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ドキュメンタリーに伝記映画、ライヴ映画など、近年ますます秀作が公開されている音楽映画を一挙紹介!

3月公開の『モンタレー・ポップ』とフェス映画の系譜

インタヴュー
ピーター・バラカン──音楽映画祭を語る
大石規湖(映画監督)

『ムーンエイジ・デイドリーム』『ストップ・メイキング・センス』などのロックの映画を中心に、『サマー・オブ・ソウル』や『白い暴動』、『自由と壁とヒップホップ』といった社会派音楽ドキュメンタリーまで、近年盛り上がりを見せる音楽映画の秀作・傑作を大紹介!

目次

巻頭特集 『モンタレー・ポップ』
Review ポップ・カルチャー史のエポックとなった伝説のフェス──『モンタレー・ポップ』 柴崎祐二
Column フェス映画の系譜 柴崎祐二

Interview
ピーター・バラカン さまざまな場所、さまざまな音楽──音楽映画祭をめぐって
大石規湖 「そこで鳴っている音にいかに敏感に反応できるか」

Review
マニアも驚かせた大作ドキュメンタリー──ザ・ビートルズGet Back』とビートルズ・ドキュメンタリー映画 森本在臣
断片の集成から浮かび上がる姿──『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・ デイドリーム』とデヴィッド・ボウイ映画 森直人
説明の難しい音楽家──『ZAPPA』 てらさわホーク
微笑ましくも豊かな音楽とコント──『フランク・ザッパの200モーテルズ』 てらさわホーク
伝記映画の系譜──『エルヴィス』ほか 長谷川町蔵
トム・ヒドルトンが演じるカントリーのレジェンド──『アイ・ソー・ザ・ライト』 三田格
ザ・バンドを語る視線──『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』 柴崎祐二
今こそ見直したい反時代性──『クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル トラヴェリン・バンド』 柴崎祐二
ヴェルヴェッツを取り巻くNYアート・シーン──『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』『ソングス・フォー・ドレラ』 上條葉月
1984年と2020年のデヴィッド・バーン──『ストップ・メイキング・センス』『アメリカン・ユートピア』 佐々木敦
メイル兄弟とエドガー・ライトの箱庭世界──『スパークス・ブラザーズ』 森直人
パンクが生んだ自由な女たち──『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』 上條葉月
セックス・ドラッグ・ロックンロールに明け暮れた栄枯盛衰──『クリエイション・ストーリーズ 世界の音楽シーンを塗り替えた男』 杉田元一
アウトロー・スカムファック(あるいは)血みどろの聖者に関する記録『全身ハードコア GGアリン』+『ジ・アリンズ 愛すべき最高の家族』 ヒロシニコフ
改めて注目を集めるカルト・クラシック──『バビロン』野中モモ
甦る美しき革命の記録──『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』 シブヤメグミ
帝王の孤独──『ジェームス・ブラウン ~最高の魂(ソウル)を持つ男~』三田格
総合芸術としてのヒップホップ──『STYLE WARS』 吉田大
壁の向こうの声に耳を傾ける──『自由と壁とヒップホップ』 吉田大
ショーターの黒魔術に迫る──『ウェイン・ショーター:無重力の世界』 長谷川町蔵
ジョン・ゾーンのイメージを刷新する──『ZORN』 細田成嗣
ルーツ・ミュージックのゴタ混ぜ──『アメリカン・エピック』 後藤護
シンセ好きの夢の空間──『ショック・ドゥ・フューチャー』森本在臣
フィジカル文化のゆくえ──『アザー・ミュージック』 児玉美月
愛のゆくえ──『マエストロ:その音楽と愛と』杉田元一
徹底した音へのこだわりによるライヴ映画──『Ryuichi Sakamoto: CODA』『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK : async』 杉田元一
失われた音楽が甦る瞬間──『ブリング・ミンヨー・バック!』 森本在臣
スペース・イズ・ザ・プレイス —— 渋サ(ワ)知らズと土星人サン・ラーが出逢う「場」──『NEVER MIND DA 渋さ知らズ 番外地篇』 後藤護
生きよ堕ちよ──『THE FOOLS 愚か者たちの歌』森直人
コロナ禍におけるバンドと生活──『ドキュメント サニーデイ・サービス』 安田理央
天才の神話を解いて語り継ぐ──『阿部薫がいた-documentary of kaoru abe-』 細田成嗣
坂道系映画2選──『悲しみの忘れ方 documentary of 乃木坂46』』『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』 三田格
勢いにひたすら身を任せる──『バカ共相手のボランティアさ』 森本在臣

