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まあそんなわけで大阪はすっかり深夜踊れない街になっているので、やってられるかと僕はバスで寝ながら東京に向かった......SonarSound Tokyoでしこたま踊るためである。ちなみに「オールナイトの イヴェントに行ったことがないから行ってみたい」というふたつ年下の友人を連れて行ったのだが、キャッチーな入り口がありつつ、現在のエレクトロニック・ミュージックの奥行きも感じられるラインアップになっているのはソナーならではだ。
それだけ豪華なメンツになっていることもあり、今回に限ったことではないが全くの個人的なレポートになっていることをお許しいただきたい。ケン・イシイのプロジェクトの裏ではグローバル・コミュニケーションとアオ・イノウエがやっている......そんなイヴェントなのだ。
会場は今年も新木場のアゲハ/スタジオコーストで4ステージ、しかしものすごい数のひとだ。これだけの人間が深夜に踊りたがっているのに、クラブを閉店に追いやって警察はいったい何がしたいんでしょうな......とグチりたくなりつつも、ステージをいくつかウロウロしてアルコールとビートを身体に馴染ませていく。外のステージであるSonarLabでは大阪出身の若いトラックメイカーのSeihoとAvec Avecが煌びやかな エレクトロニック・ミュージックで沸かせている......法律に関係なく、ダンス・ミュージックはただそこに存在して新しい世代を踊らせるのをやめていなかった。
メイン・ステージであるSonarClubに向かうと、ドリアン・コンセプトが相当デカい音量で遠慮なくビートを投下している。テンポが変わるブレイクビーツと音程の揺れまくるキーボード・サウンド、とにかく情報量が多い。ヒップホップとエレクトロニカの感性がミックスされているという点では珍しくないけれど、コミカルにもシリアスにもなりきらず、ややこしい実験の袋小路にも向かわず、妙にあっけらかんとした開放感があるのがいい。
SonarDomeと名づけられたテントはひとが溢れ、入場規制がかかった。グローバル・コミュニケーションのリユニオンだ! 「世界規模の、伝達」という例のサンプリング・ヴォイスからはじまり、トム・ミドルトンとマーク・プリチャードはスクリーンの向こう側からゆっくりと、ゆっくりとその脳の襞に染み込んでいくような和音を響かせていく。スクリーンには、『ナショナル・ジオグラフィック』か『Newton』の写真のような宇宙の映像が広がり、みるみるうちにサイケデリックな領域にオーディエンスを連れて行く。メイン・ステージに比べるとどうしても音量が小さくなってしまい即効性はなかったが、その分、後にアンビエントのクラシックとなった『76:14』の音響世界に耳を澄まして分け入っていくような体験を味わうことができた。映像の使い方にしても音にしても90年代のエレクトロニカの文法を外れるものではないが、それだけ過不足のない完成された型がそこにはあったように思う。とくに中盤に訪れた、足元から這い上がってくる恍惚には背中を撫でられているような気分になった。もちろんこのアンビエントは現代まで繋がって、さまざまなヴァリエーションに展開している。ラストにはミニマルなテクノでガシガシ踊らせもしたが、あの気の遠のくような音響がグローバル・コミュニケーションなのだと感じられた。
すっかり上機嫌でテントの外に出た僕は、友人のOと合流した......のだが、持っていた財布が消えたらしく忙しそうだったので、邪魔するのも悪いのでOをそっとしておいてメイン・ステージに向かう。ちなみにこの友人Oは、去年のフジロックのレポートで酔いつぶれてその辺で寝ていた男と同一人物である。僕が知っているだけでも、Oは4回財布をなくしている。
それはともかく、ここからメイン・ステージは〈ワープ〉のスターが続く。まずはクラークだ。彼のライヴは三度ほど観ているが、激変の新作『イラデルフィック』の直後とはいえ、これまでの内容と大きく変わるものではなかった。圧迫感のある強力なビートと狂気じみた電子音の交差が、次から次へと展開していき全く休む暇もない。エイフェックス・ツインの血筋はたしかにあって、僕にはクラークは〈ワープ〉の正統な第二世代だと思える。けれども、エイフェックスのような子どもじみた悪意はここにはあまり感じられないし、その狂気は陰湿なものではない。シンプルに「ぶっ飛んでいる」状態が様々なテンポで応酬する、そんな気のふれたアッパーさがクラークのライヴの醍醐味だろう。いくつかミスもあったが、それも気にさせない堂々たる内容だった。アンコールでは『イラデルフィック』収録の変拍子も聞かせてくれたが、基本的には新機軸よりも得意のやり方で会場をピークまで持っていった印象だ。
