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Saho Terao - ele-king

 6月25日にニュー・アルバム『わたしの好きな労働歌』のリリースを控える、シンガー・ソングライターの寺尾紗穂。ほぼおなじタイミングの6月23日、新著『戦前音楽探訪』がミュージック・マガジンより刊行される。雑誌『ミュージック・マガジン』で2019年から2024年にかけて連載されていたものに書き下ろしを加えた1冊で、戦前の民謡やわらべうた、流行曲、軍歌にまつわる物語を浮かび上がらせる音楽エッセイ集だ。「古謡」に加え「戦争」もまた大きなテーマとなっているところは、欧州や中東などで大きな人災が継続している現在、見すごせないポイントかもしれない。巻末解説は大石始。目次は公式サイトから確認できます。

戦前音楽探訪
寺尾紗穂(著)

定価2200円(本体2000円)
四六判288ページ
2025年7月1日発行
ミュージック・マガジン7月増刊号
[雑誌08480-7]
6月23日発売
http://musicmagazine.jp/published/mmex-202507sot.html

Saho Terao - ele-king

 寺尾紗穂のニュー・アルバムが6月25日にリリースされる。これまでも『わたしの好きなわらべうた』のように、日々を暮らす人民の歌と向かいあってきた寺尾紗穂。その新作は『わたしの好きな労働歌』と題されている。日本各地の、いまとなってはほぼ忘れられた歌たちに新たな息が吹き込まれているにちがいない。現在、先行シングルとして “エンヤマッカゴエン” の配信が開始している。これは山形は最上の、「寝させ唄」だそうだ。6月21日には草月ホールでライヴもあります。詳しくは下記を。

”歌はいつも仕事の隣にあった” 寺尾紗穂多彩なゲストアーティストを迎えたコンセプトアルバム「わたしの好きな労働歌」発表

寺尾紗穂が『わたしの好きなわらべうた』(2016)、『わたしの好きなわらべうた2』(2020)に続く、新たなるコンセプトアルバム「わたしの好きな労働歌」を6/25に発表する。

今作では、寺尾がライブで全国を訪れる中で見つけた楽曲や、アートプロジェクトのリサーチで出会った楽曲がおさめられており、古くから日々の暮らしの中で育まれ、さまざまな心情を纏って日本中で歌われてきた労働歌を中心に、行事歌や子守唄などを含めて13編を収録。
あだち麗三郎、伊賀航、歌島昌智、小林うてな、近藤達郎、チェ・ジェチョル、やぶくみこ、大熊ワタル、音無史哉、Altangerel Undarmaaといったゲストプレイヤーを迎えて新たなアレンジを吹き込んだ。
岩手の行事歌「あらぐれ」では、折坂悠太とのデュエットも収録される。

5/14には第1弾先行配信シングルとして、山形・最上の船歌から生まれ、寝させ唄として伝わる「エンヤマッカゴエン」を、6/11には第2弾先行配信シングルとして、東京・板橋に伝わる、麦打ちの時に歌われた労働歌「板橋の棒打ち歌」が先行配信リリース。
また、6/21に開催される東京・草月ホールのワンマンライブではアルバムの先行販売も実施。

労働歌を通して過去と現在を繋ぎ、日本の歴史や社会性をも紐解く寺尾紗穂の本質とも云える作品となっている。

寺尾紗穂コメント

月ぬかいしゃなど一部の知られた曲を除き、 収録した歌の多くはすでにその土地でも忘れられています。なんとか歌を残そうとした40~50年前の人たちののこした記録によって、 出会うことができた曲たちです。ふるさとにかつてこんな歌があったのか、 と思いを寄せてもらえたらうれしいです。

アルバムリリース情報

発売日:2025年6月25日(水)
品番:KHGCD-005
定価:¥3,300(本体¥3,000)
発売元:こほろぎ舎
販売元:PCIMUSIC

【収録曲】
01 島根「佐津目銅山鉱夫歌」(出雲市佐田町)
02 山形「エンヤマッカゴエン」(最上郡真室川町安楽城)
03 福岡「ずくぼじょ」(八女市豊福、大牟田市)
04 東京「ひとつとせ」
05 岩手「あらぐれ」(和賀郡和賀町山口)
06 愛媛「浜子歌」(今治市大三島町口総)
07 東京「田うない」(板橋区徳丸)
08 愛知「せっせ」(豊田市稲武)
09 東京「籠の鳥より」
10 兵庫「宍粟の守子歌」(宍粟郡千種町奥西山)
11 高知「宿毛田植え歌」(宿毛市仲市)
12 沖縄「月ぬかいしゃ」(八重山地方)
13 東京「板橋の棒うち歌」(板橋区)

「エンヤマッカゴエン」配信リンク
LinkCoreYoutubebandcamp

公演情報
寺尾紗穂
草月ホール公演(予定販売枚数終了、当日券販売あり)

2025年6月21日(土)
開場17:00 /開演18:00
一般指定席¥7,000/中~大学生指定席¥5,000/子ども指定席¥4,000
※未就学児童は、保護者1名につき、膝上観覧1名まで無料。
赤坂・草月ホール
東京都港区赤坂7丁目2-21

出演:寺尾紗穂、あだち麗三郎、伊賀航、歌島昌智、音無史哉、折坂悠太、小林うてな、近藤達郎、やぶくみこ

お問い合わせ
HOT STUFF PROMOTION
050-5211-6077(平日12:00~18:00)
https://www.red-hot.ne.jp/

 渋谷・WWWのサウンドをつかさどるスピーカー・FUNKTION-ONEとの組み合わせで多様な音を彩りコントロールしてきた英・Midas社のアナログ・ミキサーの名機「Heritage 3000」が、2025年1月中旬に勇退しデジタル・ミキサーへと切り替えられるようだ。それに際し、入替直前の年始に〈WWW presents “Heritage 3000” Farewell series〉と題した「Heritage 3000」で鳴らす最後の公演シリーズの開催が決定。

 すでにアナウンスされている公演内容はOGRE YOU ASSHOLEによるワンマン、MERZBOWによる入場無料(!)ライヴ、Minami Deutsch(南ドイツ)とおとぼけビ~バ~によるツーマン、FLATTOP feat. 内田直之、柴田聡子ワンマンと、いずれもアナログ卓の魅力を存分に引き出せるWWWとも縁深い豪華なラインナップとなっている。

 そこに追加公演として、1月7日に弾き語りスリーマン〈寺尾紗穂 x 七尾旅人 x マヒトゥ・ザ・ピーポー〉の開催が決定。時代と、そこに生きる人の軌跡を「うた」で描き続ける3組のアーティストが、ひとつの楽器と自身の歌声というもっともミニマルなフォーマットで三者三様に名機のポテンシャルを引き出す濃密な内容となっている。なお、本日11月28日(木)よりスタートする先行受付期間後の12月7日(土)には、一般販売とあわせて10代限定の無料チケットも枚数限定で予約を受け付ける。

