ニューヨークは過ごしやすい涼しい日が続き、このまま秋突入かと思える。平日は、サマーステージ(@セントラルパーク)、ウォームアップ(@モマPS1)、リバー・ロックス(@ハドソン・リバー・ピア84)、セレブレート・ブルックリン(@プロスペクト・パーク)、サマースクリーン(@マカレンパーク)などの野外コンサートへ通っているが、週末は、ニュージャージー、コネチカット、プロヴィデンス、フィラデルフィアと、ニューヨークからの遠征を試みた。
ニュージャージーは、マクロバイオティックのコンファレンス。大学、ブティック時代の知り合いが、デザートシェフをしていて、遊びにこないかと誘って頂いた。「マクロバイオティックとは」の講義を受けたり、エクササイズ、クッキングクラスなど、至れり尽くせりの授業を体験する。コンファレンスの会場のホテル以外にそこには何もなく、ひたすら勉強のみ。ニュージャージーと言えば、ヨ・ラ・テンゴが毎年11月にハヌカショーをしていたマックスウェルズという老舗の音楽会場が7月末にクローズ。CBGBがクローズした時ぐらいのショックだが、ニューヨークの図書館が、22,000枚のレコードの在庫を一斉放出(1枚1ドル!)するなど、ひとつの時代が終わった空虚感。
コネチカットは、スピーク・イージー・ドールハウスという劇団の夏イヴェントに参加した。テーマはサーカスで、主催者のシンシア(トリコロールの水着の女の子)のコネチカットの別荘にはメリーゴーラウンドが回り、湖がすぐ横にある。キャンプに来るのは劇団に属するアーティストがほとんどで、日中は、湖で泳ぐ人、絵を書く人、アコーディオンを弾く人、フラフープなど、自分のやりたい事をする。著者は知り合いのアーティスに誘って頂いたのだが、自然と戯れ、行動をともにしていると、最初はよそよそしかった人も、キャンプが終わる頃には、大きな家族のようになっていた。さすがアーティスト、と思ったのは、料理でも、メイクでも、音楽でもなんでも器用にこなす事。ひとつの発想がどんどん転換して、形が作られていく。
プロヴィデンスはバンドのツアー。ウーリー・フェアという3日間のアート・コミュニティのイヴェントに参加した。
https://woolytown.com/wooly-town-events/wooly-townfair-2013/
フェスは、スティール・ヤードという一角で行われ、人びとが仮装し、カラフルな風船が飛び、木からぶら下がったブランコがあり、露店が並んでいる。Tシャツを印刷してくれたり、アンティーク機械でコーヒーを淹れてくれるダンディがいたり、ファンタジーの世界。ヒッピーのコミュニティに紛れ込んだようである。ダウンタイムの昼はビーチでまったりし、夜はライトニングボルトのメンバー宅でキャンプ・ファイアーをする。
ライトニングボルトのDVD「パワー・オブ・サラダ」を監修したピーター・グランツ(https://imaginarycompany.org)にも会い、近況報告をうける。ピーターがアート・ディレクションをする、ラベンダー・ダイアモンドのベッキーとのプロジェクト「ウィ・キャン・ドゥ・イット」が興味深い。豪華なゲストも登場している。ライトニング・ボルトのブライアン・ギブソンがやっているバークレイズ・バーンヤード・クリッターズと言い、最近はアニメーションが面白そうだ。
ニューヨークの話題としては、3年ぶりに復活したAa (ビッグAリトルa)を見に、この夏最後のサマー・スクリーンに行った。
トッド・Pがキュレートする共演バンドは、ラットキング、アモン・デューンズ、チョタ・マドル。ラットキングは、ヒップホップ・アーティスト男の子3人組、XLのアーティスト。
XLといえば、キング・クルールの新作も待ち遠しい。ターンテーブルの男子はバックパックを背負ったまま演奏していた。下ろす暇はなかったのか(暗くて写真とれず)?
