「MARK」と一致するもの

Zodiak - ele-king

Favorite 2017

DJ Paypal × Makoto Taniguchi - ele-king

 8月19日から開催されるアートと音楽の新たな国際フェスティヴァル「インフラ INFRA 2017 」。食品まつりや竹村延和らが参加するそのフェスのメイン・イベント(8月23日)に、〈LuckyMe〉や〈Brainfeeder〉からのリリースで知られるジューク/フットワークの奇才、DJペイパルが出演する。タッグを組むのは映像アーティストの谷口真人。当日は両者がこのフェスのために制作したサウンド・パフォーマンス作品「リアニメーション」が発表され、またふたりによるトーク・セッションも予定されている。一夜限りのスペシャルなセットをぜひ。

https://www.infra-festival.com/ja/event/dj-paypal-x-makoto-taniguchi/

インフラ INFRA 2017 プレゼンツ
コンサート
at 山本現代
「リアニメーション」 by DJペイパル × 谷口真人
トーク
「アニマ」 by DJペイパル、谷口真人

「インフラ INFRA 2017」音楽とアートの国際フェスティバル関連プログラムでは、アーティスト、谷口真人によるアニメーションとDJペイパルによる、サウンド・アニメ・パフォーマンス、「リアニメーション」を開催します。
シカゴ発祥の音楽ジューク/フットワークを元に、ディスコ・ミュージックやJポップなどのポップ・ミュージックをサンプリングした独自のスタイルで、クラブ・シーンや実験電子音楽シーンから世界的評価を集めているミュージシャン、DJペイパル。そして、アニメーションというメディウムを元に画像、ナラティブの関係性を探るアーティスト、谷口真人。
本フェスティバルのために発表されるサウンド・パフォーマンス作品「リアニメーション」ではDJペイパルによるアッパーかつポップな音響の中で、谷口の作るアノニマスな雰囲気の漂うキャラクター「SOI」のアニメーションが巨大スクリーンに投影されます。谷口とペイパルがともに作り上げたストーリーのもと、主人公「SOI」がイメージの世界をめくるめく疾走し、アニメーション・キャラクターである自身のアイデンティティをリアニメーション=再生していきます。

また、コンサート後にはアニメーションの語源である「アニマ(霊魂)」を手がかりに、彼らが見てきたアニメーションや聴いてきた音楽のルーツ、そこから得た精神性まで掘り下げたトーク・セッションを行います。

記念すべきアートと音楽の祭典、第1弾「インフラ INFRA 2017」。
様々な情報が交わるインターネット時代以降における、新たな表現の可能性を音楽、パ
フォーマンス、リチュアルなどを横断し観客とともに探求する特別な機会を是非お楽しみください。

2017年8月23日(水)
インフラ INFRA Presents
コンサート「リアニメーション」by DJペイパル × 谷口真人
トーク「アニマ」DJペイパル、谷口真人

18:00 会場オープン
19:00−19:30 コンサート DJペイパル × 谷口真人「リアニメーション」
20:00−21:00 トーク DJペイパル、谷口真人「アニマ」

[チケット予約] 全席自由 一般2,000円
https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/01a5d9yzw84v.html#detail

会場: 山本現代
〒140-0002 東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex 3F
Tel: 03-6433-2988
Email: i@yamamotogendai.org
https://www.yamamotogendai.org

[アクセス]
電車をご利用の場合:
京急本線「新馬場駅」北口から徒歩7分
東京臨海高速鉄道りんかい線「天王洲アイル駅」B出口から徒歩8分
東京モノレール「天王洲アイル駅」南口から徒歩10分
JR「品川駅」港南口から徒歩20分

バスをご利用の場合:
品川駅港南口から品91,93,98(都営バス)で「天王洲橋」下車 徒歩3分
目黒駅から品93(都営バス)で「天王洲橋」下車 徒歩3分
新宿駅西口から品97(都営バス)で「北品川二丁目」下車 徒歩3分
渋谷駅から渋41(東急バス)で「新馬場駅」下車 徒歩8分

お車をご利用の場合:
渋谷方面より山手通を品川埠頭方面へ新東海橋信号を右折海岸通沿い右手
(品川駅港南口からタクシーでワンメーター)

[PROFILE]
■DJペイパル

シカゴ発祥の音楽ジューク/フットワークのジャンルにおいて最も注目すべきアーティストである。つかまえどころのないプロデューサーとして、ペイパルはこれまでにシカゴのTeklifeCrew、自身のMall Musicコレクティブ、グラスゴーのアングラリーダー〈LuckyMe〉やFlying Lotusの〈Brainfeeder〉などに属す中、オンライン・フットワーク・フォーラムやSoulseekでのデータ発掘を通し、国際的にいくつものトラックを共有してきた。フットワークを新しい方向へとまわし、ジャンルの目立たない遊び心にフォーカスをあてる。

■谷口真人
映像、ミクストメディア・オブジェクト、絵、インタラクティブ・インスタレーションなど複数の表現形態で現代の人間の存在感を探究する。主な個展に、2015「you」(AISHONANZUKA、香港)、2014「Untitled」(NANZUKA、東京)、2012「あのこのいる場所をさがして(2005)」(SUNDAY、東京)、2011「アニメ」(SUNDAY ISSUE、東京)、主なグループ展に、2014「美少女の美術史」(青森県立美術館 / 静岡県立美術館 / 島根県立石見美術館 (巡回))、2011-2012「Daughters of the Lonesome Isle Marlene MARINO / Makoto TANIGUCHI」(SPROUT Curation、東京)、2009「neoneo 展part1 [男子]」(高橋コレクション日比谷、東京)など。

企画:インフラ INFRA
共催:山本現代
協力:パークホテル東京、パイオニア
助成:アーツカウンシル東京

Mark Templeton - ele-king

 カナダのサウンド・アーティスト、マーク・テンプルトンのソロ新作がリリースされた。彼は、コンテンポラリーダンス、映画、オーディオヴィジュアルなどの分野からも楽曲の委嘱を受けるなど幅広い活動を展開しているアーティストである。

 〈アンティサペイテト・レコーディングス(Anticipate Recordings)〉からリリースされたファースト・アルバム『スタンディング・オン・ア・ハミングバード』(2007)や、セカンド・アルバム『アイランド』(2009)などはポスト・フェネス的なセンチメンタル/ロマンティックなグリッチ・エレクトロニカといった印象があったものだが(ミッド/レイト・ゼロ年代ならではのエレクトロニカ/アンビエントの記憶……)、現在の作風はアナログ・テープによるテープ・ループをメインにした作風へと変貌を遂げている。その変化は、2011年に〈モール・オックス・ヴァーシュ〉のライヴ録音シリーズの一作としてリリースされた『モール・オックス・ヴァーシュ』をはさみ、2013年に〈アンダー・ザ・スパイア〉からリリースされた『ジェラス・ハート』あたりから表面化してきた。『ジェラス・ハート』からヴァイナル(とデータ)・リリースになったことも大きな変化として挙げられるだろう。まるで、デジタル・グリッチのセンチメンタリズムからアナログと記憶と電子音の領域を溶かすようにノスタルジックでロマンティックな音楽性/音響作品へと変貌したのである。人生の、記憶の、結晶のような音楽/音響。いわば映像的ノスタルジアな電子音楽/エレクトロニカ・アンビエント。