 2010年にミニシアターの跡地から生まれた、クラブ・カルチャーもバンド・サウンドも包括的に支えるスポット・WWWの現行サウンドシステムで最後に鳴らされる「いま、ここにしかない表現」の場を存分に楽しんでいただきたいとのこと。ライブハウス/クラブの心臓ともいえるPAミキサーの味わい深いサウンドを堪能する最後の機会でもあるし、なによりいずれの公演もWWWらしさにあふれた魅力的な内容だ。ぜひいずれかに足を運んではいかがだろうか。

WWW presents “Heritage 3000” Farewell series
寺尾紗穂 x 七尾旅人 x マヒトゥ・ザ・ピーポー

日程:2025年1月7日(火)
会場:渋谷 WWW
時間:OPEN 18:00 / START 19:00
料金:ADV.¥4,300 (+1drink)
出演:寺尾紗穂 / 七尾旅人 / マヒトゥ・ザ・ピーポー

【チケット】
◆先行受付(先着):11月28日(木)19:00〜12月1日(日)23:59 イープラス
◆一般発売日:12月7日(土) 10:00 イープラス
◆10代無料チケット(枚数限定):12月7日(土) 10:00 ZAIKO

INFO:WWW 03-5458-7685
公演詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/018595.php
主催・企画制作:WWW
Artwork Design: Takuto Okamoto

〈WWW presents “Heritage” 3000 Farewell series〉

1/5(日) OGRE YOU ASSHOLE ※SOLD OUT
1/6(月) MERZBOW ※入場無料
1/7(火) 寺尾紗穂 x 七尾旅人 x マヒトゥ・ザ・ピーポー
1/9(木) Minami Deutsch / おとぼけビ~バ~
1/10(金・深夜) FLATTOP feat. 内田直之
1/13(月・祝) 柴田聡子 ※SOLD OUT

主催・企画制作:WWW
お問い合せ:WWW 03-5458-7685
HP:https://www-shibuya.jp/feature/018497.php

冬にわかれて - ele-king

 シンガー・ソングライターの寺尾紗穂、ベーシストの伊賀航、ドラマーのあだち麗三郎からなる3人組、冬にわかれて。『なんにもいらない』『タンデム』と、すでに2枚のアルバムを送り出している彼らが3枚目のアルバムをリリースすることになった。アンビエント・ポップ、MPBからモンゴル民謡まで、幅広いアプローチを試みているようだ。発売は5月24日、以降全国各地でライヴも予定されている。まだときどき寒い日もあるけれど、「冬にわかれて」春を満喫したい。

もしあなたが目を凝らし、耳をすましてみれば、そこには二度と繰り返されない「生」のゆらめきがある――。寺尾紗穂、伊賀航、あだち麗三郎からなるバンド「冬にわかれて」。待望のサードアルバム『flow』が完成。

冬にわかれて 3rd album『flow』
2023.05.24 in stores
品番:KHGCD-003 CD 定価:¥3,000+税 発売元:こほろぎ舎 CD 販売元:PCI MUSIC

01. tandem ⅱ
 作曲:伊賀航
02. 水面の天使
 作詞:寺尾紗穂 作曲:伊賀航
03. 舟を漕ぐ人
 作詞:あだち麗三郎 作曲:あだち麗三郎
04. There’s flow in flower
 作曲:あだち麗三郎
05. snow snow
 作詞:寺尾紗穂 作曲:伊賀航
06. もしも海
 作詞:あだち麗三郎 作曲:あだち麗三郎
07. 昭和柔侠伝の唄
 作詞:あがた森魚 作曲:あがた森魚
08. Girolamo
 作詞:寺尾紗穂 作曲:寺尾紗穂
09.可愛い栗毛(Хөөрхөнхалиун)
 モンゴル民謡
10.朝焼け A red morning
 作詞:寺尾紗穂 作曲:寺尾紗穂

 昨年2022年にリリースしたオリジナル・アルバム『余白のメロディ』で、唯一無二のシンガー・ソングライターとしての評価を確立しますますその活動に注目が集まる、寺尾紗穂。細野晴臣を始め、数多くのミュージシャンから絶対的な信頼を置かれる稀代のベーシスト、伊賀航。そして、自身名義での幅広い創作から、片想いなど様々なバンド/プロジェクトで活動する鬼才ドラマー/音楽家、あだち麗三郎。
そんな三者による「冬にわかれて」は、これまでに『なんにもいらない』(2018年)、とセカンドアルバム『タンデム』(2020年)を発表し、個性あふれるトリオバンドとして作を追うごとにその表現を深めてきた。
本作『flow』で、彼らの挑戦的なソングライティング/アンサンブルは過去最高のレベルに達し、一つの「バンド」としてますます紐帯を強めたといえる。各メンバーが持ち寄った個性豊かな楽曲は、三者間の熱を帯びたコミュニケーションと当意即妙のレコーディングを経て、全く例をみない形に仕上げられた。
 前作アルバムの名を継ぐまろやかなインスト「tandem2」をはじめ、妖しくも軽やかな色香の漂うワルツ「水面の天使」、エレクトロニカ+アンビエントポップ的な音像に彩られた「snow snow」など、ソングライター/サウンドクリエイターとしての伊賀航は、その独自のセンスをますます深化させた。あだち麗三郎は、MPB〜ネオフィルクローレの薫りをまとった「船を漕ぐ人」、「醒」、ドライブ感溢れるプログレッシブポップ「もしも海」で、より一層自由な曲想に挑戦している。また、あがた森魚の「昭和柔侠伝の唄」、モンゴル民謡「可愛い栗毛」の斬新なカヴァーも光る。
そして、寺尾紗穂が持ち寄った2つの曲が、本作の全体に力強い生命を吹き込んでいく。時の神権政治を厳しく批判し民衆を熱狂させた15世紀フィレンツェの修道士ジロラモ・サヴォナローラにインスピレーションを得て書かれたという「Gilolamo」は、歴史と「今」をつなぎとめる彼女の鋭い社会意識が鮮烈な形で刻まれている。アルバムを締めくくる「朝焼け」は、数限りない名曲を持つ彼女のキャリアにおいても指折りの、実に感動的な曲だ。
「流れ」を意味する、タイトルの「flow」。このアルバムを聴くと、その題通り流麗でダイナミックな、流れる水に身を浸すような感覚を覚える。しかし、その「流れ」は、決してただ心地よさを誘い、去っていくものではない。静かに形を変える水面。滑るように飛びゆく鳥たち。移り去っていく季節。流れていく私達の「生」。目を凝らし、耳をすましてみれば、そこには二度とは繰り返されない彩があり、襞(ひだ)があるはずなのだ。
―柴崎祐二