ビッグ・エー・リトル・エーAaは、ライトニング・ボルトや、ブラック・ダイス辺りのノイズ、エクスペリメンタル系バンドが活発だった頃(2006〜9?)によく見ていた。ドラム3人、シンセひとりというラインナップは当時は珍しかったが、今回は、メンバーひとりを除いて総変わりしていた。曲も新しかったが、Aa音はそのままで、メンバーが変わっても、音は受け継がれていた。周りを見るとラットキングの若いオーディエンスと変わって、ぐっと年配になっていた。その後見た映画は「ネヴァー・エンディング・ストーリー」。懐かしい。夏の終わりだ。
カフェで働いていた頃は、昼も夜も週末も関係なく、ニューヨークから遠征することなどほとんどなかった。周りの音楽関係者が、週末はアップステートに、夏はヨーロッパへなどいろんな所に行っているのを見ていたが、実際自分がそれを体験すると、オンとオフを切り替えることができて良い。頭がリセットされ、いろんなヒントが見えるようだ。
来週は、フェミニスト・アートガレージ・ポップ・パンク・バンドのプリティ・グリーンズから招待を受け(メンバーのふたりがグリーンという名字を名乗る)、フィラデルフィアへ遠征予定。みなさんの夏はいかがでしたか?














"KING OF DRUM & BASS"、ゴールディー。80年代にUK屈指のグラフィティ・アーティストとして名を馳せ、92年に4ヒーローのReinforcedからRUFIGE KRU名義でリリースを開始、ダークコアと呼ばれたハードコア・ブレイクビーツの新潮流を築く。94年にはレーベル、Metalheadzを始動。自身は95年にFFRRから1st.アルバム『TIMELESS』を発表、ドラム&ベースの金字塔となる。98年の『SATURNZ RETURN』はKRSワン、ノエル・ギャラガーらをゲストに迎え、ヒップホップ、ロックとのクロスオーヴァーを示す。その後はレーベル運営、DJ活動、俳優業に多忙を極めるが07年、RUFIGE KRU名義で『MALICE IN WONDERLAND』をMetalheadzから発表、08年に自伝的映画のサウンドトラックとなるアルバム『SINE TEMPUS』を配信で発表。09年にはRUFIGE KRU名義の『MEMOIRS OF AN AFTERLIFE』をリリース、またアートの分野でも個展を開催する等、英国が生んだ現代希有のアーティストとして精力的な活動を続けている。12年、Metalheadzの通算100リリースに渾身のシングル"Freedom"を発表。13年3月には新曲"Single Petal Of A Rose"を含む初のコンピレーション『THE ALCHEMIST: THE BEST OF 1992-2012』がCD3枚組でリリースされ、まさにアルケミストなゴールディーの不朽の音楽性を再認識させる。
ロンドンに生まれたDEGOはサウンドシステムや海賊放送でのDJ活動を経て90年にReinforced Recordsの設立に参加、4HEROの一員として実験的なハードコア/ブレイクビーツ・トラックのリリースを開始。やがて4HEROはDEGOとMARC MACの双頭ユニットとなり、タイムストレッチング等、画期的な手法を編み出し、ドラム&ベースのパイオニアとなる。傑作『PARALLEL UNIVERSE』(94年)、『TWO PAGES』(98年)以降、4HEROはD&Bのフォーマットを捨て、『CREATING PATTERNS』(01年)、『PLAY WITH THE CHANGES』(07年)で豊潤なクロスオーヴァーサウンドを打ち出す。DEGOはTEK9名義でダウンテンポを追求する等、オープンマインドかつ実験的な制作活動は多岐に及び、98年に自己のレーベル、2000Blackを始動し、革新的な音楽共同体としてのネットワークを拡張、ブロークンビーツ/ニュージャズの潮流を生む。KAIDI TATHAMらBUGZ IN THE ATTIC周辺と密に交流し、dkd、SILHOUETTE BROWN、2000BLACK名義のアルバムを制作。11年には満を持してDEGO名義の初アルバム『A WHA' HIM DEH PON?』を発表、ジャズ、ファンク、ソウルetcへの深い愛情を反映した傑作となる。その後も精力的な活動を続け、12年に『TATHAM,MENSAH,LORD & RANKS』を発表している。