Column
政治はどこにあるのか 須川宗純
ポリスとこそ泥とスピリチュアリティ──レゲエ映画へのイントロダクション 荏開津広
映画監督による音楽ドキュメンタリー 柴崎祐二
歌とダンスの(逆回し)インド映画史 須川宗純

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お詫びと訂正

このたびは弊社商品をご購入いただきまして誠にありがとうございます。
『ele-king cine series 音楽映画ガイド』に誤りがありました。
謹んで訂正いたしますとともに、お客様および関係者の皆様にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

表紙
誤 大石紀湖
正 大石規湖

Terrace Martin's Gray Area - ele-king

 昨年は新作『Fine Tune』をリリース、来日公演もおこなわれたLAのマルチ奏者テラス・マーティン。彼が率いるバンドがグレイ・エリアだ。そのライヴ・アルバムが3月6日にリリースされる(LPは6月5日)。収録されるのは2020年に配信限定で披露された音源で、なんとカマシ・ワシントンがゲスト参加している。ジャズのライヴの魅力が詰まった1枚、チェックしておきましょう。

テラス・マーティン率いるバンド、グレイ・エリアが2020年に行ったライヴの模様を収録した配信限定ライヴ・アルバムが待望のフィジカル・リリース! ケンドリック・ラマーの名曲“For Free?”の超熱演ジャズ・カヴァーや、カマシ・ワシントンがゲスト参加した20分越えの絶品ジャム・セッションなど、現行ジャズにおける最高峰のライヴ・パフォーマンスがここに!

ロバート・グラスパーとのR+R=Nowや、同じくグラスパーに、カマシ・ワシントン、ナインス・ワンダーまで擁するディナー・パーティーと、数々のプロジェクトで現代ジャズの推進に余念がないテラス・マーティンが、自らのバンドとして結成した「グレイ・エリア」。そのバンドのお披露目として、2020年にJammcard主催のイヴェント「JammJam」で行ったライヴ・パフォーマンスの模様を収録した配信限定のライヴ・アルバム『Live at the JammJam』が遂にCD、レコードでリリース!!!

テラス・マーティンをリーダーに、ケンドリック・スコットやカマシ・ワシントンの作品で重宝され、自らリーダー作もリリースしている若手最重要ベーシストのジョシュア・クランブリー、ルイス・コールとジェネヴィーヴ・アルターディによるポップ・ユニット:ノウアーのバンド・メンバーでもあるキーボーディストのポール・コーニッシュ、そしてあのサンダーキャットの兄であり、プリンスやカマシのドラマーとして腕を振るってきたロナルド・ブルーナー・JRというジャズ界のキーマンが勢ぞろいしたバンド、グレイ・エリア。

その気になるライヴの内容は?と言うと、2分ほどのイントロを終えた後に突如として始まる“For Free?”で一気に爆発。曲名通り、テラス・マーティン本人がプロデュースしたケンドリック・ラマーの傑作『To Pimp a Butterfly』に収録された名曲“For Free?”のジャズ・カヴァーで、8分を超える超熱演を披露。キーボードのソロ・プレイを前面に押し出した甘味の強いバラード“Great Is Thy Faithfulness”を間に挟みつつ、テラスの盟友、カマシ・ワシントンがゲストとして参加した“Juno”、“Stop Trippin’”の二曲では、なんとどちらも20分近くにも及ぶ白熱のジャム・セッションを繰り広げる。これぞまさにジャズのライヴの魅力が120%パッケージされた極上のライヴ・アルバム!

