思っている)ボウイは一足先に世を去り、スコット沒の約1ヶ月前=2月25日にはイギリスにおけるポスト・ロックの先駆者マーク・ホリス(トーク・トーク)も亡くなった。ポップ・スターから隠遁者になり、孤独な惑星から異界の音を受信し独自に翻案しこちらに通信してくれる人びと(ケイト・ブッシュ、デイヴィッド・シルヴィアンらもここに入るだろうか)──の灯りが少しずつ消えていくのは切ないとはいえ、寿命なので仕方ない。だが、“Brando”で「Ahh…, the wide Missouri!(ああ、広大なミズーリよ!)」と(おそらくイギリスにいながらにして)アメリカ中西部の平野を朗々と称えると共にマーロン・ブランドの倒錯した被虐性を描き出したスコット・ウォーカーという人の無茶苦茶な奔放さ/優雅さとがないまぜの声と想像力、そして様々な犠牲を払ってそのヴィジョンを最後まで守り抜いた姿勢が、これからもひとにぎりのアーティストたちの霊感になっていくのを祈らずにいられない。

追悼 スコット・ウォーカー - ele-king

冥界の天使 スコット・ウォーカー

 2019年3月25日の夜明け前。スコット・ウォーカーの訃報に接した瞬間、頭の中に広がったのは箱根仙石原のススキの大草原の絶景だった。いや、城ケ島の迷宮のようなジャングルだったかもしれない。仕事が途切れた時に、よく一人でバイクに乗って城ケ島や仙石原に行くのだが、その時は決まって、ポータブル・プレイヤーでスコット・ウォーカーの歌を聴くのだ。夕陽で黄金色に輝いたススキの大草原で聴く“太陽はもう輝かない(The Sun Ain't Gonna Shine Any More)”や“マチルダ(Mathilde)”や“ジャッキー(Jackie)”、城ケ島の森の中で聴く“マイ・デス(My Death)”や“行かないで(If You Go Away)”……。

 スコット・ウォーカーの歌はいつだって、世界を征服したような気分を味わわせてくれた。彼の声、歌には、言語化できない超越感がみなぎっていたから。甘美なメロディも心地よいビートも完全消え失せた晩年のウルトラ・アヴァンギャルドな作品においてさえ、ヴェクトルは違ってもその超越感だけは一貫していた。ソウルフル、というのとも違う。いや確かにソウルフルでパワフルでドラマテックなのだが、彼の歌声は、常に死の匂いを宿し、浮世離れしていた。ソウルやパワーの在り方、向かい方が、アレサ・フランクリンともジェイムズ・ブラウンともトム・ジョーンズとも違う。エロティックなバリトン・ヴォイスは、しかし常に深いメランコリーを孕み、タナトスの闇を浮遊していた。誰とも交わることなく、王のように、天使のように。その超越性こそに誰もが魅せられたのだと思う。

 世界に向けて最初に訃報を発したのは、近年のスコット・ウォーカーが契約していた〈4AD〉レーベルだったが、その直後からネット上には大量の弔辞が流れ続けた。ポップさを120パーセント無視した彼の近年の作品がセールス的に成功していたとはとても思えないのだが、その死を悼む声の多さ、真摯さは尋常ではなかった。特に、イギリスのミュージシャンたちの多さには驚かされる。生粋のアメリカ人ながら、ウォーカー・ブラザーズの一員としてデビューした直後の65年から最期までずっとイギリスを拠点に活動し、60年代末期にはBBCテレビで「スコット・ウォーカー・ショー」なる冠番組まで持っていたから、スコット好きのイギリス人ミュージシャンが多いのは無理からぬことだとは思う。ジュリアン・コープが編纂したスコット・ウォーカーのコンピ盤『Fire Escape In The Sky:The Godlike Genius Of Scott Walker』(81年)も、当時のニューウェイヴ系ミュージシャンたちに大きなショックを与えたそうだし。とにかくどの弔辞も実に心がこもり、“自分にとって彼がいかに特別な人だったか”を涙目で訴える感じのものが多いのだ。まさに、「行かないで」と叫んでいるように。
 ソフト・セル時代には60年代のスコットのルックス(ヘアスタイルとサングラス)を真似、ソロになったらスコットの持ち歌をカヴァした(しかもスコット以上にスコットぽく)マーク・アーモンドを筆頭に、最初期の代表曲“Creep”(92年)がスコットのカヴァだとプロデューサーに勘違いされるほどだったというレディオヘッドのトム・ヨーク、オリジナル・アルバムとしては最後の作品となった『Soused』(14年)をスコットと共作した Sunn O))) のスティーヴン・オマリー、80年代に日本の中古盤屋でスコットのソロ・アルバムを探し回ったたというデイヴィッド・シルヴィアン…その他コージー・ファニ・トゥッティ、グラハム・コクソン、ジャーヴィス・コッカー、ボーイ・ジョージ、ミッジ・ユーロ、デュラン・デュラン、ディーン・ウェアハム(ギャラクシー500)、さらにはスリーフォード・モッズやボズ・スキャッグス等々、新旧硬軟入り混じった名前が途切れなく続く。