ステージの後ろの方に行くと酔いつぶれてOが寝ている......。横にいた彼女に聞くと、財布は戻ってきたものの現金はなかったそうだ。酔いつぶれたい気持ちも分からなくもないが、友人として声をかける。「スクエアプッシャーはじまるで」。起きない。そっとしておくことにした。
そんな人間以外はかなりのひとがステージに押し寄せる。スクエアプッシャーへの期待は相当なものだ。バックに大きなLEDのスクリーン、卓にもLED。そこにLEDスクリーンつきのヘルメットをかぶって現れた男は、本当にトム・ジェンキンソンだったのだろうか? というのも、これまでと印象がかなり違う。音に合わせてぶんぶん腕を振り回すような、サービスめいた煽りをするタイプだったか? が、新作『ユーファビュルム』からの楽曲を生楽器を使わずすべてエレクトロニックでやっているとは言え、音そのものはスクエアプッシャーらしい高速のドラムンベースやブレイクビーツとメランコリックかつエモーショナルなメロディ。その迫力と完成度は確かなもので、ジェンキンソンもまた、10年以上かけて作り上げた型を洗練させているように見えた。新鮮な驚きはなくとも、音と完全に同期した映像の手際の良さも含めてとても安定している。彼のキャリアも一周したということなのかもしれない。新世代がひしめくソナーのなかで、ヴェテランの意地を見せるようなライヴだった。
その点、ラストのアフリカ・ハイテックはもっと粗野で横断的だ。その日二度目の登場のマーク・プリチャードは自在にビートをコントロールする――ヒップホップ、ドラムンベース、ダンスホール、ダブステップ、アフロ・ビート、それらのミックスと野太いベース音。そのハイブリッドな音はデタラメではなくて、プリチャードの長いキャリアで培われた審美眼によるものなのだろう。ビートは雑多でも、ダンスの機能性はまったく損なわれていない。スティーヴ・スペイセックはそこに時折歌を乗せ、自ら踊りながらオーディエンスを乗せる。僕もまんまと乗せられて、ひたすら足を止めることなく踊り続ける。ああ、明日絶対寝坊するな......マーク・プリチャード意外とかわいいな......とか朦朧とした頭で考えているうちに、あっという間に朝になっていた。
2日目。野田ボスの「寝てた?」という電話で目が覚めて、「寝てました!」と元気良く答えたら苦笑されたのにもめげず、再び新木場へ。めげない友人O(1日目はほとんど寝ていたらしい)も行きたいと言うので連れて行く。野田さんはそのとき夢中のものの話しかしないから、今回はグルーパーの話をひたすらするんだろうなあ......と思いながら合流する。とても上機嫌そうだ。「いやあ木津くん、昨日のグルーパーは素晴らしかったよ」......。
それはともかく、ボスにつられてすでに数杯目の酒を飲みながらラスティを観る。これがまた、声を上げて笑ってしまうぐらい面白かった。横にいた野田さんが「頭いいのかバカなのかわかんないね」と言うように......いややっぱり、ちょっと「バカ」寄りなんじゃないかと思えるほどに、無闇に壮大で突拍子のないドラマティック・シンセ・サウンドが展開される。無駄にトランシーな上モノはレイヴ感覚を茶化しているようにしか聞こえず、しかし一周して大真面目なんじゃないかと錯覚してしまいそうにもなる。そこにはガキの衒いのないギャグがあり、同時にシニカルな風刺があり、しかしそれらはやたらに強い音圧でもって「もう何でもいいや」という気分に取って代わられる。ダブステップ以降のビートを使って、こんなに無責任な跳躍を見せたのはラスティがいちばんではないか。とにかくエネルギッシュ、ファンキー、エクストリーム。こんなに笑えるダンス・ミュージックはいま、なかなか見当たらない。
その後のマウント・キンビーは一転、思慮深い演奏でポスト・ダブステップのもっともメランコリックな場所へとガイドする。曲の断片が現れては消え、思った以上に複雑な音のレイヤーの絡み合いで聞かせる。まだライヴに慣れていないのか頼りない部分もあったが、エコーの響きの余韻に浸らせながらじっくりと自分たちの音に引き込んでいった。"カーボネイティッド"や"メイヤー"といった代表曲では冷たさのなかに熱がじわりと溶け出す瞬間のスリルが見られたので、もっと1曲1曲をじっくり広げるライヴも観てみたいと感じた。
