ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. DERRICK MAY×KEN ISHII ——デリック・メイが恵比寿リキッドルームに登場
  2. WWW Xで悪魔の沼ついに沼納め
  3. Bullion - Nearly | ブリオン
  4. YOSHIROTTEN ──エレクトロニック・ミュージックと共に宇宙と交信しよう。ヨシロットンの展覧会『彼方との交信 — BEYOND EARTH』が今週末より開催
  5. DJが描く日本のヒップホップ、DJ YAS著『ジャパニーズ・ヒップホップ第二世代——あるDJの証言』刊行のお知らせ
  6. lilbesh ramko - Ramko Helvetica | リルベッシュ・ラムコ
  7. Columns 10月のジャズ Jazz in October 2026
  8. Moodymann ──ムーディーマンの来日公演が決定、今年は東京と京都をツアー
  9. ゲーセン波乱万丈の100年史
  10. DJ Clent ──ゲットー・ハウス~フットワークの伝説、DJクレントが急遽来日
  11. heykazmaの融解日記 Vol.11:♩.。.:*・神無月 ♩.。.:*・わっしょいブルベリ〜
  12. ジャパニーズ・ヒップホップ第二世代──あるDJの証言
  13. Columns Introduction to P-VINE CLASSICS 50
  14. interview with Wool & The Pants 東京の底から  | 德茂悠(ウール&ザ・パンツ)、インタヴュー
  15. GENTA TANAKA ──ソウルやヒップホップへの想いをデッサン画で表現、釧路のアーティストによる個展が神泉JULY TREEにて開催
  16. interview with Adrian Sherwood and Nightmares On Wax UKダブ・“トーク”・セッション | ――エイドリアン・シャーウッド×ナイトメアズ・オン・ワックス特別対談
  17. Eden Aurelius - Entre Nous / emer ft. Ugnė Uma - You and Me | エデン・オーレリウス、エメル、ウグネ・ウマ
  18. intervew with Derrick May ――13年振りのミックスCDを発表したデリック・メイ、インタヴュー
  19. interview with Actress UKテクノ界の奇才が語るみずからの哲学 | ──アクトレス、インタヴュー
  20. AMBIENT KYOTO ──2027年春、レイ・ハラカミの展示が決定

Home >  Reviews >  Album Reviews > Piper Spray & Lena Tsibizova- Debtor of Presence

Piper Spray & Lena Tsibizova

ElectronicaExperimental

Piper Spray & Lena Tsibizova

Debtor of Presence

Theory Therapy

デンシノオト Feb 14,2024 UP

 モスクワのエレクトロニカ・ユニット、Piper Spray & Lena Tsibizova の新作『Debtor of Presence』が、シドニーのエクスペリメンタル・エレクトロニカをリリースする新興レーベル〈Theory Therap〉からリリースされた。

 Piper Spray & Lena Tsibizova。その名のとおり Piper Spray と Lena Tsibizova のユニットである。モスクワを拠点とする電子音楽家の Piper Spray は、2011年に、ジャイアント・クローなどのヴェイパーウェイヴ系の音源で知られる〈Orange Milk Records〉から発表した『Omnicrom Girls』あたりから音源のリリースをはじめているので、すでに10年を超える活動歴である。一方、同じくモスクワ出身のフォトグラファー/アーティストでもある Lena Tsibizova は2019年頃から音源のリリースをはじめ、チェコのレーベル〈Baba Vang〉から『3rd Track』を発表している。
 ふたりは2020年あたりからコンビを組み、「Air Krew」というユニットで、ロサンゼルスのレーベル〈Motion Ward〉から『Discuss And Come Back』を発表した(2021年には4作ほどリリースする)。Piper Spray & Lena Tsibizova としては、2020年にEP「Piper Spray / Lena Tsibizova」を〈Radio.syg.ma〉からデジタル・リリースし、2022年にロシアのサンクト・ペテルブルグのエレクトロニック・ミュージック・レーベル〈[картаскважин] 〉からミニアルバム『Regressive Youth』を送り出した。