[冬にわかれて プロフィール]
『楕円の夢』、『余白のメロディ』などリリース毎に作品が名盤と注目される寺尾紗穂(vo, p)と、細野晴臣や星野源、ハナレグミなどさまざまなアーティストのサポートを務めるベーシスト、伊賀航(b/lake、Old Days Tailor)、片想いやHei Tanakaの一 員でもあり、のろしレコードや東郷清丸といったアーティストのサポート、その他プロデュースやレコーディングからソロ活動までこなすマルチ・プレイヤー、あだち麗三郎(ds, sax/あだち麗三郎と美味しい水)の3人から成るバンド。2017年、7インチ・ シングル「耳をすまして」でデビュー。2018年にファースト・アルバム『なんにもいらない』をリリース。収録曲の「君の街」(伊賀航の詞曲)は、J-WAVE「TOKIO HOT 100」に3ヶ月連続でランクインした。2021年、セカンド・アルバム『タンデム』をリリース、配信において世界各地で今なお上位 にランクインが続いている。

2018年10月 1st アルバム『なんにもいらない』発表。
2021年4月 2st アルバム『タンデム』発表。
2023年5月 3rd アルバム『flow』発表。

[冬にわかれて ライブスケジュール]
5月27日 愛知 森、道、市場2023
7月4日 Billboard Live東京(寺尾紗穂/冬にわかれて)
9月3日 愛媛・今治 眞鍋造機本社ビル1F
9月24日 熊本 早川倉庫
10月8日 足柄 RingNe Festival
11月18日 栃木 OHYA BASE

寺尾紗穂 - ele-king

 震天動地の要人暗殺事件ですっかり話題に上らなくなってしまったが、先の参院選では音楽業界の4団体が特定の政党候補者への支援を表明するという、こちらもまた前代未聞の事態が起こり、当の音楽関係者による抗議声明をはじめ数多くの人びとから批判が集まった。それであらためて「音楽と政治」に関する議論も浮上した。ここでは深入りしないが、そしてくだんの問題とはやや論点が異なるが、政治を美学化するための道具として音楽を利用することの大きな問題点のひとつは、音楽が特定の役割、それも暴力装置としての役割を果たすためにあらかじめ決められた目的に沿って聴かれることへと向かってしまうことにある。象徴的な事例が軍歌だ。人びとは軍歌を歌うことで自らを鼓舞し戦争という目的へと向かって突き進む。注意するべきなのは何も軍歌だけにそのような力があるわけでなく、感情を動かし身体を揺さぶる音楽それ自体にそもそもそのような力が備わっているのであって、ひとたび目的を課せられれば軍歌であろうと流行歌であろうとポップスであろうと人びとを戦争へと駆り立てるための有用な手段となる。そして目的に沿って方向づけられた音楽を余白を欠いた音楽と言い換えるなら、その力の危うさを見定めるためにわたしたちはあらためて音楽の余白に耳を傾ける必要があるとも言える。

 シンガーソングライターの寺尾紗穂による通算10作目にして2年ぶりとなるオリジナル・アルバム『余白のメロディ』がリリースされた。タイトルだけでなく作品それ自体の内容としても特定の目的や役割を持たない余白にスポットが当てられているように感じた。アルバムはカヴァー曲を除き全て寺尾による作曲だが、まずピアノの弾き語りをホーンとストリングスが彩る松井一平作詞の “灰のうた” で幕を開けると、続く MC.sirafu 作詞の “良い帰結(Good End)” ではヴォイスの多重録音やエレクトリック・ピアノも駆使しながら軽快なサウンドを聴かせる。3曲目 “確かなことはなにも” は寺尾が作詞作曲、ユニット「冬にわかれて」と同じく伊賀航(ベース)、あだち麗三郎(ドラム)とのトリオ編成で、4曲目 “ニセアカシアの木の下で” も寺尾の作詞作曲だがこちらは Mom のリズム・トラックと編曲が他の楽曲と比べて一風変わった雰囲気を醸している。そして野太いベースラインが印象的な5曲目 “期待などすてて” は再び松井一平作詞で、「冬にわかれて」のメンバーに加えてアルトフルートで池田若菜が客演。

 ここまで聴き進めて、多数のミュージシャンが参加し、コラボレーション色の濃い楽曲の数々は、ヴァリエーションに富んでいるとも、一見するとまとまりに欠けるようにも聴こえるがしかし、後半5曲を通じて一気にアルバムは深化する。カヴァー曲の6曲目 “森の小径” はこのアルバムの重要曲のひとつだ。太平洋戦争前夜、すでに日中戦争の戦時下だった1940年に佐伯孝夫が作詞、灰田有紀彦が作曲し、有紀彦の弟・灰田勝彦が歌った “森の小径” は、勇ましい軍歌で溢れていた当時としては異色と言っていい、感傷的な歌詞をハワイアン調のスライド・ギターとシャッフル・ビートに乗せて歌う楽曲だった。だが特攻隊として戦地に赴く若者たちはそんな “森の小径” を愛唱したのだという。あまりに悲痛だ。その悲しさを受け継ぐように寺尾紗穂は奥行きのある音像で情感豊かにピアノを奏でつつ透き通るような声で歌う。間奏にはベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」を挿入するというアレンジだが、その意味は説明するまでもない。あたかも1曲目 “灰のうた” が、灰田兄弟の楽曲の伏線となっているかのようでもある。

 “森の小径” のカヴァーでアルバムの雰囲気が少しばかり変化すると、残る4曲にそのまま耳が惹きつけられていってしまう。7曲目 “光のたましい” では一部にプリパレーションを施したピアノがいびつなノイズを微かに響かせながら、気づけば1曲目 “灰のうた” と同じ音型をピアノが踏襲しつつ、聴き手を優しく包み込むような歌声をじっくりと聴かせる。そして8曲目 “僕の片割れ” でもやはりピアノが同じ音型を繰り返し、中盤からは寺尾の歌とピアノが、客演した池田若菜の音が空間に滲み出すようなフルートと絡み合いともに歩む。9曲目 “歌の生まれる場所” では「冬にわかれて」のトリオにホーン・セクションが加わり、ポリリズミックなシャッフル・ビートからサビではゆったりと引き伸ばされ壮大に彩られた歌を歌う。しかし歌の生まれる場所とはどこか──その答えがおそらく次の、アルバムを締め括るカヴァー曲 “Glory Hallelujah” だ。西岡恭蔵のこの楽曲と出会い、そして初のワンマン・ライヴでカヴァーしたことが、寺尾の音楽活動のひとつの出発点となったのだった。ここから彼女の歌は生まれた。