ヴィンセント・ギャロの姿を一瞬確認しつつも、SonarDomeへ。ハドソン・モホークもまたテントをいっぱいにして、不利な音条件のなか頑張っていた。とくに先のEPのトラックがひときわ光っていて、インタヴューでは本人にはやんわり否定されてしまったが、やはりレイヴィーな眩しさがそこでは反射していた。連発するカットアップには脈絡がなく痛快極まりないが、ラスティを観た後だときちんと考え抜かれているようにも聞こえるから不思議だ。とは言えグラスゴーのこのエネルギーがいま手をつけられないのは間違いなく、次の動きのひとつは間違いなくここから続くだろうと思わされる。終盤、ここぞというときにR&B調のブレイクビーツ"オーヴァーナイト"が投下され、オーディエンスを激しく縦に揺らしていた。プレステでひたすら作曲を続けていたような少年たちが、フロアを沸かせる時代がまさにいま訪れている。
バスの時間があったため僕は途中までしか観られなかったが、ザ・シネマティック・オーケストラは最後にたっぷりとアーティスティックな時間を用意していた。ヨーロッパの古典映画などからの引用を編集で処理した白黒映像と、ストリングスを加えた叙情的なアンサンブル。ジャズとエレクトロニカを交えたオーケストラは、美しい映像に緩やかにシンクロしながらまさにシネマティックな物語を奏でていた。
たしかにメンツが豪華だったSonarSoundだが、結局のところ僕が味わいたかったのはダンス・ミュージックの胎動し続ける力そのものだった。そしてそれはその2日間、まったく遠慮することなく放たれていたのだった。すっかりエネルギーを使い果たした僕は、バスで気絶しながら大阪に帰った。
木津的best 3
グローバル・コミュニケーション
ハドソン・モホーク
アフリカ・ハイテック
木津的worst 3
2日目のスタート時間の早さ
SonarDomeの音量
友人の金を盗んだ輩
野田的best 3
ラスティ(情報量の多さにびっくり)
マウント・キンビー(思ったよりも良かった)
ハドソン・モホーク(メインで聴きたかった)
野田的worst 3
ビールの値段(酒飲めないわ)
SonarDomeの音質(メンツが良いだけに......)
ヴィンセント・ギャロ(可もなく不可もなし)
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Hakim Murphy - Errr - Plan B |
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Iori - Moon - Phonica White |
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Hunee - Minnoch - Rush Hour Recordings |
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Nicholas - Looking - X-Masters |
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Intruder(A Mark Production)featuring Jei - Amame(Redio SlaveMix) - Defected |
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BLM (aka Ben Micklewright) - All Out of Place - Tsuba Records |
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Seuil - Sub Boogie Drama EP - Karat |
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John Jastszebski - Children of Children - Phonogramme |
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Creative Swing Alliance - Get Down - City Fly Records |
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Frank Roger - Take You Up - Circus Company |
アルバム・タイトルとは別に大きくデザインされている文字は「ですよね?」と訳すことができる。イースト・エンド×ユリ風に「だよね?」でも、少し丁寧に「でしょう?」でもいいだろう。何かに対して同意を求めている。
何に?