 『ジェラス・ハート』リリース以降は、2014年に、ジュゼッペ・イエラシの〈セヌフォ・エディションズ〉からのリリースでも知られるニコラ・ラッティとのコラボレーション・アルバム『リゾフォニック』を〈13〉から発表し、2015年に、自身が主宰するレーベル〈グラフィカル・レコーディングス〉から映像作家カイル・アームストロングとのコラボレーション作品『エクステンションズ』をリリースするなど、コンスタントに作品を送り出してはきたもののソロ作品は2013年以来、4年ぶりのこと。リリースは『エクステンションズ』同様に〈グラフィカル・レコーディングス〉からで、本作の映像作品もカイル・アームストロングによって制作されている。ちなみに新作『ジェントル・ハート』は、2011年のカセット作品『スコッチ・ハート』、2013年の『ジェラス・ハート』に続く「ハート・トリロジー」の3作めである。全11曲が収録されており、全曲が記憶を遡行するような物語のようなムードで展開している。
 
 1曲め“バーにング・ブラッシュ”から記憶の糸を手繰り寄せるようなテープ・ループの音響で幕を開ける。ノスタルジックな音楽の欠片の反復。古い映画の1シーンの音響のような質感。それらが重なり、滲み、記憶の中に染み入る。続く2曲め“レンジ・ロード”では、ループされつつも微妙にズレているビートを導入しており、コーネリアスの新譜との親近性を感じもする。3曲め“ポンド”は、壊れたテープ・マシンで再生した『エンドレス・サマー』といった感覚もある。以降、アルバムは記憶と音楽の層を溶かすかのように、もしくは記憶の色彩を音楽/音楽によってゆったりと滲ませていくように音楽は展開するだろう。その音響のゆらめきは穏やかな波のようであり、まるで16㎜フィルムに定着された海の映像のようでもある。その音の波は、やがて10曲め“ジェントル・ストーリー・パート1”と11曲め“ジェントル・ストーリー・パート2”にゆるやかに収斂していくだろう。

 本作のように霞んだテープ・ループを用いたアンビエントは、エレクトロニカ以降の新しい潮流でもある。イアン・ウィリアム・クレイグ、マーク・バロンなど何人かの音響作家が、即座に思い浮かぶ。作風はやや違うがヴァレリオ・トリコリなどもアナログのテープ・マシンを用いた録音・パフォーマンスでも知られている。デジタル以降の現代のレコーディング技術とアナログ・テープマシンのループよって生まれる霧のような音色の反復と持続と逸脱。本作もまた、そのような音響作品ならではの「穏やかな波」がゆったりと、しかし独自の音楽的方法論で生成し反復している。カイル・アームストロングによる本作のヴィデオを観れば、その「メロウ・ウェイブ」(!)感もより伝わると思う。

 そう、本作こそまさにフェネス以降=「00年代のデジタル・グリッチ以降のアンビエント/エレクトロニカ」のひとつの「進化」のカタチでもあり、ひとつの「成熟」のカタチなのだ。何かと騒がしい2010年代後半の「世界」にあって、まるでループホールのように、慎ましく存在している……、そんな貴重な作品である。

REFUGEE MARKET / WISDOM - ele-king

 かねてから「ミュージシャンズミュージシャン」的に玄人受けしてきたラッパー、仙人掌の待望のソロ・アルバム『VOICE』(https://www.ele-king.net/review/album/005576/)のリリースを経て、そのレーベル〈WDsounds〉と仙人掌の所属するクルー、 DOWN NORTH CAMPおよびDOGEAR RECORDSは、この数ヶ月合同で「BACK 2 MAC TOUR」なる全国ツアーをやってきたそうだが、8月5日恵比寿リキッドルームにて、ついにそのファイナル・ショウが開催される。
 17時会場の18時開演。以下の詳細を見ていただければわかるように、こんなに格好いいヤツらが揃うなんて滅多にないです。絶対に行こう。


LONDON ELEKTRICITY & MAKOTO - ele-king

 あなたがジャジーでソウルフルなドラム&ベースをうんと浴びたいと思っているなら、このイベントがおあつらえ向きでしょう。
 今年で創立21周年を迎えるUKのドラム&ベース・レーベル〈ホスピタル・レコード〉。そのボスであるトニー・コールマンのソロ・プロジェクトとして知られるロンドン・エレクトロシティが、7月21日に代官山ユニットで開催される「HOSPITAL NIGHT」に出演する。
 昨年20周年を迎えた「Drum & Bass Sessions(DBS)」が開催する今回のパーティでは、ロンドン・エレクトロシティがレーベル21周年を祝す「21 years of Hospital set」を披露するそう。
 さらに日本勢からは今年〈ホスピタル・レコード〉と契約し、9月にアルバムをリリース予定のマコトが出演する。競演はダニー・ウィーラーや、テツジ・タナカ、MC CARDZ、などなど。

UNIT 13th ANNIVERSARY
DBS presents "HOSPITAL NIGHT"

日時:2017.07.21 (FRI) open/start 23:30
会場:代官山UNIT
出演:
LONDON ELEKTRICITY (Hospital Records, UK)
MAKOTO (Hospital Records, Human Elements, JAPAN)
DANNY WHEELER (W10 Records, UK)
TETSUJI TANAKA (Localize!!, JAPAN)
host: MC CARDZ (Localize!!, JAPAN)

Vj/Laser: SO IN THE HOUSE
Painting: The Spilt Ink.

料金:adv.3,000yen door 3,500yen

UNIT >>> 03-5459-8630
www.unit-tokyo.com
Ticket 発売中
PIA (0570-02-9999/P-code: 333-696)
LAWSON (L-code: 74079)、
e+ (UNIT携帯サイトから購入できます)
clubberia: https://www.clubberia.com/ja/events/268846-HOSPITAL-NIGHT/
RA: https://jp.residentadvisor.net/event.aspx?974718


(出演者情報)


★LONDON ELEKTRICITY (Hospital Records, UK)
"Fast Soul Music"を標榜するドラム&ベースのトップ・レーベル、Hospitalを率いるLONDON ELEKTRICITYことTONY COLMAN。音楽一家に生まれ、7才からピアノ、作曲を開始した。大学でスタジオのテクニックを学んだ後、'86年にアシッド・ジャズの先鋭グループIZITで活動、3枚のアルバムを残す。'96年に盟友CHRIS GOSSと共にHospitalを発足し、LONDON ELEKTRICITYは生楽器を導入したD&Bを先駆ける。'98年の1st.アルバム『PULL THE PLUG』はジャズ/ファンクのエッセンスが際立つ豊かな音楽性を示し、'03年には2nd.アルバム『BILLION DOLLAR GRAVY』を発表、同アルバムの楽曲をフルバンドで再現する初のライヴを成功させる。’05年の3rd.アルバム『POWER BALLADS』はライヴ感を最大限に発揮し多方面から絶賛を浴びる。’08年には4th.アルバム『SYNCOPATED CITY』で斬新な都市交響楽を奏でる。そしてロングセラーを記録した’11年の名盤『YIKES !』を経て’15年に通算6作目のスタジオ・アルバム『Are We There Yet?』をリリース、多彩なヴォーカル陣をフィーチャーし、ピアノ、ストリングスといった生音を最大限に活かしたソウルフルな楽曲の数々で最高級のクオリティを見せつける。'16年にはTHE LONDON ELEKTRICITY BIG BANDを編成し、ビッグ・ブラスバンド・スタイルでのライヴを敢行する。
https://www.hospitalrecords.com/
https://www.londonelektricity.com/
https://www.facebook.com/londonelektricity
https://twitter.com/londonelek