 いわばアルバム全体を通じて、わたしたちは寺尾紗穂の声とともに彼女の歌が生まれる場所へと遡行していく。前半の楽曲群がコラボレート色が濃くヴァリエーションに富んでいるのは、歌の発生から分化した先にある多様な現在地をまずは並べているのだと受け取ることもできる。それらは “Glory Hallelujah” とは似ていないが、ゲスト・ミュージシャンのひとり池田若菜がファースト・フル・アルバム『Repeat After Me (2018-2021)』で示したように、様々な記憶と混じり合い全く別の形に変化した歌の数々として、“Glory Hallelujah” を何かしら受け継いでいるのかもしれない。歌は言葉とメロディをそのまま辿り直すこと以上に、人間の個別的な経験を通じてつねに変化し得る生き物のような存在でもあるところに代え難いリアリティを宿す。そしてそこには様々な方向へと開かれた余白がある。寺尾紗穂は著書『天使日記』の中で、以前ライヴで “森の小径” を歌ったときのことを振り返りながら「世の中に軍歌があふれても、人の心の色まで染め上げることはできなかったと思う」とこの曲について記していた。それは激動の時代にいくばくかの希望を見せてくれる。人の心が染まらないのはすなわち感情に余白があるからだ。反対に余白を失い、ひとつの方向へと感情が方向づけられたとき、人の心は「軍歌」──それは「流行歌」あるいは「ポップス」で置き換えることもできる──で恐ろしくも単色に染め上げられてしまう。歌の生まれる場所、様々な方向へと開かれた場所に遡行していく『余白のメロディ』は、“森の小径” がそうであったように、こわばりゆく感情を解きほぐす希望の余白を響かせている。

Terao Saho - ele-king

 シンガーソングライター、寺尾紗穂が6月22日にニュー・アルバム『余白のメロディ』をリリースする。間に『わたしの好きなわらべうた2』を挟みつつの、前作『北へ向かう』からは2年ぶりとなる新作で、オリジナル・アルバムとしては通算10枚目を数える。自身も参加するバンド冬にわかれてのあだち麗三郎や伊賀航ほか、多くのアーティストが参加。さらなる深みを増した歌に注目しよう。

寺尾紗穂による記念すべき通算10作目のオリジナル・アルバム『余白のメロディ』が完成。今再び、全ての人を歌の生まれる場所へと誘い出す、珠玉の作品集。

2006年のデビュー以来、現代日本を代表するシンガー・ソングライターとして数々の歌を作り続けてきた寺尾紗穂。2022年6月22日、記念すべき通算10枚目のオリジナル・アルバム『余白のメロディ』を発表する。
この世界の深淵に潜む様々な感情、光景、出来事を、類まれな才能ですくい取ってきた歌世界は、ここに至って、さらなる広がりと奥行きを獲得した。彼女の歌には、ときに鋭く社会的な問題意識も反映されてきたが、もちろん、それだけが理由で多くの者の心を捉えてきたのではない。寺尾紗穂の歌は、これまでも常に「言葉にし得ないもの」への関心と近しさを湛えており、だからこそ、聴く者の内にある深い部分に触れてきたのだ。
本作は、とりわけ「楕円の夢」以降寺尾が探求してきた、正論や正義、漂白されていく社会から距離をとった「余白」と、そこにこそ息づく希望や夢といったテーマが、最も美しい形で結晶した、キャリア史上に輝く傑作だと断言できる。日々「変わりつづける世界」への疲弊と、無情にも「変わらない世界」への絶望。あなたやわたしを取り囲む孤独が氷のように固まってしまっても、寺尾の音楽は、人がこの世界にひとしく生まれ落ちた事実を希望として浮かび上がらせ、そのこわばりをゆっくりと溶かしていく。
『余白のメロディ』は、不信に唆され、ついには歌うことのできなくなった人々を、今再び歌の生まれる場所へと誘い出す。
バンド「冬にわかれて」での活動を通し更に紐帯を強めたあだち麗三郎、伊賀航をはじめ、池田若菜、高橋三太、未知瑠、そして新進気鋭のシンガーソングライター/トラックメイカーMomの他、多くのアーティストが録音に参加し、より一層の壮麗さと繊細を増した寺尾の歌唱/ピアノ演奏を支える。
本作の核とでもいうべき曲「歌の生まれる場所」をはじめ、オリジナル曲の充実ぶりは、まさに至高といえる領域へと達した。また、「良い帰結(Good End)」ではMC.sirafuが、「期待などすてて」「灰のうた」では松井一平が歌詞を提供しており、お互いのクリエイティビティが溶け合った見事なコラボレーションを聴かせてくれる。加えて、寺尾にとっては歌の道を選ぶことになるきっかけとなった重要曲、西岡恭蔵「Glory Hallelujah」を収録、原曲の魅力を汲み取りつつ、そこへ新たな生命を吹き込んでいる。

寺尾紗穂 10th album
『余白のメロディ』

2022.06.22 in stores
品番:KHGCD-002
CD定価:¥3,000+税
発売元:こほろぎ舎
CD販売元:PCI MUSIC

01.灰のうた
 作詞:松井一平 作曲:寺尾紗穂
02.良い帰結(Good End)
 作詞:MC.sirafu 作曲:寺尾紗穂
03.確かなことはなにも
 作詞・作曲:寺尾紗穂
04.ニセアカシアの木の下で
 作詞・作曲:寺尾紗穂
05.期待などすてて
 作詞:松井一平 作曲:寺尾紗穂
06.森の小径
 作詞:佐伯孝夫 作曲:灰田有紀彦
07.光のたましい
 作詞・作曲:寺尾紗穂
08.僕の片割れ
 作詞・作曲:寺尾紗穂
09.歌の生まれる場所
 作詞・作曲:寺尾紗穂
10.Glory Hallelujah
 作詞・作曲:西岡恭蔵

[寺尾紗穂 プロフィール]
1981年11月7日生まれ。東京出身。
大学時代に結成したバンドThousands Birdies' Legsでボーカル、作詞作曲を務める傍ら、弾き語りの活動を始める。2007年ピアノ弾き語りによるメジャーデビューアルバム「御身」が各方面で話題になり,坂本龍一や大貫妙子らから賛辞が寄せられる。大林宣彦監督作品「転校生 さよならあなた」、安藤桃子監督作品「0.5 ミリ」(安藤サクラ主演)の主題歌を担当した他、CM、エッセイの分野でも活躍中。2009年よりビッグイシューサポートライブ「りんりんふぇす」を主催。2019年まで10年続けることを目標に取り組んでいる。2020年3月に最新アルバム「北へ向かう」を発表。坂口恭平バンドやあだち麗三郎、伊賀航と組んだ3ピースバンド“冬にわかれて”でも活動中。2021年「冬にわかれて」および自身の音楽レーベルとして「こほろぎ舎」を立ち上げる。
著書に「評伝 川島芳子」(文春新書)「愛し、日々」(天然文庫)「原発労働者」(講談社現代文庫)「南洋と私」(リトルモア)「あのころのパラオをさがして 日本統治下の南洋を生きた人々」(集英社)「彗星の孤独」(スタンドブックス)、『天使日記』(スタンドブックス)があり、新聞、ウェブ、雑誌などでの連載を多数持つ。