「ロックしていること」ではないかと思われる。ローリング・ストーンズやヴェルヴェット・アンダーグラウンドを適当な因数に分解して再合成したサウンドからは、これしかないという思いが感じられる。残念ながら僕にはその思いは少ししか共有できないけれど、ロックしかないと思っているリスナーは強く同意してあげるといい。もしも、この世にロック・ミュージックしかないのであれば、このアルバムはよくできた作品だと思うから。
昨年は「ロックは死んだ」33回忌だった。ジョニー・ロットンはそのように言い放って、1978年にセックス・ピストルズから脱退し、自分の名前も変えた(そして、PiLを始動させる......そう、PiLが復活するのは2年早かった。仏教徒じゃないんだから当たり前か)。
スピリチュアライズドは紛れもなくロックしている。『ロッキン・オン』風にいえば......掛け値なしにロックの王道を爆走している。魂が叫んじゃったり、人生とか光とか明日が大変なことになっている感じだろうか(最近の『ロッキン・オン』は違うのかな? 経済とか論じてたらどうしよう......)。とはいえ、ジミ・ヘンドリクスとルー・リードが揃って婚姻届に判を押したようなタイトルの"ヘイ・ジェーン"からいきなり弾けまくりで、途中で一回、事故を起こしたと思ったらクラウトロックになって曲は蘇ってくる。ラ・ドュッセルドルフ"ドュッセルドルフ"で飛行機が墜落しても、また、何事もなかったように飛んでいくあたりを思わせる。さすが、一度は死に掛けた男である。引用する場所が違う。一転して"リトル・ガール"では情緒的なフォーク・ロック、さらにメロトロン......じゃないと思うけど、プロコル・ハルムをバックにピーター・ペレットが渋い喉を聞かせているようなサイケデリック・ナンバーと、ある種のロック・ページェントが続く。なんというか、自分がどんどん古い男になっていく気がする。なにがダブステップだ。なにがインテリジェント・ブラック・メタルだ。やっぱ、ロックンロールだろう。だよね?
「ユー・ゲット・ワット・ユー・ディザーブ」のアウトロはなかなかいい。少しばかりスペースメン3のことを思い出せるからである。続く「トゥー・レイト」ではそうはいかない。思い出すのはブリティッシュ・ロックがパンクに蹴散らされる前のこと。「ヘッディン・フォー・ザ・トップ・ナウ」でピアノが連打されるとエルトン・ジョンが映画『トミー』で10メートルぐらいあるブーツを履いていたことを思い出す。授業をサボって初めてひとりで観にいった洋画だった。ティナ・ターナーが全身から血を抜かれるシーン。TVから吹き出るゲロがアン・マーグレットを呑み込むシーン。教祖に扮したエリック・クラプトンの足元でアーサー・ブラウンがただひたすら蠢いているシーン。それらはみなワイルドで「ロック」だったけれど、僕の人生観とか、タマCとかは揺すぶられなかった。『タワーリング・インフェルノ』や『ロッキー』といった映画と同じ娯楽でしかなかった。そう、それがそもそもスピリチュアライズドが『レイザー・ガイデッド・メロディーズ』でデビューした時からの違和感だった。ポカホーンティッドやダブル・レオパードといったゼロ年代のドローン・バンドからそれぞれベスト・コーストやエンドレス・ブギーといったロック回帰も起きたわけだから、サイケデリック・ロックを追求していたスペースメン3からスピリチュアライズドが派生してはいけないとは言わない。しかし、僕のまわりにソニック・ブームの熱心なファンは腐るほどいても、ジェイスン・ピアースに夢中だという人がまったく見当たらないように、スペースメン3のサウンドを形作っていた基礎の方にシフトしたサウンドはやはりスリリングとは言いがたく、娯楽以上のものにはなってくれない。そう、エンターテイメントとしては本当に素晴らしい。"メアリー"から"ライフ・イズ・ア・プロブレム"への流れなんて、なにひとつ文句はないではないか。......ですよね?
