「PIL」と一致するもの

Chart by UNION - ele-king

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1

MOODYMANN

MOODYMANN Black Mahogani PEACEFROG / JPN »COMMENT GET MUSIC
初期最高傑作「Shades Of Jae」、乾いたブレイクビーツと黒いベースラインの上で跳ねるフェティッシュなエレピが奇跡の恍惚感を放つ「Black Mahogani」等を収録したベスト的1枚。深みを極めたグルーヴがアルバム全体を支配した傑作中の傑作だ。

2

CRUE-L GRAND ORCHESTRA

CRUE-L GRAND ORCHESTRA (You are)More Than Paradise CRUE-L / JPN »COMMENT GET MUSIC
延期が続き日に日に問合せの声が耐えない(You are)More Than Paradise"のTheo Parrish Remix。既に国内の現場で数多くプレイされその度に独特なフロアの空気を作り出している。DJ Harveyが「最近の新譜の中で一番アメイジングだ」 と絶賛したのも頷ける圧倒的な存在感、こんな曲、他には無い。

3

PLASTIKMAN

PLASTIKMAN Kompilation MINUS / JPN »COMMENT GET MUSIC
現行ダンス・ミュージック・シーンのトップRichie Hawtinによる、幻覚体験を基にして始まったプロジェクトPlastikmanのベスト・アルバムが緊急リリース。初期の作品から一貫して実験的な音作りを進めてきたPlastikmanの集大成がここに刻み込まれている。

4

MARCELLUS PITTMAN (3 Chairs)

MARCELLUS PITTMAN (3 Chairs) Loneliness Leave Me Alone/Razz09 UNIRHYTHM / US »COMMENT GET MUSIC
浮遊感溢れるシンセがシャッフル・ビートと相まって独特の空気を醸し出すA面"Loneliness Leave Me Alone"、緩めのアシッド・シンセをアクセントに使いつつレイドバックしたメロウなサウンドがたまらないB面"Razz09"と、今作もPITTMANNのポテンシャルが遺憾なく発揮された実に魅力的な1枚。

5

SCHERMATE

SCHERMATE CD Volume 3 SCHERMATE / ITA »COMMENT GET MUSIC
リリースの度に反響を呼ぶミニマル・レーベル"SCHERMATE"の限定CD-Rシリーズ第3弾!今回はカタログ7,8,9番、そしてリミックス盤からPETER GRUMMICHのリミックスを抜粋! 恒例のSE集も充実したCD派も大満足の1枚! LTD200、ナンバリング入り。

6

UNKNOWN

UNKNOWN Rose 2 Red RAL(RICARDO AND LUCIANO) / GER »COMMENT GET MUSIC
VILLALOBOS & LUCIANOによるシークレット・プロジェクトシリーズ。今作ではST GERMAIN "Rose Rouge"をサンプリング、オリジナルのヴァイブを損なわずに、パーカッシブかつタイトにシェイプしたフロア仕様のキラーボム。

7

ANDRES

ANDRES Andres MAHOGANI / JPN »COMMENT GET MUSIC
Andresのレアな1stアルバムが再発。哀愁を帯びた統一感のある中に、ソウル、Pファンク~ラテン、サルサなどが絶妙にブレンドされ、Moodymannにも劣らぬコラージュと、デトロイト特有のざらつきがアルバム全体に散りばめられている。

8

DEE EDWARDS/S.L.P.P.O

DEE EDWARDS/S.L.P.P.O Why Can't There Be Love/Accelerate UBIQUITY / US »COMMENT GET MUSIC
プロモーションCMにて使用されたDee Edwardsの"Why Can't There Be Love?(Pilooski Edit)"が限定500枚でのリリース。さらに数々のMIXにも収録された、その人気レア・グルーヴのオリジナルをオフィシャルに収録、カップリング曲にはShawn Leeによる初期QUANTICを思わせるパーカッシヴな変則アフロビートトラックも!

9

UNKNOWN

UNKNOWN Eno + Hall RAL(RICARDO AND LUCIANO) / GER »COMMENT GET MUSIC
VILLALOBOS & LUCIANOによるシークレット・プロジェクト"RAL"!A面は 映画「HEAT」のサントラからBRIAN ENO "Force Marker "を、そしてB面は「2001年宇宙の旅」からHAL9000のヴォイスサンプルを借用したおもしろい1枚。

10

砂原良徳

砂原良徳 Subliminal Ki/oon / JPN »COMMENT GET MUSIC
その優美なフォルムで世界的な評価を獲得した「LOVEBEAT」以来となる5thアルバムに先駆けた4曲入り先行シングル。いしわたり淳治&砂原良徳+やくしまるえつこ名義でリリースしたシングル「神様のいうとおり」のサウンドもさすがというべき仕上がりでより時間をかけて丹念に制作したというその内容に注目。

Chart by JETSET - ele-king

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1

TAKKYU ISHINO

TAKKYU ISHINO CRUSE
»COMMENT GET MUSIC
石野卓球氏にとって6年振りとなるオリジナル・ソロ作品が遂に完成!!ほぼ毎週のように日本各国のクラブ、そしてフェスでDJを行っている彼のテクノ/ DJという側面にフォーカスしたダンストラック6曲を集めたミニアルバムが到着!!

2

V.A

V.A WIRE 10 COMPILATION
»COMMENT GET MUSIC
8月28日(土)に開催される国内最大級の屋内レイヴ・パーティー、WIREのオフィシャル・コンピ!!オーガナイザーである石野卓球氏、DJ Tasakaによる新曲を始め、現在のテクノ・シーンで「注目を集めるアーティストらによる楽曲が集結!!JET SET TOKYOにてチケット発売中です!!

3

MARK E

MARK E NOBODY ELSE
»COMMENT GET MUSIC
やはりこの男も進化しています。Mark E、文句無しの新作!!Alex From Tokyo、MCDE、Roman Flugel、James Holden、Roy Dunk(Wurst Music)、Tim Sweeney、Rozzo(Mountain People)、D'Julz等など各界からサポートの嵐!!

4

CASSIUS

CASSIUS 99
»COMMENT GET MUSIC
☆特大推薦☆なんとFour TetとNathan Fakeリミックスを搭載。美し過ぎます!!リミキサーを務めたFour Tetの特大ヒット"Angel Echoes"でファン層を拡げたDominoオフシュートDouble Sixの至宝Jon Hopkins。今度は2大天才によるリミックス12"をお届けします!!

5

DIRTY BEACHES

DIRTY BEACHES TRUE BLUE
»COMMENT GET MUSIC
遂に入荷しました(号泣) Dirty Beachesのノスタルジック・リバーブ・ポップ激名曲!!Zoo Musicからの限定盤をリストック!!あるうちマストでお願いします。

6

BLACKBIRD BLACKBIRD / PAO PAO (FT. PRIZES)

BLACKBIRD BLACKBIRD / PAO PAO (FT. PRIZES) SPLIT
»COMMENT GET MUSIC
トロけ死にます。。。話題沸騰のフロウティング・チルウェイヴ・ユニット、超待望の初アナログ・リリース!!絶対オススメ★既にネット上で大変な人気を集めているサン・フランシスコの新星、Blackbird Blackbird。待ち望まれたアナログ・リリースが、ロンドンの新レーベルから!!

7

JNEIRO JAREL

JNEIRO JAREL AMAZONICA / SEE THEM CRY
»COMMENT GET MUSIC
噂の新作アルバム"Fauna"から未収録曲も含んだ限定7"が登場!どちらも心地良すぎるダウンテンポ・ビートを展開する要注目の2曲です。特に、Cilla KをゲストVo.に迎えた"See Them Cry"はこの盤でしか聴けません!

8

BILAL

BILAL AIRTIGHT'S REVENGE
»COMMENT GET MUSIC
この内容の濃さ、文句無し!! 待望過ぎるBilalの新作アルバムが到着。Shafiq Husayn(Sa-Ra)、Nottz、88Keys等「間違いない」メンツと仕上げた全11曲、最強のカムバック作です

9

PARIAH

PARIAH DETROIT FALLS
»COMMENT GET MUSIC
☆歴史的傑作デビュー10"☆James BlakeやGold Pandaファンは確実にどうぞ!!天才James Blakeの"CMYK EP"が爆裂ヒット中のベルギー老舗から、またしてもロンドンの超新星がデビュー。エディットとパウダーシュガー音響が魅力の新型です!!

10

PETER'S HOUSE MUSIC

PETER'S HOUSE MUSIC JUMP
»COMMENT GET MUSIC
ブルックリン発・注目の新興レーベル"All Hands Electric"からの新作が面白いです。当店インディ・コーナーで御馴染みの"Silk Flowers"のメンバーでもあるPeter Schuetteソロ・デビューEP!!

追悼:KAGAMI - ele-king

2010年5月25日、多くのひとに愛されリスペクトされたKAGAMIこと加々美俊康くんが突然この世を去ってから、はや1ヶ月以上の時間が経とうとしている。あまりにショックで、混乱し、葬儀のあともなかなか自分自身にフォーカスを戻すことができない日々がつづいたが、ようやくこうやって、彼のことをまとめて振り返ろうかと思うことができるようになった。

 実際のところ、2005年に3枚目のアルバム『SPARK ARTS』をリリースして、フロッグマンから独立して以降はKAGAMIとじっくり話したりする機会はほとんどなかった。だから、僕の知ってるのは、まだ18歳の学生で右も左もわからないくせにやけに自信だけはあったころから、ある程度コマーシャルな成功を経験して、これから第3のステップに移行するにはどうしたらいいだろうか、と考えているような時期までのことだ。ただ、95年のデビューから05年までという濃密な10年、とくに彼にとっては多感で重要な10年をいっしょに過ごせ、彼を通してでなければ絶対に見られなかったし経験できなかったことを、僕らにいっぱい与えてくれたことには、改めて感謝したいし感慨をおぼえる。
 2010年5月25日、多くのひとに愛されリスペクトされたKAGAMIこと加々美俊康くんが突然この世を去ってから、はや1ヶ月以上の時間が経とうとしている。あまりにショックで、混乱し、葬儀のあともなかなか自分自身にフォーカスを戻すことができない日々がつづいたが、ようやくこうやって、彼のことをまとめて振り返ろうかと思うことができるようになった。

 KAGAMIとの出会いの話は何度も書いたし話したけれど、もしかしたら後年彼のファンになったような人の目には触れてないかもしれないので、再度そこから話をはじめよう。
 1995年、アシッド・ハウス復興やジャーマン・トランスの栄華、デトロイト・テクノ再評価~インテリジェント・テクノ流行みたいないっさいの流れを嘲笑うかのように、突如グリーン・ヴェルヴェットに代表されるシカゴ発のチープで狂ったダンス・トラックがフロアを席巻した。トランスを作ろうとして、ヤマハのQY20(入門者向け格安シーケンサー)とモノラル音源のサンプラーしか持っていないから似ても似つかない音しか出せなくて悩んでいた加々美くんは、シカゴのチープでプアだがファニーで踊れる音が耳に入って、「これなら僕にも作れる!」と俄然やる気を出した。そうしてできたのが、デビュー曲となった"Y"だ。
 当時、まだ日本では踊れるトラック、DJ向けのツールを積極的に作ろうというアーティストはほとんどいなかった。水商売的な部分のつきまとうDJとオタク的な内向性をもった打ち込みをやる人のあいだには、相当深い溝があった。だからこそ、僕らは加々美くんのデモを聴いて狂喜した。ヒデキや「フロッグマンだからカエルだろ」という安直でしかし誰の真似でもないネタをそのままフックに持ってくるストレートさ。ただの4つ打ちではない複雑でファンキーなリズム、荒削りだけどパワフルで、きっとアナログにしたらレコード屋で売ってる「いまいちばんホットな曲」とミックスしても負けてない音。どれもが新鮮で、興奮させられた。しかも、連絡してみると、まだ18歳だという。そうして、加々美くんはKAGAMIとなって、異例のスピードでデビューすることが決まった。

 2枚目のシングルは、「Beat Bang EP」と名付けられた。アナログの盤面には、KAGAMIが全部手書きしたテキストとカエルが泳いでいるイラストが添えられている。Beat Bangというのは「ビート板」のもじりで、なぜビート板にこだわったのか忘れてしまったけど、そのネーミングにも独自の論を切々と話してくれた(この曲のシリーズに色がついてるのは、戦隊モノへのオマージュ)。そもそもこのシングルのリード・トラックは、TM Revolutionのリミックスという大仕事が入ったときに、好き勝手やりすぎてNGを喰らい、そこから声や原曲の要素をすべて排して作り直したものだった。プロのエンジニアとスタジオでの作業というのを初めて経験して、KAGAMIも気合いが入っていた。
 当時ジョシュ・ウィンクとかやたらに流行っていた長~~~いブレークがあってその後大盛り上がりのピークに持っていくという手法をここでもやっているんだけど、"Beat Bang Blue"の狂気のブレークは、どんなパーティでもフロアを爆発させる力をもっていた。よく覚えてるのが、96年の夏にベルリンでTOBYがオーガナイズしたパーティでDJさせてもらったときのことで、90分の持ち時間のピークで僕はプラスティックマンの"Spastik"とこの曲を使った。終わったら、興奮した現地の若者が駆け寄ってきて「すごい良かった! 次はいつプレイする?」って訊いてくれて嬉しかった。そんなことがあって、KAGAMIというアーティストは海外でも通用する曲を作れる。もっと売り込まなくちゃという思いを強くしたんだ。