★MAKOTO (Hospital Records, Human Elements, HE:Digital, JAPAN)
DRUM & BASSのミュージカル・サイドを代表するレーベル、LTJ BUKEMのGood Looking Recordsの専属アーティストとして98年にデビュー以来、ソウル、ジャズ感覚溢れる感動的な楽曲を次々に生み出し、アルバム『HUMAN ELEMENTS』(03年)、『BELIEVE IN MY SOUL』(07年)、そしてDJ MARKYのInnerground, FABIOのCreative Source, DJ ZINCのBingo等から数々の楽曲を発表。DJとしては『PROGRESSION SESSIONS 9 – LIVE IN JAPAN 2003』, 『DJ MARKY & FRIENDS PRESENTS MAKOTO』の各MIX CDを発表し、世界30カ国、100都市以上を周り、数千、数万のクラウドを歓喜させ、その実⼒を余すところなく証明し続けてきた、日本を代表するインターナショナルなトップDJ/プロデューサーである。その後、自らのレーベル、Human Elementsに活動の基盤を移し、11年にアルバム『SOULED OUT』を発表、フルバンドでのライヴを収録した『LIVE @ MOTION BLUE YOKOHAMA』を経て13年に"Souled Out"3部作の完結となる『SOULED OUT REMIXED』をリリース。15年にはUKの熟練プロデューサー、A SIDESとのコラボレーション・アルバム『AQUARIAN DREAMS』をEastern Elementsよりリリース。17年、DRUM & BASSのNo.1レーベル、Hospitalと契約を交わし、コンピレーション"We Are 21"に"Speed Of Life"を提供、同レーベルのパーティー"Hospitality"を初め、UK/ヨーロッパ・ツアーで大成功を収める。そして今年9月、待望のニューアルバム『SALVATION』が遂にリリースされる!
https://www.twitter.com/Makoto_MusicJP
https://www.twitter.com/Makoto_Music
https://www.facebook.com/makoto.humanelement
https://www.soundcloud.com/makoto-humanelements
https://www.humanelements.jp

Mark McGuire - ele-king

 マーク・マグワイヤのシンセサイズ・トラック・メイキングの感覚は、マニュエル・ゲッチングでもタンジェリン・ドリームでもなく、クラウス・シュルツェだったのではないか。2015年にリリースされた前作『ビヨンド・ビリーフ』から薄々と感じていたことが、この1年半ぶりの新作『ヴィジョン・アポン・パーパス』で、より明確になったように思われる。
 マーク・マグワイヤをクラウス・シュルツェ的なシンセスト(ギタリストではなく)とすると、エメラルズ解散以降の彼のソロ・アーティストとしての輪郭線がより明瞭に見えてくるのではないか。
 そもそも、ジョン・エリオットやスティーブとスティーブ・ハウシルトがタンジェリン・ドリーム的感覚のシンセストであり、その彼らがマーク・マグワイヤのギターを中心としてバンドを組んだとき、そのモデルケースとしてマニュエル・ゲッチング的な楽曲構造を導入したのが、エメラルズだったといえるわけであり、われわれリスナーは、そのせいか彼にギタリストとしてマニュエル・ゲッチングからの影響関係を見ようとしすぎていたのかもしれない。

 じっさい、マーク・マグワイヤのサウンドの感覚は、クラウス・シュルツェ的なドラマチックな要素が強い。その意味で彼はミニマリストではないのだ。じじつ本作『ヴィジョン・アポン・パーパス』のアルバム冒頭に置かれた“ヴィジョン・アポン・パーパス”の壮大なシンセサイズを聴けば、今、語ったことが証明されるし、エメラルズ解散以降、〈エディションズ・メゴ〉以降のソロ・アルバムを思い出してみると、マニュエル・ゲッチング的なミニマリズム、アンビエント感覚というよりは、よりドラマチックで、インナースペースにトリップするようなサイケデリックなシンセ・ミュージック感覚が横溢していたではないか。
 その彼の音楽的本質が(ようやく?)露わになったのが前作『ビヨンド・ビリーフ』であり、その「成果」がより音楽的に洗練されてきたのが本作『ヴィジョン・アポン・パーパス』だといえるだろう。じっさい本作の彼の音楽はとても自信と力に満ちており迷いがない。

 本作は、「世界中のネイティブ・アメリカンの部族、ヒーラー、メディスン・ワーカーたちと一緒に仕事をする機会」があり、「その経験が本作のヴィジョンのひらめきとなり、各トラックのエーテルの中にも含まれている」とアナウンスされているが、確かに、自身のルーツとトラディショナルな感覚をドイツ的なシンセ・ミュージックと一体化させていく試みは間違いなく成功している。
 同時にギタリストとしても、よりトラディショナルな音楽性を展開している点も聴き逃せない。特に日本盤のボーナス・トラックとして収録された「ウォーリアーズ・オブ・ザ・レインボウEP」収録の“ザ・ファイアー・キーパー(フォー・トマス・ジョンソン・アンド・ジョー・プラム)”ではまるでブルース・ギタリストのような生々しくもオーガニックなギタープレイを披露しており、彼のギタリストとしての真の魅力を満喫することができる。
 本年2017年に〈ヴァン・デュ・セレクト・クウォリティテ〉からリリースされた『アイデアズ・オブ・ビギニング』の系譜にも繋がるギター楽曲といえよう。ちなみにこのアルバムは彼のアンビエント感覚の源泉ともいえる楽曲を収録しているように思える。確かにシンセ・サウンドよりも、こういったギター音楽の方に、彼の本質が表出されやすい。

 いずれにせよ、本作『ヴィジョン・アポン・パーパス』は、ここ最近のマーク・マグワイヤが自身のルーツと個性を再発見したかのような生き生きとした音楽性を披露している秀作であることに間違いはない。マーク・マグワイヤは、エメラルズ以降、第二の黄金期に差し掛かりつつあるのかもしれない……。

UNDERGROUND RESISTANCE - ele-king

 デトロイト・テクノ/エレクトロ・ファンクの牙城、UNDERGROUND RESISTANCE/Submerge関連の久しぶりの新作ヴァイナルがまずは3枚リリースされることが明らかになった。
 先に発表されたのは、今週末の来日が楽しみなMark Flash(G2G、Timelineのメンバー)による「Audiofluid Ep」(UR-093)だが、つい先日Vintage Futureよる「Dookie Machine」(UR-088)とサブマージ傘下の新レーベル〈Yaxteq〉からはNomadico(DJ DEX)による「Gentefication EP」の2枚も日本に入荷するとの情報が神戸のUnderground Galleryのサイトで明らかになった……Timelineの新作は、デトロイト内で売り切れてしまったとのことだが……。
 デトロイト・テクノとはファンクであること。アンダーグラウンドから届けられたパワフルなダンス・ミュージック、ヴァイナル1枚1枚に込められたヤツらのソウルを聴き逃すな!
 