「Juno feat.Kamasi Washington」(ライヴ映像)
https://youtu.be/ZWQ3ANEjTsQ

【Pre-order】
https://p-vine.lnk.to/ghXOiwjl

【リリース詳細】
アーティスト:TERRACE MARTIN'S GRAY AREA / テラス・マーティンズ・グレイ・エリア
タイトル:Live At The JammJam / ライヴ・アット・ザ・ジャムジャム
フォーマット:CD/LP
発売日:CD 2024.3.6 / LP 2024.6.5
品番:CD PCD-25383 / LP PLP-7404/5
定価:CD ¥2,750(税抜¥2,500) / LP ¥6,600(税抜¥6,000)
レーベル:P-VINE
*日本語解説付

【Track List】
1.Intro
2.For Free?
3.Great Is Thy Faithfulness
4.Juno
5.Stop Trippin

【Gray Area】
Terrace Martin - saxophone
Ronald Bruner Jr. - drums
Paul Cornish - keys
Joshua Crumbly - upright bass

Featuring:
Kamasi Washington - saxophone
Ben Wendel - Alto Saxophone
Maurice Brown – Trumpet

【Official】
https://twitter.com/terracemartin
https://www.instagram.com/terracemartin

Piper Spray & Lena Tsibizova - ele-king

 モスクワのエレクトロニカ・ユニット、Piper Spray & Lena Tsibizova の新作『Debtor of Presence』が、シドニーのエクスペリメンタル・エレクトロニカをリリースする新興レーベル〈Theory Therap〉からリリースされた。

 Piper Spray & Lena Tsibizova。その名のとおり Piper Spray と Lena Tsibizova のユニットである。モスクワを拠点とする電子音楽家の Piper Spray は、2011年に、ジャイアント・クローなどのヴェイパーウェイヴ系の音源で知られる〈Orange Milk Records〉から発表した『Omnicrom Girls』あたりから音源のリリースをはじめているので、すでに10年を超える活動歴である。一方、同じくモスクワ出身のフォトグラファー/アーティストでもある Lena Tsibizova は2019年頃から音源のリリースをはじめ、チェコのレーベル〈Baba Vang〉から『3rd Track』を発表している。
 ふたりは2020年あたりからコンビを組み、「Air Krew」というユニットで、ロサンゼルスのレーベル〈Motion Ward〉から『Discuss And Come Back』を発表した(2021年には4作ほどリリースする)。Piper Spray & Lena Tsibizova としては、2020年にEP「Piper Spray / Lena Tsibizova」を〈Radio.syg.ma〉からデジタル・リリースし、2022年にロシアのサンクト・ペテルブルグのエレクトロニック・ミュージック・レーベル〈[картаскважин] 〉からミニアルバム『Regressive Youth』を送り出した。

 その2作を経て、ニューヨークのレーベル〈Patience / Impatience〉から初のアルバム『Leaving Memory』をリリースするに至ったわけだ。『Leaving Memory』は、IDM、アンビエント、インダストリアルの要素を絶妙にミックスしたアルバムで、機械的でありながらも、どこか官能的なサウンドでわれわれエレクトロニカ・マニアの耳をざわつかせた。クラッシュした車のアートワークも印象的であった。
 そして2024年初頭にはやくも届けられた新作『Debtor of Presence』は、なんと3年の月日をかけて制作されたアルバムだという。じじつ『Debtor of Presence』を聴いてみると、その緻密に、かつ巧みにレイヤーされたエレクトロニックな音の層に耳をうち抜かれた。なんて透明で精密で、なんて華麗な、なんて緻密な、美しい電子音だろうか、と。何より、緻密/多層的なデジタルなサウンドがエモーショナルに鳴り響くさまが、とても新鮮なのである。ミニマルではなく、エモーショナル。これこそいまの時代において重要な要素ではないかと思う。エレクトロニカやエクスペリメンタル・ミュージックにおいても「エモ」が重要なキーワードになるのではないか。