 その2作を経て、ニューヨークのレーベル〈Patience / Impatience〉から初のアルバム『Leaving Memory』をリリースするに至ったわけだ。『Leaving Memory』は、IDM、アンビエント、インダストリアルの要素を絶妙にミックスしたアルバムで、機械的でありながらも、どこか官能的なサウンドでわれわれエレクトロニカ・マニアの耳をざわつかせた。クラッシュした車のアートワークも印象的であった。
 そして2024年初頭にはやくも届けられた新作『Debtor of Presence』は、なんと3年の月日をかけて制作されたアルバムだという。じじつ『Debtor of Presence』を聴いてみると、その緻密に、かつ巧みにレイヤーされたエレクトロニックな音の層に耳をうち抜かれた。なんて透明で精密で、なんて華麗な、なんて緻密な、美しい電子音だろうか、と。何より、緻密/多層的なデジタルなサウンドがエモーショナルに鳴り響くさまが、とても新鮮なのである。ミニマルではなく、エモーショナル。これこそいまの時代において重要な要素ではないかと思う。エレクトロニカやエクスペリメンタル・ミュージックにおいても「エモ」が重要なキーワードになるのではないか。

 ともあれ『Debtor of Presence』は、聴き手に新しい時代のIDM/エレクトロニカを実感させるサウンドである。本作には全14曲が収録されているが、全曲、どの曲も、細やかなノイズとエモーショナルな電子音のレイヤーによって仮想空間音楽のごとき多層レイヤー的音響世界が構築されているのだ。さまざな電子音と電子音が共存し、ときに衝突し、ときに融解し、より大きなサウンドスケープが生成されていく……。
 1曲目 “Fisher” からして、このアルバムの世界観が一気に伝わってくるような曲だ。電子音、ピアノの音が交錯し、薄いカーテンのようなアンビエンスと環境音楽的な旋律が生成・交錯し、音の海を漂うかのような曲に仕上がっている。曲の中盤からは分断されたリズムの音が重なり、ダヴィなムードも漂わせもする。ときおりミックスされる「声」のような音の使い方も実に見事だ。対して2曲目 “Four Chords” もやわらかいアンビエンスの電子音と刺激の強い電子音が交錯し、聴き手の感覚を広げてくれるようなサウンドスケープを展開している。いわば環境音楽+ネオ・アンビエントとでもいうべきか。
 個人的なお薦めとしては、7曲目 “Georgian Doc” や13曲目 “Tushino” を聴いてほしいと思う。80年代の環境音楽を20年代のアンビエント・ミュージックへと変化・拡張させたような音楽性だが、なぜかそこに深いエモーショナルが潜んでいるように聴こえるのだ。瞑想的でもあり感情的でもあるような不思議な感覚である。また8曲目 “Ad Morning Theme” のミューザック的なピアノ曲に電子音がレイヤーされるさまは、どこかヴェイパーウェイヴ的でもある。過去に夢想された未来を見る/聴くような不思議なノスタルジアを感じもした。
 つまり本作を簡単に評すると「未知と郷愁の感覚を同時に想起させてくれるエモーショナルなIDM/エレクトロニカ」とでもいうべきだろうか。瞑想的であり、不安定な記憶のようでもあり、未知の世界の自然現象のようでもある。「精密さ」と「密度」と「透明さ」を希求しつつ、そこに「エモーショナル」という新しいエレメントを兼ね備えた00年代以降(グリッチ以降)のエレクトロニカを継承する作品といってもよいかもしれない(言い過ぎか?)。
 何よりこのようなIDM/エレクトロニカが欧米諸国でも日本でもなく、ロシアから出てきたことは、とても重要なことに思えるのだ。エレクトロニカの音楽地図がまた描き変わったような思いを持ってしまうのである。

 最後に。『Debtor of Presence』のリリースに伴い、Piper Spray & Lena Tsibizova のふたりは、「私たちは進行中の戦争とあらゆる形態の帝国主義に反対します。このリリースによる利益は、戦争の犠牲者に寄付されます。 当面は、「セーブ・ザ・チルドレン・ガザ緊急アピール」と「ガザ子ども基金」に資金を送る予定です」という声明を発表していることも付け加えておきたい。

デンシノオト