 ただ、実際には多くのDJがKAGAMIに目を向けてくれたのは、1998年のファースト・アルバム『The Broken Sequencer』だった。例えば、カール・コックス。あれはたしか、カールが〈Yellow〉でプレイした日だった。少し早めに〈Yellow〉に行って、プレイ前にバーでくつろいでいたカールを見つけて話しかけると、彼は当時かなり珍しかった日本のアーティストのレコードに興味を持ってくれた。白盤だから手書きの曲名しかなかったわけだけど、KAGAMIの独特のセンスが輝く曲名はカールに大受けで、「Elefant's Discoとか、なにこれ? 最高だな」と腹を抱えていたのを思い出す。その晩、事前に聞いていたわけでもないそのアナログの曲がいきなり2曲もかかるとは思ってもみなかった。その後も彼はこのアルバムをお気に入りにして世界中でプレイしてくれたようで、自らのDJチャートの1位に選んでくれたりBBCの名物番組「Essential Mix」でもプレイリストに挙がって、それをきっかけにUKや欧州のひとからも問い合わせが来るようになった。
 トーマス・シューマッハは"Beat Bang Black"をえらく気に入って、自分のレーベル〈Speil-Zeug Schallplatten〉でライセンス・リリースしてKAGAMIが本格的にドイツで認められるきっかけを作ってくれたし、ヘルはそのアルバムを丸ごとライセンスしたいとまで言ってくれた。たしかあのとき、ヘルは日本に来る飛行機でレコードを紛失して、急遽テクニークでレコードを買い漁っていて『The Broken Sequencer』を見つけたんだと言っていた。ヘルもそのとき一晩で何曲もKAGAMIの曲をプレイしていて、まぁそういう緊急事態だったとはいえ、すごく驚いた。
 実はあの2枚組アナログ、ヘルもドイツでは買えないと思い込んだほどだし、大半が日本で売れて、欧州ではかなりコアなひとたちが買ってくれただけだった。でかいところだしと安心して任せたドイツのディストリビューター〈EFA〉(04年に倒産)は、実際のところなんの宣伝も売りこみもしてくれなかった......アーティストが現地で活躍してるわけでもなく、レーベル側でもプッシュする人間が誰もいないという状況でしっかり売ってもらおうというのが無理な話だったのだ。ただ、そんな盤をちょこちょこ使ってくれて、日本で知名度をあげてくれたのは石野卓球だった。
 当時卓球は、J-Waveのラジオ番組でDJミックスを流していたんだけど、そこで自分の曲がかかった! ってすごく喜んでいたKAGAMIの顔はいまでも忘れられない。それ以前はあまり意識してなかったけど、KAGAMIも思いっきり電気グルーヴ直撃世代であったのだ。たぶん、僕や佐藤大が電気のふたりとかなり近い間柄ということもわかっていたから、あえてそういう話を自分から積極的にする機会は多くなかったのだろう。まさかそのころは、KAGAMIが電気グルーヴのステージに立ったり、リミックスを依頼されたりするようになるなんて、誰も思ってなかった。世界のトップDJたちに絶賛されることより、石野卓球や電気グルーヴと接点ができる方がよほど「夢」みたいな話だったんだ。

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当時、まだ日本では踊れるトラック、DJ向けのツールを積極的に作ろうというアーティストはほとんどいなかった。水商売的な部分のつきまとうDJとオタク的な内向性をもった打ち込みをやる人のあいだには、相当深い溝があった。だからこそ、僕らは加々美くんのデモを聴いて狂喜した。


電気グルーヴの香港ライヴにて(2000年)。

 いま考えるとかなり不思議な感じもするが、かなり長いあいだKAGAMIはライヴをやることを頑なに拒んでいた。友だちのパーティとか、限定された機会に実験的にやることはあったかもしれないが、公式にライヴをやると告知してしっかりセットを組み立てたのはずっと後になってのことだ。最初はお世辞にもうまいとは言えないプレイだったし、呼んでくれるパーティもほとんどなかったが、KAGAMIはずっとレコードを愛していてむしろDJをやることにすごく真剣に取り組んでいた。タバコも吸わないし酒も飲めない、どんちゃん騒ぎしたりフロアで激しく盛り上がるタイプでもないKAGAMIが、クラブというもしかしたら彼の肌にしっくりくるわけでもない職場であんなに長くすごせた理由。ただ音楽の知識とかDJテクニック的なことじゃなく、レコードを掘る楽しみとかお客さんと対峙する姿勢とか夜遊びのコツとか、たぶんそんなもろもろを肌で吸収したのは、DJ TASAKAを通してだったんじゃないかと思う。
 たぶん、TASAKAもまだ大学生だったと思うんだけど、浅草にあった(後に青山に移転)レコード屋〈ダブ・ハウス〉で彼がバイトしていたら、いつの間にか入り浸ってずっとレコードを聴いてる迷惑な客だったKAGAMIがレジ・カウンターの内側にいた。当時、まだKAGAMIも専門学校を卒業したばかりか、在学中だったはずだから、暇はあるけど金はないってとき。最新のレコードを聴き放題で、気が向いたら店のターンテーブルでDJすらできて、なおかつお金がもらえるというのはおいしすぎるバイトだったろう。最近になっても、友だちの洋服のショップで「レジ打ちなら得意だから、人手が足りなければ手伝う」などとうそぶいていたようだが、たぶん、このときが彼にとって数少ない「ふつうの」仕事をした経験であったのと同時に、TASAKAという得難いパートナーとの出会いとなったのだった。
 たしか、TASAKA自身、この店に客として来ていた卓球にデモテープを渡して、だんだんとキャリアが開花していったはずだから、短命だったこの店は、実は日本のシーンにとってとても重要な役目を担っていた。――というか、海外だったらDJが店員という店はたくさんあるが、ほとんど床で寝ているかレコード聴いてるだけだったという噂もあるKAGAMIを雇うというのはすごい経営判断だったと思う。ちなみに、この店を仕切っていた女性は、のちにDJ TASAKAの夫人となる。
 その後、意気投合したKAGAMIとTASAKAのふたりは、〈DISCO TWINS〉という名前のパーティをスタートさせる。たぶん、〈DISCO TWINS〉はふたりのユニットだと思ってるひとも多いだろうが、あくまで最初はふたりの共通の音楽要素であるディスコに的を絞ったパーティだったのだ。そのうち、それぞれが交代でブースに上がるだけでなく4ターンテーブル2ミキサーでいっしょにDJをしはじめ、まずはミックスCDを出すことでユニットとしての形を提示、そこから曲の制作にもどんどん乗り出して、最終的にはアルバムを出したり吉川晃司をフィーチャーしたプロジェクトなどもおこなった。
 最近でこそ複数人が同時にステージに上がりひとつの流れを作るというスタイルでプレイするDJも結構いるけど、リアルタイムに目配せしつつお互いのネタ出しを瞬時にやって、個性を殺し合わずものすごいプラスを生みだしているというコンビは、ほとんど見たことがない。それぞれは意外に照れ屋だったり飽くなき挑戦心をもってるふたりが、いろんな殻やしがらみやらかっこつけやらを脱ぎ捨てとにかくパーティ・モードで盛り上がれる音を全力で若いクラバーにぶつけたDISCO TWINSは、とても貴重な存在だったし熱いエネルギーを持っていた。
 訃報を伝える電話をTASAKAからもらったとき、僕はもうほかから話を聞いていてわかわからなくて悲しくて半泣きだったけど、彼は無理矢理笑って直前の週末にいっしょにDJしたことや、なんで突然逝ってしまったのか全然わからないってことを話してくれた。それで「たぶん、まちがって電源落としちゃったんじゃないかなぁ、あいつバカだよなぁ......」って言っていて、こんなときでも機材の連想が浮かんでしまうんだろって容易に想像できるテクノ馬鹿一代ふたりの、スタジオや楽屋での会話やなんやかんやが想起されて、本当にやり切れない気持ちになってしまった。

 KAGAMIと言えば、やっぱり2000年にリリースされた"Tokyo Disco Music All Night Long"だと皆が言うだろう。いまだにiTunes Storeなどで売れ続けているし、アナログ盤が世界で5000枚以上売れ、ドイツではメジャーがライセンスし、くるりの岸田くんやサニーデイの曽我部くんが絶賛し、2 Many Dj'sが無断でネタにしたというこの曲は、ジャパニーズ・テクノの歴史のなかでいちばん成功を収めた楽曲のひとつだと言っていいと思う。しかし、この曲がああいう形で世に出ることになったのも、本当にただの偶然だった。ヘルがデビュー・アルバムをかなり気に入ってくれて、彼のレーベル〈Gigolo〉がニューウェイヴ・リヴァイヴァル的な流れを作って、ミス・キティンとかゾンビ・ネーションみたいな新しいスターを生みだしはじめたころ、KAGAMIは〈Gigolo〉からのシングルとして、「Tokyo EP」用の2曲を作った。それ以前のファンクを感じる黒っぽいディスコ・リコンストラクトからジョルジオ・モロダー的なエレクトロ・ディスコへと完全にシフトし「これが東京のディスコ、東京のテクノだ」と思いっきり打ちだした。最初から〈フロッグマン〉で出そうとして作ったらここまで恥ずかしげもなく東京! と連呼するアッパーそのものの曲はできなかった気がする。敬愛するヘルの懐へ飛び込もうとしたからこその、この思い切りだったのだ。
 しかし、僕が丁寧な手紙をつけてDATを送っても、しばらくレスポンスはなかった。曲を聴いたこちら側の人間は誰ひとりとして熱狂しない者などいなかったのに......。しびれを切らして何度か電話したりして催促すると、どうもヘルは思っていたのと違うタイプの曲だったからとリリースに乗り気でないという返事がきてしまった。「じゃあいいよ、これだけサポートしてくれて、気に入ってくれてる〈フロッグマン〉で出そうよ」とKAGAMIは言った。それで、新しく決まったドイツのディストリビューターに音を送って、心機一転再度欧州での成功を目指す〈フロッグマン〉の久しぶりのアナログとしてリリースされたのだ。その後、卓球はじめあらゆるDJがサポートしてくれ、本人は出てないのに〈WIRE〉で何度もかかりまくり、数ヶ月後にアナログが発売されるとどこの店でも売り切れになって空前のヒットになっていったのはみなさんご存じの通りだ。いつだったか、ベルリンのクラブでヘルがこの曲を嬉々としてプレイしているのを見たときはビックリした。あれ、気に入らなかったんじゃないの? と。でも、神のいたずらか、ああいう形でこの曲が世に出たことは、KAGAMIのそれからの音楽人生を大きく変えることになったのだった。

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KAGAMIは、動物的な勘とカッコイイことに異常なこだわりをもったアンファン・テリブルという姿からずっと変わらなかった。子供がやるように機材を手に入れるとすぐにシールだの落書きだので自分仕様にして、おもちゃで遊ぶようにただただ本能に従って音を出しては「あはは」と笑っていた。


KAGAMI サウンドの心臓、2台のMPC2000、ステージ楽屋で(2002年)。

 "Tokyo Disco..."のヒットでKAGAMIにはふたつの大きな変化が訪れた。電気グルーヴのサポート・メンバーとして声がかかって雲の上の存在だと思っていた卓球、瀧と一緒に長い時間をすごし、ライヴごとにアレンジやアプローチが変わる電気グルーヴのトラック制作の重要な部分を任されることになった。これは、たぶん彼にとってとてつもないプレッシャーになったはずだが、僕らには愚痴も文句も泣き言もなく、あの飄々とした様子でサポートをつとめた。それどころか、卓球の要求に応えたり横でいっしょに作業したりすることでメキメキと実力をつけ、無尽蔵と思えるほど曲のアイデアが湧いて次々驚かされるような曲を作ってくるようになったのだ。普通あれだけのヒットを出したら次どうするかと悩むだろうし、DJやリミックスの仕事が急に忙しくなったらそっちに時間を取られてなかなか次の曲が作れないというアーティストも多いのに、KAGAMIはまったく逆。そうして、CMJKも砂原良徳もずっとは続かなかった毒の強すぎる石野+瀧のコンビと昔からずっとそこにいるように馴染んでるのも衝撃だった。ステージで瀧にいじられたり、インタヴューでなにかとKAGAMIの話題が出てきたり、篠原までもがKAGAMIと仲良くなっていたりと、なんだかマスコット的なポジションに収まりつつあるのは、親心的にいつも嬉しく思っていた。
 いっぽうで、それまでも頑固で秘密主義だった彼の制作スタイルは、ますます神秘のベールに包まれるようになった。意見は求めても指示やディレクションはまったく要らないという傾向が、いっそう強くなっていった。もしかしたら、友だちにはもっとアドヴァイスを求めていたのかもしれないし、僕も全然関係ないこと(iPodとかパソコンとかゲームの相談とか......)では何時間も電話で話すこともよくあったけど。
 もうひとつ、メジャーのワーナーから話をもらって、セカンド・アルバムの『STAR ARTS』はそれまでに比べたら潤沢な予算を使って制作することができた。そこで爆発したのが、とくにアートワークや作品としてのアルバムの見せ方など、KAGAMIらしいこだわりだった。ずっと仲のよかった新潟のファッション・デザイナー関くん(Submerge / TAR)に大きな油絵を描いてもらい、それを全面にプリントしたデジパックのパッケージは、帯とディスク下にトレーシング・ペーパーを使いジャケ自体にはほとんど文字情報がなく、盤自体は2枚組にするという贅沢な仕様だった。しかも、2枚組の2枚目はどうしても「なんだこれ?」とリスナーが混乱するようなものにしたいと言って、譲らない。最初は、まったく同じデザインなんだけど1枚は空のCD-Rにしようと言っていたがそれは却下され、「カガミだから、鏡像にしよう。デザインもひっくりかえしたものにして、音は1枚目の音を全部逆回転して入れよう! カーステレオで聴こうと思ってCD入れたら、びっくり! みたいなものにしたい。それでも最後まで聴いてくれたら、なにかいいことがあるような、そんな2枚目がいいよ」と、とても【新人でよくわからないインストのダンス音楽やってるアーティスト】とは思えない無謀なアイデアを連発して、どうにかこうにか、それを了承してもらった。それをメジャーの人たちが納得するわけないだろう......という侃々諤々の話し合いを何十回もした記憶がある。あのアルバムは本当に大変だったなぁ。
 ただ、この頃からもう、自分の役目はいっしょに「あーでもないこーでもない」って彼の突飛な発想に乗っかって遊ぶと言うより、どうにかしてそれを実現させようと大人と交渉したり予算を持ってきたりときにはKAGAMIに諦めてもらったりという、どうにも嫌な役回りばかりになった。もちろん、子どもみたいに突っ走ってしまうことも多かった彼を誰かがコントロールしないと、というシーンも増えていた。アート志向の強い前出の関くんの影響も大きかったのかもしれないが、後から振り返るとKAGAMIの「やりたい!」と言ったことは無謀であっても面白いことがたくさんあった。まだパソコンの性能も低かったし個人でProToolsを操るひともいなかったから、けっこうな予算を使ってエンジニアにスタジオで曲をHD上で編集してもらってミックスを作っていくというのは間違いなくその後のKAGAMIのライヴでの構成や音作りに役立ったし、〈WIRE〉のライヴ音源をCDにしたいという卓球からの依頼で作った『WIRE GIGS』(タイトルは、加々美くんが大好きだったBO?WYからのインスパイア)では、「音を作らなくていい分ジャケにこだわりたい」と言ってコンセプトを「プリクラ」に定め、〈WIRE〉の映像をプリクラ状に大量にプリントした上で自分でコラージュしてアートワークを作り込んだ。このときの経験は、息子とともに手書きでクレジットから何から仕上げたミックスCD『PAH』につながっているだろう。

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僕はよくあいつに言ってた。「どこのメジャーなレコード会社にもマネジメントにも所属しないで、最初からDJユースのテクノだけを作って、自分のやりたいようにやって成功してたKAGAMIは、ほんとかっこいいと思うよ」って。少なくともこの国だけで見たら、そんな人はほとんどいないんだし。