Burial - ele-king

 昨年11月末、リリース前のシングル「Young Death / Nightmarket」が予定よりも早く発売されてしまうというアクシデントに見舞われたブリアル。先月のレコード・ストア・デイではゴールディの限定シングルにリミックスで参加するなど、ジャングル・リヴァイヴァルとも同調する動きを見せていた彼が、また唐突に新たなトラックを発表した。5月19日にBandcampにて先行リリースされた「Subtemple」は、タイトル曲“Subtemple”と“Beachfires”の2曲入りで、10インチ・ヴァージョンが5月26日に発売される。レーベルは〈ハイパーダブ〉。どちらのトラックもビートレスで、ブリアル流ダーク・アンビエントが展開されている。ううむ、はたして彼はいま何を考えているのだろうか……



https://burial.bandcamp.com/album/subtemple

interview with Carl Craig - ele-king


Carl Craig - Versus
InFiné/Planet E/ビート

Techno not TechnoOrchestral

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 かつてカール・クレイグは指揮者だった。
 彼は1999年の『ele-king』(vol.27)に興味深い発言を残している。「自分自身のことをミュージシャンである以上に作曲家とか指揮者だと思うことは?」というジョン・レイトの質問に対し、カール・クレイグは「それは思うね!」と即答している。「プロデューサーとしてであれ、指揮者としてであれ、作曲家としてであれ、僕たちがやってるのはすべてのものを構築するということ、つまりすべてのバランスをとることなんだよ」。これはインナーゾーン・オーケストラ(という名の仮想のオーケストラ)のアルバムがリリースされたときに組まれた、4ヒーローのディーゴとの対談記事における発言で、いまから18年前のものだ。カール・クレイグはかつて「すべてのものを構築する」ということに、そして「すべてのバランスをとる」ということに意識を向けていたのである。

『Versus』はオーケストラ vs エレクトロニックだ。エレクトロニック、テクノのアーティストである自分とオーケストラの対決だ。しかし、最終的には対決というよりも、コラボレイションになったかな。 (オフィシャル・インタヴューより)

 このたびリリースされたカール・クレイグの新作『Versus』は、本物のオーケストラとのコラボレイションである。そのリリースにあたって録られたオフィシャル・インタヴューでも彼は、それまでの自身の制作スタイルと今回のオーケストラとの共同作業とを対比するために、自らを指揮者になぞらえている。

ひとりでコンピュータを使って音楽をつくるときには、自分が指揮者で。自分の感情をシーケンサーに入れて録音すればいい。 (オフィシャル・インタヴューより)

 かつて彼は指揮者だった。では、実際にオーケストラとコラボレイトするにあたって彼は、どういうポジションに立つことになったのだろうか? 今回も彼は「すべてのものを構築すること」「すべてのバランスをとること」にその意識を向けていたのだろうか?
 以下に掲げる『ele-king』のエクスクルーシヴ・インタヴューにおいてカール・クレイグは、これまで実際にオーケストラの一員になることがどういうことなのかわかっていなかった、と語っている。オーケストラが実際に演奏する際に、自らは歯車の歯のひとつでしかないということ、自身が作曲家であるからといって特別な地位を占めるわけではないということ、演奏全体をコントロールするのは指揮者であって自分ではないということ、そういったことを『Versus』をプレイする過程で学んだのだという。
 カール・クレイグとオーケストラ、と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、今回の新作にもひっそり参加しているモーリッツ・フォン・オズワルドとの共同名義で発表された、2008年の名作『ReComposed』だろう。あのアルバムで素材として取り上げられていたのは、ラヴェルの『ボレロ』と『スペイン狂詩曲』、それにラヴェルが編曲したムソルグスキーの『展覧会の絵』という、まさに「超」のつく有名曲ばかりだったわけだが、『ReComposed』の核心はそれらの楽曲の知名度にあるわけではなかった。あのアルバムでもっとも重要だったのは、その素材としてカラヤンの指揮するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音源が使用されていた点である。カラヤンといえば、音と音とを滑らかに繋いでいくレガート奏法で有名な指揮者だけれど、そんな彼の流れるように麗しい録音物をミニマル(クラブ・ミュージック的な意味でのそれ)の文脈に落とし込んで、ぶつぶつ切断しては繋ぎ直し、再構築してみせたことこそが『ReComposed』の真髄であった。そもそも流麗さが売りのカラヤンが、ミニマル(現代音楽的な意味でのそれ)の祖とも言われる『ボレロ』を振ること自体、ラヴェルに対する挑発的行為でもあったわけだが、そのカラヤンの虚飾を解体してみせたのがカール・クレイグとモーリッツ・フォン・オズワルドのコンビだったのである。素材にカラヤンの音源が選ばれたのがふたりの意図によるものだったのか〈ドイツ・グラモフォン〉側からの指定だったのかはわからないけれど、いずれにせよ『ReComposed』はカラヤンに対する優れた批評であると同時に、そこからラヴェルまで遡及して「ミニマル(両方の意味でのそれ)とは何か」ということを考えるためのひとつの問題提起でもあった。
 そんなふうにオーケストラの過去の録音物との格闘を試みたのと同じ2008年に、カール・クレイグは生のオーケストラとの共演にも挑戦している。2008年にパリでおこなわれたレ・シエクルとのコンサートがそれで(その様子はYouTubeにフルでアップされている)、そのときの試みをアルバムという形にまで昇華したのが今回の新作『Versus』である。
 ジェフ・ミルズのときと同じように、今回カール・クレイグがオーケストラとコラボレイトしたことに驚いているリスナーもいるだろう。カール・クレイグの音楽はテクノに分類されるのが慣例なので当然と言えば当然ではあるが、しかしこれまたジェフ・ミルズと同様、カール・クレイグは最近になって急にオーケストラ・サウンドに興味を抱いたわけではない。

若い頃から、ストリングスやオーケストラの音にはポップ・ミュージックを通じて親しんできた。当時からポップやジャズを聴いていたからね。〈モータウン〉やプリンスだったり、ジャズであればランディ・ルイスやマイルス・デイヴィスの『スケッチズ・オブ・スペイン』だったりとか。とにかく、若い頃から聴いてきたたくさんの音楽にオーケストラが使われていた。ウェンディ・カルロスによる『時計じかけのオレンジ』のサントラだったり、『2001年宇宙の旅』のサントラだったり。 (オフィシャル・インタヴューより)

 ここで彼がマイルスの『Sketches of Spain』を挙げていることは示唆に富む。というのも、あのアルバムの主幹をなしていたのは、ギル・エヴァンスによって再解釈されたホアキン・ロドリーゴの『アランフエス協奏曲』だったのだから。ということは、この『Versus』では、編曲を受け持ったフランチェスコ・トリスターノがギル・エヴァンスの役割を担っているのだろうか?