 ともあれ『Debtor of Presence』は、聴き手に新しい時代のIDM/エレクトロニカを実感させるサウンドである。本作には全14曲が収録されているが、全曲、どの曲も、細やかなノイズとエモーショナルな電子音のレイヤーによって仮想空間音楽のごとき多層レイヤー的音響世界が構築されているのだ。さまざな電子音と電子音が共存し、ときに衝突し、ときに融解し、より大きなサウンドスケープが生成されていく……。
 1曲目 “Fisher” からして、このアルバムの世界観が一気に伝わってくるような曲だ。電子音、ピアノの音が交錯し、薄いカーテンのようなアンビエンスと環境音楽的な旋律が生成・交錯し、音の海を漂うかのような曲に仕上がっている。曲の中盤からは分断されたリズムの音が重なり、ダヴィなムードも漂わせもする。ときおりミックスされる「声」のような音の使い方も実に見事だ。対して2曲目 “Four Chords” もやわらかいアンビエンスの電子音と刺激の強い電子音が交錯し、聴き手の感覚を広げてくれるようなサウンドスケープを展開している。いわば環境音楽+ネオ・アンビエントとでもいうべきか。
 個人的なお薦めとしては、7曲目 “Georgian Doc” や13曲目 “Tushino” を聴いてほしいと思う。80年代の環境音楽を20年代のアンビエント・ミュージックへと変化・拡張させたような音楽性だが、なぜかそこに深いエモーショナルが潜んでいるように聴こえるのだ。瞑想的でもあり感情的でもあるような不思議な感覚である。また8曲目 “Ad Morning Theme” のミューザック的なピアノ曲に電子音がレイヤーされるさまは、どこかヴェイパーウェイヴ的でもある。過去に夢想された未来を見る/聴くような不思議なノスタルジアを感じもした。
 つまり本作を簡単に評すると「未知と郷愁の感覚を同時に想起させてくれるエモーショナルなIDM/エレクトロニカ」とでもいうべきだろうか。瞑想的であり、不安定な記憶のようでもあり、未知の世界の自然現象のようでもある。「精密さ」と「密度」と「透明さ」を希求しつつ、そこに「エモーショナル」という新しいエレメントを兼ね備えた00年代以降(グリッチ以降)のエレクトロニカを継承する作品といってもよいかもしれない(言い過ぎか?)。
 何よりこのようなIDM/エレクトロニカが欧米諸国でも日本でもなく、ロシアから出てきたことは、とても重要なことに思えるのだ。エレクトロニカの音楽地図がまた描き変わったような思いを持ってしまうのである。

 最後に。『Debtor of Presence』のリリースに伴い、Piper Spray & Lena Tsibizova のふたりは、「私たちは進行中の戦争とあらゆる形態の帝国主義に反対します。このリリースによる利益は、戦争の犠牲者に寄付されます。 当面は、「セーブ・ザ・チルドレン・ガザ緊急アピール」と「ガザ子ども基金」に資金を送る予定です」という声明を発表していることも付け加えておきたい。

R.I.P. Damo Suzuki - ele-king

「今」だけを生ききった旅人

松山晋也

 昨日(2024年2月10日)の深夜にダモ鈴木さんの訃報をツイッターで知った時、まっさきに思ったのは、やっぱりダモさんの最新インタヴューもとっておくべきだったな、ということだった。2020年秋に私の編集・監修で出た『カン大全――永遠の未来派』には、本人の回顧録『I Am Damo Suzuki』の紹介記事(崎山和弥)と、セレクテッド・ディスコグラフィ(小柳カヲル)、そして私が96年にやったインタヴュー原稿を掲載したが、総ページ数に制限があったため、最新情報までは載せられなかった。まあ、ガン治療で大変そうだと聞いていた上、インタヴューしても肝心なポイント(言葉)はだいたい予想できるという思いもあったわけだが。