チャド・パースンズとニコラス・ロングウォースがこれまでにリリースしてきた3本のカセットからウイアード・フォレストが独自に編集したコンピレイション『オブジェクト・パーマネンス』は、スピリチュアライズドよりもスペースメン3に近く位置し、まるでゼロ年代のUSドローンからサイケデリック・ロックを捻り出そうとするダイナミズムの交差点に立っているという錯覚を与えてくれる。彼らはそれをバーニング・スター・コアやレリジャス・ナイヴスとは正反対にポップ・ミュージックとして展開しようとする意欲まで見せてくれる。こんなことはトークディモニックにも、インフィナイト・ライト・リミテッドにも、ましてやダイアモンド・グロスにもできなかった。ポスト・クラシカルへ舵を切ってしまったファック・ボタンズも論外だし、エメラルズやマウンテンズが失ってしまったハードさをどこまで持続させることができるのか。USドローン・ヴァージョンのスペースメン3だといえる"ポーター"を聴きながら、僕は不安と期待をいつしか天秤にかけている。ジョニー・ロットンは「ロックは死んだ」と言い放ったかもしれない。しかし、誰もまだ「サイケは死んだ」とは言っていない(僕は聞いたことがない)。そして、"クラッシュド・トゥ・ビッツ"がまたしても曲がりくねった奇妙なヴィジョンへと僕を誘い込む。
ステージに登場すると、マイクを持って「クリーヴランドから来たマーク・マッガイアと言います」とまずは自己紹介、プロモーターやレーベルへの謝礼、それからオーディエンスに向かって「楽しんでいってください」と言い終えると、よっこらしょとギターを肩にかけて、そしてショーがはじまった。なんだか礼儀正しい人だった。
ライヴは、ダンス・ミュージックだった。ドラムがないのに......将来音楽からドラムはなくなるだろうと空想したのはアーサー・ラッセルだった。ディスコ・ダンス・ミュージックに情熱を燃やしながら、同時にドラムのない音楽こそが刺激的に思える時代がいつか来ると、彼は予言している。
音楽によって、ビートは人の内部からスポンティニアスに生まれる、マーク・マッガイアがやったのはそれだった。人びとのざわめきからはじまり、マッガイアはループを重ねてうねりを創出する。いくつもの反復がシンコペーションしているので、リズムが生まる。そうしてでき上がった音の波のうねりの上をマッガイアは滑るようにギターを弾いている。
ギターを肩からぶらせげて、彼自身も身体をリズミックに動かしながら演奏する。けっこう、ノリノリだ。アンビエント......というイメージからは遠く、良い意味で期待を裏切るようなマッガイアのリズミックな演奏に、オーディエンスの身体はじょじょに反応していく。時折歪ませ、激しさを見せながら、しっかりと起伏のある曲を展開する。曲の途中でベース・ギターに持ち替えて、ベースのループも加え、ふたたびギターを重ねるという芸まで披露した。瞬間的だが、彼はロバート・フリップやデイヴ・ギルモアといった領域にも接近したが、幸いなことにそれがミニマリズムから脱線することはなかった。
気がつけば、彼は適度に埋まったユニットのフロア全体を桃源郷へと連れていっている。どこまでも連れて行く。気がつくと、もう1時間も経っている。
そして、まだ20代半ばをまわったばかりの青年は、桃源郷からこの現実への着地までも、しっかりと、焦ることなく、ゆっくりとやった。これがマッガイアのライヴかと、我にかえったオーディエンスは、あらためて驚嘆を感じながら拍手した。アンコールがあった。1時間半ほどの演奏は終わった。終わって帰ろうかと思ったら、松村正人が入ってきた。
マーク・マッガイアの前に演奏した青葉市子も素晴らしかった。彼女の静かな演奏においては、カウンターバーのあたりのお喋りがライヴ中に延々とステージ前方にまで聞こえていたので、いっしょに来た友人は少々不満を感じているようだったが、そこはまあ、ジョン・ケイジではないが、そうした周囲の雑音もまた音楽(ライヴ)のいち部ということで受け入れよう。日本のライヴでは、なかば信仰めいた感じで、客個人→ステージという図式が絶対化しているけれど、本来なら客同士の相互関係も同様にあってしかるべきだし(サッカーの試合ではある)、公共の場における猥雑さは全否定すべきではない。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのライヴ盤など、客のお喋りがその音楽のいち部になっている。
その晩は、彼女は、ジョン・フェイヒィを彷彿させるテクニックもさることながら、ほとんど喋りなしで、長めの曲を4曲演奏した。それら楽曲は後方のお喋りがステージまで聞こえるほど静かだが、しかし気迫のこもった演奏だった。いちばん可哀想なのは、その目に前に素晴らしい音楽があるというのに、その晩の青葉市子の演奏を聴き逃している喋っていた連中だった。
先日のグルーパーのライヴは、可能な限り音量を下げることで(空調のノイズよりも低い音量で)、その場の耳すべてを惹きつけた。マーク・マッガイアはスティーヴ・ライヒとインディ・ロックの溝を埋めるかのようなダイナミックな演奏をした。USアンダーグラウンドの新世代では確実に変化が起きている。その正体がこの日本で明かされた数週間だった。多くの若いリスナー、そして未来に関心のある多くのリスナーが集まった。我々は、いま、確実に、音楽の新しい場面に立ち会っている。
というか、マーク・マッガイアの追加公演決まりました! 今週日曜日(5/20)、場所は新宿SOUPです!!!!! 行けなかった人はこれを見逃さないように! (DJもやるようですよ)
https://ochiaisoup.tumblr.com/#22780951997
※ちなみに、まったくの蛇足ながら、メタモルフォーゼのG2Gのライヴもさすがだった。あれはむしろ、ドラムがないことが考えられない音楽だった。