フランチェスコには、クリエイティヴ的な自由をできるかぎり与えたんだ。あまり、「これは、こうじゃない」とか言わないように心がけていたよ。やはり実験的な試みや新しいことをやろうとしたときに、自分の権力をかざして否定してしまうのは制約になってしまうと思うんだ。むしろ、フランチェスコは自分とは違う音楽的な訓練を受けてきているわけだし、彼のアイデアによって自分のアイデアよりもよくなる可能性だってあるわけだから。 (オフィシャル・インタヴューより)

 やはりフランチェスコ・トリスターノの貢献は大きいようである。しかし、ギル・エヴァンスが編曲のみならずオーケストラの指揮まで担当していた『Sketches of Spain』とは異なり、『Versus』で指揮を務めているのはパリ生まれの気鋭の若手、フランソワ=グザヴィエ・ロトだ。

自分の感情を込めたシンセサイザーのソロがあって、それをフランチェスコが解釈してアレンジして、そのアレンジを指揮者が解釈して、ヴァイオリン奏者に伝えるわけだから、間に数人を介してのコミュニケーションになる。 (オフィシャル・インタヴューより)

 フランチェスコ・トリスターノ、フランソワ=グザヴィエ・ロト、彼の指揮するレ・シエクル、それにモーリッツ・フォン・オズワルド(かつて『ReComposed』でカールの相棒を務めた彼は、本作では「スピリチュアル・アドバイザー」なる肩書きを与えられている。「『ReComposed』の楽曲を最初の公演でやったから、彼も当初のラインナップには入っていたんだ。レコーディングの段階では、その曲は入っていなかったけれど、参加してもらうことにしたんだ。彼はスピリチュアルなアドバイザー的な役割をしてくれた。実際に手を動かす技術者というよりはね」とカール・クレイグはオフィシャル・インタヴューで説明している)――この『Versus』にはさまざまな人たちが関わっている。そんなかれらを統べるのは、カール・クレイグではない。彼は指揮者ではないのだ。まさにそれこそが本作の大きな特徴だろう。
 さらに、もうひとつ注目すべき点がある。『Versus』にはカール・クレイグが書き下ろしたいくつかの新曲とともにフランチェスコ・トリスターノの楽曲も収録されているが、しかしアルバムの中核を成しているのは“At Les”や“Desire”、“Domina”といったカール・クレイグの往年の名曲たちなのである。

選曲については、フランチェスコと僕で選んだ。基準はオーケストラでの再現性だった。だから、自分の曲でもオーケストラで再現することが不可能なものもあった、たとえば“Neurotic Behavior”だったりとか。プログラミングでできても、生演奏ではできないことがある。だから、フランチェスコが可能か不可能かのジャッジをしてくれた。 (オフィシャル・インタヴューより)

 再現、とカール・クレイグは言っているけれど、それはもちろんコピーということではない。既存の彼の楽曲を、いかに異なるスタイルへと変換してみせるか。言い換えれば、既存の彼の楽曲をいったん解体した後に、いかにそれを再構築してみせるか。それこそがこのアルバムのもうひとつの主眼と言っていいだろう。『Versus』は「構築」ではなく「再構築」を目指している。だからこそこのアルバムは、ジェフ・ミルズの『Planets』とは異なって、カール・クレイグの既存の曲を中心に構成されているのである。
 ゆえに本作は、「カール・クレイグ」という名義で発表されてはいるものの、いわゆる彼のソロ・アルバムではない。かつてラヴェルがムソルグスキーを管弦楽化したように、かつてカラヤンがラヴェルを骨抜きにしたように、かつてカール・クレイグとモーリッツ・フォン・オズワルドがカラヤンを解体して再構築したように、いまフランチェスコ・トリスターノやフランソワ=グザヴィエ・ロトたちが、カール・クレイグの解体と再構築を試みている。そしてカール・クレイグ本人は、その過程を受け入れるということをこそ自らの大きな任務と見做している。
 そのような再構築への意志があるからこそ彼は、以下のインタヴューで自らのキャリアの開始点がデリック・メイとのユニットだったことを強調しているのだろう。彼はいま「バンドの一員」であることに徹しようとしている。彼は司令官ではなく補佐官であろうと努めている。だからこのアルバムのジャケットに掲げられている彼の名は、クラシックのレコードにおける作曲家の名のようなものなのだろう。カール・クレイグは能動的に対象となった。彼は音楽家として次のステージへと進むために、自らの楽曲を他の人たちに再解釈させることで、自らとその楽曲たちを再構築しようとしているのである。
 かつてカール・クレイグは指揮者だった。いま彼は積極的に、歯車の歯であろうとしている。

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オーケストラの演奏時には、僕は、歯車の歯のひとつでしかないということ。僕が作曲家だということは一切関係なかった。軍の司令官は指揮者であり、僕は軍の補佐官だった。僕も司令官である必要はない。自分をそのような状況に置いたことで、とても謙虚な気持ちになった。

〈プラネットE〉からは最近ニコ・マークス(Niko Marks)のアルバムがリリースされていますね。いま他に注目しているアーティスト、〈プラネットE〉から出したいと考えているアーティストはいますか?

カール・クレイグ(Carl Craig、以下CC):最近は〈プラネットE〉から音楽を徐々にリリースしている。今回、初めてニコ・マークスのアルバムをリリースしたが、ニコの音楽はそれ以前もリリースしたことがある。〈プラネットE〉からは2枚目となるテレンス・パーカー(Terrence Parker)のアルバムも、もうすぐリリースされる。いろいろなアーティストから、良いデモがたくさん届いているから、その他にも、新しい音楽をリリースしたいと考えている。東京のアーティスト、ヒロシ・ワタナベ(Hiroshi Watanabe)もそのひとりだ。彼は素晴らしい音楽を作っている。〈プラネットE〉からリリースされる音楽は、僕のヴィジョンに合ったもので、リスナーにとって力強い音楽的主張があるものでなくてはならない。今年、レーベルは26周年を迎える。レーベルのレガシーをさらに広めていってくれるような作品を発表していきたい。僕が個人的にリリースする音楽は、そういう点に注意していままでやってきた。長年、同じような音楽をリリースするのではなく、可能性の領域を広げながら、リスナーが僕に期待しているような作品や、テクノに期待している音楽を発表していきたいとつねに意識している。

あなたはかつてナオミ・ダニエル(Naomi Daniel)を世に送り出しましたが、近年、彼女の息子であるジェイ・ダニエル(Jay Daniel)が精力的に活動しています。彼や、カイル・ホール(Kyle Hall)といった若い世代の活躍についてはどうお考えですか?

CC:デトロイト出身のアーティストもそうだが、僕は、興味深い活動をしている人たちは、サポートしたいとつねに思っている。10年前、僕とルチアーノ(Luciano)が一緒に活動を始めたとき、僕は彼を支持する第一人者だった。ルチアーノの才能を見出していたから。カイルやジェイも同じで、僕はインタヴューでは毎回彼らについて話すようにしている。彼らは今後の世代だし、素晴らしい音楽活動をしている。〈プラネットE〉を創立した1991年にとどまったまま、当時が最高であり、新しい音楽には良いものが何もない、などとは言っていられない。それは音楽というものにとって、まったく道理をなさない考えだ。音楽は成長する。若い世代による音楽の解釈や音楽スタイルの解釈は、つねに称賛されるべきだ。僕と同じような考えを持っていたのがマーカス・ベルグレイヴ(Marcus Belgrave)で、僕は彼をつねに意識してきた。マーカス・ベルグレイヴは、つねに若い世代のアーティストを世に送り出そうとしていた。若い世代を強く支持していた。彼がいたからこそ、次の世代のアーティストたちが才能を認められ、称賛された。マーカス・ベルグレイヴが指導していたのがアンプ・フィドラー(Amp Fiddler)で、アンプ・フィドラーはジェイ・ディラ(J Dilla)を指導していた。繋がりが見えてきただろう? このように、僕も、ジェイ・ダニエルや若い世代の奴らを指導できるような環境を整えるのは非常に重要なことだと思っている。僕と若い世代との間に20年以上の歳の差があったとしても、才能が感じられるのであれば、僕はその才能を支持したい。

今回のアルバムはオーケストラとのコラボレイションです。2008年にパリでおこなったレ・シエクル(Les Siècles)とのコンサートが本作の発端となっているそうですが、指揮者のフランソワ=グザヴィエ・ロト(François-Xavier Roth)や、彼が創始したオーケストラのレ・シエクルとは、どのような経緯で一緒にやることになったのでしょうか? 他の指揮者やオーケストラとやるという選択肢もあったのでしょうか?