 ダモさんには過去4回インタヴューした。「日本でのちゃんとしたインタヴューは初めて」だと言っていた最初の取材はたぶん88年だったと思う。70年代後半から勤めているドイツ企業の社員として日本出張中だった合間を縫って高円寺の喫茶店で会ったと記憶している。ダモ鈴木という芸名が、森田拳次による60年代半ばの人気漫画「丸出だめ夫」からとられたと知ったのもこの時だ。彼はカン加入前のヨーロッパ放浪中、自身を「だめ夫鈴木」と名乗っており、それがいつの間にかダモ鈴木になったのだという。
 しかし、96年に2度目のインタヴュー(これも高円寺の喫茶店だった)をした時は「本当にダメな奴だと思われてきたから、最近は芸名の由来についてはあいまいにごまかすようにしている。はっきり言って、僕は模範社員なんですよ」と笑っていた。実際目の前の彼は、実にきちんとした生真面目な人で、「虹の上から小便~」と歌っていたあのダモ鈴木と同一人物とはとても思えなかった。『Future Days』リリース直後の73年秋にカンを突然脱退したダモさんはこの時のインタヴューで「カンのサウンドが過剰に緻密になり、洗練されすぎたのが息苦しくなって」と脱退理由を説明したが、ダモさんをカンにスカウトしたホルガー・シューカイに数年後にインタヴューした際、彼は「結婚した女性の影響で《エホバの証人》の信徒になったせいだよ」と語った。真相は、おそらくその両方だったのだろう。ダモさんはカン脱退後は専門学校に通って石畳の道を作る職人になり、更に、デュッセルドルフの企業で正社員として働きだした。カン脱退からドゥンケルツィファーに参加する83年までの約11年間、彼は音楽活動とはほぼ無縁だ。
 そして3、4回目のインタヴューは2010年。聴衆を前にした某イヴェントでの公開インタヴューと「めかくしプレイ」の取材2本を同日におこない、翌日には一緒に朝食をとりながらあれこれとよもやま話もした。「18才からずっとヨーロッパ(スウェーデン、アイルランド、フランス、ドイツ)で暮らしてきたので、最近、日本のことをもっと理解したいと思うようになった。こうして一人で日本を演奏して回っているのも、もっと日本のことを知りたいからなんです。47都道府県を全部回るという目標を死ぬまでになんとか達成したい」。日本に息苦しさを感じて18才で飛び出したダモさんは、しかし日本をとても愛していた。「本当は政治家になりたかった」という言葉も本心だったと思う。

 こうしたインタヴューを通じて、特に印象深かったのは、彼の言葉、あるいは哲学のすべてがいつも最終的には「今」と「自由」に収斂されていくことだった。

 彼は亡くなるちょっと前まで、90年代後半から続けていたダモ・スズキズ・ネットワークとして世界各地で精力的にライヴを続けたが、そのほとんどは、行った土地土地のミュージシャンたちを交えた一期一会の即興ライヴだった。ネットで様々なミュージシャンたち(彼はこれを「サウンド・キャリアー Sound Carrier」と呼んでいた)と自分で連絡を取り合い、打ち合わせもリハーサルもなく、ぶっつけ本番で即興コラボレイションを繰り広げた。それが音楽的に成功するかどうかなど関係なく。ダモさんは最期まで一度もマネジャーを付けず、すべてを自分で決め、行動したし、コラボ相手に関する情報(音やキャリア)を事前にインプットすることもほとんどなかった。情報は完全な「自由」を殺してしまうことを知っていたから。
 96年のインタヴューで彼はこう言っている。「即興にこだわるのは、プロダクト化されてしまうのが嫌だからです。即興はプロダクトではなく、プロセスだからね」。あるいは「音楽は生き物です。そして、音楽だけがあらゆるアートの中で時間の流れを活き活きと表現できる。だから、毎日同じ曲をやるようであれば、あんまりちゃんと生きていないってことだと思う。僕は過去には興味ない。大事なのは“今"だけです」とも。
 ダモさんにとって即興とは、「今」をいかに真剣に生きているかの証だったのだと思う。その哲学は、まだ高校生だった日本でのヒッピー時代から亡くなるまで、ぶれることなく貫かれた。もちろんカン時代のヴォーカルも、その場で無意識に口をついて出てきた言葉をそのまま発したもの――彼が言うところの「宇宙語」だった。「だから、歌詞の意味も後から考えたものが多い。俺は何を歌ってたんだろうって」。ホルガー・シューカイは私に、70年5月にミュンヘンの路上で初めてダモさんを見た時の印象を「その男は太陽に向かって呪文を唱えていた」と語ったが、今その瞬間を生き、荒々しく変容し続けるダモさんの呪文=宇宙語の生命力と覚悟こそが、厳しい修練を経た手練れ揃いのミュージシャン集団だったカンを更に高い次元へと引き上げ、新たな扉を開く起爆剤になると直観したのだと思う。