ついにWIREのメインステージに登場。緊張の面持ちでリハーサル(2003年)。

 そうやって、なんでもかんでも自分で抱え込んで、自分の理想にできるだけ近づけようと突っ走るKAGAMIは、人知れず大きな疲労をためてしまっていたのかもしれない。よりプロフェッショナルなプロダクションで、ナカコー、シーナさん、MEGちゃん、カオリちゃんと夢のようなヴォーカル・ゲストを迎えて作った彼のオリジナル・アルバムとしては最後の作品になった『SPARK ARTS』では、制作過程でこれが〈フロッグマン〉と作る最後の作品という決断を切り出された。その数年後、運営がうまくいかなくなって、〈フロッグマン〉を続けられなくなってしまったという話を深夜に電話で切り出したときは、口にこそ出さなかったけどこれ以上ないくらいショックを受けているようだった。"僕が愛して僕がデビューして僕とともに歩んだレーベルは、永遠にかっこよくあって欲しい"という想いがたぶんいつもKAGAMIのなかにはあって、その期待を裏切ってしまったのだから。
 だから、一旦ピリオドを打つための盤となる〈フロッグマン〉のベストを作る決心をした際も、「いやぁケンゴの気持ちはわかるけど、僕にとっても〈フロッグマン〉は大切だし、納得いかない【ベスト】作るくらいなら出さないで欲しい」と言われた。じゃあKAGAMIが全面的に協力してやってくれるのかと聞くと、自分から独立したわけだし、ほいほいと愛憎まみえるレーベルの墓標になるかもしれない作品に手を貸すと言うわけもなかった。少しわだかまりのあるまま、既存の曲の使用と最後のパーティへの出演だけは認めてもらって、バタバタと〈フロッグマン〉は休眠。その後は、たまにクラブの現場で挨拶するくらいになっていた。
 どちらかと言うとプライヴェートで近いところにいたMOAくんのレーベル〈Carizma〉でシングルを出したり、前出の『PAH』やベスト盤『BETTER ARTS』を出したりと、ゆっくりと再始動のアクセルをふかしはじめていたように見えていたKAGAMI。実は、やはり別のレーベルから出す予定でお蔵入りになってしまったかっこいいミニマルのトラックが手元にあって、僕はそれが大好きだったからベストで使いたいと話したら、「自分で手を加えてリリースするつもり」と言っていたのに、結局それらはリリースされなかった。そういうどこかに眠ってる曲や、途中までできてる曲がたくさんあるはずなのだ。そろそろ、完全な新作、まったく新しいKAGAMIの姿を拝めると期待していた。もちろん、これから彼の友だちやまわりの人の手で発見された未発表の曲が作品として出てくることはあるかもしれないが、本来あいつは自分で納得してないものは、絶対出さないし聴かせるのすら嫌がる男だったから、それらがどんな形でお目見えするはずだったかは、永遠にわからない。

 いつだったか原稿で、「テクノとインヴェーダー・ゲームやるのは同じだよ」みたいなKAGAMIらしい発言をして、インタヴュアーの野田さんが頭上に「?」を浮かべて困ってるというのを読んで爆笑したことがあった。彼の言葉はときに通訳が必要なこともあったし、器用に生きてるとも言えなかったが、誰に聞いても彼の言動は彼なりの筋が通っていたし、天才を感じさせる瞬間がたくさんあった。僕と佐藤大は、自嘲的に「凡才インディーズ」なのだと自分たちのやってることを説明している時期があったけど、凡才の僕らだからこそなんだか得体の知れない生き物みたいなKAGAMIのポテンシャルに最初からやられてしまったし、自分の限界が簡単に見えてしまう凡才だからこそ、KAGAMIの聴かせてくれた音、見せてくれたすごい景色に、「こんなすごいものがあるなら、まだ次がもっと次が......」とどんどん欲が出て、それが彼のような独特のアーティストを育てていく下地になったんじゃないかと思う。
 正直言って、僕にとってのKAGAMIは、動物的な勘とカッコイイことに異常なこだわりをもったアンファン・テリブルという姿からずっと変わらなかった。子供がやるように機材を手に入れるとすぐにシールだの落書きだので自分仕様にして、おもちゃで遊ぶようにただただ本能に従って音を出しては「あはは」と笑っていた。口べたで、真剣に音楽の話をしようとしても「うんうん」とちゃんとわかってるんだろうかと不安になるような相槌ばかりだった。だからこそ、彼のトーンやリズムは饒舌だったし、それがたくさんのひととコミュニケーションするためのツールだったんだと思う。一方で、岡村ちゃんとかオザケンとかクラムボンとか、独特の歌詞や世界観をもったポップスのアーティストを愛していたKAGAMIにも、もっと情緒とか人間性とか、なんというかいつものシンプルな形容詞では言えないようなことを表現したいという欲求はあったと思う。そういう話をもっとできなかったのは残念だった。もしかしたら自分の息子が大きくなってきて対話したりするなかで、そういう閃きを得ていたかもしれないなとも思うだけに。

 実は、KAGAMIの訃報を載せるためにものすごく久々にフロッグマンのサイトに手を入れたとき、僕はもうこのままフロッグマンは永遠に眠りつづけるのだろうと勝手に思っていた。例えば、何年か後にまだ第一線で活躍していて、一緒にやろうよとかなにかそんなプランが芽生えて実現する可能性のあるアーティストは、たぶんKAGAMIしかいないだろうから。リョウ・アライもヒロシ・ワタナベも、最初〈フロッグマン〉で作品を出してその後立派なアーティストとして羽ばたいていったひとたちは、きっと僕らがレーベルやっていなくても別の形で世に出たり活躍していたと思うけど、KAGAMIというアーティストはたぶん、かなりの部分僕らが育てたと言える存在だった。そのKAGAMIがいなくなってしまったいま、もう復活することは二度とないんだろうなと。
 BPM133と135の曲ばかり作っていたKAGAMIが、まるで彼の愛したレコードみたいに33で逝っちゃうなんて、なんでこんなことが現実に起きるんだろうとしばらくはぐるぐる考えた。たしかに、僕はよくあいつに言ってた。「どこのメジャーなレコード会社にもマネジメントにも所属しないで、最初からDJユースのテクノだけを作って、自分のやりたいようにやって成功して、誰かの決めたルールや道筋なぞって生きてるわけじゃないKAGAMIは、ほんとかっこいいと思うよ」って。少なくともこの国だけで見たら、そんな人はほとんどいないんだし。だからって、こんなに早く死んじゃって、そんな伝説まで作らなくてもよかったんだよ。ぜんぜん笑えないし、最悪のサプライズ・パーティ in 町田だったよ、まったく。
 何を聴いても、たくさんの情景が浮かんでしまってキツイからしばらく聴けないなと思っていたKAGAMIの曲。しんみりする作品なんてひとつもなくて、ずっと元気にリズムを打ち鳴らしつづけるあれらの曲なのに、それを本人のお葬式でずっと聴くことになるなんてな。でも、そうやって耳にしたあのタフでアッパーなトラックに鼓舞されたのか、式の最後に、佐藤大や、たくさんの世話になった人たちからも、「せっかくだから何かやろうよ、フロッグマン、眠ってるだけなんでしょう?」と意外な声をかけられて、ああそういう風にも考えられるのかと驚いてしまった。まったく柄にもなく、縁取りもつみたいなことしてくれちゃうんだ、KAGAMI......と。たしかに、残された者は、アゲてくしかないんだよね。わかったよ。Party Must Go On. Disco Music All Night Long!

KAGAMI Classic 10 Ttrax

1. Tokyo Disco Music All Night Long (「TOKYO EP」 / 2000 / Frogman)
めまぐるしく表情を変えながらすべてをなぎ倒してスクラップ&ビルドしていくような迫力あるトラックと、ヴォコーダー声でKAGAMI自身が唄う東京賛歌。リミックスも多数あるが、やはりオリジナルが素晴らしい。クラシック。

2. Perfect Storm (「The Romantic Storm EP」 / 2000 / Frogman)
『WIRE01 Compilation』にも収録され、KAGAMIのWIREデビューとともに記憶される曲。印象的なワンフレーズとヴォイス・サンプルの執拗な繰り返し、フィルターの極端な開閉で表情が変わりビルドアップしていく。まさに嵐を呼ぶかのよう。

3. Tiger Track (「Tiger Track」 / 2005 / Frogman)
そういえば何枚かブラジルもののレコード貸したままになってるな...と思い出されるバトゥカーダ的リズムの錯綜する激しい曲。監督の希望でアニメ『交響詩篇エウレカセブン』の音楽として起用され、重要な戦闘シーンで何度もかかる。

4. PC Na Punk De PC Ga Punk (『Spark Arts』/ 2005 / Platik, Frogman)
KAGAMIのソングライターとしてのユニークさが聴ける。リミックス担当した大昔のシーナ&ロケッツの曲のイメージでシーナさんに唄ってもらったら迫力がありすぎたので、急遽MEGちゃんとの掛けあい曲として完成させた。

5. Machicago (「Splinter EP」 / 2002 / Frogman)
シカゴのゲットーからアシッド・ハウスやゲットー・ハウスが生まれたなら、地元町田だってゲットー感なら負けてないから、町田ならではのサウンドがあるはずだと言って作った曲。DJ Funkあたりを彷彿とさせる恐ろしくファンキーなリズムと「Pump It Up!」の掛け声が強烈。

6. Hyper Wheels (『The Broken Sequencer』 / 1998 / Frogman)
ヘルがこの頃のKAGAMIのことを、「Jeff Mills meets Daft Punkだ!」と言っていて、たしかに芯の太いビートと荒々しいディスコ・サンプルで構成されたスタイルはそういう雰囲気。ファースト・エディに捧げられたようなこのトラックは、踊れるグルーヴ作りに天才的な閃きをもつ彼の実力を早くも感じさせる。

7. Y (「Y EP」 / 1995 / Frogman)
本文中にも出てきたデビュー曲。Bサイドはカエルが歌うアシッド・トラック"Pyon Pyon"。最初のデモは曲が長すぎて途中でブチッと切れてしまってる安物の10分カセットに収録されていた。DJを初めてやってもらったとき、これと元ネタの"YMCA"の7インチを延々ミックスして遊んでいたなぁ。

8. ∞あわせKAGAMIの現実∞ (Disco Twins)
(『Twins Disco』 / 2006 / Kioon)
デモ段階では少し石野卓球の影響もうかがえる「歌」を披露することもあったKAGAMIが、初めて公式に歌った曲。Disco Twinsならではの冒険か。実はJ-POPも大好きだった彼の意外な一面が知れるし、なんと言っても歌声が聞けるのはいまとなっては貴重。

9. Guardians Hammer 「Guardians Hammer」 / 2008 / Carizma)
KAGAMI名義では、一番新しいオリジナル曲。多少パーティ感は抑え気味だがサーヴィス精神豊かなKAGAMI以外には作れないアッパーなテクノで相変わらず楽しい。Bサイドがブリープ~エレクトロ的な、DJでKAGAMIの選曲を知ってるひとなら「待ってました」というタイプのトラックで、こちらも良い。

10. Beat Bang Black (『The Broken Sequencer』 / 1998 / Frogman)
激しい太鼓系ミニマルの「黒」は、数多くのDJに愛された初期の代表トラックのひとつ。時を経ても、この辺の若さと天性のフットワークで駈けぬけるような気持ちよさは色褪せてない。トーマス・シューマッハがあまりに気に入ってライセンス、自らリミックスも手掛けてドイツでもヒットした。

#6:質問は答えよりも重要 - ele-king


ポストパンク・
ジェネレーション
1978-1984
サイモン・レイノルズ (著)
野中モモ (監修, 翻訳)
新井崇嗣 (翻訳)
シンコーミュージック・エンタテイメント

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 質問は、答えよりも重要である――答えるよりも圧倒的な速度で質問ばかりが溢れ出てしまう。涙のように、とめどなく。感傷的な書き出しだが仕方がない、30年前の話だし、少しばかりは許して欲しい。
 もうひとつある。音楽とはメッセージを伝達するメディアであるという考えに対する反論だ。音楽とは言葉の乗り物であり、サウンドは乗り物の役目さえ果たすならそれで良いという考え、たとえばある種の青春パンクのように、言葉がそれなりに機能しているなら、サウンドはまあまあカタチになっていればそれでよいという考え方の否定だ。サイモン・レイノルズの言を借りれば「音楽を単なるアジテーションの道具とみなすのではなく、このラディカリズムが言葉とサウンドにおいて等しく現れ」ること。つまり、語り口そのものも更新されなければならない、主題とともに文体そのものもフレッシュでなければならない、ということ。そうした意志がポスト・パンクと呼ばれたムーヴメントのもうひとつの大きな特徴だった。
 ゆえにポスト・パンクは、チャック・ベリーを墓に埋めて、おおよそロックンロール以外すべての音楽にアプローチするのだった。

 イギリスの評論家、サイモン・レイノルズの著書『ポストパンク・ジェネレーション1978-1984』の翻訳が出た。原題は『Rip It Up and Start Again』(引きちぎって、もういちどはじめよう)、グラスゴーのバンド、オレンジ・ジュースのデビュー・アルバムのタイトルからの引用だ。原書は2005年に上梓され、欧米ではずいぶんと評判になり、そしてまた議論を呼んだ。
 評判となったのは、率直に言ってこの本が素晴らしいからだ。ザ・レインコーツのジーナ・バーチは冗談めかしながら女性バンドへの注意の欠如を指摘していたけれど、ジョン・サヴェージの『イングランズ・ドリーミング』に続く本があるとしたら、間違いなく本書だ。決定版だと言って差し支えない。レイノルズはポスト・パンクの多様なバンドたちを手際よく分別し、許される限り細かくしっかりと論評している。読み応えがあり、あたらめて知るところも多い。
 そもそもこの本は求められていたのだ。ゼロ年代がポスト・パンク・リヴァイヴァルのディケイドだったからである。われわれはもういちどレコード棚からザ・スリッツやザ・ポップ・グループを、ザ・フォールやスロッビング・グリッスルを引っ張り出した。アシッド・ハウスから20年、もう用はないだろうと奥のほうに仕舞い込んでいた幼児ポルノのジャケットを(TGの『D.o.A.』だ)、ホコリまみれになりながら探し出すとは思ってもいなかった。そして......ギャング・オブ・フォーやヒューマン・リーグが新世代のバンドに影響を与え、ザ・スリッツやザ・レインコーツが来日する日がまさか来るとは......。

 世代的なことをいえば、僕はレイノルズとまったく同じ年齢で、ポスト・パンクを思春期の好奇心のかたまりのなかで聴いている。ザ・レインコーツのインタヴュー記事でも書いているように、いま思えばそれはパンクという火山が爆発したあとに空から無数の素晴らしい音楽が降ってきたようだった。それらのうちの数枚が静岡市という小さな地方都市の輸入盤店の壁に並び、そして僕の人生を変えた。いはやはなんとも......。