 今デイヴィッド・ボウイが生きていたらはたしてどんな言葉を発しただろうか……。なにしろボイウこそはマーク・アーモンドやトム・ヨーク以上に歌い方から音楽家としての姿勢までスコット・ウォーカーに生涯憧れ続けた人だったし。ボウイの2016年のラスト・アルバム『★ (Blackstar) 』なんてまるで、自身の死期を悟ったボウイが渾身の力をふりしぼってスコットに宛てた最後のラヴレターのようではないか。
 また、ルー・リードも生前、雑誌の「Best Albums of All Time」なる企画で『Tilt』(95年)を第2位に選ぶほどスコットを高く評価していた。ちなみにそのベスト10の1位はオーネット・コールマン『Change Of The Century』、3位はボブ・ディラン『Blood On The Tracks』で、以下リトル・リチャードやハンク・ウィリアムズ、ローランド・カーク、ジョン・レノンなどの歴史的名盤が挙がっていた。90年代以降の作品は『Tilt』だけである。

 スコット・ウォーカーのかような時代を超えた絶大な影響力と表現者としての超越性を具に確認させてくれたのが、デイヴィッド・ボウイ総指揮の下で製作された06年のドキュメンタリー映画『スコット・ウォーカー 30世紀の男(30 Century Man)』だろう。前述した面々の他にもジョニー・マーやウテ・レンパー、エヴァン・パーカー、エクトール・ザズーなど多くのミュージシャンたちがインタヴューイとして登場するが、中でもブライアン・イーノの以下の発言は刺激的だった。

「『Nite Flights』で彼の音楽に衝撃を受けた。とてつもない曲だからぜひ聴いてみてくれと言ってデイヴィッドの制作現場に持ち込んだんだよ。感性の一致というか何か通じるものを感じた。ポピュラー音楽でなくオーケストラや実験音楽のようだった。ポップスの枠組みにありながらそこから遠く離れてる。これを聴くのは屈辱的だ。今でもこれを超えられない」

 『Nite Flights』(78年)は70年代半ばに一時再結成されたウォーカー・ブラザーズの復活第3作。その前の『No Regrets』(75年)と『Lines』(76年)は全員(スコット・ウォーカー、ジョン・ウォーカー=ジョン・ジョセフ・マウス、ゲイリー・ウォーカー=ゲイリー・リード)の音楽性が均等にバランスをとったアメリカン・ポップスだったのに対し、3作目の『Nite Flights』では音作りの随所にスコットの意志が強く反映され、トータルとしてかなりいびつな作品になっている。それはパンク時代への返答、などではなく、60年代からずっと維持されてきたスコットの本質そのものだ。これがデイヴィッド・ボウイのベルリン3部作最終章『Lodger』(79年)の制作時のできごとだったことに鑑みれば、『Lodger』のいびつさも実は『Nite Flights』と密につながっていたことがわかる。ちなみにこの映画には、当時のスコットの新作『Drift』(06年)の制作風景も出てくるのだが、スコットは未知のサウンドを探して“Clara”という曲でパーカッショニストに豚肉の塊を鉄拳で叩かせていた。楽器クレジットは“Meat Punching”。ホラーである。