寺尾紗穂 - ele-king

 春先に寺尾紗穂の新作が出たとき、子どもたちは学校にかよえなくなっていたが、世界はまだこのような世界ではなかった。ひと月たち緊急事態宣言が発出し通りは森閑としたが、雨がちな夏も終わるころには人気ももどり、人々はあらたな暮らしの基準に心身ともに調律をあわせたかにみえるものの、またぞろ次の波のしのびよる気配がたかまる冬のはじめ、寺尾紗穂からまたしてもアルバムリリースの報せがとどいたのは、音楽をとりまく環境も深刻な影響をこうむった2020年においてにわかには信じがたい。
 『北へ向かう』と『わたしの好きなわらべうた2』——前者は3年ぶりのオリジナル作で、後者は伝承歌、伝統歌を編んだ4年前の同名作の続編にあたる。性格も、おそらく彼女のディスコグラフィでの位置づけもちがうこの2作はしかし生まれ来る場所をともにしているかにもみえる。もっとも寺尾紗穂の音楽はすべてそのようなものかもしれない。古くてあたらしく、現代的な意匠にむきあうのになつかしい。『わらべうた2』はカヴァー集だが、アンソロジーでもある、レコードであるばかりかフィールドワークであり、そこでみいだしたものを音楽という時制におきなおす野心的なこころみでもある。そのような主体のあり方をさして寺尾紗穂は「ソングキャッチャー」と述べるのだが、「歌をつかまえるひと」というこの語に私は彼女の歌にたいする能動的な姿勢と、野っ原の避雷針のような受動態が二重写しになった姿をみる。米国のローマックス父子やハリー・スミス、本邦では小泉文夫など、かつての歌の保存と伝承はそれを採取し記録するものの探究心と使命感に負うところ大だった。その一方で歌の採取に熱心だった作曲家のバルトーク・ベラの作風がハンガリーの国民楽派を基礎づけたように歌という不定型の素材を記録することはネイションの輪郭を確定する補助線でもあった。私たちはしばしば、音楽に基層のようなものがあるとして、文化、風土、習慣、歴史などの複合要素からなるそれは民俗ないし民族なる概念とわかちがたい。やがて正統性に昇華するそのような考えは国とか社会とかいった極大の視点にたたずとも、私のふだん暮らす組織や共同体内でも抑圧的にふるまうこともある。そこに家父長制をみてとることについては議論の余地もあろうが、つたえることは右から左へ流れ作業するのともちがう、歴史が偽史の含意をはらみかねない今日、それ自体がきわめて問題提起的な行為である。民謡や伝統芸能はいうまでもない。
 童歌はどうか。寺尾紗穂が童歌に興味をもつきっかけは彼女の生活の変化に由来したのは『わらべうた1』のレヴューでものべた。童歌の定義は一概にはいえないが、子守唄、遊び歌、数え歌などをふくみ、調子よく歌詞は多義的でときに不条理である。“かごめかごめ” や “はないちもんめ” も童歌だといえばイメージを結びやすいかもしれない。そう書いたとたんノスタルジックになってしまうのは童歌もまた先にのべた音楽の基層に位置するからだろうか。とはいえ世間と暮らしの波間に漂うばかりの俗謡である童歌は基層としてはいささかおぼつかない。だれかの口の端にのぼらなければひとは忘れ歌は歌いつがれない。逆をいえば歌うかぎりにおいて童歌は歌い手の数だけ変奏し遍在する。2作目をむかえた〈わらべうた〉シリーズでの寺尾紗穂の歩みからはそのようなメッセージがききとれる。前作は長岡や小千谷の “風の三郎~風の神様” にはじまり徳之島の “ねんねぐゎせ” まで、全国津々浦々の全16曲をおさめていた。2作目も曲数は同じ、ソングブックとしてのフォーマットをそろえている。特定の地域にかたよらず、列島を巡礼するような選曲のかまえも前作をひきつぐが『わらべうた2』は前作以上に多様性に富んでいる。とはいえ一聴して耳を惹くのはアイヌの鬼遊び唄 “タント シリ ピルカ(今日はお天気)”、沖縄は読谷の “耳切り坊主”、奄美の笠利の “なくないよ” など。ことばの響きのちがいでほかからうかびあがる。寺尾は3月の『北へ向かう』でも “安里屋ユンタ” をとりあげるなど、南西諸島の唄も積極的にとりあげる歌い手である。『北へ向かう』の “安里屋ユンタ” はその前に置いた福島原産の “やくらい行き” との対で、寓話的な語りの空間を創出するだけでなく海と山の二項対立を止揚するヴィジョン、森の樹々のなかの道をとおり海にぬけるかのごとき石牟礼道子的なヴィジョンを構造的に暗示する役割も担っていた。寺尾紗穂のCDを聴くのはアルバムという形態でしかあらわせない構想に耳を澄ますことでもある。その点は『わらべうた2』でも変わらない。もっとも構想の力点の置き方を書物になぞらえるなら、フィクションとドキュメンタリーほどのちがいはあり、後者となる『わらべうた2』ではまずもっておのおのの唄の歌唱と解釈が前に出てくる。私は奄美の産なので地元の歌にかぎっても、ヴァナキュラーなニュアンスをつかまえる彼女の避雷針が前作以上にみがかれているのがわかる。歌でいうコブシや琵琶などの弦楽器のサワリなど、譜面に記さずとも曲の決め手になる唱法、奏法はいくつもある。これらを身につけるのが正統的な系譜にのるかそるかの分かれ目ともいえる。私は音楽の価値は歴史や体系内の位置によるとも思わないので、正統性にこだわらないが、かといって破壊的だけなのも古めかしい。その点で『わらべうた2』は童歌という伝統的な題材を選びていねいによりそいながら、実験的なサウンドを対象に対置させる点であり、そのかねあいが作品全体にゆたかな多様性をもたらしている。
 『わらべうた2』は歌島昌智が吹くスロバキアの管楽器フラヤの音が印象的な “山の婆 山の婆” で幕をあける。歌島は『1』の冒頭でもフラヤを奏していたから、寺尾のなかにはこの2作を対として提示する意図があるのだろう。ただし『2』の2曲目の兵庫県川西市の子守唄 “うちのこの子は” は前作の “あの山で光るものは” (東松山市)の静けさとは対照的なはずむようなリズムでアルバムのグルーヴの基準をしめすかのような仕上がりとなっている。この曲のリズムセクションをつとめるのはやはり前作にも名を連ねた伊賀航とあだち麗三郎、ふたりに寺尾をあわせた三人がその後冬にわかれてとして活動をはじめたのはみなさんよくごぞんじである。三者の息の合い方はすでにひとかどのものだが、本作ではそれぞれのカラーを活かしながら、楽曲には音をつめこみすぎないよう配慮もゆきわたっている。アルバムはピアノトリオと民俗楽器が交互に登場する構成をとっているが、空間をたっぷりとったことで、指板にあたる弦の振動や打楽器の音がたちあがるさいの空気の震え、先述のことばをくりかえすと音楽のサワリまで掬いとる葛西敏彦の録音は見事というほかない。
“やんやん山形の” と読谷の “耳切り坊主” には冬にわかれてのスペクトルの幅とでもいうべきものを記録している。民俗楽器では岐阜の根尾村の “鳥になりたや” でやぶくみこが手にするグンデル、つづく “なるかならんか” で歌島がとりだすバラフォン、ボウラン、ティンシャ、ゴングなどなど、響きとリズムをかねるものが多い。使用楽器やアレンジは曲によるのだろうが、童歌にむきあう寺尾と演奏者の自由連想的な姿勢はときの風化にさらされた唄を現代によみがえらせるだけでなく、現行のジャズやポップスに拮抗する力をあたえ和的な意匠にとどまらない広がりももたらしている。
 寺尾紗穂がそれらの楽曲をひとつずつ、慈しむようにつみあげる先に『わらべうた2』は全貌をあらわしていく。ことに石巻の “こけしぼっこ”、北巨摩郡の “えぐえぐ節” ときて笠利の “なくないよ” で幕を引く終盤は白眉である。このような構成もまた『1』の延長線上だが『2』は色彩感においてはいくらかひかえめ。そのぶんグルーヴは漬物石のごとく重みを増し唄からは滋味がにじみだす。めざとい読者には “えぐえぐ節” の「えぐえぐ」とはなんぞやと首を傾げられた方もおられようが、これはじゃがいもはえぐいという悪口に由来するのである──という説明もまたぞろ混乱のもとかもしれないので真相をつきつめたい御仁には本作を手にとられるのをおすすめする。さすれば列島にあまたある童歌が土地土地の風土と歴史が育む厚みを有することをかならずやおわかりいただけるであろう。『わたしの好きなわらべうた2』の掉尾をかざる笠利の “なくないよ” に耳を傾けながら私はそのように確信するのだが、時代背景から女性と子どもが歌い手であり聴き手である子守唄の労働歌の側面に思いをいたせば、ありし日の彼らのたくましさやつましさに尽きない、暮らすことの多層性がうかびあがる。“なくないよ” では等々力政彦のイギルの助演を得て、寺尾紗穂は行間からそのようなものをよびさましている。これほどおおどかで透徹した視線の歌い手はそうはいない、ソングキャッチャーの面目躍如たるものがある。