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ポストパンク・
ジェネレーション
1978-1984
サイモン・レイノルズ (著)
野中モモ (監修, 翻訳)
新井崇嗣 (翻訳)
シンコーミュージック・エンタテイメント

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 「反抗をカネにする」うしろめたさを誠実に歌うジョー・ストラマーを嘲笑するように、ジョン・ライドンは「反抗でカネ儲け」するために自分の新しいバンド名をPublic Image Limitedという会社名義にした。マガジンは――これもザ・レインコーツの記事で書いたことだが――パンクのルールとなった左翼思想への違和感を、左翼にも右翼にもどちらもにも付かないんだという政治的決意とともに"ショット・バイ・ボス・サイド"で表明した。
 ポスト・パンク台頭の背景にはサッチャー&レーガン(&中曽根)が推進する新自由主義政策があった。とくにイギリスにおいては、そのため音楽から政治性が消えることはなかったが、興味深いのは、多くのバンドがクラスのような従来的な政治集会を前提とする活動とは距離を保とうとしたことだった。パンクの団結心という抑圧から解放された反抗のあれこれといった観点においてもレイノルズが言うようにポスト・パンクは「先回りした」と言えるかもしれない。マガジンのハワード・デヴォードのように、マーク・E・スミスもまた政治性は集団ではなく個人として表明......いや、わめきちらした。「すべてを疑え」が合い言葉だった。パンク・ロックどころかRAR(ロック・アゲイント・レイシズム)といった団体でさえもその対象となった。
 そして生活におけるミクロな政治学が歌われた。あるいはまた、積極的な読書によって得た知識は頻繁に歌詞に引用された。それは気まぐれなボヘミアン的好奇心に導かれたものか、さもなければ深刻な問題意識の結実だった。ドストエフスキーからカミュ、ユイスマンスからJ.G.バラード、ブレヒトからアルチュセール、ベンヤミン、ニーチェ、そしてイギリスのバンドの多くはたいてい「仕上げにシチュオシオニズムをちょいと」ふりかければできあがり――というわけでもなかったが、そういうバンドの代表格がギャング・オブ・フォーだった。

 ポスト・パンクの功績として、女性バンドを数多く輩出したことも見逃すわけにはいかない。しかも彼女たちは、旧来の女性アーティスト像を否定する女性アーティストだった。男の視線をあざけるように泥んこのヌードで登場したザ・スリッツ、あるいはその逆で、ポップ・ビジネス界の常識のあさましさを暴くように普段着のまま登場したザ・レインコーツ、「パーソナル・イズ・ポリティカル(個人的なことは政治的なこと)」を信条としたデルタ5といったバンドは、音楽業界の男たちが求める女性専用のイスをぶちこわして、自分たちが本当に座りたい自分たちの席を確保した。
 また、ポスト・パンクはインディペンデント・レーベルによって支えられていたが、それはたんなる自主制作でもなければ、たんなる個人レーベルでもなかった。特筆すべきは〈ラフ・トレード〉で、ジェフ・トラヴィスによるこのレコード店/レーベルは、それまで男の世界だったレコード店に女性を送り込み、社長を含めた従業員全員が同額の報酬という平等主義を貫いて、会社組織そのものにポスト・パンク的な思想を当てはめた。アーティストとの契約の場から弁護士を追い出した「50:50」契約に関しては、ザ・レインコーツの記事に書いた通りである。

 音楽的なことで言えば、先述したように、ポスト・パンクは白いロックンロールを否定して、むしろそれ以外のジャンルとの接続をはかった。レゲエ、アフロ、ジャズ、ファンク、クラウトロックやエレクトロニック・ミュージック、現代音楽やノイズ、あるいはパンクが否定したプログレッシヴ・ロックのようなヒッピー・ミュージック――ロバート・ワイアット、キャプテン・ビーフハート、イーノのアンビエント・ミュージック、そしてパンクが毛嫌いしたディスコにも近づいた。ジ・アソシエイツのようにフランク・シナトラや映画音楽に着目したバンドがいるいっぽうで、スロッビング・グリッスルのように60年代末のアングラ文化に端を発しているバンドも珍しくなかった。あらゆる位相において、ポスト・パンクは多様だった。

 中学生のときに初めて"サティスファクション"という曲をディーヴォの演奏で聴いた。なんて格好いい曲だろう、と思った。あとになってザ・ローリング・ストーンズによるオリジナルを聴いて、その古くささに愕然としたものだった(その良さは20代になって理解できたが)。ディーヴォの奇妙なユニフォームがロックンロールのケバケバしい服装に対する皮肉だったように、PiLはシックなスーツ姿でメタリックな響きをかき鳴らし、ワイヤーは"ジョニー・B・グッド"をワンコードで演奏した。スロッビング・グリッスルは「音楽をやらない」ことをコンセプトに、ステージ上でヌードになったり、客に血のりを浴びせたりした。オレンジ・ジュースはロックの性表現のすべてを拒み、潔癖性的なアコースティック・サウンドを展開した。ポスト・パンクのロックの文法に対するこうしたシニカルでニヒルな態度をポップの史学ではしばし"アンチ・ロック"と呼ぶが、実際のところ1979年の話をすれば、ロックンロールは加齢臭漂うただ髪の長い老体として最低の扱いを受けていたのである。
 
 ポスト・パンクはロック・ジャーナリズムも変革した、とレイノルズは書いている。ポスト・パンク系の新しいジャーナリズムは、不良性をインテリ的に反逆だとあがめる論法やストリートへの狂信、天才だの狂人だのといったお得意のクリシェ、あるいはニュー・ジャーナリズムの影響下で氾濫したなれなれしい口語的文体「~だよね」「~じゃないのかな」「~しようか」「~だぜ」といった近過去のロック批評へ意義申し立てをした。ジョン・サヴェージとポール・モーリー(のちの〈ZTT〉の創設者、アート・オブ・ノイズとなる)がその代表だったとレイノルズは書いている。
 メディアに掲載されるインタヴュー記事においても変革は起きた。アーティストの側でもただ自分の趣味や影響について語る形式的な安易さを拒み、深い議論を好んだ。話は政治や読書、哲学や映画など多岐におよび、インタヴュー記事は、いつかしか深刻な問題について議論する場にもなった。
 ポスト・パンクの時代は、音楽ライターがそのままバンドのメンバーになることも珍しくなかった。ポール・モーリー以外でも、オルタナティヴ・TVを結成するマーク・ペリーがいたし、PiLやザ・スリッツらと交流のあった女性レゲエ・ライターのヴィヴィアン・ゴールドマン、のちにザ・プリテンダーズを組むクリッシー・ハイドといった人たちも有名だった。スクリッティ・ポリッティにいたっては、「理屈だけの参加でもそれが重大な貢献とみなされ」メンバーとしたほどだった。

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ポストパンク・
ジェネレーション
1978-1984
サイモン・レイノルズ (著)
野中モモ (監修, 翻訳)
新井崇嗣 (翻訳)
シンコーミュージック・エンタテイメント

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 ポスト・パンクにおいて重要人物をひとり挙げよと言われたら、迷わずジョン・ライドンだと答える。ピストルズ解散後の彼が次は「どんなものであろうと反音楽」であることを掲げ、そしてPiLをはじめたことが、どれほど当時の10代の耳と精神と、それから脳みそまで押し広げたことか......。ロックの古典的な神話学(反抗、ドラッグ、女、セックス等々)に冷笑を浴びせながら、ライドンは子供たちがラモーンズやザ・ダムドのレヴェルに留まっていることを許さなかった。ダブのベースラインとカンのミニマリズムのブレンドをたくらみながら、ライドンはポスト・パンクにおける独学主義に導かれた知性を言葉にした。
 アンドリュー・ウェザオールの読書好きは、彼も僕とまったく同じ歳であるがゆえのポスト・パンク世代特有のオブセッションから来ているのだと思う。あの時代、本を読まないミュージシャンは二流だった。レコードの知識だけで認められることはなかったのだ。
 それは主に歌詞に表れた。ゲイリー・ニューマンの"カーズ"やザ・ノーマルの"ワームレザーレット"はJ.G.バラードの『クラッシュ』、ジョイ・ディヴィジョンの"アトロシティ・イグゼビジョン"はJ.G.バラードの『残虐行為展覧会』を参照し(バラードはウィリアム・バロウズと並んでインスピレーションの源だったのだ)、スロッビング・グリッスルがマルキ・ド・サドのアンチ・ヒューマニズムを展開すれば、マガジンはドストエフスキーの描いたアンチ・ヒーローを歌い、ギャング・オブ・フォーはブレヒトを引用した。スクリッティ・ポリッティにいたっては、彼らが入れ込んでいた現代思想家の名前=ジャック・デリダを曲名にしたほどだった。

 スクリッティ・ポリッティの洒落た知識主義やマーク・スチュワートの政治的決意が騒がれるいっぽうで、それらとは反する快楽主義への意識を高めたのもポスト・パンクだった。ヘヴン17、あるいはソフト・セルやジ・アソシエイツといったバンドは、ほんのひとときの"快楽"を臆することなく賞揚した。そしてこうした連中がのちのハウス・ミュージックへと流れていく......と思えば話は早いのだが、ポスト・パンクにおけるダンスへの情熱の裏側にはドイツへのオブセッションが複雑に入りくんでいることも忘れないで欲しい。そう、ジョイ・ディヴィジョン、ウルトラヴォックス、ゲイリー・ニューマン、ジャパン......等々。スロッビング・グリッスルにいたっては、ある時期本気でファシズムに取り憑かれたほどで(このバンドは、レイノルズが指摘するように、アナーキズムの自由意志性が労働論ではなく唯我論に向かうときファシズムとの親和性が待っていることいち例)、それはまあともかく、とくに東欧や旧ソ連や中国への憧れにはマーガレット・サッチャーの新自由主義に晒された若者たちの正直な迷い――この残酷な競争社会を生きるくらいなら統率の取れた社会主義の国でロボットのように生きたほうが楽だという、なんとも辛い、微妙な揺らぎがある。とくにウルトラヴォックスの"アイ・ウォント・トゥ・ビー・ア・マシン"や"マイ・セックス"といった曲には、そうした倒錯性がよく出ている。

 まあ、そんなわけで僕は、ザ・レインコーツの取材でポスト・パンクを「パンクにおける"議論"」という言葉に喩えてみた。もちろんどんなジャンルにも"議論"はあるものだが、ポスト・パンクにおけるそれは表現の、先ほどから指摘しているような、とんでもない多様性に結びついている。
 レイノルズはこう書いている。

 パンクは雑多なる不満分子の大群を、「反対」勢力としてわずかのあいだだけ団結させた。しかし、その問いが「何に対して?」に移行したとき、ムーヴメントは散り散りになり、それぞれが自分自身にとってパンクが意味するものの創造神話と、次にどこへ行くべきかのヴィジョンを育てていった。白熱する議論のなか、それぞれが共有している意見の不一致は、それでもなおそれぞれが共有しているものを明らかにした。パンクによって復活した音楽の力への信頼、そしてこの確信とともに生じる責任。これこそが「これからどこへ?」という問いを取り組むに値するものとした。この分裂と不一致の副産物がポストパンクの多様性であり、60年代の音楽の黄金時代に匹敵するサウンドとアイデアの魅惑的な豊かさなのだ。

 大筋に関してはまったくその通りだと思う。
 『ポストパンク・ジェネレーション』にはイギリスとアメリカ、ドイツやオーストラリアのバンドが取り上げられているが、この国からも多くの偉大なる「興味深い失敗」=ポスト・パンクが生まれている。フリクション、スターリン、タコ、ほぶらきん、非常階段、水玉消防団、チャンス・オペレーション、NON BAND、プラスティックス、P-モデル、じゃがたら、ミュート・ビート、EP4、突然段ボール、ゼルダ、INU、アント・サリー......エトセトラエトセトラ......われわれはこうした音楽に夢中になり、レイノルズが書いているように「どこまで音楽に真剣に取り組めるか、来る週も来る週も試み探求した興奮に次ぐ興奮の日々」を送った(90年代初頭にテクノに夢中になった人にはこの感覚がそれなりにわかる。そう、最低でも週に2回はレコード店をチェックしなければ気が済まない日々のことを......)。

 だが......この素晴らしい労作である『ポストパンク・ジェネレーション』に関してもっとも重要なことを最後に言わせてもらえば、僕も、そしてレイノルズもまた、実はポスト・パンクの弊害についてもよく知っている、ポスト・パンクの"ポスト"についてもよく知っている、ということだ。レイノルズはレイヴ・カルチャーに触発された『エナジー・フラッシュ』を著し、僕も『ブラック・マシン・ミュージック』を書いている。どちらも1963年生まれの音楽狂いが、ダンス・カルチャーに触発されて書いた本だ。われわれ世代は、アシッド・ハウスの到来とともに「さらばポスト・パンクの知識偏重主義よ、さあバカになろう」と言って踊っているのである。ジョイ・ディヴィジョンのレコードを売り払い、中古でバーズのレコードを探し、そして太陽を求めたのだ。
 だから、とうの昔にハウスとストーン・ローゼズを通過したわれわれ世代にとっては、『ポストパンク・ジェネレーション』は、あらかじめ結末を知っている物語を読んでいるようでもある......が、しかしイギリスの高名な評論家は、その結末にあらためて"揺らぎ"を与えているようだ。そうした"揺らぎ"は、ポスト・パンクの時代に思春期を送った人間にとってのある種の因果なのかもしれない。冒頭に書いたように、質問は答えよりも重要なのだ。それは決断主義に徹することのできない弱さと自由、もしくはいい加減さと優しさとの表裏一体を意味する。威張れた話ではないが、40にして迷っている人間だっているのだ。
 レイノルズはこう結んでいる。

 僕が音楽にこんなにも多くの期待を寄せることができるのはあの時代のおかげであり、感謝の思いはこれからも変わらない。

 まったく同意するが、「音楽にこんなにも多くの期待を」寄せているのは、われわれの世代だけではない。磯部涼や七尾旅人や二木信だって、それぞれの背景があり、それなりに期待を寄せている。自分よりも10歳も若いのに裸のラリーズを50枚持っているという松村正人のような人に関してはただただ驚愕するが、彼の場合は、奄美大島出身ということが大きく影響しているのかもしれない。とにかく、当たり前の話、ポスト・パンク世代だけが特別であるはずがない......が、あらためていま思えば、あの時代の音楽にはいまでも有効な、成し遂げるべき夢があるとは思う。