 ダモさんは2014年に大腸ガンで生存確率10%と宣告され、以後40回もの手術を受けたが、苦しい治療を続けながらもライヴ活動はやめなかった。未知の人々との新しい出会いを通して「今」を表現し続けるために。2022年に公開されたドキュメンタリー映画『ENERGY:A Documentary About Damo Suzuki』(監督はミシェル・ハイウェイ)に刻まれているのは、最期まで「今」だけを愛し「今」だけを生ききった旅人の姿だ。見事な人生だったと思う。

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追悼、ダモ鈴木さんについての回顧録

小柳カヲル

 ダモ鈴木さんの訃報は文字どおり青天の霹靂だった。今は悲しみというよりは言葉にならない虚無感しかない。彼の偉大な功績、とりわけカン時代の活動はすでにたくさんの方々がさまざまな角度から評論されているし、これからも数限りなくされるのは間違いない。そこで自分にしかできない追悼はなんだろうとあれこれ考え、仕事上とはいえ近しい関係だった私から見たダモ鈴木さんという人物を回想し、記録に残すことではないかという結論にいたった。そんなわけで個人的な追憶にしばらくお付き合いいただきたい。

 私がダモさんと初めて会ったのは、1996年の秋に東高円寺のU.F.O.CLUBで行われたシークレット・ライヴだった。古くから知られていた〈日本人ロック・ヴォーカリスト〉でありながら、日本での公演はこの日が初めてだった。開演前に楽屋の椅子に座りパイプをくゆらしているダモさんの姿をはじめて見たときの衝撃は、四半世紀以上たった今でも鮮明に覚えている。ダモさん本人による「きれいな空気もきれいなメシもありませんが」というカンの〈Doko E(何処へ)〉の歌詞を引用した口上からライヴは始まった。バックを務めるGHOSTのメンバーの演奏は圧巻で、公演の告知がされていなかったにもかかわらず会場はほぼ満員だった。そこにいる誰もが目の前で動き、肉声を発しているドイツ・ロックの伝説的ヴォーカリストに目が釘付けになっていたのは言うまでもない。終演後、帰りの電車がよくわからないというダモさんを、たまたま自宅が同じ方向だった私が小田急線で途中まで送ることになった。ダモさんのご実家は小田原方面、当時の私は藤沢方面。路線が分岐する相模大野駅でいったん下車し、ホームでハグしながら翌年から始まる新たな計画の協力を約束した。このことがきっかけでダモさんとの交流が急に近くなったように思う。

 翌1997年4月、新たなプロジェクト〈ダモズ・ネットワーク(のちのダモ鈴木ネットワーク)〉が始動した。日本では東京をかわきりに3公演が予定され、メンバーはダモ鈴木(ヴォーカル)、ミヒャエル・カローリ(ギター)、マンジャオ・ファティ(ベース)、マティアス・コイル(キーボード)、そしてドラムスには当初予定されていたヤキ・リーベツァイトに代わり、グルグルのマニ・ノイマイヤーがツアー直前に決定した。ダモさんによれば、マニさんのことは昔から名前だけは知っていたが、会うのはこのときが初めてだったという。いま思えばとんでもなく豪華な顔ぶれだったことを再認識させられる。ツアーそのものも実験的な試みがあり、ライヴを観に来た観客全員に観覧当日のライヴ音源を収録したCDが後日送付され、そのジャケットにはダモさんの肉筆による巨大絵画を小さく裁断した紙片がCD1枚1枚に設えられるという独創的なものだった。このときの演奏もかなり変わっていて、すべての曲は打ち合わせなしの即興で、カン直系のケルン・スクールらしい曲からフリースタイルのヴォーカル・パフォーマンス、果ては蕗谷虹児の児童唱歌「花嫁人形」まで飛び出し、興に入った観客をステージ上に招き入れて躍らせるなど、かなり規格外な様相だった。観客の多くは戸惑いながらもこの空間を心から楽しんでいた。このとき招待されていたダモさんのお兄様は、演奏が終わるやいなや物販ブースにいた私の元に来て「俺にはわからん」と苦笑しながら首をひねっていたのが印象的だった。そして2日目の東京公演の直前、ダモさんは携帯電話で「てっちゃん」と呼ばれる人物と親しげに話していた。通話の相手は〈フリー〉の山内テツ氏で、海外で活躍する同じような境遇の日本人ミュージシャンとして古くから交流があったと話してくれたが、彼の意外すぎるバックグラウンドを垣間見た瞬間だった。このときは知る由もなかったが、ふたりは数年後に横浜で共演することになる。