 こういったスコットの前衛性は、特に95年の『Tilt』から全開し、齢を重ねるごとに加速し続けた。個人名義の最終作『Bish Bosch』(12年)や Sunn O))) とのコラボ作『Soused』(14年)のすさまじさたるや……。『Soused』が出た時、彼は既に71才だった。
 そして、今改めて初期の作品を聴き直し、そのヴィジョンのブレなさ、スコット・ウォーカーという表現者の超越性をじっくりとかみしめたい。とりわけ、ジャック・ブレルの作品をたくさん英語でカヴァしたソロの最初の3枚『Scott』(67年)、『Scott 2』(68年)、『Scott 3』(69年)。生と死が深く激しく交響するその陶酔的世界こそは、スコット・ウォーカー(本名 Noel Scott Engel/1943年1月9日米オハイオ州生まれ)が生涯追い求めたヴィジョンだった。

φonon - ele-king

 昨年スタートしたEP-4の佐藤薫によるレーベル〈φonon(フォノン)〉が、初となるショウケース・イベントを開催する。題して《φonon 2days 2eras》。4月30日はDOMMUNEにて、5月2日は神楽音にて、と2日間にわたっての開催だ。詳しくは下記をご覧いただきたいが、Radio ensembles Aiida、Singū-IEGUTI、HOSOI Hisato、森田潤、EP-4 [fn.ψ]といった同レーベルからリリースのある面々のみならず、DOMMUNEには学者の市田良彦や毛利嘉孝も出演するとのことで、なんとも興味深い。GWの予定は空けておこう。


〈φonon〉初のレーベル・ショーケース・イベントが2デイズ開催決定!

2018年初頭に発動した〈φonon (フォノン)〉レーベル初の本格的ショーケースイベント「φonon 2days 2eras」が、4月30日と5月2日の元号をまたぐ2日間にわたりDOMMUNEと神楽坂の神楽音で催されることが決まった。

〈φonon〉はEP-4の佐藤薫がディレクターを務め、CDメディアを中心にエレクトロニクス/ノイズ/アンビエント──系のアルバム作品をリリースしている先鋭的レーベルだ。これまでに8枚のCDアルバムをリリースし、4月19日に2枚の最新リリースを控えている。

〈φonon〉試聴リンク:https://audiomack.com/artist/onon-1

そんな〈φonon〉のすべてがわかる2デイズだが、普段一同に会することの稀な東西のアーティストによる2日間のパフォーマンスに加え、4月30日のDOMMUNEでは思想史家・市田良彦と社会学者・毛利嘉孝を迎えたトークタイムも用意され、音と時代を超えるマニフェストが言葉と音量子によって語られることになる。(市田によるφonon 2018 活動報告は事前に必読! https://www.webdice.jp/dice/detail/5727/

出演アーティストは、Radio ensembles Aiida、Singū-IEGUTI、HOSOI Hisato、森田潤、EP-4 [fn.ψ](佐藤薫+家口成樹)──など、〈φonon〉から単独CDをリリースした面々を中心に、コンピレーションに参加したZVIZMO(テンテンコ+伊東篤宏)、4月19日にCDをリリースするbonnounomukuroとHeteroduplexなど、その顔ぶれはとても多彩。特に半数は関西圏のアーティストなので、めったにないこの機会を逃す手はないだろう。

両日のラインアップや詳細は以下のとおり。

《φonon 2days 2eras 概要》

■day 1(talk & live):
日時:2019年4月30日 (火・祝) 19:00〜
場所:DOMMUNE( https://www.dommune.com )
料金:¥3,000(要予約)

出演:
市田良彦
毛利嘉孝
佐藤薫
伊東篤宏
ほか…… (以上talk)

Radio ensembles Aiida
Singū-IEGUTI
HOSOI Hisato
森田潤
Heteroduplex
bonnounomukuro
ZVIZMO (以上live)

■day 2(live):
日時:2019年5月2日 (木) 18:00 open / 19:00 start performance
場所:神楽音( https://kagurane.com )
料金:Adv. ¥2,800 Door. ¥3,000

出演:
Radio ensembles Aiida
HOSOI Hisato
Heteroduplex
bonnounomukuro
EP-4 [fn.ψ]
伊東篤宏
森田潤
DJ 小林径

問い合わせ
φonon
sp4non@gmail.com

φonon オフィシャルサイト
https://www.slogan.co.jp/skatingpears/


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