 パンクが否定したヒッピーよりも前向きな意味でヒッピー的で(ラフ・トレードを見よ)、60年代の反体制のスターの背後には敏腕マネージャーやメジャー・レーベル、業界の切れ者たちが付いていたものだが、ポスト・パンクの"カウンター"を後押ししたのは素人たちの理想主義への情熱だった。DIY主義であり、アンチ・スターシステムであり、独学主義だった。ポスト・パンクのそうした態度がやがてわれわれ世代をハウス・ミュージックに向かわせ、レイヴ・カルチャーに突進させたことは言うまでもない。
 だからって30年後のいま、「引きちぎって、もういちどはじめる」べきだろうか? ポスト・パンクには"やり過ぎた"側面もあるし、"曖昧すぎた"ところもあった。"集まる"ことを警戒し過ぎたことも否めない。短期間のあいだにあまりにも多くの実験を詰め込めすぎたのかもしれない。が、迷ったときに立ち返ることは無駄ではない。なにせアイデアの宝庫だし、なにせポップ音楽における新自由主義への最初の反応だった。で、"答え"だって? そんなものは下僕どもにまかせておけばいい――と、ポスト・パンク風な引用でこの原稿を終わりとしよう。

interview with The Raincoats - ele-king

 緊張していた。アリ・アップやマーク・スチュワートのときはビールがあったから良かったのだ。取材時間も1時間以上押していた。待つことは苦ではないが、こういう場合は時間の使い方に困惑する。カメラマンの小原泰広くんがサッカー好きで助かった。われわれは六本木のスターバックスでおよそ1時間に渡って今回のワールドカップについて論評し合った。

 「僕はいま46歳ですけど......」、正直に打ち明けることにした。「1979年、15歳のときに地元の輸入盤店でザ・レインコーツのデビュー・アルバムを知って、そして買いました。それは僕にとってもっとも重要な1枚となりました」

 音楽ごときに人生を変えられるなんて......と昔誰かがあざけりのなかで書いていた。ところが僕の場合は、音楽ごときに人生を変えられたと認めざる得ない。もし自分が中学生のときパンクを知らずに、そして高校生になってザ・スリッツやザ・ポップ・グループやPiLや......エトセトラエトセトラ......あの時代のポスト・パンクを知らずに過ごしていたら、まったく違った人生を送っていただろう。
 そしてあの時代のすべての音楽が説いてくれた"現在"に夢中になることの大切さと"未来"に向かうことの重要性をいまでも忘れないように心がけている。よって......ザ・レインコーツのライヴの2日前のS.L.A.C.K.、Rockasen、C.I.A.ZOO、その前日の七尾旅人、iLL、トーク・ノーマルといった"現在性"の並びで30年前に死ぬほど好きだったバンドのライヴを観るというは、残酷な郷愁と純真な愛情が入り混じった、なんとも複雑な思いに支配されることでもあった。僕は......聖地を目指す巡礼者のように、余計なものを入れずにその日を迎えるべきだったのだ。そうすればもっとたくさんの違った言葉が溢れ出たかもしれない。

 が......、そんな不埒な思いを巡らせながらも、なんだかんだとこうしてぬけぬけと彼女たちに会いに来てしまった。煮え切らない46歳のオヤジとして。
 アナ・ダ・シルヴァとジーナ・バーチのふたりは、その日8時間も取材をこなしているというのに、ステージと同じように、おそろしく元気だった。


向かって右にジーナ・バーチ、左にアナ・ダ・シルヴァ。ソロ・アルバム、楽しみっす。
(photo by Yasuhiro Ohara)

奇妙な発音の外国人やアウトサイダーが多かったのよ。なぜなら私は当時スクウォッターだったから。パンクのコミュニティのなかで暮らしていたの。空き家に住んでいた。都市のアウトサイダーたちの溜まり場よね。

ライヴで"歌っていて楽しい曲"と"演奏していて楽しい曲"をそれぞれ教えてください。

アナ:歌っていて楽しいのは"シャウティング・アウト・ラウド"ね。演奏して楽しいのは......ないかも、失敗ばかりするから(笑)。

ジーナ:私は"シャウティング・アウト・ラウド"が演奏するのが楽しいわよ。まるで空中を滑るようなベースラインが好きだし、演奏しているあいだに異なった雰囲気が出てくるんだけど、それをフォローしていくのが楽しい。

アナ:私は演奏して楽しかったのは"ノー・ワンズ・リトル・ガール"かな。私はギターを引っ掻いたりしてノイズを出すのが好きだから。

ジーナ:歌うのが楽しいのは"ノー・サイド・トゥ・フォール・イン"よね。コーラス・パートがあるでしょ、あのみんなで「わー!」って声を出すのがいいのよ。ひとりで歌うなら"ノー・ルッキング"。ファースト・アルバムの最後に入っている曲よ。

今日はたくさんの取材を受けて、さんざん昔の話をしたと思うのですが。

アナ&ジーナ:ハハハハ。

1979年。ザ・レインコーツのデビュー・アルバムがリリースされた年、あなたがたはまず何を思い出しますか? 

アナ:1979年の4月にシングルが出て、で、たしか11月よね、アルバムが出たのは。「わお!」って感じだった。あるとき〈ラフ・トレード〉に務めていたシャーリー(後のマネージャー)が言ってきたの。「あなたたちのシングルを出すわよ」って。そのとき「あー、私たちはバンドで、シングルを出すんだ」と実感した。そしてツアーに出て、〈ラフ・トレード〉からアルバムを出した。それは素晴らしい感動だったわ。

ジーナ:私はノッティンガムからロンドンにやって来たばかりだった。で、パルモリヴがスペインから来た子だったでしょ。彼女の英語の発音がおかしくてね、たとえばフライングVの「V」を発音できずに、「B」と発音するのよ。当時私は音楽のこと何も知らなかったから、その楽器の名前をフライングBだと思っていたのよ。シングルが出たとき、初回プレスがクリア・ヴァイナルだったから、私たちが「ヴァイナルが出たわね」とか言ってると、パルモリヴがそれを「ヴァニール」って発音するのよ(笑)。「ヴァニラじゃないのよ」って(笑)。

アナ:ハハハハ。

ジーナ:そう(笑)。私はイングランドに住んでいるはずなのに、私のまわりにはそんな人ばっかだったの。奇妙な発音の外国人やアウトサイダーが多かったのよ。なぜなら私は当時スクウォッターだったから。パンクのコミュニティのなかで暮らしていたの。空き家に住んでいた。都市のアウトサイダーたちの溜まり場よね。

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決してエリート主義にはならなかったわ。でも、とてもインテリジェンスがあったし、そうね、ジョン・ライドンには会ったことがあるんだけど、他人に気配りができて、率直にモノが言えて、すごく誠実な人だと思ったわ。

ザ・レインコーツのまわりにはディス・ヒートやレッド・クレイヨラのようなバンドがいましたが、あなたがたからみて当時のバンドやアーティストで他に重要だと思えるのは誰でしょうか?

アナ:まず思い出すのは、ペル・ウブよね。それからディス・ヒートもすごかった。ライヴが素晴らしかったのよ。普通のバンドはドラムのカウントからはじまるでしょ。ディス・ヒートはそんなことなしに、いきなり「ガーン」とはじまるのよね。

ジーナ:ヤング・マーブル・ジャイアンツは偉大だったし......。

あの当時はPiLの『メタル・ボックス』やザ・スリッツの『カット』やザ・ポップ・グループの『Y』や......。

ジーナ:ザ・ポップ・グループ! そう、それものすごく重要! 私がいま言おうとしたのよ。私はザ・ポップ・グループの最後のライヴを観ているのよ。もうそのライヴでバンドからマーク・スチュワートが抜けるっていうことがわかっていて、私はマーク・スチュワートのところまで駆けていったわ。「どうかお願い、ポップ・グループを辞めないで。ポップ・グループはやめてはいけないバンドなのよ!」って叫んだわ(笑)。

ハハハハ。ちょうど1979年、最初に話したように、僕は地方都市に住んでいる15歳でした。近所の輸入盤店に、ザ・スリッツ、ザ・ポップ・グループらとともにザ・レインコーツのファーストのジャケットが壁に並びました。当時は、円がまだ安かったのでイギリス盤はとても高くて、2800円しました。それでも1年かけて、僕はその3枚を揃えました。1979年には他にも素晴らしい音楽がたくさん発表されました。他によく覚えているのはPiLの『メタル・ボックス』でした。イギリスだけではなく、日本からもいくつもの興味深いバンドが登場しました。で......。

アナ:あなたのその話、私知ってるわよ。あなた私のMy spaceにメール送ったでしょ?

僕じゃないです(笑)。

アナ:いまのあなたの話と同じ話だったのよね。

なんか......パンクという火山があって、その火山が爆発したら、いっきに空からたくさんの素晴らしい音楽が落ちてきた、そんな感じでした。

アナ:私もまったくそう感じたわ。セックス・ピストルズやザ・クラッシュの最大の功績はそこよね。「自分たちでやれ」と言ったことよ。バズコックスのようなバンドだってセックス・ピストルズを観てはじまった。あらゆるバンドがそうだった。私はアメリカのバンドも好きだったわ。パティ・スミス、テレヴィジョン、リチャード・ヘル&ザ・ヴォイドイズ、トーキング・ヘッズ......彼らは音楽的に興味深かった。彼らはイギリスのバンドに影響を与えた。当時のポスト・パンクが素晴らしかったのは、それぞれが違うことをやっていたことよね。セックス・ピストルズやザ・クラッシュの物真似みたいなバンドもいっぱいいたけど、私たちのまわりにいたバンドはそれぞれ違うことをやっていたわ。

ジーナ:私はアナよりも年下だったから、私はイギリスのパンクの第一波に影響を受けたわ。アメリカのバンドを知ったのはもっと後になってから。

アナ:そうね。私があるパーティに行ったとき、ものすごい特徴のある声が聞こえてきたの。それがパティ・スミスの『ホーシズ』だった。しばらくして彼女がロンドンの〈ラウンドハウス〉というライヴハウスに来ることを知った。そこに私は行ったのよ。まだセックス・ピストルズが出てくる前の話よ。

パティ・スミスは、やはりその後の女性バンドのはじまりだったんですね。

アナ:彼女が「自分たちで何かやりなさい」という勇気づけ方をしたわけじゃないけどね。ただ、その音楽がすごく良かったのよ。

ジーナ:パティ・スミスがロンドンに来たとき会場でアリ・アップとパルモリヴが出会って、で、ある意味でそれでザ・スリッツが生まれたとも言える。で、ザ・スリッツからザ・レインコーツが生まれたとも言えるわけだし、繋がっているのよ。

アナ:そういえば、パティ・スミスとロバート・メイプルソープとの関係を中心に書かれた彼女の本が出版されて読んだんだけど。

ジーナ:ああ、あれね!

アナ:そうそう、あれはとても美しい話だったわよ。

パティ・スミスのレコード・スリーヴは、まあ、いわゆる"ロックのレコード"じゃないですか。でも、ザ・レインコーツや『カット』や『Y』のジャケットがレコード店に並んでいるのを見たとき、すごい違和感があったんですね。ロックのレコードとは思えない、いままで感じたことのないものすごいインパクトを感じたんですね。初めて見たザ・レインコーツのプレス用の写真もよく憶えていて、みんなで普段着のままモップを持っている写真がありましたよね。あれもまったくロックのクリシェを裏切るような写真だったと思いました。アンチ・ロック的なものを感じたんです。

アナ:そこまで深い理由はないんだけど、自然にそう考えたのよ。たしかに普通はジャケットにバンドの写真を載せるものだったんでしょうけど、そのアイデアは最初からなかったわね。しかし、あなたも若いのによくそこまで気がついたわね。

ジーナ:まるで私のママみたいだわ(笑)!

はははは。

アナ:セックス・ピストルズやジョイ・ディヴィジョンにはそれぞれデザイナー(ジェイミー・リードとピーター・サヴィル)がいたけど、私たちにはいなかったわ。デザインのアイデアもすべて自分たちで考えたのよ

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インディペンデント・レーベルにもネガティヴな面があるからね。〈ラフ・トレード〉や〈ファクトリー〉は考えもお金もすごくしっかりしていたけど、いい加減なレーベルも多かったのよ。

パンクというのはすごく極端なエネルギーだったじゃないですか。だからパンクに関する議論のようなものもあったと思うんですよ。パンクに対する"議論"みたいなものと、音楽はまだ前進することができるという野心があれだけの多様性を生んだのかなと考えたのですが、どうでしょうか?

アナ:議論?

たとえば......僕はザ・クラッシュが大好きですけど、やっぱマッチョなところがあったと思うし、あるいはマガジンの有名な曲で、えー、なんでしたっけ? "ショット・バイ・ボス・サイド"?

ジーナ:そう、ショット・バイ・ボス・サイド"ね。

「両側から撃たれる」っていうあれは、「右翼」にもつかないし、「左翼」にもつかない、どちらにもつかないんだという、政治的だったパンクへの批評精神の表れじゃないですか。あるいはセックス・ピストルズやザ・クラッシュはメジャーでやったけど、ポスト・パンクはインディペンデント・レーベルだったじゃないですか。そこにも批評性があったと思うし......。

アナ:そうね。リスクを背負ってもやりたいことがやれる、クリエイティヴなインディペンデント・レーベルを選んだわ。メジャーはわかりやすいものを好むのよ。だから、自然と多様性はインディペンデント・レーベルのほうにあったわね。

ジーナ:でもね......ヒューマン・リーグみたいにメジャーで成功したバンドもいたし、ギャング・オブ・フォーはものすごく左翼的なバンドだったけど、メジャーと契約したわよ(笑)。いいのよ、それは彼らの論理で、ケダモノたちのなかから変えてやれってことだから。でも、私たちはインディペンデント・レーベルが性にあったのよね。

アナ:それにインディペンデント・レーベルにもネガティヴな面があるからね。〈ラフ・トレード〉や〈ファクトリー〉は考えもお金もすごくしっかりしていたけど、いい加減なレーベルも多かったのよ。

ちょっと僕の質問の仕方が悪かったんで、話がずれてしまったんですが、言い方を変えると、何故この時代のバンドは情熱と勇気がありながら同時に頭も良かったんでしょうか? ということなんです。ジョン・ライドンやマーク・E・スミスのような人たちは独学で、大量の読書を通じてメディアやアカデミシャンを小馬鹿にするほどの知識を得ていたし。

アナ:ええ、ジョン・ライドンは本当に偉大な人だと思う。

ええ、とにかくあれだけ情熱的で、頭も良くて、で、しかもわかる人だけにわかればいいというエリート主義にならなかったじゃないですか。

アナ:そうね、決してエリート主義にはならなかったわ。でも、とてもインテリジェンスがあったし、そうね、ジョン・ラインドンには会ったことがあるんだけど、他人に気配りができて、率直にモノが言えて、すごく誠実な人だと思ったわ。

ジーナ:そうね、マーク・E・スミスでよく憶えているのは、彼はちゃんとした学校教育を受けていないのよ。でね、ザ・フォールをはじめたときに、普通だったら16歳から19歳のあいだに修了しなければならないAレヴェルの英語を、マーク・E・スミスは成人してから独学で修得したの。ザ・フォールであのアナーキーなキャラクターをやりながらよ! 私はそれがすごくファンタスティックだと思ったのよね。独学というのは素晴らしいことよ。

アナ:そこへいくと〈ラフ・トレード〉のジェフ・トラヴィスはケンブリッジ大学出ているからね。

スクリッティ・ポリッティの歌詞なんか何を言ってるのかさっぱりわからかったですからね。グリーンが現代思想を読み耽って書いていたっていう。

アナ:あー、あれはわかるわけないわ(笑)。

ジーナ:安心して、私たちもわからないから(笑)。

アナ:てか、読んでないから(笑)。

ハハハハ。

アナ:(グリーンのナルシスティックなゼスチャーを真似しながら)おぇー。

ジーナ:いわば大学院の博士課程路線よね。それをポップ・カルチャーにミックスしようとしたのよ。

まあ、スクリッティ・ポリッティの話はともかく、ポスト・パンクにはどうして情熱と頭の良さの両方があったんでしょうね?