 大阪公演の翌日は、会場近くの美術学校のアトリエでCDジャケット用の巨大絵画が制作された。床一杯に敷き詰められた大きな紙に向かって色とりどりの絵具やスプレーを振り回し、ツナギ姿のダモさんは熱心に絵に取り組んでいた。作業の途中で、私は都合ですぐに大阪を去らなければならない旨を伝えたところ、まるで子どもでも抱きかかえるかのように両手で私を持ち上げ「ありがとう」と言ってくれた。

 ダモ鈴木ネットワークは同年に若干のメンバーチェンジをし、米国シアトルでの公演を手始めに世界ツアーを始め、1999年には一新したラインナップで再来日をとげた。この時の演奏も特異なもので、ステージと観客スペースの境界線があいまいになり、人々が入り乱れる白熱ぶりだった。こうしたお祭り騒ぎのようなライヴ形態は継承され、音源は2枚組CDとして毎回リリースにされた。カン脱退後のダモ鈴木にとって〈ダモ鈴木ネットワーク〉は、〈ドゥンケルツィッファー〉、〈ダモ鈴木バンド〉に続く3番目のプロジェクトで、この中でもっともインプロヴィゼーション色が強く、参加ミュージシャンも毎回入れ替えられていた。回を重ねるごとにミュージシャンを現地で起用する傾向が強くなり、しまいには世界各地のバンドにダモさんひとりがヴォーカリストとしてゲスト参加するような〈ネットワーク〉形態へと変わっていった。そのコラボレーション相手は欧米のネオ・クラウトロック・バンドにとどまらず、ネパールのローカル・バンド〈カトマンズ・キラーズ〉、インドの〈ホーリー・ヘッド・ハンターズ〉などじつにグローバルで、現地ミュージシャンたちと違和感なく溶け込んだダモさんの記念写真がメーリングリストを通じて幾度となく送られてきたものだ。当時、私が所属していたレコード会社で、ダモ鈴木関連のアルバムの輸入とディストリビューションを担当していた。仕事中にケルンから国際電話がかかってきて「50歳になったよ」などという報告をダモさんから直々に受けたこともあった。インターネットがまだ普及していなかった時代ならではの話だ。あるときは事務所に突然ふらっと現れて、空腹だというからラーメンを作ってあげたこともあった。2006年のツアーでは末の息子さんと来日され、そのとき東中野にあった拙宅に父子で宿泊していき、芋焼酎をいっしょに飲んだのも良い思い出だ。こうしてダモさんが来日(はたまた帰国とするべきか?)のたびに私はライヴを訪れたり、いっしょに食事をしたり、ときにはスタッフとして働いたりした。

 ふり返ってみると、ダモさんはあまり昔を語りたがらない人だった。特にカン時代のことを私の前で話題にしたことがほとんどない。おそらく何度も質問されてきたことだろうと思ったから、あえてこちらから取材のような質疑応答をするつもりもなかった。もしかしたらダモさんはそんな雰囲気が居心地よかったのかもしれない。こんなふうにつかず離れずの関係が続いたが、2013年に高円寺で会いファミレスに行ったのが最後になってしまった。そのとき翌日から行くという温泉旅行について楽しそうに話していた笑顔が忘れられない。そして、これはいつのことだったか正確には思い出せないが、何かの新しい取り組みについて話しているときに「何年かかってもいいんだ。10年かかっても、20年かかっても実現できれば。私の動きはゆっくりだから」というような発言があった。ああ、この人は年齢やいろいろなしがらみに制限されず行動できる人なのだなと感銘を受けたものだ。このようなダモさんの姿勢は今の自分の生き方の指標になっているといっても過言ではない。そしてダモ鈴木というひとりのミュージシャンが残した遺伝子は、多種多様に変化し現在の音楽シーンのいたる所に影響をおよぼしているのは間違いない。だから今後もまったく無縁な音楽を聴いたとき、なにかの拍子でダモさんの幻影が見えてしまうことがあるかもしれない。そのたびにあの屈託のない笑顔を思い出してしまうだろう。ダモさん、本当にありがとうございました。安らかにお眠りください。

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