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cold dark : https://www.colddark.info/
madberlin : https://madberlin.com/
soundcloud : https://soundcloud.com/colddarkmadberlin
beatport : https://www.beatport.com/artist/satol/140790
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Nujabes - Blessing It - Hydeout Production & Tribe |
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Uyama Hiroto - Stratus - Hydeout Production & Tribe |
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Dj Krush - Kemuri - Mo Wax |
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The Blue Herb - 時代は変わる - THA BLUE HERB RECORDINGS |
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Goth Trad - Sublimation - Deep Medi Musik |
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FaltyDL - Regret - Hotflush Recordings |
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Satol - Biocritical - Cold Dark |
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Satol - Impressionable - Cold Dark |
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Satol - You Know Where - Cold Dark |
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Satol - Isla De Pascua - Cold Dark |
遠くで沈む太陽
昇ってくるブルーでループ
ゆっくり死んでくいつでも
まったく悲しくならない"Come Together"
当然の話、いかなるインディ・ミュージックも、それがただ単にインディである、というだけの理由で称賛することはできない。それは単に、権威主義に負号を付した形式主義に過ぎないからだ。とはいえ、結果として、そこに一定の傾向があるのも否定しがたい事実だろう。「彼ら」は身を挺して、いまでもポップ・ミュージックの試行錯誤を繰り返している。しかも、誰よりも楽しそうに。先月4日に発売された本誌の紙版『vol.5』で、〈Maltine Records〉を軸とした、この国のインディ・ポップの一場面について書いたが、それは、ゼロ円音楽がいくつかの意味で決してメジャー・レーベル・ミュージックに劣っているわけではないこと、そして、このダウンロード文化が欧米の専売特許ではないことを証明している、そういう話だ。したがって、未練がましく昨年のアルバムを紹介するのはなるべく控えようと思う。もっとも、これに関しては『ele-king』的にもスルーをしてはいけないインディ・ポップだと思うので、どうか大目に見てほしいのだが(発売は半年以上前!)。
さて、本稿の主人公であるウィークエンドは、90年代のリアル・タイマーとして、あの時代の遺産を引き継ごうとする。メンバーの泉水マサチェリー(@masacherry)、MC転校生、MCモニカは、90年代をほぼきっかりとティーンとして過ごし、20代を折り返したゼロ年代の後期から活動を本格化させている。あるいは遅咲きの部類かもしれないが、そのポップ・センスにはまだフレッシュな輝きが宿っている。活動拠点は世田谷、ということだが、音楽的には、ファンクやディスコのカラフルなミックスで、あまり好きな表現方法ではないが(ウェブ上で接触できる音源が少ないので仕方がない)、"スチャダラパー×フィッシュマンズ×□□□(クチロロ)"となるだろう。ヒップホップ、ブレイクビーツ、レゲエ・ポップ、チープ・ディスコ、J-POP、アイドル・ポップ、そこにおセンチなメロディ、それを乗せる歌とラップがラフに、だがしっかりと撹拌/混合される。端的に言って、センスを感じる。レコード中毒者特有の、ヒップでドープでポップな、「製作者である以前にマニア・リスナーだ!」というあのセンスだ(彼らのmyspaceで過去曲を参照のこと。"また夏が来る"は再音源化希望!)。
とはいえ、90年代的な雑食趣味が、ポスト・ゼロ年代の焼け野原において、そのまま素朴に復権されるほど単純な時代でないこともたしかだろう(そのためには細分化/複雑化しすぎている)。実際、ツイッターにおける書き込みを見ていると、トラック・メイクなど、グループの根幹を担う泉水は、チルウェイブにもさしたる関心はないようだし、ベタともいえるポップ・メロディに対して、今なお大きな信頼を寄せている。その点からすれば、ウィークエンドを単に保守的なポップスと一蹴することも、あるいは不可能ではないだろう。だが、自分の出自とは関係のないトレンドよりも、自らの音楽体験に忠実であろうとする泉水の態度を、私は好ましく思う。とくに、この世代のミュージシャンがファンク/ディスコに対してこれほどまでに執着を見せる点は興味深い(これまた山下達郎の影響?)。なお、それは前作にあたる総括盤『Pet Sounds』(2011)においてより顕著で、サマー・ポップのお約束をひとつひとつ消化しながら("PINK"はクラシック!→https://www.myspace.com/music/player?sid=80086212&ac=now)、ディスコの軽薄さを思う存分に満喫するその姿は、奇しくもベッドルーム・ディスコによる共犯的なナイーヴィティを愛したチルウェイブに対するコインの表裏のようだった。