アナ:私たちは情熱だけよねー。まあ、知性はぜんたいの30%ぐらいかな(笑)。

ジーナ:アナはインテリよ(笑)。サイモン・レイノルズの『ポストパンク・ジェネレーション』を読んだけど、いろんなアーティストを過去の偉大な作家たちと比較したりしていて、そこはまあいいんだけど、何故か女性バンドの話になると「彼女たちもそうだった」ぐらいの扱いになっているのよね(笑)。ちょっと注意が足りないんじゃないかな。

ハハハハ。質問を変えましょう。僕はいまだにザ・レインコーツみたいなバンドを見たことがありません。それってザ・レインコーツがこの30年消費されずにいたことだと思うんですよね。

アナ:ありがとう。そう言ってもらえるのは嬉しいわ。「ザ・レインコーツに影響されました」というバンドがたまにいて、音を聴かされるとただケオティックなだけだったりするの。カオスはザ・レインコーツのいち部でしかないのよ。まあ、ザ・レインコーツの真似されても嬉しくないしね。

ジーナ:だけど私は、MAGOは私は気に入ったわ。繊細さと大胆さがあって、オリジナルだと思った。彼女たちから「影響受けた」って言われるのはわかるような気がする。

アナ:そうね。重要なのは「自分たち独自のもの」を探すことよ。それがザ・レインコーツってことでもあるから。

ただ、いまの時代、1979年のように音楽を新しく更新させることはより困難になっていると思いませんか? 音楽のパワーが落ちていると感じたことはありますか?

アナ:昔と比べるのはあんま好きじゃないけど......いまでも新しいものは出てきていると思うわ。ただし、インターネットの影響は大きいわよね。選択肢があまりにも多すぎて、選ぶ気がおきない。それでパワーが落ちたというのはあると思うけどね。

僕個人はむしろ"現在"のほうに興味があるのですが、なんだか多くの人は"過去"を向いているように思えるフシが多々あるのです。

アナ:そうねー。

ジーナ:わかるわかる。友だちの娘に「あなた何が好き?」って訊いて「レッド・ツェペリン」だもんね(笑)。

ビートルズとかね?

アナ:ビートルズは偉大よ(笑)!

ジーナ:でも、あなたのように"現在"に夢中な人だっているわよ。

アナ:そうね、あなたが会ってないだけよ!

ハハハハ。いないこともないんですけどね......。ちなみに新しい世代の音楽では何が好きですか?

アナ:やはりどうしても、15歳の音楽体験は特別なものなのよ。ボブ・ディランやヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ローリング・ストーンズを初めて聴いたときの衝撃というのは消えないもので、年齢を重ねていってもそれと同じような衝撃を受けることはないと思うの。

アナはでも、チックス・オン・スピードのレーベルからソロ・アルバムを作っているじゃないですか? テクノは聴かない?

アナ:ひとつのアーティスト、ひとつのスタイルばかりを強烈に聴くことはもうないのよ。

そうですか。わかりました。ありがとうございました。近い将来にリリースされるというおふたりのソロ作品を楽しみに待っています。

アナ:それでは15歳の少年にサインしよう(笑)。

ぜひ!

 ......それから記念撮影までしてしまった......。
 
 これは『EYESCREAM』の連載でも書いたことだが、ザ・レインコーツのデビュー・アルバムのアートワークは、いま思えば可愛らしいとも思えるかもしれないけれど、当時あれは『カット』や『Y』と並んで、レコード店のなかで強烈な異臭をはなっていたのである。パティ・スミスの『イースター』が古くさく感じてしまったし、手短に言えば彼女たちのアンチ・ロックのセンスは音楽の世界に明白な亀裂を与えた。音のほうも......とてもじゃないが、キュートだなんて思えなかった。破壊的で、混沌と調和が入り交じって、それでいて素晴らしい生命力を感じたものだった。

 と同時に、写真で見る、いたって普段着の彼女たちは、ショービジネスの世界で女性がありのままの普通でいることが、どれだけ異様に見えるかを証明し、逆にショービジネスの世界の倒錯性を暴いてみせたのだった。レディ・ガガのような人が哀れなのは、本人はアートのもつもりでもあれは結局のところ、型にはまったショービジネスそのものでしかないからだ。ちなみにアートとは......ジョン・ライドンやマーク・E・スミスのような連中がとくに馬鹿に言葉である。

 ザ・レインコーツは〈ラフ・トレード〉らしいバンドだった。ジェフ・トラヴィスが経営した〈ラフ・トレード〉は、"男の世界"だったレコード屋のカウンターのなかに女性を送り込み、ザ・スリッツ、デルタ5、エッセンシャル・ロジックなど女性アーティストを積極的に後押しした。

 そして「50:50」契約も実現した。これは経費を除いた利益をレーベルとアーティスト側で半々に分配するというやり方だ。音楽業界の印税率を考えると、おそろしく破格の契約であるばかりか、弁護士の出る幕をなくし、わかりやすい平等思想を具現化したものだった。そうしたフェミニズムとコミュニティ意識のなかで、ディス・ヒートやレッド・クレイヨラとともにザ・レインコーツはいた。彼女たちのセカンド・アルバム『オディシェイプ』ではチャールズ・ヘイワード(ディス・ヒート)が叩き、ロバート・ワイアットとリチャード・ドゥダンスキー(PiL)も参加した。『オディシェイプ』はデビュー・アルバムとはまた違った方向性を持っている作品で、これもまたこの時代のクラシックの1枚である。

Chart by JETSET 2010.06.17 - ele-king

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1

TODD TERJE

TODD TERJE REMASTER OF THE UNIVERSE »COMMENT GET MUSIC
Remaster Of The Universeからのシングル・カット!!ニュー・ディスコ・シーンに新風を巻き起こしたリエディット職人"Todd Terje"のリミックス/エディット・ワークをコンパイル/ミックスした"Remaster Of The Universe"から、文句なしの選曲で12"カットをドロップ!!

2

BULLJUN

BULLJUN BULLJUN & FUNKY PRESIDENTS 2029 »COMMENT GET MUSIC
コレこそヴァイナルで欲しかった!2ndアルバムが遂にジャケ付2LPで登場!A.Y.B. イズムをクレイツに詰め込み、NY~東京~宮崎とさすらう中でかすかに覚えたゼロ年代への違和感と、無関係に加速するソウル~ファンク~ジャズ~ラテンへの愛情。それら全てを16パッドに込めることで自らのBボーイ美学を表明した、正に【Mo' Music, Less Talk】な2枚組です!

3

JOHN TALABOT

JOHN TALABOT SUNSHINE REMIXES »COMMENT GET MUSIC
トロピカル・フロウティン・サマー・ディスコ最高曲!!Delorean Remixもグレイトです。Permanent Vacationからの12"でオナジミのバルセロナの新鋭、John Talabot。地元レーベルHivern Discsからの超限定カラー・ヴァイナル!!

4

BINGO PLAYERS / EDWARD'S WORLD

BINGO PLAYERS / EDWARD'S WORLD TOM'S DINER / SOUL & ROOTS »COMMENT GET MUSIC
永遠のカフェラテ・アンセム"Tom's Diner"をダーティ・ダッチ・リミックス!!☆特大推薦☆Suzanne Vega feat. DNAによる歴史的アンセムを、大人気のダッチ・リミキサー・デュオBingo Playersがリミックスした特大ボムが登場っ!!

5

BIZ MARKIE

BIZ MARKIE TRIBUTE TO SCRATCH »COMMENT GET MUSIC
JET SET独占入荷!昨年以降噂になっていた垂涎の一枚・・・緊急入荷しました!Bizの1st収録曲ながら、12"化は勿論初!しかもインストやアカペラ、更にJackson 5やMarvin Gaye楽曲をふんだんに盛り込んだ危険過ぎるお蔵入りバージョンまで収録!

6

DVS1 (ZAK KHUTORETSKY)

DVS1 (ZAK KHUTORETSKY) LOVE UNDER PRESSURE EP »COMMENT GET MUSIC
Derrick May氏率いるTramsmat復活第2弾が早くも登場です!!Greg Gowの"Pilgrimage EP"でドラマティックな復活を果たしたTransmatがまたもや新作をリリース!!間もなくリリースが予定されているベルリン最高峰のクラブ BarghainからのBen Klockによる最新ミックスCD『Berghain 04』にも収録予定と話題です。

7

MYLES COOPER

MYLES COOPER GONNA FIND BOYFRIENDS TODAY »COMMENT GET MUSIC
超オススメです★スーパー・カラフルなベッドルーム・トロピカル・エレポップのニュー・ジーニアス!!快調リリースが続くTransparentから、またもや新しい才能が登場!!カリフォルニアの宅録シンガー、Myles Cooperのデビュー・シングル。今年のサマー・ポップ定番はコレです!!

8

DUBBEL DUTCH

DUBBEL DUTCH THROWBACK EP »COMMENT GET MUSIC
☆特大推薦☆ダーティ・ビーツをルーツに持つUKファンキー超新星が遂に正規デビュー!!ダーティ・ビーツ系US最強ブログが主宰する同名レーベルからのヴァイナル・リリース第2弾。Girl UnitのFactミックス収録で話題を集めたキラーA1を搭載ですっ!!

9

ERIC COPELAND

ERIC COPELAND DOO DOO RUN »COMMENT GET MUSIC
Gary Warを超える衝撃のグニャグニャ不定形サイコ・ポップ。これは普通じゃ作れません。ブルックリン最重要バンドのひとつBlack Diceの中心メンバーEric Copelandのソロ7"が、No Age主宰P.P.M.より!!大判ポスター・スリーヴの限定盤!!

10

1000NAMES

1000NAMES ILLUMINATED MAN LP »COMMENT GET MUSIC
得意の壮絶カットアップに加え、明滅アルペジオ・シンセも組み込まれた大傑作!!Team AcreからのEP"Paradise"も当店ヒットしたブルガリアンDJデュオが、ウォンキー/ブロークンヒップホップ大人気レーベルBlack Acreからアルバム・リリース!!

CHART by BEAMS RECORDS 2010.05.25 - ele-king

Shop Chart


1

Waves

Waves Encounter BEAMS BRAIN »COMMENT GET MUSIC
BEAMS RECORDSでもこれまで大プッシュしてきたアーティストKuniyuki Takahashiと、Nobuhiko'Ebizo'Tanumaが新たに始動させたバンド・プロジェクト"waves"のデビュー・アルバム!ダンスミュージックをインプロビゼーションで再構築するというコンセプトの元、ギター/シンセサイザーにイアン・オブライエン、ドラムにみどりん(Soil &"Pimp"Sessions)という豪華ゲストを迎え、それぞれが長いキャリアの中で培ってきたアイデンティティが折り重なった、叙情性豊かなサウンドを披露!透明感溢れる絶品のグルーヴは、多くのリスナーを陶酔へと誘うに違いない!

2

He3 Project

He3 Project Chapter One Family Groove »COMMENT GET MUSIC
ミラクルなラテン・ソウル音源が奇跡的発掘!フリーソウル、レアグルーヴシーンで知られるコーク・エスコヴェード率いるアズテカのメンバーであり、コークの盟友でもあるハーマン・エベリッシュが71~74年にかけて制作していたという未発表音源がこの度リリース!これが、所謂未発テイクを集めた安易なモノではなく、アルバムとして全く遜色ない、いやむしろリリースされていたら確実に名盤として知られていたであろう素晴らしい内容!軽やかなメロウ・ソウル(3)やコークの名盤「coke」収録のMake It Sweet原曲(5)など、全編を通じて西海岸のライトな風が吹きぬける最高のラテン・ソウル!

3

V.A.

V.A. Heavenly Sweetness Label Compilation #1 Heavenly Sweetness »COMMENT GET MUSIC
ダグ・ハモンド、バイアード・ランカスターといったリヴィング・レジェンド達の新録からダグ・カーンの名盤再発まで、新旧の優れたスピリチュアル・ジャズを発信するHeavenly Sweetnessのレーベル・ショウケースが登場!過去にリリースしたレーベルの代表曲~新鋭アーティストの未発表音源までを収めたDisc-1は、言うまでも無く力強いグルーヴが揃ったレーベルベスト的選曲!一方Disc-2 はフォーテット、カルロス・ニーニョ等素晴らしいクリエイター達が、ブラック・ジャズの巨人達の重厚な楽曲を見事にリミックス!これは全ブラック・ジャズファンにとって理想的な2枚組と言えるでしょう!

4

Spinetti - Dadi - Ceccarelli - Petreni

Spinetti - Dadi - Ceccarelli - Petreni InventaRio Rip Curl »COMMENT GET MUSIC
MPB~イタリアン・ジャズを繋ぐ美しすぎる1枚!マリーザ・モンチの兄貴分、ダヂがイタリアの実力派ジャズミュージシャン達と共に制作した新録アルバム。イタリア流のモダンで小粋なジャズと、ダヂの歌声、ボサノヴァ・ギターが見事に溶け合い、エクレクティックで上品なブラジリアン・グルーヴを聴かせてくれます。マリーザ・モンチ、イヴァン・リンスといった豪華客演陣の歌声も絶品!

5

Pal Joey

Pal Joey Somewhere In New York Pal Joey Music »COMMENT GET MUSIC
HOT MUSIC!90年代のNYハウス界にその名を残すパル・ジョーイが、自身の過去の音源をまとめたアルバムをリリース!このパル・ジョーイ、実はNYの伝説的レコードショップ、Vinylmaniaのスタッフであり、かのラリー・レヴァンとも親交のあった、ガラージカルチャーでは熱心なファンの多いクリエイター。ハウスクラシックスとして知られる大名曲①やディスコネタを絶妙にリコンストラクトした③⑥など、ジャジーなネタ使いとブレイクビーツ的グルーヴ感がセンス抜群の好トラックが満載!ミックス&ノンミックスの2枚組!