CC:『Versus』プロジェクトのパートナーになってくれたのは、〈アンフィネ〉を運営する、アレックス・カザックで、フランソワと僕を繋げてくれたのは彼だ。最初、彼は、僕にフランチェスコ(・トリスターノ、Francesco Tristano)を紹介してくれた。そしてフランソワをプロジェクトに招待した。フランチェスコが音楽のアレンジを担当した。このプロジェクトはアレックスのヴィジョンによって始動したといっても過言ではない。フランソワはフランス人だし、僕はそれ以前にフランソワとは面識がなかった。僕の持っている、アメリカでのコネクションを超越したコネクションが必要だった。それを実現してくれたのがアレックスだった。

今回『Versus』で試みたのは、自分なりのサウンドトラックを作り上げるということだった。『Versus』はテクノ・アルバムではない。僕の作品をオーケストラ音楽にしたアルバムだ。

この新作にはさまざまな人が関与していますが、かれらとの作業やコミュニケーションはどのような体験でしたか? 苦労したことや新たに発見したことがあれば教えてください。

CC:今回は僕にとって新しい発見の連続だった。今回のような状況での作品制作はいままでおこなったことがなかったから。自分の曲が、再解釈・再編成され、オーケストラによって演奏された。過去にオーケストラの演奏を聴いたときも、オーケストラ音楽がどのような仕組みで演奏をし、オーケストラの一員になるということがどういうことなのか、あまり理解していなかった。2008年後半から2009年にかけて『Versus』の演奏をしたときに学んだのは、オーケストラの演奏時には、僕は、歯車の歯のひとつでしかないということ。僕が作曲家だということは一切関係なかった。軍の司令官は指揮者であり、僕は軍の補佐官だった。僕も司令官である必要はない。自分をそのような状況に置いたことで、とても謙虚な気持ちになった。学びのある経験だった。自分をそのような状況に置いたのは、プロジェクトの最終的な目標が、僕にとってのさらなる一歩となるとわかっていたから。インナーゾーン・オーケストラ(Innerzone Orchestra)をやったときや、ジャズのレジェンドたちと一緒にデトロイト・エクスペリメント(The Detroit Experiment)をやったとき、また〈トライブ〉とプロジェクトをやったときとも同じで、新しい一歩を踏み出すというのが目標だった。今回は、このプロジェクトを通して、オーケストラのなかでの自分の価値や位置付けを理解しようとした。今回のプロジェクトではたくさんの悟りを得ることができた。本当に素晴らしい経験だった。

〈アンフィネ〉はパリのレーベルです。指揮者のフランソワ=グザヴィエ・ロトもフランス人です。他方、フランチェスコ・トリスターノはルクセンブルク出身で、モーリッツ・フォン・オズワルド(Moritz von Oswald)はドイツ人です。そしてあなたはデトロイト出身です。あらかじめ意図したことではないと思うのですが、結果的にこのアルバムがそのような国際性を持つに至ったことについてどう思いますか?

CC:最高だよ! 僕がギグをやるとき、たとえば今夜はドバイに行ってプレイするが、そこにいるのはアラブ人だけではない。イギリス人、フランス人、アメリカ人など外国人居住者も集ってくる。アルバムは、僕のギグや、長年、僕と僕の音楽を支えてくれた人たちを反映している。また、この世界をも反映している。世界は、一種類の人間から成り立っているのではない。世界は、多文化で他民族だ。アルバムがそれを表している。

ジェフ・ミルズ(Jeff Mills)がオーケストラと作った新作『Planets』はお聴きになりましたか?

CC:まだ、聴いていない。もうリリースされているのか?

通訳:はい。日本では2月にリリースされました。

彼も10年ほど前からオーケストラに関心を持ち始め、コラボレイションを続け、今回あなたとほぼ同じタイミングでその成果を発表することになりましたが、そういう同時代性についてはどう思いますか? あなたの今回のアイデアとの類似性や親近感などはありますか?

CC:オーケストラに関して言えば、ジェフは僕より先に、壮大なプロジェクトを成し遂げている。ジェフは僕たちのために道を切り拓いてきた。オーケストラに対するジェフの概念や、オーケストラとのジェフの作品は、僕のそれとは少し違う。ジェフはオーケストラと音楽を作るときも、自分の音楽を作っていて、作曲家は自分である、ということを大切にしている。『Versus』プロジェクトを完成させるにあたり、僕が最終目標としていたのは、作品がバンドのように、まとまりのあるものになるということだった。「カール・クレイグ+オーケストラ」ではなく、ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)やバーケイズ(The Bar-Kays)のアルバムを聴くのと同じ感じで『Versus』を聴いてもらいたかった。ジェフと僕の思想は似ているかもしれないが、違いもある。ジェフは、僕とは違うタイプのアーティストだ。ジェフはデトロイトで大活躍するDJとしてキャリアを進めてきた。彼はつねにソロのアーティストとして活動してきた。一方、僕は、バンドの一員としてキャリアをスタートさせた。デリック・メイ(Derrick May)とリズム・イズ・リズム(Rhythim Is Rhythim)というバンドをやり、その後にソロ・アーティストになった。だから、僕の道のりはジェフのそれとは少し違う。もちろん、ジェフがオーケストラ音楽に傾倒し始めたとき、それは僕にとって大きなインスピレイションになったが、ジェフが80年代にDJとして活躍していた頃から、ジェフには大きなインスピレイションを受けていた。彼は驚異的なDJだった。

フランチェスコ・トリスターノが昨年リリースしたアルバム『Surface Tension』には、デリック・メイが参加していました。そして最近はジェフ・ミルズがオーケストラとの共作を発表しました。いま、デトロイトの巨匠たちが一斉にクラシック音楽に関心を向けています。もちろんみなさんは、ジャズや〈モータウン〉の音楽や、あるいはSF映画などを通して、若い頃からずっとオーケストラ・サウンドには触れてきていたとは思うのですが、なぜ2010年代後半というこの時代に、ほぼ同じタイミングで、3人の関心がそこへ向かっているのでしょう?