冬にわかれて - ele-king

 「シティポップ」のリヴァイヴァルが2012年ころから喧伝され、沢山のミュージシャンがその呼称に含まれることに違和感を表明しながらも、結果として「都市の音楽」としてのシティポップを磨きあっていた頃から、寺尾紗穂はそのような時流などどこ吹く風といった風情で、軽やかにピアノを弾きながら自分の歌を歌っていた。そしてそれは、本来的な意味におけるシティポップの美しさ(都市に生き、考え、人を眼指す音楽の美しさ)が、彼女が血肉としてきた音楽と、今を見つめる視点によって、とてもみずみずしい形で息づいているものでもあった。
 しかし彼女にとって、きっと自分の音楽がどんな呼称で評されるか、そんなことはどうだっていいだろう。私はそれがとても嬉しかった。今、音楽を音楽のままだけにしておけるというのは、とっても稀有な才能だから。
 だから、アルバム『楕円の夢』で寺尾紗穂という稀代のシンガーソングライターとともに仕事をする機会を得た私は、彼女の音楽にある何者にも冒し難い清廉を、いかにしてそれが清廉であるまま人々の耳にとどけるかに努めた。早いもので、それから3年半が経った。『楕円の夢』の日々は、音楽制作者としての私の人生において、最も美しい時間でありつづけている。

 「冬にわかれて」は、寺尾紗穂と、これまでも彼女のソロ活動を支えてきたあだち麗三郎、伊賀航というふたりのミュージシャンによる「バンド」である。
 コミュニティの生まれる最小単位である3人というトライアングル、その形態を慈しむように、彼らはそれをバンドと呼んだ。シンガーソングライターとそのサポート・ミュージシャンというにはあまりに有機的な音楽表現主体になっていたこの3人の関係を素直に発展させたとき、自然とバンドという見えない紐帯が浮かび上がってきたのだろう。

 今作『なんにもいらない』は、そんな3人の間に流れる空気をそのままに閉じ込めたようなデビュー・アルバムだ。
 昨年 7 inch でリリースされたシングル“耳をすまして”を始め、寺尾作の曲では、歌と演奏の相関はより密接となった。あだちのドラムスは、寺尾のピアノにも増して全体を包み込むように駆動していく。ときに響く彼のサックスも、アレンジという枠を超えて、鮮やかな肉感を楽曲に与えていく。盤石であり、ときにトリッキーな伊賀のベース・プレイは、サポート・プレイの際の寺尾に付き従うような奥ゆかしさをかなぐり捨て、バンドとしての「合奏」を大胆に形作る。そして、彼らふたりによって提供された“君の街”と“白い丘”(伊賀作)、“冬にわかれて”(あだち作)では、寺尾紗穂の記名的歌声がこれまでと違った旋律、違ったリズムに乗ることで、バンド作品でしか生まれえない好ましい異化作用とでもいうべきものが引き出されている。特に、伊賀がギター演奏を披露する“白い丘”の新鮮さはどうだろう。ゲスト参加の池田若菜による流麗なフルートを交えた、あのカエターノ・ヴェローゾにも通じるようなエヴァーグリーンな和声感覚を湛えたこの曲は、緊張感あるメロディーを寺尾が切々と歌うことによって、小品ながらまったくもって素晴らしい楽曲となっている。

 そしてもちろん特筆すべきは、寺尾作の各曲の充実ぶりだ。モータウン・ビートを大胆に取り入れた躍動的な“月夜の晩に”は、珍しくコーラスも交え、清涼感溢れるシティ・ソウル。アブストラクトな演奏がかえって詩情を引き寄せる“なんにもいらない”と、暖色のフォーキーとも言うべき“優しさの毛布でわたしは眠る”の豊かさ。「君が誰でもいいんだよ ただ今伝えたいことは プリンの美味しいあの店の場所と それがどれほど美味しいか」というチャーミングな一節が、日常を生きる私とあなたの背中を優しく押してくれるような、終曲“君が誰でも”の零れるようなポップネス。そのどれもが、彼女がかつて私に「普通に生きていると歌が生まれてくるんですよ」と笑いながら語ってくれた通り、生活者としての寺尾紗穂の視線にしっかりと貫かれている。そういった意味で、各曲の詩作は、そのどれもがとても「今」であり、その「今」の匂いが聴くものの胸を温めたり、ときにはハッとさせる。