6

Prince Jammy

Prince Jammy Strictly Dub Pressure Sounds »COMMENT GET MUSIC
高クオリティのレゲエ・リイシューでお馴染み、プレッシャー・サウンズがまたしても素晴らしいダブ・プレートを発掘!ダブの申し子、プリンス・ジャミーが80年代アメリカで極少量でプレスしたという幻のアルバムが素晴らしい音質でここに再発!スライ&ロビー、ボビー・エリスといった名うてのミュージシャン達が60~70年代の名リディムを多数カヴァーし、ジャミーが自由奔放にダブ・ミキシングしたあのフレーズがこんなバージョンに!?という驚きも!

7

Risco Connection

Risco Connection Risco Connection Musica Paradisco »COMMENT GET MUSIC
ガラージ、ロフト・クラシックスとして知られるリスコ・コネクション音源が初のCDアルバム化!ディスコのレゲエカヴァーでカルトな人気を誇るジョー・アイザックスによるこのユニット、本アルバムでは、最も有名なマクファデン&ホワイトヘッドのAin't No Stopping Us NowカヴァーのStopping Ver⑤から、ダイアナロス①、インナーライフ②、CHIC④といったディスコ大名曲のカヴァー、そしてうれしいインスト・トラックまで、レア音源を余すところ無く収録!マニアもビックリの初CD化、お見逃し無く!

8

Mose Allison

Mose Allison The Way Of The World Anti- »COMMENT GET MUSIC
アメリカはミシシッピ州出身の超ベテラン・ブルース・ピアニスト/シンガー、モーズ・アリソンがなんと12年ぶりにニューアルバムをリリース!プロデュースは、こちらもベテラン・シンガー・ソングライターのジョー・ヘンリーということで、ジャズ・ブルース、カントリー色の濃いルーツ音楽好きには堪らない内容!トム・ウェイツやヴァン・モリソンらにも愛される彼の、古きよきアメリカの風合いと哀愁にシビレます!

9

The Last Electro - Acoustic Space Jazz & Percussion Ensemble

The Last Electro - Acoustic Space Jazz & Percussion Ensemble Miles Away Stones Throw »COMMENT GET MUSIC
マッドリブ流フューチャー・スピリチュアル・ジャズの傑作!過去にスティービー・ワンダー、ウェルドン・アーヴァイン等へのオマージュをアルバムにしてきたマッドリブ。今回はジャズの帝王、マイルス・ディヴィスからインスパイアされたという渾身のブラック・ジャズ集!フィル・ラネリン、ハリー・ホワイテイカー、ロイ・エアーズといった御大たちの大名曲を全くの新解釈でカヴァーする様は、やはり圧巻!特にラストを飾るコルトレーン&ファラオへ捧げる大作は、スリリングな展開が問答無用に格好いい!!

10

Erykah Badu

Erykah Badu New Amerykah Part Two : Return of The Ankh Universal »COMMENT GET MUSIC
前作から2年、エリカ・バドゥのNew Amerykahの第2章が遂にリリース!プロデューサー/参加陣には、ソウルクオリアンズのジェイムス・ポイザー、Sa-Raのシャフィーク、Jディラ、カリム・リギンス、マッドリブといったお馴染みかつ間違いの無いメンツ。音の方はアナログな楽器をふんだんに使った柔らかくオーガニックなR&B!ロイエアーズProで知られるシルビア・ストリプリンのダンスクラシックスのカヴァー④も聴きドコロ!コレはハズせませんね。

interview with Talk Normal - ele-king

 ブルックリンのふたりの女は実験的なノイズ・ギターとドライヴするドラミングを容赦なくぶちまける。ブルースの偉人、サン・ハウスの曲を残忍な都会の地響きへと変換する。ローリー・アンダーソンの芸術を絶え間ないフィードバックのなかに爆発させる。圧倒的にパワフルな音をかき鳴らす噂のトーク・ノーマルが突然来日することになった!


Talk Normal /
Sugarland

Rare Book Room

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 ティーンエイジ・ジーザス&ザ・ジャークスやソニック・ユース......とかくそれらの名前を引き合いに語られるトーク・ノーマルは、ドラマーのアンドレア・エンブロ(77ボア・ドラムに参加している)、そしてギターのサラ・レジスタ(マスタリング・エンジニアとしてのキャリアを持ち、ソニック・ユースの『ダーティ』をはじめ多くの作品に関わっている)のふたりからなる。昨年末にデビュー・アルバム『シュガーランド』を発表、これが都内の輸入盤店で評判となって、あっという間に売り切れている。今年に入ってからはCDRのみの発売だったシングル「シークレット・コグ」がヴァイナルとして発売され(1曲目がサン・ハウスのカヴァー)、これもまた話題となった。トーク・ノーマルはいま日本で流行の"ブルックリン系"と表象されるアーティでソフトなバンドと違って、鋭くやかましいバンドである。雑誌の表紙を飾るファッショナブルな男の子バンドの影に隠れながらも、しかしライヴハウスで力強い"音"を演奏しているふたりの女性によるバンドだ。その生の音をどうかこの機会に聴いて欲しいと思います。

トーク・ノーマルは、ローリー・アンダーソンが本で着ていたTシャツにインスパイアされたの。"Talk Normal"って書いてあったんだけど、サラがそれを組み立て直して、その単語をテープで冷蔵庫に貼ってあったの。

トーク・ノーマルのアルバム『シュガーランド』が出たとき、東京の輸入盤店で話題になって、わりと早く売り切れてしまったんですよ。知ってましたか?

アンドレア:とてもスィートね。

まずは、トーク・ノーマルの結成までの経緯を知りたいのですが、サラさんはすでにマスタリング・エンジニアとしてのキャリアがありますよね。

サラ:私はミュージシャンとしては、まだ4年ぐらいだけど、エンジニアは18歳のときからはじめたの。そう考えるとかなり長いわね。基本的にフリーランスだけど、いまでもスタジオでマスタリングをすることもあるわ。アンドレアもプロフェッショナル・エンジニアよ。

ふたりは、同じことをしているのですか。

サラ:いいえ、アンドレアは基本的にライヴ・サウンドやパフォーマンスに関連したことが中心。他にラジオなど、いろんなヴァラエティがあるわ。

例えばどんなところでやっているのですか?

アンドレア:私は長いあいだトニック(エレクトロ、アンビエント、ノイズなどNYの老舗ライヴハウス)でライヴ・サウンドを担当していたの。あと、バワリーボール・ルームとか。大きなビッグ・バンド、例えば、ミシェル・ンデゲオチェロ(R&B)、ダイアマンダ・ギャラス(アヴァンド・オペラ)や 最近はオ・ルヴォアール・シモーヌなど。ミシェル・ンデゲオチェロとは、2回日本にも行ったことがあるのよ。彼女は90年代の人でとてもナイスよ。

サラ:私は、ずっと音楽で何かやりたいと思って、エンジニアになってレコードを作りたいという、大きなアイディアがあったの。ミュージシャンかエンジニア、どちらもなりたかったんだけど、後になって、ミュージシャンになることにもなってよかったわ。

ふたりはどこであったのですか?

アンドレア:大学で、ふたりともNYU(ミュージック・テクノロジー科)に通っていたの。

同じクラスですか?

サラ:いいえ、私はエンジニア、彼女はパフォーマンスを勉強していたの。

トーク・ノーマルはどのようにスタートしたのですか。

サラ:アンドレアはAntonius Blockというバンドをやっていて、私はそのバンドが好きで、そこに加入することになったの。そのバンドが終わって、私たちは続けて練習をしたり、プレイしていたの。それがトーク・ノーマルになったの。

アメリカといえども、女性でエンジニアを目指すというのもまだまだ少数じゃないですか? 

サラ:そうは思わない。たぶん、多くはなってきているのかな。この仕事をやっているからかもしれないけど、私はまわりでいつも見ていると思う。

バンド名の由来は?

アンドレア:トーク・ノーマルは、サラが、ローリー・アンダーソンが本で着ていたTシャツにインスパイアされたの。"Talk Normal"って書いてあったんだけど、サラがそれを組み立て直して、その単語をテープで冷蔵庫に貼ってあったの。その単語は私のなかでも成長していって。バンドに名前が必要になったとき、これを使うのは自然なことだったの。

 

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私はこの"トライバル"という言葉に対して、何か平和なものを見つけたいけど、その用語に対しては憤慨している。なぜなら、私はロック・シンコペーションがプレイできるけど、あえて選んでいない。

最初からふたりでやろうと思ったんですか?

アンドレア:私たちは、よく誰かとプレイしているわ。この前のアルバムは3人だった......? いいえ、ふたりね。レコーディングでは、友だちなどゲストミュージシャンを招いて、ベースやいろんなサウンドを加えていっているの。新しい曲はベースやサックスや他の音が入ったりしているわ。7月の末にソニック・ユースとプロスペクト・パークでショーをするんだけど、このときは何人かと一緒に音を組み立てていってプレイしたいと思っているの。

なぜデュオ・バンドが最近増えたと思いますか?

アンドレア::簡単にバンドが組めるからかな? じゃあ、一緒にプレイしようか、とか。でも、ふたりだけで音の隙間を埋めるのは簡単じゃないと思うけど。この形態は最近はじまったことじゃないし、日本のルインズといちど一緒にショーをしたことがあるんだけどすごいと思う。あと、ミック・バーとかね。

トーク・ノーマルの音楽を手短に言うならば、ノイズとトライバル・ビートだと思うんですけど、いかがでしょう?

アンドレア:OK、じゃあトライバルについて話そう。

サラ:たまに言われることがあるんだけど、トライバル・ビートという意味がいまいちわからない。私たちの典型的なドラムセットは、スネアドラム、そんなにシンバルを使わないけど、それがトライバルなビートかしら、それよりシンコペーションを使うと思うけど。

ちなみにックンロールの8ビートにある種の違和感のようなものがあるんでしょうか?

アンドレア:すでに自分は長いあいだやっているけど、とくにドラムプレイに関しては、伝統的でないアプローチにいく傾向があるの。はっきりしていないことをするのは、クリエイターとしての自分にとっていつでも重要なことよ。"トライバル"という言葉に関しては、ドラマーとしての女性に、より一般的に投げられる言葉で問題もあるわよね。彼女たちが、キック、スネア、ハイハット、シンコペーションを少なく、タムを中心としたビートを選ぶからかしら。私はこの"トライバル"という言葉に対して、何か平和なものを見つけたいけど、その用語に対しては憤慨している。なぜなら、私はロック・シンコペーションがプレイできるけど、あえて選んでいない。たんに女性のドラマーの、大きな分類にひとまとめにされている。これが"ダンサブル"や"地球の"という意味なら受け入れるけど......、でもこれが人びとをダンスさせるかしら。たぶん、これはダンスという意志ではなく文脈ね。少なくとも私たちトーク・ノーマルは、私たちのアイディアの文脈を与えようとしている。

それではトーク・ノーマルの音楽をふたつの単語で表して下さい。

サラ:ノイズ&ポップ

アンドレア:ノイズ&ドライヴィン・ビート

ホント、すごいパワフルなノイズですよね。『シュガーランド』もヒリヒリしたノイズからはじまる。トーク・ノーマルのノイズはどこから来るんでしょう? あなたがたの感情から? 

アンドレア:みんなオリジナル・サウンドを作ろうとしているし、ノイズって言う音楽は人びとが毎日聴くような音楽じゃないわね。よりレアで、魅力的で、エッジなサウンドだと思う。

リディア・ランチなどノーウェイヴからの影響はどの程度あるんですか?

サラ:そんなにないわ。

アンドレア:私たちの音楽が、ニューウェイヴから影響を受けているとは思わないけど、彼女の作った音楽が、私たちが好きな音楽だというのはわかる気がする。

ビキニ・キルのようなライオット・ガールからの影響はありますか?

アンドレア:名前は知っているけど、ビキニ・キルはほとんど聴いたことがない。

サラ:私はまったく聴いたことがないの。でもいつかは聴いてみたいわ。

トークノーマルはどのような音楽に影響を受けているのですか?

サラ:自分の聴く音楽すべてに影響を受けていると思うのだけど、私の音楽の趣味の範囲はとても広いの。この仕事(エンジニア)をしているからもしれないし、すべてのことに興味があるからかもしれないけど、ほとんど何でも聴くわ。トップ40から、ビヨンセにもインスパイアされるし、スモール・バンドまで、点数を付けたりもしないし。私はたんに音楽が大好きなの。

では、最近好きなバンドはいますか?

サラ:この質問はアンドレアが担当ね。彼女はリストを持っているの。

アンドレア:Air Waves、PC Worship、Future Islands、US Girls、MNDR、 Zola Jesus、Rainbow Arabia、Antimagic、Jana Hunter、Coldcave、Real Estate、Xeno & Oaklander、Wet Dog、Explode Into Colors、3rd Law、 Golden Grrls、Peepholes、Trash Kit、tuneyards......。

サラ:このあいだ、アザー・ミュージックの横に出来た新しい会場(Annex)でマーサ・ウェインライトと共演したんだけど、普通にしていたら遭遇しなかったかもしれないけど、すべての瞬間がとても良かったわ。

トーク・ノーマルには政治的なところ、いわゆるフェミニズム的なところはありますか?

アンドレア:フェミニズムはないわね。

サラ:政治的に大きなメッセージがあるとしたら、たぶん来年ね(笑)。

 

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女の子はいつも真剣に実験音楽を作っていたと思う。ただ、いままで露出がなかったから、気にもされなかったんだと思う。

なんか最近のブルックリンのバンドを聴いていると、アニマル・コレクティヴやMGMT、ヴァンパイア・ウィークエンドのような男の子のバンドがソフトになって、トーク・ノーマルのような女性のバンドがアグレッシヴになっているような......というのは早とちりですかね?

サラ:ハハハハ。

アンドレア:それは面白い意見ね。私は、これらのバンド(アニマル・コレクティヴやMGMT、ヴァンパイア・ウィークエンド)と同じレヴェルにいるとも思っていないんだけど。

これは日本から見た意見ですが......。

アンドレア:日本の人たちが、こういう風に思っているならとてもワイルドね(笑)。ただ、アグレッシヴな音楽をやっている男の子のバンドもたくさんいるし、ソフトな音楽をやっている女の子のバンドもたくさんいるわよ。

ちなみにアニマル・コレクティヴ、MGMT、ヴァンパイア・ウィークエンドの3つのなかで好きなバンドはいますか?

サラ:聴いたことがあるのは、MGMTかな。アニマル・コレクティヴは是非、聴いてみたいわね。

アンドレア:アニマル・コレクティヴは好きよ。

じゃあ、パティ・スミスとコートニー・ラヴとではどっちが好きですか?