CC:先ほども言ったが、ジェフがオーケストラに興味を持ち始めたのは、僕より少し前だ。僕がオーケストラに興味を持ち、『Versus』プロジェクトを始めたのはジェフの1年、2年後だ。(ジェフの)『Blue Potential』はたしか2006年にリリースされ、『Versus』(のプロジェクト)は2008年に発表した。デリックが作品を最終的に発表したのは2015年だったと思う。だからその間にはかなりの時間が流れている。だが、1989年、1990年頃、僕がデリックのグループの一員だったときから、僕たちはサウンドトラックをやりたいという話をいつもしていた。僕たちの周りの人たちがサウンドトラックをやる話をするずっと前から、僕たちはサウンドトラックをやろうという話をしていた。ヴァンゲリス(Vangelis)のような音楽を作りたいと話していた。僕はクラシック音楽という呼び方が好きではない。変なものを連想する奴らがいるからな。交響曲音楽かオーケストラ音楽という呼び方をしている。その方が僕の活動にしっくりくるからだ。僕がやっているのはクラシック音楽ではない。今回僕が作ったのは交響曲アルバムだ。
 とにかく、僕たちはサウンドトラックを作るという、素晴らしいアイデアを昔から持っていた。最近のサウンドトラックは、エレクトロニック音楽と交響曲を巧みに合わせて作られている。今回『Versus』で試みたのは、自分なりのサウンドトラックを作り上げるということだった。『Versus』はテクノ・アルバムではない。僕の作品をオーケストラ音楽にしたアルバムだ。最近のサウンドトラック・アーティストたちの作品は素晴らしいと思う。彼らにも強い影響を受けてきた。だから、今回のアルバムができたのは、自然な流れによるものだった。まさに、僕とデリックが1989年、1990年頃に話していたことが、今回のリリースで実現したということだ。アルバムのストリングスの部分は2009年~2010年にレコーディングされたから、素材が7~8年もの間、温められていたということになる。ジェフの音楽がリリースされたのも、そのくらいの時期だ。同じような時期に、僕たちは似たような音楽活動をしていたということだ。

Dirty Projectors - ele-king

(細田成嗣)

 ダーティ・プロジェクターズによるセルフタイトルを冠した堂々たる最新作について、ひとまずはその表面から受け取ることのできるものを言語化してみることから始めてみよう。本作はこのグループの7枚めのアルバムであるとともに前作からメンバーがガラリと変わり、というかリーダーのデイヴ・ロングストレスしか残っておらず、改めてこのグループが通常の固定メンバーを従えたロック・バンドとは異なった、あくまでロングストレスの変名プロジェクトとも言うべきものであるということを印象付ける作品だった。アルバムの内容を眺めてみると収録された9つの楽曲は多様多彩であり、それぞれの楽曲ごとに参加メンバーも異なりコンセプトも異なるというヴァラエティーの豊かさがある。ビッグバンド・ジャズを彷彿させるホーン・セクションがあるかと思えば弦楽四重奏が加わった楽曲はまるで室内楽風でもクラシカルでもなく、あるいはバーナード・ハーマンの映画音楽を素材にした楽曲ではジョエル・マクニーリーの指揮によるロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団の演奏の録音をサンプリング・コラージュし、かと思えば唯一の女声ヴォーカルであるドーン・アンジェリク・リチャードの歌が響き渡る。とっ散らかった印象を与えかねないそれら楽曲群が1枚のアルバムに収められることができたのは他でもない、彼のつまりロングストレスの歌声が全編を通して流れているからである。その声がおそらくは紐帯となっている。だがしかし、おそろしいのはその紐帯としての彼の声を彼は切り刻み変調し重ね合わせて録音し、自在に姿かたちを変幻しながらあらゆる角度から声の肌理の様相をあらわにしていることである。思えばダーティ・プロジェクターズの前作と前々作の特徴は3人の女声コーラスの見事なハーモニーがロングストレスの歌声と絡み合うアヴァン・ポップなロック・ミュージックであるところにもあったのだったが、そのフォーマットを根城にして新たな音楽に挑んでいくのではなく、やはりダーティ・プロジェクターズはロングストレスのプロジェクトなのであって、むしろそこからそうしたコーラス・ワークを手中に入れ、彼女らが不在の今作においても彼が彼自身の力量によってそれを披露したのだということなのだろう。そして今作において見過ごすことができないのはダーティ・プロジェクターズにおけるロングストレスのそうした前進と変化だけではなく、いや、ある意味ではそれに含まれもするのだが、彼とほぼ同世代で活躍する作曲家/電子音楽家であり元バトルスのメンバーでもあるタイヨンダイ・ブラクストンが参加していることである。

 一昨年リリースされたパーカッションと電子音のための作品『HIVE1』も話題を呼び、そのエレクトロ・アコースティック打楽器アンサンブルのアルバムは明らかにエドガー・ヴァレーズを参照点のひとつとしているとともにヴァレーズの遺産をいま一歩前に進め、それによって彼のもうひとつ前の作品『Central Market』において同様に参照され継承発展させられたイーゴリ・ストラヴィンスキーと併せてタイヨンダイ・ブラクストンの音楽的嗜好と背景の一端をある程度の幅を持って見ることができるようになったのだった。その彼が本作において参加しているのは5曲、全体のおよそ6割に参加しているのは単なるゲストというよりも半ば共作と言ってしまってもよいものだろう。モジュラー・シンセサイザーを用いた演奏やポスト・プロダクションを施す彼の手腕がロングストレスともっとも共振しているように聴こえるのはやはり“Keep Your Name”であり、それがもっとも不協和を奏でているような歪さを感じさせるがためにかえってふたりの類似と差異があらわれるところがおもしろく、また、別の共振のしかたを聴かせているとも言えるのは“Ascent Through Clouds”だろう。前者ではロングストレスの変調された低音のヴォーカルが印象的に響くところから幕を開け、彼が失恋の哀しみを歌い上げるそばでブラクストンによる変調された高音ヴォイス――あのバトルスがおそらくもっとも多くのリスナーの耳に焼き付けただろう“Atlas”で聴かせたそれ――が被さってきて、二声のエレクトロ・ヴォイスの対比的な絡み合いは見事としか言いようがない。しかし後者ではまるでぶつ切りにされたふたつの楽曲が強引に接ぎ木されたかのような構成をとっており、前半にロングストレスのヴォコーダーをかました歌声と爪弾かれるギターによるフォーキーな演奏、後半には打ち込みのビートにエレクトロニクス・ノイズとともに乗せられたブラクストンによる変調された高音ヴォイスのミニマルに反復する演奏がやってくる。そして後半にはさらにロングストレスの多重録音された歌声によるコール&レスポンスが差し挟まれていて、そこで生々流転する世界の循環について歌われたあとに続く打ち込みビートは興奮の閾値を超えるようにしてリズミカルにグルーヴする、それもまた圧巻なのである。そうした共同作業の成功の陰にあるのが、単に快楽主義的であるだけでなく、グリッチ・オペラや記憶のみを用いたアルバム・カヴァーなどといったアメリカ実験音楽の流れを汲むコンセプチュアルな作品制作に取り組んでいたロングストレスの音楽美学と、同様にアヴァンギャルドの遺産とエクスペリメンタルの可能性に浸りながら現代の音楽を創造するブラクストンのそれとのあいだに共有できるものがあったからなのかどうかは定かではないが、少なくともUSインディー・ロックなる矮小なジャンルには全くとどまることのないそうした志向をうちに秘めたふたりの音楽家の交わりのもとに生まれた最上の音楽のひとつがここにはあるのだということは言えるだろう。

細田成嗣

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(小林拓音)