 音楽が音楽そのままでいるということ。「冬にわかれて」の3人は、そんな、貴くてこわれやすいことを得意とする、不思議な人たちだ。私たちも、届けられた音楽がこわれないように、大切にこの作品を聴き継いでいきたい。
 私たちが耳をすませば、この音楽は、音楽そのままの形のままでずっと、私たちに寄り添ってくれるだろう。

寺尾紗穂 - ele-king

 たとえば出稼ぎにやってきた外国人労働者を描いた“アジアの汗”、愛や他人への無知や無力を歌い上げ、それが原発作業員の労働環境へと接続される“私は知らない”。寺尾紗穂は、こうした世界に黙殺される小さな声に耳を傾け続けている人だ。彼女はそれをビッグ・イシューのサポートによるフェス「りんりんふぇす」の主催や、ノンフィクション・エッセイの執筆など、多角的に、かつ継続して行ってきた。

 特にここ数年の寺尾は音楽と並行して精力的に執筆活動をこなしており、近年の著作は3冊。2015年には原発作業員への聞き取り調査をもとに構成された『原発労働者』と、長い歳月をかけて南洋をめぐりながら戦争の痕跡を書き留めた『南洋と私』の2冊。そして今年の8月には、パラオを訪れ、日本の植民地下だった1920年代のこの島国の当時を知る老人たちに話を聞きながら探っていく『あのころのパラオをさがして』を上梓した。連載をまとめたものもあるとはいえ、かなりのハイペースだ。そしてどれもいわゆるアーティストが自身の感性を頼りに書いたようなタイプの本ではなく、「シンガー・ソングライター」という肩書きからは切り離されて存在している。寺尾自身がそういった肩書きを特に標榜していないので、こうした観点がそもそも野暮かもしれないが、それでも「自分はどういう人なのか」を決めず、ひとつを選ばない寺尾のスタンスは、その活動を考える上で重要な視点になるのではないかと思う。

 前作『楕円の夢』もそうだった。第二次世界大戦中・戦後に活躍した評論家、花田清輝の『楕円幻想』にインスパイアされてできたというこの作品で、彼女は楕円というモチーフを「1や「真実」を否定するもの」と話している

 円には中心がひとつしかないが、楕円には中心となる焦点がふたつある。花田は他を無視してひとつの中心だけを見て円を描くのではなく、ふたつの点を焦点に楕円を描くことが、矛盾しながらも調和した社会に必要だと暗示した。寺尾はその「楕円」を多様性の象徴としてアルバムのテーマに据え、路上生活者をメンバーに擁する舞踏グループ「ソケリッサ!」のMV起用やツアーでの共演を行い、その存在を表舞台に引っ張り上げた。

 昨年発表された『わたしの好きなわらべうた』も、各地のわらべうたをリアレンジして、忘れ去られようとしているわらべうたの中に残る人びとの暮らしの跡をすくい上げようとしたものだった。これもまた過去のものを過去のものと決めつけず、そこに息づく手触りの確かさを信じた試みだったといえる。

 一方で、こうした活動は彼女を通好みの存在にしてしまっている側面もあるかもしれない。たとえば前作“楕円の夢”のMVを見て、ごく普通のおじさんが街中でゆらゆらと舞踏を踊る姿に、戸惑いを覚えた人もいるだろう。コンセプチュアルな『わたしの好きなわらべうた』に、食指が動かなかった人もいるかもしれない。熱心な原発や外国人労働者についての活動も、聞く人に選択を迫る。その真面目な姿勢は、近年の彼女を絶賛する声を増やす一方で、間口を狭くしてしまっていた。

 活動初期の彼女にはこうした社会派ともとれる表現は少なく、時にエキセントリックながら情熱的な恋愛模様を歌い上げるシンガー・ソングライターだった。もっと個人的で、内省的に歌を歌ってきた人だ。しかしながらその個人的な考えが社会的なメッセージ性を身にまとった時にこそ、寺尾の歌はより強く輝いた。“アジアの汗”や“私は知らない”が聴く人の胸を打つのは、寺尾が何かを告発するようにではなく、ただ自分にはこう見えている、というような純粋さで歌うからだ。その視点に異物感を覚える時、私たちは自分たちの暮らしがどれだけいびつに歪められているかを思い知る。しかし近年の彼女の活動は、そうした純粋な視点が見えにくくなっていたところがあった。それは寺尾自身が変わったというよりは、扱われ方の問題でもあると思うのだけど。

 その寺尾が2年ぶりに発表したオリジナル・アルバムのタイトルは『たよりないもののために』。いかにものように思えるタイトルだが、今作には直接的に労働者や路上生活者など「小さな声」の主は登場しない。その代わり、これまで以上に普遍的な強度を持ったポップ・ソングが、寺尾らしい凜とした佇まいで並んでいる。

 様々なミュージシャンと共演して楽曲を深化させる方法はこれまで通り。蓮沼執太やゴンドウトモヒコ、柴田聡子、マヒトゥ・ザ・ピーポーなどが名を連ね、アルバムに彩りを添えている。中でも変化を感じるのはオープニングを飾るナンバー“幼い二人”だ。これまでの寺尾の作品では、自身の音楽性を印象づけるようにピアノと歌が前面に出ている曲がオープニングに選ばれていたが、この曲はあだち麗三郎のドラムと伊賀航のベースが刻む素朴なリズムで幕を開ける。さらに、寺尾がピアノではなくエレクトリック・ピアノのウーリッツァーを弾いているのも特徴。エレクトリック・ピアノは前作『楕円の夢』でも何曲か使われているが、オープニングに配置されたことで、これまで寺尾のアルバムを聴いてきた人は新鮮に感じたのではないだろうか。新たに公開されたMVでは新バンド・冬にわかれてを寺尾と結成したことがアナウンスされたあだち麗三郎、伊賀航との3人での演奏がフィーチャーされており、洗練された映像からは寺尾の新たな一面を見ることができる。他にも疾走感のあるポップ・ソング“雲は夏”や、尾崎翠の歌詞に曲をつけた郷愁を誘うメロディの“新秋名果”など、ピアノと歌というアイデンティティを大切にしつつ、様々なアプローチが試みられている。賑やかというのではないが、明るく、生命力に満ちた1枚になっている。それは大森克己が手がけた鮮やかな草花のジャケットが示す通りだ。

 しかし、寺尾は小さな声に耳を傾けるのをやめたわけではない。タイトル・トラックの切実さはやはりどこか、そうした存在を想起させる。今作で社会的な事柄は具体的に描かれてはいないが、それは意図的というより、必ず登場させようと意気込んでいるわけではないということなのだろう。このことからは、路上の生活にも都市の恋愛にも同じように情熱を傾ける彼女の姿勢が浮かび上がる。その結果、『たよりないもののために』は聴き手に開かれた作品になった。

 たよりないもののために
 人は何度も夢を見る
 ぼろぼろになりながら
 美しいものを生む
“たよりないもののために”