サラ:どちらも平等に好きよ。違った角度で。

アンドレア:インスパイアという意味ではパティ・スミスだけどね。

昨年、〈Not Not Fun Records〉が女性バンドばかりを集めた『My Estrogeneration』というコンピレーションを出しましたよね。トーク・ノーマルも"Warrior"を提供してましたが、ああいうコンピを聴いていると、実験的な音楽をやる女性バンド(USガールズ、サン・アロウ、ポカハウティッドとか)がどんどん増えてきているんじゃないかと思うんですけど、どうです?

サラ:単純な話、たくさんの女の子バンドがノイジーな音楽を作っているわ。でもそれが男の子バンドよりも多いかどうかはわからない。

アンドレア:女の子はいつも真剣に実験音楽を作っていたと思う。ただいままで大量の露出がなかったから、気にもされなかったんだと思う。おかしいのは、人びとがすべての女の子をひとつのプールに放り込んで、彼女たちが勝手に自分の好きなように泳いでいるのが良いみたいに言うの。この分類や区別には気をつけたいと思う。新しいことを盛り上げようとするのはわかるけど、それが本当にあるのかないのか......。個人的に、レコードは、男性中心、男女混合のものを、女性中心のものと同じぐらい見るわ。

この10年でUSのインディ・ロックはどのように変化したと思いますか?

サラ:たぶん人びとはいろんな方向に向かっていると思う。よりたくさんのジャンルができたし、たくさんのレーベルがあるけど、オリジナルなレーベルはなくなったわね。何でもピック・アップするようになったし。本当の意味でメジャー・レーベルもなくなったし。バンドはあまりツアーをしなくなってきたわね。やっぱりインターネットの影響は大きいわね。

 

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希望をなくした、特定の感情からインスパイアされている。私は"戦う曲"が書きたくて、怒りに乾杯し、モチベーションを動かすつもり。

トーク・ノーマルの言葉について話を訊きたいのですが、歌詞の面では誰の影響を受けたんですか?

サラ:違う方向からいろいろね。すべてが断片的で、私とアンドレア、両方が何かを持って来て、それを組み合わせていく。でき上がったものをまた、いろいろ変えてみたり......。

"Hot Song"や"In A Strangeland"のような曲、あるいは"Warrior"のような曲にもパンキッシュというか、ものすごい熱を感じるのですが、歌詞はどんなことをテーマにしているのですか?

サラ:"Hot Song"はね、私たちが練習をしている場所の近所に、たくさん子供がいるんだけど。この曲では、子供たちにスマイルを与えることはできなかったということがテーマ。子供は子供、違う文化だからね。

アンドレア:"In A Strangeland"は、20世紀の作家、ジェイムズ・ボールドウィンの小説『もう一つの国』からの影響よ、とてもエナジーを受けている。

サラ:"Warrior"は、何か具体的なことをしたいと思っていて、自分たちを強く、エキサイトさせようとしていたのね。

"Warrior"はまた狂った曲ですが、あの曲の狂おしさはどっか来ているのですか?

アンドレア:クレイジーさはすべて私たちのなかにあるの。PILのジョニー・ライドンは、自由なヴォーカル表現に特定の焦点があったわ。歌詞は、希望をなくした、特定の感情からインスパイアされている。私は"戦う曲"が書きたくて、怒りに乾杯し、モチベーションを動かすつもり。

"Uniforms"みたいな曲には社会風刺が込められているんじゃないですか?

アンドレア:いいえ、たぶんどこかのラインに"政治的な"ことが含まれているのかもしれないけど、全体的の曲の意志は、政治的でなく、むしろただたんに、社会的、政治的、個人的ないらだちなどの、心の底からの確信したリストなの。

"Transmission Lost"が大好きなんですが、あの曲の主題を教えてください。

アンドレア:さっきも言ったように、このテーマは、サラが見た霞んでいる夢から来ているの。彼女が選んだこの言葉は、夢をとても美しく描写し、曲のすべてだと思うし、その後、私たちでいくつかの言葉を当てはめていったの。最初にサラが、まどろみから覚め、夢を書き留められないぐらい、長く待ったように、ゆるいコンセプトが、そのメモリーをフェイドアウトさせるのでなく、より明確に待っていたことを発展させたの。

『シュガーランド』というアルバム・タイトルは何を意味していますか? 

アンドレア:"シュガーランド"という言葉には、いろんな意味があって、元々は"Transmission Lost"の歌詞からとったの。歌詞がタイトルにあれば賢いし、ファンが自分の方法で見つけたら、より面白いと思ったの。この歌詞には、"ドリームランド"という詩的なテーマがあって、さっきも言ったようにサラが見た夢にインスパイアされているの。彼女のドリームランドだけは、本当にどこかにあって、"Transmission Lost"にあるドリームランドは、より曖昧な意味なの。そして"シュガーランド"という単語は、トニ・モリソンの本『ソロモンの歌』から引用したの。彼女は本の中で、詩的に"シュガーマン"という言葉をよく使っていて、私はいつも彼女の文章に、詩的なものを感じていたし、彼女の文章を口ずさむようになったの。あとはたんに"Sugarland"という言葉が好きだったの。シンプルで定番で、ちょっと遊び心もあって......。みんなはトーク・ノーマルを激しいサウンドと見ているだろうけど、これが私たち自身を表すと考えているの。

ゆらゆら帝国がお好きだそうですね。残念ながら彼らは解散してしまいましたが。

アンドレア:彼らがアメリカツアーをしたときにいちどサウンドを担当したことがあるの。サイケデリックでとても良いわよね。

1曲誰かのカヴァーをやるとしたら何をやりたいですか?

アンドレア:デペッシュ・モードなら何でも。あとは......The Ampsかな。

オールタイム・トップ・5のアルバムを挙げてください。

サラアンドレア:ロキシー・ミュージック『フォー・ユア・プレジャー』、ザ・クリーチャーズ『フィースト』、ローリー・アンダーソン『ビッグ・サイエンス』、デペッシュ・モード『ソングス・オブ・フェイス・アンド・デヴォーション』、カニエ・ウェスト『808's & ハートブレイク』、ロバート・フラック『ファースト・テイクス』、ブライアン・イーノ『テイキング・タイガー・マウンテン』......他にもたくさんあるけど。

それじゃ、日本で会えるのを楽しみにしています。最後にこれを読んでいるリスナーにメッセージをお願いします!

アンドレア:日本に行くのはとても楽しみ。この機会を頂けたのはとても光栄なことね。

サラ:とにかくエキサイト。待ちきれないわ。

 

Rob Walmart - ele-king

 さてと......。今回はなにがなんだかさっぱりわからない。パンサーやラッキー・ドラゴン、もしくはジャッキー・オー・マザファッカーの周辺からハニー・オウエンズやDFAへスウィッチしたヤクトなど曲者のリリースが多いポートランドのレーベルからアナログ3枚組み。99年に、やはり3CDで『メイド・イン・カナダ』というアルバムをリリースし、その後はRで『ブリッツクリーグ』『カムチャッカ』『ボーツ・アンド・ピアーズ』『ケイクモンスター』と、この10年でリリース量はそれなりにあるようで、マイ・スペースを見るとメンバーだという人たちの名前がずらずらと書いてはある。Tシャツはライオネル・リッチーの顔に「ROB」と書いたものが売られ、同じくアルバムのレーベルにはライオネル・リッチーに「ダブステップ」と書いてみたり。ウォルマートを名乗るだけあって......やめましょう。音だけに焦点を絞ろう。

 ひと言でいえば、ロウ-ファイ・ダブか。全23曲に共通していえることはそれだけで、最初の頃はザ・フォールをダブ・ミックスで聴いているようだなーと思っていると、緊張と弛緩が適度に混ざり合いながら、遊びとも実験ともつかない小品を山と聴かされ、後半のロング・インプロヴァイゼイションへ雪崩れ込む(200時間以上のテイクを編集したものだとか)。荒んだようなところはまったくなく、どこか真剣なものを秘めつつ、唐突にダンス・ミュージックに足を向けてみたり(スクラッチのクリシェを逆手にとった"ゾンビ・レイザー"は実に素晴らしい)、アーカイヴ型だといってしまえばそれまでだけど、どの曲もルーズでブヨブヨとしたムードは共通で、どこがいいんだろう......と思っているうちに、結局、全部聴いてしまうという...。気の抜けたカン、パンク気質を欠いたPiL、笑いのないジ・オーブ、しみったれたマッシヴ・アタック、展開のないビル・ラズウェル、覇気のないマウス・オン・マース、歌詞のないフィッシュマンズ、集中力のいらないサン・アロー......なにもかもがフェネスとは反対。やる気のない日に聴くとホントいい。眠気の嵐を描写したような"カンフェレンス・コールズ"、ジェントル・ピープルとデレク・ベイリーをダブで結んだ"ウイニー・ロースト・オン・バットファック・アイランド"、SEの洪水がたまらない"スペース・インヴェイド"......何をやってもバカバカC、誰と会っても疲れるだけ。今日一日寝ていられたらどんなにいいだろう。ずぶずぶずぶずぶずぶずぶずぶ......

Shop Chart


1

SCUBA

SCUBA Triangulation HOTFLUSH / JPN / 2010/3/27 »COMMENT GET MUSIC
新たなるDUBSTEP新世紀の幕開け!! 自身のレーベルよりリリースされた2NDアルバム。 OSTGUT TONからのMIX CDでもダークなテクノとも重なり合う独特の価値観を提示したシーンのキーマン。モチロン近作でもメタリックなリズム、退廃的な未来感を感じさせるシンセのメロ、DRUM&BASS、UK BREAKS辺りにも近しいタフなベースライン。まだDUBSTEPを体感していない人にも是非。(I)

2

FRANCOIS K

FRANCOIS K Heartbeat Presents Mixed By Francois K LASTRUM / JPN / 2010/3/24 »COMMENT GET MUSIC
DERRICK MAYによる第1弾の勢い冷めやらぬ中、フランソワによる第2弾がリリース!! 70年代のNYから現在まで、常にダンスミュージックの中心で輝いてきた巨星。今回は自身が運営する「WAVE MUSIC」絡みの音源をメインに、TECH HOUSE、DUB TECHNOをスムースにMIXしたフロア直結の陶酔型作品。(I)

3

COBBLESTONE JAZZ

COBBLESTONE JAZZ Modern Deep Left Quartet !K7/ULTRA-VYBE / JPN / 2010/3/24 »COMMENT GET MUSIC
間違いなく今年を代表する作品です。類似品のない独自の「JAZZ」感を表現しきった1STアルバム「23 SECONDS」から3年を経てリリースされた2ND アルバム。先行12inchでも見られた、これまでのスタイルをさらに推し進めた図太いGROOVEは本作でも健在。ディスクユニオン限定の特典として来日時のLIVEを収めたDVD-Rが付きます。(I)

4

DJ YOGURT & KOYAS

DJ YOGURT & KOYAS Chill Out THIRD-EAR / JPN / 2010/3/10 »COMMENT GET MUSIC
未だに売れ続けるロングセラーMIX CD「AMBINET FOR HARD WORKIN' PEOPLE」でもおなじみのヨーグルトがコヤス氏と組んで、あの名作「CHILL OUT」のカバーアルバムを発表!! コラージュ、SE、様々なAMBIENT的要素を組み合わせて新しく蘇った「CHILL OUT」。この作品も長い間愛される作品となることでしょう。(I)

5

GREG GOW

GREG GOW Pilgrimage EP TRANSMAT / US / 2010/3/19 »COMMENT GET MUSIC
歓喜!!! デリック・メイ主宰「TRANSMAT」レーベル復活!!! 先日リリースされたデリックのMIX CDでも終盤で強い印象を与えたあの曲です!! STRINGS OF LIFE時代から変わらない「TRANSMAT」らしいストリングスのフレーズとシンセ使いの組み合わせを、完全フロア対応型で成立させたエクストリーム・トラック!!!(I)

6

VARIOUS ARETIST

VARIOUS ARETIST Cecille Italy CECILLE / GER / 2010/3/24 »COMMENT GET MUSIC
EUのMINIMAL│HOUSEシーンの重要レーベル「CECILLE」からイタリア人プロデューサーをセレクトしたオムニバスが登場。アンダーグラウンドな顔ぶれですが、「CECILLE」のフィルターを通過しているだけに、全曲即戦力。個人的なオススメは、重心の低いGROOVEと酩酊感がたまらんLEON、オルガン使いとハウシーなハイハットがNICEなPIRUPAあたりをチョイス。(I)

7

DANI CASARANO & FELIPE VALENZUELA

DANI CASARANO & FELIPE VALENZUELA La Tulipe EP CADENZA / GER / 2010/3/24 »COMMENT GET MUSIC
絶好調レーベル、ルチアーノ主宰「CADENZA」より異色JAZZ MINIMALが登場!!! 南米チリのDANI CASARANOとFELIPE VALENZUELAによるトラックで、エレガントでモダンなJAZZピアノと、CADENZAらしいパーカッションでミックスしたA面。B面はVOICEサンプリングと美麗なピアノをMIX。こちらも盛り上がり間違いないです。(I)

8

V.A.

V.A. Don't Believe The Hype OSLO / GER / 2010/3/24 »COMMENT GET MUSIC
レーベル発足から3年、間違いなくミニマル・ハウスのトップレーベルの一つへと躍進を遂げたOSLOが届けてくれた渾身の12インチ4枚組! CHRISTIAN BURKHARDT、JOHNNY D、FEDERICO MOLINARIといった主力アーティストが、セクシーでグルーヴィーな"本物の"フロア向けミニマルをドロップ! DON'T BELIEVE THE HYPE!(S)

9

GLENN UNDERGROUND

GLENN UNDERGROUND AFRO GENTE SUPERB ENTERTAINMENT / FRA / 2009/4/2 »COMMENT GET MUSIC
確か07年のマイアミWMC、毎日Glennを追っかけてその都度彼がプレイしていた曲。めでたく12インチリリースで間違いなく大ヒット(!)かと思いきや、当時はそれ程騒がれませんでしたね。Theo Parrishがセットに組み込むようになり、先日のDerrick MayのCDにも収録。3年越しでようやくヒットに至った遅咲き演歌ヒット曲のような1枚。(Y)

10

PINK SKULL

PINK SKULL ENDRESS BUMMER MUSIC 4 YOUR LEGS / JPN / 2010/3/5 »COMMENT GET MUSIC
1stアルバムがそこそこ話題になったNYのサイケロック(?)バンドの2nd。ドロドロになり過ぎないための聴きやすいダンスロック~ESGのような臭いもしなくも無い曲もありつつ、中盤から後半はいろんな意味で"bummer"な少々OD気味にトバす「あっち側で鳴ってる音」ばかり。どなたか野外フェスに呼んでくれないですかね?(Y)
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