 時代は変わった。昨秋リリースされたソランジュの『A Seat At The Table』は、インディ・キッズという迷い子たちを最新鋭のソウル/R&Bの領野へ誘導する決定的な分岐器となった。その領野から収穫された最高の果実のひとつが先日リリースされたサンファのアルバムであり、そしてもうひとつの果実がこのダーティ・プロジェクターズのアルバムである。
 サンファと同じように、デヴィッド・ロングストレスもまた『A Seat At The Table』でいくつかのトラックを手がけている。その経験が大きな転機となったのだろう。ダーティ・プロジェクターズにとって初のセルフタイトルとなったこのアルバムは、全編を通してR&Bへの強い意志に貫かれている。これまでの作品にもその要素は垣間見られたが、おそらく彼はいまはっきりと気がついたのだ。創造的な表現を試みる上で、ロックというフォーマットはもはや弊害にしかならないということに。
 失恋ソングの意匠を借りた冒頭の“Keep Your Name”は、一瞬ナオミ・クラインの名前に引っ張られて「これは商品や消費についての歌である」と解釈したくなるけれど、「バンドはブランド」というくだりを経るともうロックの失墜を憂う歎息にしか聞こえなくなる。「i wasn’t there for you(おまえのためにそこにいたんじゃない)」というブリッジの一節にはインディ・ロックに対するデヴィッドの複雑な思いが表れているし、その心情は「手遅れさ/巻き戻すことはできないんだ」という“Death Spiral”のヴァースからも聴き取ることができる。たしかに、ロックにできることなどもう何もないのだろう。バンドという形態に残されている可能性も皆無に等しい。「そんなことはない」とデヴィッドはこれまで、バンドに憧れるティーンエイジャーさながら自らに言い聞かせてきたのではないだろうか。だがついに彼はその慰めが現実逃避でしかないことを悟ったのだ。ソランジュが呪いを解いてくれたのである。

 とはいえデヴィッド・ロングストレスというタレントの創造性が、単なるR&Bという枠組みに収まり切るものでないことも容易に想像がつく。これまでダーティ・プロジェクターズが、ロックという沈没寸前の舟艇にしがみつきながらも特異なバンドたりえていたのは、彼の実験精神によるところが大きい。グリズリー・ベアのクリス・テイラーがプロデュースを手がけた『Rise Above』(2007年)には、「原曲を聴き返さずにカヴァーする」という大胆なコンセプトとアフリカ音楽の流用があった。その後かれらの評価を決定づけた『Bitte Orca』(2009年)や『Swing Lo Magellan』(2012年)には、リズムの探索や打楽器の音響的効果の開拓、それにかれらの代名詞とも言えるコーラスの妙技があった。その実験精神は姿を変え、このアルバムにもしっかりと受け継がれている。そのエクスペリメンタリズムの片棒を担ぐのがデヴィッドの旧友、タイヨンダイ・ブラクストンである。

 加工されたデヴィッドのヴォーカルが美しいメロディを紡ぎ出す“Ascent Through Clouds”は、中盤でぱたりと沈黙を迎えモジュラー・シンセを招き入れるが、この官能的なシンセ使いはまさしくタイヨンダイが『Oranged Out E.P』で試みていたものだ。“Keep Your Name”におけるサンプルの使い方もじつにタイヨンダイらしい。野太いシンセを命綱に快楽指数の高いパーカッションが冒険を繰り広げる“Death Spiral”でも、ブラック・ミュージックにおける伝統的なホーン・アンサンブルを解体しようとしているかのような“Up In Hudson”でも、そして『A Seat At The Table』のセッションの合間にデヴィッドとソランジュによって書かれ、ヴォーカルにドーン・リチャードを迎えたキラー・チューン“Cool Your Heart”でも、タイヨンダイの持ち味が遺憾なく発揮されている。その強烈な毒素はタイヨンダイが参加していないトラックにまで影響を及ぼしており、たとえば“Work Together”における音声のエディットと配置のしかたは、デヴィッドが電子音楽家としてタイヨンダイと肩を並べる域にまで達しつつあることを告げている。

 時代は変わった。いまやR&Bこそがエクスペリメンタリズムを展開するのに最もふさわしい土壌なのである。ダーティ・プロジェクターズのこのアルバムは、まさにそのような状況の変化を告げ知らせている。ためらう必要はないので言ってしまおう。本作はダーティ・プロジェクターズのキャリア史上、最も優れたアルバムである。

小林拓音

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(野田努)

 音楽はなぜ実験を必要とするのか──サティは旧来の音楽の硬直さに疑問を抱いた、シュトックハウゼンはロマン主義を否定しなければならなかった、ミニマル・ミュージックは陶酔を忘れた現代音楽に抗した。フランク・オーシャンをみればわかるように、R&Bとはポップ・ミュージックの最新型であり、音楽ビジネス・モデルの最新型であり、同時に広大な実験場である。かつてロックが大衆的実験場であったように。
 しかし『ダーティ・プロジェクターズ』における実験は、時代の要請というよりは個人的追求心の結実なのだろう。ブライアン・ウィルソンの『スマイル』のように、コーネリアスの『ファンタズマ』のように。
 『ダーティ・プロジェクターズ』を特徴付けているひとつは、細かいエディットとその繊細な音響加工とミキシングの妙技にある。『Blonde』の1曲目で歌っていたのは元メンバーで、デイヴィッド・ロングストレスの元彼女だったアンバー・コフマンだが、彼女はかつてメジャー・レイザーのご機嫌なレゲエで歌ったり、ちゃらいブロステップ系のルスコで歌ったりと、芸術的にはまるで一貫性がない。そして残されたロングストレスだが、タイヨンダイの強力なサポートを得たとはいえ、ひとりであるがゆえの想像力を拡張させ、かくもユニークなポップ・アルバムを完成させたというわけだ。
 “Death Spiral”や“Little Bubble”のような、いくつかの印象的な曲を聴くと、音楽的にみれば本作を『Blonde』や『ア・シート・アット・ザ・テーブル』と並べたくなるかもしれないが、クラウトロックめいた音響加工やミキシングの妙味を混入することの面白さでいえば、コーネリアスあるいはアーサー・ラッセルの“レッツ・ゴー・スウィミング”のような曲とリンクする。言うまでもなくダーティ・プロジェクターズとは、かつて脚光を浴びた(良くも悪くも素人臭い音響実験に特徴を持つ)ブルックリン系と括られており、10年前のリスナーはアニマル・コレクティヴのファンと重なっていたほど、フォーキーでローファイなインディ・ロックをやっていたバンドである。もちろんロックとは旧来は、このように他のスタイルをどんどん吸収しながら変化する音楽でもあった。
 本作の“Up In Hudson”や“Ascent Through Clouds”といった曲にはドゥーワップ的要素もみられる。だが、それらもレトロであることは許されず、いちいち音響加工されている。過剰に感じられるかどうかのすれのすれのレヴェルで音はいじくられ、タイヨンダイの力を借りていない曲のひとつ、“Work Together”における声のエディットやサンプリング・ビートの鳴り方は、コーネリアスどころか『ボディリー・ファンクションズ』の頃のハーバートさえ思い出させる。アシッド・フォーク調の“Ascent Through Clouds”は、それこそ60年代末のビーチ・ボーイズを現代にアップデートしているかのようで、ソランジュが作詞作曲に参加し、ドーン・リチャードが歌う“Cool Your Heart”は、カリブ海のリディムが咀嚼され、本作においてもっとも色気を持った親しみやすい曲となっている。つまり『ダーティ・プロジェクターズ』は、魅力たっぷりのスリルと冒険心を持ったモダン・ポップ・アルバムなのだ。
 音楽はなぜ実験を必要とするのか──我々のなかに前進したいという欲望があり、それを封じ込めることはできないからだ。このアルバムにノスタルジーは、ない。

野田努

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