いつだって僕らこんな風に
錯覚ばかりのデイバイデイ
くりかえされるこんなミュージックに
またあの夏を感じているのさ
"夏をくりかえす~Playback Summer, ENDLESS~"
そして、昨年発表されたのが本作、『LEISURE』である。その開放的なタイトルを裏切るように、これまで描いてきた恋、夏、海、女子というクリシェの無根拠なアッパーさを捨てて、彼らはある種のダウナーさを選んでいる。少年期の延長を断念せざるを得ないような憂いが漂い、そのせいかメロディは甘さ控えめの微糖仕様となり、サウンド・プロダクションには砂糖やミルクの代わりに、なにかケミカルなものが混入されている。そう、スケベなヒップホップ・ディスコから、バッド・トリップ上等の、ドラッギーなヒップホップ・ダブへ。ファンク・ギターとスクラッチがビンビンに跳ねるヘビーなアシッド・ファンク、"Come Together"はその変化の象徴だ。
また、夏休みの最終日が持つ焦燥感を無限にリピートするようなサマー・ディスコ、"夏をくりかえす"。そして、元フィッシュマンズの柏原譲(アルバムのマスタリングにも携わっている!)がベースを弾くスペイシーなメランコリック・ダブ、"オトナのビート"は本作最高のチル・アウトで、さらにはすぐに彼のものとわかるの浮遊感が心地いい、トーフビーツによる半覚せい的なティーン・ポップ、"SKIRT"は、彼らのポップ・ポテンシャルをまざまざと見せつける。情感に富む詩作も良いが、それをそのままでは聴かせない、どこか茶化したような3人の声色、キャラ立ちまくりのマイク・リレーがまた良い。言わばそのどれもが、遠ざかる思春期への悪あがきとして花咲いているのだ。
おそらくは、と留保して言えば、彼らには現行のシーンに対する不満があり、おそらくは相応の野心もあるはずで、それはかつてゴールデン・エイジを築いた優れたポップ・ミュージックが、いまやマーケットのニッチ・ゾーンに追いやられ、言わばセミ・ポピュラーの領域に甘んじてしまうことへの憤りのようでもある(本作にはフラストレーションが通底している)。だからこそ、(悪く言えば)未練のようなその頑固な愛情が、彼らの音楽を歴史に繋ぎ止めようとしているのだろうし、過去への敬意は尽きないのだろう。とはいえ、彼らの先輩格に当たる□□□がたどり着けた場所と、たどり着けなった場所とを思うと、いまの時代は彼らに冷徹に振る舞うかもしれない。だが、そんな悲観に先回りした上でも、これは応援したくなる存在だ。更新されるべき現在と、引き継がれるべき過去とがあるのなら、いっそどちらも背負ってしまえ。こんなに遅れて取り上げておいてなんだが......今後の展開に期待したい。グッド・ラック!(いま現在、最新のプロジェクトはこちらを参照。→https://www.youtube.com/watch?v=NoUolfbyn5E)
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Sai - Flash Back - Pan Records |
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Warren Suicide - Moving Close (Apparat Remix) - Shitkatapult |
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Private Taste - First - Automatic |
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Hartmut Kiss - Water Games (Eelke Klejin Remix) - Definition |
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Dapayk & Padberg - Fluffy Cloud - Stil Vor Talent |
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Kresy - Lords of Percussion - HVN011 |
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Jerome Moussion - Artman - Resyonator |
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ITSNOTOVER - Late at Night - Itsnotover |
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Roland Klinkenberg - Down South - Dieb Audio |
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Fumikazu kobayashi - Drink Psychedelic Session - Groove Life Records |