 今作の英題は「For the Innocent」。“たよりないもの”の訳語に“イノセント”を持ってきたところに寺尾の現代社会へのスタンスがあらわれているが、とても多様性のある表現だと思う。たよりなくて、イノセントなもの。それは信念だったり、誰かの未来だったり、まったく別の何かであったりするだろう。前作のモチーフになった「楕円」よりさらに曖昧で、しかし誰もが何かを思い浮かべるもの。

 “たよりないもの”は、誰の日常にも息づいている。私にも、あなたにも、路上生活者のおじさんにも。ゆるやかに束ねられて気づく普遍。寺尾が放つ美しい最大公約数の言葉は、多様な生に向けられる眼差しを塗り変えていく。

寺尾紗穂×マヒトゥ・ザ・ピーポー - ele-king

 寺尾紗穂×マヒトゥ・ザ・ピーポー、さらに前野健太。なにが起こるんでしょうか。
先日、マヒトゥ・ザ・ピーポーがギターで参加した、寺尾紗穂の“たよりないもののために”がYoutubeで公開されましたが、みなさんもう聴きました? その言葉と音響に浸ることができたひとたちに、以下のイベントを紹介します。まだ聴いていないひとたちは、ヴィデオを観てみてください。

 寺尾紗穂は6/21に最新アルバム『たよりないもののために』を、そして6/28にはマヒトゥが2ndアルバム『w/ave』をリリースします。6月27日はなにが起こるんでしょうか。詳細は以下にまとめたので、お見逃しなく。

■にじのほし9『月の秘密Prime』

出演:寺尾紗穂×マヒトゥ・ザ・ピーポー/前野健太
日程:2017年6月27日(火)
会場:渋谷WWW(東京都渋谷区宇田川町13-17ライズビル地下/TEL:03-5458-7685)
時間:19:00開場/19:30開演
料金:前売券¥3500+1d/当日券¥4000+1d
※ 一部座席有り/整理番号順入場


■寺尾紗穂
1981年11月7日東京生まれ。
2007年ピアノ弾き語りによるアルバム「御身」が各方面で話題になり,坂本龍一や大貫妙子らから賛辞が寄せられる。大林宣彦監督作品「転校生 さよならあなた」、安藤桃子監督作品「0.5ミリ」、中村真夕監督作品「ナオトひとりっきり」など主題歌の提供も多い。2015年アルバム「楕円の夢」を発表。路上生活経験者による舞踏グループ、ソケリッサとの全国13箇所をまわる「楕円の夢ツアー」を行う他、2010年より毎年青山梅窓院にてビッグイシューを応援する音楽イベント「りんりんふぇす」を主催。昨年リリースの最新アルバム「私の好きなわらべうた」では、日本各地で消えつつあるわらべうたの名曲を発掘、独自のアレンジを試みて、「ミュージックマガジン」誌の「ニッポンの新しいローカル・ミュージック」に選出されるなど注目された。
みちのおくの芸術祭「山形ビエンナーレ」での絵本作家荒井良二とのコラボ、金沢21世紀美術館企画「AIR21:カナザワ・フリンジ」でのソケリッサとの共演など、演奏の場もライブハウスを超えて広がりつつある。
活動はCM音楽制作(ドコモ、無印良品など多数)やナレーション、書評、エッセイやルポなど多岐にわたり、著書に「評伝 川島芳子」(文春新書)、「原発労働者」(講談社現代新書)、戦前のサイパンに暮らした人々に取材した「南洋と私」(リトルモア)。8月に集英社より「あのころのパラオをさがして」を発売予定。平凡社ウェブにて「山姥のいるところ」、本の雑誌ウェブで「私の好きなわらべうた」を連載中。その他資生堂の広報誌「花椿」、高知新聞、北海道新聞でも連載を持つ。6月21日最新アルバム「たよりないもののために」と伊賀航、あだち麗三郎と結成したバンド「冬にわかれて」の7インチを同時発売。
https://www.sahoterao.com/


■マヒトゥ・ザ・ピーポー
2009年 バンドGEZANを大阪にて結成。作詞作曲をおこないボーカルとして音楽活動開始。
2011年沈黙の次に美しい日々をリリース。HEADSの佐々木敦の年間ベスト10のデイスクに選出され、全国流通前にして「ele-king」誌などをはじめ各所でソロアーティストとしてインタビューが掲載されるなど注目が集まる。
2014年、kitiより2ndアルバムPOPCOCOON発売。
2014年には青葉市子とのユニットNUUAMMを結成し、アルバムを発売する。
2015年にはpeepowという別名義でラップアルバム Delete CIPYをK-BOMBらと共に制
作、BLACK SMOKER recordsにてリリース。
2016年には今泉力弥監督の映画の劇伴やCMの音楽などを手がける。
また音楽以外の分野では中国の写真家REN HANGのモデルや国内外のアーティストを自
身の主催レーベル、十三月の甲虫でリリース、
野外フェスである全感覚祭を主催したり、近年は仲間とweb magazine PYOUTHを始
動。ボーダーをまたいだ自由なスタンスで活動している。
2017年 6/28にNUUAMMの2nd album「w/ave」を十三月の甲虫より発売。
https://mahitothepeople.com/


■前野健太
シンガーソングライター。俳優。
1979年埼玉県生まれ。
2007年、自ら立ち上げたレーベル"romance records"より『ロマンスカー』をリリースしデビュー。
2009年、全パートをひとりで演奏、多重録音したアルバム『さみしいだけ』をリリース。2009年元日に東京・吉祥寺の街中で74分1シーン1カットでゲリラ撮影された、ライブドキュメント映画『ライブテープ』(松江哲明監督)に主演。同作は、第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」で作品賞を受賞。
2010年、『新・人間万葉歌~阿久悠作詞』へ参加。桂銀淑(ケイ・ウンスク)「花のように鳥のように」のカバー音源を発表。
2011年、サードアルバム『ファックミー』をリリース。映画『トーキョードリフター』(松江哲明監督)に主演。同年、第14回みうらじゅん賞受賞。
2013年、ジム・オルークをプロデューサーに迎え『オレらは肉の歩く朝』、『ハッピーランチ』2枚のアルバムを発表。
2014年、ライブアルバム『LIVE with SOAPLANDERS 2013-2014』をリリース。文芸誌『すばる』にてエッセイの連載を開始。
2015年、雑誌『Number Do』に初の小説を発表。CDブック『今の時代がいちばんいいよ』をリリース。
2016年、『変態だ』(みうらじゅん原作/安齋肇監督)で初の劇映画主演。ラジオのレギュラー番組『前野健太のラジオ100年後』をスタート。
2017年、『コドモ発射プロジェクト「なむはむだはむ」』(共演:岩井秀人、森山未來)で初の舞台出演。初の単行本となる『百年後』を出版。
https://maenokenta.com/

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